雑談
自転車は車ですから 3
2008年04月29日(火) 18:29:47
また自転車でトラブル寸前(前に書いた記事、1,2)。
というか、今回はボクから起こしたようなものか…。
朝の通勤途中、混んだ歩道を歩いていた。みんな急いでいるからボクも早足。流れに乗ってスムーズに。
と、後ろからチリンチリンチリンチリンとしつこいほどのベルが鳴り、だんだん自転車が近づいてくるではないか。歩行者を軒並み隅に追いやって歩道を突っ走ってくるようだ。最近の一連のこともあり、ムゥゥと唸って歩道の真ん中を歩くのを止めないことにした。ついにボクに追いつき、真後ろで高らかに鳴るチリンチリンチリンチリン。相当ムカッときたが我慢。横を歩く男性も道を譲る気配なし。よし、ふたりして行こう。というか、相当早足で歩いているのでチリンチリン鳴らされる筋合いはない。急ぐなら車道を行け。自転車は車なのだ。そのうえ、ひと言言っておくが、そのチリンチリン鳴らすの、基本的に交通法規違反だからな。
結局ボクの後ろで10秒くらいは鳴らしていたであろうか。目立つなぁ。相手も相当アタマに来ている模様。
で、ある隙間を見つけて自転車が一気にボクの前に出た。そのときすごい勢いでボクを睨む運転手。若い男だ。ネクタイした20代の男性。目が合い睨み返す。目があったまま自転車の速度が落ち、止まりかける。「…あぁ、ケンカになるなぁ。面倒くさいなぁ。ケンカなんて何年ぶりだろう?」とか思いつつ覚悟を決めた。というか声が出た。「おいっ」
そこで自転車は再び速度を上げた。チリンチリンと鳴らして歩行者を蹴散らしながら。
半分ホッとしつつ「おいっ!」と声で追いかける。止まらない。ちょっと先の広くなったところで大きく後ろを振り返り、またボクを睨みつけた。んでもって消えていった。
がぁ〜、アドレナリン噴出した〜(笑)
まぁ46歳のオッサンとしては青年とケンカして勝てる気はしない(上背を利用すれば互角か)。というか、ちょっとしたケンカでもケガのさせ方によっては会社に連絡が行って懲戒だってあり得る。だからケンカにならなくて正解。あんな青年のために仕事が滞るのはたまらない。でも、それにしてもアタマくる。あの「こっちは悪くない! オマエが悪い!」と信じて疑わない態度。「オレは急いでるんだ! ノロノロしやがって!」と自分の都合だけを優先する自己チューな視線。
で、例によってアタマが冷めてから反省するわけなのだが、「こっちは悪くない。オマエが悪い」と信じて疑わない態度は、あの瞬間ボクも同じではあったんだよな…。いや、実際こっちは悪くないし、法律的にもあっちの負けなのだが、とはいえ喧嘩腰以外に対応はなかったのか、大人なくせにすぐアタマに血を上らせたのはどうなのか、正論にこだわる必要があったのか、他の解決策はなかったのか。微妙に難しい。過渡期として寛容になろうと前に書いたばかりだし。つか、喧嘩腰って相手と同じ土俵ということで。んー大人げない…。
なんかそのうち本格的なトラブルを引き起こしてしまいそうな予感がするので、通勤ルートを変えようかと考え中。なにより朝からイライラするのはカラダによくない。とはいえ抑止力的オヤジも街に必要な気もする。んー、どうすんべ。
読んでは寝、寝ては読み
2008年04月28日(月) 6:57:40
昨日はクスリを飲んでビタミンCも大量にとって、暖かくしてベッドで安静。風邪初期のうちに1日で治そうとかなり真剣に風邪と闘う。おかげでたぶん治った。あぁでも「風邪で倒れる」というのも甘美な誘いだったな。久しぶりに寝込みたい欲望がある。治っちゃったけど。
安静の友は、マルクス・アウレリウスの「自省録」。いしいしんじの「ぶらんこ乗り」。小林聡美の「ワタシは最高にツイている」。読んでは寝、寝ては読み。どれもいい本だったので夢見がよい。後者ふたつはサササと読めたが、「自省録」は味読系なのでまだまだ時間がかかりそう。この手の小難しい本は高校時代に見栄はってたいてい読んでいるのだが、50歳を前にしたイマじゃないとわからないことばかりなのは自明。あの頃どんな顔して読んでいたんだろうオレ。高校時代に読んで理解したフリをしていたあれらの本は、結局成長の役に立っているのかな。
夕方から起き出して、翌朝までにどうしても仕上げないといけない企画書にとりかかった。
3時間くらいで出来ると思っていたが、あれやこれやで5時間強。7割がた出来たところで時間切れ。バージョンアップしたパワーポイントに慣れなかったのも大きい。すぐ固まっちゃうし。相変わらずだなMS。こんなことならKeynote(マックのプレゼンソフト)を使えば良かった。ぶつぶつ。
企画書作りは得意なはずなのだが、ここ数ヶ月、どうもしっくり来ない。
「明日の広告」を書いてから、少し構成に変化が出てきて、それがまだ自分に馴染んでいないのだ。本を書く作業って自分の考えをクリアにまとめる過程だから、きっと何かがボクの中で結実しているのだろうけど、その結実が逆に企画書をまとまらなくしている感じ。どこかに何か欠けているピースがある。それがまだ見えてこない。
そんなこんなで、またしてもメールのお返事が溜まってます。少々お待ちくださいませ。
風邪ひいた
2008年04月27日(日) 5:28:39
昨日の書き方が悪かったこともあり「菓子パン9個は食べ過ぎ!」というメールいくつか。
いや、菓子パンの種類がいろいろあった、という記述と、「いろいろ取って次々食べた」という記述は別なんです。途中に「……」と入っているところでボク的には少し話が変わってるのです。つか、さすがに9個も食べないし! 今年47歳だし!
ということで、ややこしいので昨日の後半少し直しておきました。実際に食べたのは5つくらい。菓子パン5つって腹一杯になるね。お土産も5つくらい買った。
その後、ホテルで休み、早めにチェックアウトして早足散歩して腹減らして、昼飯に「ピッツェリア・デ・ナプレ」「牛タン雅」「八仙」と3店行き、メールで強力推薦された「粟野の笹かまぼこ」をお土産に買って東京へ帰った。すっかり仙台が気に入ってしまった。土地勘も少しついた。
ピザ、うまかったなぁ。仙台でこのレベルのピザに出会えるとは驚き。「雅」の「たんタタキ」も良かったなぁ。「八仙」の餃子も甘みが良い良い。なんか充実した昼飯ハシゴだった。笹かまは「粟野」以外だと「白謙」も勧められたけど仙台駅では見つからず。「粟野」楽しみ。前回は違うメーカーのものを買ったが、味の違いや如何に。
で、東京に帰ってきて昨晩は仕事をしこしこ。
んでもって今朝起きたら(5時起床)、風邪をひいていた。くしゃみ多数。鼻水ズルズル。んー、おかしいな。このところ忙しかったから疲れたかな。連休前半は大切な仕事2発。連休後半は「NYミュージカル旅」に行くことが決定しているのに、やばし!
なかなか俯瞰なんて出来ないんだけど
2008年04月25日(金) 7:34:52
ある会社の、超理不尽&強制的に人事異動させられちゃう後輩に、去年書いたエントリー「サラリーマン生活の優れた部分」の中から自己引用。
んでもって、サラリーマンって「強制的に視点を変えさせられちゃう」という意味において、なかなか優れた職業(?)だと思う。異動とか転勤が理不尽に言い渡される。そして思ってもみない方向に人生が流れていく。でもこれは、結果的にだが、人生を爆裂的に進化させてくれはする。いや、マジで同情しちゃうくらい理不尽な異動だと思うけど、ちょっと後に俯瞰して自分を眺めてみて欲しい。大きく成長し、視野も広がっている自分に気がつくと思う。ぜひ、前向きに。
ボクもサラリーマンにならなければ大阪で働くなんてことはありえなかった。超理不尽だと思い、いやいや大阪に行ったものだ。でも、結果的に、あの十数年を抜きに自分の人生を語ることなんてできないくらい深く影響を受け、成長させてくれた。こういう強制的人生の変化は、成長過程において非常に重要な気がする。個人で仕事をしている人にはそれがない。自分の「常識」に固まってしまいがちだし、視点の変化を得るのが非常に難しくなる。若くして独立した優秀な人(技術者や料理人や職人や)が、意外とその地点から成長してなかったりするのはそういう部分もあると思う。外部からの強制変化がない分、自分でそれを作り出さないといけない。それはとても難しいことだ。
サラリーマン生活における「強制的人生の変化」は、意外と貴重で有り難いことなのである。
って、このサイト読んでない可能性も高いんだけど(笑)
いつも少し迷いながら話す
2008年04月24日(木) 6:52:42
昨日は朝9時からずっと打ち合わせばっかりで、最後のは夜11時開始という、まさに打ち合わせ三昧の日であった。死のロード。でも、夜11時からの打ち合わせは直前で急遽中止になり、「明日も忙しいから今日は早く帰って寝よう」とさっさと帰ってきた。
帰ってボンヤリしていると、娘から悩みを打ち明けられた。お友達関係の悩み。
んー、この年代は友達関係が世の中のすべてだからなぁ。大人になって振り返るとたわいもない悩みでも、彼女らにとっては世の中が真っ黒に塗りつぶされてしまうような重大事。
いつも迷うのだけど、こういうときって、「たいしたことないよ!」といかにも取るに足らない問題であるかのように明るく導いてあげるべきか、「う〜ん、困ったねぇ、そうだなぁ…」と一緒に深刻になって対応策を考えてあげるべきか、どっちがいいのだろう?
