雑談
知っている人が住んでいる国
2010年03月16日(火) 8:46:49
個人的「バレエの季節」も一昨日で終わり、日常に帰ってきた。
短い期間に6本観た。観劇に間に合うように仕事を昼間に詰め込んだので慌ただしい日々だったが、とても面白い1週間半だった。
中でも「ロミジュリ」は3回も観たので、まだ頭の中にプロコフィエフの曲が鳴り響いているが、この余韻の日々も楽しみのうち。あと数日の長い余韻に浸っておこう。
それにしても、やっぱり文化の交流って大事だな。
今回、グルジア国立バレエを何度も観たおかげで、グルジアという国が相当身近に感じられるようになった。グルジアはジョージアと同じスペル(Georgia)で、首都はトビリシ。そのくらいしか知らなかったあの国について、いろんなことを知った1週間半でもあった。国の場所を地図で指させもしなかったもんなぁ。いまなら「黒海の横のココ」と人に教えられる(笑)。地図を見ると、ゴリとかポチとか可愛い地名がある。黒海横のポチなんて、ちょっと行ってみたい(笑)
ちなみに国名はロシア語読みなので、ロシアから独立した経緯があるグルジア政府としては、日本政府に「国名表記を英語読みのジョージアに変更してくれ」と去年の3月に要請したらしいが、外務省は「アメリカのジョージア州と紛らわしいので」と拒否したんだって。へーへーへー。
ま、それはそれとして、とりあえず今後グルジアがニュースなどで出てきた場合(一昨日もロシア侵攻偽ニュースで大混乱が起こったというニュースが流れていたが)、かなり具体的にイメージできるし、実際に知っている人(ダンサー達)が住んでいる国として親身になれる。そういうことが大事。「知っている人が住んでいる国」が増えれば増えるほど、地球は小さく縮んでいく。
日本も(もちろんたくさんやっているのだとは思うが)どんどん海外に出て文化交流してほしいな。草の根レベルでもっともっと日本を知って欲しいものだ。
ただ、数日前に岩田さんから聞いた話がちょっと引っかかっている。
「日本からも海外公演でバレエ団とかがロシアに来るんだけど、彼ら彼女らは美術館とか行かないんですね。踊って市内を少し見て帰っちゃう。たくさん芸術に触れないと表現の幅は出ないんですけどねぇ」
文化交流は、あちらでのアウトプットも大切だけど、持ち帰ってくるインプットも超大事。芸術家としての成長のためにも、少々無理してでもいろいろ触れて欲しいよね。
アクションプランナー
2010年03月09日(火) 12:47:39
「国民と政治の距離を近づけるための民間ワーキンググループ」のメンバーは全部で8人。そこで初めて佐々木かをりさんとお会いした。イー・ウーマンの代表であり、時間管理術でも有名な方だ。テレビのキャスターやコメンテーターもつとめられている。
で、何度かワーキンググループの会合を重ねる中、いろいろ話をするようになったのだが、あるとき彼女がボクの使っている手帳を見て、いきなり「さとなおさん、その手帳、すぐ捨ててください」と言う(笑)。もちろんそこは佐々木さんなので、感じよくニコヤカにだけど。
当然「え、なんで!」である。
ボクはボクで毎年苦労して手帳を選ぶ。最近では iPhone の手帳アプリも試したり、Google Calender を使ったりもしているが、どうもボクには「紙の手帳」が合っているようなので、紙にしている。でもなかなか自分に合った手帳がないので毎年選択に苦労するのである。
「手帳はこうやって使ってください。こうしてスケジュールを面で捉えるの」
と、自分の手帳を開いて、その手帳の良さや使い方を説明してくれる彼女。時間管理術の講座や手帳の使い方の本なども書いている彼女から直接受ける「超贅沢なひとり講義」である。なるほどねー。納得はいろいろあった。で、その手帳こそが彼女自身がプロデュースした「アクションプランナー」という手帳だったのである。あぁあの有名な。
とはいえ、その "講義" をしてくれたのは2月中旬だった。もう手帳を買う時期でもないし、第一ボクは「左側に7日分のスケジュール、右側にメモ欄」という手帳が好きで、このアクションプランナーのような「バーチカルタイプ(1週間分が見開きになっている)が苦手なのである。
それでもその説明はなかなか魅力的で、一度試してみたいとは思ったですね。
実物を触って確かめてから買いたいので、思い出しては文具売り場の手帳コーナーに探しに行ったりもした。でもアクション・プランナーは置いていない(時期はずれすぎ)。まぁ来年版からにしようか、と、ほとんど諦めていたのである。
が、あるときツイッターで佐々木さんとやりとりしていて、「アクションプランナー、どこにも置いてないですねぇ」みたいなことを書いたら「売り切れていたグロリアラインが手元に1冊ありますよ」と推薦され、なんとなく流れで購入させてもらうことにした。今年使ってたヤツもイマイチ気に入ってなかったのが大きい。ただしグロリアラインは1万円と高いので、オーストリッチの安価なタイプを(あと10ヶ月しかないし)。
届いたのが3月5日。使い始めたのが3月6日。
イー・ウーマン・サイトのこの手帳の使い方コーナーみたいのも熟読した。動画も見た(とても丁寧なサイトだ)。
まだ徐々にバーチカルタイプに慣れていっている段階ではあるが(横軸から縦軸になったのもなかなか慣れない)、たしかに時間管理はしやすいかも。ムダな時間や空いている時間が一目でわかるし、受動的ではなく能動的に予定を埋めていける。
つか、これ以上能率あげてどうする、という気もするが(笑)
まぁ残りの10ヶ月、これでやってみます。
久しぶりの不眠
2010年03月08日(月) 6:41:07
昨日は切羽詰まった企画書が2つあり、どこにも出かけずモニター前でどっぷり仕事していた。
朝6時前から深夜25時すぎまで、朝ご飯と昼ご飯と夜ご飯(with「龍馬伝」)と犬散歩と1時間の昼寝以外ずぅっとモニター前。15時間は向かっていたかも。
というか、思ったよりずっと時間がかかった。
本当は2本で8時間くらいで仕上がると踏んでいたのだが、パワポのアニメーション(プレゼンのときに文字や図を動かすやつ)とかを細かく調整しているうちにそんな事態に。うーん、実はまだ終わっていない。今日プレゼンする案件があるのだが、それが間に合っていない。こんなことでちゃんとプレゼンできるのかな、オレ。
作業の最後の方は目が疲れすぎてアタマがガンガン鳴っていたのだが、あまりに長時間モニター前で照射されていてメラトニンの分泌が妨げられたせいなのか、うまく睡眠に入れず、結局ほとんど眠れないままに朝を迎えた。久しぶりの不眠。あーあ。眠い。つか、アタマが痛い。
まぁボクは20代30代とかなり深く不眠とつきあったので、不眠には慣れている。
あまり気にせず起きて活動しちゃうことだ。とりあえずプレゼンに向かって企画書を仕上げよう。
ヒキガエル、おはよう!
2010年03月05日(金) 8:21:04
昨日の帰り道。住宅街の普通の坂道。電灯も少ない暗い道。
なんか道の真ん中にこぶしほどの黒っぽい塊がある。石か。いや、有機物っぽい。ウンチか。いや、これは…。
ヒキガエルだった。
おおっ! 冬眠から目が覚めたのか! おはよう! 春だね!
でもこの辺はネコが多い。ネコパンチの餌食になると可哀想だし、裏道とはいえそんな道の真ん中にいたらそのうち必ず車に轢かれてしまう。
なので、クツでヒキガエルのお尻をチョチョチョとつついた。
そしたらビックリしたのか、急にササササと歩き始め、「ああ!そっちに行ってはダメ、側溝に落ちる!」と声かけるまもなく(まぁ声かけても通じないのだが)、側溝の隙間から排水溝に落ちていってしまった。
…大丈夫だったかなぁ。
どっかから地上に這い上がって来れればいいけど。でもまぁ排水溝の方がエサとかはありそうだし、そのまま坂道を下がっていくと広い部分もある。ネコや車の餌食になるよりは良い。というか山椒魚はあんな狭い穴蔵で暮らしていたんだ。それに比べれば幸せだ(なぜ急に井伏鱒二)
で、なんとなくツイッターに「ヒキガエルに出会った。啓蟄だ! おはよう!」みたいなことをツイートしてみた。
そしたらこんな書き込み。
satonaoさんの、「啓蟄 (けいちつ)」の読みが分からず、「ハナハジメ」?とググった自分まじでヒドスw でも、ひとつかしこくなりました!その後のボクとのやりとり。
いや、谷啓では?w RT @akired1: satonaoさんの、「啓蟄 (けいちつ)」の読みが分からず、「ハナハジメ」?とググった自分まじでヒドスwなごんだ〜。谷啓!どうりで!なぜハナハジメが出てきたのかスッキリしましたw なるほど~ RT @satonao310 いや、谷啓では?w RT @akired1: satonaoさんの、「啓蟄 (けいちつ)」の読みが分からず、「ハナハジメ」?とググった自分まじでヒドスw
いや、あなたの脳はすばらしいシナジー! RT @akired1: 谷啓!なぜハナハジメが出てきたのかスッキリしましたw RT @satonao310 いや、谷啓では?w RT @akired1: 「啓蟄 (けいちつ)」の読みが分からず、「ハナハジメ」?とググった自分まじでヒドスw
ヒキガエルからクレイジーキャッツに行った展開がなんとも可笑しい。
なんか生きてく勇気が出た(笑)
「さとなお」と「サトナオ」
2010年03月03日(水) 7:31:00
読売新聞の月イチ連載コラム。前回の掲載時に立松和平さんが亡くなった特集記事が急に入った関係でひと月近くズレ込んでいたんですが、今日の朝刊には出ているようです。
新聞は急な事件によってコラムとかはすぐ飛びますね。ダイナミックで面白い部分でもあるけど、新鮮度重視な旬ネタでコラムを書いた場合、書き直しせざるを得ないのがツライところ。今回も全面的に書き直しました(これで2回目の書き直し)。ちなみに写真も変わりました。お暇な方は見てみてください。
本業の広告について言えば、ブログやツイッターで書かれたりメールでもたくさん問い合わせをいただいたのでここでもお知らせしておくと、3/1に、所属している会社で「サトナオ・オープン・ラボ」というのが発足しました(リリースPDF)。
15年前、このサイトで使い始めた「さとなお」という名前。
中学高校時代の通称だったのをそのままハンドルネームとして使い始めたんだけど、それがペンネームとなり、そのまま本まで出すようになるとは当初予想もしませんでした。おかげで70歳になっても80歳になっても「さとなお」。よしんばハーヴェイ・カイテルみたいな渋いオジサンになれたとしても、名前はしょせん「さとなお」。腰砕けだ(笑)。著者名として本の背表紙に出ていても何か頼りない(ひらがな四文字だしなぁ)。あぁもうちょっと考えて名前をつけるべきだったよ!
…まぁそういう軽い後悔はあるものの、会社でもいつの間にか「さとなお」で流通してしまい、たいていの人が「さとなお」と呼んでくれるですね(もちろん年下とかからは「さとなおさん」だけど)。
「さとなお」はプライベート、本業は「佐藤尚之」、と、自分の中で区別していたのだけど、だんだんその境目がなくなってきて、まぁそれはそれでいいか、とだんだん開き直ってきました。でも、企業へのプレゼンとかのオフィシャルの場で「さとなお」と呼ばれるのは今でも慣れません。照れるというか、お恥ずかしい。まぁでも仕方ない…。
で、そういうところにきて、ついに組織の名前にこの通称がついてしまった…。
オープン・ラボというカタカナに合わせて、ひらがなからカタカナにはなったけど、それにしても…。
恥ずかしいから相当抵抗したんですが、はるか上の方からの「これで行け」との指示により(泣)。んー…。こうなってくると、両方「さとなお」なので、必然的にこのサイトともリンクしてきます。
この「公私が独立して存在するのではなく限りなく混ざり合っていく感じ」は、実にツイッター的というか、ソーシャルメディア時代っぽいなぁとは思うし、「オンとオフの区別はなく、すべてがオン」という考え方のボクとしては理屈上は望ましいことなんだけど、実際に「さとなお」が本業に混ざり込んでいくのはなかなかに複雑な気分ではあります。
まぁ佐藤部とか、組織に名前がつくことはたまに見るけど、通称が組織名になるのは聞いたことないなぁ。こんなことで画期的になっても仕方ないけど、まぁこれも新しい前例作りの一環ということで。
いったいその「サトナオ・オープン・ラボ」で何をやるのか、とメールでもいろいろ聞かれましたが、拙著「明日の広告」で書いたようなコミュニケーション・デザインを基本として、生活者本位の「広義なパブリック・リレーションズ」を目指します。
日本ではパブリック・リレーションズ(PR)はパブリシティ的な狭義なニュアンスに閉じ込められちゃっているけど、本家アメリカでは「広告(AD)」より広い概念。でも、それでもまだ「広告」とは分離して考えられているですね。そこを合体させた「新しい、多元的な、広義のパブリック・リレーションズ」を目指しとります。
カタカナ言葉を使わずに平たく言うと「頭をぐじゃぐじゃに柔らかくして、伝わるなら何でもありをちゃんやる」ということかな。
とはいえ名前が「さとなお」なので、腰砕け的に(笑)気楽にやります。おいしいものでも食べながら。
守備力ウルトラアップ!
2010年03月02日(火) 8:37:31
岩田守弘くん(ボリショイバレエのソリスト)が東京にやってきた。
先週ロシアから来日して地方公演。そしてようやく東京へ。ホテルのロビーで待ち合わせてがっつりハグ。ハグハグ。
岩田さんはいつもはるばるロシアからお土産を持ってきてくれる。
ロシアの食材とかグルジアのワインとか現地でしか手に入らないウォトカとか、重いだろうにいつもかさばるお土産をたくさん持ってきてくれるのである。
一番珍しかったのは3年半前にくれたこの武器(写真)。
そのときもさなメモに書いたけど、これはボガティリというロシアの武器らしい。オンラインゲームの「ウルティマ・オンライン」では「Mace」か「Maul」かな(←ウルティマ・オンラインは7〜8年前にかなーりやりこんだ。ボクにとってのオンラインゲームの原点)。検索して調べたら、このサイトの3枚目に「モーニングスター・メイス」として出ている。おおっ! モーニングスターといえばドラクエでもお馴染みの武器だ。そうか、これがモーニングスターか!
で、今回のお土産は写真2枚目のコレ。
なんて名前の武器なんだ? なんか「ドラクエ8」のヤンガスが持っているような武器だ(笑)。調べてみるとこれもメイスらしい(参照)。もしくはメイス・ボール?(参照)。Flail MaceとかEvil Flailという記述も(参照)
というか、実際には武器にはならないかも。
お土産で普通に売っている木で出来たもので、鎖のところとかすぐに千切れそうな造りなのだ(笑)。まぁでも泥棒さんや強盗さんが家に来たときに、暗がりの中で183センチのボクがこの2つを両手に持って身構えれば、それはそれなりに怖いだろう。それだけで守備力ウルトラアップである。ブン回してうまく敵に当たれば頭蓋骨に穴をあけることくらいは出来るかも。
とはいえ、昨日もらった「メイス・ボール」は、振りかぶったときにかなりの確率で自分の後頭部に穴あけそうだ(笑)。そのとき一緒にズルッとコケてくれるくらいシャレがわかる敵ならいいのだが。
追記:
ツイッターで「@hachi_mitsu」さんに教えてもらいました。「先端の棘のついた球のパーツがある武器は『morning star』と呼ばれる事が多い気がします。あとは棒状のものが『mace』、鎖などで繋がっているものが『flail』、といった分類が一般的ではないかと思われます」とのこと。なるほどー。
追記2:
「@Funaschon」という方からも教えていただきました。
「棍棒みたいなのが『メイス』、棘つき鉄球に鎖をつけたのが『モーニングスター』、棒の先に鎖分銅をつけたのが『チェーンフレイル』、というのが一般的な分類です。
ちなみにメイスは、聖職者の祭祀用の錫杖をルーツとしており、相手をなるべく傷つけずにダメージを与える(刃物・刀剣類の所持は禁じられているため、斬らずに攻撃することが望まれる)ことを主眼においています。また、モーニングスター(訳すと『明けの明星』)は、その名の通り外見(特に鉄球)が輝く星のように見えることから命名されたといわれています。……てか、さすがにこれは聖職者が持っちゃマズいだろ(笑)。
問題なのがフレイル(鎚矛)ですが、『トゲなしのモーニングスター』と勘違いする人もいるようなので注意が必要。ちなみにフレイルは『聖剣伝説3』のシャルロットや『カダッシュ』のプリーステスの固有武器でもあります。」とのこと。ありがとうございます!
「明日の広告」10刷! もしくは電子出版の魅力
2010年03月01日(月) 7:47:51
拙著「明日の広告」、10刷決定しました。
一昨年の1月に発売以来、じわりじわりと重版し、ついに目標の10刷。当初は冗談で「10刷くらいするロングセラーになるといいねぇ」と担当編集である本多いずみさんとふたり、キラキラと遠い目をしていたのだが、本当に叶うとは…。たぶん広告の専門書としては過去一番売れた本になったと思う。先ほどアマゾンで見たら「広告・宣伝」部門で1位に返り咲いていた。ありがたやありがたや。買ってくださった方々、本当にありがとうございます。
電子出版が iTunes みたいな強力なインフラを得て日本でも普及した場合(つまり iBooks が日本でも普及した場合)、この本なんかは「新作や続編を出すよりも電子アップデートを毎年していく」ような方法が似合ってるなと思う。最新考察や最新事例を毎年継ぎ足していく本。発売から2年経ったとはいえ、基礎的なことは本の中に書いたものが今でも通用すると思うので(というか、基礎的な考え方は当分変わらない)、章を書き足して(古いところは改訂して)100円くらいで毎年有料アップデートする感じ。内容薄く新作を出すよりもそっちの方が役に立つ。
実際、5〜10年後くらいには「ビジネス書・実用書・学術参考書というのは電子アップデートされるもの」という考え方が普通になるんじゃないかな。
アップデートされた部分に目次から飛ぶことも出来るだろうし、動画やサイトや地図へもネット上でリンクできるだろう。ちょっとした専門用語だって Wikipedia などにリンクできる。いくつか参考になる読者のコメントや論評も巻末に載せられるといい(そういうコメントや論評に細かくお金を払えるのも電子出版のいいところ)。リアルではモノクロ印刷の本だって、電子出版ならカラー図表がふんだんに入れられるし、写真へのリンクやBGMだって入れることが可能だ。
ビジネス書・実用書系だけではない。場合によっては小説もいける。
歴史小説なんか意外といい。戦国時代などでの聞き慣れぬ道具や武器なども写真や図表で解説できる。推理小説も殺人現場の様子を写真や動画で説明することが可能。童話なんか映像と合体するととても面白いものになる。文学だってありえる。極端に言ったら、「1Q84」を読みながら当該の部分でヤナーチェクの「シンフォニエッタ」が流れてくるみたいなこと。まぁ微妙かな…。小説の場合は文字だけの想像力で読んだ方が楽しいことも多いので微妙だけど、新しい魅力が開拓可能になるのは確か。
というか、本文に音楽や動画を仕込めるということは、ミュージシャンや映画俳優の評伝とか楽しそう。スポーツ選手もいい。たとえば「ソチへの道」とかいう浅田真央の評伝が5年後に出るとして、バンクーバー・オリンピックのフリーの演技映像がまず入り、その後、本文に入る、みたいなこと。泣ける本になりそうじゃん?
確定申告作業、8割方終了
2010年02月28日(日) 16:54:42
数時間かけて、なんとか確定申告用の領収書(タクシー代など)、そして支払い調書(収入)を整理し終わった。いやー本当に面倒くさい。事務作業が圧倒的に不得意なボクとしては地獄の時間だ。
でも、これが終わると8割方作業終了。
あとは国税庁の「確定申告書等作成コーナー」にちゃちゃちゃと入力してプリントアウトし、税務署に提出に行けばオシマイ。あースッキリ。毎年毎年「e-Tax」で申告しようと思うのだが、ふと気づくと事前準備(電子証明書発行など)が間に合わなくなり、そのままになっている。来年こそ。
ボクはサラリーマンだが、雑所得があるので(印税・講演など)、確定申告をし、納付すべき所得税額を確定しなければならない。
元々、サラリーマンは給与から所得税が源泉徴収され、勤務先において年末調整されて勝手に税額が計算されるため、確定申告は必要ではない。ボクも本を書くまではすべて会社まかせで、納税意識もなく、税金のなんたるか、控除のなんたるかにも興味がなかった。だから本を書くようになって印税が発生し、初めて確定申告作業をしたときはビックリした。こういう仕組みになっているのか、こんなに払っているのか、と。
とはいえ、日本の税金って安いんだよね。
こんなサイトを見るとよくわかる。消費税(付加価値税)なんて圧倒的に安い。先進国は軒並み20%レベルである。昔、フランス美女ミーヌにも同じ話を聞いたっけ。所得税も日本は安いよなぁ。借金大国なのにこんなに税金が安くてやっていけるのだろうか。
と、確定申告したりすると、にわか税金意識が高まって、ボクみたいに意識が低い人間でもいろいろ調べるわけですね(笑)
納税は政治への興味関心の第一歩。本当は会社まかせにせず、国民全員が確定申告した方がいいのだが、年に一回の納税だと払いきれない人が出ること、すべての納税者が殺到すると税務署の対応が間に合わないことなどから机上の空論となっている。まぁ確かに修羅場になるだろう(笑)。でも、日本の大半を占めるサラリーマンたちが自分で納税するだけで、かなりいろんな意識が変わるとは思うのだけど。
ところで、ハイチに続いてチリでも大地震。
富山では深海魚リュウグウノツカイが日本海沿岸に続々漂着というニュース。姿を現すと「地震の前触れ」との言い伝えもあるそうで、それらも含めてちょっと心配。いつ大地震が来てもいいようにもう一度準備を見直そうと思う。家族にも周知徹底!
エレベーター内トイレ
2010年02月27日(土) 7:15:47
朝6時前に起き、マックを起ち上げてツイッターを確認したら、「沖縄で震度5弱」というツイートが続々と。
休日の朝はテレビをつけないので、ツイッターがなかったらニュースを知らなかったところ。ツイッターはテレビのニュース速報と同じくらい情報が早いし、現地の人がいろいろ書き込むので知りたいことがすぐ知れる。「心配だ」と書き込んだらいろんな人が情報くれるし。特に地域ニュースにおいてはマスメディアを越えているなぁ。
地震といえば、先週ある企業に打ち合わせに行ったら、エレベーターの隅っこに三角形の物体があった。
隅にピッタリ嵌るように頂点を直角とする二等辺三角形な物体。なんだろう、ご老人な役員用のイスかな。と思っていたら、その企業の方が「それ、トイレなんです」とおっしゃる。 トイレ?
どうやら「地震か何かでエレベーター内に閉じ込められた時のための簡易トイレ」らしい。なるほど。確かに大地震が起こったら復旧まで数時間から半日、ヘタすると数日、エレベーター内に閉じ込められる可能性はある(震災クラスの大地震の場合、エレベーターの復旧はかなり後になる)。昼間に大地震が起こった場合、東京で約6000人が閉じ込められるというデータもある。まぁ緊急地震速報の普及で、エレベーターが各階緊急停止すれば相当防げる見込みらしいけど。
ちなみにそのエレベーター内トイレ、検索したら「エレベーター用防災キャビネット(トイレタイプ)」としてちゃんと売っていた。ラジオとライトが入っているのは助かる(真っ暗になるだろうし)。でも、数人で閉じ込められた場合、実際にトイレするとなると、目はつぶればいいけど、鼻と耳はあいているからなぁ。女性とか、死んでもイヤっていう人もいるだろう。まぁ背に腹は代えられないし、我慢できずに漏らすよりマシではあるが。
「明後日の広告」
2010年02月25日(木) 8:14:37
昨日は2つ講演があったのだが、プレッシャーがかかっていたのは1つめ。
「コミュニケーションの未来予想図とソーシャルメディア」と題して80分間話をさせていただいた。よく頼まれる講演内容は拙著「明日の広告」の範囲内的なものが多い中、今回はその内容から大きく飛び出た「明後日の広告」的な内容だったので、うまくまとめられるか不安が先に立ったし、内容的にも試行錯誤の連続だった。
まぁでも案ずるより産むが易し。なんとかイイタイコトは伝えられたと思う。
というか、新しい内容の講演をするために切羽詰まって必死に考察を進めることは、そのときは大変だが、結果的にはとても進歩がある。レジュメやパワポをまとめている過程、そして話をしている瞬間にもいろんな気づきがあり、考えがまとまっていく。あと数回こういう講演を続ければ、それこそ「明後日の広告」が書けるかも(笑)。実際「明日の広告」も講演を続けているうちにまとまってきたものを書いたものだった。こういう考察&緊張の連続って大切だ。
それにしても「ツイッター的なもの」の出現で未来のコミュニケーション地図はずいぶん展望が変わってきたなぁ。ソーシャルメディアが「つながる場所」から「情報に出会う場所」に変わったことで、マスメディアの位置づけまで変化しつつある。この辺、もっとしっかり考察を進めたいところ。
一度会社に戻って仕事をした後、夜に2つめの講演。
講演って話をしている間はアドレナリンが出ているからいいのだけど、終わった途端にドバッと疲れが来る(わりと体力使うらしい)。2つ続くとかなりの疲弊(2つめは120分の長丁場だったし)。終わったあとはもうクタクタで、家に帰るチカラも残っていなかった。なので講演会場から程近い「Amoh's Bar」に立ち寄ってワインとパスタをいただいた。
マスターの天羽(高校の同級生)とヘラヘラと話をしているうちに23時になった。NHK「SONGS」でクレイジーケンバンドをやる。店の小さなテレビでワインを片手に鑑賞。ケンさんの格好良さってテレビでは伝わりにくいんだよなー。ライブではいかに格好いいかを天羽に熱弁し、番組終了と同時に店を出た。
単行本の出版が延びなければワインを飲むことすら叶わなかった(どんなに疲れていても帰って執筆しないと間に合わなかった)。この週末も地獄が待っていたところ。そういう意味では昨日の「山」は「小さな山」とはなったけど、山は山。無事に越えられてホッとした。ホッとしたったらホッとした。
単行本発売、ちょっと延期
2010年02月24日(水) 7:59:34
3日前に書いたように、校了一週間前にして再取材が必要な街が増え、スケジュール的にもかなり無理が出てきたので、昨晩、編集者と冷静に話し合い、単行本の4月頭の発売(GW需要狙い)を6月下旬発売(夏休み需要狙い)に延期することになった。
初校が届いて一週間ですべて戻し、今週末に突撃再取材をして新原稿に近いものも書き、すべての校了が日曜日という驚異的スケジュールに対応しようと気合い入れていたが、冷静に考えたらウルトラすぎるよなー。なので延期はかなりホッとした。つか、気が抜けた。スコンッ。
とはいえ今週がある種の山であるのは変わらず。
サラリーマン的本業での山積した課題(少しずつ後手後手にまわっている)は言うに及ばず、今日の2つの講演がきつい。そのひとつめがかなり問題。日経広告研究所の年頭セミナーで話すのだが、「コミュニケーションの未来予想図」と題して2010年の展望を話さないといけない。展望や予想や確信は頭の中にゴチャマンとあるのだが、それらをまとめつつ80分話しきるのは相当ハードルが高いもの。うーむ、山じゃ。
まぁ今日の2つの講演を越えると(もうひとつは広告系学校での2時間のレクチャー)、単行本執筆が延期になったこともあり、あとは仕事に集中できるし、かなり光が見えてくる。
難しいスピーチなので始まってほしくはないけど、早く終わってほしくもある。今晩、ふたつとも無事終えて、23時にすっきりした顔でNHK「SONGS」(クレイジーケンバンド出演!)を観ている自分を想像しつつ、がんばろう。
自分の人生は自分で楽しくしなくちゃネ
2010年02月23日(火) 8:08:00
昨日は、平成22年2月22日22時22分22秒という2並びの瞬間があったですね。しかもこれらの2を全部足すと22になるということでツイッター上で話題になっていました。この瞬間、あなたはどこで何をしていましたか? ボクは焼肉屋にいました。仕事が切羽詰まりすぎてキムチみたいな辛いものがたくさん食べたかったので。 隣のテーブルには相撲取り集団が(某大関が引き連れていた)。
行った店には「ライス(アニメサイズもあります)」というメニューがありました。アニメサイズとは、漫画のように大きく盛られたご飯。いわゆる超大盛りです。相撲取りの若い衆は「カラダを大きくするのも仕事のうち」なので必死とはいえ、アニメサイズ、3杯はお代わりしてたなぁ。途中で店を出たのでその後はわからないけど、もしかしたら4杯5杯と食べていたかも。すげー。だってご飯1杯だけで普通の体型の人の胃袋くらいあるし。 もちろん肉の量も半端ではなく、常に網に大量に載っている状態で、何度か(脂過多で)火が吹き上がってた。
そうそう、ちょうど焼肉を食べているときに岩田守弘さんから電話がありました。昨晩ロシアから日本に着いたみたい。公演スケジュールの関係でまずは名古屋に着いたみたいだけど(名古屋、浜松、大津で公演。3/3〜14は東京公演)、いつものように電話口で叫んでくれた。「佐藤さーーーーーん!」 元気出るなぁ。魔や鬱や耗や諦を吹き飛ばす威力あり。
一昨日のライブで、クレイジーケンバンドのケンさんが言っていた。「ほんと、つまんない世の中だけどネ、自分の人生は自分で楽しくしなくちゃネ」
忙しすぎるということは、周りにブンブン振り回されているということ。そういう状態が続くと、人生が少しずつ受け身になる。で、「自分で楽しくする」という積極性を少しずつ失っていく。じわりじわりと魔や鬱や耗や諦が浸食してくる。無理矢理いろいろ楽しい予定を入れてそれを防御してはいるけれど、少しずつ少しずつそっち側に流されているのを感じるなぁ。早く自分の人生の主導権を取り戻さなければ!
さて、平成33年3月3日3時33分33秒には、いったいボクは何をやっているでしょうね。あなたはいったい何をやっているでしょう。11年後…。つか、オレ、59歳かよ!
校了前になって、このドタバタ
2010年02月21日(日) 9:22:56
二泊三日の旅をするとしたら、ご飯のチャンスは7チャンスある(昼夜朝昼夜朝昼)。
全国15都市、その7チャンスをどこで食べればいいかをボクが指南するという企画の単行本(タイトル未定)の校了が迫っている。もう初稿は入れた。あとは校正を数回して校了だ。もうすぐゴールだ。そう、もうすぐゴールなのだがっ!
文藝春秋の編集者が掲載の可否を各店に聞いてくれている過程で「なんと閉店したみたいです!」という店がいくつも出てきて、ここに来てとても難儀しているのである。くそ〜不況め〜!
一番大きな閉店情報は「長崎」の章で取り上げる予定だった「エリタージュ」(ハウステンボス内にある日本トップクラスのフレンチレストラン)。
つか、ハウステンボス自体、閉園の危機だった。先週、HISによる支援が発表され、なんとか回避されてホッとしていたのだ(長崎はハウステンボスと長崎市内を組み合わせて紹介するつもりだったから)。でも「エリタージュ」は休業してしまったらしい。なんということ。好きな店だったのでショックでもあるのだけど、校了直前にそれがわかるのが地獄。書き直しどころか、長崎の章を根本的に見直さなければならない。あぁ長崎にすぐ再取材に行かないと間に合わない!
他にもある。大阪の「天満菊水」。
まさかの閉店(がっくし!)。あー、大阪で一番好きなお好み焼きだったのになぁ…。つか、困った。他にどの店を…。
うわっ! 高知の名店「囲炉裏」も閉店 !?
そんな〜。あんないい店、なんで閉めちゃうかなぁ…。というか、代替案に困るよ…。
えー、軽井沢の穴場店「小慧餃子館」も閉店だって〜。
軽井沢で洋食系ランチに飽きたとき重宝してたのに…。うーん、ランチで他に…。
と、校了目前にしていろいろ問題発生。いやホント、わりと泣けます。この本、ちゃんと出るのだろうか。というか、長崎、いつ行こう?(スケジュール帳とにらめっこ)
ウメケンくん(@umeken)
2010年02月19日(金) 9:05:24
昨日は福岡で楽天トラベル新春カンファレンスの基調講演。
全国7ヶ所まわったこの基調講演行脚も昨日でオシマイ。札幌・仙台・広島・名古屋・大阪・東京・福岡と順にまわり、のべ3050人の聴衆に1時間、話を聴いていただいた。激忙しい時期だったので大変だったけど、振り返ってみればいろいろ勉強になったし、なにより場馴れしたのが大きい。基調講演なんて初めてだったからなぁ。ボクが基調講演した直後に三木谷浩史会長が講演するのもプレッシャーだった。でもそれもいい経験。お世話になった方々、ありがとうございました。
基調講演が終わった後そのまま九州支社(グループ会社)へ行き、約2時間の会議に出席。
ひょんなことから九州のクライアントへの提案をお手伝いすることになり、これで2回目の会議である。難しい案件。なんかいろんな糸がこんがらがってほどきにくい。ほどいて整理するのに2時間かかった。
帰りのチケットは福岡発羽田行きのJAL最終便(20:40発)。
変更不可の安いチケット(半額くらいなのね)だったので、時間を早められず、会議後に時間が余り、後輩を誘って軽くご飯を食べに行くことに。
ボクのツイッター上のタイムラインでは「鮨おさむ」のおいなりさんを食べろというリクエストが多かったのだが、その店がある長住まで行って帰ってくるとヒコーキ搭乗が危険だと後輩に反対され、あきらめて天神の「喜美幸」という渋〜い居酒屋へ。後輩が何度か行ったことある店だそうで、なかなかおいしい。糸島豚バラの蒸したのなんか絶品だった。
で、「あぁそろそろ空港に向かわないといけない時間かな」と思っていたら携帯に宮崎県の知り合いから電話が入った。
「ウメケンくんがアナタに会いたがってるから会ってあげて!」
「ウメケン?」
「ほら、ツイッターで孫正義さんが3番目にフォローした高校生!」
「あー、あの! …でもなんで?」
「いいからとにかく!」
ソフトバンクの孫さんは、数ヶ月前にツイッターを始めていて、ツイッター上で一般人から提案された施策とかを即決したり、全社員にツイッターすることを勧めたり、いろいろ話題になっているのだが(こちらで読めます)、彼がフォローしている人は非常に少ない。13万4000人にフォローされていて、自分からフォローしている人はたった34人なのである(今日現在)。
で、その34人の中のひとりが、福岡の高校一年生であるウメケンくん。
別に知り合いでも親戚でもないらしいんだけど、たしか、孫さんがツイッターを始めたときにすごくタイミング良くウメケンくんがコメントし、偶然フォローされた感じだったと思う。で、ツイッター上で「この、孫さんにフォローされたウメケンというのは誰だ!?」とすごく話題になったわけ。当時ボクもすかさず彼をフォローしたし(笑)
そのウメケンくんがなぜかボクに会いたがっているという。
ウメケンくんからも直接電話が入り、ボクがいる居酒屋に来ることになった。
居酒屋の前で待っていたら、制服姿の細身の高校生が(笑)。
「おー、はじめましてー」「はじめまして、すいません」「いやいや」とか言いながら居酒屋に入って一気に話し込んだ(彼はもちろんお茶で)。最終便に乗るので15分くらいしか話せなかったんだけど、挨拶もそこそこにお互いに早口で一気に本題に(とてもツイッター的)
とにかく情熱的で頭の回転が速く、次々といろんな球を繰り出してくる、というのがウメケンくんの初印象。
というか、宮崎の人から「ボクがたまたま福岡にいて今日の最終便で東京に帰る前に天神で飲んでいる」と聞いて(最終便で帰ることや天神で飲んでいることはツイッターに書きこんでいた)、すかさず iPhone で最終便の時間を検索し、あと数十分は時間があると見込んで仲介を頼み、即座に天神に移動しつつ直接ボクに連絡をし、その10分後にはすでに居酒屋の近くに来ている、という行動力。すごいな、この高校一年生。
「東国原知事がツイッターを始めたんですね。それで、もっともっとツイッターを活用してほしくて、なんとかツイッターの『つながる魅力』を伝えたくて、宮崎県のいろんな人に助けを借りて直接訴えようとしているのですが、鳩山首相にツイッターを勧めて、鳩カフェにも関わっているという人がたまたま福岡に来ていると人づてに聞いて、どうしても会っていろいろお聞きしたくて来ちゃいました」
「孫さんがツイッターを始めた瞬間にたまたま見ていて、『あ、いまならツイッターを書き込むためにモニター前にいる』と思って、すぐコメントを出したんです。そしたらフォローしてくれました」
「まだ高校生なのでわからないことがたくさんありますが、なるべく早く起業して、この世の中をよくするために働きたいんです」
礼儀正しくて感じがいいのだが、とにかくこの人のまわりだけ流れている時間の早さが違う感じ。
ボクもわりと早いほうだと思うが、軽く凌がれた(笑)。というか、ボクの横にいる二人の後輩(アラサー)は呆然自失している。この高校生のスピード感と行動力と明確なビジョンとつながる力がショックだったみたい。
というか、ネットって距離も年齢も越えるので(そしてボクはネットの世界にどっぷり15年以上いるので)、ボクは相手が32歳年下でもまったく違和感なかったけど、後輩たちにしてみるとこのふたりが対等な感じで異様な勢いで話している情景がとても新鮮だったみたいである(笑)。年齢差をほとんど意識しなくなる、というのはネットにどっぷり浸かって得られる貴重な効用だ。ある種の自由を手に入れられるから是非体感してみてください →後輩たち
ウメケンくんが社会起業を考えているようだったので、駒崎弘樹著「『社会を変える』を仕事にする」を読むことを勧めたんだけど、本の題名があやふやだったので言い淀んでいたら、キーワードを2つ3つちゃちゃちゃとメモして「あとは検索するから大丈夫です」と言う。この「検索が完全に肌身についてる感じ」に、なんだかデジタルネイティブを感じたなぁ。この間10秒ほどのスピード感だ。
うーん、時代は変わる。確実に変わる。
頼もしいし、とってもワクワクする。ボクたちの世代が出来ることは、この世代が自由自在に動けるよう、この閉塞感ある社会に少しでも風穴を開けておき、きちんとサポートすることだ。今日からまたがんばろう。
岩田さんの評伝が!
2010年02月16日(火) 7:48:08
昨日書いた「リアル鳩カフェ」の動画が上がっています。こちら。
1時間17分という長丁場で、なかなか見るの大変ですが、もしよろしければ見てみてください。最初は雑談で始まっていますけど、どんどん子育ての話になっていきます。音声も最初は聞きにくいけど、途中から聞きやすくなってきます。いろいろ報道されましたが、マスコミがどこを切り取ってどういう意図で報道をしているのかもよくわかります(笑)。この動画の前後もとてもいい雰囲気だったのだけど、それは写ってませんね。
昨日は東京でカンファレンスに参加し、約1000人を相手に基調講演しました。1000人は過去最高かな。さすがに会場(ホテル グランパシフィック LE DAIBA)がでかく、後ろの方の方にちゃんとパワポの文字が見えたかどうか…。場馴れしてきていて緊張はしなかったけど(アガらない自分に感慨無量)、最近疲れが出ているせいか、しゃべりきるのがなかなか大変だったかも。
それはそうと!
岩田守弘さんの評伝が毎日新聞で昨日から連載されています!
