2009年07月

過去ログ一覧

立川談志 独演会

2009年07月01日(水) 12:03:55

眼福だった立川談志の独演会について書こう。

ある方がとってくれたプラチナ・チケット。サンケイリビング新聞社主催「リビング名人会 立川談志」。
大箱である「よみうりホール」の二階席だったが、生きて歩いて声出してる談志を見られるだけで満足である。なんつっても73歳にして声門ガンからの生還だ。以前も食道ガンとか摘出していたけど、今回は噺家の命、喉のガンだからなぁ。春には高座に復帰していたらしいけど、ほとんど声が出ず、出来も今ひとつだったと聞いた。

前座で弟子の立川談修が「家見舞」という噺をして(達者)、その後「踊らさせていただきます」といきなり高座で「奴さん」を踊った。そういえば談春が書いた「赤めだか」でも立川流の二段目昇進試験で踊りを踊る場面があったっけか。

で、次が談志。

出囃子が鳴り始め「お、ついに談志!」と身を乗り出したものの、そこからが長かった!
出囃子が鳴り続けること優に5分。いや10分近いか。いまかいまかと待っている10分ってホント長い(笑)。もう出てこないのかもと思った頃、談志がよちよちと姿を現した。というか、舞台袖カーテンから身を出したところで客席に「おぅ」とばかりに手を挙げる。ここで爆笑。座布団に座る前から空気を掴み、遅れたことも「談志だから仕方ない」とみんなが笑って許すこの凄さ。究極の芸は「その人自身でいるだけで笑いがとれること」だと思うが、そういう域に達した数少ない一人。

座布団に座るまでに数分かかる。歩けない。足がつらそうだ。膝が痛いらしく、噺の途中で「ちょいと待ってくださいよ、普通なら高座が終わってから楽屋で痛がるもんなんだろうけど、オレぁ客の前でも関係なく痛がるんだ。イタタタ」と、痛がる。歩くのがつらそうなのは可哀想。よろよろと数センチ単位で前に進む感じ。

まずは「居酒屋」。
これは「ずっこけ」の部分です、と談志自らが説明する。枕を語り、世相を斬り、落語を語り始め、落語の途中でまた雑談を入れ、芸人批判をやり、また落語に戻り、アメリカン・ジョークを少し入れ、また落語に戻り、落語の説明からまた雑談に入り、と、なんつーかもう自由自在の立川流。心配した声もよく出ていてメリハリも効いている。超よぼよぼだが、たまに若者の談志も現れる。その瞬間が面白くて。

仲入り後の後半も談志の落語。
またしても長〜い出囃子。というか、今度は「談志のことだから帰っちゃったんじゃないか」と心配になった。いや、もしかして死んじゃったのでは?…とか思い出した頃にまたよちよちと。

で、二席目「よかちょろ」(「山崎屋」)。
これ、落語にくわしい女性に言ったら「談志の『よかちょろ』! 生で聞きた〜〜い!」と羨ましがられた。

談志自身、「粗忽長屋」「金玉医者」と並んで大好きな噺なのだとか。十八番らしい。
しかし、サゲをサゲない。サゲの直前に「で、この噺、こうこうこういうサゲなんですが、あっさりしていていいやね」とサゲを客観的に解説してオシマイ。すげー(笑)。でも「このサゲの後にまだ一席二席分の噺があるんで、それを一席やりましょう」と、もう一席してくれた。

途中、番頭さんの台詞のところで「日本橋………おい、日本橋のどこだ?」「横山です」「あ、日本橋横山町ね」と、舞台袖のお弟子さんと会話(笑)。そこからまた雑談に入っていく。ま、とにかく自由自在。応用自在。

無事に噺も終わって、一度幕が下がったが、すぐ開いて「時間があるようなので」とお得意のアメリカン・ジョークをいくつか演ってくれた。このサービス精神があるなら大丈夫。もうちょっとは生きてくれそうな気がする。相変わらず毒舌爆裂だったし、気持ちの張りも失ってない。見た目は「超枯れすすき」だけどね。

同じ空間にいられるだけで幸せ。
みんなが「壊れもの」を扱うように丁寧に聴いている感じも心地よい。そう、客全員が、そーっと、壊れないように、優しい視線で彼を支え、包んでいるような。

こういう「わかってる人たちのわかってる空気」に浸るって、温泉よりずっと気持ちいいな。

リンク用URL

喜寿

2009年07月02日(木) 7:06:03

昨晩は7月4日生まれの父を囲んで、両親+家族の5人で「喜寿」のお祝い。喜寿、つまり77歳のお祝いである。

場所は、以前両親との会食で利用して我が家で評判が高い「まき村」
大森の、こんなところにうまい店が? と疑われるような暗い道にポツリとある割烹だが、味は一流。都心にある贅を尽くした割烹よりずっとうまかったりする。

昨晩もうまかったなぁ。
イチジクと胡麻豆腐、トウモロコシの手まり揚げ、鱧と冬瓜のお椀、すばらしい刺身(本鮪、イカ、鰈)、アワビのタタキ、若鮎、湯葉あんかけ(絶品)、鮎の炊き込みご飯、マンゴープリン…。
両親も「うまいねー、うまいうまい」と大喜びで食べてくれた。14歳から77歳まで幅広い年代が揃った会食で、各一品ごとに全員に「うまい」と言わせるのって相当ハードル高いことだと思う。それをやりきってくださった「まき村」さん。本当にありがとうございました。コースの構成も絶妙でした。

お祝いに歩数計も差し上げて、じゃあ次は金婚式か、という感じ。
ボクが来年49歳なので、来年は両親の金婚式なのである(結婚50年目。つまりボクは結婚の翌年に生まれている)。その2年後は父の80歳の傘寿。その2年後は今度は母の喜寿。お祝いが続く。貯金貯金!

