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「琉球料理乃山本彩香」最後の夜

2009年08月29日(土) 13:58:00

ayaka1.jpg昨日のお約束通り、「琉球料理乃山本彩香」のボクにとっての最後の夜のことを書こうと思う。

彩香さんの前の店「穂ばな」のときからずっと通って約15年くらいかな。この店の豆腐ようのことを拙著「胃袋で感じた沖縄」(「沖縄やぎ地獄」と改題して文庫化)に書いた10年くらい前からは特に家族ぐるみで親しくさせていただいている。

ボクは特定のお店と親しくなったりすることがほとんどないのだが、この店だけは特別。この店がなければ失われていた琉球料理が数々あることを知ってからは、琉球料理全体のためにも積極的に関わろうとしてきたし、これからも応援していこうと思っている。いろんな出来事があったし、閉店騒ぎもあった。ボクのサイトを見て来店してくださる方があまりに多い上にお人柄的にも素晴らしいお客さんばっかりということもあって(本当にありがとうございます。ボクの誇りです)、いつしか血を分けた兄弟扱いまでしてくれるようになった。琉球語で「うみない」「うみきい」と呼び合う仲(笑)。

その店が終わる。
彩香さんの年齢的・体力的な限界もあるし、いつかはそういう日が来ることはわかっていたんだけど、でも、これがボクの中でどれだけ痛く哀しいことであるか。この店が沖縄に存在する、ということがどれだけ自分の逃げ場になっていたか、失おうとしている今、改めて痛切に感じている。沖縄に行く理由まで無くなっちゃいそうである。まぁ10月から昼の営業に絞って再開はするのだけど、琉球の辻料理(花街料理)の真髄である夜の営業が終わるのは大きな変化。自分の中の大きなカケラがなくなってしまうような喪失感がある。

そんな想いはとりあえず胸の奥の奥に仕舞いこみ、店の最後をニコヤカに見送るつもりで行ったのがおとといである。この日のために体調を整え、気持ちも整理し、万全を期して那覇に向かった。ポジティブに彼女の「チェンジ」を応援したいから。

ヒコーキが那覇に着いたのはお昼。
空港で、今回の同行者である小山薫堂さんと飯島奈美さんと待ち合わせ、まずはそのまま「亀かめそば」(観光客があまり来ない地元民のための沖縄そば屋)に行って昼ご飯を食べた。

どうしてこのメンバーになったかを簡単に書くと、今年の春だったかに薫堂さんとご飯を食べているとき、翌日から沖縄に行くと言うのでこの店を紹介したのである。そしたら彼と彩香さんが意気投合し、彩香さんに「今度はボクと薫堂さんのふたりで是非来て」とねだられたのである。お互いの予定をパズルのように組み合わせ、ようやくおとといが実現した。
奈美さんはそのパズルの最中にタイミング良くメールをくださったことが直接のキッカケだけど、間接的には彼女が「彩香さんの後を継ぎたいくらい、長く彼女の料理に憧れていた」ことが伏線になっている。映画「かもめ食堂」以来の超売れっ子フードスタイリストである奈美さんと彩香さんの出会いが何かを生むことを、ボクはすごく期待している。そういう下心もあってご一緒したのであった。

「亀かめそば」での昼ご飯後、泡盛「春雨」を造っている宮里酒造所に行って宮里社長自らの志高き泡盛談義を伺った(ボクは前回に続き二回目)。「琉球料理乃山本彩香」では、泡盛は「春雨」しか使っていない。彩香さんがそれくらい惚れ込んでいる酒造所である。
沖縄在住の陶芸家のポール・ロリマーさん(お店で使用している陶器はほとんど彼のもの。ボクも甕などの作品をいくつか持っている)も来られ、みんなで「春雨」試作品の試飲。もうここまでですでに超楽しく、いろいろ長々書けるのだが、キリがないので省略しよう。

で、一度解散してホテルで休み、夜7時に「琉球料理乃山本彩香」に再集合した。
ボクと薫堂さんは彩香さんからいただいたお揃いのオバマTシャツを着ていった。閉店の「チェンジ!」の意味を込めてるんだけど、着て歩くのはかなり恥ずかしかったな(笑)

広間のテーブルをくっつけて、初めましての方たち(でも何かしらつながりがある方たち)と9人の大テーブルに。
ボクたち3人以外には、大阪から来たTV系プロダクションの方々3人(薫堂さんとTBS「世界遺産」を制作している)、旭川から来たお医者さん夫婦(お店の常連でボクの読者でもある)、そして宮里酒造所の宮里社長。
そして、後からわかったが、この9人以外のカウンターなどのお客さんも、ボクの読者の方が3人、昔のお弟子さんたちが4人、サプライズを演じてくれた琉球音楽の名人たちが4人、など、なんだか異様に濃い空気になっていた。閉店まであと3日あるが、実質的に最終日のような集まりになっていたのである。

料理は静かに始まった。
でも、この店を深く愛する人たちの集まりである。なんというか空気がとても温かい。そして、やがて楽しくも奇跡的な時間に突入していったのである。

nami.jpg本当に奇跡的で、なんとも贅沢な時間であった。
贅沢その1は、泡盛「春雨」の熱い造り手、宮里徹社長が横に座って、料理の進行に合わせて自ら「じゃ、最初はこの25度の泡盛で」「この料理には秘蔵の古酒で」「この料理には意外と泡盛のお湯割りが」とか、いろいろ演出してくれたこと。これがなんと贅沢かつ美味しいことか。
贅沢その2は、彩香さん渾身の料理群を、あの飯島奈美さんが取り分けてくれたりすること。ファンに殺されそうなほどの贅沢。あぁシアワセ。
贅沢その3は、オスカー脚本家であると同時に食の達人でもある薫堂さんの感想やら反応やらを目の前で聴きつつ見つつ食べられること。そのうえ彼の趣味であるカメラ(ライカのエルメス・コラボ機を持ってきていた)でバチバチ写してもらえること。贅沢だなぁ。

まだまだ贅沢は続く。
贅沢その4。これはね、サプライズだったんだけど、途中で琉球音楽の生演奏が入ったこと。この店で生演奏を聴いたのは初めて。沖縄県立芸大の比嘉康春教授自らが三線を弾き、琉球琴や胡弓、琉球笛など、4人で唄つきで演奏してくれた。これはお店閉店のための特別演奏であり、かつ薫堂さんオスカーおめでとうの演奏でもあった。素晴らしい演奏と唄。声がまたいいのである。あぁ楽しい。

ayaka_odori.jpg贅沢その5。その演奏に合わせて、まずは店員かつ彩香さんの一番弟子でもある由美子さんの琉球舞踊が見られたこと。
そして、なんと彩香さん本人の唄と琉球舞踊(写真)。昨日も書いたけど、彩香さんは文部大臣賞をもらっているくらいの琉球舞踊の名手。その全盛期にきっぱり踊りをやめて、料理の世界に入った人。だから彼女の料理の随所に「型」が感じられる。それは琉球舞踊の名手だからこそのことである。その踊りを目の当たりに出来た。
それにしてもわりと長いつきあいだけど、初めて彼女の舞踊を見たなぁ。動きにまったく無駄がない美しくもシンプルな踊りだった。その後、お店に集まっていた昔のお弟子さんたちも全員出てきてのカチャーシー。あぁ、なんという贅沢。

まだあるぞ。贅沢その6。素晴らしいお客さんたち。
彩香さんの料理の価値、この店の価値を心底わかっている人たちがわざわざこの日のために日本各地から集まってきていて、一期一会の想いとともに彼女の料理を深く深く一緒に味わったこと。この感じを共有できる方々とこの店の最後を楽しめたことが一番の贅沢だったかも。

いや。やっぱり一番の贅沢は、いまや日本の宝だと個人的に思っている彩香さんの料理を思う存分味わえたことかな。
その日の料理はまたすごかった。深い愛が込められていつつ奥底に迫力のあるもので、いままでたくさん食べた彼女の料理の中でも一番うまいくらいであった。メインで特別に鍋ごとの「足てぃびち」が出たが、これがまた渾身の出来。この足てぃびちはね、これだけで本の一章が書けそうなほどの味。うますぎた…。

料理が終わってからも、大阪組からのプレゼント(吉岡幸雄先生が染めた柿渋染めのバッグ。すごい!)があったり、入り乱れての記念撮影会があったり(それだけで1時間くらいやっていた)、ボクたちも持ちきれぬほどのお土産をもらったりして、24時すぎに別れを惜しみつつようやく解散した。彩香さんとはお互いに「ありがとう」の言い合い。言葉なんて他に何もいらない。

なんと素敵な夜だったことか。
こういう時間を過ごすためにいろんな小さな出会いや別れ、喜びや悲しみのカケラを積み重ねてきたのだなぁ、それにしてもボクは恵まれているなぁ、とかいろんな感謝を思いつつ、ホテルへ。

考えてみたらおととい起こったことは、すべて「このサイトをやっていなかったら起こらなかったこと」であった。人のつながりも何もかも。しこしこと長く発信を続けてきて良かったなぁと心から。

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宝物のような夜

2009年08月28日(金) 6:49:56

あー、ホント、宝物のような夜だった。楽しくて美しくて、そして美味しい夜だった。

山本彩香さんを愛する人たちが全国各地から集まって、昔の琉球舞踊のお弟子さんたちも集まって、琉球音楽の名人たちまで集まって、まるで奇跡のような時間の数々。料理も迫力あったなぁ。定番メニューはもちろん、「渾身の足てびち」が鍋ごと出たが、これがまた美味しくて…。

あの店に生演奏が響くのを聴いたのは初めて。芸大教授などによる名人たちの名演奏。そして、往年の名人、山本彩香さん(文部大臣賞なども獲っている)の琉球舞踊。わりと長いつきあいだけど、彼女の踊りを見たのは初めて。お弟子さんたちもみんな踊った。

