国内(関西)
23年のつきあい
2009年04月04日(土) 19:08:40
夙川の桜、六分咲きとはいえ見事だったなぁ。
苦楽園口の神原町、石刎町、そして夙川との間にある久出ヶ谷町、最後は芦屋の翠ヶ丘町と、この辺に14年に渡って住み続けたボクは、東京転勤後も毎年のようにここの桜を見ていることを入れると、約23年間、夙川の桜を見続けていることになる。23年前、この辺にはまだ畑とか残っていたもんだが、ずいぶん景色も変わった。でもやっぱりボクにとっては「我が町」である。すれ違う人もどこか懐かしい。まさにホームグラウンド。めっちゃくつろぐ。
ツマの実家に寄って、闘病中の義父を見舞った後、18時頃いつものように苦楽園口の「バーンズ」へ。新幹線に乗る前にちょこっとマスターの顔見て帰ろうと思ったんだけど、店の前である男性から話しかけられた。
昨日のさなメモは14時くらいに更新したのだが、それをほぼ同時読んだ近所に住む方が「さとなおはあのバーに現れるに違いない」と推理して、待ち伏せてくださったのである。サイトを長く読んでくださっている方で、一度実物を見てやろう、と言うわけですね(笑)。えーと、だいたいイメージが膨らみすぎちゃってガッカリさせることが多いようなんですが、いかがだったでしょうか?(ちょっと心配)。でもうれしかったなぁ。ありがとうございました。
店の前で少しお話してお別れし、ボクは店の中へ。
全部で2時間くらいいたかな。早い時間だったせいか他にお客さんもおらず、久しぶりにゆっくりマスターと話ができた。お客さんにガン患者がいたり医師が多かったりすることもあってか、自然とそっちの話へ。156本目のオールドグランダッド(このバーボンはこの店でしか飲まない)も入れて「余命3年と言われたらどう人生をまとめていくか」など、重い話題をさらりと軽く話し続ける。マスターとも23年のつきあいになるが、お互い何の気も遣わず、深い話を軽くすることができる人生でも貴重な存在になった。年に1回くらいしか会えないけど、日本のどこかにそういう店が一軒でもあるのは本当にシアワセなことだと思う。ホント、少しでも長く店やってな。
いい加減酔って、最終ちょっと前の新幹線で東京へ。
新幹線内で仕事しようと思っていたがさすがに爆睡。あーあ…。まぁ仕方がないか。
とはいえ、土曜の今日ちゃんと仕事したかと言うと、とにかく眠たくて眠たくて、まだ自分で決めた量の3割くらいしか企画書が書けていない。明日は大森「テンダリー」の宮崎さん他、大森のバー数店の主催で「大森さくらフェスティバル」が昼間にあるという(12時半〜16時@テンダリー前の公園)。大森に残る置屋の芸者衆の踊りなどもあるらしい。これも行きたいしなぁ。えっと、今から仕事がんばります。ではでは。
阪神芦屋「リブ・ゴーシュ」にて
2009年04月03日(金) 13:52:47
一泊で関西に来ている。
昨晩は某広告系学校で講義をし、21時に終わっていつものバーへ。なんやかんやとメンバーが集まり、そのまま「Sante」に移っておいしいワイン。26時くらいまで飲んでいたかなぁ。大阪に来るとやけにくつろいでしまい酒量も増える。あぁ楽しい。
泊まりは四つ橋筋沿いの某ホテル。今朝はちょっと二日酔い気味で「味噌汁が飲みたいなぁ」とホテルの朝食を食べに行ったのだが、なんと和定食がすき焼き(!)。朝からすき焼きかよ! でも食べたけど。
ホテルの部屋でメールを書きまくって仕事。軽く打ち合わせもこなしたあと、昼ご飯を食べに御影へ。
阪神御影駅前に1年前にできた御影クラッセ4階の「カフェ・ド・ボンボン」。ここ、苦楽園口にあって関西在住時代にとってもお世話になった大好きなビストロ「ビストロ・ボンボン」の由良シェフがやっている店なのである。苦楽園の店を閉めて一時長崎に行き、学生相手に超安価なうまいメシを提供したあと、御影クラッセが出来たことを機に関西に帰ってこられた。60歳をすぎたのを機にマイペースでやろうとカフェにダウンサイジングしたみたいだけど、立地がすばらしすぎて人気店になりつつある模様。
阪神電車が見える見晴らしのいいカフェなのだけど、ここ、売りはやっぱり料理だと思う(近くの人、そのことちゃんと認識しているのかなぁ)。
だって、ジャン・ジョルジュとフランスで一緒に修業をし、帰国後に銀座で「フレンチ懐石」を日本で初めて始め、数々のホテルで料理長をやった由良シェフ自らが作る料理が出るカフェなのだ。カレー自体をとってもひと味違うし、ビストロ料理もいろいろ揃っている。しかも目を疑うような超安価(このクオリティにして)。
ボクがいただいたのは、オードブルの盛り合わせと生ビールのセット(ハッピーアワー用だけど)で、これが500円だったりするのである。由良シェフの腕は健在。おいしいワインも揃っている。駅前にこういうカフェがある御影の人がうらやましい。
由良シェフと懐かしい話をいろいろしたあと、阪神芦屋に移って「リブ・ゴーシュ」の奥のカウンターを借りて今これを書いている。ここはワインショップ。うちはあらゆるワインをここから送ってもらっている。細谷店長の目を信用しているのである。もうワインはここに任せっきり。
いまから夙川の土手に行って、花見と洒落込むつもり。日本一(とボクが思う)桜をゆっくり見て歩こうと思う。やっぱり一年に一回は阪神間で心を洗濯しないとね。
というわけで、東京に帰るのは遅くなりまする。そのかわり土日働くから許してたもれ(仕事仲間の方々)
奇跡的な一日
2008年12月14日(日) 19:15:40
大阪での土曜日はとてもいい一日だった。
二日酔いを「きしめん あまの」の味噌煮込みうどん辛口えのき入りで醒ました後、キタをゆっくりゆっくり散歩して14時に福島のABCホールへ。まずは満員劇場御礼座で「踊る職員室」を観劇。
見終わってからフェスティバル・ホールまで歩いていって17時開演のボリショイ・バレエ「白鳥の湖」を観劇。終演後に楽屋を訪ねて岩田守弘さんとハグし「ところで今晩なにしてる?」と聞いたら「何も」と答えるではないか。じゃあご飯行きましょう、と、最終の新幹線で帰るのをやめて、北新地のいつものバーへ。
常連さんたちも多く観劇していたので、自然と岩田さんを囲む会に。みんなでバレエのこと、練習のこと、ロシアのことなんかを聞く。みんなが岩田さんに惚れていくのが手に取るようにわかる。うれしい。自分が惚れられるよりずっとうれしい。この辺とっても不思議な感覚。
深夜をまわって閉店時間になったので「今日のホテルをどうしようかな」と考えていたら、一緒にいた山本夫妻が「うちに泊まったら」と提案してくれた。有り難く乗らせてもらって、まず岩田さんをホテルへ送り、ハグしてお別れ。「今度はいつ会えるかなぁ」とお互いにちょっと哀しい気持ちに。でも世界のどこかで岩田さんが独りがんばっていると考えるだけで勇気が出る。会わなくても会っているのと一緒。ありがとう。
仁川までタクシーで移動して山本家へ。
いや〜…なんか久しぶり、という感じ。いや、この新しいマンションに来たのは初めてなのだが、実はボクは20代に山本夫妻の家に毎週のように遊びに来ていたのだ。一緒に3人で旅行をしたこともある。そのくらいの仲なので、遠慮もせずそのままビールビール。広告の行く末について激論になったりするも、喧嘩にならないところが昔の仲。なんだか懐かしいね、って3人で遠い目に。
結局朝5時までしゃべくっていた。長い一日だった。満劇〜ボリショイ〜岩田さんを囲んでの飲み〜懐かしい山本家での飲み……。ボクにとってはかなりシアワセな一日。奇跡的な一日。
8時まで3時間寝て仁川駅まで送ってもらい、電車を乗り継いで昼に東京に帰ってきた。疲弊と体調不良で読者の方々にご心配をかけているのにこんな無茶をしていて申し訳ないけど、こういう時間がボクを元気にするのも確か。気持ちの強さが少しだけでも戻ってくる。さて仕事仕事。