リンク用URL

週刊文春に書評を書きました

2009年07月03日(金) 7:13:38

えっと、昨日発売の「週刊文春(7月9日号)」にボクが書いた書評が載っています。

書評したのは駒沢敏器さんの「アメリカのパイを買って帰ろう―沖縄58号線の向こうへ」という本。

駒沢さんは友人でもあるので、この本は出版されてすぐ買って読んでいました。
で、「なんて素晴らしい本なんだ」と感嘆したんだけど、その素晴らしさを伝えるのが意外と難しく、さなメモにどう書こうか迷っていたところに、「書評を書いてください」と偶然に文春の編集の方から依頼があったんですね。過去に2回だったか書評書いているし、沖縄の本を文春から出していることもあるのでしょう。

うわー書きたいけど…こりゃ難しいなぁと頭を抱えたんだけど、沖縄の話でもあるし、友人でもあるし、変に理解がない人が書くよりは適任だろうし、こりゃやっぱり書いた方がいいだろう…と引き受けました。

そこから悩むこと一週間。
アメリカだったころの沖縄を著者がシーク&ファインドしていくノンフィクション・エッセイなんだけど、書き出すと言及したいことが多すぎて字数が足りない(12字×91行=1092字)。参ったなぁ。中途半端に削るとその魅力が浮き出てこない。上っ面をなぞると深い部分に触れられない。んー、ままよ、いっそのこと肩の力を抜いて「さなメモ」みたいに書こう!

と、「書評」と思わず「さなメモ」なんだと意識して書いて、先週金曜日にメールで原稿送りました。
同時に著者の駒沢さんにもメールで送ったら、最大限の感謝をいただきつつ、「ちょっと力入りすぎですね。いつもらしくない(笑)」と。あは、ダメじゃん!(笑)
いつもらしく書こうとしつつ、「この本をみんなに読んで欲しい!」という気持ちが勝りすぎて結局肩に力が入ってしまったみたいですね。いや、ほんと、まったく力不足で申し訳ない。

もしよかったら立ち読みでもしてみてください。
書いた書評は来週くらいに(販売が終わったころに)ここに掲載します。

いやホント、題名からはわかりにくいですが、沖縄好きは必読だし、いままでほとんど光が当てられなかった「アメリカだったころの沖縄」を濃密にも美しく浮かび上がらせた名作だと思います。書評の冒頭でも書いたけど、「この本は近年書かれた沖縄本の中でもベストではあるまいか」とボクは思うなぁ。

リンク用URL

偶然が重なった札幌の夜

2009年07月04日(土) 10:30:16

昨日から一泊で札幌に来ている。
というか、もうそろそろ東京に帰るのだけど。

目的は広告系学校の講義。
昨日の夕方に札幌に入り、クリエィターを目指す人たちを相手に2時間の講義をやって(コミュニケーション・デザインの話)、夜21時に解放された。

いつも札幌に来ると一緒に遊ぶ森崎くんが東京でドラマを収録しているので、昨晩はひとりで鮨へ。
「ザ・ウィンザーホテル洞爺」で握っていた方がやっている鮨処「田なべ」。まぁまぁ満足して食べ終わり、じゃあホテル方面まで歩こうかと "すすきの" をぼんやり歩いていたら、いろいろな偶然が重なってある方と遭遇。札幌では有名なソムリエさん。いやぁお久しぶりですと挨拶する間もなくそのまま拉致されてワインバーに行くことに。最近お酒を控えていたのだけど(鮨もお茶で食べた)、ソムリエさんに会ってしまったのでは仕方がない。飲みましょう。

そのワインバーの名は「祥瑞」。
そう、店名を見ればわかるとおり、六本木の有名なワインバー「祥瑞」の支店というか、お弟子さんがやっている店。あの店の名前を受け継ぐなんてすごいなぁと思っていたら、ボクが勤めている会社の北海道支社を脱サラした人が開いた店だそうだ。へぇ〜。マスターと話していたら共通の知人の名前もいろいろ出てきた。偶然だなぁ。なんだか札幌にまた一軒、馴染みになりそうな店が増えたかも。
※そのマスターに聞いたが、同じビルに入っていた「Soul Dressing」は閉店したそうだ。残念。

そして、これまた偶然、たまたま神戸から札幌に旅行に来ていた友人(NYに一緒に行った友人)も携帯メールで連絡がとれて合流した。リースリングをお供に26時ころまで。いろんな偶然が重なって、思いがけず楽しい夜となった。

忙しい&不調だと、こうして旅に出るのもしんどくて二の足を踏むけど、やっぱり「動く」と元気になる。気分も転換できていい感じ。家でじっとして「しんどいしんどい」と言ってるよりいいかもね。まぁ程度問題だけど。

リンク用URL

好みの酢飯

2009年07月05日(日) 9:48:18

札幌から東京に帰る前においしいランチが食べたいなと思って、森崎くんに携帯メールで「札幌でどっかうまい鮨屋ないかなぁ」と聞いたら、数店上げてくれ、その中でも「鮨菜 和喜智」を特に強く勧めてくれた。

前日に予約したら運良くランチがとれたのでゴー。
札幌は鮮度重視系の鮨屋が多く、それはそれで北海道っぽくていいのだけど、ボクは酢飯とのバランスを楽しみたいタイプ。タネだけ強くてもあまりおいしいと思わない。そういう意味では北海道は「ボクの好み的には鮨不毛の地」であったのだが、ここに来てようやく一軒知ったかも。森崎くん、ありがとう。

なんといっても、この店の酢飯が好みだ。
酢加減もいいが、酢飯が口中でパラける具合が絶妙だ。口に入れると自然にほぐれ、ふわっとパラける。そして一粒一粒が(堅めに炊いてあるせいで)口中で主張する。あぁこの炊き具合も絶妙。パラけ方も絶妙。好みだなぁ。
で、それが鮨ダネと同時に口の中で溶けていく。このバランス感。あぁ幸せ。

それをご主人に伝えたら、喜んでくれ、酢飯談義になった。
東京は新橋の「しみづ」の酢飯を意識されていたのにビックリ。そしてもっとこの店が好きになった(「しみづ」の酢飯はボクのフェイバリットのひとつだし)。

「でもこの数年、『しみづ』さん、ちょっと優しい酢飯になりましたよね」とボク。
「そうなんですよ。以前より普通っぽくなったというか」
「ですよねぇ、以前はいかにも男鮨という感じだったんだけど」

