日常
自分史上最高においしい披露宴
2008年05月11日(日) 11:26:52
昨日は出版社の友人の披露宴に出席。
これに間に合うようにニューヨークから帰ってきたのである。前日帰国というのもフライトの都合で危ういのだが、なんとか帰って来れて良かった。
ボクは基本的に「なるべく義理を欠くこと」を信条としている冷たい男なので、結婚式とかお葬式とかほとんど出ないのだが(心の中では精一杯祝うし弔うけど)、このふたりだと話は別。たぶんキューピッドのひとりなのである。
2006年末くらいだったか、ボクの文庫本の担当編集者であった新郎とあれやこれや次の本の企画を練っていて、「これだ!」とテーマを決めたのだが、ボクが忙しさを理由にグズグズ書かないでいるうちに新郎が週刊誌に異動。で、新郎が異動直前に「これは書き下ろしより連載にして書きためて行った方がいいと思うので」、と、同じ出版社内の雑誌に連載する手はずを整えてくれたのだ。
その雑誌のボクの連載担当が新婦である。で、2007年頭くらいに打ち合わせも兼ねて、新郎・新婦・ボクの3人で飲みに行ったのだが、その頃彼らはまだちゃんとはつきあっていなかった。ある種のキッカケにその飲み会がなった部分もあるのである(と、彼らから聞いた)。もともと新郎も新婦も同じ部署にいたので知り合いではあったのだが、その辺から急速におつきあいが始まり、1年後には入籍。昨日の披露編に至る。
なんつうか「本」というのは著者や編集者にとって我が子みたいなところがあるので、新郎と企画し、新婦と連載したその「本」をボクが書き上げれば、その「本」は彼らの子供的存在になる(と思う。というか早く書けよオレ)。そこに光栄にも関わっていることもあり、キューピッド的でもあり、こりゃ出席するっしょ、と、祝福の想いを胸に出かけたのであった。
雨男と雨女(本人たち申告)の披露宴なので、朝から雨。
場所はパークハイアット東京。ここでの披露宴は出てみたかったのでウレシイ。
というか、先に結果を言うと素晴らしい会場だったし、なにより料理がうまかった。自分史上最高においしい披露宴。まぁ女性誌やら週刊誌やら出している出版社の編集長やら社員やらがたくさん出席するので、ホテル側も気合い入ったのだとは思うけど、約100人にいっぺんに出す宴会料理なのに、普通の小さなレストランで出すレベルを優に越えた料理を出してきたのはさすがパークハイアット東京。舌を巻いた。モダンで洗練された料理群。ステロタイプなものはひとつもなく、工夫も盛りつけも素晴らしい。裏でどんな修羅場が繰り広げられているかを考えると頭が下がる。
それはともあれ、披露宴自体もとても感動的で、最後にはしっかり泣かされてしまった。このごろよく泣いているなぁ…。堂々として美しい新婦。おもちゃのように可愛い新郎。出席者全員がニコニコ祝福していて、なんだかそれだけで胸が一杯だ。
芸達者揃いの宴でもあった。
主賓をはじめ、スピーチがどれもこれも面白く、ピアノやチェロの演奏もすばらしく、それらが隙なく構成されている上にあの料理だもの、退屈している暇もなかったし、もっと長くても良かったくらい。珍しい披露宴だ。たぶん下支えしてくれているサービス陣も素晴らしかったのだろう。存在を感じさせなかったくらい自然だった。
圧巻は女優・室井滋さんのド演歌(笑)
新郎がずっと彼女の担当をしていたこともあってのご出席。新郎新婦のお色直しでバーーッとドアが開いたら、いきなり室井さんが現れ、新郎新婦を先導して暗いド演歌を歌いながらテーブルを練り歩いたのである。爆笑MC付き。それまでが新郎新婦の趣味もあってROCK系のBGMばかりだったので落差も激しく、大盛り上がり。その後の室井さんによる新郎新婦のインタビューも大笑いだった。
室井さんには「沖縄上手な旅ごはん」の文庫版でボクとの「巻末解説対談」に出ていただいたこともあって、ボクと席がお隣同士だったのだが、ひと言目が「ねぇ、太った?」(笑)。いや、体重は変わらないんですけど、たぶん寝不足&疲れでむくんでるんです…。
すっかり満足して帰宅。
新婦が女性誌編集者なだけあって引き出物も凝っている。いや、いい宴だった。
さて、スーツケース片付けて、録っておいた「ちりとてちん総集編」でも見て、もう一度泣こう。
人生の体力
2008年05月10日(土) 12:53:52
無事ニューヨークから帰って、家族にお土産渡して(セレクトを異様に喜ばれた。良かった…)、25時くらいに寝たのに、今朝は6時すぎに目が覚めた。時差ボケとかもあるはずなのに、しかも目覚ましも鳴らさないのに、なぜ常に現地時間の朝6時に目が覚めるのか。ニューヨークでも朝6時に目が覚めることが多かった。不思議だ。
で、何もなかったかのように普通に生活が始まる。
ちょっと眠いけど、これは普段から眠いので一緒。ほとんど違和感なし。夕方くらいに強烈な時差ぼけが来るのかな…。
体力がありますね、丈夫なんですね、とか、大人になってからよく言われるようになった。
特にこういう旅行をすると、同年代からそういうメールが来る。今回の旅でもいくつもいただいた。同行したモリにも「寝ないでよく持ちますね」とか感心された。いや、寝ないのは体力がないからです(笑) 長時間寝るって体力がいるのです。老人は体力がないから早朝から起き出すわけで。
そういう意味でボクは体力はないし、実際、中学高校時代、ボクより体力あるヤツなんて山ほどいた。いまでもホンネとして「自分は体力がない」と思っているし、そう実感している。
ただ、運動を続けると物理的な体力がついてくるように、好奇心に素直に従っていろいろ動くことを続けていると「人生の体力」みたいなものはついてくるような気がする。
好奇心に従って動くことを常態としていると「人生の体力」が鍛えられ、持久力がついてくるのだ。これは運動と一緒で「習慣的に動くこと」が必要。若いうちは意識しなくても衰えなかったが、中年以降は意識して動かないと衰えていく。今回も無理矢理ニューヨークに行って良かったと思う。
でも「物理的な意味での体力はない」と知っているので、自分のカラダを過信はしていない。先走る好奇心と相談しつつ、バランスをとっている。今回の旅も前半戦はかなりセーブした。もともと体調が悪かったので、食事も量を控えめにしたし行動量も抑えた。結果、あんまり寝なかったけど、なんとか元気に帰って来られた。こういう知恵は20代30代にはなかったもの。あの頃はひたすら無茶をしたし。
この「人生の体力」は、なんとか長くキープしたいな。
あと3年ちょいで50歳。今後かなり意識して動き回らないと自然に衰え行くだろう。いろいろ工夫と努力が必要な年齢なのだな。じわじわがんばろう。
自転車は車ですから 3
2008年04月29日(火) 18:29:47
また自転車でトラブル寸前(前に書いた記事、1,2)。
というか、今回はボクから起こしたようなものか…。
朝の通勤途中、混んだ歩道を歩いていた。みんな急いでいるからボクも早足。流れに乗ってスムーズに。
と、後ろからチリンチリンチリンチリンとしつこいほどのベルが鳴り、だんだん自転車が近づいてくるではないか。歩行者を軒並み隅に追いやって歩道を突っ走ってくるようだ。最近の一連のこともあり、ムゥゥと唸って歩道の真ん中を歩くのを止めないことにした。ついにボクに追いつき、真後ろで高らかに鳴るチリンチリンチリンチリン。相当ムカッときたが我慢。横を歩く男性も道を譲る気配なし。よし、ふたりして行こう。というか、相当早足で歩いているのでチリンチリン鳴らされる筋合いはない。急ぐなら車道を行け。自転車は車なのだ。そのうえ、ひと言言っておくが、そのチリンチリン鳴らすの、基本的に交通法規違反だからな。
結局ボクの後ろで10秒くらいは鳴らしていたであろうか。目立つなぁ。相手も相当アタマに来ている模様。
で、ある隙間を見つけて自転車が一気にボクの前に出た。そのときすごい勢いでボクを睨む運転手。若い男だ。ネクタイした20代の男性。目が合い睨み返す。目があったまま自転車の速度が落ち、止まりかける。「…あぁ、ケンカになるなぁ。面倒くさいなぁ。ケンカなんて何年ぶりだろう?」とか思いつつ覚悟を決めた。というか声が出た。「おいっ」
そこで自転車は再び速度を上げた。チリンチリンと鳴らして歩行者を蹴散らしながら。
半分ホッとしつつ「おいっ!」と声で追いかける。止まらない。ちょっと先の広くなったところで大きく後ろを振り返り、またボクを睨みつけた。んでもって消えていった。
がぁ〜、アドレナリン噴出した〜(笑)
まぁ46歳のオッサンとしては青年とケンカして勝てる気はしない(上背を利用すれば互角か)。というか、ちょっとしたケンカでもケガのさせ方によっては会社に連絡が行って懲戒だってあり得る。だからケンカにならなくて正解。あんな青年のために仕事が滞るのはたまらない。でも、それにしてもアタマくる。あの「こっちは悪くない! オマエが悪い!」と信じて疑わない態度。「オレは急いでるんだ! ノロノロしやがって!」と自分の都合だけを優先する自己チューな視線。
で、例によってアタマが冷めてから反省するわけなのだが、「こっちは悪くない。オマエが悪い」と信じて疑わない態度は、あの瞬間ボクも同じではあったんだよな…。いや、実際こっちは悪くないし、法律的にもあっちの負けなのだが、とはいえ喧嘩腰以外に対応はなかったのか、大人なくせにすぐアタマに血を上らせたのはどうなのか、正論にこだわる必要があったのか、他の解決策はなかったのか。微妙に難しい。過渡期として寛容になろうと前に書いたばかりだし。つか、喧嘩腰って相手と同じ土俵ということで。んー大人げない…。
なんかそのうち本格的なトラブルを引き起こしてしまいそうな予感がするので、通勤ルートを変えようかと考え中。なにより朝からイライラするのはカラダによくない。とはいえ抑止力的オヤジも街に必要な気もする。んー、どうすんべ。
読んでは寝、寝ては読み
2008年04月28日(月) 6:57:40
昨日はクスリを飲んでビタミンCも大量にとって、暖かくしてベッドで安静。風邪初期のうちに1日で治そうとかなり真剣に風邪と闘う。おかげでたぶん治った。あぁでも「風邪で倒れる」というのも甘美な誘いだったな。久しぶりに寝込みたい欲望がある。治っちゃったけど。
安静の友は、マルクス・アウレリウスの「自省録」。いしいしんじの「ぶらんこ乗り」。小林聡美の「ワタシは最高にツイている」。読んでは寝、寝ては読み。どれもいい本だったので夢見がよい。後者ふたつはサササと読めたが、「自省録」は味読系なのでまだまだ時間がかかりそう。この手の小難しい本は高校時代に見栄はってたいてい読んでいるのだが、50歳を前にしたイマじゃないとわからないことばかりなのは自明。あの頃どんな顔して読んでいたんだろうオレ。高校時代に読んで理解したフリをしていたあれらの本は、結局成長の役に立っているのかな。
夕方から起き出して、翌朝までにどうしても仕上げないといけない企画書にとりかかった。
3時間くらいで出来ると思っていたが、あれやこれやで5時間強。7割がた出来たところで時間切れ。バージョンアップしたパワーポイントに慣れなかったのも大きい。すぐ固まっちゃうし。相変わらずだなMS。こんなことならKeynote(マックのプレゼンソフト)を使えば良かった。ぶつぶつ。
企画書作りは得意なはずなのだが、ここ数ヶ月、どうもしっくり来ない。
「明日の広告」を書いてから、少し構成に変化が出てきて、それがまだ自分に馴染んでいないのだ。本を書く作業って自分の考えをクリアにまとめる過程だから、きっと何かがボクの中で結実しているのだろうけど、その結実が逆に企画書をまとまらなくしている感じ。どこかに何か欠けているピースがある。それがまだ見えてこない。
そんなこんなで、またしてもメールのお返事が溜まってます。少々お待ちくださいませ。
風邪ひいた
2008年04月27日(日) 5:28:39
昨日の書き方が悪かったこともあり「菓子パン9個は食べ過ぎ!」というメールいくつか。
いや、菓子パンの種類がいろいろあった、という記述と、「いろいろ取って次々食べた」という記述は別なんです。途中に「……」と入っているところでボク的には少し話が変わってるのです。つか、さすがに9個も食べないし! 今年47歳だし!
