テレビ・ラジオ
お知らせなど
2010年06月04日(金) 9:28:47
いきなりですが、今晩23時からNHK教育「芸術劇場」でアナニアシヴィリの「ロミオとジュリエット」放映します! 岩田守弘さんももちろん出ます。ぜひご覧下さい。当日のボクの感想はこちら
お知らせついでにもうひとつ。
「my Japan」というコンテストの審査員をしています。「学生が日本の良さを表現する」というコンテストで、テーマは「ガイドブックにない日本の良さ」。CM部門とインタラクティブ部門があります。ボクが審査するのはインタラクティブ部門。佐藤尚之賞もあります(笑)。インタラクティブ部門の〆切は6月26日(エントリー〆切は19日)。ふるってご応募ください。
こういう漠然とした広いテーマの場合、わりと「自分の視点」に固執してしまってひとりよがりの作品になりがちなんですよね。それではヒトに伝わらない。まず「伝えたい相手」を決め、その人の顔を具体的に想像しながら、その人だけのために作ってみると意外とうまく行くと思います。がんばって!
ついでのついでにもうひとつ。
佐々木かをりさんの「イー・ウーマン」が企画・運営している「第15回 国際女性ビジネス会議」にパネリストで参加します。7月24日(土)にある大きなカンファレンス。女性だけが話すのかと思ったら、男性も多いんですね。ただ、会場は女性だらけなのだと思われ。いまから少し緊張してます。だって聴衆が女性ばっかりって…。とりあえずまだ参加募集中みたいなのでよろしくお願いします。
ついでだからまだ言うぞ。
来週末に札幌で行われる「YOSAKOIソーラン祭り」のファイナル審査員(パレード審査担当)として札幌に行きます。
土曜日曜(12日13日)と大通公園会場をうろちょろしていると思いますので、もし見かけたらお声かけください。声をかけにくい風貌をしているらしいので、多少勇気がためされる場合もありますが(笑)。よろしくお願いします。
悪いのはみんな萩本欽一である
2010年05月23日(日) 18:36:04
自分の企画書と他人の企画書をガッチャンしてひとつにまとめているんだけど(プレゼンテイターはボク)、内容的には組み上がっているのに、どうにも違和感があって気持ちが悪い。うう。デザインは全部ボクのに合わせたんだけど、細部のテイストが合わせても合わせても合わない感じ。やっぱこういうのは最初から全部作らないとダメなんだなぁと溜息ついてしまうボクは完全主義者(笑)。今から一から作り直すか…。
ということで、今日も今日とて丸一日かけて企画書つくったり書き物したり新しいプロジェクトを構想したり、ずっとMac前でシコシコやっていた。やってもやっても終わらない。作業山積。まぁ自分で作業を増やしているんだけど。
話は変わるが。
先週見た動画で一番印象に残っているのは、『悪いのはみんな萩本欽一である』というテレビ番組の動画であった。
YouTubeで全編見たのだけど(あえてリンクしません。お探し下さい)、実はこれを見てはじめて「日本のお笑い」が理解できた。「お笑い」というか「日本のバラエティ」かな。あー、そうかー、こういう流れになっていたのかー、だから今こうなっているのかー、なるほどー。 いろんなところで目から鱗がポロポロと落ちた。そして、(当時の)圧倒的なテレビの影響力により、バラエティはどこか日本人の心性までも変えてしまったんだなぁみたいな実感も。
この番組で語られたことは、「お笑い」や「バラエティ」のファンやウォッチャーや研究者の間では常識的なことなのかもしれないけど、初めて全体を俯瞰できたというか、頭をクリアに整理できた。雑然となっていた自分の脳味噌の中のノートがきれいに清書できた感じ。自分の中では、ことは「バラエティ」に終わらず、「お笑いCM」の流れとも重ね合わせていろんなことが氷解した。パタパタパタとドミノ倒しみたいに頭の中の疑問点が解かれていく。あぁ気持ちよい。
そして、すべてのクラッシュの根っこに萩本欽一がいる。
この「テレビのバラエティが顰蹙を買い続けている原因を作った犯人は、萩本欽一である」という視点と断罪がこの番組のスゴイところ。BPO(放送倫理・番組向上機構)の発表を受けた、一見真面目なつくりの番組なのだが、ちゃんとバラエティに昇華されているのも舌を巻いた。出演者の三宅恵介さんと土屋敏男さんと太田省一さんの分析も鋭かったし、是枝裕和監督の構成・演出も淡々としていて良かった。
こんな番組をさりげなく作っちゃうあたりが、テレビの凄み。こういう大人の鑑賞に堪えるバラエティをもっと作って欲しいなぁ。でも、萩本欽一が壊しちゃったんだよね(笑)
それにしても…、コント55号、もう一度ちゃんと見たい…。全盛期のビデオはほとんどテープに残されてないらしいが、ちょっと残ってるのを見るだけで異様におかしい。小学生時代に見たいろんなコントがよみがえる。あぁ見てえ。
0655 と 2355 が秀逸だ
2010年05月19日(水) 7:16:36
この4月から始まった「0655」と「2355」が秀逸だ。
教育テレビで朝6時55分から5分間やるのが「0655」。夜23時55分から5分間やるのが「2355」。どちらも月曜から木曜までの変則放映。
何はともあれ、見ていただくのが早いだろう。YouTubeから。「0655」の初回(リンク1)。そして「2355」の4月下旬のある日(リンク2)。
「2355」は見逃すことがほとんどなのだが、「0655」は最近ではわりと習慣。6時45分ころにはニュースを見るのを一休みして教育テレビにチャンネルをかえ、「リトル・チャロ2」を見ながら55分になるのを待つワタクシ(笑)
「0655」は「忘れもの撲滅委員会」が秀逸だ。頭にこびりついている。4月は1番(リンク1参照)。5月は2番である(リンク3)。6月に3番が来るか。それとも曲が変わっちゃうか。ドキドキだ。再現ビデオじゃないパターンの演出の方が好き(たとえばリンク4)。というか、忘れられがちな芸人が歌ってるところがミソw
あ、「朝が来た〜」の歌もかなり好き。ボブ・マーリーの「Soul Captives」の替え歌。動きがかわいい。お、それから「おれ、ねこ」(リンク1参照)や「わが輩は、犬」(リンク3参照)もよい。ちなみに「あたし、ねこ」というパターンもある(リンク4参照)。未だ見てないけど、きっと犬のメス版もあるのだろう。「今日のワンコ」なんかと決定的に違うのは「かわいさ」だけにフォーカスしてるのではなく、人間との関係性を歌った歌であること。じんわり温かい気持ちになる。
「2355」はやはり「1 minute gallery」が素晴らしい。たった一分で気持ちが異化され、深い思考の世界へと連れて行ってくれる。壁に貼り付いた紙の回など秀逸だったな(リンク5)。
ウェブカメラ的な手法で思わず引き込まれるトビーの動きもいい(たとえばリンク5参照)。そして「おやすみソング」。4月下旬の「三日月ストレッチ」(リンク2参照)が一番好きだが、「factory of dream」もなんとなく見入ってしまう(リンク5参照)。「うちへ帰ろう」もいい(リンク6)。というか、小泉今日子の歌声で1日を終えるって気持ちええ!
それにしても、佐藤雅彦ワールド満載で楽しいなぁ。
見てすぐに「あ、この人の作品だ」とわかるクリエイターが、いま、日本に何人いるだろうか。すばらしい。
あぁ、あの曲なんだっけ !?
2010年05月11日(火) 8:40:16
朝、なにげなく外を見たら、雨だった。
「あ〜雨かぁ」と思った瞬間、なぜかこんな歌が頭の中で再生された。
♪あめがふってきた〜 うたをうたおう〜
人間の記憶って面白いなぁ。突然なんでこんな数十年思い出しもしなかった歌が再生されるんだろう。でも、あれ? なんだっけこの曲…。たしか「みんなのうた」か「おかあさんといっしょ」で流れていた歌だよなぁ。んーなんて曲だっけ? あれ? ホントになんだっけ?
家族に訊ねてみてもわからない。踊りながら歌って見せてもわからない。グーグル先生に訊ねてみてもわからない。検索リテラシーを駆使してみたけど出てこない。iPhoneアプリの「Shazam」と「midomi」(両方とも鼻唄などで曲名を教えてくれるアプリ)に訊ねてみてもわからない。歌い方を子供っぽく変えてみても認識してくれない。でも知りたい。あー知りたい!
で、ツイッターの登場である。
こういうときは人力検索でみんなの記憶に頼るのが一番だ(それなりの数のフォロワーが必要だが)。まぁ頻繁にやるとみんなの迷惑になるけど、早朝のすいてる時間だ、ちょっと訊いてみよう。
雨がふってきた〜 うたをうたおう〜♪ という唄が朝から頭を離れないのですが、どなたか題名を知りませんか? 「みんなのうた」で流れていたような…ら、何人かが「あーなんだっけー?」「わたしも知りたい!」とか反応してくれた後、こういうお答えが!
こちらではないでしょうか「たのしい雨」 http://bit.ly/csOoEx @satonao310: 雨がふってきた〜 うたをうたおう〜♪ という唄が朝から頭を離れないのですが、どなたか題名を知りませんか?
うっわ! これだこれ!