どちらの場合も「きちんと話を聞いてあげる」のは前提。でも視点が変わる。
長い人生から見たらたいしたことないのだよ、という長期的視点を常に与えるようにするのが前者のソリューション。視野狭窄を避けることを優先とする。すぐには難しいにしても少しずつ広い視野を刷り込んでいくやり方。これはこれで人間的強さが身についていく気がする。
子どもと同じ視点に立って、物事にきちんと向き合って解決策を導き出すスタンスをとるのが後者のソリューション。冷静に問題点を抽出して複数の解決策の中から最善のものを選び出す。トラブル処理の方法や、客観的視点の獲得、論理的思考などが長い間には身についていくだろう。
どっちがいいのか、いつも少し迷いながら話す。
昨晩はなんとなくふたつの中間みたいな感じでお悩み相談を終了してしまい、ベッドに入ってから少し後悔。中途半端だったかなぁ…。もっとどっちかにきっちり寄った方がよかったかなぁ…。
「博識」はたぶん死語になる…
2008年04月20日(日) 9:49:18
中学高校生のころラジオで聴いていて、一方的大ファンだった「かぜ耕士」さん。
さなメモでも何回か書いているが、1997年2月にこんなコラムを書いたことがキッカケで、こんなことがあり、いつの間にか親しくさせていただくようになった。ボクの人生の中の奇跡的な出来事のひとつ。だって多感すぎる中学高校時代に毎晩毎晩聴いてすごく影響を受けた人と後世で親しくなれるって、他の奇跡と少しニュアンス違わない? なんだろうな。中学時代に熱中した太宰治とその後親しく話せるようになった、みたいな感じ。ボクの中ではムツゴロウさんもそうなったんだけど(彼の著書「ムツゴロウの青春記」に熱中した中学時代をボクは持つ)、そういうのってやっぱり奇跡だ。
1997年2月っていったら、まだグーグルもなかったころ(グーグルは1997年9月設立)。ボクのサイトの中の小さなコラムによく辿り着いていただけたなぁと思うのだけど、逆に言うと個人サイトもいまほど多くない頃で(ブログという言葉の種すらなかった)、まだまだああいうコラムが少なかったことも幸いしていたのかもしれない。早く始めた者の余得かな、こうして親しくさせていただけているのは。
で、その後、彼の個人サイト「たむたむたいむ」を作るお手伝いをしたりしつつおつきあいを重ねさせていただいているが、その「かぜ耕士」さんが2ヶ月ほど前からブログを始めている。「レドンドの風」というブログ(かぜさんは西海岸の有名な避暑地Redondoに住んでいた時期がある)。
いや、何が言いたいかというと、このブログが面白いのである。
昭和50年以前生まれの映画やポップス好き、もしくは現在のアメリカのTVが好きな人には堪らないだろう。
以前からかぜさんが異様な「博識」だということは知っていた。
例えば「たむたむたいむ」内の「セコハン・ラヴ」なんか読むとちょっと驚く(特に下の方の蘊蓄)。でも、いざその一端にブログで毎日触れ始めると「ありえないなぁ」と毎日つぶやくこととなる。ひとりWikipedia状態。もちろん記憶のみではなく、手元資料などを調べながら書いてると思うが、でも、実際に生で彼の「博識」に触れたことのあるボクは、ブログでの資料的記述のほとんどが彼の記憶から出ていることを知っている。間違いがないように年月日の確認として資料を調べているだけだろう。
しかもかなり抑えて書いている。本当はもっともっと饒舌に語りたいはず。実際には映画スターたったひとりについて、そこから派生する様々な蘊蓄も含めて、平気で朝まで語り続けられる人なのだ。でも「毎日それをやると疲れて更新しなくなっちゃうから」という理由で、ブログではそーとー抑えているみたい。
ネットが出現し、常時接続やユビキタスが普通になり、検索でいつでもなんでも知ることができるようになった現在。
知識は外部化され、自分の内部に蓄積しておく必要がどんどんなくなっている。だって携帯とかで検索したらわかるんだもん、いちいち覚える必要がない。ひとりの中にある知識よりネット上の知識の方が圧倒的に広くて深い場合が多いんだもん、覚える努力がバカらしく感じられる。こういう意識の変化は人類にとってとても大きなことだと思う。
たぶん「博識」という言葉はそのうち死語になる。「知識人」という人種も絶滅するかもしれない。
知識を内部に持たずに果たして知恵が生まれるのか、もしくは知識の外部化という効率が個人個人の知恵を遙かに越える成果を生み出すのか、ということに関しては数十年後の人類が身をもって証明してくれるだろうが、少なくとも「知識を多く得る喜び」と「それに対する尊敬」が大きく変質するのは確かな気がする。
博識への敬意が減ると、知識への敬意も減る。
たとえば学校の先生・教授たちの博識にボクたちは最低限の敬意を持っていたが、検索が日常化した現在はどうだろう。知識なんて外部に持っておけばいい分、生徒たちの「先生の博識への敬意」は減ってるはずだ。知識的には「外部のWikipedia>先生の内部」なんだもん仕方がない。
そして、ネット上で手軽に得られる知識を適当に組み合わせてアレンジすると「知恵っぽい何か」にもなるので、「知恵」にすらだんだん敬意を持てなくなる。
ボクは「知識や知恵をより多く得ること=大人になること」だった時期が長かったので(教養主義的人生観)、人生の成長は知識の増大とどこか比例していた。それは「成長が実感しやすい人生」でもある。あまり悩みなく前へ進めた。いまの学生はそうはいかない。成長なのか退歩なのかも判断が難しいし、目標設定もしにくいだろう。
むぅ。「博識=尊敬すべきこと」という時代にギリギリ生きられてラッキーだったなぁ。知識や知恵を得ることが喜びとして存在した。楽しく成長を実感できた。
ボクたちは「内部化された知」の最後の時代にいるのかもしれないね。
かぜさんの、たった一人の内部から湧出してくる博識に敬意を覚えながら、ふとそんなことを思った日曜の朝。
自転車は車ですから 2
2008年04月18日(金) 7:49:15
昨日の話の続き。
自転車通勤をしていた経験から言うと(現在は会社からの「自転車通勤禁止令」により中止)、車を運転している人も「自転車=車」という意識がなさすぎるのを感じる。
メールでもいくつかいただいたが、自転車で車道を走っていても、車を運転している人から、さも「邪魔だ! 自転車は歩道を行け!」とばかりのクラクションを受けることは多々ある。「なに車道走ってんだ?」と、運転席からガン飛ばされることもある。レース用の自転車は車道を走っていてもクラクションを鳴らされないが、MTBやママチャリは邪魔者扱い。まぁ遅いから仕方ないけど、でも、「自転車は車の仲間」「車道を共有する友人」みたいな意識があまりにもなさすぎる運転手は多い。
実際、車の前をフラフラと自転車が走っていると邪魔だし危険なのはよくわかる。堂々と車道を逆行してくる自転車もいたりする。自転車ならいいだろうと飲酒運転しているバカもいる。安全優先で考えるとやはり歩道を行って欲しいだろう。でもそろそろ「邪魔だしウザイけど仕方ない。仲間なのだ」という意識に変えてくれないと、結局自転車は歩道に追いやられ、歩道での歩行者との接触事故は減らないだろう。
ほんと、歩道を我が物顔に走る自転車は迷惑だからなぁ。
ある知り合いが「オレはね、歩道を歩いていて後ろから自転車にチリンチリンと鳴らされてもね、絶対道を譲らないんだ」と言っていた。チリンチリンに含まれる「邪魔だ、どけ」というニュアンスといちいちケンカするということらしい(笑)。特に走っている間中チリンチリンと鳴らし続けて歩道の真ん中を行こうとする老人男性とはいつも闘いになるらしい。うはは。よくいるよね、そういう老人。
まぁ、歩道は歩行者優先なので彼の主張は「正しい」のだが、正しさは時に暴走して「正論という暴力」になるので、そこは過渡期として寛容になりたいと個人的には思う。
昨日の話も、読み返してみると「二度も連続でぶつかられた自分の歩き方に問題はないのか?」という疑念が湧いてくる。まぁ歩道を歩行者がどう歩こうが文句言われる筋合いはないし、自転車が徐行&一時停止するのが基本なので「正しい」のだが、「自分に非はない」と信じ込んでいるとしたら、それはそれで「自転車ぶつかり走り去り女」と精神構造的に変わらない。
ちょっと自分の歩き方を反省もしつつ、暴走する自転車を睨みもしつつ、今日も通勤してみよう。
今日は大雨だから、傘さして歩道を突っ走ってくる自転車がいるぞ(笑)。注意。
自転車は車ですから
2008年04月17日(木) 8:33:29
二回連続で自転車に当てられた。
ある晩と翌朝。二度とも若い女性の運転する自転車。二度とも商店街の歩道。車道とはガードレールで区切られているタイプの歩道。幅は三人が横並びできる程度。
一度目は夜。普通に歩いていたら、後ろから急にぶつかられた。チリンチリンもなし。
ぶつかられた瞬間、女性の「きゃっ」という言葉。自転車がよろけたのだ。ボクは右ふくらはぎを当てられた。まぁたいして痛くはない。とはいえ瞬間的に「もっとスピード落としてよ」とひと言出た。怒りというより注意である。
自転車は基本的に軽車両。車だから車道を走らなければならない。
というか、自転車が歩道を走っていい国なんて、先進国ではどこにもない(はず)。一度バンクーバーでレンタサイクルして、日本の習慣からなにげなく歩道を走ったら、若者からF○○○と中指を立てられたことがある。自転車は車なのだ。
日本の場合、自転車歩道走行可の標識が出ている歩道もあるが、それはあくまでも例外(その例外がほとんどの歩道で適用されているのが問題)。
その場合も前に人がいたら降りるか止まる。もしくは超徐行。歩道は歩行者優先だ。本来ならチリンチリンも鳴らしてはいけないくらい歩行者優先なのである(歩行者が邪魔な場合、鳴らしてどけるのではなくて自転車が一時停止しないといけない)。常識である。とはいえそんな常識も自転車初心者や免許を持たない人は知らなかったりする。言いたいことはいろいろあったが、全部引っくるめて「歩道を走るなら走るでいいけど、スピードは落としてよ」という意味のひと言を言ったのである。
まぁ当然謝るだろうという予想を覆し、その女性、このオヤジ何言ってんだみたいに天を仰ぎひと言、「そっちこそ真ん中歩かないでよ!」。けん責口調。え? ぶ、ぶつかられたコチラの立場は? 一瞬呆然としていたら、彼女は自転車を急発進させスピードを上げて去っていく。瞬間的に頭来たボクは「え? おい! 待て!……歩道を走るな!」と大きな声。でも最後の言葉は届かなかったかも。くそー。自転車を愛する人間のひとりとして許せん!
と、翌朝憤って妻に話し、用事があった妻と家を出てふたりで駅に向かっていた。
昨日と同じ歩道。夜と違って通勤で混み合っている。そしたらまた後ろから、チリンチリンもなく、右肘にガツンときた。今度も女性。前日は三十代前半ぽかったが、その日は二十代後半っぽい女性。朝で急いでいるせいなのかぶつかった後も速度をゆるめず、「邪魔なのよ!」と明確に語る一瞥を送ってきた上で何も言わず走り去っていく。思わず声が出る。「おい!」。大声。でもあっと言う間に遠くへ行っちゃった。
な、なんなんだ?
最近、自転車マナーが特に乱れているとは思っていた。自転車と歩行者との事故は10年前の約5倍らしいし、自転車に当てられて死亡した事故の例も聞く。でもその憂いもあるけど、今回の二件は「注意(チリンチリン)もない。謝りもない。それどころか『自分が正しい』と信じ切って相手を責める」という点がとてもショックだった。なるべく性善説で生きていきたいが、最近揺らぐことばかりが起こる。そういう時代? 日本だけ? 老人なら、ここから国を憂う論に発展させて新聞の読者欄に投書するところである。
ま、ボクの中のもうひとりの自分は「180センチ超で丸坊主のオトコにぶつかっておいて全く動じないのはなかなかなオンナである」と面白がる部分もあるのだが、でも限度があるなぁ。しかも二回連続。大声を出したのは恥ずかしいが、歩道で人に当たると大声出すオヤジがいる、という事実が少しは抑止力になるかもしれないから、これからも当たってきたら大声出すぞ。というか場合によっては説教オヤジになってやる。
ボクも自転車初心者のころ、歩道を走っていたりしていた。
だからそのこと自体は少し寛容に見たい。長く日本の習慣だったし歩道を走る例外も認められているわけだしね。でもさ、ぶつかったら謝れよ。生きていく上での基本すぎ。説教オヤジになるにしてもそこから話を始めないといけないのかよ。話長すぎ。道交法の話まで遠すぎ。
体内時計?
