国内
風邪ひいた
2008年04月27日(日) 5:28:39
昨日の書き方が悪かったこともあり「菓子パン9個は食べ過ぎ!」というメールいくつか。
いや、菓子パンの種類がいろいろあった、という記述と、「いろいろ取って次々食べた」という記述は別なんです。途中に「……」と入っているところでボク的には少し話が変わってるのです。つか、さすがに9個も食べないし! 今年47歳だし!
ということで、ややこしいので昨日の後半少し直しておきました。実際に食べたのは5つくらい。菓子パン5つって腹一杯になるね。お土産も5つくらい買った。
その後、ホテルで休み、早めにチェックアウトして早足散歩して腹減らして、昼飯に「ピッツェリア・デ・ナプレ」「牛タン雅」「八仙」と3店行き、メールで強力推薦された「粟野の笹かまぼこ」をお土産に買って東京へ帰った。すっかり仙台が気に入ってしまった。土地勘も少しついた。
ピザ、うまかったなぁ。仙台でこのレベルのピザに出会えるとは驚き。「雅」の「たんタタキ」も良かったなぁ。「八仙」の餃子も甘みが良い良い。なんか充実した昼飯ハシゴだった。笹かまは「粟野」以外だと「白謙」も勧められたけど仙台駅では見つからず。「粟野」楽しみ。前回は違うメーカーのものを買ったが、味の違いや如何に。
で、東京に帰ってきて昨晩は仕事をしこしこ。
んでもって今朝起きたら(5時起床)、風邪をひいていた。くしゃみ多数。鼻水ズルズル。んー、おかしいな。このところ忙しかったから疲れたかな。連休前半は大切な仕事2発。連休後半は「NYミュージカル旅」に行くことが決定しているのに、やばし!
菓子パン @仙台
2008年04月26日(土) 9:32:20
またしても一泊で仙台。クレア・トラベラーの自腹下見。
東京で普通に仕事して、仙台についたのは夜。新幹線で一時間半で着くので楽。考えようによっては通勤圏内。
まずは鮨。最近の仙台では一番評判が高い店。ちょっと「とろけ系」が多かったが楽しい店だった。まだお腹に余裕があったので二軒目に居酒屋で一杯。うーん、この店もいいなぁ。両方ともアタリ。
そのあと、あるバーで仙台の同業者たち(広告)と落ち合って軽く。楽しい時間。
決して恵まれた条件ではない地方の現場で働いている広告マンを、ボクはなぜか偏愛しているので、オファーがあったら極力会いに行く。組織が小さい地方の会社は逆に部間の壁が低いのでコミュニケーション・デザインがうまく行くことも多い。まぁ地方のクライアントは変化が遅いことが多いのでなかなか大変ではあるのだが。
もう一軒ひとりで行こうかと一瞬考えたが、おとなしくホテルへ。もう無茶が効かない年齢だ。自重自重。
翌朝。というか今朝。
ホテルの窓から新緑のケヤキが見える。外に出るとキリッと冷涼で空気が澄んでいる。仙台って美しいな。通りの名前もいい。晩翠通り。青葉通り。広瀬通り。定禅寺通り。
朝食は上杉にあるパン屋「石井屋」。メールで勧められたのだが、んー、食べ過ぎた!(笑)
だって、なんつーか、菓子パンの殿堂なのだ。丁寧に作った懐かしい味がこれでもかと揃っている。メロンパン2種、カレーパン、クリームパン、ジャムパン、あんぱん、コロネ、フランクロール、コッペパン……。
思わずいっぱい取って2階のイートイン・スペースでいろいろ食べてしまった(いくつかは持ち帰り)。あぁ昼ご飯2軒行こうと思ったのに腹一杯だ。でもおいしかったから満足。
昼ご飯食べたら帰京。
仙台は奥が深いのでもう一度くらい調べにこないといけないかも。でもスケジュールが詰まっているので悩みどころだ。
仙台に一泊
2008年04月19日(土) 19:23:24
仙台に一泊で行って、夕方帰ってきた。
クレアの連載の自腹下見旅行である。ええと一泊で8軒行ったかな。牛タンの店2軒、冷やし中華発祥の店1軒、塩釜の鮨屋1軒、塩釜の割烹1軒、ずんだ餅1軒、カフェ1軒、バー1軒。あ、あと「はらこめし」の駅弁も食べた。あまり体調がよくないわりにはまぁまぁ回ったな。
仙台の夜、メシにつきあってくれたのは宮崎在住の海森堂。
たまたまボクが仙台に行く前日に「いま出張で東京に来ていますー。明日は仙台ですー」と携帯にメールをもらい、「あら、ボクも明日仙台に行こうと思っていたところ。一緒に夜飯する?」と話が急にまとまったのであった。彼とは5年以上前からメールを頻繁にやりとりしていたが、一緒にご飯食べるのは初めて。宮崎と東京のメール友達が、まさか仙台の、それも塩釜の山の上の小さな割烹「千松しま」で一緒に飲んでいるとは、なんだかとっても不思議な感じ。変な縁だねぇ。
ちなみに、まだあと最低一回(二泊くらい)は仙台に行く予定。
仙台に詳しい方々、もしおいしい店の情報をご存じでしたらお教えいただけると幸いです。甘えついでにお願いすると、次の次は高知にしようと思っているのだけど、高知、詳しくないんです。どなたかヘルプ!
大阪の夜
2008年04月11日(金) 8:15:58
大阪にいる。
といっても、昨日の夕方ついて、講演をひとつして、飲んで、寝て、いまから東京へ帰る。せめて夙川の桜を見に行きたかったな。でももう帰らなければ。
講演を2時間して、解放されたのが21時過ぎ。
「ヘレカツサンド専門店 梵」。「Bar Tazmi」。「Pile Driver」。「うどん処 大和屋」。「ワインバー サンテ」。昨晩行った店。意外と行ったな(笑)。3軒目からはずっとひとりで逍遙。「なんか蕎麦かうどんが食べたいなぁ」と北新地を歩いていて偶然入った「うどん処 大和屋」のカレーうどんが妙にうまかった。ここ知らなかった。麺が弱いけど深夜にはちょうどいい。また来よう。
最後は「ワインバー サンテ」の森さんとこに久しぶりに。
すごく喜んでくれてちょっと感激。そういえば2年ぶり以上かな。相変わらずとてもいい店だ。ふたりでいろんな話をして深夜3時ころ堂島ホテルへ帰りつく。講演主催者がとってくれたホテルだが、ベッドからガラス張りのお風呂が見えるちょっとエッチーな部屋。むぅぅと唸って即寝。
博多で一泊
2008年03月16日(日) 21:54:16
雑誌「CREA Traveller」の連載の下見でちょうど1ヶ月前に福岡に3泊してきたのはここでも書いた。
この連載、ボクがひとりで下見に行き「2泊3日うまうま旅」用に店をセレクトし、編集部からその店に電話して掲載許可をお願いし、それからカメラマンが撮影に行くという段取りを踏む。ボクは下見と原稿書きのみ。で、困るのは下見してセレクトしてから掲載を断られるパターン。いままでも再度下見に行ったことがある。特に、一押しと思っている店から掲載を断られると本当にガックリくる。でもまぁその店の方針だからなぁ。
んでもって今回も出てしまったのだ。
福岡でボクが一押しにしようと思っていた鮨屋に編集部が掲載をお願いしたところ「メディアには出ないことにしている」とのお返事。ガビーン(死語)。じゃあ下見した別の店にして「2泊3日のうまうま旅」を構成できるかというと、それはそれでスカスカ感がある。うーむ…。
ということで、この土日は急遽1泊で福岡へ。
前回お世話になった方々にもご連絡せず(土日のお休みだし)、土曜の昼・夜、日曜の昼、と3食分さっと食べて帰ってきた。もちろんハシゴはしたけど。
この二度目の下見でいい店が見つからないともうどうしようもないのだが、今回の1泊旅はなかなか充実。新たに3店、掲載したくなるような店を見つけ、満足して先ほど帰宅。あぁ良かった。疲れがたまっていた時期でもあり、さすがにカラダを心配していたが、クレイジー・ケン・バンドのライブで発散したのがわりと良かったのか、なんとか倒れずに帰ってきた。
この連載、楽しいけど相当きつい(笑)
旅は楽しいし、新しい味、新しい店に出会うのは毎回ワクワクする。でもちょっと胃袋に負担かけすぎ。ある程度の分量たまったら単行本にする予定なので、それでこのきつさも終了だな。もう半年ちょいの辛抱。
『ちりとてちん』収録セット公開
2008年03月08日(土) 10:36:24
昨晩は大阪。
新幹線で夜に着いて、NHK大阪に用事があって行ったのだが、そしたら奥さん、一階で「期間限定『ちりとてちん』収録セット一般公開」というイベントをやっているではないですか! 草若の家が離れを含めてまるごと、そして居酒屋「寝床」も公開されている! いきなりミーハー素人になって写真を撮りまくる。今週まで(正確に言うと日曜まで)のイベントのようだ。いやラッキー。草若の家の設計図もあったのでじっと楽しむ。なるほどなるほど。
社屋に入って局のアナウンサー(男性)とちょっと打ち合わせた後、南森町の「みやび亭」で一緒にご飯。3500円のコースのあまりのリーズナブルさに大阪の競争の激しさを知る。この値段なのにとてもうまいしちゃんとしている。しかし夜でこの値段でよくやっていけるなぁ。
彼らと別れてちょっとだけのつもりで北新地のいつものバーを覗いたらおるおるおる(笑)
でも時間も遅めだったのでそこでは軽く。先輩方と別れたあと「ついてきます!」という若い後輩を連れてその後2軒。いやぁ週末とはいえ、北新地、異様な人出。午前2時なのにラッシュアワーのようだった。景気が戻ってきているのかも。
しかし大阪は寒いな。東京より寒い。風邪ひく寸前な感じ。3月は昼も夜も忙しいので気をつけよう。
博多最終日
2008年02月17日(日) 10:04:10
昨日は午前中にお土産用の明太子を買いに博多の小笹(地名)へ。ここで知る人ぞ知る手作り&無添加&少量生産&おいしい明太子が売られていると聞き、タクシーを飛ばした。東京へ帰ってすぐ食べたら異様においしかった。店名などはまたご紹介するけど、ほとんどどこにも売ってないので手に入れるのが大変かもしれない。
博多での最後の昼ご飯は、麺を3軒。
まずは「かろのうろん」(博多うどん)。古い博多弁だと「ど」が「ろ」になるようで、要するに「かどのうどん」ですね。角っこにある小さな店。おいしかった。博多うどんにしては細麺でコシがある。前日に食べた「みやけ」のぶよぶよな麺とはずいぶん違う。「みやけ」の方が昔ながらの麺なのかも、と思いつつ、こっちの方がうまいなぁ。
2軒目はJR博多駅デイトス内にある「大明担々麺」。知り合いに強く勧められた。これ、中国や台湾の屋台で食べたら「絶品!」と叫ぶと思う。でもファストフード的なこの雰囲気で食べるとまぁまぁ的。うまいんだけど損してる。惜しい感じ。
3軒目は、前の晩に後輩に「博多に『ちんめん』という麺があるのを知ってますか?」と聞かれて「まったく知らん」と答えたら勧められた店。赤坂の「黒田屋」。基本的に博多ちゃんぽん(手打ちちゃんぽん麺)を出す店なのだが、たしかに「ちんめん」というメニューがある。こりゃ麺好きとしては体験しに行かねば!
