2010年5月 アーカイブ

まずはスタートダッシュの5日間

2010年5月 1日(土) 18:56:56

GW初日の今日は、丸一日ずっと細かくサイト(www.さとなお.com)をいじっていた。
早朝から夜まで。まぁ途中で数時間 “オーディオ地獄” にも堕ちたんだけど、それはまた別の機会に書く。

というか、今日書いてもいいのだけど、サイトの誰も読まないようなところを細かく細かく更新したりして、地味に10時間くらいモニターの細かい字を見ていたので、なんというかモニター酔いみたいになってしまい、もうなんだか書けなくなってしまった。目の前がふわふわする。30インチの大きなモニターを使ってはいるものの、字はやはり小さいからね。目が「もういい加減にしてくれ!」と怒っているご様子。

でも、この生活、実はあと5日続けようかと思っている。
数日前に言及した「フローとストック」で言ったら、このサイトはストックそのもの。最近そのストック具合をさぼっていたので、きちんとストックを再開したいと思って。 とはいえ、よっぽど読んでくれてる人じゃないと誰も気がつかないような部分のストック追加だったりするんだけど(笑)。まぁそういうのの繰り返しで広がってきたサイトなので、その辺はさぼらないようにしたい。つか、しっかり現在に追いつこう。

ラジオ・メディアについて言いたかったこと

2010年5月 2日(日) 22:50:37

ラジオの生放送で何をしゃべったんですか、とメールで聞かれたが、ええとここで Podcasting できるようです。自分で聴くのはヤでまだ聴いてないけど(笑)。前半はわりと緊張しちゃったし。舌はまわらないし。あ〜ヤだヤだ。

うまく伝わったかどうかわからないけど、ラジオ・メディアについて言いたかったことはこんなこと。
ラジオは生活者参加型という意味で、昔からソーシャルメディア的だった。その知見の積み重なりは貴重。ラジオはいまソーシャルメディアともっとも親和性が高いマスメディアでもあり、そこと融合・合体していけばかなり明るい未来が待っているのではないか。
radiko.jp の登場で、そのソーシャルメディアに具体的に入っていけるようになったのが大きい。しかも「いままでラジオに触れたことがなかった若者たち(ラジオを持ってもおらず、チューニングの仕方もわからない若者たち)」にとっては新鮮なメディアでもあるので、逆に有利だろう。
radiko.jp によって、ラジオは(ネット上の)映像とテキストを手に入れた。音を聴きながらいろんなコンテンツを楽しめる。リンクできる。参照できる。検索できる。ツイートできる。etc.etc。そしてそれをパーソナリティ(DJ)と共有できる。これがどのくらい大きなことか。ここに無限な可能性と勝機がある。ラジオは、「音だけ」を捨てれば、真のマルチメディアの中心に行ける可能性がある。
ただし、ソーシャルメディアに上手に入り込んでいくためには「ソーシャルメディアにどっぷり浸かって、肌感覚でソーシャルメディアがわかっていること」が必須。ラジオの経営者はそれができないといけない。いまの経営陣にそれができるかどうか。極端な世代交代がラジオこそ必要ではないか。30代〜40代に経営を任せ、フットワーク軽くソーシャルメディアの中に入っていくべきであろう。
テレビみたいに録画で見ても楽しめるものとは別に、ラジオにはリアルタイムという強みがある。これはリアルタイム・ウェブであるソーシャルメディア、特にツイッター的なものとの親和性が高い。月が美しいことや地震で揺れたことを共有し、ツイッター的にリアルタイムで共感できる流れができれば、新しいラジオの未来が見えてくる気がする。
ちなみに、ラジオは「ながらメディア」である。メディアが激増したこの多メディア時代、逆に「他のメディアに触れ“ながら”利用できる」というラジオにとっては有利な時代でもある。そういう観点からも、ラジオの未来は明るいと思える。ちゃんとその辺を自覚して前に進めれば、だけど。…言えたこともあるし、言えなかったこともある。でもまぁこんなようなことを考えている。