リンク先のYouTubeに感涙した。あー、@funayanagiさん、ありがとう! そうそう、「たのしい雨」だ! つか、記憶が違った。「♪あめがふってきた〜 うたをうたって〜」だった。あーそれにしてもスッキリした! ホント、ありがとう!
ついでに「♪くちぶえ吹いて〜 空き地へ行った〜」も聴きたくなった。
これはグーグル先生で一発だ。「みんななかよし」。あぁ懐かしい。道徳の授業だったよなぁ。ついでのついでに「あめふりくまのこ」も聴いてみたり。←家人が通りすがりに「朝からキモッ」と言い捨てていった。
まぁ、でも、今日はいい日だ(笑)
雨もまた楽し。そろそろ紫陽花の季節だし(紫陽花大好き)
プレゼントはラジオサーバー
2010年05月04日(火) 13:34:08
そういえば、今年の娘の誕生日(3月6日)の翌日のさなメモで、「誕生日プレゼントはちょいと奮発した(何をあげたかはそのうちに)。とても喜んだ。」と書いておきながら、何をあげたか書くのを忘れていた。
って、なぜ今頃急にそんなことを言うかというと、ツイッターでその商品を勧められたからである。あ、それ、ボク、誕生日に娘にあげました! とコメントしつつ、あ、そういえば書いてなかったかも、と。
あげたのは、写真のこれ。
オリンパスのラジオサーバーポケット PJ-10。
別にここんとこのラジオ談義に関係なく、ボクは昔からラジオファンなんですね。
深夜放送世代だし、あのころ毎日聴いていたニッポン放送「たむたむたいむ」のパーソナリティであるかぜ耕士さんとは、こんな経緯でお知り合いになることができ、上記リンク先のサイトのお手伝いもした。1970年代後半に流れていた深夜放送の話ならたいていはできる。「ナッチャコ・パック」なんか、話させたら長いっすよ!
とか、まぁそんなことはどうでもいいけど、誕生日プレゼントの話に戻れば、娘がですね、アーチストの「ゆず」の熱狂的なファンで、ニッポン放送毎週火曜日夜の「ゆずのオールナイトニッポン・ゴールド」の放送をいつもかじりつくようにして聴いているですね。いつも夜更かししている上に、旅行とかあると聴けなくてとても悲しむ。なので、ラジオを予約録音できるコンパクトなサーバーのプレゼントを思いついたわけ。ラジオ英会話にも使って欲しいという下心は深い深い海の底。
そんなこんなで家に来たPJ-10くん。かなりお働きの模様。だって録音した番組、何度でも聴けるからねぇ。
ラジオって中高生と親和性高いよね。勉強しながら聴けるし、なにより親密。タレントの本音も聴ける。ボクがあのころ楽しんだラジオ生活を、少しでも彼女に味わって欲しいと思うのデス。というか、聴き始めると意外といい番組が多いよね、ラジオ。
ラジオ・メディアについて言いたかったこと
2010年05月02日(日) 22:50:37
ラジオの生放送で何をしゃべったんですか、とメールで聞かれたが、ええとここで Podcasting できるようです。自分で聴くのはヤでまだ聴いてないけど(笑)。前半はわりと緊張しちゃったし。舌はまわらないし。あ〜ヤだヤだ。
うまく伝わったかどうかわからないけど、ラジオ・メディアについて言いたかったことはこんなこと。
- ラジオは生活者参加型という意味で、昔からソーシャルメディア的だった。その知見の積み重なりは貴重。ラジオはいまソーシャルメディアともっとも親和性が高いマスメディアでもあり、そこと融合・合体していけばかなり明るい未来が待っているのではないか。
- radiko.jp の登場で、そのソーシャルメディアに具体的に入っていけるようになったのが大きい。しかも「いままでラジオに触れたことがなかった若者たち(ラジオを持ってもおらず、チューニングの仕方もわからない若者たち)」にとっては新鮮なメディアでもあるので、逆に有利だろう。
- radiko.jp によって、ラジオは(ネット上の)映像とテキストを手に入れた。音を聴きながらいろんなコンテンツを楽しめる。リンクできる。参照できる。検索できる。ツイートできる。etc.etc。そしてそれをパーソナリティ(DJ)と共有できる。これがどのくらい大きなことか。ここに無限な可能性と勝機がある。ラジオは、「音だけ」を捨てれば、真のマルチメディアの中心に行ける可能性がある。
- ただし、ソーシャルメディアに上手に入り込んでいくためには「ソーシャルメディアにどっぷり浸かって、肌感覚でソーシャルメディアがわかっていること」が必須。ラジオの経営者はそれができないといけない。いまの経営陣にそれができるかどうか。極端な世代交代がラジオこそ必要ではないか。30代〜40代に経営を任せ、フットワーク軽くソーシャルメディアの中に入っていくべきであろう。
- テレビみたいに録画で見ても楽しめるものとは別に、ラジオにはリアルタイムという強みがある。これはリアルタイム・ウェブであるソーシャルメディア、特にツイッター的なものとの親和性が高い。月が美しいことや地震で揺れたことを共有し、ツイッター的にリアルタイムで共感できる流れができれば、新しいラジオの未来が見えてくる気がする。
- ちなみに、ラジオは「ながらメディア」である。メディアが激増したこの多メディア時代、逆に「他のメディアに触れ“ながら”利用できる」というラジオにとっては有利な時代でもある。そういう観点からも、ラジオの未来は明るいと思える。ちゃんとその辺を自覚して前に進めれば、だけど。
ただ、ラジオの中の人はあまりに「マーケティング」しておらず、「いまの生活者」のことを知らなすぎる。
どんなヒトが聴いていて、どこに新たなニーズがあるか、まったく探ってないと言ってもいい。やっているとしてもアンケート調査的定量調査。そんなの「大衆」という人たちがいた時代の調査手法である。大衆なんてもう死語だ。20歳〜35歳までをF1M1と呼ぶのは単なる思考停止のなせる技。20歳の女性と35歳の女性が同じわけない。
まずは伝える相手である生活者をよく知り、漠然と「大衆」に向かって番組を作るのをやめ、ソーシャルメディアに踏み込んでいく。そこから第一歩が始まるんじゃないかな。
昼ワインで疲れてしまったので
2010年04月29日(木) 20:51:05
今日は「ラジオNIKKEI」の公開生放送にゲスト出演してきた。
11時から13時までの2時間特番で、題して「From Webmasterスペシャル ~再びラジオについて考えるのココロだ(略してラジコ)」。ラジオについてポジでもネガでもとにかく語り合おうという番組。日経ニューメディアの田中正晴編集長、放送作家・石井彰さん、そしてボクの3人がゲストだった。会場にもお客さんが入った公開生放送。こういうの初めてなので始まりは多少緊張。噛んだ(笑)
…と、その内容について&ラジオの未来について書きたいと思ったけど、出演終了後に飲んだ昼ワインでなんだかしんどくなってしまったので、昨日だったかおとついだったかにツイッターでRTして評判がよかったもの、ふたつにリンクしてごまかすことにします(笑)
・タカアシガニの脱皮。これ、本当にスゴイ。
最初は??って感じだけど、最後にゾゾゾワっと鳥肌。
・似てるもの特集。これは笑える。MJがスゴイ。
次のページもその次も笑えます。
てなことで、おやすみなさい。ねむ。
ちなみに、この「ツイッターをいつ始めたか」がわかるツールによると、2年目の今日、ボクはツイッターを始めたようです。完全にアクティブになったのは去年の7月くらいだけど。
ちりとてちん再放送!
2010年03月24日(水) 8:37:44

もうご存じの方も多いとは思うけど、あの大傑作ドラマ「ちりとてちん」が4月4日からBSハイビジョンで再放送される。日曜深夜25時10分から26時40分まで。6本ずつ(一週間分)まとめての放送だそうだ(復活サイトはこちら)
あれはもう2年半も前か。なんだかずいぶん前に感じる。
2007年の秋にNHKの朝ドラ枠で半年流されたこのドラマのことがボクは本当に大好きで、当時さなメモにもたくさん書いた(抜粋すると、これとかこれとかこれとかこれとかこれとかこれとかこれとか)。どのくらい好きかというと、DVDボックスを全3巻を買いそろえたくらいは好きである(初回限定グッズ付)。テレビドラマのDVDを買い揃えたのはこれが初めて。初めてにしてラストになる予感がするくらいである。個人的にはNHK朝ドラ史上最強ドラマ。「おしん」って何だっけ?
そう、つまり、DVDで全巻持っているのでいつでも見られる。再放送されても特に意味はない(ド深夜だし)。でもとてもうれしい。あのドラマがリアルに流れて、どこかの誰かがご新規さんとして見てくれているのが本当にうれしい(笑)
うれしさ余って、昨晩、思わず第1巻を見始めてしまった。
第1週目は「笑う門には福井来る」。うわっ。たった1週間でここまで展開したっけか !? 引越・転校から小浜編登場人物総ざらえから親子の確執から糸子さんのギャグ炸裂からA子B子関係の始まりから正太郎ちゃんの死から、あの、梅丈岳頂上での号泣のかわらけ投げシーンまで、すべて「たった1週間」でこなしてたっけ!