ということで、ややこしいので昨日の後半少し直しておきました。実際に食べたのは5つくらい。菓子パン5つって腹一杯になるね。お土産も5つくらい買った。
その後、ホテルで休み、早めにチェックアウトして早足散歩して腹減らして、昼飯に「ピッツェリア・デ・ナプレ」「牛タン雅」「八仙」と3店行き、メールで強力推薦された「粟野の笹かまぼこ」をお土産に買って東京へ帰った。すっかり仙台が気に入ってしまった。土地勘も少しついた。
ピザ、うまかったなぁ。仙台でこのレベルのピザに出会えるとは驚き。「雅」の「たんタタキ」も良かったなぁ。「八仙」の餃子も甘みが良い良い。なんか充実した昼飯ハシゴだった。笹かまは「粟野」以外だと「白謙」も勧められたけど仙台駅では見つからず。「粟野」楽しみ。前回は違うメーカーのものを買ったが、味の違いや如何に。
で、東京に帰ってきて昨晩は仕事をしこしこ。
んでもって今朝起きたら(5時起床)、風邪をひいていた。くしゃみ多数。鼻水ズルズル。んー、おかしいな。このところ忙しかったから疲れたかな。連休前半は大切な仕事2発。連休後半は「NYミュージカル旅」に行くことが決定しているのに、やばし!
なかなか俯瞰なんて出来ないんだけど
2008年04月25日(金) 7:34:52
ある会社の、超理不尽&強制的に人事異動させられちゃう後輩に、去年書いたエントリー「サラリーマン生活の優れた部分」の中から自己引用。
んでもって、サラリーマンって「強制的に視点を変えさせられちゃう」という意味において、なかなか優れた職業(?)だと思う。異動とか転勤が理不尽に言い渡される。そして思ってもみない方向に人生が流れていく。でもこれは、結果的にだが、人生を爆裂的に進化させてくれはする。いや、マジで同情しちゃうくらい理不尽な異動だと思うけど、ちょっと後に俯瞰して自分を眺めてみて欲しい。大きく成長し、視野も広がっている自分に気がつくと思う。ぜひ、前向きに。
ボクもサラリーマンにならなければ大阪で働くなんてことはありえなかった。超理不尽だと思い、いやいや大阪に行ったものだ。でも、結果的に、あの十数年を抜きに自分の人生を語ることなんてできないくらい深く影響を受け、成長させてくれた。こういう強制的人生の変化は、成長過程において非常に重要な気がする。個人で仕事をしている人にはそれがない。自分の「常識」に固まってしまいがちだし、視点の変化を得るのが非常に難しくなる。若くして独立した優秀な人(技術者や料理人や職人や)が、意外とその地点から成長してなかったりするのはそういう部分もあると思う。外部からの強制変化がない分、自分でそれを作り出さないといけない。それはとても難しいことだ。
サラリーマン生活における「強制的人生の変化」は、意外と貴重で有り難いことなのである。
って、このサイト読んでない可能性も高いんだけど(笑)
「博識」はたぶん死語になる…
2008年04月20日(日) 9:49:18
中学高校生のころラジオで聴いていて、一方的大ファンだった「かぜ耕士」さん。
さなメモでも何回か書いているが、1997年2月にこんなコラムを書いたことがキッカケで、こんなことがあり、いつの間にか親しくさせていただくようになった。ボクの人生の中の奇跡的な出来事のひとつ。だって多感すぎる中学高校時代に毎晩毎晩聴いてすごく影響を受けた人と後世で親しくなれるって、他の奇跡と少しニュアンス違わない? なんだろうな。中学時代に熱中した太宰治とその後親しく話せるようになった、みたいな感じ。ボクの中ではムツゴロウさんもそうなったんだけど(彼の著書「ムツゴロウの青春記」に熱中した中学時代をボクは持つ)、そういうのってやっぱり奇跡だ。
1997年2月っていったら、まだグーグルもなかったころ(グーグルは1997年9月設立)。ボクのサイトの中の小さなコラムによく辿り着いていただけたなぁと思うのだけど、逆に言うと個人サイトもいまほど多くない頃で(ブログという言葉の種すらなかった)、まだまだああいうコラムが少なかったことも幸いしていたのかもしれない。早く始めた者の余得かな、こうして親しくさせていただけているのは。
で、その後、彼の個人サイト「たむたむたいむ」を作るお手伝いをしたりしつつおつきあいを重ねさせていただいているが、その「かぜ耕士」さんが2ヶ月ほど前からブログを始めている。「レドンドの風」というブログ(かぜさんは西海岸の有名な避暑地Redondoに住んでいた時期がある)。
いや、何が言いたいかというと、このブログが面白いのである。
昭和50年以前生まれの映画やポップス好き、もしくは現在のアメリカのTVが好きな人には堪らないだろう。
以前からかぜさんが異様な「博識」だということは知っていた。
例えば「たむたむたいむ」内の「セコハン・ラヴ」なんか読むとちょっと驚く(特に下の方の蘊蓄)。でも、いざその一端にブログで毎日触れ始めると「ありえないなぁ」と毎日つぶやくこととなる。ひとりWikipedia状態。もちろん記憶のみではなく、手元資料などを調べながら書いてると思うが、でも、実際に生で彼の「博識」に触れたことのあるボクは、ブログでの資料的記述のほとんどが彼の記憶から出ていることを知っている。間違いがないように年月日の確認として資料を調べているだけだろう。
しかもかなり抑えて書いている。本当はもっともっと饒舌に語りたいはず。実際には映画スターたったひとりについて、そこから派生する様々な蘊蓄も含めて、平気で朝まで語り続けられる人なのだ。でも「毎日それをやると疲れて更新しなくなっちゃうから」という理由で、ブログではそーとー抑えているみたい。
ネットが出現し、常時接続やユビキタスが普通になり、検索でいつでもなんでも知ることができるようになった現在。
知識は外部化され、自分の内部に蓄積しておく必要がどんどんなくなっている。だって携帯とかで検索したらわかるんだもん、いちいち覚える必要がない。ひとりの中にある知識よりネット上の知識の方が圧倒的に広くて深い場合が多いんだもん、覚える努力がバカらしく感じられる。こういう意識の変化は人類にとってとても大きなことだと思う。
たぶん「博識」という言葉はそのうち死語になる。「知識人」という人種も絶滅するかもしれない。
知識を内部に持たずに果たして知恵が生まれるのか、もしくは知識の外部化という効率が個人個人の知恵を遙かに越える成果を生み出すのか、ということに関しては数十年後の人類が身をもって証明してくれるだろうが、少なくとも「知識を多く得る喜び」と「それに対する尊敬」が大きく変質するのは確かな気がする。
博識への敬意が減ると、知識への敬意も減る。
たとえば学校の先生・教授たちの博識にボクたちは最低限の敬意を持っていたが、検索が日常化した現在はどうだろう。知識なんて外部に持っておけばいい分、生徒たちの「先生の博識への敬意」は減ってるはずだ。知識的には「外部のWikipedia>先生の内部」なんだもん仕方がない。
そして、ネット上で手軽に得られる知識を適当に組み合わせてアレンジすると「知恵っぽい何か」にもなるので、「知恵」にすらだんだん敬意を持てなくなる。
ボクは「知識や知恵をより多く得ること=大人になること」だった時期が長かったので(教養主義的人生観)、人生の成長は知識の増大とどこか比例していた。それは「成長が実感しやすい人生」でもある。あまり悩みなく前へ進めた。いまの学生はそうはいかない。成長なのか退歩なのかも判断が難しいし、目標設定もしにくいだろう。
むぅ。「博識=尊敬すべきこと」という時代にギリギリ生きられてラッキーだったなぁ。知識や知恵を得ることが喜びとして存在した。楽しく成長を実感できた。
ボクたちは「内部化された知」の最後の時代にいるのかもしれないね。
かぜさんの、たった一人の内部から湧出してくる博識に敬意を覚えながら、ふとそんなことを思った日曜の朝。
自転車は車ですから 2
2008年04月18日(金) 7:49:15
昨日の話の続き。
自転車通勤をしていた経験から言うと(現在は会社からの「自転車通勤禁止令」により中止)、車を運転している人も「自転車=車」という意識がなさすぎるのを感じる。
メールでもいくつかいただいたが、自転車で車道を走っていても、車を運転している人から、さも「邪魔だ! 自転車は歩道を行け!」とばかりのクラクションを受けることは多々ある。「なに車道走ってんだ?」と、運転席からガン飛ばされることもある。レース用の自転車は車道を走っていてもクラクションを鳴らされないが、MTBやママチャリは邪魔者扱い。まぁ遅いから仕方ないけど、でも、「自転車は車の仲間」「車道を共有する友人」みたいな意識があまりにもなさすぎる運転手は多い。
実際、車の前をフラフラと自転車が走っていると邪魔だし危険なのはよくわかる。堂々と車道を逆行してくる自転車もいたりする。自転車ならいいだろうと飲酒運転しているバカもいる。安全優先で考えるとやはり歩道を行って欲しいだろう。でもそろそろ「邪魔だしウザイけど仕方ない。仲間なのだ」という意識に変えてくれないと、結局自転車は歩道に追いやられ、歩道での歩行者との接触事故は減らないだろう。
ほんと、歩道を我が物顔に走る自転車は迷惑だからなぁ。
ある知り合いが「オレはね、歩道を歩いていて後ろから自転車にチリンチリンと鳴らされてもね、絶対道を譲らないんだ」と言っていた。チリンチリンに含まれる「邪魔だ、どけ」というニュアンスといちいちケンカするということらしい(笑)。特に走っている間中チリンチリンと鳴らし続けて歩道の真ん中を行こうとする老人男性とはいつも闘いになるらしい。うはは。よくいるよね、そういう老人。
まぁ、歩道は歩行者優先なので彼の主張は「正しい」のだが、正しさは時に暴走して「正論という暴力」になるので、そこは過渡期として寛容になりたいと個人的には思う。
昨日の話も、読み返してみると「二度も連続でぶつかられた自分の歩き方に問題はないのか?」という疑念が湧いてくる。まぁ歩道を歩行者がどう歩こうが文句言われる筋合いはないし、自転車が徐行&一時停止するのが基本なので「正しい」のだが、「自分に非はない」と信じ込んでいるとしたら、それはそれで「自転車ぶつかり走り去り女」と精神構造的に変わらない。
ちょっと自分の歩き方を反省もしつつ、暴走する自転車を睨みもしつつ、今日も通勤してみよう。
今日は大雨だから、傘さして歩道を突っ走ってくる自転車がいるぞ(笑)。注意。
自転車は車ですから
2008年04月17日(木) 8:33:29
二回連続で自転車に当てられた。
ある晩と翌朝。二度とも若い女性の運転する自転車。二度とも商店街の歩道。車道とはガードレールで区切られているタイプの歩道。幅は三人が横並びできる程度。
一度目は夜。普通に歩いていたら、後ろから急にぶつかられた。チリンチリンもなし。
ぶつかられた瞬間、女性の「きゃっ」という言葉。自転車がよろけたのだ。ボクは右ふくらはぎを当てられた。まぁたいして痛くはない。とはいえ瞬間的に「もっとスピード落としてよ」とひと言出た。怒りというより注意である。
自転車は基本的に軽車両。車だから車道を走らなければならない。
というか、自転車が歩道を走っていい国なんて、先進国ではどこにもない(はず)。一度バンクーバーでレンタサイクルして、日本の習慣からなにげなく歩道を走ったら、若者からF○○○と中指を立てられたことがある。自転車は車なのだ。
日本の場合、自転車歩道走行可の標識が出ている歩道もあるが、それはあくまでも例外(その例外がほとんどの歩道で適用されているのが問題)。
その場合も前に人がいたら降りるか止まる。もしくは超徐行。歩道は歩行者優先だ。本来ならチリンチリンも鳴らしてはいけないくらい歩行者優先なのである(歩行者が邪魔な場合、鳴らしてどけるのではなくて自転車が一時停止しないといけない)。常識である。とはいえそんな常識も自転車初心者や免許を持たない人は知らなかったりする。言いたいことはいろいろあったが、全部引っくるめて「歩道を走るなら走るでいいけど、スピードは落としてよ」という意味のひと言を言ったのである。
まぁ当然謝るだろうという予想を覆し、その女性、このオヤジ何言ってんだみたいに天を仰ぎひと言、「そっちこそ真ん中歩かないでよ!」。けん責口調。え? ぶ、ぶつかられたコチラの立場は? 一瞬呆然としていたら、彼女は自転車を急発進させスピードを上げて去っていく。瞬間的に頭来たボクは「え? おい! 待て!……歩道を走るな!」と大きな声。でも最後の言葉は届かなかったかも。くそー。自転車を愛する人間のひとりとして許せん!