あ、満劇とボリショイの感想は明日にでも。
大阪で二日酔いだと
2008年12月13日(土) 11:27:57
昨晩遅めに大阪着。
今日の満劇、そしてボリショイのためである。観劇ハシゴ。信じられないくらいシアワセだ。
いつものバーにちょこっとだけ顔だそうと入ったら、ええとね、それから5時間くらいかな、結局ハシゴして飲むことに(笑) でもそれもシアワセ。わざわざ若手が会いに来てくれたりして、まぁ異様に買いかぶられているわけなのだけど、買いかぶられているうちが花でもある。
おかげで少し二日酔い。大阪で二日酔いだと、脊髄反射的に「きしめん あまの」の「味噌煮込みうどん辛口えのき入り大盛り」をカラダが欲する(←なぜ大阪なのに名古屋名物?)。もう堂チカにはないんだよな。ホワイティうめだまで歩いて食べに行こう。
では、味噌煮込みうどん、食べに行ってきます。「はがくれ」にハシゴする手もあるぞ(笑)
生涯忘れることはないでしょう
2008年10月22日(水) 7:55:45
博多でのふたつめの講演はグループ会社でのものだったので少々アジってみた。アジる。死語かな。アジテーションですね。危機感の共有と明るい未来への展望。不況時をどう乗りきるのか。その具体的な方法は。などなど。広告を暗くしているのは自分たちなのだ、という自覚が足りない。どこかで他人事。もっと焦ろうよ。みたいに煽った。
2時間ぶっ続けで話した後、弁当を食べながら1時間30分の質疑応答。質疑応答がここまで長かったのは初めてだが、逆に「みんなどこを悩んでいるのか」がよく見えて参考になった。なるほど。次回の講演ではこの辺も活かしてみよう。
終了後すぐ空港に向かい東京へ。札幌・秋田・博多と渡り歩いたが東京が一番寒い。札幌か。新聞大会もずいぶん遠くに感じるな。でも先週の今日だったんだよな。
一度家に帰って用事を済ませた後、仕事場へ。
途中、aikoの「カブトムシ」に出てくる男性は死んでしまうのかどうかの議論になる(どんな仕事や)。ボクは背景にどこか「死」を感じるが、それは単に「終わりの予感」かもしれない。いずれにしても「いまが一番大切」なのことは確か。そういえばこのごろ「生涯忘れることはないでしょう」と思うことが増えた。人生も後半戦に入り、死を意識することが増えたからだろうか。
最近、地方でがんばる若者と話をしているときが一番楽しい。東京出身のボクが大阪という「地方」に配属になって感じた当時の気持ちをリアルに思い出し、とても応援したくなる。言っておくけど若いときは地方にいた方がいいよ。東京だと部品になる。地方だとエンジンになれる。エンジンの経験はキミを飛躍的に成長させる。
ヒコーキに乗っている間、自分が本当にやりたいことは何なのだろうとずっと考えていた。やりたいこと、ちょっと前まで掴んでいたんだけどな。またこのごろ少し揺らいでいる。何なのかな。人生あと約30年。そろそろ道を定めないと。「選ばなかったから失うのだ」と、あとで歌わなくてもいいように。
前祝い的にシャサーニュ・モンラッシェ
2008年10月15日(水) 8:12:32
札幌はいい天気。
夕方に着いたが、ジャケットを着ていてちょうどいいくらい温かい。コートを着てこようかどうか迷ったのだが、着てこなくて良かった。
夜遅めからモリこと森崎博之くんと待ち合わせてフレンチへ。
一応明日の本番前なので生魚は避けようと思ったのと(一応ね)、いまモリが異様にワインに凝っているので「じゃ、ワインを飲もうか」となったのだった。
以前の札幌は「素材は新鮮でいいけど調理がダメ」という感じで、どちらかというと「美味しくない街」と思っていたのだが、ここ5年くらい、なんだか異様に美味しくなった印象。東京とかで修業した料理人が地元に帰ってきて、北海道のいい素材を使って基本のしっかりした料理をつくりはじめた感じ。おしゃれな店も増えたし。和食洋食問わず、来るたびに驚かされるレベルに出会う。
昨日の店「ル・プルコア・パ…」も若いシェフが高いレベルで料理を作っていて楽しかった。
野菜がうまかったな。さすが北海道。それと「穴子のピラフ詰めスープ・ド・ポワソン」が印象的。うまうま。
モリも昨日の昼間にフードマイスターの試験があり、どうやらいい点とれたらしい(自己申告)ので、ボクの本番前と合わせて、前祝い的にシャサーニュ・モンラッシェなどを飲んだ。知らない造り手だったけど。
モリと遊ぶようになってちょうど2年だろうか。
約1年前、ワインのワの字も知らなかった彼。恵比寿の「レスプリ・ド・ミタニ」で2人で飲んでいたとき、ボクのワイン知識(たいしたことないです)をうらやんだので、「キミね、10年あれば何でもできるのだよ。どんな自分にもなれるのだよ」と、10年年上の酔っぱらいとして諭したのである。キミも努力次第では10年後にいまのボクなんかのレベルをずぅっと越えたワイン強者になってることも充分可能だよ、みたいな(まぁ3年もあれば抜けるけど)。というか、つまり「やりゃーいいじゃん!」ということですね(笑)
どうやらそのひと言がキッカケになったらしく、彼はワインの世界にいきなり深く突入。
なんだか深すぎて怖いと思っていたらしいワインの深海をずぶずぶ潜っている最中だ。あれから1年、すでになかなかのワイン通である。彼とワインの話を濃くできるようになるとは思わなかったな。というか、ワイン・アドバイザーまで取っちゃいそうな勢い。んー、あと半年くらいで越されそうだ……。
ワインはちょっとだけ勉強するとものすごく面白くなるからなぁ。ボクは食事や酒系の資格を取ることはしないけど(食べものなんて素人でいた方が楽しい)、見てるとモリは本当に好きらしいから応援したい。来年の今頃は抜かれてるかなぁ…。抜かれちゃうのにうれしいのはなぜかな。
さて、今日は新聞大会本番。雲ひとつない晴天。
モリに「どんだけ晴れ男ですか」と言われるくらいの晴天。つまり流れはボクにある(と思いこむ)。
冒頭の数分をいかにゆっくり落ち着いて話せるかにかかっている気がする。あとは成り行きでなんとかなるだろう。
ゆっくりな。ゆっくり。
風邪ひいた
2008年04月27日(日) 5:28:39
昨日の書き方が悪かったこともあり「菓子パン9個は食べ過ぎ!」というメールいくつか。
いや、菓子パンの種類がいろいろあった、という記述と、「いろいろ取って次々食べた」という記述は別なんです。途中に「……」と入っているところでボク的には少し話が変わってるのです。つか、さすがに9個も食べないし! 今年47歳だし!
ということで、ややこしいので昨日の後半少し直しておきました。実際に食べたのは5つくらい。菓子パン5つって腹一杯になるね。お土産も5つくらい買った。
その後、ホテルで休み、早めにチェックアウトして早足散歩して腹減らして、昼飯に「ピッツェリア・デ・ナプレ」「牛タン雅」「八仙」と3店行き、メールで強力推薦された「粟野の笹かまぼこ」をお土産に買って東京へ帰った。すっかり仙台が気に入ってしまった。土地勘も少しついた。
ピザ、うまかったなぁ。仙台でこのレベルのピザに出会えるとは驚き。「雅」の「たんタタキ」も良かったなぁ。「八仙」の餃子も甘みが良い良い。なんか充実した昼飯ハシゴだった。笹かまは「粟野」以外だと「白謙」も勧められたけど仙台駅では見つからず。「粟野」楽しみ。前回は違うメーカーのものを買ったが、味の違いや如何に。
で、東京に帰ってきて昨晩は仕事をしこしこ。
んでもって今朝起きたら(5時起床)、風邪をひいていた。くしゃみ多数。鼻水ズルズル。んー、おかしいな。このところ忙しかったから疲れたかな。連休前半は大切な仕事2発。連休後半は「NYミュージカル旅」に行くことが決定しているのに、やばし!