そのまま止まらなくなって、第2週へも突入。週題は「身から出た鯖」。
いまやブレイクしきった貫地谷ちゃんが本格的に登場してきて、号泣ふたたびのカラオケ大会「ふるさと」シーンまで。あぁ泣けた泣けた。なんなんだこのドラマ。ボクの号泣ツボに指突っ込んでガッタガタにしやがる。泣かせるだけでなく笑かしてもくれる。登場人物の演技、すべて奇跡的にいいし、欠点がみつからない(贔屓目すぎ!)
それにしても和久井映見、神演技だなぁ。江波杏子も松重豊も宮嶋麻衣もたまらん。なんて素晴らしい。とはいえまだ小浜編。大阪編が始まるとまたこれが…。
夢中で2週分見ちゃったのだが、ふと気がつくと25時半だ。うわわ。
一本15分と思うから、なんとなく「短い」気がしてるけど、1週分6本まとめて見ると1時間半である。2週分だと3時間見続けたことになる。でもなんだろうこの満足感。
ということで、しばらくは夜中にひとり、ティッシュ握りしめて号泣する生活です。酒よりずっとカラダにいいストレス解消だ。翌朝目が腫れてても見て見ぬ振りしてください →オフィスの同僚の方々
ついでだから、雰囲気を思い出してもらうためにこのYouTubeにリンクしておこう。「ちりとてちん メモリアル」。見た方ならこれだけで涙涙なはず。
昨晩のNHK「激震マスメディア」を見ながらボンヤリ考えてたこと
2010年03月23日(火) 9:26:13
最近、「自分の老い方をどうするか」をよく考える。
どうやって60代70代を迎えるか、ということである。来年50歳になると実感してから急に気になるようになった。そろそろ準備をしないといけない。
もちろん「自分の人生的には60代70代はまだまだ上り坂。楽しい盛り」である。人生のピークを80歳と考えているので、それまではずっと上り坂(笑)。でもそれは「個人の人生」の場合。「社会での老い方」はまた別だと最近考えるようになってきた。
変化が激しいこの時代、今は変化についていけているが(変化を引っ張っているほうだとも思うが)、そのうち自分で気がつかぬうちに変化に遅れ始める(と思う)。そして少しずつ社会の障害になる。壮年時代にがんばって成功事例を作れば作るほどその可能性が高い。
昨晩22時からのNHK放送記念日特集「激震 マスメディア~テレビ・新聞の未来~」を見ていてもそう思った。
この番組、放送業界・新聞業界の代表と、IT系代表、評論家、学者などの対談で進められたのだが、代表者たち(社会的に偉い方々)の「変化に対して身を守ろうとする姿」「時代の変化を受け入れない態度」などが露わになってしまった。もちろん業界代表としてのポジション・トークもある。でもそれだけではない。映像は怖い。すべてが映ってしまう。いかに取り繕っても、裏側が透けて見えてしまう。
あそこまで上り詰めた方々が優秀でないわけがない。
若いとき、壮年時代、熟年時代と、業界で注目されるくらいはバリバリに働き、成功体験を積み重ねてきたはずだ。それには敬意を払う。ただ、現在の激烈な変化に対応するには成功しすぎた。既得権益を持ちすぎた。
嗚呼、がんばって成功体験を積み重ねれば積み重ねるほど、過去の成功にがんじがらめになって時代に遅れていくのだなぁ。変化に対応できなくなるのだなぁ。成功体験をどんどん捨てて、次々転身(転進)していくことが必要なのだなぁ。そうでないと知らず知らずに老害的になっていくのだなぁ。とか、テレビを見ながらしみじみ考えてしまった。
まぁ、いま上の方にいる60代70代と、変化の真っ直中で動き回っている20代30代を、しっかりつなぐ40代50代が逆に重要になってくる場合もある。そのために働くのも一手。でも、それをした挙げ句、結局「老害」になってしまったらイヤだ。いつの間にか自分がそうなるのが怖い。
そんなこんな。
思考がまとまってはいないけど、感覚的・本能的に「イヤだ」と思ってしまった昨晩であった。
ちなみにこの番組、内容的には目新しいことはなかったのだけど、NHKがこの問題に真っ正面から取り組み真面目な特集を組んだ、ということは素晴らしいと思う。テレビと新聞が「老人」になったことも(期せずしてなのか狙いなのか)浮き彫りになってしまった。それを狙ったのなら番組制作陣の勝利。そういう検証をやる若手・壮年が中にいるのなら(そしてそれを通す上がいるのなら)、NHKはまだまだ大丈夫だと思わせる。
そうそう、番組を見ながら、ボクはこんなことをツイートした。
佐々木さんも遠藤さんもよくキレないで忍耐強く語っている。ボクだったらキレそうだw おじいちゃん、何言ってるんだ?多少酔ってますね(笑)
で、それに対して、あの「ハンバーグオリンピック」の迷言&見事な対応を残したNHK_PR(NHK広報局オフィシャルアカウント)さんからツイートが!
@satonao310 そこを、どうにかご辛抱して頂けると幸いです…NHKにオフィシャルに慰められちゃったよ(笑)。
ちなみのちなみに、同じ時間にUstream で「この番組を見ながらツッコミを入れる放送」をやっていて、津田大介、山本一郎、上杉隆、小飼弾、堀江貴文の(空恐ろしい)5人がその番組を見ながらツッコミを入れ、ツイッターTL(タイムライン)でもみんなが話すということが行われていた。わりとグダグダなツッコミだったけど、とっても「イマ」っぽかったので、同時に見ていた。番組終了後もわりと長々と。
というか、「時間がないので今日はこの辺で」と終わってしまうテレビ番組って、もう「古い」よね。編集権が送り手側にあること自体が、たぶんデジタルネイティブには理解不能なことだと思う。これはテレビだけでなく新聞にも言えることだけど。
つまり、「限られた時間(紙面)」なので「ある視点で要約して(一部分だけ取り上げて)報道する」ということ自体、感覚的に古くなると思うな。それもあと数年〜十年くらいで。
久しぶりにマネージャー業務 @TBSラジオ
2010年03月07日(日) 18:56:47
昨日の3月6日は、娘の響子の誕生日(15歳)と結婚記念日がダブルで来た日。我が家にとってはめでたい日である。
とはいえ毎年この日はもろに「娘の学年末試験」に重なるので、特に当日のイベントはなし。ケーキを買ってお祝いしただけ(今年はペニンシュラ・のケーキにした。うまかった)。誕生日プレゼントはちょいと奮発した(何をあげたかはそのうちに)。とても喜んだ。
昼間は久しぶりにマネージャー業務(笑)。
最近では岩田守弘くんももう有名になってきたのでやらなくてもいいんだけど、8年くらい前から手弁当でずっと彼の「私設マネージャー」をやっているのである。
彼は、野球で言ったらイチローか松井くらい凄い人なのに、当時の日本ではまったく無名(ロシアではとても有名)。
なので義憤に駆られ、東京地区マネージャーを買って出て、彼が来日するたびにいろんなメディアの人や有名人に会わせて歩き、テレビ出演やラジオ出演や雑誌出演を頼んでまわってきたのである。
まったくのボランティアであるが、なんというか「この人を有名にしなくちゃ!」という強い思いがあったわけ。
まぁでもそんな地道な活動が少しずつ実ったのか、「NHKプロフェショナル出演」というド派手な花火があり(これにはボクは直接の関与はしてないけど)、ようやく岩田さんも有名になってきた。公演会場での拍手が違う。岩田さんがロビーにいたりするとサインを求められたりする。そういう岩田さんの姿を「巨人の星」の星明子みたいに柱の影から見て、ヨヨヨと涙ぐむワタクシである。
で、昨日はTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」の「スポットライト !!」というコーナーに生出演が決まっていたので、久しぶりに「付き添い&立ち会い」というマネージャー業務をしたんですね。いや、平たく言えば「ついていっただけ」なんですけど。
TBSラジオの村沢青子ディレクター(キラキラ担当)には本当にお世話になり、いろんな番組に岩田さんを出演させていただいた。岩田応援団の貴重なひとりである。
今回も担当を越えて久米さんに打診していただき、出演が叶った。昨日のさなメモで「久米宏夫妻と少しだけお話をした」と書いたのは、たまたま公演会場で久米さんと席が隣だったので、「はじめまして」とご挨拶し、この出演のことを感謝申し上げた、ということである(マネージャーとして:笑)。
2時からの出演なので、1時半に赤坂TBSへ。
出演前に一瞬久米さんが挨拶に来られ、3分ほど岩田さんと話した。さすがなもので、3分でちゃんとゲストと打ち解けて「もう少し話したい」と思わせるようなところまで持って行き、本番に突入。