席に座って「すいません、ちんめんって何ですか?」とおばちゃんに聞いたら「さぁ?」と言われ鼻白む。なんやねん。そしてら奥からおねえさんが出てきて「醤油ラーメンです」とキッパリ。は? 「ええと、醤油ラーメンなだけ?」「そうです」「ええと、じゃ、なぜ『ちんめん』と?」「さぁ? 『ちんめん』は『ちんめん』です」と。
じゃぁ醤油ラーメンと呼ばんかい!と思いつつ、ネットで調べると、どうやら「ちゃんぽん」と「ラーメン」の間に位置する食べもののようだ。『ちゃんめん』から来ているのかな。
来たものを見てみると、具はラーメン系。麺もラーメン系。スープは醤油ラーメンというよりは鶏ガラ系のちゃんぽん風かな。マイルドでやわらかい。「あま太郎」という店が元祖らしいが、んー、二日酔いに効くラーメンって印象だった。
ということで、夕方便で博多から東京へ。
博多は全体に味が濃く、塩も強い印象だったなぁ。そういえばヒトも濃い(笑)。そういうお土地柄なのだろう。
安価なわりに素材の良さは圧倒的。食の底辺レベルも相当高い。つまりまずいものがない。でもダントツな美味とかも少ないかも。今回は高額店や屋台をはずしたが、全体の傾向は掴めたと思う。なんとなくだけど、味的にボクの中では「札幌を濃くした印象」。なんか通底するものを感じたなぁ。もう少し日数が経たないと咀嚼&俯瞰ができないんだけれども。
博多三日目
2008年02月16日(土) 8:36:49
まったく毎週毎週、朝からこんなに泣かせて何するつもりやねん!とボヤきたくもなる「ちりとてちん」。いままでも泣かせる朝ドラあったけど、毎週泣かせるドラマは初めてだ。というか朝から掟破りすぎ。一日が涙で始まる。ま、今日は旅先のひとり部屋だったので心置きなく泣けて気持ちよかったけど。
それはさておき、博多三日目。
朝ご飯は胃を休めるために抜き、昼から活動開始。「みやけ」(博多うどん)、「よし田」(鯛茶)と食べた後、伝説のライブハウス「照和」へ。というか、こんな明るい時間から「照和」ってやっていたのね。
この場所からチューリップ、井上陽水、甲斐バンド、海援隊、シーナ&ザ・ロケッツ、長渕剛なんかが巣立ったんだなぁと感慨に浸りながら照和ブレンドという珈琲。ま、普通の喫茶店なんだけど、聖地は聖地。ミーハー心を満足させる。
その後「一風堂大名本店」でラーメン。本店でしか食べられない「本店あわせ味」を食べた後、博多のいろんなとこを散策し、いったんホテルへ。
夜は「ちんや」で博多風すきやき。魚が続いたので肉も良いな。口をすすぎにバー「HEARTS FIELD」へ。とてもよいバーで、モルトを思わず二杯三杯。
最後は「てつ鍋」という鉄鍋餃子の店に移って、会社の関連会社の後輩たちに会う。「明日の広告」を読んでメールをくれたりしているので、その話とか。地方でがんばっている広告マンは無条件に応援したくなる。
というか、古い成功体験がカラダのどこかに染みついているボクらの世代は、こういう風に新しいことにトライしようと試行錯誤している若者たちの邪魔をせず、しっかり口をつぐむ訓練をしないといけないな、と、改めて思った。温かい目で見たサジェスチョンならもちろんいいが、「そりゃダメだ」と全否定的かつ上から目線の口出しをしがちなのが先輩風を吹かせたいこの世代以上。でもその成功体験は(消費者が変化した今)もう古いのだ。口出ししない。のびのびやらせる。ちゃんと自己鍛練が必要な行為ではある。
博多二日目
2008年02月15日(金) 8:02:58
博多にくわしい方々からの「私にも紹介させろ」メール攻め、ちょっと感激しました。ありがとうございます。こんなにいただくとは思いませんでした。博多在住の方々からも多数。うれしいです。
どの推薦もおいしそすぎるのだけど、複数の方からのだぶった推薦を優先して予定に加えました。昨日と今日で少々行って見ます。たくさんは行けないけど。
昨日は早朝に市場会館の「おきよ」(食堂)と「元祖長浜屋ラーメン」(ラーメン)。
元祖長浜屋ラーメン(地元の人はガンナガと略すらしい)は以前にも行ったのだけど24時間営業なので朝ご飯の推薦にいいかとおもって再訪。ま、聖地みたいなものなので。「おきよ」は定食が普通にうまい。
昼も二軒。「たつみ寿司」と「吉冨寿し」。
特に「吉冨寿し」は素晴らしかった。二軒目だったのでいい加減お腹一杯だったが、おいしくてするする入る。博多の名店。また来たい。
夜はまず「珈琲美美」で胃を起こし(芸術的な珈琲)、博多在住の方々と待ち合わせて水炊きの「芝」へ。「水晶鍋」「水月」「新三浦」なども行ったことがあるが、この店は窓からの景色が素晴らしい。那珂川に映るネオン&昭和の古い民家&あっさり味。
その後「ろくしき」(居酒屋)に行って「オスカー」(バー)で飲んで〆。
博多って素材は抜群だけど、全体的にちょっと味が濃い印象かな。でも名店をいくつか知れて満足満足。
4軒のハシゴ食べ @博多
2008年02月14日(木) 8:39:26
有給休暇とって、博多に来ている。
雑誌「CREA Traveller」に連載中の「二泊三日うまうま旅」の下見である。
この連載、その都市に二泊三日で行くとしたら昼夜朝昼夜朝昼の7チャンス、どこで何を食べるのがベストか、というのを書いていくもので、博多で10都市目。周到に下調べをし、地元の信頼できる人に聞きまくり、こうして自腹で食べに来て、その中から「その都市にくわしくない旅人にとって、二泊三日ベストな7店はどこか」をボクの視点でオススメするものである。女性誌なので女性を意識しつつ。で、ボクが下見してチョイスして原稿を書き上げたあとに編集部が撮影に来る、という段取りを踏む。
つうことで「下見食べ」は下調べで絞った店を次々食べていくのがミッションとなる。
昨晩福岡に入ったボクは、チェックインもそこそこに「柳町一刻堂」(居酒屋)、「池田屋」(炊き餃子)、「久米」(居酒屋)、「Bar倉吉」(バー)と4軒ひとりでハシゴ。それぞれおいしく、いろいろ取ってしまったので少々食べ疲れ&酔った。さすがに最近ハシゴがきつくなってきたな。ボクの胃袋も歳をとるということか。
この連載が終わったらハシゴ食べはそろそろ打ち止めにしようと思っているが、この連載に関してはとても楽しんでいる。だって日本の各都市のうまいもんを知り歩くにはとてもいい機会だし。この連載を始めて知ったおいしいもんがいっぱいあるし。
博多は今年一番の寒さだと言う。
さて、週末にかけてもう少し食べ歩こう。今日はおいしい鮨とおいしい水炊きなどなど。
アグー豚 @我那覇畜産(名護)
2008年01月14日(月) 15:04:03
昨日、ボクたちプロジェクト・メンバー一行は名護の「我那覇畜産」を訪れた。
ボクはここが生産している「やんばる島豚」が豚肉の中で一番おいしいと思っている。送ってもらって家でしゃぶしゃぶで食べた時に衝撃を受けたのだ。バークシャー種とデュロック種をかけ合わせたものにアグーをかけて出来た「やんばる島豚」。肉の香りが実に素晴らしい。
ボクは5年ほど前、アグー(琉球在来黒豚)を細かく取材したことがある。
その当時、純血のアグーは沖縄本島にたった36頭しかいなかった。戦争で激減し、その後はアメリカからランドレース種などの繁殖能力が高い(つまり多産な)白豚が入ってきて、純血はほとんど絶滅したのである。アグーとランドレース種などとかけ合わせたハーフやクォーターは多いが、純血は北部農林高校や試験場などに36頭しかいなかった。
アグーは生殖能力が低く、なかなか増えないこともあって、昨日「我那覇畜産」で聞いたら、2007年現在でも、純血はまだ79頭しかいないそうである。
いまでは東京でも「アグー豚」を出すレストランが多いが、まぁウソとまでは言わないが、多少表記に誇張がある。純血はあり得ないのだ。ハーフかクォーター、良心的な店でも75%とかのものを出しているかも程度だろう(現在はランドレース種とのハーフである「沖縄あぐー」というブランド豚も出荷されているので、それを出してアグーを名乗っている場合もあるかもしれない)。
ボクは定期的につぶす純血のアグーをたまたま食べたことがあるが、肉の香りが尋常ではない。脂が多いのにあっさりしていて、もたれず、旨みも強いのだ。とても魅力的な黒豚だ。増やすのが難しい品種だが、志高くアグーを増やそうとしている畜産農家がいくつかある。そのうちのひとつが「我那覇畜産」なのである。
訪れてまずびっくりしたのは、その文化度の高さ。
入り口から前庭まで花が咲き乱れ、蝶が舞う。たぶん奥さんがやるのだろう、実に丁寧に手入れがされている。しかも清潔。その美しい敷地内(建物内じゃなくて敷地内)に入るためには靴を消毒しないといけないという徹底ぶり。畜産農家とかいくつも訪ねたことがあるが、これだけ意識というか文化度が高い農家は初めてである。たいていは効率重視で味気ない外観のところが多いからだ。
前庭の美しい芝生の上でアグー豚に会わせてもらい、仔豚と戯れさせてもらったりした後(写真1、2)、お話をいろいろ伺ったが、オーナーの我那覇明さんの「安心安全、しかもおいしい」ことへの情熱がまたすごかった。特に安心安全に対する意識の高さがすごい。そこまで清潔に管理しますか!という感じ。放牧なども考えたそうだが、鳥などによってもたらされるウィルスを考えるととてもじゃないが無理、ということで、そのかわり徹底的に豚に居心地がいいように屋内施設を作ったそうだ。お話は日本の食や健康への危機感にまでおよび、尽きない。
純血アグーも少しずつ増やし、ここには17,8頭いるようだ。かけ合わせの研究を重ねた結果「やんばる島豚」ブランドを作り出し、自信を持って販売しているようである。他にランドレース種とデュロック種をかけ合わせた「流美豚(リュウビトン←ルイビトンの洒落らしい:笑)」や75%のアグー「島黒」も売っている。
高い志と実行力。ちょっと感動した。「佐藤家は今後ここの豚しか食べません!」と、その場で宣誓しようかと思ったくらいである。しかも本当に豚好きらしく、事務所には豚キャラのコレクションがたくさん。奥さんが豚を使った昼ご飯を振る舞ってくれたが、これがまたうまかった!