このコラムはいつもとてもいいのでうれしいし、とても楽しみ。ウェブだとこちらで読めます。
岩田さんは3月3日から14日まで、アナニアシビリの公演に同行して来日するですね。演目は「ロミオとジュリエット」。マキューシオを踊る(アナニアシビリは「ジゼル」もやるけど、それには出ない)。いやー久しぶりにモリに会えるなぁ。
モリと言えば、昨晩は青山円形劇場に「NECK」を観に行った。
こちらは森崎博之の方のモリが出演中。感想は明日書こうと思うけど……なんか怖かった! 「あーモリが出る」と思って何の予備知識もなく観に行ったけど、ホラーと知ってたら行かなかったよ(泣)←ホラー嫌い。 まぁ笑いもいっぱいあったいい舞台だったけど。
公演後の22時くらいに、森崎モリとふたりで恵比寿の「フレーゴリ」へ。空きっ腹に飲んだせいか、わりと酔ったっぽく、今日は少し二日酔い。というか、最近弱くなったなぁ。情けない。
「レストランする楽しみ」を教えてくれた人
2010年02月10日(水) 8:27:24
レストラン評論家の見田盛夫さんが亡くなった。
伊藤さんのブログを読むまで気がつかなかった(先週の2月3日に亡くなった)。そうか亡くなったか。とても残念だ。
伊藤さんも書いている通り、ボクも「グルマン」で彼を知り、彼の後を辿ってレストランに行ったものである。あれはまだ30歳前後のころ。それがのちの「ジバラン」という活動につながった。お会いしたことはないが、恩人である。「食べる楽しみ」ではない「レストランする楽しみ」をボクは彼から教えてもらったと思っている。
レストランは食べるためだけにある場所ではない。レストランとは時間を楽しむ空間なのだ。ということを(彼がそう言っているわけではないが)ボクは彼を通して知ったと思う。
彼を知る前の20代は味一辺倒で探求していたボクだけど、その後はレストランを「時間」「空間」として捉えるようになった。そうなって初めて「コースの流れ」「シェフの想い」「インテリア」「サービス」「価格」などが一貫したひとつのものと感じられるようになった。一品一品の料理がうまいかまずいか高いか安いかよりも、それを含めた全体の時間がどうだったかの方がはるかに大切に感じられるようになった。そんな風に時間を大切にするようになって、「予約の電話時からレストランの時間が始まっている感じ」も実感できるようになった。
だから、予約してその後キャンセルする、という行為は基本的にありえないし、予約した時間に遅れるということも基本的にありえない。だって自分の中では「レストランの時間」は予約時から始まっているから。その流れを切ってしまうと何かがボクの中で変質してしまう。
なんというか、あるアーチストのライブの超プラチナチケットが予約できたら、その後、そのライブ当日までなんとなくワクワクするでしょ? そのシアワセ感を途切れさせたくないし、そのライブに行かないことも遅刻することも考えられない。そんな感じ。
もちろんキャンセルも遅刻もどうしても仕方ないときがあるのは知っているし、たまにボクもする(同行した方々、すいません!)。
そう、どうしようもないときはある。でも、基本的には「ありえない」という考え方。店に申し訳ないということももちろんあるが、どちらかというと自分の問題。だからキャンセルしたり遅刻したりした自分に対してとても不機嫌になる。遅刻したらしばらくはレストランの時間に没入していけない。自分に腹がたって(笑)。
そういう意味では遅刻してきた相手にも不機嫌になる。ボクと一緒にレストランする方、お気をつけ下さい(笑)
講演中に迷うこと
2010年02月09日(火) 8:23:11
昨日は大阪日帰り出張。
昼前に大阪についてそのまま会場入り(帝国ホテル)。
札幌、仙台、広島、名古屋、と、4回やってきたこのカンファレンスの基調講演も残すところあと3回。大阪と東京と福岡だ。昨日の大阪は過去最大の430人の聴衆。ホテルの会場もさすがにでかい。
まぁ過去4回同じ内容を話してきたので馴れてはいるのだけど、いまだに難しいなと思うのは聴衆のレベルに差があること。
レベルという言葉を使うと失礼な感じだが、んー、なんというか、ネットのネの字もあまり知らないような方と、もう普通に使いこなしている方と、両方が混じっている感じなので、どっちに合わせて話をすればいいのか難しいのである。こういう場合はだいたい「中の下」あたりに合わせて話すのがいいのだけど、「上の上」の方にはたぶん既視感がある内容だろうし、「下の下」の方にはちょっと難解すぎる内容だろうと思う。壇上で自信たっぷり話しているように見えながら、内心では「うーん、これって難しいのかな? それとも簡単すぎるのかな?」と迷ったりしている。
これは広告学校系の講義でも一緒。
土曜日に教えてきたが、これも「うーん、これって難しいのかな? それとも簡単すぎるのかな?」と迷いながら話している。何割かの人にとっては簡単すぎる当たり前の内容。何割かの人にとっては初めて真剣に考える新しい内容。
まぁ「簡単すぎる当たり前の内容」と思う人でも、頭でわかっているからといって実際に企画・構築できる人はめったにいない。何度も何度も基礎を学んで脳味噌に刷り込まないと、無意識にできるようにはならない。というか、この内容が無意識レベルに落ちれば、実はどんな企画だってできる。どんな仕事でも通用する。すぐにでもプロの第一線でできる。
だから堂々と「簡単すぎる当たり前の内容」を教えればいいのだけど、なんかね、そんなの当たり前じゃん、とかいう顔で聞いてる人がいるわけですよ。そういう人に限って課題を出すと全然できなかったりするんだけど(広告学校系の講義は課題を前もって出しておいて採点して講評するパターン。200人くらい採点&コメントしないといけなくて、かなり大変)。
ここ数年、講演とか講義とかを頻繁にするようになって初めて、昔ならった先生たちの苦労がよくわかるようになった。
あぁ、しつこく基礎ばかり教えてくれていた地味な授業とかも、いまならよーく気持ちがわかる。基礎さえ叩き込めばそれで充分なんだよね。でも生徒側としては基礎なんてすぐわかった錯覚に陥り、飽きてしまう。目新しくて楽しい授業が欲しいのだ。そんなの意味ないんだけど、でも先生側としてもサービスしていろんな方向から目新しく教えざるを得ない。中学・高校・浪人・大学と、先生方はそういう工夫を毎回してくれていたのだなぁ。とか、いろんな先生の顔を思い浮かべながら、しばし物思い。
ツイッ食べ。もしくは Twi-eat(ツ・イート)か
2010年02月08日(月) 9:28:04
ツイッター(ボクのIDはこちら)をやり始めて「こりゃ楽しい!」と思うことのひとつに「旅先での食事」がある。
出張とかひとり旅とかしていて、ある街にいるとき、ツイッターに「いま○○にいる」とかつぶやくと、いろんな人が「あの店に行って!」「ぜひこの店へ!」とかおいしい店をリアルタイムで教えてくれるのである。もちろんボクが旅先で貪欲に食べ歩くということを知ってもらっているのも大きいし、フォロワーが増えたことも大きい(現在12000人超)。でも「リアルタイムにその場所にいる人に店を教えるトキメキ感」も大きいと思う。「え、いま○○にいるの! だったらあの店に行って欲しい!」みたいな勢いでツイートが次々と飛んでくるのである。
香川に講演で行ったときもすごかった。さぬきうどんはそこそこ詳しかったが、最近は行ってなかったこともあり、「最近はどこが面白いですか?」みたいなツイートをしたら、怒濤の勢いでオススメが来た。なにしろリアルタイムなので、ボクが食べている店や地点を書き込んでいくと、その近辺の「最近おいしい店」が次々送られてくる。ちょうど国分寺を車で走っているときにタイミング良く教えてもらった「一福」は、その中でも大当たりだった。ツイッターがなかったら出会えなかった店。
仙台に講演に行ったときも、「阿吽へ行け」と教えてもらい、大当たり。あのタイミングで教えてもらわなかったら絶対行かなかったであろう名店。ありがたいありがたい。
でも、ツイッターで楽しいのは、店を教えてもらえるだけじゃない。一緒に食べられること。
先週の名古屋はその典型だった。
講演が終わり、ツイッターに書き込んだのである。
「基調講演も無事終わり、名古屋ともお別れ。味噌煮込みでも食べて帰りたいなあ。でも時間がないなあ」。そしたら「是非、名古屋駅のエスカの山本屋『本店』に!」とツイートがあり、あぁそうかぁ新幹線駅ビルのエスカにあったっけなぁ、でも時間がないし、と思いつつ「山本屋本店はおいしいですよね」と書いたら、次々とそれに対する賛意がいろんな人から入り、寒いことも手伝ってものすごく食べたくなり、結局行くことにしたのである。
で、「結局、『本店』にて、舌が火傷しそうに熱い味噌煮込みうどんを。 半熟にした生卵をご飯に乗せて少し汁かけて。うひひ。」と、食べている最中にツイッターに書き込んだら、「そこへ七味を一振り。キュウリの浅漬けで舌を冷ませば完璧ですね!」とか「付けあわせで出てくる白菜のお漬物をおうどんの鍋の中に入れて、少ししなっとしてから食べるとおいしいです!」とか「漬け物とご飯はおかわり自由ですよー!」とか「山本屋『総本家』の方はつなぎに蕎麦粉を使っているので蕎麦アレルギーの人にはつらいらしいです」とか、どんどんツイートが入ってくる。食べ方から蘊蓄まで!(笑)
ひっきりなしにツイートが入り、もうほとんど「みんなで一緒にテーブルを囲んでいる感じ」になった。
たったひとりで昼下がりにわびしく食べている出張中の食事が、なんとも楽しいものになったのである。面白いなぁ。楽しいなぁ。まさにツイッター食べ。略して「ツイッ食べ」か。もしくは「Twi-eat(ツ・イート)」か。
しまいには、そのやりとりを読んでた友人から携帯に電話までかかってきたよ。もちろんおいしそうに味噌をすする音を聞かせてやりました(笑)
ツイッターでみんなとつながりながら旅をして、ボクがセレクトした全国のおいしい店の話を情報&エッセイ風に書き、それを電子書籍に安くまとめて(数百円)、しかもリアルタイムで最新情報にアップデートし続ける、みたいなビジネス・モデル(?)、誰か(出版社か出版ディレクターか)、一緒にやりません?(笑)
3月に出版する二泊三日の旅本の、リアルタイム更新電子書籍版。
つか、iPad の iBooks みたいなインフラが日本でも整わないと無理かな…。
手相
2010年02月07日(日) 21:05:43
四柱推命のことを書いたときから、占いについてのメールをいろいろいただいてます。
「私も生年月日が近いので、もしかしたら似た運勢 !?」とかいうメールもいろいろ。
うーん、どうかな…。四柱の「四」は生まれた年・月・日・時間の四つ。これが合致しないとまったく違う運勢になるみたいですよ。少なくとも生年月日は一緒じゃないと。なので、細木数子系の占いで言われている「○○星」が一緒でも、全然違う運勢だったりすると思います。四柱推命もいろんな流派があるみたいだし。
ちなみに、占いはほとんど信じないけど、一応「手相」は見ることができたりします。ずいぶん忘れちゃったけど、まぁでも基本がわかっているので。
中学のときに凝って、たくさん本を読んだですね。
手相もいろんな流派があったけど、なかでもしっくり来たのは五味康祐の見方。利き手を後天的な運勢、もう片方を先天的な運勢と見るもので、最終的には彼の手相の見方に沿って覚えたっけ。五味康祐は昭和中期の有名人だけど、もうほとんどの人が知らないだろうなぁ。剣豪小説で有名な作家だけど、オーディオ評論家、雀士、手相見、としても有名でした。
で、彼の本を中心にいろいろ読んでいって、そのうち「手相とは線を見るのではなくて丘を見るのだ」と、わかってから急にいろんな理解が進みました。線の名前や意味は忘れても、丘(指の付け根の膨らんだ部分)の意味さえ覚えておけば、だいたいのことはわかる。
まぁ、じゃぁ手相を完璧に信じているか、と言われるとそうでもないんだけど、少なくとも自分自身の手相はわりと当たっていると思います。数年で手相も変化していくのだけど、その変化の具合も自分の人生の沿っている。とはいえ「自分で見た自分の手相」ゆえ、いくらでも都合良く見られるんだけど。
右手(ボクの利き手)は、でも、本当に大きく線が変化した。今後どうなるのだろう。ちょっと楽しみ。
東京〜大阪を1日で2往復半
2010年02月05日(金) 12:11:55
「昨日は新幹線に住んでいるような1日でしたね」というメールをいただいたけど(ありがとうございます)、確かに4回も乗り降りしているが、延べ時間としては新幹線の中に5時間弱しかおらず、それほどでもないといえばそれほどでもないかも。ボクは大阪勤務時代が長かったので、もっとすごいのをいろいろ経験している。一番きつかったのは、なんと東京〜大阪を1日で2往復半したときである(15時間!)。
東京の編集室でCMを徹夜編集して、朝いちの新幹線で大阪へ行き、大阪のクライアントに試写して修正を指示され、東京にトンボ帰りし、新幹線の中の公衆電話(公衆電話!)から編集室に電話指示して作業してもらっておいた修正済のビデオテープ(ビデオテープ!)を東京駅で受け取り、そのまま引き返して大阪に帰り、新大阪駅に持ち込んだ14インチのビデオ付テレビ(テレビデオ!)でクライアントに試写し、また修正の指示を受けて東京に引き返し、新幹線の公衆電話で指示しておいた修正済のビデオテープを東京駅で受け取って、最終の新幹線で大阪に帰ってクライアントに渡した、という「パシリにも程があるだろう的超絶パシリ」である。
いまなら「ネットでやれよカス」って言われるであろうアナログ時代の思い出だ。
いま、普通に「ニューヨークの編集室にネット上でリアルタイムに改訂指示を出して修正箇所をリアルタイムに確認する」なんてことが出来ているが、ホント夢のような世界である(そのぶん時間に追われるので、どっちがいいか難しいところだけど)。
外は白い雪の夜
2010年02月02日(火) 8:00:37
♪雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう
…って、夜更けって何時頃なんだろうね とか隣に座った同僚と話し合った昨日、東京地方は夜更け過ぎに見事な大雪となった。
大運が変わった第一日目とはいえ、特についているということはなく、来週のレストラン予約を断られ、今週ののんびり出張の予定が激務出張に変化し、単行本掲載予定の店には掲載を断られ、そして仕事も予断を許さぬ緊張状態になった。まぁでも仕方ない。なるようになるべと20時前くらいからふたりで食事に出た。
ボクはタマネギが大好きなのだが、店のメニューに「タマネギのオーブン焼き」という魅惑的なメニューを見つけ(ちなみに麻布の有名店ではなく、目黒のカジュアルなワイン・レストラン)、「あ、これ!」と注文しようとしたら「はい、ありがとうございます。丸ごと焼きますのでお時間たっぷりいただきますがよろしいですか?」と言われ、まぁ数十分だろうと予想したら、なんと「1時間半いただきます」とのこと。まぁ考えてみればそのくらいかかってもおかしくないけど、1時間半とはなぁ…。
でも意外とそこからの1時間半がシアワセだった。
タマネギにゆっくりゆっくり火が通っていくのを想像しながらワインを飲む。確実にオイシイコトが起こるとわかっていて待つのは楽しいな。いやはや美味かった。待ってる間のお楽しみのもうひとつが、お隣に座ったお客さんが鞄に入れて連れてきていたジャックラッセルの仔犬(写真)。まだ4ヶ月だって。超・超・超かわいい。キミは生きてるだけで周りにシアワセを振りまいているね。
22時頃に店を出たときはまだみぞれっぽい雪模様。
でも東京の交通網は雪に極端に弱いので早めに帰ることにして解散したのだけど、電車に乗った頃から本格的な雪に変わり、激しく降り始めた。おお…。雪が降るとなんだかワクワクするこのワンコ体質。ひとりでもう一軒だけ寄って帰ることにした。大森のバー「テンダリー」へ。
池澤夏樹の「スティル・ライフ」だったかに、雪が降っているのではなく雪片で満たされた宇宙を僕らが上へ上へと昇っていくのだ、みたいな描写があったが、まさしくそんな感じがする雪の中。凍えながら歩いてバーに向かう。
雪を払って席に着くと、名バーテンダーの宮崎優子さんが「さとうさん、ラフロイグはお好きでしたっけ?」と聞く。シングルモルトはクセが強い方が好きだけど、ラフロイグももちろん好き。そう答えたら、なにやらサササと作って出してくれた。
ラフロイグの塩昆布お湯割り。
お湯に塩昆布を入れてちょっとだけ待った後、上からラフロイグを注いで掻き混ぜたもの。チェイサーも水ではなく塩昆布入りのお湯にしてくれ、「はい、どうぞ」と出してくれた。うわっ意外。…でもこれって雪景色にとても合いそうだ。
壁全面に大きく切り取られた窓からはこれでもかと降る雪が見える。家路を急ぐ人の丸まった背中が見える。
小洒落たカウンターバーだしBGMもジャズなのだけど、窓外を眺めながらしんみりお湯割りを飲んでいると、なんだかちょっと八代亜紀の「舟唄」的な世界観が忍び寄ってくる。だんだんと年末の日本海沿岸の雪深い小都市にいるような気分になってくる。日本人だなぁ(笑)。
ちなみにこのお湯割り、飲み始めもうまいけど、飲み終わる頃に特に威力を発揮する。ラフロイグと昆布ダシが絶妙な相性を見せるのだ。「上質な塩昆布じゃないとこの味は出ません」とは宮崎さん。いやぁうまいな。ピートの香りと汐の香り。なんとも雪に合うではないか。こういう飲み方は日本人しか思いつかないだろうね。
心まで温まったので、一杯で締めて外に出る。東京的には大雪だ。
これ、明日の朝、道が凍るかもなぁ。受験生は大変だなぁ(2月1日2日は東京では中学受験日なことが多い)。そうか、ムスメの受験から3年か。あの日は緊張したな…。
みんな雪で早く帰ったのか、帰り道は人影まばらだった。家の前の小道は誰も足跡を残していない未踏の地。真っ白な道に黒い足跡を残して歩く。なんでこんな他愛もないことが楽しいのだろう。
家に着いたらまだムスメが起きていたので「雪の中を散歩に行こう!」と誘ったが、「寒い」と軽く断られた(笑)。仕方ないから「外は白い雪の夜」(by 吉田拓郎)を聴いたりして雪気分に浸り、少しウェットな気分になりつつ就寝。
昨日はそんな第一日目だった。さりげなくも、なんだかとてもいい一日だったと思う。
大運の変わり目
2010年02月01日(月) 7:40:58
今日は2月1日。
ボクは、ここ5年くらい、この「2010年2月1日」という日をワクワク待っていた。そうか。今日か。
あまり占いとか信じる方ではないのだが、唯一信用している四柱推命の占い師がいて(なんだかよく当てるので)、その人が「2010年2月1日からボクの運気(大運)が大きく変わる」と言い切っているのである。
どう変わるのか、くわしく書くと有り難みが薄れるので書かないが、まぁワクワク待っていたということでわかっていただけると思う。
もちろん今朝起きて運気が変わった実感などまったくないし、占いを信じない人から見たら「何をたわけたこと言ってんの」だと思う。ボクも「とはいえ "占い" だからなぁ」と心の隅では思っている。でも、まぁなんつうか、ちょっとした背中押しにはなるんですね。運気がいいから試してみよう、とか、運気を信じて実行してみよう、とか。 一歩踏み出す勇気のために、パラパラッと上からスパイスのように振りかけると効果的な感じ。
まぁどんな運気であれ、それを活かすも殺すも自分次第だ。昨日までとなんら変わらない。ただ、しばらくはちょっと新鮮な感じで生きられる。それが意外とうれしかったりする。
さて、今日は第一日目。どんな日にしようかな。それも自分次第である。
ブルームーン
2010年01月31日(日) 19:02:09
東京地方、昨晩は満月がとてもキレイでした。
なんでも「ブルームーン」って呼ぶらしいですね。
ツイッターで教えてもらいました。ひと月に二回満月があるとき、二回目の満月をブルームーンって呼ぶみたいです。月の満ち欠けは平均29.5日。つまり、今年は元日に満月だったので、昨日の30日も満月になったということですね。
しかも、昨日の満月は物理的にも大きかったらしいです。こんな記事も見つけた。なるほど美しかったもんなぁ。
昨日は「休養するのが仕事」で、部屋にこもってダラダラしていたんだけど、ツイッター上で「月がきれいだ」というツイートが多く流れていたので、ボクもベランダに出てみたんですね。そしたら本当に大きくてキレイだった。で、ボクも「本当だ。月がキレイだ。」とツイッターに書き込んだわけ。そしたらツイッター上でボクをフォローしてくださっている方々が、日本各地から「本当だ!」「キレイ!」などと次々と返してくれて…。
「さとなおさんのツィートで月がキレイだと知り、カミサンと飲みかけのシャンパンを持ってベランダで月見なう、です。」「僕は新宿で見上げてます。」「米原は朧月です。」「久しぶりに友人たちと会って近況報告なんかをした次の日、ふと『今ごろがんばってるんだろうなぁ』と思うときの気持ちと似てる気がします。同じ空の下で生きてる感というか。」「こちらも月がきれいです@苦楽園。」「札幌も月がキレイです。ツンと冷えた空気に真っ白な月…」「雲が動いてますね。月もきれいだけど星もちらちら見えます。」「私も子どもたちと一緒に月を見に外へでました。キレイですよね。」「思わずベランダに出て見上げましたー きれいな月ですね、ドラクエで疲れた目が癒やされましたw」「@satonao310さんのツイート見て外見てみた。名古屋はぼんやりした白い月。東京はくっきり見えるのかと想像。」「今日は一日自分にご褒美をあげて、ご機嫌で帰宅したら、朧月とブルームーンのつぶやきが。空を見上げたらあまりに綺麗で、最高のご褒美に感動しました。ありがとうございます。」………
去年の11月にもまったく同じような体験をし、同じようなさなメモを書いたのだけど(こちら)、この、ツイッターの、時間と場所を共有する感じがとっても好き。
まさに今、この同じ時間を、日本中のいろんなところで共有している感じ。そしていろんな想いや人生がツイッター上に流れ込んでくる感じ。それを読みつつ、「あぁ、なんだかいいなぁ」と至福感に浸っている瞬間がなんだかとっても好きなのだ。
将来、死ぬときとか、伏せっているベッドから、「窓から見える月がとてもキレイだ」とか、ツイッターみたいなサービスに書き込んで、それを読んでいろんな人が同時に同じ月を見上げてくれて、各地からたくさんコメントし返してくれているその瞬間に死ぬみたいなのって、なかなかいいんじゃないか、とか、想像したりもした(笑)
なんつーか、人生ってなかなか良かったかも、とか、浸りながら死ねそうじゃん?
…まぁ、その最後の瞬間に、超ネガティブなコメントが入って、ガックリ落ち込みながら死ぬ危険性もあるんだけど(笑)
同姓同名「佐藤尚之会」
2010年01月28日(木) 8:07:05
昨晩は、同姓同名の会、「佐藤尚之会」だった。
開催は2年ぶり。5人の同姓同名(漢字も同じ)が集まる会である。何回目かな。
最初は2人から始まった。ボクと同じ会社にもうひとり佐藤尚之がいるのである。で、ふたりで飲みに行って「3人目はいないかなぁ」とか思っていたある日、テレビで中継されていたレストランの支配人の名前が同姓同名であることに気づき、2人でそのレストランに食べに行って彼を無理矢理仲間にして3人。「4人目もきっといる」と、ネット上で検索してメールを出し、誘い出して4人。しばらくこの4人でご機嫌に「佐藤尚之会」をやっていたのだが、数年前に5人目さんが、自ら検索してこの会を探し出し、メールをくれて加わった。
ということで、昨晩は、5人の佐藤尚之が集まって、ひとりの佐藤尚之がやっているレストラン(上記レストランとは別の店)でご飯を食べたのである。実は6人目も身近に判明しているのだが、その方を誘うのは次回。今回は急に決まったので、とりあえず5人で。
姓名判断上は「同じ運勢」であるはずの5人。
そのせいなのか、思った以上に性格が似ていて、話をしていると異様に面白い。「佐藤尚之ってそういうことしないよね!」「佐藤尚之ってそこら辺、ヒトに見せないよね!」「佐藤尚之ってそういうあたりの詰めが甘いよな!」とか盛り上がるのである。みんな何故か性格が似通っているんだよなぁ。
行ったのは銀座6丁目にあるポルトガル料理店「タスキーニャ・カラヴェーラ」。
レストラン業を営んでいる佐藤尚之(通称:飯屋)の店から独立した人がやっている店。ちなみに通称で呼び合っているのだが、飯屋、音楽屋、印刷屋、秒読み、ライター(ボク)である。
この日は特別料理の日で、それを食べるために急に集まったのである(ボクたちのためのメニューではなく、そういうフェスタにボクたちが参加した)。メニューは鴨尽くし。赤字覚悟の大放出である。メニューを書いてみる。
仏・シャラン産ビュルゴー家の鴨「胸肉の燻製、胸肉のグリル、モモ肉のリエット」無花果とリンゴのコンポ―ト添えうまそうでしょ? これで6000円は安いなぁ。仏・ランド産キャスタンセレクション鴨「フォアグラのコンフィとポアレ マディラ風味」仏産シャティーヌ栗のピュレとモリーユ添え
産地の違う国産鴨2種(秋田産半天然鴨と鹿児島産天然鴨)食べ比べ「胸肉のソテー それぞれの鴨のジュ」長野産・半野生きのこのソテー添え
「国産鴨モモ肉のグリル 内臓とササミのソテー」メスクランとクルミのサラダ仕立て
「鴨肉各部位を煮込んだリゾット」フォアグラと香草風味
茨城産バルバリー種の鴨卵で作った「濃厚なプリン」トリュフとバニラのソース
コーヒーとともに、アグアルデンテを練りこんだトリュフショコラ
それぞれの料理にポルトガルワインやマデイラも合わせてくれ、とても楽しい食事となった。
次回は秋頃、6人目をお迎えしてやろうと思う。もしかしたら7人目も招けるかもしれない(ある会社にいることが判明している)。
長生きはリスクである
2010年01月26日(火) 7:24:44
ここのところ、会った人となぜか立て続けに「長生きはリスクである」という話になった。
まぁ身近な友人たちがみな40代50代になってきて、「あの人は介護地獄で体を壊し」「あいつは親が癌で転院を繰り返し」「彼女は親が痴呆症で24時間面倒みなくちゃいけなくて」とか、もう身につまされるような身の上話が多くなってきていることが理由であろう。しかも給料は下がり続け、お金のやりくりも大変だ。いろいろみんな大変なのである。
そして、そうやって苦労している方々の多くが辿り着く結論は「長生き=シアワセとは限らない」ということなのである。長生きこそシアワセというのは日本人の中で長く受け継がれてきた命題だ。でも、その、頭にこびりついた昭和時代的な考え方を、どこかで転換しないといけないのかもしれない。
ある人(70代)は「緩やかな自殺」を始めている。
つまり、いままで節制したり健康法を実行してきたりしていたが、「健康に悪いから」という理由で辞めた好物などを(タバコなども含めて)再開し、好き勝手生きだしたのである。長生きすることはリスク。数年もしくは十数年長生きするよりも、好きなことをやってなるべく早く死のうという考え方である。もちろん中途半端に体を壊すと長生きよりもタチが悪くなる場合もあるので一概には言えないし注意が必要であるが、「がんばって長生きする」という自縛から自由になるのはなかなかイイコトではなかろうか。
ここ1ヶ月、あまりに忙しすぎて体へのケアを怠っている。
でも、数値を管理し、毎日こつこつとセーブして長生きしても、寝たきりになったり痴呆になったり闘病を繰り返したりの末期だと、いろいろ大変だし子どもに迷惑な場合もある。この辺の節制と不摂生のバランスはもう少し慎重に考える必要はあるが(病気になるのはつらいからね)、とりあえず「長生き=シアワセ」という考えからは自由になっておこうと思う。長生きはシアワセとは限らない。一日一生の気持ちで生きて、上手にさりげなく死ぬ。個人的にはそういうのがいいな。今日死んでもいいように、という訓練は常にしているので、あとは「死に方」だ。これがまたひどく難しいのだけど。
ちなみに、生を受けたこと、生きていること、生かされていること、を軽視して書いているわけではないので念のため。自殺について書いているわけでもない。人生の最期の迎え方の話である。「死に方」を考えることは「生き方」を考えること。この奇跡的な「生」を感謝しつつ、誰にでも必ず訪れる「死」をどう迎えるかをもう少しシビアに考えたいというだけである。
苦楽園で法事
2010年01月24日(日) 20:42:03
神戸(というか苦楽園)での法事も無事に済み、東京に帰ってきた。
50才ちかくなってくると法事も見方が変わってくる。「あぁもうすぐあっち(あの世)だなぁ」みたいな実感が出てきて、なんだか妙に身近になってくる。十年くらい前までは「まったく自分に関係ないこと」だったのが、「自分ごと」になってきている感じ。平安時代に生まれた仏教の、そのお坊さんのお経を聞きながら、あーこうやって平安時代からずぅっと死の繰り返しの上に人類が成り立ってきているんだなぁとしみじみ思った。我々の生はたくさんの死の結果だ。そしてボクもしばらくしたらその礎のひとつとなる。
法事のあとは夙川の「いかりスーパー」の前にあるグルメゾン2F「愛蓮」で親戚での会食。グルメゾンとか懐かしすぎるし!
夙川に住んでいた当時、グルメゾンのチーズショップの大得意だった我々。買いまくっていたからね。で、当時の馴染みの店員を見つけて妻の優子が「お久しぶりです!」と挨拶したら見事に忘れられていたらしい(笑)。まぁそんなもんか。十年前だしなぁ。
相変わらず苦楽園や夙川のあたりの空気は好き。
新しい店も増え、別の街みたいな感じだけど、なんかホッとする。あの頃の自分がそこここにいるようだ。
東京に転勤して早十年。まだなんとなく「自分が一生住んでいく場所」的な実感がない。夙川・苦楽園・芦屋みたいな環境をどこかで望んでいるからなのかもしれない。東京で生まれ育ったのに、なんか東京って「自分の街」感が持てないんだよなぁ。きっと夙川・苦楽園・芦屋って規模的にも適正なんだろうと思う。いろんな意味で、とても人間的な街。
プラナフ・ミストリー
2010年01月21日(木) 7:40:09
昨晩は、一緒に「国民と政治の距離を近づける民間ワーキンググループ」をやっている須田和博さんの出版記念パーティへ。
彼のデビュー作「使ってもらえる広告」(アスキー新書)はこの1月12日発売。ボクの「明日の広告」と同じ出版社かつ同じ編集者による新作だ。最先端に見えにくいけど実は最先端、っていう考え方について書いているので広告関係者は必読だと思う。内容はよくまとまっていて、事例を含めていろいろ勉強になる。
ちなみにボク的には多少違う見方をしている部分もあるのだが、これについては走り書きでは失礼なので、またゆっくり書こうと思う。
21時から、という遅い時間のパーティだったのだけど、仕事の残りがあったので22時30分くらいに帰らせていただいた。
家に帰ってから仕事をシコシコしていたんだけど、ある調べ物検索の最中に「TED」を観てしまった。ものすごいクオリティのプレゼンテーション動画を楽しませてくれるサイトだが、昨日観た「プラナフ・ミストリー:次なる可能性を秘めたSixthSenseテクノロジー」という講演はすごかった…(字幕つき)。おーーー。未来はこうなるかも。折り曲げられる液晶画面とか想像してたけど、違う発想があったか! これは素晴らしいな。そしてこれは新聞や雑誌を根本的に変えるかもしれない。紙なのに検索できるし!(まぁそんな矮小化された視点だけではない、無限の可能性がある発想なのだが)
面白いなぁ。ここから派生するいろんな刺激でしばらく夢の世界に遊んだ。未来は面白い。それだけは確か。
第二回ミーティング @首相官邸
2010年01月20日(水) 9:28:05
昨日は札幌から羽田に着いて、まっすぐ会社に行って会議のハシゴをしたあと、首相官邸へ。
去年の12月24日に第一回目をやった「国民と政治の距離を近づけるための民間ワーキンググループ」の第二回ミーティングがあったのであった。
多忙の中、通常国会二日目を終えた鳩山首相も出席した。
官邸の大きな会議室の大きなテーブル。その片側に、鳩山首相、平野官房長官、松井官房副長官のお三方、そして秘書官や広報官、総務官などがずらりと並び、我々民間メンバー7人(ひとり欠席)が対面して座った。お三方の性格もあり、雰囲気は終始穏やかかつ和やかなフリートークだったのだけど、やっぱりこの景色(目の前にこの三人がいるという景色)に馴れるまでは緊張したな。つか、当たり前か。官邸の会議室で首相と官房長官と官房副長官が並んで座ってこちらの話に耳を傾けている情景にまったく緊張しない人もどうかしている。
ミーティングのテーマとしては、我々民間ワーキングループの提言で始まったツイッターやブログなどの「国民と直接つながるチャネル」に寄せられた様々な意見を検討・検証し、今後どういうことをしていくべきかなどを民間目線でサジェスチョンするというもの。
まだ問題点もいろいろあるが、まずはチャネルが開いたという事実自体が大きな一歩目であり、一歩目としては成功なのではないかと思っている。国民と首相がまがりなりにも直接つながる、というのはいろんなリスクがある社会実験だ。そのリスクを取った首相には素直に拍手を送りたいと思う。
世の中は急には変わらない。変われない。ましてや何十年にも渡る前政権の古い因習やしがらみが染みこんでいる政治プロセスなど、半年やそこらでそう簡単に変えられるわけもない。
その中で、コミュニケーションの進化に長く目を背けていた政府が、政権が変わったことも手伝って、コミュニケーション分野でこのように変わろうとし始めてるだけで100倍マシだとボクは思う(←根っからのマシ論者)。ここ何年も変わる気配すらなかったではないか。変わり始めないよりマシ。急いては事をし損じる。一歩ずつ。確実に。
また、首相のツイッターには(もちろん罵詈雑言も一定数あるが)予想を大きく上回る割合で真面目な意見(賛否両論)が届いている。鳩山さんも時間が許す限りそれに目を通している(目を通してないとわからないはずの話をするのでそれがわかる)。リアルな生の声が賛否含めて首相本人に次々届くなんて、なんか面白い時代になってきたなぁ(しかもその意見はツイッター上で衆目にオープンにされている)。
もちろんツイッターをやっているのは20代〜40代中心なので偏ってはいるのだが、社会の中心にいる年代のリアルな声の一部が直接届き始めていること自体は素晴らしいことだと思う(届かないよりマシという意味でも)。また、いろいろな意見を聞くことに「衆愚」の恐れを持つ人もいるが、いろいろな意見に耳を傾けた上で最終的な判断・選択を下すのが我々の代表者である議員の務め。意見がたくさん届くに越したことはない。いままではそのチャネルがなかったのだ。陳情なんて手段くらいしか(陳情も副大臣止まりがほとんど)。
内閣官房側はみんな超多忙な方々ばかりなので1時間しか時間は取れなかったが、民間側も含めてみな物怖じせず発言するタイプの人が多く、とても充実した話し合いになった。第三回目も楽しみである。
ちなみに、ボクの格好はいつもの如くジーンズでした(さすがにジャケットは着たけど)。
最初の頃は「官邸にジーンズで入っていいものか」「首相の前ではさすがにネクタイでは?」とかちょっとドキドキしていたが、何度か提言のために官邸に訪れたりしているうちに馴れた。というか、ビジネスで行っているわけではなく、あくまでも一民間人がサジェスチョンしに行っているだけなので、いつもの格好で良い。これも民間の空気を伝えるということである(ちょっと詭弁)。
ガバ起き
2010年01月15日(金) 4:55:13
さすがに、極寒のこの時期はふとんから出るのに勇気はいるが、基本的に目が覚めたらガバッと起きるタイプである。今朝も目が覚めて時計を確認したら4時だった(昨日の就寝時間は0時すぎ)。もうちょっと寝たいなぁと思ったが、ガバ起き。
これはね、20代30代は無理だった。40代も半ば過ぎになって出来るようになった。年齢もあるんだろうな。まぁ老人が早起きするのと同じ方向性で(笑)。なんつうか頭がすぅっと覚醒しちゃってもう寝ていられない。
ただ、気の持ちようももちろんある。「目が覚めたんだから『もうちょっと』とか思わずとりあえず起きちゃって、少し仕事とかメールとかして、また眠くなったら二度寝すりゃいいや」みたいな考え方。4時台に起きていれば、先に朝やることやっとけば、また7時に眠くなっても、そこから30分とか二度寝するとずいぶん疲れは取れるし、会社にも間に合う、みたいな。ダラダラとふとんの中にいるより、睡眠としてはその方が効率的な気がする。
あ、それと、会社行ってからも、短時間睡眠とかデスクでしている。わりと堂々とシエスタ(笑)。若者達の手前どうかとも思うが、20分とかデスクで寝ると格段に能率アップするからね。短時間昼寝の効用についてはいろんなところで書かれているし。
とはいえ今日は朝8時半からプレゼンがあり、今から企画書書くので(笑)、二度寝はできない。その後も移動移動でデスクにあまりいられないのでシエスタもできなさそう。夜、寝床につくまで今から18時間。長いな。眠い眠いとボヤキながら1日過ごすのかも。
ほんの0.0003秒くらいな綱渡り
2010年01月12日(火) 12:38:54
今朝、入稿した。
15章分。
おめでとう、オレ。
仕事が相変わらず大嵐なので、脱稿の開放感は全くないのだけど、それでもちょいと負担が減った。
さて、次は今週の長時間講義と、来週から始まる講演行脚の準備を始めないといけない。本業の仕事は減る気配を見せないし。んー、いつまで綱渡りが続くかなぁ…。
まぁ長い宇宙の歴史からするとほんの0.0003秒くらいな綱渡りなんだけど(→ツイッターで教えてもらった「宇宙の歴史を1年であらわすと」)
死ぬほどわかる!
2010年01月11日(月) 21:02:02
世界トップクラスのダンサーで、あんなに努力している岩田さんにもこういうことがあるんだなぁ。
何でだ、何でだ、何でだ~~!!翌日のブログでもドキドキだ。
今までまったく問題の無かった技術が、突然出来なくなった。
出来ないイメージが頭の中を占領している。
「出来ないから、やめます。」これ、よくわかるなー。ボクもいつも逃げたい。
なんて、言えたら良いのにとか、
「逃げたいな~~。」
なんて思ったり。
結局、岩田さんはなんとか成功するのだけど、舞台袖での葛藤が…。
舞台袖で試したりこれも死ぬほどわかる!
鏡の前で試したりしながら、
僕の中では、冷静な自分とパニックが戦っている。ここで、残念なのが
冷静な自分が勝っても
決して成功するわけではない事を、
僕は経験上、知っているのです。
いや、岩田さんほど努力をしているボクではないし、世界トップかつアウェイで闘っているわけではないので「わかる」なんて言うのは傲慢なんだけど、それでも、わかる!
というか、最近、逃げ出したいことが多い(笑)
なんだか仕事でも何でも、プレッシャーが重くなることばかりなんだもん。
大きな仕事に携われるのはやり甲斐あるけど、誰も経験したことがないようなこの変革の時代、心の中の冷静な自分は「今度こそ上手にできないのではないか」と分析している。数ヶ月単位で世の中が変化するので、以前の成功体験がまったく効かないからね。毎回綱渡りだ。
いままでは何とかすり抜けてきたけど、今回はダメなのではないか。今回こそ失敗するのではないか。と、いつもどこかでドキドキしている。でもやらないといけない。周りの期待に応えないといけない。
なんだか最近この繰り返しだ。どっかに逃げ出したいなぁ。
まぁそうやってチャレンジして達成できたら、それはもうとてもうれしいし、貴重な経験値になるのだけど…。命まで取られるわけではなし、肩の力を抜いてやるしかないんだけど…。でも。なんだかな。いろんな責任が肩にのしかかる…。
とか言いながら。
なんとか原稿終わったので(快哉!)、今日は飲もう。
変化の時代・危機の時代こそ
2010年01月09日(土) 14:29:54
そういえば、年末くらいから地味〜に、録画したNHK「坂の上の雲」を見つづけている。
原作者の司馬遼太郎が映像化を許さなかったものを、NHKが満を持して映像化しただけあって素晴らしいと思う。松山には昨年9月に行き、「坂の上の雲記念館」を見てきたばかり。安藤忠雄設計の立派な建物だった。充実した展示でよかったなぁ。
明治のあの頃に思いを馳せると、ホント、綱渡りだったんだなと思う。よくぞ列強の植民地にならず切り抜けたものだ。いま日本がこうしてあるのは(もちろんいろんなところに迷惑をかけつつではあるが)奇跡的なことだと思う。
なんの本だったかな。たしか「一度も植民地になったことがない日本」って本だったと思う。
ある有色人種の女性(たしかアフリカか南米か)と仕事をしたときに、著者は彼女からこう聞かれたという。「あなたの国のマスター・カントリーはどこですか?」
マスターカントリー。つまり植民地として支配するご主人様国家のことだ。彼女にすれば、有色人種で植民地になったことがないなんて信じられないということらしい。世界的には「日本のような有色人種国家で植民地になったことがないというのは超レア」なのだ。
アジア大陸の一番東端の島国、という地理的なラッキーさに負うことが大きいと思うが、必要とされた時期に必要とされた人材が輩出したことも大きいのだろう。そして、意外と若いうちから彼らは力を持たされていた。日露戦争時、作戦を任された秋山真之、若干36歳。まぁ時代が違うとはいえ、いまならまだ課長程度の年齢である。
変化の時代・危機の時代こそ、若い人間が力を発揮する。
若者が情熱を持って突っ走り、老練な世代が堅牢にサポートする。そんな体制が今こそ必要だと思う。
ワタクシトシタコトガ
2010年01月08日(金) 8:11:25
昨日は時間がなかったので、昼にオニギリを1個食べ、そのまま企画書書き、会議、企画書書き、会議、会議会議会議、と働いていたら、いつの間にか夜11時前。
疲れ切って、さて帰ろうかとデスクを立ってふと気づいた。夜メシを食べていない!
ボクは、高熱でも食欲が落ちないタイプ。
そのボクが空腹も感じず、夜メシを食べるということすら忘れていたとは…。しかも昼メシが超少ない。こんなことちょっと記憶にない。
というかですね、そのまま何も食べずに寝て、今朝起きたのだけど、今朝も「すげー空腹!」ってわけでもなかった。そういえば今年になって強烈な食欲ってヤツがまだないなぁ。2010年を境に「食べなくてもいい人」に脱皮するのであろうか。
ま、たぶん仕事量・執筆量に比例したストレスで食欲が落ちているのだと思う。意外とヤワ。陽転思考的にはこれはラッキーで、精神をより鍛える訓練になるし、仕事ダイエットにもなる(笑)。というか、ジムに行きたい。今年まだ行けてない。
新年初酒
2010年01月07日(木) 8:24:07
昨晩、ひっさしぶりに酒を飲んだ。
元旦も三が日も、いや、晦日も大晦日も飲まなかったかな。
たぶん28日の仕事納めで「泰明庵」&「トニーズバー」で飲んで以来の酒である。つまり9日ぶり?
つまり、それくらい切羽詰まって仕事&執筆していたわけですね。酒を飲む余裕がこれっぽっちもなかった。大晦日と元旦に酒を飲まなかったことなんてほとんど記憶にないくらいである。喪中だからお屠蘇も飲まなかったし。
久しぶりだから軽くにしよう、と思って飲み始めたのだが、いつの間にかワインを2本ほど飲んでいた。うー酔ったー。でも「ストレスで縮こまっていた心」が徐々に開放されていくのがわかった。酒の効用だな。
とはいえ、やっぱり酒は夜をつぶしてしまうなぁ。昨晩は仕事も執筆もできなかった。
今年は(仕事量が巨大化しそうな予感があるので)、酒は週2回程度に減らそうと思っている。なかなかそうも行かないことが多いのだが(いろんな人との会合が入る)、でも、なるべくそうしよう。
幸福なる降伏
2010年01月05日(火) 20:54:48
降伏ってさ、幸福だね。
って、しょーもない洒落いっている場合ではないけど、なんだか晴れやかです。諦めで(泣)
でも、平謝りしたら、わりとアッサリ許してくれた。ん? もしかして、〆切、サバ読んだ?(笑)
結局、降伏した○章と「はじめに」「あとがき」は三連休後、ということになりました。まぁ全体のページ数が出たので許してくれたのだと思うけど、それにしてもなんだかアッサリ許されすぎたぞ。それどころか「ありがとうございますー」と喜んでたぞ。ん? ボクが勝手に焦りまくっていたのか?
と、生温かく疑いながら、今日は久しぶりに長めに寝ます。晦日から今日まで平均3時間くらいしか寝てないし。
それにしても、今日、また強烈にきつい急ぎ仕事が入ってきた。今年は本当にきつい年だなぁ…。まだ5日しか終わっていないのに死にそうだ。
悪魔の囁き
2010年01月04日(月) 19:08:37
いま、執筆地獄というか、「半年も前から〆切がわかっていたのに間に合わない状況になって勝手に地獄だ地獄だと騒いでいるバカ丸出し男状態」になってしまっている原稿は、文藝春秋から出す単行本の原稿である。
で、違う出版社の知り合い女性編集者からメールが来た。
編集者的には、早めに降伏してくれた方がありがたい場合もありますよ。ええと、ハイ、そうします(笑)
編集者サイドから言うと、殺意を抱く(←誇張表現です)順番は、1連絡が途絶える
2待っているのに結局こない
3嘘をつくなので、まめに連絡して、できないという状況を共有するのがいちばんいいと思います。
きっと「まぁ力を抜いて」とサジェスチョンしてくれたつもりなんだろうけど、なんだか「あぁ降伏しちゃっていいんだ」という気持ちになってしまいました。
いま、全15章中12章を一応上げた。
あと3章、徹夜しようと思ったけど、降伏しちゃおうかな。しちゃえよ降伏(悪魔の囁き)
と、いま、こういう状況です! 悪魔に負けそうです! →文藝春秋編集者様
ペンだこ
2010年01月03日(日) 15:43:18
ええと、仕事が重なっていて執筆が異様に遅れています。
目下の問題は「モニターの見過ぎで目が痛く、文章書かないといけないのにモニターが見られない」こと。
かといって、もう鉛筆には戻れない。書くスピードも推敲のスピードも1000倍くらい違う。っていうか、いまさら鉛筆持ったら、右手中指のペンだこがあった部分に血豆ができるであろう。
ペンだこって過去の遺物だよなぁ。
もちろん漫画家とか校閲の人とか画家とか、ペンをよく使う人にはまだあるのだろうけどなぁ。昔はボクも「でかいペンだこ」を自慢したものであるが、もうほとんど平たくなってしまった。ちょっと寂しい気もする。
てなことを書いている場合ではない。こんな文章に大事な「目」を使ってはいけない。とりあえず執筆に戻ります。〆切は明日4日の夜。あと○章。←やばすぎて○の中の数字を書きたくない。つか、明日は会社にも行かないといけない。むーん…。
今年もよろしくお願いします
2010年01月01日(金) 9:36:50
喪中なので新年のご挨拶は失礼させていただきますが、今年一年、楽しくてウキウキするようなことがたくさんアナタに起こりますよう祈っております。
信じるものは救われる、というのは本当で、楽しくてウキウキするようなことがたくさん起こる、と心底信じていると実際起こります。スピリチャルかよ。いや、でもマジで。
たとえばボクの「晴れ男」もそう。
ボクは現在、自分でも呆気にとられるくらい「晴れ男」なんだけど、これは「晴れる!」と言い切るようになってからのこと。「ボクは晴れ男ですから」と周りにも宣言しちゃって、自分でも信じ込むようになってから、勝負どころとか旅や遊びの日とかキッパリ晴れるようになりました(正確に言うと、もちろん晴れを呼んでいるわけではなくて、晴れる日に勝負どころとか旅や遊びの日とかを設定する運を持つようになったということだろうけど)。
最近は90%くらいの確率で、自分でも不思議なくらい、晴れて欲しい日は晴れてます(ツイッターでフォローしてくださってる方は、ボクが旅している先々で「さっきまで大雨だったのに晴れてきた」とかいうことが起こっていることをご存知だと思います)。
ま、非科学的なのはわかった上で言ってますけどね。でも、信じ込んでいるうちにそういう運気になった気がします。
ということで、信じましょう(笑)
今年は楽しくてウキウキするようなことがたくさん起こる!
写真はムスメが撮ったものです。お年賀は言えないけど、まぁ気分だけでも…。
ということで「執筆地獄」に戻ります。あと6章!
背水なる晦日
2009年12月30日(水) 9:48:40
晦日といえば、「あー今年も良く働いたー!」「今年観た一番の舞台や映画はなんだろう?」「今年一番のレストランはね」とか感慨と思い出に浸りながら、ネコのように伸びをしている頃合いであろう。
が、まさかのまさか、この年末最終週が一年で一番忙しくなろうとは!