あぁ、札幌でこんなマニアな話が出来るなんて(笑)。
いまの「しみづ」の酢飯も好きだが、以前のもっと力強い(タネに勝つくらいの)酢飯、好きだったなぁ。

ご主人は鮨に煮詰まると全国の鮨店を食べ歩くそうで、他にも博多の「吉冨」や「つく田」の話になったり、金沢の「弥助」や「みつ川」の話になったり…。店内で他店の話をするなんて、ちょっと品がないけれど、店も途中から貸切に近くなったし、鮨好き同士の会話ということで許してください。

元々は東京の瀬田の「寿司久」で修業したというご主人。
札幌で行く店がまた増えたかも。ご主人の「酢飯の変化」を毎年毎年食べてみたい。

リンク用URL

空気で洗う洗濯機

2009年07月06日(月) 7:41:57

10年以上使った洗濯機がへたってきて、挙動不審な動きをするようになったので、ついに洗濯機を買い替えることにした。

実は「買い替える」と決めてからもう1年くらい経つ。
次は何を買おうと家族で相談しだしてから、洗濯機が急に正常な動きに戻ったのが大きい(これと同じがんばり)。そのうち不況突入で引き締めムードになったのもある。買おうと決めていた三洋電機の経営がいまいちだったのも不安要素。とかなんとか、結局1年経ってしまった。その間、同じ機種の新製品も出たし、最後のがんばりを見せた洗濯機も息切れがし始めたし、そろそろかなぁとようやく購入決断に至ったのであった。

買ったのは「SANYO AQUA AQ4000」
家電のトレンドを追いかけている人ならわかると思うけど、例の「エアウォッシュ」がついたヤツである。

これ、個人的には相当魅力的だった。
だって水も洗剤も使わずに、オゾンの力で除菌・消臭・汚れ分解をしてくれるのである。

ちょっと着ただけのTシャツとか、なんだか匂うスニーカーとか、あまり洗いたくない(洗うと傷む)シャツとか、もちろん頻繁には洗濯屋に出せないジャケットや娘の制服なんかも、水に濡らさずに「空気」で洗って除菌消臭してくれる。
春とか秋とか、一度着たけどあまり汗になってないしもう一度着ようかなという服が出たりするけど(あまり頻繁に洗うと痛むし)、そういうのはこの「エアウォッシュ」でさっとオゾン通しておけばいいじゃん、ってなもんである。で、空気で洗って仕舞えるのがうれしい。いままでは「ちょっと着た」と言っても一度着たヤツと、ちゃんと洗って仕舞ってあるヤツを、一緒に仕舞うのはイヤだった。だから部屋に吊しておいたりして、景観的にもイヤだった。それがなくなる。あぁうれしい。

もともとオゾンってのは不安定な分子で、化学式はO3。これは酸素原子Oが3個くっついた形だそうだ。で、不安定だから、3つのうち1つを何かにくっつけて自分は安定した酸素分子O2になりたがるらしい。この性質を利用して、衣類に付着して匂いの基になっている雑菌とそいつをくっつけてしまおうというのが「エアウォッシュ」の発想らしい。オゾンは有毒だが、O2になっちゃうので残留しない。

そのオゾンの力をすすぎにも発揮するので、超節水というのもうれしい。
なんとたった5リットルの水で洗うという。少ないなぁ。しかも入浴剤を使ったお風呂の水でもオゾンが分解してキレイにしてから使えるらしい。

ま、ここで買った洗濯機の宣伝をしても仕方ない(ちなみに広告担当しているわけではない)。
いまのドラム式洗濯機はどれも機能満載だけど、「ちょっと着ただけのシャツとかを空気で洗える」というこの機能、本当に待ち望んだものだったのである。タバコの匂いや焼肉の匂いも8〜15分で完全に取れる。脱臭剤で間に合わなくなった古いスニーカーも無臭になる。うーん、快感♪ しばらくは洗濯機と蜜月で、いろんなものを空気で洗っているところ。

リンク用URL

本の匂いフェチ

2009年07月07日(火) 7:35:13

村上春樹を読むのって、ボクにとっては体力いることなので(わりと精読したくなるから)、体調悪いときに読みたくない。まわりがみんな新作「1Q84」を読んでいるのに手を付けなかった理由はそれだけ。体調が戻ったらゆっくり読むぞおと思ってた。高原のホテルのプールサイドにでも寝ころんでさ(そんなことしないけど)。

でも、完調に戻ってないのに、昨晩なんとなく読み始めてしまった。
積ん読になっている「1Q84」をふと手にとって「いつごろ読めるかなぁ」とパラパラとめくってたら、なんともいい香りがするじゃないですか。あぁ〜、この本の紙の匂い、好きかも……と思って、そのままなんとなく読み始めてしまったのである。うーむ、もうちょっと先にゆっくり読もうと思っていたのに。

ボクは昔から「本の匂いフェチ」である。ジャケ買いならぬ「匂い買い」もよくする。
目覚めたのは高校の参考書の「チャート式」かなぁ。あの参考書の紙の独特の匂いがわりと好きだった。参考書自体としては「チャート式」はあまり好きじゃなかったのに、本の匂いが好きだから、という理由で買ったりしていた。ボクが高校当時だからもう30年前の「チャート式」だけど(最近の「チャート式」はあの匂いがしない! ←定期的に参考書売り場に「チャート式」の匂いを嗅ぎに行っているらしい)。

この「1Q84」の紙の匂いは、高校時代に好きだった何かの本を思い出す。
何の本だっけなぁ。喉元まで出かかってるんだけど。あぁ!もどかしい!

最近は経費削減なのか、紙の匂いがいい本に巡り会えることが少なくなった。「1Q84」は久しぶりのいい匂い。数ページ読んでは紙の匂いを嗅いで陶酔しているオッサンもキモイと思うが、まぁ誰も見てないし。 許せ。

リンク用URL

Smell of Books

2009年07月08日(水) 7:15:23

本の匂いフェチの人、やっぱり多いんですね。いろいろメールをいただきました。

NY在住の方から教えてもらって驚いたのは、アメリカでは「本の匂いスプレー」なんかが売っていること!