ただ、ラジオの中の人はあまりに「マーケティング」しておらず、「いまの生活者」のことを知らなすぎる。
どんなヒトが聴いていて、どこに新たなニーズがあるか、まったく探ってないと言ってもいい。やっているとしてもアンケート調査的定量調査。そんなの「大衆」という人たちがいた時代の調査手法である。大衆なんてもう死語だ。20歳〜35歳までをF1M1と呼ぶのは単なる思考停止のなせる技。20歳の女性と35歳の女性が同じわけない。

頭でわかっているのと、肌でわかっているのでは

2010年5月 3日(月) 21:40:52

あー、今日もなんか根を詰めてしまった。
連休だというのになんでこんなに作業ばっかりしてしまうのかな(笑)

サイトを物理的にいじろるのも久しぶりなので、CSSやMTでずいぶん手間取った。いくつか壊しちゃったみたいで焦ってプログラミングの師匠にメールした(連休で返事返ってこないけど)。あーあ、改悪かも(がっくし)。こういう試行錯誤ですぐに半日くらい経つの、数年ぶりに思い出したよ。タグが少し違うだけでいろんなことが起こってしまい、それを直すのにものすごい時間かかるんだよね。あー面倒臭い。

でも昔は毎週末のようにこういう作業をシコシコやっていたんだよなー。たとえばこんなのとか(古い日記だけど)。←この一番下の方からリンクしているボツデザインなど、文系がひとり手打ちタグで作っているとは思えないテーブル構成の仕方だ…(笑)

プレゼントはラジオサーバー

2010年5月 4日(火) 13:34:08

そういえば、今年の娘の誕生日(3月6日)の翌日のさなメモで、「誕生日プレゼントはちょいと奮発した(何をあげたかはそのうちに)。とても喜んだ。」と書いておきながら、何をあげたか書くのを忘れていた。

って、なぜ今頃急にそんなことを言うかというと、ツイッターでその商品を勧められたからである。あ、それ、ボク、誕生日に娘にあげました! とコメントしつつ、あ、そういえば書いてなかったかも、と。

あげたのは、写真のこれ。
オリンパスのラジオサーバーポケット PJ-10

娘は将来「談志の高座を聴いたことがある」とヒトに話せる

2010年5月 5日(水) 21:21:59

昨日はある方にお誘いをうけ、「立川志らく独演会」に家族で行ってきた。
ゲストはなんと立川談志家元。高一になる娘に談志を見せる大チャンス! 行けて良かったなぁ。この子は将来、歳をとってから「私は談志の高座を聴いたことがある」と胸を張ってヒトに話せる。それがどれだけ素晴らしいことか。娘の同年代ではたぶん相当レアな経験になるはずだ。

ボクは志ん生の高座を聴いていない。志ん朝も聴いていない。というか、10代20代にほとんど落語を聴かなかったので、聴いてない落語家がたくさんいる。でも談志には間に合った。シアワセだ。そして娘も間に合った。ラッキーなヤツである。

談志は去年の7月の独演会で「居酒屋」と「よかちょろ」を聴き、8月の立川談笑独演会のときのゲストで演った「疝気の虫」を聴いている。
8月のときは「まぁこれが最後だろうな」と覚悟した。そのときにも書いたが、それはもう落語になっていなかった(もちろん高座にいてくれるだけで客はみんな笑顔だし、ひと言ひと言に大笑いなのだが)。その数日後に入院が報じられたので、「あぁもしかしたらボクたちは談志の最後の高座を見たのではないか」と思ったものである。

本物の水牛のモッツァレラが…

2010年5月 6日(木) 19:20:05

先週の始めだったか、妻が残念そうな声で報告してきた。

「水牛モッツァレラを作っていたカゼイフィーチョの水牛が、口蹄疫に感染しちゃったらしいの」

カゼイフィーチョ。知らない人にはわけわからない単語なので少し解説がいるかもしれない。

映画「川の底からこんにちは」

2010年5月 7日(金) 17:39:41

はじめに昨日書いた「カゼイフィーチョ」の話。とりあえず口蹄疫緊急対策資金が創設され、そのPDFを読むと「水牛」も対象にはなっているようです。また詳しいことがわかり次第昨日のエントリーに追記します。