本番でも上手だったなぁ久米さん。これまでに岩田さんにいろんなラジオに出てもらったが、いままでそんなに話したことのない話題を岩田さんからちゃんと引き出していた。10年以上前に岩田さんがモスクワ・バレエ・コンクール(4年に一度の超有名なコンクール)で金賞を取ったときの外電までサプライズで自ら用意していたり。さすがだ。
岩田さんの話にいつもの調子で多弁につっこんだり、あるところではわざと合いの手も入れずにじぃっと黙って話をうながしたり、その強弱の付け方が豊富すぎる経験を感じさせる。時間もぴったり30分。岩田さんの人生を辿って、直近の勲章授与まで持って行き、見事に締めた。久米宏おそるべし。さすがな技術。
生出演後の岩田さんもとてもいい顔をしていた。
その日は他にもいくつか仕事があったようだけど、1年前からついに本当のマネージャーもついたので、彼女に任せてボクは帰宅。というか、50前のオッサン・マネージャーより女性の方が何かとよろしい。もうそろそろマネージャー業務も卒業かなぁ…。ホッとしたような、寂しいような。でも当初の目的である「この人を少しでも有名にしなくては!」というのはある程度達せられた気もするので、まぁメデタシメデタシではある。
変化の時代・危機の時代こそ
2010年01月09日(土) 14:29:54
そういえば、年末くらいから地味〜に、録画したNHK「坂の上の雲」を見つづけている。
原作者の司馬遼太郎が映像化を許さなかったものを、NHKが満を持して映像化しただけあって素晴らしいと思う。松山には昨年9月に行き、「坂の上の雲記念館」を見てきたばかり。安藤忠雄設計の立派な建物だった。充実した展示でよかったなぁ。
明治のあの頃に思いを馳せると、ホント、綱渡りだったんだなと思う。よくぞ列強の植民地にならず切り抜けたものだ。いま日本がこうしてあるのは(もちろんいろんなところに迷惑をかけつつではあるが)奇跡的なことだと思う。
なんの本だったかな。たしか「一度も植民地になったことがない日本」って本だったと思う。
ある有色人種の女性(たしかアフリカか南米か)と仕事をしたときに、著者は彼女からこう聞かれたという。「あなたの国のマスター・カントリーはどこですか?」
マスターカントリー。つまり植民地として支配するご主人様国家のことだ。彼女にすれば、有色人種で植民地になったことがないなんて信じられないということらしい。世界的には「日本のような有色人種国家で植民地になったことがないというのは超レア」なのだ。
アジア大陸の一番東端の島国、という地理的なラッキーさに負うことが大きいと思うが、必要とされた時期に必要とされた人材が輩出したことも大きいのだろう。そして、意外と若いうちから彼らは力を持たされていた。日露戦争時、作戦を任された秋山真之、若干36歳。まぁ時代が違うとはいえ、いまならまだ課長程度の年齢である。
変化の時代・危機の時代こそ、若い人間が力を発揮する。
若者が情熱を持って突っ走り、老練な世代が堅牢にサポートする。そんな体制が今こそ必要だと思う。
「ついった?」
2009年10月28日(水) 8:32:59
毎日ツイッターしたり、首相とのご飯をツイッターで実況したり、ツイッターで知り合った人と飲んだりしてると、「もうそれが当然。みんなが知っているのが前提」とか勘違いして来ちゃうので、昨晩のことはバランスをとる上でもとてもいいことだった。見事にツイッターの「ツ」の字も知らない人たちと一緒にご飯を食べたのである。
というか、そっちの方がまだ大部分だよなぁ。当然化しちゃってる自分が変ということを自覚した方がよい(一般的には、ね。広告界やメディア界の人たちが知らない or 使えないのは相当ダメだと思う)。日々の習慣として先端系の情報をどんどん取り入れていると、一般との乖離に気づかずに突っ走っちゃったりする。それは(キャンペーンを企画する場合においても)あまりよろしくない。自分の客観的位置を自覚しながら走らないと。
それにしても本当に初耳だったみたいである。
「つ、つい?」「ツイッター」「ついった?」「ツイッター」「ついったぁー。それって新しいゲームかなんかですか?」「もしかしてツイスターを連想した?」「はい」
新聞やNHKの朝のニュースでもツイッター特集があったりするから、もうそろそろ大丈夫かなぁと思っていたけど、でもまぁだいたい世間的にはこんなもんなんだろう。
ツイッターに限らず、ミクシイですら「何それ」と言う人がまだいそうである(うちの母とか絶対知らないし)。というか「ブログ」という言葉だって、見たことはあっても実際にどういうものか把握してない人も多い気がする。心の中で「ブロゴ? ブグロ? いやブログだったかな。あれ? こんがらがってきた」と迷うレベルの人とかまだ意外といる気がする。
というか、一緒に食べたもうひとりは、月曜に鳩山首相の所信表明演説があったことも知らなかった。「所信表明演説ぅ〜。そんなんあった? ふーん…。新聞とってないからなぁ」と。
あの演説は一度は聴いた方がいいと思ったが、まぁこれについても意外とそんなもんなのかもなぁと思った。
テレビ・ニュースを見ない人も多いうえに、最近では新聞を取らない人も増えた。その状態で数日ネットをチェックしなかったりするとほとんどニュースに触れなくなる。実際、新聞の売り上げが減り始めてから、酒場の話題として時事問題が出てくる回数が顕著に減った気がする。生活スタイルだけデジタルに移行してしまい、実は「情報的孤島」に陥っているのにそれに気がついてない人が意外と多いのではないだろうか。最新ニュースを優先順位をつけた上でコンパクトにまとめて毎朝玄関まで届けてくれる「新聞」というプッシュ型サービスを軽視しない方がいいと思うけどな。
昨晩のふたりはとても常識的な知性人。昔から仲がいいから(もう25年もつきあってる)、その知性的な部分はよく知っている。そういう彼らでこういう感じなのだから、一般的にも孤島化してる人って多いんだろう。イイ・ワルイの問題ではなく、これって「国民全員が共通して話せる話題」が無くなっていく過程なのかもと思った。ここ20年で国民全員が知ってる流行歌が絶滅したように、ニュースも各世代別に細分化されていくのかも。
それにしても、所信表明演説より「のりPの初公判」の方に時間を大きく割いた民放は、国民が呆れてるのを少しは自覚した方がいいと思う。新聞(一般紙)はその点とても常識的で良識的な配分だった。「民放=扇情的なタブロイド紙・スポーツ紙」と位置づければまぁ納得行くのだけど(その場合「NHK=一般紙」か)、本当にその立ち位置のままでいいのだろうか。
20世紀最後の日々、中標津にて
2009年10月17日(土) 17:01:28
約10年前。ミレニアムの年(2001年)の1月1日を、ボクは中標津(北海道)のムツゴロウさんの家で迎えた。家族でお邪魔して、20世紀最後の晩を過ごし、24時にはカウントダウンを動物王国の人たちと全員でした。ムツさん手作りの料理といいワインとで大騒ぎをしたっけ。
なんでそんなことを唐突に思い出したかというと、今週ふたつもそのことを思い出させる出来事があったから。
ひとつは広尾の「マノワ」というレストラン。
数日前に例のフリュイ・ド・メールを食べた店なのだが、ここ、中標津の「ヘイゼルグラウス・マナー」と同経営なのである。リンク先を読んでいただければわかるが、「ヘイゼルグラウス・マナー」はイギリスのマナーハウス(荘園主の邸宅)をイメージしたオーベルジュ。建物も料理も凝りに凝り、執事までついてサービスしてくれる。まだ開店まもなくに伺ったので今とはずいぶん違っているかもしれないが、外は美しく雪が降り、隣の部屋では暖炉がパチパチはじける中で、シェフ自らが撃ってきたジビエ料理を食べたのは得難い経験だった。
そのオーベルジュに行ったのが、ムツさんちにお邪魔する前日の12月30日。
「マノワ」でシェフに「ボク、ヘイゼルグラウス・マナーに行ったことありますよ。あれは確か……」と話しかけ、「はて、あれはいつだったか」と記憶を探っていたら色鮮やかにあのミレニアムの年越しの夜を思い出したのであった。思えば20世紀最後に伺ったレストランだった。
もうひとつはNHKの番組「プロフェショナル」。
録画しておいた「酪農家・三友盛行」の回(10/6放映)を先ほどようやく見たのだが、一緒に見ていた妻に「この牧場、ミレニアムの北海道旅行で行ったの覚えてる?」と聞かれ、またしても色鮮やかに思い出した。そうだ、確か「ヘイゼルグラウス・マナー」に泊まったまさにその日に立ち寄ったのだった。
当時は「酪農のカリスマ」とボクは知らず、単に(妻の専門である)チーズのおいしい牧場ということで出かけた(妻は彼のことを知っていた)。チーズを造る工場や牛舎を見学させていただき、とれたての牛乳を飲み、チーズを購入した。とても清潔で豊かな牧場だったと記憶している。あぁ、この三友盛行という人はあの牧場の人なのか!
