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桑田真澄、すごい

2010年03月17日(水) 7:38:37

ツイッターをやっていると情報があっと言う間に古くなる。
昨日ツイッター上で盛り上がったことは今日にはもう古く、「あれ? それって昨日起こったことだっけ? もっと昔にあったことかと思ったよ」というような錯覚に陥る。是非はともかく、そんな感覚。

なので、このニュースもボクにとっては「あれって昨日だったかな?」という感じなのだけど、いま調べたら昨日のニュースだ。

桑田さん、早大の「総代」…大学院首席卒業「ただただ感謝」

 早大大学院で学んでいた桑田真澄さん(41)=スポーツ報知評論家=の首席卒業が15日までに決定、25日に行われる卒業式で「総代」として謝辞を述べることになった。
 スポーツ科学研究科・修士課程1年制での学業が優秀であったことは、修士論文でもすでに明らかになっていた。「野球道の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究」は最優秀論文賞と、学術的に価値の高いものに贈られる「濱野賞」(日本スポーツ産業学会)を同時獲得し、6日に表彰式と発表が行われた。
 今回、新たに決まったのは1年間を通じての学習成績。卒業に必要な単位は30だが、桑田さんはそれを大きく上回り、上限となる45単位を取得。その大半が最上級の「A+」および「A」評価で、「B」は2つだけ。スポーツ科学研究科には桑田さんが所属したトップスポーツマネジメントコースをはじめ、4つのコースがあり、総勢33人の在籍の中で、前期、後期を通じて「首席」となった。
 「最高の評価をいただき、恐縮するばかりです。仲間や先生がた、そして学校。お世話になった人すべてに、ただただ感謝の気持ちを伝えたいと思います」。桑田さんは、卒業式に先立ち謝辞を述べた。


引用元はこちら(日本のニュース系はなぜか数週間で記事を消去してしまうので上に引用した)。他にもこんな記事がある。

すごいねぇ。
まぁ大学院なので33人中とはいえ、この「最優秀論文賞」&「濱野賞」ダブル受賞は史上初らしい。ちょっと参りました。

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第一回 リアル鳩カフェ

2010年02月15日(月) 8:41:27

去年、鳩山首相とご飯して以来、いろんな縁があり、「国民と政治の距離を近づけるための民間ワーキンググループ」に参加することになったことは以前書いた。

この民間ワーキンググループ(以下WG)の活動の一環として、首相にツイッターやブログを提言した。トップダウン時代からボトムアップ時代への変化に首相が率先して対応することで、国民と政治の距離が圧倒的に近くなると考えたからである。

鳩山首相はそれに敏感に反応してくれ、今年の1月1日に両方始めてくれた。民間の意見に真摯に耳を傾けてくれるだけでも首相としてレアだが、すぐ取り入れて動いたそのスピードもレア。古い政治家や評論家、マスメディアなどには、この動きに批判的な人もいるが、ソーシャルメディアに首相がここまで関わってきたことは実は画期的だと思っている。いままでこんなに近くまで来てくれた首相はいなかった。自分のツイッター上のタイムラインに首相が毎日出てきて政治や日々のことを語る、ということが、個人レベルでどれだけ政治への関心をボディブロウ的に醸成しているか(現在ツイッター上での首相のフォロワーは30万人いる)。

ツイッターとブログは、でも、実はまだ提言の一部で、バーチャルだけでなく実際にリアルでもそういう対話の場(国民と政治を近くする場)を増やしていきたい、と、我々WGはずっと話し合ってきた。ブログ名を「鳩カフェ」としたのも、リアルでの対話を視野に入れていたからである。

この「カフェ」という概念には、西欧のカフェにあるような「フラットでオープンな対話の場」「ワークショップ的ニュアンス」「タウンミーティング的集会ではなく、テーブルを囲んで深く話し合うイメージ」などを込めた。陳情的なものではなく、実際に市民があるテーマについて話し合っている「場」に、首相が自然に加わって一緒にそのテーマについて話し合う、みたいなイメージ。そういうリアルな鳩カフェをなるべく早く始めよう、ということも年末に提言していたのである。

その「リアル鳩カフェ」の第一回目が開催されたのが昨日である。

提言してからたった一ヶ月半。いろんな障壁を乗り越えて実現した。単なる民間人たちのゼロからの提言だ。実現まで半年くらいは普通かかる。それも「首相官邸でカフェをする」という、セキュリティ上そう簡単ではないこと。それをたった1ヶ月半できちんと実行に移してくれた内閣官房もなかなかなものだと思う。

で、言い出しっぺである我々WGは、裏方として官邸の方々と一緒にいろいろ準備をし、昨日も首相官邸でその場に立ち会ったのである。ボクも昼過ぎから官邸に行ってきた。おとといまでは雨。今日からも雨。昨日だけ晴れた。勝負所では必ず晴らす!(笑)

窓から大きく官邸の庭が見える官邸の会議室の入り口に写真のような看板をしつらえ、鳩カフェに。
珈琲や紅茶はセルフサービス。ちょっと大きめのテーブルにみんなが囲んで座れるようにイスを配置し、花を飾り、ボサノヴァを流し、参加者10人を待った。

鳩カフェブログで告知した公募に応募してくれた方は約700人。
たった3日間の公募に数多くの方が応募してくれた。公募条件はこんな感じ。応募状況はこんな感じ。第一回目の昨日はテーマが「子育てカフェ」だったので、子育て中のお母さんやお父さんが子連れで参加してくれ、NPOの方々(駒崎さんのフローレンスと今村さんのカタリバ)の協力で臨時託児施設(会議室をひとつ使用)が設けられ、彼らが子どもを預けてカフェに参加できる段取りが組まれた。

13時すぎ。700人の中から選ばれた10人の方が官邸に到着した。
参加者の選定は、内閣がしたのではなく、我々WGが応募に当たって書かれた意見をすべて読み、年代、性別、お子さんの数や学年などを考慮してニュートラルに決めた。また、みんなで深く話し合うためには10人が限界と我々は考えた。それ以上多くなると順番に意見を言うだけのタウンミーティング的なものになってしまう。

官邸がある東京での開催なので(地方での開催も考えている)関東の方からの応募が多いかと思ったが、日本各地からたくさんの応募があり、中には海外からの参加もあった(自費)。みなさん、官邸で首相と会うのを楽しみにしている上に「子育てをしている同士」という連帯感もあるのか、集まってすぐ仲良くなり、笑い声が絶えない。いい雰囲気。

天気が良かったので、まずは官邸の中庭に出た。
官邸の中庭を子どもたちが走り回るという珍しい景色が展開(笑)。その後、官邸内にも子どもの叫び声が響き渡った(休日なので大丈夫)。何度も官邸に来ているが、こんなに雰囲気のいい、くだけた官邸は初めて(というか、官邸内に大勢の子どもというのもなかなか画期的なことらしい)。みんな笑っているし子どもは走り回っているし。こういうのって普通の会議でも将来実現してほしいな。子育て中の人が普通に参加できる政治。

で、臨時託児施設に子どもを預け、10人(お母さん7人、お父さん3人)がカフェに集まり、ファシリテーターとしてWGメンバーである平田オリザさんと佐々木かをりさんも入り、首相を含めて総勢13人でのカフェが始まったのである(ボクたち裏方は別室でモニターで見ていた)。

いや〜、ちょっとビックリした。
みんな首相を前にしても物怖じせず、次々と自分の考えを話し、それを受けて他の人も話し、と、どんどん話が広がっていくのである。確かに(政策に対する賛否に関わらず)積極的な意見や問題意識を応募時に書いてくれた方を選定したということもある。でも、それにしても、この議論の広がりは予想外。日本人ってこういう場で遠慮して話さないイメージがあったけど、みんな積極的に語る語る(笑)

というか、我々が考えてきた「カフェ」のイメージそのままだった。
首相の話を伺う、とかいうのではなく、みんなが話している中に首相が加わっている感じがそのまま出た。いわゆるタウンミーティングだと、首相に質問して首相が答えるみたいなカタチになる。そうではなくて、みんなが自分の問題意識を話し、そこに首相も加わるみたいなカタチが自然に出来た。すばらしい。この様子はそのうち動画が首相官邸サイトに上がると思うので、それを見ていただくのが早いと思う(上がったらリンクします)。

子育ての苦労や切迫した問題、提言など、みんな「首相や政府に何かしてもらいたい」という陳情的なことではなく、「自分たちが何を出来るか、しているか」を首相に話しかける。これってまさに「新しい公共」だ。参加者の問題意識の高さにちょっと感動しながら聞いていた。

1時間半ほど、ずっと大盛り上がりに盛り上がり、その後、参加者とその家族と鳩山さんの全員で庭に出ての記念撮影や散歩も行われ、とても楽しい雰囲気の中、第一回の「リアル鳩カフェ」は終了した。WGもみんな晴れ晴れとした顔。いまから第二回目が楽しみである。

ちなみに、別にこの程度のことで「国民と政治の距離が近づく」とか能天気に思っているわけではない。まだまだ第一歩だし小さな一歩。でも、こんな一歩ですら、いままでほとんどされてこなかったことである。確実に少しずつ変わって行っていると思う。

少なくとも、民間の声をこれほどまでに聞こうとした首相はいままでいなかったことだけは確か(我々民間WGの提言然り。ツイッターの生の声やリアル鳩カフェの対話然り)。ツイッターでも、「国民の生の声を聞く」ために、首相執務室のデスクにツイッター専用のモニターまで置いている。一般人のツイートが首相執務室に届き続けている、というのも、よく考えてみたらなかなか画期的なことである。そういうことについてはちゃんと評価し、拍手を送りたい。そしてこれからも「国民と政治の距離を近づけるためのお手伝い」を微力ながらしていきたいと思う。

それにしても、昨日は楽しかったな。
終わってから鳩山首相と話をしたが、首相もとても楽しかったようだし、「本当にいろいろ参考になった」と繰り返し言っていた。まぁ政策面は我々WGの関知しないところだが(別に内閣サポーターでも民主党サポーターでもないニュートラルな立場)、何かしら政策に活かしていただけるのであれば望外の喜びである。

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ハンバーグオリンピック(笑)

2010年02月14日(日) 8:44:00

昨日からバンクーバー・オリンピックが始まりましたね。
冬季オリンピックって夏季に比べてお祭り感が強くて好き。夏季は最近ナショナリズムが強すぎる気がする。

昨日はツイッターで面白いことがあった。
別に「ミスを晒す」目的ではなく、とても好意的な意味で書くので、NHK担当者さん、許してね。

というのも、「NHK広報局(NHK_PR)」というツイッターのアカウントがあるのだが(ここに載っているのでオフィシャルだと思われる)、それがものすごい誤字をやったのだ。

明日からオリンピック編成のため、普段お楽しみ頂いている番組がご覧頂けない場合がございます。何卒ご了承いただき、ハンバーグオリンピックをぜひお楽しみください。NHKの放送予定は→ http://bit.ly/b8bi9P また、オリンピックアカウントは @nhk_olympic
ハンバーグオリンピック(笑)
まぁあまりに笑える誤字なので批判もそんなに起きないとは思うけど、笑えるだけに、真剣に闘っている方々や運営している方々には失礼なことでもある。そのうえこれは報道機関の公式アカウント。だから即座に訂正と謝罪が入った。これが実にツイッター的というか、「中の人」の肉声と体温が伝わってくるいい謝り方だった。3つ連続で引用すると、
失礼いたしました。明日から放送いたしますオリンピックは、バンクーバーオリンピックです。訂正してお詫びいたしますっ!。すみません (>_<、)

すみません(>_<、) 「はん」って入力すれば「バンクーバーオリンピック」と「ハンバーグオリンピック」が、変換候補に出てくるように設定していたのです・・・。自動がちゃんと出ているか確認して、胃が痛くなりました・・。うう。

大変申し訳ありませんでした。空目の単語登録をしていたものをうっかり気づかずにツイートしてしまいました。ご指摘下さった皆様、ありがとうございます。本当に申し訳ありません。バンクーバーオリンピックです。よろしくお願いしします。

慌てたのか、最後の文でもまた誤字しているし(笑)→「お願いしします」
顔文字は使うわ、「空目」なんていう最近の言葉も使うわ、実にNHKらしくなくて良い(笑)。だってNHK広報局だよ? 社の広報っつうたら、普通もっと杓子定規だ。

そう、普通ならお詫びと訂正の硬い文章になるところである。
でも、この謝り方には「企業がネットで上手にやっていくコツというかお作法」みたいなものが一杯入っていて見事だと思った。フラットでオープンで身近なネットの良さ、そしてツイッターの「ゆるさ」まで完全に肌感覚で把握したうえでアドリブで上手に謝り、好意まで勝ち取っている。たぶん読んだ人はみんな「NHK、なかなかかわゆい!」と思ったはず。うまいなぁ。別にうまくやろうと思ってやったのではないと思うけど、結果的にピンチをチャンスに変えた。今朝のツイートなんかは開き直って「ためしてガッテン」のハンバーグの回へのリンクまで張っている(これはちょっとやりすぎか)

BS1は五輪中継とニュースとゴルフです。競技日程はときどき変わるので、予定表→ http://bit.ly/b8bi9P ツイッター→ .@nhk_olympic などで予定のご確認を!・・えーっと「ハンバーグはNHKデジタル放送で」(爆) http://bit.ly/X5St1
もちろん、オリンピックというお祭りでの誤字だし、これが悲惨な天災や事件における誤字だったらこうはいかない。でも、「同じ人間じゃん?」感をお互いに共有できる、ネットのイイトコロがよく出た例だったと思う。少なくともボクは、あぁこんな反応をする人がNHKの中にいて毎日書いているんだ、という親近感でなんだかNHKが好ましく感じられたし、わりといい社風なんじゃない?とかも思った。

ここでお堅く謝ったら「あぁ担当者、きつく怒られたんだろうなぁ」とか可哀想に思っただろうし、「官僚的でミスが許されにくい、辛い職場なんだろうなぁ」とか想像して遠くから同情するにとどまっただろう。でも今は逆に「最初はきっと怒ったであろう上司も、いまでは笑って見てそうな、そんな意外と風通しの良い職場なのかも」とか思って見ている。

こういうフラット&オープンな時代における「法人のイメージ(ブランド)」って、意外とこんなところで形作られる。自分の中でそれを再確認した感じ。

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サリンジャーと iPad

2010年01月30日(土) 19:48:00

おかげさまで昨日今日とわりとよく寝た。
でも、「慢性的な睡眠不足は一晩では取り戻せない」とかいう記事もあり、まぁ取り戻せてはいないかもね。ただ、心はかなりのんびりできたので、それだけでも大きいと思う。というか上記記事、1日6時間なんていう「ボクにとっては長時間睡眠」を睡眠不足と位置づけていやがる。もしそうならボクは睡眠欠乏に近いな。もうちょい寝るように心がけよう。

昨日はサリンジャーが亡くなったというニュースと、iPad発表のニュースがボクの中では大きなニュース。

サリンジャーはね、ボクはマニアでした。
10代に読んでおいて良かったなぁとつくづく思う作家だった(いまの10代に受けるかどうかはわからない)。一番好きなのは「ゾーイー」。高校生のころだったか、一時期好きすぎて再読しすぎ、途中から「飽きちゃうのが怖いから再読禁止」にしたくらい。でも実はそれ以来読んでいない(笑)。いま読み返すのはちょっと怖い。これ、柴田元幸さん、新訳してくれないかな。

ちなみに、いまでもたまにバーでトムコリンズとか頼みます(ホールデン・コールフィールドが飲んでいたカクテル)。ちょっと赤面しつつだけど。あと「アフリカの日々」もホールデンの影響で読み始め、いまでも本を手に取るとホールデンを思い出す。そのくらいは好きだったな、サリンジャー。

1965年以降は新作を発表しなかったが、個人的には書き続けていたとも伝えられている。
もしかしたら死後発見というカタチで新作が遺族から発表されるのかもしれないが、読みたいような、読みたくないような…。

iPadは、iBooks が日本で機能しなければ魅力半減ではあるけれど(取次問題で電子出版がフリーになるのはまだまだ先かと)、なんかまた一歩未来に近づいたという印象。少なくとも雑誌と新聞の未来は、この前ご紹介したプラナフ・ミストリーの発明も含めて、この辺にありそうだ。

ええと、ドラクエVI はですね、ムドーを撃破したあたりですね。ちまちまと少しずつやってます。

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阪神大震災から15年

2010年01月17日(日) 6:27:26

あの朝から今日で15年…。
当時ボクは神戸の夙川に住んでいた。そしてあの大地震を体験した。まぁ毎年この日にさなメモでお知らせしていることではあるが、そこで得られた教訓をいくつか以下に書いているので、ぜひお読みください。

地震が起こったら、まずこれをしろ!
地震が起こる前に、これだけはしておけ!
震度7の朝、妻は妊娠9ヶ月だった。

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ボクはネットの善の力を信じている

2010年01月02日(土) 15:06:23

昨日の1月1日、鳩山首相のブログツイッターが始まった。

去年の会食ツイッター中継や2回目の会食での提言が縁で、「国民と政治の距離を近づけるための民間ワーキンググループ」に参加し、首相にいろいろサジェスチョンさせていただいた。その第一歩目が始まった、ということだと認識している(首相もブログで言及してくれている)。

まぁボクたち民間ワーキンググループは外から具体的にサジェスチョンするくらいしか出来ないが、日本のトップである総理大臣が、自らネットという「国民と直接つながれるチャネル」を本格的に開こうとしていることは、大きく評価したいし応援したいと思っている。国民と政治が近づき、政治に対する無関心や無力感が少しでも改善されれば、それは素晴らしいことだと思う。

ある友人が言った。「よい心しか、世界をよくできない」と。
ボクもそう思う。ボクはネットの善の力を信じている。そして、それを使う人間の善の心も信じている。

せっかく首相がチャネルを開いてくれても、罵詈雑言で応えていたら、それはきっとまた閉じられてしまう。
そうすると、今後「やっぱりネットは政治に合わない」という教訓になり、ボクたち国民と政治の距離はまた遠くなってしまうだろう。鳩山内閣の下ではなんとか開かれ続けたとしても、次の内閣では確実に閉じられてしまうだろう。

批判をしてはいけないということではない。ボクたちが選んだ代表者に批判や要望を言うのはボクたちの大事な権利だ。でも、批判するなら真面目にやろう。罵詈雑言や誹謗中傷ではなく、建設的に意見を言おう。いいと思うところはちゃんといいと伝えよう。悪いと思うところは何故そう思うかを真摯に伝えよう。首相と直接つながるツールをやっとボクたちは手に入れたのだから。ネットを愛しているならなおのこと、大事に有効に使っていこう。

鳩山さんは、お会いしてみてわかったが、とても「国民と政治を近づけたい」という気持ちが強い人だ。そして本当に人の話によく耳を傾けてくれる。政策についてはいろんな批判があるだろう。ボクもある。でも、あれだけ聞く耳を持っているトップはこれからもそんなに出てこないと思う。当分こんなチャンスは巡ってこないかもしれない。いわゆる千載一遇だ。このチャンスを大切にできたらと思う。

ちなみに、もう言い飽きたが、広告会社によるイメージアップ・キャンペーンじゃないですよ(笑)
仕事ではない。個人での参加である。というか、ワーキンググループに電通も博報堂も芸術家も企業家もNPOも入っていることからわかるように、みんな個人で参加している。

そして、ボクもそのワーキンググループのメンバーも、鳩山シンパでも民主党シンパでもない。ただ「国民と政治が近づいたらいろんなことが変わるぞ」とワクワクしながら動いているだけである。これからもニュートラルにいろいろ施策を提案したいと思っているし、かなり厳しい注文もつけていきたい。そして出来れば鳩山内閣の次の内閣でも活動を続けて行きたいと思っている(状況が許せば)。

首相のブログもツイッターもまだぎこちない感じだが、まずは「始まったこと」が大切だ。今後、首相と実際に会っていろんな話ができる「官邸茶房」を定期的に首相官邸内で開くこともワーキンググループで提案中である。

2010年。「あの年が国民と政治の関わり方の分岐点だったね」と言われるような年になるといいなぁと夢想している。そのために、当事者意識と「善の心」をもって、ちょっと努力してみたいと思っている。温かい目で見ていただけることを。

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執筆年越しか…

2009年12月31日(木) 11:37:25

今年も今日が最終日。
みなさま、今年も一年おつきあいくださりありがとうございました。2000年の一桁台も今日でオシマイですね。

わりと激動の年だったのでちゃんと振り返りたいんだけど、執筆地獄でそれどころではないというのが本音です。あぁマジ間に合わない。焦るといい文章にならないので表面上は落ち着いてますが、今年は執筆年越しになりそう…。ゴ〜ン。おまけに来年早々からプレゼンがいくつかあり、その企画書も相当たいへん。エッセイ執筆と実務が重なると頭の切り替えが大変なんだけど、そんなこと言っている場合ではないな。ということで執筆に戻ります。

あ、そうだ、いま、うちは喪中なので、新年のご挨拶は失礼させていただきます。

それではみなさま、よい年をお迎えください。


この日にご紹介した朝日先生が胃がんのため昨日亡くなられたそうです。
今年もいろんな方が亡くなりました。個人的に書き留めておきたい方だけここに挙げておこうと思います(亡くなった順に)。

牟田悌三、福田繁雄、ジョン・アップダイク、青山孝史、ブロッサム・ディアリー、稲越功一、テレニン晃子、藤間紫、土屋耕一、早川良雄、モーリス・ジャール、露の五郎兵衛、金田龍之介、マリリン・チェンバース、上坂冬子、J・G・バラード、清水由貴子、粟津潔、忌野清志郎、三木たかし、アレクサンドル・イヴァーノヴィッチ・ボンダレンコ、速水優、頼近美津子、栗本薫(中島梓)、石本美由起、黒田恭一、デビッド・キャラダイン、三沢光晴、眞木準、ファラ・フォーセット、マイケル・ジャクソン、土居健郎、平岡正明、佐藤道夫、山田辰夫、川村カオリ、古橋廣之進、大原麗子、石塚武生、山城新伍、レス・ポール、海老沢泰久、金大中、トニー・ザイラー、細川隆一郎、エドワード・ケネディ、セルゲイ・ミハルコフ、クリス・コナー、柳亭痴楽、臼井儀人、パトリック・スウェイジ、庄野潤三、土井正三、中川昭一、アーヴィング・ペン、加藤和彦、南田洋子、室伏哲郎、三遊亭圓楽、クロード・レヴィ=ストロース、森繁久彌、田英夫、大浦みずき、水の江瀧子、ジャンヌ=クロード、大森佳代子、亀山房代、平山郁夫、山谷陽久、ポール・サミュエルソン、ジェニファー・ジョーンズ、朝日俊彦。

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Don't Cry Out Loud

2009年11月21日(土) 9:19:27

クリストの奥さんでもあり、彼と一緒に世界中を包んで回ったアーチスト、ジャンヌ=クロードが亡くなった。

彼らの、いわゆる「梱包芸術」に出会ったのは30歳のころに見た「アンブレラ・プロジェクト」(写真はWikipediaから)。
茨城の水田地帯に数十キロにわたって青い傘を敷き詰めたもので、それはそれは壮観。正確に言えばこれは梱包芸術ではなかったが、見る者の意識を異化させる効果は同じ。見慣れた田園風景が異化され、再発見される。

彼らの作品で好きなのは島をピンクの布で覆った「Surrounded Islands」。パリのポン・ヌフを梱包した「The Pont Neuf Wrapped」。ベルリンの議事堂を梱包した「Wrapped Reichstag」。そして、つい数年前にセントラルパークでやった「The Gates」。これ、見に行きたかったなぁ。

この梱包芸術、住民や自治体の許可を得ることも含めて時間とお金が多大にかかるのだが、Wikipediaによると、その費用は「美術館や政府や企業などから一切の援助を受けることなく、プロジェクトの完成を予想したドローイングやコラージュ作品など、クリストの手によるオリジナル・アート作品の販売でまかなっている」そうだ。ニューヨークの「The Gates」も「企業や市当局の援助はまったくなく、巨額の資金は1950年代や1960年代のドローイングや梱包アイデア図の販売、絵葉書販売などでまかなわれた」とか。ちょっとびびった。すごい…。


季節の変わり目は人が亡くなる。

昨日は、関西勤務時代に通ったバーの常連さんが亡くなった。ボクよりわりと年上の女性なのだが、おしどり夫婦で、彼女が飲んでると仕事から帰ってきた旦那さんが合流したり迎えに来たりしていた。飲み仲間にとって憧れの夫婦だった。

彼女はリタ・クーリッジの「Don't Cry Out Loud」が好きで、いつもマスターにリクエストしていた。多いときは週に4回くらいその店で出会っていたが、毎回ラストはその曲。ボクもその曲を中心にカセットテープを作ってあげたりしてたなぁ…。

今週末は留守番で家にいなければならず、神戸でのお葬式には行けないのだが、リタ・クーリッジでも聴いて静かに過ごそう。佳代子さん、楽しい時間をたくさん、どうもありがとうございました。

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老衰って久しぶりに聞いた気がする

2009年11月11日(水) 9:23:12

血液検査の結果も出て、尿酸値は高めだけど「痛風になるほどではない」とのことで、晴れて完璧に痛風疑惑が晴れました。ご心配くださった方々、本当にありがとうございました。おかげで痛風情報もたくさん集まり、もう予防対策完璧です(実行できれば)。ただ、昨日も書きましたがこれを天のサインと捉えてちょっと節制します。もう6時間7軒8玉とかイタシマセン!

と、言いつつ、おとといはフレンチで昨日は中国料理。どちらもフルコース。ダメじゃんよ。でも明晩の「23時からの餃子パーティ」というのは泣く泣く我慢した(←周りのみんなに反対された)。なんだかとっても有名な餃子会らしく、参加してみたかったなぁ。せっかく誘ってくれたのになぁ。参加メンバーの方々、すいません、タイミングが悪かったです…。

ところで森繁久弥が亡くなりましたね。老衰。久しぶりに聞いた気がする。老衰。幸せな死に方。大往生。
ああいう「肩書きが決められない人生」って理想に近いな。肩書きという枠に規定される人生なんか送りたくない。常に枠からはみ出していたい。だったら会社やめろって? いやいや、会社という枠に規定されていさえしなければ、会社は意外と楽しいところ。個人でやるより大きなステージ。楽しく踊っちゃえばいいだけだ。そういうステージが楽しく感じられる間は会社にいた方がいい気がする。こぢんまりしたステージの方が楽しくなったら、それはそのとき考える。

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松井秀喜の言葉

2009年11月06日(金) 12:11:13

松井秀喜のワールドシリーズMVPは会社でリアルタイムで見ていた。
ツイッターでホームランだ二塁打だと次々と活躍がつぶやかれるので「こりゃ見なければ!」と、オフィスのテレビがあるところまで見に行った。最近はどんなニュースもツイッターで知ることが多い。ソーシャルメディアを介してマスメディアに触れることが実に多くなった。そうなるとどうなるか。マスメディアと一般人の発信がほぼ同等な価値に感じられてくるようになる(ある程度その状態に馴れるとだが)。マスメディアが発信者として一般人と対等になる感覚。一般人というのが言い過ぎであれば、影響力ある発信者(インフルエンサー)とマスメディアが対等になった感じかな。

この「対等感」を理解せず、いつまでも「教えてあげる」的な「上から目線」で発信しているのが今のマスメディア。もうあなた方だけが情報強者ではない。そのあたりを心底理解しないと、一般人(特に若者)の感覚とどんどん乖離してしまい、揚げ句の果て「もうマスメディアはいらない」とか言われちゃったりする。そうならないためにも意識変革が必要。ただ、この意識変革、40代50代60代の「上から目線どっぷり型」のマスコミ人には実に難しいことなんだろうなぁ…。

って話がズレたけど、松井の話。
今朝のNHKで松井の単独インタビューを流していたが、インタビュー映像後、アナウンサーが「松井選手は『自分に対して、勘違いするなよ、と言いたい』ともおっしゃってました」と言っていた。松井の言葉で一番好きなのはこれだけど、今回のこの言葉もなかなか響いた。あそこまで行ってまだ引き締めるか。調子こいてしまいそうな自分を諌めるか。逆に言うとそういう態度だからこそあそこまで行けたわけなので、どっちが先かニワトリタマゴではあるのだけど、それにしても、そうか、まだ「勘違いするなよ」なんだなぁ。

でもさ、なんだか少しぐらい図に乗ってもいい気もするけどな。苦労してあそこまで行ったんだから。でも図に乗ったら島国の国民やマスコミが「いい気になるな!」とか叩くんだろうな。叩く人がいるから彼が気を引き締めるわけなので、叩くのも有効ではあるけれど、なんというか、この「出る杭を打つ感じ」や「目立ったヒトを引きずり下ろす感じ」が最近本当にイヤ。規格外の人間を規格外と認めてもっと許そうよ。一芸に秀でているヒトの多少非常識な言動くらい大目に見ようよ。

話はガラッと変わって昨日飲んだワイン。
どちらもかなり希少なものらしいので、一応記録。

1本目は、Domaine Laroche の シャブリ・グランクリュ "Les Blanchots" Reserve de l'Obediencerie 1993 。ラロッシュが「理想のシャブリ」を作るために、レ・ブランショの畑の限られた小さな一角で入念に丁寧に作り上げた逸品。ひと飲みで心底幸せになれるような白ワイン。古酒のようなひね香があるのにさわやかな後味。シャブリとは思えない味と香りだけど、シャブリのエッセンスはちゃんと入っている。すばらしかった。

2本目は、Domaine de La Part des Anges(パール・デザンジュ) 2005。サンテミリオンのグラン・クリュ。Catherine & Gregory Leymarie という造り手夫妻が「自分たちで飲むだけのために」年間120本(わずか0.12ヘクタール)のみ造っている赤ワイン(2005年のものは138本)。世の中にほとんど流通していないものらしい(日本に数本しか入ってこないと聞いた)。1957年に植えた葡萄で初収穫が2000年だとか。セパージュはカベルネ・フランがほとんどにメルロー少し。サンテミリオンっぽくないなぁ。ファーストアタックがむせるくらい若々しいのに、口に含むとあくまで優しく穏やか。そして余韻はさわやかにスーと消える。至福。

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もっとちゃんと応援しないと

2009年10月18日(日) 16:36:23

昨晩は落語会に出かけたのだが、出かける直前に加藤和彦の自殺の速報がネットに。
久しぶりにかなり絶句。Mac前で固まった。汗かいた。うーん……。面識はないが、なんだかそういうダークサイドを笑って遠ざけちゃうようなものを彼の音楽から感じていたので「まさか!」という感じ。

そのショックも冷めやらぬまま、落語会へ。
洗足駅前の「カフェシオン」というカフェで「三遊亭落語会」をやるというお知らせを受け、家族で出かけたのである。娘は2回目の生落語。妻は初めての生落語。初めて行く店だが、タイミングよくメールをいただいたのがご縁である。

開演5分前に着いた。会場はお洒落な小さなカフェでジャズがかかっていた。ライブもやるようで、奥にライブスペースがある。そこにテーブルに敷物を敷いた感じで高座ができている。観客は20人ほど。NHK「ちりとてちん」において居酒屋で高座をやっていたが、言うなればあんな感じ。こぢんまりとしていてとても親密な空気感。なんだか「ちりとてちん」のDVDをまた最初から見たくなった。

落語は、三遊亭きつつきが「代脈」を。三遊亭道楽が「佐野山」をやった。
会場的に落語を初めて聴く人が多いと踏んだのだろう、ふたりとも枕をとても長くやった。三遊亭きつつきに至っては枕の方が面白かったし(笑)。まぁ直前までジャズが流れていた小洒落たカフェでいきなり落語をやるのも大変だ。空気作りから始めないといけない。しかも小さな子供から老人までバラバラに離れて座っている。やりにくいよなぁとかちょっと同情しつつ、最近よく聴く立川流ならまた違う感じの枕で会場を巻き込むだろうなとか、いろいろ想像しつつ聴いていた。

結果的には娘も妻も大満足で終了。うん、面白かった。
三遊亭きつつきが上手に場を温め、三遊亭道楽はさすがの安定感で「落語を聴いたなぁ」という満足感を残してくれた。「佐野山」というのはお相撲さんの噺ですからね、道楽の体型も噺に合っている(笑)
隣の席の合コン風若者たちも「落語って初めてだけど面白かったー」とか言っていた。カフェシオンさん、いい企画だったと思います。誘って下さりどうもありがとう。

しかし、なんというか、歳をとるに従って表現を成熟させていくことができる落語家と、歳をとっても新しいものにチャレンジしつづけないといけない加藤和彦のようなアーチストとの違いについていろいろ考えさせられたな。
もちろん伝統芸能も歳をとったなりの苦しさはあるだろう。でも若いときから飛び抜けた創造性で音楽業界をリードし広げてきた加藤和彦のような人は、歳をとってアグレッシブさが消えていく過程はそのまま苦しみの過程になるのかもしれない。

若いときから長く長く創造活動をやっているアーチストたちは、多かれ少なかれ同じ苦しみを感じながら創作活動をやっているのだろうと思う。身勝手に「今度のアルバムつまんねぇ。○○も終わったな」とか言えるのも聴く側の権利ではあるが、長く聴かせてもらっているファンとしてはそういう客観評価とは違う軸で応援していく態度が必要なんだろうな。

家に帰って、ユーミンとか桑田とか達郎とか元春とか、若いときからずっと聴いているアーチストたちのCDジャケットを見ながらそんなことを考えてた。せめて借りずに買わなきゃなぁ(最近の数枚は借りた)。頭の隅でユーミンや桑田が自殺したらどう思うかを想像した。うぅ。心が痛すぎる。もっとちゃんと応援しないと。

そして一回だけ「悲しくてやりきれない」を聴いた。もう一度絶句。

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予防医学的な、新しい賞の与え方

2009年10月11日(日) 9:18:41

オバマのノーベル平和賞受賞について、メールをいろいろいただきました。
核廃絶や国際協調、地球温暖化対策などへのコミットメントやスピーチは良かったけどまだ何も実行してないじゃん、っていう批判はまぁよくわかる。でも、「ビジョンを示したことに賞を与える」のは時代的にアリだとボクは思ったな。

世の中がどんどんフラット化・多様化している現在、以前よりずっと「世界はどこに向かうべきなのか」というビジョンを示すことの重要性が増している気がする。それを示した人に賞を与えて「言ったからには実行しろよ」と縛り付けたのは、予防医学的な、新しい賞の与え方だとちょっと思った。病気を治したことでなく、病気にならない考え方に賞を与え、その実行を強く求める、みたいな。 過去のことに賞を与えるのではなく、未来への道に賞を与え、ノーベル賞委員会自体が平和活動に参加する、みたいな。

平和とは遙かなるゴールではなく、平和という「方法」であり「やり方」だ。
以前オサニチで「There is no way to Peace. Peace is a way.」という言葉を紹介したが、強烈に影響力を及ぼせる立場にいるオバマ大統領が、勇気あるビジョンをはっきりと世界に示したことは、まさに「Peace is a way」の実践だ。そこに賞を与える。これってとても二十一世紀的だとボクは思ったです。

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二十世紀的やり方がようやく終わり始めている

2009年09月27日(日) 19:21:39

鳩山首相って、あの張り付いたような目と表情がずっと苦手だったのだけど、今回の一連の外交デビューでの核廃絶スピーチとか温暖化防止策「25%減」表明スピーチとか大リーグ始球式のマウンドを見ていて、逆にあの張り付いたような表情が「なにごとにも動じない肝の太さの表れ」と見えてきて、なんだか不思議に頼もしかった。
というか、この人、急激に成長していない? あんなに頼りなかったのに…。まさに地位が人を作っている過程をボクらは目撃しているのかもしれない。

そりゃ人間だから緊張もしただろう。政権交代したニューリーダーを世界中が「どんなもんだ?」と注目している現場である。そこで、あの張り付いたような目と表情を変えず、手も震えず声も震えず、自分の言葉でしっかりスピーチや対談をこなした「太さ」は、人間としてきちんと評価したいと思う。すばらしい。

政権発足してたった5日目から始まった鳩山外交(国連総会・金融サミットG20)。大向こう受けする表明が多すぎた気もするが、後手後手の「対応」に回りがちだった今までの外交に対して、先手の「ビジョン」を示せたことは大きいと思うな。国際舞台において、日本が「どう対応するか」ではなく「どこに進むか」を示せたのは初めてなのではなかろうか。「どこに進むか」が決まると日本人って超優秀だからね。もちろんその進路が間違っていたら大変なので議論はいるが、「どこに進むか」を表明するクセがつけば、今後は大きく変わってくると思う。内容もなかなか良かったと思うけど、今度の鳩山外交の意義はそこなのではないかとボクは思う。

まったく注目してなかったけど、いつの間にか優勝していたジャイアンツも原監督の采配が絶賛されている。お金にものを言わせた経営も変化し、古くからの根性論も一掃されてきたようである。いろんなところで少しずつ「二十世紀的やり方」が終わり始めているのを感じる。個人的には「ようやく」という言葉がしっくりくるのだけど、「もしかしたらもうこの国は変わらないのではないか」と思った時期もあったから、「ようやく」でも「やっと」でも「いまさら」でもいいから、そのことを喜びたい。そして自分の領域内でしっかりその流れに参加したい。なんとかいい方に変えて、次の世代に手渡したい。そんなことを思った週末だった。

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風変わりなことは恥ずかしいことではない

2009年09月06日(日) 12:23:08

次期首相になるのがほぼ確実な鳩山由紀夫民主党代表の奥さんである鳩山幸夫人の無邪気な言動は以前から週刊誌などで読んでいたが、今、その発言が世界中で話題になっているらしい。まぁ日本の次期ファーストレディでもあるしね。

取り上げられているのは過去のこのような発言。
「私たちみんな宇宙人」「わあ、疲れた。今、金星に行って来たのよ」「肉体が眠っている間に、魂が三角形のUFOに乗って金星に行って来た」「太陽をちぎってむしゃむしゃ食べるのお。すごく力になるわよ~」「前世で私はトム(クルーズ)と一緒だったの。だから彼に会って『久しぶりね』と言えば、彼はわかると思う」

それを受けてグーグルまで昨日のトップページロゴが UFO になってた(これは偶然そうなった可能性もあるが、この記事によると Twitter でグーグルの暗号めいたオフィシャルつぶやきがあり、それを解いたところによると鳩山夫人の発言に関連してる可能性が高いらしい)。

上でリンクした記事は「これからずっとネタにされバカにされ続けるかと先が思いやられますね、ホント」と結んでいるが、ボクはイギリスのタイムズ紙の社説の考え方の方を支持したい。共同通信が配信したこの記事は「英紙、鳩山夫人を社説で論評 『日本は不可解でない』」という見出しをつけ、以下のように続けている。

【ロンドン共同】4日付の英紙タイムズは、次期ファーストレディーになる民主党の鳩山由紀夫代表の妻、幸さんを社説で取り上げ、日本が不可解な国ではないことを示す助けになると解説した。
 社説は幸さんの「UFO体験」や、米俳優のトム・クルーズさんと前世で会ったことがあるとの発言を紹介した上で「風変わりであることを恥だと思わない人物が日本のファーストレディーとなり、そうした妻の快活さを評価する夫が首相になる」と好意的に論評。
 さらに幸さんについて精力的だとし、おとなしい政治家の妻という型にはまったタイプからほど遠いと評している。(47ニュース:2009/09/04
とてもいい記事だと思う。日本人の「気づき」にとって。
そう、風変わりなこと(人と違うこと)は恥ずかしいことではない。人と同じことをしたがること(日本人の国民性)の方が世界的にはずっと「不可解」なのだ。逆にユニークネスが高く評価されるのが海外なのである。そういう意味でも奔放で風変わりな人がファーストレディになるのはいいことなのではないだろうか。そのユニークさを非難せずに面白がれるようになるための訓練になる。

こんなことを書くと「だとしてもファーストレディとしてはNGに決まってるだろ!」みたいなメールが来るんだよなー。日本人が「寛容性」を身につけていく過程だと思うので、あまり目くじら立てることもないとボクは思うけどな。

ただ、鳩山由紀夫代表本人についてはちょっと目くじら立てたい。
「国会の人事や運営を小沢氏に全面的にゆだねる意向」というニュース。これは本当に残念だった。馴れない与党を運営していくのに経験豊富な小沢氏の豪腕と安定感が必要なのはわかるけどさぁ。

小沢一郎議員のことは別に好きでも嫌いでもないし、立派な政治家のひとりだと思っているが、やり方が従来の「自民党的」である。そこが彼の一番の弱点(そう、いまは弱点)。多くの国民が「民主党が好きなのではなく『自民党的なもの』が嫌いになったから民主党に票を入れた」という流れを鳩山代表がわかっているのなら、「小沢氏に全面的にゆだねる」という発想は出てこないはず。カタチだけでも「ゆだねず闘って」いたら、全然印象が違うのに。

負けた自民党も、総裁選白紙投票がどうのとか、落選議員が派閥の長に留まるとか、国民に人気ある議員を総裁にとか、寝ぼけたこと言い続けているのなら、本当にいまの社民党レベルまで凋落するだろう。
選挙に大敗したのは、小泉改革の反動(格差論 ←格差は小泉改革が原因ではないとボクは思っているが)ではない。もうあの当時から「自民党的なもの」が嫌われていて、国民は「自民党をぶっ壊す」という小泉改革に望みをつないだのである。その象徴が郵政民営化だっただけ。その「ぶっ壊し」を安倍・福田・麻生が引き継がず(まぁ引き継がなかったから結果的に「ぶっ壊す」という公約が実現されたんだけど)、郵政反対派も党に戻し、やり方もすべて従来の「自民党的なもの」に戻してしまった。これが国民の自民党嫌悪の源であり大敗の原因だとボクは思っている。そこを変えないと本当に凋落すると思う。

それと同じ文脈で、だからこそ「自民党的なもの」だけは遠ざけておかないといけないのが鳩山民主党。
小沢氏の能力を活かすのは当たり前だが、「全面的にゆだね」て欲しくはなかったな。「あぁやっぱり自民党的なやり方なんだ」という深い諦観を国民に与えてしまったかも。残念だ。せっかく少しワクワクしてたのに、はじめの一歩がそれっすか。

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成熟した国への過程

2009年08月31日(月) 7:07:21

民主党が大勝し、ついに自民党から政権が移った。
民主主義を標榜する先進国の中で唯一日本だけが経験していなかった本格的政権交代が実現する。どんな長期政権も腐敗する。その一点をもってして、初めての政権交代を歓迎したい。これも成熟した国への過程なのだと思う。

成熟した国への過程という意味では、次は我々国民がそれを問われる。
たぶん民主党はいろいろボロを出すだろう。マニフェストを見てもそう思うし、経験のない新人も多く当選したし、マスコミも(お得意の)手の平返しをするだろうからね。というか、いままでやったことないんだから当たり前だ。半世紀にわたる同族経営の会社にいきなり外から無経験の社長が来たようなもので、超やりにくいだろうし、改革もなかなか前に進まないだろう。それをどのくらい長い目で見ることが出来るか。小さな失敗を口汚く責めたり、小さな揚げ足をいちいち取ったりせず、いかに俯瞰した評価を出来るか。その辺、我々も成長しないといけないと思う。

俯瞰という意味では、小泉改革の評価についてきちんと俯瞰されていないのが不満だが(長い目で見て小泉改革は大きな意味があったと思っている)、まぁそれもまた仕方がないのだろう。少しずつ前には進んでいる気はするので。

それはともかく、これを機に「世代交代」が全国的に進むといいな。国レベルでも会社レベルでも。
年長者がすべて悪いとは言わないし、超優秀な方もいっぱいいるが、今後20年30年スパンで将来に責任が持てる人がやはり組織を運営すべきである。平均寿命を考えると少なくとも65歳以上の方々は(いろんな想いはあるだろうが)20年後に無責任。その方々にはぜひ退場していただきたいと思う。

今回はTVとサイトとTwitterにかじりついて選挙速報を見ていたが、Twitterが特に面白かった。いろんな人のコメントを見ていると自分の中でバランスがとれるし、なにより民度の高さを実感できて良かった。この国もまだ大丈夫なのではないかというそこはかとない安堵。2ちゃんだとこうはいかない。

しかし、投票率は69.30%と微増止まりか。
んー…。でも一応増えたんだから、減るよりはマシとしよう。←何事においても「マシ」論者。

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選挙へ行こう

2009年08月30日(日) 7:16:31

期日前投票をした人が約1100万人と過去最高を記録したらしいので(人口の約1割)、意識はとても高まってはいると思うけど、とにかく選挙へ行こうね、みなさん。

「若者は、選挙に行かないせいで、四〇〇〇万円も損してる!?」(森川友義著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本によると、近年の総選挙において、20代の投票率は他の世代に比べて極端に低いそうな。4年前の総選挙だと20代の投票率は46.2%。70歳以上の69.48%よりかなり低く、人数にすると約700万人以上少なかったらしい。

そうなるとどうなるか。
政党は票が集まる政策をマニフェストにするから、当然「70歳以上にウケる政策」を押し出してくる。だって20代用の施策を提案したって票に結びつかないからね。つまり、政治に参加しない人たちはそれだけ「政治的に不利」になるわけだ。その結果、生涯収入の差が約4000万円出てくるというのである。若者の投票率が低いというだけでこれだけの損。

これさぁ、ボクは40代後半だから関係ないけどさぁ、なんとかしないとまずくない? >20代の方々
とりあえず行こうね、選挙に。今回20代の投票率がはね上がれば、次回の総選挙では若者用施策が必ず争点となる。それはキミたちの人生に直接関係してくる。大事だと思うけどなぁ。


個人的には、選挙について思うことはいつも一緒。
「選挙権とは、それを得るために多くの血が流された『普通ではない権利』である」と常に思っている。民主主義への移行過程を含めて。だから、もったいなくて棄権するなんてとても考えられない。「選挙権を得る」という過程でどれだけの人が死んだか。あなた、死ねる? でも死んだ人はたくさんいる。人生を賭けた人もたくさんいる。そういうことを思うと「大切にしないとなぁ」と思う。いそいそとありがたく投票所に行かせていただきます。

つか、投票に行かなかった人は、今後の政治に文句も愚痴も希望も言うなよ。絶対。
棄権するなら白票で。せめて投票率は下げないでくれ。

ということで、選挙に行ってきます。
ここで書いたように、候補者の人生を背負うつもりで一票入れてくる。

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ある泡沫候補のお話

2009年08月25日(火) 12:38:25

我が家の近くの衆議院選挙のポスター板をぼんやり見ていて、ふと先月のこんなことを思い出した。

会社の近くの、たまに行くコンビニに、よく働く店長(男)がいる。
声もよく出すし笑顔もいいしちょこまかとよく動く。数日に一回は彼の顔を見るし、よく働く人だなぁという好印象もあって、なんとなく彼の顔を覚えていた。

で、先月の東京都議会議員選挙の公示後、近所(コンビニがあるのとは違う町。選挙区も違う)のポスター板で候補者を見ていたら、なんだか見覚えのある顔がある。ん? 近寄ってよくよく見たら、なんと、その店長ではないか!