それらを長々とご報告したいが、朝いちのヒコーキで東京にトンボ返りして、プレゼン2つ、講演1つをこなさないといけない。書いている時間がない。つか、もう空港に行かなくちゃ。なので詳細は明日。

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一泊で沖縄へ

2009年08月27日(木) 5:57:01

立川談志家元。年内の仕事をすべてキャンセルして休養するらしい。
サイトによると「8月14日に本人から『体調がすぐれないので、暫く休みたい』との申し出がありました」とのこと。ボクたちが談笑のゲストとして談志の高座を聞いたのが8月21日。申し出から1週間。暫く休みたいと申し出るくらいの体調の中での壮絶な高座だったということか(涙)。まぁその日のメモに書いたように、確かに壮絶な高座であった。どうかあれが最後の高座になりませんように。

でも、あのとき「もう落語もこれが最後だと思うんです」って言ったんだよなぁ…。

ただ、逆に「8月下旬に医師の診察を受けたところ、『糖尿病により約3ヶ月の外来治療、入院治療、および自宅治療を要する』と診断されました」(サイトより)とのことだから、あの時の体調を最悪として、治療すればまた元に戻る可能性はある。それを願いたい。

ええと、いまからちょっと沖縄へ行ってきます。一泊の旅。そう、"うみなぃ" 山本彩香さんのところへ(うみなぃ、とは琉球語で兄弟・姉妹への敬称。男から女を呼ぶと「うみなぃ」。逆は「うみきぃ」。いつしかそんな関係になった。まぁ年齢は彼女の方が30歳くらい上だけど)。
明日の朝の便で帰ってくるという慌ただしい旅。でもとても大事な旅になりそう。

最近に彩香さんのところへ行った方はご存知だと思うけど、「琉球料理乃山本彩香」は8月一杯でいったん閉店し、10月21日に昼のみ営業のカフェ・ギャラリー的な店として店名も変えて生まれ変わる予定のようです。
ただ、料理は日替わりの一品プラスαらしいから(まだ決めかねてる模様)、今現在のような「フルコースで山本彩香を味わえる」のは8月一杯でオシマイ。豆腐ように始まってゴーヤーのシリシリーやらミヌダルやらスーチカーやらラフテーやらドゥルワカシーやらトンファンやらの珠玉の料理の流れを泡盛「春雨」と共に味わえるのはほぼこれが最後かなぁ。まぁそれも含めていろいろ話してきます。

ということで、ちょいと沖縄へ。

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がんじゅーやみせーみ

2009年05月30日(土) 17:43:50

沖縄から東京に着いた途端、疲れ復活。頭痛再発。ヒコーキに乗っている間いろいろと仕事のことやこれからのことを考えていたのもいけなかったのかも。ストレスさまのお帰り。沖縄にいる間はあんなに快調だったのにな。

昨晩は国際通りからほど近い「すーる」(糸満の「淡水」から麺を仕入れている店。なかなか良かった)で仕事相手と沖縄そばを食べた後、夜遅めにひとりで「山本彩香」へ。

驚いた。世界一美味しいと断言したい彼女の「豆腐よう」が変わっていた。いい方に。
大豆を外国産から厳選国産に変えてみた、とのことだけど、それだけでこんなに違うんだ…。味に甘みが増し、食感も相当クリーミーになって、全体のバランスがより良くなった。完成度があそこまで高かったものがより改善されて目の前に。うーむ。これを絶品と呼ばずしてなんと呼ぶ。泡盛「春雨」とのマリアージュも抜群。あぁ至福。

昨晩はお客さんが少なく、しかもみなさん早めのご退散で、途中から彩香さんとふたり。カウンターでずっと琉球語(うちなあぐち)を教えてもらっていた。ボクの変な発音にお互い大笑いしながら。
いろいろ教わったけど、まぁなんつうか難しいわ。帰る際、覚えた琉球語を組み合わせて「うみなぃ、けーゆん」と言ってみる。うはは。通じたよ。「敬愛する女兄弟よ、帰るわ」みたいな感じ。イントネーションは平板に。ちなみにタイトルの「がんじゅーやみせーみ」は「お元気ですか?」である。「がんじゅー」=「頑丈」。みなさん、お元気ですか?

いままで彩香さんと店員の由美子さんが話す琉球語がまったく聞き取れなかったけど、なんとなーく聞き取れる部分が増えてきた気はする。単語は大和言葉と共通するものがあるし。あとは語尾がわかってくればな。でもこれが難しい。

寝たのが遅かったのもあるけど、カラダがいい感じに緩んだようで、今朝はホテルで朝9時くらいまで眠れた(東京の家では5時台に目が覚めてしまう)。目が覚めないって気持ちいい。でもそれも沖縄限定なのだろう。ヒコーキでもぐっすり眠れた。来週がまた忙しいので少しでも多く眠っときたい。明日の日曜も仕事だし。とりあえず夜ご飯食べたらすぐ寝よう。

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沖縄は今日も晴れ

2009年05月29日(金) 16:42:56

朝の天気予報によると日本全国雨模様なのに、ボクが行く沖縄だけ晴れ(笑)。
まあね、あんまり「晴れ男」とかいう科学的根拠ないことを言っているとバカに思われるからいい加減にするけどね。でもこういう「思いこみ」って大事なんです。ポジティブ・シンキングの一環として。

ということで、沖縄は梅雨なんだけど、昼過ぎに着いた那覇は晴れていた。
でも昨日書いたように半日会議室に籠もっての企画会議。沖縄にいる感じがしないなぁ。

明日の昼には東京に帰る。今日の夜はまだ未定。というか、まだホテルも決めていない。はやく決めなきゃ。ご心配をおかけしている体調は、なんだか沖縄に来た途端よくなっちゃいました。お調子者。

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ボクには「春雨」と呉屋さんのマンゴーがある

2009年05月04日(月) 12:38:52

さて、一日遅れで沖縄最終日(5/2)のことを簡単に書いておこう。

この日は連休中唯一のオフ。まず、昼過ぎに宮里酒造所に伺った。
ここは近年評判をどんどん上げている泡盛「春雨」を造っている酒造所。実際ボクは最近ではこの「春雨」が一番好きである。「山本彩香」でもこの泡盛を出している。というか彼女が作る絶品の「豆腐よう」も「春雨」を使用して仕込んであるようだ(だからあの豆腐ようには「春雨」が一番マリアージュする)。

小禄(おろく)の住宅街にさりげなくある赤瓦屋根の酒造所。こんなに有名なのに本当に小さいし看板もない。駐車場に大きな野生のキーツ・マンゴー。これが目印。これがなければ再訪できないくらいさりげない。こんなさりげない酒造所、初めてである。
後で宮里社長(ボクより2歳ほど若い)にお話しを聞いたら、「最近、小禄も住宅街になり、こういう工場に対しての規制が多くなって、建物を大きくも出来ないし建て替えも修理もできないんです。こちらの方がずっと古くからやっていて、住宅街になったのは最近なのに…」とのことだった。だから売れていても大きく出来ず、施設が古くなっても修理もできない。周辺に気を遣って看板も出していない。そんな風に身を潜めて沖縄を代表する泡盛が造られている…。

話をくわしく聞いていくと、ボクみたいな第三者が聞いても「それはどう考えても行政のイジメだろう」と思えるようなことが他にもザクザク。そのくせ「観光が一番大切!」と、こんな小さな酒造所に観光バスを入れろとゴリ押ししてくるとか。宮里さんは本当に(ほんとの本当に)真面目で真摯な方なので、それにも文句ひとつ言わず対応しているが、いろんな状況を聞けば聞くほど沖縄行政の問題は根深いな。昨晩も彩香さんとさんざんそんな話になった。それにしてもなぁ…。

まぁそれはともかく宮里酒造。
ボクは泡盛の酒造所は15ほど訪ねているが、この宮里酒造はダントツに清潔だ。
いや、もっと近代的で清潔な酒造所はある。ただ、設備がものすごく古く、修理もできないことを考えると、奇跡的に清潔。泡盛を造っている工場特有の匂いもほとんどしない。壁に黒麹も染みこんでいない(他の酒造所で壁が真っ黒なところは「これが黒麹が豊富な証拠」と言っていたりするが、単に管理が悪いだけなのは宮里酒造を見ればすぐわかる)。

試作途中の新酒を飲ませてもらったが、「泡盛が嫌いな人にもおいしいように」という目的で作ってあって、アタックが柔らかいわりに、手のひらでグラスを握って温めながら飲んでいるとだんだん花の香りが立ち上ってくる美しいお酒だった。「これ、ぬる燗にしてもいいかもですね」と言ったら「そうなんです!」と意を強くされて語る語る。泡盛のことを語り出すと宮里さんの口は止まらない。本当に真面目で真摯。これからもここの泡盛を飲み続けよう(あと、石垣島の請福酒造さんと)。

そして特筆すべきは従業員の感じ良さ。本当にすべての人(男性5人だったか)が異様に感じが良い。きっと宮里さんの薫陶が行き届いているのだろうなぁ。ひとりの若い従業員が「私、本当に宮里さんの下で働けて幸せなんです」とこっそり教えてくれた。いい会社だ。こういう酒造所がおいしくないお酒を造るわけがない。


すっかり感動して、いろんな泡盛をご馳走になって酔っぱらって、次は東風平(こちんだ)にあるマンゴー園へ。

今年、彩香さんの紹介で、マンゴーの木のオーナーになった。
完全無農薬自然農法のマンゴー。彼女の友達の呉屋さんという方が作られているマンゴーである。この方に会いがてら、ボクのマンゴーの木を見学に行くことにした。

