2010年7月 アーカイブ

駿台の恩師たちの思い出

2010年7月21日(水) 8:26:34

数日前に高校の同窓会の話を書いたが、高校の恩師たちに30年ぶりにお会いして、駿台の恩師たちを遠く思い出した。元気かなぁ。あれからどんな人生を送ったのかなぁ。

駿台(すんだい)というのは予備校の名前で、正式には駿台予備学校だったかな。たしかボクが通っていた頃に駿台高等予備校から駿台予備学校に名称が変わった気がする。当時は代ゼミ(代々木ゼミナール)と双璧なる存在だった。河合塾もまだ東京に進出してきたばかりだったし、他の予備校はまだそんなに大きな存在ではなかったし。

浪人時代に1年お世話になったが、いまだに忘れがたい先生方がいる。
浪人生って「必死!」だから授業を実によく聞く。先生達もやり甲斐あっただろうし、生徒達にも先生の印象は強く残る。

ツイッターは1000人フォローしよう

2010年7月22日(木) 9:29:35

前にも書いたが、ツイッターを始めたら、がんばって1000人フォローしよう。景色がガラリと変わる。一気にツイッターが面白くなる。

自分の知り合いや有名人を数人〜数十人フォローしている段階では「自分が選んだ人」だけあって趣味や関心が近いことが多く、それぞれのツイートの方向性がどうしても似てくる。価値観が似てるのだ。そうなると、たとえばミクシィでマイミクと話題を共有しているのとそんなに変わらない。閉じている。それではツイッターの面白みのごく一部しか味わえない。

100人を越え、500人を越え、1000人を越えると、ツイッターが「緩くつながる場所」から「アトランダムかつリアルタイムに情報に出会う場所」に変わる。
1000人フォローするためには「自分と趣味が合いそうな人」ばかりでは無理で、どうしてもいろんなタイプの人・いろんな年齢層の人がタイムライン(TL)上に増えていく。そうなると、いままで狭かった情報範囲が一気に広がり、アトランダムに、そしてリアルタイムで様々な情報が飛び込んでくるようになるのである。これが楽しい。

いつものバーから、いつものバーへ

2010年7月23日(金) 10:59:06

昨日から義父の初盆(新盆)で関西に。

大阪に行くなら、と、前から懸案だった打ち合わせを大阪でふたつほどし(成果あり!)、その後、懐かしい先輩とふたりでいつものバー「パイル・ドライバー」へ。もう引退された先輩だが、いろいろおつきあいさせていただいている。いっしょに飲むのは久しぶり。

思いもかけず懐かしい後輩も登場し、この方も登場し、いい感じに盛り上がった。あぁ関西にいるとホッとする。三代江戸っ子のクセに関西が第二の故郷になっている。最初はあんなにイヤだったのに不思議なもんだ。なんか東京にいるときと違って口がべらべら自由に動く。

大阪でお好み焼!

2010年7月24日(土) 7:56:35

引き続き、義父の初盆(新盆)で関西。
お盆は本当はまだなのだけど、お盆の時期に娘が短期留学で日本にいないので、全体にスケジュールを早めた。

法事は午前中に終え、親族で会食をし、午後から大阪の支社をちょっこし覗く。14年勤めた場所なのでいろいろ懐かしいし、知った顔もとても多い。

その後、来日中のバレエ・ダンサー、岩田守弘くん(ブログ)がたまたま大阪に来ているので、18時30分に待ち合わせて軽く夜ご飯へ。今回は奥さんのオリガさんも同行。彼女と会うのも久しぶりだ。

国際女性ビジネス会議に参加してきた

2010年7月25日(日) 18:13:47

「第15回 国際女性ビジネス会議」に参加してきた。@ホテル グランパシフィック LE DAIBA

分科会のパネリストとしての参加だったが、せっかくなので朝の全体講演から夜のネットワーキング・パーティまでフル参加させていただいた。朝10時から夜8時までの10時間。長丁場だなぁと少し怖じ気づいていたが実際はあっという間。とても刺激的で楽しい時間だった。

女性ビジネス会議、というと、女性の職業権利関係の話?とかウーマンリブ系?(古っ)とか思われる方もいらっしゃるだろうが、確かに働く女性を応援している側面はあるものの、内容的にはほとんど性別は関係なく、とても濃く勉強になるカンファレンスであった。全部で800人くらいの参加があったろうか。会場は女性が9割9分。男性も参加できるが、やはり圧倒的に女性参加が多い。そういう意味では、昨日書いたように「超マイノリティ」を体験できた貴重な時間でもあったな。