大阪の夜
2008年04月11日(金) 8:15:58
大阪にいる。
といっても、昨日の夕方ついて、講演をひとつして、飲んで、寝て、いまから東京へ帰る。せめて夙川の桜を見に行きたかったな。でももう帰らなければ。
講演を2時間して、解放されたのが21時過ぎ。
「ヘレカツサンド専門店 梵」。「Bar Tazmi」。「Pile Driver」。「うどん処 大和屋」。「ワインバー サンテ」。昨晩行った店。意外と行ったな(笑)。3軒目からはずっとひとりで逍遙。「なんか蕎麦かうどんが食べたいなぁ」と北新地を歩いていて偶然入った「うどん処 大和屋」のカレーうどんが妙にうまかった。ここ知らなかった。麺が弱いけど深夜にはちょうどいい。また来よう。
最後は「ワインバー サンテ」の森さんとこに久しぶりに。
すごく喜んでくれてちょっと感激。そういえば2年ぶり以上かな。相変わらずとてもいい店だ。ふたりでいろんな話をして深夜3時ころ堂島ホテルへ帰りつく。講演主催者がとってくれたホテルだが、ベッドからガラス張りのお風呂が見えるちょっとエッチーな部屋。むぅぅと唸って即寝。
『ちりとてちん』収録セット公開
2008年03月08日(土) 10:36:24
昨晩は大阪。
新幹線で夜に着いて、NHK大阪に用事があって行ったのだが、そしたら奥さん、一階で「期間限定『ちりとてちん』収録セット一般公開」というイベントをやっているではないですか! 草若の家が離れを含めてまるごと、そして居酒屋「寝床」も公開されている! いきなりミーハー素人になって写真を撮りまくる。今週まで(正確に言うと日曜まで)のイベントのようだ。いやラッキー。草若の家の設計図もあったのでじっと楽しむ。なるほどなるほど。
社屋に入って局のアナウンサー(男性)とちょっと打ち合わせた後、南森町の「みやび亭」で一緒にご飯。3500円のコースのあまりのリーズナブルさに大阪の競争の激しさを知る。この値段なのにとてもうまいしちゃんとしている。しかし夜でこの値段でよくやっていけるなぁ。
彼らと別れてちょっとだけのつもりで北新地のいつものバーを覗いたらおるおるおる(笑)
でも時間も遅めだったのでそこでは軽く。先輩方と別れたあと「ついてきます!」という若い後輩を連れてその後2軒。いやぁ週末とはいえ、北新地、異様な人出。午前2時なのにラッシュアワーのようだった。景気が戻ってきているのかも。
しかし大阪は寒いな。東京より寒い。風邪ひく寸前な感じ。3月は昼も夜も忙しいので気をつけよう。
割烹の入り口
2007年10月27日(土) 7:40:21
京都の割烹は50歳になるまで取っておこうと思っていた。
場慣れや舌の訓練なんかはそこそこ来てるかなぁとは思うのだが、ああいう店は自分の格みたいなものが伴わないと店の雰囲気も壊すし、自分も居心地悪い。なにより若くしてそういう場所に出入りすると50、60になったときの楽しみがなくなる(笑)
で、昨日、2軒半(最後の「半」は食後に一品&飲みに伺ったから)、ひとりで有名割烹に行って、その思いを新たにした。
場慣れは大丈夫。居心地も悪くない。店側も一人前に扱ってくれる。というか料理人よりボクの方が年上だったりする。でも、もう少しだけ自分の年輪が足りない。あぁまだ数年早いな、と。ま、禁を破って周り始めてしまったので、これからも年数軒ずつ行く可能性はあるが、もうちょい早い(特にひとりでは)。
昼は端正で真面目な割烹。夜は若くて派手で驚きのある割烹。まったく違うタイプ。両方いい店だけど、どちらかというと夜の店の方が好きだったかな。
で、夜にハシゴして、ある方と古い割烹で待ち合わせて1時間だけ食べたのだが、この年季の入った板前さんは、ボクがその「若くて派手で驚きのある割烹」に行ったと言ったら「あぁ、彼はまだ若いなぁ。学芸会みたいな料理を作る。派手やけどお酒が進まへんな。その辺もう少し年がいくとわかるんやろうけどなぁ」と優しい口調で。なるほどな。ボクもまだいまはそっちの方が楽しいようだ。ようやっと割烹の入り口いうことやね。
松茸めがね
2007年10月26日(金) 8:26:44
泊まりはグランドホテルやったんやけど(こっちに来るとすぐにエセ大阪弁に戻る)、グランドホテルって50年の歴史に幕を閉じるらしい。お化けがでるという噂もあったけど、いいホテルやったんやけどな。最後に泊まれて良かった。
ちらりと支社に表敬訪問してから京都へ。
昨日から2日間、お休みをいただいてクレア連載のための下見&食べである。でもいつものような無理はしない。締め切り近いし体調崩したくない。基本、節制。
昼はひとり祇園「竹きし」。ここはなかなか良い。釜飯なのだが、祇園にありながら敷居も高くなく程が良い。季節の釜飯を「栗とホタテ」にするか「松茸」にするか迷った末「栗とホタテ」に。しみじみする。
食後、まだ少しお腹の余裕があったので新京極まで歩いて「乙羽」の冬期限定名物「むしすし」。器ごと蒸すせいか器を持てず、食べるのに苦労する。あちち。
ホテルに帰って原稿書き。ほぼ240ページざっとは書き終わったが、ここからが大変。見直していくといろんな瑕疵が見えてきて大幅に書き直す部分とか構成自体の変更とかいろいろ出てくる。今回は食の本でもエッセイでもなく真面目な本なので慎重に慎重に。
夜は、予約が取れない代表のような割烹「祇園さゝ木」へ。
ある方がなんとか抑えた席にボクなんかをご招待してくださった(といっても割り勘だけど)。
基本と創意工夫が交差した独特なるコース。佐々木劇場と言われるのもよくわかる。佐々木さんの目の前に座らせていただいたので創っていく過程がすべて見られ楽しい楽しい。器も凄かったな。料理は、シラザ海老とホタテの上海蟹内子ソース、小カブの銀杏ソース、戻り鰹の握り、笹鰈の焼き物あたりが印象に残っている。あ、それと、丹波松茸とぐじのホイル焼きも。ホイルを開けた途端、めがねが松茸香の蒸気で曇る。あぁ松茸めがね。思わずめがねをとって、曇った部分を嗅いでしまうアホくささ。
〆はサンマご飯と栗ご飯。特にサンマご飯、最高やね。デザートのパンナコッタもよい。
食後「バー・カルバドール」へ。とてもいい隠れ家バーだ。ウンダーベルグを使って創作してくれたカクテルがよろしかった。深酒しないように気をつけて、ホテルに帰って原稿。ある箇所で詰まっている。むぅ。
Live in Dublin
2007年10月25日(木) 9:28:30
なぜか大阪にいる。
昨晩21時くらいに大阪に入って、いつものバーへ。
約1年ぶり。改装していてずいぶん雰囲気が変わってた。というか店の目の前に雰囲気ぶちこわしの立ち食い鮨が新たに出来ていてかわいそう。
バーボンソーダを飲みながらダラダラしゃべくっていたが、途中で見せてくれたブルース・スプリングスティーンのDVD「Live in Dublin」に魂奪われた。呆然とするなぁ。もともとスプリングスティーンのライブって呆然とするけど、これはまた格別。さっそくアマゾンで購入。あぁ早く全部見たい。
最後になにか一曲観て帰る? と聞かれ、ジム・クロウチをリクエスト。あぁやっぱタダモノではない声だなぁ。結局その後3時まで違う店で飲んだのだが、ずぅっと頭の中は「You Don't Mess Around With Jim」。
京都から帰還 アーンド 披露宴
2007年09月29日(土) 22:02:40
娘が試験休みだったので家族で二泊の京都旅行を企てたのだが、急ぎの仕事や原稿が挟まってなかなかしんどい京都行きになってしまった。疲れフルスロットル。そのうえ娘の体調もいまいち優れず。んー…。でもメシ屋はたくさん回った(笑)。「祇園ちんねん」が秀逸だった。
宿にネットが来てなかったので、電話で仕事指示などしつつ凌いでいたのだが、とうとう凌ぎ切れず、今日は朝5時に起きて(ま、いつものことか)早朝の新幹線でひとり東京帰還。一度家に帰って荷物を置き、着替えてオフィスへゴー。ドガガガと打ち合わせてサササと抜けて、13時には恵比寿で披露宴。
ひょんなことから親しくなった会社の後輩(新婦)の披露宴。
披露宴に出るのって実に久しぶり。わりとシンプルでアトホームないい式だった。でも久しぶりだったのでファッションに困り、京都伊勢丹でじたばた店をまわってしまった。昔は紫のボータイとカマーバンドにドレスシャツでへらへら列席していたのだが、年齢的にはもうちょっと落ち着きたいところ。で、いろいろ店を回った後、「ARISTOCRATICO」に絞り、店の人と相談してシンプルな白シャツと銀ネクタイと白麻のポケットチーフを揃えた。いまの流行とかも教えてくれて面白かった。でもわりと散財。
披露宴も無事に終了し、夕方帰宅してから仕事&原稿をしようと思ったが、疲れたカラダに昼酒がきいてダルダルとなり、そのまま夜に。やっとこさ溜まったメールをチェックしたところ。寝よう。
懐かしい場所と人
2007年08月15日(水) 12:54:32
午前中はゆっくりして、午後から義父母と家族とで昼ご飯。鷲林寺を越えて逆瀬川の上流を抜けて「すじかま」へ。8年前までよく利用していた道だが、バイパスが出来ていて驚く。T字路の渋滞がなくなっていた。すばらしい。「すじかま」も久しぶり。すじと釜揚げを名物とするうどん屋さん。とても人気が出ているようで行列だった。うどんは前より良くなっていた。