東風平の景色のいい丘の上にその農園はあった。ちょっと見、荒れ放題。でも「奇跡のリンゴ」を読んだボクとしては、完全無農薬だと荒れ放題になることもありえることはわかっているつもり。しかし呉屋さん本人に会ったときはビックリしたな。「奇跡のリンゴ」の木村さんと同じく歯がないし、雰囲気も笑顔もまさに木村さん。で、話を聞くと、やっていることも木村さんと近い。儲け無視の情熱から手作りの液での木の消毒の仕方とかまで。

ひと通りマンゴーの成長具合を見せていただいてから(収穫は7月かな)、農園横の作業小屋みたいなとこで「ゆんたく」(おしゃべり)。ここでまた沖縄行政の話になった。「私ら最低限食べられればいいんです。何の欲も持ってない。いいフルーツ作って喜ばれれば満足。でも、行政のやってることは『生きていくな』と言っているに等しい。邪魔ばっかりする」と。
ここでもボクはなるべく客観的に聞こうと努力した。行政にも言い分はあるはずだし、こちらが一方的に憤っている場合もある。でも今回もドス黒い気分に。真面目に沖縄の未来を考えて地道に真摯に働いている人たちから「もう無理。辞めようかとも思う」みたいな話を昨晩から連続してずっと聞いている。あぁ沖縄はもう本当にダメかもなぁ…。

んー…、まぁそれはそれとして、呉屋さんの無欲さには呆れかえったな。
何にもいらない、というのが徹底している感じ。で、一時も手を休めない働き者なので、次から次へと新しいフルーツに挑戦していく。マンゴーだけでなく、バンペイユ(晩白柚)やフートー(ローズアップル)のこと、カニステル(エッグフルーツ)のくわしい話など、フルーツに関するいろんな情熱を次々と聞かせてもらった。楽しくて仕方がない感じ。でもそれがお金にはほとんど結びついていない。「ちゃんとお金に結びつけないと、ヒトも物も動かないし、現実が変わりません。儲けろって言ってるのではなくて、ちゃんとお金に結びつけた方がいいですよ」とお願いしたが、あまりピンと来なかった模様(笑)

つーか、「この敷地の一等地にログハウスを建てたらいいよー」と勧められた。タダですか(笑)。なんつうか、とことん無欲。ヒトが喜んでくれればいい、自分は食べていけるだけでいい、という感じ。あぁこんなヒトがまだいるんだなぁ。


帰りのヒコーキの時間が迫ってきたので、再会を誓って空港へ。
先ほど預け物をした宮里酒造に寄ってそれを受け取ってモノレールで空港へ行こうとしたら、宮里さん自らクルマで空港まで送ってくださった。

ビジネスの世界でビジネス・ライクにビジネスマンの常識に沿って生きていると、いろんなことを忘れていく。特に東京ではそれが顕著である。
でもボクは大切なことを思い出す方法をこの日ふたつ手に入れた。泡盛「春雨」と呉屋さんのマンゴー。東京で何かを忘れている気がしたとき、「春雨」飲んで呉屋さんのマンゴーを食べよう。きっとちゃんと思い出せる。そんなことを思いながらJAL機内へ。

今年はもう一回くらい、沖縄に行けるかな。

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夜、「山本彩香」にて

2009年05月02日(土) 10:28:45

那覇ロケも無事に終了。
天気にも恵まれ、スタッフにも恵まれ、段取りよいいいロケになった。上がりが楽しみ。

夜はスタッフ数人と「琉球料理乃山本彩香」へ。
「豆腐ようを美味しいと思ったことがない」という方がいたので、ではではと自信たっぷり食べていただいた。おそるおそる一口目を食べるのを見ながら、その後の喜色満面が予想できるだけにニヤニヤしてしまうワタクシ。そして予想通りの反応にこれまたニヤニヤ。だって美味しいもんね。ここまで手をかけて手作りしている店を他に知らない。

ボクが来店すると「実験台」ということで実験的に作っている料理を食べさせてくれる。昨日の白眉は「間引きマンゴーの酢漬け」。間引いた小さな小さなマンゴー(クルミくらいの大きさ)を3日かけてアクを抜き、酢漬けしたもの。マンゴーの実を大きくするために間引いたものすら無駄にせず美味しくしてしまう彩香流。しかし説明されなければ絶対マンゴーとはわからない。カタチは空豆、味は漬けた青梅が近いかな。食感はキュウリのピクルスが近いかも。うまし。

いつもにまして美味しい夜。
ゆっくり堪能した後、ひとり残り、彩香さんといろいろ話し込んで(沖縄の未来とか、自然破壊の問題とか)深夜まで。沖縄の自然と伝統と食を愛する気持ちが高じて、逆に無力感に苛まれている彼女。いえいえアナタがいなければ消滅していった伝統料理はたくさんあるし、琉球舞踊でも琉球料理でも、その伝統をしっかり世に伝えていっている国宝級のヒトなんだから、そんなに自分を責めないで、と言いつつ、いつしか一緒に無力感の世界へ。どうすれば壊れかけた沖縄が元に戻るのだろう。ボクに出来ることは何だろう。

夜道をホテルに向かって歩きながら、こういう想いを深く共有してくれる作家の駒沢敏器さんに深夜電話。でもそんな話に辿り着く前に「彩香さんのとこで食べてきたの! 良かったですねー」とひたすら明るく羨ましがれ、なんというか、無力感に苛まれているヒマがあったら、おいしいこと、楽しいことをどんどんやって、どんどん伝えて、どんどん広めるのがまずボクに出来ること、という基本を思い出した。まずそれがボクにできること。それすら最近さぼってますからね。人生をさぼってはいけないよ、ホラ、そこを歩いてる自分!

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名護ロケ終了

2009年05月01日(金) 7:40:43

名護のロケも昨日で終了。今日は那覇方面に移る。
名護では「おBAR」「縁」「夢の舎」「おかめ」にスタッフで食事に行った。どの店もなかなか良かったが、特に印象的だったのは「夢の舎」と「おかめ」かな。名護の店をあまり知らなかったのでいい店を知れて良かった。

この仕事、沖縄ロケ組と東京居残組に分かれて動いているのだが、東京は東京で修羅場を迎えていて、沖縄と東京で電話が異様に飛び交っている。昨日も結局ロケ終了後、夜中までその調整に終われた。沖縄のゆったりした空気の中、超アタフタしている自分がなんだか可笑しい。

頭頂部対策、いろいろいただきました(笑)
でも、一日目ですでにもう……手遅れ気味。水際対策失敗。この半年、外に出ず、スポーツもせず、ひたすら室内で仕事していたもんなぁ。肌が弱くなっている感じ。ついでに腹肉もかつてない状況。Tシャツで過ごすとやはり気になる。半年の油断(多忙)でここまで緩むか…。締めないと。

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頭頂部が…

2009年04月30日(木) 6:52:21

アメリカ在住のヒトからこんなメール。
「日本ではアメリカは豚ウィルスに侵され、大変な状況と報道されているようですが、街中はまったく普通の通りです。そもそも、感染者のほとんどがメキシコに行ってきた人たちですし、アメリカ人で亡くなった一人もまるで成人男性かのように報じられているようですが、2歳に行かない幼児で、インフルエンザならそのくらいの死亡はありえることですし」
そりゃそうだよね。みなさん冷静に。

昨日の丸1日のロケですっかり頭頂部が焼け、つっぱっている。このまま焼け続ければハゲてるところと生えてるところが見分けがつかなくなるかもという野望。でもこのつっぱり感は剥ける予感。頭頂部が剥けるのはイヤだなぁ。

今日も1日ロケ。ボーシ必携(最初からかぶっとけ)。

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沖縄はピーカンです

2009年04月29日(水) 6:46:51

朝6時30分発の沖縄便はガラガラだった。
GWなのになぁ。ちょっと沖縄の観光事情が心配になるくらいガラガラだった。サーチャージもなくなり海外旅行組の方が多いのだろう。実際、沖縄に行くより海外に行く方が安い場合も多い(近い国なら)。でもこの豚インフルエンザ騒ぎで海外旅行もガックリ減るかもしれない。旅行業界も次々と大変だ。

沖縄は雲一つない晴れ。最低気温が17℃、最高気温が22℃。最高に過ごしやすいけど「わーい、沖縄だー」と半袖ばっか持ってきたボクにはちょい寒い。しまったなぁ。長袖をもっと持ってくるべきだった。

昨日はロケハン(ロケーション・ハンティング)。
朝からいろんな場所を見て回る。オールスタッフで打ち合わせる関係でガストに入ってご飯とか食べた。沖縄まで来てガストで食べるワタクシ。まぁでも食べ旅行に来た訳じゃないからな…。ちょっと哀しいけど。
ちなみに昨日見回った中では、備瀬のフクギ並木のところが圧倒的に良かった。古民家民宿もあった。今度泊まりたいかも。

今日から本番。大量に持ってきた企画の宿題もこなしつつ。かなり厳しいスケジュールの中でロケを入れたんだけど、やっぱり気分が変わって良い。あのまま東京にいたら沈み込んでいたかもしれない。

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沖縄ロケ

2009年04月28日(火) 4:29:41

いまから沖縄ロケです。
朝6時30分発のヒコーキ(早っ)。名護に3泊、那覇に1泊するんだけど、ネット環境がダメだったら更新できません。その場合は後づけで更新します。

とりあえず、行ってきます。あっちは、ええ、もちろん晴れです。

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アグー豚 @我那覇畜産(名護)