いや、まさかなぁ、と思ってよくよく見かえしてもそうだ。まぁ店長の名前なんか知らないので他人の空似かもしれないけど、それにしても似ているなぁ。無所属の安っぽいポスターである。典型的泡沫候補の趣き。

そのポスターに書いてあった名前を記憶して、家に帰って検索してみたら、彼の個人サイトがあった。都議会議員選挙立候補への想いなんかも書かれている。
ただ、経歴を見ても「現在コンビニ店長」とか書いていない。やっぱり違うのかな…。○○という立派な食品会社に入社して、5年前に「政治家を志すために退職」とある。うわ、この人、後先考えずに会社辞めたのか…。しかも長男長女がいるよ…。どうやって喰ってるんだろう。大変だなぁ。

翌日そのコンビニに行ってみたら、店長はいなかった。まだ選挙期間中である。もし店長が候補者だったら、もちろんこの期間はコンビニで働いていないだろう。選挙カーか自転車でどこかを走り回っているはずだ。うーむ、こうなるとやっぱり彼なのかなぁ。ホントかなぁ。

ずっと気になっていて、選挙が終わってからもう一度コンビニに行ってみた。彼の顔を確認するためだけのために。

いた。店長だ。

どう見ても同じ顔。
商品を手に、レジにいる彼に近寄ってみる。
胸に名札がある。○○○。あぁ! やっぱり店長が候補者だったんだ!

…そう。
選挙後、コンビニの勤めに戻ったことからもわかるように、彼はビリから二番目の得票数で落選していた。ううむ、なんだか急に悔しくなった。

いや、彼が落ちたことが悔しいのではない。
志を持って会社を辞め、コンビニの店長で食いつなぎつつ立候補を続けているからといって偉いわけでもなんでもない。そんな彼が「政治家に向いている」「政治家として優れている」とも全く限らない。でも、なんというか、自分の投票において「生身の人間である候補者の人生を左右する」という視点が欠けていたことが悔しい。

政策や理念、所属党なんかはもちろん大切。
それだけを見て、さらっと投票するので構わないと思う。でもその投票に「候補者の人生がかかっていること」を忘れたくない、みたいな感じ。そこをいままでより重く受け止めて真面目に投票したい。当たり前のことなんだけど候補者にもいろんな人生の背景がある。それらを理解し、抱え込んだ上で、一票を投じたい。

どこにコンビニ店長みたいな人が埋もれているかわからない。
今回の衆議院選挙、政権交代に衆目が集まり、どちらの党が勝つかということばかりが注目されているが、ボクは(小選挙区では)できるだけ「人間」を見て投票したいと思う。彼らの人生に投票したい。そういう意味ではネット上の候補者の個人サイトは重宝するね。候補者の人生を感じられる唯一の場所だ。

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レス・ポール、山城新伍、海老沢泰久

2009年08月18日(火) 8:59:05

またしても訃報の嵐だ。
村上春樹は「1Q84」の中で牛河という登場人物に「ある年齢を過ぎると、人生というのはものを失っていく連続的な過程に過ぎなくなってしまいます。」と言わせているが、まぁそういうことなのだろうな。井伏鱒二的に言うと「サヨナラダケガ人生ダ」と言うことか。

レス・ポール。
ボクはニューヨークの「Iridium」で彼のライブを1998年頭に観ている。一緒にNYに行った音楽プロデューサーに「もうすぐ死んじゃうからすぐ行こう!」と誘われて観たのだけど、それから約10年、ぜんぜん死なずに毎週月曜夜にライブをしていた(笑)。でも観ておいてよかった。当時82歳。動きは緩慢だったけど、抜群に格好よかった。ギブソン・レスポールを胸の高い位置に抱えて静かに弾いていた姿が忘れられない。本当にうまいとパフォーマンスなんて必要なくなる。

山城新伍。
「大人にはボクたちの知らない快楽があるらしい」と子供のボクに感じさせた芸能人のひとり。主にバラエティだったが、裏側を感じさせる彼のトークは「早く大人になってみたい」と切望させるに充分だった。いまはそういう大人って少ないな。「大人になってみたい」と子供に切望させることって、ほとんど教育者の役目である。もっとも教育者的なるものから遠い人でもあったが、結果的に(そして潜在的に)かなり教育に貢献した人だと思う。いまだったら明石家さんまや中居くんみたいな人気を誇った人。芸能界と縁を切って早くから老人ホームに入ったのも衝撃的だったけど、最後まで「ボクたちに一歩先を見せてくれた人」なのかもしれない。

海老沢泰久。
この人の本は中期までなら(NECから出たPCのマニュアル特別執筆に至るまで)ほとんど全部読んだのではないだろうか。1995年にサイトを始める前だからほとんど記録に残してないけど、1980年代はモスト・フェイバリットな作家だった。「監督」に始まって「F1地上の夢」「F1走る魂」、そして「美味礼賛」はボクの中では頂点。その後も「ヴェテラン」「快適な日々」「満月空に満月」などなど。達意の文章とはこういうことを言うのだなぁと舌を巻いた作家でもあった。彼の老年を読んでみたかった。森本哲朗みたいな感じになったかも。残念。

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タックルマン石塚の死

2009年08月08日(土) 21:35:38

大原麗子の孤独死もびっくりしたが、昨日なによりショックだったのは石塚武生氏の死去ニュースであった。新聞で死亡記事みつけたときは3分ほど固まった。だってまだ57歳だぜ。

ボクは中高時代、へなちょこラグビー部員だったのだが、そんなボクの当時のアイドルは早稲田の石塚だった。
ボクは背が高いくせにハーフをやっていて、そういう意味では当時の宿澤とかの動きに魅了されるべきなのに、ずっと徹底してボクは石塚ファンだった。テレビのラグビー中継とか見ていても、いつも目はフランカーの彼に釘付けだった。タックルマンという愛称でも有名だったことでわかるように、足首への強烈なタックルが身上で、その恐れを知らぬ突っ込みぶりはいまでも鮮やかに目に残っている。

なにしろ敵のハーフからスタンドオフにボールが渡った段階で、フランカーの石塚はもうスタンドオフの間近に迫っている。で、超低い体勢からスタンドオフの足首に飛び込んでくるのだ。この早さと迫力。うまくかわせたとしてもそこですでに敵は守勢に立たされている。第二派第三派が襲ってきて、チャンスはピンチに変わる。タックルひとつで試合の流れを変えるのが石塚だった。

というか、「石塚が好き」と言うと喜んでくれる大人が多かったのも理由かな(中学生としての)。「そうだろ! おまえ、ガキのくせにラグビーよくわかってんじゃん!」みたいな。

突然死症候群とのことだが、ラグビーのワールドカップを日本で開催するのがきまったばかりだけに、なんとも残念。監督でもコーチでもいいから、彼のユニフォーム姿が見たかったな。

とか書いている最中に、酒井法子が警視庁に出頭したというニュースが飛び込んできた。
覚醒剤取締法違反容疑。まぁまだ容疑段階なのだが、これもかなりショックなニュースであった。こういうことから一番遠そうな彼女の事件だけに、これで芸能界は「なんでもあり」「誰でもやってる」という印象になってしまった。真面目な芸能人も多いだろうに。とても残念。

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カルビーのポテトチップス原爆忌

2009年08月07日(金) 8:42:35

昨日は広島原爆の日。朝刊で見つけたこの句を何度も反芻した日だった。

カルビーのポテトチップス原爆忌 中田美子

毎日新聞の隅に載っていた中田美子の句(句集「惑星」より)。
カルビーのポテトチップスに、もしくはそれを食べている自分に平和を象徴させ、原爆忌と同居させたものすごさ。まるで現代アートのインスタレーションのように、人の心に異物を放り込む。

いろんな解釈が可能だろう。テレビで中継される原爆式典を見ながらぼんやりポテトチップスを食べる自分、という風景に平和の実感を乗っけたとも思えるし、広島出身のメーカー(カルビーは元々広島のメーカーである)の商品と原爆を対比させて今の平和を浮かび上がらせたとも思える。もしかしたらポテトチップスの薄さと壊れやすさに原爆体験を風化させつつある現代の繁栄&平和の薄っぺらさを重ね合わせたのかもしれない。いや、現代日本の商業的繁栄が寄って立つ地点をきちんと示したのかもとも思える。読む人にいろんな思いを想起させる句だ。

ボクがこの句を読んですぅっと頭に浮かんだイメージは、8月6日の無人の茶の間。古めのブラウン管テレビはつけっぱなしで、そこから「カルビーのポテトチップス♪」というTVCMのサウンドロゴが無人の茶の間に流れてくる。ちゃぶ台にハエよけの網。座布団と朝刊とすり切れた畳。縁側の外は強い夏の日差し。うるさいくらいの蝉の声がなぜか遠くに客観的に聞こえている。なぜかそんな風景が頭に浮かんだ。

きっと頭で考えた解釈なんていらなくて、こういうイメージを各人それぞれがバラバラに持つだけでこの句は完成されているのだろう。優れたアートとはそういうものだ。俳句って過激なものなんだなぁとちょっと見直した。

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三日日

2009年07月23日(木) 7:42:19

nisshoku.jpg昨日のメモは皆既日食と部分日食をごっちゃにしてますね。
東京で昨日見えたのは部分日食。部分日食に限って言えば次は2035年に東京でも見えるそうです(ボクは74歳)。東京で皆既日食が見えるのは2762年ということで。

で、東京の部分日食。
写真を見てもおわかりのように、見られました!(娘の撮影)

東京では11時12分ごろピーク、という情報から、それまではテレビで中継を見ながら待機していたんだけど、窓外は完全にどん曇り。分厚い雲。まぁ見るのは無理としても薄暗くなることだけでも経験したい、と、11時12分ジャストに娘とふたりでベランダに出て空を見あげたら、なんと、写真のように曇り空に太陽がくっきり浮かび上がってました。逆に晴れてるより観察しやすかったくらい。美しい…。

ふたりとも、しばし無言で空を見上げ、薄っぺらい太陽を楽しみました。三日月ならぬ三日太陽。いや三日日か。
周りは体感的にはあんまり薄暗くならず、普通の曇りの日という感じかな。

ニュース見てたら(直射日光があった地域では)木漏れ日も三日月型になっていたようですね。
それ、キレイだなぁ。木漏れ日が三日月型って、なんかちょっとロマンチック。空はきれいな写真とか撮ってくれる人たくさんいるからそちらに任せて、地面見て木漏れ日ウォッチングしてる方が格好いいかも。

ちなみに、メールで「晴れ男様お願い!」みたいなお願いをされたりしましたが(笑)、ええと、東京地区、その瞬間だけでもうっすら太陽が見られたということで、ま、役割は果たしたかと。梅雨な上に、東京中の雨男・雨女が空を見上げてたのを考えると、まぁまぁの成果。

でも油断して太陽を見過ぎて、今朝になってもまだ目が痛いです。危ない危ない。無防備すぎた。

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次は2762年

2009年07月22日(水) 9:23:16

今日は日本では46年ぶりの皆既日食の日だそうだ。
しかも、国立天文台によると、計算上、最長継続時間は6分44秒。これは今世紀中に世界で観測される皆既日食の中で最長だそうである。東京では11時12分頃だそうだけど、分厚い雲ですね。まず見られないだろうな。

東京で前回皆既日食が見られたのは1460年だって。
応仁の乱が7年後に起こってますな。戦国時代が始まる寸前。足利義政の時代。茶の湯や能楽、狂言なんかが流行した頃。ま、全部京都でのお話ですが。

東京で次に見られるのは2762年とか。ボクは801歳である。

もしかしたら曇り空が少し暗くなるかもしれないから、11時12分ごろは娘と一緒に空を見ようと思う(妻は仕事)。そのために午前中は会社を休ませてもらった。だって生きている間に(少なくとも東京では)一緒に見られる確率はゼロである。これが最後になるからね。

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憧れた存在

2009年06月25日(木) 7:53:03

昨晩は高校の同窓会があったのでそのことを書こうかと思ったが、ちょっとショックな訃報があったのでそちらを先に。

眞木準さん。60歳。急性心筋梗塞
若すぎるなぁ。最近は本も精力的に書かれていたので、とっても意外な訃報だった。

ボクにとって糸井重里さんよりも「いいなぁ、コピーライターって」と憧れた存在だった。
だってラクそうだったもん。駄洒落系の短いコピーで大金を稼ぐ人。いいなぁいいなぁと単なる羨みの対象として憧れた。

よく考えれば「でっかいどお。北海道。」みたいな駄洒落コピーって書けそうで書けない名作なんだけど、なんかラクそうに思えた。同じくコピーライターとして有名な土屋さんとか秋山さんとか糸井さんとか仲畑さんとかはもっと「考えている感じ」が匂った。眞木準さんは「考えている感じ」が外に出てこないコピーだった。若いころのボクにはそれがラクそうに見えたわけですね。ホントは違うのにね。

あ、そういう意味では魚住勉さんはもっとラクそうに見えたなぁ。なにしろ「アイ ラブ ユー。」というコピーでお金もらえるんだもん。サントリーのキャンペーンになって山下達郎に歌ってもらえるんだもん。そして有名女優(浅野温子)と結婚できちゃうんだもん。うわぁコピーライターっていい職業だなぁと憧れた。

でも、考えてみたら、そのころボクはすでにコピーライターだったんだよなぁ。
なんか上に挙げた人たちって、別世界の住人って感じで、自分と同じ世界で働いている人とは思えなかった。自分もコピーライターだったくせに「コピーライター」っていう違う世界に憧れていた。わかりにくいかもしれないけど、そんな感じ。

眞木準さんの代表作。

 でっかいどお。北海道。
 トースト娘ができあがる。
 タキシード・ボディ、流行。
 女は、ナヤンデルタール。
 恋を何年、休んでますか。
 何人まで愛せるか。
 イマ人を刺激する。
 あんたも発展途上人。
 ホンダ買うボーイ。

時代とコピーとが蜜月のように寄り添っていた頃の名作たち。
後付けっぽい物言いになるけど、4月の「広告批評」休刊と合わせて、広告の時代の変わり目の象徴のような訃報かも。「明日の広告」を説きつつも「昨日の広告」も大好きなので、なんか妙に寂しい。

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オバマのカイロ演説

2009年06月07日(日) 20:16:57

ボクなんかが「疲れ」を語るのが恥ずかしいくらい、同期(笑)のオバマ大統領が相変わらず精力的に働いている。彼の働きを見る度に自分が恥ずかしくなる。

プラハでの歴史的な演説に続き、先週はカイロ大学にてアラブ圏初の演説を行い、イスラム教徒との新たな関係の始まりを示唆した。
イスラムとの和解への大きな第一歩。この演説も歴史的なものだと思う。具体的な策の提示がないという批判もあるが、そんな一足飛びに期待ばかりするもんじゃない。今回の場合「アメリカ大統領がここまではっきりと歩み寄ったこと」だけでも信じられない進歩。これがどれだけ大きなことか。

もちろんイスラエルの反発は激しいだろうし、ここで絶妙なタイミングでテロが起こったりすると一気に世論もひっくりかえるかもしれないけど、それでもとにかく一歩踏み出したことは最大限評価したい。というか、ブッシュがやった最悪な施策を次々と元に戻してくれている彼の行動力を見ているだけで涙が出るくらいうれしい。あぁあんなにブッシュを呪った年月がムダにならなくて良かった…。

と、オバマに影響され、「オレもがんばらねば」と、今日はベッドから起きだして10時間くらい根を詰めて作業をしました。
ずっと「東京の行った店リスト」の「エリア別」が使いにくいと思っていて、それを手作業でコツコツ直してアップしました。よく働いたね!(←小さすぎ)

でも、このエリアの分け方が実にわかりにくかったことが更新意欲減退につながっていたので、少しスッキリした。東京の店、最近よく行っている店をほとんど書いていないし。これを機にじわじわやります。

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黒田恭一さんが亡くなってしまった

2009年06月04日(木) 7:29:50

またまた哀しいニュースが…。
音楽評論家の黒田恭一さんが亡くなってしまった。71歳。

初めて彼の評論に触れたのは、25年くらい前、雑誌「Stereo Sound」のコラムだったと思う。そのわかりやすくも等身大な筆致に惚れ、それ以来ずっと彼の評論を追ってきた。
上から目線で「教える」ことをせず、読者の身になって静かに丁寧に音楽の本質を伝えてくれた。その易しさから「初心者向き」とも言われたが、決してそうではない。単に難しい言葉を使わなかっただけ。レッテルを貼って決めつけなかっただけ。そして読者と同じスタンスに立っただけ。つまりは読む人のことを第一に考えた、超優秀な評論家かつコミュニケーターだったということ。

「オレがイイと思うんだから信じろ」的CD批評は絶対せず、ちょっと自信がないときはそれもちゃんと匂わせた。そして読者に考えさせた。良かったら体験してくれと行動を促した。教養としてでも知識としてでもなく「ただ単に楽しみのため」の音楽を説いてくれた。そして「世界が昨日よりほんの少し楽しくなるよう」努力を惜しまなかった。

ボクにとってはかけがえのない水先案内人。えー、もう逝っちゃうの? あなたが本当に伝えたかったことが理解できる年齢にこれからようやくなるというのに。

近年、オペラに触れるようになったボクは、コンサートホールでたまに彼の姿を見かけるようになった。
数年前から急に老けたなぁとは思っていた。でも心の中ではいつも「あ、黒田さんだ。ありがとうございます」と頭を下げていた。あなたがいなかったらこうしてオペラにも来なかったかもしれない。素晴らしい世界を伝えてくれてありがとうございました。微々たるチカラながら、ボクも「楽しいこと」をヒトに伝えて、昨日よりほんの少し世界が楽しいものになるよう、努力したいと思います。偉そうな意味ではなく。出来る範囲で。等身大で。

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ボクはマスクをしないことにしました

2009年05月24日(日) 18:36:18

昨日は仕事。CM編集だったので長くなったが、ギリギリ終電で帰ってきた。
土曜の終電だと言うのに超ラッシュ。ホームから人が溢れる。ぎゅう詰めでなんとかギリギリ乗れた状態。これだけ他人と密着するとインフルエンザなんか一発でうつりそうである。でも、関西の報道写真にあるような「全員マスク姿」とかでなくて良かった。マスクしている人はほんの5%くらい。本格的流行前とはいえ、少しずつ「予防にマスクは効かない」ということが普及してきたのかもしれない(いや、単にみんな酔っぱらって面倒がっていただけかも)。

数日前から「インフルエンザ予防にマスクは不要」ということについて書こうと思っていて、東京偏重報道の話題が一区切りついたら書こうと思っていたんだけど、ここ数日でバタバタとそういう論調がテレビや新聞で出てきましたね。
ボクの場合、メールでいろんな意見をもらったのがキッカケ。それまでは「マスクは有効な手段だろう」と考えていたんだけど、実際に自分で調べて、いまや「予防目的でマスクは不要。不要なのに買って消費することはマスク品切れにつながり、本当に必要な人(罹患した人や医療関係者)に迷惑」という考え方に変わっている。

ええ、ボクは(予防目的では)マスクはしないことにしました。
もしインフルエンザに感染したら、もしくはそれっぽい症状が出たときは、他の人にうつさないようにマスクをしますけどね(病院への往復とか)。それは有効らしいので(咳などで飛沫が飛ぶことをある程度防ぐ)。でも予防目的で毎日消費することはしない。

いろいろ読んでみたんです。

メールで教えていただいた「国立がんセンター中央病院感染対策チーム発行」の「Infection Control News」によると、

米国の疾患管理局(CDC)では「マスクは新型インフルエンザの予防にほとんど役に立たない」と言ってますし、英国HPA(Health Protection Agency)でも「健康な個人で、病人をケアしたりしない人がマスクをすることについてHPAは推奨していません」と言っており、カナダ保健当局も「健康な人が地域における日常生活でマスクをすることを推奨していません。 マスクが一般の人における感染を予防するエビデンスはひとつもありません。不適切なマスクの使用は感染リスクを高めます」と国民を啓蒙しています。
だそうだし、加えて
通常の不織布製マスクは、環境中の境や花粉などの粒子を捕捉するとともに、ウイルスを含んだ飛沫(通常5ミクロン程度)をある程度浦捉しますが、完全に浦捉することは出来ません。口と鼻を正しく覆い、しっかりと顔面に密着させないことにはその効果はほとんど期待できません。その他、ウイルスで汚染された手で無意識に鼻や口を触れてしまう事を防ぐ効果があるかもしれません。その一方で、正しく着脱しないとむしろもっと重要な手を汚染することにつながり、かえって感染の機会を増やしてしまう可能性があります。
実際オーストラリアで実施された、風邪を引いた子供のケアをする母親へのマスク使用の有無のランダム化比較研究においては、母親への感染はマスク群22.3%、非マスク群16.0%とむしろマスク群で高率でした。但しこの研究では正しく使用できた母親は500/.以下と低率であり、正しく使用できれば効果があるかもしれないと結論づけています。
つまり、健常人が感染症を予防するためのマスク着用は、正しい使用が徹底できれば多少効果があるのかもしれないという程度に過ぎません。
と、展開し、表題で「マスクは症状のない人の日常生活には不要!」と結論づけてます。
そのうえ、どこかのテレビ番組で「マスクを顔に密着させること(正しい着用法)がいかに難しく、それは市販のマスクではほとんど無理」ということを検証してました。つまり、まぁ、オーダーメイドのマスクじゃないとほとんど効果はない、ということ。もしくはバイクみたいなフルメット。

この文書中で引用されていた「新型インフルエンザ流行時の日常生活におけるマスク使用の考え方」という文書にも同様のことが書いてありました(厚労省サイトで公開されている)。症状のある人のマスク着用は推奨されるが、症状のない人にはあまり有効ではない、と。
一昨日の新聞にも「公衆衛生の専門家の間では『健康な人の予防効果は期待できない』のが常識だが、欧米などに比べ、日本人のマスク信奉は根強い」(毎日新聞)と書いてありました。

つまり、それらから導き出されるものとして、「予防にマスクは不必要」というのがボクの中の結論です(←ただし他の人に強要するものではありません)。

いたずらに買って品切れにすることは本当に必要な人(罹患した人や医療関係者)に行き渡らなくなる。自分が罹患したとき、病院への行き帰りなどで他の人にうつさないために備蓄を数枚するくらいでオッケー(あとは家から出ない)。マスクなんかしないで、手をこまめに洗い、手で口や鼻や目を触らないように気をつける方が有効、という考え方。

ちなみに「日本感染症学会」では、客観的考察をした上で、あえてマスクを推奨しています。「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」(←基礎知識として必読!)によると、

マスクの有効性については賛否両論があります。日本では肯定的な意見が多く、一方、欧米では否定的な意見が多いため、現実にカナダや米国では一般の人はマスクを着用していません。しかし、数年前のSARSの流行時にはサージカルマスクやN95マスクが院内感染予防に効果があったとする報告や一般的に呼吸器ウイルス感染の防止対策の一環としてマスクを含めた総合的な対策が有用であるとするシステマティックなレビュー報告があり、WHOは後者の報告を引用して今回の新型インフルエンザ対策としての市中でのマスク着用を勧めています。ただし、マスクは正しく着用しなければ効果はありません。
と展開し、「一般予防策ではうがい、手洗い、マスクが効果的です」としています。
ただ、ここでも文末に「ただし、マスクは正しく着用しなければ効果はありません」という但し書きがありますね。この「正しく着用」というのが、相当難しいわけで。

まぁ、今回は弱毒性ということもあり、ボクも「マスクなんかしないもん」と言い切ってますが、強毒性の怖い怖いインフルエンザだったらどうするかは未定(弱っ)。
でも、自分の顔のカタチに合ったマスクが購入できるようにならないと、結局ムダという気がします。丸顔用、四角顔用、長アゴ用など、顔カタチ別・サイズ別に細分化されたマスクが(医師の処方箋つきで)購入できるように早くならないかな。キチンと計ってもらったサージカルマスクが薬局で購入できるようになったら、ボクもマスクをすると思います。いまのままだと、ほぼムダっぽい。

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新型・裁判員・注射

2009年05月21日(木) 7:58:30

全国放送のトップニュースで「新型インフルエンザ、八王子と川崎の女子高生が感染」と繰り返し流されるたびに、阪神大震災の時に現地で感じた「東京偏重報道への怒り」を思い出す。東京でたった2人出ただけで、なんで全国放送のトップで超オオゴトのように流すのだ? 東京以外では「あ、そ」という感じだよ? そりゃ首都の話だし、東京で暮らしている人や東京に仕事や出張で来る人にはオオゴトだろうけど、もっとたくさん患者がいる関西の状況とかほとんど流さないくせに、東京で2人出ただけでこの扱い。なんだかなー。まったく公平にしろとは言わないけど、少なくとも詳報は首都圏版でやればよろし。

今日、裁判員制度が施行される。
20年後とかに孫世代から「へぇ〜、昔は一般人が裁判に参加しなかったんだ〜。なんで?」とか聞かれるんだろうな(この制度が続けば)。そんな節目の日。いろんな問題は残るものの、日本人の「パブリック意識」が底上げされる制度ではあると思う。そして、いまや国民性ともいえる「公共の場での致命的な議論下手」も、長い時間をかけて少しずつ底上げされるのではないかな。ロールプレイとディベート。この前の藤原和博さんも講演会で言っていた「子供が大人になるための条件」であるこのふたつが、裁判員制度によって少しずつ底上げされる可能性はあるかと。脱チャイルディッシュ・ジャパン!

そういえば孫世代から驚かれるかもしれない話をもうひとつどっかで読んだ。「へぇ〜、昔は注射って針でやってたんだ〜。痛そ〜」ってな感じに。なんと電流で注射する方法が開発されているんだって。+電極と−電極を皮膚に置いて微弱電流を流し、毛穴を通してワクチンを皮膚に浸透させるとか。ワクチンが+の電気的性質を持つなら、+電極と皮膚の間に入れて電流を流せば、+電子同士の反発によって毛穴を通る、らしい。これを読んですぐ「歯医者での麻酔に是非使ってくれ!」と思った。歯の麻酔、痛いんだよなぁ。あれが無痛になるなら素晴らしいぞ。

ボクは浪人しているときにいわゆる厚生省(当時)指定難病を疑われ、半年ほど注射の嵐を受けたことがある。
ある時、お尻も腕も足ももう注射しすぎて皮膚が硬くなり、針が刺さりにくくなったので、「手の甲」に注射をされた。医師に「ちょっと痛いですよ」と予告されつつ刺された。グバッ…がっ…ギッ…むぅぅぅぅぅ。あの強烈な痛み。あぁ思い出すだけで痛ぇ。無痛に越したことはない。ぜひとも開発が成功することを。

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ボンダレンコ先生

2009年05月15日(金) 8:21:44

bondarenko.jpgアレクサンドル・イヴァーノヴィッチ・ボンダレンコ
ボンダレンコ。ぼんだれんこ。日本人にはちょっと滑稽というか愛嬌が感じられる語感の名前。ボンダレンコ。その語感通り、とても愛嬌のある人だった。

訃報:アレクサンドル・ボンダレンコさん=露バレエ教授

アレクサンドル・ボンダレンコさん59歳(モスクワバレエアカデミー教授)モスクワバレエアカデミーによると、13日、病気のためモスクワで死去。
68年、ボロネジバレエ学校卒。82年モスクワバレエアカデミー講師、99年から同アカデミー教授。ボリショイバレエの主役級バレリーナを多く育てた。ボリショイバレエで現在もソリストとして活躍する岩田守弘氏など日本人の教え子も多い。(毎日新聞より)

岩田さんのバレエの師匠。
2002年に岩田さんが岡山で夏季特別バレエスクールを開いたとき、モスクワから岩田さんと一緒に招かれたのがボンダレンコ先生だった。題して「ボンダレンコ&岩田守弘サマースクール」。個人的にそのスクールの設立に少し関係していたこともあり、東京からそれを見学しに行ったボクは、レッスン修了後ボンダレンコ先生に捕まって強制的に股割りをさせられた。そしてその年いっぱい腰痛に悩むことになる(笑)

その約1年後、モスクワへの一人旅が実現し、モスクワバレエ学校でボンダレンコ先生と再会した。彼が教室で中学生くらいの生徒たちに教えるのを見学させてもらった(写真はそのとき撮った「生徒に教えるボンダレンコ先生」 ※写真をクリックすると大きくなります)。

でも、遠き日本の新聞に訃報が載るほどの人という意識はなく、「バレエではとても有名な人らしいけど、なんだか陽気で愛嬌のあるオジサン」という感じで接していたかも。だって本当に陽気で人なつっこく、目がいたずらっぽくクリクリしていて、なんだか「偉い先生」とは思えないんだもの。そしてその印象そのままに、とにかく生徒に優しい。じぃっと辛抱強く優しい目でつきあっていた。バレエが好きで好きで、それが高じて「バレエを好きな人も全員好き!」となってしまった感じ。バレエダンサーを志す若者においてはそれはもう大好きでたまらない感じだった。

岩田さんは本当にボンダレンコ先生を敬愛していたし、スランプのときとか技術上の悩みがあるときとかいつもボンダレンコ先生に相談していた。かなりショックを受けていると思ってメールしたけど、今日のブログを読んで少し安心した。でもあの冷静な文章の裏でどれだけの涙が流されたか、少しはわかるつもり。

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新しい歌を歌おう

2009年05月13日(水) 5:41:51

昨日「昭和歌謡曲カラオケ・リクエスト・ランキング」を引用したが、昭和歌謡に限定しないリアルなカラオケ・ランキングは今どうなっているのか興味が湧いたので調べてみた。

2008年「年間カラオケ・リクエスト・ランキング」(第一興商)

1位 キセキ−GReeeeN
2位 Lovers Again−EXILE
3位 愛唄−GReeeeN
4位 蕾−コブクロ
5位 そばにいるね−青山テルマ feat.SoulJa
6位 愛のうた−倖田來未
7位 ハナミズキ−一青窈
8位 桜−コブクロ
9位 純恋歌−湘南乃風
10位 三日月−絢香
11位 残酷な天使のテーゼ−高橋洋子
12位 吾亦紅−すぎもとまさと
13位 創聖のアクエリオン−AKINO
14位 千の風になって−秋川雅史
15位 海雪−ジェロ
16位 小さな恋のうた−MONGOL800
17位 粉雪−レミオロメン
18位 幸せはすぐそこに…−天童よしみ
19位 涙そうそう−夏川りみ
20位 羞恥心−羞恥心

見事に「今」な結果だねぇ。
つーかオイ、歌えないどころか存在すら知らない曲が3曲もあるよ(泣)

ちょっと目を離してた隙にSASやドリカムやスピッツやミスチルなんかは姿を消し、GReeeeNが天下とってるし…。GReeeeN、ちゃんと聴いてないなぁ。キャッチアップしておかないと。

昨日の「昭和歌謡曲カラオケ・リクエスト・ランキング」で1位の「天城越え」は29位だった。そんなもんなのか。昭和の若者の歌であるフォークソングは「なごり雪」が50位にぎりぎりランクイン。フォークって歌い継がれていないんだな。このままあの熱い時代の名曲たちは懐メロになっていってしまうのか…。

異彩を放っているのが18位にランクインした天童よしみ。どの年代のどういう人がカラオケで歌っているのか絵がうまく浮かばん。若者は歌わないだろうから、おばさんたちが歌っているのかな。そうだとしても、並み居る演歌の名曲たちを差し置いてこの曲がランクインする理由がわからない。流行っているのかな。流行っているんだろうな。

それにしても時代にキャッチアップしていない自分を思い知った結果になった。
「新しい歌を歌おう」というのはボクの中での大切なテーマのひとつ(だった)。ある年齢を過ぎると新しい歌を覚えなくなり、興味もなくなり、知っている歌だけで過ごすようになる。それでも充分楽しいし満ち足りているのだが、やはり「今」流行っている新しい歌を知らないと同時代を生きているとは言えない。時代を理解しているとは言えない。

同時代を生きず、時代を理解せず、たとえば政策が立てられるのだろうか。時代の評論ができるのだろうか。若者に売る商品を企画できるのだろうか。「今」を生きる人たちとコミュニケーションできるのだろうか。中学高校大学生たちの心を理解できるのだろうか。(いやできまい)

いわんや広告コミュニケーションをや。
こうやって時代とズレていくんだな。あぁヤバイ…。とりあえずGReeeeNを数曲、モンパチ(MONGOL800)を数曲、湘南乃風を数曲、iTunes Store でダウンロードした。「この曲聴きたい!」と思ってから聴けるまで、座ったままたったの1分。便利な時代だ。でもそれすらさぼっていた自分なわけです。

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三木たかしが亡くなった

2009年05月12日(火) 8:11:29

三木たかしが亡くなった。
昭和歌謡曲を代表する作曲家のひとり。黛ジュンの実兄。64歳。若すぎる。

こんな風に、そのうち訃報ばかりのブログになる時が来るんだろうな。
ボクが青春時代に親しんだ人がどんどん亡くなっていく。いつかユーミンとか桑田とか陽水とか詠一とか元春とか百恵とか聖子とか春樹とか龍とかばななとかを失う未来がくる。そのときボクはどんなことを想うだろう。

三木たかしは意外と地味な作曲家であるが、好きな曲はいっぱいある。
特に好きなのは、石川さゆり「津軽海峡・冬景色」、キャンディーズ「哀愁のシンフォニー」、岩崎宏美「思秋期」かな。この3曲だけで凄い。ちょっと突出している。いやいやいや。特に感慨深いのは「哀愁のシンフォニー」。キャンディーズはやっぱりこれでしょう。

次点的には、テレサ・テンの一連「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」、伊藤咲子の一連「木枯しの二人」「きみ可愛いね」「青い麦」「いい娘に逢ったらドキッ」、山口百恵「白い約束」「赤い運命」、森山良子「禁じられた恋」、片平なぎさ「純愛」あたりかな。

あとは、西城秀樹「君よ抱かれて熱くなれ」「ブーメランストリート」、あべ静江「コーヒーショップで」「みずいろの手紙」、西川峰子「あなたにあげる」、わらべ「めだかの兄妹」「もしも明日が…。」、森進一「北の螢」など。
あ、つい最近亡くなった清水由貴子の「お元気ですか」も。変わったところでは「アンパンマンのマーチ」「ふり向くな君は美しい」とか。

阿久悠と組むことが多かった人なので、阿久悠好きのボクは彼の曲を必然的にたくさん聴いている。
というか、こうして並べるとキラ星の如し。


先々週だったか、「昭和歌謡曲カラオケ・リクエスト・ランキング」というのが発表されていた。
20位まではこんな風。

1位 天城越え−石川さゆり(1986年)
2位 タッチ−岩崎良美(1985年)
3位 なごり雪−イルカ(1975−1976年)
4位 M−PRINCESS PRINCESS(1988年)
5位 酒よ−吉 幾三(1988年)
6位 北の旅人−石原裕次郎(1987年)
7位 北空港−浜 圭介・桂 銀淑(1988年)
8位 I LOVE YOU−尾崎 豊(1983年)
9位 居酒屋−五木ひろし・木の実ナナ(1982−1983年)
10位 ふたりの大阪−都はるみ・宮崎雅(1981−1982年)
11位 つぐない−テレサ・テン(1984年)
12位 銀座の恋の物語−石原裕次郎・牧村旬子(1961年)
13位 津軽海峡・冬景色−石川さゆり(1977年)
14位 さざんかの宿−大川栄策(1982−1983年)
15位 ラヴ・イズ・オーヴァー−欧陽菲菲(1983−1984年)
16位 酒と泪と男と女−河島英五(1976年)
17位 みだれ髪−美空ひばり(1988年)
18位 時の流れに身をまかせ−テレサ・テン(1986−1987年)
19位 大空と大地の中で−松山千春(1977年)
20位 ロンリー・チャップリン−鈴木聖美Withラッツ&スター(1987年)

三木たかし、3曲も入っているね。さすがである。

というか「タッチ」が大健闘しているのにビックリだ。

♪愛さなければ寂しさなんて 知らずに過ぎてゆくのに
 そっと悲しみに こんにちは

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2009年05月09日(土) 10:39:57

新聞とかにも出てたけど、昨日の午後6時すぎ、東京でものすごい虹が浮かび上がった。

47年生きているが、こんな美しい虹は初めて。
ちょうどあるクライアントの22階会議室でプレゼンしていたのだが、あまりの美しさにクライアントも驚き、プレゼンを中断して会議室を真っ暗にし、みんなで窓外に見とれることとなった(毎日新聞の写真にリンクしておきます。JALが飛んでいる写真がお気に入り)。

その会議室は海に向いていて周りに遮蔽物がない。
虹は完全な半円で、一方の地平との接点からもう片方の地平との接点までくっきり見えた。しかも二重。そのうえ空は曇天で暗かったので、暗い色バックに鮮やかな七色が浮かび上がる感じになっていて、それはそれは筆舌に尽くしがたく。んー、なんというかあまりくっきりしていて、七色どころでなく、二十四色くらい見える勢い。

最初は興奮して510メガ画素の携帯写真を撮りまくっていたが、この美しさが携帯で撮れるわけもなく、途中から諦めて静かに眺めることに徹した。いやはや美しすぎる。そういえば忌野清志郎のお葬式のとき、鮮やかな二重の虹が出たんだってね。彼っぽいなぁ。それにしても死ぬまでにあと何回こういう感動的な景色に出会えるだろう。

面白かったのは虹を見たときの反応。
クライアントの女性は「うわぁ、きれい〜! 何かイイコトありそう!」
ボクたち広告マンは全員「うわ、すげ〜〜! 何か天変地異みたいな悪いことの前ブレじゃないか!」

虹と一緒に広告業界のダメさ加減まで浮かび上がった瞬間(笑)

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忌野清志郎、死す

2009年05月03日(日) 7:11:47

沖縄から帰ってきた。
最終日、オフをもらってひとり残った沖縄では、いろんな出会いがありとっても楽しかったのでそれを書こうかとmac前に座ったわけだが、ネットに接続した途端、忌野清志郎(58歳)が亡くなったという強烈なニュースが飛び込んできた。58歳。がん性リンパ管症。絶句。

高校2年のとき(1978年)、RCサクセションを知った。翌年だったか「雨上がりの夜空に」の解釈を巡って友達と論争になったのをよく覚えている。そして陽水の名曲「帰れない二人」が清志郎との共作だとその後に知った。彼の独特のパフォーマンスよりもその「タダモノでない声」が好きだった。タイプは違うけど、陽水やヒロトや民生と同じような「人の心に直接届く声」。「ぼくの好きな先生」「スローバラード」「トランジスタ・ラジオ」…。夜中の孤独によく効いた歌たち。

彼が校長になった「ロックの学園」は、偶然にも亡くなった夜である昨晩、BS2でオンエアーされた(ボクは深夜に沖縄から帰り着いたので見られなかった)。
3月に行ったそのイベント会場(三崎高校)の校長室で、ぼんやりと清志郎のライブ映像とか展示されていた清志郎のステージ衣装とかを見ながら彼のことを考えていたのが、ボクの中での最後になった。本質はシャイな人なんだろうけど、ある使命感を持って「かぶいた」人でもあると思う。

Ah、こんな気持ち
Ah、うまく言えたことがない… NAI AI AI

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オバマ大統領のプラハ演説

2009年04月07日(火) 8:26:10

5日のオバマ大統領による核廃絶に向けたプラハ演説は、ニュースでは意外と地味な扱いであったけれど、実は歴史的なものかもしれない。

「核のない世界」の実現に向けた新政策の数々を、核廃絶の壁だった核超大国のトップが、具体的に、明確に、希望的に発表した。これだけでも歴史的。

そのうえ。
演説冒頭で「アメリカは、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として、行動する道義的責任がある」と、広島長崎への原爆投下に明確に言及したのも歴史的。
アメリカ人のほとんどは「原爆投下のおかげで第二次世界大戦は終わった」という原爆に肯定的な考え方をしているという。こうした空気の中で「道義的責任」への言及を大統領がしたという意義は限りない。核廃絶に向けた大きな一歩になるんじゃないかな。

CTBT(核実験全面禁止条約)の早期批准やカットオフ条約の妥結に具体的に言及したのも素晴らしい。ここらへんくわしいわけではなく、Wikiとか見つつ勉強しながら書いているんだけど、アメリカが率先してこれらの条約への取り組みを表明するとは。ブッシュ時代が一気に遠くなった感あり。あぁ。世界をよくしようという思いを諦めてはいけないんだなぁ。青い感想だけどさ。

演説のラストのオバマ節を備忘録として。

こんなに広範囲な課題を実現できるのか疑問に思う人もいるだろう。各国に違いがあることが避けられない中で、真に国際的な協力が可能か疑う人もいるだろう。核兵器のない世界という話を聴いて、そんな実現できそうもない目標を設けることの意味を疑う人もいるだろう。

しかし誤ってはならない。我々は、そうした道がどこへ至るかを知っている。国々や人びとがそれぞれの違いによって定義されることを認めてしまうと、お互いの溝は広がっていく。我々が平和を追求しなければ、平和には永遠に手が届かない。協調への呼びかけを否定し、あきらめることは簡単で、そして臆病なことだ。そうやって戦争が始まる。そうやって人類の進歩が終わる。

我々の世界には、立ち向かわなければならない暴力と不正義がある。それに対し、我々は分裂によってではなく、自由な国々、自由な人々として共に立ち向かわなければならない。私は、武器に訴えようとする呼びかけが、それを置くよう呼びかけるよりも、人びとの気持ちを沸き立たせることができると知っている。しかしだからこそ、平和と進歩に向けた声は、共に上げられなければならない。

その声こそが、今なおプラハの通りにこだましているものだ。それは68年の(プラハの春の)亡霊であり、ビロード革命の歓喜の声だ。それこそが一発の銃弾を撃つこともなく核武装した帝国を倒すことに力を貸したチェコの人びとだ。

人類の運命は我々自身が作る。ここプラハで、よりよい未来を求めることで、我々の過去を称賛しよう。我々の分断に橋をかけ、我々の希望に基づいて建設し、世界を、我々が見いだした時よりも繁栄して平和なものにして去る責任を引き受けよう。共にならば、我々にはできるはずだ。

よりよい未来を求めることで、我々の過去を称賛しよう。世界を、我々が見いだした時よりも繁栄して平和なものにして去る責任を引き受けよう。
「世界」はオバマたちに役割を担ってもらう。ボクたちは「日本」や「地域」や「会社」や「家族」において、ボクたちが見いだした時よりも繁栄して平和なものにして去る責任を、まずはしっかり引き受けよう。それが「共に」動くということだ。

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JR東日本が考える「首都圏」

2009年04月01日(水) 8:16:24

今日から首都圏のJRの駅が全面禁煙になる。
めでたいな。喫煙者にとってはかなり不便になると思うけど、分煙されていたとはいえ、たまにホーム上の喫煙所横とか通ったりするとかなり不快だったから(逆に固まって吸ってるから異様に煙くて臭い)。

というか、新聞などにJR東日本からの告知広告が出ているけど、これを見ると「JR東日本が考える『首都圏』」がわかって面白い。→コレ

そっかー、高尾も大宮も首都圏なんだー。取手が首都圏で成田は違うのねー。んでもって大船も首都圏なのかー。でも大船のお隣の藤沢は首都圏じゃなくてその先の辻堂も茅ヶ崎も首都圏じゃないんだー。とはいえ鎌倉は(逗子の手前だから)首都圏なんだねー。でも逗子の少し先の横須賀や久里浜は首都圏ではないんだー。とかね。

まぁ物理的に東京から50km圏内とか決めてるらしいから仕方ないけど、とりあえず旧国鉄が考える「首都圏」ですからね。ある基準にはなる(何の?)
それにしても、鎌倉は首都圏なのに藤沢は首都圏じゃないって、藤沢在住の人とか、複雑な気分だろうなぁ(笑)。首都圏じゃなくて良かったよ、と胸を張るかもしれないけど。

