国内(沖縄) アーカイブ

山羊のたまちゃん

2012年5月 2日(水) 16:01:06

半年ぶりくらいに那覇の「さかえ」に行った。

那覇に行ったら必ず行く店が「山本彩香」で、その次くらいの頻度で行くのがここ「さかえ」である。

超ディープな山羊料理の店だ。
古くて雑然としていて怪しすぎる雰囲気だが、丁寧に下ごしらえした山羊は那覇トップクラスにうまいし、直美ねーねーが異様なテンションで動きまくっているのもすでにエンターテイメントの領域。楽しすぎる店なのだ。毎回お土産もたくさん持たされ、満足しきって帰ることになる。

すべての新しいもの、美しいもの、素晴らしいものは、たった一人の孤独な熱狂から始まる

2012年4月30日(月) 15:39:56

沖縄から帰ってきた。

仕事もし、遊びもし、美味しいものも食べ、いい買い物もでき、リフレッシュもできた。
同行者も会った人も素晴らしく、とてもいい4日間を過ごせた。いくつか悩ましい事柄が東京から追ってきたが、独立して生きている以上もうプライベートなどない。その辺の腹はさすがに括れている。

沖縄でひとつめに講演した「沖縄政経懇話会21」は、実はものすごく伝統的なものだったらしく、数えてボクで第475回。なんと本土復帰前から続いていると聞いた。沖縄県の主たる社長・会長クラスがずらりと100人以上揃う懇話会だ。懇話会の翌朝には沖縄タイムスに写真付きで大きめに載るような会なのである(ボクも載った)。

沖縄で講演ふたつしつつ、たっぷりリフレッシュ中

2012年4月27日(金) 14:41:07

沖縄に来ている。
「沖縄政経懇話会21」と「沖縄タイムス」でのふたつの講演、そして、あるプロジェクトの相談が目的。

昨日の朝に着いたのだけど、初日から実に楽しい沖縄滞在となった。

10年前に沖縄そばを100軒くらい回ったのだが(詳細は「すばの細道」というネット上のエッセイをどうぞ)、そのときから好きだった「淡すい」にまず行って久しぶりの美味を味わい、そのまま南へドライブ。「浜辺の茶屋」で遊び、そのあと内緒の場所(最高!)にも行き、一昨日までの仕事の大嵐ストレスが一気に抜けたところで「琉球料理乃山本彩香」へ。

漁師と農民という異文化

2012年4月26日(木) 11:54:04

いま読んでいる星野博美の「コンニャク屋漂流記」の冒頭にこんな記述があった。

国際結婚という言葉がある。国際結婚と聞けば、異なる文化や言語を背負った者同士が一緒になるのだから、様々な文化摩擦があるだろうな、と容易に想像がつく。しかし同国内でも国際結婚に匹敵するような文化摩擦が引き起こされる場合がある。それは例えば海の民と山の民、北の民と南の民というように、気候や生活環境、職業や経済環境がまったく異なる場合。 漁師と農民というのも、異文化の最たる組み合わせの一つと言えるだろう。

その後、漁師の血筋と農民の血筋が結婚によって一緒になった著者の一族の気質のぶつかり合いの記述に移っていくのだが、この文章を読んで、まだ冒頭なのに思わず立ち止まってしまった。

東日本大震災では、多くの漁師たちが津波の被害を受け、農民文化圏内の仮設住宅に移り住んだ。

もちろん当初から文化の違いは指摘されていたし、ボクたちも現地で何度もそんな話を聞いた。たとえば沿岸の大熊町から内陸の会津若松に移り住んだ方々のところに支援活動に行ったときも、その部分にとても気を遣ったりした。

彩香さんと駒沢敏器さんを偲んできた

2012年3月10日(土) 21:43:17

沖縄から帰ってきた。

考えたら今週は金沢や福井にも行っていたので(そのことも書きたいのに書けていない)、まぁそれもあるとは思うけど、なんだかえらく疲れてボンヤリしている。

沖縄では「山本彩香」に行ってきた。
ご飯を食べに、ではなく、彩香さんの横にただいるためだけに。

悲しくてやりきれない @沖縄

2012年3月 9日(金) 14:44:09

ちょっと理由があって沖縄に急に来た。

その理由については、詳細がわかり次第、また書きたい。人の死が関係したことなので不正確には書きたくない。まだ情報が不足している。でも、とにかく、朝そのことを知り、予定を放り出して昼前の便に乗った。その死んだ人とボクを実の息子のように思ってくれている大切な人の横にいないといけない。

