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まるでファイナルファンタジーのよく出来たCGのようだ @上海

2012年9月 1日(土) 11:21:56

上海での講演は無事終了した。

上海電通でのソーシャルメディアについての講演だったのだけど、ご存知の通り中国はフェイスブックもツイッターもアクセスできない。検閲がかかる。でもインターネット総ユーザー数は5億4千万人、微博(ウェイボ)と呼ばれる中国版ツイッターは2億7千万人使っていて、利用者数が日本と一桁違う。

特に微博はツイッターより多機能で、フォロワー数が多い人は数千万人。影響力も格段に違う。そういう意味で、ある面では中国の方が進んでいると言えないこともない。だから講演内容をどうするかは迷ったですね。日本の現況や日本での使い方からの分析をしても仕方ないし。

生メンション(@)

2011年10月14日(金) 10:53:48

昨日のブログを新幹線の中で書いてアップし、そのまま座席でガシガシ仕事をしていたら、車両の中をキョロキョロしながら歩いてくる男性がいて、網棚の赤いバッグに目をとめると、突然ボクに話しかけてきた。

「すいません、さとなおさんですか?」

いま新幹線の中であると書いたのを読んで、もしかしたらと赤いバッグを目印に探してくださったようである。うわー、生メンションだ〜(Mentionとはツイッター用語で@マークをつけて相手に返信するもの。ブログ書いてツイッターに更新報告したのを読んでリアルで来てくれたから生メンションw)

ユニコーン・ツアー2011。そして159本目のオールドグランダッド

2011年6月 8日(水) 11:59:11

いや、ユニコーン、楽しかった!

「楽しいライブ」という意味では、あらゆるライブ体験の中でもトップクラスなのがユニコーン。
前回の「2009 蘇る勤労ツアー」も異様に楽しかった&ノッたが、今回の「2011 ユニコーンがやってくる zzz…」も本当に楽しかった。我を忘れて楽しんだ。あんな悩みもあんな疲労もあんな悲惨もすべて忘れさせてくれた。そういう意味ではキング・オブ・ライブ。ありがとうユニコーン!

というか、曲もいいし、演奏も超絶うまいし、とにかくノリがいいし、相当笑わせてくれる。
ここまで揃ったバンドはなかなかない。今回はテッシーが大活躍。もちろん奥田民生も絶好調だったし阿部義晴も相変わらず格好良かったし、エビも川西も(両者呼びつけかよ)すばらしかった。最後の方は「終わらないでくれ」と願ったなぁ。個人的には、中途半端に被災地に捧げるとかがんばろうとか言わない潔さも好きだった。ユニコーンっぽい。

最近あまり休んでないので疲れているのだけど、おかげでその疲れも吹っ飛んだ感じ。
昨日も午前中に学習院の講義を終え(回を重ねるごとにどんどん学生がかわいく思えてくる)、そのまま新幹線に飛び乗って大阪へ行き、大阪で1時間の打ち合わせのあと三宮に移動して、ツイッターで「ここで腹ごしらえしてからライブ参戦しては?」とオススメされた「まこと」で串揚げを立ち食いし、神戸国際会館へ行くというスケジュール。50歳にはこれだけでも十分にキツイ。その後ずっとスタンダップだったし、しかも後ろの席の女の子に気を遣って中腰系だったし、終了後はバーで深夜2時まで飲んだし、もうなんつうか、年齢考えろってことですねスイマセン。

不死身の宮崎優子バーテンダー

2010年8月16日(月) 9:04:21

先週の金曜に夫婦で浅草「龍園」に行った。
この日以来の訪問になるが、相変わらずとてもおいしい。シェフが現地まで行って確かめた旬の食材の味を最大限活かしたメニューの数々。この店では「おまかせ」にしてシェフが繰り出してくるあの手この手を楽しむのが一番だが、塩かに玉とか上湯チャーハンとかの定番が出てくるかどうかが賭けになるのが難(笑)

食後、もうすぐモスクワに帰ってしまう岩田守弘くん(モリ:ボリショイ・バレエの第1ソリスト)と待ち合わせ、大森のバー「テンダリー」へ。前回モリと一緒に行って、モリがすごく気に入ってくれたバーである。「また行きたい」というので夜中に待ち合わせた。

最近二軒目にあまり行かないようにしているボクなので(酒を飲み過ぎると翌日疲れるので)、「テンダリー」にも二三ヶ月来てなかったのだが、その間に大変なことが起こっていたらしい。

いつものバーから、いつものバーへ

2010年7月23日(金) 10:59:06

昨日から義父の初盆(新盆)で関西に。

大阪に行くなら、と、前から懸案だった打ち合わせを大阪でふたつほどし(成果あり!)、その後、懐かしい先輩とふたりでいつものバー「パイル・ドライバー」へ。もう引退された先輩だが、いろいろおつきあいさせていただいている。いっしょに飲むのは久しぶり。

思いもかけず懐かしい後輩も登場し、この方も登場し、いい感じに盛り上がった。あぁ関西にいるとホッとする。三代江戸っ子のクセに関西が第二の故郷になっている。最初はあんなにイヤだったのに不思議なもんだ。なんか東京にいるときと違って口がべらべら自由に動く。

その商品が纏っているコンテクストを我々は買う

2010年5月14日(金) 19:52:47

今日は朝から体調がすぐれず、会社を休んで療養することにした。打ち合わせ予定だった方々、申し訳なし。

昨晩はニッセン産業文化フォーラムというところで講演だった。聴いて下さった方々、どうもありがとうございました。演題は「コミュニケーションの未来予想図とソーシャルメディア」。