2008年04月16日(水) 8:01:08
先週の大阪での講演はパワポ(パワーポイントというプレゼン・ソフト)で143枚に及んだ。
2時間で143枚。1分で1.2枚。有料の講演だったので、ぜひ元を取って欲しいこともあり、アレも言おうコレも言おうこの動画も見せよう、とか盛り沢山に入れ込んでいたら最終的にこんなになってしまった。まぁ1枚にたくさんの要素を入れるのが嫌いなので、1枚1行とかも多いのだけど、動画とかもいろいろ見せて143枚はさすがに多い。
いつも多くても120枚くらい。140枚台はさすがに初めてだったので2時間でしゃべり切れるかなぁと不安だったが、終わってみたらアラ不思議。最後の1枚を終えて時計を見たら2時間ジャスト! ピッタリ! 素晴らしい!(でも質疑応答の時間がなかったのだけど…)
昨日はもっとすごかった。
ある企業にお呼ばれしてレクチャーに行ったのだが(内容は「明日の広告」)、宣伝関係のプロ相手ならコレも入れようアレも見せようと、もっともっと増えていってしまい、作り終わってみたらなんと183枚(笑)。昨日も2時間だったから、1分で1.5枚。さすがに無理がないか? 動画やDVDを見る時間を引くと、実質で1分2.5枚くらいになる。おいおい。
でも、これまた不思議。絶対無理だと思ってたのだが、最後の1枚をしゃべり終わって時計を見たら2時間ジャスト! なんのマジック? そんなに早口にしたつもりはないのだけど、大阪より40枚も多くてもなんとか入っちゃった。というか、聴いてくださった方々の方が大変か。どんどん話が進むせいで消化不良になったかも。だとしたらスイマセンでした。でも、その後30分も時間延長して質疑応答があり、うれしかったな(質問があるとうれしいものです)。
伊坂幸太郎の「陽気なギャングが地球を回す」に、精確な体内時計を持つ女が出てきたが、講演もそれなりに数をこなしてきて、わりと体内時計が出来てきたのかも。
ってまぁ2回ともまぐれだな、まぐれ。
調子に乗るともっと枚数増やしそうだから気をつけよう。
広告批評、休刊
2008年04月14日(月) 6:40:21
広告業界で働く人、もしくは広告に興味ある人にはお馴染みだった雑誌「広告批評」が来年4月で休刊になる。部数減少や赤字が理由ではないそうだが、だからこそ、広告業界にとってとても象徴的な出来事だと思う。
このニュースをしばらく前に聞いてとても感慨深かったのだが、考えてみたらここ5年、マス広告よりもメディア・ニュートラルなコミュニケーション・デザインの方向に仕事も興味も向かっていたこともあって、ボクはほとんど「広告批評」を読んでいなかったことに気がついた。たまに読むと違和感すら感じていた。もうマス広告の「表現」だけで生活者に届く時代ではとっくにない。広告自体がすでに大きく変わっている。なのに「広告の批評」という題名のこの雑誌がそこを無視してずっと「マス広告の表現」を中心に追い続けていたのは相当偏って感じられた。
ただ、結果的にそこにある種の「批評」は感じていた。
こんな時代なのに敢えてマス広告の表現中心に編集していたことに。
そういう意味では、休刊は「殉死」に近いのかもしれない。部数減少や赤字が理由でないのなら、彼らは潔く「マス広告の時代」と殉死したのだ。それはそれで見識だ。
なんだか明治と乃木希典の関係を思い出させる。
乃木希典が明治という時代に象徴的に終止符を打ったように、「広告=マス広告」という図式に象徴的に終止符が打たれた感じ。
人生を賭けるに足る仕事を真剣に探している学生たちは、時代の終焉と始まりを敏感に感じ取っている。
広告批評が主催する「広告学校」は、やはりマス広告の表現を中心に学ぶ場なのだが、受講生が年々加速度ついて減っていると聞く。マス中心と思われているトラディショナル・エージェンシーの志望者数も今年は明らかに減ったと聞いた。レベルも下がってきたらしい。有能な学生が他業界、もしくはネット系広告会社に流れているのだ。いままでは潜在的だったので目を伏せていられたそういう問題点が、明確に顕在化してきたということだ。
いいことなのだろうな。
こうしてわかりやすいカタチで顕在化しないと、広告の世界はなかなか変わらない。
中の人たちはまだまだ少し前の「マス広告栄光の時代」の殻を引きずっている人が多いし、変わらないといけないとわかっている人たちも、日常の作業に追われてなかなか変われないままに日々を過ごしている。この「広告批評」の休刊は、まさに「顕在化された明日」である。志望者減少も「顕在化された明日」である。スルーせず重く受け止めるべきだと思うし、もう猶予はない。
拙著「明日の広告」でも書いたように、別にマス広告が終わったわけではない。「広告=マス広告」という時代が終わっただけ。消費者本位に考えてコミュニケーションをデザインしていけば、まだまだ広告は力を持つ。問われているのは「脱皮」の早さだ。変わらなきゃ。
著名ブロガーたちのインタビュー
2008年04月12日(土) 7:40:02
おとといの「情報メタボ」の記事に「論説サイトは除く」と書いたが、論説系ブログ(と一括りにして申し訳ないが)の方々もさすがに大変そうだ。
J-CASTニュースの「アメリカで著名ブロガーの死亡が相次いでいる」という記事の下の方に日本の著名ブロガーたちをインタビューしているが、まぁボクと同じようなことですね。いや、アクセスももっと多いだろうし、論説系だとアレが日常的に起こっているだろうから、もっとずっとずっと酷いか。
「極東ブログ」を運営するfinalvent氏は「異なる意見は受け入れたいのですが、かなりひどい嫌がらせをうけます」「多方面で誹謗中傷を受けました。そこまでブログを書くことはないな、やめようと思ったことは何度もありました」と語っている。
また、読んでいた感じ全くそんなこと見受けられなかった池田信夫氏も「プレッシャーはありますよ。月間100万アクセスを超えた辺りから、寝られない日が続き、医者にブログをやめろと言われて…。もう、どうしようもないコメントやスパムとかノイズが凄く飛んでくるんですよ。私はこういったものについて気にしない方なんですが、さすがにストレスになってきています」と書いている。
そういえばよく読む内田樹氏のブログもコメント欄がしばらく荒れていてドキドキした。いつ「面倒だし忙しいからブログなんかやめてしまおう」と彼が放り投げるか不安だったのだ(ずっと読みたいし、タダであれだけの論説を毎日読ませてもらってありがたいといつも思っていたから)。
ボクの原点は「日記猿人」(終了)という当時人気だった日記ランキング・サイトでの泥仕合の酷さの経験である。あの醜い泥仕合からたくさんを学び、自分の運営に活かしている。
1994年〜98年くらいだろうか。ばうわう氏を中心に日記猿人という狭い村社会の中で、酷い泥仕合が日常的に起こっていたのだ。
何人もの人が傷つき疲れて、サイトを閉鎖したり日記を休止したりした。裏掲示板みたいのがあったのだが、そこではもう読んでいられないくらいな罵詈雑言が飛び交っていた。
そのときはボクは泥仕合に巻き込まれなかったが、いまネット社会で起こっていることはたいていは当時すでにそこで起こっていた。もちろん規模はずっと小さいが、その分明確に動きがわかり、いろいろ学習できた。
2年ほど前に「ネット老人」という記事を書いたが、そこでこんなこと書いている。(自己引用)。
(前略)モンスター化って、ここで書いた「初期の興奮状態」もあるのでしょうね。
ま、でも、ある意味「誰でも通る道」かなぁとは思います(上から見て偉そうに言っているのではなく、客観的に)。
だって、たとえばその昔「日記猿人」とかに参加してた人ならわかると思うけど、いまのネット上の騒ぎって7〜8年前にすでにみんなそこで経験していたことの繰り返し。ネットのすごさを実感して興奮して発信しまくることも、素晴らしい出会いも、楽しいオフ会も、書き込みで傷つけあうことも、理不尽な誹謗中傷も、不用意な発言での炎上も、突然のサイト閉鎖も。そのサイクルは山ほど見てきました。今ネットをやってる人って6〜7割がまだネット始めて1〜3年程度ってとこでしょうか(特にブログ的に発信してる人)。みんなまだ初期の興奮状態にある気がします(偉そうに聞こえたらごめんなさい)。一概には言えないけど、ネット始めて5年以上経つとみんなネットの良さも限界も冷静に見えてきて、ネットに過剰期待しなくなり、意外と落ち着くものです。
ボクなんか11年やっているので、すでにネット老人です。「ネット上で議論する」とか「ネット上で相手を論破する」とか「そのあげく相手と分かり合う」とかについて何の期待もしてません。いや、期待しないどころか相当距離置いてます。泥沼になってシコリが残るだけ。もしくはサイト閉鎖に至るだけ。不毛。少なくともそういう先例を多く見すぎました。
(後略)
「ネットは自由だ! 何言ってもいいんだ!」とか「ネットはフラットだ! 年上だろうが有名だろうが関係なく文句が言えるぞ!」「少し書いてみたら共感コメントもらったぜ! 気持ちいい!」「どうせ匿名だ! 過激にやってやれ!」とか。性格もあると思うけど、5年もやったらかなり落ち着くと思うな。
とはいえ、これからも毎日のように、大量かつ圧倒的に若い「ネット新人」がデビューしてくるわけで、こういう人は減らないんだろうなぁ。とはいえ、悪が一定数出てくるかわりに大量の善も出てくるのがネットなので、それでもやっぱりネットが好き。ゆっくり長く、ポジティブにつきあっていこうと思っている。
大阪の夜
2008年04月11日(金) 8:15:58
大阪にいる。
といっても、昨日の夕方ついて、講演をひとつして、飲んで、寝て、いまから東京へ帰る。せめて夙川の桜を見に行きたかったな。でももう帰らなければ。
講演を2時間して、解放されたのが21時過ぎ。
「ヘレカツサンド専門店 梵」。「Bar Tazmi」。「Pile Driver」。「うどん処 大和屋」。「ワインバー サンテ」。昨晩行った店。意外と行ったな(笑)。3軒目からはずっとひとりで逍遙。「なんか蕎麦かうどんが食べたいなぁ」と北新地を歩いていて偶然入った「うどん処 大和屋」のカレーうどんが妙にうまかった。ここ知らなかった。麺が弱いけど深夜にはちょうどいい。また来よう。
最後は「ワインバー サンテ」の森さんとこに久しぶりに。
すごく喜んでくれてちょっと感激。そういえば2年ぶり以上かな。相変わらずとてもいい店だ。ふたりでいろんな話をして深夜3時ころ堂島ホテルへ帰りつく。講演主催者がとってくれたホテルだが、ベッドからガラス張りのお風呂が見えるちょっとエッチーな部屋。むぅぅと唸って即寝。
情報メタボ化する人々
2008年04月10日(木) 7:37:08
やっぱり政治ネタはメールがたくさん来ますね(笑)
昨日の記事は、書いたあと「んー、誤解受けそうな文章だなぁ」と思いつつ見切り発車したのですが、なんとか伝わったようでホッとしています。ただ、やはり説明が足りなかった部分もある気がするので自己フォローしておきます。