と、翌朝憤って妻に話し、用事があった妻と家を出てふたりで駅に向かっていた。
昨日と同じ歩道。夜と違って通勤で混み合っている。そしたらまた後ろから、チリンチリンもなく、右肘にガツンときた。今度も女性。前日は三十代前半ぽかったが、その日は二十代後半っぽい女性。朝で急いでいるせいなのかぶつかった後も速度をゆるめず、「邪魔なのよ!」と明確に語る一瞥を送ってきた上で何も言わず走り去っていく。思わず声が出る。「おい!」。大声。でもあっと言う間に遠くへ行っちゃった。
な、なんなんだ?
最近、自転車マナーが特に乱れているとは思っていた。自転車と歩行者との事故は10年前の約5倍らしいし、自転車に当てられて死亡した事故の例も聞く。でもその憂いもあるけど、今回の二件は「注意(チリンチリン)もない。謝りもない。それどころか『自分が正しい』と信じ切って相手を責める」という点がとてもショックだった。なるべく性善説で生きていきたいが、最近揺らぐことばかりが起こる。そういう時代? 日本だけ? 老人なら、ここから国を憂う論に発展させて新聞の読者欄に投書するところである。
ま、ボクの中のもうひとりの自分は「180センチ超で丸坊主のオトコにぶつかっておいて全く動じないのはなかなかなオンナである」と面白がる部分もあるのだが、でも限度があるなぁ。しかも二回連続。大声を出したのは恥ずかしいが、歩道で人に当たると大声出すオヤジがいる、という事実が少しは抑止力になるかもしれないから、これからも当たってきたら大声出すぞ。というか場合によっては説教オヤジになってやる。
ボクも自転車初心者のころ、歩道を走っていたりしていた。
だからそのこと自体は少し寛容に見たい。長く日本の習慣だったし歩道を走る例外も認められているわけだしね。でもさ、ぶつかったら謝れよ。生きていく上での基本すぎ。説教オヤジになるにしてもそこから話を始めないといけないのかよ。話長すぎ。道交法の話まで遠すぎ。
著名ブロガーたちのインタビュー
2008年04月12日(土) 7:40:02
おとといの「情報メタボ」の記事に「論説サイトは除く」と書いたが、論説系ブログ(と一括りにして申し訳ないが)の方々もさすがに大変そうだ。
J-CASTニュースの「アメリカで著名ブロガーの死亡が相次いでいる」という記事の下の方に日本の著名ブロガーたちをインタビューしているが、まぁボクと同じようなことですね。いや、アクセスももっと多いだろうし、論説系だとアレが日常的に起こっているだろうから、もっとずっとずっと酷いか。
「極東ブログ」を運営するfinalvent氏は「異なる意見は受け入れたいのですが、かなりひどい嫌がらせをうけます」「多方面で誹謗中傷を受けました。そこまでブログを書くことはないな、やめようと思ったことは何度もありました」と語っている。
また、読んでいた感じ全くそんなこと見受けられなかった池田信夫氏も「プレッシャーはありますよ。月間100万アクセスを超えた辺りから、寝られない日が続き、医者にブログをやめろと言われて…。もう、どうしようもないコメントやスパムとかノイズが凄く飛んでくるんですよ。私はこういったものについて気にしない方なんですが、さすがにストレスになってきています」と書いている。
そういえばよく読む内田樹氏のブログもコメント欄がしばらく荒れていてドキドキした。いつ「面倒だし忙しいからブログなんかやめてしまおう」と彼が放り投げるか不安だったのだ(ずっと読みたいし、タダであれだけの論説を毎日読ませてもらってありがたいといつも思っていたから)。
ボクの原点は「日記猿人」(終了)という当時人気だった日記ランキング・サイトでの泥仕合の酷さの経験である。あの醜い泥仕合からたくさんを学び、自分の運営に活かしている。
1994年〜98年くらいだろうか。ばうわう氏を中心に日記猿人という狭い村社会の中で、酷い泥仕合が日常的に起こっていたのだ。
何人もの人が傷つき疲れて、サイトを閉鎖したり日記を休止したりした。裏掲示板みたいのがあったのだが、そこではもう読んでいられないくらいな罵詈雑言が飛び交っていた。
そのときはボクは泥仕合に巻き込まれなかったが、いまネット社会で起こっていることはたいていは当時すでにそこで起こっていた。もちろん規模はずっと小さいが、その分明確に動きがわかり、いろいろ学習できた。
2年ほど前に「ネット老人」という記事を書いたが、そこでこんなこと書いている。(自己引用)。
(前略)モンスター化って、ここで書いた「初期の興奮状態」もあるのでしょうね。
ま、でも、ある意味「誰でも通る道」かなぁとは思います(上から見て偉そうに言っているのではなく、客観的に)。
だって、たとえばその昔「日記猿人」とかに参加してた人ならわかると思うけど、いまのネット上の騒ぎって7〜8年前にすでにみんなそこで経験していたことの繰り返し。ネットのすごさを実感して興奮して発信しまくることも、素晴らしい出会いも、楽しいオフ会も、書き込みで傷つけあうことも、理不尽な誹謗中傷も、不用意な発言での炎上も、突然のサイト閉鎖も。そのサイクルは山ほど見てきました。今ネットをやってる人って6〜7割がまだネット始めて1〜3年程度ってとこでしょうか(特にブログ的に発信してる人)。みんなまだ初期の興奮状態にある気がします(偉そうに聞こえたらごめんなさい)。一概には言えないけど、ネット始めて5年以上経つとみんなネットの良さも限界も冷静に見えてきて、ネットに過剰期待しなくなり、意外と落ち着くものです。
ボクなんか11年やっているので、すでにネット老人です。「ネット上で議論する」とか「ネット上で相手を論破する」とか「そのあげく相手と分かり合う」とかについて何の期待もしてません。いや、期待しないどころか相当距離置いてます。泥沼になってシコリが残るだけ。もしくはサイト閉鎖に至るだけ。不毛。少なくともそういう先例を多く見すぎました。
(後略)
「ネットは自由だ! 何言ってもいいんだ!」とか「ネットはフラットだ! 年上だろうが有名だろうが関係なく文句が言えるぞ!」「少し書いてみたら共感コメントもらったぜ! 気持ちいい!」「どうせ匿名だ! 過激にやってやれ!」とか。性格もあると思うけど、5年もやったらかなり落ち着くと思うな。
とはいえ、これからも毎日のように、大量かつ圧倒的に若い「ネット新人」がデビューしてくるわけで、こういう人は減らないんだろうなぁ。とはいえ、悪が一定数出てくるかわりに大量の善も出てくるのがネットなので、それでもやっぱりネットが好き。ゆっくり長く、ポジティブにつきあっていこうと思っている。
情報メタボ化する人々
2008年04月10日(木) 7:37:08
やっぱり政治ネタはメールがたくさん来ますね(笑)
昨日の記事は、書いたあと「んー、誤解受けそうな文章だなぁ」と思いつつ見切り発車したのですが、なんとか伝わったようでホッとしています。ただ、やはり説明が足りなかった部分もある気がするので自己フォローしておきます。
背景を説明すると、「チベット問題について何故何も発言しないんですか!」という強めなメールがあったんですね。昔は偉そうにいろいろ政治的発言をしていたではないか、と。昨日の記事はそれに対するお返事の意味合いがありました。一般化して書いたので少し真意が伝わりにくかったかもしれません。
複雑で微妙な政治問題(この場合はチベット問題)について気軽に発言することの怖さ。熟考して書いたとしても必ずエキセントリックに反対する人がいて、その人たちの強烈なレスポンスの凄さ(生きていくのがイヤになるような罵詈雑言。今回は中国が絡んでいるのでもっとヤバイと予想できる)。そういうのをたった独りで受け止めることの厳しさ。サイト更新が怖くなり辞めたくなるという衝動と本末転倒さ。などをお伝えしようと前半では思ったのでした。
別にヘタレ表明をしたわけではありません(笑)
ある程度以上のアクセスがある個人サイトとしては避けて通らざるを得ないトピックはある、ということです。
サイトをやっている方からは共感のメールが多かったですが、最近とみに「超エキセントリックなメール」が増えており、サイトをやっている側も慎重にならざるをえない、という現状があるのです。昨日も4人の方から「こんな酷いメールが来て、サイトをやっていく気力が萎えた。閉鎖しようと何度も考えた」という経験談を送っていただきました。炎上→サイト閉鎖もその流れですよね。
こういう流れには社会的背景があると考えています。
拙著「明日の広告」でも書いたのですが、世の中に流れている情報はここ10年で410倍にも膨れあがり(総務省調査)、生活者はほとんどの情報をスルーせざるを得ない状況です。そうなるとどうなるか。「情報洪水の中から欲しい情報だけ選択して摂取する」という行動に出ざるを得ないわけですね。情報が多すぎて。
10年前までは情報がそこまでは多くなかったから、例えば新聞などでも「興味ない情報も読んでいた」。それがもっともっと選択的になっていると思われます。
そうするとどうなるか。
言うなれば「情報メタボ」というか「偏った情報の過剰摂取」が起こります。バランスのとれた情報摂取をしなくなり、自分の欲しい情報だけ過剰に摂取する。そして肥満する。オタクの出現はその前兆(先鋭)でした。
ネットにおける検索って「自分の興味あることを調べる」という選択的能動なので、彼らの「偏った情報の過剰摂取」を加速させます。たとえば「子供」「子育て」「子供の権利」みたいな情報に興味ある人が、検索などによって情報肥満したあげくモンスター・ペアレンツ化する。それを是正する情報や常識をバランスよく摂取しない。
バランスが悪いから「でもさ、そんなこと、普通しないよ」という常識がわからない。彼らの中の「普通」が偏っているのですから。だからいろんな分野でモンスターが跋扈する。狭量で自分勝手なクレーマーがたくさん育つ。自分が興味のある情報の方向に膨張した自己が暴走しだす。
政治分野だと「自分の正義」を信じて疑わないモンスターが出てきます。いまどき「正義」なんて「アメリカから見た正義」と「イスラム社会から見た正義」が全く違うように、実に多面的なはずです。たったひとつの正義なんてどこにもない。だから「妥協と落としどころ」が必要なわけで。
ま、短い文章中で語る問題でもないので多少論旨に飛躍があるかもですが、「偏った情報の過剰摂取」と、その結果としての「偏った情報肥満(=情報メタボ化)」は、これからも加速すると思われます。
ということは、今後、どんな発言をしても「危ない」。理論上は。
どんな話題を書いたとしても、エキセントリックに反応する「情報メタボ化したモンスター」が現れてくる可能性があるわけです。自分だって知らぬうちにモンスターになっているかもしれない。あぁイヤだ。