三友盛行の「プロフェショナル」はとても面白かった。
大規模経営酪農が当然の時代に、牛の数を平均の半分以下に抑え、飼料を使わず牧草だけで牛を育てていくのが彼のやり方。生乳の量は周りの3割程度しかない。周りからはバカにされた日々であったが、飼料高騰の今、えさや設備投資の経費が圧倒的に少なく、小規模なのに逆に利益があがる彼の「マイペース酪農」は注目され、「神様」とすら呼ばれているらしい。
番組の中で、いままで牛を増やそうと努力してきた酪農家たちにこう言う。
「だからこれからはさ、増やす喜びまで来たんだから、減らす喜びに触れなきゃ」「それが結局、適正規模なのさ。それを受け入れた方がいいのさ」「自分の経済的欲求だけで走ろうと思ったらいくらでも走れちゃう。心を置いてもいいから走るっていうのが今の傾向だから。そうじゃなくてね、守るという節度の中で人はここで持続的に暮らしていくんだから」。
その言葉の上に「立ち止まり、足るを知る」と、タイトルが出る。
もっと大きくすること、もっと儲かることを望んでひたすら走ってきた日本。バブル崩壊で一度大きく挫折して学んでいるのに、まだぜんぜん価値転換が出来ていない。モノを買い大規模にやる豊かさではなく、モノを捨て適正規模でやる豊かさに移行しないといけないのは目に見えているのに。
ま、「立ち止まり、足るを知る」は、日本に向けてだけでなく、自分に言い聞かせないといけない言葉ではあるのだけど。最近ちょっと走りすぎてるから。いや、朝ランの話ではなく。
井上雄彦「プロフェッショナル」
2009年09月16日(水) 8:54:29
まだ自分の中でうまく消化(昇華)できていないけど、昨晩のNHK「プロフェッショナル」はとても刺激的だった。出演は井上雄彦。
彼と自分を比べるなんて傲慢だということはわかってはいるものの、彼のことを思うたび、自分がいかに「楽な道」を歩んでいるかを思い知らされる。あまりに差がありすぎて自分が惨めになるので、最近ではなるべく彼のことを考えないようにしているくらいである。数年前にわりと濃くおつきあいさせていただいたが、その間ずっと「およびもつかない」と思い知らされ続けた。いやホント、およびもつかない。
昨晩の放映で印象に残った言葉は「手に負えないことをやる」という彼が大切にしている流儀。
そして「自分がコントロールして書いたら途端にこざかしいものになるのは目に見えているじゃないですか」という言葉がそれに続く。この「自分がコントロールして書いたら途端にこざかしいものになる」というのは、彼の "創作の秘密" そのものではないかな。自分の頭の中から出てくるものなどたかが知れていて、単に「こざかしい」ものでしかないということ。キャラクターや紙や筆から勝手に紡ぎ出てくるものをこぼさず受け取って身を任せていくということ。自分の予想や実力を超えた何かがそこから生み出されていくということ。
そういえばよくお会いしている頃も彼は「こざかしくしたくない」みたいなことを何度も言っていた。「してやったり」という感じも嫌っていた。そういう "計算されたもの" の限界やみっともなさを知り尽くしているのだと思う。えてして「こざかしく」「してやったり」になりがちな広告の仕事なんて恥ずかしくて恥ずかしくて(だからその対極にある「スラムダンク一億冊感謝広告」は、自分が関わった仕事ながら、今でも自分の中のお手本だったりする)。
「手に負えないことをやる」という言葉は、番組ラストの「プロフェッショナルとは?」という問いの答えにつながっている。彼はこう言った。「向上し続ける人ですかね。これがなくなったらプロをやめないとって思ってることが、それなんで。だから、プロフェッショナルというのは、向上し続ける人、と思います」。
自己模倣は言うに及ばず、自分が獲得してきたもので回していくことすら自分に許さず、自分の手に負えない難しいテーマを自分に課すことで、常に向上し続ける。
この考え方が一貫して彼の底流に流れている。一貫して、そして徹底的に。
だからやっぱり「およびもつかない」。ボクなんか自己模倣を避けるのが精一杯なレベルで右往左往している。でもね、一歩でも二歩でも追いつこうとは思っている。あと数十年、死ぬ前には背中が見えるあたりまでなんとか追いつきたいな。追いつけるかな。
独りで先を行くつらさ・孤独さは、少しは想像できるつもり。
先を走り続けていてくれて本当にありがとう。
熊本から帰ってきました
2009年09月13日(日) 21:28:49
おっと、更新しわすれるところだった。
昨日はまず、朝8時半に熊本城へ行ってお城見学。
なによりも見惚れたのが石垣の美しさだなー。このカーブ。武者返しとして有名だけど、そんなことより造形美としてホント見惚れた。去りがたく、しばらく石垣の周りをうろうろなでなでした後、天守閣に上る。一口城主(1万円で城主になれる)の名前が大量に張り出されていたので森崎博之くんの名前を探したんだけど(ボクは城主ですよ!と威張られたので)なかったぞ? その後、新築の本丸御殿も見たけど、天守閣を含めて一番よかったのは宇土櫓かな。古くて暗くて趣がある。昔の武士が暗がりから出てきそうな雰囲気。いいなぁ。想像力を刺激されるなぁ…。最上階でしばらくボー。
そうこうしているうちに10時半になったのでホテルに帰ってチェックアウトし、その時間から開いている「黒亭」へ熊本ラーメンを食べに出かけた。
泊まったホテルキャッスルには「桃花源」という東京銀座にもある有名中国料理の本店があってかなりうまいと評判なので、そこでコースでも食べるか、それとも昨晩食べ損ねた馬肉を食べるか、それとも熊本ラーメンの有名店を試してみるか、そーとー迷ったんだけど、結局「桃花源は銀座店にもいい料理人を置いているはずだからそっちでいいや」と結論づけ、馬肉とラーメンを両立させることにしたのだった。つまりハシゴ。まずは「黒亭」までタクシーで。
昨晩食べた「天外天」と似た方向性。まぁ両方とも熊本ラーメンなんだから当たり前なんだけど。細麺で濃厚なんだけどあっさりしている。スープの最後の方にえぐみが残ったのが残念。
で、馬肉を食べに上通までタクシーで移動して「菅乃屋 上通店」へ。
馬肉をランチでやっている店が意外と少なく、その中でも評判の高い店だったのでワクワク出かけたが、11時30分の開店時間に行ったにも関わらず満席。うわーどうしよう。一応次善の策としてメモしておいた「馬桜」に行くことにした。下通をてくてく歩いて着いたその店、まだ空いていてホッ(ボクが入店して20分くらい経ったら満席になった)。馬刺定食。うん、なかなかおいしいけど、馬肉のおいしさの基準値が自分の中にないので、これがすごいうまい馬肉なのかまぁまぁ程度の馬肉なのかがよくわからないな。どっか最上の店で一度食べてみたい。
食欲に火がついたので「もう一軒行くかぁ」と、友人から聞いていた洋食屋「ケルンよしもと」の入り口まで行ったんだけど、さすがに理性が「三軒目でハンバーグはいかんのではないか」と引き留める。んー。理性がそうつぶやく時点で年齢を感じるなぁ。仕方がないから諦めて空港に向かうことにした。
空港に向かうクルマに乗った途端、雨がザァーッと降ってきた。本降り。
宮崎熊本と3日とも大快晴だったのに、いざ帰ろうとクルマに乗ったら大雨に。これが「晴れ男クオリティ」ってヤツである(笑)。旅に出ると本当に濡れることが少ない。朝から雨の日でも外に出るときだけ雨が止んだりする。もちろん晴れ男なんて非科学的なことなんだけど、そう思いこんでずっと過ごしていると本当にそうなるんだよ(いやホント)。
で、熊本空港に着いたんだけど、晴れ男の反動か嵐のような雨になり、ヒコーキが出発できない。それは晴れ男的にどうなのか。まぁそれでもなんとか飛び立って、羽田に着いたのは16時半くらいだったかな。東京は朝から雨だったらしいけど、ボクが羽田についたときはキレイに雨が上がっていた。これぞ「晴れ男クオリティ」(しつこい)
本当は昨晩はアメリカからのお客さん(アメリカ人を含めて4人)を鮨屋に案内する予定で、家に帰ってからすぐに都心に向かわないといけなかったのだけど、前日にキャンセルの連絡(急に仕事になったらしい)。もう10年以上会ってなかった相手なので会いたかったが仕方がない。さすがに3日間外食で胃が疲れていたので、家で静かにすることに(アメリカからのmaiさん、またゆっくりね)。
録りためていたテレビ番組を見ようと、まず金曜日に山本彩香さんが出た「おかずのクッキング」を見ようとしたら、これがなぜか録れていない(!)。ぐえ。困ったな…。次に細田守監督が出た「トップランナー」。これは無事録れていた(よかった)。細田守監督はなんとこの「さなメモ」を読んでくださってるとのことで、最近 Twitter でフォローしてくれるようになった。なんと光栄な。 遠い人だったが急に身近に感じられて、ニコニコと鑑賞。とても有意義だった。
で、夜中の「ザ・ソングライターズ」の矢野顕子の回をライブで見てふらふらになって就寝。そんな土曜日。来週も再来週も地方講演(講義)があるなぁ。今年の9月はわりと落ち着かない感じ。
矢野顕子と9刷とクラウドと
2009年09月05日(土) 13:38:33
みなさん、今日の夜のNHK教育「佐野元春のザ・ソングライターズ」は矢野顕子ですよ!