2008年01月14日(月) 15:04:03

昨日、ボクたちプロジェクト・メンバー一行は名護の「我那覇畜産」を訪れた。
ボクはここが生産している「やんばる島豚」が豚肉の中で一番おいしいと思っている。送ってもらって家でしゃぶしゃぶで食べた時に衝撃を受けたのだ。バークシャー種とデュロック種をかけ合わせたものにアグーをかけて出来た「やんばる島豚」。肉の香りが実に素晴らしい。

ボクは5年ほど前、アグー(琉球在来黒豚)を細かく取材したことがある。
その当時、純血のアグーは沖縄本島にたった36頭しかいなかった。戦争で激減し、その後はアメリカからランドレース種などの繁殖能力が高い(つまり多産な)白豚が入ってきて、純血はほとんど絶滅したのである。アグーとランドレース種などとかけ合わせたハーフやクォーターは多いが、純血は北部農林高校や試験場などに36頭しかいなかった。

アグーは生殖能力が低く、なかなか増えないこともあって、昨日「我那覇畜産」で聞いたら、2007年現在でも、純血はまだ79頭しかいないそうである。
いまでは東京でも「アグー豚」を出すレストランが多いが、まぁウソとまでは言わないが、多少表記に誇張がある。純血はあり得ないのだ。ハーフかクォーター、良心的な店でも75%とかのものを出しているかも程度だろう(現在はランドレース種とのハーフである「沖縄あぐー」というブランド豚も出荷されているので、それを出してアグーを名乗っている場合もあるかもしれない)。

ボクは定期的につぶす純血のアグーをたまたま食べたことがあるが、肉の香りが尋常ではない。脂が多いのにあっさりしていて、もたれず、旨みも強いのだ。とても魅力的な黒豚だ。増やすのが難しい品種だが、志高くアグーを増やそうとしている畜産農家がいくつかある。そのうちのひとつが「我那覇畜産」なのである。

訪れてまずびっくりしたのは、その文化度の高さ。
入り口から前庭まで花が咲き乱れ、蝶が舞う。たぶん奥さんがやるのだろう、実に丁寧に手入れがされている。しかも清潔。その美しい敷地内(建物内じゃなくて敷地内)に入るためには靴を消毒しないといけないという徹底ぶり。畜産農家とかいくつも訪ねたことがあるが、これだけ意識というか文化度が高い農家は初めてである。たいていは効率重視で味気ない外観のところが多いからだ。

前庭の美しい芝生の上でアグー豚に会わせてもらい、仔豚と戯れさせてもらったりした後(写真12)、お話をいろいろ伺ったが、オーナーの我那覇明さんの「安心安全、しかもおいしい」ことへの情熱がまたすごかった。特に安心安全に対する意識の高さがすごい。そこまで清潔に管理しますか!という感じ。放牧なども考えたそうだが、鳥などによってもたらされるウィルスを考えるととてもじゃないが無理、ということで、そのかわり徹底的に豚に居心地がいいように屋内施設を作ったそうだ。お話は日本の食や健康への危機感にまでおよび、尽きない。

純血アグーも少しずつ増やし、ここには17,8頭いるようだ。かけ合わせの研究を重ねた結果「やんばる島豚」ブランドを作り出し、自信を持って販売しているようである。他にランドレース種とデュロック種をかけ合わせた「流美豚(リュウビトン←ルイビトンの洒落らしい:笑)」や75%のアグー「島黒」も売っている。

高い志と実行力。ちょっと感動した。「佐藤家は今後ここの豚しか食べません!」と、その場で宣誓しようかと思ったくらいである。しかも本当に豚好きらしく、事務所には豚キャラのコレクションがたくさん。奥さんが豚を使った昼ご飯を振る舞ってくれたが、これがまたうまかった!

もうすっかりファンになって、夕方に我那覇畜産を後にした。
ちなみに、我那覇畜産がある名護の大川辺りは実に美しい。「この辺に別荘を買おう!」とみんなで盛り上がりつつ、クルマで那覇へ帰った。あぁ楽しかった。

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25℃! @那覇

2008年01月13日(日) 10:19:23

沖縄の那覇に来ている。
25℃ですよ、25℃。モリのいる札幌とは気温差30℃! 日本ってすごいなぁ。こんなに小さい国なのにこんなに気温差がある。昼に着いた途端じわっと汗ばむ。暑っ。上着を次々脱いでTシャツ一枚に。

まずは首里に出て「てぃしらじそば」へ。
脱サラして沖縄そば屋を始めた、という店で前から行きたいと思っていた。カフェみたいな作りだけど、どこか温かい手作り感がある居心地よい空間で、そばもとても丁寧で心温まるもの。最近若手を中心に増えてきた「昔ながらの手作り沖縄そば」系。超薄味のスープで「淡すい」のそれよりもあっさり。でも食べ終わる頃には後ろ髪引かれる味になる。麺は少し茶色っぽく、縮れが強いもの。おいしい。全体にとてもいい沖縄そばだが、敢えて言えば麺にもう少しコシがあった方がいいかな。茹で時間の問題だろうか。でもまた定期的に来てみたい店。あ、ジューシー(炊込みご飯)もとってもうまかった。沖縄そば500円。ジューシー100円。コーヒーはセルフで飲み放題。よくやっていけるなぁ。

次に公設市場に出て、銀座のあるバーで勧められた「田舎」という店でソーキそば350円。安っ。しかも超ディープ。観光客はびびって入ってこれないだろう。地元の人が昼ご飯に群がるような店(安いしね)。でもそのバーの人が帰省の度に寄るというだけあってなかなかおいしい。ここは「昔ながらの手作り沖縄そば」系ではなく、言うなれば「昔ながらの生活そば」系。なんだかとても気に入った。公設市場周りっていい店なかったんだけど、これからはここにしよう。

ホテルにチェックインして、ラグビー大学選手権決勝の早慶戦中継を見る。早稲田ラグビーのファンなので、早稲田が勝ってうれしい。でも早慶戦っていつもラフプレイがなく、実にフェアでいい。気持ちのいいゲームだった。

ボクがホテルの部屋にいた間にスコールがあったらしいけど、ホテルを出る頃には雨も上がって(晴れ男!)、夕方から外出。辻にある「カフェ沖縄式」で作家の駒沢敏器さんと待ち合わせ、彼中心で一緒にやっている「ある沖縄プロジェクト」の打ち合わせ。今回の沖縄行きの目的でもある。とはいえ本業と違うから自腹の沖縄行きだけど。

その後一緒に「琉球料理乃山本彩香」へ。
久しぶりの彩香さんの料理である。おととしの閉店危機以降、営業方針を変えてからは初めての訪問。高齢でカラダが持たないという彩香さんは規模を最小限に縮小し、ほとんど「琉球料理の伝統と心を後世に伝える」という情熱だけで営業している。料理の質はまったく変わらなく非常においしいが、サービスや営業日数、価格などはずいぶん変わった。もうほとんど趣味の世界である。それでも彼女が霧の日の灯台のようにそこに立ち続けてくれているだけで,琉球料理の伝統と心が守られる。その価値を味わう店である。彩香さんともいろいろお話しでき、良かった。

食後、駒沢さんとふたりで牧志2丁目の隠れ家バー「living」へ。
以前「Slow Jam」にいたジミーが店主で、異様に凝っていてオシャレ。ふーん、と感心しながら飲む。最後には大盛り上がりに盛り上がり、「どっか飲みに行こ」と店主に散々誘われたが、意志強く帰る。つかもう2時過ぎてるし。

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YOSAKOIソーラン・ファイナル

2006年06月12日(月) 8:09:13

旅先でプールに入る快感を知ってしまったので、札幌のプール事情を調べてみたら、ほとんどのプールが10時30分開場。うは、沖縄より遅いよ。コンシェルジュに10時開場を見つけてもらい(ひとつだけあった)、ビジターで泳ぎに行く。水質はとても良かった。透明度抜群。ただ3コースしかなかったので、すぐご老人たちで渋滞したのが玉に瑕。
というか、ストロークも距離も伸びなかったなぁ。100mでぜーぜー。那覇のあれはいったいなんだったのだろうと遠い目になる。まぁ疲れがたまってはいるのだけど、とはいえ…。

ちょっと意気消沈しつつ、昼はYOSAKOIソーラン祭りの創始者たちとランチ。15年前、学生だった彼がこの祭りを始めたわけである。協賛社もおらず道路使用許可も下りずの状態から15年間。そのパワーには感服。で、食後、彼に連れられて「じかた車」に乗った。上から見る踊りはまた格別。
降りてからは桟敷席でいろんなグループの踊りを観た。いかにも踊りそうな兄さん姉さんよりも、普通のおじさんおばさんが弾けてるのを見る方が好き。なんか涙が出るよね(←このごろ何見ても涙が出るようになった:笑) しかし89歳のお婆さんが踊っていたのには驚いた。ニコニコといい感じだった。

ソーラン・イリュージョンはMC過剰で少し白けたが、セミファイナルとファイナルはさすがな迫力。中でも「コンサフリーク〜北海道武蔵女子短期大学」「平岸天神」「北海道大学"縁"」「関西京都今村組」が気に入った。優勝は意外にも「新琴似天舞龍神」の3連覇。うーん。でもこういう演出が続けて取っちゃうとどんどんYOSAKOIソーランの本質とズレていく気がするんだけど…って、今年初めて見たくせにえらそうですねそうですね。

終了は21時30分。すげー寒い。同僚と安い鮨屋に飛び込んで「とりあえず熱燗!」と叫んだくらいは寒い。真冬の防寒具持ってきて正解。あぁもう月曜だ。今週は長そうである。

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沖縄の空気が続いている

2006年06月06日(火) 19:21:31

昨日は会社を休んで沖縄。三日連続の朝プールでスッキリしたあと、昼メシは「淡すい」に駒沢さんと。相変わらずお替わりしたくなるスープでうまい。食べ終わった後も胃がスッキリしている。いい沖縄そばだなぁ。