もうすっかりファンになって、夕方に我那覇畜産を後にした。
ちなみに、我那覇畜産がある名護の大川辺りは実に美しい。「この辺に別荘を買おう!」とみんなで盛り上がりつつ、クルマで那覇へ帰った。あぁ楽しかった。
25℃! @那覇
2008年01月13日(日) 10:19:23
沖縄の那覇に来ている。
25℃ですよ、25℃。モリのいる札幌とは気温差30℃! 日本ってすごいなぁ。こんなに小さい国なのにこんなに気温差がある。昼に着いた途端じわっと汗ばむ。暑っ。上着を次々脱いでTシャツ一枚に。
まずは首里に出て「てぃしらじそば」へ。
脱サラして沖縄そば屋を始めた、という店で前から行きたいと思っていた。カフェみたいな作りだけど、どこか温かい手作り感がある居心地よい空間で、そばもとても丁寧で心温まるもの。最近若手を中心に増えてきた「昔ながらの手作り沖縄そば」系。超薄味のスープで「淡すい」のそれよりもあっさり。でも食べ終わる頃には後ろ髪引かれる味になる。麺は少し茶色っぽく、縮れが強いもの。おいしい。全体にとてもいい沖縄そばだが、敢えて言えば麺にもう少しコシがあった方がいいかな。茹で時間の問題だろうか。でもまた定期的に来てみたい店。あ、ジューシー(炊込みご飯)もとってもうまかった。沖縄そば500円。ジューシー100円。コーヒーはセルフで飲み放題。よくやっていけるなぁ。
次に公設市場に出て、銀座のあるバーで勧められた「田舎」という店でソーキそば350円。安っ。しかも超ディープ。観光客はびびって入ってこれないだろう。地元の人が昼ご飯に群がるような店(安いしね)。でもそのバーの人が帰省の度に寄るというだけあってなかなかおいしい。ここは「昔ながらの手作り沖縄そば」系ではなく、言うなれば「昔ながらの生活そば」系。なんだかとても気に入った。公設市場周りっていい店なかったんだけど、これからはここにしよう。
ホテルにチェックインして、ラグビー大学選手権決勝の早慶戦中継を見る。早稲田ラグビーのファンなので、早稲田が勝ってうれしい。でも早慶戦っていつもラフプレイがなく、実にフェアでいい。気持ちのいいゲームだった。
ボクがホテルの部屋にいた間にスコールがあったらしいけど、ホテルを出る頃には雨も上がって(晴れ男!)、夕方から外出。辻にある「カフェ沖縄式」で作家の駒沢敏器さんと待ち合わせ、彼中心で一緒にやっている「ある沖縄プロジェクト」の打ち合わせ。今回の沖縄行きの目的でもある。とはいえ本業と違うから自腹の沖縄行きだけど。
その後一緒に「琉球料理乃山本彩香」へ。
久しぶりの彩香さんの料理である。おととしの閉店危機以降、営業方針を変えてからは初めての訪問。高齢でカラダが持たないという彩香さんは規模を最小限に縮小し、ほとんど「琉球料理の伝統と心を後世に伝える」という情熱だけで営業している。料理の質はまったく変わらなく非常においしいが、サービスや営業日数、価格などはずいぶん変わった。もうほとんど趣味の世界である。それでも彼女が霧の日の灯台のようにそこに立ち続けてくれているだけで,琉球料理の伝統と心が守られる。その価値を味わう店である。彩香さんともいろいろお話しでき、良かった。
食後、駒沢さんとふたりで牧志2丁目の隠れ家バー「living」へ。
以前「Slow Jam」にいたジミーが店主で、異様に凝っていてオシャレ。ふーん、と感心しながら飲む。最後には大盛り上がりに盛り上がり、「どっか飲みに行こ」と店主に散々誘われたが、意志強く帰る。つかもう2時過ぎてるし。
着物の効用
2007年12月17日(月) 7:59:46
当たり前のようだけど、金沢は「今現在の季節」で溢れていた。
なんというか、「今の季節」が溢れているのではなくて、「昔からある今」がちゃんと機能しているような印象。この12月中旬はこういう作業をして、こういう木々を愛で、こういうものを食べるもんだ、みたいな皮膚感覚がしっかり伝承されている感じである。
東京にはとっくにそれがない。
いや、昔から住んでいる江戸っ子にはあるのかもしれないが、外から来た人の集合体であるトーキョーにはそれはとっくにない。季節にふさわしい作業もなく、着ている服にも飾り付けにも店先にも、季節感がほとんどない(あるとすれば外来文化であるクリスマス感くらいか)。食べ物の「旬」においては、特にまったく崩れ落ちている。
今年の夏は、ある鮨屋で「今日はいいヒラメが入ってます」とか言われてびっくりした(ヒラメは冬にお願いします)。先週は銀座の割烹で「早堀りのタケノコがあります」とニコニコされて戸惑った(タケノコは春にお願いします)。四国の方で12月に早掘りタケノコの収穫があるとは聞いたことはあるが、見るのは初めて。体が冷える時期に食べたいとは思わないな。せめて年が明けてからにしてほしい。ハウス物が一年中出回る今の状況はそれなりにシアワセだとは思うが、天然物で旬が感じられないのは少々困る。
金沢って、なんとなく「そういうことをするもんじゃない!」とちゃんと叱ってくれそうな雰囲気が漂っている。
居酒屋行っても、鮨屋行っても、料亭行っても、どこ行っても「昔からある今」に忠実に季節感を味わわせてくれた。この季節のこの時期にはこういうことをするもんだ、と、年長が若者にきちんと伝えている気がする。こういう口伝こそ「文化」そのものだ。
これはたぶん「着物を着ている人が多い」ということが大きいと思う。
着物率で言うと京都よりも金沢の方が高いと思うくらい着物の人が多い街。着物はその柄自体、季節感を大事にするし、自然と茶道や和菓子に親しむようになる。接待や贈り物でも「常識」として季節感に気を遣うようになる。古くからある文化が「常識」になると、老人の経験に耳を傾けて教えを請うようになるし、自分の子供が恥をかかないように教え込むようになる。
こういう「いい循環」がきちんと機能している街。つまりは文化的である街。それが金沢だった。それはたぶん着物率に比例すると思うのだけど、日本ではもうほとんど絶滅寸前だ。着物率が高い街、他にも行ってみたいな。きっと季節が美味しく食べられるだろう(結局それかよ)。
タレルの部屋
2007年12月16日(日) 9:32:26
金沢から帰還。
最終日は嵐のような天候で、途中初雪まで舞ったのだけど、金沢21世紀美術館の「タレルの部屋」にいた数十分だけ青空になった。晴れ男でよかった(笑)
四角く切り取られた青い空を雲が流れる。思わずボーッと数十分。発見と異化と伝達について考える。この三つにおいては異化の分野が自分がまだ踏み込んでいない(というか不得意な)ところだなぁ、とか。客もめったに入ってこず、ジェームズ・タレルほぼ独り占め。贅沢だ。
特別展示は粟津潔。アレ?聞いたことあるな、と思ったが、展示を見ているうちにいろいろ思い出す。彼のポスター展を以前に見たことがあった。でもポスター以外の作品は初めて。阿部定の映像作品なども見入る。面白すぎ。現代にあっても新しい。なんだかとても共感し、ショップで本など買ってしまう。展示を見終わった後もロビーの椅子でその本をずっと読んでいた。
というか、この美術館、飽きないな。これを見るためだけに金沢を訪れる人がいるのがよくわかる。空いているであろう、オフシーズンの平日の午前中とかにもう一度来てみよう。
メシ系は、朝早くにニューグランドの「ロワ」まで出かけていい景色とともにモーニング。その後「近江町食堂」を経て「壽屋」。「不室屋」は(さすがに腹一杯で)諦めて、前回買って非常に気に入った東山の「天野茶店」で加賀棒茶をおみやげに買い、金沢21世紀美術館でゆっくりして、夜にエムザ裏の「祥鮨」。19時発の空港行きバスギリギリまで食べてバスに飛び乗り(ギリギリだった)、最終便で羽田に到着、という段取りだった。
「祥鮨」には17時から2時間ひとりきり。東京の仕事仲間の強力推薦だったが、握りはともかく刺身がうまいうまい。かさご、ひらめ、車だい。忘れられず。お母さんが焼いてくれるエビ入り玉子焼きもなんともいえず良い感じ。ご主人との話も盛り上がり、最後の夜のいい〆になった。
鮨 みつ川 @金沢
2007年12月15日(土) 7:28:39
昨日は「雨の金沢」という題にしたが、「金沢の雨」という川中美幸の曲がヒット中らしい(笑
ということで、引き続き金沢。
昨晩は「鮨 みつ川」にて鮨。「小松弥助」系の独特の鮨が多い金沢にあって(昨日の「鮨 志の助」も「弥助」系)、堂々と江戸前系。しかもお江戸にあったとしても上位なレベルの鮨であった。「弥助」系の柔らかく優しい鮨もおいしいと思うが、握りだけをとるとこちらの方がボクは口に合うかも。でも逆に言うと東京でも「みつ川」タイプは食べられる。「弥助」系は金沢でないと食べられない。旅人にどちらを勧めるかはわりと難しい問題。
食後は前回も来た「広坂ハイボール」でゆるりと。
犀川大橋のあたりから片町周辺〜広坂と歩き、なるほどなるほどとどんどん頭の中で金沢地図が出来上がっていく。もうひとりでも香林坊、柿木畠、片町、広坂あたりは歩けるなぁ。この「頭の中で金沢地図が出来上がっていく」過程が旅で一番面白い。出来上がりきっちゃうと、発見の喜びが少し減る。
今日は食べまくりは少し緩めて、21世紀美術館に行こうと思う。今日の夜に飛行機で東京帰還予定。
それにしても今回はわりと散財した。東京に帰ったら締めなくちゃ。
雨の金沢
2007年12月14日(金) 18:25:50
雨の金沢に来ている。
晴れ男は発揮できなかったけど、金沢は雨がとても似合うので満足。いやぁ美しい。
こちら在住の楽しい方々にお付き合いいただき、昨日は「鮨 志の助」、甘味処「つぼみ」、少し部屋で休んでから、バー「ゴールドスター」、寄せ鍋「太郎」、ワインバー「照葉」、蕎麦「更科藤井」、うどん「奢」とハシゴにつぐハシゴ。気がついたら午前3時近く。いやぁ遊んだ遊んだ。しかも腹一杯。つきあってくださった方々どうもありがとう。ホント楽しかった。
今日は今日とて朝から近江町市場周辺を探索し、コーヒー「東出珈琲店」、鮨「山さん寿司本店」、コーヒー「泰山木」、料亭「杉の井」と渡り歩いたところ。そして今から夜ご飯。今日は軽めに済まそうと今現在は決意しているが…。
金沢は味もよいが、なによりも人が異様によい。そこが魅力だ。あと内装などのセンスも日本トップクラスの店が多い。だからとにかくくつろげる。「つぼみ」「ゴールドスター」「泰山木」あたりの雰囲気の良さは格別だったなぁ。こんな店、東京にも欲しいなぁ。
金沢に住みたいという人が多い意味が肌感覚で理解できてきた昨今。
金沢中心部の土地勘も次第にでき、金沢ファンになってしまっている自分に気付く。そう持っていってくれたHさんに大感謝。
では、夜メシ逍遥の旅に行ってこよう。
地方に友人が増えていっている
2007年10月30日(火) 6:08:39
月曜朝に東京帰還。
大阪・京都・金沢でおつきあいいただいた方々、本当にありがとうございました。
当日書いた人以外にも、いっつもNYで会う現地の人がたまたま京都に帰省していてホテルのラウンジでお茶飲んだり、神戸に住んでる人がわざわざ会いに来てくれて一緒に祇園のお茶屋さん行ったり、お店で出たおいしい加賀野菜を作っている農家の娘さんがたまたまサイトの読者で会いに来てくれて深夜まで遊んだり、いろんな出会いがあったのでした。なんか行く町行く町で友人が増えていっている。面白い流れ。
で、会社のある方に京都金沢の土産話をしているうちに、結局どこの料亭が一番旨いかという話になり(その人そういう場所によく行っている人)、「よし、今度連れて行ってやろう」という流れに。ありがたやありがたや。本当にいい料亭は先輩に連れて行ってもらうのが一番だ。でも京都は遠いからなぁ。お互いのスケジュール調整を考えると、実現性は10%くらいかも。
夜、家に帰り、原稿の旅先で書いた部分を読み直したが、やっぱどこかで浮かれているせいか、なんだかアカン。
ひとつふたつ新鮮な切り口があったのでまぁいいんだけど、もうちょっと旅先でも落ち着いた文章を書けるようになりたいな。いつも間に旅が入るとダメになるワタクシ。5月にNYに行って以来「おもしろ本」とかの更新も止まっている。なんか旅に出ると習慣が変わっちゃうんだな…。いっつも旅しながら書いている椎名誠さんとかどうやってテンション維持しているのだろう。ってレベルが違いすぎる話だけど。
住むにはちょうどいい規模の町
2007年10月29日(月) 6:53:55
昨日も金沢。