ということで、仕事ばっかりしています。朝6時から夜26時まで(笑)。いろんな仕事が重なって押し寄せてきている。少し仕事に隙間ができると執筆。そう執筆! 延ばしに延ばして1月4日を〆切にしてもらったが、実質あとたった5日半。手をつけたいのに仕事の方が膨大すぎて手がつけられぬ。あぁあと10章まとめないと! しかもそのうち完全書き下ろし1章だ。間に合うのか? 背水の陣って実は好きなのだけど、それにしてもどうだこりゃ。
計算上は、仕事の合間をかいくぐりつつ、1日3章書いて3日半。残りの2日で推敲&仕上げとなる。とはいえ大晦日&お正月。行事はあるし、妻は神戸の義母のもとに行ってるから家の雑事もあったりする。ううむ…。
まぁ連載の単行本化だし、いままでもちょこちょこいじってきてはいるので、数章は大筋出来ている。でも手をつけてない章が4つある。大筋出来てる章も細かい確認とか表現とかが実に難関だ。そのうえ一冊の長きに渡り同じトーンでまとめなおさないといけない。やばいなぁ。
とか行ってる間に書けるので、書きます。というか今日も昼から仕事に行かなければいけない。ということで。
窓拭き
2009年12月28日(月) 8:52:36
たしか去年、大掃除するとき窓拭きをしなかった。
そう、さぼったのである。つまり今年は2年分の窓の汚れを取るハメとなった。
ボクが住んでいるのは2階なので(1階は両親)、窓の外側が拭きにくい上に、ちょっと大きめの窓なので手が届かない部分がある。そこを拭こうとすると「ひとつ間違えると下に落ちて死ぬ」という危険と隣り合わせ。最近ジムに通って腕力などがついてきたとはいえ、やはり危険は冒したくないものである。自分が思っているよりカラダは年老いているものであるし。
なので、棒などを駆使して拭くのだが、やはり取れないんだよなぁ。
わりと凝り性なので、拭き始めたら拭き始めたで「ものすごくキレイにならないとイヤ!」(笑)。拭き始めなければ、少しぐらい汚れていてもなーんにも気にならないのに、やり始めると急に完璧主義が頭をもたげる。うーむ。
で、とりあえずやり終えたのだが、まだ汚れが落ち切らず、拭きムラもある。うぬぬ。なんだか残尿感というか残糞感というか(汚い)、とにかくなんだか気持ちが悪いぞ。
ということで、年末のあと4日、もう一度チャレンジしたいと思っている。やっぱり「強力マグネットがついて両面拭きできるガラスクリーナー」みたいのを買った方がいいのかな。そうしないと取れない悪寒。
フォロワーが10000人を越えた
2009年12月27日(日) 19:29:15
昨晩、ツイッターのフォロワーが10000人を越えた。
本格的につぶやき始めてからちょうど5ヶ月。特につぶやきが多いわけではないが、じわじわとフォローしていただいた。ありがとうございました。
別にフォロワーが多いから偉いということもない。
ツイッターはいろんな使い方ができるツールで、数が少なくても充分楽しめる。というか、フォローが5000人を越えたあたりから「この何気なくもしょーもないつぶやきを5000人が読んじゃうのか…」と、ちょっと書き込みに緊張感が出てしまい、逆効果な部分もあったかも。まぁじわじわ増えたので少しずつ馴れていけてよかったけど。馴れる前からいきなり1万とかにフォローされるとなんだか失言とかしそうだし。
もともと本格的にツイッターを始めたキッカケは、7月24日のさなメモに書いたように、「ある会社がツイッターのフォロワーが250名以上いることを採用条件のひとつにした」というニュースを読んだこと。で、「こりゃ基礎素養として一度どっぷり浸かっとかんといかんかも」と思ったんでした。ある会社ってBEST BUYですね(この記事)。
まぁこの採用条件にはいろいろな意見があると思う。
でも、ボクは「まぁアリかな」と思った。まだ当時は「新しいツール」だったツイッターを使うという好奇心や、最低限のITリテラシーをはかれる。なんとかして250名までフォロワーを伸ばそうとする努力や工夫もはかれる。他人とつながろうとするコミュニケーション力もはかれる。もちろんフォロワーを増やすだけならいろんな手があり、そういう手を使えばすぐに達成は可能なのだが、そういう手を使うこと自体も工夫や熱意のうち。「足切り」の条件としてはなかなか考えられている気がした(広報戦略としても)。
ボクはと言えば、最初の1週間くらいは100人くらいしか伸びず、「250人って遠いなぁ…」と思ったのを覚えている。
なんとなく、壁は100人で一回あったかな。次は1000人が壁。1000を越えたあたりから順調だったけど、2500人くらいでピッタリ止まって、あぁこのくらいが普通の個人の限界なんだな、とか思ってた。そこに鳩山会食&実況が起こって、一晩で数千人増え、また数字がじわじわ動き出し、今に至る感じ。
フォロワーが増えてみて思うのは、ある「量」があるとツイッターが別次元になるということ。
少しわからないことや知りたいことを問いかけると返してくださる方が必ずいる。何か疑問や意見をつぶやくと賛同や反対などいろいろ返してくださる方が必ずいる。この「必ずいる」感じにより、ツイッターの魅力や使い方が少し変わったかも。
タレントなどの著名人は10万人とかのフォロワーを抱えている。あれは逆につらそうだ。1万人でも相当重い。でもまぁあまり意識せず、これからもしょーもないことをつぶやいていこうとは思うけど。
日本で一番古くて伝統ある、一番大きな会社
2009年12月26日(土) 12:53:59
昨日の民間ワーキンググループの件について、いろいろご期待をいただきました。ありがとうございました。
でも、あまり早急に結果を求めないでくださいね。
変化していく過程ですので、これからいろいろな試行錯誤があると思うし、民間ワーキンググループが出来ることも限られています。温かく見守っていただけると助かります。というか、会食での提言がこうして実際にカタチになって進みつつあるだけでもすごいこと。
まぁでも、実際、思ったより遠い道のりなのだろうと思います。
たとえばアナタが「伝統ある古くて大きな会社」の一員だとして、その会社が昭和時代のやり方を改めて変わろうとしているとします。そしてこの夏、実際に社長も替わったとします。
社長も経営陣も一新した。社長は改革派である。でも、長く続いた借金体質や密室運営、業界の慣習や既得権益を守ろうとする守旧派の跋扈などにがんじがらめになって身動きがとりにくい。とはいえ少しずつ改革の芽は出始めている。でも期待したほど成果が出ていない。そんな空気が「今」だと思います。変わらないと会社がヤバイと焦っている社員たちは、期待と失望を繰り返しながら、固唾を呑んで改革派経営陣を見守っている感じ。
でもね、伝統ある古くて大きな会社は、一朝一夕には変われません。
そういう会社でなにかを改革しようとしたことがある人ほど、それを身に染みて感じているはずです。
昭和な体質のまま巨大になった企業は、いかに経営陣が必死になろうと、社員が運動を起こそうと、そう簡単には変われないのが現実です。大きな船ほど方向転換に時間がかかるのと一緒。新しくて小さめの会社にいる人が「どうしてそんなことも変えられないんだ?」と不思議に思うようなことでも、なかなか時間がかかったりします。
で、「日本」って、日本で一番古くて伝統ある、一番大きな会社ですから(笑)。そんなに簡単に変われるわけもない。
社員たちが「社長はなにやってんだ」とボヤくのはわかるけど、長く続いた前経営陣のツケを精算しつつ、いいところは取り入れ、悪いところは改め、一歩ずつ前に進む作業は、結果を出すまでにそれなりに時間がかかるんじゃないかな、というのが、民間の古い会社に勤めるボクなりの経験則。大企業だったら、経営陣総取っ替えから2年目でようやく改革の効果が出始めるくらいが常識的なラインかな、と(この政権の政策の是非は置いておいて)。
いや、つまり何が言いたいかというと、それなりに時間はかかるだろうということ。
その「日本で一番古くて伝統ある、一番大きな会社」の社長に「社員有志が集まって意見書を出した」というのが、今回の件です。
伝統ある古い大企業って、社長はまさに「雲の上の人」。ものすごく遠いしものすごく偉い。トヨタとかNTTとかパナソニックの社長をイメージすると少しはわかるかもしれません。でも今回は社長が直接話を聞いてくれた。これだけでも今までとは違います。そして実際に取り入れて動こうとしてくれているのも今までとは違います。
でも、ここから先はいろんなことが起こるでしょうね。社員からすると「なんでそんな慣習すぐに壊せないんだ?」と思うことでも、意外と時間がかかって、あっという間に半年くらい経ってしまう感じ。本当はそんなことじゃいけないんだけど、実際はそんなところが現実かと。
まぁでも乗りかかった舟ですから、いろいろ意見を出し、行けるところまでは行こうと思っていますが。
国民と政治の距離を近づけるための民間ワーキンググループ
2009年12月25日(金) 8:11:35
鳩山首相との二回の会食(1回目、2回目)とそこでの提言が縁で、「国民と政治の距離を近づけるための民間ワーキンググループ」というのに参加することになった。
昨日は第一回目のリアル・ミーティングで首相官邸に行ってきた。
リアルと書いたのは、それまでもバーチャルで多少話し合いは進んでいたから(メンバーによるメールの頻繁なやりとりで、という意味)。ボクを含む一部メンバーは、この1ヶ月弱、ミーティングに先んじてしこしこと提案 & 活動をしてきたのである。ただ、忙しい人が多いのでなかなか実際に全員集まれるタイミングがなく、ようやく昨日が実現したというわけ。昨日は鳩山首相もミーティングに参加する予定だったが、ちょうど例の偽装献金謝罪会見と重なって欠席。なので、松井官房副長官と首相秘書官、そして我々民間人とで「国民と政治の距離をどう近づけていくか」を1時間半に渡って話し合った。
民間メンバーは、平田オリザさん(劇作家)を座長に、佐々木かをりさん(イーウーマン社長)、小山薫堂さん(脚本家/放送作家)、今村久美さん(NPOカタリバ代表理事)、徳田祐司さん(アートディレクター)、須田和博さん(クリエィティブディレクター)、佐々木康晴さん(クリエィティブディレクター)、そしてボク、佐藤尚之(ブロガー/クリエィティブディレクター)、の8人。
ポジティブで活発ないいミーティングだったと思う。
メンバー全員、別に鳩山首相寄りでも民主党寄りでもない。ニュートラルな立ち位置である。敢えて言えば平田オリザさんは内閣参謀参与なので多少内閣寄りではあるが、あとの人間は、政治や政党や政策よりも「コミュニケーション」に興味がある人間が揃っている。そして「国民と政治の距離の遠さをコミュニケーションの力で大幅に改善したい」と思っているメンバーたちである。
ボク個人としては、国民と政治の距離が近くなればなるほど一般人の政治への無関心や無力感が払拭されやすくなり、政治参加意識も強くなっていくんじゃないかと思っている。そしてそれは社会をいい方に変えるのではないかとポジティブに夢想している。そのためであるなら、ボクが持っている微々たるスキルを出し惜しみせず提供したい、そう思ってこのワーキンググループに参加している。
具体的には、まずはソーシャルメディア(ブログやツイッターやYouTubeなど)を使ったコミュニケーションから始めて、首相だけに限らず、政治全体をもっと国民からわかりやすく、オープンで、透明な存在にすることが当面の目標だと思う。今朝の新聞には(とても小さな記事ではあるが)このワーキンググループが「首相にツイッターを始めるように提案した」と書かれているようだけど、ツイッターはごく一部の手段だ。
もちろん民間メンバーが出来ることは限られていて、実際にやるのは首相であり大臣であり議員たちであるのだが、我々がしつこくサジェスチョンしたりアイデアを出したり手助けしたりスキルを提供したりすることで、何かが少しずついい方に変わっていくと信じて事に当たりたい。このチームが、ありがちな「有識者会議」とか「諮問委員会」ではなく、「ワーキンググループ」と名乗っているのは「実際に動く」という意思表示である。
ちなみに「どうせ電通とかがキャンペーンするんだろ」とか思う方もいらっしゃるかもしれないが、メンバーには電通もいるが博報堂も入っているし、みな個人で参加している。他にNPOの人や個人作家たちも入っていることからもわかるように、フラットでニュートラルなチームであることはご理解いただきたい。
とりあえず、もうちょっとしたら具体的に刷新(発信)が始まる。
ゴールは「国民と政治の距離がぐっと近づくこと」。そのために、まずは第一段階として首相の発信を刷新すること。国民の声が首相の元にもっと届くようにすること。 ゴールはまだまだ相当遠いと思うけど、一歩ずつ、まずは一歩ずつ。
というか、こうして第一歩目が踏み出せただけでも政権交代の意味があったかなと思う。民間の意見に対してこんなに聞く耳を持ってくれる空気感は以前にはなかったものだし、「変えよう」という気運の強さも以前にはなかったもの。せっかくなのでいろいろと(もちろんいいと信じられる方向に)刷新するご協力ができればと思っている。
5年後の未来
2009年12月24日(木) 7:30:56
そういえば、おとといだったか、初めて「公開インタビュー」というのを受けた。ツイッター上での公開インタビュー。
雑誌「クーリエジャポン」によるもので、質問は「ITの進化によって5年後、私たちの生活はどう変わっていると思いますか?」。来月号に載るのだと思う。
2回のツイートに分けて最大280文字(140文字×2)で答えてくれ、という依頼。ツイッター上だと1回に140文字しか書けないからそういうことになる。ボク以外に4人が公開インタビューを受けたようで、その4人とは、勝間和代さん、佐々木俊尚さん、津田大介さん、堀江貴文さん(50音順)。濃すぎ。というか怖い(笑)
ボクのお答えはこんな感じ。
質問:ITの進化によって5年後、私たちの生活はどう変わっていると思いますか?
@CourrierJapon デジタルネイティブが社会デビュー。検索→購買がいよいよ当然となり、一方的に長所を言うマス広告は真の岐路を迎える。ソーシャルメディアは「つながる場」から「ランダムに情報と出会う場」となり、一次情報を得る場ともなる。つまりマスコミの存在意義が変わる。「私たちの生活がどう変わるか」という質問への答えになっていない気が(笑) まぁメディアを介した広い意味の「生活」としてお答えした。140字ずつなので(しかも「@CourrierJapon」で14文字とられるから、全部で126文字)、相当はしょっている & 言葉足らずだけど、まぁイイタイコトはだいたいこういうことかな。@CourrierJapon ソーシャルメディアにより、情報そのものが貨幣だった時代が終わり、「共感」が共通貨幣となる。上から目線のトップダウンは共感を得られず衰退していく。インフルエンサーに替わり「ソーシャル・ハブ」的な人の存在価値が増し、マスメディア的影響力を持っていく。
ただ、マス広告については「認知を広める」という役割はなくならない。それ一辺倒だった時代は真の意味で終焉を迎えるけど(もう迎えているんだけどね)。ソーシャル・ハブについては「共感が共通貨幣」という文脈の元で読んでくれないと、単に「マスメディアと同じように広くリーチする存在になる」と読まれかねないのでちょっと心配。「共感が共通貨幣」になったら、インフルエンサー(昔で言うオピニオンリーダー)とは違うタイプが出てくるだろうな、という程度のこと。
10年後はもうちょいすごそう。
団塊の次の世代が引退して「ネットもなんとか使える高齢者」となり、いまの30代が社会の中枢に出てきて「ネットなんて当然な経営者」となり、デジタルネィティブたちが次々と社会デビューしてきて「ネットがない世界なんて想像もつかないオフィスワーカー&起業家」になる。もっとドラスティックに変わるんじゃないかな。いや、逆に一度揺り戻しがくるのかな。どうなんだろう。
しかし5年「前」って、まだYouTubeもなかったからねぇ。ツイッターはもちろんのこと。
そう考えるといまから5年「後」ってもっと変化が早いようにも思えるし、いやいやYouTubeが出たからって大筋変化ないようにあまり目立った変化なんかきっとないよ、なのか。
でもまぁ、とりあえず、「未来が変化しそうな時代に生きていられるのはラッキー」なのは確か。楽しみたい。5年とかのスパンで社会インフラが変化していく時代なんて有史以来そうはない。
No, You are NOT the Center of the Universe !
2009年12月22日(火) 6:09:26
年末の忙しさが頂点に達しつつありまして。
昨日も会社で超バタバタした挙げ句、家に帰ってからもずぅっと仕事をし、真夜中に寝たのに朝4時には早朝覚醒し、寝ている間に入った仕事メールにドバーーッと対応しているうちに朝6時になり、そろそろ朝ご飯の支度と犬散歩(葬儀後の義母ケアのために妻は神戸に行っている)。あー…。
要所要所で現実逃避にこんなビデオ(星の大きさ比較:面白い!)を見て、いま自分が抱えている案件たちの「超超超超超極小さ」を確認し、まぁ大勢に影響ないやね、と自覚する。ついでに3年後の今日のこと(例の「マヤ文明におけるマヤ暦は2012年12月22日で終わっている」ってヤツ)も考えて、まぁ仕事なんてどーでもいいじゃん、とか自嘲する。
でもさ、そんな超超超超超極小案件でも、ちゃんとやらないと、二度と来ない「今日」が「気分悪い」んだよね。それが問題。今日を気分良く過ごしたいという目的のためにのみ、ちゃんとやりたい。その手段のために一日が終わってしまうという本末転倒は置いといて。
モニター酔い
2009年12月20日(日) 17:34:39
そういえばお知らせするのを忘れていたけど、募金アプリを作ろうと盛り上がった池田悠里さんの募金活動、目標金額を大幅に上回って達成したようです。本当におめでとうございます。まだこれから大変な手術が待っているとは思うけど、うまくいくといいなと思っています。くわしくは「ゆうりちゃんを救う会」のサイトをご覧下さい。
募金アプリは、とりあえずアプリで小口募金を集められる仕組みを作ることにし、NPOも含めてやり方を試行錯誤している最中です。いずれにしても新年あけて一気に動く予定。期待してくださっている方のためにもとりあえずゴールには辿り着きたいと思っています。誰しもが持っている温かい気持ちをちょっと叶えたくなるような、そんな小粋なアプリが出せたらいいなぁ…。
ええと、昨日は大方の予想通り(笑)、飲んだら寝てしまって書けなかったんだけど、その分今日は朝から燃えていて、6時すぎから13時まで書きまくりました。粗々だけど3章ほど。ついに〆切にお尻叩かれてやる気が継続するようになった模様。
でもモニターを長時間必死に見ていたせいか、途中から「モニター酔い」が酷くなり、なんだか気分が悪くなってしまったのが残念。なんというか、3Dゲームをやっていると酔うじゃないですか。あんな酔い方。うー気持ち悪ぅ…。
とはいえ今日は友人が急に行けなくなったとのことでチケットを譲ってもらい(もちろん有料)、15時から「シルヴィ・ギエム&アクラム・カーン・カンパニー『聖なる怪物たち』」があったのでした。これは見逃せない。モニター酔いでフラフラしながら上野に行き、無事観終わって家まで帰ってきました。
観終わってすぐの感想は「いやーすごいものを観た」というもの。ダンスからも音楽からも言葉からも自由。こんな舞台があるのかぁ。くわしくは明日書こうと思うけど、なんだか余韻が長いいい舞台だった。
残念だったのは、隣に座った男が異様ににんにく臭かったこと。
頼む、息を吐くな、というレベル。それ以外は至福だったんだけどな。至福に浸っていると隣からプ〜ン。ああもうやめてくれ!
間に合うのか、オレ!
2009年12月19日(土) 18:11:05
もう夏くらいから「書けない」だの「つらい」だのぐちゃぐちゃ愚痴ってる単行本(二泊三日でその街に行くなら朝昼夜をどこで食べるのがベストか、という旅エッセイ本)の執筆ですが、いよいよ「真の〆切」が年末に迫ってきていて焦っています。
というか一体何ヶ月書いているのかという話ですよ。夏からずぅっと何やっていたのかと。イヤ、書こうと努力はしていたし、そのうえ仕事だの鳩山さんだと募金だの、様々な案件が滝のように降り注いできて…とか言い訳はいろいろあるのだけど、まぁ言い訳しようがなんだろうが〆切は確実に来るわけで。
というわけで今日は久しぶりに何もない休日だったので、朝から「今日は執筆!」とまなじり決していたわけです。
で、朝6時からしこしこと書き始めていたのに、朝8時30分に「ちょっと急ぎで!」というメール&電話が入り、仕事場に呼び出されてしまいました。まぁ結果的には行って良かったのだけど、帰ってきたらもうお昼。お腹減ってたのでガガガとお昼ご飯食べたら一週間の疲れが出たのか気がつくとベッドにいたワタクシ。悪夢にうなされて目が覚めたら(本当に悪夢だった。なんか知らないクライアントにすごい怒られてる夢:笑)、もう時計は夕方3時半を指している……。
「やばい!書かなきゃ!」と急いで起きてメールを見たら、違う仕事がなにやら困ったことに(あぁ仕事メールなんか見なけりゃ良かったよ…)。あーだこーだ対処しているうちに、ふと気がつくともう6時かよ!
あー、もうムシャクシャするので、いまからジム行ってカラダいじめてきます。
帰ったら書くぞ!
と、一瞬燃えたんだけど、今晩は姫路の友人から「お父さんが猟で仕留めた野生の鹿肉」が届いており、それを赤ワインと一緒に食べる予定にしてたんだった…。ワイン飲んじゃったら書けないなぁ。うーむ。
しかも!
明日はギエム! あーー、いったい間に合うのか、オレ!
スタッフの名前
2009年12月17日(木) 8:49:35
「Superflyの武道館ライブの照明が良かった、照明ディレクターは誰だろう?」とおとといのさなメモで書いたら、その照明ディレクターをされた澁谷賢治さんからメールをいただいた。いやぁ、やっぱりネットって面白いね。
でも、ライブ・ステージって、照明とかセット美術とかミキシングとか振付とか総合音楽監督とかいろんな人がみんなで作り上げているのに、そのクレジットがどこにも出ていないのが不思議。というか不満。検索しても辿り着けない。ライブ終了後のモニターに映画のエンドロールみたいに流すとか、チケットやチラシに表示するとか、もしくはせめてサイト上に表示してほしい。「お、今日の照明は○○さんか、期待できる!」とか、そういう楽しみ方もしたい。
昔、黒田征太郎さんと話していて、彼が「ぼく、映画の中でエンドロールが一番好きなんですよ」と言ったことを思い出す。その映画が面白くてもつまんなくても、エンドロールが流れるとジワ〜と感動するんだって。こんなに大勢の人がいろいろ笑ったり騒いだり悩んだり愚痴ったりしながらこの映画を作り上げたんだと思うとなんか心が温かくなる、と。 これ、とてもよくわかる。ボクもエンドロールがとても好き。いつもじぃっと見入ってしまう。
テレビ番組のラストで流れるスタッフの名前もわりと読む。番組で目立っているのはタレントや俳優なんだけど、彼らが力を発揮できるのはスタッフたちのおかげ。スタッフの名前を見ていると、彼らが走り回ってセッティングしたり徹夜で編集したりしている姿が想像されてなんだかほんわかするのである。でも最近ではスタッフ・ロールはわりと軽視されていて、ものすごい早さで流れることが多い(特にバラエティ)。失礼だよな。
雑誌もラストページの編集者欄をよく見るし、新聞も記名記事が好き(毎日新聞が他に先駆けて記名記事を導入したときは喝采した)。まぁボク自身が、「広告」というスタッフ名が明らかにされない黒子作業をしていることもあるとは思うけど、表に出ないところで苦労している人たちの動きをいろいろ想像しながら見たり読んだりするのが好きなのである。
メーカーが作る製品も、サイト上でもどこかでいいから、関わったスタッフたちの名前を載せて欲しいな。なんというか、作った人の体温みたいなものが少しでも伝わってくると、その製品に対する印象が温かい方向に変化する。使用者としてその製品に「愛」が持てるみたいなこと。モノをいっぱい買うことが「豊か」だった時代が終わり、買わないこと・捨てないことが「豊か」になった今、そういう「愛」ってとても大事だと思うし、それこそが「ブランド」だと思うのだけど。
最後の1年
2009年12月14日(月) 8:22:22
昨日ご紹介した朝日俊彦先生の講演音声ファイルの中にこんなような言葉があった。
最近の心理学ではこういうことがわかってきた。なるほどそうなのかもしれないな。
たとえば80歳で亡くなるとして、その方が79歳まではそこそこいい人生がおくれたけれども、最後の1年は案外つまらなかったとする。そういう方がいよいよ息を引き取るときにどう思うかと言うと「オレの人生、つまらなかった」と思うのだそうだ。
ところが逆に、79歳まではたいしたことはなかった、という方が、最後の1年そこそこよかったら、その方は息を引き取るときに「オレの人生はよかった」と思うのだそうだ。
刺激が多い毎日で、長い目で見ると楽しい人生をおくっていても、直近の1ヶ月が悩みだらけで苦しいと「もうオレはダメだ。人生はつらい」とか思うもんなぁ(笑)。そのまま死んだら、死ぬ瞬間は「あー幸せな時期も確かにあった気がするが、総じて人生は不幸だった」とか思うのかも。
どうせなら人生はハッピーエンドがいいわけで、死ぬときにネガティブなのはイヤである。
幸い、「死」は将来やってくる。つまり、事故や突然死を除けば、「傾向と対策」は考えられる(受験のようだ)。最後の1年を幸せに過ごすことを考えて、逆算で "具体的に" ライフデザインしてみたらどうなるんだろう。年末じっくり考えてみよう。
ちなみにボクは、「たった今」死んだら、きっと「うん、そこそこ楽しかったな」と笑って死ねると思う。だって楽しいから(もちろん日々ヒーヒー言ってるし愚痴も言っているが、総じて楽しい)。これもしたかったのに、あれもしたかったのに、という願望もそんなにないかも。だいたいにおいて「足りている」。
逆に70歳や80歳になったときにそう言えるかどうかはよくわからない。相対的なものだからね。そのころはそのころで別の楽しみを見つけているとは思うが、いまの「激動感」に比べると物足りなく思っている可能性もある。どこかで大きくシフトチェンジしないと、「今」と比べて「なんかつまらんなぁ」とか思っちゃいそうだ。
どこにどうランディングするか。いわゆる人生の落としどころを日々意識していないといけないな。
小鳥さん理論でいえば明日にも「死」はやってくる。今日の生き方はこれでいいのかどうか。ジョブズ風に言えば「If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?」。今日することは本当にやりたいことなのかどうか。そんな「今日」の連なりの向こう側に、ボクはいったいどんな「死」を迎えるつもりなのか。
ふと、加藤和彦を想う。
彼は、不幸だから死を選んだのではなく、まだ幸せなうちに死という終止符を打ちたかったのかも、とか。
義父の葬儀
2009年12月12日(土) 22:30:51
義父が亡くなったことについて、メールやツイッターでのコメント、ありがとうございました。
そうですね、先週土曜日に会いに行けて、奇跡的に握手までできて、本当によかったと思ってます。
奇跡的に握手できたと言えば、中間試験が終わった娘(義父の唯一の孫)が、水曜日に学校を休んで神戸までお見舞いに行ったんですね。でももう義父はほとんど意識が朦朧としていて話もほとんどできなかったとか。で、夕方、彼女が病院を出て東京に帰る直前、ほんの一瞬、義母や妻が用事で席を外し、娘と義父が二人きりになったそうです。そのとき急に義父が正気に戻り、娘に手を差し出して握手しながら、出ない声を絞り出して「ありがとう」と。
義父が亡くなったのは、その10時間後くらい。やっぱり待っていてくれたのかな。
昨日はお通夜で、生まれて初めてお通夜の会場に泊まり込んだ。
いまの斎場ってすごいね。かなりきちんとした宿泊施設がある。ちょっとベッドが柔らかすぎて腰を痛めたけど、それ以外は本当に快適。おかげであまり疲れもせず今日の告別式に臨めた。
告別式は、義父らしく、明るく親密な式だったと思う。
5年間も癌と闘っていたこともあり、本人も親族も覚悟と準備ができていたこともあるのかもしれない。義母も妻も明るく笑って、しっかり泣いて、なんだかいいお別れ会という感じ。
個人的には、今回の葬儀は、「死」がかなり身近で、怖さがまるでなかったのが新鮮だった。
わりと日々「死」を意識しているせいかもしれない(こういう感じで)。明日にでもそちらに行きます、みたいな感覚。いまならお化けも怖くないかも。 ……いや、ウソ、やっぱりお化けは怖い。
ちょっと路線変更
2009年12月11日(金) 7:46:57
募金、そして募金アプリ(わからない方は数日前のメモ参照)にご協力&サジェスチョンいただいた皆さま。
今朝「ゆうりちゃんを救う会」のサイトを見たら、どうやら目標金額1億4000万円がほぼ達成されそうな感じになってきたようです。
大口寄付を含めて、数日で7000万円くらい集まったんですね。すごい! これでほぼアメリカでの心臓移植ができる見込みがついたのではないでしょうか。おめでとうございます。
で、鋭意開発中だった「ゆうりちゃん用の募金アプリ」は、実質的に必要なくなりました。
ただ、ある程度デザインや開発が進んでいたので、いったん完成させ、その後「小口募金の一般システム」を探る方に路線変更したいと思っています。NPO化することも視野にいれながら、ちょっと動いてみたいと思います。多少時間が出来たのでじっくりやります。またご報告させていただきます。よろしくお願いします。
先週の土曜日に日帰りお見舞いに行った義父が昨日亡くなりました。
今日は神戸に移動してお通夜です。土曜日に会っておいて本当に良かった。闘病お疲れ様でした。
「第52回 日本雑誌広告賞」主催のトークイベント
2009年12月10日(木) 7:59:08
昨日告知し忘れましたが、読売新聞の連載コラム、昨日出てました。顔写真も前とは替わっています。が、印刷が赤く、なんか唇とか口紅塗ったような感じ(笑)。まぁどうでもいいか。
書いたのはココで書いたのとほぼ同じ内容(かなり短くしたけど)。
ただ、読売新聞の場合、なにせ公称1000万部だし、まだネットに触れていない人もたくさん読んでいる。なので「ネットに触れていない人、ITにまったく追いついていない人に向かって啓蒙的に書く」というスタンスで書いている。まだ差があまり開いていないうちに差を埋めておかないと、将来デジタル・デバイド(ITを使いこなせる人とそうでない人との間に生じる情報、待遇、貧富、機会などの格差)がひどいことになると思うので、少々しつこくても言い続けたいと思っている。
少々しつこくても言い続けたいと思っていることに、マスメディアへの提言がある。
まぁメディアの専門家ではないのだが、「明日の広告」みたいな本を書いたこともあり、いつしかマスメディアの変革について講演を求められるようになり、意外と広告目線でそれを語っている人が少ないこともあって、だんだん自覚が芽生えてきた(笑)。読売新聞の連載コラムも「メディア」というコラム欄だし。
で、新聞社には新聞大会を含めいろいろ講演をしてきた。地方紙にも全部で5〜6社呼ばれて出張講演した。テレビ局にもいくつか行かせていただいた。ただ、雑誌からのオファーはほとんどなかったのだが、昨日は珍しく雑誌業界からのオファーがあった。「第52回 日本雑誌広告賞」主催のトークイベントである。
トークイベントだから対談。テーマは「明日の雑誌広告」。場所は汐留のアドミュージアム東京。
50人ほどの小さな会場だったが熱気があって逆に良かった。対談相手は博報堂の須田和博さん。最近何度か一緒に飲んでいる相手でもあり気楽。司会進行は吉良俊彦さん。なにしろ「吉良」さんなので、12月の浪士討ち入りの時期は基本的に仕事しないんだって(笑)。討ち入りの日(12/14)は日本から離れるとか(殺されちゃいそうだから)。昨日もトークイベントが終わったらすぐに海外に脱出していった(笑)
雑誌広告に限らず、雑誌というメディア自体がまた元気を取り戻すための提言をいろいろ話してきたつもり。
話した内容についてはそのうちどっかでまとめるかもだけど、かなり辛口に話をしてみた。須田さんが優しめに、ボクが厳しめに、という役回りっぽかったので。でもね、雑誌は本当に眠りすぎだと思う。そのまま凍死するつもりなのかなと思うくらい。底力はすごいのに。
このサイトの下の方に告知と顔写真載ってます。これ、週刊朝日を始めいろんな雑誌で1ページ広告されたイベントだったので、もういろんなところに顔写真ダダ漏れしてるし、まぁもういいや。読売新聞を読めない方でボクの顔なんかに興味がある方はこちらをどうぞ。
まだ全然どうなるかわからないけど
2009年12月08日(火) 7:30:35
昨日書いた心臓移植募金の話というか夢想の話だが、ツイッター上で思いも寄らぬ進展があった。しかもすごいスピードで。
朝にそのさなメモを更新してから次々とツイッターに反応が入り、iPhoneのアプリで「募金アプリ」は作れないかという話になり、いろんな意見がいろんな人から出た挙げ句「じゃ作ってみましょうか」と買って出てくれた方がいて、あれよあれよという間に物事が(すべてツイッター上で)決まっていったのである。
で、約3時間後には「じゃぁリアルで打ち合わせをしましょう」という話になり、銀座のアップルストア前での待ち合わせも決まり、夜の18時にはボクとその開発者(2人)が「はじめましてー。さてどうやって進めよう?」と、アップルストア近くのコーヒーショップで打ち合わせをしていたという展開。
なんだか不思議だ…。
というか、企画内容から待ち合わせ場所までツイッター上でフルオープンというのが面白かった。イマっぽい。
もちろんまだ走り始めたばかりだし、問題も山積。
アプリ開発は間に合いそうなのだけど、アップルがクリスマス進行なので査定・承認が間に合わず、年内リリースは難しそうだし、「募金アプリを小売りしてその収益が先方にすべて直接入るというシンプルな仕組み(つまり我々には一銭も入らない)」を考えているので、先方にとっては課税の問題もある(これもツイッター上で呼びかけて、いま詳しい方に取材中)。
というか、3人で会って話を進めてはいるが、募金している「救う会」もご家族のことも全然知らない(笑)。
ボク自身「知人の友人の娘さん」というだけで直接先方を知らないのでまだ話すら出来ていない。なんだかわからないけどツイッター上で話が進み、とにかく走り始めちゃったというのが実際のところ。もしかしたら先方にご迷惑かもしれないくらいで(もしそうならすぐ止めるけど)。
また、この手の「ネットを使って少額募金ができればいいね」という話は昔からあって、もう10年以上プロとしてもアマチュアとしてもネットに関わっているのでボクもそれは知っているし、そういうサイトがすでにあるのも知っている(なかなか広まらないので、どこかでまだ生活者に不便な形態なのかもしれない)。カード会社が募金のカード決済に後ろ向きなのも知ったし、募金詐欺やプライバシー侵害なども含めてトラブルの前例もたくさん聞こえてきた。先人たちもいろいろ苦労しているので、きっと思いも寄らぬ落とし穴や障害が待ち受けているのだろう。
ただ、ツイッターみたいな「ソーシャルメディアの象徴」みたいなサービスの普及もあって、ちょっと前より機が熟した実感はあるので、実験的でもいいからやってみる価値はあると思っている。「夢想しているヒマがあったらやりゃーいいじゃん」理論。
なにより、お会いした開発者のおふたりがとても前向きで気持ちよかったのもモチベーションが上がった理由。
実はおふたりが名刺を持ってなかったこともあり、まだリアルネーム(本名)すら知らない(ツイッター上では keiotu さんという名前)。でも、もともとの目的の持つポジティブさや、ツイッターが持つポジティブさも相まって、変なことにはならないと信じている。デザイナーもニューヨークに確保した(ネット上でやりとりする)。
というかですね、アプリを売って募金とすると、収入が課税対象となるので、所得税だけでなく翌年の住民税や国保税にも影響してくるので現実的ではないという意見を先ほどいただき、いきなり根本的な部分でつまずきそうな予感(笑)。なんとかゴールに辿り着いたとしてもまったく売れない(つまり募金が集まらない)可能性もある。まぁでも動いてみてはじめて見える景色もある。動かなきゃ何も見えてこない。動いてなんぼ。そんな感じ。
ええと、募金アプリに限らず、なにかアイデアある方がいらっしゃいましたらメールやツイッターでお願いいたします。
大勢の知見が集まれば、ひょっとしたら障壁を越えられるアイデアが出るかもしれない(←相変わらず夢想)。
いや、そんなことより個人的には原稿の〆切をどうするつもりかって話もある。編集者とか「こいつ一体なにやってんだ !?」と怒ってる気が…。
※いま「ゆうりちゃんを救う会」のサイトを見てみたら、昨日より3000万円くらい増えて1億1千万円近くになっている…。もしかしたらアプリ作る前に目標達成しちゃうかも(笑)
ある夢想
2009年12月07日(月) 8:16:44
ツイッターにも数日前に書いたけど、知人の友人の娘さん(池田悠里さん6歳)が、先天性の心臓疾患(拡張型心筋症)を患っていて、心臓移植をしないと助からない状況になっています。
心臓移植は他の臓器移植とちょっと違って、心臓の大きさがマッチすることが必要だそうです。
つまり大人の大きな心臓を小さな子供に移植することができないということ(肝臓の場合は分割して大きさを合わせることが出来るらしい)。
日本では15歳未満の子供からの臓器提供が法的にまだ禁止されています(臓器移植は受けられるが、臓器提供はできない)。つまり15歳未満の小さな心臓がない状態。そのため6歳の悠里さんが日本で心臓移植できる可能性はまったくないのだそうです。
※今年7月に、国内での15歳未満の子供からの臓器提供に道を開く「改正臓器移植法(A案)」が可決成立したが、施行は公布の1年後である。悠里さんが来年の移植待機リストにできるだけ早く載るためには、年内にアメリカに渡航する必要があり、一時心肺停止にまで陥った悠里さんとしては一刻も早く行動しなければならない。つまり施行を待ってはいられない。で、アメリカのコロンビア大学病院に打診した結果、受け入れの内諾はもらえたものの、アメリカでの心臓移植には1億円を超える費用がかかるらしいのです。健康保険などの公的なサポートが一切受けられないため、とても個人でまかなえる金額ではないのが現状。
ということをふまえて、募金活動が起こっています。
もし興味がある方がいらっしゃったら「ゆうりちゃんを救う会」のサイトへアクセスしてみてください。(※ボクはこの団体にまったく関わってませんので、募金後のお金の使われ方などに責任は持てません。募金される方はご自分の考えでお願いします)
ネットを長くやっているので、こういう活動を嫌う方がいるのもよく知っているし、偽善という声がネット上ですぐ上がることも経験済みです。募金詐欺の存在も知っているし、こういう活動をサイトに紹介しただけでバッシングされた人も知っています。
でも、昨今のソーシャルメディアの普及によって、少し状況が変わってきたのではないかという「希望」も持っています。
ソーシャルメディアによっていろんな人が横につながったことで、10年前には不可能だったことが可能になってきたのではないかということです。
実際、計算上は、ひとり100円の募金を100万人がすれば1億円が集まるわけで、ソーシャルメディアのつながりが密になるに従って、いままでは個人個人がバラバラに知り、バラバラに協力してきたことが、ある「つながり」を得て大きく達成することも可能になってきたのではないかという「希望」です。少額のチリツモが何かを達成できる可能性が増えてきたのではないかということです(オバマの選挙戦もそうだったように)。
まだ手軽にワンタッチで募金できるシステムが一般に整っていないので、ソーシャルメディアの「つながり」のチカラを活かしきれはしないと思うけど、草の根の「善意」がお互いを助け合う環境が少しずつ整ってきたのではないかと夢想しています。
善意がボトムアップで循環していく社会。
まぁその裏側には「衆愚」という怖さもあるのだけど、でも、ちょっとは夢見たいと思っています。
センチメンタルな神戸行き
2009年12月06日(日) 11:48:49
もう5年ほど癌と闘っている義父の容態があまりよろしくないので、日帰りで神戸にお見舞いに行ってきた。
妻も娘も東京に用事があるので一人で行ってきた。
まぁ妻はしょっちゅう手伝いに神戸に行っているのと、ボクはなかなか空いた日がなくて行けないので、予定がなかった昨日、急遽一人で行ってきたのである。ちょうどこの前亡くなった大森佳代子さん(この日のさなメモの最後の方に書いた方)にもお焼香したいので両方を兼ねて。 お見舞いとお焼香を兼ねるのは縁起が良くないという意見もあるが、こちらの気持ち次第だろう。
昼すぎに東京の家を出て、15時半すぎには芦屋の病院に着いていた。
昔、苦楽園・夙川・芦屋と14年間住んでいたので、何もかもが懐かしい。
あんなに元気だった義父が寝たきりに近くなって朦朧としている姿を見るのは辛いものがある。でも、ボクが入室したらちゃんとボクを認識して声を上げてくれた。義母といろんな話を1時間くらいしている間もたまに目を開けて何か話そうとしてくれる。ちゃんと聞こえているし意識もあるのだろうと思う。一緒に話したいのに話せないもどかしさがあるようだった。
1時間半くらいいて、「では」と帰る瞬間、義父の意識が急にハッキリし、右手を差し出してくれた。固く握手。これだけでも来て良かった。最近ではこういう反応も乏しくなっていたようで、義母もとても喜んでくれた。
病院を出て夙川に移動し、佳代子さんのお宅にお邪魔してお焼香。
仏壇横に「BEEFEATER」と「NOILLY PRAT」が置いてあり、それらで作ったマティーニがグラスに入っている。佳代子さんの好きな銘柄とカクテル。ゆっくりお祈りした。
佳代子さんのお葬式は、普通っぽくない、心のこもったオリジナルなお葬式で、とても感動的だったと聞く。なんとボクがここで書いた文章が読み上げられたらしい。BGMは「Don't Cry Out Loud」。なんだか申し訳なし。
ツイッターでたまたま(本当にたまたま)佳代子さんのご親族がボクをフォローしてくれていて、あの文章を読んでツイッターでメッセージを下さったりもした。まさか関西のかなり年上の主婦である叔母さんと東京のボクがつながっているとは想像もしなかった模様(そりゃそうだ)。「若い頃のさとなおさんを佳代子さんが励まし、今はさとなおさんの『明日の広告』で私が励まされ、不思議なご縁を感じます」と。順繰りだね。ボクも不思議なご縁を感じます。
お宅を辞して、関西勤務時代に数え切れないほど通ったバー「バーンズ」へ。
佳代子さんと出会ったのもココである。マスターと思い出話をしながら飲む。佳代子さんが遺したキープボトルを目の前に置いて飲む。年齢のせいか周りに癌の人がとても増えてきている。思うことは「死ぬまではちゃんと生きよう」ということ。佳代子さんは癌が見つかってたった2年で逝ってしまった。ボクだってあと何年生きていられることか。生きていられるシアワセをもっと享受し活用しないと。ヒトによく「生き急いでる」と言われるが、やっぱり生きてる間はちゃんと生きたい。惰眠も休憩も死んでからイヤというほど出来る。
20時半くらいの新幹線で東京へ。
東京を出る直前にメールで「夙川は雨です。天気予報は一日雨です」と教えてもらっていたので傘を持って行ったのだが、ボクが神戸に着いたときはもう雨は上がって快晴になっていた。反対にボクがいなくなった東京は西から天気が崩れて土砂降りに。 土砂降りなのかぁ、と覚悟しつつ東京に着いたのだが、着いた頃にはもう雨も上がり、雲も切れ始めていた…。
つまり一回も傘を使わなかったよ。
そう、これが晴れ男クオリティww
いままでの政権なら考えにくいこと
2009年12月04日(金) 9:08:29
あのですね、「ハトミミ.com」っていう「行政刷新会議が設置する窓口」は、例の提言の結果ではまったくありません。どうも「あれか」と思っている方がいらっしゃるようなので、それは否定しておきます。
ボクのした提言は「国民と政治の距離を近づける」という目的の、ちょっと視点が違うタイプのもので、なにしろ提言したのが日曜ですから、まだ本当に一歩目を踏み出そうとしているような状態。拙速は避けたいので、平田オリザさんとも話し合いながら、ちゃんとメンバーを揃えて、一歩ずつ確実に前に進めたいと考えています。
というか、「いちブロガー&専門家の意見を(ご飯の場とはいえ)一国の首相が数時間かけてサシで真剣に聞いてくれたこと」自体が、すでに大きな変化の一歩目ですね(ソーシャルメディアやコミュニケーションの変化をご説明&質疑応答するのに数時間はどうしてもかかる)。
そのうえ理解してくれて、「やろう」と言ってくれたことも希有なこと。
普通なら15分ほどチャチャチャと話を聞いて(首相が15分時間をくれること自体も希有だけど)、「いいお話ですね。担当者と話し合って下さい」とか「なるほど。みなさんのご意見も参考にしながら慎重に進めたいと思います」とか「ありがとうございます。前向きに検討したいと思います」となり、なんとなく立ち消えになるのがありえるパターン(自主提案というのは企業においてもそんな扱い。ましてや政府においておや)。
首相が一般人の自主提案を直接真摯に聞いてくれ、「実行に値する意見である」と判断したらそれが一介のブロガー(まぁ専門家でもありますが)の意見であろうがちゃんと取り上げ、その場で秘書官に対応を指示し、具体的に動き出す道筋までつけてくれたという過程自体がすでに相当画期的なのではないかと思っています。いままでの政権なら考えにくいこと。
このように、確実に変化は始まっています。
でも、調子に乗って急に大きく変えようとするといろいろな見逃しや不協和音が出てしまいます。特に「ソーシャルメディアの発達による、トップダウンからボトムアップへのコミュニケーションの変化」に政府が対応しようというのに、トップダウン的に大きな変化を即すことは矛盾をはらみますので、その辺、慎重に、一歩ずつ、ボトムアップ的に反響を受け取りながら前に進んだ方がいい、とボクは考えています。
ちなみに、ボクは「政治(政策)そのもの」には関与する気はありません。
ですので、これからご協力していくとしても「コミュニケーション分野に限る」と考えています。つまり、国民と政治のコミュニケーションを変革するお手伝いなら喜んでするけど、政治的な内容や発言に対しては基本的にノーコミットメントということ。ですので「○○という政策について首相にこうこう伝えてくれ」などの伝言も受け取れませんし、メールなどで意見やサジェスチョンを求められても答えられませんので、あしからず。ついでにしつこく言うと、民主寄りでも自民寄りでもありませんので、これまたあしからず。
というか、「仕事も本の〆切も差し迫っているこのクソ忙しい年末に、なんでボクがこんなことに巻き込まれてるんだっけ?」と、時々思わず遠い目になってしまう、というのが実際なので。
まぁ乗りかかった船だからニュートラルにお手伝いはしますが、個人でのお手伝いなので出来ることは限られてきます。しかも相手は政府。思いも寄らない障壁が待ち構えていそうです。ですので、あまり大きな期待はせず、「ほんの少しでも変わるならラッキー」「変わらないより変わった方がマシ」程度に考えて、もうちょっとお待ちいただけると幸いです。
なつき先輩!