そのまま空港へ行き羽田に帰還。一瞬だけ家に戻って荷物を置いた後、すぐさま夜の飲み会へ。
不思議な縁でつながった4人の男の食事会。それぞれに発信メディアを持っている4人だが(しかもメシ系)、こうして4人揃うと実に不思議な感じであった。みんな「ちょうどよい距離感」を知っている人ばかりだったし、価値観も近いものがあったのでとってもラクチン。

同年代の男が集まるとお約束のように病気とか数値とかの話から始まる(笑) ひとしきり数値自慢をしあった後、おいしい食事会の始まり。いいワインとうまい食事。あぁ楽しい。そして二軒目は超隠れ家へ。沖縄のあの空気が続いているような素晴らしい東京の夜。またぜひご一緒しましょうね。

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奇遇な再会 @那覇

2006年06月05日(月) 8:49:16

昨朝、プールに行く前にホテルの朝食を食べに行ったら、たまたま隣の席に知った顔発見。うわ〜間庭さんじゃん! え、さとなおさん!? と奇遇を喜び合う。NYで初めて会い、東京で再会し、その後まさか那覇のこんなところで! やっぱ沖縄マジック。ひとしきり興奮して話しした後「もしタイミングが合ったら夜にでも合流しましょう」と約束し、ひとりプールへ。

スポーツクラブに10時の開場と同時に入ったので(毎日10時に開場というのが沖縄らしい:笑)、プールにはボクひとり。最初の100mはなんと貸し切りだった。25m6コースのど真ん中を泳ぐ。水質は最高だし、こんな極楽めったにないなぁ…。
でも昨日はうまく水に浮かばず遠距離は400m止まり。あまり寝てないので無理せず楽に泳ぐ。おととい右でばかり息継ぎしたので昨日は主に左で。

終了後、前原の「がじゅまるのそば」で沖縄そば。今回は初めてカレーそばを試したが、これが掘り出し物で実にいい。ナーベラの黄色いカレーがそばを邪魔しない程度に乗っていて、そのバランスが秀逸。カレー味の沖縄そば自体意外とないのだが、カレーだらけにしてなくて美味。これはオススメかも。

午後すぎから取材開始。プロジェクトの本格的始まりでもある。
取材といっても堅苦しい物ではなく、楽しい「ゆんたく(おしゃべり)」に近い。しかも書き手はボクではないので気が楽でもある。このプロジェクトについてはそのうちちゃんと書きます。

夕刻より雨になった。晴れ男オーラもさすがに3日はもたないか。大雨の中、夜は間庭さんと合流。3人で桜坂。日曜なので店はあまり開いてなかったが「JAZZ VILLAGE」「うらわ」「G」とハシゴする。二軒目の「うらわ」は「トイレへのアプローチの怪しさ日本一」だと極私的に認定。これがすげーのだ。店内も相当怪しいが、この店に行った方(勇気がいります)は是非トイレへ!

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1キロ完泳記念日@那覇

2006年06月04日(日) 7:44:48

よく飲んだ翌日は朝プール。
というわけで、調べてみたら、会員になっているスポーツクラブに那覇支店があったので、「若狭パーラー」で朝沖縄そば(ここ好き)してからGO!

去年出来たばかりの真新しい施設。なにもかもが新しい。うわーと驚きながらプールへ。
プールに入ってもっと驚いた。25m向こうの壁がクリアに見える。しかも塩素臭くもない。すげー。いつも通ってるプールは透明度5mくらい。それに比べるとおろし立ての水のよう。しかもボクを入れて3人しか泳いでいない。波が全く立っていないよママン。
シアワセを噛みしめながらゆっくり泳ぐ。クロールしながらちょっと横を見ると一番端で泳いでいる人の一挙手一投足まで見える。こんな透明度ってあり? つか、いつも泳いでいるプールがひどすぎるのだな。

1時間ほど断続的に泳いだ後ジャグジーで休憩し、再びプールへ。よし300m泳げた時の感覚でゆっくりカラダを伸ばしながら遠距離を狙ってみようと考え、全く気負わず泳ぎ始める。
300mはなんなくすぎる。水泳を始めたときの目標である400mもさりげなくクリア。おや。意外と行けるな新記録だなと驚きながら500mもクリア。ここらでやめようかと思ったが、ま、せっかく気持ちいいプールだし行けるだけ行ってみようとそのまま泳いでみる。
600、700と順調にクリアし、800を越えた時点で欲が出た。よし目指すは1キロ!

やっぱ「もし水飲んでも汚くなさそうな水」&「波がないので突発的水飲みもない」&「沖縄という肩の力が抜ける土地で泳いでいる」というのが大きいのか、怖いほど順調。カラダは疲れているがあと200と思えば大丈夫。850、900、950、お、あと50mだ。うひゃー楽勝。あと50だったら楽しんでゆっくり泳ごう、とか余裕を持ちだし、最後の25mはグイッグイッとカラダを伸ばしながらゆっくり泳いだ。

ちゅうことで、ついに1kmノンストップ完泳!

我ながら信じられない。水泳という人生の大不得意分野を少しだけ克服できたかも。人生が少し自由になった。わーい。2ヶ月半前に25mしか泳げなかったのがウソみたい。ただし、東京のあの「透明度5m」のプールで1キロ泳げるかどうかはビミョ〜。

とりあえず小さくガッツポーズしてプールを上がり、風呂に行ったら露天風呂があった。うわ〜このスポーツクラブのために那覇に引っ越してきたいよ。空いてるしキレイだし係員の対応もいい。いいなぁココ。沖縄旅行の定番にしよう。

機嫌よくニコニコと昼メシへ。
那覇から嘉手納〜浦添とドライブして2軒の沖縄そば屋を回る。「海が見えるそば家」と「てんぷす」。最近話題の2店。ふたつとも変な名前の店だなぁ。でもすばは正統派。沖縄そばの底上げを肌で感じる。

ホテルに帰って作家さんと落ち合い、プロジェクトの打ち合わせ。そして少し買い物したあと夜メシへ。
23時すぎまで食べながらの打ち合わせ。ボランティアとはいえ関わるからには真剣にやりたいと思う。その後バーへ流れる。知名オーディオのソニー・ロリンズに聴き惚れながらいろんな話をする。1キロ完泳でやっぱり疲れているのか、いつになく眠い。午前2時前頃ホテルに帰り、さて寝るかと思ったら、BS1でマラドーナのドキュメントをやっていて思わず見てしまった。神の手、そして伝説の5人抜き。マラドーナって古く見えないなと感心しつつ消灯。

カラダは疲れているのに妙に頭は冴えていて寝つけなかった。7時には起きてしまい今に至る。さて軽くプールに行ってくるか(笑)

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涼しい那覇にて

2006年06月03日(土) 8:53:31

週末を使って沖縄に逃避中。
いやーさわやかで涼しくて……って、おい。東京より涼しいとはなんたること! 那覇空港を出た途端に感じるあのムワ〜ッとした熱気がないと沖縄に来たって感じが全くしないなぁ。

沖縄へはあるプロジェクトで。仕事ではなくボランティア。だから多少お気楽な旅ではある。沖縄のゆるやかな空気の中で肩の力を抜いて来し方行く末など考えよう。

夜に那覇に着き、そのまま久茂地に出て「なかむら家」。以前連載していた美ら島物語編集長と久しぶりの再会。オリオン飲んで泡盛飲んで。あぁ心が開いていく。スルル(きびなご)の唐揚げ、からしな炒め、うまし。1時間半ほどふたりで食べて飲んで3000円。安〜。
二軒目は「カラカラ」へ。沖縄の雑誌「カラカラ」が出した新しい店。久茂地に一軒、桜坂にもう一軒ある。久茂地の店に行ったら、桜坂の方に雑誌発行人である阿南さんがいらしているとのことで、桜坂の店の方へ。ちょっとだけお会いしたことがあるのでご挨拶。盛り上がる。

皆と別れて桜坂をふらふらと散歩。この辺は本当に怪しくて魅力的だ。思わず一軒のバーに入って飲んだんだけどお勘定はたった700円。うはは。

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「淡すい」、そして「安珍」

2006年03月13日(月) 20:37:56

数日前「沖縄行きはあるお店に行くためだけのために」と書いたが、行ったら行ったで貧乏性的にいろいろ食べに行ってしまうウソツキなワタクシ。今回は沖縄そばに発見があったです。すいません。
というか、沖縄そばってボクがガァ〜ッと50軒ほど食べ回った1999年に比べると格段にレベルアップしている。化学調味料を使わない店が増えたし、昔ながらの作り方に戻った店も多い。消費者(観光客)の本物志向がいい方に影響を与えている模様。

1999年当時は、手打ちの店も少なく、灰汁を使う店などほとんどなく、ズンズンと「ラーメン化」の道を歩んでいた(沖縄そばともラーメンとも見分けがつかないような、という意味で)。もうこのままダメになるかもなぁと当時は思ったものである。でも志ある料理人たちが本来の作り方で店を開き始め、それがじわじわ広がっている印象。おもしろいなぁ。うれしいなぁ。

今回は4軒行った。「玉家」「安珍」「淡すい」「がじゅまるのそば」(←彩香さんの娘さんと孫がやっている)。

白眉は糸満の「淡すい」。うまいとは聞いていたけどこれほどとは! ボクの中では「首里そば」と完全に並んだ感じ。いや参りました。脱帽。
そして与那原の「安珍」にもびっくり。がじゅまるの木を焼いて木灰を作ってつないでおり、すべて昔ながらの作り方に沿っている。んでもって奥さんが実に親切でいい感じ。庭もキレイで思わず長居。あぁ気持ちイイ。この店はボクの中で「てんtoてん」と並んだ。ちゅうか、奥さんと話しにまた行きたい。

