2017年3月 アーカイブ

企業SNSの「中の人」はもっともっと評価されるべき

2017年3月16日(木) 7:16:25

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ボクも選考委員を務めた「やってみはなれ佐治敬三賞」

記念すべき50周年の今回は、シャープ株式会社のツイッターアカウントの「中の人」に決まりました。

シャープSNSの「中の人」に佐治敬三賞
大阪広告協会賞は小林製薬、特別賞にひらパー


この賞は、その名称通り「やってみなはれ」のチャレンジがあるものしか通らないだけでなく、単体の広告アイデアではなく「クリエイター」を評価する数少ない賞です。

受賞者の山本隆博氏(シャープエレクトロニクスマーケティング:シャープツイッターアカウント)がやって来たことは、5年間365日、勇気と工夫をもってヒトと企業をつなぐ、まさに「やってみなはれ」なクリエイティブ・チャレンジでした。

会社が大逆境の中で「個の言葉」で向き合う「勇気」。
毎日ひとりひとりに「@」で返し、つながりと文脈を作っていく「努力」。
社内も含めてたくさんのトラブルがあったであろうに心を折らず続ける「継続」。
企業アカウント同士(「シャープさんとタニタくん」という本にもなった)の絡みを作って行く「ノリ」。
広告という上からの「強い言葉」を「弱い言葉」に脱臼させて、下から目線で伝えていく「工夫」。

それらが「クリエイター」として高い評価を受けました。

考えてもみてください。
たとえばあなたが現在大逆風の東芝の「中の人」だとして、毎日どんな言葉を発しますか? 罵詈雑言が大量にぶつけられるであろう中、どういう言葉で生活者やユーザーと向き合いますか?

その難易度は想像を超えます。

特に2016年度はシャープ受難の年。 投稿ボタンを押すとき毎回どのくらいの勇気がいったか、手が震えたか、様々な想いと向き合ったか・・・まさに毎分毎秒が「やってみなはれ」の精神そのものだったとボクは思いました。


広告/コミュニケーションはモノとヒト、企業とヒトをつなげます。

その意味において、企業アカウントの「中の人」はその原点である「つながり」を日々作っているわけで、他の企業の担当者も、もっともっと評価されるべきだと思っています。

また、SNSアカウントだけでなく、コールセンターを始めとした「ヒトとのつながり」を(評価されにくい中で)必死につくっている担当者たちも、「クリエイティブ」としてもっともっと評価されるべきだと思っています。

アイデアやクリエイティブ技術を賞で評価することを否定する気はありません。

でも、現在、アイデアや技術だけでは「ヒトとのつながり」を作れなくなっているのも確かです。

今回、ヒトと毎分毎秒向き合って地道なエンゲージ作りをやっている企業アカウントの中の「人」が伝統ある賞を取ったことが、日々四苦八苦している多くの「中の人」、そして地道なつながりづくりをしているのに評価されにくいすべての担当者の、「希望」や「モチベ」に少しでもつながれば、選考委員のひとりとしてそれに勝る幸せはありません。

山本隆博くん、本当におめでとう!

とても最後とは思えない素晴らしさ・・・ニーナ・アナニアシヴィリ最後のクラシック・ガラ

2017年3月17日(金) 12:47:44

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昨晩行った「ニーナ・アナニアシヴィリ最後のクラシック・ガラ」。

ガラ(スター・ダンサーが競演する全幕モノではない特別公演)は普通、音楽は録音、簡素な美術、相手役とのパ・ド・ドゥ中心なので、これもそうかと思っていたら・・・

まさかのフルオケ!
まさかのフル美術!
まさかのフルメンバー出演!

いやぁ、こんなガラ、初めて観たよw これ、大スターであるニーナを観られるということもあるけど、バレエ初心者にも最適かと思う(20日までですよ! →くわしくはこちら

今年53歳になるニーナ。
カラダをものすごく絞ってきていて、全然衰えていない!(少なくともそう見える)
安定度抜群の素晴らしい表現を見せてくれた。いや、全然普通に全幕もの踊れるでしょ?って感じ。

38歳が引退年齢と言われている中、53歳でこれだけのダンスはやっぱり異様だと思う。いわゆる彼女ならではの超絶技巧はもうあまり出さなかったけど、表現の深さはより進化していた印象だった。

Act1の「白鳥の湖」は二幕と四幕のみ。 全幕じゃないのにストーリーにのめりこんでしまったよ。三幕の黒鳥がないのにかなり感動した。なんでだろう。いいもの観たなぁ。。。

ニーナの「白鳥」は、ボクとしてはベストに好きなので、もう瞬きするのを惜しむように観た。
三幕の32回グランフェッテとかは難しいんだろうけど、二幕ラストの(ボクが大好きな)歓喜のパートは技術的にも健在。泣いたわ。

Act2「セレナーデ」は、ニーナは出なかったけど、ジョージア国立バレエ(グルジア国立バレエ)が数年前より格段によくなっていたのが印象的。
前回グルジア観たのは今はなき「五反田ゆうぽおと」でやった「ロミオとジュリエット」だったかな。あのときも感動したけど泥臭かった。今回はそこに洗練が加わった感じ。芸術監督であるニーナの薫陶のたまもの。

Act3の「眠れる森の美女」もとてもよかったけど、全体に抑制された踊りだったかな。
初日だからねー。まぁ仕方がない。
というか、踊りはとてもよかったけど、ヘアメイクがいまいちだったぞ。ニーナが少女に見えないし、ヴォルチコフがじいさんに見えたやん!w