その名も「Smell of Books」

e-BOOKを読む人に「本」気分を味わってもらうためのものらしい。サイトをみると「e-BOOKを読みながら嗅いだりしたことある? ないよね? 科学的に証明されてるんだけど、e-BOOKってカラダの記憶に残るために必要な何かが足りないんだ。このスプレーがそれを解決するよ」みたいなことが書いてあって笑える。「本」気分が欲しければ本を買えよ、とも思うけど、紙からデジタルへ移行した人のためのアイデア・グッズとしては面白い。

これ、KindleとかiPhoneとかで本を読むときに、そのガジェットに吹きつけるのかな。シリーズで5つも出ていて、まぁちょっと欲しいのは「New Book Smell」ってやつ(笑)。これはフェチには堪りませんね。デスクトップのモニターに吹きつけたいくらいだ。
古本のかび臭さを再現している「Classic Musty」もちょっと嗅いでみたい。「シェイクスピア全集が缶に入っているようなかび臭さ」だって。同じような感じに「Eau, You Have Cats」とかいうのもある。ネコ好きのおばあちゃんちから本を借りたような匂い。うはは。

よくわからんのは「Scent of Sensibility」「Crunchy Bacon Scent」。前者は雰囲気作りかな。ジェーン・オースティン(イギリスの古い女流小説家)の世界に生きているような香り、とか書いてあるし。でも後者のベーコンの香りは何だ? 「健康に関心のある本好きに」と書いてあるけど「for your breakfast reading enjoyment」っちゅうのがよくわからん。ベーコンの香りを嗅ぎながら読むと朝飯が食べたくなって健康にも良いぞよ、という趣旨だろうか。

※朝からツッコミメールが多数なので、ご紹介しときます。つまり「朝ごはんを食べながら本を読むのが好きだけど、健康を考えたらベーコンみたいな脂っこいものは控えなきゃいけないなぁ、という方のために、この香りで我慢してね、という趣旨の商品だろう」と。我慢するよりせめて匂いだけでも楽しんでね、ということ。いや、それも考えたんだけど、匂い嗅いだら逆に食べたくなんない? そう思って「食欲増進」「朝食大切」方面に解釈しちゃいました。アホ。考えてみたら、アメリカの場合そんな複雑な発想しないよね。
ま、ともかく、商品になるくらい、世界中に本の匂い好きがいるっつうことで。
文庫本の匂いを嗅いで「あっこれ、角川」「あっこれ、文春文庫」と「利き本」が出来る方からもメールをいただいた。でも確かに、文庫を異様に読んでいた高校時代だったら出来たかもなぁ。岩波文庫とか独特の香りがあった。あとね、いま思い出したけど、春陽文庫だったかなぁ、これは少しケミカルな安い匂いで(これはこれで当時としては)好きだったなぁ。

でも、濃密な体験(苦痛も含めて)として、受験参考書の匂いが一番よく覚えている。
昨日も書いた「チャート式」もそうだけど、「大学への数学」シリーズも強烈に香りを覚えている。これ、黒本もそうだけど、ムック版のピンク本ブルー本の香りも特徴的だった(色でいえば、いわゆる「赤本」も香ったね)。
あと、山川の日本史参考書も香ったなぁ。山川のは教科書も香った気がする。あとね、名作「英文解釈教室」(伊藤和夫著)。これの開きたて(つまりNew Book)も香ったなぁ。陶酔した(笑)

そういえば、昨日はひとつ講演があったのだけど、そこで質疑応答の時間に「1Q84の本の匂いは何か思い出しましたか?」と聞かれて焦った(笑) いや、まだ思い出せてません。

リンク用URL

酒抜きで酔う

2009年07月09日(木) 8:20:30

昨日の「ベーコンの香り」にツッコミ多数だったので、追記をしました。
でもさ、ベーコンの魅惑的な香りって、嗅げば嗅ぐほど食べたくなっちゃうと思うんだけどな。まぁいいや。

昨晩は夜の部会(つまり宴会)があったのだけど、最近疲れや頭痛がなかなか抜けない身として「酒抜き」で参加してみた。アルコールを抜いたからって疲れが取れるわけではないけど、内臓への負担は少なくなるはず。一次会、二次会ともに冷たいウーロン茶をガブガブ。これってカラダが冷えるね(←内臓に負担かけてるじゃん)。

でも、宴会で酒抜きって生まれて初めての経験だったせいもあって、終始慣れなかった。
歓送迎会も兼ねていたので、初めてしゃべる方も多く、その方達にとっては「この人、下戸なんだ」という印象なんだろうなぁ。もしくは「肝臓痛めてるのかな」って。 そういう立ち位置、自分的には新鮮ではあるけど、ちょっと複雑。体育会系性格のせいか「飲めない」ことをどこかで恥ずかしく思ってしまう。本当は大酒飲みなんです、とか言い訳したくなってしまう。でも、みんなが飲んでるビールとか焼酎とかハイボールとか赤ワインとかは全然うらやましくない。カラダが欲していない。

そんな昨晩の収穫は「飲まなくても酔える」という下戸の人の感覚を体感できたこと。
下戸の人で、「宴席で飲まないけど、酔った感じになる」っていう人がいるけど、それについて懐疑的だったんだよね。でもホント酔える(笑)。なんか雰囲気に引きずられて、ちょっと酔った気分になる。ふわーっとした気分になる。それがおもろかった。なんとなく滑舌まで悪くなるんだよ。呂律(ろれつ)が怪しくなる。

もしかして、下戸と違ってもともとは大酒飲みなボクは、酒を飲んできた長〜い経験から、脳味噌が「酒を飲む席での自分のカラダの反応」を勝手に演じてしまうのかもしれない。こういう席ではこうなるもの、と、脳味噌が勝手に命令を出すのではないかな。動きが緩慢になり、足元もちょっとだけフラフラした。完全に酔いの症状。

ということで、ウーロン茶だけで一次会・二次会をこなし、酒抜き宴会初体験、無事終了。
夜帰ってからも書き物できるし、翌朝もラク。意外といいかも。

リンク用URL

駒沢敏器著「アメリカのパイを買って帰ろう」

2009年07月10日(金) 7:36:47

アメリカのパイを買って帰ろう―沖縄58号線の向こうへ先週お約束したとおり、週刊文春に書いた書評を転載します。

アメリカのパイを買って帰ろう ―沖縄58号線の向こうへ」(駒沢敏器著/日本経済新聞出版社/1785円)