23時25分〜23時55分。二週連続。これは必見。いまのあっこちゃんはすごいと思う(まぁ前からすごいのだけど、この前のライブが特にすごかったから)。ちなみに明日は見逃した松本隆の回の再放送がある。18時〜19時。これもうれしいなぁ。
本当は、明日はそんな番組を見るどころではなくて、親しい編集者夫婦が家に訪ねてくるはずだったんだけど(9ヶ月の赤ちゃん連れて)、もしボクたち家族の誰かがインフルエンザ潜伏期だったら赤ちゃんにうつしちゃうかもしれないので、先ほど話し合って泣く泣く延期にした。赤ちゃんは重篤になりやすいと聞くし。インフルエンザの流行がおさまったらまた企画するということで。
というか、毎日の超満員電車やらカンファレンスやら講演会やらで、菌自体には接触していると思うんだよなぁ。手洗いもうがいも励行しているけど、カラダのどこかにはきっとついている。赤ちゃんが来たら思わずダッコしたりするし、赤ちゃんも何かに触った手をすぐ口に入れちゃったりするし、やっぱりインフルエンザが流行っているうちは無理かもね。残念。
編集者といえば、拙著「明日の広告」、9刷、決まった模様です(つか、1Q84やヱヴァ新劇場版Qみたいに、実は9刷ではなくてQ刷だったりして)。
去年の1月に発売して以来もう1年9ヶ月。未だじわじわ売れ続けているのは完全に想定外。異例のロングセラーになりました。みなさま、本当にありがとうございます。広告業界以外でも売れ出したのが増刷の原因。実際、題名は「広告」だけど、消費者を相手にしているすべての人がターゲットだし。
発売当初、冗談で「10刷くらい行くといいねぇ」とか編集者と言い合っていたんだけど、もしかしたら現実になるかも…。人生、予想外のことばかり起こる。うれしい限り。
今日は大きく仕事環境を変える作業に終日かかりそう。
本格的にクラウドを導入する。いままでも使っていたけど、仕事も原稿もクラウドにすべて移行するためにいろいろ設定中。書き物やメモをすべて「Evernote」にぶちこむことと、ブラウザをSafariからFirefoxに変えてアドオンを充実させること、そしてサブメーラーとして使っていた Gmail をラボで徹底的に鍛え直すこと。それらを使いこなせるところまで持って行きたい。それもこれも iPhoneアプリを使い出したことが大きいな。クラウドへのいい入り口になった。というかクラウドを使う意味が iPhoneで明確になった感じ。いろいろ便利な世の中なのだ。
レス・ポール、山城新伍、海老沢泰久
2009年08月18日(火) 8:59:05
またしても訃報の嵐だ。
村上春樹は「1Q84」の中で牛河という登場人物に「ある年齢を過ぎると、人生というのはものを失っていく連続的な過程に過ぎなくなってしまいます。」と言わせているが、まぁそういうことなのだろうな。井伏鱒二的に言うと「サヨナラダケガ人生ダ」と言うことか。
レス・ポール。
ボクはニューヨークの「Iridium」で彼のライブを1998年頭に観ている。一緒にNYに行った音楽プロデューサーに「もうすぐ死んじゃうからすぐ行こう!」と誘われて観たのだけど、それから約10年、ぜんぜん死なずに毎週月曜夜にライブをしていた(笑)。でも観ておいてよかった。当時82歳。動きは緩慢だったけど、抜群に格好よかった。ギブソン・レスポールを胸の高い位置に抱えて静かに弾いていた姿が忘れられない。本当にうまいとパフォーマンスなんて必要なくなる。
山城新伍。
「大人にはボクたちの知らない快楽があるらしい」と子供のボクに感じさせた芸能人のひとり。主にバラエティだったが、裏側を感じさせる彼のトークは「早く大人になってみたい」と切望させるに充分だった。いまはそういう大人って少ないな。「大人になってみたい」と子供に切望させることって、ほとんど教育者の役目である。もっとも教育者的なるものから遠い人でもあったが、結果的に(そして潜在的に)かなり教育に貢献した人だと思う。いまだったら明石家さんまや中居くんみたいな人気を誇った人。芸能界と縁を切って早くから老人ホームに入ったのも衝撃的だったけど、最後まで「ボクたちに一歩先を見せてくれた人」なのかもしれない。
海老沢泰久。
この人の本は中期までなら(NECから出たPCのマニュアル特別執筆に至るまで)ほとんど全部読んだのではないだろうか。1995年にサイトを始める前だからほとんど記録に残してないけど、1980年代はモスト・フェイバリットな作家だった。「監督」に始まって「F1地上の夢」「F1走る魂」、そして「美味礼賛」はボクの中では頂点。その後も「ヴェテラン」「快適な日々」「満月空に満月」などなど。達意の文章とはこういうことを言うのだなぁと舌を巻いた作家でもあった。彼の老年を読んでみたかった。森本哲朗みたいな感じになったかも。残念。
和田裕美さんに会った
2009年06月17日(水) 8:35:35
ベストセラーを出し続けている営業マンとして名前だけは知っていた和田裕美さん(ブログ)にお会いした。
というか、彼女がやっているラジオにゲスト出演した。KISS-FM(神戸)の「WADA CAFE」という番組。
ご本人からメールで出演依頼をうけ、「ええと、名前だけは知っているけど、どんな人だっけ?」(失礼!)と急いで2冊ご本を読み(「こうして私は世界No.2セールスウーマンになった」「人に好かれる話し方」
)、うわーすげー人、と、おっかなびっくりお会いしたんだけど、とても人当たりが柔らかくて、「28歳にして世界No.2の営業ウーマン」という経歴から想像される「やり手感」とか「生き馬の目を抜く感」が全くない人だった。
そしてラジオで対談しているうちに「あぁ、この柔らかさが逆にNo.2の秘訣なんだな」と気がついていく。
だって、普段どちらかというと無口で人見知りなボクが、気がつくとバシバシしゃべっている。相手の身になって話を引き出してくれるし、大変な聞き上手だし、なるほどコレか、という感じ。等身大を全く崩さず、丁寧にコミュニケーションを取ってくれるこの感じ。
帰りに新しいご本をいただいたが、ざっとナナメ読みするだけで元気になる。とにかく「陽転思考」が徹底していてすがすがしい。ボクも見習わせていただきます。
オンエアーは7月4日19時半らしい(神戸だけど)。
ポッドキャストも彼女のサイトで公開されるみたいです。ご興味のある方は是非。
自分の声を聴くってホント気持ち悪い
2009年05月10日(日) 7:34:17
FM東京の「アヴァンティ」、意外と人気なんですね。よく聴いてます(ました)とメールをいくつもいただきました。確かにボクも昔何度か聴いたことがある。でもクルマを捨ててからすっかりご無沙汰だ。
で、昨日の自分の放送、一応聴いたんだけど、なんか「リラックスして話せた」と書いたわりには早口で滑舌も悪くてダメダメな感。もっとわかりやすく話せよオマエ(笑) ジョークも入れずに真面目一方な専門分野トーク。こんなことバーのカウンターで話してたら確実に嫌われます。真鍋かをりの軽妙トークの直後だけに特にお堅く感じられた。あーあ。まぁまだ話すことで精一杯でジョークとかまで頭が回らないのでしょう。もっともっと場馴れが必要。
つか、自分の声を聴くってホント気持ち悪い。キモッ。
聴いた方々から「もっと低音で熊のような声かと思っていた」「もっと低くて太い声だと想像していた」といただいたんだけど、そんな印象なんですか? ヒゲの大男と自分のことを書いているからかなぁ。大男というのは「背が高い」という意味なんです。ダイエット成功してからはどっちかというとヒョロ系。
ちなみに、おいしい店系トークで収録した分はいつ放送されるかわかりません。少なくとも来週ではないはずなのであしからず。
なんだか自分の声聴いて気持ち悪くなったので、気分を変えるべく2ちゃんまとめサイトで「うちの母ちゃん凄いぞ」をラストまで読んだ。
数日前からゆっくり楽しんで読んでいたもの。なんか心が温かくなる実話。出てくる母ちゃんは本当に凄いが、書いているクズ子自身の心理描写が面白い。面白いというか「あぁこういうことなのか」といろいろ氷解した気分。すごく理解できたなぁ。オススメ。というか鮨喰いたくなる。ボクはこれ読んでてたまらなくなり、「鮨しみづ」に発作的に電話。たまたま席が空いていたので激食べしてしまった。散財注意。
「ラジオマンガ」と「あなたまかせ」
2009年04月27日(月) 7:05:58
昨日書いた「たむたむたいむ」の話題をぼんやり考えているうちに、ふと中山千夏の深夜放送を思い出した。
TBSの深夜放送だと思うのだけど、日曜深夜に「ラジオマンガ」という傑作ラジオドラマがあった。
これ、面白かったなぁ。水森亜土や野沢那智中心に、名作古典を異様にデフォルメして、かなーりエッチにして、テンポ良くまとめていた。達者な声優たちがイキイキと悪ふざけしている感じが伝わってきた名作だと思う。いま聞いてもきっとかなりの名作揃い。再放送してほしいくらいである。
覚えているタイトルは「アレクサンドル・デュマ原作」(と、野沢那智が語る口調まで覚えている)の「三銃士」を元にした「片目のダルタニアン」とか、「モンテクリスト伯」を元にした「脱獄ロマン 走れダンテス」、「嗚呼、センチメンタルトマホーク」「竜馬の胸に赤いバラ」など。「走れダンテス」なんて、エッチな場面のシチュエーションまで覚えているぞ。ものすごくときめいたあの感覚と一緒に思い出せる。エッチと言っても明るく笑える演出なんだけど、ボクにとっては鶴光の「ミッドナイトストーリー」と双璧の存在(笑)。誰か録音してないかなぁ…。
あ、そうそう、中山千夏の話だった。
で、たしかこの番組の直後だったと思うけど、「中山千夏と佐藤允彦の『あなたまかせ』」という番組をやっていたのである。1時からだったか2時からだったか。この番組が終わるとTBSは放送終了。サーーというノイズに変わったような(違ったかな)。だからこれが終わると世界から置いて行かれた気がしたっけ。