まぁでも、予想を超えてとってもよかった。
本当に「いいもの観たなぁ」という感じ。
同好の士と、ずっとそんな話ばかりしながら帰途についた。

あえて不満を言うと、相手役として来日したゴメスとヴォルチコフ(なんて豪華な!)にキレがなかったけど、これ、ニーナを煽りすぎない配慮かも、とも思った。というか、最後にゴメスとか、やっぱ泣けるw

まぁ引退と言い続けたギエムの例もあるので、復活を期待したいと思う。

でも、たぶんもう全幕モノはやらないのだろうし、クラシックもしないんだろうな。「瀕死の白鳥」の表現を深めていったマイヤ・プリセツカヤ方向に行くんだろうな、と思う。 ちなみに、下のリンク先はYouTubeのニーナが踊った「瀕死の白鳥」。 例の独特な腕の動きが堪能できます。

https://youtu.be/mFJGhQYex-E

きっと、「もてなし」って、会っている間の接客をさすのではない

2017年3月18日(土) 22:40:12

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江戸時代の大老・井伊直弼は、毀誉褒貶の激しい人物だが、ボクは尊敬に近い念をもっている。

彼が茶の湯について語った、こんな言葉に出会って以来、ずっとである。

余情残心。一期一会。独座観念。

一期一会、は、有名だよね。
原文はちょっと難しいので、超訳を先に上げてみる。
ぜひ、読んでみてください。

茶席が終わり、主客ともに名残惜しく別れの挨拶を済ませ、客が露地にでたならば、もう声高に話さず、亭主は客が見えなくなるまで静かに見送るものである。
すぐ中潜り、猿戸、その外戸障子などを閉めてしまうのはよくない。今日の饗応が台無しになってしまう。
客が帰って行く姿が見えなくなっても、片づけを急いではならない。
心静かに茶席に戻り、炉の前に独り座って、「もうちょっと話がしたかったな、今頃はどの辺まで帰られただろう」などと思いながら、今日の一期一会はもう二度と再び巡り来ぬことを観念する。独りでお茶を点てて一服してもよい。これこそ一会の極意である。
この時、打語らうもの、釜一口のみ。これは辿り着くのが実に難しい茶の湯の境地である。

原文だとこうなる。

湯を沸かすほどの熱い愛に湯を沸かすほど沸かされた

2017年3月20日(月) 10:43:07

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去年10月29日公開の映画なので、いまさらなんですけどね。

昨日、インドに行くべく、国際線でJALに乗ったわけですよ(ま、インドの話はおいおい書くとして)。

デリーまで約10時間。
機内は見逃した映画にキャッチアップする時間。

で、1本目を、いろいろ迷った挙げ句『湯を沸かすほどの熱い愛』にしたですね。友人が大絶賛してたので。

その次は何観ようかなぁ、最近の邦画は出来が良いので『聖の青春』(原作読んだし)にしようかなぁ、とか、観る前は思ってた。

でも、1本目を見終わったが最後、もう他の映画に行くことが出来ず、3回連続で観てしまったw

6時間強、心の湯を沸かし続けてしまった。

『ラ・ラ・ランド』がいまひとつピンと来ずもやもやした "人でなし" ですがw、『湯を沸かすほどの熱い愛』にはやられてしまった。

この映画、いったい何ですか?
もう涙も涸れ果てたよ。

主人公(宮沢りえ)は強そうに見えて普通に弱い。
でも、ある日倒れて余命を知り、営業中止になった風呂屋の誰も温めてくれない冷たい風呂桶の中で(象徴的場面)、ひとり涙に暮れたあと、静かに周りの人のための「薪火」を燃やし出す。

(風呂屋を再開するのも、その火に「薪をくべる」のがダメ夫であるオダギリジョーであるのも象徴的だ)。

「薪火」が燃えているのは風呂で温まっている人からは見えない。
彼女もそれを見せない。

でも、その「薪火」は周りの人々の「冷え切った心」を徐々に温めていく(みんながみんな辛すぎることを静かに抱えている)。

最終的にその「薪火」による熱い湯で芯から温まったのは、血の繋がってないたった5人。

たった5人である。
そういう意味で、世界を救うヒーローでも世の中を変えるヒロインでも何でもない。市井の人の、誰も意に介さない「熱」であり、「死」だ。

でも身近な人にその「熱」がずっと残る。
芯から温まったその「熱」がずっと残る。

そして、その熱は必ずいつか他に伝わり、他を温めていくのだろう。

そこにこそ、生をつなげる意味がある。

不特定な「多数」でなく、身近にいる「少数」をしっかり温める。お風呂を出てからもぬくぬくするくらい、しっかり温める。

人生ってそれで十分だし、そんなに尊いことが他にあるだろうか。

自分の中の「薪火」の状態と、その目的を、いちいち確認させられる映画だった。


余命がどうとかって、もう描き尽くされた題材だ。
でも、ボクが観たいままでの「余命もの」の中でトップかもしれない。

これが商業映画監督デビューだという中野量太監督の力量と、彼の心の中の「薪火」に賛辞を贈りたい。

(あえて言うなら、1カ所、主人公が母親に会いに行く場面のガラスが割れるシーン、弱り切った彼女の一投の演出だけ不満。あそこに突然の渾身感と、笑いを呼ぶくらいな「ブンッ!」的SEが欲しかった)

帰りの便でも、もう一回、観たいな。
というか、「この映画を応援するために」ブルーレイ、買おう。

カレーは、手で食べると、3倍うまい!

2017年3月27日(月) 10:54:15

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インドで「"南"インド料理」のおいしさに再覚醒した。
いや、いままでも大好きだったけど「どうやらこれは引き返せないくらい強烈に好きである」と確信した。

しかも「手で食べる」と、マジでスプーンの3倍うまい!

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。