それにしても、車で十数分走るといきなり緑豊かな田舎の風景になるのが阪神間の魅力だなぁ。東京ならこういう景色に出会うのに1時間以上走らないと無理である。それも住宅密集地の間のぽつりぽつりレベル。阪神間は数百倍豊かである。住環境はやっぱり日本トップだと再確認。都会的でお洒落ないい店もちょこちょこあり、民度も高い。
一度家に帰った後、15時から超久しぶりの岡田先生。
その昔、一発で頭痛を治してくれて以来のボクの「主治医」なのだが、年に数回しか関西に来なくなってからはほとんどご無沙汰していた。というか人気で混んでいてめったに予約が取れないのだ。お盆中なら意外と、と思って電話をしてみたらすんなり取れた。いや〜ご無沙汰しています。
以前は足裏マッサージ中心だったのだが、推掌中心に変わったようだ。「10年前だと珍しかった足裏も最近ではいろんな店が増えたので、もうわざわざ私がやらなくてもいいかなぁと思って」と笑う。そう、もともと全身をくまなく診る方が向いている方である。「佐藤さんめったに来ないし、じゃぁまた来週、とかって出来ないから徹底的に治しておきますね」と念入りに診てもらった。
10年前よりずっとカラダの状態がよい、と、お墨付き。やっぱあの頃の激務よりは多少はマシだもんね。右肘も念入りにしてもらった。だいぶ軽くなった。
揉んで固結を解いてもらいながらいろんな話を。なんだか苦楽園や夙川に住んでいた時の気分まで思い出す。このままあの頃のマンションに帰っていくような気分。この街ではいろんな人との繋がりがしっかり出来ていたな。助けてくれる人もいっぱいいる。みんな「帰ってこい」と言ってくれる。心が揺れる。
夜ご飯は「ビストロ・ボンボン」にて家族3人で。この旅の目的のひとつでもある。
開店当初から14年のおつきあいのこの店も、この19日で閉店を迎える。この寂しさは尋常ではない。優子の初めてのチーズ会もこの店で催した。昼下がりの休憩時間を利用させていただいたのだ。フランスで長く修行し、銀座の店でフレンチ懐石を提唱して流行らせた由良さんの料理は相変わらず素晴らしい。スー・シェフがいないので手が足りてないと思うのだが、相変わらず完璧な火加減。惜しいな、このまま終わってしまうのは…(半年後には御影で小さなカフェをやる、とのことだけど)。
この店は開店直後もよく来たし、震災の直後にも伺った。響子が生まれてからも子連れで何度も伺った。マダムとカエちゃんも家族的サービスももう受けられなくなるのかな。寂しい。
噂では「大天寿司」も移転するという。「ビストロ・ボンボン」もなくなるし「エノテカ」や「瀬田亭」「モリシタ」ももうない。苦楽園もずいぶん変わってしまった。まぁ初めてこの街に住んだころはまだ畑とかが普通にあった状態だったので、ここ15年の繁華を経て、ゆっくり元に戻るだけかもしれないけど。
かじきまぐろ、フォアグラ、鱧、イベリコ豚などの渾身のフルコースをシャトー・ジスクールと共にいただき、「ビストロ・ボンボン」のみなさんとお別れする。
ものすごく腹一杯になったのだが、ボクには二次会が待っていた。
札幌で知りあったNさんと会うために門戸厄神のある店へ。Nさんはボクの悪影響を受けてポルトガルに行ったり、東京のいろんな店に行ったりしている方。その流れで森崎くんとも親しくなっていて、なんだか不思議な縁なのだ。大学生の美人な娘さんとボクを待ってくれていた。
で、実に偶然なのだが、指定された店に行ってみたら、カウンターの中に立っていたのは関西勤務時代に二度ほど飲んだことのあるMさん。門戸厄神の「遊楽」という串揚げ&ワインの店で店長をしていたのであった。「あ、あ、あ、えーと、Mさん!」「そう! お久しぶり!」みたいな会話をして握手。Nさんも偶然を喜んでいる。しかし、なんつうか……これで食べざるを得なくなった(笑) あまりにお腹一杯だったのでお酒だけ飲もうと思ってきたのだが、Mさんが作るのなら少しは食べたいし、食べないのは失礼だ。
ということで、最初は野菜系をほんの少し。だんだん調子が出てきたので肉や餃子やイチジクまで揚げてもらって、最後はご飯に味噌汁までもらってしまった。普通の食事じゃん! フルコースの後にはさすがに食べすぎ。過食が悪いことはわかっているが、ではこういう時間を大事にせずに何の人生かという思いもある。無茶できるうちはある程度仕方がないと腹をくくっている。
結局24時すぎまで飲んだり喰ったり。
アリゴテで乳酸の匂いが素晴らしくきついのを飲んでなかなか面白かったのだけど、造り手の名前を失念した。Mさんに聞いておこう。
神戸も暑い
2007年08月14日(火) 10:54:06
神戸も暑い。でも京都ほどではないかな…。
午前中はゆっくり休み、昼からご飯を食べに家族3人で苦楽園のお好み焼「浅井」。十年ぶりくらい。サーファーみたいな感じだったご主人がいい感じで老けていた。味も変わらず。記憶していたより小振りだったけど。
その後、川の撮影もあって夙川をちょっと歩いたが、あまりの暑さに優子がギブアップ。「京都はこんなもんじゃなかったよねー」と父娘はヘラヘラしてたが、熱射病も怖いので近くのカフェでジェラート。あ、その前に懐かしい器屋さん「大好器(だいすき)」にも寄った。うちにはここで買った食器がいっぱいある。いまは「d」と名前を変えて雑貨も置いている。奥さんと十年ぶりくらいの再会。懐かしい。
苦楽園〜夙川の懐かしポイントを歩き、一度実家に帰って昼寝してから夜メシへ。家族や義父母の許しを得て独りで放浪。
まずは「楽ぜん」。去年に一度来て気に入った芦屋のおでん屋さんだが、サイトを見ているといろいろ進化しているようなのでひとりで再訪。相変わらず雑味が全くないきれいなおでん。というか、おでんだしを使用した割烹といった趣。だしと素材の活かしあいという意味ではまさに和食の粋。感心した。おくら・いんげん・むらさき菜を使った夏野菜のおでん、シャクシャクのもやし、濃厚なひろうす、水茄子の揚げ煮、蓮根つくね、冷たい玉子など、とても結構。最近の売りであるらしいマッシュルームが品切れなのが惜しかったな。〆のプリン(ご主人は元パティシエ)もクリーミーで濃すぎずうまい。人気が出て、この9月1日から近所でプリン専門店も開くようである(店名「とあっせ芦屋」)。
連日の猛暑でカラダが疲れ切っていたので、お酒は控えめに。ビールと白岳仙を一杯だけ。
芦屋川を出て苦楽園に向かい、お決まりの「バーンズ」へ。もう20年間通っているバー。最近8年間は1年1回ペースになってしまったが、阪神間に住んでた当時は週3〜4回はここに溜まってた。
155本目のオールドグランダッド。バーボンは最近飲んでなかったので懐かしい。この味だけはブラインドで瞬間にわかるほどよく飲んだ。ここでもお酒は控えめに。そんな歳になってしまった。
20時からうだうだと24時すぎまで。この店だと時間はあっという間に経つ。
戯れに携帯メールしたら常連さんも来てくれた。口には出さぬがアリガタイ。バテ気味でテンション上がりきらなかったが、まぁこんなに気楽になれる店もない。東京から遠いとはいえ、心底気がおけない店を一軒持っているのは幸せなことである。
京都から神戸へ
2007年08月13日(月) 11:56:25
朝は相変わらず早く目覚めたのだが、意外と娘がグロッキーしていたので、午前中はホテルで休むことに。
11時にチェックアウトして、さっそく昼ご飯を食べに「はふう」へ。最近よく名前を聞くので行ってみたかったのだ。極上和牛サーロインステーキ(ボク)と特選ビフカツ(娘)。舌の上でとろける。ランチとしてはお高いが、これはなかなかお値打ちかも。付け合わせがもう少しだけど満足。早く入ったから座れたけど、帰る頃には大行列だった。
お腹一杯になったので、写真部(娘)の課題である「川」を撮りに祇園新橋のあたりをうろうろ。白川が撮影に向いていると思ったのである。フォトジェニックではあるけどどう撮っても観光写真になっちゃうなぁと思っていたら、川の中に落ちてる携帯電話を見つけ、それを中心に撮っていく。光る水面と水の中の赤い携帯電話。
途中で暑さでボーッとしてきたので、新橋たもとの甘味処「小森」でぜんざい。わらびもちが絶品。昨日の「京きなな」のわらびもちよりまだうまい。しかし場所がいいとはいえ、この店は高い…。
祇園を歩く途中でバッタリと会社の先輩である岡野夫妻に会ったり、ガーゼ手拭い店でいいお土産を見つけたりしつつ、撮影を切り上げて京都駅へ。京都ともお別れ。いつもは名残惜しむ娘だが暑くてそれどころではないようだ。伊勢丹でお土産買って、混んでる新快速で懐かしい芦屋に移動。妻の実家へ。
二日間の猛暑京都でふたりとも体力消耗したらしく、着いてからもわりとグッタリ。
なので、夜も実家でゆっくりさせていただいた。夜10時前、ドラマ「パパとムスメの七日間」を観ながら「ガッキーかわいー」とみんなで言っている最中に優子東京より到着。帰省ラッシュの移動でこれまたグッタリしている。京都でなにしたこれしたと話をして就寝。
おととい観た映画「天然コケッコー」の中で、昼下がりの茶の間のテレビに映ったマラソンがなぜかスローモーションになっている象徴的な場面があったが、そんな感じに時間がゆっくり流れている。明日も神戸にて。
娘と京都
2007年08月12日(日) 7:17:04
朝7時に起床。ねむねむのまま4人で「瓢亭」へ。有名な朝がゆである。