で、本題。
石井裕也監督の映画「川の底からこんにちは」を観てきた。@渋谷ユーロスペース

「オーケストラ」か「第9地区」かこの映画かのどれかを観ようと決めていたのだけど、時間的にうまく合ったのでこれを観た。

奥田民生「ひとりカンタビレ」を観てきた

2010年5月 8日(土) 13:25:41

奥田民生によるレコーディング・ライブ「ひとりカンタビレ」を観てきた。@SHIBUYA-AX

レコーディング・ライブとは何かというと、要するに、ステージ上で1曲のレコーディングを仕上げる様子をライブで見せる、ということ。
ってわかりにくいな。つまり、奥田民生がドラム、ベース、ギター、と、各楽器を弾いて録音していき、最後に歌とコーラスも自分で入れて、ミックスしてバランスとって完パケにするまでを延々とステージでやっていくわけ。だから3時間〜4時間いて1曲しか聴けない(笑)。でも、制作過程といろいろな工夫、そして曲が誕生する瞬間に立ち会えるユニークなライブである。

会場は1階だけで500人ほど入っていただろうか。
ワンコインで焼きそばなどが買えて、食事もおしゃべりも自由。つか、奥田民生も普通にさりげなくステージに出てきて挨拶もそこそこMac前に座り、DAW(Digital Audio Workstation)をいじり出す。もうぐだぐだのゆるゆる。というか、いわゆる「宅録」をそのまま再現して、そこにたまたま観客がいる感じ。Ust的に言うと「レコーディング状況ダダ漏れ」的なぐだぐだ感だ。

CDとかDVDでは絶対に再現できない矢野顕子との旅

2010年5月 9日(日) 18:28:15

矢野顕子の弾き語りツアー「ここが音楽堂!」最終日に行ってきた。@神奈川県立音楽堂

最近では去年のブルーノートのライブの印象が鮮烈だった矢野顕子。ふたたび新潟の医師夫婦にお誘いを受け、いそいそと。

これは2月に発売された彼女のアルバム「音楽堂」のツアーで、このアルバム自体がここ神奈川県立音楽堂で一発録音スタイルでレコーディングされているもの(経緯などは「ほぼ日」のこのページにくわしい)。
つまり出発点にふたたび帰って来たことになる上に、録音時と同じ環境で聴ける、しかもツアー最終日、アッコちゃんも気合いが入っている(はず)、と、いろいろな好条件が重なっていたのである。もう聴く側としてはメロメロになること請け合いの夜だったわけ。

アウトプットのススメ

2010年5月10日(月) 8:49:35

先週は、立川談志、奥田民生、矢野顕子、と、プラチナ・チケットが連続したので、ずいぶんと羨まれた。すいませんすいませんすいません。

でもね。これも、ボクがよく言ったり書いたりしている、「出せば入ってくる」の一環かと思うですね。
情報は出せば出すほど、向こうから入ってくる。15年前にサイトを始め、ボクが知ってるうまい店やおもしろい本やいいCDや映画などの情報を出し惜しみせず出してきたのだけど(最近更新してないのも多いけど…)、出したらそれを上回る勢いでいろんな情報や体験やお誘いが「入ってくる」ようになったのである。これは発見だった。また、「出すのをサボると、入ってくる勢いもニブる」というのもわかってきた。自分という容器から物を出さないと他の物が入る隙間ができない感じ。

インプットとアウトプットの関係で言うと、普通はインプットが先なような気がすると思うけど、実はアウトプットが先だった、というお話。
佐々木かをりさん風に言うと「ギブ&ギブン」。ギブ&テイク的損得ではなく、あまり損とか思わず出し続けると、大きく与えられる、という感じ。特に「共有・共感」が流通貨幣になりつつあるソーシャルメディアでは、自分の知っていることをまず「出す」ことにより「共有・共感」の一歩目が始まる。ネットを「情報を得る場所」と考えてインプットのみに利用している人はネットを活用しきれてない。ネットは「情報を出す場所」だ。出すと大きく与えられる。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。