午前中は原稿書いて、昼は有名な割烹でお昼のミニコース。非常に洗練されていて京都っぽい味。繋がってるな。加賀野菜がやっぱおいしい。前日もいろいろ食べたが、加賀野菜、うまい。少し買って帰ろうか。
食後、金沢を案内してくれた方と主計町や東茶屋街をちょっと散歩。美しい街だ。というか、金沢って絵になる場所がいっぱいあり、そこに普通に生活が溶け込んでおり、なんだかうらやましい都市。みんな表情が明るいし、古いものを大切にしているし、オシャレさんも多いし、なにより美人が多い。いい町だ。住んでる人は金沢の外にあまり出たがらないという。わかる。
新竪町の「ギャルリ ノワイヨ」でお茶した後、ホテルに帰って原稿書き。ある章がどうしてもうまくまとまらずイライラ。
夜はさっきのノワイヨの方も含めて3人で「割烹大関」。
かにめん(蟹の身のおでん)や加賀治部煮やのど黒なんかを堪能。100歳近いおじいさんを筆頭に孫ふたりまで従業員がすべて家族(&親戚)という店の雰囲気があったかい。その後スパニッシュの「アロス」。「タラのピルピル」がうまかった。つか、洋食系は5日ぶりか? 毎食和食で飽きていたのでうれしいな。
一緒に行った方たちの知り合いが次々と「アロス」に現れる。
町中どこ行っても知り合いに会う、みたいな狭さが金沢にはあるらしい。狭すぎないし広すぎない。住むにはちょうどいい規模の町なんだな。逆に閉塞感もあるかもしれないけど、ここに住むと外に出たくなくなる感じはよくわかる。
おとといも含めて、金沢現地の方と数人お知り合いになれた。また来るのでその時はよろしくお願いします。
というか、2日間も案内してくれたHさん(元々メル友)、どうもありがとう。
微笑みの鮨屋
2007年10月28日(日) 10:18:32
なぜか金沢にいる。
原稿がそこそこ進んだので、クレア連載の下見をしにきた。京都から近いし。
とはいえ、食べていないときはすべて原稿。観光も全くなし。テンパってることには変わりなし。
昼は「小松弥助」。
この店、金沢では有名なのだが、握りがどうのと言う前に、とにかく客席みんなが微笑んじゃうところがすごい店だ。ご主人はもう相当なお歳なのだが、常に微笑んで握っている。あいそがいい鮨屋のご主人はいるが、常に微笑んでるご主人ははじめて。客への語りかけも「よかったねぇ」「ありがとねぇ」「おいしいやろぉ」とニッコニコ。しかも超自然体。これが客に伝染しないわけもなく、カウンターは笑顔で埋まり、知らない客同士が会話し出す。すごいなぁ。久しぶりにここまでのポジティブ・パワーを見た。握りは丸っこい独特形で随所に工夫が活かされたもの。ヅケがうまかった。
夜は「いたる」「広坂ハイボール」「玉響」「粉」とハシゴ。
どれもとてもいい店だった。「いたる」の大将、美男子。「広坂ハイボール」の元気という名前のご主人も本当にいい感じ。「玉響(たまゆら)」は女将をはじめすげー美人揃い。性格も美人。「粉」はいかにもうまそうなものを作りそうなご主人。「小松弥助」のニコニコ大将を含め、金沢はとにかく人がみんな素晴らしい印象。つか、みんな微笑んでる。ここはタイ王国か。
関係ないけど、帰りのタクシーで運転手さんが「○○でえー、○○だからあー」と語尾を延ばすのを聞いて、あ、「ちりとてちん」のセリフと一緒!とか感動したり。
割烹の入り口
2007年10月27日(土) 7:40:21
京都の割烹は50歳になるまで取っておこうと思っていた。
場慣れや舌の訓練なんかはそこそこ来てるかなぁとは思うのだが、ああいう店は自分の格みたいなものが伴わないと店の雰囲気も壊すし、自分も居心地悪い。なにより若くしてそういう場所に出入りすると50、60になったときの楽しみがなくなる(笑)
で、昨日、2軒半(最後の「半」は食後に一品&飲みに伺ったから)、ひとりで有名割烹に行って、その思いを新たにした。
場慣れは大丈夫。居心地も悪くない。店側も一人前に扱ってくれる。というか料理人よりボクの方が年上だったりする。でも、もう少しだけ自分の年輪が足りない。あぁまだ数年早いな、と。ま、禁を破って周り始めてしまったので、これからも年数軒ずつ行く可能性はあるが、もうちょい早い(特にひとりでは)。
昼は端正で真面目な割烹。夜は若くて派手で驚きのある割烹。まったく違うタイプ。両方いい店だけど、どちらかというと夜の店の方が好きだったかな。
で、夜にハシゴして、ある方と古い割烹で待ち合わせて1時間だけ食べたのだが、この年季の入った板前さんは、ボクがその「若くて派手で驚きのある割烹」に行ったと言ったら「あぁ、彼はまだ若いなぁ。学芸会みたいな料理を作る。派手やけどお酒が進まへんな。その辺もう少し年がいくとわかるんやろうけどなぁ」と優しい口調で。なるほどな。ボクもまだいまはそっちの方が楽しいようだ。ようやっと割烹の入り口いうことやね。
松茸めがね
2007年10月26日(金) 8:26:44
泊まりはグランドホテルやったんやけど(こっちに来るとすぐにエセ大阪弁に戻る)、グランドホテルって50年の歴史に幕を閉じるらしい。お化けがでるという噂もあったけど、いいホテルやったんやけどな。最後に泊まれて良かった。
ちらりと支社に表敬訪問してから京都へ。
昨日から2日間、お休みをいただいてクレア連載のための下見&食べである。でもいつものような無理はしない。締め切り近いし体調崩したくない。基本、節制。
昼はひとり祇園「竹きし」。ここはなかなか良い。釜飯なのだが、祇園にありながら敷居も高くなく程が良い。季節の釜飯を「栗とホタテ」にするか「松茸」にするか迷った末「栗とホタテ」に。しみじみする。
食後、まだ少しお腹の余裕があったので新京極まで歩いて「乙羽」の冬期限定名物「むしすし」。器ごと蒸すせいか器を持てず、食べるのに苦労する。あちち。
ホテルに帰って原稿書き。ほぼ240ページざっとは書き終わったが、ここからが大変。見直していくといろんな瑕疵が見えてきて大幅に書き直す部分とか構成自体の変更とかいろいろ出てくる。今回は食の本でもエッセイでもなく真面目な本なので慎重に慎重に。
夜は、予約が取れない代表のような割烹「祇園さゝ木」へ。
ある方がなんとか抑えた席にボクなんかをご招待してくださった(といっても割り勘だけど)。
基本と創意工夫が交差した独特なるコース。佐々木劇場と言われるのもよくわかる。佐々木さんの目の前に座らせていただいたので創っていく過程がすべて見られ楽しい楽しい。器も凄かったな。料理は、シラザ海老とホタテの上海蟹内子ソース、小カブの銀杏ソース、戻り鰹の握り、笹鰈の焼き物あたりが印象に残っている。あ、それと、丹波松茸とぐじのホイル焼きも。ホイルを開けた途端、めがねが松茸香の蒸気で曇る。あぁ松茸めがね。思わずめがねをとって、曇った部分を嗅いでしまうアホくささ。
〆はサンマご飯と栗ご飯。特にサンマご飯、最高やね。デザートのパンナコッタもよい。
食後「バー・カルバドール」へ。とてもいい隠れ家バーだ。ウンダーベルグを使って創作してくれたカクテルがよろしかった。深酒しないように気をつけて、ホテルに帰って原稿。ある箇所で詰まっている。むぅ。
Live in Dublin
2007年10月25日(木) 9:28:30
なぜか大阪にいる。
昨晩21時くらいに大阪に入って、いつものバーへ。
約1年ぶり。改装していてずいぶん雰囲気が変わってた。というか店の目の前に雰囲気ぶちこわしの立ち食い鮨が新たに出来ていてかわいそう。
バーボンソーダを飲みながらダラダラしゃべくっていたが、途中で見せてくれたブルース・スプリングスティーンのDVD「Live in Dublin」に魂奪われた。呆然とするなぁ。もともとスプリングスティーンのライブって呆然とするけど、これはまた格別。さっそくアマゾンで購入。あぁ早く全部見たい。
最後になにか一曲観て帰る? と聞かれ、ジム・クロウチをリクエスト。あぁやっぱタダモノではない声だなぁ。結局その後3時まで違う店で飲んだのだが、ずぅっと頭の中は「You Don't Mess Around With Jim」。
京都から帰還 アーンド 披露宴
2007年09月29日(土) 22:02:40
娘が試験休みだったので家族で二泊の京都旅行を企てたのだが、急ぎの仕事や原稿が挟まってなかなかしんどい京都行きになってしまった。疲れフルスロットル。そのうえ娘の体調もいまいち優れず。んー…。でもメシ屋はたくさん回った(笑)。「祇園ちんねん」が秀逸だった。
宿にネットが来てなかったので、電話で仕事指示などしつつ凌いでいたのだが、とうとう凌ぎ切れず、今日は朝5時に起きて(ま、いつものことか)早朝の新幹線でひとり東京帰還。一度家に帰って荷物を置き、着替えてオフィスへゴー。ドガガガと打ち合わせてサササと抜けて、13時には恵比寿で披露宴。
ひょんなことから親しくなった会社の後輩(新婦)の披露宴。
披露宴に出るのって実に久しぶり。わりとシンプルでアトホームないい式だった。でも久しぶりだったのでファッションに困り、京都伊勢丹でじたばた店をまわってしまった。昔は紫のボータイとカマーバンドにドレスシャツでへらへら列席していたのだが、年齢的にはもうちょっと落ち着きたいところ。で、いろいろ店を回った後、「ARISTOCRATICO」に絞り、店の人と相談してシンプルな白シャツと銀ネクタイと白麻のポケットチーフを揃えた。いまの流行とかも教えてくれて面白かった。でもわりと散財。
披露宴も無事に終了し、夕方帰宅してから仕事&原稿をしようと思ったが、疲れたカラダに昼酒がきいてダルダルとなり、そのまま夜に。やっとこさ溜まったメールをチェックしたところ。寝よう。
懐かしい場所と人
2007年08月15日(水) 12:54:32
午前中はゆっくりして、午後から義父母と家族とで昼ご飯。鷲林寺を越えて逆瀬川の上流を抜けて「すじかま」へ。8年前までよく利用していた道だが、バイパスが出来ていて驚く。T字路の渋滞がなくなっていた。すばらしい。「すじかま」も久しぶり。すじと釜揚げを名物とするうどん屋さん。とても人気が出ているようで行列だった。うどんは前より良くなっていた。
それにしても、車で十数分走るといきなり緑豊かな田舎の風景になるのが阪神間の魅力だなぁ。東京ならこういう景色に出会うのに1時間以上走らないと無理である。それも住宅密集地の間のぽつりぽつりレベル。阪神間は数百倍豊かである。住環境はやっぱり日本トップだと再確認。都会的でお洒落ないい店もちょこちょこあり、民度も高い。
一度家に帰った後、15時から超久しぶりの岡田先生。
その昔、一発で頭痛を治してくれて以来のボクの「主治医」なのだが、年に数回しか関西に来なくなってからはほとんどご無沙汰していた。というか人気で混んでいてめったに予約が取れないのだ。お盆中なら意外と、と思って電話をしてみたらすんなり取れた。いや〜ご無沙汰しています。
以前は足裏マッサージ中心だったのだが、推掌中心に変わったようだ。「10年前だと珍しかった足裏も最近ではいろんな店が増えたので、もうわざわざ私がやらなくてもいいかなぁと思って」と笑う。そう、もともと全身をくまなく診る方が向いている方である。「佐藤さんめったに来ないし、じゃぁまた来週、とかって出来ないから徹底的に治しておきますね」と念入りに診てもらった。
10年前よりずっとカラダの状態がよい、と、お墨付き。やっぱあの頃の激務よりは多少はマシだもんね。右肘も念入りにしてもらった。だいぶ軽くなった。
揉んで固結を解いてもらいながらいろんな話を。なんだか苦楽園や夙川に住んでいた時の気分まで思い出す。このままあの頃のマンションに帰っていくような気分。この街ではいろんな人との繋がりがしっかり出来ていたな。助けてくれる人もいっぱいいる。みんな「帰ってこい」と言ってくれる。心が揺れる。
夜ご飯は「ビストロ・ボンボン」にて家族3人で。この旅の目的のひとつでもある。
開店当初から14年のおつきあいのこの店も、この19日で閉店を迎える。この寂しさは尋常ではない。優子の初めてのチーズ会もこの店で催した。昼下がりの休憩時間を利用させていただいたのだ。フランスで長く修行し、銀座の店でフレンチ懐石を提唱して流行らせた由良さんの料理は相変わらず素晴らしい。スー・シェフがいないので手が足りてないと思うのだが、相変わらず完璧な火加減。惜しいな、このまま終わってしまうのは…(半年後には御影で小さなカフェをやる、とのことだけど)。