味も大変よろしかったが、なによりも雰囲気が素晴らしい。美しい庭の中の離れの一軒で心静かに。世にも贅沢だ。ザ・ニホン。ただ、8時9時10時と三回転させるせいか非常にせわしい。せめて1時間半くらいゆっくりしたい。
9時には店を出されてしまったので、宿に帰ってチェックアウト。ここでみんなとお別れだ。集まり散じる。でもきっとまたどこかで集まれると信じてる。戦友だし。
さて。
翌日から神戸の妻の実家に滞在するのだが、せっかく京都にいるので、常々「京都に行きたい!」と言っていた響子を呼んで父娘で京都見物することに(妻は東京で仕事があり不参加)。娘にとってはほとんど京都初体験。2〜4歳くらいで何度も来てるんだけど、そりゃ覚えてないわな。
彼女は昼ぐらいに新幹線で着くというので、それまで映画を観て時間をつぶす。「天然コケッコー」。何も起こらないことがこんなに気持ちがいいものか、と感じさせてくれる静かで豊かな映画だった。日本の田舎をちゃんとフィルムに定着させてくれている。こういう淡々とした映画って、今の時代、撮る方も勇気いるかもなー。
映画終了と同時に京都駅にお迎えに走る。娘、到着。「え〜!? 京都って都会じゃん!」と半分失望している。古都という響きから木造建築だらけの街を予想してた模様。ま、これからそういう場所にも行くから待っとき。
古都と雑貨を両立させるために、まずはタクシーで高台寺へ。
高台寺〜二年坂〜三年坂〜清水寺、という超初心者コースが中一には楽しいだろうと踏んだのだ。案の定、軒を連ねる和風雑貨の嵐に時速1キロ程度まで減速。あっちを覗きこっちで迷う。もう今日はとことんそういうのにつきあう覚悟だったので気長につきあう。というか、外が暑くて店で涼まざるを得ない。あとで知ったが、昨日の京都は38℃だったとか。死む! どっかおいしい店で昼飯にしようと思ったが、食欲もなく、参道の普通のうどん屋で冷うどん。
汗ダラダラかきながら、長時間かけて二年坂三年坂を無事制覇し、清水の舞台へ。古寺仏閣好きの端くれとしていろいろ説明したが、娘は上の空。というか暑すぎてボーッとしている。かき氷を食べて涼む。
お土産も早々に買い込み、高台寺に戻る。
話し合いの末、ふたりで人力車に乗ろうと決めたのだ。こういうわかりやすいアトラクションの方が記憶に残るしな。たった20分で6000円とお高いのだが(観光説明つき)、終わる頃にはもっとチップをあげようかと思うくらい。だって気象庁の百葉箱の中で38℃だぜ。日なたは確実に40℃以上。20分も坂道を上り下りしてくれてありがとう。
八坂神社で降りて祇園まで歩き、「京きなな」という有名なきなこアイスの店で涼もうと思ったら大行列。でも初志貫徹で30分以上並ぶ。ハポンという和風パフェと名物「できたてきなな」。ハポンの白玉とわらびもちがうまかったな。きなこアイスはさりげない自然の甘さ。インパクトがないので物足りなくもあるが、まぁ優しい味ではある。
三年坂、祇園ときて、当初失望していた娘も、古都らしさに満足している模様。本当なら西陣とか行って古い街並みを見せたいけど、まぁ祇園の方がわかりやすいことはわかりやすい。えび茶看板のマクドナルドや焦げ茶色のカラーコーンなんかにも驚いていた。
で、ようやくホテルへ。
今日は出来たばかりのホテルモントレ京都。キレイだしなかなかスタイリッシュ。わりと安いし部屋も良い。1日半ぶりにネットが通じたので、原稿を書いて送る。
二年坂三年坂でのつまみ食いとかき氷と和風パフェですっかりお腹一杯だと言う響子を部屋に残して、ボクだけさっと夕食へ。京都国際ホテル裏にある「蜂巣」。友人に教えてもらったおばんざいの店。どれもひと工夫あるおばんざいで美味。サンマの有馬煮や賀茂茄子煮、京あげと小松菜など、うまかったな。京都で一見で入るのって妙に緊張するが、この店はとても気軽でよい感じ。もうちょい照明が暗いともっと良い。
1時間ほど食べて、お店でお握り作ってもらって響子へのお土産にし、21時に帰ホテル。
21時から「受験の神様」第5話。今日は森崎くんがいっぱい出るらしいと聞いていたので響子と楽しみにしてたのだ。うわ、この数秒のためにロケ行ってたのか、とか裏話を思い出しながら。
お風呂にゆっくり入って就寝したのが24時。娘は母親の管理から離れてのびのびしているので、わざと夜更かしもOKとした。それにしても今日は暑かった…。
京都でお祝いの会
2007年08月11日(土) 18:58:11
昨日は昼に京都駅に着いて、隣接する伊勢丹の地下2階イートインの「京・旭屋」で鯖寿司。飯尾醸造の飯尾さんに教えていただいた店。なるほどおいしい。京の鯖寿司というと下賀茂の「花折」を贔屓にしていたが、ここなら駅にも近いし、これからこっちにしようかな…。
まだお腹に余裕があったので、御池まで行き「とり安」で「からあげ丼」。36℃の猛暑の中を並んでやっと入る。ふんわり玉子でとじられた中の唐揚げが二度揚げでパリッとしていてよい。なかなか。つか、昨日の夜から鶏ばっかだった…。しまった…。
店を出ると目の前に京都国際マンガミュージアムがあった。へー、と思って腹ごなしに入る。展示は漫画の単行本がひたすらあるのを中心に、特設展がある感じ。基本的に立ち読み系のミュージアム。廃校になった小学校を利用しているのだが、この建築が素晴らしい。
仕事や原稿があったので、宿にひとり早めに入る。
約100年前に建てられた町家を改装した旅館。旅館というか、町中の一軒家をレンタルしてくれる感覚。昔の同僚と3人でここで泊まる予定。3人だとひとり5000円とかで、意外と安くていい感じ。
2階の部屋にはLPレコードプレーヤーがあり、クラシックなどいろいろLPが置いてあったので、カラヤンのチャイコとか鳴らしながら独りで静かな昼下がり。天井も低い暗い町家で、LPの悲愴なんか聴いていると、なんだか高校時代に戻ったような感覚。大人になって社会に出て世界は広がったが、狭い部屋にくすぶっていたあの頃の方が想像力・空想力は広かったな…。
夜までLP聴いたり仕事したり原稿書いたり。で、夜8時半より割烹「S」へ。
友人が紹介してくれた店だが、絶対サイトには書かないでくれ、という穴場店。まだネットでもまるで広まっていない名店である。鱧松すき。鱧と松茸をすき焼き風に。すごい贅沢に松茸を使っている。丁寧で優しい味。うまうま。
この店で昔の仕事仲間が4人揃った。まさに地獄をくぐり抜けた4人の戦友といった感じなのだが(ひとりは過労のあげく入院までした)、その中の一番年上の先輩が大きく出世したので、そのお祝い。いや「出世を肴に昔の戦友で飲もうよ」に近いかな。だから、大散財だけど気持ちが良い。
その後、町家に帰って深夜まで飲んだあげく雑魚寝。久しぶりに若い頃のような飲み方。
芦屋そぞろ
2007年04月30日(月) 10:23:06
ふ、ふつかよい。
でも、昨晩東京から追いついた妻の「おでかけしよう攻撃」に勝てず、朝から娘と3人で芦屋へ散歩に。岩園小学校あたりまでバスで行き、昔住んでいた翠が丘周辺や、娘が通った幼稚園あたりを歩き、JR芦屋駅前を通り過ぎて阪神芦屋駅近くの「リブ・ゴーシュ」まで長い散歩。誰も二日酔いのオッサンを気遣ってくれず。つらすぎ。
ワインショップ「リブ・ゴーシュ」(うちは東京に住んでいる今もほとんどここからワインを買っている)で店長の細谷さんにジュースをもらい少し生き返ったあと、阪神甲子園まで行き「ららぽーと」で買い物。阪神パークがあった跡地に出来たモールである。でかいよぅ…。まだ二日酔いが収まらず、分速20mくらいの亀歩きしかできない状況。よちよちとなんとか一周し、這うようにして義父の家に帰り着く。夕方6時。よく1日持ったな。
少し寝させてもらってからみんなで食事。少しだけお酒を飲んですぐダウン。とことん疲れた。でもこのくらい疲れると逆にもろもろリセットできそうでよろしい。わりと長く鬱っぽい気分なので、とにかくカラダを疲れさせるというのは有効かも。関西の空気もずいぶん効くと思うし。
で、今朝。
朝6時すぎにスッキリ目がさめた。うん、少しはマシかも。今日は東京に帰る。ゆるりと復活できるかも。
夙川・苦楽園そぞろ
2007年04月29日(日) 10:01:06
義父のお見舞いに関西へ。
仕事がある妻とは別行動で、娘と一緒に新幹線。新大阪から各駅停車に乗って初めての「さくら夙川駅」に降りてみる。情緒的な駅名は嫌いだが、この周辺はとてもきれいで気持ちいい。ふたりで川沿いをゆっくり上がり苦楽園口まで散歩。この辺さぁ、来るたびに思うけど、やっぱり日本一のきれいさかも。この辺に住んでいたら海外旅行とかに行く必要ないんじゃない?とかまで思いつつ。天気はよく、人も少なく気持ちいい。
義父の家で挨拶したあと、娘を置いてひとり夜の街へ。
いや、お見舞いの会食は日曜にして、土曜の夜は「懐かしい店にも行きたいだろう」と開放していただいたのだ。
夙川・苦楽園あたりをひとり散歩。「モリシタ」も「瀬田亭」も「エノテカ」も「出鬼心」もなくなっている。店の移り変わりが激しいな。
後輩がたまたま暇だったようなので呼び出して「ビストロ・ボンボン」。昔住んでいた頃いっぱいお世話になったこの店もどうやら閉店の決心を固められた模様。あぁ由良さんの料理ももう食べられなくなるのかなぁ。相変わらず完璧な火加減。フレンチ懐石を銀座で初めて出したシェフである。惜しいなぁ。
一緒に行った後輩はいま学生に戻っている。その人生を聞いていろいろ思うところあり。