 もちろん近年発売されたすべての沖縄本を読んでいるわけではない。でも、そこそこ沖縄に詳しい(沖縄本を2冊書いている)人間としていきなり断言したい。この本は近年書かれた沖縄本の中でもベストではあるまいか。

 沖縄本といってもいろいろあって、自然の魅力を書いた本、琉球文化について書いた本、沖縄戦の真実を書いた本などたくさん出版されている。ただ、この本が他の沖縄本と違うのは、意外にもまだほとんど誰も手をつけてなかった「アメリカだったころの沖縄」について書かれていること。そう、沖縄にはパスポートを持たなければ入れない時代があった。正確に言うと一九四五年に終戦してから一九七二年に返還されるまでの二十七年間、沖縄は、琉球でも日本でもなく、アメリカだったのだ。

 意識してなのかどうなのか、沖縄人は「アメリカだったころの沖縄」に触れたがらない。アメリカ統治時代にどんなことがあり、どれだけアメリカ経済・文化の恩恵を受けたか。反米と親米の狭間で心が揺れ、日本に対する複雑な思いもそこに加わり、いったいどれだけ苦しんだか。沖縄人は語らない。だからこそ、それらをあぶり出したこの本は新鮮であり、かつ貴重なのである。

 著者は彼らの心に一歩一歩静かに踏み込んでいく。残された資料がほとんどないので、生き残っている当事者を探し出し、消えつつある彼らの記憶を掘り起こし、丁寧に「アメリカだった沖縄で何があったのか」を調べ上げていく。こう書くと「地味で資料的な本? なんか難しそー」と敬遠されるかもしれないが、さにあらず。魅力的な語り口とともに濃密にも美しく「アメリカだったころの沖縄」が浮かび上がる名作ノンフィクション・エッセイだ。

 著者によって描かれるのは、意外に明るく素直な「アメリカ好きな沖縄人の素顔」。アップルパイのエピソードから始まって、アメリカグチと言われた独特の沖縄弁イングリッシュ、アメリカの影響で沖縄に広まったコンクリートブロック住宅、言わずとしれたポーク缶詰、そして幻のラジオステーションKSBKなど、様々なエピソードを通してアメリカと共に生きた沖縄人の素顔が見えてくる。それらの元になっているのは沖縄人特有の受容の心。あのまま日本に返還されなかった方が幸せだったのではないか、と少し思ってしまうくらい、沖縄人はアメリカを自然に受け入れ、愛していたのである。

 いまの沖縄を理解する上で避けては通れないのに、いままで誰も通らなかった地下の道。封印されていたこの地下道への扉を開け、新たな光で満たした著者の慧眼と筆力、取材力に拍手を送りたい。

リンク用URL

正しい「アップルの犬」

2009年07月11日(土) 9:07:43

iphone3gs.jpg「アップルの犬」として、アップル製品を従順に買い続けてきて早15年。ジョブズ様が打ち出す製品群を崇拝しきって生きているワタクシですが、なぜか iPhone だけは手を出さず、周りの「アップルの犬友達」からも「あれ? 買わないの?」と不思議がられていた。というか、すごく責められていた。いや、はっきり口に出して責められたわけではない。彼らの目を勝手に「責められている!」と解釈し後ろめたく思っていた。すいませんすいませんすいません。アップルの犬のくせにすいません。

理由はふたつ。
auで家族契約しちゃっていて割引の鎖につながれてしまっていること。ソフトバンクに替えるなんて家族のオッケーが出ないわけ。あと、携帯メールを頻繁に使うようになってしまい、携帯メールの使い勝手が悪そうな iPhone に替える勇気がなかったこと。もうちょっとだけ待とうかなと思ったんですね。まぁでも「犬」ならば、多少の不便を顧みず、いの一番に買うべきだよなぁ。犬失格だ。

という書き出しと表題でわかると思うけど、ようやく、ようやく iPhone 手に入れました!
3G[S]が出て、もう我慢できなくなったんです!

レストランを月に一軒分行くのを我慢して節約し、その分を iPhone にかけることにしました。
つまり、電話と携帯メール用に au を残しつつ、ネットとアプリ用に iPhone 導入したんですね。携帯2台体制に突入してしまったわけ(あ、会社用のPHSがあるから3台だ)。iPhone3G[S](32GBの白)。あぁようやく正しい「犬」に復帰できた。なんか心が落ち着いた。

買ってから半日。ずぅぅぅぅっといじってます。楽しすぎ。
操作感の良さとかの感動をいまさら書いても仕方ないので書かないけど、アプリの楽しさに参った(これもいまさらですね)。初めて e-BOOK も使ってみたが、意外と読めるのに感動。「豊平文庫」というアプリを使って青空文庫にあったフェイバリット「次郎物語」をダウンロードして読み始めた。読みやすい。さくさく読める。あぁこれなら電車で読むのには十分だ。太宰治とか中原中也とか宮沢賢治とか森鴎外とか夏目漱石とか、昔の名作がすべてタダなので、ゆっくり再読してみたい。(あとはSmell of Booksがあれば完璧!)

「マップ」の感動。「乗り換え案内」の素晴らしさ。「大辞林」の使い勝手。「産経新聞」の便利さ。未知数なのは「Evernote」だけど、これもなんだか良い感じ。ゲームもいろいろダウンロードして遊んでます。こりゃすごい生活向上マシン&暇つぶしマシン。How nice !