4軒ともに秘境系。特に「安珍」は見つけにくいこと限りなし。与那原小学校の裏の道、住宅街にポツリとある。興味がある方はぜひ訪問を(住所やくわしい感想は「好きな店リスト」になるはやでアップします ←春休みに沖縄行く人も多いだろうし)。

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沖縄ってなんだか出会う人がみんないい人だ

2006年03月12日(日) 9:17:03

おとといに引き続き、昨日は招かれて「山本彩香のまかない料理」。
いや〜贅沢な昼ご飯。昼の営業はしていないので、店内貸し切りで彼女の手作り普段料理を食べさせてもらった。削り節に味噌のっけてお湯をかけるだけのカチューユから始まって牛乳に漬け込んだ大根の漬け物やシャコ貝の豆腐よう漬け(大量)、フシカブ・デークニ、五穀米、まで。特筆すべきはフシカブ・デークニ(干し株大根)。ざく切りにして干した大根を昆布や豚、ニンニクの茎などと炒め煮してあるのだが、滋味溢れる美味で「これ、夜のコースに是非入れてください」とお願いしたら「そうしようと思っていた」と。今後、夜のコースのどぅるわかしーの前あたりにちょこっと出るかも。
彩香さんは吹っ切れたみたいで「なんだか元気になっちゃった」と笑う。2時間話し込んだ。あと20年はやると約束したのでみなさんご安心を。

腹一杯だったが、そば屋を2軒ハシゴ。
さすがに腹がたぷんたぷんになったので、ロワジールホテルに行って屋内プールへ。「ゆっくり長く泳ぎたい!」という本を読んでその方法を実践してみたかったのだ。なるほど少し楽にクロールが出来るようになったが、まだまだバタバタと足を動かしてしまう。500mほどゆっくり泳ぐ。今年は少し水泳をやってみたい。

夜は初対面の読者の方(家族3人)と。
ちょうど予定がなかったので「どこで食べるかなぁ」と考えていたところに押しの強いメールをいただき(笑)お会いすることに。
ひさ〜しぶりに桜坂の「さかえ」へ。山羊刺し、山羊汁など。いい方たちで楽しかったが、相変わらず料理が出てくるのが遅いので空きっ腹に飲んでしまい、水泳疲れも手伝って最後にはずいぶん酔ってしまった。
「さかえ」の陽気なおねえさんは健在で(3年ほど店に出てなかった)、久しぶりの再開を喜び合う。というか、名も名乗ってなかったのによく覚えてくれていたなぁ。どの座敷に座ったかだけでなく、娘の名前まで覚えていてくれた(まぁエッセイの中で「さかえ」のこと書いたこともあるけど)。ストレートな感情表現に戸惑いつつ、なんだかジンと来る。とにかく異様に喜んでくれて、いつもより多めのお土産をいただいた。この店に行った方はわかると思うが、混んでいて十分な接客が出来ないときはお土産をいろいろくれるのである。それにしても…、うれしいけど多すぎます。

お土産といえば、山本彩香さんにもたくさんいただいた。というかお持たせが半分。
ちょうど数ヶ月前に閉店の危機にあったバー「テンダリー」も彩香さんと同じような閉店理由だった上で復活したのでその話をしたら、「他人とは思えない!」「がんばってと伝えて!」と、たくさんの手土産をもたされた(笑)
あぁそういえば昨日お会いした方にもたくさんの手作りイカナゴをいただいた。「さかえ」で偶然お会いした違う読者の方にもお土産をいただいた。うれしいなぁ。沖縄ってなんだか出会う人がみんないい人だ。でもマジで持ちきれない(笑)。宅急便で送ろうかな。

東京で暮らしていると忘れてしまうような「人の情」を濃く感じた一日。しばらく浸っていたい感じ。

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「山本彩香」継続!

2006年03月11日(土) 9:48:48

「琉球料理乃山本彩香」という、ボクが沖縄でトップに好きな店 & 同時代に生きられて光栄に思っている店が那覇にあるのだが、実はそこが閉店の危機に瀕していた。それを聞いたのが先月の20日だったか。彩香さんを通じてお会いし親しくなった作家さんから「どうも3月末で閉店する決心をされたらしい」と。

前の店「穂花」の頃から行き、サイトや本で「好きだ〜」「素晴らし〜」と一方的に熱く紹介しているうちにいつしか店主の彩香さんと親しくさせていただくようになっていたボクは、「厚かましいかな」と思いつつすぐ電話してみた。そしたら電話口で泣いていらっしゃる。「今度会ったらくわしく事情を話す」と。閉店の決心は揺るがない感じ。

豊かだけど手のかかる本当の琉球(辻)料理の伝承・普及のために、高齢をおして強い意志でずっと努められてきた彼女が閉店の決心をするとはよっぽどのこと。よっぽどのことなのだろうけど、日本の宝とすら思うこの店が終わるのを遠い東京で指くわえて見ているわけにはいかない。その場でスケジュールをやりくりして即予約。その作家さんはどうやっても都合がつかないとのことでとりあえず単独行。説得できるなんてこれっぽっちも思わないが、せめてちゃんとお話を聞き、どうしても終わるというのであればその最期の姿を目と舌に焼き付けておきたい、と。

で、沖縄に飛び、店に行ってきたのが昨日の夜。店に入る前から泣きそうだった(笑)

てっきりカウンターかと思ったが思いもよらずカウンター前の個室に通され、彩香さんとサシで4時間ほどお話をした(もちろん他のお客さんを接客する合間に)。事情は込み入っていた。でも結果は表題の通り。あぁ良かった! 3月末より一時休業したあと、4月21日からは規模を多少縮小し、同じ場所・同じ時間(夜)で営業する。ホッとして酔いが一気に回る。

いや、こう書くとボクのチカラみたいだな。そんなことはまるでない。いろんな親しい方、後援者、お客さんと話をし励まされ、数日前にすでに継続を決心されていた模様。ブラボー。特に宮本亜門さんの言葉が効いたようだ。お会いしたことないけど、ありがとう亜門さん。

握手してお互い涙ぐみながら乾杯。珍しく彩香さんも飲んで何度も「ごめんなさい」と繰り返す。心配してボクにメールをくださった方々の言葉も逐一お伝えしたら喜んで泣いておられた。その人が存在する価値ってその人からは本当に見えにくい。彩香さん、アナタが心を込めて作っている料理も想いも、その料理を通じてみんなにちゃんと伝わってますよ。そういうことをその人に伝える手間をボクたちは惜しんでいる。もっとちゃんと伝えないと。

昨晩の彩香さんの手料理はこれまたカラダに染み込むようにおいしかった。こんな素敵なものがこの世から消えてなくならなくて良かった。眠るのが惜しかったのでひとりで数軒ハシゴ酒。格別の夜。

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沖縄へ…

2006年03月10日(金) 7:11:42

閉店するその沖縄のお店はどこですか? まさかアソコでは!? とのメールをたくさんいただいております。
ボク自身も2/21だったかに初めてその報に接して以来、妙な焦燥感があり落ち着かなかったので、メールをくださるお気持ちはよくわかります。

でも、我が目と耳で確かめるまではあまり信じたくないので…。もうちょっとだけお待ちください。正確な情報を聞いてきます & ボクに何が出来るか考えてきます。

というか、ボクなどが行っても何のチカラにも解決にもならないことはわかっています。自意識過剰の思い込みはしてません。単なるひとりの客だし…。

でも、せっかくお親しくさせていただいているし、今回はたぶんふたりでお話できると思うので、琉球料理にとってどれだけ大切で貴重な存在かをもう一度しっかりお伝えし、そのうえで何か次善の策がないのかを話し合って来たいとは思っています。差し出がましくならない範囲で。

そしてどうしてもダメなら、いままで本当にありがとうございましたお疲れさまでした、とちゃんと伝え、もしかしたら一生食べられないかもしれないその味をしっかりこの舌に覚え込ませて帰ってきます。

では、行ってきますです。
あちらでも更新する予定(ホテルのLAN環境が良ければ)。

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牛リテラシーあがりまくりの取材旅行

2005年08月23日(火) 22:21:01

石垣島での行動だけまとめておこっと。石垣牛などについては取材記事を書き終わってから沖縄スペシャルにまとめます。

8/19
昼すぎに石垣島着。ホテルにも入らずすぐに「八重福牧場直営レストラン」の取材。オーナーからくわしく取材&撮影して、焼肉を食べたのが16時。これが昼メシ。次の店「やまもと」に移って取材&撮影して18時に夜メシ。もちろん焼肉。たった2時間しか経っていない(泣)。でもさすがにうまひ。神戸のかずさん夫婦がたまたま石垣に来ていたので、合流して一緒に食べる。腹一杯食べる。その後、大腹かかえて「ヴィーノ・エ・ヴァン」にワインを飲みに流れたのだが、「石垣牛の取材だっていうから石垣牛料理をご用意して待ってました」と大岩シニアソムリエに言われ、石垣牛テールのワイン煮込みなどを泣きながら。腹一杯すぎ。でもうまかった♪

8/20
起きてもまだ腹一杯だったのだが、公設市場近くのカフェ「マヒマヒ」でひとりスパムチーズサンドを朝メシに食べてしまう。自分のアホさ加減に呆れながら「請福酒造」を訪ね、久しぶりに漢那恵子さんと2時間話し、元気をいただく。さて取材。13時にまずは「舟蔵の里」に行き、オーナーのお話をいろいろ聞き、いろんな料理を腹一杯食べる。石垣牛のステーキなども腹一杯。とてもレベルの高い料理でうまかったけど、すぐに次の店で食べないといけないのにすでに満腹。どないすんねん。15時すぎ、老舗レストラン「パポイヤ」に移り、A-5級で贅沢に作ったハンバーグや牛刺しを食べる。目から鱗の美味だったけど、腹一杯だ。でもそれから1時間後に「石なぎ屋」へ夜メシを食べに(泣)。取材・撮影後、特上焼肉セットや石垣牛握りや牛丼。オーナーの熱い志に感動しつついただく。JAブランドとプライベート(自家牧場)ブランドの違いを知る。驚いたのはこの店、純粋アグーを扱っていたこと。その話についてはまた機会があったら書きたい。それにしても胃腸が肉だらけな一日。