この店は開店直後もよく来たし、震災の直後にも伺った。響子が生まれてからも子連れで何度も伺った。マダムとカエちゃんも家族的サービスももう受けられなくなるのかな。寂しい。
噂では「大天寿司」も移転するという。「ビストロ・ボンボン」もなくなるし「エノテカ」や「瀬田亭」「モリシタ」ももうない。苦楽園もずいぶん変わってしまった。まぁ初めてこの街に住んだころはまだ畑とかが普通にあった状態だったので、ここ15年の繁華を経て、ゆっくり元に戻るだけかもしれないけど。
かじきまぐろ、フォアグラ、鱧、イベリコ豚などの渾身のフルコースをシャトー・ジスクールと共にいただき、「ビストロ・ボンボン」のみなさんとお別れする。
ものすごく腹一杯になったのだが、ボクには二次会が待っていた。
札幌で知りあったNさんと会うために門戸厄神のある店へ。Nさんはボクの悪影響を受けてポルトガルに行ったり、東京のいろんな店に行ったりしている方。その流れで森崎くんとも親しくなっていて、なんだか不思議な縁なのだ。大学生の美人な娘さんとボクを待ってくれていた。
で、実に偶然なのだが、指定された店に行ってみたら、カウンターの中に立っていたのは関西勤務時代に二度ほど飲んだことのあるMさん。門戸厄神の「遊楽」という串揚げ&ワインの店で店長をしていたのであった。「あ、あ、あ、えーと、Mさん!」「そう! お久しぶり!」みたいな会話をして握手。Nさんも偶然を喜んでいる。しかし、なんつうか……これで食べざるを得なくなった(笑) あまりにお腹一杯だったのでお酒だけ飲もうと思ってきたのだが、Mさんが作るのなら少しは食べたいし、食べないのは失礼だ。
ということで、最初は野菜系をほんの少し。だんだん調子が出てきたので肉や餃子やイチジクまで揚げてもらって、最後はご飯に味噌汁までもらってしまった。普通の食事じゃん! フルコースの後にはさすがに食べすぎ。過食が悪いことはわかっているが、ではこういう時間を大事にせずに何の人生かという思いもある。無茶できるうちはある程度仕方がないと腹をくくっている。
結局24時すぎまで飲んだり喰ったり。
アリゴテで乳酸の匂いが素晴らしくきついのを飲んでなかなか面白かったのだけど、造り手の名前を失念した。Mさんに聞いておこう。
神戸も暑い
2007年08月14日(火) 10:54:06
神戸も暑い。でも京都ほどではないかな…。
午前中はゆっくり休み、昼からご飯を食べに家族3人で苦楽園のお好み焼「浅井」。十年ぶりくらい。サーファーみたいな感じだったご主人がいい感じで老けていた。味も変わらず。記憶していたより小振りだったけど。
その後、川の撮影もあって夙川をちょっと歩いたが、あまりの暑さに優子がギブアップ。「京都はこんなもんじゃなかったよねー」と父娘はヘラヘラしてたが、熱射病も怖いので近くのカフェでジェラート。あ、その前に懐かしい器屋さん「大好器(だいすき)」にも寄った。うちにはここで買った食器がいっぱいある。いまは「d」と名前を変えて雑貨も置いている。奥さんと十年ぶりくらいの再会。懐かしい。
苦楽園〜夙川の懐かしポイントを歩き、一度実家に帰って昼寝してから夜メシへ。家族や義父母の許しを得て独りで放浪。
まずは「楽ぜん」。去年に一度来て気に入った芦屋のおでん屋さんだが、サイトを見ているといろいろ進化しているようなのでひとりで再訪。相変わらず雑味が全くないきれいなおでん。というか、おでんだしを使用した割烹といった趣。だしと素材の活かしあいという意味ではまさに和食の粋。感心した。おくら・いんげん・むらさき菜を使った夏野菜のおでん、シャクシャクのもやし、濃厚なひろうす、水茄子の揚げ煮、蓮根つくね、冷たい玉子など、とても結構。最近の売りであるらしいマッシュルームが品切れなのが惜しかったな。〆のプリン(ご主人は元パティシエ)もクリーミーで濃すぎずうまい。人気が出て、この9月1日から近所でプリン専門店も開くようである(店名「とあっせ芦屋」)。
連日の猛暑でカラダが疲れ切っていたので、お酒は控えめに。ビールと白岳仙を一杯だけ。
芦屋川を出て苦楽園に向かい、お決まりの「バーンズ」へ。もう20年間通っているバー。最近8年間は1年1回ペースになってしまったが、阪神間に住んでた当時は週3〜4回はここに溜まってた。
155本目のオールドグランダッド。バーボンは最近飲んでなかったので懐かしい。この味だけはブラインドで瞬間にわかるほどよく飲んだ。ここでもお酒は控えめに。そんな歳になってしまった。
20時からうだうだと24時すぎまで。この店だと時間はあっという間に経つ。
戯れに携帯メールしたら常連さんも来てくれた。口には出さぬがアリガタイ。バテ気味でテンション上がりきらなかったが、まぁこんなに気楽になれる店もない。東京から遠いとはいえ、心底気がおけない店を一軒持っているのは幸せなことである。
京都から神戸へ
2007年08月13日(月) 11:56:25
朝は相変わらず早く目覚めたのだが、意外と娘がグロッキーしていたので、午前中はホテルで休むことに。
11時にチェックアウトして、さっそく昼ご飯を食べに「はふう」へ。最近よく名前を聞くので行ってみたかったのだ。極上和牛サーロインステーキ(ボク)と特選ビフカツ(娘)。舌の上でとろける。ランチとしてはお高いが、これはなかなかお値打ちかも。付け合わせがもう少しだけど満足。早く入ったから座れたけど、帰る頃には大行列だった。
お腹一杯になったので、写真部(娘)の課題である「川」を撮りに祇園新橋のあたりをうろうろ。白川が撮影に向いていると思ったのである。フォトジェニックではあるけどどう撮っても観光写真になっちゃうなぁと思っていたら、川の中に落ちてる携帯電話を見つけ、それを中心に撮っていく。光る水面と水の中の赤い携帯電話。
途中で暑さでボーッとしてきたので、新橋たもとの甘味処「小森」でぜんざい。わらびもちが絶品。昨日の「京きなな」のわらびもちよりまだうまい。しかし場所がいいとはいえ、この店は高い…。
祇園を歩く途中でバッタリと会社の先輩である岡野夫妻に会ったり、ガーゼ手拭い店でいいお土産を見つけたりしつつ、撮影を切り上げて京都駅へ。京都ともお別れ。いつもは名残惜しむ娘だが暑くてそれどころではないようだ。伊勢丹でお土産買って、混んでる新快速で懐かしい芦屋に移動。妻の実家へ。
二日間の猛暑京都でふたりとも体力消耗したらしく、着いてからもわりとグッタリ。
なので、夜も実家でゆっくりさせていただいた。夜10時前、ドラマ「パパとムスメの七日間」を観ながら「ガッキーかわいー」とみんなで言っている最中に優子東京より到着。帰省ラッシュの移動でこれまたグッタリしている。京都でなにしたこれしたと話をして就寝。
おととい観た映画「天然コケッコー」の中で、昼下がりの茶の間のテレビに映ったマラソンがなぜかスローモーションになっている象徴的な場面があったが、そんな感じに時間がゆっくり流れている。明日も神戸にて。
娘と京都
2007年08月12日(日) 7:17:04
朝7時に起床。ねむねむのまま4人で「瓢亭」へ。有名な朝がゆである。
味も大変よろしかったが、なによりも雰囲気が素晴らしい。美しい庭の中の離れの一軒で心静かに。世にも贅沢だ。ザ・ニホン。ただ、8時9時10時と三回転させるせいか非常にせわしい。せめて1時間半くらいゆっくりしたい。
9時には店を出されてしまったので、宿に帰ってチェックアウト。ここでみんなとお別れだ。集まり散じる。でもきっとまたどこかで集まれると信じてる。戦友だし。
さて。
翌日から神戸の妻の実家に滞在するのだが、せっかく京都にいるので、常々「京都に行きたい!」と言っていた響子を呼んで父娘で京都見物することに(妻は東京で仕事があり不参加)。娘にとってはほとんど京都初体験。2〜4歳くらいで何度も来てるんだけど、そりゃ覚えてないわな。
彼女は昼ぐらいに新幹線で着くというので、それまで映画を観て時間をつぶす。「天然コケッコー」。何も起こらないことがこんなに気持ちがいいものか、と感じさせてくれる静かで豊かな映画だった。日本の田舎をちゃんとフィルムに定着させてくれている。こういう淡々とした映画って、今の時代、撮る方も勇気いるかもなー。
映画終了と同時に京都駅にお迎えに走る。娘、到着。「え〜!? 京都って都会じゃん!」と半分失望している。古都という響きから木造建築だらけの街を予想してた模様。ま、これからそういう場所にも行くから待っとき。
古都と雑貨を両立させるために、まずはタクシーで高台寺へ。
高台寺〜二年坂〜三年坂〜清水寺、という超初心者コースが中一には楽しいだろうと踏んだのだ。案の定、軒を連ねる和風雑貨の嵐に時速1キロ程度まで減速。あっちを覗きこっちで迷う。もう今日はとことんそういうのにつきあう覚悟だったので気長につきあう。というか、外が暑くて店で涼まざるを得ない。あとで知ったが、昨日の京都は38℃だったとか。死む! どっかおいしい店で昼飯にしようと思ったが、食欲もなく、参道の普通のうどん屋で冷うどん。
汗ダラダラかきながら、長時間かけて二年坂三年坂を無事制覇し、清水の舞台へ。古寺仏閣好きの端くれとしていろいろ説明したが、娘は上の空。というか暑すぎてボーッとしている。かき氷を食べて涼む。
お土産も早々に買い込み、高台寺に戻る。
話し合いの末、ふたりで人力車に乗ろうと決めたのだ。こういうわかりやすいアトラクションの方が記憶に残るしな。たった20分で6000円とお高いのだが(観光説明つき)、終わる頃にはもっとチップをあげようかと思うくらい。だって気象庁の百葉箱の中で38℃だぜ。日なたは確実に40℃以上。20分も坂道を上り下りしてくれてありがとう。
八坂神社で降りて祇園まで歩き、「京きなな」という有名なきなこアイスの店で涼もうと思ったら大行列。でも初志貫徹で30分以上並ぶ。ハポンという和風パフェと名物「できたてきなな」。ハポンの白玉とわらびもちがうまかったな。きなこアイスはさりげない自然の甘さ。インパクトがないので物足りなくもあるが、まぁ優しい味ではある。
三年坂、祇園ときて、当初失望していた娘も、古都らしさに満足している模様。本当なら西陣とか行って古い街並みを見せたいけど、まぁ祇園の方がわかりやすいことはわかりやすい。えび茶看板のマクドナルドや焦げ茶色のカラーコーンなんかにも驚いていた。
で、ようやくホテルへ。
今日は出来たばかりのホテルモントレ京都。キレイだしなかなかスタイリッシュ。わりと安いし部屋も良い。1日半ぶりにネットが通じたので、原稿を書いて送る。
二年坂三年坂でのつまみ食いとかき氷と和風パフェですっかりお腹一杯だと言う響子を部屋に残して、ボクだけさっと夕食へ。京都国際ホテル裏にある「蜂巣」。友人に教えてもらったおばんざいの店。どれもひと工夫あるおばんざいで美味。サンマの有馬煮や賀茂茄子煮、京あげと小松菜など、うまかったな。京都で一見で入るのって妙に緊張するが、この店はとても気軽でよい感じ。もうちょい照明が暗いともっと良い。
1時間ほど食べて、お店でお握り作ってもらって響子へのお土産にし、21時に帰ホテル。
21時から「受験の神様」第5話。今日は森崎くんがいっぱい出るらしいと聞いていたので響子と楽しみにしてたのだ。うわ、この数秒のためにロケ行ってたのか、とか裏話を思い出しながら。
お風呂にゆっくり入って就寝したのが24時。娘は母親の管理から離れてのびのびしているので、わざと夜更かしもOKとした。それにしても今日は暑かった…。
京都でお祝いの会
2007年08月11日(土) 18:58:11
昨日は昼に京都駅に着いて、隣接する伊勢丹の地下2階イートインの「京・旭屋」で鯖寿司。飯尾醸造の飯尾さんに教えていただいた店。なるほどおいしい。京の鯖寿司というと下賀茂の「花折」を贔屓にしていたが、ここなら駅にも近いし、これからこっちにしようかな…。
まだお腹に余裕があったので、御池まで行き「とり安」で「からあげ丼」。36℃の猛暑の中を並んでやっと入る。ふんわり玉子でとじられた中の唐揚げが二度揚げでパリッとしていてよい。なかなか。つか、昨日の夜から鶏ばっかだった…。しまった…。
店を出ると目の前に京都国際マンガミュージアムがあった。へー、と思って腹ごなしに入る。展示は漫画の単行本がひたすらあるのを中心に、特設展がある感じ。基本的に立ち読み系のミュージアム。廃校になった小学校を利用しているのだが、この建築が素晴らしい。
仕事や原稿があったので、宿にひとり早めに入る。