ということで、いまさら感に溢れておりますが、「これは絶対オススメ!」「手放せない!」というアプリがあったらお教え下さい。例によって調べまくっているのでそこそこ知識はつき始めてますが、是非よろしくお願いします。

リンク用URL

「犬」のくせに

2009年07月12日(日) 8:08:44

bigboss.jpgま、アップルほどではないにしろ、「ドラクエ」シリーズの「犬」でもあるワタクシです。

昨日はその新作「ドラクエ9」の発売日。

うん、「オレは必ず買う」って明白にわかっている。かなり前から予約受付していたのも知っている。なんとなく7月中旬は仕事入れずに開けてある。
でも、なぜか予約はしないんだな。なんでか知らんが「予約してまで買いたくない」と思っているようである。この「犬」心理の微妙なことよ(笑)。「犬」のくせに普通に流通するようになってからコッソリ買ってコッソリ始めるらしい。この辺、自分でもうまく説明できない心の動き。

あぁそういえば「1Q84」についてもどこかにそんな心理があったなぁ。「iPhone」についてもそういう気持ちがどこかにあった。「犬」心理というより、みんなが殺到すると距離を置きたくなるという、単なる天の邪鬼的ココロかも。面倒くせえヤツ。

写真は、犬の散歩中に見つけた「エスターク」さんのお宅。こんなところに隠遁されてましたか。
いわずとしれたドラクエ5の裏ボス。魔族の王ピサロが崇拝し、魔界の王ミルドラースが恐怖する帝王。そのわりに意外と地味でさりげないお家にお住まいでした。真の強者とはそういうものか。

リンク用URL

蜜月状態

2009年07月13日(月) 7:53:10

昨日は午前中に都議選投票に行った後、その足で湘南に住むある方のお宅にお呼ばれ。仕事の同僚たちも集まって、テラスでのバーベキュー・パーティである。

品川から東海道線に乗る。
電車の中ではやりたいこと満載だ。もちろん、蜜月状態にある iPhone のことである。なにやろうかなぁ…。とりあえず「Byline」でGoogleリーダーを読み込み新着フィードを読もう、と、読み始めたんだけど、そのままリンク先から YouTube を見てしまい、それがなかなかの名作だったのでそのまま他のも見てしまい、いきなり熱中。ふと気がつくと電車のドアが開いており「平塚です」とかアナウンスが流れている。ゲッ! 乗り越した! しかも3つも!(笑)

わりと慎重な性格なので、電車を乗り越すとか(酔っていても)めったにしない。
何かに熱中したあげく3つも駅を乗り越すなんて初体験。まいったな…。同僚たちと駅で待ち合わせていたんだけど、当然の如く待ち合わせに間に合わず、ひとりだけ遅れていくことに。むしろ時間早めに電車に乗ったのに!

と、(いつかはそれなりに飽きるとしても)とりあえず蜜月状態のボクと iPhone です。
そうそう、iPhoneアプリ、いろいろ教えていただいてます。複数の人が推してくれたのが「FastFinga」という手書き入力ソフト。確かにコレいいですね。昨日はあと「Shazam」と「FlyCast」を入れた。いまはカレンダーソフトを探し中。「さいすけ」もいいけど、デザインがちょっと…。しばらくは純正で行くかなぁ。

まだまだいろいろお教えいただけるとうれしいです。
よろしくお願いします。

リンク用URL

この夏の主目的

2009年07月14日(火) 9:29:13

「今年の夏はどこか行かれるんですか?」とか訊ねられる時季になりましたね。

ええと、今年はどこも行きません。
娘と妻は行くんですけど、ボクは留守番。で、その旅行分でほぼ「夏の旅予算」を消化し切っちゃうので、ボクは今年は旅行らしい旅行はしないんです。あ、講演で新潟に行くので、そのとき少し逍遙してきますが。

今夏は、中2の娘がひとりでロンドンに行きます。
ロンドンでは「メールで知り合った方」の家にお世話になります(日本人)。娘にとっては初めての海外ひとり旅。相手の方ともこの春に日本で一回お会いしただけ(でもメールのやりとりだけでお人柄とかはわかるので安心)。彼女にとってはそこそこの試練だと思われ。

本当は現地のイギリス人の家の方がいいのだろうけど、比較的おっとりした娘なので、日本人宅でちょうどいいかと。お世話になるのは同年代(ちょっと上かな)の奥様がいるご家庭。あちらに娘さんもふたりいて、英語でもコミュニケーションが必要だし、場馴れにはちょうどいいかな。

で、1週間ちょい遅れて妻も追いかけていって、ふたりでフランスとかにも行くようです。つまり、夏の暑い時期、2週間くらいボクはひとりで留守番になるですね(犬の世話係ともいう)。

家族がいない!
となると、まぁたいてい「独身生活の極楽!」となるわけですが、この夏は「本棚の整理」を主目的にしました。地味すぎだけど(笑)

でも、本棚から床に本を全部出して整理するとなると、足の踏み場がなくなるので、家族がいないのは好都合。
数千冊あるであろう本をすべて分類しなおし、納戸に入れる物は入れ、納戸から移動してくるものは移動し、捨てるものは捨て、実用的かつ精密セレクトの本棚に作り替える予定。目に見える部分は数百冊に精選。この後の人生で再読してもいい本のみにする。あとは納戸とか戸棚の奥とかブックオフ。

これが達成できたら相当スッキリするだろうなぁ…。
ついでにデスク周りも相当リストラする予定。最低1週間はかかる大作業。ちょっとワクワクする。いい夏休みかも(笑)

リンク用URL

最後から二番目のライブ

2009年07月15日(水) 12:14:16

今日の夜、ぽっかり予定が空いたので、なんかライブかコンサートか落語かに行って気分転換したいなと探し回っていたら、ちょうど「サイモン&ガーファンクル・ライブ」があった。しかも@武道館。東京ドームだったら行かなかったけど、武道館なら行きたい。しかも昨日の朝時点でまだチケットがあった。こりゃ縁だ。行かねば!

ということで、無事チケットを入手し(かなり高い…)、昨日からずっと彼らの曲を聴いている。
久しぶりに聴くといいなぁ。というかほとんど全部歌えるなぁ。目の前であのふたりのハーモニーを聴ける未来が来るとは…。もしくは(舞台と客席とはいえ)「♪Cecilia〜, you're breaking my heart」とかって一緒に歌える未来が来るとは…。

サイモン&ガーファンクルの再結成は今回で4度目。
どうやら、今年2月に行われたポール・サイモンのライブにアート・ガーファンクルが飛び入り参加したことが再結成のきっかけらしい。「サイモン&ガーファンクルとしてツアーをするのは、この来日公演が最後だと思う」とサイモンが発言してるらしいから、もうふたりとも67歳だし、本当の「ラストライブ」になるのかもしれない。日程を見ると武道館の次は札幌で7/18。これがツアー最終日。札幌がこの偉大なデュオの「最後の最後」になるのかも。「最後から二番目のライブ」をギリギリ見られて良かったな。楽しみ。