背景を説明すると、「チベット問題について何故何も発言しないんですか!」という強めなメールがあったんですね。昔は偉そうにいろいろ政治的発言をしていたではないか、と。昨日の記事はそれに対するお返事の意味合いがありました。一般化して書いたので少し真意が伝わりにくかったかもしれません。
複雑で微妙な政治問題(この場合はチベット問題)について気軽に発言することの怖さ。熟考して書いたとしても必ずエキセントリックに反対する人がいて、その人たちの強烈なレスポンスの凄さ(生きていくのがイヤになるような罵詈雑言。今回は中国が絡んでいるのでもっとヤバイと予想できる)。そういうのをたった独りで受け止めることの厳しさ。サイト更新が怖くなり辞めたくなるという衝動と本末転倒さ。などをお伝えしようと前半では思ったのでした。
別にヘタレ表明をしたわけではありません(笑)
ある程度以上のアクセスがある個人サイトとしては避けて通らざるを得ないトピックはある、ということです。
サイトをやっている方からは共感のメールが多かったですが、最近とみに「超エキセントリックなメール」が増えており、サイトをやっている側も慎重にならざるをえない、という現状があるのです。昨日も4人の方から「こんな酷いメールが来て、サイトをやっていく気力が萎えた。閉鎖しようと何度も考えた」という経験談を送っていただきました。炎上→サイト閉鎖もその流れですよね。
こういう流れには社会的背景があると考えています。
拙著「明日の広告」でも書いたのですが、世の中に流れている情報はここ10年で410倍にも膨れあがり(総務省調査)、生活者はほとんどの情報をスルーせざるを得ない状況です。そうなるとどうなるか。「情報洪水の中から欲しい情報だけ選択して摂取する」という行動に出ざるを得ないわけですね。情報が多すぎて。
10年前までは情報がそこまでは多くなかったから、例えば新聞などでも「興味ない情報も読んでいた」。それがもっともっと選択的になっていると思われます。
そうするとどうなるか。
言うなれば「情報メタボ」というか「偏った情報の過剰摂取」が起こります。バランスのとれた情報摂取をしなくなり、自分の欲しい情報だけ過剰に摂取する。そして肥満する。オタクの出現はその前兆(先鋭)でした。
ネットにおける検索って「自分の興味あることを調べる」という選択的能動なので、彼らの「偏った情報の過剰摂取」を加速させます。たとえば「子供」「子育て」「子供の権利」みたいな情報に興味ある人が、検索などによって情報肥満したあげくモンスター・ペアレンツ化する。それを是正する情報や常識をバランスよく摂取しない。
バランスが悪いから「でもさ、そんなこと、普通しないよ」という常識がわからない。彼らの中の「普通」が偏っているのですから。だからいろんな分野でモンスターが跋扈する。狭量で自分勝手なクレーマーがたくさん育つ。自分が興味のある情報の方向に膨張した自己が暴走しだす。
政治分野だと「自分の正義」を信じて疑わないモンスターが出てきます。いまどき「正義」なんて「アメリカから見た正義」と「イスラム社会から見た正義」が全く違うように、実に多面的なはずです。たったひとつの正義なんてどこにもない。だから「妥協と落としどころ」が必要なわけで。
ま、短い文章中で語る問題でもないので多少論旨に飛躍があるかもですが、「偏った情報の過剰摂取」と、その結果としての「偏った情報肥満(=情報メタボ化)」は、これからも加速すると思われます。
ということは、今後、どんな発言をしても「危ない」。理論上は。
どんな話題を書いたとしても、エキセントリックに反応する「情報メタボ化したモンスター」が現れてくる可能性があるわけです。自分だって知らぬうちにモンスターになっているかもしれない。あぁイヤだ。
とはいえ、論説・啓蒙や主義主張をメインにするサイト(ブログ)なら、それでもそれを乗り越えていくべきでしょう。そういう目的のサイトなのですから。
でも、ボクのサイトの目的は別にあります(このこともそのうちちゃんと書くつもりです)。なので昨日「サイトの更新継続>政治の話題」と書いたのでした。
ボクはこれからも、発言すべきと強く感じた問題については発言していきます。草の根の発言が積み重なって世の中をよりよい方向に変えることがあると信じていますし。
ただ「情報メタボ化」した現在、どんな話題もものすごく慎重に書かないとヤバイのは確かなのです。特に微妙な政治問題。これはもう個人サイトで受け止めるのは無理かもなぁ(論説サイトは除く)。
ちゃんとした反対意見は滋養強壮として摂取してます。ありがたいです。でも「情報メタボ化」したモンスターの一方的な追求メールは本当に酷い。これは経験しないとわからないでしょう。全身の血が下がり気が遠くなります。「自分の考えを述べているだけなのだから堂々としていよう」と脳みそが判断しても、心が正常に動かない。そのくらい酷い。
こんなこと書くと「ブログを始めようと思っていたのに…」と尻込みする人が出そうですね。いまやっている人も萎縮しちゃうかもしれない。
でも、それでもボクが続けているのは何故だと思います? それを上回ってあまりあるイイコトがたくさんあるからです。それは保証します。それだけは確か。だからそんなこと言わず始めましょう。続けましょう。
って、今日も長くなっちゃいました。読みにくくてスイマセン。
正しいことを言いだすと、決まって人は悪いことをする
2008年04月09日(水) 8:49:12
さなメモで政治の話をあまり書かなくなって久しい。
1日のアクセスが1万を越えた頃から、政治についてコメントすると一定割合で超エキセントリックなメールが届きだし、ある話題について書いた時は家族の生命の危険すら感じた。いわゆる脅迫。「子供に気をつけろ」みたいな。
ボクが書いたのは、いま読み返しても普通の論説なのだが、違う意見を信じている人たちにとっては許せなかったらしい。エキセントリックなメールは時に人格攻撃につながり、無視しようと思っても精神的ダメージをかなり受ける。そういう原因はわざわざ作らない方がいい。だからめったに書かない。
ちなみにこれは「萎縮」ではない。ソリューションだ。優先順位を考えたとき、「サイトの更新継続>政治の話題」と判断しているだけ。つまり、更新継続が困難になるくらいやる気を失わせるメールが届くわけですね。
脅迫に負けて論を曲げる気はないし、いろんな意見があることは実に健全だとは思うが、たったひとりで不特定多数を相手にするのは無理だし、ひとりひとりとメールのやりとりをして議論するのも物理的に不可能。だからよっぽど強く説を主張したいときか、きっちり熟考した話題のとき以外、不用意に政治的な話題は書かないことにしている。
たま〜に新しい読者の方から「これだけ世間の話題になっているときにひとかけらも触れないのは救いようがない政治的無関心」というような言葉をいただくことがあるが、これからも数十年、死ぬまでサイトを継続させることを最優先させた方策ですので、ご勘弁を。人一倍関心はあるし、発言すべきと強く思ったときはまた別なので。
というか、ここ数年、「自分と合わない意見に過敏に反応する人」もしくは「自分が正しいと信じることを過激に主張する人」がものすごく増えた気がする。
この許容量の狭さ、もしくは「相手をやりこめてやろうとする情熱」みたいなものがあまりに行きすぎている場合は感心すらする。炎上するサイトを見ているとコメント欄はたいてい「謝罪しろ!」という叫びで埋まる。人格全否定の言葉も多数書かれる。
最近では奈良の「平城遷都1300年祭」のマスコットキャラクター問題がすごかったな。デザインした人のサイトのコーナー(いまでは閉鎖)は罵詈雑言・人格全否定の言葉で埋まった。その人の人生に対する敬意のひとかけらもない。なるほど「鬼畜米英!」で団結した国民なのだな、と、哀しい納得をしてしまう異様さであった。他人事ながらちょっと涙ぐんだくらい酷かった。
とはいえ「ボクは違うもんね、冷静だもんね」と言いたいわけでもない。
昨晩、ある美人さんの結婚決定祝いにボクを含めて男性3人が集まった。男性3人の中には同年代の参議院議員もいた。
食事している最中に彼の携帯に「日銀副総裁人事、不同意」の電話が次々入ったりして「おお、政治の現場だ〜」とミーハーに楽しんだのだが、ま、それはそれとして、彼はある政治的問題について委員をしていて、その問題についてディナーの間も議論になったのである。特にボクともうひとりの男性とで。その間、議員は黙って両方の意見に耳を傾けていた。
その問題についてそれなりに意見があったボクは、もうひとりの男性の言葉にちょっと過敏に反応した。
「何もわかっていない! というか、そういう意見はむしろ有害!」と一瞬にして頭に血が上ったのである。んでもって気づいたらきつめの言葉を発してしまっていた。発言したあとすぐに恥じたけど、基本的には「サイトにエキセントリックなメールをくれる人や、炎上サイトに罵詈雑言を書き込む人」に近かった(ま、それらよりはずいぶん柔らかいが)。同じことしてるよオレ。
久しぶりに自分の中のマグマの存在を再確認した。
うーん。不必要に丸まることもないけど、もうちょっとは制御できていると思っていた。まだまだ成長途上であることを思い知らされたな。
議員は、ボクともうひとりの男性の間に立って、両方の意見を汲み、落としどころをスッと提示した。
さすがに政治のプロだなぁ。そう、政治とは「妥協と落としどころ」なのだ。30代の頃は「政治とは理想の実現」だと考えていたが、まぁもちろんそれも建前上あるにせよ、無限に意見がある中でどの妥協点に落とし込むかが民主主義国家における政治の日常なのだ。
河合隼雄は「正しいことを言いだすと、決まって人は悪いことをする」と書いた。
山本夏彦は「まじめということはよいことだと思われているが実は悪いことなのだ。まじめと正義は仲良しだ、したがって正義も悪いことなのだ」と書いた。
正しいと信じること。まじめに考えること。正義を追い求めること。それらは狭量で不寛容で窮屈になりがちだ(戦時中の日本のように)。「妥協と落としどころ」を求めるのは一見醜く不細工な解決法だが(正しくまじめに考える人にとって政治はそう見えるだろう)、様々な人の多様な意見を許容する。
人生も年数を積んでくると、自分が正しいと思うことに妙な自信を持ち始める。妥協せず頑固にそこに固執しだす。その自信を常に疑う気持ちをキープしないとな、とか、行きすぎたまじめは悪いことなのだということを常に反芻していないとな、とか、いろいろ思った夜だった。
患者側の代理人
2008年04月08日(火) 9:26:57
昨晩はある総合病院の医院長と病院事務の方々と会食した。
医院長とかいうとなんか「白い巨塔」的だが、彼は元々フォーク歌手で超気さく。楽しい会だった。
病院について知らないことがあまりに多く、「へー」とか「ほー」とかの連続。ボクの病院に対する印象は10年前からストップしているな。というか世間の印象も同じだろう。ここ10年でそんなに変わっているのね。
強く思ったのは、患者と医師の間に翻訳家(もしくはコミュニケーター)みたいなものが必要であること。病院側から見るとそれはコンシェルジュというかアドボケーターとなるが、患者側から見た場合、それは「代理人」に近いもの。
