地震・災害 アーカイブ

サイト「助けあいジャパン」更新停止のお知らせとお願い

2016年9月 7日(水) 15:47:48

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いつも公益社団法人「助けあいジャパン」の活動にご理解とご協力をありがとうございます。

私たち「助けあいジャパン」は東日本大震災の発災後いち早くサイトを立ち上げ、いままで情報支援活動・ボランティア支援活動を、プロボノの方々をはじめたくさんの方々のご協力のもと行ってまいりました。

震災から5年半、地道に更新を続けてまいりましたが、このたび、情報支援サイトとしてある一定の役割を終えたと判断し、サイト「助けあいジャパン」の更新をいったん停止させていただこうと思います。

今日でサイト21年目。ちょっとリニューアルしました

2016年8月20日(土) 16:56:59

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1995年8月20日に開始した「www.さとなお.com」。
今日で21年目を迎えました。

まだヤフージャパンもグーグルもなかった頃に、アメリカのレストラン「NOBU」のホームページ(当時はとてもクールで先端だった)のhtmlソースを丸コピし、英語の部分を日本語に替え、四苦八苦しながらFTPし、とにもかくにも個人ホームページを発信しはじめたのが21年前の8月20日。

あの日から20年。避難して生まれた娘も20歳。

2015年1月17日(土) 9:13:25

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あの日、臨月の妻を抱えたボクは、ぐじゃぐじゃに壊れた真っ暗な部屋の中で「もし無事に子供が生まれたら他に何にもいりません」と神様に確かにお願いした。

あれから20年。
東京の実家に避難して、無事生まれたボクの娘も20歳になる。

助けあいジャパンの代表理事に戻りました。理由は経営の建て直しです。

2014年12月30日(火) 17:04:51

年末も押し迫った今日ではありますが、様々な事情でみなさまに半年近くご報告できなかったことがひとつあります。

いままで直接的に関係してくださった方々にもずっとご報告できず申し訳なかったのですが、公益社団法人「助けあいジャパン」は、今年、たいへんな財政危機に陥っています。

その建て直しをするため、私は会長職から代表理事に戻っています。
また、副会長だった石川淳哉も代表理事になり、ダブル代表体制で事に当たっています。そして新たに、経営再建に精通している斉藤徹(創立メンバーのひとり)に理事に入ってもらい、監事には企業財務に精通した中山敦に入ってもらいました。



自分の「ミッション」を思い出した日

2014年3月12日(水) 11:59:20

昨日の311は、個人的に「初心」を取り戻すいい日になった。

震災支援の初心ももちろんあるけど、それだけではなくて、なんというか、コミュニケーションの初心というか、日々生きて行く上での初心というか。。。初心というか、自分の「ミッション」かもしれない。

それって何って?
いや、とっても青臭いうえに砂糖菓子のように甘いので、こういうの読むとむかつく人は以下読まないでください。

3回目の311。中学の3年間と同じくらい色濃い3年だった

2014年3月 9日(日) 20:09:53

3回目の311を数日後に控え、震災特集が激増しているこの週末。

風化を防ぐためにも、この3年で何があったかを知るためにも、とてもイイコトなのだけど、個人的には、この3年のいろんなことが胸に去来し、痛んでいる。いたたたた。

会社を独立した月、2011年3月、震災が起こった。
いろんな人とつながって、一気に支援プロジェクト「助けあいジャパン」を立ち上げた。

阪神大震災があった1995年、個人的にもボランティア元年だった

2014年1月17日(金) 17:41:45

今日は1月17日。
1995年の阪神大震災から19年経った、ということである。

ボクはあのとき、阪神間(夙川)に住んでいて、うちの娘は妻のお腹の中にいた(臨月だった)。
明日にも生まれてもおかしくない、ってときに大地震が起こった。あれから19年。つまり、うちの娘も今年19歳になる。

今朝、フェイスブックにこんな投稿をした。

東北楽天、日本一おめでとう。〜神戸オリックスの時のことを思い出しながら

2013年11月 4日(月) 11:14:00

rakuten.jpg東北楽天ゴールデンイーグルスが優勝した。

創設9年目。
一時はパ・リーグの中でもお荷物的な球団だった東北楽天。感動的な日本シリーズ7戦のすえ巨人に勝ち(巨人もとてもいいゲームをした)、昨晩、日本一を決めた。

河北新報の号外。
いい写真だなぁ。星野監督が宙を舞う。田中将大投手も最前列。

日航機事故(入社)、阪神大震災(出産)、東日本大震災(独立)

2013年8月12日(月) 8:28:25

日航機事故の年、ボクは新入社員。
ニュースが毎年「あれから何年か」を教えてくれる。
あれから28年。
つまり、社会人になって28年。

阪神大震災の年、ボクは子供を授かった。
これもニュースが毎年「あれから何年か」を教えてくれる。
あれから18年。
つまり、うちの娘は今年18歳。

東日本大震災の年、ボクは会社を辞めて独立した。
これまたニュースが毎年「あれから何年か」を教えてくれる。
あれから2年。
つまり、独立してから2年。もう2年。まだ2年。

緊急災害時のバッテリー問題を先送りしてたなあ

2013年8月 9日(金) 9:46:20

昨日、緊急地震速報があった(結局誤報だったけど)。

そのときボクは電車の中。
奈良で、という速報だったが、何がどうなるかわからないので瞬間的にいろいろ脳内シミュレーションした。

電車内に閉じ込められるのか、駅で止まって逃げるのか。その場合はどこに向かうのか。家かオフィスか。その時点で家族や社員はどこにいるのか。家族はLINEの「佐藤家」というグループで連絡とれるようにしているけど、LINEが過負荷で落ちたらどうするか。社員はFBで連絡とれるけど、ツイッターとか代替も作っておいた方がいいか・・・

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。