とはいえ、論説・啓蒙や主義主張をメインにするサイト(ブログ)なら、それでもそれを乗り越えていくべきでしょう。そういう目的のサイトなのですから。
でも、ボクのサイトの目的は別にあります(このこともそのうちちゃんと書くつもりです)。なので昨日「サイトの更新継続>政治の話題」と書いたのでした。
ボクはこれからも、発言すべきと強く感じた問題については発言していきます。草の根の発言が積み重なって世の中をよりよい方向に変えることがあると信じていますし。
ただ「情報メタボ化」した現在、どんな話題もものすごく慎重に書かないとヤバイのは確かなのです。特に微妙な政治問題。これはもう個人サイトで受け止めるのは無理かもなぁ(論説サイトは除く)。
ちゃんとした反対意見は滋養強壮として摂取してます。ありがたいです。でも「情報メタボ化」したモンスターの一方的な追求メールは本当に酷い。これは経験しないとわからないでしょう。全身の血が下がり気が遠くなります。「自分の考えを述べているだけなのだから堂々としていよう」と脳みそが判断しても、心が正常に動かない。そのくらい酷い。
こんなこと書くと「ブログを始めようと思っていたのに…」と尻込みする人が出そうですね。いまやっている人も萎縮しちゃうかもしれない。
でも、それでもボクが続けているのは何故だと思います? それを上回ってあまりあるイイコトがたくさんあるからです。それは保証します。それだけは確か。だからそんなこと言わず始めましょう。続けましょう。
って、今日も長くなっちゃいました。読みにくくてスイマセン。
正しいことを言いだすと、決まって人は悪いことをする
2008年04月09日(水) 8:49:12
さなメモで政治の話をあまり書かなくなって久しい。
1日のアクセスが1万を越えた頃から、政治についてコメントすると一定割合で超エキセントリックなメールが届きだし、ある話題について書いた時は家族の生命の危険すら感じた。いわゆる脅迫。「子供に気をつけろ」みたいな。
ボクが書いたのは、いま読み返しても普通の論説なのだが、違う意見を信じている人たちにとっては許せなかったらしい。エキセントリックなメールは時に人格攻撃につながり、無視しようと思っても精神的ダメージをかなり受ける。そういう原因はわざわざ作らない方がいい。だからめったに書かない。
ちなみにこれは「萎縮」ではない。ソリューションだ。優先順位を考えたとき、「サイトの更新継続>政治の話題」と判断しているだけ。つまり、更新継続が困難になるくらいやる気を失わせるメールが届くわけですね。
脅迫に負けて論を曲げる気はないし、いろんな意見があることは実に健全だとは思うが、たったひとりで不特定多数を相手にするのは無理だし、ひとりひとりとメールのやりとりをして議論するのも物理的に不可能。だからよっぽど強く説を主張したいときか、きっちり熟考した話題のとき以外、不用意に政治的な話題は書かないことにしている。
たま〜に新しい読者の方から「これだけ世間の話題になっているときにひとかけらも触れないのは救いようがない政治的無関心」というような言葉をいただくことがあるが、これからも数十年、死ぬまでサイトを継続させることを最優先させた方策ですので、ご勘弁を。人一倍関心はあるし、発言すべきと強く思ったときはまた別なので。
というか、ここ数年、「自分と合わない意見に過敏に反応する人」もしくは「自分が正しいと信じることを過激に主張する人」がものすごく増えた気がする。
この許容量の狭さ、もしくは「相手をやりこめてやろうとする情熱」みたいなものがあまりに行きすぎている場合は感心すらする。炎上するサイトを見ているとコメント欄はたいてい「謝罪しろ!」という叫びで埋まる。人格全否定の言葉も多数書かれる。
最近では奈良の「平城遷都1300年祭」のマスコットキャラクター問題がすごかったな。デザインした人のサイトのコーナー(いまでは閉鎖)は罵詈雑言・人格全否定の言葉で埋まった。その人の人生に対する敬意のひとかけらもない。なるほど「鬼畜米英!」で団結した国民なのだな、と、哀しい納得をしてしまう異様さであった。他人事ながらちょっと涙ぐんだくらい酷かった。
とはいえ「ボクは違うもんね、冷静だもんね」と言いたいわけでもない。
昨晩、ある美人さんの結婚決定祝いにボクを含めて男性3人が集まった。男性3人の中には同年代の参議院議員もいた。
食事している最中に彼の携帯に「日銀副総裁人事、不同意」の電話が次々入ったりして「おお、政治の現場だ〜」とミーハーに楽しんだのだが、ま、それはそれとして、彼はある政治的問題について委員をしていて、その問題についてディナーの間も議論になったのである。特にボクともうひとりの男性とで。その間、議員は黙って両方の意見に耳を傾けていた。
その問題についてそれなりに意見があったボクは、もうひとりの男性の言葉にちょっと過敏に反応した。
「何もわかっていない! というか、そういう意見はむしろ有害!」と一瞬にして頭に血が上ったのである。んでもって気づいたらきつめの言葉を発してしまっていた。発言したあとすぐに恥じたけど、基本的には「サイトにエキセントリックなメールをくれる人や、炎上サイトに罵詈雑言を書き込む人」に近かった(ま、それらよりはずいぶん柔らかいが)。同じことしてるよオレ。
久しぶりに自分の中のマグマの存在を再確認した。
うーん。不必要に丸まることもないけど、もうちょっとは制御できていると思っていた。まだまだ成長途上であることを思い知らされたな。
議員は、ボクともうひとりの男性の間に立って、両方の意見を汲み、落としどころをスッと提示した。
さすがに政治のプロだなぁ。そう、政治とは「妥協と落としどころ」なのだ。30代の頃は「政治とは理想の実現」だと考えていたが、まぁもちろんそれも建前上あるにせよ、無限に意見がある中でどの妥協点に落とし込むかが民主主義国家における政治の日常なのだ。
河合隼雄は「正しいことを言いだすと、決まって人は悪いことをする」と書いた。
山本夏彦は「まじめということはよいことだと思われているが実は悪いことなのだ。まじめと正義は仲良しだ、したがって正義も悪いことなのだ」と書いた。
正しいと信じること。まじめに考えること。正義を追い求めること。それらは狭量で不寛容で窮屈になりがちだ(戦時中の日本のように)。「妥協と落としどころ」を求めるのは一見醜く不細工な解決法だが(正しくまじめに考える人にとって政治はそう見えるだろう)、様々な人の多様な意見を許容する。
人生も年数を積んでくると、自分が正しいと思うことに妙な自信を持ち始める。妥協せず頑固にそこに固執しだす。その自信を常に疑う気持ちをキープしないとな、とか、行きすぎたまじめは悪いことなのだということを常に反芻していないとな、とか、いろいろ思った夜だった。
患者側の代理人
2008年04月08日(火) 9:26:57
昨晩はある総合病院の医院長と病院事務の方々と会食した。
医院長とかいうとなんか「白い巨塔」的だが、彼は元々フォーク歌手で超気さく。楽しい会だった。
病院について知らないことがあまりに多く、「へー」とか「ほー」とかの連続。ボクの病院に対する印象は10年前からストップしているな。というか世間の印象も同じだろう。ここ10年でそんなに変わっているのね。
強く思ったのは、患者と医師の間に翻訳家(もしくはコミュニケーター)みたいなものが必要であること。病院側から見るとそれはコンシェルジュというかアドボケーターとなるが、患者側から見た場合、それは「代理人」に近いもの。
たとえば大リーグだと、プレーヤーの代理人(エージェント)が球団との年俸交渉など一切を受け持つ。プレーヤーがアピールしにくい年俸アップの交渉などをプレーヤーに代わってやってくれるのだ。それと似てる。
患者は医師に生殺を握られている。
だからその診察や薬、会計、入院状況などに疑問があっても口にしにくい。セカンドオピニオンをとる場合でも遠慮があるし、病気で消耗しきっているときはそんな気力もないかもしれない。つまり、常に「下」に立った「お願い」に近いコミュニケーションになってしまう。医師を仰ぎ見るコミュニケーション。
最近、病院では患者を「患者様」と呼んでいて意識が相当変わってきているらしいが、医師や看護師側の意識が多少変化していても、常に患者側は下から仰ぎ見ざるを得ない。
そこをフラットに見ることが出来る「代理人」的な存在があると、その不公平が是正され、患者側に溜まった疑問や不信が解消されるかもしれないし、結果的にそれは医師側にとってもコミュニケーションが楽になるのではないか(医師側の事情を代理人がきちんと理解することが前提であるが)。
特に死につながる大病の場合、患者は命を医師に預けざるを得ない。
一握りの名医にかかった人は諦めもつくが、そうでない人たちはなんか腑に落ちないままに死んでいく場合も多いと想像する。自分の命をビジネス・ライクに扱われてもいい。代理人への報酬もちゃんと払う。それよりもきちんと診療の内容と治る可能性、セカンド・オピニオンの有無などを納得したいし、それを第三者の目で客観的に教えてもらいたいとボクは思う。それがなにより心の平安につながる。
そういう「患者側の代理人」って存在するのかな。今後高齢者が増える日本では職業として充分成立すると思うのだけど。
医師として定年を迎えた人とか、事情で看護婦を辞めた女性とか、元薬剤師の人とか、病院側の事情もある程度わかった人が「患者側の代理人」として存在してくれると非常に助かるし、需要もあると思うのだけど。
抜け道の匂い
2008年04月06日(日) 21:42:05
先週一番長く歩いたのは新橋から渋谷までの15000歩かな。早足で1時間半くらい。
夕刻に新橋を出て、浜松町の港区役所のロビーに展示してある響子の写真を見て(賞を獲ったので区役所で展示中)、そのまま城山ガーデンを抜けて六本木を通り、西麻布から骨董通り、原宿を抜けて渋谷松濤まで。15000歩となるとなかなか疲れる。
二番目に長く歩いたのは銀座から九段・千鳥ヶ淵を回って東京駅まで歩いたもの。楽勝かと思ったら意外と長かった。
九段に用事があって、銀座からテクテクと九段までストレートに。用事の後、超満開の千鳥ヶ淵を「大きなたまねぎ」を歌いながら通り抜け、国立近代美術館の横を通って竹橋から東京駅。これは何歩くらいだったかな。回り道入れて12000歩くらいか。
もうクルマを捨てて5年近くになるし、クルマに乗らないと意外と道路って覚えない。
ボクが都内をクルマで走り回っていたのは大学時代だからもう25年前くらい。あの頃は道をいっぱい知っていたけど、もうずいぶん忘れてしまった。歩いていてもよく迷う。