たとえば大リーグだと、プレーヤーの代理人(エージェント)が球団との年俸交渉など一切を受け持つ。プレーヤーがアピールしにくい年俸アップの交渉などをプレーヤーに代わってやってくれるのだ。それと似てる。
患者は医師に生殺を握られている。
だからその診察や薬、会計、入院状況などに疑問があっても口にしにくい。セカンドオピニオンをとる場合でも遠慮があるし、病気で消耗しきっているときはそんな気力もないかもしれない。つまり、常に「下」に立った「お願い」に近いコミュニケーションになってしまう。医師を仰ぎ見るコミュニケーション。
最近、病院では患者を「患者様」と呼んでいて意識が相当変わってきているらしいが、医師や看護師側の意識が多少変化していても、常に患者側は下から仰ぎ見ざるを得ない。
そこをフラットに見ることが出来る「代理人」的な存在があると、その不公平が是正され、患者側に溜まった疑問や不信が解消されるかもしれないし、結果的にそれは医師側にとってもコミュニケーションが楽になるのではないか(医師側の事情を代理人がきちんと理解することが前提であるが)。
特に死につながる大病の場合、患者は命を医師に預けざるを得ない。
一握りの名医にかかった人は諦めもつくが、そうでない人たちはなんか腑に落ちないままに死んでいく場合も多いと想像する。自分の命をビジネス・ライクに扱われてもいい。代理人への報酬もちゃんと払う。それよりもきちんと診療の内容と治る可能性、セカンド・オピニオンの有無などを納得したいし、それを第三者の目で客観的に教えてもらいたいとボクは思う。それがなにより心の平安につながる。
そういう「患者側の代理人」って存在するのかな。今後高齢者が増える日本では職業として充分成立すると思うのだけど。
医師として定年を迎えた人とか、事情で看護婦を辞めた女性とか、元薬剤師の人とか、病院側の事情もある程度わかった人が「患者側の代理人」として存在してくれると非常に助かるし、需要もあると思うのだけど。
抜け道の匂い
2008年04月06日(日) 21:42:05
先週一番長く歩いたのは新橋から渋谷までの15000歩かな。早足で1時間半くらい。
夕刻に新橋を出て、浜松町の港区役所のロビーに展示してある響子の写真を見て(賞を獲ったので区役所で展示中)、そのまま城山ガーデンを抜けて六本木を通り、西麻布から骨董通り、原宿を抜けて渋谷松濤まで。15000歩となるとなかなか疲れる。
二番目に長く歩いたのは銀座から九段・千鳥ヶ淵を回って東京駅まで歩いたもの。楽勝かと思ったら意外と長かった。
九段に用事があって、銀座からテクテクと九段までストレートに。用事の後、超満開の千鳥ヶ淵を「大きなたまねぎ」を歌いながら通り抜け、国立近代美術館の横を通って竹橋から東京駅。これは何歩くらいだったかな。回り道入れて12000歩くらいか。
もうクルマを捨てて5年近くになるし、クルマに乗らないと意外と道路って覚えない。
ボクが都内をクルマで走り回っていたのは大学時代だからもう25年前くらい。あの頃は道をいっぱい知っていたけど、もうずいぶん忘れてしまった。歩いていてもよく迷う。
当時、田中康夫がブルータスだったかポパイだったかで「東京の抜け道」を連載していたが、ボクも抜け道マニアで、彼の連載と気持ち的に張り合っていたっけ。「ここを曲がると誰も知らない超近道がある」とか「ここで赤信号なら左に曲がって回り込んだ方が直進より早い」とか、いろんなトリビアを身にまとって走っていた。
こうして歩いていると、たま〜に「お、ここ見覚えある」という細道に出て、「あ、これ、当時走った抜け道じゃん!」とか記憶が急に蘇ったりする。目印になる建物がもうほとんど残ってないし、高層ビルによって景色は様変わりしてしまったけど、なんかそういう道には「過去に落とした匂い」みたいなものが染みついていてわかるのだ。あぁココ走ったなぁ、懐かしいなぁ、助手席には○○が座っていたなぁ、とか、芋づる式に思い出す。楽しいな。
あ、いま、オレ、
2008年04月04日(金) 8:25:35
予約したっきり忘れていた映画「ヘアスプレー」のDVDがアマゾンから届いた。
この日にも書いたが、娘の響子が「もう何度観てもいいくらい気に入った」映画である。ひとつの映画を何度も何度も観ることはいいことだ。圧倒的にいろいろ学ぶ。場合によっては人生も変える。
届いたばかりのそれを優子がサプライズで渡しに行く。ボクはリビングで原稿を書いている。子供部屋の方角から「キャーーー! キャーキャーキャー!」という声が聞こえてくる。右前方から聞こえてくるその嬌声をバックグラウンドにMacに文字を打ち込む。画面から目をそらさないまま「あ、いま、オレ、シアワセ」と脳の片隅で意識する。なんでもない時間だけど、たったいま、まさに得難い時間が過ぎている…。
シアワセは思いがけないときにこっそりやってくる。それに気づくも気づかないも本人次第。昨日は気づけて良かったな。
その「満ち足りた感」は、でも、新たな悩みや不満が訪れるとすぅぅと消えてしまう。決して長持ちはしない。そこがまたいいね。
渋谷ではたらく社長
2008年03月27日(木) 9:24:47
昨晩は「渋谷ではたらく社長」と「さすらう犬」と3人でごはん。銀座「井雪」。
「渋谷ではたらく社長」は、「さすらう犬」のブログで拙著「明日の広告」を知り、読み、その後ブログでも取り上げてくださり、ボクのサイトも読んで、「さすらう犬」経由でボクをごはんにお誘いくださった、という流れ。「さすらう犬」さんとボクは定期的にごはんを食べる仲である。彼とも元々はネットつながり。「渋谷ではたらく社長」と「さすらう犬」もネットつながり。なんだか実にイマっぽい。
「渋谷ではたらく社長」は起業家10周年を迎えたばかりの35歳。目が印象的だった。激しく働いている人の目。希望と絶望を両方知っている目。一見疲れているように見えるのだが、ある瞬間にいきなり活力と希望の灯がともる。こういう目をした人を数人知っている。どの人も仕事の鬼で、底知れぬ粘り腰の持ち主である。そしてどの人も繊細かついい意味で不感症である。
インターネットにその初期からどっぷり浸かってる人間として、インターネットという新興メディアで商業ベースでしっかり成功してくださったことの感謝を、まずきちんとお伝えした。
彼と彼の仲間の頑張りと成功があって、優秀な人材がドッとネットの世界に流入し、世の中の人々のネットを見る目も変わった。日本ではどこか刹那的で怪しげに見えていたネットを「約束の地」にしてくれた立役者のひとり。長くネットに棲んでいる住民としては感謝してもしきれない。この感覚、ほとんどの人がわかってくれないかもしれない。もしかしたらご本人もピンと来なかったかもしれない。でもいいの。ボクは心から感謝しているの。
それにしても「渋谷ではたらく社長」がブログで「明日の広告」を取り上げてくれた直後の反響はすごかった。
アマゾンではすぐ品切れになり、出版社は普段通りの手当(つまり100冊くらい在庫を入れる)をしたのだが、まったく追いつかず、あとで「あそこで数千冊単位でバンバン入れていれば良かったです」と謝られた。まさかアマゾンでも前例がないほどの空前の反響だったとは、出版社も想定していなかったのである。アマゾン側の対応も後手後手に回り、2週間以上ずっと品切れ。あそこで品切れじゃなかったら…(泣)
マジであの品切れ期間は致命的であったなぁ。クチコミのスパイラルがパタッと止まってしまった。もう自分的には過分なほど売れているので贅沢なボヤキではあるが、あそこで「3〜5週間待ち」表示にならなければどこまで行ったか。出版社の編集長は「もう二度とこういうミスはしません」とおっしゃっていた。ええ、他の人の本ではもうミスらないでください(泣)
二軒目は六本木のとあるバーへ。
くつろいでゆっくり飲む。先頭を突っ走っているおふたりの時間を数時間独占する贅沢。有り難し。
お願い、寝かして
2008年03月26日(水) 8:47:06
昨晩は妻も娘もいなかった。妻はチーズの仕事で一泊出張。娘は学校のスキー合宿。
意外と家で全く独りの夜というのは少なく、たいてい妻か娘のどちらかはいたので意識しなかったが、2人も欠けていると犬が際限なくやかましいことを学んだ。
草木も眠る丑三つ時。我が家の犬は眠らない。
ちょっと物音がしただけで「あ、お母さんが帰ってきた!」とばかりにワワワワワンッと大声で叫び玄関に走る。外で小さく靴音がするだけで「こ、これは響子に違いない!」とばかりにウオオオオンッと窓際で絶叫する。これが一晩中続くのだ。頼む。寝かしてくれ。
しかも、吠えるだけ吠えて「違った。まだ帰ってこない」と理解すると、必ずボクの存在を確認しにくる。耳元でクンクン。はいはい、ちゃんといますよ。家族のことをそんなに心配してくれてありがとう。でも、お願い、寝かして。
結局、寝不足でふらふらになりながら6時起床。
BS2で「ちりとてちん」が始まる前に犬散歩を終えたいから、そのまま早足犬散歩へ。犬よ、お前は寝不足ではないのか。喜び勇んで走り回る彼のウンコを拾いつつ、恨めしげに彼を見る。でもなんでか知らんが、自分がいないとエサも食べられない散歩もいけないというこの小さな生き物のことがことさら愛しく感じられる。なるほど迷惑かけさせられたとしても「自分がいないと生きていけない相手がいる」というのは幸せなことなのだな。赤ちゃん育ててた時も寝不足で大変だったけど、やっぱりあの時期は幸せだった。
「ちりとてちん」、最後の数日でまだ大きな展開がありそうだ。ううむ、なんちゅうドラマだ。あと3日で終わってしまうなんて悲しすぎる。おまけに松尾剛&首藤奈知子コンビの「NHKニュースおはよう日本」も3月でおしまい。これも悲しいなぁ。と、引退老人みたいな話題でスマンが、このドラマ、このコンビ、とても好きだったのでちょっとガックシ。4月になんてならなきゃいいのに。
台湾から出版オファー
2008年03月24日(月) 5:57:57
台湾ネタが続く。
まだ正式決定ではないし、アジアは著作権関係がぐだぐだなのでいろいろ問題もあるのだけど(スラムダンクの掲載図版とか)、台湾から拙著「明日の広告」を翻訳出版しないかというオファーが出版社に舞い込んだようだ。
ちょうど台湾旅行している最中に舞い込んだのでなんだか縁を感じる。
もし順調に話が進めば初の海外翻訳。うれしいな。台湾の公用語である北京語になったあの本を早く見てみたい(題名は「明日的廣告」だろうか)。で、北京語になるのなら、そのまま中国でも発売可能かもしれず、そうなると人口13億人が相手となるわけで……(皮算用皮算用)
まぁ台湾は日本以上にネット社会だし、中国もネット人口でアメリカを抜いた。ネットの普及による「消費者の変化」という意味では日本ともあまり変わらない状況かもしれない。ただ「成熟市場」ではまだないだろうし、「情報洪水」も所得層によって格差がありそうだ。その辺、独特の消費者像がありそうである。あぁ調査してみたい。んでもって彼ら相手にコミュニケーションをデザインしてみたい!