8/21
朝から「石なぎ屋」の自家牧場でもある「牛種子牧場」(白保)へ行き、取材&撮影。繁殖牧場と肥育牧場の両方で熱い話を聞く。牛の出産にちょうど立ち会ったりもするが、天気がいまひとつハッキリせず、撮影結果に不満が残りつつ昼過ぎに市街に帰る。「なかよし食堂」で昼メシ。三日目にして初めて肉以外のメシもの。しばらく休んだ後「たけさん亭」で早い夜メシ。取材&撮影後、焼肉を一通り食す。最後の牛そばまで肉尽くし。もう肉なんて見たくもない。でもとりあえず取材予定は終了。翌日は泡盛取材のみ。わりと早めにホテルに帰る。

8/22
朝9時に川平の「髙嶺酒造所」へ。泡盛の仕込み過程を数時間かけて取材&撮影。朝から泡盛も試飲。うまい。川平ビーチに一瞬寄り、撮影。その後、近くの「川平ファーム」で有名なパッションフルーツジュース。撮影ポイントをいくつか回って風景を撮ったあと、昨日行った「牛種子牧場」へ。昨日より天気がいいので再撮影。まぁまぁの画が取れた模様。飛行機の時間が近いので、白保の「マエザト食堂」で、すば(大)を急いで腹に入れ、そのまま空港へ。すば、とてもうまかった。東京着午後7時すぎ。


てな取材旅行ざんした。
あれ? 思ったより石垣牛を食べてない気がしてきた。でも、なにしろ肉ばかり食べ続けなのでTOO MUCH感は異様にある。当分肉は食いたくないけど、牛リテラシーも上がりまくり。

え?石垣牛はどの店で食べたらよいか? えーとですね、んー、9月頭には「おいしい店リスト」にまとめます。「すぐ石垣旅行に行くからそれまで待てん!」という方はメールでお教えしまするねー。

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日本一石垣牛にくわしくなったかも

2005年08月22日(月) 22:32:54

石垣島より東京へ帰ってきた。

瞬間風速的にであるが、食べる側として日本で一番石垣牛にくわしくなったかも(笑)。牛肉自体にも相当くわしくなった。理屈的にも舌的にも。前回もそうだったが、今回も肥育農家や繁殖農家で牛の造り手からかなり奥まった話が聞けたし、料理人からもなるほどな話がいろいろ聞けたし、その前後で実際に必死で各店を食べ比べているから、漫然と食べている普段に比べて成長度合いが高いのだ。いまならわりと「肉」が判定できるぞ気分(たぶん気のせい)。
どちらにしろ、ボクの牛肉の舌基準が更新された。こういう「向上」が大好きなので、少しシァーワセ。

石垣島でどんな行動したかは、明日くらいにまとめてみよう。肉取材ばっかりで離島行きはおろかプールすら入っていないし、最終日(つまり今日)だけ晴れてあとは曇天だったような体たらくだが、それでも石垣の空気はボクの脳みその奥深くをギュッギュッとマッサージしてくれた模様。弛緩具合は甚だしく、明日からの仕事が不安である。

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石垣島のネットカフェより

2005年08月20日(土) 10:23:04

肉のみ食う旅(取材)がこんなにつらいものとは…。
でも相変わらず「やまもと」はうまかったし、うまさの秘密も知った。

こんなに肉でおなかパンパンなのに、朝飯目当てにカフェ(マヒマヒ)にスパムチーズサンドとか食べにきてしまう自分のバカさにあきれつつ、またいまから肉を食べに行く。

天気はずっと曇天。ビーチにもプールにもいく暇なし。ひたすら石垣牛。

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コンドイビーチくらいは行きたい…

2005年08月19日(金) 6:13:23

と、いうことで、石垣島に4日ほど行ってきます。

泳ぎもせず、肉ばっかり食べる取材旅。コンドイビーチくらい一回くらい行きたいなぁ…。

あっちでネットにつなげない可能性が高いので(つなげてもつなげないかも)、しばらく休むかも。お休みの間のお慰みに、ココとかココとかココとかココとかココとか。特定郵便局の恐怖。tnochさんからのタレコミ。ありがとうございました。

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あしたから石垣島

2005年08月18日(木) 7:25:21

昨晩は早く寝てしまい、今朝は4時台に起床。
長く寝ていられない=老人、ですな。わりと気持ちは若い方だと思うのだが、カラダは老化が早い方みたい。髪とかね。老眼とかな。うはは。まぁ若い頃相当酷使したから老化もやむなし。ここからジワジワ長く生きてやる。毎朝小鳥さんに「今日かな?」と聞きつつだけど(わかんない方はコチラを)。

二日がっつりフレンチが続いただけでお腹がポッコリ。あぁこれでは裸になれない。つか、明日から3泊4日で石垣島へ行くのだが、文春の「TITLE」という雑誌の「石垣牛」記事の取材なのだな。3泊4日、昼も夕方も夜も石垣牛を食べなければいけない。石垣牛に関しては日本でもトップクラスに詳しくなるとは思うが(果たして「やまもと」を越える店があるか!?)、取材後のお腹表面の惨状もまた日本トップクラスになりかねない。BM上げに必死だが、それぐらいではなぁ…。竹富島まで遠泳するか!

原稿書きが行き詰まり、相当悩んだあげくある方に相談したら、明確に「書き方があなたに合っていない」とのサジェスチョン。あれ? そういえば今までは違う書き方していたな…。いちから書き下ろしだからって、やり方変えて1ページから順に書いていってもダメなのだ。自分を机に縛りつけててもダメなのだ。そうだそうだ。

Here comes the sun. 神光来たりて笛を吹く。石垣島で気分も変えて(少し太って)、帰ったら一気に書こう!

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ビーチパーリィ〜美ら海水族館

2003年07月06日(日) 23:32:38

沖縄からさっき帰ってきた。
土曜は宜野湾市トロピカルビーチでビーチパーティ。アメリカ人が多いビーチで独特の雰囲気。娘がずぅぅぅっと海に入っていたので、そのつきあい(溺れないように監視)でほとんど飲めず喰えず。娘を口説き落としてちょっとだけ海から上がりその隙にオリオンビールとか泡盛とかを大量に胃に流し込むのがやっと。だからいわゆる沖縄の「ビーチパーリィ」を心底楽しんだかと言われると自信ないが、天気もよく海もキレイでめちゃ発散した。JTA、美ら島の方々、ありがとうございました。

日曜(今日)は本部半島の美ら海水族館へ。大阪海遊館や品川水族館の数倍いい出来。なかなかのもの。ゆっくり楽しんだあと、昼飯に山の上の絶景ピザ喫茶「花人逢」へ行ったが、ここんとこ人気らしく10組くらい待っている。あきらめて近くの「古美庵」という喫茶を新規開拓。ここもピザを出す。ロケーションは花人逢に負けるがゆっくりできた。ここでの収穫は4本で150円で売っていたゴーヤ。安! あまりの安さにお土産をこれにした(笑)。
で、那覇でレンタカー返してヒコーキで帰ってきたところ。那覇〜羽田便が取れなかったので、那覇〜宮古島〜羽田という乗り継ぎ。すげー遠回りして疲れ切って帰ってきた。でもなんだか発散はしたなぁ。二日ともピーカンだったしね。

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波浪注意報の外海で9時間、船酔いせず

2003年04月29日(火) 17:16:50

東京帰還。沖縄で身をくらますという可能性も一瞬考えたが、ぐっとこらえ、日常に帰ってきた。ごほ。まぁ犬も心配だったし。ごほごほ。

今回の収穫の一つは、どうやら船酔いしない体質のようだということ。波浪注意報の外海に小さな漁船で出て、常にどこかにつかまっていないと放り出されそうになるほど揺れるデッキの上でなんと9時間、気持ちも悪くならずに乗り切った。船長が「船に乗り慣れない素人がこの揺れで酔わないなんてなー。普通一発でダウンだけどな。なんか変よ、あんた」と一応褒めてくれた(褒めてるか?)。ちょっとうれしかったり。

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那覇の桜坂で7軒ハシゴ

2003年04月28日(月) 14:30:24

那覇のホテルの共用パソコンから。
与那国は好天。エメラルドグリーンな豊かさとと黒潮の豊かさとがぶつかりあって形成された独自な文化の島だった。おもしろかったし、うまかった。まいったな。リピートしちゃいそうである。

那覇の夜はこのごろ桜坂方面ばっかし(国際通りにほど近い古い歓楽街)。
着いた夜も「青島食堂」「コントラバス・ハウゼ」「ジャズ・ビレッジ」「悦っちゃん」「オレンジ」「コスコス」「シティハンター」とひとりではしご(アホか)。これだけはしごして総額7000円しかかからないのだから、桜坂は極楽である。女性が相手してくれるような店が一軒もないのもあるが、それにしても安い。んでもって、どこもかしこも最高に面白い店なので、ついついはしごしてしまう。あーおもろい。

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与那国島で最西端の碑

2003年04月24日(木) 18:21:33

ということで、与那国島へ行って来ます(夜間飛行)。PCは持っていかないので、さなメモ更新は火曜くらいまで無理かもしれません。
与那国で日本最西端の碑に触ってくれば、これで最北端、最南端、最東端、最西端のグランドスラム達成(笑)。やほー!