その後いつもの「THE BARNS」へ。昔の常連たちも数人来てくれて深夜まで。東京とは別人のようによく話しよく笑う自分へ。あぁラクチン。ストレス霧散。ぐだぐだに酔っぱらった。
ある先輩の引退ライブ @osaka
2007年01月28日(日) 13:25:01
昨日、日帰りで大阪に行ってきた。
ある先輩の引退ライブである。引退ライブといっても、ミュージシャンが引退するわけではない。同じ会社の先輩だ。定年で会社を辞めるので、記念にライブをするというのである。
ま、娘の受験本番5日前なので、本当は行ってはいけないステイタスだったのだが、でも、日に日に行きたい気持ちがつのっていった。すでに引退した懐かしい上司たちもいっぱい来る、ということもあった。でもそれだけじゃない。なんちゅうか、ボクにとって「ある時代の終わり」になる予感がしたのだ……、とかダラダラ書き始めたら、またしても長〜くなっちゃったので、またまた不定期日記にしました。
題して「サラリーマン幼年期の終わり」。
お暇のある方はどうぞお読みくださいませ。
満員劇場御礼座2006
2006年12月11日(月) 9:25:32
今回の大阪行の目的のひとつである「満員劇場御礼座2006年ひそひそ公演『それは秘密です』」を観てきた。
満員劇場御礼座(以下「満劇」)の公演のためだけに毎回新幹線代払って大阪に行ってもなんにも惜しくない。そのくらい良い。笑える。ほんわかする。というか好みに合っている(知りあいが出ているのもある)。でも貧乏性なので行ったら行ったでいっぱい食べたり飲んだりしちゃう、というのがこの金土日の真相である。ってどうでもいいか。
ちなみに今回もあっという間に前売り完売したらしいのでこのメモでも告知しなかったが、関西に住んでるなら是非観てほしい演劇ですね。とはいえサラリーマン集団の舞台なので不定期公演。なかなかやってくれないのが難である。
今回は全体的に本がよく出来ていた気がする。淀川フーヨーハイ、あべの金欠、心斎橋ラムネの3人の脚本があっさりとしつこめの間のギリギリのバランスで良かった。ちょっと前に観たつかこうへいの「蒲田(錦織版)」より良い(マジ)。いつものメンバーも流石なもの。客演の高瀬和彦氏もとても良かった。早く次の公演を望むです。
昨日のメシは、久しぶりに新世界を歩き回っていろいろ食べた。
通天閣の足もとをぶらぶら歩いて行き交う人を眺めているだけでなんだか元気になるなぁ。なんつうか「人間どうやっても楽しく生きていける」みたいな小さな自信を得られる。やっぱ新世界はええわ。ちなみに発見としては串カツ屋は「八重勝」が一番好きかも、ということ。例の二度漬け禁止の串カツ店がいろいろあるのだが、その中では。「だるま」とかと連続で食べてみてそう実感。
【追記】
新世界の串カツですが、「八重勝」も「だるま」も超人気店で、普通に1時間とか並ぶ世界です。
なのでボクみたいにハシゴしようと思ったら「朝10時半の開店前から『八重勝』に並んで(開店直前に行くともう座れない)、開店と同時に食べ、20分ほどバクバク食べたらすぐ『だるま』に向かい、開店前から並ぶ、という段取りを踏まないととても無理です。ちなみに「だるま」ジャンジャン横丁店なら11時開店。本店は12時開店です。ワタシも食べ比べてみる〜というメールをいただいたので、追記。
センチメンタル・イーティング
2006年12月10日(日) 8:46:30
大阪。
思った以上に二日酔いがひどく、ヨチヨチとなんばの「千とせ」へ。
「肉吸いと卵かけ御飯〜」と心の中でイメージしつつ(肉吸いとは肉うどんのうどん抜きなのだが、意外とあの脂な感じが二日酔いの胃にイイのである)、やっとこさ辿り着いたらなんと「本日臨時休業」の貼り紙が!
どっひぇーとぶっ飛んで、その勢いで斜め向かいにある「釜たけうどん」に入ってしまった。さぬきうどんの有名店である。おぉ、ぐっと踏み込む歯を包み込む系ムニムニうどんじゃん。なかなかうまい。入り口横に「うまひゃひゃさぬきうどん」も発見。我が本ながらなんだか懐かしい。
そのまま「なんばグランド花月」方面に歩いていくとその横で行列が。ふーん、このたこ焼き屋は入ったことなかったなぁと二日酔いも忘れて思わず並んで買ってしまう。でも正解だった。うまかった。「ワナカ」というたこ焼き屋さん。急に他のたこ焼きと食べ比べてみたくなって「会津屋」「大阪で一番おいしいたこやきくん」などで食べてみる。んー「ワナカ」の方が好きかも。
たこ焼きと言えば、大阪勤務時代に一番好きだった天満の「うまい屋」へ昨日行ってみたら火事(類焼)で店自体がなくなっていた。来春には再開するらしいが残念。あの古い雰囲気も良かったのに。
小麦粉を胃に入れたら急に調子が悪くなった(というか食べ過ぎ?)。
中崎の住宅街に友達が開いたカフェ「kitchen」に行き、水をもらって休憩。この店、以前は近くで小さく営業していたのだが、築80年の一軒家に移り、とてもオシャレでコージーなカフェに変身していた。だらだらしゃべって別れ、中崎を少し歩く。この辺オシャレな小さい店がいっぱい出来たなぁ。
ホテルに帰り昼寝。だいぶ調子が戻ったので夜ご飯食べに福島の「う越貞」(うおさだ)へ。途中、福島近辺も散歩したが、びっくりするほど今風の店が増えていた。
「う越貞」に来るのは10年ぶりくらいかなぁ…。懐かしい。一緒に行くはずの後輩が急病で救急車で運ばれたので(マジ)、ひとりカウンターで。数年前からじわじわと仕入れ先を変えているらしく、最上質の魚がズラリと並んでいる。へぇ、ずっと勉強を怠らない人なんだなぁとうれしくなる。八幡浜の白甘鯛と五島列島のくえが特に印象的。そーとー上質。うまかった。ご夫婦でやっている小さい素朴な居酒屋だけど、大阪でも最上の魚を出す一軒になっていた。また来よう。次は間人と同じくらい質がいいという津居山の松葉ガニを。
本当はその後苦楽園のいつものバーに飲みに行こうと思っていたのだが、大将が倒れて気弱になっていると聞いていたホテル阪神地下の「奴寿司」へお見舞いがてら伺うことにした。
大阪勤務時代は曽根崎新地の雑居ビルの地下の小さな店で営業していた店。知る人ぞ知るその「奴寿司」(天満の同名店とは別物)を誘致するとはホテル阪神もなかなかやるなと当時舌を巻いたものである。
谷大将とは仲良くて、いっつも冗談言いあいながらじゃれていた。というか若かったボクが鮨の食べ方や美味しさを知ったのはこの店のおかげ。カウンターでひとり食べることもここで覚えた。20代のボクにはちょうどいい敷居の低さと値段と味だったのだ。
谷大将はいまでは若手に任せて週数回しかカウンター内に立っていないらしいが、運良く今日は立っていた。最初はお互いぎこちない感じ。でも、「どうも! お久!」「……あれ? あ! あ〜!」と照れ臭く再開の挨拶を交わしているうちにだんだん昔の調子に戻ってきた。お互いの老け加減をからかいあいながら何貫か握ってもらう。あぁ懐かしい。そうだった。これが谷さんの握りの味だった。鮨リテラシーが上ってしまった今ではいろいろ思うこともあるが、それでもボクは「谷大将の手で握ってもらった鮨が好き」である。あの手でボクのために握ってくれた鮨はとても特別な味がする。
彼は倒れてもすぐ現場に復帰して元気にやっているが、確かに少し気弱になっているっぽい。「最近元気がなかったけど、佐藤さんの顔みて少し元気そうになった」と奥さん。でも握りはちゃんと元気な頃の谷さんの味だったよ。また来るから絶対握り続けてな。ちょっとセンチになりつつ店を出る。センチメンタル・イーティング。
声枯れた
2006年12月09日(土) 12:25:47
昨日からなぜか大阪にいる。
東京にいる時はどちらかというと(いや、そーとー)無口な方であるが、大阪に来ると自分でもびっくりするくらいおしゃべりになる。かーかーこーこー話してすっかり声ガラガラ。しかも二日酔い。深夜3時までいろんな店に顔出した(7軒くらい行っただろうか)。うぅ。ちょっと肉吸いでも食べて復活してこよう(花紀京の特効薬)。
芦屋・苦楽園・原宿・青山
2006年08月28日(月) 6:59:36
土日は神戸に行ってたのは昨日書いたが、土日は他にもいろいろした。簡単に書いておこう。
土曜は夕方に関西に着いて、「THE BARNS」に行く前に2軒ハシゴ。
1軒目は阪急芦屋川駅近くのおでん屋「楽ぜん」。
ひとりで。ここ良かったなぁ。食べると口の中が清らかになるようなおでんなのだ。特に中の黄身の部分がパサパサになっていない卵と、香り高い牛すじ、プリプリする手練りのエビ天、ごっついでかい特製ひろうすが印象的。うまいので他にもいろいろ取る。ほんの少しだけ食べて次に行こうと思ったのに思わず取りすぎた。
2軒目は苦楽園口の「くすはら」。
「THE BARNS」の昔の常連たち2人とココで待ち合わせ。「楽ぜん」でいっぱい食べてしまったのであまり食べられなかったが、怖面のご主人がやってる清潔な和食割烹。がんばってる感じ。魚うまし。また来よう。
で、「THE BARNS」で深夜まで。お祝いの品も喜んでくれて良かった良かった。グランダッドとチキンカチャトラ。久々のバーボンがきいた。
翌朝日曜。
がんばって早起きして新幹線に乗り、東京は原宿へ速攻移動。ウコンを大量摂取したせいか二日酔いなし。