日本人相手でもまだまだ上手にやりきれないのに何言ってんだって感じだが、ネットが当たり前のように国境の壁を越えているとはいえ、言葉の壁は越えていない現在、オフィシャルな翻訳で言葉の壁を越えられるかもしれないというのは、著者にとってなんだかとてもうれしかったりする。うまく話が進めばいいな。
MacBook Airさん、いらっしゃい
2008年03月17日(月) 6:58:27
待望久しい「MacBook Air」さんが手元に来た。
こんなことがあって、そこで平静を装ったくせにやっぱり死ぬほど悔しくて、「もう今回は買ってやんない!」とまで一度は誓ったボクではあるが、冷静に考えてみると「苦もなく持ち運べるノートブック型Mac」を一体お前は何年待っていたのかと。そんな小さな悔しさでそれを諦めて良いのかと。「完全モバイラー@マック」という快感を本当に諦めきれるのかと。まぁそんなこんなで結局よちよちとビックカメラに行って(その店員に会うと恥ずかしいので違う店員をわざわざ探して)予約したのだった。
で、博多に行く前夜に「緊急入荷したので取りに来てください」と連絡があり、あぁあと半日早ければ博多に持って行けたのに、と地団駄踏みつつ、博多から羽田空港に帰ってきたその足で有楽町へ行き、手に入れたというわけ。
あぁ世界最薄の快感。
いろいろ足りない部分をあーだこーだ言うヒトもいるが、イーモバイルをつけて常時接続にして、メールとウェブと書き物に徹する分には何の問題もない。これで生活が完全にモバイル化するので(いままでは半モバイルだった)、メールのお返事なんかもスムーズになります(ちょっと滞ってます。すいません)。
それにしても美しいプロダクトである。
というか、美しく使いやすいMacOSをズッシリ肩に重くない状態で持ち歩けるなんて天国だ。レコードに針を落として聴いていた音楽をはじめ、映画館じゃないと観られなかった映画など何でもそうだが、不便なころを知っているヒトの方がシアワセである。少し便利になっただけでホラこんなにもうれしい。
しばらくはご機嫌の予定。ややこしい仕事をボクに頼むならイマです。
古い水夫
2008年03月14日(金) 8:47:08
最近若者に会うことが多い。
多いのは就活のOB訪問。拙著「明日の広告」を熟読した上で会いに来る方が多く、学生なのにやけに広告事情にくわしい(笑)。んでもって質問が濃い。「新聞メディアの復活はどこがポイントだと思いますか?」「コミュニケーション・デザインにおけるスケジュール感について聞きたいんですが」「ソーシャル・メディアが乱立する世の中になると消費行動はどう変わってくるとお考えですか?」……いつの間にか額に汗を浮かべているワタクシ。でも「お前にはまだ早い!」とか、白い犬みたいに一蹴するには相手が真剣すぎる。すごいな。頼もしいな。こんなに広告のことを考えてくれている。
学生だけでなく、現場の若手と会うことも増えた。
昨晩はある会社の若手に招かれて、お店で飲みながら広告の話。13名の初対面な若者たちに囲まれて熱心にいろいろ聞かれる。やはり「明日の広告」を全員読んでおり、ベースをあの本に置きつつより深い話になっていく。でも学生さんと違って現場を踏んでいる人たちなので、理念的な話というよりは実践的な話。みんないろいろ考えてるなぁ。仕事や業界に危機感がある分、考えが深い。すごいな。頼もしいな。広告業界に元気があったボクの若い頃はこんなに深く考えていなかった。
「古い舟をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」
この言葉とともにひとり広島から出てきたのは吉田拓郎だが、こういう若者たちと会っていると、自分が今、まさに「古い水夫」なんだと自覚させられる。40代中盤の働き盛り。でも確かに古い水夫ではあるんだな。この自覚はとても大切かもしれない。
もちろん同等に争ったら絶対負けない。でもそれは慣れ親しんだ古い舟の上だからだ。
古い水夫のそのやり方がこの舟の速度をどんどん遅くしてきたのは事実。もう先頭に立たず、後ろから支えるスタンスに変化しなければならない年代なのだ。ただ、この「変化」は実に難しい。有害な老人が社会の中枢にいかに多く蔓延っているかを見てもそれはわかる。
吉田拓郎があまり表立って活動しないのは、病気のこともあるだろうが、「自分がすでに古い水夫である」という自覚をある時期に持ったからではないか、と、ちょっと思った。
よし!
2008年03月13日(木) 7:27:51
我が家の犬は、ご飯やオヤツをあげるとき、目の前でほんの数秒お預けしてから「よし!」という合図とともに食べ始めるようにしつけられている。
ここでボクは不必要にボケる。
「よし! …いくぞう」(吉幾三)
「よし! …ながさゆり」(吉永小百合)
「よし! …だたくろう」(吉田拓郎)
毎回ボケているうちに「この飼い主はボケる」と犬も理解したらしく、ボケとマジを聞き分けるようになった。上目遣いで「面倒だなぁ、はやくしろよ」とうらめしそうにボクを見つめつつ、本当の「よし!」をじっとけなげに待つ。
「よし! …だえいさく」(吉田栄作)
「よし! …こさーん」(よし子さーん)
「よし! …き」(YOSHIKI)
「よし!」
最近、最後の「よし!」まで待てるようになった。ボケの精神は理解していないようだが(ツッコんでこないし)、まぁ犬だから許す。
引っかかりやすいのは「YOSHIKI」。
「よし! …き」の「き」をボケと理解しない。もうちょいやな。
早朝覚醒
2008年03月11日(火) 4:12:58
なんか疲れがたまっていたので「今日は早く寝る!」と宣言して23時にはベッドへ。
少し本を読んでそのままいい感じで寝付いたのだが、パッと目が覚めたのが朝3時半。おいおい疲れをとろうと早寝したらこれかよ。早朝覚醒か。普段から5時とかに起きるからなぁ。もしそうなら初期の鬱の症状。あるいは「体力がないので長時間眠れない」という老人特有の症状か(笑)。
目が覚めてしまったので仕方がないから起き出し、いろいろなメールを読んでいろいろな考えに浸る。最近わりとヘビーな相談とかをメールで持ち込まれることが多く、いろいろ考え込んでしまう。でもボクに相談を持ち込むということはきっとポジティブな答えを期待しているのだろうと判断し、いくつか切り口を提示してポチッと送信。
と、ここで「早朝覚醒」で検索してみたら、「早朝覚醒の場合、決して布団から抜け出てはいけません。抜け出してパソコンなどを開くTVを付ける等はやってはいけません」だって(笑)。アカンがな。
ま、それはそうと、3/10発売の(つまり今売っている)雑誌「プレジデント」3/31号にボクの著者インタビューが載ってます。P179。
横顔の一部・真っ暗・アゴのライン隠蔽・メガネがキラリン♪とはいえ、顔写真も載ってます。不審人物風。まぁこれくらいなら顔を特定できないだろうと。ギリギリかな。自意識過剰かもしれないけど、顔写真出るといろんな行動に支障を来しそうでイヤなんです。
ちなみになんだかすごい「タラコ唇&とんがり唇」に見えますが(笑)、あれ、右手の人差し指が口のところに来ているだけですので、あしからず。
NHKラジオ生出演
2008年03月09日(日) 12:29:41
金土と大阪へ行っていたのは、実はNHKラジオ第一への出演のためであった。
全国放送の生出演で、しかも45分にも渡る「明日の広告」著者インタビューだったので、そんな長時間ちゃんと話せるか自信がなかった上に、生なので失言したら取り返しもつかず(笑)、誰にも告知しなかった。知っていたのは家族のみ。
出演したのはラジオ第一全国放送「かんさい土曜ほっとタイム」の「おもしろ人物ファイル」というコーナー。14時5分から14時55分まで、途中交通情報をはさんで正味45分間の生出演であった。お手元に土曜の新聞があったらラジオ欄にボクの名前、出ています。
キャスターは佐藤誠アナウンサーと女優の千堂あきほさん(超美人&顔ちっちゃ!)。
佐藤誠アナとは、同じくNHK大阪の入江憲一アナとともに前日に打ち合わせし、その後3人でご飯に行った。ボクの本を読んで呼んでくださったのはこの番組のディレクターでもある入江アナである。佐藤アナも本を読んでくださった上に、メディア論の教授もされているとのことで、前夜はやけに専門的な話で盛り上がった。
そうやって前夜に親しくさせていただいたおかげで45分の生放送もほとんど緊張せずに話せたと思う。ゲストを緊張させない技はさすがなもの。ちょっと論があっちゃこっちゃ行ってしまった時もあったが、まぁ素人としてはあんなもんでしょう。千堂さんもすっげーいい人で、いろんなフォローをしてくれた。ありがたい。
ラジオの生って3回目だったかなぁ。録音を入れると5回目くらい。テレビには一生出るつもりはないが、ラジオは出るたびに好きになる。ラジオっていう希有な音メディアは、編成権を消費者に渡し、もっとパーソナル&シチュエーション別に分化すれば、きっと強烈に復活する気がするのだけどな。
NHK大阪の社屋って4年前に建て替えたらしいけど、上階に上がると実に絶景。大阪城を見下ろすその景色は本当に贅沢で、しばらくボーッと見入ってしまうほど。秀吉が天下を見下ろした城、当時のトップ権力者しかその高さから見下ろせなかったその城を、はるか遠く下に見下ろすというのは、なんかちょっと寂しさすら感じてしまう。
出演を終えてそのままタクシーで新大阪。新幹線で夜ご飯前に東京の我が家へ帰宅。
AMラジオなので聴いた人からメールなんて来ないと思ってたけど、石垣島のワインバー「ヴィーノ・エ・ヴァン」の大岩シニアソムリエから「聴いたよ」とメールが来たのはビックリ。遠き石垣島まで電波に乗って届きましたか。なんかうれしいな。ありがとうございました。
数秒の迷いが死
2008年03月07日(金) 6:23:56
確定申告、サササと終了。
今年はムスメの医療控除が高額だったので還付金が多い。これで「MacBook Air」を買おうと画策中。美しいものを日常的に使うとセンスが良くなるとかたくなに信じているので。というかイーモバイルの定額制プランも契約して「ネット+原稿書き」に特化した使い方にするつもり。他の用途なしなら「MacBook Air」はかなりチカラを発揮するだろう。
いや、画策中というのはウソだな。もう買いに行った。で、負けた。
まだ出荷されたばかりの「MacBook Air」。アップルストアには在庫がたくさんあるが、まだ量販店には入荷されていないとは聞いていた。でもまぁもしかしたら入荷しているかもしれないし、イーモバイルも見てみたいからいつものビックカメラ経由でアップルストアに行こう、と思って有楽町ビックカメラを覗いてみたら奥さん! なんと「いまならイーモバイルとMacBook Airをセットで買うと3万円値引きの199800円!」ってのやってるじゃないですか。正確に言うと、イーモバイルのマック用のコレ(ちょっとカッコ悪い)の本体価格9980円も1円になるので、3万9979円値引き!