主な私鉄はすでに全面禁煙なので、これで首都圏の電車関係はほとんど禁煙となる。嫌煙でもないとはいえ非喫煙者であるボクにとってはいい傾向。でも10年後とかにこのニュースを読み返したら「そんな時代があったんだねー」と不思議に思うだろうなぁ。ヒコーキ内で普通に喫煙していた時代があったのが今ではちょっと想像できないのと同じような感じで。

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モーリス・ジャール、土屋耕一。

2009年03月31日(火) 9:29:39

作曲家モーリス・ジャールが亡くなった。
「アラビアのロレンス」のテーマも良かったけど、なんといっても「ドクトル・ジバゴ」。このラーラのテーマは本当に大名曲で、「座右のシネマ」でも書いたけど、しょっちゅう心の中に流れる。

子供時代のジバゴが木を見上げ、空っ風に枯れ葉が舞うあのシーン。このシーンが大好きなボクは、枯れ葉が木にしがみついてて風に揺れるところを見かけると、パブロフの犬のように心の中にラーラのテーマが流れ出し、急いでいてもふと足を止めて見入ってしまう。これはきっと死ぬまでこうなのだろうと思う。そのくらい人生に密着した曲。ありがとう。顔も知らないしどこでどう生きたかも知らないけど。

最近では藤間紫さんとか露の五郎兵衛さんとか、早川良雄さんとか土屋耕一さんとか、いろんな方が亡くなった。
土屋耕一さんはコピーライターで、広告クリエーティブ業界では大御所中の大御所。「戻っておいで 私の時間」「君のひとみは10000ボルト。」「A面で恋をして。」「サクセス」など、コピーがヒット曲の題名になった一連のものが印象深い。他には「おれ、ゴリラ。おれ、景品。」「テレビを消した一週間。」「あ、風がかわったみたい。」「女性の美しさは、都市の一部分です。」とか、よく覚えている。

亡くなっても、心の中で(とりあえず自分が死ぬまでは)生き続けるって、素敵だね。

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野球は日本人にとって「特別」なんだ

2009年03月25日(水) 9:23:23

星飛雄馬が大リーグボール1号を初めて投げたのは1968年。
いま思えば「大リーグボール」というネーミングってすごいな。この遠い遠い憧れ感。でもそのくらい遠く大きいものだったんだなって思う。

あれから41年。日本人の野球好きは変わらない。それはちょっと異様な数の野球漫画からもわかる。特に1970年代の野球漫画の充実度はすごい。あの頃子供で、あの野球漫画ラッシュの熱波をもろに浴びた人たち(ボクも含む)は、きっと一生野球を愛して生きていく。

WBC決勝。イチローの決勝打の瞬間。いろんな野球漫画を思い出した。「巨人の星」とか「男どアホウ甲子園」とか「侍ジャイアンツ」とか「アパッチ野球軍」とか「アストロ球団」とか「ドカベン」とか「キャプテン」とか「あぶさん」とか「タッチ」とか。
あの頃、部屋の隅っこで野球漫画を夢中で読みながら憧れた、あの想いの延長線上にイチローの一打がある。岩隈の快投も松坂のMVPも原監督のタフで大人な態度も、すべてあの頃見た夢の続き。うまく言えないけど、昨日の日本代表たちはリアルに星飛雄馬であり、花形満であり、藤村甲子園であり、番場蛮であり、山田太郎であり、殿馬一人であり、谷口タカオであり、景浦安武であり、上杉達也である感じ。

そして、最近あまり見なくなっていたけれど、「野球」って自分の中に本当に深く深く刷り込まれているんだな、ってあらためてわかった。「野球漫画世代」に共通していることだと思うけど。

イチローの言葉。
「苦しいところから始まって、苦しさからつらさになって、つらさを超えたら心の痛みになった。最後は笑顔になれた。最後の打席では神が降りてきましたね。自分(の心の中)で実況しながら打席に入った。一つ壁を越えた」

「苦しさがつらさになって、つらさを超えたら心の痛みになった」…。このプレッシャーはサッカーや柔道なんかとはまた違う、野球独特のものであると思う。野球は日本人にとって「特別」なんだ。よくその「特別」なプレッシャーに耐えて勝ち残った。素晴らしい。おめでとう。そしてありがとう。

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原辰徳監督の言葉

2009年03月24日(火) 8:12:10

現役時代からほとんど興味がない人だったし、どちらかというとその坊ちゃん臭さがイヤだった人なのだけど、WBCでの原辰徳日本代表監督の発言は良かったなぁ。謙虚すぎとか無難すぎという声もあるかもだけど、ボクはこういう大人な発言は好き。

準決勝でアメリカに勝った後。
「米国を追い越したとは思っていないが、認められる存在になったかなとは思う」

決勝で戦う韓国に対して。
「韓国とはかなりの回数を戦うことになると予想していたが、世界の頂点で戦えることは、韓国に対し、尊敬の念を持つ。堂々と勝負したい」

大人だ。チャイルディッシュな世の中でこういう発言を読むとホッとする。多方面に配慮しつつ、選手たちの気が緩まぬよう牽制し、その誇りを刺激する。国の代表者、という意識を持った発言でもある。前回、無用に韓国を刺激した発言があったこともちゃんと考慮している。

韓国でプロ野球が生まれたのは1982年。日本は1920年。プロ野球の歴史においては日本の方が圧倒的に先輩だ。圧倒的に先輩だからこそ、礼儀正しい大人な態度で臨むべき。野球を知り尽くしている先輩として、たかだか二十数年で日本と対等に戦うまでになった韓国にちゃんと敬意を持ち、正々堂々とぶつかるべきだ。

今日、決勝。韓国戦。俄然楽しみになってきた。

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稲越功一さん

2009年02月28日(土) 21:14:35

カメラマンの稲越功一さんが25日、肺ガンで亡くなった。まだ68歳の若さ。

去年の夏に一緒にお仕事したばかりだったのでかなり驚いた。あれは8月11日のこと。ものすごくお元気そうだったのにな。打ち合わせはニッカボッカ風のカジュアルな格好で来られたが、本番ではびしっとオシャレなスーツ。格好よかったな。

稲越さんとはある山荘で一晩遊んだことがある。
座敷にどっかり座った大御所を前に「はじめまして」と挨拶したら、「あ、はじめまして」と微笑まれ、右のお尻を少し上げて「プッ」とオナラを(笑)。そこでこちらもがっくりと肩の力が抜け、大御所を前に思いっきりリラックスした覚えがある。あの日は夜中までよく飲んだ。一枚だけ彼に写真を撮ってもらった。

たいして親しくもないのに写真集が出る度に送ってくださる。
いまも写真展を4/12までやっているみたい。一度偲びに行ってこようと思っている。お疲れ様でした。また仕事をご一緒したかったです。

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村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ

2009年02月18日(水) 8:06:26

村上春樹の「エルサレム賞」受賞スピーチが話題になってますね。
ボクもさっそく読みました。ハルキ追っかけとしてはとても興味深いものでした。

まだいまのところ英語の出典は「エルサレム・ポスト」のみなのかな。
この新聞、イスラエルに都合の悪い部分をカットしているようだけど、一応それの直訳ハルキ風和訳にもリンクを張っておきます。それといろんな出典から切り貼りして、より原文に近いところまで再現している労作がコレコレ。そのうち原文が出てくると思うので、出たら追加でそこにもリンクを張っておきますね。

 仮に壁が堅く高く、卵が潰えていようと、たとえどんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていようと、ぼくは卵の側に立ちます。
 何故でしょう? ぼくらはそれぞれが卵だからです、ユニークな魂が閉じこめられた、脆弱な卵だからです。ぼくらはそれぞれ高い壁に直面しています。高い壁とはすなわち、ぼくらに普段通り個人的には考えさせないよう仕向けている、システムにほかなりません。(直訳より)
「システム」という言葉を得て、彼のいくつかの主題がボクの中でよりクリアになりました。もちろん「卵と壁」という言葉も重要だけど、「システム」という言葉がなんだかとてもすんなり心に入ってきました。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」と「アンダーグラウンド」に通底するものがすぅっとシンプルに整理できた感じ。そしてなんとなくスリーフリッパーのスペースシップの哀しみも。

朝から静かな気分です。

※講演全文が出ました。こちらの記事からどうぞ。

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At last

2009年01月22日(木) 8:13:24

就任式後の晩餐会でオバマ夫妻がファーストダンスを踊った時、ビヨンセが名曲「At last」を歌ったらしい(YouTube)。

At last my love has come along
my lonely days are over
and life is like a song

アフリカ系のビヨンセにとって、まさに「At last」なのだろう。ついに。とうとう。ようやく。この想いの深さはボクたちには絶対わからない種類のものだ。

この曲、いろんなヒトがカバーしているが、ボクはルー・ロウルズが歌っているものが大好きで、座右のCDにも書いている。でもビヨンセもなかなかうまい。なによりキレイ。そして想いがこもっている。

そういえば、昨晩一緒に飲んだヒトも「At last」だった。
親の介護から解放され、ようやく現場に戻ってきたヒト。何年も介護に身を捧げてきたのに「終わってみれば後悔ばかり」だと言う。解放感と悔恨と。でも、at last、キミは本当にフリーになった。それを楽しもう。

「At last」のカバーをいくつかネットで聴き歩く。
その途中、aiko がスピッツの「Cherry」を歌っているのをYouTubeで見つけた(リンクはしませんが)。aikoって本当にうまいよね。ちょっと感動。

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第44代アメリカ大統領就任式

2009年01月21日(水) 8:20:15

昨晩は、池袋の「故郷(ノタガ)」というモンゴル料理店で羊料理と牛乳酒と馬乳酒とヤク酒を飲み、そこそこ酔っぱらって家に帰り、1時すぎからNHKでオバマ就任式のテレビ中継を見た。

パパ・ブッシュが老いたなぁ、とか、カーターちっちゃ!、とか、ヒラリーの笑顔がウソくさい、とか、アレサ・フランクリンは調子が悪いのか?、とか、パールマンもヨーヨー・マもマイナス7℃でよく指が動くなぁ、とか、貴重な楽器なんだろうけどそもそもこの寒気と乾燥は大丈夫なのか、とか、オバマの席のすぐ後ろに日本人らしき顔が見えるけどあれは誰だ、とか、酔っぱらい的なツッコミをひとりでしつつ、演説を待つ。

それはそうと、なんか「初の黒人大統領誕生」という表現がまかり通っているけど、「黒人」って表現、以前は使うの避けてなかったっけ? アフロアメリカンとかいう言葉を使うように教育されたけどな(ま、広告コピーは特殊だけど)。黒人とか白人とかいう言葉を使うなら、我々は「黄人」だ。黄色人種じゃなくて「黄人」を使え。あまり気持ちよくないだろう。だから黒人とか言わず、アフリカ系とか使った方がいいのではないか。とか、これまた酔っぱらいのひとりツッコミ。

演説が始まったのは午前2時5分。
正直、同時通訳では感動的なスピーチなのかどうかもわかりにくい。間の取り方と左右への目配りが(スピーチ技術として)印象に残った。手も震えず、噛まず、言い直さず、つまり緊張せず、堂々と乗りきった。さすがだ。

もうひとつ印象に残ったのは、スピーチライターが27歳の若者らしいということ。47歳のオバマとふたりでこの歴史的スピーチを練り上げていったらしい。27歳というと職場の彼くらいか。その彼と47歳のボクがふたりでアメリカの明日を方向付けるスピーチを考えたということか。彼とボク。このふたりが組んでも社の方針ですら書けないよ。そんなふたりがアメリカの新しい明日を書いている。そんな国に正直憧れる。

途中から眠くて眠くて、演説が終わってすぐベッドへ。
風になびくアメリカ国旗を見て、我が国のことのように誇らしい気持ちになったこの不思議な気持ちの動きを分析しながら夢の中。日本も大好きなんだけどね。でも「誇り」が持ちにくい国になってきちゃっている。

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オバマの始まり。ブッシュの終わり。

2009年01月20日(火) 8:26:57

今夜25時すぎからオバマの就任演説の生中継がある。
歴史に立ち会う意味でも今夜は夜更かしかな。世界一強いプレッシャーに晒されている47歳のその細く孤独な姿を、同い年として、自分の目に焼き付けときたい。

「チェンジ!」を掲げて出てきたこの変革者の最初かつ最大の仕事が「金融問題の後始末&生命維持」であるのは皮肉だし不本意だろう。ここで失敗したら期待が異様に高い分バッシングも激しくなる。黒人層は強烈な陳情軍団として逆機能し、白人層は「そらみたことか」と反発する。逆に成功したらしたで熱狂が強くなりすぎるのが怖い。ヒットラーの初期みたいな熱狂にならなければよいが…。

とはいえ、彼が変革者としての役割を十二分に果たした未来をちょっと見てみたいのは確か。意外と日本にとって(国益的に)厳しい未来になるかもしれないが、いい意味で影響を受け、よりよい政治改革が起こらないとも限らない。お手本から学んで成長するのはお家芸。いい学びがあるといいな。

オバマが就任式を迎えるということは、ブッシュが今日を最後に去るということ。

彼が大統領をしていた8年、39歳だったボクは47歳になった。
遅々としていながらもそれなりに経験を積み、一見「最低」に見える出来事にも、その裏にはいろんな事情や哀しみや努力があることを知った。物事を一面から見て決めつけるのではなく、多面的に見て慎重に判断するようになった。若い時には見えなかったことがずいぶん見えるようになった。
そういうこともあって、ヒトを一方的に断罪したり責めたり嫌いになったりすることがほとんどなくなった。年ごとに(自分なりに)謙虚になるし、普通のことを普通に淡々と実行する人を尊敬するようにもなった。

でも、そんな8年の成長を経た今でも、やっぱりブッシュは一方的に嫌いだ(笑)
これは理屈ではなく感情なのだな。本音を言うとオバマの始まりよりブッシュの終わりの方がうれしい。彼の時代が終わって本当にウレシイ。

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ひとり咲き

2009年01月10日(土) 18:55:42

チャゲ&飛鳥が無期限の活動休止、と、一部メディアが発表した(※ガセネタという説もある)。
正しい報道だとすると事実上の解散だろう。ちょっと感慨深いものがある。チャゲアスは、すっごい好き、というわけでもないけど、3つの理由で勝手に親近感を持っていたのだ。

ひとつは、CMの仕事を数回ご一緒したこと。個人的におつきあいはなかったけど、ボクが企画したCMに出てもらったりすると、やっぱりそれなりに親近感は持つ。
次に、一時期ボクは「チャゲにそっくり」と同僚内で言われていたこと(ヒゲもまだなく、髪型もオールバックでチャゲと似ていた頃)。実際、チャゲが雑誌でインタビューを受けてる写真があったのだが、それが我ながら酷似していた。彼らにも上司から「うちの社のチャゲです」と紹介され、一応「おー! ホントだ! そっくりだ!」と言われた(ま、お世辞8割だけど)。そんな時代もあったなぁと、チャゲをメディアで見かけるたびに坊主頭を撫でながら遠い目になる。

そして最後に、カラオケの持ち歌だったこと。
「ひとり咲き」「流恋情歌」「万里の河」のデビュー3曲だけだけど。でもこの3曲への思い入れは強いなぁ。特に「ひとり咲き」。どんだけ好きでどんだけ歌ったか…。
ボクはわりと熱唱型だったので、チャゲアスはいい感じでハマった。チャゲアス以外だと、「わかってください」(因幡晃)、「ダーリング」(沢田研二)、「島唄」(THE BOOM)、「大きな玉ねぎの下で」(爆風スランプ)、「恋しくて」(BEGIN)、「タクシー」(鈴木聖美)、「メモリーグラス」(堀江淳)とか。あとは1970年代のフォークや歌謡曲を好んで歌ったかな。拓郎とか甲斐とか世良とか。

大阪勤務時代はわりとカラオケに行った。
大阪人の宴会はノリがよく、異様に楽しい流れになることが多いので、カラオケもまた楽しかった。歌を聞かせるというより、全員で歌う感じになることが多かったし。

東京に転勤してきてからはカラオケはほとんど行かない。東京生まれ東京育ちのクセに、大阪で社会人生活がスタートしたせいか、東京の宴会ノリが合わないカラダになってしまったせいもある。
親密な仲間だけの少人数でのカラオケは行くこともある。でも大人数のカラオケ、二次会のカラオケなんかはほぼ参加しない。東京勤務になって9年近く、ごくごく親しい人たちとストレス解消的に短く出かけた数回を除いて1回も行っていない。

それに、特に熱唱型は普段歌ってないと途端にヘタになるとわかってから足が遠のいた。
声がでない。一曲は持ってもすぐ喉がダメになる。音程も微妙にズレる。以前みたいにある程度歌える感じに戻すためにはカラオケに10回くらい通って喉を鍛えないといけない感じ。そんなの面倒だし時間もない。だったらいいバーとかで話している方が好き。

もう「ひとり咲き」も一生歌わないかもしれないなぁ。
カラオケ自体に行かないし、熱唱することももうないだろうし…。あ、でも、老年になったらわからないか。「健康のため」とか言ってカラオケに通い、「♪ひとり〜〜〜っ、ざぁ〜っきぃ〜〜」とか熱唱している可能性はある。それも大阪までわざわざ行って、昔の仲間を呼び出してね。

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ドゥダメル初来日

2008年12月17日(水) 6:24:42

なんか「アメロ」について急にいろんな情報が入り出し、しかも「デフォルト」についても急にまわりに噂が立ち始めた。来年のオバマ就任式のすぐ後あたりが「Xデイ」という話もある(パウエル発言が元になっている)。まぁ噂レベルだし、トンデモな人たちがトンデモな説を言っているだけかもしれない。でも、そういうこともありなのね、という意味で知っておいて良かった。今後は何でもあり、ということだ。
え? 何の話? って方は、検索してみてください。まずは「オバマ デフォルト」、その次に「アメロ」。「アメロ」なんてリアルっぽい写真までいろんなサイトに載っている。

ま、それはともかく今晩は待ちに待ったドゥダメル。
以前ここで書いた指揮者である(リンク先のYouTubeが消えてしまったみたいなので、張り直しておきました。ぜひ聴いてみてください)。彼が育てたシモン・ボリバル・ユース・オーケストラを率いての待望の初来日。まだ20代なのに次期ロサンゼルス・フィルの音楽監督就任も決定している。公演について、くわしくはこちら。東京と広島のみの公演。今日はチャイコの5番。明日はマーラーの1番とアルゲリッチとの共演(!)。両日とももちろん行く!

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性善説のリーダー

2008年11月06日(木) 8:16:47

黒い肌のアメリカ大統領が誕生した。
白人の心の奥底にこびりつく人種差別と、黒人たちのどうせだめだよという諦めを(とりあえず)乗り越えて。

ブッシュに功績があったとすれば、中途半端でなく不人気に落ちてくれたことで、その反動として大きな変革を可能にしたことかもしれない。ブッシュがあそこまでひどくなければ、こんなに早く黒人大統領は生まれなかっただろう。
そしてインドネシアで少年時代を過ごしたことがあるこのアフリカン・アメリカンは、アフリカ・アジア・アメリカの東西ラインを好感情でつなげる可能性がある。

where we are met with cynicism, and doubt, and those who tell us that we can't, we will respond with that timeless creed that sums up the spirit of a people: Yes we can.

冷笑されたり、裏読みされたり、「できるわけないじゃん」と言い返されたりしたら、我々がひとつになったこの不朽の信念でこう応えるのだ。「絶対できるさ」と。

オバマの当選演説ラスト部分(訳はボクの超意訳)。

シニカルでネガティブでクールな態度を取るのは簡単だ。
でも何も生み出さず、何も変革しない。

彼はリンカーンと同じく「心の中の天使が世の中を変える」と信じて疑わない。もちろん心の中には天使も悪魔もいる(当たり前だ)。普段ポジティブに見える人でも心の中ではネガティブと闘っている。でも悪魔でなく天使を働かせよう。天使の力のみが世の中を変えるのだ。

迷うことのない性善説のリーダーが超大国のリーダーになって良かった。
問題は山積だし、性善説のリーダーだからって施政能力があるとは限らないし、期待が大きい分失望というリバウンドも大きいと思うが、根っこが徹底的に性善説の人が世界のリーダーのひとりとして存在することを今は素直に喜びたい。

ネガティブな人は「当選スピーチなんかで何がわかる」と言うかもしれないが、大統領選はそんなに甘くない。2年間に渡って世間に晒され続け、テストされ続けた性善説リーダーをボクは信じる。 

あとは無事を祈るのみ。
そして同い歳としての自分を見直すのみ、である。

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「それより今夜が怖い」

2008年11月05日(水) 7:39:09

日本時間の今日、アメリカ大統領選挙の投開票があり、第44代アメリカ合衆国大統領が決定する。

NHKの朝のニュースを見ていると、オバマとマケインの論点の比較などがわかりやすくまとめられており、なんだよ日本の選挙よりわかりやすくまとめているよ、と可笑しくなった。
それにしてもオバマは数ヶ月で輝きが増した。メキメキと音を立てて成長しているのがよくわかる。ヒラリーに鍛えられ、マケインに鍛えられ。でも、この輝きはどこかケネディ大統領と感じが似ている。何もなければいいが。

アメリカに住む方からのメール。
「ブッシュはもう過去の人。それより今夜が怖い。この国は。あぁドキドキしながらの一日。さてさてなにをやらかしてくれるやら」
うん。ちょっと心配だよね。

でも個人的には長いブッシュ時代が終わったことをまずシャンパンでお祝いしたい。他国の大統領なのにこんなにうれしい。本棚を見たら、ブッシュ批判系の本だけで20冊以上ある(イラク戦争関連を含めて、だけど)。ある種偏った情報源なので気をつけないといけないが、それにしても…。

まぁ他国を批判できるほどの自国でもないのだけれど。

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ようやくブッシュが終わる

2008年11月03日(月) 8:20:55

ようやくブッシュが終わる。

ブッシュが終わるブッシュが終わるブッシュが終わる。
ブッシュが終わるブッシュが終わるブッシュが終わるブッシュが終わるブッシュが終わる〜ぅ〜ぅ〜ぅ〜。

とっても長かった…。

でも、彼がめちゃくちゃをしてくれたおかげで、アメリカとともにあった「二十世紀の世界」も一緒に終わるのかもしれない。世界同時株安がアメリカを震源としてブッシュの任期ラストに起こったというのも象徴的。

明日、11月4日、アメリカ大統領選、投開票。

オバマが勝ったら、同期大統領の誕生である(1961年生まれ同士)。

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どう死んでいくか

2008年10月02日(木) 8:31:25

野茂英雄が引退し、桑田真澄が引退し、王貞治が引退し、清原和博が昨日引退した。

この寂しい感じは、例えば今の若い人たちがそのうち「イチローが引退し、松井秀喜が引退し、松坂大輔も引退した」という未来を経験すると思うが、たぶんそれに近いだろう。

野茂と王は後悔しながらの引退であった。「らしい」と思う。後ろ髪引かれながらの引退。
でも、桑田と清原は(内心はどうあれ)すっきりさっぱり諦めての引退。これまた「らしい」と思う。がんばった自分をねぎらいつつの引退。

ボクはどっちの引退の仕方をするかな。いや、仕事ではなく、人生の。

後ろ髪引かれながら反省しつつジタバタ死んでいくか、自分をねぎらいつつ「まぁよくやった」とすっきり死んでいくか。

一見、後者の方がいい人生のように思えるが、前向きなのは前者。進歩を止めないのが前者。

後者は「自分をねぎらう準備を事前に無意識にしだす」と思う。
その準備が進歩を止める。これで満足しようと無意識に手綱を緩める。

足るを知る、のではなく、足りたと知れ、に近くなる。
その感じがちょっと違和感。

ボクは野茂・王タイプかな。

まだまだやれるのに何故がんばらないのかと自分を責めつつ、格好悪くジタバタ死んでいきたい。

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高潔という言葉が似合う日本人

2008年09月24日(水) 7:45:24

「ボクは王貞治のホームランをこの目で見たことがある」というのは、そのうち「私はベーブ・ルースのホームランをこの目で見たことがある」というのに近いくらいレアなことになるのだろうな。

あれは小学校3年のことなので、38年前(笑) 永遠みたいに遠い。

夏休みに、今は亡き後楽園球場の1塁側スタンドで見た。
「たまがほそながくみえました」と夏休みの作文に書いて○をもらった。王貞治の打球があまりに速く、球が細長く伸びて感じられた、ということ。作文で褒められた初体験。なぜかとてもよく覚えている。

その王貞治が今シーズン限りでユニフォームを脱ぐ。
現役引退のときよりは感慨深くないけれど、数少ない「高潔という言葉が似合う日本人」が日本の前線からひとり消えてしまうボディブローは意外と大きい。高潔なんてそのうち死語になるのかもしれない。

 敵と戦う時間は短い。自分との戦いこそが明暗を分ける。

彼の言葉。
スゴイ人たちが裏側でどれだけ努力しているか、最近身に染みて感じることが多い。昨日引退した朝原宣治も同じ。努力の仕方はボクも少しわかってきた気がするが、まだまだ彼らの域までは遠い。遠すぎる。「遠いなぁ…」と溜息つかせてくれる人がこうしてどんどん減っていく。

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福田康夫首相辞任

2008年09月02日(火) 7:32:10

昨晩の21時半、友人のワンセグ携帯で、ライブで突然の辞任会見を見た。
横で「ヤベ! 明日は動くぞ!」と若いサラリーマンたちが騒ぐ。円が売られる、とかそういう話。為替相場の話か。

それを聞いたせいか、海外からの視点でこの会見を見た。そして「辞任が数日早かったらイヤだったなぁ」と思った。

ボクは一昨日まで海外にいた。海外でこれを知ったら恥ずかしくて道を歩けない。海外の知り合いに「日本のトップはなぜ1年も我慢できずに政権を投げ出すのか」と聞かれたら全く答えられない。「日本人は責任を最後まで持たずに投げ出すから重要な問題について任せられないな」と言われても拳を握りしめて下を向くしかない。安倍首相から2代続けてトップがそれをしたのだから。

アメリカでは47歳の大統領候補や44歳の副大統領候補が真っ正面を向いて「夢」と「希望」を語っている。その一方、日本では72歳の総理大臣が「調整」と「駆け引き」に疲れ、敵を批判して自ら退く。彼我の差は限りなく大きい。でも、これは個人的資質の差というよりは、国民性の差に近いかもしれないな。

ボクはこういう場合、心情的に「何かよっぽどの事情が…」と同情する方であるが、ボヤキと嘆きで始まった会見にはがっかりした。
自分が辞めた方が政策実行がうまく行くだろう、という客観的判断はわからないでもない。でも首相の役目は政策実行だけではない。国民のトップとして「希望」になることも役目である。まぁ頭のいい人だからそのこともわかっていて、その上で「自分はその器ではない」と判断したのだろうけど、国民のトップが「思うように行かなかったら投げ出していいんだよ」と範を示してしまったことの影響は少なくない。特に子供たちに対して。「首相だって投げ出すじゃん!」とか子供に開き直られたらどうやって説得するか。

んー…。無理矢理ポジティブに考えるとすれば、「権力にしがみつかないトップがいる希有な国」ということか。潔いといえば潔い。無責任と裏腹ではあるが、権力にしがみつかれて機能不全に陥るよりマシと考えることもできる。なんか哀しくなってきたので、今はとりあえずそう考えておくことにしよう。

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58秒91

2008年08月12日(火) 8:55:39

58秒91がどれだけすごい記録か、「『北島康介』プロジェクト2008」を読めばすぐわかる。数年前は1分を切る世界が憧れとともに語られていたのだ。それなのに世界で初めて59秒も切った。すごいな北島康介。金メダルおめでとう。

夜はグーグルの若い人たちと飲んだ。
ボクはトラディショナルな広告会社に所属しているので、最先端な会社の人たちとの飲み会は自分を試されているような緊張が(多少)伴う。先端の一部を担っているつもりではあるが、あちらからはどう見えてるのだろう、みたいな。でも杞憂だった。悩みや目的意識はいずこも一緒。というかコミュニケーションに先端もトラディショナルもない。相手に伝われば何でもいいのだ。逆に「先端」とか「テクノロジー」とかに縛られてしまう彼らの悩みも伝わってきた。

以前部下だったタカヒロくんとも久しぶりの邂逅。お互いに以前とは違うスタンスになっていて、関係も多少変化した。大きな意味での「同志」。また飲もう。

グーグル以外にも、ある広告会社の新入社員が参加していて、入社3ヶ月の悩みをいろいろ聞いた。熱いな。燃えてるな。不安と情熱がひしひしと伝わってくる。それに経験者ぶって答えている自分を客観的なもうひとりの自分が遠くから眺めていて「愚かだ」とひっそり耳元で。情熱の前に経験は愚かでしかない。経験者ぶる淀んだ目の大人になるなよ自分、と強く心に刻む。

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故人にだけ通じる密室芸

2008年08月10日(日) 13:56:57

昨日書いたタモリの弔辞は実は勧進帳で、つまり用意した紙を読むフリをして実は白紙を読んだらしいとメールで教えていただいた。YouTubeでノーカット版を見つけたのでそれを見てみたが、確かに白紙のように見える。

> そして私に「おまえもお笑いやってるなら、
> 弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。

この弔辞の言葉が少し不思議だった。でもやらないんだ、と。
でも、実はやったんだな。
故人にだけ通じる「密室芸」を、タモリは最後の最後にやったのだ。

「会場のどこか片隅のちょっと高いところから」見ると原稿が白紙だということがわかる。つまり故人にだけ通じる密室芸なのだ。
「ひとみ寿司」でやったであろう四カ国語麻雀とかハナモゲラ語とか眉芸とか韓国語ニュースとかと同じような、「白紙の弔辞をもっともらしく読むタモリ」というギャグ。赤塚不二夫なら必ずゲラゲラ笑うであろう、ふたりだけにわかる密室芸。しかも葬儀の場も壊さない大人のギャグ。弟子として、卒業試験のような気持ちで、タモリは葬儀に臨んだのかもしれない。

もうひとつメールで教えていただいた。

> それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、

は、速記者の間違いで、実際には「重苦しい意味の世界から解放され」である、と。
映像で確かめても確かにそう言っている。だから昨日の文章は直しておきました。ここが「意味」になることで、この一連の文章はより深くなった。

 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を絶ちはなたれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事にひとことで言い表してます。すなわち、「これでいいのだ」と。
重苦しい意味の世界から解放されることこそギャグなのだ、と、よくわかる。赤塚不二夫は日本に重く沈殿する「意味の世界」を辛抱強く打ち壊し続けてくれたのだな。それも「大衆に膾炙しながら」。そこが偉大だ。

密室芸のころのタモリの面白さを知っている人は(ボクもリアルタイムで知っている)、いまのタモリをつまらないと切り捨てがちだが、大衆に膾炙しているところをもっと評価すべきなのだろう。彼もまた「意味の世界」を打ち砕き続けてくれている偉大な天才である。一世一代の密室芸。しっかり見させていただきました。

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野茂英雄 引退

2008年07月18日(金) 19:47:50

野茂英雄が引退した。

朝、このニュースを聞いて、さなメモに書こうと思った。これほどの男のことをリアルタイムで書かずにスルーするなんてことはとてもできない。

でも、いざとなると何を書いていいかわからない。自分の気持ちのどこから手をつけていいかわからない。
あっという間に出社の時間が来て、諦めて書かずに家を出た。会社でもずっと「ボクにとって野茂とは何だったのだろう」と考えていたが、全然まとまらない。とうとう夜になって今に至る。落ち着いてゆっくり野茂のことを考えたけど、いいたいこともいっぱいあるのだけど、どうしてもうまく言葉にならない。まとまらない。

陳腐な感想を次々と頭の中で消去していって残った言葉は「卑しくない」という言葉。

野茂は卑しくない。
この言葉の真意を説明するのはかなり難しいのだが、とりあえずボクは彼のそこを一番リスペクトしている気がする。
「死ぬときはたとえドブの中でも前のめりに死にたい」という星一徹の言葉のような最後だったが、まさにドブを這いずるような最後の日々ですら、彼は卑しくなかった。そして何より、絶頂期にもまったく卑しくなかった。これって実に希有なことだと思う。

振り返って自分はどうか。卑小な精神を心に飼っていないか。思わず知らず卑しさが出ていないか。もろもろ恥じ入りつつ、今日は少しひとりでお酒を飲もうと思う。

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阪神優勝おめでとう!

2008年07月15日(火) 6:41:07

友人からメールで教えてもらったが、ボクは2003年7月3日にこんな仮説を立てていた(本人はすっかり忘れていた)。

「三浦和義が逮捕された年は阪神が優勝する」

素晴らしい!
三浦和義氏は1985年と2003年、そして今年2008年に逮捕されている。1985年と2003年は阪神が優勝。で、この仮説にのっとれば今年も阪神優勝で、今現在その可能性は異様に高い(マジック点灯寸前)。来た来た来たー!

阪神ファンの皆様、優勝おめでとう!(これでもうダイジョウブだ!)

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「日本人」という財産

2008年07月12日(土) 19:34:14

そういえば洞爺湖サミットもハワイに行っている間に終わっていたのだった。
後追いでニュースを読みまくったが、日本ってプレゼンが下手だなぁという陳腐な感想のみ。せめてメシ。このサミットで豪華なディナーを出したらどういう批判が来るかわかりそうなものだけどな。
日本って、ひとりひとりの担当者は優秀な実行者たちなんだと思う。でも縦割りなので意識が統一できていない。もしくはコミュニケーションの勘所がわかっていない。組織を横断して発想できるコミュニケーション・デザイナーみたいな人がいればなぁと思う(総理がそれをするには多忙すぎる)。もっと「見せ方」や「やり方」を上手に演出してほしい。

サミットとは関係ないけど、パリに留学している後輩がこんなことを書いていた(多少手を入れて引用)。

こちらでの日本人の評判のよさにはいつもびっくりしてる。
学校の誰に聞いても「日本人ほど丁寧でやさしくて謙虚な人はいない。」って答えるし、友達のソフィアのパーフェクトな気遣いやユーモア、アメリカ人とは思えぬ謙虚さを「なぜ!?」って聞いた時、「日本人をまねしてみたらこうなったの」って教えてくれた。

私からすると、韓国人にも似たものを感じるし、それがヨーロッパの人なら尚更だろうって思って聞いても、「韓国人と日本人は全然違う!日本人の方がやさしい。」って誰もが断言。パリのコルドンのシェフの奥様も全員日本人だよって聞いた。ジェニファーは「日本人でいやな人がいるなんて想像もつかない!」と断言。

すごいなあ。ここまでの信頼。
長年にわたって積み重ねてきた方たちの存在を思い知るよ。
後にきた私も、自分の国籍を誇りに思えるような気持ち、私もバトンを次につなげていかないと。

なんか素直に勇気づけられるエピソードだ。
こういうのを斜めに見て「褒め殺しだろww」「裏を読めよww」とか言うヒトもいるかもしれないが、ボクは正面から信じるね。ナイーブと言われようがなんだろうが。

ちなみにボクもアメリカ人から同じようなことを聞いたことがある。いい話ばかりではなくて「日本人ってダメだね」っていう意見も同様に聞いたけど、基本的に褒めてくれる人が多かった。そのときはボクへの気遣いかなぁと勘繰って話半分に聞いてはいたが、草の根で日本人に好意を持ってくれている人、民度の高さをリスペクトしてくれている人が増えている実感はある。

ただ、こういう「評判」の延長線上で政治を行っても、シビアな国際政治では通用しないだろう。
謙虚なイイヒトよりも、アピールや裏取引が上手な悪人の方が政治上では成功することが多いからだ。

でも「やり方」はあるよな、とも同時に思う。
どんなに立派な主義主張を持っていても、結局「人柄」や「人格」が伴わないとヒトは聞いてくれない。ヨーロッパ人やアメリカ人がリスペクトしてくれるような「人柄」を前面に押し出して世界に好印象を与えつつ、その好感度を上手に利用して主張を展開する、というような演出があるだけでずいぶん国際的な立ち位置も変わるだろう。

日本人はその辺の演出を軽視しがちだけど、今後もっとも重要な部分になってくる気がする。国民ひとりひとりが個人レベルで長年培ったこのブランディングこそまさに財産。「日本人、それ自体が財産」なのだ。日本には資源もないし食糧自給率も悪いのだから、こういう無形財産を上手に使う術くらい覚えないと、ホント、宝の持ち腐れである。

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次の世代、次の次の世代

2008年07月05日(土) 14:37:50

今日読んだ新聞記事
日本の新聞サイトの記事はリンクがすぐ切れるので、抄録を載せておく。

産業能率大の調査によると、今春の新入社員の35歳時点の理想の年収は2000年度の調査開始以来、過去最低の749万円、現実の年収予想も過去最低の609万円と悲観的な見方が強かった。過去最高は、理想の年収が2002年度の821万円、現実の予想が2003年度の638万円だった。終身雇用制度を望む割合も66.4%と高く、同じ会社で長期間働く安定志向も根強かった。
同大企画広報課の秋山和久さんは「リストラ全盛期に思春期を迎えた世代で、頑張って働いても報われないというイメージを持っているのではないか」と分析している。(毎日新聞)
世代論として、この辺の若者は数年置きに変化しているので、実に面白い。
思春期を迎えたあたり(小学校高学年〜中学生)にどういう社会環境だったか、が大事なようだ。

つまり、たとえば、1980年代後半〜90年代(いわゆるバブル期)に思春期を迎えた世代は、「思春期に周りにモノが溢れて不自由がなかった=物欲がない=無気力&努力しない&小さくまとまる」という傾向があると言われ、これが今の25〜35歳あたり。「団塊ジュニア」世代でもある。

次に来るのがこの新聞記事の「リストラ全盛期に思春期を迎えた世代」で、「頑張って働いても報われない」と悲観的で、とても慎重な世代。この親たちは「団塊の世代」と「しらけ世代」にまたがっている。

そしてその次に来るのが「学級崩壊世代」だ。
いま高校生や大学生で、成人を迎えつつある世代。「生徒が教師に従わず、教室内で勝手な行動をし、授業が成立しない学級」が全国に広がった世代である。これは親がちょうど「新人類」と呼ばれた世代(←実はボクの世代)。「しらけ世代」も一部入っているかな。
この「学級崩壊世代」がどういう経済的価値観を持っているのか、どういう消費行動をするのかはすごく興味深い。

で、その次に控えしは「ゆとり世代」だろう。
いわゆる「ゆとり世代」はバブルの頃から始まっていると言われ解釈が広い。マスコミでは「ゆとり第一世代」をいま20歳を迎えた世代のことと定義しているようである。が、実際に全ての義務教育課程においてゆとり教育を受けたのは2002年以降に小学校に入学した世代らしい。つまり1995年4月以降の生まれがそれに当たる(このサイトと同年代!)。完全な「ゆとり教育世代」は今、小学校高学年である。

この前、ある編集長と話していて面白かったのだが、「佐藤さん、今の小学生ってイイですよ。調査でいろんな小学生に会ったんですけど、みんな自分たちのちょっと上の世代をダメな人たちと思っていて『自分たちはちゃんとしなくちゃ』みたいに考えているんです。上昇思考もあるし努力型で面白いです。日本はあの世代あたりからV字回復するのかも」と言っていた。

意外とこの「ゆとり教育世代」は、まわりから「学力が低い」と言われ続けた結果、自分で努力する危機感を持ったのかもしれない。家庭にも危機意識があり、塾に通わせる親も多かったし。もしくは総合学習の時間が効果を少しは発揮して、自主性のある子供が生まれはじめているのかもしれない。
まぁまだ小学生なのでわからないが、だとしたら、あと10年後くらいから社会に出てくるこの世代は確かに経済を活性化させるかも。この世代は生まれたときにはすでに携帯電話が普及していた世代。ネット社会がデフォルトの世代でもある。そのうえエコ意識&地球環境意識も強い。面白いな。どうなるんだろうか。

そして、この「ゆとり世代」の次にくる世代は、たぶん反動で相当勉強させられる世代。小学校で普通に英語を教わる世代。んー、これまたどうなるかなぁ…。

と、ボクはマーケティングの専門家ではないので的外れも多いかもしれないが、世代論をいろいろ考えるのは面白い。個性豊かな世代が次々社会に参入してくる。ボクたちはそこに何を残してやれるか。どのくらい閉塞感を取り除き、自由で風通しよい環境を与えてあげられるか。まさにそこが問われているな。

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地球と一緒に頭も冷やせ!