当時、田中康夫がブルータスだったかポパイだったかで「東京の抜け道」を連載していたが、ボクも抜け道マニアで、彼の連載と気持ち的に張り合っていたっけ。「ここを曲がると誰も知らない超近道がある」とか「ここで赤信号なら左に曲がって回り込んだ方が直進より早い」とか、いろんなトリビアを身にまとって走っていた。
こうして歩いていると、たま〜に「お、ここ見覚えある」という細道に出て、「あ、これ、当時走った抜け道じゃん!」とか記憶が急に蘇ったりする。目印になる建物がもうほとんど残ってないし、高層ビルによって景色は様変わりしてしまったけど、なんかそういう道には「過去に落とした匂い」みたいなものが染みついていてわかるのだ。あぁココ走ったなぁ、懐かしいなぁ、助手席には○○が座っていたなぁ、とか、芋づる式に思い出す。楽しいな。
あ、いま、オレ、
2008年04月04日(金) 8:25:35
予約したっきり忘れていた映画「ヘアスプレー」のDVDがアマゾンから届いた。
この日にも書いたが、娘の響子が「もう何度観てもいいくらい気に入った」映画である。ひとつの映画を何度も何度も観ることはいいことだ。圧倒的にいろいろ学ぶ。場合によっては人生も変える。
届いたばかりのそれを優子がサプライズで渡しに行く。ボクはリビングで原稿を書いている。子供部屋の方角から「キャーーー! キャーキャーキャー!」という声が聞こえてくる。右前方から聞こえてくるその嬌声をバックグラウンドにMacに文字を打ち込む。画面から目をそらさないまま「あ、いま、オレ、シアワセ」と脳の片隅で意識する。なんでもない時間だけど、たったいま、まさに得難い時間が過ぎている…。
シアワセは思いがけないときにこっそりやってくる。それに気づくも気づかないも本人次第。昨日は気づけて良かったな。
その「満ち足りた感」は、でも、新たな悩みや不満が訪れるとすぅぅと消えてしまう。決して長持ちはしない。そこがまたいいね。
ポケットに万歩計
2008年03月30日(日) 8:15:46
最近、万歩計をポケットに入れておくのが習慣となった。
オムロンのこれ。色はもちろん赤。ポケットや鞄に入れっぱなしにしていてもほぼ正確に計ってくれる万歩計なので負担にならないし、あまり大きくないし、カタカタいわない。7日間メモリーつきなので見るのを忘れていても過去にさかのぼってチェックできる。など、あまり「万歩計を使ってるワタクシ」を意識しなくていいのがいい。万歩計って効果抜群なのだけど、「意識してやっている自分」はあまり好きではないのだ。万歩計ってなんか老人くさいし。
そんなこともあって、歩数を増やすのが楽しい時期。
毎日1万〜1万2千歩くらいを目安にしている。普通に会社行って仕事していると7〜8千歩程度なので、意識して数千歩歩けば目標は達する。通勤時はひとつ前の駅で降りて歩いても歩数が千歩ほど増えるわりにあまり時間が変わらないことを発見。降車駅を変えた。クライアントに行くときもあまり遠くなければ20分ほど早く会社を出て歩く。このふたつをすれば1万歩近くまでは行く。
夜は夜で会食の場所まで歩く習慣がついてきた。
先週もよく歩いたな。六本木のとある店で出張料理人&料理教室主宰のマカロン由香さんを独占して料理を作っていただいた時も銀座から六本木まで歩いた(料理はさすがにうまかった! マカロン由香さんありがとう!)。日本橋の有名なラーメン屋の夜メニューを楽しんだ時も新橋から歩いたし(料理は予想外に美味だった)、銀座の高級割烹の時は品川近辺から銀座まで歩いた(料理は唸ったね)。茅場町の新しい居酒屋「集楽」で同期会したときも飲んだ帰りに茅場町から新橋くらいまで歩いた(大箱だけど安くてとてもうまい。宴会にオススメ)。
先週一番長く歩いたのは新橋から恵比寿か。それでも超早足で1時間ちょい。打ち合わせに遅れず、しかも企画をいろいろ考えられる。歩くことは考えること。気持ちいいし、徐々に体力がついてくるので集中力も増す。まぁそれも5月過ぎあたりから汗ビショになっちゃうのでまた難しくなるのだけど。
そういえばそろそろ自転車通勤の季節だ。
冬と夏はやめているのだが、春と秋は気持ちがいいからまたやり始めよう。自転車を整備しなくては。家から会社まで約45分くらい。季節もいいし、Macも軽くなったし。
渋谷ではたらく社長
2008年03月27日(木) 9:24:47
昨晩は「渋谷ではたらく社長」と「さすらう犬」と3人でごはん。銀座「井雪」。
「渋谷ではたらく社長」は、「さすらう犬」のブログで拙著「明日の広告」を知り、読み、その後ブログでも取り上げてくださり、ボクのサイトも読んで、「さすらう犬」経由でボクをごはんにお誘いくださった、という流れ。「さすらう犬」さんとボクは定期的にごはんを食べる仲である。彼とも元々はネットつながり。「渋谷ではたらく社長」と「さすらう犬」もネットつながり。なんだか実にイマっぽい。
「渋谷ではたらく社長」は起業家10周年を迎えたばかりの35歳。目が印象的だった。激しく働いている人の目。希望と絶望を両方知っている目。一見疲れているように見えるのだが、ある瞬間にいきなり活力と希望の灯がともる。こういう目をした人を数人知っている。どの人も仕事の鬼で、底知れぬ粘り腰の持ち主である。そしてどの人も繊細かついい意味で不感症である。
インターネットにその初期からどっぷり浸かってる人間として、インターネットという新興メディアで商業ベースでしっかり成功してくださったことの感謝を、まずきちんとお伝えした。
彼と彼の仲間の頑張りと成功があって、優秀な人材がドッとネットの世界に流入し、世の中の人々のネットを見る目も変わった。日本ではどこか刹那的で怪しげに見えていたネットを「約束の地」にしてくれた立役者のひとり。長くネットに棲んでいる住民としては感謝してもしきれない。この感覚、ほとんどの人がわかってくれないかもしれない。もしかしたらご本人もピンと来なかったかもしれない。でもいいの。ボクは心から感謝しているの。
それにしても「渋谷ではたらく社長」がブログで「明日の広告」を取り上げてくれた直後の反響はすごかった。
アマゾンではすぐ品切れになり、出版社は普段通りの手当(つまり100冊くらい在庫を入れる)をしたのだが、まったく追いつかず、あとで「あそこで数千冊単位でバンバン入れていれば良かったです」と謝られた。まさかアマゾンでも前例がないほどの空前の反響だったとは、出版社も想定していなかったのである。アマゾン側の対応も後手後手に回り、2週間以上ずっと品切れ。あそこで品切れじゃなかったら…(泣)
マジであの品切れ期間は致命的であったなぁ。クチコミのスパイラルがパタッと止まってしまった。もう自分的には過分なほど売れているので贅沢なボヤキではあるが、あそこで「3〜5週間待ち」表示にならなければどこまで行ったか。出版社の編集長は「もう二度とこういうミスはしません」とおっしゃっていた。ええ、他の人の本ではもうミスらないでください(泣)
二軒目は六本木のとあるバーへ。
くつろいでゆっくり飲む。先頭を突っ走っているおふたりの時間を数時間独占する贅沢。有り難し。
お願い、寝かして
2008年03月26日(水) 8:47:06
昨晩は妻も娘もいなかった。妻はチーズの仕事で一泊出張。娘は学校のスキー合宿。
意外と家で全く独りの夜というのは少なく、たいてい妻か娘のどちらかはいたので意識しなかったが、2人も欠けていると犬が際限なくやかましいことを学んだ。
草木も眠る丑三つ時。我が家の犬は眠らない。
ちょっと物音がしただけで「あ、お母さんが帰ってきた!」とばかりにワワワワワンッと大声で叫び玄関に走る。外で小さく靴音がするだけで「こ、これは響子に違いない!」とばかりにウオオオオンッと窓際で絶叫する。これが一晩中続くのだ。頼む。寝かしてくれ。
しかも、吠えるだけ吠えて「違った。まだ帰ってこない」と理解すると、必ずボクの存在を確認しにくる。耳元でクンクン。はいはい、ちゃんといますよ。家族のことをそんなに心配してくれてありがとう。でも、お願い、寝かして。
結局、寝不足でふらふらになりながら6時起床。
BS2で「ちりとてちん」が始まる前に犬散歩を終えたいから、そのまま早足犬散歩へ。犬よ、お前は寝不足ではないのか。喜び勇んで走り回る彼のウンコを拾いつつ、恨めしげに彼を見る。でもなんでか知らんが、自分がいないとエサも食べられない散歩もいけないというこの小さな生き物のことがことさら愛しく感じられる。なるほど迷惑かけさせられたとしても「自分がいないと生きていけない相手がいる」というのは幸せなことなのだな。赤ちゃん育ててた時も寝不足で大変だったけど、やっぱりあの時期は幸せだった。
「ちりとてちん」、最後の数日でまだ大きな展開がありそうだ。ううむ、なんちゅうドラマだ。あと3日で終わってしまうなんて悲しすぎる。おまけに松尾剛&首藤奈知子コンビの「NHKニュースおはよう日本」も3月でおしまい。これも悲しいなぁ。と、引退老人みたいな話題でスマンが、このドラマ、このコンビ、とても好きだったのでちょっとガックシ。4月になんてならなきゃいいのに。
古い水夫
2008年03月14日(金) 8:47:08
最近若者に会うことが多い。
多いのは就活のOB訪問。拙著「明日の広告」を熟読した上で会いに来る方が多く、学生なのにやけに広告事情にくわしい(笑)。んでもって質問が濃い。「新聞メディアの復活はどこがポイントだと思いますか?」「コミュニケーション・デザインにおけるスケジュール感について聞きたいんですが」「ソーシャル・メディアが乱立する世の中になると消費行動はどう変わってくるとお考えですか?」……いつの間にか額に汗を浮かべているワタクシ。でも「お前にはまだ早い!」とか、白い犬みたいに一蹴するには相手が真剣すぎる。すごいな。頼もしいな。こんなに広告のことを考えてくれている。
学生だけでなく、現場の若手と会うことも増えた。
昨晩はある会社の若手に招かれて、お店で飲みながら広告の話。13名の初対面な若者たちに囲まれて熱心にいろいろ聞かれる。やはり「明日の広告」を全員読んでおり、ベースをあの本に置きつつより深い話になっていく。でも学生さんと違って現場を踏んでいる人たちなので、理念的な話というよりは実践的な話。みんないろいろ考えてるなぁ。仕事や業界に危機感がある分、考えが深い。すごいな。頼もしいな。広告業界に元気があったボクの若い頃はこんなに深く考えていなかった。
「古い舟をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」
この言葉とともにひとり広島から出てきたのは吉田拓郎だが、こういう若者たちと会っていると、自分が今、まさに「古い水夫」なんだと自覚させられる。40代中盤の働き盛り。でも確かに古い水夫ではあるんだな。この自覚はとても大切かもしれない。