2009年12月03日(木) 9:07:05
「情報って出せば入ってくる」というのが14年前にサイトを始めてからの変わらぬ実感だ。
たとえばおいしい店の情報を出し惜しみせず発信すると、その見返りのように次々と店情報が舞い込んでくる(それもボク好みっぽいのが)。本や映画や音楽や舞台の情報もそう。なんだかんだ発信していると、オススメ情報に限らず、献本や試写・試聴、貴重なお誘いなども舞い込んでくる(ボクが本を出版できたのもサイトがきっかけ)。もちろん今はアクセスが多いからというのもあるとは思う。でも、感じとしては、サイト始めて3年目くらいの、まだアクセスがそうでもなかった頃からそういう傾向になった。ここ数年は加速度ついている感じ。なんでも続けてみるものだなぁとよく思う。
で、人との出会いも、ボクの場合、サイトがきっかけになっているのがほとんどになった。
先日の鳩山首相との出会いも元はといえばサイトがきっかけだし(松井官房副長官と友人になったのもサイトがきっかけ)、岩田モリや森崎モリみたいな親しい人たちもサイトがきっかけ。対談ブログをやっている伊藤さんもそうだし、さなメモに書いていないいろんな方々もほとんどサイトがきっかけで知り合った。
昨晩もやはりサイトがきっかけで、貴重な出会いがあった。
「時をかける少女」や「サマーウォーズ」の細田守監督と一緒に飲んだのである。
彼がボクの「サマーウォーズ」の感想を読んでくれ、「おいしい店リスト」なども深く読んでくれ、その後ツイッターでフォローしてくれ(もちろんその時点でボクもフォローしている)、お互いにつぶやき合い、DMをやりとりし、共通の友人を介して「ご飯を食べよう!」ということになり……という展開。
8月にあの映画に感激したときには、まさか細田監督と知り合えるなんて想像もしなかったなぁ。
昭和の趣を残す小さな居酒屋で、共通の友人も介して4人での酒宴。
リアルで初めて会うときはたいていドキドキするが、今回も「合うかなぁ…」とドキドキ。でも、店の中で「いや〜はじめまして!」の握手をした19時から、「じゃ、またね!」と手を振った24時半まで、まったく話が尽きなかった。ずぅっと話し続け。もうホント話し続け。店のお客さんが全員帰り、店のオヤジさんが居眠りしだすくらいまでずっと話続け(笑)。実に楽しかった。
なんだかめちゃめちゃいろんな話をした。映画の話はもちろん、異様にうまかった食べ物の話や旅行の話、青春時代の話、いろんな本や人の話、イカリングがなぜ怖いかの話(笑)、ツイッターの話(同じコメントを居酒屋から同時に書き込んでみた)などなど、話は飛びまくり一貫性はまるでなかったが、ひたすら楽しかったなぁ。今朝起きたら喉がガラガラだった。
ちょっと驚いたのは、細田さんがめちゃくちゃCMにくわしかったこと。昔の名作とか異様によく知っているし、クリエイターの名前もとてもよく知っている。なんか、ファンタジーの中にリアリティを追求する彼の方法論や、大衆に膾炙することを良しとする彼の制作姿勢に通じる原点を見た思いだった。
ということで、ええと、写真は「自慢」です(笑)
というかですね、どこかのブログで、細田監督にサインをしてもらって「万助のDS」にしてもらったDSの写真を載せてた人がいて(万助は「サマーウォーズ」の登場人物。栄おばあちゃんの次男で、イカ釣り船を運び込んだ太ったオジサン。映画の中でDSを駆使してOZ内で闘う)、それが実にうらやましかったのです。で、監督に頼み込んで iPhone を「なつき先輩」にしてもらいました。リンゴを頭に乗せてるようで素敵でしょ。微妙に巨乳になっているところもお気に入り(笑) キングカズマにしてもらおうか迷ったんだけど、やっぱなつき先輩が可愛いや(ツイッターでは「オレだったら『時をかける少女』の紺野真琴にしてもらう」という意見がいくつかあったけど)
細田監督、そしてご一緒してくれた方々、どうもありがとうございました。
今度は「戦艦ポチョムキン」系の鮨屋で!(謎)
うちのわんこ
2009年12月02日(水) 8:39:10
2002年生まれの7歳であるうちの犬(→写真集)。
誕生日が9月11日ということもあり、あやうく「テロリン」とか「チョムさん」(←ノーム・チョムスキーから)とか名付けられそうになったオスのトイプードルなのだが(名前はシンプルに「トイ」←シンプルすぎ)、この子のクセについて最近疑問が生じてきた。
クセというか、体質かな。ウンチの話。
この犬、まず、散歩時にウンコを4〜5回に分けてするのである。
中高校時代に柴犬(黒色。名前はゴロー。名作本「あぁ五郎」から取った ←この本ご存知の方いますか?)を飼ったことがあるが、彼はウンチを1回で済ませていた記憶がある。んー、犬ってこんなに何回もウンチするっけ?
また、歩きながらウンチをする。
ウンチの体勢のまま、トコ、トコ、とゆっくり前進し、そのあたりを一周し(半径2m程度)、ポトッ、ポトッと落としていく。他に歩きながらしてる犬なんか見たことない。どうなの? これ。
そして、壁や電柱にウンチをなすりつけようとする。
放っておくと、オシッコを電柱にかけるのと同じような感じで、ウンチも壁や電柱になすりつけようと努力する。ウンチし始めにカラダをググッとねじ曲げて肛門を壁とかにつけようとする(歩くのはその後)。だから「し始め」にはいつも神経を尖らせていて、ウンチしそうになると綱をグッと引っ張って壁などから遠ざけないと壁とかを汚す(お尻も汚れる)。こんな犬もあんまり見たことないなぁ…。
まぁもう矯正のしようもないし、生理現象のクセなので仕方ないとしても、毎日毎日の散歩の中、ふと気になったので、犬好きさんたちにお聞きしてみた次第。どうなの? これ。
スタートラインには立てたんじゃないかな
2009年11月30日(月) 9:03:58
昨晩、鳩山首相と二度目のご飯をした。ご飯に至った経緯と趣旨は昨日のブログにくわしく書いたのでそちらを。
場所は浅草の小さな中国料理店「龍圓」。前回ご飯にどこに行こうか迷ったときの候補のひとつ。
直前の会議が長引いたということで少し遅れて食事が始まった。メンバーは鳩山首相と友人の松井官房副長官、そして秘書官たち。あと平田オリザさんとボクである。ビールで乾杯したあと、すぐに紹興酒(この店のは生酒でとてもうまい)。いろいろな話をしているうちにツイッターの話に。
ツイッターがなぜ荒れにくいかの話になったので、前回の鳩山さんとの会食のときにいただいた返信(@やRT)のプリントアウトをお見せした。数千に渡る返信のうち、ネガなコメントはほんの十数個。これは2ちゃんなどではありえないこと。そんな話から今回の提言に移っていった。
提言というのは、昨日も書いたが、国民と政治の距離を近くするためのソーシャルメディアの活用について、である。
ブログ、ユーチューブ、SNS、ツイッターなどのソーシャルメディアを活用して、いかに国民とコミュニケーションをとっていくべきか。その延長線上に政治不信や政治への無気力感などの払拭の可能性があるのではないか。そんな話をさせていただいた。
忙しい首相の時間をいただいたので、単なる飲み会だった前回とは異なり、昨日はかなりちゃんと準備をしていった。企画書にして25枚、別添資料50枚超。食事の席なのでカジュアルな形ではあるが、きちんとお伝えできたと思う。特にここ10年の生活者(特に20代30代40代)の変化やネットの普及による「トップダウンからボトムアップへの変化」「to People から with People への変化」を丁寧に。ここが今回特にお伝えしたかったところ。
前回も感じたが、鳩山首相はヒトの話をちゃんと聞いてくれる。途中でさえぎらないし、わかったふりもしない。イライラもしない。うんうんと頷きながら最後までゆっくり聞いてくれる(意外とこういうトップは少ない)。なのでこちらも緊張せずにゆっくりイイタイコトを伝えられた。
で、静かに聞いてくれていた鳩山さんが、こちらが話し終わった途端、「やろう。やる」と。
この瞬間は本当にうれしかった。特に「国民から政治家への距離が遠い」「国民の声が届きにくい」「政治家の活動が見えにくい」「政治家の生身が感じにくい」ということが気になったようで、それらの改善のためにソーシャルメディアを活用することに本腰入れて取り組んでいこう、という話になった。
ソーシャルメディアの概念って、首相の年代(60代)の方には意外とわかりにくいものである。でも、理系なせいなのか、本当に理解が早く、要点もちゃんと掴んでくれた。特にツイッターって説明も難しければ理解も難しいサービスなのだけど、辛抱強く質問を重ね、「あー、そういうことですか」と理解してくれた(たぶん)。
じゃあどうやるか、の実際論に移ると、そこは議論百出。
まず、鳩山内閣メールマガジンの引用中心である現在の首相官邸ブログは、申し訳ないけどキッパリ否定させていただいた。ブログというのは政策の発表の場ではなく、もっと生身の鳩山首相本人が見えてこないと意味がない。政策についてはメルマガとメルマガ引用サイト(そしてそこへのリンク)があれば充分である。ツイッターの活用についても様々な意見が出た。最終的には首相の感性に頼る部分が大きくなるが、「トップダウンからボトムアップへの変化」の理解の下に話が進んだので、大きく使い方を間違える可能性は低いと思う(少なくとも昨日の感じでは)。
まぁボクも仕事での長い経験上、企業のトップやキーマンが「やろう」と言って実際にはやらなかった(できなかった)結末をたくさん知ってはいる。事情は刻々変わるし、思わぬところから反対が出たりもする。そんなに簡単に行くものでもない。だから言葉通りに受け取って「政治のコミュニケーションが変わる」とは言い切れないが、少なくとも「変わり始める第一歩」は踏み出せそうである。これだけでも大きな変化だ。
たぶん、今後、一個人として(一ブロガー & 一専門家として)いろいろご協力していくとは思うが、それは別に「鳩山首相のイメージをよくする」ためにやるのではない。そこだけはハッキリさせておきたいと思うし、鳩山さんの前でもハッキリそう言った。そうではなくて、政治全体と国民との距離を少しでも近づけたいだけである。その一助になるのであれば、(仕事とか〆切とかいろいろあるけど)ちゃんとご協力させていただこうと思う。いままで政治家の存在が遠すぎた。それを近づけることは悪いことでは決してない。
ご一緒した「龍圓」は小さな街場の中国料理店だが、本当においしい。2階を貸し切らせていただいた。
申し訳なかったのは、真剣な議論の場になってしまったために、テーブルはペーパーで溢れ、料理を楽しむ雰囲気から程遠くなってしまったこと。でも栖原シェフ渾身の料理群、大好評でした。ありがとうございました。
ドバイショックや沖縄問題など、問題山積の中で首相の時間をいただいたのは申し訳なかったが、当日決まった前回とは違い、前から決まっていた会食だったのでそこはお許しを。
ただ、かなり有意義な夜だったことは確か。官邸からの情報発信を含めて、国民と政治の距離が近くなるスタートラインには立てたんじゃないかな。つうか、なぜボクがこんなことに巻き込まれているのかという根本的な疑問もあるのだけど、乗りかかった船なので、これから年末年始にかけて、いろいろご協力してみたいと思う。スピードも大事だが拙速にもしたくない。焦らず一歩ずつ確実に。今日よりマシな明日にするお手伝いをしていきたい。
あ、結局どんな格好で行ったかというと、デニムに黒のタートルネックで行きました。ジョブズを意識したわけではないけれど、プレゼン上手な彼にあやかってはいます(笑)
また鳩山首相とご飯することになった
2009年11月29日(日) 14:44:59
また鳩山首相とご飯することになった。今晩これからご一緒する。
前回、鳩山さんと会食したとき、「これからもネットのこととかブログのこととかツイッターのこととか定期的に教えてください」と言われていたので、その一環だと思う。
もう5年以上友人として親しくつきあっている松井孝治官房副長官(同年代)には、会食以降、求められるままにいろいろ意見を言わせてもらってきた。政策のあれこれについてではなく、「政治と国民とのコミュニケーションのあり方」についての意見である。コミュニケーション・デザインはボクの専門分野であり、ネットについても1995年から長く個人サイトをやってきているので(ブログ形態としては2001年から毎日更新)、政府広報のあり方や首相のネット利用についてはいろいろ意見がある。その辺のことを「友人として」率直に伝えてきた。
で、それが間接的に鳩山さんに伝わり、「じゃぁまたご飯でも食べながら」となったようである。
貴重な機会だから、ブログやユーチューブやツイッターなどの「ソーシャル・メディア」の普及による「to People から with Peopleへ」の変化(平たく言うとトップダウンからボトムアップへの変化)をくわしく説明し、ネットによって可能になることをしっかり訴えたいと思う。
ネットによって可能になることと言っても、別にネット選挙のこととかネット選挙活動解禁のことではない(それらも関連してくるのだが、今回の主題はそれではない)。
ネットには、フラットでオープンであるという以外に、人と人との物理的距離をなくし、生身の人間の体温を直接相手に伝えることができるという特性がある。
これらの特性をポジティブに活用することで、たとえば「政治と国民の距離を近づける」「政治家はモンスターではなく、切れば血が出る普通の人間であることを国民に伝える」「政治家の本音や考えを(マスコミのフィルターを通さずに)国民に直接届ける」「従来不透明だった政治過程を限りなく透明にする」などのことが可能になる。このことについて、専門家の視点から、そしていちブロガーの視点から、ご説明したいと思う。
ソーシャル・メディアを有効に活用することで、いままで遠かった政治家と国民の距離が近くなり、届きにくかった国民の気持ちが政治家に直接伝わり、わかりにくかった政治家の想いや活動が等身大で国民に伝わる可能性が広がりはじめる。
このことによって、「国民の政治不信」「政治への無気力感」「政治家へのそこはかとない嫌悪」「魑魅魍魎が跋扈していそうな永田町イメージ」なども、少しずつ改善されてくるのではないかとボクは思っている。というか、いままで政治家の存在が遠すぎた。それを近づけることは悪いことでは決してない。
ここ1年、政治家数人と飲む機会が何度かあった。
少なくとも「若手」と言われている政治家たちは、普通の感性を持った謙虚で真摯な人たちであった。違いは他の人より「志」を強く持っているというところだけ。特に民主党の人たちはずっと野党だったこともあり、利権や既得権益に(まだ)まみれていない。一緒に飲みに行くのも毎回安い居酒屋である(別にマスコミが取材に来るわけではないから庶民派パフォーマンスではない)。そんな彼らの生身の姿がネットの活用で国民から見えやすくなることは(その政策の良し悪しは別にして)国民の政治家イメージを劇的に変えると思うし、政治不信の払拭なども含めて、一国の政治のありようを根本的に変える可能性を広げると思う。
その先頭を首相自ら走ってもらいたい、というのが今回の「伝えたいこと」かな。
首相には緊急にやらないといけない案件が他にもたくさんあるのはもちろん知っている。
が、この「変革」もそのうちのひとつであるとボクは思う。政治と国民の距離を縮めることによって変わることはたくさんある。「国家予算の査定をすべて国民に公開するというのは世界初で、ほとんど革命的な出来事(by 池田信夫blog)」と言われる「事業仕分け」と同じくらい意味あることであると(コミュ二ケーション分野を専門とする)ボクは思う。
ボクは政治信条的に民主党寄りというわけではない。かといって自民党寄りでもない。無理矢理言うなら「世の中が少しでもよくなるならなんでもいい党」。小泉改革も支持したし(あのままちゃんと継承・実行できていれば…)、今回の鳩山変革も支持している。両者への期待として共通しているのは「昭和の政治には一定の評価はするが、いろいろな意味でこれからはもう通用しない。だから改革・変革が必要であり、それを支持する」ということ。
もちろんなんでも変革すればいいというものではないが、世界的な大きな変化のうねりの中、官僚主導に象徴されるような「昭和のやり方」を営々と続けるだけでは対応できないのは自明のこと。古くて優れたものもたくさんあるが、壊して新しくしないと成り立たない分野も多い。コミュニケーション分野はその最たるものだ。拙著「明日の広告」でも書いたが、ここ10年の生活者のコミュニケーションの変化は激烈なものがある。それに対応するお手伝いが出来るのであれば、民主・自民関係なく、フラットに協力してみたいと思っている。
ちなみに、広告会社社員であるボクが首相と会ったりするとわけわからない邪推(しかも自信たっぷり)をする人たちが必ず出てくるのでしつこく言うが、会社の仕事絡みではない。個人として、友人(松井さん)とのつきあいの延長線上にたまたま首相がいただけの話。民主党が政権を取って松井さんが官房副長官にならなかったら、首相に会えるなんてことは絶対おこらなかった。
というか、広告会社の仕事としてであれば、「日本という組織のトップ」である首相と打ち合わせするなんてことはありえませんから。広報担当者と打ち合わせるのがせいぜいである。その辺、常識的に考えていただきたいと思う。
ということで、とりあえず行ってきます(早めに着いて話すことの予習をする!)。
今回の同席者は平田オリザさん(と、もちろん松井さん)。オリザさんは劇作家であるが、阪大でコミュニケーション・デザインを教えており、政治と国民のコミュニケーションについてよく松井さんと3人で話している仲である。
上記のようなことをいろいろ具体的に提言してこようとは思ってるけど、とはいえ政治の世界、提言がそのまま受け入れられるわけはないだろうし、いろんな事情や障壁もあると思う。変わるとしても少しずつかもしれない。でも焦りは禁物。少しずつ。今日よりマシな明日になればよろし。
ちなみに今回はわりと真面目な会になるので、「ツイッター実況」する余裕はないと思う。会食の始まりと終わりにはつぶやくかもしれないけど。
ただ、前回のツイッター実況時にいただいた膨大な返信(@やRT)はプリントアウトして首相に渡すし(その場で読んでいただく予定)、みなさんからいただいた意見もいろいろ伝えるつもり。
ではちょいと行ってきます。
ええと、デニムでは失礼かな。でもまぁ前回もデニムだったからまぁいいか。休日だし。
今月の運勢
2009年11月27日(金) 20:43:29
ほとんど占いとか信じないタイプなのだけど、唯一信用している占い師がいて(とても納得できる鑑定結果が出ることが多い)、定期的にメールで鑑定してもらっている。四柱推命なのでメールでも鑑定できるのである。まぁ占いも使いようで、当たる当たらないを騒ぐより、一寸先は闇の足元をかすかに照らすよすがにするが吉。調子いいときは読まないが、少し悩むと参考にする。そんな使い方。
で、今月はいろいろ悩んでいて、占い師がくれた「今月の運勢」をよく参照するのだが、これがまたとても参考になるのである(笑)
- 足りないものできないことを重箱の隅をつついて数え、弱音、愚痴が増えがち
- 情緒不安定気味。今月の怒りと後悔は、するだけ更なる損を招く
- 人間関係に緊張感とトラブルの暗示あり。しかし誠意ある言動で必ず終わり良し
- 一日の終わりに「よかったこと探し/いいとこ探し」をすると吉
- アイデア、表現力ともに冴え渡るが言葉に毒を含めないよう注意
- 交流活発。よい人と出会いあり
- 運動は特に精神面に良い効果大
あー。まさにこんな感じなんだよなぁ。
最近はわりと情緒不安定で疲れてるし、弱音や愚痴も出ている。人間関係のトラブルもあるし、わりと言葉に毒が入る(サド系)。でもよい人との出会いも多かったりする。
今日も今日とて、今月の縮図のようにいろいろあった。
でも、「運動は特に精神面に良い効果大」らしいので、無理矢理ジムに行って汗をかいたらスッキリしたよ。あとは「よかったこと探し」しながら早寝しよう。ちょっと早いけどおやすみなさい。
デジタル・ネイティブ2G
2009年11月26日(木) 8:32:06
少し前のツイッターで suzukinao さんという方が以下のようなことをつぶやいていて、共感してRT(引用してコメントする)をした。反響が大きかった。
娘(5歳):パパ、テレビ止めて!もう一回観たい! 俺:YouTubeじゃないから止められないの 娘:なんで?…じゃ、ねこちゃんが観たい! 俺:テレビは検索できないの 娘:意味わかんない! …みなさま、これが本当のデジタルネイティブです意味わかんない!(笑)
でも、なるほどテレビという映像配信形態に馴れてしまって疑問を持たない世代にはない発想かもしれない。というか、テレビが衰退するのも復活するのも、意外とデジタル・ネイティブが肌感覚として感じているこういう「不便さ」にキーポイントがあるのかもしれないな。不便は発明の母。ヒントがたくさん転がってるね。
デジタル・ネイティブとは、生まれたときから生活にデジタルがある人々のこと。
いまの大学1年生あたりが生まれたとき(1991年)にはもうNTT(まだ DoCoMo ですらない)の「ムーバ」という実質的な携帯第一号機があり、いまの高校1年生や2年生あたりは生まれたころ(1993〜4年あたり)にはもうモザイクやネットスケープ1.0があった。Yahoo! が出来たのが1995年だから(グーグルは1998年創業)、そのちょっと前くらいがデジタル・ネイティブの先頭走者。
この辺の世代が社会人として世の中に出てくるまでにあと4〜7年。消費者(ユーザー)の購買行動は、店頭での検索が空気みたいに当然のものとなり、ソーシャルメディアの経由が当たり前になるという意味で激変すると思うのだが、まぁそれはおいといて、第二世代のデジタル・ネイティブはまさに上記引用の世代だろう。物心ついたときには YouTube が普及しており、mixi や Facebook や Flickr や Twitter や iPhone が普通にあり、クラウドすら当たり前に利用できる環境をすでに手に入れている。しかもほとんどが「タダ」である。これらが「生まれながらに当然」な人生って…。
まぁ「それがシアワセかどうか」は難しい。
というか、アナログの爛熟期もデジタルの創生期・普及期も両方知っているボクたち世代が実は一番シアワセな気もするのだが(両方の美味しいところを選んで味わえるという意味で)、とはいえ、デジタル・ネイティブ2G(セカンド・ジェネレーション:第二世代)な彼らが社会に出てきたとき、我々は一気に年老いる。物理的にではなく、社会的に。
鉛筆と物差しで表を作り、消しゴムを大量に消費して文章を書き、机の上には黒電話があり、ファクスが先端機器だった新入社員時代を過ごした我々世代に比べて、発想も理解もやり方も消費も娯楽も大きく大きく変わってくるのがデジタル・ネイティブ2G。彼らが社会に出てくるころ、ボクたち「境目世代」はサポートに回らざるを得ないと思う。いまから準備しておかないと(せめて様々なITサービスに追いついておかないと)、真の意味で「社会のお荷物」になってしまうぞ。
うちの娘は中3で、ボクがサイトを始めた1995年に生まれたデジタル・ネイティブ第一世代。
ツイッターで同級生とグチをつぶやきあいながら勉強をし、休憩するときはリビングで YouTube を見て、Gmail でポルトガルやロンドンの友人とメールしあっている。Evernote などのクラウドも使い出すのも時間の問題だ。
さいわい父親であるボクが彼女よりもそれらを酷使しているので、まだ「教え諭す立場」を守れているし、普通にソーシャルメディア経由でコミュニケーションが取れるが、いまソーシャルメディアやらクラウドやらに乗り遅れている父母世代の方々はかなりヤバイと思う。デジタル・ネイティブ2Gあたりが相手になると、もうコミュニケーションすら取りにくくなってしまうかもしれない。
携帯メールを使えないおじいさんやファクスを使えないおばあさんをちょっと上から目線で「しょうがないなぁ」と思って今は見ているかもしれないけど、十数年後は確実にあっち側。まだ差がついてないうちに、そしてデジタル・ネイティブ2Gがガキンチョであるうちに、追いついて使いこなしておいた方がいいと思うデスよ。
新人くん
2009年11月20日(金) 9:28:49
「宣伝会議」という広告系の学校で年に数回教えているのだが、今年の春の講座で、教え終わった後、緊張してボクの元に来た受講生がいた。30歳くらいの男性。
質問かと思って顔を向けたら、なにやら分厚い手紙を渡された。後で読んでください、と。手が震えている。なんだろう? ちょっと気になったが、次の仕事が控えていたのですぐ帰った。バタバタしていて翌日の夜までその手紙のことは忘れていた。
あ、そういえば、と思って手紙の封を切ったら、そこには「佐藤の下でコミュニケーション・デザインをやりたい」という熱い想いが書かれていた。ボクの本「明日の広告」の中でラブレターの話を書いているので、それを模したのかもしれない。汚い字ではあるが、気持ちはよく伝わってきた。でもヒトの人生を気軽に背負うわけにはいかない。メアドが書いてあったので丁重にお断りした。お断りというか、もっと慎重に考えろというサジェスチョンかな。彼はある会社の正社員で、そこを辞めてでも来たいと言うのだが、そりゃ無理だ。実績のある人の中途入社はありえても、まだ何も実績もなく、ただ「やりたい!」というだけの人を採ることはありえない(というか、ボクは人事担当者でもない)。いまいる会社でその想いをぶつけられる仕事を作り出す方がずっといい。
彼は引き下がらなかった。
やりたい!とか働きたい!と訴える人はわりと多い。でも一度お断りしたり、厳しい就職状況を説明したり、生半可ではない仕事内容を教えるとたいてい引き下がる。でも引き下がらない。何度もメールが来た。こちらも「考え直せ」一辺倒。というか、コミュニケーション・デザインって総合力みたいなところがあるので、もろもろ無経験に近い人には難しいのである。それにさ、正社員は無理だよ。しかもこの不況下、正社員という安定を捨てるのは相当危ういと思うよ。そのうえボクは一度しか会ってないキミの人生にまったく責任もてないよ。
でも彼は引き下がらなかった。
どんな不安定な立場になってもよいと言う。いままでの人生でようやくやりたいことが見つかったのだと言う。
うーん…、これはある種の「才能」かも。熱意という名の「才能」。引き下がらないという名の才能。賭けるという名の才能。
まぁその後何度か会ったりして、いろんな経緯や絶妙なタイミングがあったりして、結局、彼はいま、ボクの下にいる。
まことに頼りないヤツなのだが(微笑)、こうなったら数年で独立できるようになるくらいには経験を積ませるつもりである。経験値が増えても使える人間になれるかわからないのがこの分野(変化が激しすぎて成功体験がすぐ通用しなくなるから)。経験を積んだ後、どのように化けるのかは彼次第である。が、まぁ経験だけは積ませる。そのうち企画なども鍛える。半人前にまではなんとかする(一人前じゃないのかよ)
学校でもなく、学習の場でもなく、大切なクライアントをいっぱい抱えて、この不況下の虎の子のお金を預かっている「プロのチーム」である。足手まといになったらすぐ放り出すから。
でも、がんばってください。
原稿はいつ書いているか
2009年11月18日(水) 8:08:29
毎月第3水曜日に連載されるはずだった読売新聞のコラムですが、構成が少しかわり、いろんな特集記事にも押されて(森繁特集とか)、一時的に不規則になっているようです。次回は12月8日らしい。そう、本当は今日掲載だったのですが(そう思って入稿済み)一気に3週間延びてしまいました。ですので今日の朝刊には載ってません。すいません。つまり新しい顔写真が掲載されるのも3週間延びます(笑)
原稿はいつ書くんですか、と、よく質問されるので書いときますね。
一応、本業も忙しくしてるので(ついでに書くと、最近「え、広告の現場もやってるんですか? もう講演とかが本業かと思ってました」と数回言われてビックリ。普通に現場やってます。というかそーとー忙しくしてます)、平日の昼間は打ち合わせや企画などでパンパン。原稿書くヒマはありません。
平日の夜はというと、昔は残業王のように残業してましたが(月200時間前後してた)、もう「夜は仕事しないで消える」と決め、周りにもそう宣言しているので、ほとんど帰れます。周りの人もボクとの会議は夜にはいれません(あの人はそういう人、と認識された模様)。よっぽどのときは夜も働くけど、基本的に仕事は昼間にすべて終わるように仕組みます(これはある程度の年齢になってプロジェクトのリーダーになると仕組みやすくなります。若いうちは年長者とかの予定に合わせないといけないので難しいかも)。
会食(外食)はほぼ毎日(平日)。どうしてもお酒が入るので、帰ってからの原稿書きは無理ですね。というか酔って帰ってきて仕事の残りをやることも多いので原稿まで手が回りません。外食しない日は、あっても週に1日程度。家ではお酒を飲まないので、そういうときは原稿を書くこともあるけど、疲れちゃって早寝することも多いかな。
ということで、残るのは土日と朝。これはフル回転してます。
土日は予定を極力いれず、ずっと Mac に向かいます(Mac はリビングの隅にあるので、家族とコミュニケーションしながら書ける)。だからゴルフみたいに1日つぶれるスポーツなどはありえません。海に誘われたりホームパーティに誘われたりしても涙をのみます。昔は釣りをしたりテニスをしたりしてたんだけど、もうまったくしなくなりました(やりてぇ…)。
Mac に向かえばすぐ書ける、というわけではなく、エンジンがかかるまで(ひどいときで)10時間以上かかったりするんですね。でもその間はずっと Mac 前で粘ります。本業が忙しいと頭がうまく切り替わらず、エンジンかかるまで(書き始められるまで)に1日以上かかったりします。つまり土曜は書けず、日曜になってようやくチョボチョボと書けるようになってくる感じ。だから、いい感じにエンジンがかかってバシバシ書いてるころにはもう日曜夜ということもしばしばです。月曜からは本業なので、そのエンジンもそこで停止というモッタイナイことに。毎週そんな繰り返し。
その点、「明日の広告」みたいな本業の本は、頭や気分を本業から切り替えなくて済んだので逆に楽だったかも。今回みたいな「旅と食の本」なんかだと、旅のうきうき気分にならないと書けないので、文章のノリが出てくるまで相当かかる感じですね。エッセイ程度でこうなんだから、本業を別に持っている小説家なんか、頭を切り替えるのにもっと苦労してるんだろうなぁ。
朝は4時台〜5時すぎには起きることが多いので(目覚まし時計いらずで目が覚める)、出社までは Mac 前でいろいろ書いてます。メールとかさなメモとか原稿とか。ただ、原稿の場合は、土日と同じようにエンジンかかるの遅いので、本文を書くというよりは土日に書いたものの推敲や読み直しが多いかも。
土日と朝。これで間に合わなくなってくると、必然的に外食を減らすことになります。
だから、間に合わないのが目に見えている12月は外食の予定を極力いれてません。もう半分ほどの夜は会食で埋まっちゃったけど、あとは入れない覚悟。ボクを誘わないで!(泣)
というか、やりたいこと、書きたいことが多いので、そろそろ酒をやめる方向かなぁ…。
急にやめるのが(いろんなつきあい上)無理であるのなら、飲む(外食する)のは週2回とか決めて、あとは仕事や原稿にかけようかと考えてるところ。何かを得るためには何かを捨てないといけないし…。最近は急に人脈が広がったので会食がべらぼうに多いんだけど(そして人生においてそういう時期なのだとも思うけど)、ちょっと減らす方向で検討しているところです。
3.3日で1章
2009年11月13日(金) 9:29:51
来年の3月に文藝春秋から出す予定の単行本(雑誌「クレア・トラベラー」で連載していたコラム「二泊三日のうまうま旅」の単行本化)は、12月いっぱいが原稿の〆切となる。つまり、出版社が休みに入る前の12月の25日くらいまでに入稿しないといけない。
なんとなく「まぁ11月12月と、あと2ヶ月あるしぃ」と考えると安心するのだが、12/25までと考えると、実はあと1ヶ月と10日ほどで書き上げないといけないのである。まぁでもこう書いてもまだ「1ヶ月以上あるじゃん?」って感じなのだが、日数で書けば実はたった40日しかない。12章分仕上げるとなると3.3日に1章あげないと間に合わない計算となる。3.3日で1章! 仕事の嵐をかいくぐって3.3日で1章! あぁこうやって具体的に書くと短いなぁ。
一度連載したものなので元原稿は完成している。でも大幅に加筆修正しないと本にならないので、その作業がわりと大変。文章の流れやリズムを取り直すので基本的に白紙から全部書き直しになる(内容は決まってはいるけど)。問題はこれから年末に向けて仕事もそこそこ嵐になること。忘年会は断る主義だが、それでもどうしても断れない会食なども多くなる季節である。講演や他の原稿もあるし、年賀状問題もある。うーん、意外とヤバイかも。
というか、実は夏からずっと編集の方には催促されていたのである。ずぅぅぅっとサボってきたのはボクだ。〆切が近づかないと何も書けないのもボクだ。原稿には目をつぶって目の前の会食や遊びの方を選んできたのもボクだ。あーヤバイなぁ。そろそろターボエンジンのスイッチ入れないとなぁ…。
とりあえず今週末は思いっきりターボ入れて土日で3章は仕上げてしまうつもり!
広告系の講義がひとつあってその予習があるのが問題なんだけど、もうそういう「言い訳」を言っている余裕がなくなった。月曜の朝に「3章書いた!」と、このさなメモで発表できるよう、がんばる。←ブログというのはこういう「背水の陣」に使うととても効きます。
平安時代なら300000歳?
2009年11月12日(木) 7:51:21
昨日ツイッターで知った傑作動画「バーレーンの実況が日本語にしか聞こえない件」(本当はニコ動が出典元なんだけどYouTubeの方にリンク)。RT(Retweet:引用してつぶやく)したらまた多くの人に異様にウケたのでさなメモにも載せよう。眠い目を覚ますのにどうぞ。
昨晩、家に帰る前にジムに寄ったら、ジムのインストラクターに「佐藤さん、ブログやってるそうですね」と言われた。「は?」と、ごまかしていたら、「佐藤さんが書いたのを見て来られた方がいます。私も読みましたよ」と。「へ?」……この記事を見て辿り着けたのかぁ…。しかもその方、近くに住んでいるわけではなく、かなり遠いところから通って来ているみたい。うーむ、まいりました。ジムでは独りが好きなので少し複雑な気分ではあるけど(笑)
あぁそういえば、讀売新聞のコラムの〆切が近いのにまだ新しい顔写真撮っていない! このままだと前回の写真が載ってしまう(笑)。というかコラム自体も書いていない。月イチ連載だから楽勝と思っていたけど、最近すぐ一ヶ月経つからなぁ。もう〆切かぁ…。あっという間に歳をとるなぁ。
あっという間に歳をとるけど、でも、現代に生きる我々はかなり濃密な時間を過ごしているよね。
先週だったか先輩と話していたんだけど、「オレたちの人生って、情報量で換算したら、平安時代の農民の1000倍くらいは生きてるよなぁ」「いや、1000倍では済まないかもですね」「うん、10000倍くらいかもなぁ」「情報量とか経験量で換算すると、現代人の寿命って300000歳くらいかもしれませんね。平安時代の農民で言えば」…(←彼らの平均寿命を30歳として、その10000倍)
もちろん幸福量とかで計ったらまた違うのだろうけど、身の回りを流れている情報量、メディアを通した疑似体験も含めた経験量などを物理的に積み重ねて時間に換算したら、過去の時代の人よりかなり長く生きている計算になる気がする。平安時代の農民って、情報量的にはかなーり少なく狭い世界に生きていたからね(たぶん)。こう見てくると時間って平等ではなく、濃さによって長くなったり短くなったりする。現代においても、同じ年齢なのに長く生きてる人と短く生きてる人がいるかも。ボクは……実年齢は48歳だけど、経験量年齢(?)は100歳近いかもしれない(何でもやりたがりだから)。
よく人に「生き急いでますね」とか「そんな生活してると早く死にますよ。濃く短い人生がお望みですか?」とか忠告されることがあるけど、「実はもうすでに長生き」という考え方にするとわりとスッキリする。経験量年齢なら、だけど。平安や室町や江戸時代の人と比べて、だけど。それがシアワセなのかどうかは置いといて。
痛風じゃなかった!
2009年11月10日(火) 9:09:36
おとといの日曜日。起きたら立てなかった。
右足の中指の付け根が痛み、床に足を付けられない。なんだよコレ。触らなければ痛くないが、押したり体重かけたりしたらものすごく痛い。つまり立てない。中指を曲げても痛い。いたたたた。こりゃ痛い。
何かにぶつけたかな。前日はたしかに酔っぱらったけど、記憶が飛ぶほどは飲んでいない。中指の付け根なんかぶつけてないはず。だったら何だ? んー、それにしても痛いぞ。歩けないよう。
なんとかひょこひょこ歩いてリビングに行き、午前中は様子を見た。
痛みがとれないので、昼くらいにツイッターになにげなく「足の中指の付け根に打撲のような痛み。二日前からうまく歩けない。指を曲げても痛い」と書き込んだ。そしたら、あっという間にコメントの嵐が。 多くの人が「そ、それは痛風では!」と書き込んでくる。えっ! 痛風 !? ウソ! これが痛風なの?
ボクの痛風のイメージはこれだ。ここで書いた戸田さんのような地獄の痛みを痛風と呼ぶのである。それに対してボクの痛みは「放っておけば無痛」であり「押したら異様に痛い」だけ。しかも典型的痛風症状である親指の痛みがない。んー、違うんじゃないのー? でも、次々と「痛風はいろんな症状があります」「それはまさに痛風です。私もそんなでした」「お大事に」(←もう決めつけてる)みたいなコメントが届く。うぅ。ホントかよ。参ったな。
まぁボクなんかが痛風になったら「そらみたことか!」と大笑いされるだろうことは想像がつく。サイトから想像できるよりは意外と節制しているのだが、まぁでもいろいろ好き勝手言われるであろう。そんな事態はイヤである。でも考えてみたら祖父が痛風持ちだったので遺伝要因はあるな。ビールはほとんど飲まないが、プリン体が多いと言われるイワシとか干物とか干し椎茸とか大好きである(ついでに魚卵とかレバーとかも)。んー、ありえるかも。ついに、ついに来たのか…。
というわけで、わりと暗い日曜日になったですね。
夕方からお客さんが来たので(痛風の恐れがあるくせに)ワイン飲んだんだけど、どっかで酔いきれない。足は相変わらず痛むし、何より心配だ。ただ、陽転思考で「痛みが少ない痛風でラッキー。これは『そろそろ気をつけろ』という天のサインだから、ちゃんと聞きさえすれば、大難を中難に、中難を小難に、小難を無難にできるはず」という考えに寝る前には至った。まぁ仕方あんめえ、痛風程度で済んでラッキー、とりあえず痛風とつき合おう、みたいな。
で、翌日は月曜日(昨日)。
起きたら多少痛みが治まっていたし、陽転思考としては「今日から生活を立て直そう!」って気になっていたので、健康的に朝ランしにいくかとか思ったけど、少し走るマネをしてみたら痛みが戻ってきてしまった。いたたたた。午前中はお台場で仕事だったのでビッコひきひき直行し(超ゆっくりしか歩けない。つらい)、昼に会社に帰れたのでヨチヨチと医務室へ。もう自分的には「痛風」と思い込んでいるので、問診表にも「痛風」と書き、順番を待った。
で、診察室。
一通りボクの説明や経緯を聞いた医師が、こちらが身構える間もなくひと言告げた。
「痛風じゃないと思いますよ」
「……え!」
「もしかして走ってる? あぁ1ヶ月前から。なるほど、初心者ね。ええ、これは『足底炎』ですね。そくていえん。いや、東京マラソン前とか多くてねー。普段走り馴れない人が走るとなるんですよねー。シューズとかちゃんとしたの使ってます? あぁ…ちゃんとしたの買わないと。まぁ(3ヶ月前の人間ドッグの数値を見ながら)この程度の尿酸値だと痛風にならないし、痛みの質も違うと思いますよ。とりあえず血液検査はやっときましょうかね」と医師。
そう、なの、か。
確かにランニング(もどき)を始めたのは1ヶ月前くらい。歩くのと変わらない程度のスピードでのジョグだからと油断して、普通のスニーカーで走ったりしていた。道も固いアスファルト。最近はすこし速度を上げていたところ。初心者がそうやって調子に乗って走って足底炎になることがとっても多いとのこと。
なーーーーんだ、痛風じゃないのか!
まぁ血液検査の結果待ちではあるが、3ヶ月前の尿酸値から考えてたぶん大丈夫。
というか、だんだん思い出されてきたが、3日前の土曜日に足裏に違和感があったっけ。なんか引きつるし、血行が悪いようなだるさがあった。軽い朝ランしても直らない。だから青竹踏みを何度もやったんだった。イテテとか言いながら。あれが患部を悪くしたのかもしれない。
いやー、とりあえずものすごく(ホントにものすごく)ホッとした。ありがとう足底炎!
まぁ「当分走ってはいけません」というお達しなので、ランニング生活は早々に終了してしまったのが残念だけど、痛風よりはずっとマシ。ゆっくり治せばまたいつか走れるようになるんだから焦る必要もない。
今朝起きたら、消炎剤のおかげか痛みもすっかり治まっていた。
でも、せっかくだからこれを「天のサイン」と考えて、節制をより強める生活に切り替えようと思う。最近ちょっと内臓に無理させすぎているし。もう年齢も年齢なんだから気をつけなさいね >自分。というか、今回のことで痛風についていろいろ調べたけど、やっぱり怖い。予防しなくては。
ということで、夜のお約束をしている皆様、かなり節制めとなりますが、よろしくお願いいたします。
盛り沢山な一日
2009年11月08日(日) 14:03:48
昨日は盛り沢山な一日だった。
午前中は企画書書いて犬散歩してジム。昼ご飯を食べてすぐに有楽町へ出発。国際フォーラムCホールであった「和田裕美のわくわく伝染ツアー」に招待されたので観に行った。14時から18時までの長時間に渡るそのセミナー(ライブ? 舞台?)を観た後、急いで早稲田の学習院女子大学へ。青年団の「ヤルタ会談」「隣にいても一人 〜関西編〜」を観劇。で、その後、演出の平田オリザさんや劇団員たち、そして見学に来ていた議員さんたちも含めて飲みに行った。二軒行って深夜まで。いやぁなんだか濃くて長い一日だったなぁ。いろんな刺激が脳みそになだれ込んできてグラグラした。
和田裕美さんとはラジオ出演からのまだ短い縁なのだけど、なんだかいろいろお会いする機会が多く、その関係で招待していただいた。しかしこの「わくわく伝染ツアー」ってなんだ? 自己啓発系? いやもっと宗教的な何か? とか、ちょっと警戒しながら行ったのだけど、これが意外と面白かった。彼女の代表作ともいえる本「新・陽転思考」を元に、ほとんど4時間、和田さんしゃべりっぱなし。スタンダップコメディ的なオンステージ。でもちゃんとエンターテイメントになっていて飽きさせない。というか泣いてる人いっぱいいたし。1500人くらい入るホールが満席で、たしかに「わくわく」がどんどん広がっていく。
しかし和田さん、すごいパワーだなぁ。1500人の心を掴んで、笑わせて泣かせて4時間。いつもは静かでおっとりした人なんだけど、豹変したように超アクティブになっている。さすが。そして超話し上手。あんな話し上手になりたいよ、ほんと。
ボクも彼女の言葉からいくつかヒントをもらった。そういう意味では自己啓発というか自己発見系のセミナーなんだけど、そのわりに「うさんくささ」がない。とても平易でストレートで真面目なエンターテイメントだった。来年もあるそうなので、是非行きたいです >和田さん
最後まで観たので青年団の舞台は20分ほど遅れてしまったが、ひとつめにやった「ヤルタ会談」は一回観ているのでまぁいいか。途中から観たけど、やっぱり「ヤルタ会談」は傑作演劇だ。実によくできている。「隣にいても一人 〜関西編〜」は結婚を題材にしたちょっと不条理な演劇。軽いんだけど重い。見終わってすぐよりも一晩寝かせたあとの方が味わい深い、そんな舞台だった。
終わってから、演出の平田オリザさんと劇団員たち、そして舞台を見に来ていた国会議員たち、ジャーナリストたちと飲み。というか、友人の松井議員が「オリザさんの舞台見に行くけど一緒に行く?」と、いつものように当日の朝(笑)誘ってくれたのである。このメンバーで何度か飲んでいるのでその流れでのお誘いである。偶然ボクの会社の後輩も舞台を見に来ていたので宴会にも誘って、総勢30人くらいだっただろうか、池袋の居酒屋でにぎやかに飲んだ。二軒目は少人数で深夜まで。前線でフルに闘ってる人と飲むのはとても刺激的。まだまだ敵わないことだらけ。
と、いろんな方向性をもったいろんな刺激をたった1日で受けまくり、少し飽和している今現在。やらないといけないこと山積なんだけど、ちょっとボンヤリしてる昼下がり。さて、そろそろやらないと。
時間を共有する小さなシアワセ
2009年11月04日(水) 7:57:53
昨日の夜、夕刻から「月がきれいだ」というつぶやきがいくつもツイッターで流れていた。
原稿書きが一段落した21時すぎ、ダメ押しのように「月がきれい」というつぶやきが流れたので、ベランダに出て空を見上げた。本当だ。雲ひとつない夜空に月がきっぱりと輝いている。ここまで孤独で美しい月はめったにない。
部屋に帰ってツイッターにこう書いた。
「みんなが月がきれいだとつぶやくので月を見に外に出た。ホント、こんなに明るくてきっぱりしている月は久しぶりかも。まぶしいくらい。」
そしたら日本各地から次々とつぶやきが。
「綺麗な満月ですよね 空も雲がないですし」「ほんとに綺麗でした♪ こういう時にわかるtwitterのありがたみ」「本当に・・今日は空気がクリアだからこんなに綺麗なのでしょうね。 でもベランダに出て見たら寒くて凍えそうでした」「ほんとだ」「つぶやきこそしなかったけれど、美しさに見とれた者として共感。気温が低いとより冴えるのでしょうね。」「ほんと」「とてもきれいですね。夜空に空いた穴のようですね」「そういうさとなおさんのつぶやきを見てベランダに出てみました」「月のことを教えて頂き、ありがとうございました。今見てきたら、本当にきれいでした!」「そして僕も外に出て見てみた。まぶしい。こうやって多くの人が外を見に行く動きが素敵」「月がこんなに眩しいなんて」「ほんとだ、月が皓皓と輝いている。まぶしいくらい。昼間も空気がとびきり澄んでたからなあ」「帰る最中にうろおぼえで『今宵の月のように』byエレカシを歌っていたのは私」「ホントだ!めちゃめちゃ光ってる。足元にくっきり月影が」「私もベランダに出て見てみました。ホントにキレイ!」・・・
これがボクがつぶやいてから10分ほどの出来事(その後も次々と入ってきた)。
まぁセンチといえばセンチなんだけど、こう、なんというか、誰かがつぶやいたことに反応してボクが月を見て、ボクがつぶやいたことがまた波紋のように広がって、会ったこともない人たちがわざわざベランダや庭や玄関前に出て、あの眩しいくらい輝いた月を見上げて、それがまた広がって、という「時間の共有感」「感動の共有感」がどうしようもなくシアワセに思えて…。
芸術ってこういう共有感の表出だったりするけど、その意味において、今、こうしていろんな人が同時に月を見上げて共有していることこそが、まさしく「芸術」そのものだ。
「みなさんと一緒に同じ月が見れて幸せです」というセンチなつぶやきを流したら、「違う月だったりして。by 1Q84」という秀逸なコメントが流れて一気にハルキな世界に突入したのもおかしかった。1Q84みたいに月はふたつはなかったけど、確かに同じ月とは限らない。みんなで違う月を見ていたのかもしれないけど、それでも時間と感動は共有できたよね。それがシアワセ。
ブランドへの愛が生まれる瞬間
2009年11月03日(火) 19:14:48
新潟の「水と土の芸術祭」の事務局からメールが入り、「Water Front 在水一方」(通称バンブーハウス:王文志作品)が写真のように立派に再建されたそうです。前のが少しトンガリ気味だったのに比べて、ちょっとズングリになったかな。ちなみにこれについて前に書いたさなメモはこちらとこちら。
事務局のブログで写真を見ると、大風でまたペシャンコにならないように、内部はかなり補強されていますね(柱というか梁みたいのが見える)。
ただ、せっかく再建されたこの作品、「水と土の芸術祭」終了の12月27日を最後に撤去されちゃうそうなので、まだ見てない人はお早めに。補強後はどうなっているかわからないけど、内部のあの気持ちよさは失われていないはず。
そうそう、上記リンク先でも言及しているMac用日本語入力プログラム「かわせみ」の販売が開始して、さっそく無料お試し版を使ってみています。販売元の物書堂サイトの説明文が丁寧で素晴らしく、こういう書き方をする会社ならきっと製品もいいはず、と、すでに愛用(お試し期間が終わる前に買っちゃいそう)。というか、こういう真摯な説明があるだけでそのブランドを愛せちゃうよなぁ。ちょっとしたことなんだよね、ブランドへの愛が生まれる瞬間って。
次はぜひ物書きが一番使いやすいと感じる、究極のワープロ・ソフトをお願いします!
