家族 アーカイブ

「ひとり」をちゃんと始めます

2015年12月27日(日) 19:04:24

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弊社ツナグに4年弱勤めてくれ、雨の日も風の日も一緒だった伊藤美希子が転職することになりました(1/1付)。

昨晩はその転職祝いの会を、元社員の宇野実樹を含めて、3人の共通の思い出の店『鮨いまむら』にて。

ボク自身の志向が『不特定多数へのコミュニケーションから特定少数のコミュニティへ』と移って行っている中で、彼女とは(彼女のこれからも含め)ずっと一緒に話し合ってきました。そのうえでの超円満転職です。

すぎやまこういち指揮「ドラクエ V 天空の花嫁」コンサートに行ってきた

2014年5月 7日(水) 8:41:05

20140505osakabig.jpg「ねぇ、これ、いっしょに行かない?」

2ヶ月くらい前だったか、珍しく娘からボクを誘ってきたのは『ドラゴンクエスト5「天空の花嫁」』のコンサートだった。
しかも、天才すぎやまこういち(ドラクエの作曲者)自らの指揮である。

「おー、すばらしい! よく見つけた! ぜひ行こう!」

プレゼンを褒められて気がついたこと

2013年6月24日(月) 17:43:58

今日は慶應SFC(湘南藤沢キャンパス)にゲスト講義で行き、プレゼンをした。

プレゼン後、呼んでいただいた先生に「いままでの人生で聴いたプレゼンの中で、掛け値なしに一番良かった」と言われた。生徒たちからもいくつか熱いメッセージを速攻でもらった。

意外だった。。。今日のが? なんで?

娘とふたりの被災地行

2013年4月 1日(月) 9:17:39

今日4月1日から大学生になる娘にとって、昨日は高校時代最後の日。

高校時代のうちに一度は被災地を見て感じてほしかったので、昨日、ふたりで東北に行ってきた。

ギリギリ最後の日。お互いの予定が合う日がそこしかなかった。
でも、結果的に、とても思い出に残る「区切りの日」になったかもしれない。

家族旅行の醍醐味は、日常では起こりえない会話の数々

2013年3月 6日(水) 10:23:15

ということで、湯布院に来ている(経緯はこちら)。

「娘の受験終了祝い」が主な目的だが、ちょうど今日3月6日が「娘の18回目の誕生日」と「夫婦の19回目の結婚記念日」なので、それも兼ねて。

というか、来年は20回目の結婚記念日か。
世に「磁器婚式」とか「陶器婚式」とか言うらしい(あまり聞いたことないが)。ちなみに銀婚式は25周年。意外とすぐだ。

親の役割はひと通り終わったのかもしれない

2013年3月 4日(月) 17:51:06

昨晩は両親を呼んで「娘の受験終了祝い」と「娘の誕生日祝い」と「夫婦の結婚記念日祝い」と「ひな祭り」をした。

ボクたちの第一回目の結婚記念日(3月6日)に生まれた娘も、この6日で18歳になる。
生まれた1995年の春は、阪神大震災と地下鉄サリン事件があった。ボクたちは神戸から避難し、東京の実家で娘を得た。あれから18年。あったかもしれない無数の危険をかいくぐり、よくここまで育ってくれたと思う。

ここでも書いたが、あのとき「無事産まれて来さえすれば、他に何もいらない」と思った。そういう意味で、無事に生まれてくれた時点でもう親の想いは達している。もちろんその後もいろいろな希望を彼女に託してはいるのだが、基本それだけで充分という想いはいまでも変わらない。

身震いするくらい勉強したくなった記憶

2013年2月25日(月) 9:11:05

まだまだ国立大学の試験は終わってないし、私立も発表は続きますが、娘はなんとか行きたい大学に一校引っかかり、無事に大学生になれそうです。応援してくださった方々、どうもありがとうございました。

親としては「浪人してもいーんじゃね?」と思ってたですね。
理由は前回の記事『浪人時代に学んだとても貴重なこと』で書いたとおり。あんなに人間的成長を後押ししてくれる1年間もなかなかない。ああいう「人生背水の陣」感は他では得られない体験。だから今年浪人する方、ぜひ前向きに取り組んで下さい。絶対貴重な1年になることでしょう。

逆に言うと、娘はそういう1年間を体験できない分、どこかで似たような「試練の洞窟」を経なければいけない。このままのほほんと社会に出すのは親として無責任。

父の傘寿祝いで思ったこと

2012年7月 8日(日) 20:12:23

傘寿といったら80歳である。80年間、父は生きてきた。

若い頃、ボクは、年齢を経れば誰でも自然と「大人」になるものだと思っていた。
年月が経てば誰でも普通に「成長」するものだと思っていた。

20代、いや30代でもそんな甘いこと考えていたんじゃないかな。

スイマーの方々はあのヒマをどうやって乗り越えているのだろう?

2012年3月14日(水) 9:35:45

ちまたでマラソンとかに凝っている方々にはたいした記録ではないと思うけど、我が家族にとっては事件だったので一応記録に残しておこう。

妻の優子がハーフマラソンで「40歳代女子の部」(女子??)で5位に入った。

1年くらい前からだろうか。
毎朝のようにRUNを始めたのは知っていた。

疲れと思っていたのは、なんだか固くギザギザした塊だった

2012年3月12日(月) 8:54:51

昨日の3月11日。
ボクは「助けあいジャパン」の仲間たちが集まっている麻布十番の本部で、14時46分をいっしょに迎えた。30人くらいは集まっただろうか。

毎月11日、ボクたちはここで情報共有会をしている。
というか、飲み会w 懇親会だ。いつもはわいわい盛り上がる。共有しないといけないこともたくさんあるし、イベント的な感じになるので、時間がすぐに3時間くらい経つ。

でも、昨日は静かに過ごした。
「1年目の311は特に報告もイベントもするのはやめよう」と前から決めていた。やるとしても被災地とスカイプで結んで現地スタッフとも話をするくらい。あとはゆっくり日本酒を飲み、静かに振り返ろう。311は祭りではない。今日だけ思い出して何か自己満足的なことをする日でもない。息長い支援を志すボクたちにとっては普段通りの「日常」に近い。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。