この「あなたまかせ」、彼ら(ふたりは夫婦だった)のオリジナル曲をライブで歌って、その合間にトークする(ゲストあり)、みたいな地味で静かな番組だったけど、なぜかかなり好きで、孤独な長い夜、ベッドでじぃっと聴いていた。「ブラッドベリの十月はたそがれの国」とか「十三階段」とか、彼らのオリジナル曲はいまでも少し歌える。30年以上前にラジオで聴いただけの歌がまだ脳味噌にいきいきと流れている不思議。
ちなみにブラッドベリのことはこの番組で知り、「10月はたそがれの国」を神田の古本屋で買って読んだのを覚えている。で、その後「とうに夜半を過ぎて」
という彼の大名作短編集(でもマイナー)に行き着いてブラッドベリに耽溺していくのだけど、それはまた別のお話。
で、そんなことを思いつつ、あの頃って中学生?それとも高校生だったっけ?と考えつつ、ふと「中三の娘もそういう年代なのだ」と気がついた次第。あぁ、キミはもう「あの頃」なのか…。
「たむたむたいむ」のオフ会に参加した人が「娘に『昔好きだった深夜放送のDJに会ってくる』と言ったら不思議な顔をされました」と話していた。親にそんな青春時代があったことなんて、子供から見たら想像を超えるだろうなぁ。でも親から見ても「子供が自分たちがああだった時代に今いること」なんて意外と実感できない。だってねぇ、「あの頃」ってもう精神的には立派な大人だったよ(疑似体験的にだけど)。赤ちゃんのときからずっと見ているせいか、キミがその地点に今いるなんて、なんだかうまく実感できないんだよ。でも大人たちは、一度通ってきた分、わかってやらないといけないんだろうね。
「たむたむたいむ」オフ会
2009年04月26日(日) 13:29:26
昨日の土曜日は「かぜ耕士の『たむたむたいむ』サイト」のオフ会だった。
このサイト、元はと言えばボクのサイトでこんなコラムを書いたことが発端。約30年前のモンスター番組「たむたむたいむ」のことを書いたのである。で、DJのかぜ耕士さんからメールをいただいて、初めてお会いして、サイトを作るお手伝いをして、、、という流れ。そのサイトに集まった「深夜放送世代」、つまり40〜60歳代が昨日は約30人集まった(もちろんかぜさん本人も)。利害関係も何もなく、単にあの頃かぜさんの大ファンだったというつながりのみ。その気楽で楽しいことよ。
そういう流れなので乾杯の音頭をお願いされていたのであるが、直前まで仕事の打ち合わせをしていて、なんと遅刻するという失態。
40分近く遅刻したのだが、どうやらみんな三々五々のんびり集まっていたようで、タイミング的にはジャストだったみたい。ちょうど乾杯のタイミングで到着し、そのまますぐに乾杯の音頭。仕事モードが抜けず少々焦ったが、「あの中学高校時代の暗くて長い孤独な夜に、ラジオにかじりついてその声をむさぼり聴き、その後の人生に目に見えない大きな影響を与えてくれたあのかぜ耕士さんと、こうして間近にお会いできるのみならず、長時間われわれで独占できることがいかに奇跡的でシアワセなことか」という話を短くさせていただいた。
ネット時代だと「ありふれたこと」かもしれないが、あの頃中学高校だったヒトには「まさに奇跡」。ありふれた奇跡ってこういうことだなぁ、とか思うわけで。
で、その後すぐに、ゲスト出演2回目の「コラアゲンはいごうまん」の漫談。
彼はこのオフ会2回目の参加。ボクは彼の全国ツアー凱旋公演にも行っている。長時間漫談なのでテレビ向きでないのがネックだが、もっともっと売れてもいい芸人さんだ。今回はこのオフ会のためのオリジナルネタ。爆笑爆笑で面白かった。こういう長時間密室芸ってどうやったらメジャーになるんだろう…。(興味ある方はこちらの動画とかをどうぞ)
入れ替わってハックルベリーフィンのライブ。
このメモでも何度か紹介しているが、ハックルは「たむたむたいむ」の大スターで、「流れ星」という大名曲が当時超ヘビーローテーションだった。あの番組を聴いていた人は全員歌えるのではないかというくらい番組内では流行った歌だ。
メンバーのマークさんはボクの主治医。格好いいキャップをかぶっての登場。ボクが中学高校時代にラジオにかじりついて聴いたあの曲を歌っていたヒトが今のボクの主治医ってこともなんだか奇跡的だなぁと感慨を覚えつつ。もちろん今回も「流れ星」をやった。今回のパフォーマンスは特に良かった。泣いているヒトもいた。ボクもちょっと泣きそうだった。
その後、掲示板の常連さんであるハイパパさんによる「愛よこんにちは」のウクレレ&歌。なんか懐かしいと思って注意深く聴いたら知ってる歌だった。というか同年代の集まりなので、知っている話題とか曲が多い。
で、〆はかぜさんのパフォーマンス。
訳詞を朗読した後に曲を流すという洒落た構成で3曲。
ボクはかぜさんの詞の朗読が好きである。本業は作詞家で「涙をこえて」などのヒット曲があるかぜさんなので、作詞家の想いをちゃんと汲むことができる。そのうえでDJ技術をフルに使って朗読してくれるんだもの、そりゃ感動的になるに決まっている。
Suzanne Vega「Tom's Diner」
Janis Joplin「Me and Bobby Mcgee」
Richard Harris「Slides」
リチャード・ハリスの「スライズ」の朗読は前々回に続いて二度目。そのときのがあまりに感動的だったのでアンコールがあったらしい。アルバムの中の一曲なのでYouTubeにはないが、ここでさわりだけ聴ける。
そしてみんなで「涙をこえて」をカラオケして解散。いやー楽しかったな。奇跡的な集まりなんだなと思う。ボクは仕事があったので2次会3次会に行けなかったけど、みんなは深夜まで楽しんだみたいである。次は来年だろうか。いまから楽しみだ。
法事の意味
2009年03月09日(月) 8:01:33
昨晩の「情熱大陸」(TEAM NACS)、舞台を観たばかりの人間にとっては異様に面白かった。
しかし大泉脚本、超ギリギリの上がりだったんだなぁ。公演初日9日前にモリと飲んだけど、そのときのモリのピリピリ具合の裏側がよくわかった。こりゃ胃が痛いわ(笑) というか、初日の模様が放映されていたけど、そこでのラストとボクが観たラストが違う。初日からずいぶん手を入れたみたいだな。いつ最終完成するのだろう。
昨日の日曜は法事だった。
母方の祖父の十三回忌と祖母の三回忌を兼ね、親戚が横浜に集まった。
若い頃は法事なんて意味ねえと思っていた。ご先祖を敬う気持ちは人一倍ある方だとは思うが、この忙しいのに別に親戚が集まって弁当食ったりビール飲んだりしなくてもいいじゃんと思っていた。各自が仏前で祈ればいいことだし、儀式も形式的なものだと思ったし、親戚のオジサンとかとビール飲むために半日つぶれるのももったいないとか思っていた。
でも、このくらいの年齢になると法事の大切さがわかってくる。
儀式としての大切さではなく、なんというか「集まって故人のことを強制的に思い出す」という「時間」が大切で貴重な感じがわかってくる。お寺やお坊さんや儀式や弁当やビールはその小道具として存在するだけ。儀式とか儀礼の意味って「わざわざそういう時間を共有するための理由づくり」だったんだ、みたいなこと。
若いころはまったくそっちの意味に気づかず、ただただ退屈に思っていた。
いや、「強制的に思い出す」ということの大切さは理解していたかな。でもそれは個人個人がすればいいことだと思っていた。でも、故人を愛する人々が集まらないと発生しない「想念」みたいなものってあるんだな。そんなことを思った休日。
東京の父役
2009年03月02日(月) 7:30:15
NHK大河ドラマ「天地人」、なんとなく見続けているが、あのいきなり暗転してスポットライトが当たる演出、なんとかならないかな。横で中2の娘すら失笑している。
土曜は胃が痛くて寝込んだ。
金曜に一緒に飲んだ人も風邪で寝込んだらしいので、ボクのも風邪かも。ただ、彼は熱。ボクは胃。症状が出る部分があまりに違う。んーどうなんだろ。ずっとしくしくしくしく痛い。胃が痛むのは超久しぶり。そういえばこういう痛みだったなぁと思い出した感じ。しくしくしくしく。寝てても痛みで目が覚める。
日曜の朝もまだ痛かったが、朝ご飯食べたら少しマシになったので、昼ご飯に丸の内まで出かけた。
前からの約束で、神戸のN母子とR妊婦と4人でランチ。Nさんの娘さんがロースクールに通うために東京に一人住まいをするというので「では東京の父をやってあげよう」とお節介を申し出たのである。東京の父役はこれでふたりめ。ひとりめはこの人。ふたりめの彼女とはどういうドラマが生まれるかな。まぁとりあえず司法試験一発合格を目指してがんばれ。バックアップするよ。
胃はまだ思い出したようにチクッと痛む。金曜に食べた刺身に何かいたか、と思わないでもないが、それだったらもっとずっと痛むはず。まぁ風邪の初期だったのかな。土曜に寝たのが効いて今朝は比較的好調に。
やっぱりドゥダメルはスゴイ
2009年02月21日(土) 13:03:23
昨晩は仕事で遅かったので、ドゥダメルの放送は今朝録画で観た。
この会場に公演当日いたんだなぁ…、あれは本当に幸せな夜だったなぁ…と、遠い目で思い出しつつ。舞台から見て左側2列目にいたので、たま〜に画面に映っている(合わせてもほんの1〜2秒だけど)。それを見てあらためて思う。あぁ本当にいたんだ…。なんか夢みたいだった。オーバーでなく。
チャイコフスキーの5番はやはり圧巻。テレビで客観的に聴くと弦がすごいな。解像度が高く正確なのに熱い。ユース・オケだから、きっと楽器も安いものなのだろうけど、十分なクオリティ。素晴らしい。
アンコールのマンボとマランボも聴けて満足。会場の熱狂がいまいち画面からは伝わってこないけど、いやホント、日本人の観衆とは思えない熱狂だった。
メールもいろいろいただいたが、みんな「当日ライブで聴きたかった!」というもの。「見ていて泣いた」というメールも多かった。いや、ほんと、泣くよね。
で、シモン・ボリバルが終わって、次はベルリンフィルとドゥダメルの演奏だ!と待ちかまえていたら、そこでなぜか録画ストップ! え、まさか! マジ? うわっ、録れてない!!!