「ついった?」
2009年10月28日(水) 8:32:59
毎日ツイッターしたり、首相とのご飯をツイッターで実況したり、ツイッターで知り合った人と飲んだりしてると、「もうそれが当然。みんなが知っているのが前提」とか勘違いして来ちゃうので、昨晩のことはバランスをとる上でもとてもいいことだった。見事にツイッターの「ツ」の字も知らない人たちと一緒にご飯を食べたのである。
というか、そっちの方がまだ大部分だよなぁ。当然化しちゃってる自分が変ということを自覚した方がよい(一般的には、ね。広告界やメディア界の人たちが知らない or 使えないのは相当ダメだと思う)。日々の習慣として先端系の情報をどんどん取り入れていると、一般との乖離に気づかずに突っ走っちゃったりする。それは(キャンペーンを企画する場合においても)あまりよろしくない。自分の客観的位置を自覚しながら走らないと。
それにしても本当に初耳だったみたいである。
「つ、つい?」「ツイッター」「ついった?」「ツイッター」「ついったぁー。それって新しいゲームかなんかですか?」「もしかしてツイスターを連想した?」「はい」
新聞やNHKの朝のニュースでもツイッター特集があったりするから、もうそろそろ大丈夫かなぁと思っていたけど、でもまぁだいたい世間的にはこんなもんなんだろう。
ツイッターに限らず、ミクシイですら「何それ」と言う人がまだいそうである(うちの母とか絶対知らないし)。というか「ブログ」という言葉だって、見たことはあっても実際にどういうものか把握してない人も多い気がする。心の中で「ブロゴ? ブグロ? いやブログだったかな。あれ? こんがらがってきた」と迷うレベルの人とかまだ意外といる気がする。
というか、一緒に食べたもうひとりは、月曜に鳩山首相の所信表明演説があったことも知らなかった。「所信表明演説ぅ〜。そんなんあった? ふーん…。新聞とってないからなぁ」と。
あの演説は一度は聴いた方がいいと思ったが、まぁこれについても意外とそんなもんなのかもなぁと思った。
テレビ・ニュースを見ない人も多いうえに、最近では新聞を取らない人も増えた。その状態で数日ネットをチェックしなかったりするとほとんどニュースに触れなくなる。実際、新聞の売り上げが減り始めてから、酒場の話題として時事問題が出てくる回数が顕著に減った気がする。生活スタイルだけデジタルに移行してしまい、実は「情報的孤島」に陥っているのにそれに気がついてない人が意外と多いのではないだろうか。最新ニュースを優先順位をつけた上でコンパクトにまとめて毎朝玄関まで届けてくれる「新聞」というプッシュ型サービスを軽視しない方がいいと思うけどな。
昨晩のふたりはとても常識的な知性人。昔から仲がいいから(もう25年もつきあってる)、その知性的な部分はよく知っている。そういう彼らでこういう感じなのだから、一般的にも孤島化してる人って多いんだろう。イイ・ワルイの問題ではなく、これって「国民全員が共通して話せる話題」が無くなっていく過程なのかもと思った。ここ20年で国民全員が知ってる流行歌が絶滅したように、ニュースも各世代別に細分化されていくのかも。
それにしても、所信表明演説より「のりPの初公判」の方に時間を大きく割いた民放は、国民が呆れてるのを少しは自覚した方がいいと思う。新聞(一般紙)はその点とても常識的で良識的な配分だった。「民放=扇情的なタブロイド紙・スポーツ紙」と位置づければまぁ納得行くのだけど(その場合「NHK=一般紙」か)、本当にその立ち位置のままでいいのだろうか。
粒谷区区長と
2009年10月27日(火) 9:29:28
粒谷区(つぶやく)の言い出しっぺであり、区長でもある小宮山雄飛くんと飲んだ。ええと、ホフディランの小宮山雄飛としての方がずっと有名(そりゃそうだ)。
彼とはツイッターで知り合った。
以前の記事で「ツイッター・ランチ」を書いたとき、ツイッターで彼から「やまいち美味しいですね。好き嫌いは別として、神保町のとんかつの異端として『のあ吉』も面白いです」とコメントをもらい、少しやりとりしたんだけど、その晩、たまたまツイッター・パーティで実際に出会い、「おお! 今日ツイッターで話したアナタ!」と握手(笑)。で、翌日にはお互いにメールをやりとりして飲みに行くことが決定した、というスピード採決。
そしてその日が昨日だったのである。
「うずら」でクジラを食べながら、「日本国民はもっとクジラを食べるべきだ!」と盛り上がりつつ、ツイッターに少しだけ実況しつつ、なんだかいろんな話をした。彼は丑年でボクのひとまわり下。でも適度にオッサンなので話が合う(いや、もちろん合わせてくれただけなんだけど)。なんだっけな、ツイッターの話とか Appleの話とか iPhoneの話とか、なんつうかオタクっぽい話ばかり。あ、彼は24時間「うまいもの」のことを考えているらしいので、その話も濃く濃く濃厚に。
途中から共通の知人でもある小石原はるかライターも乱入し「ガランス」へ。
「ガランス」は相変わらず怪しく、「お!」と驚く芸能人もいたり。でもスマンけどこっちの方が楽しいもんね。わーわーと飲んでるうちにかなり酔っぱらった。ええ、早朝更新が出来ないくらい酔いました。
写真は小宮山くんにいただいた出来たてホヤホヤの湯気が立ってる新作DVD。
彼のサインにあるように、いただいたのは「民間人一人目」である(笑)。なんせ「さっき上がりました!」だからなぁ。超光栄。
つらつら:「THE ANSWER」〜「かわせみ」
2009年10月25日(日) 11:43:08
ここ2週間くらい、寝るときのお供は「THE ANSWER」(鈴木剛介著)。
この本、哲学エンターテイメント小説なんだけど、個人的には青く濃く考えていた高校時代の自分の六畳間が思い出される。なんというか「何か哲学的なことを考え出すと『意味の全部』がやってきちゃって収拾がつかなくなる」という若いころを少しでも経験したことがある人にはとても面白い本。ハテナもあるけど納得もある。よく整理もされている。でも一行一行が濃いので読むのに時間がかかるんだよなぁ。わりと速読の方なのだが、この本に関しては味読に切り替えた。ゆえに睡眠の友。数行読んでは考えて、そのまま夢の世界へ。だからまだ半分ちょっとしか読めていない。
朝は(そういう睡眠導入もあってか)最近は朝4時半ころに自然に目が覚めてしまう。目覚まし時計を最後に使ったのは何年前だ?
とはいえ、目が覚めてしまうけど眠いことは眠いので、YouTubeでお笑いビデオを観て脳を目覚めさせることも多い。ツイッターで小宮山雄飛さん(ホフディラン)が紹介していたこのビデオが最近では(一番笑えるから)一番目覚めがよい。シムラー。スリラーと志村けんをコラボ(?)させたやつ。あ、小宮山さんとは来週なぜかサシで飲むことになった。ツイッターで知り合った人と会うのは初めて。こういう展開も面白いな。
ツイッター(ボクのIDはここ)といえば、5日前の昼にこんな速報を流した。
「台風で壊れてしまった新潟の『Water Front 在水一方』の再建が決まったそうですね。サポーターも募集しているそうです。http://bit.ly/2Borxj」。
「水と土の芸術祭」の事務局の方から速報メールをいただき(ここで書いた記事に反応してメールをいただいていた)、「あ、サポーターも募集してるし早くみんなに伝えなきゃ」と思ったんだけど、すぐにツイッターに書いて安心しちゃって、さなメモに書くの忘れてた。そういうの最近よくやる。で、何通かそれに関するメールをいただき、まだ書いてなかったことに気づいた次第。すいません。
ちなみに、あれを作ったアーチストの王さんが22日に来日して、31日まで再建作業するみたい。再建作業、見てみたいなぁ。市民に相当愛されていた建造物なので、見学者も多いだろう。
「Water Front」は再建されて良かったけど、再建されずにおととい終了しちゃった「テクノラティ」はちょっと寂しかった。日本初のブログ専用検索エンジンとして鳴り物入りで登場したのはいつだっただろう。更新の反映が遅いうえにサーバーが常に重くて使い勝手が悪かったけど、なんとなく親しみを持ってわりと使ってた。
ネットを愛してるせいか、もしくは裏側が多少とも想像つくせいか、なんか関係者の気持ちが想像できちゃって堪らない。
ああいう ITサービスの裏側でどんな汗が流され、どんな徹夜の夜が積み重なり、どんな緊張のメンテ作業が行われているか…。いくつものデートの夜が消え、土日は寝たっきりであっという間に過ぎ去り、たまの楽しい夜もよりによってサーバーが落ちて呼び出し食らったり。スタッフたちがそういう日々を費やしたであろうプロジェクトが終了して「無」になっちゃうのって、まぁIT業界に限らずどんなプロジェクトでもそうなのだけど、やっぱり寂しい。
「テクノラティ」はそんなに大きく普及したサービスではなかったが、なんとなく「日記猿人」が終わったときや「Shockwave」が終わったときに近い感慨がある。ある時期に一世を風靡してもすぐに古くなってしまうのがネットの世界。ツイッターが大普及し始めている陰で、こうやって終わっていくサービスもある。スタッフにお疲れさまと伝えたい。
あ、そうそう、サービス終了といえば、バージョンアップ終了(事実上の販売終了)して大ショックを受けていた Mac用のワープロ「Egword」だけど、あそこを辞めた開発者が「独立して『Egword』を越えるMac用ワープロを出す!」とブログに書いていて大期待&待ちわびていたのである。
その人はその後「物書堂」という会社を作って、iPhone 用にいろんなアプリを開発している(いくつか持ってる →製品一覧)。インターフェースがとても美しいアプリを作る真面目な会社だ。で、その会社が(アプリが売れて体力がついたのか)満を持してワープロ開発に乗り出したようなのだ。
まずは Mac用日本語入力プログラム「かわせみ」(10月下旬発売というから、きっとあと数日だ)。
「egbridge Universal 2」を受け継いで作られたもの。たぶんこの後「Egword」を受け継ぐワープロ・ソフトを出してくれるはずである。もうそれが出るまで本の執筆をやめようか、と思うくらい楽しみだ。
と、つらつら。
この後もずぅっとつらつら続くのだが、いい加減長いのでカット。原稿書かなきゃ。怒られる…。
「Open」かつ「Flat」な人
2009年10月24日(土) 12:21:00
今週は広告業界の人と刺激的な飲みがふたつあったのだけど、そのうちのひとつは須田和博さんとのサシ飲み。
ネット系ディレクターとして前から飲んでみたかった人。ライバル会社の人ではあるのだけど、お互い「Open」「Flat」「No Line」が思想的に徹底しているので、そういう「会社間の垣根」感がゼロなのが良かったな。とことんゼロ。あ、そういえばライバル会社でしたね、みたいな。 というか協働すら約束したし。
こういう頭もココロも開かれた人と飲んでいるととても気持ちがいい。
最近とみに「Open」じゃない人や「Flat」じゃない人と飲む(話す)のが苦痛になってきている。旧来型のやり方やお作法に凝り固まってしまってる人。なんというか「どこから手をつけていいかわからない難病」のように感じてしまう。こうやって意識が先走るのはあんまりバランスよろしくないので少し元に戻そうとは思っているけど、それにしてもなぁ。
そういう意味で同僚の林信貴とのサシ飲みも「Open」かつ「Flat」で気持ちよかった。
彼とは戦友みたいな仲。あまり世間的有名さはないけれど、優秀さではうちの会社の中でも飛び抜けている存在。ゆっくり飲んだのは久しぶりだった。心臓の中に手を突っ込んでお互いのココロザシをぐぃぃぃと取り出し「それはホントなのか。それでいいのか」と検証しあうような夜。こういう青臭い飲みも気持ちがいい。最近「青臭さ」が自分に戻ってきた気がしてちょっとワクワクしているので、それを確かめる意味でもいい夜だった。
と、とりとめなく回想する土曜日。ジム&昼ランに行ってこよう!
そのうち馴れます
2009年10月23日(金) 7:25:12
いやぁ、読売新聞の顔写真、評判が悪くてまいったまいった(笑)
あの写真、本当はムラサキのシャツを着て、メガネも赤なんですね。それが出てればずいぶん違っただろうなぁ。しかもモノクロ写真に後から色を足しているから陰影が消え、かなりのっぺりしてしまい、太って見えていると思います。リアル知り合いからメールなんかで「あの写真はないだろう」「写真を撮ったときは今より太ってたの?」「知らない人だったらひくな」「私が知ってるあなたと違う」「仏像かと思った」などと冷やかされてます。
とか言い訳してるけど、まぁ大雑把に言えばあんな顔です。すいません(笑)。そのうち馴れます。山下達郎の顔だって馴れたじゃないですか(←超失礼)。
もともとボクは「第一印象が悪い」タイプなんですね。本人は機嫌がいいのに「怖い」とか「仏頂面」とか「何か怒ってますか?」とか言われがち。なので今回の写真では「生ぬるく笑ってみた」んです。オジサンは怖くないんだよ系の微笑。それも敗因かも。来月はもう少しクール(?)な写真を使ってみます。
と、傷心を抱えながらも昨日はよく働いたー。
個人的にはかなり希有な体験をしたんだけど、守秘義務もあってちょっとここでは書けません。そのうち書けるようになったら書きますね。
読売新聞で月イチ連載コラム
2009年10月22日(木) 8:28:37
山本彩香さんの店がまた始まったことは昨日書きました。
で、その文章の最後に「実は同じ日にもうひとつ始まったものがあります。読売新聞朝刊の月イチ連載コラム。メディア論を毎月第三水曜日に掲載します。同じ日に始まるなんて縁があるかも」みたいなことを書こうと思ってたんだけど、彩香さんのことを書いているうちにすっかり失念してました。
ということで改めて。
昨日から、読売新聞朝刊で月イチ連載コラムが始まっています。「さとなお」ではなく「広告ディレクター 佐藤尚之」で。会社名もなく、いち個人として書いてます(拙著「明日の広告」と同じパターン)。
テーマは「メディア」。広告メディアや ITメディアについて最低1年くらいは書いていく予定です。毎月第三水曜日掲載。昨日は22面に載ってました。昨日のなので手に入りにくい方もいらっしゃるでしょうが、もし見られてたら見てみてください。顔写真つき(!)です。
顔写真を載せるのが条件です、と読売側に言われてかなり迷ったですね。
「ジバラン」という自腹覆面レストランガイドを主宰していたこともあって、ずっとどこにも顔を出してなかったんです。面が割れると店側から特別待遇を受ける可能性がある、というのがその理由。かなりストイックに顔出しを避けてきました。だから雑誌のインタビュー記事や対談なんかでも、顔写真掲載な時点でお断りしていたり、顔をシャドウにしたり、逆光で撮ってわからなくしたり、と、編集者やカメラマンにご迷惑をおかけしながらワガママしてきたわけです。
ただ、4年ほど前に「ジバラン」は終了したし、もうレストラン評論も今後やる気はありません(食エッセイや旅エッセイはこれからも書いていくし、レストランの主観的「感想」はサイトに載せていくけど、客観的「評論」はもうやる気はない)。
また、講演や授賞式での写真はいろんなメディアに出てしまっているし、広告専門誌なんかには顔写真掲載で文章も書いています(会社の仕事絡みでは顔写真載せるのを断れない)。そうやって仕事関係に限っては少しずつ顔を出したりはしてました。
今回も仕事関係。でも読売新聞となると規模が違います(1000万部)。
1週間ほど迷った末、まぁそろそろいっか、みたいな感じで決めました。たいしたことじゃないじゃんと思われるかもですが、ずっと14年も顔写真掲載なしでやってきたので、自分の中では大きな変化ではあるんですね。まぁボクの中では「さとなお」と「佐藤尚之」はわりと別人格なので、とりあえず「佐藤尚之」系で書くとき(つまり本業&真面目系)は顔写真もありということに決めたということです。
で、昨日のコラムになったわけですが、見られた方はわかると思うけど、ユニクロの柳井社長の写真の横に、やけに顔色の悪い男の顔が(笑)。
実はあれ、モノクロ写真なんです。原稿と一緒にモノクロ写真を送ってしまい、掲載直前に「カラーページになりますのでカラー写真を送ってください」と言われたんだけど、ちょっとバタバタしていて送れなかったんです。なので読売側でモノクロにほんのり色をつけてくれ、ああいうセピアな感じになったわけ。なんかめちゃめちゃ昭和っぽい(笑)
というか、ボクをリアルで知っている方々から「写真写りが悪い」「ちょっと太って映ってる」「本人と違う感じ」とかいろいろ言われました。ツイッターでは「うわあ、想像してた顔と違うー」とか(うわあ、って:笑)。ええと、いずれにしてもカラーで撮り直すので、もうちょっとマシなのを撮ってもらいます(←カメラマンは娘)
って、顔写真のことばかり書いたけど、コラムの内容は「アドテック」のことや「ツイッター」のこと、「ソーシャルメディア」のこと、そして広告界やメディア界に対して少しアジったりしています。あ、アジるって死語か(笑)。全共闘用語ですね。アジテーションが語源。檄を飛ばすときに使う言葉。
ということで、もしご興味があったら読んでみてください。来月も第三水曜日の朝刊です。来月は何書こうかな。
もっとちゃんと伝えよう。
2009年10月20日(火) 7:46:37
おとといの「もっとちゃんと応援しないと」の記事に、友人からメールをもらった。
加藤和彦の自殺に関して、ボクが「頭の隅でユーミンや桑田が自殺したらどう思うかを想像した」と書いたことへの反応である。一部ご紹介する。
先日、神奈川でのユーミンのコンサートに行ってきたんです。わりとショックな言葉だった。
そこで、ユーミンが前半から涙ぐんでいるのはわかったんですが、アンコールでは号泣してしまい(あのユーミンが!)
「みんな、こんなにナイスにしてくれて、ありがとう。
自分で言うのもなんだけど、たいしたことない歌なのに・・・」
と言ったんです。
これまで30年間、時代の先を歩き、トレンドや恋愛の道しるべ的に憧れていたユーミンの弱気な発言。なんて言っていいのかわかりませんが、私も泣いてしまいました。超えられない存在だと思っていた人が急に近く見えたというか、親が急に甘え出す年代になってしまったこととリンクした、というか・・・
好きな人をずっと好きでいるために、できることは全部やっておきたい! そんなことを考えた週末でした。
あの強気で陽気なユーミンが…。あなたの歌はこんなに素晴らしいのに…。
たぶん、一時期でも時代の先頭を走った人は、自分の中でのハードルがどんどん上がり、下げられなくなってしまうのだろうと思う。真面目で真摯な人ほど高く高くハードルを上げる。そしてある日ハードルを越えられなくなった自分に気づき、「みんなの期待に応えられない自分」が自分の中でクローズアップされていく…。
いままで素晴らしいものを提供してくれただけで、こんなにもボクらの人生は豊かになっているのに。その素晴らしい価値に気づかないまま、ボクらの声も届かないまま、深く悩み、苦しんでいく。
手軽に、簡単に、いろんな芸術作品やありがたい言葉やオリジナルな情報を享受できるようになった現代。
手に入れやすくなったからこそ、こちらからも手を伸ばして、もっとしっかり感謝や愛情を「伝える」ことをしないといけないのだと思う。彼らには心ない言葉もたくさん届いている。それに負けないくらいたくさん「心ある言葉」を伝えないといけない。ここでも書いたが、意外と本人には伝わってない。誰かがきっと伝えてるよと思っても意外と誰も伝えていない。それどころかとっても孤独な状態にいたりする。それはきっとサイレント・マジョリティがサイレントのままでいるからだ。
加藤和彦は「これまでに作ってきた音楽というものが本当に必要だったのか」「死にたいと言うより生きていたくない、消えてしまいたい」と遺書に書いていたらしい。
居ても立ってもいられない気持ち。
もっとちゃんと伝えよう。
20世紀最後の日々、中標津にて
2009年10月17日(土) 17:01:28
約10年前。ミレニアムの年(2001年)の1月1日を、ボクは中標津(北海道)のムツゴロウさんの家で迎えた。家族でお邪魔して、20世紀最後の晩を過ごし、24時にはカウントダウンを動物王国の人たちと全員でした。ムツさん手作りの料理といいワインとで大騒ぎをしたっけ。
なんでそんなことを唐突に思い出したかというと、今週ふたつもそのことを思い出させる出来事があったから。
ひとつは広尾の「マノワ」というレストラン。
数日前に例のフリュイ・ド・メールを食べた店なのだが、ここ、中標津の「ヘイゼルグラウス・マナー」と同経営なのである。リンク先を読んでいただければわかるが、「ヘイゼルグラウス・マナー」はイギリスのマナーハウス(荘園主の邸宅)をイメージしたオーベルジュ。建物も料理も凝りに凝り、執事までついてサービスしてくれる。まだ開店まもなくに伺ったので今とはずいぶん違っているかもしれないが、外は美しく雪が降り、隣の部屋では暖炉がパチパチはじける中で、シェフ自らが撃ってきたジビエ料理を食べたのは得難い経験だった。
そのオーベルジュに行ったのが、ムツさんちにお邪魔する前日の12月30日。
「マノワ」でシェフに「ボク、ヘイゼルグラウス・マナーに行ったことありますよ。あれは確か……」と話しかけ、「はて、あれはいつだったか」と記憶を探っていたら色鮮やかにあのミレニアムの年越しの夜を思い出したのであった。思えば20世紀最後に伺ったレストランだった。
もうひとつはNHKの番組「プロフェショナル」。
録画しておいた「酪農家・三友盛行」の回(10/6放映)を先ほどようやく見たのだが、一緒に見ていた妻に「この牧場、ミレニアムの北海道旅行で行ったの覚えてる?」と聞かれ、またしても色鮮やかに思い出した。そうだ、確か「ヘイゼルグラウス・マナー」に泊まったまさにその日に立ち寄ったのだった。
当時は「酪農のカリスマ」とボクは知らず、単に(妻の専門である)チーズのおいしい牧場ということで出かけた(妻は彼のことを知っていた)。チーズを造る工場や牛舎を見学させていただき、とれたての牛乳を飲み、チーズを購入した。とても清潔で豊かな牧場だったと記憶している。あぁ、この三友盛行という人はあの牧場の人なのか!
三友盛行の「プロフェショナル」はとても面白かった。
大規模経営酪農が当然の時代に、牛の数を平均の半分以下に抑え、飼料を使わず牧草だけで牛を育てていくのが彼のやり方。生乳の量は周りの3割程度しかない。周りからはバカにされた日々であったが、飼料高騰の今、えさや設備投資の経費が圧倒的に少なく、小規模なのに逆に利益があがる彼の「マイペース酪農」は注目され、「神様」とすら呼ばれているらしい。
番組の中で、いままで牛を増やそうと努力してきた酪農家たちにこう言う。
「だからこれからはさ、増やす喜びまで来たんだから、減らす喜びに触れなきゃ」「それが結局、適正規模なのさ。それを受け入れた方がいいのさ」「自分の経済的欲求だけで走ろうと思ったらいくらでも走れちゃう。心を置いてもいいから走るっていうのが今の傾向だから。そうじゃなくてね、守るという節度の中で人はここで持続的に暮らしていくんだから」。
その言葉の上に「立ち止まり、足るを知る」と、タイトルが出る。
もっと大きくすること、もっと儲かることを望んでひたすら走ってきた日本。バブル崩壊で一度大きく挫折して学んでいるのに、まだぜんぜん価値転換が出来ていない。モノを買い大規模にやる豊かさではなく、モノを捨て適正規模でやる豊かさに移行しないといけないのは目に見えているのに。
ま、「立ち止まり、足るを知る」は、日本に向けてだけでなく、自分に言い聞かせないといけない言葉ではあるのだけど。最近ちょっと走りすぎてるから。いや、朝ランの話ではなく。
ツイッター・ランチ
2009年10月14日(水) 9:28:23
昨日は昼飯時に上野にいた。
とんかつかなぁ(「蓬莱屋」はこの前久しぶりに行ったから「双葉」かな)、もしくはカレーかなぁ(やっぱり「デリー」だね)、もしくは蕎麦かなぁ(「池之端藪」がいいな)とか楽しく悩んだ末、とんかつに決めた(ええ、とんかつ食べても痩せられるのがBMグラサン・ダイエットです ←しつこい)
で、「双葉」へいそいそと歩いて行った。そしたらなんと臨時休業。マジかよ〜とガックリ気を落としたが、近くに「とん八亭」があったと思い出し、これまたいそいそと。そしたらこっちは定休日。ガーー。まいったー。
落ち込んだときはツイッターにつぶやいて共有すると気が紛れる(笑)
「上野なう。双葉が臨休でとん八は定休。どうすんべ。」と、馴れない「なう」なんか使ったりしてやんわりつぶやいてみたら、「本家ぽん多はどうですか?」とか「黒門小学校前の蘭亭ポン多もオススメです」とか返してくれる人がいる(この辺もツイッターのいいところ)。
ありがとう。でもなぁ、「ぽん多」って気分でもないんだよなぁ(自分にしかわからない微妙な基準)。ならばカレーか蕎麦かって言うともうお腹がとんかつになってしまっていて無理だし、こうなったら神田までタクシーに乗って「とんかつ やまいち」に行こう!
で、「やまいち」に着いて、脂の少ない特ヒレ定食に決めて(←さすがにロースは避けたらしい)、「結局、神田まで出て『とんかつ やまいち』。特ヒレ。腹ヘリ。」とツイッターに書き込んだ。
わしわし食べる。うめえ。やっぱり「やまいち」はうめえ。おろしポン酢にしたり柚子胡椒つけたりして味をかえられるのもいい。あーうめえ。
入店時(12時半くらいか)にはなぜかボクひとりだったのだが、その後どんどん客が入ってきてあっという間に満席になった。いつの間にか入り口にある椅子に座って待っている女性までいる。よく流行ってるなぁ、独立してよかったねご主人、とか心の中で思いつつ食べ終わり、お金を払って店を出た。こんなかにツイッター読んで来た人がいたらおもしろいなぁとかもちょっと思った。
で、外に出て会社に帰り、ふとツイッターを覗いたらこんな書き込み。「書き込みを拝見して、私もやまいちに行ってしまいました。」 おお、マジ !? しかも女性のアイコンなので女性かな? 女性だとするとあの入り口にいた人かな? 即座に「もしかして入口にところのイスに並んでいた方でしょうか?」と返してみたら「そうです。キョロキョロして不振だったでしょうか…。椅子に座っているとき、お店を出て行かれた背の高い方が、satonao310さんかな…と思っていたのですが。」と返信。うはは。おもしれー。
ツイッターって時間と場所の共有感がハンパない。
ひとりで昼飯を食べたはずなのに、なんだか数人で一緒に楽しんだような、不思議に楽しい昼休みになったのでした。
2週間ちょいで4キロ減らした
2009年10月13日(火) 7:42:15
自己流ではあるがBMグラサン・ダイエットというダイエット法を開発し、 "努力なし" & "食事制限なし" で9キロ落として以来、「体重なんていつでも減らせるぜ」的なゴーマンな自信がある。
もともとこのダイエット法がリバウンドしにくいこともあって体重管理は余裕綽々だったのだが、この夏に Mac の調子が悪くなり起ち上げるのに四苦八苦するようになってから、「グラフをつける」というBMグラサン・ダイエットの根幹に関わる習慣が消えてしまった(いままでは Mac を起動したら表が目の前に出るように設定してあったのだが、それすら無理な状態になった)。
これさえやっておけばとりあえず体重キープはできる、っていうのが「毎朝体重計に乗って、パソコンに体重を記録しグラフにする」という習慣だ。五十肩でプールに行けなくなってからもグラフだけは続けていたので、体重は横ばいキープだったのだが、その習慣が崩れた途端、あっという間に体重が増えちまった。iPhone にも体重管理アプリがあって、そっちでやろうともしたんだけど、どうも感じが違って続かない。うーむ…。
でも、9月末に Mac が復帰し、ようやく「毎朝体重計に乗って、パソコンに体重を記録しグラフにする」という習慣を元に戻すことが出来た。この時点で体重は83.5キロ。だいたい79キロ台をキープしてきたので(その辺がベスト体重)、まぁ大雑把に4キロ増だったわけである。
しかも五十肩で運動もしなかったからか、お腹に増えた。4キロ分がお腹についた感じ。人生最高レベルにお腹の肉がある状態。ぷよぷよ。これ、プールに行かなくなったのが大きいな。スポーツ面よりも「ヒトに見られる」という習慣がなくなったことが大きい。人前でハダカになると無意識に体型とか気にするからね。
で、ちょっと焦ったんだけど、その時点でジムには通い始めていたこと、朝ランをたまにやっていたこと、などがあり、「そのうえでBMグラサン・ダイエットを復活させればド楽勝」とは思っていたんです。だって最短だと2ヶ月で6キロ痩せられたダイエット法だし。しかも会食の数も食べる量も減らさず、運動もせずに減量できるダイエット法なので、そこに運動が加われば(筋肉がついちゃうから多少速度は鈍るものの)鬼に金棒。あっという間に減らせるだろう、とは思ってました。まぁ9月末に始めて、11月末くらいには4キロ減らせられるかな、と。
でですね、結果から言うとですね、2週間ちょいで目標達成しました(笑)
正確に言うとグラフづけの習慣を戻してから16日間で約4キロ減りました。瞬間風速ということもあるから2日連続で79キロ台キープするまでは安心しないようにしてたんだけど、昨日と今日、79.6キロ。あぁなんて甘美な数字だこと!
この2週間、平日は毎晩外食。量も減らさず(つまり大量)。休肝日も週1日とれるかとれないか。そんな状態。でも「努力せずに痩せる」というのをいったんやめて、1ヶ月間は努力も併用しようとは思ってた。お腹の肉をとるために筋肉をつけつつ減量することを課してきた。結果、16日間でジムには7回行き、朝ランは6回している。これらは基礎代謝を増やす&有酸素運動という意味で減量にとっても有効だったのは確か。
とはいえ、まだお腹の肉がとれてないので(とれにくいなぁコレ)もう少しなんとかしないといけないけど、ここからは筋肉を倍増して体重をキープするというモードに入るですね。で、結果的にお腹の肉がとれる、と。ダイエットの経験から言うとスタートダッシュではドカンと減るんだけど、その後あまり効果が出にくくなる。ここからが正念場だ。
BMグラサン・ダイエットはリバウンドしにくいのが特徴。だからいったん減らしちゃえばこっちのもの。習慣としないといけないのは「毎朝体重計に乗って、パソコンに体重を記録しグラフにする」だけなので、Mac が直った今、キープするのはなんとかなる。あとはジムをどれだけ長くハッピーに続けられるか、かな。今年中にはお腹の肉を撃退する予定。激務具合が心配だけど、まぁジムは続きそうだし、なんとかなりそうな予感。
落ち込みや傷つきを回避するボクの方法
2009年10月08日(木) 9:15:52
15年近くサイトをやっているわりには比較的「強烈な批判」や「誹謗中傷」が少ない方だと思うし、うれしいメールをいただくことの方が圧倒的に多いのだが(いつもありがとうございます)、それでもたまに激烈にイヤ〜なメールが届く。うれしいメールをすべて打ち消すくらい激烈で悪意に満ちたメール。
もちろんこうして不特定多数を相手に文章を発表しているんだから仕方ない。世の中には自分と価値観が違う人がたくさんいるわけで、だからこそ人生は面白いわけで(みんなが同じ価値観な社会なんて面白くもなんともない)。まぁそれでも傷ついたり凹んだりするのだけど、しっかり受け止めるしかない。
こちらを成長させてくれたり、気づきを与えてくれる批判はありがたい。こちらの過ちを教えてくれたり、一方的だった見方を矯正してくれたりする意見もありがたい。誠意をもって返事を出すし、そういうメールのやりとりから親しくなった人もいる。いま一緒に「うまい店対談」をやっている伊藤さんも、最初は批判(意見)メールからだった。そして何回かやりとりしているうちに非常に親しくなったひとりである。
でも、ちゃんとこちらの書いたものを読まずに思い込みで批判してきたり、いちゃもんに近かったり、悪意丸出しだったり、あまりに筋違い・的外れだったりする批判も来る。これは(長い経験から)返事を出しても絶対わかりあえないことが多い。というか、返事を出してもそれに対する返事が来ないことが多い(ほぼ100%)。空しくなるので最近は返事も出さない。悪意溢れるメールやブログを書く人も固定されてきたので、最近は読まないことにしている。
とはいえ、心の準備もできてないときに突然の暴力のように殴りつけてくる激烈な悪意もあるわけで、それがいかに的外れで筋違いで自分に責任がないものだとしても、なかなかにこたえる。傷つくし落ち込むし、たまには寝込む(笑)。更新意欲はなくなるし、生きていくのもイヤになる。
で、毎回そんなことになっていたら身が持たないので、一応処方箋をふたつ持ってやってきた。
ひとつは「昔の高校のクラスを思い浮かべること」である。
あのころのクラスの情景を頭に思い浮かべる。そして「まぁどうやってもわかりあえないヤツってクラスに数人はいたよなー」ということを思い出すのである。50人のクラスに2〜3人は(こちらから見て)「変なヤツ」がいた(あちらからみたらこっちが変なヤツなのだろうけど)。それが健全な社会の分布である。1万のアクセスがあったら500人、10万のアクセスがあったら5000人はそういうヤツがいるのである。そしてその変なヤツが気軽に発信する手段を得たのがネット社会。そりゃ一方的な思い込みで理解しにくいイヤなメールを送ってくることもあるだろう。仕方がないことなんだ、うん。 みたいな。
もっと強烈な、批判とも言えないような「いちゃもん」、もしくは「最初からこちらをイヤな気持ちにさせてやろうという目的で書かれたメールもしくはブログ」の場合は、「渋谷の雑踏を思い浮かべること」にしている。
そう、渋谷のスクランブル交差点のあの雑踏。あの雑踏を頭に思い浮かべ、サイバー空間を重ね合わせてみる。ああいう人たちで溢れているのがサイバー空間なんだと想像するわけ。そうすると「そりゃ渋谷には強烈に変なヤツがいるよな。変態だって犯罪者だって歩いてる。だってあれだけ雑多な年齢層、雑多な価値観が集まってるんだから」という納得がある。というか、渋谷を闊歩していた高校時代(ボクは渋谷の高校出身)、ボクも「超狭い価値観」で生きていたと今は思う。あんなしょーもないガキが「コイツむかつく!」と狭い価値観と悪意でメールを出すなら、まぁこんな、挨拶も礼儀もない、悪意に溢れたメールになるんだろうな。とか。そうやって納得していく。
「高校のクラス」、そして「渋谷の雑踏」。
このふたつに思いを馳せることがボクの「傷ついた心の修復方法」であり、処方箋なのだが、1年前くらいからそれにもうひとつ、「サンキュー!」が加わった。
どういうことかというと、「あー、あの文章を読んでこういう風に誤解していちゃもんつけてくる人がいるんだ。なんでこんな悪意いっぱいなのかな。落ち込む。すげーイヤ。すげーイヤだけど、悪意を持たれる可能性に気づかずにこういう内容をこれからも書き続けていたら、将来もっとイヤな目にあっていたかもしれない。致命的な傷を負っていたかもしれない。そう考えると、この程度の傷つきでそれを知ることが出来たのは逆にラッキーかも。大難になるところが小難で済んだのかも。うん、ラッキーだ。ラッキーそのものだ。それを教えてくれてありがとう! サンキューサンキュー!」てな感じ。心が傷つく文面をさっと読みながら「サンキュー!」と心の中で爽やかに叫ぶイメージ(笑)
と、前振りが長くなった(前振りだったのか!)
昨晩、和田裕美さん(ベストセラー作家にして有名な営業ウーマン)とご飯を食べた。
ちょっと原稿仕事の打ち合わせもあったのだが、まぁ前にお会いしたときと同じように、相変わらず普通で常識的で等身大。この方のどこに「28歳にして世界でNo.2の成績をあげた営業ウーマン」のパワーが隠されているのか、いつも不思議に思う。おかげで等身大のいい時間が持てたと思う。ご飯もおいしかったし。
で、何が言いたいかというと、彼女の新刊「人生を好転させる『新・陽転思考』」の考え方が、もろ、上記の「サンキュー!」と一緒なんですね(彼女の場合「よかった」という言葉だが)。そう、上記みたいな思考経路で「サンキュー!」「あぁよかった」と考えることが、まさに陽転思考。そのうえ彼女はその考え方を人生の諸相すべてに応用して使っているのである。あぁそうか、全部この考え方でやっちゃえばいいのか。それならボクでも出来るぞよ。
この新刊を読んだのが8月末だったか。それ以降、まだたった1ヶ月ちょいではあるが、自分の中に陽転思考を意識して取り入れてみている。
そしたら急にいろいろ楽になった。イヤなことがあっても、いったん落ち込んだりするものの、すぐに「気づかせてもらってラッキーだったかも。サンキュー!」と考えなおす。これがね、わりと効くんですね。仕事、人間関係、家庭、原稿、その他すべてに効く。そして人生がちょっと陽転しはじめる。なんか流れが変わってくる。鳩山さんとの一連も、もしかしたらこの陽転の流れかも。
自己啓発本はほとんど読まないのだが、彼女の本は「彼女のラジオ番組にゲストで呼ばれた」という縁があり、数冊読ませていただいた。数冊読むとわかるが、彼女の本はすべて陽転思考がベースになっている。だからこの新刊は彼女のエッセンス。別に知り合いの本だからではなく、いま壁にぶつかってる人や物事をネガティブに考えがちな人すべてにお勧めしたい本である。ちょっと流れが変わってくるよ。
ちなみに彼女もツイッターをやり始め、フォロワー募集中だそうです。IDは wadahiromi 。こちら。もしよろしかったら。
って、今日のも長いな(笑)。スマソ。
鳩山ご飯、店の候補は他にどこがあったか
2009年10月06日(火) 8:57:06
鳩山首相とのご飯から一週間くらい経ちますね。Yahoo!Topics の影響もあって一時アクセスがドカンと伸び、理解できないノイズ(的外れな誹謗中傷)も一時増えましたが、ようやくちょっと落ち着いてきてホッとしています。
ツイッターはフォロワーが倍増しましたが、本当にツイッターって炎上しにくいですね。その辺が掲示板やブログとは大きく違います。あっという間に時間が流れ去り情報が過去になるので、いわゆる「祭り」が起きにくいのかもしれません。誹謗中傷する人をブロックでき、ブロックするとその人からこちらが全く読めなくなる、という機能も一役かっているのかも(まだブロックしたことはありませんが)。そういう意味で芸能人や著名人に向いているメディアですね。
オバマやブリトニーやヨーコ・オノなど、ツイッターを使っている世界的有名人はどうなんでしょう。誹謗中傷の比率が少なかったとしたら、このメディア独特の美点がもっと鮮明に見えてきます。どこかにリポート上がってないかな。どなたか知ってたら教えてください。
ちなみに首相の回りの反応としては、さすがに慎重なスタッフもいて、ツイッターを使うのはまだ検討中とのこと。そりゃそうでしょう。でも検討のテーブルに載っただけでも一歩前進。一国のリーダーと国民とのフラットでオープンなつながりのキッカケとしてツイッターは優れていると思うので、今後も機会があればお勧めしてみたいと思います(別にツイッターの回し者ではないですが)。
さて。
あの日のご飯についていろんな感想をいただきましたが、意外と「『行く店を考えてください』と言われて、他にどこを考えたんですか?」「私ならあの店を選ぶかも」というような話題で盛り上がったので、そのことを少し書いてみようと思います。
これはねぇ、本当に悩みました。
朝、メールが入ってから、バタバタとメンバーが確定し、午前中に5人でのご飯が確定したのですが、警備のSPさんを入れたら10人以上が入店できる必要があったんですね。つまり店選択の条件が「当日の夜に予約がとれて、10人〜15人で、出来れば個室で、警備的にも大丈夫な場所で、もちろんおいしいところ」(笑)。こんな店なかなかない。困ったなぁ…。
というか、朝の時点では5人で公邸でご飯を食べるはずだったんです。ケータリングで。
でも昼前くらいに松井官房副長官からメールが入り、「総理が外の空気が吸いたいとおっしゃっているので、どこか外のお店に行きましょう。さとなおさん考えて下さい」と振られたんですね。国連やG20などの外交デビューの直後だし、一般の生の反応にも直に触れてみたかったのかもしれません。それにしても、ボクなんかが店を勝手に決めてしまっていいのかなぁ、警備とかどうするのかなぁ、とか思いつつ、そんなこと素人のボクが考えなくてもよいと開き直って、店選びに集中しました。
最初は高級店なのかなと思いました。フレンチかイタリアンかと。警備的にもやりやすい店が多いし。
でも松井さんが「たとえばカジュアルな居酒屋とか」と書いてきたので、あぁそういうお望みなんだ、と。で、以前松井さんとご一緒したことがある「さいき」の2階はアリなんじゃないかということに二人の間ではすぐになったですね。歴史ある店だし、おいしいし。
ただ、なにしろ当日なので、2階の座敷を借り切りできる可能性が低い。じゃ、第二候補、第三候補も考えようということで、困ったときの知恵袋、「うまい店対談」を一緒にやっている伊藤さんにも電話して相談し、いろいろ考えました。
悩んだ末、第二候補を四の橋の「うずら」の奥の座敷借り切り、第三候補を浅草の中国料理店「龍圓」の2階借り切り、ということにしました。3店ともカジュアルな店、かつ、おいしい、かつ、借り切りが可能っぽい、かつ、下町っぽい商店街が近くにあり一般の空気に触れたいという首相のリクエストにも応えられそうな立地です。第三候補の店は中華だけど、まぁ居酒屋的な雰囲気の店なのでいいかと。というか、ありがちなダイニング系もイヤだし(個人的に)、居酒屋チェーンはさすがに無理(若者が多く収拾がつかなくなりそう)。となると、当日の夜の個室ですから、本当に限られてきます。
店に店員さんが出勤してくる時間まで待って、まず第一候補の「さいき」に電話しました。
ご主人が出て(14時ころ)、運良く2階が借り切れる、と。ここで「さいき」にほぼ決定したですね。首相が行くことを伝えて了解をいただき仮予約しました。ご主人「はぁそうですか」と超淡々。さすが。
で、松井さんに連絡を取り、松井さんからSPに連絡が行きなどして、「さいき」さんにはたぶん夕方、所轄の警察やSPが下調べに訪れたのではないかと思います。で、警備の面からも正式にオッケーになりました。その後、首相補佐官から電話があり、「『さいき』の前の道はクルマが入りにくいほど狭いので、近くの道で鳩山さんをおろしてそこから歩く」という段取りが伝えられました。「佐藤さん、店まで先導をお願いします」とも言われ、仕方がないからオッケーと(この辺、ちょっとリアリティがなさすぎてボンヤリしてました。「首相をボクが先導? はぁ……わかりました」という感じ)。
ボクは18時半ころに現地に着いたのですが、もう黒服(SPさん)がわらわらいて、なんだか重々しい雰囲気。
首相が現地に着いたのは18時45分ごろだったでしょうか。クルマで「さいき」がある細道の入り口前(恵比寿駅横)について、そこでボクと「はじめまして」の挨拶をし、松井さんもすぐ合流して、3人プラス大勢のSPさんで「さいき」に向かって歩き始めた、と。
事前に松井さんと「『さいき』に行くならすぐ近くの『縄のれん』に寄るのも面白いね。首相もよろこぶかも」とは電話で話していたのですが、松井さんが首相に聞いたところ「まぁそこまでは…」という反応だったらしく、それはナシということで話は決まっていたんですね。
だけど急にその場で松井さんが「さとなおさん、『縄のれん』どうする?」と振ってきて、「あ、すぐそこですよ? 鳩山さん、行ってみますか?」となって、店の前まで行きました(首相とかセンセイとか呼ぶのイヤなので、鳩山さん、と呼びかけることが多かった)。
店を外から見て、そのまま去るかと思いきや、首相が立ち止まって中を覗き、興味津々そうな顔を見せたので、「じゃ、少しだけ入りましょう!」と思わず言ってしまったですね。きっとボクの後頭部を睨みながら警備のSPさんたちが「勝手なことすんな勝手なことすんな」と呪ってたと思います。これに関してはごめんなさいとしか言いようがない。でも本当にダメならプロである彼らからストップがかかるはずなので、素人としてはあまり気を遣わないことにしました。事前にこの界隈の店を一応調べてるのかもしれないし(SPがどう動くのかはハリウッド映画くらいしか知らないから想像つかん)。
首相は「縄のれん」でとても楽しんだと思います。たぶん立ち飲みデビューだったと思うのだけど、すごく自然体。すぐに店内のお客さんと撮影大会・名刺交換大会・握手大会になっちゃったけど、それぞれに丁寧に時間をかけ、いろんなヒトの話をじっくり聞いてましたね。カウンターに首相と並んで立ったけど、この辺でもまだボクはリアリティがなくてふわふわしてました。ただ緊張はしなかったです。首相に高圧的な雰囲気がゼロなので、なんとなくこちらも普通でいられた感じ。マジで「それでいいのか」と思うくらい、上から目線じゃない人でした。
「縄のれん」のおじさんもおばさんも大層喜んで、代表的な料理をいろいろ出してくれました。ここのハラミステーキは安いけど絶品。首相も握手攻めの合間に一切れずつ食べて「うまいうまい」と。 あぁ良かった。お連れした側としては本当にホッとしたですね。「そろそろ7時なので『さいき』さんに向かいましょう」とお伝えしたときも、「悪いから全部食べましょう」と、残っていたモツ煮込みとかをばんばん食べてました。気遣いの人。
そういえば「さいき」でも気遣いの人でした。
最初はビールから始めたんだけど、ビール瓶をご自分の手元において、注ぎ役を首相がやるんですね。他の人にやらせてくれない。コップのビールが少し減ったら、自然にすぅっと手が伸びてきて注いでくれる。最初は「首相に注いでもらうオレ」みたいな感じで光栄に思っていたけど、だんだん注いでもらうことが普通に感じられて来るくらい(笑)
と、多少余談も入りましたが、「縄のれん」と「さいき」になった経緯をくわしく書くとこういう感じです。
余談ついでに書くと、相変わらず「どうせ民主党のキャンペーンかなんかに関係してるんだろ」というような "自信たっぷり" の裏読みメールが来たりしますが、あらゆる意味に置いて「ありえない」とお答えするしかありません。
どうして所属している組織で個人にレッテルを貼るのかな。古いなぁ。本当に「松井さんの友人のいちブロガー」として呼ばれただけです。松井さんと知り合ったのも、共通の友人がいたことと、彼がボクのサイトを読んでくれていたことからです。もう5年以上のおつきあい。そして、松井さんにこちらから「いつか首相に会わせて」とか言ったこともないですね(ボクがどちらかというと鳩山ネガだったことを松井さんは知っています)。
というか、仕事で首相に会うのなら、まずは社長が行くでしょう。一介のクリエーティブ・ディレクターがひとりで行くわけがない。常識的に。しかも仕事なら守秘義務がありますから、個人ブログやツイッターで詳細を公開したりできません。懲戒喰らっちゃいます。その辺を織り込んだ上での演出だとまでお疑いになるのならどうぞご勝手に。
まぁ可能性的にいうと、今後なにかご相談を受けないとも限りませんが、もしそういう機会があったとしても、今回みたいに「国民とフラットかつオープンにつながる意義」を説くと思います。
マスメディア(広告会社も含めて)のフィルターを通さない別のつながり。トップダウンで美化したイメージをつけるのではなく、血が通っている生身の人間として、悩んだり苦しんだり喜んだりする首相の姿をオープンに見せ、ボトムアップで国民とわかりあえていくこと。同じ時間に同じ人間としてフラットにつながること。そういうコミュニケーションを理解してもらい実行してもらうよう動くと思います。そういうことが実現すると、社会が根っこから変わる気がするので。
というか、また「長〜いさなメモ」に戻ってますね。すいません。ということで今日はこの辺で。
アルファブロガーはあちゅう
2009年10月04日(日) 16:41:21
昨晩は、ブログが広く普及しだした頃(2004年くらい)にその普及に大きく貢献したアルファブロガーのひとり、「はあちゅう」とご飯を食べた。
あの頃は彼女も女子大生で、ボクもちょこちょこ彼女のブログを読んでいた。とはいえ数年後にこうしてふたりでご飯しているとは思いもよらず、昨晩はなんだか不思議な気分だったなぁ。彼女もボクのサイトをずっと読んでくれていたみたいなので、お互い不思議な感じを持ちながら食べていたかも。
会うキッカケになったのは、会社の直接の後輩になったからである。彼女は名古屋に配属されたのだが、新入社員として東京で研修中に、ボクのデスクに「はじめまして!」と挨拶に来た。ビックリしたなぁ。はあちゅうがボクの存在を知っていること自体にもビックリした。なにしろ相手は超有名ブロガーだったから(少なくとも女子大生時代は)。
で、その後メールのやりとりが始まって、この前彼女が出した本「わたしは、なぜタダで70日間世界一周できたのか?」がとても良かったので感想も書いた(こちら)。そのうち一回ご飯でも食べようということになり、名古屋から彼女が東京に出てくるタイミングで、つまり昨日の土曜日にご飯を食べたという流れ。
年齢差はかなりある。「サイト始めた1995年ころって世の中ではこんなことがあってさ」「あ、そのころわたし小3なのでよくわかりません…」「……(なに!)」みたいな差(笑)。というか、彼女が生まれた年にボクはもう入社2年目だ。ううむ…。でもね、ボクの「ネット体験の長さ」と彼女の「ネット体験の濃さ」がちょうどいい感じで同等になっていて、ブロガー同士としては対等な感じでご飯食べられたのが良かったかも。彼女は1日47万PVなんてのも経験しているし、ブログ大炎上を何度も経験している。その辺の経験値が日本トップクラスにすごいので、年下感がなく、「経験者として対等」みたいな感覚。
それと、なんだか会っていて「とってもシンプルで気持ちがよい」とずっと感じていた。
ネットで色濃く身につけたフラットでオープンな感覚は、たぶん70日間世界一周で各地の人間と触れていく過程でリアルに研ぎ澄まされ、いまの彼女が出来上がったんだろうな。実に自然体で、自分のそのまんまを晒している感じ。本当の自分を隠して見栄を張るリスクをよく知っているというか、オープンにすることによるいろいろな広がりを肌で理解しているというか。うーん、23歳にしてそこに辿り着いちゃってるのかー。ちょっと溜息が出るよ。ボクなんかようやく最近そういう感じになれてきたというのに。
白金の「モレスク」にお連れしたんだけど、土曜ということで空いていてゆっくり落ち着いて食べられた。彼女はほとんど飲まないのでボクだけグラスワインをぱかぱか。はあちゅうとは関係ないけど、この店でちょっと驚いたのは、神戸は夙川の洋菓子店「ミッシェルバッハ」の名作クッキー「夙川ローゼ」がプチフールに出てきたこと。昔その店のほぼ隣のマンションに住んでましたから! 超行きつけでしたから! 地味な店だったのにどんどん有名になって(ボクも広めてしまったひとりではあるけれど)、いまでは夙川ローゼはなかなか手に入らない一品。東京でさりげなくこれが食べられるなんて、なんかうれしいなぁ。
そんなこんなで10時すぎまでご飯を食べ、再会を誓ってお別れした。どうやら11月の某イベントで再会できそうなので、またそのときにね。
彼女の潔い実行力にちょっと感化されたかも。動いてなんぼ。いろいろ動こう(これ以上?)