もちろん同等に争ったら絶対負けない。でもそれは慣れ親しんだ古い舟の上だからだ。
古い水夫のそのやり方がこの舟の速度をどんどん遅くしてきたのは事実。もう先頭に立たず、後ろから支えるスタンスに変化しなければならない年代なのだ。ただ、この「変化」は実に難しい。有害な老人が社会の中枢にいかに多く蔓延っているかを見てもそれはわかる。
吉田拓郎があまり表立って活動しないのは、病気のこともあるだろうが、「自分がすでに古い水夫である」という自覚をある時期に持ったからではないか、と、ちょっと思った。
早朝覚醒
2008年03月11日(火) 4:12:58
なんか疲れがたまっていたので「今日は早く寝る!」と宣言して23時にはベッドへ。
少し本を読んでそのままいい感じで寝付いたのだが、パッと目が覚めたのが朝3時半。おいおい疲れをとろうと早寝したらこれかよ。早朝覚醒か。普段から5時とかに起きるからなぁ。もしそうなら初期の鬱の症状。あるいは「体力がないので長時間眠れない」という老人特有の症状か(笑)。
目が覚めてしまったので仕方がないから起き出し、いろいろなメールを読んでいろいろな考えに浸る。最近わりとヘビーな相談とかをメールで持ち込まれることが多く、いろいろ考え込んでしまう。でもボクに相談を持ち込むということはきっとポジティブな答えを期待しているのだろうと判断し、いくつか切り口を提示してポチッと送信。
と、ここで「早朝覚醒」で検索してみたら、「早朝覚醒の場合、決して布団から抜け出てはいけません。抜け出してパソコンなどを開くTVを付ける等はやってはいけません」だって(笑)。アカンがな。
ま、それはそうと、3/10発売の(つまり今売っている)雑誌「プレジデント」3/31号にボクの著者インタビューが載ってます。P179。
横顔の一部・真っ暗・アゴのライン隠蔽・メガネがキラリン♪とはいえ、顔写真も載ってます。不審人物風。まぁこれくらいなら顔を特定できないだろうと。ギリギリかな。自意識過剰かもしれないけど、顔写真出るといろんな行動に支障を来しそうでイヤなんです。
ちなみになんだかすごい「タラコ唇&とんがり唇」に見えますが(笑)、あれ、右手の人差し指が口のところに来ているだけですので、あしからず。
3と6
2008年03月06日(木) 6:36:36
今日3月6日はムスメの誕生日 & 結婚記念日。
ボクの人生はわりと3と6に縁があって、まずボクの誕生日が1961年6月1日。6161と数字が並んでいるし、19もひっくり返すと61と読めるので、なんだかとても気に入っているのだが、これを元号に直すと昭和36年6月1日となる。36登場。で、結婚記念日も別に意識して3月6日にしたわけではなく、披露宴(親戚のみを呼んでのレストラン・ウェディングだった)の会場などの都合だったのだが、それが3/6。おまけに、そのちょうど一年後の3/6に娘の響子が生まれたわけである。
1961/6/1、36/6/1、3/6、3/6、とまぁ3や6がやけに多いでしょ。その上9も3の倍数だから親族みたいなものだし、1も(当たり前だけど)3と6の公約数であるわけで。
まぁどう考えても、3と6はボクの人生のラッキーナンバーだよなぁ。
これで平成36年に孫が生まれたりしたらすごい。ええと平成36年だと娘は29歳か。なんだかあり得そうだ。でもって2036年にボクが死ねば、3と6に支配されたとてもキレイな人生な気がする。2036年つうと75歳か。んーやけにリアル(笑) わりとそういう辻褄合わせ好きなので、自分から狙いに行きそうで怖い。
バイリンガル
2008年03月04日(火) 9:27:38
一昨日と昨日と今日のメールボックスがハゲの人たちからの「ハゲ同!」なメールで埋まっとります(笑)
ま、それはええねんけど、昨晩深夜にあるバーに入ったらな、隣にベタベタの大阪弁の人が座ってん。
確か天王寺あたりに住んどるとかで、出張で東京に来とったらしい。
で、「ごっついネイティブな大阪弁やなぁ」と思って聞いているうちになんとなくしゃべるようになったんやけど、しゃべりだすとその大阪弁に引っ張られてワシまで大阪弁になってもうた。
「え! 東京出身東京育ち? 大阪には仕事で14年だけ! とってもそうは思えんわあ」
と、彼に大声で驚かれるほど大阪弁に戻ってもうた(注:大阪ネイティブはたいてい声がでかい)。
てゆうか、そうかワシの大阪弁ってネイティブ並みにうまいんや、と発見。
大阪時代、みなに寄ってたかって東京弁をおちょくられ、鍛えられた甲斐があったなあ。これからは胸を張って「二カ国語しゃべれます」とゆうことにしよ。
ひっさしぶりにたっぷり大阪弁をしゃべくったせいか、今朝もそのイントネーションが抜けへん。ツマ(10歳まで東京)もネイティブな関西弁(神戸弁に近い)を操れるから違和感がない。あぁそういやあ今晩のご飯は大阪支社の人たちとや。大阪弁勘も戻ったことやし、今日はこのまま大阪弁で通そ。
さとなおの「ハゲの悩み相談室」
2008年03月02日(日) 10:10:10
ボクがマイ・バリカンで髪を3ミリに刈っていることは以前に書いた。
週に一回、風呂場でひとり、髪をガガガと刈っている。いっそのことスキンヘッドにしようかとも思うが、そうすると二日に一回は剃らないといけないらしいので面倒。当分この3ミリ自己バリカンで行くと思う。
というか、ハゲが進まなければこんなことしなかったかもしれない。
まぁ祖父はふたりともツルツル、父もかなり薄い、という家系もあってか、子供の頃から髪の毛が細くさらさらで、つまり青年期を過ぎると確実にハゲる髪質で、20代後半の頃には、夏、どこかに遊びに行って帰ってくるとシャンプーがしみたりした。地肌が日焼けするの(泣)
で、そんな状態になると、人生がわりと不自由になる。
しょっちゅう髪の毛を気にしている状況になる。ベッタリすると薄いのが目立つので朝シャンを入念にやるようになる。風が強い日にはヘアスプレーを多めにつけたりする。ヒトに髪が薄いと悟られぬよう立ち位置や座席を気にしたりする。イスに座っていて後ろに立たれると殺意を覚えたりもする(笑)
こりゃイカン、卑屈だ、と、思い切ってオールバックにしたのが20代後半だったか。広いオデコを出し、同時に髭も生やした。ものすごく勇気がいるイメージチェンジだった。
でもこれはナイスでしたね。ハゲから逃げてない感じが周りからも好評だった。
んでもってモテた(笑)。女性はハゲが嫌いなのではなくて、ハゲをうじうじ気にする男が嫌いなんだ、と理解したのもこの頃(ハゲが嫌いな女性も一定数いるが)。いままで着ようとも思わなかった服が似合うようになり、ファッションの幅も広がった。なんだか自分が変わった感覚だった。
で、そのまま40歳くらいまでオールバックでやっていたんだけど、全体的にハゲが進んできたので、一気にボウズにしたのが43歳のこの日(ブログつけてると便利だね)。最初は五分刈り程度。その後3ミリにしたのがこの頃。
見事に髪の毛から自由になったな。
もうまったくハゲを気にしなくなった。
同時に周りの目も変わった。ハゲが「弱点」から「個性」とか「生き方」へと変わった感じ。というか、ヒトが頭頂部とかを見なくなった。ここまで堂々とすると誰も気にしないんだなと普通に理解。逆に、ファッションを含めて、ハゲを前面に押し出すくらいになった。ほんのちょっと前まで弱点と思っていたことが「強み」や「売り」に変わった瞬間でもある。
んでもってふと気づくと周りの同年代があの頃のボクみたいにコソコソした動きになってきている。その動き方、覚えがあるぞ。ハゲ始めたんだな(笑) んー、不自由そうだなぁ。早く自由になっちゃった方がいいのに…。
と、なんでこんなこと書いているかというと、お悩み相談のメールが来たからである。
さとなおさんに相談したいのですが、 以前髪がうすくなったので短髪にして自由になったと書いておられましたね。僕もこのごろ急に薄くなりだしまして、かなり悩んでおります。自分にとっては、自己イメージの崩壊ですので、かなりのショックなのです。やはり年取っても、カッコよくいたいと思っていたのですけれど。
そこで、ボウズ頭にしようと思うのですが、つきましてはハゲでもかっこよく生きるためのアドバイスを頂きたいのです。なんとかポジティブに生きたいと思いますのでお願いいたします。
「ハゲでもかっこよく生きるためのアドバイスを」のとこの「でも」ってあたりに悲哀が感じられますね(笑)
いや、でも、なんつうか、その悩み、地球上でトップクラスにわかる。
んでもってボウズにするには勇気がいるし、後戻りもしにくいのでご意見するのは責任重大でもあるのだが、ええと、実感として言うと「ボウズはハゲではない」ですね。つまりハゲからの自由を獲得するという精神的なこと以前に、外見的にもハゲから脱却できる。そう認識した方がいいかも。いや、実際ハゲなんだけど、周りがハゲとは見てない感じ。ある種の髪型。もしくは個性。生き方。そう見られていると実感する。
ファッションはね、攻めに出た方がいいですね。そうするとハゲがより「強み」に変化すると思う。
また、ボウズで超堂々としていると人格まで変わる。吹っ切れます(笑)
よしんば「ハゲ」とか言われても全く傷つかない。笑える。そんな自分に驚くことだろう。
そして、外見を髪型などでごまかせない分、顔を通して「内面の成長」が外にすべて晒されるから、なんというか「内面の成長」に絞って生きていける感じがある。メールで書かれている「かっこよく生きる」が外見を指すのか内面を指すのかわからないけど、男の後半生、内面が充実した方がかっこよいに決まっているとボクは思う。まぁボクもまだその過程にいるので偉そうなことは言えないんだけど。
それと、結果論ではあるけど、ヒトより先にハゲるというのはシアワセなことかもしれない、とか。
自意識過剰&自己肥大の青春時代に、ハゲを通して「ヒトの痛みを知る」ことができ(笑)、ヒトが悩み始めた頃に一足お先にハゲの悩みから抜け出して自由を獲得しおわっている。40代から70代までずっとハゲを気に病んでいる人生と、30代や40代でハゲから自由になっている人生とでは、後半生がずいぶん違うだろう。
まぁそうは言っても恋愛多発時期や結婚前にハゲると焦るし悩むものではあるし、いろんな個人的事情もあるだろうから一概には言えないんだけど。とりあえず。
楽しき3月
2008年03月01日(土) 13:54:59
今朝、長めの犬散歩をしていたら早咲きの桜が咲いていた。そういえば今日から3月。今年は寒い冬だったので春の訪れがこの上なくうれしい。