新大阪駅の「浪花そば」で久しぶりににしんそば。関西在勤時、出張前によく食べた店。ここはレジカウンターで先に発注する立食い蕎麦なのだが、このレジカウンターの感じが好き。
原宿へは「スーパーよさこい」を見に。6月に札幌で「よさこいソーラン」を見て以来ちょっと目が離せなくなっている「よさこい」関連。本場高知へは行けなかったけど、これは見ておきたかった。ちゅうことで、数時間、いろいろ歩き回って見る。最後は表参道ヒルズの真ん前に陣取って表参道を踊り行軍するチームをいろいろ見学。惚けたように見続ける。知りあいが踊ってるはずなのだが見つからず。
いい加減疲れ果てた夕方、青山通りまで出て昔よく行った「大坊珈琲店」へ久しぶりに。
抹茶を入れるようなでっかい土の器に入って出てくるミルクコーヒーは健在。温度管理がよい(ちょうど飲みやすい程度にぬるい)。相変わらず落ち着く店。ここによく来ていた頃のことを思いだしつつ。
で、帰宅・食事・就寝。そんな土曜日曜。疲れたけどいろいろ楽しかったよ。
苦楽園口「THE BARNS」還暦祝い
2006年08月27日(日) 19:07:12
関西勤務時代の行きつけのバー「THE BARNS」のマスターが還暦になったので、そのお祝いをしに神戸まで一泊で行ってきた。
当時苦楽園口駅近辺に住んでいたボクは、近所のこの店にひとりで実によく通った。週2から週3、下手すると週4くらいは普通に顔を出していたと思う。現在、店にキープしてあるボトルのナンバリングが154。つまり154本目のOld Grand Dadが入っている。この店で飲むのはこのバーボンと決めている。
なんつうか、若いボクはここで酒場修行をしたのだと思う。常連が多く顔を出す住宅街のバーに馴染むのは相当ハードルが高かった。しかも関西人からは疎んじられる東京人。転勤したばかりで東京臭が抜けなかったボクは、理不尽なまでの白い目に耐えつつも、必死に食らいついていつしか大常連になっていった。なんであんなに食らいついたのか我ながらナゾ。
20代中盤。当時のボクは訳知り顔で、鼻っ柱も強く、プライド(単なる世間知らずの自惚れ)も相当高かった。
マスター(&常連客たち)はボクのそういう部分を徹底的に壊し、へし折り、切り刻み、「自分を笑える大人」に仕立て直そうとしてくれた。ま、まだまだ成長途上ではあるのだが、そういう道をつけてくれたことにとても感謝をしている。
東京に帰ってきてしまった今では遠くなりすぎて、1年に1回くらいしか行けないが、行けば30秒ほどで昔の関係に戻れる。昨晩もそうだった。マスターの辛辣かつ温かいひと言であっと言う間にあの頃へタイムスリップ。ガハハと笑ってジョークの掛け合い合戦。東京生活で全然でなくなっちゃったジョークがここだとこんなにイージーに大量に出てくる。不思議だな。
芦屋・夙川・苦楽園は相変わらず時間がゆったり流れていた。
往復の新幹線の友にと持っていった文庫本は「クライマーズ・ハイ」。日航ジャンボ機墜落事故を記者の目で描いたこの小説を読みながら、そういえば「THE BARNS」に初めて行き、ビクビクしながらカウンターにひとり座ったのは、日航機事故があったあの年の秋であった、と、ふと思いだした。
100m完泳記念日
2006年04月11日(火) 21:05:26
昨日は大阪で講演。クリエーティブ視点で見たクロスメディアのお話。もっと話すのうまくなりたいなぁと思いつつ終了。たまにサイトにメールをくださる方も聴いていただいたようで終了後少しお話をする。話しかけてくれてうれしかった。
その後、支社に寄って仕事したあと、ホテルに帰ってプール。
25mを4本泳いだあと、50mを4本。あれ、意外と行けるぞと75mを3本。調子に乗ってそのまま100mへ。ありゃりゃ泳げちゃったよ。もしかしたら人生初かも。たった100mとはいえボク的には画期的。うひょひょ。素直にうれしい。でもまだやっとこさだから200mはもうちょい先かな。持久力もないが、最後の方でフォームが乱れてきちゃう。まだまだ無駄の多いフォームで泳いでいるのだろう。早いとこ誰かに教わる必要あり。
で、結局750m泳いだ。ついでだから800mを目指したかったが、足がつったので断念。あぁ気持ちよかった。
そのまますぐ夜メシに出かけた。割烹「甚五郎」。カッパ巻き発祥の店。刺身や煮魚も良かったが、野菜の炊き合わせが実にうまかった。いい店だ。また来よう。それにしてもプールの後のビールっておいしくないな(←さんざんプールの水を飲んだらしい)。
二軒目はいつものバー「Pile Driver」。常連さんたちもちゃんといて、がーがー盛り上がる。映画小説音楽スポーツと話題も多岐に渡る。いい店だなぁ。あぁ楽し。東京ではボケても誰もつっこんでくれないが、ここだといい感じにつっこんでくれるし、カッコつけたことをわざと言ってもちゃんと落としてくれる。それでいて放っておいてくれるところはちゃんと放っておいてくれる。大阪はやっぱ楽ちん。
深夜すぎてから後輩たちと北新地のワインバー「Sante」へ。6年以上ぶりだが覚えてくれていた。相変わらずいい店。でも水泳&出張疲れのせいかベロンベロンになってしまった。
んでもって今日は朝からグロッキー状態。大阪でなんとか一仕事したあと帰宅。仕事メールの量に卒倒。でも明日に回して今日は早寝しよう。なんぼでも寝られる感じに疲れてる。
夙川の桜
2006年04月10日(月) 10:01:23
関西に来ている。出張。一日早く入ってちょうど桜が満開の夙川に行ってきた。
東京ではもう葉桜なのだが、阪神間はまさに満開。満開が天気のいい日曜に重なるとこうなるわなという人出。苦楽園と夙川を何度か往復して楽しむ。屋台やジャズバンドまで出てウキウキもの。ここら辺は本当に民度が高いなぁ。
夙川に来るとわりと寄る洋菓子店「ミッシェルバッハ」へ。
昔、この店のすぐ近くのマンションに住んでいたこともあってよく来た。以前は小さくて古いさりげないケーキ屋だった。いまは小綺麗な人気店。ここの「夙川のローゼ」というクッキーが一家で大好物でお土産とかによくするのである(連載で書いたこともある)。行列に並んでやっとこさ3つ確保。
そこから「The Barns」へ飲んだくれに。
ちょうどボトルがなくなっていたので入れる。154本目のグランダッド。
昔の仲間もポツポツと現れ、あまりの気楽さにガーガー話す。隣のお客さんに注意されたくらい大声だったらしい。しかもイジメラレキャラと久しぶりに会ったのでここぞとばかりに。隣で聞いていて気分悪かったかも。ごめんなさい。でもボクにとって全国で唯一の発散場所なんです。すいません。
ボトル半分しか飲んでないのに、ほとんど食べなかったこともあってヘベレケに。5時間ほど飲み続けたあと、常連さんにつきあってもらって深夜に焼き鳥を食べに行きもっとヘベレケに。なんとかホテルへ帰り着いた。
多少二日酔い。
原始の山と三鷹天命反転住宅
2005年11月28日(月) 7:17:27
あれは3年前だったか、さなメモでも大騒ぎしたくらい腰痛に悩んでいたとき、取材もあって無理をおして石垣島へ行き、決死の覚悟で原始の森の山へ入って野生のイノシシ狩りに参加した。狩りの師匠にも事情を話し、最悪の場合取材中止&かついで山から下りてくれとお願いしてから山へ入った。
そして半日後。原始の山から帰ってきてふと気がつくと、驚くことにすっかり腰が治っていた。それ以来腰は無事。あれは何だったんだろうと今でもよく考える。ほとんどヒトが入っていない原始の山の「気」が身体に入ったか。もしくは平地がひとつもない獣道を登り下りする間に身体が活性化され、でっぱりがちだったヘルニアを押し戻してくれたのか。後者であれば、人間にとって今の都会や家やオフィスのような「完全なる平地の連続」は不自然で、腰痛はそこから来たというのか。
まぁ答えは出ない。
でも、土曜日に三鷹天命反転住宅に行って以来、風邪も治り身体の調子も良いのはどういうわけだ。この感覚は石垣の山に入ったときと同じだ。身体が活性化した感覚。「病気にならない家」「死なない家」と言う荒川修作氏の言葉が妙に現実味を帯びて感じられる。あの家ってマジですごい家なのではないか…。
まぁもしかして、固いデコボコの床面でひたすら足裏マッサージをさせられたのが効いたというオチかもしれないけど、それだってすごい家だよな。
すっきり痛飲
2005年11月02日(水) 14:49:09
一日更新が空いてしまった。
ええと、大阪での講演は200人以上来てくださり、わりと好評(関係者語る)に終了。リラックスして話せたが、前日にあまり寝ていないこともあって疲れが絶頂。ふわふわ足が地に着かない感覚のまま夜メシへ。
夜は講演のご褒美に偉いさんがふぐをご馳走してくれた。この店は大阪勤務時代に来たことがあり、ふぐの腸にねぎを突っ込んだ具材が特徴的。てっさもてっちりも結構。ご馳走様でした。ふぐ食べて元気になったので、そのまま北新地の飲み屋に移動。2店に渡り、いっしょに講演した男の過去話で盛り上がる。ドラマチックな半生だなぁ…。
その後、いろいろ別れて夜中まで痛飲。大阪の夜はいっつも痛飲になるが、心が開放されるせいか疲れが取れる系。あぁすっきりした♪
優勝の夜、道頓堀にて
2005年09月30日(金) 17:03:13
阪神がセ・リーグ優勝した夜にたまたま大阪にいたメリットをどう活かすかといえば、そりゃ「道頓堀に繰り出して夜通し遊ぶ!」でしょう!