Yahoo! Topics
2009年10月01日(木) 12:39:06
なんか昨日のエントリー(記事)が昨晩「Yahoo! Topics」のトップに載ったようで(9月30日22時46分配信)、一瞬サイトにつながりにくくなったみたいです。すいません。
昨日の夜は「夜部会」に行っていて、みんなでワイワイ飲んだのだけど、宴会が終わった途端に急にガス欠&フラフラになったんですね。昨日はリアルやバーチャルでいろんな反応があったので、なんとなく気疲れしたみたい。
ふらんふらんになりながら一次会で帰ってそのまま寝たので、その夜はトピックスに載ったのは気がつきませんでした。で、今朝5時半くらいに起きてメールを見たら、「ヤフーのニュースから来ました!」みたいなメールが続々と。 ん? と思って「Yahoo! Topics」を見てみたら、あら載ってる。そこで初めて知った次第。
うーん、14年間サイトやってるけど、さすがにヤフートピックスに取り上げられたのは初めてかも。光栄至極ではあるけれど、ノイズや誤解も増えるかもしれないなぁ…。
でも、朝8時すぎに確認したところ、「Yahoo! Topics」トップから落ちてバックナンバーに回った模様。あ〜ホッとした(笑) ちなみに「はてなブックマーク」でも今現在で636ブックマーク。すごい。どうもありがとうございます。
ただ、なんだろう、ちょっとお伝えするのが難しい感覚なんだけど、ツイッターをやってるせいなのか、ブログに書いて外部記憶に移してしまったせいなのか、おとといの首相とのご飯が自分の中ではすでにわりと「遠い」んですね。もちろんとても大きな出来事だったし光栄だったんだけど、なんか「遠い」と感じる。ヤフートピックスに載ったのを知ったときも、なんとなく「昔のことを何故?」とか一瞬思ったし。
この感覚って、特にツイッターをやってる方はわかってくれるかもしれない。なんか「時間が過ぎ去るスピードの加速感」が最近ちょっと尋常じゃなくなっている感じなんですね。このターボな感じを「普通」と思わないように気をつけないといけないなと思います。今は。
「今は」と書いたのは、たとえばボクの昨日のエントリーを受けて、こんなことがこんな風に展開していたりする。あれからたった1日なのにガンガンつながってガンガン進行してる(笑)。このスピード感が「普通」になる日がすぐに来ると思うので。
鳩山首相とご飯した
2009年09月30日(水) 8:19:48
昨晩、ひょんなことから鳩山首相とご飯を食べた。
首相の了解を得て、ご飯中に少しだけ(失礼にならない程度に)Twitter に実況したから、知ってる方もいらっしゃるかもしれない。
ちなみに先にお伝えしておくと、お会いしたのはボクの会社の関係でもなんでもなく、仕事の話でもなんでもなく、本当に「いちブロガーとして」友人に紹介されたからである。首相がたまにボクのこのさなメモを読んでくださってるらしいこと、そしてその結果として映画「サマーウォーズ」を観たらしいことなどが重なってのお誘いであった。
経緯はこんな感じ。
昨日の朝、以前からの友人である松井孝治議員(内閣官房副長官)からケータイにメールがあり、首相の夜ご飯の予定がポッカリ空いたので一緒に食べないか、と急にお誘いをうけたのが始まりである。
昨晩は作家の山田あかねさん初監督作品「すべては海になる」の試写会に行く予定にしてたので一瞬躊躇したが、首相就任から2週間、国連やG20などの大役を見事にこなした旬中の旬の人に会える機会を逃すのはアホである。聞いたらメンバーが濃い。首相と松井さんと松井孝典さん(惑星科学者)と藤原和博さん(初の民間人校長・よのなか科を作った人)。そこにボクなんかが混じるのは失礼ではないかと思いつつ、末席に加わらせていただくことにした。
「行く店を考えてください」と言われ少々困ったが、松井議員のサジェスチョンもあって恵比寿の居酒屋「さいき」に決定。50年以上の歴史を持つ古い居酒屋だ。ここの二階は吉行淳之介やら安岡章太郎やら吉本隆明やらの溜まり場だったと聞く。島尾敏雄に至ってはほとんど住んでいたらしい。その二階の古いお座敷を借り切ることにした。警備とかどうするのかなぁとか余計な心配をしたけれど、さすがにSP(Security Police:要人警護官)だらけで心配なし。まぁ一国のリーダーだしね。
19時ちょっと前、恵比寿駅前にクルマで到着した鳩山さんを出迎え、路上で初めましてのご挨拶&握手。
いきなり「さなメモ」の感想を言ってくれたりする。気遣いの人だ。でもこの日のを読んで「ぼくの目ってそんなに変かな」と言われたときは汗かいた(笑)
商店街(というか飲み屋街)を少し歩いていて、「さいき」に行く前に少しだけ「縄のれん」という店にお連れすることにした。完璧にアドリブだったので、SPの方とか焦ったかもしれない。ごめんなさい。でもなんとなくこんな店も知ってもらいたかったので。
「縄のれん」は立ち飲みの名店。名物のハイボールとおいしい肉料理の数々。まぁ店内のお客さんとすぐに記念撮影大会になってしまって首相はあまり味わえなかったかもしれないが、レバーステーキやハラミステーキ、肉刺し、もつ煮込みなんかを食べてもらえた。で、15分ほどそこにいて、予約していた「さいき」へ移動。SPの方々に守られつつ入店。また握手攻め。首相って大変な職業だな。でも彼は誰に対しても丁寧にゆっくり接し淡々としている。政治家の人気取り的な握手ではなく、とても自然っぽかったのが印象に残った。
二階の古い座敷に秘書官を含めて6人で落ち着いて(隣の部屋にSPの方々)、まずはビールで乾杯。ボクは首相の真ん前の席。
首相を含めてみんなスーツにネクタイなのだけど、ボクはジーンズに黒いTシャツ+黒いジャケット(笑)。一国の首相に失礼かなと思いつつ、急なお誘いだったし、家に着替えに帰るヒマなかったし、まぁボクの仕事着みたいなものでもあるのでお許しを。 というか、いちブロガーですからね、逆にこの方がよいかと。
藤原さんの提案もあって、みんなネクタイはずしてビールから焼酎へ。料理もどんどん食べる。この店の揚げ物はおいしいな。アジフライとかカニクリームコロッケとか、他に刺身やぬたやサンマの塩焼きやトマトなんかを食べながら、いろんな話を。
まずは松井孝典さんが火星儀を持ち出して火星の話をし、いきなり場が浮世離れした(笑)。そこからはいろんな方面に話題が飛び、みなさんが想像するような濃い政治の話にはあまりならなかった。ただ、途中で仙谷行政刷新担当相が合流し、鈴木寛文部科学副大臣も合流し、松本剛明衆院議運委員長も合流し、数十分だけ、政治討論的緊迫した雰囲気に(まぁこれだけ揃えばほとんど政治の現場だし)。それ以外は終始穏やかな進行。ここには書けないいろんな本音が面白かったな。それにしてもみなさん本当に生真面目かつ真剣である。民主党の弱点はこの生真面目さかもしれないと思うくらい。
最初に書いたように、途中、首相にお断りをした上で、このご飯の様子を少しだけ Twitter で実況中継した。
実況中継することで首相に興味をもってもらうのが狙い。別にTwitter 普及を誰かに頼まれたわけではなく(笑)、このソーシャルメディアが持つ「フラットでオープンにつながる世界」に少しでも触れていただき、トップダウンなコミュニケーションとは違う流れを感じてもらいたかったからである(Twitter も日本ではまだ黎明期だけど、まぁある象徴として)。
別に知ってもらって何かがすぐ変わるわけではない。でも、目の前の首相に限られた時間で伝えられることとして、象徴的に Twitter に絞ってお勧めしてみた感じ。
ネット選挙のこととか、記者クラブ開放のこととか、その他もろもろお伝えしたいことはたくさんある(少しはお伝えした)。でも、いちブロガーとして紹介されたのであるならば、とりあえずソーシャルメディアの現状だけはお伝えしたいと思った。マスメディアのフィルターを通さない別の「つながり」を少しでも理解してもらいたいと。トップダウンからボトムアップへと変わってきたこの世界的な流れを理解しないと、少なくとも10代20代30代の肌感覚は理解できないし、次世代に対する政策も的を射ないと思ったから。 まぁ昨晩は議論や提案の場ではなく、(激務の合間の息抜きの)楽しいご飯&お酒の場だったので限界はあったけど。
鳩山さんは Twitter 自体を知らなかったようだけど、とても素直に耳を傾けてくれた(どんな話題にも辛抱強く丁寧に相手の目を見て耳を傾ける人だった)。でもまぁなんというか、Twitter を理解してもらうことの難しさよ(笑)
書き込む姿を見てもらったり、ボクの実況へのみなさんの返信をパソコン画面で見てもらったり(熱心に読んでくれた)、いろいろしているうちにかなり興味はもっていただけた模様。殺し文句は「オバマも使っています!」(笑)。始めてくれるかどうかは全くわからないが、スタートラインには立ってくれたようである。閉じた世界が急にオープンになるのは無理だろう。まずは第一歩。少しずつ。少しずつ。
その後、映画「サマーウォーズ」の話も出た。ああいう名作について語り合えるのはうれしいね(いま民主党有志の課題映画になっているらしい)。でも映画の後にモスバーガーに行ったのは庶民的な部分をアピールしすぎではないですか、と、ちょっとイジワルに聞いたら「いや、昔からファンで、もう20年通ってるんです。だって映画終わったのが9時すぎだし、あまり他に店が開いてないでしょ」だって。なるほど。で、その後ちょっとだけモスバーガーのメニューの話に(笑)
22時くらいに〆。完全割り勘。よく飲んだのでひとり5000円。純粋に楽しかった。
二階の座敷の窓から見える路上(店の玄関前)には記者やカメラがたくさんいて、ちょっと怖かった。こんな風に毎日追われるのって大変だなぁ…。鳩山さんが先に降りていって、なんだか大騒ぎになっている(テレビカメラも回ってた)。時の人だからなぁ。で、ちょっと静まった頃にボクも降りていき、そのまま電車で帰宅した。
電車の中、そして家で Twitter を確認したけど、ボクが予想した以上に大騒ぎになっていて(みんなが喜んでいて)少し焦ると同時にちょっと感動した。それだけみんな、国のリーダーの「血が通っている生身」を知りたいということ(マスコミが暴く姿みたいのではなく)。同じ時間に同じ人間として「つながっている」感覚を持ちたいということ。この切望感にオバマは気づいている。鳩山さんにも気づいてほしい。また機会があったらしつこくお伝えてしてみよう。
首相とご飯食べたとか書くと、いろんな憶測をする人がいると思う(首相の日々みたいな新聞記事で会食相手としてボクの会社名とか出ちゃってるし。憶測されやすい会社名だし)
でも、ボクは別に民主党に関係ないし、仕事で会ったのでもないし、ブレインでもない。こうして毎日サイトを書いているうちになんとなくこういうことになっただけである。その辺は誤解なきよう。ま、そんなことはどうでもいいけど、なんというか、「昨日より今日をよくしよう、今日より明日をよくしよう」と真剣に努力している人たちと会うのはとても気持ちいいな。とってもいいチカラをいただいた。昨晩会ってくださった方々、お忙しいだろうに、どうもありがとうございました。
あ、そういえばいま気がついたけど、首相と一緒に写真も撮らなかったし、名刺ももらわなかったし、サインももらわなかった!
忘れてたー。ちょっと残念…。でも、ま、いっか。
【追記1】
当日の Twitter での実況はどんな感じだったのか知りたいという方が多いので。こんな感じでした。
- なぜか鳩山首相とご飯中。居酒屋の小さな座敷。たまに実況できたらします。ついったーも勧めてみる。【20:10】
- いまiPhone談義。【20:24】
- いま皆さんの返信をパソコンでよんでます。首相が。【20:39】
- ちょっと濃い話になっていて書き込みにくいっす。あとで。【21:13】
- ついったーの話を濃くしています。【21:51】
- 割り勘して、そろそろ帰ります。【21:53】
- いろいろ憶測はあるかもですが、鳩山さんとお会いしたのはいちブロガーとして友人に紹介されたからです。我々のイマのフラットでオープンな感覚を素直にお伝えしてきました。【22:38】
- ようやく@satonao310のTLを全部読みました。みなさん、ありがとうございました。鳩山さんにプリントアウトしてお見せしようと思います。少しずつでも何かが変わるといいですね。でも焦りは禁物。少しずつ。【23:06】
【追記2】
お店を決めた経緯はこの日により詳しく書きました。
最近さなメモ、長くなったなぁ
2009年09月29日(火) 6:52:03
昨日、ある先輩と話していたら、「最近さなメモ、長くなったなぁ」と。
確かに超長いっすね(笑)
別にネガティブに言われたわけじゃないけど、今日は短く終えようと思います。
ちなみに昨日の超長文、青春映画として普通に解釈できるストーリーや感動的な部分はもちろん理解した上で、「SF映画としてつじつまを考えてみたもの」ですので、あしからず。
……本当は長々と書きたいことあるんだけど、でもこれでオシマイ。短いと楽(笑)
今日の日はさようなら(ヱヴァ風に)
マックが健康になって戻ってきた
2009年09月26日(土) 17:21:45
ここ1ヶ月以上、さんざん修復を試みてきた我が Mac Pro であったが(いろんな方にアドバイスいただきました。ありがとうございます)、さすがにどうにもならなくなり、愛媛に出かける前日に修理に出した。サポートセンターに電話して症状を伝え、話し合い、修理に出すことを決めたのである。見積もりは「一律5万円」(保証期間は終わっているから)。痛いけど仕方がない。Mac Pro が調子が悪いことの方が結局コストがかかる。仕事や原稿の能率が著しく落ちるから。
で、引き取りに来てもらって、そのまま愛媛&広島に旅立った。予定では1週間から10日間かかるとのこと。まぁ今月中に直ったら御の字、と思っていたら、なんと帰宅した昨日、玄関にドーンと Mac Pro のお姿が!!
家族に聞いたら、なんでもボクが旅立った翌日にはもう着いていたらしい。
修理報告書がついていたので読んだら、「ビデオカードの故障により画面表示が乱れフリーズする症状、ブラックアウトで起動しない症状が発生していることを確認しましたので、ビデオカードを交換致しました。ビデオカード交換後、動作速度に問題はありませんでした。ビデオカードの交換により改善されたと考えられます。検査工程にて各部点検し動作正常を確認致しました」とある。おお、直ったのか! やった! しかも、文章の最後に「※今回の修理は無償対応させて頂きます」とある。やった! しかもタダ!
宅急便が引き取りに来てくれたのにその配送料も払わなくてよかった模様。リコール製品でもないし、ビデオカードは取り替えてるし、実際に今ちゃんと動いているし、なんで無償なのかな(ビデオカードの不良が多発しているとかの裏はあるのかもしれないが)。でもうれしい。アップル・サポート、さすが!
まぁこういうことがなくても「アップルの犬」にかわりはないのだが、好きな企業にうれしい対応してもらうとブランド愛は確実に深くなる。「買った人をこそもてなす」のはクチコミ時代の重要な施策だと思うけど、まさにそんな体験。
ということで、ひっさしぶりに快調に動くマックで仕事中。
今日はさすがに捗ったな。ひどい環境で1ヶ月以上作業していたので、普通の環境が本当に幸せに思えてくる。カラダの健康と一緒だな。健康で、仕事があって、マックも快調って、なんて幸せなんだ!(笑)
と、「幸せだなぁ」と脳味噌が認識しているうちに出来る作業はすべてやっておこう。行き詰まるとすぐ「オレって不幸」とか考え出す脳味噌なので。では、作業に戻ります。
井上雄彦「プロフェッショナル」
2009年09月16日(水) 8:54:29
まだ自分の中でうまく消化(昇華)できていないけど、昨晩のNHK「プロフェッショナル」はとても刺激的だった。出演は井上雄彦。
彼と自分を比べるなんて傲慢だということはわかってはいるものの、彼のことを思うたび、自分がいかに「楽な道」を歩んでいるかを思い知らされる。あまりに差がありすぎて自分が惨めになるので、最近ではなるべく彼のことを考えないようにしているくらいである。数年前にわりと濃くおつきあいさせていただいたが、その間ずっと「およびもつかない」と思い知らされ続けた。いやホント、およびもつかない。
昨晩の放映で印象に残った言葉は「手に負えないことをやる」という彼が大切にしている流儀。
そして「自分がコントロールして書いたら途端にこざかしいものになるのは目に見えているじゃないですか」という言葉がそれに続く。この「自分がコントロールして書いたら途端にこざかしいものになる」というのは、彼の "創作の秘密" そのものではないかな。自分の頭の中から出てくるものなどたかが知れていて、単に「こざかしい」ものでしかないということ。キャラクターや紙や筆から勝手に紡ぎ出てくるものをこぼさず受け取って身を任せていくということ。自分の予想や実力を超えた何かがそこから生み出されていくということ。
そういえばよくお会いしている頃も彼は「こざかしくしたくない」みたいなことを何度も言っていた。「してやったり」という感じも嫌っていた。そういう "計算されたもの" の限界やみっともなさを知り尽くしているのだと思う。えてして「こざかしく」「してやったり」になりがちな広告の仕事なんて恥ずかしくて恥ずかしくて(だからその対極にある「スラムダンク一億冊感謝広告」は、自分が関わった仕事ながら、今でも自分の中のお手本だったりする)。
「手に負えないことをやる」という言葉は、番組ラストの「プロフェッショナルとは?」という問いの答えにつながっている。彼はこう言った。「向上し続ける人ですかね。これがなくなったらプロをやめないとって思ってることが、それなんで。だから、プロフェッショナルというのは、向上し続ける人、と思います」。
自己模倣は言うに及ばず、自分が獲得してきたもので回していくことすら自分に許さず、自分の手に負えない難しいテーマを自分に課すことで、常に向上し続ける。
この考え方が一貫して彼の底流に流れている。一貫して、そして徹底的に。
だからやっぱり「およびもつかない」。ボクなんか自己模倣を避けるのが精一杯なレベルで右往左往している。でもね、一歩でも二歩でも追いつこうとは思っている。あと数十年、死ぬ前には背中が見えるあたりまでなんとか追いつきたいな。追いつけるかな。
独りで先を行くつらさ・孤独さは、少しは想像できるつもり。
先を走り続けていてくれて本当にありがとう。
ご迷惑をおかけしました
2009年09月15日(火) 18:35:45
今日の早朝、「さなメモ」を更新しようと、Firefoxを開いて MovableType(ブログのプラットフォーム)の管理画面(ボクにしか見えない画面)に入ったら、なんだか画面が文字化けしていて、しかも何度やってもうまく更新できなかったんですね。
こんなことは初めてだったので詳しい方とかにメール出したりして調べたものの原因がよくわからず、仕方ないから工夫して無理矢理更新してみたら、どこかで文字エンコードのデータが変わってしまったらしく、サイト全体が文字化けという事態に! 見ていただいた方もいらっしゃると思いますが、全部「?」マークになり、悲惨な状態になったんです。原因は不明。
しかも、更新情報が FriendFeed を経由して自動に Twitter に流れるように設定してたんだけど、Twitterに流れたその更新情報も文字化け。後輩に「TwitterのTL(TimeLine)で文字化けを見たの始めてっす」と笑われる事態に。まぁ笑われて済んでいるうちはいいんだけど、ボクのサイトをRSSリーダーに登録していただいていた方には、文字化けした更新情報が大量に行ってしまったらしく、ほとんどスパム状態。これは(原因はわからないものの)本当に申し訳なかったです。すいませんでした。
そーとー焦って、手動でコピペを繰り返してとりあえずFTPし、いったん収束したものの、根本的に修復できたのは17時すぎ。といってもボクが直したんではなくて、サーバー会社がバックアップから一気に復旧してくれたんだけど。管理画面も18時すぎに復旧。あぁホッとした…。
いろんな方に心配メールをいただきました。どうもありがとうございます。いやー、昨日といい今日といい、ずぅ〜っと修復ばかりしている感じ。そういう流れなのかな。でも小難で済んでいるのはラッキーなこと。小難をこちょこちょ消費しておけば中難・大難は来ない(と信じてる)。
サーバー会社のサポートの方々、そして吉田稔さん、どうもありがとうございました。
Macと格闘
2009年09月14日(月) 5:47:35
日曜は、結局丸一日、Macと格闘してしまった。
ここ1ヶ月くらいMacの調子が非常に悪く、起動できたりできなかったり、実に気まぐれな状態だったのである。
起動しても画面が真っ黒だったり(モニターを認識しない)、モニターを認識してもモアレたり、虹色ぐるぐるが回り続けて何も出来なかったりする。仕方がないから、強制終了(パワーボタン長押し)してはCキー長押し起動でDiskWarriorのデスク起動をして修復したり、ディスクユーティリティでアクセス権の修復をしたり、Siftキー長押し起動でセーフブートしたり、Dキー長押しでディスクの検証をしたり、いろいろやってみたのだが(Twitter内でリアルタイムに教えてくださる方が数人いる。Twitterって本当にありがたい)、いったんは正常に戻るものの、作業を終えてシステム終了して就寝し、翌朝起きて起動するとまた画面真っ暗とかで、またいちから修復のやり直し。毎回毎回起動するのに30分〜1時間かかる始末。
MacBookAirを持ち歩いているのでそちらで仕事は出来るのだが、デスクトップ機にはなんといっても30インチの「Apple Cinema Display」がつながっており、パワポとか原稿とか更新とかの作業は、その広大な作業スペースが絶大なる威力を発揮する。だからデスクトップのMac Proが復活しないと作業効率が著しく落ちるのである。
もうこうなったらちょうど発売されたばかりのMac OSXのバージョンアップ版「Snow Lepard」をクリーンインストール(ハードディスクをいったん消去して入れ替える)するしかない! と判断し(Twitterでもそう勧められ)、先々週に買ってきた。で、もしかしたらという希望を込めて普通に上書きインストールしてみたのだが、インストール後1回目だけは美しく起ち上がったものの、すぐにボロボロの状態に。仕方ないから昨日の日曜日、早朝からクリーンインストールにトライしたのである。
慎重にバックアップをとり、ディスクを消去してクリーンインストールし、「Time Machine」(Apple純正のバックアップソフト)で消去前の内容をすべて移行して再起動する。これだけで2時間くらいかかったのだが、まぁそれでもまだ午前中。これでうまく行けば半日以上作業が出来る(昨日はいろいろやらないといけないことがあった)。でも、いったん起ち上がったものの、途中ですべての動きが止まりNG。うーむ…。
逆上しそうな自分を抑えつつ、もう一度クリーンインストール。今度は「Time Machine」を使わず、クリーンなまま使うことに。この場合、主要ソフトをすべてもう一度インストールしないといけないが、まぁ使ってないソフトのリストラにもいいかなと割り切って作業開始。
キレイに起ち上がり、いくつかのソフトを入れ終わった時点でも超快調。これはいいぞ、と浮かれていたら、酷使している iTunes のファイル形態がバージョンアップによって変わっており、以前の音楽データ(12000曲)がうまく移行できないことが判明。試行錯誤するもうまく行かない。だ、だめか…。
発狂しそうな自分を抑えつつ、もう一度クリーンインストール。今度は消去の方法を念入りにして(2時間かけてすべてのデータを完全消去)、「Time Machine」で祈るように移行。この時点でもう夕方。1日って早いなぁ…。
でも、今回はなんだかキレイに起ち上がり、1ヶ月以上前の、Macの調子がよかった頃の環境が再現された。お、成功かも!
念のため何度か再起動してみたが、モニターもちゃんと認識し、動きも何も問題ない。ただし、iTunes がなぜかデータを完全には読み込めておらず、半分くらいの音楽データが残ってしまっていた。まぁこれなら移行できるだろうと格闘しているうちに夜ご飯の時間も過ぎ、すべて入れ終わったらすでに夜中になってしまっていた(※そんなことはあったものの、今回の iTunes9 はいいね。ジャケットを一覧しながらどのアルバムを聴くか決められるし、iPhoneのアプリ配置を iTunes でいじれるのもいい)。
まぁでもサクサク動くので「これで長い旅が終わった」と、安心して就寝。やらないといけない作業はもう諦め、翌朝(今日)に早起きして一気に終わらせることにした。
で、今朝。4時起きっすよ4時起き。
いそいそと「じゃ、仕事しよう」と Mac に向かったのだが、ん、あれ? まさか…。またしても画面は真っ暗。モニターを認識してない!
目の前も真っ暗だ。昨日一日分をどうしてくれる!
強制終了してセーフブートで起ち上げたらモニターを認識した。で、もう一度再起動したら今度は虹色ぐるぐる。もうだめぽ。祈りを込めてもう一度再起動したら今度はうまく起ち上がった。で、アクセス権の修復だけとりあえずして、今に至る。なんだかたまに動きがぎこちないけど、なんとか動いてはいる。でもこの動きの悪さはイヤな予感。うーむ…。
9月10月と作業がたくさんあるんだけど、この調子だとまだまだ一波乱ありそうである(涙)。ぬー…。あ、中身開けてメモリの刺し直しとかしてみようかな。ちょっとやってみるか…。
3000万の積み重ね
2009年09月09日(水) 7:25:11
サイトがいつの間にか3000万アクセスを突破。いつも読んでいただき、ありがとうございます。
この数字はトップページへのページビュー累計。奥の方のページに直接来る方が多いサイトなので(おいしい店リストとか)、実数はその2倍くらいだと思う(現在1日3万くらい)。いや、RSSリーダーで読んでくださっている方の場合はカウンターは動かないから、もっとアクセスはあるんだろう。たぶん。
もうサイトもRSSリーダー(Googleリーダーみたいなヤツ)で読む時代なのでカウンターなんてほとんど意味がないんだけど、ネット創生期からからやってる人間としてはなんとなく捨てがたいものがある。1日5アクセスとか10アクセスとかで一喜一憂してたあの頃。リロードしてカウンターがひとつ動いていただけですごくうれしかった(もちろん自分のリロード分を除いて)。今、たった今、世界のどこかで誰かがひとり見てくれたんだなぁ、みたいな感慨。
1日1万アクセスを越えた頃からアクセス数に関心がなくなったが、あの頃の「今、たった今、世界のどこかで誰かがひとり見てくれたんだなぁ」の積み重ねがこの3000万という数字だと考えると、やっぱりカウンターは捨てがたい。トップページの目立つところにカウンターがあるサイトもいい加減減ったし、ちょっとアナクロっぽいけど、ボクとしては見てくださっている方をひとりひとり実感できる大事なツール。もう少しこのまま載せておこう(5000万アクセス記念プレゼントとかもやりたいし)。
昨晩は、ある「急に忙しくなってしまった国会議員」さんから立川志の輔のチケット(超プラチナチケット!)を譲ってもらえそうだったのに、仕事を理由にお断りしてしまった。なんということだ。確かに大事な打ち合わせだったんだけど、でも、志の輔だからなぁ、次はいつご縁があるかなぁ、あぁ惜しい……。どうやら「みどりの窓口」と「井戸の茶碗」をやったらしい。くぅー。
ええと、いまから宮崎に行ってきます。
とある新聞社での講演。その後熊本に移動してまた講演。宮崎では現地在住のサイト読者の方がおふたり迎え撃ってくれる。チキン南蛮、冷や汁、鶏もも焼き、宮崎牛、釜揚げうどんなどなど。楽しみ。
ロシアン・ルーレット気分でプリン体
2009年09月08日(火) 8:26:31
昨晩は、生レバー&生ビール。@押上「まるい」
10年くらいボクのサイトを読んでくださり、要所要所でタイミングよくメールをくださる方(8歳年下)と、彼の友達、そしてボク、の、男3人で出かけた。ボクはおふたりと初対面である。
サイトを読んでくださる方とは基本的にめったにお会いしない。
というのも、「ボクは相手のことを何も知らないのに相手はボクのことを熟知している」という状況がすばらしく居心地悪いからである。相手は服を着ているのにボクだけハダカな感じと言えば伝わるかな。お会いできるのはうれしいけど、なんだかとっても恥ずかしいのである。
あと、自分の健忘症も理由のひとつ。健忘症というか意識的デリートというか。
つまり、サイトに書いた内容を片っ端から忘れていってしまっているんですね。サイトに書いて、思っていることを脳味噌からサーバーに移したら、脳味噌の方のデータを削除してしまうような感覚。だから相手が「こんなこと書かれてましたよね」とか言ってくれても「あれ? そうだっけ? そんなこと書いたかなぁ」みたいに間抜けな会話になることが多くなる。これってちゃんと読んでくださっている相手に失礼になる場合も多く、申し訳ない気持ちになるですね。それもあまりお会いしない理由のひとつ。
でもこの「忘れちゃう感覚」って毎日更新している人ならわかってくれるかな。数週間前のことがとんでもなく遠い出来事となり、何があったか(よっぽど印象深くない限り)忘れちゃうのである。思い出したければ「さなメモ」内を検索して読めば思い出せるので安心なのだけど、脳味噌内からはデリートして、脳味噌内に新しい情報が入るスペースを作っておいてる感じ。
とか、いろいろ言い訳しつつ、一番怖いのは「サイトで幻想もたれているボクと、生身のボクとのギャップ」かな(笑)。
なんつうか「相手の方、直接会ってガッカリしてないかな?」とか緊張しちゃうのである。相手は相手で緊張しているらしいから、お互い実にぎこちない時間になる。
昨晩もそうだった。最初は会話もなくひたすら黙って飲んだり食べたり。
お会いした方は、10年来、とにかくいいタイミングでいいメールをくださる方だったのでこちらとしても是非お会いしたかったし、親しみを感じていたんだけど、それでもこんなにぎこちなくなる(笑)。でも、彼の友達が音楽の専門家で、なぜか急に松田聖子の天才性についての話になり、いきなり場がほぐれた。よかった。聖子ちゃんありがとう。
その後はずっと盛り上がり、なかなか楽しい晩だったのだけど、なんかもう年齢的には「生レバー&生ビール」ってドキドキするね。いつ「イタタタタタ、こ、これが痛風というものなのかぁー!」と叫ぶ恐ろしい朝を迎えるか、ロシアン・ルーレットをやっている気分でプリン体を摂取することになる。この一切れが致命的か。それとも次の一切れか。
昨晩は「これが人生最後の生レバー&生ビール」くらいな覚悟で食べたな。「まるい」の生レバーは巨大かつ大量ですからね。でも東京一と言われる「まるい」が最後の店なら相手にとって不足なし。いやぁ、さすがにうまかった。ありがとうございました。
矢野顕子と9刷とクラウドと
2009年09月05日(土) 13:38:33
みなさん、今日の夜のNHK教育「佐野元春のザ・ソングライターズ」は矢野顕子ですよ!