2008年06月28日(土) 19:02:31

ロンボルグの新作が出たそうだ。「地球と一緒に頭も冷やせ!」。原題は「COOL IT」。

ボクが地球温暖化を巡る一連の騒ぎにあまり乗らず、客観的もしくは中立的なスタンス(少し懐疑的寄り)を取っていることは、以前からこのブログを読んでくださっている方々はもうご承知かもしれない。このスタンスはロンボルグの前作「環境危機をあおってはいけない」を元にしている。
ロンボルグに偏りがないとは言えない。彼の論のすべてを信じてるわけでもない。地球温暖化をキッカケに環境問題をみんなが考えるようになったことは尊いし、環境が崩れ始めていることも否定しない。が、「みんなが大騒ぎするほど優先順位が高いのかどうかはどうも怪しい」とは、この本を読んで思った。「他にもっと緊急課題はあるはずだ」ということだ。その後いろいろ他の本も読んだが、やはり諸手を挙げて「CO2削減!」とか言う気にはならなくなっている。

その辺の懐疑は、この本の発売を報じている今日の池田信夫ブログに端的にまとめてあるので、それを読んでいただくのが早い。
彼もそこで書いているが、ボクの大きな疑問はふたつ。「本当に温暖化しているのか」ということと「最善の策がCO2削減なのか」ということだ。彼はこう書いている。ちょっと長いが引用してみよう。

  1. 「地球が温暖化している」という大前提が疑わしい:ここ18ヶ月連続して、0.7℃以上という観測史上最大の寒冷化が進行しており、東工大の「理学流動機構」のモデルによれば、これは2000年ごろをピークにして始まった寒冷化の局面の始まりである。
  2. かりに温暖化しているとしても、その主要な原因がCO2かどうかは疑わしい:IPCCの報告書でさえ、「人為的なCO2排出が温暖化の原因だ」と書いているだけで、それが最大の原因だとは書いていない。人為的な要因があることは明らかだが、その比重が50%なのか0.01%なのかは不明だ。線形の因果関係がないので、その排出量を削減すれば温暖化が緩和するかどうかもわからない。
  3. かりに人為的温暖化が主要な原因であるとしても、CO2の排出削減によって温暖化を防止することはできない:京都議定書が完全実施されても、CO2の絶対量を減らすことは不可能であり、それは温暖化を5年ほど先延ばしするだけである。
  4. かりに京都議定書によって温暖化を先延ばしすることに意味があるとしても、その効果がコストに見合わない:Beckerなども指摘するように、100年先の気温をわずかに下げる政策の割引現在価値はたかだか500億ドルであり、1兆ドルを超えるコストに見合わない。同じコストを飢餓や感染症への対策にかければ、数千万人の生命を救うことができる。
  5. かりにCO2削減に意味があるとしても、排出権取引による統制経済は莫大な経済的損失をもたらす:今週のMankiw's Blogでも指摘しているように、この種の絶対的基準のはっきりしない問題には、Coase型(財産権方式)よりもPigou型(課税方式)の政策のほうが望ましいのだ。
繰り返すが、世界人民が環境意識を持つのは素晴らしいことだ。今回の一連の流れはいいキッカケになったと思う。
でも、いつの間にか、本当に効果があるかどうかわからないのに、世界中がCO2削減の大合唱をしている。この、大合唱的「環境保護ファッショ」がボクはちょっと怖い。最近では我が愛しの「白熱灯」までやり玉に挙がり、憎し「蛍光灯」への買い換えが叫ばれている。生産終了するメーカーまである。その決定の根拠が薄弱かもしれないのに、そんなに早く生産終了してよいのだろうか。というか、世の中が蛍光灯の品のない白い光で満たされるなんて、ちょっと耐えられないなぁ。

毎度のことであるが、環境問題について疑義を呈すると超エキセントリックなメールが舞い込む。せめてロンボルグの著作を読んだ上でメールください。んでもって、ボクが「反環境スタンス」ではないこともご理解ください。環境を保護するのは素晴らしい。でも、この方法が本当に正しいのかがどうも疑わしい、と思っているだけである。やんないよりマシというにはコストがかかりすぎている。

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岩手・宮城内陸地震

2008年06月15日(日) 8:01:24

昨日の岩手・宮城内陸地震では、緊急地震速報を初めて生で見た。
NHKニュースを見ていたときに「♪トンテン、トンテン」と音がして速報が出た。優しい音だが、かなり注意を引きつけられる喚起音。違う話題をしゃべっていたアナウンサーが慌てて地震についての注意を話し出し、ボクと娘は画面に釘付け。「岩手か…M7.0か…」と詳しい情報がわかってきた1分後くらいに東京にも震度3が来た。岩手から東京まで地震波が土の中を伝わって届いたのがリアルに感じられる。

まずはふたりで「大地震が起きたら何をするか」を再確認。ちなみに最近このサイトを見てくださるようになった方のために、「地震が起こったら、まずこれをしろ!」「地震が起こる前に、これだけはしておけ!」を再掲します。阪神大震災におけるボクの体験談が書いてあります。

地震速報のシステムは、初期微動(P波)と主要動(S波)の時間差を利用するものらしいが、今回は震源地近くでは間に合わなかったらしい(P波とS波の時間差が少ないため)。でも少し離れた場所では揺れる前に速報を出せたという。いろいろ文句を言う方もいるみたいだが、ないよりマシだ。ほんの1秒前でも心構えがあるのとないのとでは雲泥の差。なにしろドンッという最初の揺れでテレビやレンジが飛んでくるのだ。それを避けられるだけで死者の数が変わってくる。

とはいえ「テレビやラジオをつけている」というのが必要条件になるのは厳しいな。緊急地震速報をすみやかに流してくれる家庭用機器もいくつかあるようだが、まだ8〜10万円前後とバカ高い。いつでもポケットに入れている携帯に情報をプッシュするシステムも開発が進んでいるらしい。完成が待たれる。

余談だが、「携帯をポケットにいれておく気がしないビデオ」をいくつか見た。「Pop corn with cell phones」ってビデオ。これとかこれとか。いろんな国で実験している模様。こわっ。

※1時間半後の追記:上記の「携帯でポップコーンを作るビデオ」はバイラルムービーだという発表があったそうです(つまり企業が話題作りのために作ったビデオ)。プロのくせに騙されました(笑) 信じた方、すいません。

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iPhoneとObama

2008年06月05日(木) 8:13:57

iPhoneのソフトバンクからの発売が決定。
そうか…。と、呆然としていたら、娘が寄ってきて「やっぱりソフトバンクに変えるの?」と訊く。ううむ。ニュースを聞いてすぐ「うちの父親はアップルの犬だから必ずや携帯会社を変更するに違いない」と判断し、家族割がお得だから自分の携帯も変えさせられちゃうかも、と心配するに至る思考経路や良し。そういう論理的思考を身につけるために数学とか習っているのだよ。ってそんなことはどうでもよくて、ソフトバンクか!予想はしたけどそうなのか!どうしよう!って話だよ。さてどうしよう。
docomoはまだiPhone発売の可能性があるらしいが、我がauでの発売はほぼないだろう。むぅぅ。どうすっかなぁ。それにしても、iPhoneのカタカナ表記が「アイフォーン」に統一されているのが気になるな。アイフォンの方がいい。アップルのシンプルさは短い表記の方が似合っている。アイフォーンってちょっと間抜け。「アップルの犬」としては許せない(笑)

ニュース、もうひとつ。民主党候補者選挙でオバマの勝利が確定。
クリントンが勝たなくて良かったなぁと思うのは、オバマが好きだからでもなく、「ブッシュ家〜クリントン家〜ブッシュ家〜クリントン家」という、たったふたつの家に大統領職が専有されてしまうのはいかがなものかと思っていたから。他国とはいえなんかイヤ。まぁ民主党候補になったからといって大統領選で勝てるとは限らないとしても。

オバマの勝利は、アフロ・アメリカンの初勝利、ネット・キャンペーンの勝利、薄く広い献金の勝利など、いろんな意味があって歴史的だと思うけど、今回の選挙戦を子細に眺めていて思うのは「アメリカの大統領って、長くシビアな選挙戦で強烈に鍛えられ、飛躍的に成長するんだな」ということ。この5ヶ月の揉まれ方は尋常ではない。どんなナイーブな精神も、ここまで揉まれれば鋼鉄の精神に生まれ変わることができるだろう。そして、やっとこれから本選だ。アメリカの大統領選挙って「大統領をタフに成長させるシステム」なんだな。

振り返って日本の首相は、そういう成長過程を踏まない。たいしてアピールも必要ないから演説もうまくならないし、流れを読んだフレキシブルな政策策定能力も、スキャンダルなどの危機管理能力も、誹謗中傷に耐えるタフさも、強固な人脈と金集めの方法も、そして国民の人気を得るためのプレゼンテーション能力も、まったく身につける必要なく首相になることができる。
そんな、温室育ちの成長しきってない政治家が、いきなり首相になって国際舞台に出るのである。とてもではないが、鍛えられきった合衆国大統領と対等に渡り合えるわけもない。

逆にいうと、日本は「政治家がそれなりに成長するために長い年月がかかるシステム」とも言える。そこそこ完成度が高い政治家になるには70歳80歳まで生き残るくらいな経験値が必要なのだ。急速に成長させられる大統領選挙みたいなものがないからである。日本に「政治家を急速に成長させるシステムとしての長く厳しい選挙制度」があれば、30代40代の若手でも充分に首相になれるかも。

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映画の字幕を理解できない若者たち 2

2008年05月23日(金) 6:21:32

昨日の話の続き。

「映画の字幕を理解できない若者たち」って、ちゃんと記事にもなっているのね。メールで教えていただいたのだが、「FujiSankei Business i. 字幕読めない若者急増」。約1週間前の5月14日の記事。もしかしたらその研究者もこれを読んだのかも。

日本の新聞サイトって、記事を3ヶ月ほどで削除するというイジワルをする(海外のは基本的に記事を削除しないからリンク切れも起こらない)。なんて狭量で時代遅れなのかと呆れるが、ま、それは置いておいて、リンク先が削除されちゃうと困るので記事を短く引用しておくと、

映画会社が洋画の字幕づくりに苦慮している。文字数を減らすだけでなく、漢字の使用を最小限にし、極力ふりがなをふる気の使いよう。こうした事情を反映し、吹き替え版が急増。映画業界では「若者の知的レベルがこれほど下がっているとは…」と驚いている。
映画各社によると、戦前の字幕はスクリーンの右端にひとつのセリフで最大縦13字で3行だったが、戦後は10字2行とやや少なめに。人間が1秒に読めるのは4文字程度というのが理由だった。 文字数が再び増えるのが1980年代半ば。ビデオレンタルが普及するにつれ、テレビでも見やすいようにと、スクリーンの中央下に最大横13字で2行の形式が定着した。
しかし、ここ数年、13字の字幕を読み切れないという若者が増加。映画離れを食い止めようと、10字前後で区切って行数を増やしたり、漢字を省いたり…。さらに、吹き替え版へシフトする動きもある。
東宝東和では8月から10月の3カ月間で計3本のハリウッド大作を公開するが「吹き替え版を過去最大級の手厚さで用意する」と話す。ワーナー・ブラザース映画も「ハリー・ポッターシリーズの場合、吹き替えが6割で字幕版を上回っている。その他の作品でも吹き替えの比率は年々高まっている」と説明する。
字幕以前の問題も。ある映画会社の製作担当者は「スパイ系作品の試写会後『ソ連って何ですか?』『ナチスって何ですか?』との感想が寄せられ、本当に驚いた」と打ち明ける。
吹き替え版が増える未来はイヤだなぁ。役者の魂こもったセリフはそのまま原語で聞きたい。声優を否定するわけではないけれど、世界トップの演技力を持つ役者たちにかなうわけもないし、原語だからこそ伝わるニュアンスもある。それがわけわからないアラビア語やヒンディー語であっても、吹き替えられると失われるニュアンスはあるものだ。

それにしても、『ソ連って何ですか?』『ナチスって何ですか?』状態では、字幕も理解できないだろうなぁ。13字とか10字とかに縮めるとき、そういう常識語や漢字などは多用せざるを得ない。でもそうすると理解されず、若者に映画が敬遠される可能性が出てくる。字幕担当者の苦労がしのばれる。

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四川大地震

2008年05月16日(金) 7:30:05

12日に起きた四川省の大地震。
まだ瓦礫の下敷きになっている人が1万数千人。行方不明2万数千人。推計死者5万人超。

規模が違いすぎる。総被災者は1000万人超と東京の人口近くまで上り、被災面積は日本の1/6(6万5000平方km)に当たるという。関東一都六県が約3万2400平方kmだから、関東地方のちょうど倍ほどの面積が被災していることになる。

ボクは阪神大震災経験者で、あれと比べるしか基準がないのだが、あのときは電車で20分の大阪に出たらみんな普通の生活をしていてビックリした記憶がある。つまり、歩いて逃げられる距離を避難すれば物資は豊富にあり、なんとか生きていけた。それでも救援は滞り、避難も大変だったのだ。

関東地方の倍ほどの面積が被災しているとなると、想像の域を優に超える。
東京を中心点とすると、愛知や新潟、宮城のあたりまで逃げてようやく避難完了となる(避難を受け入れてくれる場所があることが前提だが)。
大雑把に言って250〜350kmほど逃げないといけない。地震で傷ついた身でそんなに歩けるか。家族や荷物があったりする身で逃げ切れるのか。歩いている途中がずっと被災地域であり、水や食べ物にもコトを欠く(はっきり言って、ない)。寝る場所もない。土砂崩れなどの危険地帯も多いだろう。地獄だ。

車で行けばいいじゃん、とか、被災したことがない人は簡単に思うだろうが、地震の被害というのは被害の全貌が明らかになるまでに時間がかかり、どっちに逃げればいいかわからないことが多い。
逃げた方向がもっと酷いことになっていることも多いし、道の選び方によっては超大渋滞し、前にも後ろにも進めない地獄となる。抜け道行こうにも家が倒れてて道がふさがっていることも多いのだ。第一、安易に車を出すと救助の車の機動力を阻害することになり、救助活動の妨げになる。車で逃げるのは賢い選択ではない。

こうなると、被災地で救助を待つしかない。
流言飛語が飛び交い、家族や親しい人の生存もわからず、夜は真っ暗。幸い春だから冬ほどの厳しさはないとは思うが、不安すぎる状況は続く。水も電気もガスも来ない。場所によっては犯罪も多発する。ケガをしても水で洗えず、不潔な状態が長く続く。周りはほこりが舞い、道は地割れでボコボコ。思うように情報も入らずイライラする。

考えるだにつらい。してはいけない、と思いつつ、ニュースから目をそらして生きている。あまり思い出したくない経験なのだ。

大震災については、「地震が起こる前にこれだけはしておけ!」「地震が起こったら、まずこれをしろ!」「震度7の朝、妻は妊娠9ヵ月だった」などもお読みください。

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丸元淑生さん、亡くなる

2008年03月12日(水) 8:00:55

なぜかニュースに気づかず、メールで教えていただくまで知らなかったのだが、料理研究家の丸元淑生さんが3月6日に亡くなった。74歳。

面識はまったくないのだが、20代の一人暮らしのキッチンに、ボクはずっと彼と立っていた。

分厚く、写真もまったくない彼の料理本「丸元淑生のクックブック」が彼との出会い。理屈っぽさが勝っていた若いボクの心に突き刺さった。なんて理詰めでクレバーな料理本だろう! とっくに絶版だが、いまでもボクのバイブルである。
んでもって、さすがにこれでは難しすぎると著者自身思ったのか、その後もっと簡単に書いた「システム自炊法」とか、写真がふんだんに入ったムック本「シンプル料理」「新・家庭料理」なども出版する。それらもこまめに読んでいき、ボクは彼の基本料理を中心に自炊をマメにするようになった。ほぼ信者。冷蔵庫の中は彼が提唱する栄養たっぷりの基本料理ストックがずらりと並んでいた。
道具も揃えた。築地に出向いて最高級の鰹節削り器を買い、基本のだし汁をとった。彼が勧めるさまざまな小物も揃えた。鍋も彼のお得意であるビタクラフトを買い揃えて無水で野菜を茹でたりしていたな。その鍋はいまでも活躍している。

得意にしていて今でも作る彼のレシピは「小魚のピクルス」。

  • アジ(小型を8〜10尾)の内臓・エラ・頭・うす身を切り取り、大さじ1の塩を入れて沸騰させて火を止めたお湯にそれらを入れて2分〜4分茹でる(小さいアジなら2分)
  • アジを取り出して水を切り、手で骨を身から外す。ここが細かい作業だが、身はバラバラにほぐれてもよい。
  • 骨を除いた身をボウルにとり、レモン汁(1個分)をかけて塩で調味。
  • ニンニク(2片)を刻み、パセリ(4〜5茎)も加えて刻み、そこにクミン(大さじ1)を加えて擂りつぶす。
  • ボウルのアジにこれらを加え、オリーブオイルも加えてよく混ぜ合わせる。これで出来上がり。ラップして冷蔵しておく。

これがね、うまいのだ。何度作ったことか。
他にも「ビリアニ」や「ポーチド・フィッシュ」「タラのグラシオサ風」「豆のサラダ」とか、わりと作ったなぁ。どれもシンプルかつ短時間で出来、栄養たっぷりでしかもうまい。男のひとり暮らしに実に向いている料理群。

彼の肉体は滅んでしまったけど、彼のレシピはこうしてこれからもずっとボクの中に生き続ける。
というか、ツマに先立たれた後(笑)、ボクは彼の料理本に戻っていくだろう。高齢一人暮らしにこれまたビッタシな料理群なのだ。超理屈っぽく辻褄があっていて、簡単かつ栄養たっぷり。ひとりで作ってひとりで食べてもなぜか空しく感じないのだ。満腹感とは違う「満足感」で満たされる感じ。

豊かな食卓、これからも受け継ぎます。
丸元淑生さん、どうもありがとうございました。

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見ていられない

2008年01月28日(月) 7:59:22

昨日の大阪国際女子マラソン、30キロ付近まで独走していた福士加代子の失速は見ていられなかった。というか、見なかった。後続に追いつかれそうな雰囲気になった時点でツマと顔を見合わせ「テレビ消そうか」「うん、消そう」と。

うちでは、わりとこういうことが多い。
正月の箱根駅伝もそうだった。往路の順天堂とか、怖くて可愛そうで不憫で見ていられなかった。がんばっているんだから見届けてあげないと、と思いつつ、でも、見ていられない。年末のフィギュアも見ていられなかった。下手するとサッカーとかも途中で消したりする。

若いときは「ダメじゃんコイツ」と見捨てたり、「もっと練習しないからだよ」とか毒づいたりした。
自分のことは棚に上げて何でも強気に話せたのだ。でも、40代中盤くらいから(って、つい最近だが)そういうことが言えなくなってきた。裏でのがんばりや悩みや逡巡や夢やトキメキが読めてしまうからだ。目に見えないところに大切なものがあると肌感覚でわかってしまったからだ。もしくは相手の身になりすぎてしまうようになった。それだけいろんな経験を積んだとも言える。歳をとった、とも言える。

というか、スポーツだけでなく、物語でも見ていられなくなってきているな。
北方謙三の「水滸伝」も、楊志が死んだあたりでヤバくなり、文庫本9巻あたりからもう先が読めなくなってきている。もう誰にも死んで欲しくないのだ。死ぬのを見るくらいなら読むのをやめたい(笑)

んなこと思っていたつい先ほど、「ちりとてちん」がヤバくなった。
え〜! えぇ〜〜! 死んじゃうの〜? うぅ。見たくない。見るのやめるか…。

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あの日から13年

2008年01月17日(木) 6:55:35

阪神大震災の日は、毎年恒例ですが、このコラムへのリンクを。

地震が起こったら、まずこれをしろ!
地震が起こる前に、これだけはしておけ!

一度読んだ方も、また思い出すためにぜひお読みください。ボクの大震災体験談が書いてあります。お暇ならこちらもどうぞ。「震度7の朝、妻は妊娠9ヶ月だった」

そのツマの誕生日は、震災前日の昨日。
まだ結婚1年目だったので(震災から2ヶ月後の3/6が結婚1年目の記念日&ムスメが誕生した日)、ニュースとかで「あの日から13年になります」とか聞くと「あぁボクたちも結婚して13年なんだな」とか確認できて便利。

そうそう、オーディオ好きな方はこちらも。「震度7でぶっとんだボクの愛機たち」
どのコラムも10年前とかに書いたモノなので今読むと文章が若いなぁと思います。でも、個人的には大事な記憶なのでこのままに。 デジカメの画素数も低かったんだろうなぁ。画質悪い。

最近、よくあの揺れを思い出す。そして怖い。家族に何が起こるかが。
子供を13年も育てると、年々「失うこと」が加速度ついて怖くなる。その年月分、想いが強くなるのだろう。あのレベルの揺れだと何が起こるかわからない。いつ別れてもいいようにちゃんと愛さないとと思う。

そう、ボクにとって1/17は「愛」を確認する日でもあるのです。「愛」とかって照れるけど。

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時間の終焉

2007年12月31日(月) 15:32:18

2007という見慣れた数字の並びも今日でおしまい。明日からは2008。

2007年に亡くなった人は、ボクが学生だった時代に全盛期を迎えていた人も多く、わりと感慨深いことが多かった。これから訃報欄がもっともっと身近に感じられるようになるのだろうな。

個人的に感慨深かった順に挙げてみると、白井郁代(祖母)、村田靖夫(建築家)、阿久悠(作詞家)、池田晶子(文筆家)、オスカー・ピーターソン(ジャズピアニスト)、黒川記章(建築家)、土井甫(振付師)、熊井啓(映画監督)、カート・ボネガット(作家)、植木等(俳優)、石立鉄男(俳優)、イングマール・ベルイマン(映画監督)あたりか。

他にも鈴木ヒロミツ、木原光知子、坂井泉水、羽田健太郎、城山三郎、渡辺和博、西村寿行、小田実、河合隼雄、藤原伊織、安藤百福、横山ノック、稲尾和久、宮沢喜一、船越英二、北村和夫、三好京三、池宮彰一郎、黒木靖夫、パバロッティ、アントニオーニ、ベジャール、エリツィン……きりがないな。

今年は「死」について例年になくよく考えた年であった。
早々に池田晶子の死去があったからかもしれない。カントは「永遠というのは中断なく持続される人間のすべての時間の終焉でなければならない」と言っていて、なるほど死というのは「時間という縦の流れからの脱出して永遠を手に入れること」なのか、と、わかったようなことを思い、そうであるならば時間=人生である今の尺度で死をとらえることはできないし想像がつくわけもない、と、最終的に放り投げた。

死んだら天国に「行く」とか、無に「なる」とかいう概念も、時間の尺度に沿っている。時間経過がそこにあるからだ。死が「ひとつの時間から出て、別の時間に入る」のではなく、時間自体の終焉を意味するのであれば、時間という枠から出ることが不可能なすべての人間の思考や行動は死の前で意味をなさない。であるならば死に準備などいらない。突然来るものを受け入れて時間の終焉=永遠を体感するのみ。

と、この程度の思索でなんとなく終えているあたりがボクの詰めの甘いところなのだが、ちょっと死生観に変化があった2007年だったかも。刹那的になったのではなく、より深く覚悟が定まった感じ。

キザなこと言ってんじゃねぇよ、と思いつつ、いろいろ考える楽しさに浸る2007年大晦日。みなさん、今年もこんなサイトにおつきあいいただき、どうもありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

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ポジティブ・エージング

2007年12月18日(火) 8:37:49

厚生労働省が発表した「2005年都道府県別生命表」によると、平均寿命が最も高い都道府県は、男性が長野(79.84歳)、女性が沖縄(86.88歳)だったそうだが、ワースト1位は両方とも青森(男性76.27歳、女性84.80歳)だったそうである。
意外だったのは、女性で大阪がワースト4位だったこと。大阪のおばちゃん、長生きしそうやけどなぁ。内実は別にして、あんなにストレス・フリーに見える人たちも少ない。

とはいえ、1位と47位の差が2〜3歳程度なので、まぁほとんど変わらないか。とりあえず男性平均寿命のワーストである76.27歳までボクは30年ある。あと30年…。何して遊ぼうかな。ボクの場合、なんとなく「人生のピークは70歳」と決めているので、あと24年はえっちらおっちら成長していく予定。そしてその後6年ほどで下りきる、ということか。まぁ下り坂が長いよりいい。

女性は若さに固執している人が多いけど、平均で85歳くらいまで生きることを考えると、お肌の曲がり角(25歳?)から60年は人生が続くわけで。そろそろアンチ・エージングからポジティブ・エージングに思想を変えた方がいいのではないかなぁ。年齢なりに美しい人、ボクには魅力的に見えるけど。まぁ確かにボクも20代30代のころは葉桜の美しさがわからなかったけど、いまはよくわかる。いまでは葉桜の方がきれいに見える。

というか、男が咲き誇った桜ばっかりチヤホヤするからアカンのね、たぶん。もっと葉桜の美しさを褒めるべきかも。

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53年ぶり

2007年11月02日(金) 8:07:05

中日ドラゴンズ、53年ぶりの日本一、おめでとう。
ドラゴンズ・ファンでは全然ないんだけど、夏に2回名古屋に行き、大矢さんに野球バーに連れて行かれ、いやそれ以前に一緒に食べてる間ずっとドラゴンズの話題ばっかだったし、その後「ピカイチ」というドラゴンズ・ファンの聖地みたいな店にも行き、なんつうか、名古屋が町をあげて喜んでいる様子がリアルに想像できるので、ボクまでなんだかうれしいのだ。昨晩の名古屋はすごかったんだろうなぁ。「ピカイチ」なんか店が崩れたんじゃないか。喜びすぎて。

というか、大矢さんに至っては昨日が誕生日だったそうである。熱狂的なドラファンだけにたぶん昨日が人生の中日(なかび)で、あとちょうど半分生きる、とか、そういうキッパリした人生なんやろう。おめでとさんです。

札幌においては個人的に一段と関係が深くなっているので、日本ハムファイターズ・ファンの無念さがこれまた身に染みる。継投とはいえ完全試合されちゃうのもなぁ。でも去年から新庄と小笠原と岡島が抜けて、それでリーグ優勝っつうんだから十分誇りに思っていいと思う。なんつったって新庄と小笠原と岡島だもん、SMAPとTOKIOとV6が抜けたジャニーズみたいなもんだ。KinKiと嵐とNEWSとタッキー&翼とKAT-TUNと関ジャニ∞だけでよくがんばった。って、ぜんぜん強いなジャニーズ。

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アル・ゴアにノーベル平和賞

2007年10月14日(日) 17:11:44

長くボクのこのメモを読んでくださっている方は、ボクの地球温暖化問題についてのスタンスは「ニュートラルよりも多少『そうでもないんじゃないの?』派に傾いている辺り」にあることはわかっていただいているかもしれない(こんなのとかこんなの)。

地球温暖化が問題であることにはまったく異を唱えない。でもそこまで優先順位が高いとは思っていない。ロンボルグ池田清彦には共感を覚える。

また、アル・ゴアのプロパガンダ(あえてそう言うが)も否定しない。アメリカ人は一般に環境問題に無関心すぎる。多少行きすぎた警告も必要かもしれない。人為的理由で温暖化が進んでいるという危機意識を世間一般に広めた功績もあるとは思う。

でも、プロパガンダにノーベル平和賞はあんまりな気がする。プロパガンダにお墨付きを与えると、またぞろ「オフィシャルな正論ざます!」と威張る人たちが大量発生しそうで怖い。

アル・ゴアのノーベル平和賞受賞について、ロンボルグがコメントを出した。日本語訳はこちらのブログにある。
ゴアの映画「不都合な真実」に科学的な誤りが9カ所あると英高等法院が指摘したことは数日前の新聞に書かれたので読んだ方も多いかもしれない。

ま、ロンボルグも正論すぎるかもしれないが、やっぱりボクはこっちのスタンスに近いかな。

地球温暖化について懐疑的に書くとすごい勢いで怒りのメールが来たりするんだけど、とりあえず上に上げた両者の本くらい読んでからにしてくださいませ。

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わりに合わない

2007年10月12日(金) 9:23:17

昨日、亀田大毅選手に勝って初防衛に成功したボクシング世界王者の内藤大助選手は、世界でたったひとりしかいないWBCフライ級世界チャンピオンなのに、試合前は妻の月収8万円のみで生活をしていたという。
今年6月まではレンタカー店で働き、喫茶店勤めの妻と合わせて12万円の月収だったらしいが、試合前はボクシングに専念するためにそれらを辞めていたらしいのである。

タニマチ的な人々からの差し入れなどもあっただろうが、それにしても世界チャンピオンがその生活レベルというのはどうにかならないものであろうか。今回、ファイトマネーが1000万円の大台に乗ったらしいが、それでも世界一の報酬としては少ない気がする。

亀田親子には批判が集まってはいるし、ボクもあまり好きではないが、恣意的に話題を作り、ボクシングに注目を集め、ファイトマネーを上げ、ボクサーの相対的価値の引き上げには貢献している。何か、そうでもして騒ぎを起こさないとやってられないくらい閉塞感バリバリの世界なのかもしれない。

生まれたときからネット社会である今の小中高校生を舐めてはいけない。情報洪水に晒され、物事の表も裏も過剰に与えられている彼らは、人生において何が損で何がきつくて何がわりに合わないか、こっそり見きわめ判断してる。
ボクシングはわりに合わない。相撲もわりに合わない。官僚も大臣も総理大臣もわりに合わない。社長みたいな責任ある立場もわりに合わない…。
彼らはどんどんそういった「わりに合わないもの」を目指さなくなる。もっと身近な小さな幸せの獲得を目指すだろう。

アメリカも困った問題山積社会ではあるが、アメリカン・ドリーム的な大成功という「わりに合う結末」がきちんと用意されている点がすばらしい。確率は低くても夢が持てる。それに比べて日本はわりに合わない結末が多すぎる。社会はそういうところからシュリンクする。

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ゴミの分別方法が変わる

2007年09月30日(日) 8:30:56

明日10月1日から日本郵政公社が民営化されるが、同時に、ボクが住んでいる地区のゴミの分別方法が変わる。

なんと今まで不燃ゴミとしていた「プラスチック、ゴム、皮革製品など」が可燃ゴミに変わるのだ。
ビニール袋もCDやビデオもボールペンも弁当容器も長靴やボールもプラスチック製おもちゃも発泡スチロールも皮革製品も、すべて可燃ゴミ。CDとかも可燃なのか…。
じゃぁ不燃ゴミとは何かというと、ガラス・陶器類や電球、アルミ箔、金属系、乾電池など。金属とプラスチックが分解できない部品なども不燃ゴミ。瓶や空き缶(飲食用)やペットボトルなどは、従来通り資源ゴミらしい。

なんでもサーマル・リサイクルといって、ゴミの焼却時に発生する熱エネルギーを発電などに利用するシステムらしい。「プラスチック、ゴム、皮革製品など」はこれまで埋め立ててきたのだが、それを可燃ゴミとして焼却することで発電量を増やすというのだ。埋め立て量が減るのは大変喜ばしいが、焼却時の有害物質とか大丈夫なのかな。焼却工場の設備・技術ともに改善されて、焼却実証では法規制値を下回ったというけれど。

まずはモデル地区から始めて、来年には東京全区で実施されるらしい。10年くらい前はゴミ問題に関心をもっていろいろ調べていたが、ちょっと目を離すとガラリと変わってしまう。少し注目しておこう。

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面魂

2007年09月24日(月) 9:18:35

昔、「TVスクランブル」という番組でメインパーソナリティーを久米宏と横山やすしがやっていたことがあった。

あれは中曽根康弘がはじめて自民党総裁になった総裁選だから、1982年か。ちょうどその年に始まったこの番組でもこの総裁選は相当くわしく取り上げていた。
その時の立候補者は4人。中曽根康弘、河本敏夫、安倍晋太郎、中川一郎。

そのとき、横山やすしが「わしは誰がいいかわからんけど、面魂(つらだましい)でいうと、やっぱ中曽根や」と言っていたのを妙に印象的に覚えている。

当時ボクは大学生で、「顔で評価するんかい!」と笑ったが、今ならわかるな。面魂は大事だ。

面魂。
佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、福田赳夫、大平正芳、中曽根康弘あたりの政治家の面魂と、いまの政治家の面魂はずいぶん違うなぁ。この四半世紀で日本人の顔はずいぶん変わった。女性はキレイになったが、男はなんか穏やかで情けなくなった。

いいか悪いか全く別にして、最近よく出る政治家の中では与謝野馨に面魂を感じる。彼は1970年代の政治家の顔をしている。昨日新総裁になった福田康夫は……ノーコメント(笑) でも、彼は相当なタヌキだな。大化けするかもしれない。17年間サラリーマンをやってたらしいので、サラリーマン的理不尽に耐え抜くだろうし、調整能力もあるだろう。

でもまぁ面魂とは別の話。
ボクが政治家の顔として一番好きなのは、「三木おろし」の大合唱の中、苦虫を噛み潰していた三木武夫の顔である。ちょっと惚れ惚れした(笑)

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Shared Space

2007年09月18日(火) 7:12:08

先週のニュースになるけど、気になったもの。
ドイツ西部のボームテという町の繁華街で、全ての信号・標識を撤廃した、というニュースである。理由は「交通の安全性を高める最良の策」とのこと。交通事故を減らし、歩行者が歩きやすい環境を実現するとも謳っている。

これはオランダの交通専門家ハンス・モンデルマンが考案した「Shared Space(共有空間)」という考え方で、交通安全の向上が目的だという。このSpace内ではみんなが自然と行動に責任を持つので、車もノロノロ運転となり、事故は減るらしい。いや、事故が起こることは起こるらしいが、死傷の程度が軽いらしい。逆に信号があると「青だから走ってよし」という判断が優先されスピードを出す。「歩行者が渡るかもしれない」という可能性はあまり考慮されなくなる。相手への意識がSharedされないわけだ。そして事故が起こりやすくなり、死傷の程度も重くなる、と。

日本でもテレビで見た記憶がある。どっかの五叉路だったか六叉路だったかに信号がないのだが、いままで事故ゼロらしい。番組では不思議なこととして報告されていた気がするが、結果的に「Shared Space」になっていたわけだ。みんな無意識に「相手のことを考えて」気をつけるもんね。

これって性善説みたいな空気が根本に流れていて気持ちがいい。
ボクは基本的に性善説論者なので、なんだかとってもしっくりくる。
ちょっと前に紹介した「平和省」の考え方も性善説っぽくて好き。ちなみに第三回平和省地球会議は日本で今週21日から開かれるらしい。

いまのマスコミは性悪説の塊だ。まぁそれが一概に悪いとは言わないが、行きすぎである。
人間の「志」「誇り」「信念」みたいなものを全く信じず、その裏に「私利私欲」「損得勘定」「権力欲望」があると決めつけ、暴こうとする。政治家や官僚、医療関係者、学者、企業トップなどに対して「どうせ裏に私利私欲あり」と重箱の隅をつつき、わずかな隙を見つけて「そら見たことか!」と叩きまくる。

もちろん悪いヤツはどの世界にもいる。マスコミの中にもいるように。それを暴くのは確かにマスコミの仕事だろう。でも、マスコミの中にも「志」で仕事をしている人がいるように、政治家にも官僚にも医療関係者にも「志」や「信念」を支えに毎日の激務をこなしている人はいるのだ。それも意外とたくさん。そこをまず信じることから始めて欲しいと願う。

って、話がやたらオーバーになってスイマセン(笑

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亡くなった人たち

2007年09月16日(日) 18:38:14

おとといだったかな。土居甫氏が亡くなった。
言わずと知れたピンクレディの振付師。阿久悠に続いてピンクレディ関係者である。桜田淳子の振付もしていて、「笑っていいとも!」の「テレフォンショッキング」の第2回ゲストという名誉も持っているのは有名な話(第1回はタモリがファンである桜田淳子)。それももう25年前のことである。すごいな。

ちなみに、もともと「テレフォンショッキング」つうのは、タモリが伊藤つかさのファンで、お知り合いになりたくて始まったもの。友達の輪を広げていくうちにいつか彼女に辿り着くだろうという魂胆。数年後に伊藤つかさに辿り着いたときのお祭り騒ぎは今でも覚えている。

ま、そんなトリビアはいいとして。
書かなかったが、パバロッティもベルイマンもアントニオーニも相次いで亡くなった。ボクが10代20代のころ第一線で活躍していた人は、もちろんあれから20〜30年ほど経っているわけで、そりゃ亡くなるのも仕方ない。それだけ時が経ったのだ。

ボクたちの世代が本当にショックを受けるのは、ユーミンとか桑田とかが亡くなった時だろうな。なるほど自分が生きた時代も終わるんだ、と実感させられ悲観する気がする。ま、ボクの方が先に死ぬ可能性も高い。なんだかその死を聞く前に死にたい気もする。

話は戻って土居甫。
ボクは彼のピンクレディの振付を覚えて高校の後夜祭で踊り、週刊セブンティーンに写真が載ったことがある(笑)。軽い高校生だ。タンクトップにミニ着てさ。「透明人間」をやった。その時の相方(ケイちゃん役。ボクはもちろんミーちゃん役)も若くして死んでしまった。

ちなみにその後夜祭のステージでツイストの「宿無し」をやったのが「Amoh's Bar」の天羽である(笑)

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より目立たない場所へ

2007年09月15日(土) 14:36:50

昨日とおとといのさなメモに同感メールをたくさんいただいたのだけど(ありがとうございました)、安倍首相の名前が阿部とか安部とか阿倍とかボロボロ。みなさん、自分の国の首相の名前くらい間違えずに書きましょう(笑) まぁある意味象徴的なことかもしれないけど。

学生さんからもいくつかメールをいただいた。
メールをくださった少数の方の意見で一般化するのは無理があるとしても、「総理大臣になりたいなんてありえない」と考える学生は多いようだ。ここまで公然と傷つけられる職業なんて他にない、それには自分はとても耐えられない、なりたい人の気が知れない、と。国をよくしたいとかいう志よりも、いじめられる怖さの方が先に立つ、と。

まぁ学生は斜に構えるし、本音を言わない(わからない)としても、優秀な若者が「より目立たない場所」に向かっているのは肌感覚で感じる。マスコミも何でも叩く体質をいい加減に変えないと、マジで若者が目立つ場所に出てこなくなる気がする。

マスコミは「社会の木鐸」と言われてはいるが、とはいえ批判が仕事だと思いすぎてないだろうか。反対運動ではなく賛成運動するのだって立派なマスコミの仕事だろう。「国防省よりも必要なのは平和省」と主張するデニス・クシニッチ米民主党議員のように、ポジティブな発想をもっともっと増やしていかないと、本当に有為なる若者が出てこなくなる気がする。

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リンチ・スイッチ

2007年09月14日(金) 7:25:28

世の中の全員から「無責任」とか「資質がない」とか「ひよわ」とか言われるのってどんな気持ちなんだろう。

戯れに安倍首相の気持ちをリアルに想像していたら、なんだかとってもドキドキし、昨日は朝からずっと落ち込んでいた。人生を悲観した。しまいには生きるのまでイヤになってきた。わかりやすいなオレ。でも、なんつうか「辞める」と言える勇気があってよかった。欝の本とか読むとよくわかるが、これはもう相当勇気がいることだ。

もちろんプロの政治家そして国の代表者として、今回の一連はまずい。そこは弁護しない。
でも、それにしても叩き方が少々醜い。圧倒的に追いつめてなお叩く。「武士の情け」という言葉はどこへ行った。追いつめた挙げ句、誇りまでずたずたにする斬り方は、あまりにも「情け」ない。

なんか「リンチ・スイッチ」というのが日本人にはある。
政治家、社長、有名人、大金持ちなど、まぁ「わかりやすく大きな存在」は、足をひっぱっても叩いてもいいんだ、どうせ人間の心なんて持ってないんだ、裏で悪いことしてんだ、おいしい蜜吸ってきたんだ、いい気味だ、とか、極端に走る。そして大合唱。今回も大合唱の連続だ。辞めろ辞めろと大合唱し、辞めたら辞めたで無責任とまた大合唱し、あぁやっぱり「鬼畜米英の大合唱」で団結した国民性なんだな、と、なんだか理解した。認めたくないが、日本人には戦争の資質がある。憎しみやねたみでスイッチが入り、大同団結する。そして国民大合唱。気をつけないと。

そこそこの幸せと気分の安定を求めている今の若者は、もう「目立つのは面倒で大変」って知ってしまったゆえ、そういう場所を目指す人がどんどん減ってくるだろうな。少なくとも、総理大臣を志す若者や、横綱を目指す若者は、最近のドタバタで激減したんじゃないかな。

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安倍首相辞任

2007年09月13日(木) 7:30:13

すさまじく悪いタイミングだったとは思うが、ボクはなんだか責める気にならない。
「男」としてよっぽどのことだと思うからだ。
本当に、本当に孤独だったんだろうなと思う。あと、もう少しやっていたら「取り返しの付かないこと」が起こっていたのではないか、とも想像する。「政治家安倍」に対してはその辺を同情はしないが、「人間安倍」に対してはいたく同情する。お疲れ様でした。

今日発売の「週刊文春」に書評を書きました。
魚柄仁之助著の「冷蔵庫で食品を腐らす日本人」。どっかで見かけたら見てみてください。

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台風の夜

2007年09月07日(金) 8:41:26

台風関東上陸でオフィシャルに早退オッケーになったというのに、昨晩は会食があった。
行く予定のレストランは赤坂の溜池にある。溜池とはその名の通り、水を溜めた人工の池だった場所である。江戸時代に飲料用の上水ダムとして作り、特許庁前の交差点から赤坂見附までの細長い池だったという。ダムにするくらいだから水が溜まりやすい地形。特に溜池の交差点は、豪雨が降るとクルマがプカプカと浮くくらい水が溜まるという。幸いそのレストランは地下ではないので水没はしないだろうが、よりによってこんな夜に溜池で…。

19時から始めて22時くらいまで。ここ数年のメディアの話から今現在変化しつつある状況など。堅苦しい会食ではなかったが、いろいろ参考になることが多かった。次回は居酒屋でと約束して終了。料理は相変わらず繊細至極。食べると優しい気持ちになれるような味。

外を見るとやはり大雨。でも店の前の道はまだ水没していない。タクシーを呼んでもらったが、電話がまったく繋がらない。地下鉄もいくつか止まっているらしい。進退窮まったな、と思った頃にようやく電話がつながり、なんとかタクシーが来た。ラッキー。乗ってる途中からどんどん豪雨に。家についたらゴミや葉っぱが道に散乱していた。近くの木は倒れかかっている。おぉ、久しぶりにちゃんとした台風だ。

夜中も風雨がすごかった。風で家がゴゴゴと揺れ、雨が壁をドドドと鳴らす。なんとなくベッドで映画「台風クラブ」の一場面を思い出していた。台風の中、校庭で工藤夕貴らが踊る場面。相米慎二も死んじゃったな。

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うまくなりたいという目の輝き

2007年08月23日(木) 9:24:23

昨晩もお酒抜きで外食。野菜がおいしいという売りのオーガニック・レストランだったこともあり、食べたのも野菜のみ。すっかり「酒抜き夜メシ」が気に入ってしまった。飲みたいワインや飲みたい日本酒があるわけじゃない場合は無理に飲まない方が気持ちいいな。昨日も書いたけど、夜メシから帰宅してから書き物とか仕事とかが出来るのが良い。まぁ毎回は無理にしても、これからこのパターンも増やしていこう。

帰ったら佐賀北高校が甲子園で優勝していた。
この夏、高校野球は全然見てなかったが、佐賀北についていろいろ読んでなかなかすごいチームだったことを知り、ちょっとは見ればよかったと残念に思った。野球特待生が問題になっている中、特待生などひとりもいない普通の公立校。体育科もない。専用グラウンドやナイター設備、室内練習場もなく、グラウンドはサッカー部との共用。練習は放課後3時間のみ。んでもって、出場18選手全員が地元中学の軟式野球部出身だと言う。

百崎監督によると「練習時間の3分の1は体力作り。3分の1は基礎的な技術練習。実践練習の時間を削ってもこのふたつはやる。平日は打撃練習なんてしない」らしい。選手も「本格的な打撃や守備の練習が始まったのは夏の大会前。走り込みばかりしていた」「平日はキャッチボールやゴロ捕りばかり」と言っている。

ここから「やっぱり走り込みが大事」「基礎をみっちりやるのが重要」みたいな根性論好きなオジサンみたいなまとめに持っていくのは簡単だが、それだけで頂点に立てるわけがない。このチームの場合、もうひとつ要素があったようだ。「野球日誌」という、監督・部長・選手の交換日記の存在。選手は「不調のとき、前の日誌を開いて先生のアドバイスを読み返す」「練習中にきつくしかられたら、なぜそのとき先生が怒ったかを説明してくれて、納得がいく」と語っている。(msn 記者の目より)

指導者の意図が明確に選手に伝わり、選手も納得ずくで目的意識を持って一歩一歩進めば、短い練習時間でも着実に伸びるし、単調な基礎練習もがんばり通せる、ということかな。

なんか「納得」というのがキーワードなような気がした。

いろんな話を読んでいると、百崎監督に「有無を言わさず納得させるカリスマ性」があるわけではなく「納得に導く優れた話術」があるわけでもないようだ。自分の経験による「自分の言葉」での説明。それが選手個人個人の胃の腑に落ち「心からの納得」につながったのかもしれない。

いろいろ読んでいて、百崎監督のこんな言葉も見つけた。
「下手でもうまくなりたいと目を輝かせる生徒たちに、県のベスト8くらいは経験させたい」。

あぁ、そうか。
選手はみんな「うまくなりたい」のか。「成長したがっている」んだ。成長するとうれしいんだな。
一見当たり前のようなことだが、指導者は意外とそれを信じない。だから「鍛える」みたいな言葉を使う。これは「選手は怠ける」「選手は自覚が足りない」ということを前提とした性悪説的言葉である。

百崎監督はたぶんそれを性善説的に信じた。信じたからこそ選手の役に立とうとした。その性善説的な指導が「納得」を生んだ。なるほど、そういうことかもしれない。


なんかぼんやり子育てについて考えていた。
子供の「うまくなりたい」「成長したい」という心をちゃんと信じて性善説的に子育てしているかどうか。「あれをやりなさい」「これはいけません」「それが結局キミのためなのだ」とか、性悪説的に思考停止を強いていないか。理屈や一般論で説明するのではなく、ちゃんと「自分の言葉」で子供に説明できてるか。子供がちゃんと「納得」して物事に取り組んでいるかどうか。

「うまくなりたい」「できるようになりたい」「成長したい」という目の輝きを大人が曇らせてどうする。大人のやり方を納得させずに押しつけて気持ちを萎えさせてどうする。ん〜。やばいやばい。

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一転、高原のよう

2007年08月18日(土) 19:55:49

今日は一転、高原みたいに涼しかった。
ここ数日の40℃近い酷暑に、沖縄のヒトから「沖縄に涼みにおいで」と電話があったくらいなのだが(沖縄は33℃以上には滅多に上がらない)、今日はもう感謝したくなるくらい涼しくて快適。朝起きて窓をあけてビックリした。ツクツクボーシも鳴き出したし、このまま秋になるといいなぁ。

ある新聞を読んでいたら、83歳の気象キャスター倉嶋厚さんがこんなことを言っていた。

「最近の天気はおかしい」っていうのは、「最近の若者」「最近の言葉遣い」と一緒で、昔から言われていたこと。いつも異常気象は当たり前と思えば、たいしたことないですよ。
なるほど、たしかに最高気温更新される前の記録を持っていた1933年なんて地球温暖化の「温」の字もなかったころだろう。それどころか昭和時代って地球寒冷化が問題になっていたからなぁ。昔からずっと「これって異常気象だよなー」とか人類は言い続けてきたのかもしれない。あまり過敏になるのはやめておこう。


話はかわるが、「昨日の『水を飲むな! バテるぞ!』はある意味正しいのですよ」というメールをいただいた。

スポーツによる発汗には(ポカリスエットなどのように)水とともに電解質の補充が必要と認識が低かった時代には「水を飲むな」はある意味正解です。希釈による低ナトリウム血症は致命的なので。「水ばっか飲むな!塩もなめろ!」が正解だった、というべきなんでしょうね。
なるほど。スポーツ中に水だけいっぱい飲むと逆に危ないわけですね。でも水を全く飲まないのはどうなんだろう。それも危ない気はするけど。とりあえず、ボクもここ数日の酷暑時はミネラルウォーターではなくてスポーツドリンクを飲むようにしてました。

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観測史上最も暑い朝

2007年08月17日(金) 8:05:16

岐阜の多治見と埼玉の熊谷で40.9℃。1933年以来74年ぶりに国内最高気温更新らしい。
んでもって、今朝の東京の最低気温は30.5℃だったとか。一番涼しくて30.5℃って…。東京での観測史上最も暑い朝を迎えている。

暑さの描写で記憶に残っているのは、黒澤明監督の「野良犬」の冒頭部。
眼光鋭く、どこかやさぐれている雰囲気の野良犬が舌を出してハッハッハッと暑さに喘ぐ大アップ。このあとタイトルが出る。内容を予感させる導入部としても見事なのだが、うだるような暑さを一瞬で活写したこの場面がボクの脳みそにこびりついて離れない。「暑いなぁ」と天を仰ぐとき、頭の隅っこで野良犬がハッハッハッと喘ぐ。迷惑だ(笑)

もうひとつ、高校時代の先輩の声も頭の隅っこで響く。
「水を飲むな! バテるぞ!」
そう、信じられないかもしれないが、昔は運動部などの練習中に水を飲むのは御法度だったのだ。ボクはラグビー部だったのだが、夏の部活時、とにかく水など一滴も飲まなかった。今考えると熱中症一秒前。水を飲むのは練習後のみなんだもん。「水を飲むとバテる」という当時の常識から練習前にも飲まなかった。
夏合宿はまだいい。菅平みたいな涼しい場所で行ったから。でも東京のド真ん中で行われた夏練は地獄だった。とにかく水を欲したあの気分。こめかみがドクドク鳴った。血液は水分を失ってドロドロだったんだろうなぁ。でも練習が終わるまで一滴も飲まなかった。だからこそ、例の「ヤカン」がやたら効くわけなのだけど。

とはいえ、部活中も部活後も、熱中症で倒れた人がいた記憶がない。というかそんな言葉すらなかった。日射病という言葉はあったけどな。あんな水分極限状態でよく持ったものだ。