ショックで寝室に。マジ寝込んだ。
ドゥダメル放映!
2009年02月19日(木) 7:52:44
明日の金曜日(2/20)、NHKでドゥダメルの放送がある。
ボクが「生涯トップかも」と感激した去年12月17日の東京芸術劇場でのコンサートの録画も流れる。ボクの長い長い感想はこちら。あぁもう一度あの夜に戻れる! とはいえ、あの生の良さをそのまま取っておきたい気もする。録画はやっぱり録画。録画映像を見ちゃうとあの生の鮮烈な感激が少し変質するかもなぁ。不安だけど、でも観ないわけにもいかない。ちょっと悩ましい。
予告サイトによると「マンボ」や「マランボ」は放映しないみたいだが(残念!)、あの強烈な「チャイコフスキー交響曲第5番」はやるようだ。あわせてベルリン・フィルを振ったヤツも(ここでマランボはやるかも)。ただ、あのアンコールの熱狂は流して欲しいなぁ。スナップ的に入るのかもしれないけど。
2月20日22時30分〜24時45分。NHK教育テレビ「芸術劇場」にて。絶対チェック!
山田太一「ありふれた奇跡」
2009年01月11日(日) 9:42:32
山田太一最後の連ドラ「ありふれた奇跡」を録画で観た。
1997年の「ふぞろいの林檎たちIV」以来の連ドラ脚本にして、これが最後らしい。倉本聰と並んで20世紀終盤を代表する脚本家。娘には「倉本聰や山田太一をリアルタイムで観たことがある、ということをいつか自慢できる日がくるよ」と言っておいたが、まぁそれくらいの大御所である。
その娘、観終わった感想がボロクソだった。
「わけわからない」「テンポが遅い」「会話が変」「なんだか古い」。
「んー、でもね、この頃のドラマは確かにテンポが早いけど、人生って実際にはあんな風には展開しないからね。表現だって、例えば怒りなら怒りの表情をそのまま描くのが今のドラマ。でも人間って実際にはそんなに「わかりやすく」怒ったりしないし、「わかりやすく」泣いたりもしない。本当に人間を描こうと思ったら、状況を外側から丹念に描いていく必要があるんだよ」と、一応説明というか弁護はしておいた。
そう、弁護。
だってボクも「古い」と思ったもん。少なくとも初回は。残念ながら。
この古さは倉本聰の「風のガーデン」からは感じなかった。山田太一自身が「自分の作品は時代に合わなくなって来てしまったから、もう最後にしようと思う」というようなことを語っていたが、その感覚がわかる。不思議なくらい時代からズレていた。特にセリフ回し。
なんというか「セットのない舞台」でのセリフ回しみたい。
状況を言葉ですべて説明しようとする。これが違和感の一番の原因。そんなに説明しなくても今の若者は察する。察する能力は有史以来最高レベルなのだ。
しかも棒読み。そして短い会話を淡々とつなげる。この棒読み感と淡々感は演出だと思うけど、なんなんだろう、「ゴトーを待ちながら」の舞台や三好達治の詩なんかを思い出させるような感じ。達者な役者を揃えているんだけどな。全員が全員ワザとらしくてヘタクソに見えて、観ていて辛かった。
たぶん山田太一だからこれらは「狙い」だと思うし、こういう希薄なコミュニケーションから現代の何かを浮かび上がらせるつもりなのかもしれないが、今の視聴者はもっとせっかちなので、浮かび上がらせる前に観るのを止めてしまう可能性がある。現にうちの娘はもう観ない可能性大。んー。
伏線がいろいろ張ってあったので、山田太一的な驚きの展開が待っていそうではあるけれど、どうしようかなぁ、ボクも観るかどうか迷っている。ちょっとね。あぁでも加瀬亮がなかなかいいから観てみようかな…。
20世紀終盤を代表する脚本家といえば、市川森一も最近観ていないな。
「傷だらけの天使」が有名だし大好きだが、ボクが一番好きなのは「淋しいのはお前だけじゃない」。脚本原作を買ったくらい好きだ。主演した西田敏行の代表作だと思っているし、歌も彼の代表作だと思っている。
あの頃の市川森一みたいなドラマが観たい。
トニー賞授賞式2008をやっと見られた
2008年07月06日(日) 8:46:41
友人が、見逃していた「トニー賞授賞式2008」を見せてくれた。ハルキさん、ありがとう。
さっそく見終わって、前にも増して「南太平洋」を見逃したことが悔やまれた。逆に「Passing Strange」や「ジプシー」は諦めがついた。
トニー賞ではノミネート作品の数分ほどのパフォーマンスが見られるのだが、「Passing Strange」はたぶん英語が不自由なボクにとって作品の意図がわからないタイプのものだった。新作だからストーリーもネットに転がってないし。「ジプシー」は名作なのでネットで予習とか出来たとは思うが、短いパフォーマンスを見た限りではそんなに魅力的に見えなかったな。それに比べて「南太平洋」はやはりロジャース&ハマースタインだけあって曲を聴いているだけでも楽しい。見れば良かった。
とはいえ圧巻はやはり「In The Heights」のパフォーマンス。
たった数分にエッセンスがギッシリ詰め込まれ、圧倒的な迫力で観客を魅了した。最優秀作品賞はこれだな、と、賞の発表前からわかっちゃうほどの旬の勢い。作品賞ノミネートの他3作品と同じ争いをしているようにはとても見えない(特に「ザナドゥ」はなんだ? 去年観たときも酷いと思ったが、やはり酷かった)。
ちなみに、作品賞にノミネートされた「クライ・ベイビー」は授賞式のすぐ後に公演打ち切りされたとか…。
作品賞はたった4作品しかノミネートされない。つまり一応2008年度トップの4作品である。なのに観客が入らないとすぐ打ち切り。シビアだなぁ。まぁ今年観たときも「んー?」って感じの印象だったんだけど、それにしてもちょっと可哀想。授賞式では、もともとの映画を作ったジョン・ウォーターズ監督が「クライ・ベイビー」のパフォーマンス紹介に出てきたのがうれしかったが、主演のふたり、好演だっただけにちょっと不憫だ。
「ライオン・キング」のパフォーマンスで始まった授賞式。
司会のウーピー・ゴールドバーグが出てきて「ライオン・キングは受賞10周年。ブロードウェイに子供たちを呼び戻してくれた!」と語る。そうか、ちゃんとそこをトニーは評価したんだ、と、うれしくなる。
彼女はその後も「オペラ座の怪人」のクリスティーヌに扮したり、「SPAMALOT」のレディ・オブ・ザ・レイクに扮したり、空飛ぶメアリー・ポピンズに扮したりと大活躍だったが、ボクには少しToo Muchだった。アメリカ人にはちょうどいい感じか。「RENT」のオリジナル・キャストが出てきたのは良かったが、初演から12年ということで、多少年月の影響を受けてしまった人がいたなぁ。イディナ・メンゼルがとても可愛かった。
あぁ満足。モリとチャットしながら観たかったけど、後追いとはいえ見られて良かった。繰り返しになるけど、ハルキさん、ありがとう。
トニー賞授賞式
2005年06月19日(日) 3:40:12
BS2でトニー賞授賞式ノーカット版を観る。まぁ毎回思うことだが彼我の差に愕然&暗然。ショーの演出力と出演者の層の厚さと。日本だったら出演者いじり芸人が司会とかやるのだろうな…。この分野で勝負しても日本は絶対勝てないので、オタクやマンガやゲーム方面のリードを広げていくしかないのかも。勝負しに行っている宮本亜門氏とかに敬意を表しつつ。
個人的には「ヘアスプレイ」の母親役でトニー賞を取ったハーヴェイ・フィアスタインが存在感たっぷりのプレゼンターで出てきたのがうれしかった。圧倒的。人間の存在感ってどこで違ってくるのだろうな。毀誉褒貶に晒され、自分は自分という境地に辿り着いたあげくの自信の大きさ、みたいなもので違ってくるのかも。
などと考えつつ、ワインをがぶ飲みして、酔ってフローリングで床寝し、起こされてベッドに移って熟睡して、ふと目覚めたら午前2時。目が覚めてしまったら無理に寝ようとはせず起きることにしているので、起きてきて企画や原稿書きなど。
4時前後のこの静寂が好き。怜悧な空気も、好き。
@satonao310