予約受付中!とか書いてないから「まさかな」と思いつつダメ元で「このセット、在庫あるんですか?」と店員に聞いたら「1台だけあります」と。
うわっ、予想外! ありやがった。ええとええと、んー、それなりに決心して買いに来たとはいえ、いきなり即決を要求されてしまったよ。とはいえ20万近い買い物。んーと、えーと…。
と、ほんの数秒。マジ数秒。
でもこの数秒の迷いが死だった。横にいた他の客が「買いますっ!」と短く叫ぶ。
店員とボク、凍り付く。店員、ボクの顔をすまなそうに見つつ「あ、ありがとうございます。えーと…、よろしいですか?」
アハハ、モチロン! と、さわやかに笑って「最初っからそんなの興味ないし〜」という顔で立ち去るボクは生来の見栄っ張り。いや待て交渉権は先にボクにあるだろう!とか粘ることをしないヤツ。あーあ。
いまさらアップルストアで定価で買うのもバカらしいので、そのまま帰ってきてムスメの誕生祝い。ムスメは友達からたくさんのお祝いをもらってシアワセそうだ。んー。3月6日というボクにとってキリのいい日に「MacBook Air」を買いたかったなぁ。思い返すだにあの数秒が悔やまれる。
3と6
2008年03月06日(木) 6:36:36
今日3月6日はムスメの誕生日 & 結婚記念日。
ボクの人生はわりと3と6に縁があって、まずボクの誕生日が1961年6月1日。6161と数字が並んでいるし、19もひっくり返すと61と読めるので、なんだかとても気に入っているのだが、これを元号に直すと昭和36年6月1日となる。36登場。で、結婚記念日も別に意識して3月6日にしたわけではなく、披露宴(親戚のみを呼んでのレストラン・ウェディングだった)の会場などの都合だったのだが、それが3/6。おまけに、そのちょうど一年後の3/6に娘の響子が生まれたわけである。
1961/6/1、36/6/1、3/6、3/6、とまぁ3や6がやけに多いでしょ。その上9も3の倍数だから親族みたいなものだし、1も(当たり前だけど)3と6の公約数であるわけで。
まぁどう考えても、3と6はボクの人生のラッキーナンバーだよなぁ。
これで平成36年に孫が生まれたりしたらすごい。ええと平成36年だと娘は29歳か。なんだかあり得そうだ。でもって2036年にボクが死ねば、3と6に支配されたとてもキレイな人生な気がする。2036年つうと75歳か。んーやけにリアル(笑) わりとそういう辻褄合わせ好きなので、自分から狙いに行きそうで怖い。
うーさんの定年祝い
2008年03月05日(水) 9:27:46
昨晩は大阪勤務時代の戦友たちと。
ボクたちが命をすり減らして働いた部の元部長(現局長)が定年を迎えたので、その元部長を含めて5人の部員全員、東京に集まったのである(いまその元部長が東京にいるので)。あっという間に昔の空気。あぁラクチン。
でもまぁなんつうか、今思い返しても地獄の日々ではあった。
忙しいなんてもんじゃない。常にバタバタしていたが、たとえば最高記録は一ヶ月で13本のCMを作ったことがある。ボクの担当で13本。部全体(5人)では一ヶ月にその倍くらい作っていた。あり得ないなぁ(同業界の方なら驚愕してくれるとは思う)。
残業時間もちょっとここでは書けない量(捕まる)。下手するとうちの会社の記録保持者かも。実際、昨日来た一番年下のメンバーはその部に移ってきて2ヶ月で過労入院。それを横目で見て「さもありなん」と納得しつつ、お見舞いに行く暇もなかったワタクシたち。
でもこの元部長の有能さと元気さとトラブル処理能力と「いい意味でのいい加減さ」は、ボクに多大な影響を与えてくれた。仕事上での「いまのボク」の80%くらいは彼によって育まれたと言っても過言ではない。
ついでに言うと、このサイトを一番更新していたのも彼の部時代。
あまりに忙しく、人間的な生活が出来なかったので(一ヶ月に30日出張とかもあった。長期出張じゃなくて一泊出張の積み重ねで)、そのはけ口として、空いている時間をサイトや執筆に燃えたのである。忙しい時の方が個人的活動がはかどる。これはボクの中での真理。
彼から教わったことはたくさんあるが、ボクの中で仕事上の教訓としているのはこのふたつ。
・毎回必ずひとつ、新しいチャレンジをしよう
・どんな小さな仕事でも必ずメジャーと組もう
特に後者は彼の真骨頂で、「えー、こんな小さなしょーもない仕事なのにそんな巨匠と組むんですか!」ということがよくあった。ラクチンな人と組んで流したいのに、その小さな仕事が巨匠のワガママとかで地獄に変わる。でもさんざん苦労して仕上げた後に気がつくのだ。メジャーならではの刺激だったり、自分の成長具合だったり、人脈の広がりだったりに。やっぱメジャーな人は何か違うものを持っていて、単なる「作業」を「仕事」に変えてくれるのである。
って、いろいろ書いていると二冊くらい本が書けちゃうので、はしょろう。
とにかく、うーさん、長いこと、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
昨日はそれぞれ彼にCDをプレゼントし、奥様の手紙をサプライズとして用意して泣かせ、昔話で盛り上がった。
「タワシタ」「zorro」そして六本木の生ギター・カラオケのバーと3軒ハシゴ。カラオケなんか8年ぶり(←カラオケ嫌いなタイプ)。もともと持ち歌は「ひとり咲き」と「恋しくて」なのだが、昨晩は「万里の河」と「大きな玉ねぎの下で」を歌った。タマネギ好きとしてはやっぱりね(笑)
バイリンガル
2008年03月04日(火) 9:27:38
一昨日と昨日と今日のメールボックスがハゲの人たちからの「ハゲ同!」なメールで埋まっとります(笑)
ま、それはええねんけど、昨晩深夜にあるバーに入ったらな、隣にベタベタの大阪弁の人が座ってん。
確か天王寺あたりに住んどるとかで、出張で東京に来とったらしい。
で、「ごっついネイティブな大阪弁やなぁ」と思って聞いているうちになんとなくしゃべるようになったんやけど、しゃべりだすとその大阪弁に引っ張られてワシまで大阪弁になってもうた。
「え! 東京出身東京育ち? 大阪には仕事で14年だけ! とってもそうは思えんわあ」
と、彼に大声で驚かれるほど大阪弁に戻ってもうた(注:大阪ネイティブはたいてい声がでかい)。
てゆうか、そうかワシの大阪弁ってネイティブ並みにうまいんや、と発見。
大阪時代、みなに寄ってたかって東京弁をおちょくられ、鍛えられた甲斐があったなあ。これからは胸を張って「二カ国語しゃべれます」とゆうことにしよ。
ひっさしぶりにたっぷり大阪弁をしゃべくったせいか、今朝もそのイントネーションが抜けへん。ツマ(10歳まで東京)もネイティブな関西弁(神戸弁に近い)を操れるから違和感がない。あぁそういやあ今晩のご飯は大阪支社の人たちとや。大阪弁勘も戻ったことやし、今日はこのまま大阪弁で通そ。
さとなおの「ハゲの悩み相談室」
2008年03月02日(日) 10:10:10
ボクがマイ・バリカンで髪を3ミリに刈っていることは以前に書いた。
週に一回、風呂場でひとり、髪をガガガと刈っている。いっそのことスキンヘッドにしようかとも思うが、そうすると二日に一回は剃らないといけないらしいので面倒。当分この3ミリ自己バリカンで行くと思う。
というか、ハゲが進まなければこんなことしなかったかもしれない。
まぁ祖父はふたりともツルツル、父もかなり薄い、という家系もあってか、子供の頃から髪の毛が細くさらさらで、つまり青年期を過ぎると確実にハゲる髪質で、20代後半の頃には、夏、どこかに遊びに行って帰ってくるとシャンプーがしみたりした。地肌が日焼けするの(泣)
で、そんな状態になると、人生がわりと不自由になる。
しょっちゅう髪の毛を気にしている状況になる。ベッタリすると薄いのが目立つので朝シャンを入念にやるようになる。風が強い日にはヘアスプレーを多めにつけたりする。ヒトに髪が薄いと悟られぬよう立ち位置や座席を気にしたりする。イスに座っていて後ろに立たれると殺意を覚えたりもする(笑)
こりゃイカン、卑屈だ、と、思い切ってオールバックにしたのが20代後半だったか。広いオデコを出し、同時に髭も生やした。ものすごく勇気がいるイメージチェンジだった。
でもこれはナイスでしたね。ハゲから逃げてない感じが周りからも好評だった。
んでもってモテた(笑)。女性はハゲが嫌いなのではなくて、ハゲをうじうじ気にする男が嫌いなんだ、と理解したのもこの頃(ハゲが嫌いな女性も一定数いるが)。いままで着ようとも思わなかった服が似合うようになり、ファッションの幅も広がった。なんだか自分が変わった感覚だった。
で、そのまま40歳くらいまでオールバックでやっていたんだけど、全体的にハゲが進んできたので、一気にボウズにしたのが43歳のこの日(ブログつけてると便利だね)。最初は五分刈り程度。その後3ミリにしたのがこの頃。
見事に髪の毛から自由になったな。
もうまったくハゲを気にしなくなった。
同時に周りの目も変わった。ハゲが「弱点」から「個性」とか「生き方」へと変わった感じ。というか、ヒトが頭頂部とかを見なくなった。ここまで堂々とすると誰も気にしないんだなと普通に理解。逆に、ファッションを含めて、ハゲを前面に押し出すくらいになった。ほんのちょっと前まで弱点と思っていたことが「強み」や「売り」に変わった瞬間でもある。
んでもってふと気づくと周りの同年代があの頃のボクみたいにコソコソした動きになってきている。その動き方、覚えがあるぞ。ハゲ始めたんだな(笑) んー、不自由そうだなぁ。早く自由になっちゃった方がいいのに…。
と、なんでこんなこと書いているかというと、お悩み相談のメールが来たからである。
さとなおさんに相談したいのですが、 以前髪がうすくなったので短髪にして自由になったと書いておられましたね。僕もこのごろ急に薄くなりだしまして、かなり悩んでおります。自分にとっては、自己イメージの崩壊ですので、かなりのショックなのです。やはり年取っても、カッコよくいたいと思っていたのですけれど。
そこで、ボウズ頭にしようと思うのですが、つきましてはハゲでもかっこよく生きるためのアドバイスを頂きたいのです。なんとかポジティブに生きたいと思いますのでお願いいたします。
「ハゲでもかっこよく生きるためのアドバイスを」のとこの「でも」ってあたりに悲哀が感じられますね(笑)
いや、でも、なんつうか、その悩み、地球上でトップクラスにわかる。
んでもってボウズにするには勇気がいるし、後戻りもしにくいのでご意見するのは責任重大でもあるのだが、ええと、実感として言うと「ボウズはハゲではない」ですね。つまりハゲからの自由を獲得するという精神的なこと以前に、外見的にもハゲから脱却できる。そう認識した方がいいかも。いや、実際ハゲなんだけど、周りがハゲとは見てない感じ。ある種の髪型。もしくは個性。生き方。そう見られていると実感する。
ファッションはね、攻めに出た方がいいですね。そうするとハゲがより「強み」に変化すると思う。
また、ボウズで超堂々としていると人格まで変わる。吹っ切れます(笑)
よしんば「ハゲ」とか言われても全く傷つかない。笑える。そんな自分に驚くことだろう。
そして、外見を髪型などでごまかせない分、顔を通して「内面の成長」が外にすべて晒されるから、なんというか「内面の成長」に絞って生きていける感じがある。メールで書かれている「かっこよく生きる」が外見を指すのか内面を指すのかわからないけど、男の後半生、内面が充実した方がかっこよいに決まっているとボクは思う。まぁボクもまだその過程にいるので偉そうなことは言えないんだけど。
それと、結果論ではあるけど、ヒトより先にハゲるというのはシアワセなことかもしれない、とか。
自意識過剰&自己肥大の青春時代に、ハゲを通して「ヒトの痛みを知る」ことができ(笑)、ヒトが悩み始めた頃に一足お先にハゲの悩みから抜け出して自由を獲得しおわっている。40代から70代までずっとハゲを気に病んでいる人生と、30代や40代でハゲから自由になっている人生とでは、後半生がずいぶん違うだろう。
まぁそうは言っても恋愛多発時期や結婚前にハゲると焦るし悩むものではあるし、いろんな個人的事情もあるだろうから一概には言えないんだけど。とりあえず。
楽しき3月
2008年03月01日(土) 13:54:59
今朝、長めの犬散歩をしていたら早咲きの桜が咲いていた。そういえば今日から3月。今年は寒い冬だったので春の訪れがこの上なくうれしい。
実は桜より梅の方が好きなんだけど、それはなんというか梅の謙虚さが好ましいのである。桜は派手だし潔いし立派だけど、完成度が高くて入り込む余地がない感じがする。それに比べて、梅ってひっそり薄幸な感じと穏やかな諦めが感じられて、なんか想像力をかき立てられる。梅の花を見ながらふと気づくと物思いに浸っている自分がいる。なんでかな。なんか発想がふくらむ。
桜より梅が好き、と言うとたいてい「へー」と複雑な顔で驚かれる。心の中の寂しさを見透かされたようで照れるが、まぁでも本当だから仕方がない。そういえば若い頃「一番好きな花は紫陽花」と言ったら「…寂しい人なんですね」と女の子につぶやかれてしまったっけ。いや、単にあの造形が好きなだけなのだけど、でもなんとなく否定できなかった。
別に自分が寂しい人だなんてこれっぽっちも思ってないけど、孤独は好き。
ただし「自分で獲得した孤独」ね。外部要因で孤独なのは別に好きではない。「自分で獲得した孤独」に浸るには、冬と春が交差する3月は最適な月のひとつ。楽しき3月。
Oggi 連載、始めました
2008年02月28日(木) 8:11:23
女性月刊誌「Oggi」(小学館)にてコラム連載を始めました。
今日発売の4月号からとりあえず1年の予定。巻末の方に「コラム・サーフィン」というコーナーがあるんだけど、その中の1ページ。4月号だと510ページに載ってます。
タイトルは「さとなおの『明日が変わるひと言』」。
「また『明日』かい!」って突っ込まれそうですが(笑)、内容的にはこのサイト内の「オサニチ」に近い感じ。ボクにとっての名言を取り上げて書いていく連載です。厳選版オサニチ〜ちょっとOL向け〜みたいな。
いわゆるOggi世代って20代後半かと思うのだけど、男女限らず、意外と今のこの世代、好きなんだよね。
その上の世代より地に足がついていて浮ついていない。心の中に謙虚な夢と志を静かにキープしている。大人しい見た目に反して激しい向上心がある。身の丈を心得ていて無理な背伸びはしないんだけど、じわじわ自分の領域を拡げていく。身近な人・物をちゃんと愛することに照れない。などなど。
買いかぶりかもしれないけどボクは一方的に信頼しています。少なくともボクの20代後半よりずいぶん大人だ。この世代の友達(知人ではなく友達)をひとりだけ持っているけど、その人においては尊敬すらしている。その「自分」の持ちように。
だからこの世代に向けてエッセイを書けるのはちょっとうれしい。ちょうど20歳下の世代。ちゃんとバトンを渡したいという気持ちもあるし、ちゃんと超えられない先輩であり続けたいという気持ちもある。
イラストは中川ミナさん。
関西系の連載では中村三奈さんとタッグを組んでいるんだけど、今度は違うミナさんと。リアルの後輩でもあるんだけど、いい距離感のイラストを描いてくれそう。このヒトの「不発男次郎」(中川三十という名前で書いている)は面白いのでオススメ。
4刷感謝!