ということで、優勝した20分後には道頓堀にいたワタシ。
でもまだ「かに道楽」あたりまですんなり行けるほどの人出で(六甲おろし歌って大騒ぎはしていたけど)、2000人出動したという警察官・機動隊が異様に目立っていただけ。まぁ飛び込み禁止の3メートル・フェンスが出来たし、今年はどこか違う場所で盛り上がっているのかなと思っていたら、時が経つにつれどんどん人出が増えてくる。どうも優勝をどこかの店や自宅で見届けた人が次々に道頓堀に出てきたらしく、約1時間後には「よせ! 押すな! ここでドミノ倒しが起こったら確実に数十人死ぬ。というかオレが死む! 助けれ!」と大叫びするほどの押し合いへし合い。警官が道や橋を封鎖していて動線が混乱しているうえに、川に飛び込めない代わりにネオン塔に登ってそこから人混みに向かってダイブする者続出で混乱の極み。警官に絡む若者も多く、あちこちで小競り合い。スリや痴漢も横行した模様。例えばこれ以上ない満員電車状態でもみくちゃにされつつ、自分の意志に関係なく数秒ごとに右に5歩左に5歩押されまくっている危険な感じを想像していただければ。
「服を脱ぐのはやめなさいっ!」「橋は通れませんっ!こっちに来ても何もありませんっ!」「鉄柱に登らないでっ!」「警官に暴行するのはやめなさひ〜っ!」などと絶叫する警官たち。警官同士ズラッと手を繋いで群衆の暴走を防いでいる。だんだん申し訳なくなってくる。いい歳をした大人が興味本位で来てはいけなかった場所ですね。反省しつつ飲み屋へ移動。でもなんだか異様に楽しかったけど。
優勝寸前の大阪より
2005年09月29日(木) 16:13:35
大阪に来ている。
いや、阪神優勝目当てではなくて。たまたま今日こっちで仕事があっただけ。でも今夜甲子園で勝ったら優勝とはタイミング的にラッキーすぎ。勝ったら道頓堀に繰り出そう。
ってなことで、短く更新。いろんな懐かしい顔を見られてうれしい。
西へ東へ
2005年08月28日(日) 20:43:44
名古屋京都大阪神戸と渡り歩き、あっという間に東京へ。振り返ると短かったが、濃かったなぁ。
空き時間にショッピング。ちょうど梅田の阪急百貨店が改装前の「世紀のセール」をやっていて、喜び勇んでじっくり探すが目ぼしいものなくガッカリ。でも買い物欲に火がついてしまい、阪神や大丸にも回る。正解。あるリュックにひとめぼれし、購入。明日かあさって配送されるのでそしたら写真撮ってみなさんにもご紹介しますね。
ネットで衝動買いしたストーンズのボストン公演限定Tシャツを着ていったのだが、誰も気づいてくれなかった(泣)。こないだの8/21.23日にやったライブのTシャツなので日本で着てる人ほとんどいないはずなのにぃ。
苦楽園から更新してみる
2005年08月27日(土) 12:55:14
神戸は苦楽園の『バーンズ』のパソコンから軽く更新。
バーンズはその昔めちゃくちゃ行きつけにしていた店。週に4日は通っていたし(笑)。153本目のオールド・グランダッドをいまでも棚においてくれている。それにしても、バーンズのオッサンすらネットする時代やねんなぁ。まさかこんなところから更新できるとは。
相変わらず夙川芦屋近辺は日本一の環境。のんびりしてるのに民度が高い。自然もありおしゃれな店もある。うまい店もある。何より景色がいい。あぁ、いい街だなぁ。
ということで、またいまから仕事に。
北新地、変わったなぁ
2004年11月26日(金) 8:44:18
満劇を観劇後(満劇オムニバスは好きやぁ)、夜の北新地をひとり散策。おいおいあの店もこの店もなくなっとる。うわー広い駐車場ができとる。あそこらへん趣あったのになぁ。つかクラブの呼び込みが多すぎ。北新地、変わったなぁ、呼び込みだらけやん…。その後「タコー」で深夜メシを食ったあとミナミにも行ったが、おいおいミナミ、人いないやん。法善寺横丁とかも人っ子一人おらず(まぁ深夜2時なんですけどね)、戎橋筋もガッラガラ。こんなミナミ見たことない。その後4時までバーで飲んで死。今日は古巣の勉強会でしゃべるのにこんな二日酔いでどないすんねん。
「千成」「なかしま」「パイルドライバー」「サウンド・イン・サム」
2003年10月22日(水) 15:27:15
日本シリーズ雨天順延でチケットも順延。昨日今日の大阪泊のはずが昨日今日明日に延長。ちょっとうれしいが、明日やるはずだった仕事の遠隔操作が大変じゃ。←それでも東京へは帰らないワタシ♪
昨晩は北新地を久しぶりに胆嚢。いや堪能。「千成」「なかしま」「パイルドライバー」「サウンド・イン・サム」とはしご。東京から行った他のメンツも大変よろこんでくれた模様。良かった良かった。
ということで、いまから甲子園。今日は燃えます。
本格的なハイキング
2001年11月24日(土) 18:19:37
今日も神戸。
天気がいいし暖かいので散歩をしようと、家族で苦楽園から北山貯水池、甲山森林公園の方へと歩く。途中から気が向いて甲山山頂まで登山し、甲山大師方面へ降り、甲陽園駅まで……わりと本格的なハイキングになってしまった。普通の靴で行ったのでわりと大変。
腹減りまくりで苦楽園の「ボンボン」へ行くがランチ貸切でNG。近くのイタリアン(Meli-Meloだったかな?)で食べて眼鏡屋で眼鏡を衝動買いして「高波カフェ」でラテ飲んで……非常にゆっくりした休日でありました。
オールドグランダッド153本目
2001年11月23日(金) 12:03:56
昨晩は夙川の「楽」で焼き鳥。移転してから初めて行ったが、なんと11月いっぱいで閉めるらしい。うー残念。
そのあとは例によってバーンズでバーボン。オールドグランダッド153本目。1年半ぶりにボトル更新。数回しか来てないしね。生きているうちに200本は無理かも。
地獄の新幹線
2001年11月23日(金) 1:18:29
東海道新幹線超ヘビーユーザーだったボクであるが、今晩の大阪行きの混み方は初体験。東京の朝のラッシュ時並みに混んだ新幹線って・・・みんな3時間とかなんで平気で立てるのだろう。ボクはなんとか座ったが、座席の足のところにまで人が立つほど混んでいた。それにしても、立っていた方々は大変お疲れ様である。
大阪は良いなぁ。
2001年10月27日(土) 21:07:17
ランチを天三の「アルチェントロ」で中村三奈さんと食べ、梅田HEPホールで満員劇場御礼座の公演を見て、東京に帰ってきた。
この劇団、ボクの会社の関西支社の面々、つまり昔の同僚が主に役者をやっており、なつかしい顔が舞台に揃っていて楽しかった。というか素人芝居の域をとうとう超えた印象。みんな非常に達者になっていたし脚本もとても良く出来ていた。面白し。うーむ、ボクももっとがんばろう!となにやら脱糞。じゃなくて発奮。
新幹線の弁当は久しぶりに八角弁当。後ろに座ったイタリア人が車内で携帯で大声で話していたのがうるさかったわい。
芦屋夙川苦楽園地域はやはり日本一
2001年10月26日(金) 18:07:59
芦屋の竹園ホテルに泊まった。今朝はチェックアウト後ビゴでパンを買い、中池公園で食べる。芦屋を歩き夙川、苦楽園までゆっくりゆっくり散歩。
東京に戻って1年半。冷静に比べるに、芦屋夙川苦楽園地域はやはり日本一の環境と実感。美しい。これに比べて東京の汚さよ。全く惚れ惚れしながら歩いた。
久しぶりに足裏もみもしてもらい、新しくなったぺリゴールでひとりでゆっくりランチをし、後ろ髪引かれながら大阪へ。今日、大阪にもう一泊。また深酒か?