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2007参議院選挙

2007年07月30日(月) 6:14:40

昨日は投票所が開いた朝7時に夫婦で参議院議員投票に出かけた。
朝一の投票所は空いていて良い。まだあまり暑くもないし犬の散歩がてらタラタラと。ちょっと夏バテ気味でふらふらなのだけど、まぁ選挙は大事な「権利」なので行使しないと。普通に選挙に行けるという権利を得るためだけに人生の大半を費やして闘った人たちがどれだけいたことか。

出かける前に主要政党のマニフェストをもう一度簡単にチェックし、あまりに短期的視点な争点にうんざりしつつ(参議院ってそれでいいのか?)自分の争点を再確認し、毎日新聞サイトの「えらぼーと」で立候補者の回答と比較して、考えが近い候補者の名前を確認してから出かけた。うちでは夫婦共に誰に入れたかは話さないのだが、娘が「いったい誰にいれたの? 政党はどこに?」と何度もしつこく聞いてくる。教えない(笑)

昼は寝たり原稿書いたり仕事したり。そして夜の選挙速報。相変わらずチンケな投票率。投票行かなかった約半分の国民は政治に文句も愚痴も希望も言うなよ。棄権するなら白票で。
んでもって自民歴史的大敗。民主第一党へ。民主に支持が集まったわけではなく、年金問題で自民が支持を失った構図。自民も大変になるが、民主も相当試練を迎える。対案が今のままで通用するはずもない。日本の将来はもういくらでもネガに考えられるが、いい政治への過渡期とポジに捉えたいところ。

サッカーのアジア杯はイラクが優勝。すごい。あの環境で優勝するか。イラク国民は喜んでいるだろうなぁ。阪神大震災の年、オリックスがパ・リーグ優勝したのを思い出した。

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熊井啓監督

2007年06月05日(火) 9:21:31

ボクがNYに行った前後に何人か亡くなっていて、もちろん石立鉄男はショックだったし、ZARDの坂井泉水や松岡農相にもビックリした。平岩外四や藤原伊織、大庭みな子、ちょっと前だと塩沢とき、北村和夫、池宮彰一郎、横山ノック、ロストロポーヴィチ、ここ数日では羽田健太郎と、このごろ有名な方の死が多い気がする(敬称略)。

でも、個人的に感慨深かったのは5月23日の熊井啓監督の死である。
日本を代表する社会派映画監督である。もちろんお会いしたことはない。でもボクが20歳の時(1981年)に観た彼の映画「謀殺・下山事件」が、いまでもその時の感情を覚えているくらい衝撃的だったのである。のほほんと軟派に生きていた大学時代のボクは、ガツンと一発かまされた感じであった。

戦後史最大の謎と言われる下山事件についてはWikiでも見てもらうとして、その後ボクは矢田喜美雄の原作「謀殺下山事件」を読み、これまた衝撃を受けて下山事件関係の本を読みあさった記憶がある。友人にも下山事件論争を持ちかけたりして、いま考えたら大迷惑なにわか社会派だ(笑)。でも資料を読みあさって戦後史の闇に潜っていったあの時間はとても充実していて、いまでも大学時代のある象徴として思い出したりする。
下山事件関係のみならず、謀略だの謀殺だの戦後の闇だの題された本を自宅デスク周りに積んでいて、親に心配されたこともある(反体制思想にかぶれたと思われたのかもしれない:笑)

社会や政治が一筋縄でいかず、本当に裏で怖ろしいことがまかり通る場合もある、と、薄々気づいていたことを目の前にドウダと提示された初めてのキッカケでもあった(奥手すぎ)。熊井監督には素直に「ありがとうございました」を伝えたい。

ちなみに、経歴を調べていて気がついたが、熊井監督、ボクと誕生日が一緒でした(6/1)。なんだかうれしい。

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目が疲れそうな晩年

2007年05月09日(水) 9:24:59

メールで強く勧められていた整体に行ってきた。
ボクにはゴッドハンドが効く、と、わかっていつつ、いろいろ調べるとそっちの整体も興味津々で。というかほとんどカラダに触らない整体なのだ。怪しいけど数回は通ってみよう。昨日は一回目。急降下していた腰の調子が多少上向きに。でも本当にベッドに寝るだけの整体なのだ。施術後はずいぶん物足りない(笑)。でもなんだか効いている気もする。少なくとも頭はスッキリしている。

で、施術後は飲酒厳禁とのことだったので、昨晩は予定を変更してインド料理へ。
インド料理って(個人的には)お酒が進まない。だから禁酒したいときには重宝するのである。骨董通りの「シターラ」。優しく洗練された味。ボクは好き。

それはそうと「DVD1枚分(4.7ギガ)を4秒でネット転送」ってニュースには驚いた(もちろんIPv6でだけど)
というか、いままでも実験上では5秒で転送できたらしいけど、いずれにしてもスゴイなぁ。こういうことが一般レベルで普通になると、もう「空気のように意識せず」データのやりとりができるようになる。動画や重いデータを一瞬で送受信できる世界。テレビのスイッチをつけたらテレビが映るのと同じスピード感で映画が観られる感じ。「昔って映画をテープとか円盤をマシンに入れて観てたんだって!?」と孫の世代にバカにされるの確定。
まぁ数十年後足腰立たなくなる我々世代には朗報とも言える。ベッドにモニターさえあれば寝たきりでも数秒で好きな映画を呼び出せる。床ずれに悩みながら年間800本とか映画を観る生活。どうよ? もちろんモニターで(手を使わずに)本も読める。ゲームも指さえ動けば遊べるだろう。目が疲れそうな晩年だ。

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ブログ数では日本語が世界一

2007年04月14日(土) 18:05:41

最近気になったニュースとしては「ブログ数では日本語が世界一」ってヤツ。

現在、ブログ検索エンジン「Technorati」が追跡しているブログの数は全世界で7000万。そのうち日本語で投稿された記事数は全体の37%で英語圏を抜いてついに1位に。」(GIGAZINEより
なんだかすごいな。日本人がそんなに発信欲が強い感じはしないんだけど、どうなのだろう。ただ、ブログを複数持っているヒトも多いようなので、単純計算はできないかも。

この前、ある会社のヒトと話をしていたんだけど、その人は入社の面接官をしていて、「ブログをやってますか?」と就活学生全員に聞いてみたらしい。で、結果は約8割がやっていたらしいのだが、驚いたのはそれぞれが持っているブログの数。なんと平均4つだったそうだ(mixiも含める)。英語圏の人が平均いくつくらい持っているのかわからないから比較はできないし、面接である程度見栄張ってる可能性もあるが、一部のアクティブな数十万人が複数発信している、というのが現状かもしれない。

それはともかく、カート・ヴォネガットが死んでしまったのはわりとショック。
まぁ「そういうものだ」(「スローターハウス5」での決まり文句)なのだが、ある時期の自分的アイドルではあったので感慨深い。彼なんかは、もし今彼が青春期を迎えていたら、機関銃のようにブログを書いていたひとりかもしれない。なんか「書く」という根本的情熱を、彼は教えてくれた気がする。

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今週末には桜開花

2007年03月12日(月) 12:50:30

おもしろ本、数冊更新しています。
なんか最近、女性の書く本ばかり読んでる気がする。なんなんだろう。春だからかも。

今年の東京の開花は3月18日だとか。
早いなぁ。卒業式のときにはもう桜が散り始めているかもしれない。入学式のときは葉桜だ。中学入学を控えた我が家にとってはちょっと残念。

で、18日にはsuicaとpassnetが合体し、JRも地下鉄もバスも私鉄も乗れるようになる。これはいいなぁ。大便利。開花日にピッタシ合うなんて、関係者は喜んでいるだろう。

あ、それと、関西の話だけど、18日から昔住んでいた夙川にJRが止まるようになるんだって? 駅の名前は「さくら夙川駅」とか。んぬぬ。こういう情緒的な意味をつけた地名や町名、駅名ってキライ。意味付けは住民や使用する人がそれぞれにするもので、強制されることではない。

とはいえ、夙川の桜は(個人的には)日本一。
あの辺の開花時期は知らないけど、18日なんて意外といいタイミングかもしれない。

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ビっくりスタ!

2007年01月30日(火) 8:04:57

朝刊のWindows Vista発売広告を見て呆れた。
そこまでプライドがないか、と。
その水滴風な丸いアイコン、光の反射、鏡面シャドウ…。まったくそのままMacの真似ではないか。デザインまでそのままパクるか。ちょっとビックリ。

んでもってネットでいろいろ調べてみたら、もう口があんぐりあいてしまって…。
機能もMacの真似しすぎ。エアロにしてもダッシュボード的なものにしてもフォントにしてもウィンドウの動き方にしても。なんだこりゃ。Macじゃん。

まぁもともと歴史的にWindowsの設計自体がMacの真似なんだけど、それにしても業界トップの誇りみたいなものがもう少しあると思ったのだけどなぁ。8年(だっけ?)かかってこれですか?

って、Winユーザーの方々、すいません。
まぁマイナーなMac派としては、それだけMacOSXは洗練された先進OSなのだという再認識と、真似すんなバカという排他的感情と、この気持ちいい使用感をMacユーザー以外に味わわせたくないという既得権益感と、真似なくせに結局メインストリーム持ってっちゃうんだよなぁという自己憐憫とが重なって、いろいろ複雑なんです。キャンキャン吠えさせて。


話は変わるけど、ええと、おととい書いた長文にしみじみメールいろいろありがとうございます。ちょっと言い足りてない部分があって、伝わってるかどうか不安だったけど、それなりに伝わったようで良かった…。

いろんな方のサラリーマン生活への想いを読ませていただきました。しみじみと。いろんな場所でいろんな方がいろんな感慨をお持ちなようで。
変わったよねぇ。以前の体制(文化)が必ずしもイイとは言えないし、効率重視なりにまた新しい文化は芽生えるのだろうけど、あれはあれで失うにはもったいない文化だったなぁと。でも、それを惜しみ懐かしんでいると時代は先に進めない。そういう意味での(自分の中での)終止符だったのです。

焦ったのは「あ〜、原淳です」と電話が来たこと。これまたビックリ。
てっきり「てめぇ上等じゃねぇか!」と怒鳴られると思い身をすくめてしまった(笑)
でも「飲みにつれてってやる」との温かいお言葉をいただきました。あぁ良かった。ボクももう歳なのでムチだけは勘弁してくださいって何度もお願いしました。伝わったかどうかは微妙。

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急に冷や汁が食べたくなった(単純)

2007年01月22日(月) 7:56:16

「キットカット」って、きっとカット(切られる)という意味もあるんだって? だから複数買って「きっとカッツ(勝っつ)」にするらしい。みんないろいろ考えるな(笑)。
ちなみに一連の「うカ〜ル」や「ハイレルモン」や「オーザックでゴーカック」や「トッポで突破」やらのダジャレ菓子の中では「ポッキーでキッポー」がわりと好き。ダジャレとして。 あと、「コアラのマーチ」のパッケに書かれた「コアラは木から落ちないよ」というとってつけたようなコメントの脱力感も愛する。

そのまんま東氏、宮崎県知事当選。
お笑い出身、タレントとして一流ではない、いくつかの不祥事(誤解もあるようだ)、離婚、などのマイナス要素を、マニフェストの真っ当さ、大学に入り直す真面目さ、マラソンで培った根気、芸能界引退の覚悟などが打ち消した。芸能人の応援演説をすべて断ったのも良かった。
有名人だから当選したというほどの有名具合でもなかったと思うので(というか微妙だよね)、ちゃんとがんばって通ったという印象。マニフェストを読んでちょっと好感を持っていたが、なによりも「宮崎のセールスマンとして全国に売り込んでくれそう」という期待に票が集まったのではないか。守旧派につぶされなければ、意外と大化けする人かもしれない。
というか、芸能人やりながら早稲田の二文〜政経に入学したって、相当大変なことだ。その辺の勤勉さと(他の県議や知事と比べれば)抜群のコミュニケーション能力を発揮して、がんばってほしいな。

いずれにしても宮崎県にとっては、注目も集まるしイイことだろう。県職員のKくんもこれを機に勤勉に更新するといいよ!(私信)

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阪神大震災から12年

2007年01月17日(水) 6:50:02

比較的新しい読者の方はご存知ないかもしれませんが、ボクは当時神戸(正確に言うと夙川)に住んでいたので、あの大震災をもろに経験しているんです。
で、この日になると、しつこいけど毎年のように、自分が書いた以下の記事をご紹介します。こういうのは「くどいくらい言ってちょうど良い」と思っているので、これからも一生くどく行きまっせ。1年に1回はこの記事を読んでください。お願いします。

「地震が起こる前に、これだけはしておけ!」
「地震が起こったら、まずこれをしろ!」
「震度7の朝、妻は妊娠9ヶ月だった」(当日のドキュメント)

※一番上の記事を元にテレビ朝日のニュース特集にも出ました。顔はモザイクで(笑)

今日久しぶりに自分の記事をじっくり読み返してみて、ひとつ対策不足が表面化しました。いつの間にかおろそかになっていたりするんですね。書いた本人ですらこの体たらく。みなさんは大丈夫ですか? 今日にも来るかもですよ!

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iPhone !

2007年01月10日(水) 6:53:35

早起きして「Macworld Expo 2007」のジョブズの基調講演結果をネットで見る。
去年のExpoではIntel製プロセッサ初搭載の「MacBook Pro」と「iMac」が発表された。今年はどうかとワクワク見てみると…。

大方の予想通り、iPhoneとApple TV(以前の発表では iTV)。それにパラマウントのiTunes Store配給開始とアップルの社名変更(Apple Computer, Inc.→Apple Inc.)であった。

なんと言っても「iPhone」だ。
うわー、かっけー! コンパクトな薄さ11ミリの筐体に特許技術が200以上も詰め込まれているという(日本語のくわしい記事はとりあえずココココで。リアルタイム更新の実況日本語記事はココとか。アップルサイトではココ。英語だけど直感的にわかりやすくデモされている)。

iPod、電話、インターネット接続(htmlサイト閲覧)の一台三役。2メガピクセルのカメラも搭載。キーボードはなく全面タッチパネルでの入力。そして何よりMacOS Xが動くという。パソコンとは完全同期。iTunesはもちろん、ブックマークやカレンダーも同期可能。ウェブメールも可能。無線LAN接続も可能。ま、想像されることは全部可能。
横にすればセンサーが感知して自動的に画面も横位置になる。サイト閲覧や写真閲覧はズームする際に指を2本使ってタッチパネル上で広げるようなジェスチャーをすれば拡大される(ここらへんがアップルっぽい)。それとそれと、Googleマップが使える! Googleマップで店を探し、その店をクリックするとそのままその店に電話できたりする!

この直感的操作感…。もう開発されつくしたと思っていた携帯電話分野も、アップルがやるとこうなるんだなぁ。デザインがいいとこんなにブレークスルーが感じられるんだなぁ。なんだか「真の常時接続」を感じさせる次世代機だ。……とまぁ、ワタクシは「アップルの犬」なので、ただひたすら感心しております(アップルが何か作るだけで感心するバカですので、興味ない方はスルーしてください)。

アメリカでは2月、日本では2008年発売を予定かぁ。新年早々来年待ちかよ。待ちきれないなぁ。
でも「iPhone」って名前はCisco Systemsが商標を持っていて「VoIP装置として去年12月に発表されている」と聞いていたんだけど、オッケーになったのかな。

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地球温暖化?

2007年01月07日(日) 17:59:02

勉強と読書と原稿と企画書作りの1日。やることいっぱい。間に合わない。

気晴らしに家族で犬散歩に出たら、いつもの散歩道に梅が咲いていた。1月7日か、まだ早いよなあ。
梅の木がずぅっと植えられているので家族の間で「梅道」と呼ばれている細い道なのだが、その中の3本ほどが紅梅を開かせていた。白梅はまだ固いつぼみ。種類が違うのかな。でも梅は大好きなのでうれしい。春に手が届きそうでよろしい。まぁ東北のスキー場は雪がないというし、NYではなんともう桜が咲いたというし、世界的に暖冬なんだろう。

このように暖冬とか迎えるとすぐ「地球温暖化」に結びつけて考える人が多いが、ボクはそれはちょっと思考停止的だと思っている。危機意識を持つのはとても大事なことだが、たとえば「環境危機をあおってはいけない 〜地球環境のホントの実態」(ビョルン・ロンボルグ著/山形浩生 訳) や「環境問題のウソ」(池田清彦著)を読むと真逆に近い主張もなされている。どっちが正しいかは難しいが(どのみち両陣営とも仮説だし)、マスコミや一部識者の意見を鵜呑みにせず、双方の意見を知って自分の頭で考えたいところ。

たった30年前、1970年代には「地球寒冷化」「地球に氷河期が来る」という内容の本がたくさん出版されたというから、学説や科学者の主張というのもコロコロ変わるのだ(大きな周期で言うと地球は氷河期に向かっているというのは本当らしい)。仮に氷河期が近づき大冷害の危険性もあるとわかったとしたら、温暖化に効果があるCO2の増大はいきなり「イイコト」になる可能性だってある。いろんな可能性をニュートラルに眺めて、フェアに考えたいと個人的には思っている。

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あけましておめでとう

2007年01月01日(月) 0:01:01

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教育基本法

2006年12月16日(土) 18:01:19

寝休日。だるくて体調が思わしくない。まぁこういうときもあるさ、と、本をいっぱい抱えてベッドで過ごす1日。寝だめカンタービレ。それにしても先週くらいからずっとだるい。精神的には元気なんだけどカラダがついてこない。

教育基本法改訂、可決。
どう思いますか?というメールをいくつかいただいているが、びみょ〜に態度保留。自分の真ん中に変わらない芯みたいなものはあるのだが、もう少し考えたい。

以前「国歌国旗強制違憲問題」について軽くコメントしたとき(こんなのとかこんなの)、強い賛同と強い反対の両方をメールでいただいた。通常、強い反対メールというのは感情的でよくわからない論が多いのだが、今回はとっても丁寧で理性的なメールもいくつかいただいた。そして一理あると正直思った。ボクは物事の一面しか見ていないのかも、と少し不信感を持った(自分に)。それ以来、ふとボンヤリするときとかになんとなく「国歌、国旗、教育、愛国」について考えている自分がいる。ずっと堂々巡りだけど。こういうのはなかなか結論はでないのだろうな。自分個人に当てはめて考えるときと自分の娘に当てはめて(親として)考えるときとでは結論が違ったりするし。

サラリーマンの人と自営業の人とでもずいぶん考えが違ってくるよ、と、ある人に言われた。
集団で団結して行動する職種の人と、個人の能力と努力で生きる職種の人とでは「国歌国旗強制違憲問題」についても「教育基本法問題」についても結論が違ってくるというのだ。それもあるだろうなぁ…。ボクはその上「ラグビー」という超団結系スポーツもやっていたし(笑)

いずれにしても、結局子供に一番影響を与えるのは家庭での教育だと思うので、ボクが信じている「生き方の基本」「国に対する義務と義理と権利と愛情」みたいなものは娘にブレなくちゃんと伝えていくつもり。その上で娘が違う思想を持つならそれはそれ。自由にやってください。

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ナッチャコ・パック

2006年12月04日(月) 4:51:06

うわっ!
ナッチャコ・パックが1日だけ復活するみたいですね。当時とまったく同じスタイルで。局はもちろんTBSラジオ。パーソナリティは当然、野沢那智と白石冬美。ディレクターは当時の斉藤俊介。すげ〜。くわしくはコチラ

関東地方   2006年12月29日19時〜20時
ローカル   2007年01月02日19時〜20時

って、知らない人も多いか…。
ボクが中学高校時代だから、1970年代、関東地方で深夜放送と言えば、ニッポン放送の「たむたむたいむ」「オールナイトニッポン」、文化放送の「セイヤング」、TBSラジオの「パックインミュージック」だったのだけど、それぞれ名物パーソナリティがいたんですね。

ボクが頼りないウェブマスター役を仰せつかっている「たむたむたいむ」のかぜ耕士さんはもちろん(そうなる経緯などはこちらを)、「オールナイトニッポン」は(ボクの時代は)鶴光、タモリ、タケシ、中島みゆき、桑田佳祐、糸居五郎、マイナーなところでは塚ちゃんなどなど。「セイヤング」では谷村新司・ばんばひろふみ、せんだみつお、落合恵子、グレープなどなど。TBSのパックは那智・冬美(チャコ)〜略してナッチャコ〜と、ミドリブタ、愛川欽也などなど。

そう、曜日によっていろいろ聴きわけたりして、深夜族も大変だったのです。
というか、深夜1時〜3時の放送をどの局かで聴いて、オールナイトニッポンの二部(朝3時〜5時)を軽く聴いて、ちょっと寝てすぐ学校行っていたよなぁ。そのうえラグビー部とか塾とかもこなしてた。毎日そんなことしてよくカラダが持ったもんだ。

で、絶大なる人気と実力を誇ったのが「金パ」こと「ナッチャコ・パック」だったのですね。那智チャコのパックインミュージック。金曜深夜の定番で、本も数冊出ている(持っている)。テープにも何本か録音してある気がする。磁気飛んでるかもだけど。

あぁあの頃の無闇に青い気分が蘇るなぁ。ナッチャコっていう言葉を読むだけで蘇る…。深夜に書き込むと尚更(まだ4時台だし。というか寝てないんじゃなくて早起きだし ←老人)

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校庭芝生化の効果

2006年12月03日(日) 10:15:46

校庭の芝生化などについて書いた記事にいろんな感想をいただいております。ありがとうございます。

その中に具体的な実例が書かれているメールがあったので、ちょっと共有しますね。

校庭を芝生化した学校からは様々な事例が報告されており、さとなおさんが書いておられるように、登校拒否が劇的に減るということは多くの学校で証明されています。
「芝生プロジェクト」のシンポジウムでは、たとえば杉並区の小学校では、全校生徒欠席0人の日が芝生化後飛躍的に増えたとか、大阪府の小学校では1学期中の欠席日数が20〜30日の児童が毎年4,5人いたが、17年度は0人になったとか、そんな実例が数多く報告されました。他にも、

  • 児童の登校時間が早くなった。
  • 休み時間に教室に残っている児童がいない。
  • 児童が芝生で寝転がっている。
  • 近くの幼稚園、保育所がよく遊びに来る。
  • 地域が芝生を利用するようになった。
  • 夏は表面温度が10℃以上違う。
  • プールの水の入れ替え時に消防団に撒いてもらった。
  • 幼稚園では雲梯ができるようになった(落ちても痛くないから)。
など、芝生の効果は想像以上に大きく、実施した学校の校長先生の多くは「芝生にして良かった」とおっしゃっておられました。

すばらしいですねぇ。
もちろん裏側には芝生の維持管理のためにたくさんの人が苦労しているだろうし、表に見えてこない問題もあるでしょう。予算がないとか先生達の協力が得られないとかもあると思う。でも、くだらない箱物にお金を投入したり、いじめ防止の広報にお金を使ったりするくらいなら、校庭芝生化という選択肢をもっと国中の自治体が真剣に考えてもいいんじゃないかとボクは思います。

なお、すでに芝生化したある小学校の校長先生は「セキュリティでもっとも大切なことは、一人でも多く、たくさんの人の目が学校の中に注がれることだと思います。立ち入り禁止で鉄条網を張り巡らし、人目を避けることではないと信じています」と発言しているそうです。
芝生の維持管理のために地域の人や保護者に協力してもらったりして、たくさんの目が学校に注がれるようになり、セキュリティ・アップに役立った、ということなのでしょう。


ちなみに、関係ないけど「美しい解」という意味では、「電柱・電線をなくす」ということも考えて欲しいなぁ。昔こんなことを書いたけど、あの「我々の空を醜く覆っている物たち」を一掃するのは、物理的に国を美しくする第一歩だと思うし、意外な心理的効果、意外な経済効果、を生むと思う。

というか、単に個人的に電柱と電線がきらいなだけなのかもですが(笑)

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美しい解

2006年11月26日(日) 10:55:05

ロバート・アルトマンとかアニタ・オディとかフィリップ・ノワレとか仲谷昇とか斎藤茂太とか灰谷健次郎とか次々と他界されてますね。季節の変わり目。みなさんもお大事に。というか今「他界」という字を思わず書いて美しい言葉だなぁと思ったです。そうか他の世界へ行ったのか。ボクもそのうち行く。どんな世界だろう。楽しみだ。


話は変わるけど、最近読んだ明るいニュースの筆頭は「東京都内の公立小中学校の校庭を、10年かけてすべて芝生にする」ってヤツ。

ヒートアイランド現象を抑制するとか、子供の運動能力を上げるとかいう面で報道されているみたいだけど、この「校庭を芝生にする」っていうコンセプトは「登校拒否が劇的に減る」という側面がある。実例も報告されている。学校に行くのが楽しくなるわけね。
シンプルで美しい解だと思う。精神論よりそういう「実質的で物理的な施策」が効くのだと思う。校庭が緑の広〜い芝生になるだけで、もしかしたらイジメだって自殺だって減るかもよ。美しいものって陰湿さを一掃するもん。「あ〜きれい!」「あ〜気持ちいい!」って思うだけでいろんな気持ちがポジティブになる。

青空学級とかしたら気持ちよさそうだなぁ。先生と芝生の手入れをしながらいろいろ話せるかも。きれいにすると気持ちいいと知れば掃除だって自然とやるようになる。花壇だって整えるようになる。きれいな芝生の校庭があれば休日に近所の大人が集まるようになるなぁ。学校に近所の目が届きはじめると犯罪者もきっと近寄りにくくなるぞ。柔らかい芝生の上での運動は子供の足腰にもいいし、どんどん遊ぶ場所が減っている都会の子供には格好の遊び場になる。いいことずくめ、ってか!


もうひとついいニュースと思ったのは「京都市が屋外看板やネオン広告を市内全域で全面禁止する景観施策案を発表」ってヤツ。

いままであまりに無視されてきた「景観と広告」の問題に大きくメスが入れられる。住んでいる方や地元で経済活動している方には不自由を強いることになるが、これも美しい解だと思う。
「国や郷土への誇り」や「愛国心」みたいなものは意外とこういう景観の美しさから生まれてきたりする。教育基本法で愛国心を持つよう訴えるより、「物理的に国を美しくする」方がよっぽど効く気がする。

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キャピトル東急

2006年11月24日(金) 7:33:20

11月でクローズしてしまう「キャピトル東急ホテル」に行った。
館内をいろいろ歩いてみたが、あらためていいホテルだなぁと感じ入った(泊まったことないから部屋とかはわからないが)。施設も古いなりにいい味出している。これ、壊しちゃうん? もったいないなぁ。日本って何でも壊しちゃうなぁ。まぁスクラップ&ビルドもここまで徹するとそれはそれで個性ではあるけどさ…。地下3階の村儀理容室も覗きに行ってみた。小泉前首相などの行きつけ。なるほどココか。

地下1階の中国料理「星ヶ岡」で夕食。
ここは土日祝限定でオーダー式のバイキングがあり、クローズ前にそこで中国料理を楽しもうという食事会があったのだ。通常のメニューにある100種類の料理のどれを何品オーダーしても8500円ポッキリ。燕の巣とかフカヒレの姿煮とかアワビとか取ったらもう元が取れてしまう。燕の巣のスープだけでも3000円だし。

こういう状態でメニューを見ると逆上してドダダダダダダとオーダーしてしまいそうなので、オーダーは女性陣に任せ、メニューはなるべく見ないことにした。見ない。オレは見ないぞ。「お皿はきっちり掃除しますので(余らさず全部食べちゃいますので)なんでもオーダーなさってください」と口ではイイヒトぶったこと言いながら心の中は「うまそうなものオーダーしないと許さん!」状態。そのくせメニューは見ない。タチが悪い。

でもみんなセンスのいいオーダーをしてくれ、2時間みっちり楽しんだ。6人でシェアしつつ全部で20種類をオーダー。元はとりまくっていると思うが、まぁ食べ放題って結局店側が儲かるっていうし、どうなんだろ?

ちなみにこの店、赤坂東急プラザ2階に移って12月16日再オープンするらしい。「この店もクローズなのか〜」と惜しみつつ食べていた私たちって…。しかも12月16日から「新規開店記念で連日オーダー式バイキング開催」だとか…(笑)。ぐがー。

それにしてもカロリー取りすぎたので、朝プールに行こう。

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Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀

2006年11月23日(木) 9:24:21

TVで会見する日ハムの小笠原道大選手に向かって「よりによって巨人に行くな〜!」と叫んでしまうのは、今年になって妙に北海道と縁が深くなったからだけではない。このところの巨人に嫌気がさしているからでもない。どうせなら阪神に来て〜というファン心理でもない。この「Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀」(武田頼政著/文藝春秋/1905円)を読んだからである。まぁどのチームに行っても実はそんなに変わらないのかもしれないが、読売ジャイアンツという巨大泥船にわざわざ選んで乗り込むことはない。このチームはどうやっても変わらない。変われない。いったん浮かび上がるかもしれないが、また必ず沈んでゆく。この本に書かれていることが本当ならば。

この本は、アメリカ仕込みの最新スポーツ理論をもとに(ちょっと「マネー・ボール」を思い出した)、長嶋巨人のメークミラクルを長嶋茂雄の陰の参謀として完璧に演出した、河田弘道という人間のノンフィクションである。彼が「誰にも知られていない長嶋茂雄の陰の参謀」として在職した期間(94〜97年)に実際に長嶋監督(当時)に指示・提供した5000ページにも及ぶ膨大な「G FILE」を元に書き起こした労作だ。

長嶋茂雄の快活・苦悩・成功の裏側・実像、 選手・他チーム監督達の素顔、 優勝の裏側・確執・ドタバタ、 選手トレードの暗闇、 読売ジャイアンツという伏魔殿の裏の裏、 今後も変われないであろう組織の疲弊と老害、などを粘っこい筆致で活写している。というか、読み終わってまず感じたのは、日本の組織のどうしようもない閉塞感みたいなもの。結局改革に挫折していく河田弘道の絶望感がもう少し濃く描かれていれば、もっと普遍的なテーマになっていたかもしれない。

長嶋ファンは一読ちょっと呆然とするだろう。でもボクは彼が「常勝軍団として勝ちにこだわる監督」から「日本中で愛される長嶋茂雄」を演ずる方に方向転換&妥協したことを責められない。家族よりも自分を取ったことも責められない。天性の性格、しがみつき、義理など、いろんな要素があるとは思うが、あえてその役目を負った部分もあると思うのだ。それはそれで立派なことである。日本は彼の笑顔でずいぶん救われても来たし。

勝つための冷徹なサイエンティストとしての河田と、娯楽&人気商売&自分を優先したエンターティナーとしての長嶋。彼らふたりが完璧な二人三脚で歩いていたこと自体が奇跡であり、その後の決別は必然だったのだろうと思う。ま、そこに渡邉恒雄氏が絡んでくるので大変複雑な様相を呈すのだが。

個人的にはPNFという最新スポーツ医科学(手技)が興味深かった。PNFを受けた日の松井秀喜は実に7割の打率を残したという。いまもアメリカで受けているかなぁ…。

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大人が教えるべきこと

2006年11月14日(火) 8:55:24

おとといの「復讐としての自殺」にメールをたくさんありがとうございます。
「昔、わたしも同じように考えてました」というのが多かったです。やっぱそういう人多いのね。もしそれが今の小中学生でも同じなら、大人が「命の大切さ」を説けば説くほど復讐効果は増すわけで。そんなに大切で尊いものを捨てての抗議は相手に必ず通じ、相手を反省させ、自分はいよいよ悲劇のヒーロー(ヒロイン)になれると思っちゃうわけで。んー、ちょっと逆効果。危ない流れかも。「命なんか捨てても相手はたいして気にしない」「相手は『な〜んだ、やり甲斐ねぇな』とか思う程度でヘラヘラと次の攻撃目標を探すだけ」くらいにクールに説いた方が効くのかもしれない。実際そうだし。

あとは「生きていると楽しいことがいっぱい待っているぞ」と、大人が普段から身をもって教えることかな。
そりゃ大人がつまんなそうな顔して生きてりゃ子供も生を軽んじるわいな。死ぬと損、これからいっぱいある楽しいことが味わえないよ、って「現世御利益的な損得」で説いた方が子供には通じる気がする。

もし読者に小中学生がいるなら言っておく(たぶんいない。あ、娘か)。

あのな、悪いけど、人生、楽しいから。大人になったら楽しいこといっっっぱい待ってるから。オッチャンは経験したから知っている。毎日楽しいぞ〜。あんたらの知らない美味しいもの、美しいもの、快感、感動、楽しすぎて身をよじっちゃうことなんかが山ほど待ってる。まぁ騙されたと思って生き続けてみ。楽しいのは保証する。

というか、ボクなんか小学校時代の友達なんかひとりも残っていない。中学の友達も数年に一回ほど親しい人に会うだけ。要するにその後の人生にほとんど関係ない人たちなのだ。毎日友達関係に一喜一憂しているかもしれないけど、深刻に考えずにヘラヘラ笑ってやり過ごしーや。そのトンネルさえ越えれば、全然違う人たちがキミに会えることをニコニコ待っているし、楽しいこともホントたくさん待っている。味わわないと損だぞよ。


昨晩も楽しかった。というか美味しかった。
前から行きたかった神宮前の割烹「樋口」に行ったのだけど、いや〜予想以上の美味。くつろげるし気持ちいいし印象的だし、気に入ってしまった。雄のシシャモの腹に木の芽の酢みそ和えを挟んだヤツなんて絶妙だった。また行こう。

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復讐としての自殺

2006年11月12日(日) 10:23:52

中学時代に一人なぜかボクにしつこく暴力をふるってくるヤツがいた。いま考えればある種の「親しみの裏返し」だと思うのだけど、当時は本当にイヤだった。そいつ一人のせいで学生生活は一時期真っ暗だった。集団のイジメは経験したことないけど、アレはある意味イジメだったのだろう。学校という小さな世界に生きていた当時のボクにとっては大問題。切迫してた。

わりと追いつめられたボクは、自殺もちょっと考えた。
発想的には「そいつが強烈に後悔するようなことをして復讐する」である。ボクは当時からでかかったが、そんなボクでもかなうわけないくらい筋骨隆々の彼に、それ以外の仕返しは思い浮かばなかったのである。「ボクが自殺したらオオゴトになって、彼はめちゃくちゃ怒られるだろうし涙を流して反省するだろう。みんなボクの葬式で泣いてくれるだろう」という自己憐憫的思いつきに一瞬夢中になり、自分の「悲劇のヒーロー具合」に酔い、視野が狭くなって行くあの感じ。生々しく思い出せる。

そういう発想をしているとき、親に相談するとか先生に相談するという選択肢はない。思い浮かびもしなかったと思う。自分が彼をそういう方法でやっつけるという構図に酔っているから内緒に決まってる。バレたら止められた上にものすごく怒られて、下手すると彼に連絡が行って、事態は悪化するからね。

まぁ結果的に自殺しなかったし、彼とはその後あるキッカケがあってわりと仲良くなるわけだが、あの頃の発想の仕方はそんな感じだったなぁ。住んでる世界も視野も狭かったからなぁ。

だから、自殺が「世間にオオゴトとして取り上げられ」「相手がこっぴどく怒られ」「涙を流して反省もし」「強烈に後悔もし」しかも「自分が悲劇のヒーローになれる」チャンスとして機能している限り、自殺はなくならない気がする。だってアテツケなんだもん。視野狭いんだもん。まぁ個人的体験から言っているので一概には言えないけど。

ということは、「オオゴトとして取り上げられない」「相手は涙を流して反省しない」「死んでも悲劇のヒーローになれない」という方向に自殺のイメージを変えれば、少なくとも自殺は減るかも。もしくは「そんな甘美なもんではなくて、すっっっっげーーーー痛いし、死んだあともキレイじゃない」とか。
いまのマスコミの取り上げ方はこの逆を行っているから当分無理。報道すること自体で自殺を助長している。こういう時こそ報道協定を結べないものか。

「イジメをなくす」という根本的解決を目指す手もある。ただイジメってある意味生存本能に近い部分があるのでなかなか難しいと思うな。社会出てからだって、ネットの世界だって、国際政治の世界だって、イジメだらけだし。
とはいえ、イジメを容認しておくわけにもいかないので、せめて我が子にはイジメが何故悪いのかをしつこく説き続けようと思うのだが、いつの間にか「70年代風ラブ&ピース」的世界を説いちゃっている自分がキモイ(笑) ラブ・アーンド・ピース!

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冬きたる

2006年11月11日(土) 9:58:56

冬きたる 犬のウンチの湯気がホワッ

早朝、犬の散歩中に詠む。
うはは。犬のウンチを拾おうと屈んだらホンワカと温かそうな湯気がウンチから立ち上っていて、その湯気で冬の訪れを知ったワタクシ。でもね、上の句は「行く秋や」の方が寂しくていい気もするし、「落ち葉散る」とかの方がウンチを拾う時の情景(ウンチの周りに落ち葉が散っている)が広がる気もする。でも焦点がぼける気もする。どうなんすかね、俳句を詠む読者のみなさま。

ま、そうやって風流(?)を楽しんでいたらいきなり大雨に降られズブ濡れになりつつ帰ってきました。帰ってきたら「あぁ、可哀想!」と犬を抱っこして洗面所に駆け込む妻。オ、オレは?

最後にもう一句。
と、クイズダービーのダービーと荼毘をかけて「はらたいらさん死去」を(敬意を込めて)詠もうと思ったけど、やっぱり怒られそうなのでやめた。もう「はらたいらさんに全部」とかいうギャグも通じなくなるね(とっくに通じないか)。63歳。ボクの歳からあと18年。あっという間な気がする。

※追記:AppleのサイトでラーメンズのCMが流れてる! ラーメンズ!

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チェイニーのカモ狩り

2006年11月10日(金) 8:57:38

んー、なんちゅうか、いつも理解できないのはアメリカ(たぶん欧州も)の政治家の休暇意識だ。
ブッシュの長期夏休みも「国のトップがそこまで長く休んでいるってどうよ?」っていつも思うけど(まぁ激務は激務だろうけどそれにしても)、今回も不思議。共和党が敗北してラムズフェルドが更迭された当日、チェイニー副大統領はカモ狩りを楽しむためにサウスダコタ州にいたという。選挙の翌日だよね? まぁホワイトハウスは直接関係ないのかもしれないけど、今後の趨勢を決める日に副大統領が休暇かよ(まぁ更迭発表のためにあえて休暇をとらせて席をはずさせていた可能性はあるが、それにしても)。

昨日は夕方からある同期と広告コミュニケーションの議論で盛り上がり、気がついたら数時間経っていたのだけど、なんつうか「インターネットを触らずにインターネットのことを語る人が多すぎ」なのをこの頃特に感じる。評論家すか?(あ、この同期のことではなくて)
評論家ではない「制作者」は、生活者(消費者)としてもっともっとネットに触ってみるべき。そうしないと生活者のメディア接触行動を実感を持ってはわからないと思う。それがわからないとメディア・ニュートラルにキャンペーンを組み立てることなんて無理じゃないかな。距離置いて見ている方がわかる、と言う人もいるけど詭弁。一度はどっぷり浸かってみないとわからないことが多いし、毎日使ってないとすぐ古くなることも多い。先月流行ったある手法が今月にはもうとっくに古くなっていることもネットの世界では普通だし。

あー、それにしても天気がいいな。自転車通勤日和♪

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ラムちゃんとぶっさん

2006年11月09日(木) 7:56:35

あまりに嫌いなので逆に「人をそんなに嫌いになってはいけない」と反省し、心の中でラムちゃんと愛称で呼ぶようにしているラムズフェルド米国防長官が、中間選挙での共和党の敗北を受けて、ついに、ついに、辞任! というか更迭! 思えば長い年月だった。あまりに長くて「うる星やつら」の印象まで悪くなりそうだった。だってラム親衛隊とか出てくるし「ラム・ザ・フォーエバー」なんて劇場版もあるし。

ちなみに同じくらい嫌いなあの人は、ボクの中で「ぶっさん」という愛称で呼ばれています。早く辞めてくれないと「木更津キャッツアイ」と岡田准一くんの印象が悪くなります。って、あと2年もあるからその可能性大。あーあ…。

ぶっさんと言えば、大統領選でのケリー候補との第一回公開討論で「まばたきしすぎ」を指摘された。1分間平均109回!(第二回では意識的にまばたきを平均23回まで減らして勝利)。まばたきをしすぎるのは自信のない印象をヒトに与えるということである。

昨日NY証券取引所に上場した「みずほ」の前田社長の会見でのまばたき数もすごかった気がする。本当に自信なさげに見えた。ボクもああなってるかもしれない。一度意識してみよっと。

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食えるうちは食っておきなはれ

2006年10月27日(金) 6:12:29

昨晩は札幌はすごい騒ぎだったでしょうね。すすきのとか。こないだ行ったばかりなのでなんだかうれしい。日ハム優勝おめでとさんです。

ところで、ちょっとショッキングなメールが飛び込んだ。
古い友人がジンマシンに苦しんでいたのだが、それが食物アレルギーへと変化し、9月から突然エビ・カニ・ピーナッツがダメになったというのだ。それどころか血液検査では問題の無かった蕎麦で一種のアナフィラキシーを起こし、「次食べたら死ぬよ」と医者に言われてしまったという。

エビ類、カニ類を食べるのはもちろん、ソースにエビが入っている可能性があるお好み焼、キムチや市販の白菜漬けも食べられない。かっぱえびせんも坂角のゆかりも食べられない。蕎麦そのものはもちろん、蕎麦も出しているうどん屋も同じ湯で茹でてる可能性があるのでダメ……。
好き嫌いがなかった友人ゆえ「食べられない辛さはすごい」と訴える。うう。わかる気がするなぁ。ある日突然「今この瞬間からエビはダメ、蕎麦もNG」とか言われたら、あのおいしさを舌が求めてノタウチマワルかも。

「あなたの牛胃も疲れておるようですが、食えるうちは食っておきなはれ」

だって。
そっかー。食事制限のある病気っていろいろあるけど、急にアレルギーになる可能性ってあまり考えてこなかったな。うん、食えるうちは食っておくけど、まず、なんでも食べられる現状に感謝しないと…。いや、ホント、シアワセです。感謝。

そういや、アナフィラキシーを検索して調べていたら「ハチ毒アレルギー」というのがあるではないですか。ボクが先々週に吐いて倒れたのって、軽度のソレではなかったのかなぁ、とちょっと思った。スズメバチ酒が一種のアレルギー反応を起こしたのではないか、と。何杯も飲んだから。だって翌朝の調子の悪さは二日酔いを越えてるし、調子が戻るのに時間がかかりすぎてるし(いまだ本調子じゃない)。

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一生一電話番号

2006年10月25日(水) 7:32:24

昨日から携帯電話のナンバー・ポータビリティが始まった。
キャリアを変更しても電話番号が変わらずにすむ制度である。これにより「自分の番号」を一生変えずに済む。一生一電話番号。シンプルでいいな。並びや語呂のいい電話番号とかが高く売れるのもわかる。どうせならいい番号持ちたいもんね。

ボクたち家族は、数年前にキャリアを変更したときに「好きなナンバーを3つまでリクエストしてください。あいてれば取れます」と言われ、運良く3人ともそれぞれ希望の数字を取得できた。だからとても覚えやすい携帯電話番号を持っている。実にラッキーだったなぁ。ボクのなんて11桁の番号に5つの数字しか使われていない。並びもシンプル。お気に入りである。

でも、今後「自分の番号」を変える人は妙に目立ってしまうね。えー!番号変えたの?何で〜?何があったの〜?みたいな。いままでだったら「ちょっとdocomoからauに変えてみたー」なんて理由で良かったのに、なんつうか「人生をリセットしてみようと思ってさ」みたいな大仰な話になってくるのかも。女性なら「腰まであった髪をバッサリ切りました」って感じに近くなるかも。

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ぼくの動物園日記

2006年10月13日(金) 8:28:33

数日前のことになるけど、東武動物公園元園長の西山登志雄さんが亡くなりましたね。

ボクは彼が上野動物園の若手飼育係だったころのエピソードを連載した「ぼくの動物園日記」というマンガが当時大好きだったですよ。確か「少年ジャンプ」に連載されていたと思う。小5とか小6のころの連載だったので、年代的にもちょうどバッチリで、ずいぶん影響されたなぁ。いろんな動物と仲良くやって行くまでの奮闘を緻密に描いていて、良質なドキュメンタリーの趣でした。

当時は上野にカンカンとランランが来たばかりで(若い人にはわからないか。パンダっす)、ちょっとした上野動物園ブーム。西山さんもあっという間にスターになって、のちに東武動物公園の「カバ園長」として活躍したのでした。マンガで彼の若いころの悩みや努力を知ったつもりになっていたボクは、「おぅ出世したねぇ」とちょっと親みたいな気分で見てたんでした。

それにしても小5小6のころとかに読んだものは鮮烈に覚えているなぁ。
娘もいま小6。ボクにとっての「ぼくの動物園日記」は、彼女は「のだめ」だったりするのかも。小説なら森絵都とか角田光代とか。30年くらい未来にきっと鮮明に思い出したりするのだろう。

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核の射程距離にある街で

2006年10月10日(火) 20:37:33

ドドドと仕事が入ってきていきなり激動。
会議が多くて疲れる。5年遅れているアプローチを突き崩すことから始めないといけないのがナカナカつらい。短気を起こさずじわじわやろう。

短気といえば、北の隣人。
核実験をしたということは、核兵器を持つのも時間の問題なのだろう。そうなると、短気で感情的な隣人から核の射程距離にある街で生活する毎日が近々始まってしまう。なんということ。大地震はいつ来るかわからないし、なんともストレスの多い毎日になりそうだ。

核の射程距離にある街で毎日を過ごすのか…。
いかに平常心を保てるか。いかに行動し、いかに子供たちの模範になれるか。いろいろ脳内シミュレーション中。

ま、「今日なのかな? 今日かい?」と小鳥さんに話しかけるのと、根っこは一緒なのだけど。

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最低限の礼儀

2006年09月26日(火) 8:52:38

丹波哲郎氏が死去。
丹波氏をモデルに相原コージ氏が作った「タンバ」という輪廻転生大霊界ボードゲームがまだ納戸にしまってあると思う。意外とレア物かも。そういえばアンリ・ジャイエ氏も亡くなったが、アンリ・ジャイエのレア物は納戸にない。残念だ。というか高くて買えん。あ、ワインの話です。

小泉首相、今日退任。
5年半、1億からの国民のリーダー役を務めるのは誰だって疲れる。足引っ張る人多いし批判のための批判も多かった。本当にお疲れさまでした(小泉首相を支えて忙殺された内閣の人たちも)。我々のために奮闘した人への最低限の礼儀として頭を下げたい。

最低限の礼儀といえば、毎日のように海外在住日本人から「残念だ」とメールが届いている。国歌国旗強制違憲問題についてである。悲痛なメール。頼むから国際的に最低限の礼儀だけは子供たちに教えてくれ、思想ではなくエチケットの問題だ、と。自国の国歌国旗への礼儀は他国の国歌国旗への礼儀につながる。そういう最低限のエチケットはアウェイで孤独に闘っている彼らにとって切実な問題らしい。

確かに、自分の国そして相手の国の歌や旗への礼儀は、国際社会では最低限の礼儀である。礼儀というか常識。中高生が今後海外で外国人とつきあっていく際の最低限の常識を教えるのも学校の役目だろう。英語を教える以前に身に付けるべき国際人の大事な常識。それだけは身をもって示して欲しいと(反対意見を読んだあとでも)やっぱり思う。敬意を強制するなという論もわかるし、自由も反抗も大いに結構。バンバンやってくれ。でも、国際社会の最低限の常識を教えた上でやってほしい。

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スーツ買い替え計画

2006年09月22日(金) 8:43:00

スーツを新調した。ヨージの定番の黒。これ一着あれば相当応用効くし。

というか、ここ数年で十数キロ痩せたせいで、TシャツのサイズがXLからL、そしてMになったですね。いまはほとんどM。そうなるとどうなるかというと、いままで持っていたスーツがやけにブカブカになる、つうこと。スーツやジャケットをあまり着なくていい職場ではあるけど、やっぱりスーツのバリエは多少持っていないと困る。財布痛すぎ。でも、徐々に少しずつ買い替えて行かなければ。

今日はちょっとしたパーティに参加するので、早速着て行く。でもこの季節、インナーが難しい。ネクタイはしたくないしなぁ。冬ならタートルとかにしちゃうのだけど。


国旗・国歌で起立・斉唱強制に違憲判決。都立学校の教職員ら401人が全面勝訴。
ボクは国旗や国歌をポジティブに捉えて教えてくれる学校に娘を入れたい。国旗や国歌に象徴される国の歴史・成り立ちに「敬意」を持てる子供に育てたい(日本の歴史を全肯定しろという意味ではない)。
国の歴史・成り立ちに敬意を持てないと現在の国を愛することもできない。国を愛するということは自分を大切にするということでもある。娘には最低限、自分と地域と国を大切に生きてほしい。そうでないと人類も世界も愛せないだろう。それとは逆のことを教えるのなら、都立学校には入れたくない。

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肉と会話と板の間とピキキキ

2006年09月20日(水) 7:14:04

座っていて右手をデスクの上にふと伸ばすだけでピキッ!と痛みが走る。
イスから立ち上がるのに1分かかる。
電車の横揺れが我慢できず「あっ…あぁ」と、やらしい声を出してしまう。

腰は最悪の状態。

でも昨晩はYAKINIQUESTのメンバーと焼き肉の予定が前から入っており、楽しみにしていたので勇を鼓して出撃。でも焼き肉店って…。もしかしたら……。恐る恐る店内を覗いてみると………。ぎゃ〜〜! やっぱり「板の間に座布団」だった〜〜!