実は桜より梅の方が好きなんだけど、それはなんというか梅の謙虚さが好ましいのである。桜は派手だし潔いし立派だけど、完成度が高くて入り込む余地がない感じがする。それに比べて、梅ってひっそり薄幸な感じと穏やかな諦めが感じられて、なんか想像力をかき立てられる。梅の花を見ながらふと気づくと物思いに浸っている自分がいる。なんでかな。なんか発想がふくらむ。
桜より梅が好き、と言うとたいてい「へー」と複雑な顔で驚かれる。心の中の寂しさを見透かされたようで照れるが、まぁでも本当だから仕方がない。そういえば若い頃「一番好きな花は紫陽花」と言ったら「…寂しい人なんですね」と女の子につぶやかれてしまったっけ。いや、単にあの造形が好きなだけなのだけど、でもなんとなく否定できなかった。
別に自分が寂しい人だなんてこれっぽっちも思ってないけど、孤独は好き。
ただし「自分で獲得した孤独」ね。外部要因で孤独なのは別に好きではない。「自分で獲得した孤独」に浸るには、冬と春が交差する3月は最適な月のひとつ。楽しき3月。
ネット書店の脆弱性
2008年02月25日(月) 7:49:46
先週発売の週刊朝日に大きく1ページの書評で取り上げられたり、銀座旭屋で総合6位だったり、汐留リブロのビジネス書で1位だったり、「渋谷ではたらく社長」の記事や週刊文春の書評の好影響もわりと残っていて、おかげさまで好調な拙著「明日の広告」ですが、アマゾンではずっと「通常3〜5週間以内に発送します」表示されていて(つまり在庫切れ)、bk1でも楽天ブックスでも品切れ状態なので、なんかネット上でお知らせするのが憚られる状況。
いや、在庫切れになるほど売れてます! とか言いたいわけではなくて。
なぜなら在庫はあるんです。アマゾンにもbk1にも楽天ブックスにも。出版社談によると。
実際、アマゾンは「通常3〜5週間以内に発送します」という表示を無視して注文すれば、通常通り翌日か翌々日には着くそうです。これについてはアマゾン側の言質も取れてるらしい。ではなぜ表示的に在庫切れ状態なのか。アマゾン側の説明によると(出版社からの又聞きですが)「手動で表示は変えられない」「アメリカのシステムをそのまま導入しており、倉庫に本が入ろうが変更できない設計」とのこと。ではなぜ他の本は在庫切れ表示にならないのにこの本だけそうなるのかは不明のまま。
実は先週金曜にほんの数時間だけ「在庫あり」表示に変わったんですね。
でもそこそこ注文が殺到したらしく、すぐ「通常3〜5週間以内に発送します」表示に戻ってしまいました。出版社に聞いたら「まだ確実にアマゾンに在庫はある」との返事で、もうなにがなにやら。1月末からこの3週間、ほとんど在庫切れ表示のままの本なんて他にある? なんか運が悪いというか何というか…。笑ってしまうわ。
いままでネット書店って発送早いし超便利と思っていたけど、こうして送り手側に回ってみるといろんな問題あるんだなぁと溜息つきつつ、せっかくのイキオイが途切れないことを願っている今日この頃です。ネット上のクチコミは超大事なのでわりとショック大きいけど。
ちなみに三刷が出回っているはずなので、リアルな大手書店には並んでいると思われます。引き続きよろしくお願いします。
きよみ
2008年02月20日(水) 8:28:54
我が家で「きよみ」が急浮上している。
まず、一昨年頃からファンになった「清見(きよみ)タンゴール」。温州みかんとトロピタオレンジを交配させた柑橘類でこれがうまい。ファンである。
次に去年から急に縁ができた「きよみ」さん。神戸在住の方で、我が家とモリがいろいろお世話になっている。この前も一緒にご飯した。
そして「ちりとてちん」の和田喜代美と和田清海。毎朝、和久井映見の「きよみぃ」を聞いている。和久井映見の「きよみぃ」の発音が好き。
そしてそして、最後の「きよみ」は博多の明太子「きよ味」。先週博多で出会った明太子である。
正確には「辛子めんたい きよ味や」。鈴木清美さんという素敵な女性が作っている手作り明太子で、無添加無着色、すべての素材を厳選して手作りしている特別な明太子。「自分の子供に食べさせられる明太子を、と作り始めた」とのことなので、手を抜いている部分がない。【追記:その後、どうやら一次加工時(きよ味やに入る以前の漁船で獲った時点)にて微量の添加物が使用されていたことがきよ味やさんの調べでわかったようです。きよ味やさんのミスではないとはいえ残念。添加物は最低限とはいえ、完全無添加ではないのでご注意を】
まぁでもそんなことはどうでもよくて、ただ単に「うまい!」。いままでいろんな明太子を食べてきたが、ちょっと別物の明太子だった。粒は大きいし、薄味ながらも辛いし、実に自然な味だし。明太子の新しいおいしさを発見した気分。添加物バリバリに慣れた方には物足りないかもしれないくらい自然で清らかな味。
ただ、この「きよ味や」の明太子、完全手作り少量生産なため、ほとんど流通していない(写真)。
ボクは鈴木清美さんのオフィスに直接伺って買わせていただいたのだが、他ではどこで買えるのかなぁ。全国発送もしてくれるみたいなので、一応連絡先載せておきます。
福岡市中央区小笹1-5-13 (株)鈴屋商会内
092-534-8240(FAX:0120-565509)
中箱(230g〜:二腹から三腹)で3500円。クール宅急便代は別途かかるようです。
ということで、「きよみ」なお話でした。
ちなみに、うちのムスメは響子(きょうこ)だが、普段は「きよ」と略して呼んだりしている。近いことは近い。
あ〜ビックリした
2008年02月19日(火) 8:48:48
昨日、ある「親しい仕事仲間」とふたりで昼ご飯を食べに行った。
銀座ソニービル前で待ち合わせて、2月いっぱいでなくなってしまうという「あんじゅ」へ。黒豚ラーメンと牡蠣ラーメン。混んでいたのでサササと食べて「お茶でもしよう」と近くの地下の喫茶店へ。まだ頭の中が博多値段になっていて、メニューの「ブレンド 1200円」とかに驚きつつ。
そこで衝撃の告白。
私、結婚するんです。と。いや、まぁここまではイイ。素直におめでとう!である。でもそのお相手にビックリ。ボクの知っている違う「親しい仕事仲間」と、なのであった。「実はそうなんですー」と。
この思ってもみなかった組み合わせにしばし呆然。
満劇の桂雲呑のように「あ、そう〜」を繰り返す。なかなか次の言葉が出てこない。そういえば2年ほど前に3人で飲んだなぁとか思い出す。いやぁ…。「まぁそういう意味では佐藤さんもキュービッドのひとりですー」 んんー。
と、ここまで読んで「さてはコイツこの女性に惚れてたな、だからショックなんだな」もしくは「ふたりとも親しいのになんでいままで隠していたの?とショック受けてるな」とか思うかもしれない。でも違う。それはない。ただ、なんだろう、この感覚。アハ体験に近いのかもしれない。まったく関係ないと思っていたふたつの事項が結びついたときの衝撃というか、思わぬ方法で方程式の解が出たような驚きというか。純粋に脳みそ的「発見」の喜びに近い感覚。
おかげであんまりその後の話の内容を覚えていないのだが、よくよく考えると実にいい組み合わせだなぁと感心することしきり。欠けてた破片と破片がはまり合ったような感覚。「親しい仕事仲間」ではあったが「ものすごく親しい仕事仲間」とまでは行かなかったふたりが、ひとつに合わさって2倍になり、「ものすごく親しいご夫妻」に変化した。
なんか、こういう「思わぬ出来事」が起こるから、人生って楽しいね。楽しませてくれてありがとう(笑)
二日連続モリ
2008年02月13日(水) 6:47:43
TEAM NACSのリーダーこと森崎くん(モリ)が東京に来ていたので、二日連続で夜ご飯。
最近ワインに凝りだした彼が「ワインの基本を講義してして」というので、カルチャーセンターでワイン講座も持っているツマの出番。モリを夕食に招いて家で即席ワイン講座。プリントアウトまで用意してフランス各地方飲み比べである。久しぶりに「Le Nez du Vin」まで持ち出して(リンク先は10年前の日記)、いろんな香りを当てっこしたり。
でも途中から違う話題で大盛り上がりになり、ワインは隅っこに追いやられちゃったんだけど。ま、会話が主役でワインは脇役、というのは正しい姿ではある。
翌日、というか昨晩は、N夫妻が合流して4人でオーストリア料理「カー・ウント・カー」。ツマとムスメはそれぞれ用事があって来られなかった。
ここの貴腐ワイン「クラッハー」と、クラッハーを混ぜ込んだブルーチーズとのマリアージュの快感をモリに知って欲しいというのが目的だったのだけど、目論み通り、みんな悶絶して喜んでくれた。いや〜やっぱりうまいわ。夢心地とはこのこと。料理もどれもこれもうまいけど、クラッハーの極楽さはまた格別だなぁ。
N夫妻とモリはこのところ異様な頻度で遊んでるらしいのだが、元はと言えばご夫妻はボクの読者で、ボクがサイトに書いた札幌の店(モリからオススメしてもらった店)にご夫妻が行き、そこで偶然(ボクの話題で)モリと知り合った、というのが出会い。で、モリを通してボクとご夫妻が会ったという複雑なようなシンプルなような出会いである。
元々のキッカケはボクなのに、ボクをないがしろにして二組で遊んでばかりいるので、少し怒っていたのだ(嫉妬99%)。キミたち遊びすぎ!
また去年みたいに「NYミュージカル・ツアー」に行くか行かないかなどの相談も。そうか、そろそろ決めないといけないタイミングだなぁ。早いなぁ。でもどうしよう…。
三刷決定!
2008年02月08日(金) 12:03:12
拙著「明日の広告」、三刷決まりました。ありがとうございます。
最近はご紹介してませんが、いろんなブログで紹介をいただき、メールもたくさんいただき、著者冥利に尽きてます。いままでの著作とは違う反応の多さです。「あらゆるビジネスに応用できる」というご感想が多く、意を強くしています。
ビジネス書においてとても影響力のある土井英司さんという元アマゾン・カリスマバイヤーの方のメーリングリストにもご紹介いただいたのですが、ちょうどその日、アマゾンで品切れとなり、編集者ともども地団駄踏んで残念がっていました。アマゾンで品切れになるのって「買ってみるか」と思った読者がいったん買い控えるのでとても痛いんですよね。
増刷分(二刷分)が今週中旬からアマゾンに投入されているので、そろそろ品切れも緩和されると思われます。アマゾンでは相変わらず「在庫状況: 通常3~5週間以内に発送します」と表示されていますが(この表示は、配送センターに在庫がなく、出版社から商品を取り寄せる状況の時に出る)、表示が切り替わるのが遅れているだけで、もう在庫はあるはずです(編集者談「たぶんもう24時間以内発送」)。ですので「買ってみたいけど、まぁ後にしよう」と思われていた方がいらっしゃったら、そろそろポチッとショッピングカートへ(笑) 三連休のお供にいかがでしょう?