約100年前に建てられた町家を改装した旅館。旅館というか、町中の一軒家をレンタルしてくれる感覚。昔の同僚と3人でここで泊まる予定。3人だとひとり5000円とかで、意外と安くていい感じ。
2階の部屋にはLPレコードプレーヤーがあり、クラシックなどいろいろLPが置いてあったので、カラヤンのチャイコとか鳴らしながら独りで静かな昼下がり。天井も低い暗い町家で、LPの悲愴なんか聴いていると、なんだか高校時代に戻ったような感覚。大人になって社会に出て世界は広がったが、狭い部屋にくすぶっていたあの頃の方が想像力・空想力は広かったな…。
夜までLP聴いたり仕事したり原稿書いたり。で、夜8時半より割烹「S」へ。
友人が紹介してくれた店だが、絶対サイトには書かないでくれ、という穴場店。まだネットでもまるで広まっていない名店である。鱧松すき。鱧と松茸をすき焼き風に。すごい贅沢に松茸を使っている。丁寧で優しい味。うまうま。
この店で昔の仕事仲間が4人揃った。まさに地獄をくぐり抜けた4人の戦友といった感じなのだが(ひとりは過労のあげく入院までした)、その中の一番年上の先輩が大きく出世したので、そのお祝い。いや「出世を肴に昔の戦友で飲もうよ」に近いかな。だから、大散財だけど気持ちが良い。
その後、町家に帰って深夜まで飲んだあげく雑魚寝。久しぶりに若い頃のような飲み方。
名古屋の夜
2007年08月10日(金) 10:42:48
本当は昨日から15日まで夏休み第二弾だったのだが、仕事が間に合わず、急遽朝9時からの会議に参加。なんとか夏休みに突入できるかなという空気になったのが午後2時で、こっそり会社を飛び出して半日遅れの夏休みイン。まずは名古屋へ。
クレアの二泊三日連載は、ボクが自腹でいろんな店を下調べ(下食べ?)した上で店をピックアップし、編集部から掲載&撮影許可の電話を店に入れる、という段取りになっている。
で、前回名古屋で食べた店の中で「ここは載せたい!」と思った店8軒のうち、2軒も掲載不許可だったのだ。1軒は流行りすぎがその理由。もう1軒は理由不明。困った。まぁ次点の店を格上げする手もあるが、とりあえず追加できる店があるかないか、名古屋に食べに来たわけである。
夕方「ホテルプリシード名古屋」にチェックイン。
前回泊まって気に入ったのだが、今回も印象的なサービス。再訪なので広めの部屋を用意してくれた。前回お願いした備品(スタンド)なども要求する前から揃っている。顧客名簿管理がしっかりしているらしい。安いし、今後の定宿に。
で、5時すぎから夜メシ放浪の旅へ。
まず2軒をひとりで。名古屋コーチンの焼鳥と味噌おでん。んー。載せるにはもう少しかな。前回会ったENGINに「いま栄あたりー」と携帯メールしたら「店に出てますよ」とのことで「United Style」へ。店長などと一緒にしばらくしゃべる。
その後、前回おつきあいいただいた大矢さんと待ち合わせ。話し足りなかった話をいろいろしながら2軒。とはいえ結局ドラゴンズの話題ばかり(笑) でも楽しかった。
5軒目に向かったバーが満席で、それを機に別れる。大矢さんと行った味噌たきと名古屋コーチン炉焼の店は両方ともグッド。これは載せよう。特に味噌たき(要するに水炊きの味噌版ね)はおいしかった。とはいえ、掲載&撮影許可が出るかどうかはまた別の話。編集部に電話して翌日に店に電話してもらうように頼み、部屋に帰る。
今日は京都。昔同じ部だった先輩が大出世したので、そのお祝いで以前の同僚が各地から3人集まり、4人で宴会。懐かしい話だらけの夜になりそう。
名古屋から帰宅 & 救急外来
2007年07月02日(月) 6:41:58
名古屋三日目。
朝は大須までタクシーで行って「コンパル」でエビフライサンド。「コンパル」っていうのは名古屋で有名な喫茶店でサンドウィッチが美味しいという。ここのエビフライサンドは名古屋名物を名乗るだけあってなかなかの美味。エビフライが三本も挟んであり、キャベツなんかもたっぷり。懐かしい味で好み。
自分で作るアイスコーヒーと共に堪能したあと、歩いて数分のところにある「スガキヤ」へ。
ここのラーメンは名古屋人の郷愁の味らしい(ソウル・フードという人もいるくらい)。ラーメン一杯なんと280円。独特のラーメンフォークで食べるそれは、クリーミーで不思議な味。まぁ話のタネに、という感じではあるが、名古屋を知るためには避けて通れない一品。
三軒目は、やはり歩いてすぐの「天むす千寿」の本店へ。元祖天むす。発祥の店らしい。
「10コお持ち帰りしたいけど、ひとつ別にもらって歩きながら出来たてを食べたい」というワガママなリクエストに「いま空いてるからいいですよー」と快く応えてくれた。おばちゃんたちがどんどん握っていくソレをひとつホイルに包んでくれた。歩きながら出来たてを食す。意外と天ぷらが小さくて上品。握りも柔い。
四軒目は名古屋駅の松坂屋7階にある「よしだきしめん」へ。
味噌煮込みを食べに山本屋系に行こうかとも思ったが、以前に何度も食べたことがあるので、今回はきしめん比較で〆ることにした。
なんつうか百貨店の食堂街なのだが、ここのきしめんは只者ではない感じ。ボクの中では「住よし」「川井屋」に鼻差で勝ったかも。シンプルでインパクトある「住よし」、豊かな凝り味「川井屋」に比べて程がいいシンプルさと奥の深さのバランスが良い。麺もだしも上々。うまし。
と、名古屋を堪能して新幹線へ。えーと、初日6軒、二日目6軒、三日目4軒で16軒か。なんでわざわざこういろいろ食べたくなるのか、自分でもこの情熱がよくわからない。持て余す。でも1軒食べ終わると次を知りたくなる性分なのだから仕方ない。
家に帰って一休みしてからプールへ。
前日に「掴んだ」気がした体幹のリズミカルな切り替えを実践するつもりだったのだが、あまりうまく行かず。一進一退。
プールからいい感じに疲れて帰って家族で和んでいるうちに、娘が「お腹がすごく痛い」と言い出した。
最初は熱もなかったが、夜になるに従って急に上がり、23時には39.8度に。これは困った。急な病変はちょっと怖い。夜間救急外来を受け付けてくれる病院を探し、タクシーを呼んで家族3人でGO。娘はフラフラ。
深夜の救急外来って久しぶり。様々な人が様々な事情で訪れている。
検査、点滴などをして、とりあえず入院。そっかー、意外と重いのかも。明日には検査結果が出て対処が決まる。変なことでなければよいが。
朝3時すぎ、夫婦でいったん帰宅。朝7時にはいろんな入院荷物を持ち込まないといけない。いまから行ってくる。長い一日になりそうだ。
名古屋でニューヨークのダンサーと再会
2007年07月01日(日) 8:50:12
名古屋二日目。
朝はゆっくり寝た。やっぱ空調が効いている分、ホテルはよく寝られる。家でもそろそろクーラーいれるかな。
11時に元祖あんかけスパの「ヨコイ住吉店」へ。発祥の店らしい。
昭和の喫茶店っぽい古い店内だが、オープンキッチンになっていて、キッチンにはコック服の男が思ったより沢山。注文するとスパと具を別々に炒めはじめる。ミラネーズとカントリーというメニューを合わせたミラカンが人気らしいが、今日はミラネーズを。カリカリの赤いウィンナーがたっぷり乗ったあんかけスパ。食べ始めは「うーむ…」だったが、食べ進むに従ってなかなか快感に変わる。こりゃ中毒性あるわ。名古屋は中毒性がある食べ物が多いなぁ。甘辛い「あん」は大和煮の汁をケチャップ方向に酸っぱ甘くしてタバスコ混ぜたような味(笑)。
タクシーに乗って移動。春岡通の「好来道場」へ。
余談になるが、名古屋のタクシーは最高だ。大阪勤務時代、仁丹をくれたり冷おしぼりくれたりする大阪のタクシーに感動したものだが(最近はそういうサービスも廃れたらしい)、名古屋のタクシーはその数段上を行く。いや、モノをくれるわけではないが、超丁寧なサービスが感動的。どのタクシーに乗ってもニコヤカに名前を名乗り、「では、メーターを入れさせていただきます!」と厳かにボタンを押す。降りるときも平身低頭。すごいわ。
それはともかく「好来道場」。
文春から出た本「名古屋いい店うみゃ〜店」をまとめたのが後輩で、そいつが「名古屋で一番、いや、日本で一番好きなラーメン屋です」と激推ししてくれたのだ。
で、どうだったかというと、とても気に入ってしまった。ラーメンはめったに褒めないボクであるが、ここは好みだった。鶏ガラとトンコツ(かな?)のスープを少し東京ラーメンっぽい方向に引っ張って、あっさりヘルシーにした感じ。野菜のうまみもたくさん感じられる。とろみも適度。スープが大量なので最後の方はテーブル上の調味料(高麗人参酢とラー油)を垂らして味を変えても良い。麺は太くストレート。スープに比べると麺が少し弱いかな。
食後はたらたらと散歩して、目に付いた「コメダ珈琲」に入り、珈琲と「白ノワール」を食べた。コメダは名古屋の大チェーン珈琲店で、ここの白ノワールというのは名古屋人の共通体験スウィーツらしい。名古屋名物のひとつである。
でかい、と聞いていたが、メニューの「小さな白ノワール、始めました」の文字にホッ。とはいえそこそこ大きい。丸いデニッシュ生地にソフトクリームがデンッと乗っている。そこにシロップかけて食べるのだが、うむ、意外とうまい。昭和なデザート。懐かしい。
名古屋の喫茶店は自宅の応接間代わり、とは聞いていたが、来る客来る客そんな感じで、なんか面白かったなぁ。
昨日みたいな無理なハシゴはやめて、プールへ。
お腹の消化具合と話し合いながら、ゆっくり休みながら2時間くらい泳ぐ。とても気持ちいい。今日は少しTI泳法で発見があったかも。手を伸ばして体幹を切り替える時のタイミングで新たな気持ちよさがあった。
部屋に帰って昼寝して、夜はENGIN(エンジン)と。
ENGIN、というのはニューヨークで知りあったヒップホップ・ダンサーで、もう10年以上のつきあい。NewYork City Breakersという有名なヒップホップダンス・チームで踊っていた唯一の東洋人。不法に長くアメリカ滞在していたので、自主強制送還(笑)で日本に帰ってきて2年。法律的にはあと8年はアメリカに行ってはいけないらしい。いまは名古屋の服屋でウェブマスターをしながらダンスをしているらしい。個人でこんなサイトもやっている。
行った店は「千亀」と「鯱乃屋」と「ピカイチ」。3軒ハシゴ。
あ、「鯱乃屋」と「ピカイチ」の間に「丸和屋」という店でデザートも立ち喰いしたか。
「千亀」は名古屋コーチンの焼鳥屋。うまかったな、ここ。肉にチカラがあって、焼き加減もとてもいい。刺身系も良かった。フランス産の仔鴨とかも焼いてくれる。最初はビールだったが、この味なら、とワインに切り替える。どれもおいしい。ENGINはフルーツトマトを焼いたのに感動していた。
「鯱乃屋」は名古屋風カレーうどんの元祖と言われる店。「若鯱屋」チェーンはこの店から始まったらしいが、いまは関係ないらしい。そのわりにはさびれた立地。本当にココかなぁ、と不安になりながら入った。でも一口食べて納得。うめぇ。太いうどんとカレーの馴染み方(絡み方)が尋常ではない。クリーミーで濃厚なカレーが箸で持ち上げたうどんから離れず、口元までしっかりついてくる。味もよい。素晴らしい。
「鯱乃屋」に満足して歩いていたら「丸和屋」というシャビーな甘味屋をENGINが見つけ、そこのオバチャンと目があってしまう。ニコニコ笑って寄ってきたオバチャンに捕らえられるENGIN。で、「あんまき」という独特な甘味を120円で買って立ち喰い。どらやきを丸めた感じ。うまいけど腹に溜まる(笑)
最後は「ピカイチ」。
名古屋では超有名な中日ドラゴンズ・コアな中華料理店。うわ〜マジで壁中ドラゴンズだらけだよ。もちろん阪神ファンとは明かさず、こっそり隅っこに座って周りを伺う。ちょうどドラゴンズが負けた直後だったので怖かったのだ(笑)。でも店の人は親切だし、周りのお客さんもアッケラカン。楽しい店だ。「ごぼうと細切り肉炒め」と「ピカイチ・ラーメン」を食べながら、ENGINといろいろ話して、別れる。また会おう。
それにしても、ENGINも相当見た目が怖いのだが(昔はモヒカンだったし)、彼に言わせるとボクもめっちゃ怖いらしい。あんまりそう言うので「千亀」のおねぇさんに「すいません、どっちが怖いですか?」と聞いたら、迷わずボクを指された。ううむ。赤いメガネでずいぶんマイルドになったはずなのだが(笑)
名古屋で食べすぎ & 大矢さん
2007年06月30日(土) 9:16:03
所用と「2泊3日うまうま旅」の下見をかねて、名古屋へ。