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森のチカラの偉大さ

2003年01月28日(火) 11:33:21

いつまで効力が続くかわからないが、獣しか入らない石垣島の山奥の原始の森を歩いて以来、気力も体調もほぼ完璧である。それはもう不思議なくらい。

実は、森に入る前、体調がとても悪く、腰にも少し違和感が蘇っていた。「こんなんで山奥深く入れるか?崖を登れるか?一回でも滑ったら腰壊れて歩けなくなるのではないか」と不安に思い、イノシシ師匠にその旨伝え、ゆっくりゆっくり山を歩いてもらった。

で、森に入って3時間。深山幽谷から戻ったときにはカラダ全体が絶好調になっていたのである。森のチカラは偉大なんだな、とここまで実感できたのは初めて。都会のストレスにすぐ吸い取られてしまうとは思うが、とりあえず今は胸の中に石垣の森のチカラが宿っている。うーむ。このチカラ、仕事や遊びに使ってはもったいない感じ。

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石垣島にてイノシシ狩り

2003年01月27日(月) 1:28:18

今日の石垣は27℃まで上がったらしい。
朝からイノシシ狩りに石垣島の山へ登る。道なき道、獣道を登る。熱帯の森の空気が胸を満たす。獣道を登り切った人しか見れない景色を見る。原始を感じられる数少ない森。自分の存在の小ささを感じながら、イノシシ狩り師匠の背中を追う。

午後は竹富島へ渡る。フェリーで10分。「竹富島で会いましょう」がラジオから流れ、俄然盛り上がる。コンドイビーチの謙虚さ。日本一のビーチかも。

夜はイノシシ料理と海亀料理。地元のイノシシ師匠たちとひたすら泡盛。石垣マラソンで事故があったが、岩手と石垣の深い愛はきっと変わらない。
ワインバーのメルローで〆。明日からお寒い東京。温度だけが低いのではない。

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日本最南端の温泉につかる

2003年01月25日(土) 18:26:44

西表島には日本最南端の温泉がある。どうなんざんしょとあまり期待せず立ち寄ってみたらこれが奥さん、サイコーでござんした。
熱帯ジャングルの川辺にある清潔な露天風呂。熱帯系のチョウチョなんぞが頭の上を飛び交う中、ゆっくり浸かる。北国の露天とはまた違う趣で身も心もゆったり。夏の暑いさかりに来るとちょっと暑すぎるかもだけど、いまは暑くなく寒くなく実に気持ちいい。

と、西表島ひとり旅を半日満喫して石垣島に帰ってきたら、石垣で別行動をとっていた編集者のひとりが食中毒で救急車、もうひとりもホテルの部屋でダウンしていた。昨晩彼女ら三人でメシに行ったのだが、ボクだけぴんぴんしている。ううむ。我ながらお強い胃袋。よしよし偉いぞ。いまから泡盛を入れてあげよう。

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石垣島のワインバー「Vino et Vin」にて

2003年01月25日(土) 10:00:35

石垣牛を堪能したあと、ワインバーへ。
「さとなおさんのページ見て来たって人がさっきまでいたよ」・・・ううむ、自分で書いておきながら南の果てでそれを聞くとびびる。しかもどうやら同じホテルに泊まっているらしい。なんだか不思議な気分。
今日は西表島をゆっくりしようかな。

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伊藤さんと「山本彩香」へ

2003年01月24日(金) 12:10:29

石垣島より。
さっき蚊に刺された。本年、初蚊。初蚊と思うとかゆさも一興。また楽しからずや。

昨晩は偶然仕事で那覇に来ていたAllAboutJapanの食べ歩きページ担当の伊藤さんとふたりで「山本彩香」へ。ここはボクが10点をつけていた店だが、久しぶりに食べてもやっぱしどう考えても10点満点かも。伊藤さんにも感動してもらったようで良かった良かった。

離島桟橋が見える小さなホテルのテラスでマックを打っていると冬であることを忘れますな。うはは。本州方面の人たちにはちょいと嫌みか。

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日本最南端の日本酒醸造所

2003年01月23日(木) 7:47:14

那覇は嵐のような朝。
昨晩も空港に着陸出来ず30分も沖合を飛んでいた。それでも空港を降りた瞬間「うはー、あったか」と実感。Tシャツ1枚でいられないこともない暖かさだ。ちょうどいま「昨日より5℃も低く寒い朝」と沖縄ローカル番組が朝の天気予報を流しているが、それでも最高気温16℃。やっぱあったかいなぁ。

会社を休んで、今回は次の本の取材旅行。今日は沖縄唯一の日本酒醸造所に行く。日本最南端の日本酒「黎明」のお話を聞きに。わーい、昼から酒だ酒っ! 夜はもちろん泡盛だしっ!

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あぐーとムンチャー

2002年10月22日(火) 11:33:18

今回の旅は沖縄原産豚である「あぐー」の追跡と、島ダコである「ムンチャー」を捕って食すという二本立てだった。双方ともまだあまり知られていないものであるが、じっっつに面白く、きょーーれつにうまかった。です。ですます。

小浜島の民宿の庭で、海と満月と風と星を見ながら地元の若者の三線を聴いていると、いったいボクは都会で何のために身構えて何のために体調を崩したりしているのか、きれいさっぱり見失う。「生活」のためだよな。「生活」するために闘っているんだよな。でもそこに「生活」はないんだな。それってなんだ?

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イラブー

2002年08月29日(木) 0:30:08

沖縄に台風接近! ということで、急遽予定を変更して東京に帰ってきた。JTAの深夜便でたった今帰宅。

するべき取材がほとんど終わったのと、暴風雨で二日ほど閉じこめられたら遊びも取材もできないから、ま、早めに帰ろうか、と。全島エイサーを見たかったが、来年のお楽しみに取っておこう。
今日(昨日)の取材は久高島だった。イラブー(ウミヘビ)を採っていいと神に選ばれた家筋の方に詳細にイラブーの話を聞いた。めちゃ面白し。つか、一部で知られているイラブーの常識がひっくり返るような話をいっぱい聞けたぞ。そのうちJTAの連載で書きますね。

ということで、中途半端に夏休み終了。ま、いろいろ面白かったから、いいや。

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もっと南の島に逃げようか

2002年08月27日(火) 16:29:39

PHSとの接続が悪く、モバイル不調。メールいろいろいただいてますが、お返事、最悪来週になってしまいます。読み込むのが精一杯って感じなので。すいません。
ええ、台風の影響、まだないです。沖縄は晴れてます。あさってくらいから崩れるみたいなので、もっと南の島に逃げるかどうするか、JTAの方と相談中。

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グルクン釣り

2002年08月26日(月) 18:48:38

今日は沖縄の県魚にして超美味のグルクンを釣りに慶良間沖合へ。だいたい入れ食い状態になるらしいグルクンだが、ちょっとだけ潮の流れが強い今日は不漁であった。とはいえ、なんだかんだいって10ほどは釣れたかな。シーラやイラブチャーなどの大きいのも釣れたので非常に楽しかったわい。
いまから釣った魚をいろんな料理で食べる。あー腹減った!

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本場の実力

2002年07月15日(月) 8:23:54

屋内プールつきのホテルに移った。沖縄唯一の天然温泉宿でもある。よって一応一日退屈せず過ごせた。バイキングも充実していたし。つか食べ過ぎ。胃薬飲むほど食べるなよ>オレ。
夜7時ころ、那覇市は台風の目に入った。ひとときの静寂。台風の目を経験するのは久しぶりだなぁ。夜半台風の目を出ると目に入る前よりも強い返し風が吹き荒れる。本場の実力。こりゃスゴイ。世界のどこに出しても恥ずかしくない強さである。なんせホテルが揺れる。ううむ。
今日はヒコーキも飛びそうなのでホッ。東京に帰らなくっちゃ。帰りたくないけど。

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明日は台風直撃か

2002年07月13日(土) 21:37:38

沖縄は那覇から。
台風直前であるが、今日は快晴。取材日はしっかり晴れる晴れ男である。つうか、実に充実した一日だった。おもしろ〜。でも明日は台風直撃の予定。うーむ、予定変更かな。一日ホテルに閉じ込められてもいいように本とか買い込んで備える。つか、明日あたりから沖縄へ来る友達がわりと多いのだが、心配だなぁ。

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モーズク春ですね♪

2002年04月16日(火) 17:59:16

沖縄から帰還。
今回は石垣島、小浜島、黒島へ行ってきた。前日まで2月並みという寒さだったらしいが、行った日から初夏になった。うきき。ビーチも満喫。食事も満喫。天然モズク採りも満喫。いやはや楽しかった。つか、小浜や黒島の海、きれいすぎ。

羽田に着いて、またこの人口が多く自然が少ないところで闘っていかないといけないと思うとうんざりした。なんのために闘っているんだっけ? シアワセになるためだっけ? だったらすげー遠回りしているよな。

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沖縄へ、ごー!

2002年04月13日(土) 4:45:18

ちゅうことで、朝4時40分。6時30分という超朝早ヒコーキに乗るために活動開始。沖縄へ、ごー!

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石垣島・小浜島で取材旅行

2002年04月13日(土) 0:20:11

土日月火と、沖縄は石垣島・小浜島でJTAのホームページ連載用の取材旅行。今回のテーマはモズク。そして海草。天然のモズクを取ったり、モズク尽くしの料理を食べたりしてくる。
根っからの海草好きなので、非常に楽しみな取材である。ちなみに海草好きなのに髪の毛は不自由である。そこがどうも納得いかない。

ということで、さなメモ、向こうから更新できなかったらゴメンなさい。天気は良さそう。楽しみだ。

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