座って身体の位置を決めるのに3分かかった(笑)。焼き肉の網まで右手を伸ばすとピキッ! ビールを飲み干すために首をのけぞらすとピキキッ! おぉこりゃきれいなハラミだぁとお皿を覗き込むとピキキキッ! 盛り上がる会話で突発的に笑うとピキキキキッ!

もう仕方ないから開き直って肉と会話と板の間とピキキキを楽しんだ。
途中から胃袋の調子が上がり始め、一軒目を出るころには焼き肉ハシゴが出来る状態になったが、大事を取って帰宅。昨日はありがとうございました。 >YAKINIQUESTの方々。


朝起きたら腰は治っていた。なんてことはありえない。ピキッあっ!ピキィッあぁぁ!を繰り返しながらベッドから起き上がる。タイのクーデターのニュースを見て、マックの前に這いより、土日にやり取りしたばかりのバンコク在住の方々にメールを送るのが精一杯。そのまま動けん。イスから動けん。動けんままにこうしてメモを書いている。果たしてボクは朝飯のテーブルまで辿り着けるのだろうか。

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小泉首相は相当「マシ」であった

2006年09月19日(火) 8:45:49

小泉純一郎首相が退陣する。
明日、総裁選があるから、実質今日までだ。彼の在任期間中を後々懐かしく思い出すのではないかという気がしている。

ボクはなんでも「マシかどうか」で考えるところがある。あの時よりマシ。伝えぬよりマシ。やらないよりマシ。つまり最悪の状況よりよくなっていれば良しとする部分がある。理想論が空しいのは歳とともにわかってきたし。

小泉首相は相当マシだった。
彼を批判する人もまた多いが、認めるべきところはちゃんと認めたい。

まず「金の噂がなかった」。
スキャンダルがほぼゼロ。女性関係も金権関係も癒着関係もなかった。これは実は画期的。しかも人間関係のしがらみについてもフリーな立場を貫き通した。義理と人情と派閥緊縛の自民党の中でそれを貫くのがどれだけ大変か。それらの弱みがなかった分、改革断行に走れたわけで(改革がちゃんと断行されたかは別の話。でも改革の道筋を作っただけマシ)。彼はそういう意味で政治家のイメージを変えた。

次に「政治がわかりやすかった」。
ワン・フレーズ・ポリティクスと批判する人も多いが、小泉以前には政治のわかりにくさを糾弾してたじゃん。どうしたいのよ。少なくともあの頃よりずっとマシだと考えたい。「わかりやすい政治」の道筋を作ってくれた。今後の首相はもうわかりにくい政治に戻りにくい。イイコトだ。いくら日本人がニュアンスの民族だからって、小泉以前のわかりにくさはあんまりだった。だからみんな政治に関心を失っていた。あの時代に帰りたいですか?

「スピーチが心に届いた」のも良い。
これは実に大切なこと。いままでの首相でそんな人がいたかどうか(田中角栄首相を除く)。スピーチこそ、首相職の要諦にして本質なのだ。だって代議士は国民の代理人。そのリーダーはどう代理作業をするか国民にしっかり伝えなければならない。短いコメントから郵政解散のスピーチに至るまで、彼のスピーチは明瞭で説得力もあった。ボクは(賛否は別にして)彼の言葉をしっかり受け止めた。ああいう「個人の体温」が感じられるスピーチを今後の首相も継承してほしい。

とにもかくにも「公約を守った」。
有言実行の難しさは誰でも知っているが、魑魅魍魎の政治の世界でこれを貫くのが実に難しいのは想像に難くない。彼の出現で「公約は守るもの」という基本が確立されたと思っていい(少なくとも今後数年は)。これって小泉以前に比べてかなりマシ。彼の出現がなければ「裏にいろいろ事情があってね」という世界が今でもまかり通っていただろう。守ればいいのか!という批判もあるだろうが、守らないより守った方がいいに決まっている。その公約で選挙に勝ったんだから。

「先送りしなかった」のも評価したい。
もちろん先送りした案件もあろう。でもマシだ。歴代の首相がびびって手を付けなかった案件を次々こなした。一番大きいのは拉致問題。電撃的に北朝鮮に飛び、首相自ら交渉のテーブルにつき、言質を取った。ひとつ間違えば政治生命を失うところ。そんな賭けをする必要もなかったのに解決のために自らが動いた。そして拉致問題を国際的人道問題としてG8サミットの議長声明に盛り込ませることを成功させた。彼がああやって動かなければいまでも先送りされていたかもしれない。他にも、ハンセン病控訴中止、超高齢議員への引退勧告、郵政民営化法案成立などなど。そして先送りとは関係ないが、景気回復の事実。マシである。

なんか他にも褒めたい部分がある気がするけど、まぁとりあえず。

もちろん小泉首相が残した問題も多い。批判は簡単だ。でも相当マシだったとボクは評価したい。世の中劇的によくなるわけではない。マシの積み重ねでよくなっていく。マシじゃなかった首相もゴマンといた。小泉首相は相当マシだった。歴史に残る内閣のひとつだと思う。そして次の首相もマシであることを願う。

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クルマを捨ててもな〜〜んも困らない

2006年09月15日(金) 9:27:00

飲酒運転撲滅の運動が盛んになってますね。
ボクはもう4年ほど前にクルマを捨てたんだけど、その理由のひとつは「クルマを持っていたら何かの時に飲酒運転をしてしまいそうだから」であった。友人宅にクルマで遊びに行って「まぁ少しくらいなら」と飲んでしまったり、公園やら遊びのイベントやらにクルマで行ってビールを少しだけ飲んでしまったり、と、意志の力が弱まるシチュエーションにはわりとクルマが登場するので、根っこを絶とうと思ったのだ(もともと意志が弱いということもある)。

真面目すぎる?
でもね、考えてみりゃ、すっっっっごいリスクなのですよ。

「まぁ少しくらいなら飲んでもいいか。自分に限って事故らないよ」っていう「賭け」に負けたら、いきなり人生オシマイなのだから。そんなリスクのでかい賭け、したいっすか? 判断力がほんの少し狂って、もし人を轢いて殺してしまったら、それで人生オシマイだ。オシマイというのは言い過ぎか。でも、精神的ダメージとしてはオシマイに等しいし、いま手に入れている生活はほぼ手放さなければならないだろう。もちろん自分が死んじゃったら実質的にオシマイだ。たった一回の人生、ボクはそんなオワリカタ絶対イヤじゃ。

そんなリスクの多い賭けをするくらいだったら、タクシー使った方が安いんです。
車買って所有するお金を考えたら絶対タクシーの方が安い。100万円のクルマだったら、タクシーで1万円の距離を100回乗れる。いや維持費や駐車場代や保険代とか入れたら150回くらい乗れるかも。しかもそこには「リスク代」が入っていない。相手への賠償やいままで築いてきた人生をなくすことや精神的ダメージなどを計算に入れたら、タクシーで1万円の距離がどれだけ乗れるか。下手すると1万回以上乗れるのではないか(それって毎日乗って27年以上)。

クルマを捨てて4年ほど経っての感想。
な〜〜〜んも困りません。都会に住んでいる人はクルマなしの生活に明日からでもシフトできます(仕事や介護で必要な人は別)。

というか、妻との会話でよく「クルマ捨てて良かったねぇー」と言うのが出てくる。逆に楽しいもの。電車やバスや自転車や足を使うとまた違った景色が見えてくる。健康やダイエットにもいい。旅行やイベントなどでどうしても必要な時はレンタカーでオッケー。いろんな車種を試せて楽しいしドライブの楽しさは充分味わえる。まぁクルマが心底趣味、という方は別にして、基本的に(都会生活では)クルマを所有する必要はないなぁ。

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観客を暗闇に一定時間閉じこめる、という前提

2006年09月14日(木) 9:07:56

iTunes Music Store から Music が抜けて「iTunes Store」になった。

音楽だけでなく映画の配信もついに始まる(日本ではまだだが)。2時間の映画で1.3GBらしい。データとして映画を所有するのと、DVDとかビデオとかで物として所有する楽しさは別物で、特にコレクター志向の強い男性、そして高画質重視な人はこれからもDVDとかを買うだろう。でも、時代の大きな流れはネット配信に傾いていく。まぁ日本ではレンタルが発達してるのでまたアメリカとは違う状況になるとは思うが。

とはいえ、映画を作る側、特にハリウッドはこのネット配信の影響を相当受けるのではないかと思う。

封切作品がまず映画館に配信(配給)されている今は、「映画館という暗闇に約2時間観客を閉じこめておける」という前提があって、製作者は「映画はちゃんとラストまで観られるもの」と考えて製作している。もちろん途中で出ることもできるが前提としての作り方はそうであった。だから多少退屈な場面でもじっくり描いてこれたわけだ。途中が退屈でもラストで盛り上がって泣かせれば名作になる。そういう作り方が出来たわけ。ビデオやDVDで家で観られるようになっても、それは映画館でのものを家庭で観られるようにしただけで基本的には変わらない。

だが、ネット配信が前提の社会になり(特にアメリカ)、映画館とネットとで同時封切とかが増え、封切作品をネット配信で観る人が増えるようになると、映画の作り方も上映時間も変わってくるかもしれない。人は2時間根気よくモニターの前に座っているわけではない。少し退屈な場面が続くとラストまで観るのをやめて他のことをするかもしれない。そしてすぐブログやメールに「この映画は退屈だ」と書く。そういう評判を映画製作者も無視できない、という循環が始まるかもしれない(すでにビデオオンデマンドでそういう傾向は始まっていたが)。

つまり、テレビ番組的な「わかりやすい映画」「盛り上がりまくる映画」がもっともっと増えていくということかな。観客を映画館の暗闇に一定時間閉じこめる、という前提が映画芸術的にどれだけ大きかったか、後になってわかってくるかもしれない。

いや、もしかしたら原点回帰して映画館での鑑賞がまた流行り始める可能性もなくはないが、ハリウッドが「細切れ視聴」を前提に映画を作っていく傾向は止められない気がする。

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外食を飽きさせるチカラ

2006年09月09日(土) 12:06:56

夜の打ち合わせまで時間が空いたので19時からプール。
6月ごろに比べると筋肉が落ちているのでまた絞り直しを決意。基礎代謝(BM)は落ちていないので黙っていても痩せては行くが(BMグラサンダイエット♪)、裸のカラダを姿見で見て、胸と腕の筋肉が落ちたのにちょっとガックリ。もう少し膨らまそう。

プールから上がって打ち合わせに行き、その後「かどわき」で遅めの夕食。
それにしても贅沢な店である。お金を使えば使うほど税理士さんに褒められるような生活をしている人が多く来店している感じ。そういうニーズにきっちりしっかり応えている店でもある。美味。だけど個人的には落ち着かない。なんでだろう。いい店なのだが、なんか外食を飽きさせるようなチカラを持っている(笑) しばらくは外食せず、家で玄米と味噌汁と目刺しと納豆とお新香を食べていたい気分になった。

あさっては911。
当日、CNNが、あの日に放映されたニュースを無編集で再放送するらしい。しかも事件が起こった日の実際の時刻に合わせての完全なライブ再中継。ネット上でとはいえ画期的な試みだが、喪失感の再共有で済まず、憎しみの再燃にまで広がりそうでちょっと怖い。

あぁそういえば911は我が愛犬の誕生日でもあった。丸4歳。特別食を用意してあげよう。

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「全然」と「とても」

2006年09月07日(木) 8:05:47

東京の山手線に乗っていると、ドア上とか中吊りのところにモニターがあって映像が流れていたりするのだが、そこで昨日「山手線雑学」というのをやっていた。その中のひとつがわりと「へ〜」。

内容を短く書くと、「全然大丈夫」みたいに肯定に「全然」を使うのは現在の若者用語であって本来は「全然大丈夫じゃない」と否定に使うのが正しいように思われているが、本来的には「全然〜ない」と使うのが誤用。もともとは「全然+肯定」だった。つまり若者用語の方が本来的には正しい、と。 また、「とても楽しい」「とてもおいしい」と肯定に使っている「とても」は明治時代では「とても楽しくない」「とてもおいしくない」と否定に使うのが一般的だった。言葉は生きている。時代とともに移り変わるものですね、みたいな感じ。

「全然+肯定」は、ずいぶん慣れたせいか全然OK。全然使える。全然違和感ない(本来的には誤用?)。でも「とても+否定」はとてもしっくりこない。とてもダメ。とても気持ちが悪い。あ、とても気持ちが悪いはとても気持ちがいい。

まぁ電車に乗っている短い時間で見たので不正確かもしれないしきっといろんな説があるのだろうが、言葉の乱れがどうのと目くじら立てずに、言葉の使い方やニュアンスが時代とともに変化したりまた戻ったりするのを楽しんだ方がいいね。つか、いま「目くじら」と書いたらいきなり知らない漢字に変換されたぞ。鯢。うわっ。46年生きてきて初めて見たかも!


秋篠宮親王、お誕生おめでとうございます。皇位継承は難しい問題だけど、とりあえず9月6日が将来祝日になる可能性があるということですね。もしそうなったら9月は祝日がみっつ。5月と並んでトップタイの座に。意外な伏兵。

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現役プレーヤーとして

2006年09月04日(月) 12:40:27

FIBAは、独占放映権を持っていたTBSがほとんど放映せず(さすがに決勝は深夜に流した)、せっかく日本でやっていたのにほとんど見られなかった。あとでYou Tubeでも漁ってみよう。名場面くらいは見られるかも。

「行った店リスト」は、昔見ていたのが復活して懐かしいと言ってくださる方が数人いらして、ま、あんなんでも出して良かったかな、とホッとしました。数人の「わかってくださる方」がいれば、ボクはそれで満足です。いやマジで。

個人が持ってる情報は、しょーもないものでもどんどん発信し、共有し、それを読者(消費者)が個人個人で取捨選択して利用していけばいい(もしくは受け取る側もどんどん出し始めればいい)と相変わらず思ってます。発信できない個人情報はもちろんあるけど、なるべく、ね。

十数年前にネットに初めて触れ、草の根による「SHARE」の無限の可能性に打ち震えて以来ずっとそう思ってるし、そうやってきているし、これからもそうやっていくと思います。ネットやITを客観的に評論する人ではなく、ビジネスに利用するだけの人でもなく、現役プレーヤーとして真っ只中で感じていたい。それを20年30年続けてみたい。そんな感じですね。だって有史以来初めて人類が手にした草の根発信&SHARE媒体なんですから。というわけで、これからも末長くよろしくお願いします。

そういえば関係ないけど、映画「UDON」にボクが関係してると思っていらっしゃる方がいらっしゃるようですが、まったく関与しておりませんので、あしからず。

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斎藤泉さん

2006年08月30日(水) 8:28:31

毎日新聞で連載中の「となりの達人」の斎藤泉さんがスゴイ。
新幹線のカリスマ販売員と紹介されているが、東京−山形・新庄の往復7時間に車内販売員1人が売り上げる平均額が8万円のところ、斎藤さんはその4倍近い30万円を売り上げるという。定員400人の車内で片道187人分の弁当を売った「記録」も持つらしい。2人にひとりかよ!

新幹線車内を往復して乗客のニーズに応えるだけの仕事で、なぜそんなに差が出るか。
昨日の記事にも感動したが、今日の記事もまたスゴイ。販売する商品のメーカーにまで直談判するその努力。一部引用してみる。

売れ行きが悪いすき焼き弁当があった。1899年創業の老舗駅弁屋のものだったが、「プラスチックのようなにおいがする」などと乗客の評判は良くなかった。ある日、牛丼屋の商品をヒントに、デパートで買った温泉卵を試しにかけて食べてみると、思わぬ美味。「これはいける」と弁当屋に直談判した。
サラリーマンがターゲットになると見越して、黒とオレンジの力強いパッケージにすることや、「車内限定」の殺し文句を印刷することも依頼した。斎藤さんの提案はすべて反映され、月500個だった売り上げは14倍の7000個に急増した。

繰り返すけど、新幹線の車内販売員っすよ?
直談判する発想と勇気も偉いけど、他社販売員の意見を取り入れるメーカーも偉い!

彼女はきっと「ものすごく楽しく仕事をしている」だろう。
一方で、やる気なくぶつくさやっている車内販売員も多いと思う。
どんな仕事、どんな作業でも、努力と工夫でここまで伸びるしここまで楽しくなる。すげーなー。目が覚めた気分。

明日も連載が続く(最終回)。見逃せない。
というか、もう今日の時点でヘッドハンティングされちゃってるかも。彼女はどこに行っても成功するタイプの人。高い年収を保証する会社が出てきてもおかしくない。

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水金、知佳、黙読ってんかい?

2006年08月24日(木) 7:28:58

冥王星が惑星からはずされるニュースにはビックリした。
"めい"が抜けて「すいきんちかもく、どってんかい!」って、大阪弁みたいな連なりになったわけね。「水金、知佳、黙読ってんかい?」って「水曜金曜と知佳は黙読の宿題したかなぁ?」みたいに知佳の親(誰?)が心配する言葉にも聞こえるか。いや、「水琴、地下も口説ってんかい!」って「水琴窟を地下街にも置くように口説いてんかい!」という大阪の水琴窟業者の言葉にも聞こえる。「最近地価、戻ってんかい?」と意訳もできる(意訳すな)。

しかし、他人事ながら降格って哀れ。冥王星を英語で言うとプルート。ディズニーのプルートって冥王星が見つかった1930年に出来たキャラだからプルートって言うらしい。

つか、西洋占星術はどうするんだろう。

西洋占星術に冥王星は確実に絡む。まぁ冥王星が現実になくなるわけではないが、惑星の地位からは降りるわけで…。どうするんだろう。公式見解とかあるのかな。

ちなみに、西洋占星術と四柱推命はその起源を一にしている。
検索してみたら、

西洋占星術と四柱推命は、今から約五千年前のカルデアの地(シュメール・アッカド文明)におきたカルデア人の星占いがギリシャと中国に渡り、それぞれ発展進化したものです。そして、上記ふたつの命術の根本的な法則性や規則律は全く同じで、ホロスコープ(命式表)の作成および宿命・運勢・吉凶禍福の判断は、12数と10数をクロスさせて鑑定してゆきます。すなわち、西洋占星術の場合は12星座と10惑星をクロスさせ、四柱推命の場合は12支と10干をクロスさせて鑑定します。※(筆者注:西洋占星術でいう10惑星とは、天文学上の9惑星から地球を除き太陽と月を入れたもの)

と出てきた。ちなみに引用したこのページ、今回のニュースについて5年以上前に検証している。すごいな。

いや、なぜ四柱推命に言及するかというと、四柱推命は、ある占い師に見てもらってよく当たったことがあり、ちょっと信じているのね。んでもって、実は昨日までの1ヶ月は「人生でもどん底的によくない」月だったのです。ま、今年自体とてもよくない運気なのだが、今日、なんとかどん底は脱出したというわけ。個人的にはめでたい。(※四柱推命の1ヶ月はその月ごとに始まりの日終わりの日が違う)

それにしてもFIBAの日本ーNZ戦、惜しかったなぁ。前半で18点差で勝っていて、後半によもやの逆転をされるとは…。本当に惜しい。千載一遇のチャンスだった。

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ベッカムカプセル?

2006年08月23日(水) 9:26:00

昨日「鷹匠寿」のことを書いているうちに頭の中が鴨でいっぱいになって書きわすれたが、早実優勝もFIBA日本パナマ戦勝利もおめでとう。特に早実。会社でも飲み屋でもこんなにみんなが高校野球のこと話してるのってすっごい久しぶり。今年は「KOKOYAKYU」もアメリカで賞とったし(リンク先のトップ画像は再読込ごとに変わります。ちなみに予告編はこちら)、高校野球当たり年ですね。つか、こまだいとまこまい、ってみんなよく早口で言えるな。こまとま、とかですら舌噛む私。

FIBAの日本は今日が正念場。NZ戦で勝てば一次予選突破。ボクの友人親子は応援に行くらしい。いいなぁ。生で見るとバスケってまた違うんだよな。

とかいいつつ、昨晩は久しぶりに26時くらいまで学生飲み。いや、最初は仕事関係の上品な飲みだったのだけど、途中で古い友人が乱入してから一気に学生飲みへ(笑)。こういう飲み方も昔は週1くらいであったけど、このごろ本当に減った。逆に新鮮。これで26時からカラオケとか行っちゃって29時ころ帰宅だったら完成品だ。しないけど。

お子さんが早実中学を狙って受験勉強しているらしいある方が「この優勝で倍率上がっちゃいそうで困る」とこぼしていた。あぁ…確実に上がっちゃいますね。それと、早実斎藤投手が再決勝戦前夜に疲労回復に使用したという高気圧エアーカプセル(ベッカムが使っているところから別名「ベッカムカプセル」とも言うらしい)を作ってる会社の株も上がりそう(笑)。こんなものらしい。

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「図書館戦争」、読了。

2006年08月21日(月) 6:55:28

誰だっけ、と少し考えて思い当たった。
なるほどビル・マーレイに似てるのね、バスケ日本代表のジェリコ監督。そっくりだ。

というか、昨日は全く精彩を欠いた日本代表。
まぁでも日本のバスケの問題は、コートやバスケットゴールが圧倒的に少ないことですね。だから入学するまで出来ないし、卒業したら出来ない。そういう環境で世界と闘うのもつらいよなぁ。

「図書館戦争」(有川浩著)、読了。
「本の雑誌」が選ぶ 2006年上半期エンタテインメント第1位である。
前半は、本書内の言葉を借りれば少し「痒かった」。でも、設定の秀逸さ、キャラ立ち、若者言葉のリアルさ、文章のリズムなどに引っ張られ、読み進むうちに止まらなくなる。武装化&銃弾の雨あられっつうあたりにもう少しリアリティ(そうなる必然性)があったらより完成度増すんだけどなぁ…。

とはいえ「メディア良化法」って怖すぎ。一歩間違えばありえるだけに。あぁ怖い。いい設定だ。でも現実には、図書館を守るよりも海外サーバーでの無償公開で悪法に対抗した方が有利かも。代金は心ある人のカンパ制とかで(無理か?)。ネットを利用する話がひとつも出てこなかった(と思う)あたりが、この時代のリアリティを少し欠いているかも。←ネットを利用するといきなり物語が陳腐になりがち&まだついてこれない人が多そう、というのもわかるけど。

この夏、10冊くらい本を読んだ。「おもしろ本」を復活させるまでは(秋予定)さなメモに少しでも書いておこう。

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1ヶ月以上ぶりにプール

2006年08月20日(日) 7:01:39

昨日は久しぶりにプール。
アデノウィルスが完全に消滅してからじゃないと迷惑だと思って行かずにいたら、1ヶ月以上間が開いてしまった。たぶん7/12以来。久しぶりに入った行きつけのプールは相変わらず透明度悪かった(笑)

チームも相手もいない、つまり自分以外の要素に影響されにくい個人競技でよくあることだが、ちょっと間が開いて久しぶりにやると妙にうまく行くことがある。いままで四苦八苦してたことがなぜかスッと出来ちゃったりね。昨日がそれ。ま、どうせうまく泳げないし、とか思って泳ぎ始めたら、うまく全身の力が抜けたらしく、最初の100m、つまり25m4本がすべて13ストロークで楽に泳げたのである。キャッチもプルも意識せず息継ぎも意識せず。うわー。14は普通に出来てたけど13で連続って意外となかったよなぁ〜と喜ぶ。そのまま200m泳いだが、一回15ストロークがあっただけ。

まぁでも体力は落ちていたので全部で600mほどに止めておいた。ウィルスだから仕方ないとはいえ、ハイペースで通いすぎて身体壊した(弱っ)教訓を活かし、少し飢餓感があるくらいで止めることにしたのである。ただでさえも酷暑で体力奪われているし。

それにしても、あぁ気持ちよかった!


ところで、昨日のバスケ世界選手権「日本vsドイツ」、見ました?
ボク的には相当感動したんだけど。あと少しで一桁差。優勝候補のドイツに超善戦。竹内公輔のダンクに五十嵐の速攻。すんげかった。今日はアンゴラ戦。楽しみだ。

それにしても競技人口に比べてマスコミの扱いが小さすぎる。日本でやってんのにな。

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FIBA

2006年08月19日(土) 7:17:32

今日からFIBAバスケットボール世界選手権である。
なるほど Football はFIFAで、Basketball だとFIBAか。じゃぁLunch選手権があったらFILAか。かっこええ。

とかいうことはどうでもよくて、それにしても日本開催なのにいまいち盛り上がりに欠けるなぁ。
今日はいきなりドイツと対戦である。善戦してほしい。なんかルカワくんみたいな五十嵐圭(格好良さが)、ゴリみたいな折茂武彦(顔が、ではなく精神的支柱として)、そしてまぁ敢えて言えば河田兄弟かなぁな205cmの長身双子竹内公輔&譲次(無理矢理キャラづけしなくてよろしい)、みんながんばれ!

というか、ボク自身バスケとは縁遠い生活をしてきた。井上雄彦さんと出会うまでは。
遅ればせながら「スラムダンク」を深く愛し、一緒に手作りでキャンペーンをやり、バスケを愛する人にいっぱい出会い、だんだんはまっていき、家族でバスケを観戦しに行くようになり、という段階を踏み、今は「バスケの話題は家族の共通話題」というところまでは身近になった。

今見たら、FIBA公式サイトのENGLISHページのデザインがすごい。お相撲さんかよ(朝汐?)。富士山にダンクかよ。お城に幟かよ。日本のイメージって…(笑)

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花形満が主役?

2006年08月09日(水) 9:22:11

「巨人の星」がリメイクされるそうですね。

なんと主役は花形満で、舞台は現代。タイトルは「新約『巨人の星』花形」。画は村上よしゆき。
ニュースによると「今回、花形を主役にした理由について、少年マガジンでは『今の中高生には、貧しさからはい上がる飛雄馬より、恵まれた環境にある花形のほうがリアリティがある』と話している」とのこと。花形を新庄みたいに描けばウケるのでは? リメイクならあわよくば中高年まで取れるのでは? みたいなノリの企画会議が想像される。

たしかに星家の貧乏長屋は今の中高生にはリアリティがないだろう。
でもそんなこと言ったら大河ドラマだって落語だってビートルズだってリアリティなどない。村上春樹が描く60年代70年代ですらすでにリアリティを失しているだろう。現代のリアリティをつけたからって共感されるとは限らないのだ。大事なのは「普遍」。あの星飛雄馬の根性物語には「普遍」があったから共感され、今でも生き残っているのである。リメイクするならあの「普遍」をもう一度しっかり描いた方が逆に共感を呼ぶと思う。

たとえば昭和初中期のリアリティだった源氏鶏太の作品を何人の人が覚えているか。
サラリーマン小説の第一人者にして大ベストセラー作家である。彼には時代的リアリティは存分にあったが、申し訳ないが「普遍」はなかった。だから今はほとんど読まれない。

いずれにせよ、軽いノリであの名作を弄ってほしくなかった。残念。

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5年後には9テラ

2006年08月02日(水) 7:16:01

昨日夕方、優子から「響子が塾で具合が悪いらしい」とメール。私は仕事で遅いので早く帰ってくれと。すわ、プール熱がうつったか! もしそうならワシの責任! と、とりあえずぶっ飛んで帰ってみると熱はないし喉も痛くない、単にダルくて頭が痛い、と。うはは。夏の疲れが重なったか、単に塾の夏季講習が負担になったか。まぁ今晩はラクチンにしなさいと、ふたりでテレビ見てくつろぐ。あんまりテレビを見ない家ではあるが、こういう「なーんも考えずにラクチンにしたいとき」ってテレビは重宝するね。

テレビといえば、少なくとも5年後にはHDD-DVDプレーヤーのHDD容量は9テラとなるらしい。9テラって、1テラが1000ギガであるから、9000ギガ。これってどういうことかというと、テレビを10チャンネル分1ヶ月録り続けることが出来る容量、ということらしい。

「10チャンネル分1ヶ月録り続けることが出来る」とどういうことが起きるか。つまりは録りっぱなしにしておけば、1ヶ月前までの番組だったらどれでも今すぐ見られるわけですね。どのチャンネルのどんな番組でも1ヶ月前までであれば「見逃す」ということがなくなる。ちょっと前のNHK「プロフェッショナル」の吉兆の回が面白かったらしいが、それも「へー、そうなんだ」と知った時点でさっと見られるわけ(つか、今でも面白いのはすぐ「You Tube」にアップされちゃうから見られるんだけど)。

要するに、1ヶ月分の編成権がテレビ局から視聴者に移るということ。テレビ局は「この番組は日曜のゴールデンタイムに。これは水曜の深夜2時から」とか編成してるけど、視聴者にとっては全く関係がなくなる。だってぜーんぶ録りためてあっていつでも見られるから。早朝に編成された番組であっても自分が見たい番組であれば自分にとってはゴールデン。CM飛ばしの問題と相まって、テレビ局にとっても広告会社にとっても大きく発想の転換を迫られる事態である(というか死活問題)。

ま、それはそれとして、こうなるときっとワンテーマ番組が増えるだろうな。HDD内検索しやすいから。ブログネタ提供的なワンテーマ・ニュースショーとか増えるかも。編成の都合による時間潰し系バラエティとかは消え去るだろうし、ドラマとかはより良質さを競いあうようになるかもしれない。オリジナルで実験的な深夜番組が正当な評価を受けたり、逆に「深夜だから」と許されていた過激さを失ったり…。iPodとかでみんなが録画番組を持ち歩いて消費するようになると5分番組とか15分番組が増えるかも。そして本当のキラーコンテンツはスポーツとかの「ライブ中継」になるんだろうな。

というか、個々人それぞれの都合に合わせて見たい番組がいつでも見られるのだから、家族がテレビの前に集まるという構図は死滅してもおかしくない。高画質大画面で見たい映像以外は個人のパソコンやケータイ、iPodなどで見るようになるんだろう(若い世代はすでにそうなってきている)。検索とかメールとかチャットとかしながら見られるしね。そういう時代の「マス」って一体なんだ? とか、ま、この辺や広告の周辺について想像しだすと一冊の本になるくらいの量になっちゃうので省略。いずれにせよ一般人の生活や消費行動に相当な影響を及ぼすのは間違いない。変化はチャンス。おもしろい時代だとボクは思う。

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「あ、伊藤たかみだ!」

2006年07月14日(金) 12:04:34

芥川賞と直木賞の受賞者が発表になった。
あぁ名前だけは知ってる人がいるなぁとかボンヤリとニュースを見ていたのだが、あれ? 森絵都って娘の響子が読んでいたような…。

で、聞いてみたら、響子はえらくよく知ってたよ。
森絵都の「カラフル」とか読んでるし、伊藤たかみの「ミカ!」も読了済み。他のも読んでるらしい。しかも伊藤たかみの奥さんである角田光代は彼女のフェバリットだ。角田光代の「キッドナップ・ツアー」が模試の国語の問題文で出た!と喜んで見せに来たくらい(その時は点数も良かったらしい)。
それにしても彼女が「あ、伊藤たかみだ!」とTVニュースに向かって声あげたときはビックリしたよ。おめぇよく知ってんなー。ボク知らなかったもんなー。すげーすげー。

友達と貸し借りしたり本屋で新規開拓したり、彼女なりにいろいろ新しい情報を摂取しているようで、本という父親の得意分野についても父親が焦るくらい独自のフィールドをしっかり築きつつあるようだ。とてもイイコトである。がんがん行ってくれ。本だけはいくらお金使っても許す。

というか、いままでどこか時代離れして感じられた芥川・直木両賞だが、小六の娘がよく知ってる作家が取ったというのもイイコトだ(まぁ児童小説出身とはいえ)。同時代性が肌で感じられる。娘は受賞作を読むだろうし、それによって何か新しい影響を受けるだろう。

さて。そんなことより、受賞者の作品を一作も読んでいないオレをどうにかしなくては。ええと、とりあえず「カラフル」を貸してください!>娘

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W杯終了

2006年07月10日(月) 5:45:49

しつこいけどラグビーファンなんですけど。とかブツブツ言いながら今日は朝2時半に自然起床。いやまだそれ朝じゃないから。朝2時半自然起床ってアンタ、普通に起きてろよっつーハナシだよ。

3時からサッカーW杯決勝戦。フランス vs イタリア。文化としても料理としてもワインとしてもどちらも好き。だからジダン引退試合の分だけフランス贔屓で観戦する。

ジダンと言えば、昔書いたこれでも登場したミーヌが「ジダンは本当にハンサム。格好いい」と漏らしていたのを色濃く思い出す。
「へぇ…まぁ格好いいけど、ハンサムなのかな?」と疑問を呈したボクに「フランスではああいう顔がハンサムなの。アラン・ドロンじゃなくて」と返す彼女。「ジャン=ポール・ベルモンドは?」「あぁ彼もハンサムよ」「ふーん…、でもジダンはハゲてるよ」「またあのハゲがセクシーなのよ。だからさとなおさんもきっと(後略)」 まぁ確かにハゲてない若い時のジダンを見てもあまり格好いいと感じないんだけどさ。

いきなりジダンのPKが(クロスバーに当たりながらギリギリ)決まる。すかさずコーナーキックからイタリアが追いつく。絞まったいいゲーム。延長後半でジダンの頭突き炸裂。ジダン一発退場。ちょっとひどい頭突きだった。引退試合なのに残念。結局PK戦になりイタリアが優勝。いいチームである。

これでW杯も終了。今回日本は自分たちの本当のチカラを知った。等身大の自分を客観視することから進歩は始まる。そういう意味で実り多きW杯だった気がする。

メールで教えていただいたW杯記事。123。ううむ。ま、それはそれとして出社時間までほんの少し寝よう。

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老人確定

2006年07月09日(日) 20:26:42

だからラグビーファンなんですけど。とかブツブツ言いながら朝3時半に自然起床。前日の不眠で疲れきっているくせに朝3時半に自然起床。老人確定。

W杯3位決定戦の上川主審の晴れ姿視聴。あ、フィーゴとカーンも。でもフィーゴは後半あと10分まで出てこずちょっとがっくり。フィーゴって体臭きつそうだけどカッコいいよね。名前的にはシモン・サブローサが気に入った。シモン・サブローサ。なんとなく文明開化の音がする。

それにしても、はじめて主審注目で一試合見た。意外とドキドキするものだ。大事な試合、しかも開催国の試合で疑惑の判定とかしないといいな…。選手が不満をアピールするたびにヒヤヒヤする。でも上川主審、毅然とした態度でとても良かった。

んでもって二度寝。昼前に起きてプール。一週間ちょっと無茶したのでラクに流す。午後は娘といっしょにツタヤでCDレンタル。村上春樹全小説再読にかかっているせいか、ビーチボーイズとかブラームスとかスタン・ゲッツとかの持ってないヤツを聴きたいと思うものの、持ってるヤツしか置いていない。しょうがないのでボブ・ディランの初期の持ってないヤツなど。ついでにムーディ・ブルースなども脈絡なく。

夜メシは「印度の味」で作ったカレー。最初から「おかわりはあるけどダメ!」と釘を刺される。おかわり出来ないとなると家カレーって魅力半減する。あぁおかわりして腹一杯食べたいっ!

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上川徹審判

2006年07月07日(金) 7:18:18

誠意を持って立ち向かっていたある仕事がいかんともしがたい状況で座礁してしまい、ちょっとむなしくなっている。あーあ。わりといいキャンペーン構築だったのだけどなぁ…。これに限らずいろんな作業が錯綜していてナニガナニヤラになっている。落ち着け、オレ。

北朝鮮のミサイル発射時、米国第7艦隊を率いる指揮艦ブルーリッジがちょうどミサイルの着弾海域に近いウラジオストクに寄港中だったらしい。以前艦内を見学させてもらったブルーリッジ。マイク君も乗っている(はず)。知りあいがミサイル着弾からすぐのところにいると知ると、このニュースもまた違って聞こえてくる。彼はあの狭くて小さいベッドの上で何を考えているだろう。

W杯3位決定戦であるドイツvsポルトガル戦の主審を日本人の上川徹氏が務めることになったらしい。副審も日本人で広嶋禎数氏。日本人審判が1次リーグ以降を受け持つのは初めてだという。すばらしい。3位決定戦。とても大きなゲームの主審と副審だ。日本のサッカー自体のレベルはまだまだ低いが、世界的にトップクラスの審判を持っていることはちゃんと誇っていいと思う。ある意味ヒーロー。彼らを見るために3位決定戦を観ようと思う。あ、フィーゴも観たい。日曜午前4時。まぁなんとか起きられそう。

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姿勢よく。ひとりで。縦に。美しく。切り込む。

2006年07月05日(水) 7:19:31

プロジェクトが重なりすぎていてちょっくら鬱。

朝5時半に起きてニュースをつけたら、北朝鮮がミサイルを3発発射していた。日本海に着弾したらしい。ニュースを見ながら、もし寝ている時突然に東京に着弾したら日本はどう対応するか、ボクはそれをどう考えどうアタマを整理して物事に臨むのか、家族や友人が殺されたとしても非戦を主張するのかそれとも違う感情に支配されるのか、など、いろいろアタマの中でシミュレーションしてみる。ま、訓練みたいなものですね。一時の感情に引っ張られず冷静に対処できるかどうか。朝からやっかいな命題に悩まされる(笑)

中田英寿選手引退。もともとビジネス指向が強い人だったようなので、29歳での引退は計算づくだと思う(いい意味で)。ただ、彼は日本人離れしたコミュニケーションをするので、日本的社会での成功は難しいかもしれない。アメリカかユーロ圏の方が向いているな。

日本的社会では言っている内容の正しさよりもその言い方の方が問題視される。低レベルのようであるが、まぁこれはこれで高度で成熟した「和」の社会。西欧にはマネできないコミュニケーション手法だったりする。来るべき超高齢少子化の非成長社会ではわりと大事な概念かもしれない。非成長的豊かさ(心の豊かさみたいなもの)を第一義として追求するような国になる気があるのなら、ではあるが。

個人的には中田の姿勢の良さが好き。背筋がシャンと伸びている。彼を見るたびに「姿勢がよいことが格好よさの基本」との思いを新たにする。他の選手の足が止まっている中、彼があの姿勢で縦にドリブルして切り込んでいく姿の美しさ。あれが彼のすべてを表している気がする。

姿勢よく。ひとりで。縦に。美しく。切り込む。

ビジネスでも、そのスタイルが出せれば、きっと成功するだろう。

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元日本代表の死

2006年07月02日(日) 13:41:42

橋本龍太郎元首相、亡くなる。まだ68歳。日本の総理大臣だった人にしてはニュースなどの扱いも小さかった気がする。せめてNHKくらいW杯とかよりも時間を割いて欲しかったな。別にハシリューが好きだったわけではないが、日本の代表だった人の突然の死である。サッカーで言ったら日本代表監督兼10番みたいなもんだ。亡くなった日くらいはもっとちゃんと功績・失敗を振り返ってもいい。日本は過去に学ぶことをこのごろ怠りすぎているような気がするし。

つか、「ニッポン!ニッポン!」と叫んでた愛国心溢れるサポーターたちは、元日本代表の死をどう受け止めたのかな。彼がやったことの是非はいろいろあるだろうが、とりあえず国のために人生を懸けて闘った人ではある。興味本位でいいのでその愛国心を一瞬そういった人にも向けて欲しいとか思う。

ハシリューに限らず、ボクは政治家という人種を好きでもないが嫌いでもない。どうせ悪いことやっているだろう、とかも思わない。やってる人はやってるし、やってない人はやってない。それだけ。たとえ世間一般的に「悪いこと」をしたとしても、それで人間を決めることはしない。出来れば日頃の政治行動で判断したいと思っている。権力団体や官僚や海外などと日々相当な仕事量をこなし続けていれば、そりゃ叩けば埃が出る場合も出てこよう。不感症にもなりえよう。魔が差す瞬間もあろう。でも、日頃志高い政治行動をしている人であるならば、きちんと反省し償って出直してくれれば水に流して応援する。行動したことによって起こるミスは、行動しないで起こるミスの数倍いいと思うから。

たとえば、対クロアチア戦でのFW柳沢のシュートミスを責める人も多い。
でもなぁ…。彼がゴール前にちゃんと詰めるという行動をしてなくて、どっか他のところに突っ立っていたのなら誰もあそこまでは責めないだろう。加地の惜しいシュートミスということになってたはず。ちゃんとあそこに柳沢が走り込んできたから逆に責められちゃうわけだ。あの時高原はどこを走っていたのかとか別に誰も責めないのだから。
FWとしてあそこに飛び込んでくるのは最低の動きだとしても、とりあえずちゃんと行動してボールに触るところまでは行った。ミスを恐れて行動しないより数倍いい。結果的に柳沢は目立ってしまったけど、他のいいチャンスできっちり詰めてなかった選手もたくさんいた。でもそういう消極的な人々は戦犯にすらならない。

ええ、FWはそういうワンチャンスを活かすのが仕事、というのもわかってます。もし決めてたら英雄になるわけで、そういう毀誉褒貶の大きいポジションなのだから仕方がない。弁護してるわけではない。でも動いた結果責められちゃう哀しさというか…、なんとなく柳沢に同情的なボクなのです。だって、動いてないヤツ、いっぱいいたよ?