2008年02月27日(水) 7:51:59
拙著「明日の広告」、おととい4刷が決まりました。ありがとうございます。
奥付の初版日が1月25日なので、建前上はちょうど1ヶ月で4刷。かつて経験がないほど高速です。有り難いことです。そして、ここに来て広告関係者ではない方からの感想メールも増えてます。主婦の方からとか。これがまたとてもうれしい。著者冥利に尽きますね。
著者冥利と言えば、たまに読みにいくブログに感動的な写真があったので「引用」します。この写真。
ここまで読んでくださるとまさに著者冥利。
アマゾンもようやく「在庫あり」表示にかわり、ホッ。みなさん、引き続きよろしくお願いします。
映画の復活に学ぼう
2008年02月26日(火) 6:54:19
昨晩は「明日の広告」を読んでくださったある既存メディアの社長にお呼ばれ。
初対面の方だったが、ものすごく情熱的でものすごく本質を掴んでいる方だった。
いちいち指摘が的確。今の空気を肌感覚でわかってらっしゃる。消費者が変化する以前の成功体験を強く持っている人はどんどん世代交代していくべきである、とは思っているが、この年齢(60代後半の方だった)でもこういう方がいるから油断できない。あの本に強烈な共感を持ってくださり、しきりに「元気になった」「若返った」と笑う。既存メディアは(消費者に合わせて変化さえすれば)自信を失う必要なんかない、というのもあの本の主張のひとつなので、とてもうれしかった。
あの本では「ネット vs 既存メディア」という誤った構図を否定して、既存メディアの生き残る道も多少説いているのだが、「書いていることはよくわかりますが、そうは言っても我が業界はやっぱりどう考えても絶滅危惧種で」みたいな自虐的&閉塞感バリバリのメールをくださる方がわりといらっしゃる。
新聞業界と雑誌業界の方だ。
確かに若い人を中心に新聞も雑誌も読まれなくなっていると思う。ニュースもコラムも携帯で読んでいる人が多く、通勤電車内の風景も様変わりした。いままでオフィスにごろごろしていた雑誌もすっかり少なくなった。このまま何もせず眺めていたら、衰退するしかないかもしれない。
でも、ボクは「なぜ『映画の復活』に学ばないのかな」と思う。
50年ほど前にテレビが登場して、映画は一気に衰退産業となった。
無料で楽しい映像がふんだんに見られるテレビに映画はとても太刀打ちできないし、映画の意味はもうない、終わった、と、誰もが思った時期があった。70年代80年代は特に。そのうえビデオデッキが普及して映画館に足を運ぶ人はどんどん減り、もう過去の遺物に近い、という空気すらあった。いまの「ネット出現」よりずっと強いインパクトをテレビは持っていたのだ。
でも、いま、映画は復活を遂げている。
ハリウッドを中心に話題の新作が毎シーズン封切りされ、テレビドラマよりずっと話題になるし、一時ほとんど死にかけた邦画ですら10億円を超える興行収入のヒット映画がいくつも出てきている。たった2時間の映像を観るために我々は1800円もの高いお金を払って映画を見に行く。これって無料コンテンツがはびこる現代においてスゴイことだ。
で、この「テレビと映画の関係」って、「ネットと新聞・雑誌の関係」に似てません?
なんでもタダで見られるネットと、お金を出して買う新聞・雑誌との関係に。
いきなり出現してニュースやコラムの主役になろうとしているネットと、それに脅かされて悲観している新聞・雑誌業界の関係に。
ま、細かい違いはもちろんあるが、大きくはそっくりだとボクは思う。
でも、新聞や雑誌には、いいお手本がある。
まさに「映画の復活」という前例が目の前にある。
映画が一時期衰退したのは、テレビが出てきたからではない。面白くなくなったからだ。それが言い過ぎだとしたら「テレビに取って変わられた部分にずっと固執していた」からだとボクは思う。
テレビのせいにして悲観していた会社は駆逐され、映画にしか出来ない面白さを追求してテレビと棲み分けた会社は生き残った。そして成長した。その象徴であるハリウッドはそのやり方を批判されもしたが、あのときハリウッドが腹を括って変わらなかったら、いまの映画の姿はなかったかもしれない。
新聞・雑誌が衰退しているとすれば、それはネットが出てきたからではなくて、消費者にとって面白くないからだ。
映画が「テレビにできないこと:莫大なお金をかけたCGとか、ハリウッド的大スターシステムとか」に焦点を絞って復活したように、「ネットにできないこと」に焦点を絞って発信していけば、ネットと共存できるどころか、ネットを凌駕する部分も出てくるだろう。
最新のニュースやコラムを伝えるだけならネットに勝てない。
でも、例えば映画がやったのに近いことを書くなら、資本を集中させて莫大なお金をかけた見事なドキュメンタリーを作ったり、ちゃんとお金をかけて書き手を育て、彼らをスターにして何人も囲い込んでいけば、ネットはとても太刀打ちできない。新聞や雑誌の方が読んで面白ければ、読み手だって戻ってくる。
そういう意味で、コンテンツ・メーカーであるライターや記者を安いギャラで使い捨てている今の酷い状況をまず一番に改めるべきだろう。お金をたくさん払ってくれるところに優秀な人材は集まるものだ。充分なお金が支払われ、優秀なライターや記者が競い合うようになったら、コンテンツの質は様変わりする。
あとは、映画業界(特にハリウッド)が腹を括ってやったように、新聞・雑誌業界がいかに腹を括れるかにかかっている。宅配制度や再販制度など、システム面での問題も多々あるが、コンテンツ面ではまずは「映画の復活に学んだらいいのに」とかボクは思うのだが、どうなんだろう。
ネット書店の脆弱性
2008年02月25日(月) 7:49:46
先週発売の週刊朝日に大きく1ページの書評で取り上げられたり、銀座旭屋で総合6位だったり、汐留リブロのビジネス書で1位だったり、「渋谷ではたらく社長」の記事や週刊文春の書評の好影響もわりと残っていて、おかげさまで好調な拙著「明日の広告」ですが、アマゾンではずっと「通常3〜5週間以内に発送します」表示されていて(つまり在庫切れ)、bk1でも楽天ブックスでも品切れ状態なので、なんかネット上でお知らせするのが憚られる状況。
いや、在庫切れになるほど売れてます! とか言いたいわけではなくて。
なぜなら在庫はあるんです。アマゾンにもbk1にも楽天ブックスにも。出版社談によると。
実際、アマゾンは「通常3〜5週間以内に発送します」という表示を無視して注文すれば、通常通り翌日か翌々日には着くそうです。これについてはアマゾン側の言質も取れてるらしい。ではなぜ表示的に在庫切れ状態なのか。アマゾン側の説明によると(出版社からの又聞きですが)「手動で表示は変えられない」「アメリカのシステムをそのまま導入しており、倉庫に本が入ろうが変更できない設計」とのこと。ではなぜ他の本は在庫切れ表示にならないのにこの本だけそうなるのかは不明のまま。
実は先週金曜にほんの数時間だけ「在庫あり」表示に変わったんですね。
でもそこそこ注文が殺到したらしく、すぐ「通常3〜5週間以内に発送します」表示に戻ってしまいました。出版社に聞いたら「まだ確実にアマゾンに在庫はある」との返事で、もうなにがなにやら。1月末からこの3週間、ほとんど在庫切れ表示のままの本なんて他にある? なんか運が悪いというか何というか…。笑ってしまうわ。
いままでネット書店って発送早いし超便利と思っていたけど、こうして送り手側に回ってみるといろんな問題あるんだなぁと溜息つきつつ、せっかくのイキオイが途切れないことを願っている今日この頃です。ネット上のクチコミは超大事なのでわりとショック大きいけど。
ちなみに三刷が出回っているはずなので、リアルな大手書店には並んでいると思われます。引き続きよろしくお願いします。
Shades
2008年02月24日(日) 9:13:54
年末、「明日の広告」の脱稿とともに液晶ディスプレイを「Apple Cinema Display 30インチ」に換えたのだが、これが輝度をめいっぱい落としてもまぶしすぎ、目が疲れて仕方がなかった。最近ではサングラスをかけてマックに向かっていた程である。読者の眼科医さんにも相談したりするくらい。フィルターとかも30インチだと市販しておらず特注になる(高い!)。広い作業スペースは「Mac OS Leopard」の超快適性と相まって、もう手放せない&後戻りできないほどなのだが、この「目の疲れ」には相当悩んでいたのである。
そんなとき、読者の方から朗報が!
まぶしすぎる、と書いたのはずいぶん前なのだが、その頃のを読んでくれたみたいで、ある「Mac用無料プラグイン」を先週教えてくれたのだ。
それが「Shades」。
さっそくインストールして使ってみたら、これが素晴らしい。これだけ暗くなれば目も疲れない。まぁギラツキなどまでは抑えられないのだが、なんとか作業に支障のないレベルになった。最大の不満だった輝度がなんとか解消されて、あぁこれで作業がより快適になるぞとやる気まで湧いてきた(←環境に大きく影響されるタイプ)。
新しいiMacもわりとまぶしいらしいね。もし困っている方がいらっしゃったらお試しを。
あ〜ビックリした
2008年02月19日(火) 8:48:48