講演しつつ「なんか調子がおかしいなぁ」とは思っていた。
規定時間1時間半を20分もオーバーして、内容的には盛り沢山に話せたと思うけど、でも、なんというか、調子が悪いときって「伝える念力」みたいなものがうまく出なくて、途中で何度もしゃべり方を変えて軌道修正したりしていた。結局最後までうまく軌道にのらなかったけど、「いつもはすごく眠いんですけど、今日はまったく眠くなかったです!」とか、ありがたいお言葉も聴衆からいただけたし、なんとかなったのだろうと希望的観測(笑)

芸術選奨 贈呈式に出席してきた

2010年3月20日(土) 19:06:02

2009年度芸術選奨の文部科学大臣賞を贈られた岩田守弘さんの同伴者として、贈呈式に一緒に出席してきた。@文化庁

普通なら家族とかご両親とかが出席するところだが、家族はモスクワだし、ご両親もご欠席とのことで、僭越ながら「私設マネージャー」として出席してきた。どうせならここ7年くらいのボランティア・マネージャー活動も少しは賞のうちである、くらい厚かましく思おうと開き直って行ってきた(まぁ芸術選奨は「芸術」の賞なので、私設マネージャーごときのチカラなどこれっぽっちも影響しないのだが、ま、一応「そのくらいの気持ちで関与してきた」という思い込みをポケットに詰め込んで)。

2009年度の活動で選ばれたのは30人。
文化庁サイトのこのページに載っている。一般に有名なところでは、坂本龍一(欠席)、林家染丸、西部邁、藤幡正樹、西川美和、川上未映子、寺井尚子、そして細田守、かな。細田さんとは一度飲んだので、ツイッターであらかじめ「贈呈式で会いましょう」と連絡しあっていた。岩田守弘さんと細田守さんがつながるのも楽しみだった(田守つながり?)。川上未映子や西川美和を見られるのもちょっと楽しみ。

「明後日の広告」

2010年2月25日(木) 8:14:37

昨日は2つ講演があったのだが、プレッシャーがかかっていたのは1つめ。
「コミュニケーションの未来予想図とソーシャルメディア」と題して80分間話をさせていただいた。よく頼まれる講演内容は拙著「明日の広告」の範囲内的なものが多い中、今回はその内容から大きく飛び出た「明後日の広告」的な内容だったので、うまくまとめられるか不安が先に立ったし、内容的にも試行錯誤の連続だった。

まぁでも案ずるより産むが易し。なんとかイイタイコトは伝えられたと思う。
というか、新しい内容の講演をするために切羽詰まって必死に考察を進めることは、そのときは大変だが、結果的にはとても進歩がある。レジュメやパワポをまとめている過程、そして話をしている瞬間にもいろんな気づきがあり、考えがまとまっていく。あと数回こういう講演を続ければ、それこそ「明後日の広告」が書けるかも(笑)。実際「明日の広告」も講演を続けているうちにまとまってきたものを書いたものだった。こういう考察&緊張の連続って大切だ。

それにしても「ツイッター的なもの」の出現で未来のコミュニケーション地図はずいぶん展望が変わってきたなぁ。ソーシャルメディアが「つながる場所」から「情報に出会う場所」に変わったことで、マスメディアの位置づけまで変化しつつある。この辺、もっとしっかり考察を進めたいところ。

古き常連たちの夜

2010年2月 3日(水) 7:56:40

昨日から仕事で神戸に来ている。

あるクライアントと同行しての仕事であるが、ある時、そのクライアントと一緒に飲んでいて、彼が偶然ボクの昔の行きつけの店「バーンズ」の常連であったとわかり、お互いものすごくビックリしあったのである。というか、神戸は苦楽園の住宅街にある小さな古いバーの話を、東京で偶然仕事が一緒になった人と濃厚に話せるとは、なんとも不思議すぎるではないか。当然意気投合する。で、「いつか、この仕事で関西出張があった時、一緒に『バーンズ』に寄ろう!」となったのも自明の展開。それが実現した日が昨日である。

ボクがこの店に通い始めたのは1985年の年末(新入社員の年)。
そのクライアントは1984年に東京に転勤していったので、この店では見事にすれ違っている。25年前の若い彼が転勤していった1年後に新入社員のボクが居着いたわけ。でも、この店で頼むメニューまで一緒なんだな。チキンカチャトラ。これを頼む人はわりとレアである。そんなこともふたりを結びつけている。ついでに名字まで一緒だし、落語なんかの話も合うし(談志を去年一緒に聞きに行った)、なんかいろいろ共通点があるのである。

新橋「トニーズバー」閉店

2009年12月29日(火) 11:10:43

名店がまたひとつ、姿を消した。

新橋「トニーズ・バー」。
昨日がラストの営業であった。25日のクリスマス、そして昨日の最終日、と、2回続けて行って別れを惜しんだ。

もともとそんなに熱心な常連ではない。
ボクがまだ大阪勤務時代、トニーさんがまだご存命の頃に5,6回、亡くなってからはここ数年で2,3回。そして今週2回。全部で10回ほどしか通っていない。30年40年通い詰めた方も多い名店なので、ここで何かを語る資格もないし、最終日にお邪魔するのも厚かましいくらいである。でも、あのウナギの寝床みたいな細長い空間とそこに漂う大人な空気、圧倒的される洋酒の量、佇まいのいい昭和なオヤジたち……、といった得難い雰囲気を味わいたくて、2回続けて飲みに行ってしまった。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。