同じように政治家だって、少なくともちゃんと行動した人はそれがどんな結果になっていようがどっかで認めているボクです。ハシリューもそう。彼を気に入らないヒトもいっぱいいるだろうけど、あのややこしい政界で筋を通してちゃんと動き抜き、周囲に認められて総理になり、志を持って数年行動した。動き回った結果ゴールには入れられなかったかもしれないけど、動き回ったことはちゃんと認め、敬意を払いたい。

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オフィス内大引越

2006年07月01日(土) 16:10:36

ふと気がつくとウィンブルドンで杉山愛がヒンギスに勝っていた! すげー。これはすごい。世界(日本も)の目がサッカーに向いていたのも良かったのかも。プレッシャーを受けず自然体で実力が出せたのかもしれない。

昨日は会社内引越で一日中エクササイズ状態。同じ階の西の端から東の端までの移動(といってもこれが歩いて2分以上はかかる遠距離。いや、オフィス内で2分って相当な距離なのよ)。で、すべての荷物を段ボールに入れて自力で運ばないといけないので割合エクササイズ効果があるのである。パソコンとかもすべて自力で運んで自力配線。あぁいったい何往復したことか。

うちの部署は時代もあってか伸び盛りの部署なので、どんどん人数が増えていっている。だから小さな引越は日常茶飯事的に起こるのだが、ここまでの大移動は初めてなのでさすがに疲れた。腰痛めずに終了して良かった良かった。
終わってから汗みどろのTシャツのまま宴会に行ったのだが(高級中華)、久しぶりにビールを「うまい!」と思った。デスクワークだけでは得られないうまさだなぁ。

西側に座っていたときは東京タワー越しに富士山が見え、そこに夕陽が大きく沈んでいくのが見えたりもしたのだが、そういう風景とももうお別れ。でも東側だと朝の「気」を取りこめそうで朝型のボクとしてはちょっとうれしい。とりあえず7月から新鮮な気持ちで仕事に臨めそうである。

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被害者の個人情報

2006年06月27日(火) 8:39:23

月曜はいつもグッタリする。仕事が多いのだ。バタバタしているうちにすぐ夜になる。
グッタリ気分を引きずりながら、夜は泡盛。「まさひろ」をひたすら飲み、だんだん楽しくなってくる。泡盛を飲むといつもそうだが、妙に心が開いてしまう。開きすぎたか。泡盛のバカ。

朝、ニュースを見ていたら、女子大生誘拐のニュース。すぐ保護されて良かったが、女子大生の名前・学校名・住んでいる町名が明らかにされ、顔と自宅と近所が写され、繰り返しインタビューが流された。NHKの全国放送。一晩で解決した事件の被害者の個人情報がなぜここまで流されないといけないのか。あんまりではないか。ワイドショーならまだ諦めがつくが、NHKのニュースでそこまでくわしく流す必要がどこにある。

さてプールに行こう、と頭では思うのだが、ちょっと二日酔い気味で腰が上がらない。広背筋がボゥと燃えるあの感じをまた味わいたいのにな。今日は無理かも。

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3時半起き

2006年06月23日(金) 5:55:26

いつも5時すぎくらいに起きてしまうご老人なボクなので、4時に起きるのはそんなにつらくない。目覚ましなしで3時半くらいに起床。豆腐屋かよ。

ということで、4時からW杯。対ブラジル戦を観戦。主力級が数人休みながらも圧倒的な力の差を見せつけてくれたブラジル。大人と子供。お手合わせいただきありがとうございましたというレベル。ここからたくさん学んで成長してまた出直せば良い。
というか、路地裏でサッカーやっている子供など(少なくとも東京では)ほとんど見たことないこの日本にとって、これがリアルなのだと思う。

とはいえ見終わってすっかり疲弊。リフレッシュのためにプールでも行くか。プールが開くまで2時間。寝ちゃいそうだな。

昨日のメモで「♪こ〜せ〜けしょ〜ひ〜ん、かよおべすとて〜ん」のジングルが耳について離れなくなった方が約4人。メールありがとうございます。実は書いた当人も離れません(笑)。この前亡くなった宮川泰さんの司会も良かった。あの番組、曲を編集して短縮して流すことも多く、エアチェックの時にどれだけ悔しい思いをしたことか。フルバージョンが流れるまで何週も同じ曲録り続けたり。

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残念でしたね

2006年06月13日(火) 7:29:00

札幌から午前中に帰還。すぐ会議会議会議。まいったな。22時のW杯オーストラリア戦キックオフに間に合うように帰宅するのが精一杯。

日本が勝ったら、熱狂するファンたちを尻目に「とはいえボクは中学高校とラグビー部だったので、ラグビーへの義理立てもあって(笑)、サッカーはそれほど好きなわけではない」とか余裕をかまそうと思っていたのに、こうも完敗してしまうとそんな冷たいこと書けないな。ええ、ワーとかオーとか叫びながらW杯観戦してました。イヤな汗をいっぱいかいた。自国が負けると悔しいものですね。一番悔しいのは選手とその関係者だろうけど。

ただ、いまでもサッカーよりラグビーの方が好きなのは本当。
なんちゅうか、あのマゾさ加減がたまらない。なにしろ前に進みたいのにボールは後ろに投げないとイケナイというヒネクレ方。前にパスしたら反則なのだ。それどころかボールより前に立ってるだけで反則なのだ。15人全員がボールの後ろへと走って下がらないとイケナイ。
ボールより前に立ってはイケナイ上に、ボールを後ろへ投げないとイケナイのだから、選手はそのまた後ろに下がってラインを作る。前に進むために必死に後ろへ下がり続けるわけ。ううむ、なんと疲れるスポーツなんだ。そのうえボールは楕円でどっちにはねるかわからない。マゾだよなぁ。スクラムとかタックルとかもそーとーマゾヒスティックだし。

それに比べてサッカーなんかずっと前の方で待ってる人がいるわけで(フォワードね)、あんなの邪道だズルだ、とラグビー部のころは思っていたっけ(笑) 防具をつけるアメフトも邪道だと決めつけていた。校庭を無意味に広く使う野球も邪道扱い(サッカー部と野球部は狭いグラウンドを取り合う敵)。そのころの思いが残っていて、やっぱりラグビーが一番好き。

でも、実際やるとなると、あんな怖いスポーツはない。
すごい勢いで走ってくるゴツイ男をタックルするのなんて、いまでも夢に見るくらい。怖がって腰が引けてるのだからうまくなるわけもない。当時はまったく肝が据わってなかったからなぁ。中学時代は部員も少なく、そんなボクでも試合に出ていたのだから、まぁ弱い部だった。初トライするまで2年強かかった弱小ラグビー部。
いまでも初トライの興奮は忘れない。モールから出たボールをボクがパスして、アイツがノックオンぎりぎりで捕ってパスして、アイツがふたり抜いてパスして、あとはアイツが独走して、とか、いまでも頭の中で再構築して反芻したりする。

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道が広くなった

2006年06月09日(金) 9:24:42

昨晩は表参道周辺にいたのだが、なんかいつもと印象が違う。なるほどそうか駐車違反の取り締まりが超厳しくなったので道が広いのだな。

ボクは4年ほど前に車を捨ててしまったので、どちらかというと取り締まりが厳しくなってヤッホーな立場。宅配業者などには心底同情するが(郵便局の配達車は取り締まり対象外だというから不公平)、道が広くなるのは単純に気持ちいい。

よく「車がなくて不便じゃない?」と聞かれるが、都内だと全然不便じゃない。電車&タクシー移動の方が効率的だし、結局お金もかからない。というか、車を持っていると、つい友人宅とか旅行とかに自家用車で行ってしまい、飲酒運転してしまう可能性がある。事故るリスクも大きくなる。もし人を轢いてしまったら人生がガラリと変わっちゃいそうだし、やっぱ割に合わない気がするなぁ。維持費もそこそこかかるしね。

表参道では会社の先輩&その部下&元部下とメシだった。イタリアン。
元部下の方がボクのサイトを古くからわりと細かく読んでくれていて、光栄だけどなんか照れ臭かった。ああいう時ってどう反応したらいいかわからない。ぜーんぶ知られているわけだし見栄張っても仕方がないのだけど。

彼らと会う前に1軒行っていたので、結局4軒ハシゴ。わりと飲んだな。朝プールは断念。

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米原万里、亡くなる

2006年05月30日(火) 8:02:24

米原万里、亡くなる。56歳。
週刊誌の連載でガンであることは知っていたが、こんなに早く訃報に接するとは思わなかった。ショック。もっともっと彼女の本を読みたかった。
全然タイプは異なるのだけど、どこかでナンシー関の早すぎる死にイメージが重なる。この人ならこの事件をなんて言うかなぁと、コメントを楽しみにしてた人のひとりだった。

「あなたがむなしく生きた今日は、昨日死んでいった人があれほど "生きたい"と願った明日」

ボクもあさって45歳になる。米原万里の歳までたった11年。1日1日を大切に生きないと申し訳ない。

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自分の声

2006年05月19日(金) 7:20:10

自分の声を聴くのは何度やってもイヤなもんですね。
5/17放映分は聴けなかったけど、昨晩のは聴けた。薫堂さんのJ-WAVEの番組。つか、話している間、お腹はゴロゴロしていたのだった、そうそうここで大きく笑ったときに少しハミ出そうで危うかったんだ、とか思いだしたりして、当事者しか出来ない楽しみ方をしてました(笑)

ちなみに放送では1900店載っているとか言っちゃっているけど、それを信じて来てくださった方がいたとしたらすいません。まだリニューアル中で全部の店データは再公開できていません(好きな店リストは公開中)。リニューアル中だって発言したと思っていたけど発言してなかったので訂正。それにしてもそろそろリニューアルしないとさすがにマズイ…。

田村高廣さん、亡くなる。
息子さんが高校の同期だったこともあって、家に行ったことがある。ええと、たしかあのときは文化祭の後夜祭でピンクレディを踊るために(笑)振り付け稽古を彼の家の稽古場でするために行ったのだった。高廣さんはちらっと出てきてボクたちの振りを見て「ぐはっ!」と笑ってすぐ去っていったっけ。

最近では、朝ドラの「ファイト」で、阪妻よろしく太鼓叩いていたのが印象的。あの太鼓のシーン、絶対「無法松の一生」の阪妻へのオマージュだよね? ね?(田村高廣は阪東妻三郎の長男) 映画では「泥の河」の演技がとても印象に残っている。

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スイム・ショルダー?

2006年05月11日(木) 8:29:40

ドタバタしているうちに昨日のメモの更新を忘れてしまった。連休あけて仕事が急に増えちまった。

ところで、キース・リチャーズがヤシの木から落ちて頭を打ち脳内手術を受けた件だが、イギリスの大衆紙サンは「医師らは家族に『演奏活動復帰は絶望的である可能性が高い』と宣告している」と報じたらしい。つか、サンはデタラメ報道を得意としているので信じられないし、ストーンズの公式声明では「順調に回復中」とのことだから心配ないとは思うが、もしライブはもう無理とかなったらどうしようと呆然としてしまった。

しかし、ヤシの木に上る62歳っていいな。んでもって落ちるあたりがキースっぽい。と、笑い話にできるよう、無事を祈る。

ところでところで、妙に肩が張って痛いのだ。ベッドに横になった肩を下にして寝ると痛む。
まぁクロールで慣れない使い方してるからだろうと思っていた。筋肉痛だろうと。でもスイム・ショルダーっつう肩関節炎があるらしい。もう四十肩・五十肩が出る年齢でもあるし(笑)、いたわりつつゆっくり楽しもう。凝り性のせいか、なんでも一気にやりすぎるきらいあり。

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たぷんたぷん

2006年04月29日(土) 7:09:27

予定通り、終業後スポーツクラブへ。

まずはジムで汗を流す。
最初にエアロバイクで15分。心拍数120キープで漕ぐ。終了後クールダウンのボタンを押したら「牛乳1杯分のカロリーを消費しました」と出た。ぐあ。そういうカロリー表示はいいの! 飲食がつまらなくなるからやめて! とか思いながらマシンへ移動。この頃やっとマシンの使い方も覚えた。3セットほど流す。だいぶ筋肉ついてきた。

で、プール。
水質恐怖症(?)からはメデタク脱出。んなもん気にしてられっかよと飲みまくる。
そうそう、メールで「そんなに水を飲むものですか?」と質問されたが、まずトータル・イマージョンのドリルをひとり寂しくやってると、下手っぴなせいもあって鼻からわりと飲まされちゃいます。んでもって実際にクロールで泳ぐときも、25mで一口分くらいは口に入ってきて自然と飲んじゃう(息継ぎ下手なので)。少なくとも25ccくらいは飲む気がする。1キロ泳ぐとそれを40本なので合計すると1リットルくらいは胃に入る計算。

だからプール後はお腹が減らない。夜メシ前なのにお腹が減らない。たぷんたぷん。他人のあんなものやこんなものが……ギャー(←脱出してません)

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山田シェフ大麻所持逮捕

2006年04月27日(木) 9:17:49

「リストランテ・ヒロ」他レストランを多く展開し、沖縄サミットではイタリア首相の専属料理人となった山田宏巳シェフが大麻所持の現行犯で逮捕された。

ミュージシャンやタレントが大麻所持するよりも、実際にその手で料理する料理人の大麻所持の方がずっと嫌悪感が強い。音楽や話芸は耳と目から入るだけだけど、料理は口から体内に入り細胞まで染み込むからなぁ。昔の事故のことをいろいろ言われたり、新店展開のプレッシャーだったり、きっといろいろあったのだろうけど、これだけはやってほしくなかった。

犯罪は人が起こすのではなく場所が起こす、という考え方があるが、麻薬もそれに近いとボクは思っている。
よく「意志が弱い人が麻薬をやる」とか言われるし、そういう部分もあるとは思うが、時期や場所や環境の影響の方がより強いと思うのだ。「弱っている時期」「染まりやすい場所」「できる環境」が揃うと、意志が強い人でも手を染めてしまうことがありえるとは思う(麻薬を肯定しているわけではもちろんない)。

山田宏巳シェフとは全く面識ないが、うまい料理を作り続けるためには強い意志の力は絶対必要。人並みはずれて意志の弱い人ではないだろう。更生のチャンスはきっとある。もう料理界には戻ってこれないかもしれないが、きちんと再起してほしいと願う。

それはそれとして…。真面目にやっている弟子や従業員たちはとばっちりでちょっと可哀想だな。久しぶりに食べに行ってみるかな…。

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We must change to remain the same

2006年04月08日(土) 9:04:46

「変わらないために変わる」はボクの好きな言葉で、このさなメモでも何度も書いている。
もともとは映画「山猫」の中でのバート・ランカスターのセリフ「We must change to remain the same」。訳すなら「変わらずにいるためには変わらないといけない」かな。

この言葉は昨日民主党党首になった小沢一郎氏も以前からよく引用している。今回もその流れで「私自身がまず変わる」と演説し、党首戦で勝利した。

小泉首相はダーウィンの言葉「生き残るのは強いものでも賢いものでもない。変化し続けるものだ」を好んで引用する(実際にはもっと長い言葉を彼は引用する。ちなみにこれが本当にダーウィンの言葉かどうかは諸説ある)。いくら恐竜が強くても変化についていけなければ滅ぶのだ。違う言葉だが同じ結論。

変わり続けることはとても難しい。
ひとつの考えに固執し、思考停止して同じ場所にとどまっているほうがずっと楽なのだ。だから人はこういう言葉を引用し、変化を恐れる自分を奮起させるのである。

自分の芯を変えないで生きていくために、時代の変化に合わせてフレキシブルに自分を変化させていくこと。

古い成功体験を捨て、時代のイマに触れ、新しいものをどんどん取り入れ、しなやかに自分を変化させていくこと。

できればそうありたい、と、いつも思っている。

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Boot Camp

2006年04月07日(金) 8:09:12

Appleから「Boot Camp」のβ版が発表された。
これはすごい。Windows XPをMacで動かす公式ソフト。MacがIntelプロセッサを使うようになったことで可能になったのである。もちろんWindows XPのインストールディスクが必要だけど、この「Boot Camp」自体は無料でダウンロードできる。optionキーを押しながら起動することで使用するOSが選択可能になる。

根っからのAppleファンとしては「Mac上で動かせるなんてMacが汚れちゃうわ」という思いも少ーしあるが、とはいえ相当画期的。起動OSを作業ごとに選ぶのは面倒だが、でも、大きく、ビジネスはWin,趣味はMac、といった使い分けができることを喜ぶ人は多いだろう(ゲームはWinという人も)。Macは使ってみたいけどビジネス文書はどうしてもWinで、という向きには最適。というか、OSの洗練され具合&楽しさはMacの方が断然優れているので、これを機会にあなたもMacをいかが?

ボクは「Macにずっと触れて育った子供と、Winにずっと触れて育った子供とでは、センスに大きく差が出来る」論者ですからね(笑)。そのくらい両者のデザインやユーザーインターフェースのセンスに差があると思っている。我々は毎日何時間もコンピューターを使うわけで、その使用時間中に自然とセンスまで磨かれちゃうMacをやっぱりオススメするのです。

ちゅうか、「Boot Camp」って辞書で引くと「新兵訓練所」。うは、過激なネーミング!

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2005年、世界でもっとも売れたCD

2006年04月05日(水) 9:26:20

2005年、世界でもっとも売れたCDのベスト5は以下だそうだ。

1.コールドプレイ『X&Y』(830万枚)
2.マライア・キャリー『The Emacipation Of Mimi』(770万枚)
3.50セント『The Massacre』(750万枚)
4.ブラック・アイド・ピーズ『Monkey Business』(680万枚)
5.グリーン・デイ『American Idiot』(640万枚)

見事に聴いてねぇ。
世界の「イマ」には触れておきたいと思うので、とりあえずコールドプレイは聴いておこっと。

昨晩は浅草にある野鳥狩場焼きの名店にて、ワインをがっつり飲んだ。
このところあまり飲まなかったこともあってかずいぶんと酔い、気がついたら服を着たまま娘のベッドで娘といっしょに寝ていた。どうやら酔って嫌がらせをし、そのまま寝入ってしまったらしい(笑) こうやって父はうざがられてゆく。

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日本語をもっと教えて欲しい

2006年03月30日(木) 8:21:51

どうやら花粉症っぽい。くしゃみ連発。鼻水じゅるり。アタマも痛い。ボーッとして考えがまとまらず、企画書に数時間かかってしまう。寝ながら激しいくしゃみをしたときに腰までギクリとやってしまった。ついに花粉との本格的なつきあいが始まるのか。がっくり。

小学校で英語が必修になるそうで。
英語よりも日本語をちゃんと教える時期だと思うけどなぁ。言葉は時代とともに移り変わっていくと思うのでいまの小中高生の言葉が乱れているとは一概には思わないが、そうはいっても、日本語習得の大事な時期にきちんとした日本語を習っとかないと致命的だと思う。それはたぶん敬語とか難しい漢字とかいうことよりも「日本語でちゃんと論理構築できる下地」みたいなもの。日本語も英語も中途半端にしかしゃべれない大人に育ったら社会に出てきっと困る。子供みたいな論理構築しかできない「英語がしゃべれる人」と、きちんと高度な論理構築ができる「英語がしゃべれない人」のどっちが国際人で、どっちが世界から尊敬されるだろう。

「私たちは、ある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。祖国とは、国語だ。それ以外の何者でもない」

シオランの至言。日本語を教わる時間が減れば減るほど、日本は希薄な国になっていく気がする。

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荒川金メダル

2006年02月24日(金) 7:55:07

朝起きたらスルツカヤが滑っていた。お、これからコーエンか、荒川はどうだったのだ、とか思っていたらそのまま荒川が金メダルの報。おー。日本唯一のメダルおめでとう。でも7時の定時ニュースをすっ飛ばして中継を続けるあたりNHKも思い切った判断。

というか、冬季五輪ってひとりひとり別々に演技するので、どうしても他人の不幸を願ってしまいがちなのがつらいな。夏季五輪だとたいていはヨーイドンで勝敗が決まる。同時にスタートして勝敗がシンプルに決する。それに比して冬季は別々に滑って他人の結果を待つのが多い(カーリング、スノボクロスなどを除く)。その間、国民は他国の選手のミスを心の隅では願ってしまう。どうもスッキリしない印象。今日も荒川と競ってるはずのスルツカヤの転倒を心のどこかで喜んでしまったもんなぁ…。

ところで昨日の夕方から今朝までメールが受け取れなかったようです。昨晩メールを送ってくださった方は再送をお願いします。

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「トゥール・ダルジャン」が一つ星に

2006年02月23日(木) 17:37:21

フランスで2006年度版ミシュランが発売され、高級レストランの代名詞みたいな店「トゥール・ダルジャン」がついに一つ星に落ちたらしい。ミシュランの調査方法の問題などもあるだろうが、まだ相当影響力のあるメディアなので手痛い結果だろう。日本の同店は何度か出かけたが、影響あるんだろうなぁ。

とはいえ、もう「一権威が物を申して一般大衆がそれを信じる」という時代も終わりかけている。消費者はさらに賢くなり、様々な観点から情報を集め、比較検討する。特に嗜好性が強いレストランは権威の言うことより自分とセンスが近い人が言うことの方を信じる人が多くなってきている。ミシュランが「トゥール・ダルジャン」を一つ星と認定したとしても、ボクが信頼している人が「いや、そうはいってもさすがなものだよ。ボクは一つ星は違うと思うなぁ。いまなら空いてるから狙い目」とか言ったらそっちの方を信じて行ってしまうだろうなぁ。

消費者というナノメディアが、権威の発言や巨大なマスメディアと対等の価値を持つ時代。玉石混淆の情報が氾濫する時代でもあるが、情報リテラシーさえ鍛えておけば、相当楽しい時代でもある。しばらくはミシュランも強い影響力を持つと思うけど、何年か後には「ミシュランもひとつの意見」という利用され方をするのではないかな。もう盲目に信じる時代には戻らないと思うけど。

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カーリング、やりたいなぁ

2006年02月21日(火) 8:14:26

あーあ、カーリング予選敗退。惜しかったなぁ。ちなみに本橋ファンです。ヨーダの物まね見てまた惚れました。
というか、氷上の詰め将棋とも言われる(?)カーリング、やりたいなぁ。絶対向いている。つか日本人に向いている。あんな繊細なの日本人絶対得意。ボーリング場の一部を改造してカーリング場にしたら絶対はやると思われ。

昨晩は六本木の隠れ家フレンチ。いやぁこりゃ隠れ家だ。暖炉が燃える暗い店内は雰囲気も最高。
ブラウザがモザイクの頃から(つまり10年前ですね)このサイトを読んでくださっている方と初対面。頭痛が酷かったのだが、おいしいジビエ(シェフが撃ってくる。昨晩はひよどり)とワインでだんだん癒され、最後までなんとか完走。二軒目は無理だったが楽しかった。お土産にツォップのパンまでいただいてしまった。すっごい人気で手に入りにくいパンらしいですね(帰ってから優子が大喜びしていた)。Tさんありがとうございました。
それにしてもおもしろい造りの店。奥に隠れカウンター席があったりする。手書きメニューの字が美しく、美しい字が好きなボクはそれだけで惚れちまった。

フランスで鳥インフルエンザが見つかったので、フォアグラもそのうち品薄になるかもなぁ。フランス産の野禽類も日本に入ってこなくなるかもしれない。うーむ。

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レノンの歌で一番嫌いなのはイマジン

2006年02月12日(日) 8:49:06

トリノ・オリンピック開幕。
開会式でソフィア・ローレンが五輪旗持って歩いていたなぁ。そのちょい後ろになぜかスーザン・サランドン。ふたりとも好きなのでうれしい。
というか、また「イマジン」大合唱すか。世界平和のためにみんなが共通した一曲を持つ、という意味ではとてもいいことだけど、でもボクはU2のボノのこんな発言に与する。

「レノンの歌で一番嫌いなのはイマジン。こうなるといいな、と頭で考えているだけではダメだ」

想像力をスタート地点にするのは素晴らしい。イマジンしないよりした方が数百倍いい。でも本当は次の一歩を踏み出さないと何も変わらない。みんなが「イマジン」大合唱でわかりあっているだけではどこへも行けない。

「明日世界が滅びるとしても、今日君はリンゴの木を植える」

無力でも、小さすぎる一歩でも、とにかく一歩踏み出すことだ。始めることだ。行動することだ。と、自分に言い聞かせる日曜朝(←昨日よっぽど無為に過ごしたらしい)。

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人に仕事を合わせる

2006年02月09日(木) 8:53:58

フィンランドの高齢者雇用促進政策の根底に流れる思想は「人に仕事を合わせる」だそうだ。
つまり、高齢勤労者の能力に仕事内容を合わせれば労働効率が上がるという考え方。結果的に高齢者の就労率が高まっているという。

まぁ平たく言えば、作業内容と人的能力のマッチングをより深く考える、ということだろう。マッチしてなければ業務変更や配置転換で対応する。その作業をこなす能力がない人がいても、その人間の能力を活かせない組織の方が悪い、と考える。この「人間重視」の視点が高齢者の雇用対策、ひいては身体障害者の雇用にも有効だということだ。

ただし、それを広く実行していくと全体の作業レベルは下がっていく。そのせいかフィンランドでは「従業員の作業能力向上を企業に義務づける」という世界でも例のない法改正が行われたらしい。それにより全体のレベルも保持され、高齢者対策にもなり、雇用も促進されるという流れ。

日本でももちろんマッチングは考慮される。アナタの経歴ならこういう職種、とかね。
でも根底にはフィンランドと逆の考え方「仕事に人を合わせる」が流れているのは確か。高度成長期には勤労者は「組織の一歯車」でしたからね。個性的であることは許されず、会社の無個性な一部品としてロボットのように効率的に仕事をこなすのが「善」とされた時代がほんの数十年前だから(もしかしたら今でも)。

いまの60代70代80代はその歯車世代。「人に仕事を合わせる」なんて聞いたら「甘えんな!」「仕事とはそういうものではない!」とか怒りそう。彼らは(政治家をはじめとして)まだまだ社会のトップに君臨している人も多い。

彼らの勤勉が戦後の日本の急成長を支えてきたわけで、いまのある意味豊かな生活はその世代のおかげである。深く感謝したい。でも将来の少子化高齢化社会では、もっともっと人間重視に方向転換していくのが主流の考え方になるんだろうな。

この方向転換に日本はわりと時間がかかりそうではあるが。

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shit心

2006年01月25日(水) 9:10:06

ゴルフの「第2回ワールドカップ」に横峯さくらと共に日本代表として出場し12位に終わった宮里藍のブログに「ヘラヘラするな!」「ふざけんなと思った」「何様?」などのバッシングが数多く書き込まれているという。「日本の国旗を付けて闘っている他のスポーツ選手で負けて笑っている方いますか?」とか。負けたあと笑ってインタビューに応えていた姿がお気に障ったらしい。

なんだかなぁ…。あれだけ地道に謙虚に世間と向き合ってがんばっている若者を許容する心もないってか。

勝手にヒトに期待して、自分の夢までおっ被せて、持ち上げて、熱狂して、ちょっとうまく行かないと手のひら返して、足引っ張って、傷つけて、貶めて。

優秀なヒトが日本を脱出していく理由として、その辺の日本人の心性も大きいと思う。野茂も伊良部も(たぶんイチローも松井も長谷川も)表向きは「挑戦」を口にしていたが、どこかでこの心の狭い島から逃げ出したかった部分があると思う。日本のマスコミのインタビューを受けない人もいたし。
運悪く脱出できなかった人は世間に心を閉ざしてしまう。貴乃花も若乃花ももう心からの笑顔をボクたちに見せてはくれないだろう。

ひとつのことに秀でた人を、そのままありのまま評価し褒め称える。他のことについては多少のことは目をつむる。もしくは愛すべき部分と見る。そういう見方はできないものか。

たぶん、成功者を持ち上げながらも、本当はヒトの成功が妬ましいだけなのだろう。何かあったら足を引っ張ってやろうと思っている。思ってなくても思わずそんな行動をしてしまう。そんな、ヒトに自分の夢や願望をおっ被せてないで、まず自分ががんばればいいのに。

自分のことはおいといて、ヒトには厳しく期待・要求・糾弾する…。

そんな人たちが多く生息する島国に、これからも優秀な若者たちが居続けてくれるだろうか。

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講演と香箱

2006年01月20日(金) 8:27:24

昨日は日本マーケティング協会というところで講演。
マーケの専門家たちが相手なこともあって、中途半端に専門用語を使うとメッキが剥げる。だから自分の言葉でやわらかく語ってみた。意外と受けたので満足。質疑応答も活発だったし。

終了後、21時まで別件で打ち合わせ。その後打ち合わせ相手とカニを食べに行く。今季はじめてのカニ。なにせ12月はほとんど外食しなかったからなぁ。香箱の内子外子をいっぱい食べた。話も盛り上がり、このところずっと感じていた閉塞感も少し打ち破れた。もうちょいがんばってみるか。

あぁ昨日はバタバタしてて英語を全然勉強しなかった。12月1日からずっと続けてきた習慣なのに…。堤防決壊しないように粘ろう。

ライブドア問題。違反は違反なので弁護はしないが、出る杭をここぞとばかりに喜んで打ちまくっている人々は、その醜さに早く気がつくと良いなぁと思う昨今。というか、日本で出る杭になることの空しさよ。

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47年間ほぼ毎日〆切…

2006年01月18日(水) 7:21:47

書けないなぁ。連載原稿でまたまた四苦八苦している。調子が出れば早いのだが、なかなか調子が出ない。仕事が多くほとんど時間が取れないこともあって深夜にやっと書き始めるのだが、調子が出る前に大深夜になってしまい結局諦めることが続いている。とはいえそんなことも言っていられない。もう〆切だ。うぅぅ。

とかなんとか愚痴ってる自分に喝!
今月6日に亡くなった漫画家の加藤芳郎さんは、新聞の4コマ漫画を47年間連載しつづけたという。夕刊だったから日曜を除く週6日なのかな。ほぼ毎日〆切があり莫大な数の読者の目に触れる。毎回なにかしらアイデアもいる。それを続けて47年。つか、ボクの人生より長いではないか。ボクが生まれてからこっち以上、ずぅっと週6本ずつ書いてきたってか。ボクがはいはいしてるときから、小中高大、就職、結婚などいろいろ経てきた年月全部ずっと連載してきたってか。

あまりに偉大すぎて比べても仕方ないが、同じ人間、ま、ボクもがんばろっと。

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誕生年ワイン

2006年01月17日(火) 7:22:17

今日で阪神大震災から11年。
ということは、あの時お腹の中にいた娘は今年で11歳ということだし、前日である昨日は優子の誕生日ということになる。そう、我が家はあの大地震を一生忘れられないことになっている。

みなさんも忘れないでね。大地震への備え。とりあえず「地震が起こる前に、これだけはしておけ!」を再度お読みください。ボクの実体験からの教訓が書いてあります。コレコレも是非。


ということで、昨晩は優子の誕生祝い。娘は用事があったので、ふたりでレストランへ。こういう経緯もあり、優子の誕生年1967年のムートンを飲んだ。予約して半年強。折に触れ楽しみにしてきたムートンは39年ものとは思えない若々しさでびっくり。まぁまだキミも若いということだよ。

小山薫堂さんのドラマで、出演者が古いワインを飲みながら「キミはいま○○年に降った雨を飲んでいるんだ」というキザな台詞を言う場面があるが、古酒を飲むとまさにそんな感じになる。1967年にポイヤックに降った雨が我が身に染み入る。

ちなみに西麻布の「アルモニ」というレストラン。料理も最高。シェフ自ら捕ってきたエゾジカが異様なうまさ。死んですぐシェフ自ら料理用に丁寧に解体したおかげで臭みもクセも全くなく、ブラインドで食べたら質のいい牛としか思えないような繊細さ。ビックリする。あの地獄の臭さの山羊も、実は解体時に膀胱などを破らず丁寧にやると臭みがなくなる。解体作業って大事なのだ。

とにかくいままで食べたエゾジカで一番うまい。ムートンにもピッタシ。来年もジビエの時季に食べに行きたい。

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キミが生まれてきた偶然

2006年01月16日(月) 7:27:56

寡聞にして知らなかったが、日本の首都である東京の空は、未だアメリカ軍に管制コントロールされているらしい。自国機や民間機も自由には飛べないという。同じ敗戦国でもドイツの首都の空はとっくに返還されているらしい。首都の空が他国に管理されているというのは、考えてみたらものすごいことだな。

小五の娘がいまちょうど塾で日本近代史を習っているらしく、第二次世界大戦前後〜冷戦のあたりの歴史を優子に質問したりしているのが聞こえてくる。塾の教科書や問題集に載っている史実をそのまま覚えようとしている。「いや、そこはいろんな解釈があって」と説明したくなるが、問題集の答えと違うことを教えると混乱するだろう。中学に入ってからじっくり向き合って一緒に考える時間を持たないと。

史実は客観的に正視すべし。いろんな解釈も出来れば知るべし。そして自分で考えるべし。
ただ、キミが生まれてきた偶然は、数千年に渡るこの国の長い長い人のつながりの結果である。祖先や先人、そしてその年月に敬意と誇りだけは持って欲しいと思う。それが自国史を学ぶということ。

まぁ、敬意と誇りを見失いがちなのは意外と社会の前線にいるボクたちなのかもしれないから、あまり偉そうなことは言えないのだけれど。

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MacBook Pro 発表

2006年01月11日(水) 9:03:32

intel搭載のMacBook ProとiMacが今朝発表された。intelが中に入ったことには複雑な思いがあるが、でも変化は進化、アップル信者(笑)としては与えられたものを最大限楽しむのみ。あとはあの intel inside シールが貼ってないことを祈るのみ。

とりあえず MacBook Pro が気になる。iSight内蔵。15.4インチで2.54kgか。さっそく見に行こう。もう見られるのかな。しかしこれでGシリーズは終わりなんだな。なんか寂しい。

iLife'06もいい感じ。iPhoto6の「Photocasting」が気になるなぁ。iMac経由で他人と写真が共有できるらしい(flickrと近いが、iPhoto上というのがうれしい)。iWeb はもう少し違う期待をしたけどまぁいいや。待っていた表計算ソフトは今回出なかった。

というか、本音を言うと、想像の範疇を出なかった。
2005年は転換点。それを受けて2006〜07年はよりダイナミックに変化が起こる年になるだろう。それを乗り切るためのツール提供者として、アップルにはもっともっと過大な期待をしたい。iPodのように業態自体に変化を与える製品が欲しいなぁ。特にノートブック系で。

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ちず窓と、Googleの100ドルPC

2006年01月08日(日) 8:14:15

昨日は休日出勤。でも夜中の仕事は若手に任せて帰ってきた。今年は「仕事を任せる」ことを学ぶ(笑)。

昨日の「御味御付けに決定!」は半分シャレですよ。だって「御御御付け」という漢字で辞書に載ってるので。正式にはこっちが正しいとされているのであしからず。
ただ、なぜ味噌汁だけ御をこんなにつけて丁寧語にするのかが納得いかないなぁとしつこく食い下がっただけ。
他に「おみ」を超丁寧語として使っている例を「おみあし」とか「おみくじ」とか教えていただいたが、これも少し納得いかないかも。「おみあし」は「御御足」もあるけど「御身足」のような気もする(御身は「あなた」の丁寧語)。また「おみくじ」は「御御籤」というより「御神籤」なんじゃないかなぁ。

ところで、「おいしい店リスト」、粛々と作業を進めておりますが、一部気まぐれで地図も載せてみました。たとえばこんな風。好評ならすべての記事に貼り付ける予定。「好きな店リスト」だけだけど。

本当は「Google Maps」を利用したかったのでAPIに登録したりしたんだけど、MovableTypeエントリー本文中への貼り付け方がいまいちわからない。座標測定も面倒。だから「ちず窓」というサービスを利用することに。使いやすいサービスでなかなかいいし。ただ、これだと日本以外の店の地図を貼れないのが難。でもそのうちGoogleがMTに貼り込みやすいサービスを開始する気もする。

Googleといえば、100ドルPC構想を発表したようですね。子供が使うパソコン、をコンセプトに世界で1億セットの販売を目指すとか。特に発展途上の国々の子供に焦点を当てているようだ。ディスプレイの横に付けられたハンドルを回転させて電力を得る手動発電を採用してるのも画期的だなぁ。

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しょぼしょぼ

2005年12月16日(金) 7:41:19

仰木彬氏、死去。
つい数ヶ月前まで監督していたのにびっくり。震災の年に神戸オリックスで優勝してくれたことは、当時神戸に住んでいた者として絶対忘れない。スポーツを見て勇気をもらう、という発想にはなりにくいたちなのだが、あの時は本当にうれしかったし勇気づけられた。ありがとうございました。

さすがに疲れが出てきていて、目が常にしょぼしょぼしている。ところで「しょぼしょぼ」っていう擬音は面白いな。いや、擬音じゃなくて「しょぼくれる」とか「しょぼつく」の「しょぼ」を繰り返しただけかも。よくわからん。

昨晩は忘年会で火鍋。にんにくや唐辛子がたっぷり。朝一番から大事な仕事なのだが、口臭が心配だ。ブレスケアとフリスクを大量に持って行こう。

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TOEICのバカ

2005年12月14日(水) 8:22:08

TOEICテストに「話す」と「書く」が来秋から導入されるらしい。

マジですか。
というのも、TOEICの点数と英会話の実力に関連はない、と思い込んでずっと無視してきたTOEICテストなのだが、「海外経験ゼロ。それでもTOEIC900点」(宮下裕介著・扶桑社)という本をたまたま読んで考え方を変えたばかりなのである。TOEICで高得点を取ることが英語コンプレックスの解消につながり、結果的に人生に大きな自由を獲得できる、ということに改めて気づかされたからだ。

まわりで900点台取ってる人とか思わず尊敬の目で見てしまうし、英語ができないというコンプレックスを負いながら生きていくのにももう飽き飽きしたし(NYで恥もかいたしな)。とりあえずこの本のやり方(勉強法)を信じて、目標を明確にして、人生最後の「英語特訓」に入っているところなのである。44歳。うん。まぁこれでダメなら諦める。

ちなみに、今毎朝やっているのはこの本で紹介されている「英語耳」(松澤喜好著・ASCII)という本とその続編。目から鱗の名著だ。発音できない音は聞き取れない、という理論のもと、徹底的に発音を再勉強する本なのだが、英語を習って30年、初めて正しい発音を知った気がする。つか、子音(consonant)が「強く響かせて発音する音」という意味だとは知らなかった。こんなに強く発音するんだ…。
やり始めてまだ2週間だが、いままで聞こえなかった音が聞こえてきたのは確か。早くこの段階を終えて次に進んでみたい。

まぁ、TOEICテストに「話す」と「書く」が導入されるのはイイコトと言えばイイコトなのだけど、とにかく900点台を取ってしまってまずは英語コンプレックスという暗黒トンネルから抜け出して青空が見たい、という手近な目標は阻害されてしまう。TOEICのバカ。

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靖国参拝

2005年10月18日(火) 7:26:36

仕事に見切りをつけ予定通りニューヨークに行ってきます。見切り離陸。間に合わない企画書は飛行機内でやって向こうからメールしようっと。

ところで小泉首相が靖国に参拝しましたね。
参拝の是非についてボクの私見は書かない。首相が参拝することについては各自いろんな意見をお持ちだろう。自民党が圧倒的多数で大勝したあとだけに、なんとなく拒否感を持つ人もいるかもしれない。

ただ、基本的に「靖国参拝を他国にとやかく言われる筋合いはない」とは思う。その是非はあくまで自国民が判断すべき問題だ。

まず「他国からの宗教干渉は全世界的に超非常識」である。あのブッシュですら絶対やらない。靖国神社への参拝は日本の神道に則ったもので、死んだら誰でも神になるという日本固有の宗教である。
次に「A級戦犯の罪は国際法上償われている」。A級戦犯も合祀されているから問題だと言う人が多いが、日本はサンフランシスコ講和条約第11条の決定に従い、昭和28年に「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」を与野党全会一致で可決している。中国を含む関係11ヶ国の了解も取り付けている。すでに戦犯はいないのだ(まぁそれ以前に事後に戦犯を規定した東京裁判は「違法」であると当事者のウエッブ裁判長もマッカーサー元帥も明言しているが)。元戦犯は国内外から免責され、結果として靖国神社に合祀された。中国も韓国もこの事実を知った上で日本と国交を回復した。これは歴史的事実である。

日本の戦後は平和を願った60年である。平和憲法を持ち明確に戦争を否定している。心配してくださるのは有り難いが、表立った「強い反発」や「非難」はやりすぎではないか。少なくともわが国の代表は、平和を願い、二度と戦争をしない誓いの元に、国の宗教の伝統に則って行動している。その是非はあくまでも自国民が判断すべき問題だとボクは思う。

では。行ってきます。

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鳥取県で「人権侵害救済推進及び手続に関する条例」が可決

2005年10月16日(日) 11:12:50

多忙で見逃していたが、鳥取県で「人権侵害救済推進及び手続に関する条例」が10/12に可決されたと友達からメールで知らされた。施行は来年6月1日(よりによって誕生日)。これは超悪法「人権擁護法案」のひな形みたいなもので、言論の自由をぶっつぶす強烈な条例だ。もちろん前例はなく全国初。行政が人権侵害救済を目的に加害者への勧告や氏名公表の権限を持つ初めての例となる。これを鳥取県はたった5日間の議論で可決したという。

というかですね、鳥取県の条例なんて県民以外関係ないって思うでしょ? でも違うらしいっすよ。「県内だけでなく県民が人権侵害を受けたのであればどこにいても(東京でもネットでも)この条例の対象となる」らしい。

つまり、 たとえば東京在住のボクがなにかについての意見をサイトで書いたとする。それを「差別だ!人権侵害の被害を受けた!」と思いこむヒトが鳥取県にいたとして、そう委員会に訴えると鳥取県の人権侵害救済推進委員からいきなり立ち入り調査されるわけ。しかもですよ、訴えは本人以外でもできる(密告可)。被害者が特定でなく不特定でも人権侵害と認定できる(一般論でも訴え可)。人権侵害の事実がなくても「おそれ」だけで人権侵害認定できる(思いこみ可)。ひょえ〜。

そのうえ恐ろしいことに「反対尋問も上告もできない」。それって法治国家ですか? たとえ「嘘の訴え」をされても反対尋問できないっていったい何ですか? 故意に悪用しようとするヒトに訴えられたが最後、反対も反論もできず、強制立ち入り調査され、人権侵害の事実がなくても「おそれがあった」と認定される可能性があるわけっすよ?

んでもって、もっと恐ろしいことに「人権侵害したかどうかを判断するのは、知事が指名した5人の人権侵害救済推進委員だけ」。
裁判官でもなんでもない5人のみの判断で氏名公表や罰金が科せられるわけ。もしその5人にどこかの団体の権益を担ったヒトや他国の工作員が含まれていたら…(もしくはそれらから金を受け取ってる人がいたら)。

というか、ボクレベルならどうでもいいけど、きちんと正義の意志を持って悪事や利権に切り込もうとする政治家やジャーナリスト、作家、ブロガーなどを「人権侵害!」という名の下にいくらでもつぶせる条例なのだ。怖すぎ。
やばいぞーってんで、5人の任命権を持つ絶対権力者、片山善博鳥取県知事がどんなヒトか、調べてその言動や思想、過去などに触れたりしたら、ここぞとばかり「鳥取県人に対する人権侵害!」で訴えられちゃうだろう。しかも訴えは県知事本人じゃなくても第三者でもできる。なにかの冗談みたいだな。プロ市民たちはこぞって鳥取に移住するんじゃないか? 人口増加策の一環か?