セダクティブというキーワード

2010年7月26日(月) 7:29:44

おととい参加した「国際女性ビジネス会議」(くわしくは昨日のブログ)では、「ボクが知らなかったすごい人」をたくさん知ることができ、本当に有益だったのと同時に、「自分がいかに狭い世界で生きているか」がわかりすぎるくらいよくわかった。広告業界が接する範囲はそれなりには広い。その中にいつつ、そこを飛び越えて活動しているつもりだったが、まだ実は全然狭かった。そしてそこに安住してしまっていた。50歳を前にして新しいゴール設定がぼんやり見えてきた。ありがたい。

午後に聴講した分科会で新しい言葉に出会った。

セダクティブ。

3つの人生相談

2010年7月27日(火) 7:00:18

この半年、ツイッター経由で3つの人生相談を知った。
3つともたぶん朝日新聞の「悩みのるつぼ」という、回答が過激なことで最近有名な相談コーナー。

それぞれの回答がすごい。
「正しい」とは限らないが「すごい」。特に車谷長吉。小説で自分のワールドを築くのはまだわかるが、この短い人生相談でも「ザ・車谷」なのに感服する。

結局、ソリューションとは一般論のこねくり回しではなく、ソリューションを提示する人の「自分の露出」なのだな。最大公約数的解決策なんか意味なくて、結局「自分」なんだ。こういう回答を読むとそういう意を強くする。

RMCクリエイティブ・グランプリで審査員をしてきた

2010年7月28日(水) 8:41:19

RMC(リクルート・メディア・コミュニケーションズ)が主催している「RMCクリエイティブ・グランプリ」という広告賞の審査員として広告制作物を審査してきた。

RMCは、リクルートが持つ様々なメディア(雑誌とかサイトとか)に載せる広告の制作に特化した会社。そこにおける広告賞だから、載っているメディアはすべてリクルートのもの(ざっとこんなメディアやサービスを持っている)。その分、普通の広告賞よりヤンチャができる部分もあるだろうし、制約がある部分もあるだろう。

ボクはインターネット部門の社外審査員として参加した。
事前に制作物を見て投票しておき、他の審査員と合算して上から10コ予選に残し、それを講評し論争し採点し、グランプリや準グランプリなどを決めていく作業。社外審査員は福田敏也さん(777 Interactive)と遠崎寿義さん(ザ・ストリッパーズ)とボクの3人。それに社内審査員3人の計6人で審査が進められていく。

ツイッターにおける受動と能動

2010年7月29日(木) 8:51:05

「桑田佳祐が初期の食道ガン」というショッキングなニュースや、「水曜どうでしょう」の新しいロケが始まったらしい(このサイトの7/27参照)、といううれしいニュースなんかが流れた昨日、定期的に催される「北品川の会」という飲み会に参加してきた。

第1回が北品川の某店で催されたので「北品川の会」と呼んでいるが、場所は北品川と決まっているわけではない。第6回の今回は池袋の「永利」でおこなった。総勢20名くらい。幹事(ボクの主治医)の人脈つながりで集まったメンバーで、関係性も職種もバラバラだ。異業種の方と会うのは好きなのでほぼ毎回参加しているが、以前も書いたように大人数の宴会が苦手なのでいつも無口でいる。でもメンバーがいいせいかなんか楽しいんだな。ちょっと矛盾した感覚だけど。

そこで複数人から聞かれたのが「ツイッターでそんなにフォローする人を増やすとタイムライン(TL)が読めないじゃないですか。どうするんですか?」というご質問。

光栄を通り越して苦痛

2010年7月30日(金) 12:26:26

昨晩は、数週間前からプレッシャーだったご飯会だった。

なんと内田樹先生と高橋源一郎先生とのご飯会だったのである。どちらもあこがれの方である。特に内田さんは数年来のブログ読者で、遙か遠くに仰ぎ見るヒトのひとり。ちょっと近づきがたく思っていたので、同席するのは光栄を通り越して苦痛であった。しかもブログにはよく「広告会社の人とテレビ局の人とは仕事をしない・会わない」と書かれている(笑)。いよいよ会いにくいじゃないか。まぁテーブルの末席に加えさせていただいて遠くから肉声を聞けたら満足、くらいな感じで店に向かった。

で、最終的には8〜10人になる予定のご飯会だったのだが、集まったのは多忙な人ばかりで遅刻が続出し、いきなり内田さんの隣に座る羽目に(泣)。
友人の松井孝治議員から会社名とともに紹介され「あ、すいません、広告会社の人間、お嫌いなんですよね?」と振ったら「うん」と無邪気な返事(涙)。まぁでも「あっち行け」とは言われなかったので横に居座った♪ 内田さんと高橋さんがいろんな話をするのにじぃっと耳を傾ける。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。