23時25分〜23時55分。二週連続。これは必見。いまのあっこちゃんはすごいと思う(まぁ前からすごいのだけど、この前のライブが特にすごかったから)。ちなみに明日は見逃した松本隆の回の再放送がある。18時〜19時。これもうれしいなぁ。
本当は、明日はそんな番組を見るどころではなくて、親しい編集者夫婦が家に訪ねてくるはずだったんだけど(9ヶ月の赤ちゃん連れて)、もしボクたち家族の誰かがインフルエンザ潜伏期だったら赤ちゃんにうつしちゃうかもしれないので、先ほど話し合って泣く泣く延期にした。赤ちゃんは重篤になりやすいと聞くし。インフルエンザの流行がおさまったらまた企画するということで。
というか、毎日の超満員電車やらカンファレンスやら講演会やらで、菌自体には接触していると思うんだよなぁ。手洗いもうがいも励行しているけど、カラダのどこかにはきっとついている。赤ちゃんが来たら思わずダッコしたりするし、赤ちゃんも何かに触った手をすぐ口に入れちゃったりするし、やっぱりインフルエンザが流行っているうちは無理かもね。残念。
編集者といえば、拙著「明日の広告」、9刷、決まった模様です(つか、1Q84やヱヴァ新劇場版Qみたいに、実は9刷ではなくてQ刷だったりして)。
去年の1月に発売して以来もう1年9ヶ月。未だじわじわ売れ続けているのは完全に想定外。異例のロングセラーになりました。みなさま、本当にありがとうございます。広告業界以外でも売れ出したのが増刷の原因。実際、題名は「広告」だけど、消費者を相手にしているすべての人がターゲットだし。
発売当初、冗談で「10刷くらい行くといいねぇ」とか編集者と言い合っていたんだけど、もしかしたら現実になるかも…。人生、予想外のことばかり起こる。うれしい限り。
今日は大きく仕事環境を変える作業に終日かかりそう。
本格的にクラウドを導入する。いままでも使っていたけど、仕事も原稿もクラウドにすべて移行するためにいろいろ設定中。書き物やメモをすべて「Evernote」にぶちこむことと、ブラウザをSafariからFirefoxに変えてアドオンを充実させること、そしてサブメーラーとして使っていた Gmail をラボで徹底的に鍛え直すこと。それらを使いこなせるところまで持って行きたい。それもこれも iPhoneアプリを使い出したことが大きいな。クラウドへのいい入り口になった。というかクラウドを使う意味が iPhoneで明確になった感じ。いろいろ便利な世の中なのだ。
ad:tech tokyo 終了
2009年09月04日(金) 7:42:35
2日間に渡った世界最大級の広告カンファレンス「ad:tech tokyo」が無事終了した。@パークタワーホテル。
段取りも内容も楽しさも海外のそれと遜色なく、第1回目としては大成功だったと思う。事務局の方々、そして武富さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。
おとといの初日は比較的無難な内容だったけど、2日目の昨日はつっこんだ内容のセッションが多く、とても印象深かったしワクワクしたな。
特に「中村勇吾、伊藤直樹、田中耕一郎、岸勇希」という世界トップのクリエーター4人が揃った会(モデレーターが杉山恒太郎という贅沢さ)は圧巻。過去の事例紹介に終わってしまった部分はあったものの、ad:tech におけるジャパン・プレゼンテーションとしては素晴らしかったと思う。ad:techという国際カンファレンスのキーノート・パネルで日本人のみの登壇というのは珍しいことだと思うけど、このメンバーなら恥ずかしくない。というか誇らしい。知らない人も多いかも知れないが、いまノン・トラディショナルな領域(CMとかグラフィックとかではない領域)においては、日本の広告表現は世界のトップを走っている。この4人はその代表選手。一堂に会するなんて奇跡的だ。
午後からは「Agency Development」系のセミナーを中心に聞いた。わりと印象的だったのは「次世代広告会社への脱却」というセッション。Stephen Cox、Jonny Shaw、Ruth Stubbs、須田和博、渡邊竜介(モデレーター)というメンバーでのもの。最近特によく考えているテーマなだけにいろいろ再確認&整理できて良かったな。ラストの「マーケター・タレントの育成」セッションでのぶっちゃけトークも面白かったけど、ちょっと散漫になってしまったのは残念。
カンファレンス全体に「ソーシャル・メディアが話の前提になっていること」が心地よかった。
たとえば、会場での質問は "当たり前のように" Twitter でも受け付けていたりする。Twitter が使えるのが大前提の世界。海外のカンファレンスでは Twitter で質問を受け付けたり実況があったりも普通のことになってきているようだけど、日本での大規模カンファレンスでは初めてなんじゃないかな。
ボクもよく「コミュニケーション・デザイン演習」みたいな講義をしたりするが(社内だけではなく社外を含めて)、その講義の中で「ブログやってる人、手を挙げて下さい」とか聞いたりすると、たった5%くらいだったりする。「じゃ、Twitterやってる人は?」と聞くとまぁだいたい0.1%くらい。Facebookはゼロ。ミクシイでなんとか10%程度。
まぁそういう現状に毎回毎回ボクは絶句するわけなんだけど、そういう人たちと、当たり前のように使ってる人たちとでは、日々、毎秒ごとに差が開いていることを知るべきだ。ソーシャル・メディアを使いこなせずにこれからのコミュニケーションが出来ると思っているのなら転職した方がよい。ブログやTwitterやSNSで日々発信してつながっている生活者(数千万人)の空気感や肌感がわからなくて、どうやって彼らとコミュニケーションするおつもり? (まだ Twitter をやってない人、ボクのフォローからどうぞ → satonao310)
※「知ってる(使っている)」のと「それを組み込んでコミュニケーションを作れる」のは別だけど、少なくとも「知らないと作れない」。
※※昨日のあるセッションで会場に同じ質問をしたモデレーターがいたけど、ブログは80%、Twitterで60%くらいだった。多くの人が "当然のように" セッションを聞きながらTwitterに実況していた。この現実。
ちなみに、ad:techって参加費が高いので(フル参加パスは10万円くらいする)、自腹での参加はまず無理。どうしても会社からの参加になる場合が多くなる。
その場合、年長社員優先になってしまって「燃えてる若手」が行けなかった場合もあると思うけど(ボクの近くにも参加できなかった「燃えてる若手」がいる)、基本的に ad:tech は「最新事例キャッチアップ」なのでご心配なく。勉強熱心の若手には目新しい内容ではない(あなたが内外の最新書籍やブログ、セミナーなどを日々追っかけているならば)。
ただ、普段から内外の最新書籍やブログ、セミナーなども追いかけておらず、「自分の感性」で仕事しちゃっている人の場合、今回行かなかったことでものすごく大きな差がついてしまったかも。もともと差がついているのに、それがすごい勢いで離れて行っている感じ。この差はね、ちょっとやそっとでは埋められない。アナタが埋めようとがんばっても相手もそれ以上にすごい勢いで進んでいるから。
ちょっと言葉にしにくいくらい、広告業界は大きく変化していっている。
表面的なものでも、時代の気まぐれでも、一部の先端だけの話でもなく、根本的に徹底的に変化していっている。それにまだ(まだ!)目をつぶって気がつかないフリしている人が多いことに怒りすら覚える。特にトラディショナル・エージェンシーの一部の人たち。優秀だし大好きな人が多いからこそ言う。寝るな。目を覚ませ。凍死するぞ。
ad:tech tokyo と上海蟹
2009年09月03日(木) 7:27:38
昨日は終日「ad:tech tokyo」に行っていた。
Rei Inamoto氏の話とユニクロの勝部氏の話が面白かったが、あとはボクにはそんなに目新しい話でなく、わりとおとなしめのカンファレンスだった印象。ソフトランディングという感じかな。というか自分が立っている位置が確認できた感じ。ただ、2日目は聞きたいスピーチが目白押し。今後の組織のあり方に踏み込んだテーマのものも多く、ちょっと楽しみ。
MCを日テレの土屋敏男氏がやったり、今日もCNNの副社長のスピーチがあったりと、TVメディア関係者の登壇も多かったのだが(新聞や雑誌やラジオは皆無)、フジTV出身の吉田正樹さんも「動画配信:コンバージェンスと広告モデル」というお題のパネリストとして来ていたので少し話した。沖縄での夜をうらやまれた。すいません(笑)
「ad:tech tokyo」の会場を後にして、三田の「中国飯店」に行き会食。
おととい、「9月の頭に中国飯店なんて何かのイヤガラセですか?」と、店を予約した友人に冗談で絡んだんだけど(この店、9月末くらいから旬に入る上海蟹が名物なので、その直前に行くのは何か納得できない感じになる)、その後その友人が店に電話して確かめてくれたところ「初物を出せる」となったらしく、今年は9月2日にして上海蟹を食べることが出来た(言ってみるもんだ)。
さすがにこんなに早く上海蟹を食べた記憶はないかも。
数年前のこの日には「東京の中国飯店では、今日9月25日が上海蟹の解禁日」とすら書いている。まぁ一般的にはそうだろうなぁ。早くても9月の中旬からというイメージがある。雌は10月に、雄は11月に美味しくなると言われているし。
「初物の初物ですよ!」と誇らしげに出す女将さん。初物にしても早すぎないかな。でもまぁ「初物を食べると寿命が七十五日伸びる」と言われるくらいの縁起物なので楽しくいただいた。希少だと思えば舌も錯覚して3倍は美味しく感じてくれるからね。蟹はカラダを冷やすので生姜茶も一緒に飲んで大満足。あぁ秋だなぁ。
ということで、ひと足お先に「食欲の秋」になりました。
ad:tech tokyo
2009年09月02日(水) 7:30:44
今日と明日は「ad:tech tokyo」(アドテック東京)に参加する。
「ad:tech」とはマーケティングとITテクノロジーに特化した世界最大級のカンファレンスで、ニューヨーク、ロンドン、パリなど世界各地で催されており、アジアでも中国で5回、シンガポールで2回も開催されている。なのになぜか日本での開催は今回が初めてである。
ボクもニューヨークの ad:tech に一度参加したことがあるが、同時通訳など当然なく、英語の内容が聞き取れずに苦労した(まぁ専門分野なのでだいたい雰囲気はわかるのだが)。日本での開催は「日本語もしくは同時通訳完備」「長時間ヒコーキで移動しなくてよい」「知り合いがたくさんしゃべる」「空き時間に会社に帰って仕事ができる」など、いい面がたくさんある。うれしいなぁ。今回ボクはスピーチしなくていいので超気楽。最新メソッドとテクノロジーをいろいろ吸収してこようと思う。
開催のために走り回っていた武富さん、本当にお疲れ様でした。
「子供を一人前の大人にすること」について
2009年08月26日(水) 7:43:48
親の役目は「子供を一人前の大人にすること」だ。
社会に出てひとりでちゃんと生きていける人間にする。本当なら義務教育が終わるまでに。最悪でも大学卒業までに。
ただ、この「一人前の大人」という概念が時代とともに変遷してきている気がする。
昭和初期までは「人様の前に出して恥ずかしくない人間」が「一人前の大人」。
長幼の序を知り、礼儀をわきまえ、義理と人情を知り、人様に迷惑をかけることなく、地道に立派に生きていける人。「教育=モラル」だった。モラル優先の人間観。
昭和中期〜平成初期は「会社に就職すること」が「一人前の大人になること」だった。
これは日本の高度成長に伴って「いい大学入っていい会社に入ることがいい人生」という価値観が生まれた結果だろう。立派な人=社会的地位の高い人。学歴の低い人やアウトロー的に生きている人が蔑まされる社会。
だから親の役目は「子供にちゃんと勉強させて少しでもいい大学にいれること」であった。「教育=勉強」だった。親は勉強しろと口うるさく言っていればいい。だって勉強していい会社に入ればいい人生だから。モラル教育は後退し、同時に礼儀とか義理人情とかも後退した(そういうのは会社に入ってから現場で習うこととなる)。
そして今。
親になった世代が「いい大学入っていい会社に入ることがいい人生」と刷り込まれている分、まだまだ「教育=勉強」という先入観が強いが、実は、親になった世代はみんな「いい会社に入ることがいい人生では必ずしもないらしい」と知っている。なのにまだどこかで「それでもいい大学に入れさえすれば子供は何とかなる」という幻想にすがっている。
でも、たぶん、これからの「一人前の大人」は「日本がどうなってもサバイバル出来る人間」のことだ。
子供を、国や社会がどうなろうとも生きていけるスキルと勇気とパワーを持つ人間にすることが親の役目。
昭和初期までのモラルも日本でしか通用しない。平成初期までの学歴も日本でしか通用しない。そういう日本的に共有してきた価値観が崩れても生き残れる人間にしてあげることが親の役目なのだろう。「教育=サバイバル術」である。
さて、そう考えてくるとき、子供の身につけさせるべきスキルやパワーはおのずと決まってくる。
まず、世界のどこに行っても自分の根っことしてプライドを持てる「日本人としての基礎素養」。これは「自分プレゼンテーション」に近い。自分の国の歴史・文化・宗教・芸術にくわしくなること。これを知らないと海外でバカにされるし、とても「一人前の大人」と見なされない。
次に基本スキルとしての「英語」。ただしTOEIC的なものである必要はなく、ある種のサバイバル・ツールである。同じような意味で「ネット・リテラシー」も重要。これに劣ったまま社会に出すのは親の罪だ。ネットの闇がどうのとかぬるいこと言っている暇はない。ネット世界から隔離した教育をしていると致命的なことになる。
あとは「世界観を広げること」かな。リアルな世界の広さ、様々な価値観にたくさん触れさせる。場馴れに近い。これも親の役目かもしれない。
いま娘は中3。
サバイバルを考えるとき、中途半端に日本の大学を出る必要はないので、高校卒業までと考えるとあと3年半。大学受験するかしないかは娘次第だが(受験のために強制的に猛勉強することは「努力リテラシー」をつけるためにとても重要だが、受験だけにその時期を取られてしまうのはもったいない)、いずれにしてもあと3年半で「日本人の基礎素養」と「英語」と「ネット・リテラシー」と「広い世界観」をある程度つけてあげないといけない。
時間がないな。
教育すべき事柄を整理して、優先順位をつけて子供に与えなければならない。最低限つけさせるとするとそのボーダーラインはどこらへんか、その見極めが大切かも。とりあえず「漠然と勉強させること」は止めた。娘と一緒に整理して優先順位をつけよう。
フロー型への転換点
2009年08月17日(月) 7:58:46
ツイッターで教えてもらったけど、このサンド・アニメーションはすごい。また泣いてしまった(笑)。同じヒトだとこれも素晴らしい…。
ツイッター、相変わらず浸かってみています(ボクのIDはこちら。フォローをどうぞ)。
やればやるほど、コミュニケーションの、なんか決定的な転換点のような気がしてくる。まだ始めてそんなに経ってないし態度保留状態ではあるけど、なんかちょっと「怯え」に近いものが心の奥にある。価値の転換点に特有な「怯え」。
どう言えばいいかな。小難しく言えば「ストック型からフロー型へ、人の生が変わっていく転換点」な感じかもしれない。
長く人類はストック型だった。固有財産もそうだし、知識や知恵も脳の中にストックしていく生き方だった。本だって本棚にストックしていくし、メールにしてもサイト(ブログ)にしても言葉や想いをストックしていく(もちろん例外もあるが全体の流れとして)。ストックすることは人として本能に近い自然な感情だったと思う。
でも、ツイッターに浸かってみると、強制的に「フローの奔流」に晒され、いままでのストック型生活と違う価値が一気に自分の中になだれ込んでくる。
生活も想いも言葉もフローしていく。つまりは人生が果てしなくフローしていく。切り取り方によっては自己の軽量化・細分化・断片化とも言えるのだが、でもそんなネガな感じではなく、「フローでいいじゃん」というポジな感覚が沸き起こってくる。だってそもそも人生ってフローだよね?みたいな。ストックしたってあの世まで持って行けないし?みたいな。
ここでフロー肯定になっちゃうと「いままでのストック型人生は何なんだ!」ということになるから、きっと個人的な「怯え」があるんだろうな。世代的にもどっぷりストック型だし。サイトにもどっぷりストックしてきたし。その辺、若手にはない根源的「怯え」がある。
もちろんフロー型の先例はいろいろあるし洗礼も受けてきた。WEB2.0やクラウドや集合知や知識の外部化にしたってフローな部分は多い。また、ツイッターにだってストックな部分はあるし、個人個人の使い方によってずいぶん違ってくるだろう。だから急に「怯え」だしたわけではないし深刻でもない。でもさ、なんか今回はわりと決定的な気がして。
ツイッターが持っている「決定的にフローな性格」は、普及すればするほど人の生に影響を与えるだろうし、コミュニケーション自体も根源的に変えてしまうかもしれない。もっとレポート的でイベント的で忘却的な何か。
というか、ツイッター的フロー型価値観が普及すると、たとえばストック型価値観では蔑まれがちなホームレスな人々(ストックを持たない人々)とかの立ち位置も変わってくるかもね。フロー型的にはアリでしょ。
じゃあ、そういう時代に「物欲を煽る」ってどういうこと? 広告コミュニケーションはどうなる? その辺を自分の中でしっかり解決しておかないと、なんだか本業的にも先に進めない感じ。ホント、先に進めない。もう少しどっぷり浸かって考え続けたい。
モリ × モリ
2009年08月15日(土) 20:44:18
昨日、モスクワと札幌から、ふたりの「モリ」が我が家に遊びに来てくれた。
北の国からド暑い東京へようこそ、である。前日にヨーロッパから帰ってきた時差ぼけ家族と共に、いいワインと素朴な料理でお迎えした。最高にシアワセな時間であった。
モスクワのモリとは知り合って10年くらいになるかな。ボリショイ・バレエの第一ソリストである岩田守弘くん。
2003年にモスクワの彼の家に遊びに行ってから(くわしくはこの不定期日記)、急に親しくなり、ここ数年は私設マネージャー役を勝手にやってきた(いろんなメディアの人に紹介しまくってきただけだけど)。で、ようやく去年12月9日のNHK「プロフェショナル」で取り上げられて少し有名になってきたが、まだまだ実績と日本での知名度が比例してない人である。数ヶ月前にはメドベージェフ大統領から勲章までもらった人なんだけどな。
今月4日の来日以降、昨日で4回目の逢瀬(笑)である。
ご飯は「鷹匠寿」「茶茶」に行き、この日の公演後の打ち上げパーティで少しだけ飲み、そして昨日である。たまの来日でとても忙しいのに、毎回ボクのために時間を作ってくれる。大感謝。
もうひとりのモリ、札幌のモリは演劇集団TEAM NACSのリーダーである森崎博之くん。
一昨年、昨年と2年連続でいっしょにニューヨーク・ミュージカル観劇突撃ツアーに行った仲である。もともと拙著「うまひゃひゃさぬきうどん」を読んでくれていて、2004年にあるインタビューに答えてこんなことを言っている。それを引用したさなメモを見てくれてメールをくれ、そこからつきあいが始まった。ここ3年くらいは平均毎月1回くらいは会う仲。一緒にいるとボクが「ドS」で彼が「ドM」になる。そんな関係。今年でっかい長男に恵まれ、さらにやる気に磨きがかかっている。
ふたりとも愛称は「モリ」。
うちの家族の会話で「モリがさぁ」とか話を始めると「どっちのモリ?」とツッコミが入る。超面倒。でもこれはいっそのこと会わせてしまった方がいいのではないか、ということで昨晩が生まれた。まったく関係がなかったモリとモリとが「どうも〜」と握手する。個人的にはちょっと感無量な光景。この出会いはきっと何かを生む気がするなぁ。試しに「モリ!」と呼ぶとふたりとも「ハイ」とこちらを向く(笑)。実におもろい。
ダンスの人と演劇の人。
ふたりの会話は自然と「芸術表現」の話題へ。
一応ボクも広告表現を生業とはしているが、ダンスの世界的第一人者/新進気鋭の振付師である岩田モリと、チケットがまったく取れない人気劇団の俳優/演出家/脚本家である森崎モリとの会話になんて、無粋に横入りは出来ないなぁ(したけど)。このまま雑誌の対談に使えるなぁみたいな会話の発展がおもしろかった。特に岩田モリは「ダンスを超えて演技をやっている数少ないバレエダンサーのひとり」なので、彼の森崎モリへの質問がいろいろ鋭い。「バレエ→演劇」の方が「演劇→バレエ」よりアプローチとして近いんだな。でも「言葉を使わない演劇」であるバレエのエッセンスは、演劇にもっと応用できるように思う。
ふたりとも38歳。ボクより10歳年下である。
よくぞこんなオッサンとつきあってくれるもんだ、と、いつも思っている。
そして彼らに会うたびに「ちゃんと成長しなくちゃ」と改めて思う。
ボクも年齢を重ね、少しずつ自己模倣で生きていけるようになり、堕落が始まっている実感がある。成功体験を捨て、自己模倣を遠ざけ、もっと新鮮で「生きている実感」に満ちた人生を歩まなくては。そのことを思い出させてくれるふたりのモリ。ホント、ありがとう。また是非。
縁は異なもの
2009年08月14日(金) 8:10:55
おとといはなんだか面白い夜だった。
どこから説明すればよいかな。んー…。
ええと、まず中目黒に「ビッグママ」という店があるんですね。店名通り大柄な女性がやっている店で、肉料理がとてもおいしい。生前のナンシー関が行きつけていて、彼女の消しゴム版画の看板が目印。最近ではリリーフランキーによるママの似顔絵も飾ってある。そんな店。
で、2ヶ月ほど前に久しぶりに「ビッグママ」に行ったのである。
店がすいていたのでママといろいろ話をしながら食べたのだが、いつしかボクの仕事の話になった。で、勤めている会社の話になり「あ、○○なの。ふーん。○○も最近はいい男が減ったからねぇ。昔はたくさんいたんだけど。H間さんとか。知らないと思うけど」と超遠い目で言われた。
H間さん? ええと、もしかしていま九州で役員やってる? カラダがごつくて押し出しの強いあのH間さん? 「知ってるの? あらうれしい。あたし、いままで会った男の中であの人が一番アタマがいいと思う」と。
で、自然とH間さんの話になった。
若い頃ママは音楽プロダクションをやっており、その頃よくH間さんと仕事していたらしい。しかもH間さんの奥さんは博多の高校でママの1年先輩に当たり、同じコーラス部に所属していたという縁もあったらしい。そんなこんなで家族ぐるみでつきあっていたようなのである。H間さんの当時の鎌倉の家(超モダンでお洒落な家だったとか)にしょっちゅう遊びに行っていたと懐かしそうに話してくれた。へー、親しかったんですねぇ。
ボクはといえば、まだ若い頃、あるクライアントの仕事でH間さんとご一緒したことが何度かある。超やり手の名物営業として有名だった。しかも今はボクのこのサイトをよく読んでくださっていて、「明日の広告」も読んでくださり、去年の10月には博多に講演で呼んでくれたばっかり。そのときは「ゑびす堂」というめちゃくちゃうまい割烹に連れて行っていただいた。そこでいろいろ一緒に話をしたばかりである。
しかもしかも、拙著「明日の広告」の挿絵というか図表制作は、偶然、H間さんの息子さんである晶太くんなのである。
これは超偶然なこと。図表制作をあるフリーのデザイナーにお願いしたところ、彼の部下として当時働いていたH間晶太くんが実際に手を動かしてくれていたのである。ボクはそのことを出版後に知った。ある日会社のエレベーターホールで「あ、さとうさん、はじめまして! ボクが図表つくらせてもらいました。しかもH間の息子です」と自己紹介されたときの驚きよ。マジで?
しかもしかもしかも、ちょうど「ビッグママ」に行く前日にその晶太くんから「お久しぶりです」とメールをもらったばかりであった。すごいタイミング!
そのことをママに話すと「晶太! 懐かしすぎる!」と大声で。
家族ぐるみでつきあっていたころ、晶太くんはまだ小学生。「あら〜、いま何やっているのかしら〜」と懐かしむので、じゃあ電話してみましょうということに。メールに電話番号書いてあったので、そのまま店からいきなり電話。
彼はママのことをよく覚えていた。「あら懐かしい」と電話をかわったママはほとんど涙声。そして晶太くんからH間さんの奥さんの電話番号も聞き出し、そのままの流れで奥さんにも電話。ママはもう感無量になっちゃって…。
音楽プロダクションをやめてから、屋台を始め、そして念願叶って店を出したビッグママ。飲食業に関わりだした頃からH間さんとは疎遠になっていたらしいのだけど、ずっと「また会いたい」と思っていたとか。でも昔の電話番号はつながらず(H間さん夫婦は九州に移住していたし)、ほとんど諦めていたらしいのだった。
で、その夜、「今度は晶太くんを連れてきますね」と約束して店を出たわけ。
おとといはその約束の「晶太くんを連れてくる夜」だったわけですね(ようやく前説が終わった:笑)
おととい夜、中目黒駅で待ち合わせた晶太くんは大興奮していて、なんだか可愛い(いま27歳で、ニューヨークでデザインの勉強をしている)。
店に入ったら、まぁママの喜ぶことよ。15年ぶりくらいなのかな。晶太くんも「よく覚えてます。カニとか家に持ってきてくれましたよね。あれ、うまかったなぁ」とか話す。後にも先にもあんなうまいカニを喰ったことがないとか。食事の記憶ってすごいね。
ママと晶太くんがいろんな思い出話をするのを横でニコニコと聞いていたボク。気持ちいいなぁ。楽しいなぁ。ヒトとヒトが結びつくのって大好き。こういうのってわりとボクの得意分野で、周りでよくこういうことが起こる。
で、案の定、もうひとつ偶然が起こった。
ふたりの思い出話の中に「ハマジさん」という名前がよく出てきたのだが(鎌倉の家にママとよく一緒に行って、歌い手だったハマジさんは暖炉前で歌ったりしたとのこと)、そのハマジさんが超偶然に店に入ってきたのである。それも超久しぶりの来店らしい。
「ハマジ、彼、誰だかわかる」とママ。「いえ、すいません、全然わからない」とハマジさん。「これ、H間晶太くん」。「えーーーーーーーーーー!!!」
その後の盛り上がりは想像できますよね?
九州のH間さんにも電話をし、いろんな話で盛り上がっていた。ボクはそれをニコニコ聞いてるだけだったけど、なんだかとても元気をもらえた。
あー楽しかった…。
晶太くんとも再会を誓って、さて帰ろう、と思ったらケータイにモリ(岩田守弘のモリではなく、森崎博之のモリ)から「いま新宿にいるんだけど、どこかひとりでビール飲める店知りませんか」というメールが入り、あら、だったら一緒に飲もうと新宿へ。「池林房」で最終電車まで飲んだ。これまた楽しかった。
今日はそのモリと岩田モリを引き合わせる予定。これも不思議な縁だなぁ。「モリ×モリ」はどんな化学反応を起こすことやら。
浦島太郎の帰還
2009年08月13日(木) 12:39:05
ようやく iPhone が返ってくる!
いや違った、娘がロンドンから今晩帰ってくる! だ(笑)
彼女のもっているケータイが海外では使えないこともあり、海外での緊急連絡用にボクの iPhone を貸したのだった。ただ、パケットとか使うと超高額になるので(パケ放題の対象外のため)、ネットなどには使用するなと言ってある。つまり「日本のニュースに触れる方法がない」状態。特に日本の芸能ニュースとかはね。要するに完璧なる浦島太郎。
出かけたのが7月25日。あれからたった3週間とはいえ、いろんなことがあったよなぁ。
数日前、「明日、帰りのヒコーキに乗ります」と娘から電話があった際、「日本は変わりない?」と訊かれたので「変わりある」と答えといた。「なになに!」と訊くから「さあね」と。しつこく「なになになになに!」と騒ぐから「ええとね、今朝大地震があったでしょ、それと酒井のりPがね………むはは、教えない」。電話の向こうは「ギャー!」状態だったがボクには関係なし。
というか、日本国民全員が知っている出来事を知らないのってどんな気分かね >娘
いや、たった3週間ではあるが、台風被害とか大地震とかの天災をはじめ、大原麗子死去とか押尾学事件とか酒井法子事件とか、国際的にはクリントン元大統領訪朝もあったっけ。原爆忌もあったなぁ。まぁなんだかとても濃い出来事だらけの3週間であった。
特に娘的に(そして同行した妻も)興味津々なのはやっぱ酒井法子の覚醒剤所持事件かな。
夫の連行後の長男を連れた行方不明騒動。数日後いきなり逮捕状が出て容疑者に変わった衝撃。そして出頭。自白(まだ途中)。この間のリアルタイムの動きを知らないことをさぞかし悔しがることだろう。
とはいえ、日本に残って野次馬根性でそれらの事件を追うよりもずっと充実した刺激的な毎日だったろうから関係ないけどね。ロンドンにひとりで約10日。その後、妻も合流して、パリ、ブルージュ、アムステルダムと移動して楽しんだようだし。
ただ、ひとりで日本に残ったボクとしては「ニュースくらい優越感に浸らせてくれ」というのが本音。
そのくらいいいだろう? 毎日の犬係を完璧にこなし、残り物はキレイに冷蔵庫から胃袋に移し、洗濯もすべて終わっている上に、本棚の大整理まで終了している。観葉植物まで増えている。スーパー留守番役ではないか。「のりPの話、くわしく教えて!」とせいぜいせがむがよい。つか、せがめ。お願いせがんで。
ヒグラシ、そして地震
2009年08月11日(火) 7:09:53
朝4時半ころ、ヒグラシの声で目が覚めた。
都会では珍しいカナカナカナの声。あぁなんだか箱根の森の中にいるようだ、と、しばし夢心地。ヒグラシの声は大好物のひとつ。思わずニマニマうれしくなってしまう。
のこのこと起きだしてヒグラシを聴きながらマックを起ち上げる。
最近どうもマックの調子が悪いので「DiskWarrior」を当てて様子を見る。デスクトップ型のマックが二台あるのだが、一台はまったく起ち上がらなくなってしまった(DVDトレイすら開かない)。Firewireでつなげてターゲットディスクモードで修復しなくちゃ。でも確かコイツはインテルマックじゃなかった気が。どうだったっけか。
とりあえずメイン・マックの修復が終わったので、Twitterを開いて他の人の発言を見ていたらいきなり地震。
あぁ、これは大きいなぁ、揺れの種類的に直下型というよりはどこか遠くで大地震があった感じ、とか思いつつ、とりあえず目の前のTwitterに「また揺れてるねぇ」とつぶやいてみた。まだ多少揺れてる間のつぶやき。でも一番乗りではなく、すでに数人が書き込んでいた。「地震だ!」「揺れてるね」とリアルタイムの発言がどんどん書き込まれる。朝5時すぎなのにみんな起きてるなぁ。この辺の同時間共有感がTwitterの真骨頂。
静岡で震度6弱。弱と強だと倍くらい揺れが違う。あぁ弱で良かったなぁ。
とりいそぎ静岡在住の知り合いに安否メールを出す。阪神大震災をこの身で受けたときの心細さをよく覚えているので、大きな地震が起きた地域に知り合いがいたらとりあえずメールを出すことにしている。あの独特な孤独感。天災をきっかけに実感させられる自分という存在の小ささ。そういうのを払拭するのにメールじゃ足りないけど、でも、知り合いからの連絡は意外とうれしいものなのだ。
その間にもTwitterにはどんどんコメントが連なっていく。静岡在住の人の報告もあった。この瞬間、知り合いを含め、ヒトが何を思い、何をやり、どう動こうとしているか、リアルタイムで実感できるのはスゴイなぁ。
あ、ちなみに、この時に始めたTwitter。フォローも680ほどしていただいてます。「一度やってみっか」という方、どうぞフォローしてみてください。ここでやってます。
Twitterについてはもうちょっと浸かってみてから総括しますが、「Twitter的なるもの」はメールの立ち位置を変えるかも。メールを駆逐する、とまでは言わないが、メールより圧倒的にフロー型なので、Twitterに慣れてくると「メールって不便!」とか思い始める。この感覚を味わうだけでも価値がある気がしますね。
日曜、そしてさっき、と、地震が連続で起こっているので(そしてこういうのってしばらく続くので)、定期的にリンクしている自分の記事をしつこくご紹介。「地震が起こったら、まずこれをしろ!」、「地震が起こる前に、これだけはしておけ!」。ちゃんと対策、してますか?
本棚の整理中
2009年08月09日(日) 12:13:32
昨日は数千冊の本の整理で丸一日。早朝から深夜まで。
でもまだ半分くらいしか終わっていない。果てがないなぁ。ボクも本を書く人なので「本を捨てる」ということにとても抵抗があり、なかなか決断できない。
だから、とりあえず、
・1軍(今後とも長く再読するであろう本)
・2軍(再読の可能性がある本、系統だって読みたい作家の本)
・3軍(再読しないけど、愛情があり、取っておきたい本)
・4軍(図書館にあれば充分な本)
・5軍(なんでこんな本買ったんだっけ?)
と分けて、まずは本棚をさっと一瞥して4軍5軍だけ玄関に運んだ。200冊くらい。
その後、一冊一冊、本棚から床に出し、本のホコリを掃除機で吸い取り、キレイに拭く。棚もキレイに拭く。前に掃除したのはいつだったのかな…、とにかくめっちゃ汚れている。
ちなみに、たまに小さなクモみたいなのが網というか繭みたいな巣を作っている本がある。5mm四方くらいの小さな巣。それが3つもついていたのが、つげ義春の「貧困旅行記」。さすがつげ義春(笑)
ま、そんなこんなで1軍2軍3軍と分けて棚から床に全部出し終わったのが夕方(作業開始から10時間くらい)。棚もピカピカになった。
で、まずその中から1軍をしまっていく。
48年間の読書生活で100冊くらいが1軍かな。こんなもんか。いや、こんだけあれば一生楽しいか。つか、地下の納戸にも1軍と思われる本がいろいろ仕舞ってあるから(特に歴史関係本)、200冊くらいはあるかも。
次に作家別に「系統だって読みたい作家」を仕舞っていく。ここまでで昨日終了。
で、今朝、いままで3軍の中での選択をやっていた。
目的は「本の量を半減にすること」なので、3軍もほとんどは捨てる(売る)か納戸行きなのである。これがつらい。いわゆる名作も多く、青春期などに愛読した本もいろいろある。困ったなぁ。でもここで整理しないと今回の作業の意味がない。
ただ、「外の整理は内の整理に通じる」のは確かで、いちいち「この本をこれからの人生で読むか否か」と自分に問うてみることは、自分の内面の整理につながっている。自分は何を望み、どんなことに興味が向いているのかがよく見えてくる。
途中で「再読」という価値観以外にも「自分を刺激してくれる本」というジャンル(2.5軍くらい)も足したりしたのでまた複雑化したけど、ようやくゴールが見えてきたところ。
写真は今現在の様子。この左側にも本棚が続く。本はだいたい半減。スッキリしてきた。
最近の「ダントツ大差の人気第一位」は?
2009年08月06日(木) 6:53:44
深夜の「大声でのお知らせ」で何度も目が覚め、朝4時半くらいからの「ハシャギ乗り」に無理矢理起こされ、連日ふらふらのワタシです(なんのことやらわからない方はこちら)。
よく「犬の言葉がわかったらどんなに楽しいだろう」とか言う人がいるが、あたしゃゴメンだね。だってヤツら超自己チューだぜ。
「散歩行こうよ! 散歩散歩散歩散歩!」
「ごはんが食べたい! ごはんごはんごはんごはん!」
「誰か来た! 誰だ誰だ誰だ誰だ!」
だいたいこのくらいしかしゃべらない。しかもチョー大声。こっちが疲れていようが眠たかろうが忙しかろうが全く斟酌してくれない。
まぁ「大好きー! 大好き大好き大好き大好きー!」ともしゃべってくれるんだけど、でもそこには別に言葉はいらない。言葉がなくても充分通じる。ノンバーバル。
つまり、犬はしゃべらない方がいい。「コイツ、実はこんなこと思ってるんじゃないか」とか想像して楽しんでいるくらいがちょうどいい。実際しゃべらせたらきっと大変。というか大喧嘩になりそう(笑)
犬と言えば、藤原和博さんからこんな話を聞いた。
誰でも子供のころにやる「おままごと」。
あれって数人で「ワタシはお母さん役」「ボクはお父さん役」とか役割決めて「ごっこ」をし、社会的役割を学んでいくわけなのだが、昔と今では人気の役割が違ってきているらしい。
昔は「お母さん役」とか取り合いだった。特に女の子の間では。誰もがお母さん役をやりたがり、たいていリーダー的な子が「わたしがお母さん!」って取ってったものである。ところが最近では取り合う役が違うという。
一番人気の役、なんだと思います?
驚いたというか、納得したというか…。
最近の「ダントツ大差の人気第一位」は「犬役」だそうである。
みんなが犬になりたがる。
理由は「誰からも無条件に『かわいいかわいい』と可愛がられるから」だそうだ。わんわん。
このことからいろんな社会的変化分析ができるわけだが、早朝からそんなウザイことはしない。眠くてふらふらだし。ただ、社会の底流でこういう動きがあるという事実のみ。
ちなみにお父さん役を取る人はいないらしい(笑)
お父さん不在の「おままごと」。
これはね、「子供がなりたがる『お父さん』」になっていないボクたちが悪いね。毎日一所懸命働いているのに、おままごとで「ごっこ」すらされない存在。「カッコいい!」とも「ああなりたい!」とも思われていない存在。それってどこかが決定的に間違っている。何のための一所懸命か。
というか、女性もうかうかしてられませんぜ。
あんなに子供に関わり、自分の時間を目一杯提供しているのに、「お母さん役やりたい!」って子供が激減してるんだから。犬に負けてんだから。
子供がなりたい大人が少ない社会に先はないなー。
ま、ボクは、「くやしかったら早く大人になってみろー!」派なので、「そんなになりたくないならならなくてもいいよー。でもこっちの方が断然楽しいよー」とやんややんや言うだけですけど。
モスクワから。ニューヨークから。
2009年08月05日(水) 7:51:16
昨日の昼過ぎ、ケータイに電話があり「さとうさーん、着きましたー!」の叫び声。
岩田守弘さん(ジャパン・アーツによる略歴)だ。このメモではお馴染みのボリショイ・バレエの第一ソリスト。昨日モスクワから来日した。今月いっぱいくらい日本にいる。いやーうれしいなぁ。待ちかねたよ。
ということで、いつ会ってどう遊ぶか、さっそく相談。
人気者ゆえ予定はかなり埋まってしまっているようだが(それもうれしい。数年前は予定がなかった:笑)、なんとか数日彼の予定を確保できた。私設マネージャーとして各メディア人に紹介キャラバンしたあの頃が懐かしいな。NHK「プロフェショナル」に出てからはもう大丈夫。多くの人がこの「稀なる人」を知ってくれた。
夜はニューヨークから来た知り合いとご飯。
あれは「it」というショートフィルムを撮ったときだから2004年か。NYで編集地獄に陥っていたときにメールをくれ、見知らぬ同士、一緒にご飯を食べた人。で、「日本に行くんだけど、久しぶりにご飯食べませんか?」とメールをくれ、お互い「いやぁ久しぶり!」と旧交を温めたわけ。
翌日(つまり今日)ニューヨークに帰ってしまうというから日本最後の夜。NYでは食べられないものが食べたい、と言うので、さんざん考えた挙げ句(だってNYって何でもあるからね)、あちらにない食べ物を思いついた。クジラだ!(笑) こりゃ絶対食べられないでしょ。
四の橋の「うずら」でハリハリ鍋。
クジラ肉の味はもちろん、鍋のダシの旨さ、一品でとった百合根の味つけの良さなど、堪能していただいた模様。
いろんな話をしたな。最近のNY事情(不況の話が多かった)、レストランの盛衰話、オバマなアメリカの話、日本で最初に食べたもの、東京がいかに特殊で美味しい街か、などなど。
で、またそのうちね〜、と、改札でサッと左右に分かれる。すれ違うはずのない人生が2時間だけすれ違って、またサッと分かれる。この短い一生の中で次に「すれ違う」のはいつだろう。もう「すれ違う」こともないのかもしれない。人生ってそういうものだ。
こういうすれ違い、ボクはとても好きだ。
旅行に行ったときに現地の人と会いたがるのもそういう部分かなぁ。もしかしたら自分の人生だったかもしれない他人の人生とちょっとだけすれ違ってみる。この感じ。
あと、自分が属している国や組織 "以外" の人の話を聞くのもとっても好き。
裏返せば、属している国や組織の話を聞くのはそんなに好きではない。共有している価値観の中での愚痴と生ぬるいわかりあいにとどまりがちだから。そんなことしててもどこへも行けない。
新入社員の時の大ボスの言葉「社外の人間と飲め。社内の人間とばかり飲んでるヤツはバカと思え」なんて言葉を愚直に守っているせいか、ボクは社内でもトップクラスに「社外と飲んでいる」人だと思う。いつの間にか本当に社内の人間と飲まなくなってしまった。客観的に見てもボクが勤めてる会社は魅力的な人が多い会社だと思う。でも、社内の魅力的な人より、社外の普通の人と飲んでいる方が、ボクの場合「バランスがとれる」。広い世界といろんな価値観を知れ、自分をアジャストしていける。
ちゅうことで、岩田さんの来日とかNY在住の人の来日なんか、超稀少な「すれ違い」であり、違う国&組織&価値観との出会いでもあり、バランスをとれる貴重か機会でもあり、もうなんつうかボクにとって「大好物」なわけですね。
特に岩田さんは数少ない親友のひとりだから、いろんな意味で大大好物。彼が日本に来てくれて本当にうれしい。
久しぶりの「打ち上げ」
2009年08月04日(火) 8:52:39
昨晩はある仕事の打ち上げ。
世の中的に目立ったキャンペーンではないけれど、ある層に向けて丁寧にコミュニケーションすることを目的にしたもので、キャンペーン後の店頭調査によるとその目的はきっちり果たせた模様。「広告ができること」を限定し、ゴールを明確に設定し(買いに来た人に店頭でその商品もしくは広告のことを販売員に訊ねてもらうこと)、すべてのメディア・表現をそこに集約させた。粛々と地道に確実にそれを成し遂げたメンバー。特に営業メンバーが実によろしかった。着実かつ明るい。営業部長のお人柄もある。お疲れ様。
それにしても「打ち上げ」って久しぶりだ。
最近、広告業界では「打ち上げ」が激減していて、ほぼ絶滅状態なのである。
たった10年前まで、広告は「作ってオシマイ」だった。CMとかを作って流したらオシマイ。だから納品したら「打ち上げ」というピリオドがあったのだが、今はずいぶん違う。納品後もウェブやらPRやらが延々と続く。だから「打ち上げ」られないのである(まぁみんな多忙で予定が合わないこともあるが)。
でも、それではなんか達成感がない。達成感がない仕事は少しずつ人間を蝕んでいく。絶対打ち上げしようね、と言い合って、納品から2ヶ月以上経ってようやく「お疲れ!」となったわけ。
打ち上げ場所は広尾のイタリアン「ラ・ビスボッチャ」。営業の若い女性の選択らしいがなかなか良い(会費が高そうだけど)。
すっごい久しぶりに来たのだが、相変わらず「ボナセーラ!」と叫んで迎えられる。懐かしいバブルの匂い(笑)。このリストランテ、著名人が壁に直接サインを残すことで有名なんだけど(壁はサインだらけ)、ボクたちのテーブル(奥の個室)の壁にもいろんな人のサインが。
ボクの正面には小泉純一郎元首相のサインがあった。
2002年の日付。田中真紀子を更迭したり、北朝鮮を電撃訪問したりした年か。
サインに曰く「柔肌の 熱き血潮を断ち切りて 仕事ひとすじ われは非情か」。
ボクは小泉政治のファンだし、格差とかいうものは構造改革のせいではないと思っているが、まぁそれはいいや。とりあえず、小洒落たリストランテにこういうアドリブ的なやんちゃな言葉を残せるリーダーをボクはちょっと愛していたな。
横に小泉孝太郎のサイン。親子で来たらしい。曰く「夢の続き」。夢の続き?