もちろん、人権は擁護すべき。犯罪被害者と家族、虐待児童、報道被害者、被差別者などを助ける工夫は必要だ。ただしその判断を行政や数人の手にゆだねると何でもありになる。「被害」という定義・解釈をいくらでも拡張することができるからだ。どんな弾圧だって規制だって可能だ。数年経てば人民は萎縮し発言もしなくなる。人権擁護&救済という耳当たりのいい言葉に気持ちよくなっていると、憲兵の時代にすぐ逆戻りである。

一応、鳥取県弁護士会は「行政が過度に市民生活に干渉する結果になり、憲法違反の恐れもある」などとして反対声明を発表している。弁護士会会長は「当事者は裁判所の令状なしに情報提供などを求められ、断れば罰則もある。使い方によっては何でもできることになる」と語っている。ぜひがんばってほしい。

鳥取県だけではない。福岡県も条例制定を視野に入れた論点整理を始めているという(福岡〜!)。本丸「人権擁護法案」も含めて、なんつうか、最後の一線を越え始めているのかもしれない。

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カリスマと政治家と

2005年10月15日(土) 21:36:05

主婦のカリスマといわれるその方は、予想通り飾らない人柄の素敵な人で、その手料理もうるおいと健康と安心と喜びに満ちていた。心底ホッとする食事。一度疲れを放りだしてもう一度復活するための句読点。笑いながらいろんなことを話し食べたこの2時間はある忘れられないテーマをボクに与えてくれた。暮らしとは演出するものではなく生き方そのもの。借り物では結局オシャレにもステキにもなれない。というかシアワセになれない。その実例を見させていただいた感じ。心の中にいい種をいただいた昼。芽吹かせよう。

毎日激しく闘っている政治家若手のその方は、理想とリアルの間においていかに人間は無力であるかを熟知しているような印象の人だった。繊細さと不感症さを併せ持ちキープしようとする努力の跡。信念を貫きにくい仕事をしているボクなんかの方がずっと潔癖さが足りない自覚。結局政治も生身の人間がやっているのだということをボクたちはすぐ忘れがちになる。たまに生身の政治家と食事するのはいろんな意味でいい刺激になる。ありがたいと思った夜。

そんな2人の濃い方と濃い時間を過ごした昨日。ぐっすり寝て起きたら郵政民営化法案可決のニュース。まずは第一歩というところかな。そんな秋の土曜日。

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こういう夜は飲むしかない

2005年10月11日(火) 21:15:17

おお。あっという間に夜である。会議会議会議で夜である。今日は自分らしく生きたかと問われたら達成率ゼロである。

パキスタンの大地震(死者4万人に達する恐れ)のニュースを見て、阪神大震災直後の「生き残ったラッキーさ」みたいなものを肌感覚で思い出す。死と隣り合わせとはよく言うが、本当に数センチお隣にいらっしゃったのねというあの鳥肌が立つ感じは忘れられない。久しぶりにニュース映像であの肌感覚を思い出した。

災害にあった方を見て思うわけではないが、原稿にしろ仕事にしろこういう舞台を与えられているというシアワセを自覚せずに愚痴ばっかり言っていないか、と、猛省したりする夜。こういう夜は飲むしかない。ぐびぐび。

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こじつけだけど、縁があると思うことにしている

2005年10月01日(土) 13:04:40

優勝翌日の阪神百貨店優勝セールに行こうかと思ったけど、どうせすごい騒ぎだろうと思い、諦めた。あとでニュース見たら1時間開店を早めるほどの人出。行かんで良かった。

というか、ボクは阪神優勝になんか縁があるですね(縁があると思った方が楽しいし)。

前々回(1985年)に吉田義男監督で優勝したとき(バース、掛布、岡田の頃)は、新入社員でいきなり大阪に配属された年。右も左もわからぬ大阪でいきなり21年ぶりの優勝を味わった。「たかが野球でこんなに街中が盛り上がるとは!」と東京を離れたことなかったボクはカルチャーショックを受けた。あの盛り上がりは今でも忘れない。

前回(2003年)に星野仙一監督で優勝したときは、星野監督の優勝感謝個人広告(優勝翌日のスポーツ5紙全頁広告)を作ってたこともあって思い入れが尋常でなかった。だって原稿作る作業もものすごかったけど、いつ優勝するかわからないのに翌朝に全頁広告を5紙出稿しないといけない(しかも全部違うコピーで)という離れ業だったし。何度かお会いした星野監督のオーラにもやられたし。で、日本シリーズも甲子園に2回見に行き、両方とも延長の末、劇的な勝利。一生に何回もない感激を味わった。

んでもって今回(2005年)の岡田彰布監督。さすがに今年はなにもないだろうなぁと思っていたら、前から予定していた大阪出張の当日に優勝するんだもんなぁ…(ボクが大阪に行くならたぶんその日に優勝するな、とか傲慢な自信をもってたのはわりと内緒)。

次の優勝時にはいったい何があることやら。今から楽しみだ。

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優勝の夜、道頓堀にて

2005年09月30日(金) 17:03:13

阪神がセ・リーグ優勝した夜にたまたま大阪にいたメリットをどう活かすかといえば、そりゃ「道頓堀に繰り出して夜通し遊ぶ!」でしょう!

ということで、優勝した20分後には道頓堀にいたワタシ。
でもまだ「かに道楽」あたりまですんなり行けるほどの人出で(六甲おろし歌って大騒ぎはしていたけど)、2000人出動したという警察官・機動隊が異様に目立っていただけ。まぁ飛び込み禁止の3メートル・フェンスが出来たし、今年はどこか違う場所で盛り上がっているのかなと思っていたら、時が経つにつれどんどん人出が増えてくる。どうも優勝をどこかの店や自宅で見届けた人が次々に道頓堀に出てきたらしく、約1時間後には「よせ! 押すな! ここでドミノ倒しが起こったら確実に数十人死ぬ。というかオレが死む! 助けれ!」と大叫びするほどの押し合いへし合い。警官が道や橋を封鎖していて動線が混乱しているうえに、川に飛び込めない代わりにネオン塔に登ってそこから人混みに向かってダイブする者続出で混乱の極み。警官に絡む若者も多く、あちこちで小競り合い。スリや痴漢も横行した模様。例えばこれ以上ない満員電車状態でもみくちゃにされつつ、自分の意志に関係なく数秒ごとに右に5歩左に5歩押されまくっている危険な感じを想像していただければ。

「服を脱ぐのはやめなさいっ!」「橋は通れませんっ!こっちに来ても何もありませんっ!」「鉄柱に登らないでっ!」「警官に暴行するのはやめなさひ〜っ!」などと絶叫する警官たち。警官同士ズラッと手を繋いで群衆の暴走を防いでいる。だんだん申し訳なくなってくる。いい歳をした大人が興味本位で来てはいけなかった場所ですね。反省しつつ飲み屋へ移動。でもなんだか異様に楽しかったけど。

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愛・地球博、閉幕。

2005年09月25日(日) 20:57:42

愛・地球博も今日9月25日で閉幕。
5年前のハノーバー万博は1900万人。今回は1500万人行ったら成功と言われてたのに、結果的に2200万人を突破。あんなもん誰が見に行くんだという前評判をひっくり返した。
時代的にパビリオンという展示形態はどうなのよ、とか、環境というテーマなら「展示」より「アクション」でしょ、とか、テーマパークも数多い今、万博のためにわざわざ愛知まで行く人も少ないんちゃう、とか、万国の博覧会っていまどきリアリティある?とか、いろいろ思ったが、成功に終わったということは支持されたということ。結局「体験型」というのはすたれないということなのだろう。目で実際に見て、手で実際に触れられることの大切さ。普段ネットに深く関わっているせいもあり、なにかとバーチャル万能的な発想になりがちだけど、そこらへんは深く反省しないとな。知りたい情報の知りたい部分だけ瞬時に取り出せるネットの世界にいると、知りたい情報に辿り着くまでに時間がかかる体験型パビリオンなんてナンセンスだと思っちゃうあたりがとっても問題。

個人的には家族と一回、仕事で一回、愛・地球博に出かけた。あまりの混雑で企業パビリオンはひとつも体験できず。海外の小国のパビリオンをゆっくり見て回り、あとは山に入って自然歩道を歩いたのみ(会場内に自然の小山があり空いている)。もうちょっと見たかったかも。でも行列が嫌いなボクとしては精一杯。昨日は8時間待ちとかのパビリオンがあったらしい。8時間待ちって…ありえねー!

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秋のGW

2005年09月22日(木) 17:30:27

17.18.19と三連休だったのに、また明日から三連休。ありがたいありがたい。これって秋のGW(ゴールデンウィーク)だよなぁとか思っていたら、本当にGWになる年があるらしい。

それは4年後。2009年。
まず19日(土)20日(日)が休みでしょ。21日は第三月曜日だから「敬老の日」で休み。23日は「秋分の日」で休み。そのうえ改正祝日法により、祝日と祝日に挟まれた平日は「国民の休日」となり、22日も休みらしい。つまりはオフィシャルな5連休。立派なGWではないか。で、木金と休みを取れば9連休。こりゃ素晴らしい。5月と同じく気候もとてもいい時期。旅行業界はいまから企画三昧ってところだろう。

「秋分の日」は年によって異なるらしいけど、国立天文台の計算によると敬老の日と秋分の日が飛び石になる年は2050年までに6回あって、やっぱ5連休になると言う。秋のGWという新しい概念が完全に生まれるね。ちょっとうれしい響き。

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流れが変わる年

2005年09月21日(水) 9:32:05

今年は本当に流れが変わる年なのだなぁと思う。
物流・配達を劇的に変えた小倉昌男元ヤマト運輸会長が6/30に亡くなり、小売・流通を劇的に変えた中内功ダイエー創業者も9/19に亡くなった。彼らがいなかったら日本はいまどうなっていたか。いまだに配達も小売りも消費者本位ではなかったかもしれない。どれほどの苦労をしてあの巨大な変革を成し遂げてくれたか。ある意味、国民葬にしてもいいくらい感謝すべき存在だと思う。心からありがとうございました。

中内氏は晩節がイマイチだったのでマスコミでは批判的な論調も多かったのだが、ネットではきちんと認めるところは認めている人も多く、ホッとする。ブログができてネットの世界も相当変わったが、悪い部分もあるものの、いい部分としては「いいものはいい。ちゃんと褒めよう。認めよう」という気運が生まれつつあることだ。なんでも否定し糾弾しようとするマスコミの報道姿勢とは一線を画すニュートラルな態度。こういう肯定的言論がきちんと広がると「揚げ足を取る」「出る杭は打つ」「足を引っ張る」という、マスコミの悪影響で出来上がった昭和中期以降の国民性(?)も少しは変わっていくかもしれない。

とか言いつつ、ボクも顧みて反省するところも多い。今年は流れを変える年。個人的にも、ね。

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ユンケル、ダイソン、前原氏

2005年09月18日(日) 11:10:16

休日の昼下がりにボーッとだるくなって原稿書きとか出来ないことがあるので、ユンケルを買い込んで家の冷蔵庫に入れてある。そればかりでなく疲れが一発でとれるという本格漢方薬まで買い込んで置いてある。嗚呼それなのにそれなのに。買い込んだ途端「んー、この程度のだるさで飲んでしまってはもったいない!」「もっとだるくなったときのために取っておこう!」とか思ってしまい、全然飲まないのである。見て見ぬふりすらしやがる。そういえば、ドラクエとかでも苦労して手に入れた強力な薬草を「使ったらもったいない」と結局使わないままでラスボス・クリアしてしまうワタクシ。ダメだこりゃ。

ダイソン、買っちゃいました(笑)。ちょっと高かったけど、日頃から現掃除機の吸引力への不満が高まっていた矢先でもあり、家族中の賛成を受けて決断。ペットを飼っている人用のムラサキのやつ。黄色のスタンダード型と性能は変わらず、アタッチメントでフトンツールやソファツールがついてくるタイプ。さっそく掃除してみて「すげー!」と感嘆しあう。掃除後のフローリング上の足裏感覚が違う。微少な塵すら残らない感じ。あぁもっと早くダイソンにしとけばよかった。

民主党新党首に43歳の前原誠司氏。ついに1歳とはいえ年下の党首誕生。ま、ケネディもブレアも43歳で大統領や首相になっているから「やっとかよ」感もちょっとあるのだが、まぁとにかく、すばらしいことですね。
というか、菅氏と2票差か…。大きな分かれ目だったなぁ民主党。実際、菅氏に決まってたらあぶないところだったと思う。これで自民党と相対せる。本気で「脱労組」できたなら一気に逆転も可能。日本にとっても喜ばしい限り。まぁ身内に足引っ張るヤツがいなければの話だけど(いそうだなぁ)。

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古いシステムからの脱却

2005年09月13日(火) 7:36:28

小泉首相は早々に任期終了(来年9月)後の続投を否定した。また、自民党の新人当選者83人について「派閥に所属させるな」と指示。派閥政治からの脱却を徹底させた。

自民の大圧勝によって小泉独裁を怖がっている向きもあると思うし、その気持ちもわかるが、ボクはあと1年、強力なリーダーシップで自民党の根っこを変革し、ウェスタン映画のラストシーンのように去っていく小泉首相(彼はそんな自分をイメージしてると思う)に期待したいと思う。古い派閥政治を壊せるのは彼しかいないのは確か。郵政民営化法案は欠点だらけのようではあるが、利点があるとしたら「古い巨大システムにメスが入る」ということ。政治も同じこと。昭和初期中期に作った古いシステムから早く脱却しないとこの国はヤバイと思う。

古いシステムが一概に悪いとは思わない。これまで苦労してそのシステムを作り上げ動かしてきた方をちゃんとリスペクトしたいと思う。
でもここ10年、時代の変化が早すぎる。これからもっと早くなる。この変化の勢いに対応できるシステムに変えていくのは急務だ。そういうシステムに移行するための役割を小泉内閣が果たしてくれることを相当期待している(もちろんそれに伴う借金減らしもね)。


ところで「おいしい店リスト」も同じように古いシステムになったと思っている。
メールをいろいろいただいた。「採点はやめないで」というご意見が大半。店同士をひとりの舌で相対的に比較してるからさとなおの意味があった、役に立った、と。

ありがとうございます。
でも10点法は(悩んだすえ)やめます。時代が変わり、いろんな弊害が目立ってきたと思うから。
こちらは主観評価のつもりでも読者は客観(もしくは絶対)評価と思いがちという弊害。味の評価なのか店の評価なのかが混同しがちという弊害。やたらとセンセーショナルに見えがちな弊害。採点するという行為で自分が勘違いしがちという弊害。などなど。

ネットがマイナーで「より主観的な遊び場」だった時代はそれでも意味があったと思う(思いたい)。でもネットはメジャーになり「客観的データを取り出す場所」にもなった。マスメディア的影響も出てくるようにもなった。メディアとしてこうメジャー化してくるとああいう方法(客観に見える主観)が害悪になってくる場合もある。遅ればせながらそう反省したのでした。この移り変わりの早い時代に10年も同じ方法を続けるのはよくない。早めの手を打ちたい、と(遅いか…)。

もちろん尺度はもうけますよ。客観主観が混同しないように、より主観的な尺度を押し出して比較できるようします。ご安心を。とはいえ、まだもろもろ悩んでいる最中ですので、アイデアなどいただけるとうれしいです。

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911というターニングポイント

2005年09月11日(日) 10:06:09

今日は911。
あるターニングポイントとして歴史に残る(かもしれない)衆議院選挙の日でもあり、911の同時多発テロの日でもあり、うちの犬っころの3歳の誕生日でもある。
で、犬っころ誕生日おめでと散歩(というかいつもと変わらない散歩)がてら、朝一番に投票に行ってきた。夫婦+犬で朝7時すぎに投票所到着。まわりは老人しかおらんかと思ったら若いカップルもちらほら。早起き習慣の人々が暑くならないうちにって出てきてるのだろうが、期日前投票数も過去最高だったそうで、今回ばっかりは投票率高いかもと期待。
さあ、気合いを入れて選挙に行こう。みんなで時代の当事者になろう。あの時ちゃんと投票して政治に参加したぜ、というのがいい思い出になるような、マジで時代の変わり目選挙かもしれないし。

ボク自身は、いろいろ考えたすえ、郵政民営化とそれをきっかけとする政治構造の変革、国家借金地獄からの脱出への第一歩、そして新自由主義へのゆるやかなる移行(新自由主義論者ではないが、大きな政府は財政的にもう無理だろうという理由で)、みたいなところを考えつつ、投票箱に一票入れてきました。ここまで自分の現時点での考えを意識して投票箱に入れたのは初めてかもしんない。

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夜は帰る!

2005年09月08日(木) 8:42:41

沖縄に遊びに行っていた方から「歩」のサーターアンダギーをいただいた。よく手に入ったね。少しカステラ方向に傾きすぎとは思うけど、なんか好きなんですよねココの(公設の二階に売店あり)。朝から食べて自分の回りに沖縄の空気を作り出す。そう。てーげーてーげー。iさんありがとう。

あと3日で大事な選挙。調査によると投票率は高まりそうだけど、どうなるかな。今回低いと相当がっかり。数十年かけてやっと「小選挙区+政策論争」という比較的真っ当な選挙までこぎつけたのだから、国民側も応えてあげたいと思うのだけど。

ありがたいことにメールなどで郵政民営化の欠点をわかりやすく教えてくださる方がいらして、とても勉強になっています。あっちを立てるとこっちが立たず。政治の難しさを実感します。道路公団問題も結局こういう難しさに一歩ずつ後退せざるをえなかったのだろうなぁ。選挙当日までもっと勉強しようと思うけど、民主党の対案はもっと違和感あるので難しい…。

昨晩は22時すぎまで長時間会議でメシも喰えず。案件をこなしているだけですぐ深夜になる。わりと強い意志を持って「夜は帰る!」と思わないとまた30代のころみたいに残業キング生活に逆戻りだ。強い意志で、夜は、帰る!

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かわいいかわいい

2005年09月05日(月) 7:09:47

何度かハリケーン「カトリーナ」の大災害について書こうと思ったが、うまく感想が出てこない。貧富の差。人種差別。でかいのが来るとわかっていながら後手後手にまわった救助。いろんな問題が噴出しているのを遠くから眺めているだけ。しかしホテルの窓が全部割れ、傾いちゃうほどの風って…。
でかいのが来るとわかっている、という意味では大地震も一緒。来るのはわかっている。備えましょうね。

モスクワの岩田さんと用事があって頻繁にメールをやりとりしている。チャットのように。アメリカの人とかとこういう状態になってもそんなに不思議じゃないのだけど、これがロシアのモスクワだとなんだか不思議。来たメールを「おーよしよし、遠くから来たね」とかわいがってやりたくなる。シベリア通ってきたのかな。ヨーロッパ〜アメリカ経由かな。かわいいかわいい。全世界の無数なアドレスの中からボクを特定してけなげに迷わず来たあたりもかわいい。

マラソンを併走してくださる方が何人か。はは。サイト閉鎖(死)までつきあっていただけるわけですね。ありがとう。うれしいっす。まだ走り始めて10年(あ、今年の8/20で10周年だったんだ! 忘れてた!)。これからその数倍はやり続けたいし、先は長いっすね。どんな展開になるかなぁ。ちょっと楽しみ。

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地震が起こる前に、これだけは。

2005年09月01日(木) 8:34:10

昨晩はムツゴロウさんと食事。青山の「P」にて。ポルチーニうますぎ。
今回は食べ物の話題ばかりに終始した。ほとんどの食材について実体験に基づいた話&学者的な科学的な話が聞け、知的充実を感じられた数時間。ボクなんか足元にも及ばない経験の数々。そして経験を体系化して話すことが出来る構成力と記憶力。すばらしすぎる。年齢的に24年の猶予はあるが、あと24年であそこまで到達できるかと聞かれればノーとしか言いようがない。不可能だ。ごいっしょするたびに遠く遙かになっていく目標点…。

今日は9月1日。防災の日ですね。ボクがここで出来ることは、大震災体験を読んでいただくことくらい。「地震が起こる前に、これだけはしておけ!」「地震が起こったら、まずこれをしろ!」 地震が起こる前に、ぜひ。

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日本の借金時計

2005年08月31日(水) 10:26:57

ようやく「石垣以前」の体重に戻した。どちらにしてもここ2ヶ月ほど夜遊びなどは封印して原稿書きなどしようと思っているので体重は自然に減る予定だったのだけど。お誘いいろいろお断りしていてスイマセン。

大事な選挙が公示されましたね。
私見を出して以来、賛否両論をメールでいただいております。こういうのもいままでの選挙にはなかったこと。関心の高まりを肌で感じます。もちろん郵政問題だけが重要ではないとボクも思います。でも要は優先順位だと思っていて、膨大な国の借金(754兆円)をなんとかする第一歩だけでも踏み出さないと国がつぶれる、という想いが強いのですよね。他の問題を二の次に、ということではなく、国がつぶれたら他の問題もなくなってしまう、と。郵政が民営化されてもこの「1分間で3〜5000万円ずつ増えていく借金」には焼け石に水かもしれない。でも自民党自体を含めて、構造を変える第一歩は踏み出せるのではないか、それがコスト削減に少しでも役立つのではないか、と淡くも切実な期待をしているです。

しかし日本の借金時計を見るだに、すごい借金だ…。借金しているヒトの常として「まだダイジョブ。どうにかなる。というかオレが破産するわけない」とか思い込むんだよね。でも、ある日突然破綻する日は来る。なにせ国の借金額としては「世界一」なんですよ。未知の世界に踏み込んでいる。しかも少子高齢化がどんどん進み、年金や医療費が増えていくのに税収は減りつづける。借金を減らすにはコストを下げて収入を上げる。これしかない。そういう意味で次の世代に日本を残すために増税もやむなしとボクは思います。真剣にコスト削減(民営化などの財政改革)と収入アップ(税収アップなど)を考えないと、日本はマジで…。

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客観的にみて住みにくい

2005年08月26日(金) 7:11:51

沖縄で何度か台風を経験しているせいか、「大型で非常に強い台風が首都圏を直撃」とかいう報道があるといつもあの猛烈な雨風を期待してワクワクするのだが、この前のも今日未明のも「こんなの台風ぢゃない!」という程度の雨風で(都心は)なんだか拍子抜け。被害にあった方には申し訳ないけど。でも沖縄の、ビルすら倒れるのではないかと一瞬思わせる風の強さこそ、台風の名にふさわしい。

それにしても日本列島って…世界の中でもトップクラスに暮らしにくい島ですな。
地震多発。台風多発。水害多発。酷暑。花粉。火山たくさん。そのうえ公害・汚染・人口密度・交通事故・過当競争…。特に地震は海外の人には恐怖みたいで「よくそんな危険な国に住めるな」と驚かれるらしい。バグダッド在住の人に言われた記者もいると言うから相当だ。んー、客観的に見て住みにくい国なのかも。昔ほど自然も美しくないし、安全でもないし、閉塞感強いし。災害があろうがなんだろうが「住んでいる人が誇りを持てる国」にしていかないとなぁ。ひとまかせではなく。

ところで石垣牛、知りたい方多いんですね。昨晩もメールがいくつか。
ちなみに「なんでボクが石垣牛の取材に行ったのか」という理由は、以前こんな記事を書いていたからです。この記事は加筆修正して「沖縄上手な旅ごはん」という本にも入れてます。そう、石垣牛は多くのブランド牛の素牛(もとうし)になっているですね。まぁこんな記事書いたくらいですからハナから石垣牛にはくわしかったわけですが、今回もっとくわしくなっちまったと。そういうわけです。


名古屋・京都方面に仕事で数日。土曜日は更新できないかも。

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ホリエモン vs しずかちゃん

2005年08月24日(水) 7:15:11

沖縄に数日行くと、帰ってから同じ日数分リハビリせんと復活しない。今回は四日間行ったから火水木金(つまり今週いっぱい)は心ここにあらず。大ポカしないように慎重に仕事をこなさなければ。

石垣島に行っている間に、堀江貴文氏が出馬して亀井静香氏とガチンコするわ、新党日本というダサイ名前の党はできるわ、選挙系の動きが様々に。

しかし「ホリエモン vs しずかちゃん」って、出来杉(笑)。ただね、これって「いろいろトライしようとする青い若者と、若者のやろうとすることをまず否定にかかる頭の固い上司」という多くの会社で起こっている構図そのもの。若者のやることは危うそうに見えるだろうが、若者がもっとトライ&エラーできる国にならないと日本に未来はない。堀江氏はピエロ役ではあるが、ピエロ役とわかりつつ買って出て古い構造を変えようとするのはかなり勇気がいることだ。斜に構えて冷笑している方がどれだけ楽なことであるか。ボクはある意味尊敬するし、支持する。

新党日本の発足会見を見たが、ああいう演出が「若さ」と思っている時点で時代から相当ズレている。もう政策や主張だけではヒトの心が掴める時代ではないことを知るべきだ。あれが例えばスティーブ・ジョブズのような美しくもカジュアルなプレゼンテーションで行われたなら、いったいどれだけ新鮮な期待に満ちることか。そういう空気を今ほど渇望されている時はないのに、惜しいことである。

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コンドイビーチくらいは行きたい…

2005年08月19日(金) 6:13:23

と、いうことで、石垣島に4日ほど行ってきます。

泳ぎもせず、肉ばっかり食べる取材旅。コンドイビーチくらい一回くらい行きたいなぁ…。

あっちでネットにつなげない可能性が高いので(つなげてもつなげないかも)、しばらく休むかも。お休みの間のお慰みに、ココとかココとかココとかココとかココとか。特定郵便局の恐怖。tnochさんからのタレコミ。ありがとうございました。

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終戦60年。被害者なのか。加害者なのか。

2005年08月15日(月) 6:33:03

60年目の終戦記念日。終戦というか敗戦記念日かな。
国民の中で、戦争体験は確実に風化していて、遠い日の淡く悲しい出来事みたいになりつつある。

だからだろう、終戦・敗戦どちらの言葉を使っても、どこか「被害者」っぽいニュアンスが漂う。絶対的に悪い戦争に庶民まで巻き込まれて被害を受けたイメージ。ちょっと自己憐憫な感覚。あの悲惨を二度と繰り返すまい、という戦争放棄の姿勢にもどこか被害者っぽい匂いがする。広島長崎の平和への訴えがいまひとつ世界に通じないのも、そこに被害者ニュアンスが漂っているからではないか。

でも、中国から見ると「抗日戦争勝利60年」であり、韓国から見ると「日帝支配解放60年」なのだ。アメリカから見ても「対ファシズム勝利60年」なのである。今日はそういう日だ。自虐史観的に言っているのではない。客観的に外から見るとそういう日なのである。

日本は確実に「加害者」だった。あの戦争の意義・解釈はいろいろあるし、勝利者側の論理のみがまかり通るジレンマもあるが、加害者の面が確実に存在することを忘れてこの日を迎えるのは欺瞞というものだ。世界に冠たる平和憲法!と胸を張っても、加害者が何言ってる!と思う人たちがまだ世界にはたくさんいることを少しは考えないといけない。

謝罪が足りないイヤ日本はもう謝った、とか、靖国参拝がどうだこうだ、とか、そんな論に結びつけたいわけでは決してない。政治は政治でいろんな押し引きがあるものだ。
ただ、我々ひとりひとりの心がちょっと被害者方面に傾いてきていないか、加害者であった事実に目を背けがちではないか、と危惧するだけである。

平和は自分ひとりでは達成できない。相手があるものだからである。平和を願う今日この日。相手側に立ってめいっぱいの想像力を働かせてみるのも、家にいながらして出来る平和への大事な行動なのではないか。

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郵政民営化をわかりやすく理解するために

2005年08月14日(日) 11:30:12

いろんなところでコピー&ペーストされている「コイズム」の抜粋。
ボクも無断でコピペします。10年前の小泉純一郎の主張である。実にわかりやすいので、郵政民営化がまだわからんと言っている方は読んでみてください。彼はずっとこういう主張をしてきている。
なお、この中の「財政投融資制度」は2001年に一応改革されましたね。でも「政府保証債」や「財投債」という闇制度は生き残っていて、本質的には変わっていないと言う人も多いようです。

これと合わせて、この前の小泉首相の演説(これも非常にわかりやすい)を読むと、少なくとも小泉側の主張(理想論)はすべて理解できます。ただし、実際の法案は理想通りには仕上がっていないらしい。だから反対派や民主党が「必ずしも民営化に反対ではないが、この法案はもっと練り直す必要がある」とか突っ込むのだけど、ボクは「やらないよりマシ」と考えます。彼ら反対派が練り直す気がまるでなく、うやむやにしようとしているのは見え見えだし。

++++++++以下、ボクの責任において無断コピペ++++++++

「コイズム」小泉純一郎(著)より抜粋↓
(小泉純一郎本人が1995年から1997年まで「ヤングマガジン・エグゼクタ」に連載した記事をまとめたもの)

 今、この国の借金がどれだけあるか、知っているかな。恐ろしいくらい膨大な金額にふくらんでしまっている。例えて言えば、カード地獄にはまって、月々の返済をするために新しいカードをどんどん作っているような状態。巷には先のことを考えずにカードでやたらに浪費している人がいる。
 今の日本はそれと同じだ。国債の利子を払うために、新たにまた国債を発行しようとしている。借金を借金で返す地獄のパターン。しかも、払っているのは利子だけだから、元本は全然減らないわけ。こんなことを続けていたら、はっきり言ってキミたちの将来は絶望的だよ。キミたちが僕たちくらいの年になったとき、年金も何ももらえなくなってしまうだろう。どうするか。財政破綻を避けるためには増税するか、コストダウンしかないんだな。こんなご時世に増税なんかできっこないから、コスト削減を強力に推し進めていかなきゃならない。その最善の方法が、行政改革の断行というわけなんです。
 なぜ、郵政三事業の民営化なのか僕が郵政三事業(郵便、郵便貯金、簡易保険)の民営化にこだわっているのは、これがストレートに行政改革に結びつき、しかも、国民にはかり知れないメリットやサービスをもたらすと信じているからなんだ。

 国のムダ遣いを減らすには、多すぎる役所の数を減らせばいい。役人の仕事で民間ができるものは、なるべく民間に回せばいい。郵政三事業のうち、郵貯や保険の分野はすでに民間の銀行や保険会社が参入していることでもわかるように、十分、民間でも対応できる。唯一、民間の参入が認められていないのが郵便事業だけど、これだって、郵便小包の分野ではすでに宅配便が存在している。いずれも役所がやらなくても、民間できちんとできる仕事なんだよ。
 しかも、民営化されれば、そこには競争原理が働いて、コストダウンをはじめさまざまなサービスを国民は享受できる。例えば、郵便小包と宅配便にしたって、どっちが便利で速いかだれでもわかっているし、宅配便は深夜でもコンビニが受け付けてくれるし、頼めば取りにも来てくれる。生鮮食品を運ぶクール宅急便というのもある。郵便局よりもサービスはずっとすぐれている。
 NTTが民営化された例を見ても、ちょっと前までは電話といえば黒電話一種類しかなかったのが、今ではさまざまな機種が出ている。料金引き下げも著しい。郵便事業も民営化すれば、ハガキの値段は必ず安くなるし、さまざまなサービスが受けられるようになるはずだ。

 郵政事業の民営化で、もうひとつ見すごせない大きなメリットは、この動きがあらゆる行財政改革にストレートにつながるということなんだ。
 郵貯や簡保で集められたお金は、資金運用部というところに一括して集められ、各年度ごとに財政投融資資金として、特殊法人と呼ばれる92の公的機関を経由して使われる。この特殊法人というのがクセ者で、ひとことで言えば、役人の天下り先だ。つまり、特殊法人という組織が、実は役人の利権の巣窟になっているんだ。
 なかには、大した仕事もないのに、役人の利権確保のためだけに存在しているところもある。そして、この特殊法人が赤字を垂れ流すから、ますます国の借金が膨らんでしまうという悪循環にもなっている。
 さすがに、この特外法人の見直しは国会でも議論されているけど、遅々として進まない。役所側が、どれもこれも必要だと主張して譲らないんだ。でも、もし「郵政三事業の民営化」が進めば、その原資である郵貯や簡保にメスが入り、行政改革は一気に進んでいく。郵政民営化は、行革の突破口になるんだ。

 「郵政三事業の民営化」がなぜ進まないのか。まず第一に、郵政省(現・総務省)の抵抗だね。加えて、政治家も反対する者ばかりだ。

 郵政省は、郵便事業を民営化したら「信書の秘密が守れない」「離れ小島など僻地への配達は民間にはできっこない」と、こう言う。
 果たしてそうか。国民から見れば、宅配便だってハガキだって、いっしょです。
 信書の秘密というが、ファックスやメールがこれだけ普及して、みんな自由に通信文をやりとりしているじゃないか。
 ハガキの配達にしたって、すでに年賀状はアルバイトが配っている。民間人だって、信書の秘密は守れるんだよ。離れ小島への配達が民間に無理ならば、そこだけを国が助けてやればいい。それを民間ではダメというのは、恐るべき官尊民卑の思想だ。こんな役所がマルチメディアを管轄するのかと思うと、ますます暗たんとした気持ちになってくる。

 政治家にしても、自民党は特定郵便局、社会党は全逓(旧郵政省職員の労働組合)の組織票を失うのが怖くて反対しているけど、ついこの間、ヤマト運輸の労組が僕を応援したいと言ってきてね。仰天したよ。労組といえば、社会党や民社党の応援団だったのに、自民党の僕を応援するというんだから。つまり、政治は今、それだけ流動化しているし、従来のような社会党イコール労働組合という図式すらファジーになってきたということなんだな。政治家は支持団体の顔色を伺うのではなく、国民の利益のために言いたいことを言えばいい。
 そうしたうえで、人物本位、政策本位での支持を求めればいいんだよ。

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国家公務員なのに世襲制?

2005年08月13日(土) 13:12:29

夜、岩田守弘さんの実家で、奥さんのオリガさん(ロシア人)のロシア手料理をいただく。
ビーツのサラダから各種ピロシキ、ボルシチやロシア風肉じゃが(と勝手に命名)など、どれもマジで美味。参加者たちから歓声が上がる。いや〜本物のロシア料理はマジうまい。滋味豊か。ロシアに行ったことない人たちはボルシチのあまりの違いに驚いていたようである。
酒はロシアのシャンパンから始まり、ウクライナのガリルカという酒まで。ガリルカは唐辛子のリキュールなのかな、胃の腑にボッと火がつく味。わりと強め(40%)。乾杯&一気飲みをロシア式に8回ほどしたが、なぜか今朝には残らず爽快。他の参加者がどういう惨状だったかは知らないけど。


郵政民営化について、いろんなメールあり。
ブログを見回ってもすごい勢いで議論されているのがわかる。いいことだ。自分の意見を書こうとするとそれについて考え、整理する時間が必要となる。その効果、計り知れず。

それにしても「民主党の支持母体&集票組織は郵政労組であり、だから郵政民営化に反対せざるをえない」とか、「特定郵便局長は国家公務員であるにもかかわらず、なんと『世襲制』で、どんなに暇でも平均1500万円ほどの収入があるらしい」とか、いままで一般に知られにくかった事実が、すごい勢いで常識化していっているのを感じる。

特に後者など、わかってくればくるほど脱力感強し。

・全国に2万5000ほどある郵便局の約3/4は特定郵便局。
・特定郵便局長は、国家公務員にもかかわらず、世襲で引き継がれる。
・特定郵便局の建物は、ほとんどが特定郵便局長の家。つまり、特定郵便局長は建物を「時価」で国に貸し付け、賃貸収入まで得ている(平均して年間約450万円)。
・それとは別に光熱費などの維持費用に年間500万円近いお金が支給され、多額の「営業歩合給」(郵貯や簡保の獲得報酬)まで支払われている。国家公務員なのに!? 年間数千万円の歩合給を得る局員もいるという。
・仕事は、地域にもよるが、民間会社に比べりゃ相当ヒマらしい。

こんなおいしい職業があったとは!
っていうか、世襲制って…。歩合給って…。
で、特定郵便局長は「全国特定郵便局長会」つうのを組織していて、このめっちゃおいしい既得権益を守るべく必死に活動しているのだな。彼らは選挙において100万人の集票能力を持っていると言われていて、郵政民営化反対勢力の方々はそのお世話になりまくっているんでしょうね。なるほどね。

別に特定郵便局長が悪人なわけではない。そういうシステムだったからそこに乗っているだけだろう。でも、さすがにさ…。

民間人にやらせてくれよ。もっと効率的にやるからさ。

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日航機事故から今日で丸20年

2005年08月12日(金) 8:29:25

日航機事故から今日で丸20年。
ボクが直接知っていた方が3人も乗っていて、あの夏はお葬式ばっかりだった。日航機の不具合がいろいろニュースになる昨今。あの事故の教訓をきちんと活かしてくれないと彼らが浮かばれない。頼むよ。

昨晩は男3人でスッポン鍋。丸鍋は久しぶり。無駄に精力がついた気がする(笑)。昨晩のスッポンはある大きなたくらみ(本業系)の第一歩。数年がかりの大プロジェクトのための密談第一回。記録のためにココに記しておく。

昨日書いた私見について。
「じゃぁこれについてはどう考えますか?」「ここは違うんじゃないですか?」「こうなったらどうする気ですか!」など、いろいろご意見ありがとうございます(賛同意見も多数ありがとう)。この件、マジでボクは門外漢なので、ボクに聞かないでくださいね。論文出したわけじゃないんですから。ご自分で考えるキッカケにしてください。

ただ「他にもっと大事な問題が山ほどある」という意見がありますが、郵政民営化は(この機会を逃すと永遠に出来ないかもという意味で)優先順位的に一番高いのではないかとボクは思っています。
アメリカ追従、靖国参拝、自衛隊派遣などの問題の重要性はわかっています。いまが「戦前」ではないか、という空気のやばさも痛いほど。でも、それらは「小泉だから」だけではない。いろんな要素が絡んでいる。でも郵政民営化は「小泉だから」できる。

決して小泉礼賛論者ではありません(決して)。
でも、国の借金額を思うたびに、何かしないと子供・孫・ひ孫の世代で日本は破綻するのでは、と、いても立ってもいられない感覚に襲われます。経済に行き詰まったときに戦争が起こりがちなのも歴史が証明しているし。

国政選挙の一番のテーマが郵政民営化というのはいびつに思えるけど、財政問題的・構造改革的にはわりと将来の分岐点だと思えます。中途半端な改革でも、現郵政体制が存続するよりはマシ。理想の改革を目指すべき? 中途半端に妥協した改革案すらこうして紛糾するんだから、理想なんて絶対無理だと思う。

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郵政民営化 私見

2005年08月11日(木) 8:13:51

ええとですね、質問が来てるのでボクなりに超簡略化してみます。専門家ではないので細かいところは適当。あとはいろんなサイトを見て調べてください。

まず、我々が預けている郵貯・簡保の莫大な資金(350兆円!)には政府保証っちゅうのがついていて、国債とかの安全資産にしか使えないわけです。国を信用して預けてくれたお金を危険な投資には使うな、ってこと。

そういうこともあって、ほとんどのお金を特定の公的分野にしか融資できないわけですね。
で、公社公団そして特殊法人など「悪の温床」へ垂れ流す。んでもってカネ余り。そこに族議員がドワッと群がる。利権が起こる。既得権益を守るために何でもする。と……あぁ日本の悪構造のほとんどがココにある!

というか、我々国民が預けた莫大なお金が、闇でめっちゃ無駄遣いされてるわけですよ。無駄使いどころか民間の健全な経済活動をジャマすらしてた。バカヤローなわけです。

郵政民営化すると、シンプルに言って、闇で淀んでるその350兆円が民間に流れはじめるんですね。
経済活性化はもちろん、国が株を売れば史上空前の財政赤字を穴埋めすることもできる。つまり増税をふせぐ遠因にもなる。
んでもって、40万人(国家公務員全体の3割!)の郵政公社公務員が民間人になる。税金で食わせなくていいどころか、民間団体となって税金を払ってくれる。地方財政などにも効く。
そしてそして、上に書いた「悪の温床」にお金が流れにくくなる。族議員が飢える。既得権益が崩壊する。古い自民党守旧派(他の党の守旧派もね)も崩壊し始める…。

民間と健全な競争が起こる上に、経済が活性化され、財政赤字が埋まり、増税ふせいで、財政収入ふえて、悪人が撲滅されるわけですね。いや、イイトコロばっかり都合良く並べればさ。

小泉首相が「改革の本丸」と言って解散まで断行したのは、郵政を民営化するだけでこれだけ「変わる」可能性があるから。
彼は、郵政民営化など誰一人主張してない時代から、ずっとこれを主張していたわけ。わけわからん首相ではあるけど、この点は筋が通っているし、ボクは大賛成ですね。「殺されてもいい」と発言するくらい彼はこれに賭けている。そのくらいの意味はある、と。

実際の法案が妥協の産物のようになっていようが、まずは一歩進むべき。つか、やらないよりマシ。否定されたらまた数十年変わらない。その間に国の借金はもっともっとふくらみ、日本は破産の危機を迎える。
というか、史上稀に見る独断専行を最高権力者がやってもこの程度の改革ができないとは。小泉が退陣したらマジで永遠に改革できないぞ!

過疎地の郵便局がなくなる、とか、郵政は国営にするのが国民のため、とかいう反対派の詭弁にまどわされないように。
わりと21世紀の日本がかかっていると思うです。
反対派は郵政民営化されると「個人的に困る」だけ。支持基盤とか既得権益とかね(中には理想論に固執した志高い人もいると思うけど、やらないよりマシ、という柔らかさがない)。民主党だって有効な代案を出さずに反対しているしな。

とまぁ、ボクの私見ゆえ、間違いや勘違いもあるかも。あとは各自考えてみてください。でもね、最後のチャンスかもしれないとボクは危惧するなぁ。

ただ、ラッキーにも、この決断が「国民の一票」にゆだねられたわけですよ。いつもみたく「密室による妖怪的うやむや」ではなく、正々堂々、我々の手にゆだねられた。

そういう意味で、めっちゃ大事な選挙ですね。近来になく。

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軽井沢から帰ってきた

2005年08月10日(水) 6:33:43

軽井沢から帰ってきた。
朝晩のひんやり加減が天国のようで満喫。切羽詰まっているわりにはなかなか進まない原稿も軽井沢でちょっとだけ前に進むことができたし、今回のレストラン(「無限」と「ピレネー」)は軽井沢には珍しく当たりだったし、林の中のサイクリングは相変わらず快適だったし、レンタカー借りて遠出した軽井沢マウンテン牧場も娘に好評だったし、もちろん寮は激安だったし、まぁ家族の休日としては100点に近かったのではないでしょうか。

軽井沢マウンテン牧場では、とうもろこしやトマト、ナス、キュウリなどの収穫体験ができるのだが、こういうのも10歳児には貴重。とうもろこしをもいだり、トマトを切り落としたり、キュウリのトゲに驚いたり。大事だよね。おまけにトラクター運転体験やらキャンドル作り体験やら。手作り感溢れるシャビーな施設ではあるのだが、アスレチックもあるし動物とも遊べるし、子連れ組にはおすすめです。

午前中は寮の部屋でひとり原稿を書いていたのだが、郵政関連法案否決やら衆院解散やらのニュースで相当気が散った。というかですね、郵便局長会とか郵便労組の圧力ってすごいんだなと。国民の代表のくせに私怨で態度を決める輩って多いんだなと。国の将来より自分の立場なのだなと。いや、そうとは思っていたけどさ。小泉首相が人気絶頂のときは尻馬に乗って郵政民営化が党の公約になるのも黙認したのにな。首相は首相になるずっと前から一貫して郵政民営化を主張してきたわけで。

ボクは解散支持。ぐちゃぐちゃのあげく密室でわけのわからない決まり方をするいままでのパターンの数百倍よい。そう思わん? 法案の出来はわるかったみたいだし首相の態度もイマイチだったが(歴代の総理に比べりゃマシな方と思うけど)、まずは一歩、国の経済活動健全化のために前に進まないといけなかったと思う。この程度の改革も日本は無理なのか、と、脱力。

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純粋な応援と、ささやかな信念と。

2005年08月06日(土) 9:58:39

昨晩は「第15回 日本バレエフェスティバル」を新国立劇場で観劇。
いろんな演目をいろんな人が踊るガラ公演。日本からは、酒井はなとか草刈民代とか志賀三佐枝(引退公演行ったのに、アレはなんだったのだ?)とか山本隆之とか。海外からはザハロワとかゼレンスキーとかチェルネンコとかマドヴィエンコとかラカッラとか、そしてイワタ・モリヒロとか。
印象的だったのは酒井はな(素晴らしい!)。ラカッラ。マドヴィエンコ。そしてもちろん岩田守弘。ゴパックを踊ったのだが、その高さ、速さ、切れ味、表現力…ずば抜けていたと思うのはエコ贔屓かしら。でもね、他のスターたちを圧倒する拍手大喝采。体感上10組中一番の大喝采だった気がするの(酒井はなと西島千博、ラカッラとS・ピエールの時も凄かったけど)。

いつも応援している人がとてもいいダンスをし、満場から拍手大喝采を受けると、なんか自分まで誇らしくなる。純粋なる応援。そして高揚。人生を振り返ってみても本当に「純粋」な応援って実はとても少ないものなのだ。自我のためでも打算のためでも快感陶酔のためでもない純粋な応援。これを続けられるのは彼の素晴らしい人柄のせいもある。ボクもいつの日か純粋に人から応援される人になれるだろうか…(いや、いまのままでは、なれまい…)


広島原爆から60年。
当時20歳だった人がもう80歳ということ。こうして原爆の生き証人がどんどん減っていき、これから徐々に、国家や権力者などにより「原爆の巧妙な正当化」が行われていくのだろう。歴史とはそういうものだ。

でも、いままでの人類が持っていなかったツールをボクたちは手にしている。国家や権力者がコントロールできないネットというワールドワイドな抵抗装置&記録媒体。そういうツールを持っているものとして、ネット世代の我々(40代も入れてくれ)は、世界を改善するという意思をもっと強く持つべきなのだろう。いや、ブログとかで政治的発言をしようとかそういうことではなく、発信しつづけることで身の回りの何かが少しずつ改善されていくというささやかな信念みたいなもの。それがワールドワイドで集まったら強大でポジティブでサスティナブルなパワーとなるはず。
そういう意思をどこかに感じるサイト(ブログ)が好きだし、尊敬するし、ボクも死ぬまでそれをしつづけようと思っている。

と、原爆体験者の涙をテレビで見ながら。


岩田守弘の言葉。明日発売の婦人画報より。

「世界中の35歳の中で僕ほど努力したものはいないと胸を張って言えるんだ」

彼の晴れ晴れとしたさわやかな笑顔の秘密だな。これがあるから応援したくなるんだな。

振り返って、自分は胸を張って言えるのか。言いたいのか。言えるようになりたいのか。
ボクは……いまは全然言えない。相当遠い。でもせっかく生を受けたからには、ちゃんと胸を張って言えるように生きたい。もう44年もぼんやり生きてしまった。

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ロンドン同時多発テロ

2005年07月08日(金) 10:40:32

ロンドンで同時多発テロ。
街角に監視カメラを置いて市民のプライバシーよりテロ対策を優先し、不審な外国人は問答無用で拘束していいっつうめちゃくちゃなテロ対策法すらあるロンドンでのテロ。テロとの闘い、という言葉の空しさを象徴するような出来事である。
オリンピック開催が決まり、ロンドンから「昨日はイギリスは大興奮でした。発表を聞いたとたんオリンピック工事にとりかかったそうです。今日もまだまだ興奮はおさまりません。イギリス人は何か一丸となってやるのが大好きなのでこれから7年間英国は元気一杯でしょう」というメールが届いたばっかりの出来事。彼らのショックを思いやる。

それにしてもブッシュの演説は相変わらず腹が立つ。ち