そうそう、お知らせを忘れておりましたが、約1ヶ月前に収録したKISS-FMの「ワダカフェ」のPodcastがこちらにアップされております。和田裕美さんとの対談。やっぱ自分の声を聴くって気持ち悪い。つーか、もっと大きな声で話せよ!とか、滑舌わりぃ〜とか、いろいろ思っちゃいますね。ご興味ある方は、どうぞ。

リンク用URL

サイモン&ガーファンクル 武道館ライブ

2009年07月16日(木) 9:25:38

というわけで、サイモン&ガーファンクルのたぶん最後から二番目になるライブに行ってきた。@武道館。

2日前にとった席なので仕方ないけど、スタンドの一番上から2列目。アルファベットでいったらW列。ううむ、これで20000円は辛いなぁ。でも、ステージから遠い分、逆に歌に集中できて良かったかもしれない。

彼らの半生を振り返る映像(BGMは「America」のカラオケ)から始まったライブ。ふたりが出てきての一曲目は渋く「Old Friends」であった。このツアーの表題曲。で、2曲目は「Hazy Shade of Winter」で盛り上げ、「I Am a Rock」「America」へ。

以前からちょっと挙動不審ぽいところはあったけど、歳をとってポール・サイモンの動きがいよいよ怪しい感じになったのがなんとも可笑しかった。めちゃセンスの悪いシャツ着て、めちゃ格好悪いアクションをたまに少しする。あとは視線はずっと下を見たままの無表情。MCもほとんどしない。変人だなぁ。

対照的にアート・ガーファンクルはサービス精神旺盛だし、歌もがんばっていた。
MCでも日本語混ぜ込んだりして、ちょっと可愛い。「日本の太平洋側から日本海側までずっと歩いたことあるよ」みたいなことを言っていた。調べたらこんな逸話があるっぽい。

1978年6月、アート・ガーファンクルはコンサートやレコードのプロモーションではなく、個人的な好奇心で突然の1人旅で、貨物船に乗って10日がかりで日本にやってきた。
神戸のホテルに荷物は置きっぱなしで、歯ブラシと地図とクレジットカードだけを持って京都まで歩く。京都から福井県敦賀まで4日かけて歩く。敦賀で自転車購入。自転車で小野八幡まで。
宿泊先の旅館でちょうど「愛の狩人」放映。ステージ用のヅラはずしてたのでただのハゲ外人にしか見えず、テレビに映ってるS&Gの映像指して「あれオレ」と言っても旅館の人に相手にされなかった。
京都に戻り、自転車ごと新幹線に乗ろうとするが持ち込めないと言われ、そこらの通行人に売ろうとするが売れず。結局駅前で自転車を捨て、列車で荷物をとりに神戸へ。神戸から新幹線で東京。
東京で初めてCBSソニーに連絡を入れ、野球(巨人・ヤクルト戦)を観戦。野球のチケットはCBSソニーの手配したネット裏のものだが、アート本人も朝8時の当日券売りに並んで購入した外野席券をすでに1枚持っていた。野球のTV中継でカメラマンがアートに気付き姿を放送し、TVに写った時、「ポールサイモンさんです。」と紹介される。(元ネタ
変人だ(笑)
でもボクもガーファンクルの顔みながら「愛の狩人」を思い出していた。あの頃のアン・マーグレットがさ…(回想に入る)

ライブに戻ると、その後コンビを組んだ頃のエピソードと曲をやって、「Scarborough Fair」へ。
ここでいきなり意識が小学生のころにスリップした。小学校4年のクラス。ボクが班長をやっている班に好きな子がいて、その子にいいとこ見せようとがんばりすぎて逆に班の運営がうまく行かなくなったことなんかがアルバムを一頁一頁めくるように思い出されていく。あの頃この曲を聴いてたわけではないのに、なぜだろう。

続いて「Homeward Bound」「Mrs Robinson」。
「Mrs Robinson」は映画「卒業」の映像を挟んだあとに。途中でストーンズの(というか、クリケッツのか)「Not Fade Away」に曲が変わって、また「Mrs Robinson」に帰ってきたのが面白かった。

サイモンのソロヒット曲「Slip Slidin' Away」をふたりでやって、お約束「El Condor Pasa」(コンドルは飛んでいく)をやって、ソロコーナーへ。
ガーファンクルが3曲(「A Heart in New York」をやってくれてうれしかった)、サイモンが3曲(「Still Crazy After All These Years」を生で聴けるとは!)、そしてふたりに戻って3曲。ラストは「Bridge Over Troubled Water」である。

この「明日に架ける橋」は、中学時代だったかに聴きすぎてちょっと飽きており、たいして聴きたくなかった。
でも、やっぱり生で聴くと違う。ガーファンクルが端正に1コーラスやり、2コーラス目はサイモンが崩して歌った。で、3コーラス目をふたりで歌ったのだが、その冒頭、「Sail on silvergirl, Sail on by. Your time has come to shine. All your dreams are on their way.」のところのハーモニーの美しいこと! 思わず泣いた。サイモンが崩して歌った分、よりその美しさが引き立ち、染み渡った。この一曲だけでこの日は満足かも。

あとはアンコール。
「Sound of Silence」「The Boxer」「Leaves That Are Green」「Cecilia」。
あのさー、観客のみなさん、「Sound of Silence」で手拍子はやめようよ(笑)。というか、やめて!
ノレる予定だった「The Boxer」の♪ライラライは、ふたりが崩し気味にするものだからうまくノレず。ちょっと残念。まぁラストのラストで「♪Cecilia〜」と一緒に歌えたから良かったけど。

なんだろうな、とっても楽しかったけど、妙に懐古的になった2時間だった。
聴きながらニコニコ笑うというより、遠い目で「あれ? オレはいったいなんでこういう人生だったんだっけ?」と感慨にふける感じ。どっちかというと内省的に。

内省的になったのは、ポール・サイモンのせいもある。
なんか楽しくなさそうだったし、何かを悔いているような表情に思えた(実際は単にそういう顔をするタイプだと思うのだけど)。その表情を見ているうちに、ふと気がつくと心は過去の悔恨の中で苦悶している。