「ありがとうございました」という言葉しかない

2011年8月28日(日) 16:31:47

昨日の朝いちに那覇から東京に帰ってきた。
那覇では朝10時から夜20時すぎまで会議会議会議。まったく沖縄に似つかわしくない濃い会議の連続で(笑)、すっかり疲れてしまった。打ち合わせして決めないといけないことが山ほどあり、次から次へと決めていくのに全然終わらないという有様。

まぁでもおかげで国際交流基金による「日仏交流」の琉球料理紹介@パリが実現の運びとなった。パチパチパチ。

ボクが実際に現地に行くかどうかは微妙だが(とりあえずコーディネーターとして山本彩香さんを紹介したので)、妻の優子は手伝いに現地に行く予定。少しでも本物の琉球料理がフランスで認知されればいいなと思う。今回も改めて山本彩香さんの料理を食べさせていただいたが、何度食べても国宝級だなぁと本当に思う。フランスに紹介できるのが誇らしい。

那覇で打ち合わせ中

2011年8月26日(金) 11:26:57

那覇に打ち合わせで来ている。
愛犬トイをうちにおいての出張。しかも夫婦で。トイは娘に任せた。気がかりだけど仕方ない。これはもうずいぶん前に決まっていた出張だ。

今年11月に日仏交流のイベントがパリであり、そこで琉球料理を紹介するお手伝いをすることになった。

去年、縁あって、フランスの方と、那覇の「本物の琉球料理継承者」の代表的存在である山本彩香さんをボクが橋渡しをすることになり、その流れで参加することになった。夫婦揃ってほとんど自腹のお手伝いだが、彩香さんの以下のような言葉を聞くと、少しでもお役に立ちたいと思う。
「私には伝えるという役目が残っている。そこまでやらないと琉球料理をやったと言えないんじゃないかと。誰が継承してくれるかはわからない。でもきっと誰かがちゃんとしたものを作ってくれるようになると思うのです」(雑誌「らくら」より)
ボクは沖縄の食の本を文庫化を含めると3冊書いている。「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫:「胃袋」の文庫化)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)。

「琉球料理乃山本彩香」最後の夜

2009年8月29日(土) 13:58:00

ayaka1.jpg昨日のお約束通り、「琉球料理乃山本彩香」のボクにとっての最後の夜のことを書こうと思う。

彩香さんの前の店「穂ばな」のときからずっと通って約15年くらいかな。この店の豆腐ようのことを拙著「胃袋で感じた沖縄」(「沖縄やぎ地獄」と改題して文庫化)に書いた10年くらい前からは特に家族ぐるみで親しくさせていただいている。

ボクは特定のお店と親しくなったりすることがほとんどないのだが、この店だけは特別。この店がなければ失われていた琉球料理が数々あることを知ってからは、琉球料理全体のためにも積極的に関わろうとしてきたし、これからも応援していこうと思っている。いろんな出来事があったし、閉店騒ぎもあった。ボクのサイトを見て来店してくださる方があまりに多い上にお人柄的にも素晴らしいお客さんばっかりということもあって(本当にありがとうございます。ボクの誇りです)、いつしか血を分けた兄弟扱いまでしてくれるようになった。琉球語で「うみない」「うみきい」と呼び合う仲(笑)。

宝物のような夜

2009年8月28日(金) 6:49:56

あー、ホント、宝物のような夜だった。楽しくて美しくて、そして美味しい夜だった。

山本彩香さんを愛する人たちが全国各地から集まって、昔の琉球舞踊のお弟子さんたちも集まって、琉球音楽の名人たちまで集まって、まるで奇跡のような時間の数々。料理も迫力あったなぁ。定番メニューはもちろん、「渾身の足てびち」が鍋ごと出たが、これがまた美味しくて…。

あの店に生演奏が響くのを聴いたのは初めて。芸大教授などによる名人たちの名演奏。そして、往年の名人、山本彩香さん(文部大臣賞なども獲っている)の琉球舞踊。わりと長いつきあいだけど、彼女の踊りを見たのは初めて。お弟子さんたちもみんな踊った。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。