どこまでが夢でどこからが夢じゃないんだろう。
最近よくわからなくなっている。
ハードでふらふらな男やもめ生活
2009年08月03日(月) 8:02:29
昨日、娘に引き続いて妻がロンドンに発ち、およそ二週間の男やもめ生活が始まった。
これを「期間限定の独身生活♪」と書けば何やら異様に無責任で楽しそうな感じだが、現実は単なる「犬の世話係」であり、生活は逆に不自由になる。家族で分担していた犬の世話をひとりでしないといけない。朝の散歩はいいとして、問題は夜ご飯。最悪でも夜10時には家に帰ってご飯をあげなきゃイカンのだ。会食が多い身としてはなかなか厳しい。
そのうえ、必ず寝不足になる。
なぜかというと、夜から朝にかけて犬が超過敏になりやがるのだ。
深夜、ちょっと外で物音がしただけで「お母さんが帰ってきたかもよ!」「きっとこの足音は響ちゃん(娘)だよ!」とわざわざ枕元に来て大声でお知らせしてくれるのだ。いつもいる二人がいないので、常に待機状態なわけですね。耳をそばだてて生きている。
そこに「早朝散歩」が重なる。
家族が揃っていると犬の散歩時間はバラけるのだが、つまり、ボクが早朝に連れて行ったり妻が昼前に連れて行ったり娘が夕方連れて行ったりいろいろなのだが、ボクしかいないと「出勤前の早朝散歩」のみになる。
そうなると、朝5時前には犬がもうそわそわしだすのである。
そろそろ散歩だー♪とウキウキし、枕元に座ってボクの一挙手一投足を見守っている。ボクはまだ寝てるわけだが、たまに寝返りくらいは打つ。それが致命的。犬は「あ、お父さんが起きる! 散歩だ!」と早とちりし、ベッドにハシャギ乗ってくるのである。
深夜の超過敏に、朝5時のハシャギ乗り。
まぁもともと5時起きの人なのでハシャギ乗りは百歩譲るが、深夜の「大声でのお知らせ」がつらいなぁ。一度目が覚めると眠れなくタイプなの。許してくれ。
そしてそのまま寝不足のふらふらで早朝散歩に行くのもつらい(暑いし)。そんでもって相変わらず仕事は山とある。そのうえ時間をやりくりして会食を早く始めて早く終わらせ、10時には家に帰らないといけない。家に帰ったら帰ったで本棚整理作業中ゆえ足の踏み場もない状態。うーむ…。ドラクエ早く終わって良かったかも(まだラストダンジョンだけど)。
そんな感じで、わりとハードでふらふらな男やもめ生活、スタート。
仲畑貴志さんとサシ飲み
2009年07月31日(金) 18:30:54
昨日の夜遅く、仲畑貴志さんとサシで飲む機会を得た。
言わずとしれたコピーライターの超大御所(代表作はWikiにくわしい)。広告クリエイターを志したヒトはみな憧れる方である。まさかサシで飲める日が来るなんて。20年くらい前の自分にそっと耳打ちしてやりたい。
最初からサシだったわけではなく、仲畑貴志さん、秋山道男さん、杉山恒太郎さんの3人が飲んでいるところに合流して、まずは4人で飲んでいたんだけど、杉山さんが帰り、秋山さんが帰り、そして仲畑さんとふたりきりになったという流れ。
というか、この3人、いま思い出してもスゴイ。
秋山さんは経歴をうまく説明できない異能の人。よく知られたところでは、チェッカーズの総合プロデュース、無印良品の全般プロデュース、内田春菊の名付け親などかな。Wikiを読むとその異能ぶりがよくわかる。
杉山さんも言わずとしれたCM界の大御所で、代表作は「ピッカピカの一年生」「ランボー」など(Wiki)。まぁずっと直属の上司だったのだが、いまではずいぶんと雲の上。
つまりは、コピーライター、プロデューサー/エディター、CMプランナーの大御所が3人で飲んでたところに呼ばれて、ノコノコと「お邪魔しまーす」と入っていったわけで、素面になって思い出すとちょっと足が震える。3人とも全く偉ぶらないので緊張はしなかったけど、なんとも非日常すぎて、最後までお尻がもじもじ落ち着かなかった。場所は六本木のイタリアン「アモーレ」。そういえば途中から澤口シェフも少し合流したっけな。その後ふたりでもう一軒。
でもせっかくの時間も、飲み過ぎでよく覚えていない(笑)。
仲畑さんと2人で話が盛り上がって何度か「おお!」と握手したのを覚えているが、とにかくたくさん飲まされてしまったのだ。
仲畑さん、2人きりになってから(いい加減酔っているというのに)「まだ一本くらいは飲めるよね?」と高い赤ワインをオーダーし、ワイングラスのてっぺんまで並々つがれ「ま、飲みなよ」とか言って見てるんだもん。ボトルあけないと失礼な気がしてガンガン飲んだ。結局ひとりでボトル2本くらい飲んだかな。その後のもう一軒ではもうデロデロ。とにかくふたりで何度か握手したことくらいしか覚えていない。もったいなさすぎ。
あぁ、でも、握手しながら「この手が…」と思ったことは覚えている。意外と小さな手。この手からあれらのコピーが生まれたんだなぁ…。
彼のコピーを読みながら「こんなコピーが書ける未来が来るのかな、いや来ないんだろうな」とか思っていた昔の自分。いまだに全く書けてはいないけど、同じ業界の違う部分で前線に出られるようにはなった。それはたぶんそうやってウジウジした昔があったからなんだろうな。
おかげで二日酔いだったけど、シアワセな二日酔い。いい週末を迎えられそうだ。
普通で常識的で等身大
2009年07月26日(日) 8:38:05
数日前、和田裕美さんとご飯を食べた。
言わずとしれたベストセラーの著者にして有名な営業ウーマン。
前回お会いしたときも思ったけど、「28歳にして世界でNo.2の成績をあげた営業ウーマン」とか聞くとちょっと怖いけど、ホント、まったくそういう部分がなくて「普通」なのであった。ガンガンにアピールしてくることもなく、クセの強さもなく、わざとらしい笑顔もなく、とても控えめで柔らかくて「普通」ないい人。ものすごく常識的で等身大。ある意味徹底して等身大。
でも、考えてみると、「今」って優秀なヒトほど「普通」だなと気がついた。
普通っぽい。常識的。とっても等身大。
ボクの周りの有名クリエーターたちも、とっても普通で常識的で等身大な人ばかり。
昭和時代は、優秀なヒトは何かヒトと違う異様な部分が目立っていたと思う。見るからに人と違う雰囲気をまとっていた。クリエーターとかアーチストは特にね。そうしないと「大衆」から抜け出られないからだろうな。群から抜け出て目立つための方策でもあったのだと思う。
で、「大衆」とか「マス」とかいう言葉が死語になりつつある現在(死語にした方がいいくらい変化しつつある現在)、群から抜け出てますよというアピールがいらない。「個」を必要以上に主張しなくてよくなった分、そういう人たちも普通で常識的で等身大でいられるようになったのかも。いや、逆か。普通で常識的で等身大であることが逆にとっても大切になったのかも。そうしないと共感を呼べない。生活者と豊かなコミュニケーションをとれない。そういう時代。
クリエーターもアーチストも普通っぽくて常識的な人が増えたけど、小粒になったとかそういうことではなくて、それがとっても大切な時代なんだな、きっと。
優秀な人ほど普通を大切にする。常識的な目線とか考え方を常に意識する。等身大の自分から離れないように気をつける。
和田裕美さんはまさにそんな人。「カー・ウント・カー」でおいしい料理を食べながら、内心ずっと感心してた。この普通さこそ、時代に乗っているということ。そういうことなのだろう。
娘、ひとりでロンドンに出発
2009年07月25日(土) 12:46:40
今日、娘(中3)がひとりでロンドンに向かった。
ロンドンでお世話になるのはメールで知り合った日本人家庭。まだ一度しかお会いしたことがない(笑)。でも一度お会いすれば充分わかる。信頼できるご家庭。ホントお世話になります。同じ年頃の女の子がふたりいるのもいい。まぁ英語の勉強のためというよりは「場馴れ」と「勇気」と「経験」のためなので、日本人家庭で一週間、というのはちょうど良いかな。ちょっと臆病な娘なので。
一週間ひとりでお世話になったあと、妻がロンドンに追いかけていって、ふたりでロンドンとかパリとかブルージュとかアムスとか回るそうだ。もうその時点で予算オーバーなので、ボクは合流せずお留守番である。前にも書いたが、今年の夏は本棚整理。地味な夏。
ヒコーキは例によってJALなので子供ひとりでも安心だが、彼女にとっては「ひとりヒコーキ」もかなりの冒険だろうなぁ。あと出入国カードとか入国審査とかもドキドキだろう。さっき飛び立ったばかりだからまだ日本領空内だと思うけど、揺れていないといいな。いまごろ機内映画でも見始めたところだろうか。
でも、ま、娘のことは忘れよう。
心配しても仕方ないし、中3くらいからは「親離れ子離れ」の時代。もうそろそろ「他人」になる訓練。お互いに。冷たい意味ではなく。
昨日から本格的に浸かりだしたツイッターは、フォロワーも一晩で240人ほどになり、もうすぐ昨日書いた「採用基準」を満たしそうだ(笑)。フォローしてくださっている方々、ありがとうございます。
どうやらツイッターには「意味」を求めてはいけない感じですね。茶の間のとりとめない会話に近い。ブログはちゃんと意志を持って書いた言葉。ツイッターは意志も意味も脈絡もなく口から出た言葉。でもその言葉が大量に積み重なるとちょっとした渦になる。海流のようなものが出来る。その感じが面白い。もうちょっと浸かってみないとわからないけど。
ツイッター、しばらく浸かってみます
2009年07月24日(金) 6:49:08
ツイッター(Twitter)にはなんとなく1年くらい前くらいから登録している。
でも、自分のサイトで毎日発信すること以上に「発信するもの」の数を増やすのは「つぶやき」とはいえどうなのか、と思い、アクティブにはやってなかった。ヒトのつぶやきをフォローする時間がもったいない感覚もあった。時間は有限。他にしたいことがヤマほどある。
最近若い友人がやり始めたので、少しフォローしていたが、やっぱりボクには20代の若者ほど「つぶやきのつながり」は実感できず、「うーむ…」とか思っていた。自分でつぶやいてもいまひとつ面白くない。世代差かな。もしくはリア充だからかな(笑)
とはいえ、アイデア・メモ帳的に使っている人がいたり、不特定多数に何かの疑問を投げかけて即座に答えをもらっている人がいたりするのは面白いなと思った。つぶやいた地点を特定できて「これをつぶやいたヒトはすぐ近くに今いるはずだ」と探したりする感じも面白い。有名人(オバマとかオノヨーコとか)のちょっとしたつぶやきをリアルタイムで受け取れるのもなんかすごい。でもさ、やっぱり「ヒトのつぶやき」を読むヒマがさ、ないのだよ…。
ただ、先々週に iPhone を買って無料アプリの「TwitterFon」を導入してから少し変わった。
読みやすいし使いやすい。同時性と即時性が実感できるようになり、他人のつぶやきを読む楽しみも少しわかった。なんつうか「サイバー空間にどっぷり潜る感覚」がね、なかなかすごい。「ウルティマ・オンライン」に潜っていたころに感じた同時性の快感に近いかな。ようやく面白みがわかってきた。
そのうえ、ある会社が「ツイッターのフォロワーが250名以上いること」を採用条件のひとつにしたというニュースを読んで、こりゃ基礎素養として一度どっぷり浸かっとかんといかんかも、という思いも起こり、ここ両日はわりといろんなヒトのつぶやきを読み回っている。ちょうど広瀬香美さんと勝間和代さんが「ヒウィッヒヒー」を加速させている現場にも居合わせて面白かったし。
ちゅうことで、ツイッター、しばらく浸かってみます(いつまで続くかは知らん)。
このサイトの読者でツイッターやるタイプは少ないと思うけど、すでにやっている方も、いい機会だから始めますという方も、ぜひご一緒に。フォロー大歓迎。「satonao310」という名前で登録してます。ただ、全員フォローしかえすと自分のキャパ越えそうなので、フォローしかえすかどうかは気まぐれです。ごめんなさい。
つーか、いったいいつまで続くやら。
というのも、今週末からロンドンへひとり旅に行く娘が iPhone を持って行ってしまうから。これはイタイ。iPhone でやるのがイイのに。帰ってくるまでモバツィッター(ケータイ用)でしばらくやるか…。
ツイッターって出来て3年くらい経つのかな。まだ藤田晋さんでも5000人、ホリエモンでも2万人、オバマですら180万人のフォロワーしかいないので、黎明期に近いと思う。爆発的に延びそうなサービスなので、もしよろしければご一緒に。
アタマをおいしいもので一杯にしていく作業
2009年07月19日(日) 18:54:45
先月頭くらいから「おいしい店リスト」を、しこーしこーと、じわーじわーと、更新しています。数店ずつ、地道に地道に。
東京は70店くらい、関西は20店くらい(特に京都)、日本各地は50店くらい増やしました。今日も伊勢志摩の店を24店更新して、ようやく日本各地は「いま」に追いつきました。ふー…。
あとは東京の店。
200店くらい更新していない店があるんですね。メモはとってあるので、あとは書くだけなんだけど、これがなかなか…。ただし、ここ1ヶ月半くらいで140店くらい更新しているので、意外と秋くらいまでに「いま」に追いつくかもしれません。
何故この忙しいのに地道に更新にいそしんでいるのか。
実はそろそろ執筆に入らないといけないからなんですね。
雑誌「クレア・トラベラー」に連載していた「2泊3日のうまうま旅ごはん」の単行本化のために大幅に加筆修正していくんだけど、最近は本業のことばかり考えているので、なかなかアタマが「おいしいもの」方向に向かないんです。少なくともワクワクするような「おいしい文章」は書けない。アタマを早くそちら側に戻すためにじわじわ準備運動を始めてる感じ。
この単行本、本当は秋の旅行需要前には出したかったのだけど、ボクがあまりに仕事にかまけていて遅れてしまったので、いっそのことGW需要が起こる3月あたりまで延ばすことに編集者と話し合って決めました。写真がいろいろ入る本なので、3月だとしても原稿を上げるのは年内。レイアウトを決めるために一章分早めに入れるのが9月頭。そこから3ヶ月ちょっとで全部書いて入稿。そんなスケジュール。現在の仕事量を考えるとわりとギリギリかも。
てな感じで、今後も準備運動は続きます。じわりじわりとアタマをおいしいもので一杯にしていく作業。面倒だし時間はかかるけど、ちょっとシアワセ感あるかも。
サラリーマンの連帯
2009年07月18日(土) 18:59:39
昨日の「キッチン南海」は、何人かの方に「昔の何か」を思い出させたようで、エッセイのようなメールをいくつかいただいた。
ボクもまだなんとなく「昔の何か」から抜け出せず…。
なんだかモヤモヤするので、昨晩はいかにも「昭和」なサラリーマンが集まっている居酒屋、虎ノ門の「升本」で軽く飲んできた。飲むこと自体を減らしている昨今であるが(カラダに溜まった疲れを抜ききりたいため)、飲まないと決めちゃってストイックに生きるのもカラダに悪いと思う。いい加減に。適当に。
で、「升本」。
こういう、背広姿の中高年が大量に集まって赤い顔してるオヤジ居酒屋の効用は、「みんな、いろいろあるんだろうけど、毎日がんばってるんだよなぁ」みたいな、なんというか「サラリーマンの連帯」に浸れること。
自分だけが何かに苦しんでいるわけではない。自分だけが何かを喪失したわけではない。自分だけが「昔の何か」に申し訳なく思っているわけではない。みんな大なり小なりそんな辛さを引きずっている。そんな当たり前のことに、こういう大衆居酒屋は気づかせてくれる。
「升本」の2階は特に「連帯場」だね。
200人くらいのサラリーマンがわんわんしゃべって酔っている。昭和から平成へ、好況から不況へ、成長から停滞へ、年功序列から疑似実力主義へ、年長が敬われた時代からウザがられる時代へ……。いろんな変化をくぐり抜け、じっと耐えて働き続けている中高年たち。日本はこういう人たちが静かに支えている。
写真は「升本」のお酒メニュー。なんとなく可愛かったので携帯でパチリ。
可愛いというか、なんかハワイだのバリ島だのに行かずとも、こんな「飲んでる人にホッと楽しくなってもらいたい」という店員さんの小さな思いやりにこそ癒される。癒されるって言葉、嫌いなんだけど、でも、他にピッタリの言葉が見つからないな。思わず頬がゆるむ絵をありがとう。
うん、少しずつ「足元」が見えてきたかも。少しずつだけど。
神保町から九段下
2009年07月17日(金) 8:41:27
サイモン&ガーファンクルのライブを見る前、少々時間があったので神保町をほっつき歩いた。
本当に久しぶりの古書街。
こういうところにくると、「なにかいい本ないかなぁ」と掘り出し物を探しつつ、無意識に自分が書いた本も探してしまう。ちょっとドキドキしながら。
見つかったら見つかったでうれしいけどやっぱりどこか寂しいもの。読んでくれた人の本棚に定着せず、売られてしまったことが少し寂しい。とはいえ、どんな名作や稀少本でもこうして古本屋で流通するのだから(つまりは売る人がいるのだから)光栄だとも言える。複雑な気持ちだ。
古本として読む人との新しい出会いを棚でじぃっと待っている自分の本を見つけると、とってもけなげで可愛く見える。けなげだなぁ。誰かいい人に巡り会えるといいなぁ。でも親としてのボクは何の手助けもしてあげられないや…。
ライブまであと1時間半ある。ご飯を食べよう。
いくつか迷った挙げ句、学生時代以来の「キッチン南海」へ。この店30年ぶりかな。浪人時代以来だ。記憶どおりの真っ黒なカツカレー。30年も変わらないものがあるというのは幸せなこと。量も変わらない。学生サイズの山盛りだ。学生たちに交じってワシワシ食べる。となりの学生さんはカレー大盛&一品でフライをもらっていた。マジかよ。それ、見た目ですでに胃袋の倍くらいあるんですけど。
口から喉から胃袋から学生カレーの香りいっぱいのままサイモン&ガーファンクルを見に行くのもどうかと思い、珈琲の香りで多少文化的にしてから行くことに。「さぼうる」かなぁ「古瀬戸」かなぁと迷った末、これまた久しぶりの喫茶「トロワバグ」へ。ここは10年ぶりくらい。20世紀の世紀末によくここに通った。
この店も時間が止まっている。
いや、たぶんボクの時間が動きすぎている。そろそろ動くのを止めるべきときか。
ちょうどいい時間になったので、武道館まで歩いた。
神保町を抜け、九段下を通って坂を上がる。
途中で「九段下寿司政」の横を通った。あぁここでシンコを食べる手もあったな。山口瞳は「九段下寿司政のシンコを食べないと、私の夏が終らない」と書いた。そういえば今年はまだシンコを食べていない。というか、たった十数年前には夏の終わりが旬だったシンコも、最近では夏の始まりの風物詩。6月から出てくる。おかげで山口瞳の名言も、なんだかピントはずれになっちゃったな。
坂の途中から「大きな玉ねぎ」が見えてくる。武道館の屋根の上の丸い飾り。
大阪勤務のころ、爆風スランプのあの名曲を聴いて「ねぇ、この玉ねぎって何なん?」って女の子に聞かれたっけ。武道館に何度も行ったことないとあの歌詞はピンと来ないよね。超不親切。でも、当時、親切な文章を書くことを心がけていたコピーライターのボクは、その超不親切さに衝撃を受けたんだった。
ライブの客層は40代50代60代が圧倒的。あぁ同志がここにもあそこにも。
はからずも「ほっつき歩き」の懐古気分がいい前戯となった。サイモン&ガーファンクルの世界に浸る準備万端。そして1曲目が「Old Friends」。なんだか出来すぎだね。でもおかげであれから2日経っても「昔」から抜け出られない。まぁたまにはいいのだけれど。
この夏の主目的
2009年07月14日(火) 9:29:13
「今年の夏はどこか行かれるんですか?」とか訊ねられる時季になりましたね。
ええと、今年はどこも行きません。
娘と妻は行くんですけど、ボクは留守番。で、その旅行分でほぼ「夏の旅予算」を消化し切っちゃうので、ボクは今年は旅行らしい旅行はしないんです。あ、講演で新潟に行くので、そのとき少し逍遙してきますが。
今夏は、中2の娘がひとりでロンドンに行きます。
ロンドンでは「メールで知り合った方」の家にお世話になります(日本人)。娘にとっては初めての海外ひとり旅。相手の方ともこの春に日本で一回お会いしただけ(でもメールのやりとりだけでお人柄とかはわかるので安心)。彼女にとってはそこそこの試練だと思われ。
本当は現地のイギリス人の家の方がいいのだろうけど、比較的おっとりした娘なので、日本人宅でちょうどいいかと。お世話になるのは同年代(ちょっと上かな)の奥様がいるご家庭。あちらに娘さんもふたりいて、英語でもコミュニケーションが必要だし、場馴れにはちょうどいいかな。
で、1週間ちょい遅れて妻も追いかけていって、ふたりでフランスとかにも行くようです。つまり、夏の暑い時期、2週間くらいボクはひとりで留守番になるですね(犬の世話係ともいう)。
家族がいない!
となると、まぁたいてい「独身生活の極楽!」となるわけですが、この夏は「本棚の整理」を主目的にしました。地味すぎだけど(笑)
でも、本棚から床に本を全部出して整理するとなると、足の踏み場がなくなるので、家族がいないのは好都合。
数千冊あるであろう本をすべて分類しなおし、納戸に入れる物は入れ、納戸から移動してくるものは移動し、捨てるものは捨て、実用的かつ精密セレクトの本棚に作り替える予定。目に見える部分は数百冊に精選。この後の人生で再読してもいい本のみにする。あとは納戸とか戸棚の奥とかブックオフ。
これが達成できたら相当スッキリするだろうなぁ…。
ついでにデスク周りも相当リストラする予定。最低1週間はかかる大作業。ちょっとワクワクする。いい夏休みかも(笑)
蜜月状態
2009年07月13日(月) 7:53:10
昨日は午前中に都議選投票に行った後、その足で湘南に住むある方のお宅にお呼ばれ。仕事の同僚たちも集まって、テラスでのバーベキュー・パーティである。
品川から東海道線に乗る。
電車の中ではやりたいこと満載だ。もちろん、蜜月状態にある iPhone のことである。なにやろうかなぁ…。とりあえず「Byline」でGoogleリーダーを読み込み新着フィードを読もう、と、読み始めたんだけど、そのままリンク先から YouTube を見てしまい、それがなかなかの名作だったのでそのまま他のも見てしまい、いきなり熱中。ふと気がつくと電車のドアが開いており「平塚です」とかアナウンスが流れている。ゲッ! 乗り越した! しかも3つも!(笑)
わりと慎重な性格なので、電車を乗り越すとか(酔っていても)めったにしない。
何かに熱中したあげく3つも駅を乗り越すなんて初体験。まいったな…。同僚たちと駅で待ち合わせていたんだけど、当然の如く待ち合わせに間に合わず、ひとりだけ遅れていくことに。むしろ時間早めに電車に乗ったのに!
と、(いつかはそれなりに飽きるとしても)とりあえず蜜月状態のボクと iPhone です。
そうそう、iPhoneアプリ、いろいろ教えていただいてます。複数の人が推してくれたのが「FastFinga」という手書き入力ソフト。確かにコレいいですね。昨日はあと「Shazam」と「FlyCast」を入れた。いまはカレンダーソフトを探し中。「さいすけ」もいいけど、デザインがちょっと…。しばらくは純正で行くかなぁ。
まだまだいろいろお教えいただけるとうれしいです。
よろしくお願いします。
正しい「アップルの犬」
2009年07月11日(土) 9:07:43
「アップルの犬」として、アップル製品を従順に買い続けてきて早15年。ジョブズ様が打ち出す製品群を崇拝しきって生きているワタクシですが、なぜか iPhone だけは手を出さず、周りの「アップルの犬友達」からも「あれ? 買わないの?」と不思議がられていた。というか、すごく責められていた。いや、はっきり口に出して責められたわけではない。彼らの目を勝手に「責められている!」と解釈し後ろめたく思っていた。すいませんすいませんすいません。アップルの犬のくせにすいません。
理由はふたつ。
auで家族契約しちゃっていて割引の鎖につながれてしまっていること。ソフトバンクに替えるなんて家族のオッケーが出ないわけ。あと、携帯メールを頻繁に使うようになってしまい、携帯メールの使い勝手が悪そうな iPhone に替える勇気がなかったこと。もうちょっとだけ待とうかなと思ったんですね。まぁでも「犬」ならば、多少の不便を顧みず、いの一番に買うべきだよなぁ。犬失格だ。
という書き出しと表題でわかると思うけど、ようやく、ようやく iPhone 手に入れました!
3G[S]が出て、もう我慢できなくなったんです!
レストランを月に一軒分行くのを我慢して節約し、その分を iPhone にかけることにしました。
つまり、電話と携帯メール用に au を残しつつ、ネットとアプリ用に iPhone 導入したんですね。携帯2台体制に突入してしまったわけ(あ、会社用のPHSがあるから3台だ)。iPhone3G[S](32GBの白)。あぁようやく正しい「犬」に復帰できた。なんか心が落ち着いた。
買ってから半日。ずぅぅぅぅっといじってます。楽しすぎ。
操作感の良さとかの感動をいまさら書いても仕方ないので書かないけど、アプリの楽しさに参った(これもいまさらですね)。初めて e-BOOK も使ってみたが、意外と読めるのに感動。「豊平文庫」というアプリを使って青空文庫にあったフェイバリット「次郎物語」をダウンロードして読み始めた。読みやすい。さくさく読める。あぁこれなら電車で読むのには十分だ。太宰治とか中原中也とか宮沢賢治とか森鴎外とか夏目漱石とか、昔の名作がすべてタダなので、ゆっくり再読してみたい。(あとはSmell of Booksがあれば完璧!)
「マップ」の感動。「乗り換え案内」の素晴らしさ。「大辞林」の使い勝手。「産経新聞」の便利さ。未知数なのは「Evernote」だけど、これもなんだか良い感じ。ゲームもいろいろダウンロードして遊んでます。こりゃすごい生活向上マシン&暇つぶしマシン。How nice !
ということで、いまさら感に溢れておりますが、「これは絶対オススメ!」「手放せない!」というアプリがあったらお教え下さい。例によって調べまくっているのでそこそこ知識はつき始めてますが、是非よろしくお願いします。
空気で洗う洗濯機
2009年07月06日(月) 7:41:57
10年以上使った洗濯機がへたってきて、挙動不審な動きをするようになったので、ついに洗濯機を買い替えることにした。
実は「買い替える」と決めてからもう1年くらい経つ。
次は何を買おうと家族で相談しだしてから、洗濯機が急に正常な動きに戻ったのが大きい(これと同じがんばり)。そのうち不況突入で引き締めムードになったのもある。買おうと決めていた三洋電機の経営がいまいちだったのも不安要素。とかなんとか、結局1年経ってしまった。その間、同じ機種の新製品も出たし、最後のがんばりを見せた洗濯機も息切れがし始めたし、そろそろかなぁとようやく購入決断に至ったのであった。
買ったのは「SANYO AQUA AQ4000」。
家電のトレンドを追いかけている人ならわかると思うけど、例の「エアウォッシュ」がついたヤツである。
これ、個人的には相当魅力的だった。
だって水も洗剤も使わずに、オゾンの力で除菌・消臭・汚れ分解をしてくれるのである。
ちょっと着ただけのTシャツとか、なんだか匂うスニーカーとか、あまり洗いたくない(洗うと傷む)シャツとか、もちろん頻繁には洗濯屋に出せないジャケットや娘の制服なんかも、水に濡らさずに「空気」で洗って除菌消臭してくれる。
春とか秋とか、一度着たけどあまり汗になってないしもう一度着ようかなという服が出たりするけど(あまり頻繁に洗うと痛むし)、そういうのはこの「エアウォッシュ」でさっとオゾン通しておけばいいじゃん、ってなもんである。で、空気で洗って仕舞えるのがうれしい。いままでは「ちょっと着た」と言っても一度着たヤツと、ちゃんと洗って仕舞ってあるヤツを、一緒に仕舞うのはイヤだった。だから部屋に吊しておいたりして、景観的にもイヤだった。それがなくなる。あぁうれしい。
もともとオゾンってのは不安定な分子で、化学式はO3。これは酸素原子Oが3個くっついた形だそうだ。で、不安定だから、3つのうち1つを何かにくっつけて自分は安定した酸素分子O2になりたがるらしい。この性質を利用して、衣類に付着して匂いの基になっている雑菌とそいつをくっつけてしまおうというのが「エアウォッシュ」の発想らしい。オゾンは有毒だが、O2になっちゃうので残留しない。
そのオゾンの力をすすぎにも発揮するので、超節水というのもうれしい。
なんとたった5リットルの水で洗うという。少ないなぁ。しかも入浴剤を使ったお風呂の水でもオゾンが分解してキレイにしてから使えるらしい。
ま、ここで買った洗濯機の宣伝をしても仕方ない(ちなみに広告担当しているわけではない)。
いまのドラム式洗濯機はどれも機能満載だけど、「ちょっと着ただけのシャツとかを空気で洗える」というこの機能、本当に待ち望んだものだったのである。タバコの匂いや焼肉の匂いも8〜15分で完全に取れる。脱臭剤で間に合わなくなった古いスニーカーも無臭になる。うーん、快感♪ しばらくは洗濯機と蜜月で、いろんなものを空気で洗っているところ。
週刊文春に書評を書きました
2009年07月03日(金) 7:13:38
えっと、昨日発売の「週刊文春(7月9日号)」にボクが書いた書評が載っています。
書評したのは駒沢敏器さんの「アメリカのパイを買って帰ろう―沖縄58号線の向こうへ」という本。
駒沢さんは友人でもあるので、この本は出版されてすぐ買って読んでいました。
で、「なんて素晴らしい本なんだ」と感嘆したんだけど、その素晴らしさを伝えるのが意外と難しく、さなメモにどう書こうか迷っていたところに、「書評を書いてください」と偶然に文春の編集の方から依頼があったんですね。過去に2回だったか書評書いているし、沖縄の本を文春から出していることもあるのでしょう。
うわー書きたいけど…こりゃ難しいなぁと頭を抱えたんだけど、沖縄の話でもあるし、友人でもあるし、変に理解がない人が書くよりは適任だろうし、こりゃやっぱり書いた方がいいだろう…と引き受けました。
そこから悩むこと一週間。
アメリカだったころの沖縄を著者がシーク&ファインドしていくノンフィクション・エッセイなんだけど、書き出すと言及したいことが多すぎて字数が足りない(12字×91行=1092字)。参ったなぁ。中途半端に削るとその魅力が浮き出てこない。上っ面をなぞると深い部分に触れられない。んー、ままよ、いっそのこと肩の力を抜いて「さなメモ」みたいに書こう!
と、「書評」と思わず「さなメモ」なんだと意識して書いて、先週金曜日にメールで原稿送りました。
同時に著者の駒沢さんにもメールで送ったら、最大限の感謝をいただきつつ、「ちょっと力入りすぎですね。いつもらしくない(笑)」と。あは、ダメじゃん!(笑)
いつもらしく書こうとしつつ、「この本をみんなに読んで欲しい!」という気持ちが勝りすぎて結局肩に力が入ってしまったみたいですね。いや、ほんと、まったく力不足で申し訳ない。
もしよかったら立ち読みでもしてみてください。
書いた書評は来週くらいに(販売が終わったころに)ここに掲載します。
いやホント、題名からはわかりにくいですが、沖縄好きは必読だし、いままでほとんど光が当てられなかった「アメリカだったころの沖縄」を濃密にも美しく浮かび上がらせた名作だと思います。書評の冒頭でも書いたけど、「この本は近年書かれた沖縄本の中でもベストではあるまいか」とボクは思うなぁ。
喜寿
2009年07月02日(木) 7:06:03
昨晩は7月4日生まれの父を囲んで、両親+家族の5人で「喜寿」のお祝い。喜寿、つまり77歳のお祝いである。
場所は、以前両親との会食で利用して我が家で評判が高い「まき村」。
大森の、こんなところにうまい店が? と疑われるような暗い道にポツリとある割烹だが、味は一流。都心にある贅を尽くした割烹よりずっとうまかったりする。
昨晩もうまかったなぁ。
イチジクと胡麻豆腐、トウモロコシの手まり揚げ、鱧と冬瓜のお椀、すばらしい刺身(本鮪、イカ、鰈)、アワビのタタキ、若鮎、湯葉あんかけ(絶品)、鮎の炊き込みご飯、マンゴープリン…。
両親も「うまいねー、うまいうまい」と大喜びで食べてくれた。14歳から77歳まで幅広い年代が揃った会食で、各一品ごとに全員に「うまい」と言わせるのって相当ハードル高いことだと思う。それをやりきってくださった「まき村」さん。本当にありがとうございました。コースの構成も絶妙でした。
お祝いに歩数計も差し上げて、じゃあ次は金婚式か、という感じ。
ボクが来年49歳なので、来年は両親の金婚式なのである(結婚50年目。つまりボクは結婚の翌年に生まれている)。その2年後は父の80歳の傘寿。その2年後は今度は母の喜寿。お祝いが続く。貯金貯金!
ゴッドハンド以前との違い
2009年06月30日(火) 6:47:08
そろそろゴッドハンドが上海から帰ってくるぞよ。
体調が「右肩下がり」なので早く行きたい。あぁまた散財だなぁ。でもついに最後の砦「食欲」までなくなってきたのでヤバイのである。これは自分的には相当の危険水域。だって普段は40℃の熱でも食欲だけはなくならない人なので。
ボクのサイトを読んでくださっている人と会うと「体調どうですか?」とか聞かれて照れくさいのだけど、ゴッドハンドの施術が始まる前と違うのは「でも顔は元気そうですよ」と言われること。
これ、驚くなぁ。ゴッドハンド以前は、体調良くても「疲れた顔してますねぇ」と心配された。自分でもイキイキしていると思っているときに「疲れが顔に出てますねぇ」とか言われてガックリきてた。
でも今は体調がイマイチなのに「元気そう」と言われる。
自分では「いや、ホント、もうダメだから」という顔をしているつもりでも「元気そうじゃないですか」とか言われる。この違いはなんだろう。根っこから治りつつあるということか。ヨガにくわしい人からも「東洋系の施術受けたり体が変わる時はその反動作用が必ず体に出るっていいますからねえ」とメールをもらった。いま「悪いところが奥の方から出てきているだけの状況」なのかもしれぬ。
そういえば、ふと気づくと、腰痛と足痛はない。キレイさっぱり消え去った(多少座骨に違和感があるがその程度。雲泥の差)。頭痛のみが残っていて、そこにダルさと食欲不振(まだ2日目)が重なってきている感じ。そうか、治る途上での反動なのかも。それなら耐えられるぞ。陽転思考。
あとはいい本とかいい音楽とかいい舞台とかに触れて気持ちを盛り上げていこう。レジャー系の「娯楽」が減少しているなら、「プチ娯楽」を増やして精神を活発にしよう。
ということで、ある方のお誘いもあって「生きて動いている立川談志」を見に行ったりしたのだけど(「居酒屋」と「よかちょろ」を演ってくれた)、その感想はまた後日。いやぁ眼福でした。
「娯楽」の減少
2009年06月29日(月) 8:24:46
テレビを見ていたらアユの映像が流れた。ayuじゃなくて鮎ね。
あぁ一時は最大の趣味だった鮎釣りも十数年してないなぁと思いつつ、ふと自分の生活を振り返ってみると、いわゆる「娯楽」をまったくしなくなった自分に気づく。
関西勤務時代は毎週末にテニスをしていた。夏は鮎釣りも数多く行っていた。二週間にいっぺんくらい誰かのホームパーティに顔を出していた(もしくは招いていた)。ゴルフもたま〜にではあるが行っていた。温泉とかにも定期的に行っていた。近場旅行も頻繁(関西は京都も奈良も紀伊も日本海も山陽も四国も近いし)。なにより「行きつけのバー」があった。毎日のように飲んだくれてだらだら出来る空間があった。
いまはそれらがほぼゼロである。土日は仕事か執筆か更新作業か講演か取材旅行。もしくは終日ベッド。
最近は平日の夜もいわゆる「仕事系・人脈系会食」が多く、くつろげる親しい友達とも全然会えていない。
というか、酒もやめつつある。体調理由もあるが「常に頭をスッキリさせていたい」という気持ちが勝るようになってきてしまった。酔いの効用は百も承知だが、酔うこと自体が嫌いになってきている。だからバー的なストレス解消の場にも全然行っていない。
これは次へのステップなのか、いい意味で人生の変わり目なのか、もしくは退歩なのか、つまらない大人への入り口なのか、どうなんだろう…。そろそろ真剣に考えないと後戻りできなくなる…。
ま、そんなことはともかく、鮎釣りしたいなぁ。
でも東京って鮎が釣れる川が遠いんだよね。クルマも捨てちゃったしなぁ。あぁ川行きたいなぁ(←海よりも川が好き)
第一回会社高校同窓会
2009年06月28日(日) 9:54:15
先週は高校の同窓会があったので、そのことを簡単に書いておこう。
1ヶ月くらい前にたまたま鮨屋で遭遇した同じ会社の先輩がいて、流れ上その先輩と2軒目に流れたのだけど、「そういえば高校の先輩ですよね」「あ、そういえば後輩だっけ?」となり、「うちの会社にも若手が意外と多く入ってきているみたいなんですよ」「へー。マイナーな学校なのにねぇ」「そろそろ同窓会でもしますか、うちの会社限定で」「お、いいね」とか話が発展し、翌日から若手たちの手も借りて(まだ個人情報がどうのと言われないころの)高校の名簿なんかも使って卒業生を調べ始め、会社に26人もいることが判明し、みんなに一斉メールを送ったら大変喜ばれ、一気に開催が決まったというのがその経緯。
26人…。多いような気もするが、この前エレベーターで麻布学園卒業のヤツにあったら「うちの卒業生は会社に百数十人いるっす」とか言っていたので、比較すると少ないんだろうな。でもこれには理由があって、この会社の社風は、どちらかというとうちの高校の校風の真逆なのだ。
ボクは渋谷の駒場東邦という中高一貫の男子校を卒業したのだけど、この高校の校風はとてもハッキリしていて、知らない人としゃべっていても「もしかしてアナタ、駒東じゃないですか? やっぱり!」とかわかるくらい卒業生が特徴的な空気をまとっている。
それをひと言で言うと、「そこはかとなく、ぬるい」(笑)。のんびりしていて中途半端で詰めが甘い校風(どんなんや)。お人好しでシャイで保護色。だからうちみたいな真逆な社風の会社にはまったく合わないし、ほとんど誰も目指さないのである。つまりこの会社にいる人たちは超マイナー勢力。どちらかというと異端児に近い。
参加者は26名中22名。ずらっと揃うと(異端児揃いとはいえ)やっぱり「ぬるい」や(笑)。
うちの会社っぽくないのほほんとした空気が漂っている。みんなこの会社で日々揉まれ続けているはずなのになぁ。中高の校風や恐るべし。
しかもこの高校、歴史が浅く、1980年卒業のボクで21回生。
だから先輩後輩の壁もうすい。上下関係までぬるいのだ。でも新設校の良さは学校創立のころの先輩(1回生)がまだ70歳前だったりするところ。会おうと思えば会える。今回も8回生の先輩が来てくれた。一番下は45回生(会社では2年目)。わりと均等に分布している。
第一回の会社高校同窓会はぬるーくのほほんと盛り上がった。
私立校の良いところは先生が(転勤せず)長く勤めていること。18〜24回生くらいが「あのジジイ、まだいるのかなぁ」とか親しみ込めて話していると、43回生とかが「え! 先輩たちのころから、この先生、ジジイだったんですか!」と驚く。そんな昔からずっとジジイだったのか!って驚かれるのもわかるけど、こっちはこっちでその後20年以上勤めていたのか!と驚く感じ。いや、いったいあのジジイは当時何歳だったんだ? うそ、計算上は40歳とか? ありえねー! いまのオレより年下かよ! だってすげージジイだったじゃん! とか、共通の先生の話題とナンパな話題(ナンパ校だったのです)で盛り上がった。
おかげさまでみなさん満足されたみたいなので、来年の開催も決まった。
言い出しっぺなので毎回幹事かな。今回は会社から近い店で開いたけど、次回は高校の同期がやってるあの店で開こう!(笑)
大阪で日帰り講義
2009年06月27日(土) 10:43:38
昨日は大阪日帰り出張。
うちの関西支社でレクチャーというか講義2連発。第一部は「コミュニケーションの未来予想図」を中心に「生活者の自分ごとにする様々な方法」について。第二部は「戦略PR」を中心に、ボクが書いた企画書とかをお見せした。4時間ほぼぶっつづけ。さすがにガス欠。疲れた。
日々の仕事をしつつ、こうして講演とか講義とか対談とかを引き受けているのは、ボクを育ててくれた業界への恩返しという理由が大きい(キレイゴトに聞こえたらごめんなさい。でもわりと本音)。
そういう意味では大阪の講義は絶対断れない。社内なので謝礼もないし、行って帰ってくるだけなので疲れるし、しかも東京を一日不在にする分、仕事が疎かになり、なにかトラブルめいたことが必ず起きる。でも断れない。関西支社と大阪という街には恩をいっぱい返さなければ。
4時間話したあと、ダイニング・バーで軽くご飯をご馳走になり、終電間際の新幹線で帰ってきた。
行きつけのバーにも寄らずまっすぐに。土日はきっちり休みたいうえに、実はプライベートでやること満載。一泊して土曜の朝にあちらを発つと貴重な土曜が半分以上つぶれてしまう。それを避けたいくらいやること満載。
しかもですね…。
頭痛が再発している。ゴッドハンドの施術が効いていたのは5日間。6日目に再発した。まだ完治してなかったのね。あいにくゴッドハンドは上海に出張していて来週まで帰ってこない。うーむ。ま、とにかく、頭痛があったので酒も飲まず、まっすぐ帰ってきたわけです。
昨日はマイケル・ジャクソンの死亡、そしてファラ・フォーセットの死亡、と、2つもビッグニュースがあったのだけど、それについてはいろんな人が書くだろうから書くのをやめる。ホント、このごろ大きな訃報が多いのだけど、このふたつは桁違い。どんなに栄華を極めた人にも死は平等にやってくる、か…。
「独りであること」
2009年06月26日(金) 7:20:11
そうそう、一昨日の6月24日は高野悦子の命日だった。
数年に一度、6/24という数字の並びを見て、電撃に打たれるように思い出す。今年は数日前にスケジュール帳を見ていてふと思いだし、久しぶりに命日を意識した。さなメモを見ると、2003年と2004年に命日を意識している。2005〜8年は忘れていた模様。
高野悦子。
もう世間的には忘れられた人なのかな。「二十歳の原点」という本で、ボクたちのちょっと前の世代に異様に影響を与えた人。いや、いま検索したら、新装本も出ているようなので、まだ読み継がれているのかもしれない。
ボクがこの「二十歳の原点」シリーズにのめり込んだのは、20歳の大学生のころ。
「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」
この言葉と彼女の問題意識に心酔した青い日々。「ひとり」を「独り」と書くことなんかずっとマネしてた(今でもその名残があってたまにそう書く)。「独りであること」という命題については、唱えすぎて潜在意識に近いところまで下りており、無闇に孤独になりがたる癖すらある。基本的に人見知りだったりヒトと距離をとる習慣がついていたりするのもこの本の影響かもと思う。子どもの頃は「まったく人見知りしない子」だったらしいし、たしかに中高のころは人とばかりつるんでいた。この変わりようは高野悦子がきっかけか。
命日をきっかけに再読しようと一瞬思ったが、いま読むのは怖い。あれから28年の無為無策が炙り出されそうである。というか、これ以上「独り」が好きになったら困るし(笑)
経験値から自由であること
2009年06月24日(水) 6:23:15
ボクは「若者褒め派」である。
昨日のさなメモもそうだったし、いままでもいろいろそんなことを書いてきた。
実際、尊敬すべき有意なる若者は多い。学生に教えたりすることも多いせいか、一見ふにゃふにゃで情けなさそうに見える「イマドキの若者たち」が意外としっかりものを考えているのを知っているし、経済状況が悪い中で育ってきた若者たちの現実的な「夢」をなんとかバックアップできたらなと思っている。
あと、「褒める」ということを自分に課している部分も潜在意識的に少しあるかも。閉塞感ある社会でなんとかがんばろうとしている若者に少しでも自信と意欲を持って欲しいから。そして日本をちゃんと受け渡したいから。
肩書きも年齢も通じないフラットな価値観の「ネット社会」にもう15年身を浸していることも大きいかもね。メールなどで普通にやりとりしている人の中に10代の若者とかもいる。本当に肩書きも年齢も関係ない世界。ここにずっと棲んでいると、そういう不要な価値感から自由になれる。
というか、成功体験にがんじがらめになってそれを捨てられない「変われない大人」が嫌いなんだな。腐った大人が嫌い。不必要に上から目線の大人が嫌い。いまの日本の閉塞感はそんな大人たちのせいも多分にある。
でも、一方でボクはポジティブ・エイジング派。歳をとることの大礼賛者でもある。
悔しかったら早く大人になってみろ〜!と若者を囃したてたいと思うくらい「大人であること」が好きだ。生まれ変わるとしても10代20代とかまっぴらゴメン。体力だけはうらやましいが、あとは全然うらやましくない。若者でいるって大変だな、って同情しているくらい。
いや、昨日のさなメモを読んで、「さとなおさんはアンチエイジング派? 老いることへの抵抗感が大きい?」みたいなメールをいただいたので、うーん全く違うんだけどなぁ、そう読めるのかなぁ、と、なんとなく書いてみました。でも文脈なく唐突に書いているせいでとてもわかりにくいね。
なんというか、自分の考えに凝り固まらず、成功体験も身軽に脱ぎ捨てちゃうような軽やかでしなやかな大人が好きだし、そうなりたいと思ってます。「経験値が多いのに、経験値から自由であること」。そんな大人でありたいと心の底から思ってる。まだまだ軽やかには程遠いけど。
30歳と31歳
2009年06月23日(火) 6:26:19
ちょっとだけ前の話になるが、ベルリン・フィルのコンサートマスターに30歳の樫本大進氏の就任が内定した。
日本が誇るコンマス安永徹氏の後任として選ばれたらしい。今後約1年間の試用期間を経て、団員の2/3以上の賛成を得てから完全な契約を結ぶらしいが、それにしてもすごくない? あのベルリン・フィルのコンマスって…。団員になるだけでもすごいのに、コンマスって…。一般的に考えてかなりの経験値と解釈の深さ、リーダーシップの強さなどが求められるコンマスに弱冠30歳で選ばれるっていったいどんな人なのだろう。しかも年上&猛者揃いのベルリン・フィル。ちょっと考えられない。
ちょうど同じ頃、千葉市長に熊谷俊人氏が現役最年少の31歳で選ばれた。
彼は高2で阪神大震災を経験し、大学卒業後にNTTコミュニケーションズに就職したという。
すばらしいなと思うのはその行動力。政治不信を募らせていた3年前に「居酒屋で腐っていてもしょうがない」と一念発起し、脱サラして民主党の千葉市議会議員候補公募に応募して合格。1週間後に東京都内から転居し、翌年、稲毛区選挙区でトップ当選したという。そして今回も千葉市長選史上最高の17万票獲得。うーむ。まぁこれから年長&老練な議員たちに揉まれるのだろうけど、その行動力と志や良し。
30歳と31歳。
たまたまこのふたりがすごいのだとも言えるけど、やっぱり「普通に要職を任せられる20代30代」が世の中にはたくさん埋もれているのだろうなという実感を持つ。
企業の世界でも20代30代でトップを任せられる人材は意外とたくさんいるのだろう。なのに名ばかり実力主義の年功序列の中で実力を発揮しきれず埋もれきっている。まぁIT系では20代30代のトップがゴロゴロいるけどね。普通の企業ではまだまだ20代30代は下っ端の部類だ。
ボクの周りにも「こいつに企業トップに近い要職を与えたら、きっと大きく働くし、会社を変えるだろうな」という20代30代が何人もいる。「変な経験値」がつく前に彼らに要職を与えて行動させてみたいとよく思う(そんな権限が自分にないのがもどかしい)。経験値が必要な場合もたしかに多いが、意外と無経験な人でも行動力と志があったらできるもの。結局、地位が人を作るのだ。慎重さと臆病さばかりが身についた経験豊富な人より、多少危なっかしくても若い行動力と志がある人の方が企業や世の中を変える。
ボクはもう48歳。
勤めている会社においてはようやく中の上クラス。役員から見たらまだまだ下っ端である。
でも、本音を言うが、下っ端のくせに、すでに少しずつ守りに入ってきている自分を知り衝撃を受けることがある。経験値がつきすぎたのだろう。心の奥の方に妙な慎重さと諦めと守りがある。20代30代のころの蛮勇をずいぶんなくしてしまった。50代60代になったらもっと「守る」んだろうな。いろいろと築き上げてきたものを。
自分がそうだからって世の中の人みんながそうだとは言えないけど、でも、世の組織のトップである50代60代の大半は、このように「守っている」と言ってもいいと思う。日本は、「守っている人」が上の方にいっぱい巣くって慎重さと臆病さをはびこらせている、身動きとれない社会なのだ。
守っている人は若い芽を摘むのがうまい(ホントにうまい)。
20代30代の蛮勇なんてすぐ摘み取られる。自分がもし知らず知らずにそうなっていたらすぐ辞めよう。そして守る必要のない、まだ何も築き上げていない世界に旅立とう。
たった4日で3キロ減少
2009年06月22日(月) 8:24:13
去年くらいから会食が増えた。
要するに、本業の本を出して以来「一度話を聞かせろ」と言ってくださる方が増え、夜の約束が増えたわけですね。あっという間に手帳が2ヶ月先まで埋まる感じ。それを1年半続けてきた。毎晩のようにいろんな人と飲んできた。
そのうえ、あんな本を出したせいでプレッシャーの大きい仕事が増え、ストレスでの「激喰い&激飲み」も多くなっていた。普段からわりと節制する方だったけど、この1年半は「節制する」という心のゆとりがなかった。プールなどのいい習慣も消え去った。だって行っているヒマも体力もないんだもの。
でも、体重だけはキープしていた。
BMグラサン・ダイエットの中の「体重計に乗ってグラフをつける」だけは続けてきたから。あ、基礎代謝量も意識し続けてきた。これさえ守っていれば体重は増えない(自信)。
ただね、ここ1ヶ月くらい、急激に体調が劣悪になり、体重もキープできなくなっていた。グラフは相変わらずつけてるんだけど、きっと何かのバランスが崩れたのだろう。もしくは内臓がちゃんと働いていない(←ゴッドハンドに言わせるとこれが原因)。とにかく体重が少しずつだけど増え続けたのである。
結局ここ1ヶ月で一気に2.5キロ太ったですね。79.5キロから82キロへ。
微々たるものかもしれないけど、ずぅっと数年間体重をキープし続けてきた自分からするとちょっとショック。しかもこのまま際限なく増えていきそうだ…。なんだかここ1年半の不摂生が塊となって出てきた感じ。
ところが急展開!
ゴッドハンドに4日続けて通って内臓の働きを元に戻してもらったら、今朝、体重が79キロまで下がっていたのである。たった4日で3キロ! そういえば排出感も確かにあった。
カラダが正しく機能するって、スゴイんだね。
まだ治りかけで安心はできないし、今日なんかまた不調がぶりかえした感もあるんだけど(上がったり下がったりしながら治っていく)、お腹の肉もずいぶんすっきりし、体重もがくんと減り、気分はとても明るい方向へ。
油断せず完調に持って行くつもりなので、会食してくださる方々、しばらく酒抜きになっちゃいます。よろしくお願いします。
体調回復中
2009年06月21日(日) 10:59:29
結局4日連続でゴッドハンドの元へ出かけた。
相当カラダが痛んでいて「これは連続でなければ治らない。最低4日来て」と言われ、ボクも納得しての連続行。ただボクの選んでいるコースは「バカ高い」のでお財布には相当響く。まぁ「お金で健康な人生を買う」と考えれば、モノを買うよりずっと有効なお金の使い方。カラダを壊しては元も子もない。
1日目はカッピング(吸玉)と鍼と推拿。
鍼は首と座骨に計4本。彼はポイントを間違えずに深〜く入れるからかなり痛い。でも翌日には頭痛と腰痛がピタリと止まった。
2日目もカッピングと鍼と推拿。
ただ、鍼を背中(脊髄横)に一本入れた時点で「ギャギュギョ!」とボクが痛がったので、今日は鍼は一本で終了。あとは絶叫推拿。彼のマッサージはとにかく痛い。鍼の方がマシ。でもなんか鍼って苦手なんだよなぁ。大汗かいて終了。頭痛と腰痛の再発はなし。
3日目は鍼なしでカッピングと推拿。
彼のイイトコロは無理にやらないこと。ボクの反応や調子を見て変えていく。前日に鍼で痛がったので今日はなし。
カッピングはいつもは背中だけだが、今日はお腹にもやった。
あ、カッピング(吸玉)というのは、丸いカップを皮膚にパカッて吸い付けるもの。カップの中を火を使って真空にして吸い付ける。最初は痛いけどだんだん気持ちよくなっていく。ただ跡が真っ赤に痛々しく残るのが難。根性焼きの巨大なのみたいな跡が付く。
夜になって左側だけ頭痛が再発。治りかけのときによく出るらしい。でも体調は順調に回復。
4日目の昨日は、とりあえず一段落の日ということで覚悟を決めて行った。そう、鍼を受け入れる!
深呼吸してカラダ中リラックスさせ、鍼を心から受け入れる。「おー、すごいね、どんどん入る。サトさん、進歩したね。深く入ってるよ」とゴッドハンドが褒めてくれる中、「う〜痛い〜」と内心叫びながら、とにかく受け入れた。皮膚に刺すのが痛いのではない。奥の方のツボに刺さったときのもどかしくも重痛い感じが苦手なのだ。とはいえ全部で20数本。足も背中も腕も、最後は顔にも鍼を打った。我ながらがんばったなぁ…。終わってからは頭痛なし。腰痛はもうとっくにない。足痛も消え去った。
鍼を打たれながら、鍼の原理を聞いた。
ツボを刺激するとき、誰でも最初は指を使う。そのうち物足りなくなって木の棒とかを使う(そういえば木の指圧道具売ってるね)。そのうちそれにも物足りなくなって石とかもっと堅いモノを使うようになる。そのうちもっと奥に届かせたくなって、尖った石とか尖った鉄の棒とかを使うようになる。それが高じて釘みたいなものを使うようになり、その後「鍼(針)」になった、ということらしい。ツボに鍼を刺し入れて奥の方の神経を刺激する。悪いところの近くのツボに刺すとは限らない。足の先とか、遠くてもつながっている経絡に刺してカラダ全体で治していく。それがホリスティックな東洋医学。
相変わらず鍼は怖いが、でも背中と顔をクリアしたことでかなり自信がついたかも。
「とにかくサトさんはカラダ中ストレスでガチガチになっていて、それが神経を圧迫して頭痛を起こして、内臓の働きも邪魔されて弱っている状態。そうなると内臓から血も栄養もカラダに回らなくなる。それでカラダがもっとガチガチになる悪循環」だそうだ。原因不明な足の痛みも内臓のせいだとか。内臓が元に戻ってきたのか、足の痛みはなくなり、お腹の肉もすぅっと落ちてきた。最近オナラが出がちだったのだけど、これも収まっている。すごい変化である。
あとは定期的にゴッドハンドに通うお金をどうするか、だな。
業績悪化により大幅カットとはいえ、一応ボーナスが出たのでそれを当てたいとは思うが、デジタル一眼と洗濯機も欲しい。うーん…どうすっかな。