朝10時半ころ名古屋駅に着いて、まずは新幹線ホームの「住よし」できしめん。ここはホームの立ち喰いとはいえ名古屋で最もうまいきしめんの店のひとつとして知られているらしい。なるほどなかなかうまい。シンプルだけどメリハリのきいた味。もちもちの麺。わりと好きかも。
で、そのままJRで熱田駅に行って、熱田神宮をお参りした後、開店直後の「あつた蓬莱軒神宮南門店」へ。ボクのすぐ後ろはもう待ちだったからギリギリだったな。言わずと知れた「ひつまぶし」の有名店。なぜか「以ば昇」ばかり行っていて有名なこの店は初めてだった。カリカリに上手に焼き上げてある。だしもうまい。全体にレベル高し。この「ひつまぶし」って食べ方は焼鳥やステーキの切れ端でも出来そうだな。
地下鉄で中心部に出てからタクシーを使って飯田町の「川井屋」へ。きしめんの老舗である。手こね・手延べ・手切りの純手打ちだそうだけど、それってさぬきうどんなんかだと普通のことだよなーとか思いながら。でもさすがな麺だ。もちもちなだけではなくムニィ〜の粘りが微妙に良い。だしも深い味。全体にとても優しいきしめん。ただ少しいろんな味が混ざりすぎているかもとちょっと思った。「住よし」って普通なように見えてシンプルな完成度があったんだと思い至る。
四軒目は「ヨコイ」のあんかけスパと「叶」の味噌かつを迷ったあげく、なんとなく味噌かつへ。んー、腹7分目だけどまだ丼くらいは入るな、と。でも後でちょっと後悔した。だって濃すぎたんだもの。
味噌かつは嫌いではないが、ここのは「矢場とん」の数倍は濃い味で強烈。いやぁ〜濃い。濃すぎ。見た目も真っ黒でなかなか凄まじい。濃厚系の雄とは聞いていたがここまで濃いか。いやぁ〜濃いなぁ(そればっか)。家族的な経営で、首が前に曲がったお爺さんが丁寧に丁寧に作ってくれる。その様子は心温まる。メニューの裏に「生涯現役」と書いてある通り、ずっとがんばってほしい。
と、四軒ハシゴ。
きしめん2杯はともかく、ひつまぶしと味噌かつはさすがに年齢的に調子に乗りすぎ。また読者のお医者さんたちに叱られるなぁと反省しつつ、所用をこなす。
夜は楽しみにしていた大矢さんとの会食。
お互い長〜くサイトをやっていて(ボクは1995から。彼女は1996から)、メールでは何度も何度も連絡しあった仲なのに、お会いしたのは今回が初めて。「やっと会えましたねぇ」とニコニコと。彼女のサイトには隠し日記があって、暗号を解かないとそのページに行き着けないのだが、そのダジャレ日記をボクは「日本一の日記」だと思っている。面白い。傑作だ。群ようこ・室井滋を凌ぐ(なぜ編集者は彼女にエッセイを書かせない?)。書評は「本の雑誌」を含めていろいろ書いている人ではあるのだが、それにしてももったいない…。ま、それはともかく、そんな彼女とのやっとの邂逅である。とても楽しみにしていたのである。
場所は「宮鍵」。かしわとうなぎで有名な老舗らしいが、お目当ては「みそすき」である。味噌鍋で三河地鶏や野菜を煮込んだものをすきやきみたいに玉子でいただく料理。この味噌鍋が凄まじい。ひたすら黒い。「地獄の釜が開いたよう」と表現した人がいたが、まさにその通り。すべての食材が八丁味噌で真っ黒になるので口に入れるまで何を食べているのかわからない。というか、煮えて食べごろになったのかどうかの判断も全くつかない。黒すぎて。最後に青いものも投入するのだが、普通の鍋では美しい彩りになるそれも単に真っ黒。存在意義が微妙だ(笑)
ボクは四軒目の味噌かつがボディブローのようにきいていて、自分の分を平らげるのがやっと(でも最後ののり茶漬けまで全部食べたけど)。ただ、スタートダッシュでは実にうまい「みそすき」も最後にはちょっと単調になるのは否めないな。
1時間半でだいたい食べ終わり、口の中の味噌を流そう、ということで「Dagout」というバーに流れる。野球バーだ(大矢さんは野球オタクでもあるのだ)。そこでカンパリを飲んでさっぱりし、野球中継を観ながらお互いいろいろ話す。味噌鍋を食べている時は真っ黒な海から食材を救い出すのに必死であまり話せなかったのだ。
長くサイトを続けてきた人にしかわからないいろんな感覚を語り合う。こういうのがわかりあえる人も少ないなぁ。一致したのは「無難なことしか書かなくなっちゃったよね」みたいなこと。センシティブな話題を書いた時の不特定多数の反応の怖さを身にしみて感じているし。表面的なことだけを読んでのバッシングには心底参るし。ネット初心者の、ネットの利便性を勘違いした一方的で自己中心的な要望・お願いの数々にも死ぬし。
とか、だらだら話してお開き。あぁ面白かった。再会を約束して別れる。
夜の栄をそぞろ散歩してホテルへ。名古屋人もほとんど知らない無名で小さなホテルだけど、旅のクチコミサイトで金賞をもらっているホテル。サービスがなかなか良い。
名古屋は高いビルが少なくて、空が広くて気持ちがいいな。道も広いし。
YOSAKOI最終日
2007年06月11日(月) 12:55:37
日曜はYOSAKOIソーランの最終日。セミファイナルの審査の日でもあった。
午前中は朝いちから演舞を見まくる。基本的にステージよりもパレードの方が好き。踊り子を近くで見られるし、生の汗も感じられて祭り感がある。そういう意味では、一次予選を通ったチームが最後にパレードするファイナル・パレードは圧巻。今年初めての試みだけど、これは是非毎年やってほしい。このままニューヨークの五番街パレードに持って行けるレベルの楽しさと熱さがあった。
昼メシはモリと鳥辛鍋。汗を出し切るぞ、と、辛いもの。実は偏頭痛が出ていたのだが、食後ウソのように治った。鳥辛鍋で血流がよくなったおかげかも。
モリは午後7時から「よさこいファイナル生中継」の仕事があったのだが、新聞のラテ欄の当該番組欄に「森崎も感動!」とかタイトル化されており、北海道での人気の凄さにちょっと驚く。やるなぁ。
セミファイナル審査。
くわしくは書かないが、こういう審査員って初めてなので、面白かった。採点する、という目で演舞を見るとずいぶん違って見える。演舞もミュージカルも映画もCMも、本質は一緒だな。審査員席から真剣に見ているとそれが透けて見えてくる。面白い体験だった。
セミファイナルの審査後、いよいよファイナル。
これは観客の立場なので気楽にスタンド席で見守った。どのチームもなかなかうまい。去年よりずいぶんレベルが上がったというか、表現がシンプルになった気がする。今年から大道具使用禁止になり、観客の共感とか感動を審査基準にしたおかげで、踊りが全体に祭りっぽくなり、直接的に熱い気持ちが伝わってくる。
結果はちょっと意外なものだったが、ファイナルも無事に終了。例年だとここで湿っぽい歌が流れて学生運営委員会の労をねぎらうのだが、今年は大黒摩季のライブで〆だった。ステージを埋め尽くす学生運営委員会や踊り子たちの前で大黒摩季が2曲歌って、最後は「ら・ら・ら」の大合唱。
演舞も運営も天気もすばらしく、実にいい祭りだった。今年のを見ればアンチYOSAKOIな人も見直すのではないかな。
終了後、22時すぎから「SABOT」でイタリアン。
モリと、共通の友人と、初対面だけど不思議に縁がある読者さんの4人。この店、良かったなぁ。カジュアルで安くて感じがよくて、でもってとってもうまい。旬のメニュー(創作系)も実に魅力的。家の近くにこんな店があったら天国だ。
25時半くらいにホテルに帰って「まだ打ち上げやってるかなぁ、合流しようかなぁ」と、祭り関係者に電話したら、起きてはいたけど「もうバラけました」とのこと。まぁ確かに疲労困憊だろうからなぁ。すばらしい祭りをどうもありがとう。お疲れ様。
YOSAKOIソーラン、演舞見まくり
2007年06月10日(日) 9:26:26
札幌入りは11時。開店直後の「根室花まる」(うまい回転寿司)に入ろうとしたらすでに行列で20分待ちと言われ諦める。昼飯は大通公園近くの「千寿」。地元の人に「いま札幌市街ならトップクラス」と勧められたラーメン屋。パンチのある味噌ラーメンだった。まだ小腹がすいていたので他の人に勧められた「信月」というラーメン屋まで歩いて行ってみたが午後3時からということで諦める。残念。
YOSAKOIソーランの演舞は、大通公園の北と南のパレードを中心に60本くらい見まくった。見たいチームを絞って、ついでにその前後も見る、といった見方で北へ南へ。忙しく北と南を行き来して、ほぼ見たいチームは見たかな。とはいえあと300チームくらいあるんだけど。というか、観客動員数的には過去最高になりそうな勢いらしい。めでたい。
全体に踊りのレベルが底上げされているのを感じた。今年は審査に携わっているので個々のチームの感想は書かないが、きちんと伝えたいポイントを絞っているチームが増えてきた印象。そういうチームのあとに焦点のぼけたチームがくると途端に底が割れてしまう。一生懸命さは伝わってくるだけにもったいない。感動的な演舞が2つ。感心させられた演舞が3つ(ここら辺までは世界で通用する)。お、なかなか、って感じが10くらいあった。
今日の札幌は熱射病になりそうになるくらい暑く、途中へこたれそうになるとビールを飲んでカラダを騙し、なんとか夜まで。途中、読者の方と突然会ったりもした。ありがとう。
19時までギッシリ見て、モリたちと待ち合わせてメシへ。
「ニューヨークぶり!」と握手して、ニューヨークの思い出話など。思い出っつうてもたった先週くらいのことなんだけど。いやぁよく遊んだねー、あのミュージカルはこうだったよねー、あのメシは日本のレベルと比べるとどうだったよねー、とか四方山話。行ったのは創作料理の店。凝った料理が次々出て来て舌を楽しませてくれた。でも北海道の地のものをもっといっぱい使った方が良かったかも。日本酒は「お福正宗」と「獺祭」。
食後モリに「ドゥ・エルミタージュ」というバーに連れていってもらう。
いつもの如くウンダーベルクを使った苦いカクテルで胃を休めているうちに、バーテンダーの中田さん(札幌では有名な女性バーテンダー)と東京の「テンダリー」の話になり、思わず宮崎さんに電話。三者で会話。
モリとは明日のメシの約束もして別れた。
明日は祭り最終日。果たしてどこが優勝するかな。ボク的には確信があるけど。
北海道色がどんどん濃くなる
2007年06月09日(土) 3:43:34
昨日はビジネスランチがあって「印度風カリーライス」には行けなかった。あー、もう一生あの味が食べられないんだなぁ…。店との別れはとても「死」に似ている。海外や地方なんかでも「もう死ぬまで一生この店には来られないかも」とか思いながら食べている。一期一会とはまたちょっと違う感じ。「死」をとても身近に感じるというか、「今日なのかな、小鳥さん? 今日かい?」に通ずる感覚というか。
さて、今日から2泊で札幌。YOSAKOIソーラン祭りである。
去年初めて見に行って以来、知床のフォーラムでパネリストやったり、瑞浪のチームと交流したり、旭川や帯広で講演したり、と、本業とは関係ないところで妙にYOSAKOIソーランと縁が深くなってきているのだが、今回はなぜか祭りのセミ・ファイナルの審査員である(ラストの日曜にコンテストがあって、踊りを審査して上位チームを選出する仕組みなのである)。どんどん縁が濃くなる。おもろい展開。
踊りにも祭りにもいままであんまり縁がなかったボクではあるが、たった一年で一気に縁ができ、YOSAKOIソーラン関係者だけでもずいぶん友人が増えた。瑞浪、枝幸、帯広など、思ってもみなかったところに祭り関係で親しい人が出来た。祭りと関係ないところでも、なぜか北海道に急に縁ができ、下村泰山さんや、一緒にNYに行ったモリ、ポルトガルで会ったヤマザキマリさんも北海道人脈だ。人生における北海道色が急に濃くなったなぁ。元々縁が深かったムツゴロウ動物王国関係者たちを入れると、なんだかすげえ濃い。
沖縄も縁がどんどん深くなっているので、北の端と南の端が濃い。あ、関西も非常に濃いか。元々東京生まれ東京育ちのボクにとって、北海道も沖縄も関西も想定外の広がりだ。人生、思ってもみないことが次々起こる。
とか、感慨を深くしつつ、札幌へ。
審査ねぇ…。でも、NYで世界トップの歌と踊りを観まくってきたばかりのボクは、ちょっと採点厳しいかも(笑)。目ぇ肥えちゃったし(一時的に)。というか、朝早いのにもう寝ろって感じだ。7時前には家を出ないといけないのにもうすぐ4時じゃん!