また、書店の方にもそろそろ二刷分が行き渡っているはずです。二刷は部数が少なかったので大書店しか出回らないかもしれませんが、三刷はわりと多く刷ってくれるようなので、もうちょっと事態はマシになると思います。三刷が出回るのは来週末くらいかなぁ。それまでこのイキオイが保たれれば良いのですが…。
本の中で「広告というラブレターを渡すための待ち伏せ手法」をいろいろ語っていることもあって、その手法を「本というボクからのラブレター」に活用しきれないことが著者としては残念です。もともと出版というビジネス自体が、「書店というメディアの書棚で、伝えたい相手に偶然出会えるのをじっと待っている」という、超受け身 & 変化した消費者に対応していないコミュニケーションなんですね。ま、その辺はいずれまた。
Mac用ワープロと巨顔雪像
2008年02月05日(火) 9:10:26
昨日の記事「egword販売終了」にメールをいろいろいただきました。
まず、egwordの中の人(開発責任者)が独立して新たなソフトの制作に着手する、というニュース。朗報ですねぇ。数年後には志の高いMac用ワープロが売り出されるかもしれない。
次に「LightWayText」と「IText Pro '08」の存在。なるほどー。なんでいままでボクの貧弱なアンテナに引っかからなかったんだろう(貧弱だからです)。両方とも同じ人が作っているエディタのようなんだけど、原稿用紙モードもあるし、Leopardに対応しているし、なにより「Writer's Workshop(作家のための作業環境)」をコンセプトにしている点が素晴らしい。ただ、「LightWayText」と「IText Pro '08」のどちらを使えばいいのかがよくわからない。似てるのだ。んー、どっちの方がいいんだろう…。わかる方、教えてください。原稿用紙モードをカスタマイズして(文字数行数を変更して)大量の文字をダダダと打っていきたいのですが…。
さて、今日から「さっぽろ雪まつり」。
東京に住んでいるし、今回は行けない。だから「いつから」なんて興味なかったんだけど、なぜか昨晩、いろんな方が「チーム・ナックスの雪像の写真」を送って来てくれ(正確に言うと、チーム・ナックスのアニメ版の「チビナックス」の雪像)、「明日からですよ!」と雪まつり気分を盛り上げてくれた。つか、モリの巨顔が雪像に!(完成写真の左端) 怖すぎる。
昨晩はちょうど金沢から来た「ナックスファン」と青山の「ペローラ・アトランチカ」でご飯食べていたので、モリに携帯メールしたら、あっちはあっちで、ボクの知り合いと盛り上がっていやがった。しかもその知り合いとはボクを介して知り合っているのである。なのにずるい。くそ、札幌行きたいなぁ。
昨晩一緒だった人たちは、去年ボクが金沢に行ったときにとてもお世話になった2人。ちょうど「明日の広告」を執筆中に金沢に行ったこともあり、「あのときは悲愴な顔してましたよ〜」とか。まぁ書き終えた今だから笑って話せるけど、マジであのときは地獄の真っ最中だったな(遠い目)
荒川修作 講演会「死ぬのは法律違反です」
2008年02月03日(日) 9:52:21
先週、荒川修作の講演会に行ってきた。
題して「死ぬのは法律違反です 〜死に抗する建築〜」。英語で言うと「Making Dying Illegal」。ご存じない方のために説明すると、荒川修作は芸術家・建築家・哲学家で、有名なのは養老天命反転地と三鷹天命反転住宅かな。
彼の講演をちゃんと聴くのは2回目。1回目より荒川節に磨きがかかって自由自在だった。珠玉の言葉の連続。でも彼の講演は「荒川修作の言葉を受け止めようとする人には珠玉の言葉の連続に聞こえるが、荒川修作の言葉を受け止めようとしない人には支離滅裂に聞こえる」という特徴があるので、会場の他の人がどう思っていたかは知らない。「このオッサン、何言ってるか全然わかんねぇよ」というような顔で聞いている人が多かったと思う。
というか、明らかにボクは有利だ。
2年半前に彼が作った三鷹天命反転住宅の住宅内特別公開に参加している。つまり彼が訴える「死なない住宅」「生命の外在化」を体験・体感しているのだ。彼がバリアフリーの風潮に反対して言っている「負荷のない暮らしはかえって人を衰えさせます」という言葉も、体感してようやく心底理解した。あの住宅を体感しているといないとでは理解の度合いは違うだろう。
彼は言う。
ここに住めば普通に生活するだけで身体の細部のあらゆる細胞や筋肉の活性化が始まり、共同の免疫力や新しい感覚が出現し始めるのです。健康になり長寿になる。だから今までの建築や住居とは全く目的が違います。ここに住むには「使用法」があって、その通りに住まなくちゃならない。それほどプリミティブ(原始的)につくってあります。使用法がなくても使えるような家はもうつくってはいけないのです。この言葉も、あそこに実際に行って、家の中を歩き回ったり体感したりするとよくわかるのだ。
というか、笑うなよ。
マジな話なのだが、その日、ひどい風邪をひいてその見学会に参加したのだ。で、約2時間あの家の中にいただけで見事に風邪が治っていた。いやホント。その顛末は昔のさなメモ(ココとココ。写真も見られます)にも書いたが、あれには本当にビックリした。脳でなく、身体が勝手に反応したのである。
あの家はすごい。お金があったら買って住んでみたいな、とたまにぼんやり考える。人間の日常を「異化」してくれる家。毎分毎秒「異化」が起こるのは、ココロにもカラダにもとても大きな影響を与えるだろう。あの体験を元に彼の話を聞くといろんなことがよくわかる。いや、正確に言うと言葉や論旨はよくわからない。でも身体が納得する。「意味はわかんないけど『そうなんだ』と知っている」みたいな感覚。
荒川修作の素晴らしいところは、哲学に終わらせず、実践として「運動」にするところだ。
彼はいま高知に理想郷を作ろうと画策しているらしい。「それにはお金がいる」と衒いもなく訴える。なんでこういう素晴らしい哲学にみんなお金を出さないんだ、と訴え、営業する。その辺がユニークだし面白い。
身体は使い方次第で「生命」という現象を外在化できるのだ、と彼は訴える。だから「死なない」し、死ぬことはイリーガルなのだ、と。「僕たちは太陽だって作れちゃうんだよ。そんなことも知らないでみんな生きているんだ」。あぁ気持ちいいなぁ、荒川節。でも荒川さん、ボクも最近少しわかるようになりました。死なない、という意味が。まだ茫洋としてはいるけど。
彼の本「死ぬのは法律違反です」は
こちら。
ちなみに、3年半ほど前に彼の講演を聴いて印象に残った言葉はこんなの。
「ヒトは形あるものに名前をつけたが、目や手から出た力みたいなものに名前をつけず、認めない。形あるものしか認めないから死ぬんだ。身体がなくなったと同時に死ぬんだ。でも身体がなくなっても人間は死なないんだ。それがおまえらバカは誰もわからない」
去年の今日のシビレ
2008年01月31日(木) 7:03:51
1月31日。中学受験本番「前日」だ。
去年の今日なんか「もうこうなったらジタバタしても仕方ない。でも風邪だけはひかせてなるものか」と、ムスメの体調管理、そしてムスメにうつさないように親の体調管理も相当神経質だった。ちょっとした人混みを歩くにも「あのオジサンがインフルエンザじゃないか」「あのおねぇさんは風邪気味ではないか」と、他人をウィルス扱いして避けて歩く。健康なのにマスクで完全防備。でも数年かけて勉強してきたのに本番の風邪でおじゃんになっちゃったら可哀想すぎるし。
去年の受験前、「キットカット・タクシー」に偶然乗り合わせた女性と、これまた偶然、昨日の帰りの電車で一緒になった。ほとんど一年ぶりに話す。
「あれ〜?」「あぁ、どうも!」「一年ぶりですね」「そうですね〜」「そういえばあれから一年経ちましたねぇ」「経ちましたねぇ」「去年の今日とか大変でしたよね」「いやぁ、大変だったぁ…」
ここでふたりで黙り込む。感慨と緊張感に浸っているのだ(笑)
喉元は過ぎてしまった我々だが、少し想像力を駆使すれば、身体ごとタイムマシンに乗ってあのときのシビレるような緊張感にリアルに戻れる。これはこれで経験値の獲得だなぁとか思いつつ、電車の中でいい歳した男女がふたりでシビレているってどうよ。何かのプレイか。
JR東日本の発車メロディ
2008年01月25日(金) 12:08:09
ボクの一昨日の記事を見てボビー・マクファーリンに行ってくれた方数人からメール。どなたも感激してくださったみたいだ。でもやはり客の入りは悪かったそう。彼に申し訳ないなぁ。
おととい昨日と異様に寒く、駅のホームに立っているとまさに凍えるのだが、最近我が家で流行っているこのビデオを思い出して音の確認で気を紛らわしている。
JR東日本の発車メロディを次から次へと弾いていくライブ。もう有名なものなので知っている方もいるとは思うが、これに「鉄」であるツマがはまった。どの発車メロディがどの駅のものかを議論するだけで我が家は更けていく。まぁ模範解答ビデオも存在するんだけど。
山手線も北の方はよくわからないのだが(生活圏ではないから)、よく使う駅はだいたい特定できた。オリジナルを使っている駅も意外とある。というか秋葉原とかってこんなにオリジナル多かったっけ。聞いていたようで聞いていなかったな。こういう風に発車メロディを駅ごとに変えるのってなかなか楽しいしクリエイティブだと思うけど、海外ではほとんど聞いた経験がない。日本ならではの細やかさということか。
とか書きつつ、駅のホームの寒さが堪えたらしい。風邪気味。
ビンゴ河野
2008年01月22日(火) 8:26:09
広島のシャオヘイさんが東京出張してきたので、伊藤さんたちと一緒に迎撃。
「東京っぽい居酒屋に行きたい」というリクエストだったので、伊藤さんと話し合い、北千住の「大はし」へ。
他の候補ももちろんあったが、東京の居酒屋特有の「落ち着けるけど、せわしない」あの感じを体験するにはココは良い。地方の居酒屋はもっとのんびりしているし、大阪ももっとほんわかしている。それに対して古くからある東京の居酒屋は空気がどこかせわしない。でもそれが妙な活気につながっていて楽しいのも東京ならでは。
久々の「大はし」は相変わらず完璧な東京居酒屋。これで改装さえしてなければ、と、残念ではあるが、料理も酒も、異様に素早いそのサービスも、そして値段もほぼ完璧。あれだけ食べて飲んでひとり3000円強とはなぁ。
二軒目は恵比寿まで帰って「さいき」へ。
一瞬「縄のれん」もいいかと思ったが、どうせなら文壇居酒屋へ。二階の座敷でこの店に通った島尾敏雄の話などしつつ飲む。
途中でシャオヘイさんが「さとなおさん、オデコのでっぱりなんですか? できものですか?」と聞くから、「いや、ローラーゲームって知ってる? そこに東京ボンバーズって名チームがあってね、その中にビンゴ河野というのがいたわけですよ。ビンゴって頭突きのことね。で、ボクは彼に憧れて、小学校時代に毎日、家の柱に向かってビンゴの練習をしたの。『河野のビンゴ〜!』って自らナレーションしながら。そんでもって柱に毎日頭突きしてたら、コブが常態になって、こんな風にでっぱってしまったわけ」とかご説明。
ローラーゲームって何?って基本的なこと聞くから、そこから説明するのが大変(笑)
佐々木ヨーコだのミッキー角田だのから教えなアカン。つか、あの素晴らしいゲームのルールから説明するんだけど、これがなかなかわかってもらえない。ううむ。難しい。新しい広告手法とかを説明するほうがよっぽどラクだ。