軽井沢から一泊で帰る
2007年05月04日(金) 9:28:31
GWも後半に入り4連休。そのせいか昨日は軽井沢も超渋滞。駅前もプリンス通りも全くクルマが動かない。まぁこちとら「クルマ解脱族」ゆえチャリでの移動。クルマの間をスイスイ走れて気持ちよい。
昼メシは「東間」へ。蕎麦懐石。
山菜、筍の木の芽和え、牛と山芋のそうめん、飯蒸し、だし巻き卵なんかが続き、最後に二八の蕎麦。濃いトロトロの蕎麦湯、抹茶で〆。3800円。外観や庭に比べて内装の凝り方が惜しいけど、ゆっくり寛げるいい店だった。
終わってプリンス・ショッピング・プラザへ娘の買い物。
例の駅前のでかいモール。人出が凄まじい。ただし単なるウィンドウ・ショッピングではなく、娘に必要な品物を探す目的があったので、なんとか疲弊せず済んだ。男にとってウィンドウ・ショッピングってなかなかつらいものなのだが、目的さえ与えられれば逆に張り切ったりする。先頭立って歩き、なんとか気に入った品物を探し出せた。ついでに妻のカバン(高価)も買わされてしまったのは想定外。でも「そのかわりNYのお土産はなし」という契約も同時成立。
夕方からサイクリング家族と化し、森の中を走る。
夜メシは移転した居酒屋「ogosso」へ。おごっそ=おごちそう、ですね。半円形の巨大朱塗カウンターが美しい。こごみ、こしあぶら、山うど、タラの芽などの山菜や、甘唐、空豆などの焼き物、豚モツ煮込み、軍鶏すき鍋(そしてその雑炊)なんかがうまかった。地元の「御湖鶴(みこつる)」という純米酒も掘り出し物。ご主人との会話も楽しく、あっという間に2時間半。さて新幹線に乗る時間だ。
たった一泊。連休で混み始めたころ帰る、というのはなかなか気持ちよい。娘が中学に入り、暦通りの休みしか取れなくなってきたので、これからもこういうスポット家族旅行が増えるんだろうな。
軽井沢「丸山珈琲」
2007年05月03日(木) 10:09:42
軽井沢。GWと言っても昨日は平日なので比較的空いていた。
妻と娘は用事があって(というか娘は学校)夜到着するのだが、ボクは午前中に入って「丸山珈琲」でモーニング・コーヒーを楽しむことに。ここは軽井沢の南が丘にある小さな珈琲店だが、珈琲豆の国際審査員を務める人がやっている店で、各国の一位の豆を落札し、それをプレス式で抽出して飲ませてくれる。その珈琲の味は比類ない。一軒普通の家で、靴を脱いで上がる。
一般的には、ドリップ式ではなくてプレス式(紅茶なんかで使う、上からギュッと押しつけるやつね)で抽出すると表面に豆の油分が出てしまって濁り、雑味も出てしまう。が、ここの豆はオークションで競り落とした世界トップクラスなため、雑味がほとんどなく、逆に香りと風味が油分から出てきている。見た目は濁っているのだが、変な味は全くなく、香りだけが立ってくる。ゆえに「香りはストロングなのに味はマイルド」という珈琲が可能になる。ボク的には理想的なバランス。
チョコレートケーキ(これもうまい)とともに堪能。
昨日は「春のスペシャル・ブレンド」をもらったが、これがまたうまかった。最高級豆使用と言っても値段は高くなく、量はおかわり三杯できるくらい出る。時間帯によってはとても混んでいるが(小さな店なので)、ここははずせないかも。
昼は去年できた「煙事薫製工房」と「小慧餃子館」をハシゴして食べ、久しぶりに「離山房」にも寄りつつ散歩。夜は「enboca」で追いついた家族とピザを食べた。考えたらここ1週間で4回目のピザだ。それにしてもこの店のヒューガルデン・ホワイトの樽生はイケルなぁ。
芦屋そぞろ
2007年04月30日(月) 10:23:06
ふ、ふつかよい。
でも、昨晩東京から追いついた妻の「おでかけしよう攻撃」に勝てず、朝から娘と3人で芦屋へ散歩に。岩園小学校あたりまでバスで行き、昔住んでいた翠が丘周辺や、娘が通った幼稚園あたりを歩き、JR芦屋駅前を通り過ぎて阪神芦屋駅近くの「リブ・ゴーシュ」まで長い散歩。誰も二日酔いのオッサンを気遣ってくれず。つらすぎ。
ワインショップ「リブ・ゴーシュ」(うちは東京に住んでいる今もほとんどここからワインを買っている)で店長の細谷さんにジュースをもらい少し生き返ったあと、阪神甲子園まで行き「ららぽーと」で買い物。阪神パークがあった跡地に出来たモールである。でかいよぅ…。まだ二日酔いが収まらず、分速20mくらいの亀歩きしかできない状況。よちよちとなんとか一周し、這うようにして義父の家に帰り着く。夕方6時。よく1日持ったな。
少し寝させてもらってからみんなで食事。少しだけお酒を飲んですぐダウン。とことん疲れた。でもこのくらい疲れると逆にもろもろリセットできそうでよろしい。わりと長く鬱っぽい気分なので、とにかくカラダを疲れさせるというのは有効かも。関西の空気もずいぶん効くと思うし。
で、今朝。
朝6時すぎにスッキリ目がさめた。うん、少しはマシかも。今日は東京に帰る。ゆるりと復活できるかも。
夙川・苦楽園そぞろ
2007年04月29日(日) 10:01:06
義父のお見舞いに関西へ。
仕事がある妻とは別行動で、娘と一緒に新幹線。新大阪から各駅停車に乗って初めての「さくら夙川駅」に降りてみる。情緒的な駅名は嫌いだが、この周辺はとてもきれいで気持ちいい。ふたりで川沿いをゆっくり上がり苦楽園口まで散歩。この辺さぁ、来るたびに思うけど、やっぱり日本一のきれいさかも。この辺に住んでいたら海外旅行とかに行く必要ないんじゃない?とかまで思いつつ。天気はよく、人も少なく気持ちいい。
義父の家で挨拶したあと、娘を置いてひとり夜の街へ。
いや、お見舞いの会食は日曜にして、土曜の夜は「懐かしい店にも行きたいだろう」と開放していただいたのだ。
夙川・苦楽園あたりをひとり散歩。「モリシタ」も「瀬田亭」も「エノテカ」も「出鬼心」もなくなっている。店の移り変わりが激しいな。
後輩がたまたま暇だったようなので呼び出して「ビストロ・ボンボン」。昔住んでいた頃いっぱいお世話になったこの店もどうやら閉店の決心を固められた模様。あぁ由良さんの料理ももう食べられなくなるのかなぁ。相変わらず完璧な火加減。フレンチ懐石を銀座で初めて出したシェフである。惜しいなぁ。
一緒に行った後輩はいま学生に戻っている。その人生を聞いていろいろ思うところあり。
その後いつもの「THE BARNS」へ。昔の常連たちも数人来てくれて深夜まで。東京とは別人のようによく話しよく笑う自分へ。あぁラクチン。ストレス霧散。ぐだぐだに酔っぱらった。
なんでわかったんだろう
2007年02月14日(水) 8:17:50
蔵王で泊まったひなびた宿の小さな食堂で一緒だった方からメールをいただいた。
一緒だった、と言っても話したわけでも接触があったわけでもない。そういえば奥に賑やかな大家族が座っていたなと記憶があるだけである。あちらもボクたち3人を見て「妙に静かな家族だな」くらいにしか思っていなかったそうだ。で、東京に帰ってきて、さなメモを読んで「すべてのパズルがはまって、びっくりたまげ」、メールを書いてくださったそうである。
というか、泊まった宿も書かなかったし、顔もわからないはずなのに、なんでパズルがはまるんだろう…。ずいぶん前から読んでくださっている方のようなので、おととし行った時のメモに宿名が書いてあるのを読まれたのかもしれない。でも同じ宿に泊まるとは限らないし…。すごい直感。
その人によると「子供連れのご家族には稀な、とっても静かに食事されている様子に想像は良からぬ方向へ…、 “何らかの事情(ご主人の不貞の発覚、等)で、家族そろっての最後の晩餐…? はたまた!?”」という印象だったそうだ。 そこまで葬式みたいに暗かったか(笑) とにかく「さなメモから伝わってくるテンションと違った」そうである。
うはは。ま、響子はメガネなくすし、3人ともヘトヘトだし、超ローテンションだったのは確かだけど、不機嫌でも修羅場でもなく、普通に静かに食事してました。あんなもんですよ、いつも。
まぁ静かすぎたことよりもその時着ていた服の方が気になる。
ユーミンの「Destiny」ではないけれど、その日の夕食前に「食堂へはちゃんと着替えていこうかな。んー、でも面倒だからジャージとポロシャツでいいや。素朴な宿だし」と、迷った末に超くだけた格好で行ってしまったのだ。♪どうしてなっのー、今日に限ってー、という後悔。目撃されるとわかっていればもうちょっとちゃんとした…(←自意識過剰)。もうこういう偶然もそうはないとは思うけど、これからは「さなメモにその日の行動を書くだろう」と予想されるときはもうちょっと格好とか言動に気をつけなさいね >自分
スキーのおもひで
2007年02月13日(火) 12:14:04
それにしてもスキー板は短くなった。
20年ほど前はOGASAKAの「Unity3」の210センチなんて板を使っていたのだが、もうそこまで長い板なんて(レンタルスキー屋には)存在すらしていない。どこでどう理論が変わって短くなったのか全然知らないんだけど、滑ってる間もなんか違和感あった。ちょっと体重乗せるだけでクルリと曲がるのだもの。楽だなぁ。こんな楽していいのかなぁ。
そういえば、ワックスを塗ってる姿も全く見かけなかったのだが、いまではもう塗らないのかな。宿の乾燥室もワックス臭くなかったし。エッジを磨く、とかも必要ないのかな。なんか隔世の感あり。
というか、31年前に初めて蔵王に来た時は、叔父のお古の靴と板で、板と靴をヒモで結んでた。バックルなんてものはなく、靴ひも式(笑)。板は木だったのではないだろうか。っていつ