ライブはいろんな効能を見せる。楽しく元気になるだけがライブではない。しばしの悔恨と甘き自己憐憫。これはこれで砂糖菓子のように甘い。

リンク用URL

神保町から九段下

2009年07月17日(金) 8:41:27

サイモン&ガーファンクルのライブを見る前、少々時間があったので神保町をほっつき歩いた。

本当に久しぶりの古書街。
こういうところにくると、「なにかいい本ないかなぁ」と掘り出し物を探しつつ、無意識に自分が書いた本も探してしまう。ちょっとドキドキしながら。

見つかったら見つかったでうれしいけどやっぱりどこか寂しいもの。読んでくれた人の本棚に定着せず、売られてしまったことが少し寂しい。とはいえ、どんな名作や稀少本でもこうして古本屋で流通するのだから(つまりは売る人がいるのだから)光栄だとも言える。複雑な気持ちだ。

古本として読む人との新しい出会いを棚でじぃっと待っている自分の本を見つけると、とってもけなげで可愛く見える。けなげだなぁ。誰かいい人に巡り会えるといいなぁ。でも親としてのボクは何の手助けもしてあげられないや…。

ライブまであと1時間半ある。ご飯を食べよう。
いくつか迷った挙げ句、学生時代以来の「キッチン南海」へ。この店30年ぶりかな。浪人時代以来だ。記憶どおりの真っ黒なカツカレー。30年も変わらないものがあるというのは幸せなこと。量も変わらない。学生サイズの山盛りだ。学生たちに交じってワシワシ食べる。となりの学生さんはカレー大盛&一品でフライをもらっていた。マジかよ。それ、見た目ですでに胃袋の倍くらいあるんですけど。

口から喉から胃袋から学生カレーの香りいっぱいのままサイモン&ガーファンクルを見に行くのもどうかと思い、珈琲の香りで多少文化的にしてから行くことに。「さぼうる」かなぁ「古瀬戸」かなぁと迷った末、これまた久しぶりの喫茶「トロワバグ」へ。ここは10年ぶりくらい。20世紀の世紀末によくここに通った。

この店も時間が止まっている。
いや、たぶんボクの時間が動きすぎている。そろそろ動くのを止めるべきときか。

ちょうどいい時間になったので、武道館まで歩いた。
神保町を抜け、九段下を通って坂を上がる。
途中で「九段下寿司政」の横を通った。あぁここでシンコを食べる手もあったな。山口瞳は「九段下寿司政のシンコを食べないと、私の夏が終らない」と書いた。そういえば今年はまだシンコを食べていない。というか、たった十数年前には夏の終わりが旬だったシンコも、最近では夏の始まりの風物詩。6月から出てくる。おかげで山口瞳の名言も、なんだかピントはずれになっちゃったな。

坂の途中から「大きな玉ねぎ」が見えてくる。武道館の屋根の上の丸い飾り。
大阪勤務のころ、爆風スランプのあの名曲を聴いて「ねぇ、この玉ねぎって何なん?」って女の子に聞かれたっけ。武道館に何度も行ったことないとあの歌詞はピンと来ないよね。超不親切。でも、当時、親切な文章を書くことを心がけていたコピーライターのボクは、その超不親切さに衝撃を受けたんだった。

ライブの客層は40代50代60代が圧倒的。あぁ同志がここにもあそこにも。
はからずも「ほっつき歩き」の懐古気分がいい前戯となった。サイモン&ガーファンクルの世界に浸る準備万端。そして1曲目が「Old Friends」。なんだか出来すぎだね。でもおかげであれから2日経っても「昔」から抜け出られない。まぁたまにはいいのだけれど。

リンク用URL

サラリーマンの連帯

2009年07月18日(土) 18:59:39

昨日の「キッチン南海」は、何人かの方に「昔の何か」を思い出させたようで、エッセイのようなメールをいくつかいただいた。

ボクもまだなんとなく「昔の何か」から抜け出せず…。
なんだかモヤモヤするので、昨晩はいかにも「昭和」なサラリーマンが集まっている居酒屋、虎ノ門の「升本」で軽く飲んできた。飲むこと自体を減らしている昨今であるが(カラダに溜まった疲れを抜ききりたいため)、飲まないと決めちゃってストイックに生きるのもカラダに悪いと思う。いい加減に。適当に。

masumoto.jpgで、「升本」。
こういう、背広姿の中高年が大量に集まって赤い顔してるオヤジ居酒屋の効用は、「みんな、いろいろあるんだろうけど、毎日がんばってるんだよなぁ」みたいな、なんというか「サラリーマンの連帯」に浸れること。

自分だけが何かに苦しんでいるわけではない。自分だけが何かを喪失したわけではない。自分だけが「昔の何か」に申し訳なく思っているわけではない。みんな大なり小なりそんな辛さを引きずっている。そんな当たり前のことに、こういう大衆居酒屋は気づかせてくれる。

「升本」の2階は特に「連帯場」だね。
200人くらいのサラリーマンがわんわんしゃべって酔っている。昭和から平成へ、好況から不況へ、成長から停滞へ、年功序列から疑似実力主義へ、年長が敬われた時代からウザがられる時代へ……。いろんな変化をくぐり抜け、じっと耐えて働き続けている中高年たち。日本はこういう人たちが静かに支えている。

写真は「升本」のお酒メニュー。なんとなく可愛かったので携帯でパチリ。
可愛いというか、なんかハワイだのバリ島だのに行かずとも、こんな「飲んでる人にホッと楽しくなってもらいたい」という店員さんの小さな思いやりにこそ癒される。癒されるって言葉、嫌いなんだけど、でも、他にピッタリの言葉が見つからないな。思わず頬がゆるむ絵をありがとう。

うん、少しずつ「足元」が見えてきたかも。少しずつだけど。

リンク用URL

アタマをおいしいもので一杯にしていく作業

2009年07月19日(日) 18:54:45

先月頭くらいから「おいしい店リスト」を、しこーしこーと、じわーじわーと、更新しています。数店ずつ、地道に地道に。

東京は70店くらい、関西は20店くらい(特に京都)、日本各地は50店くらい増やしました。今日も伊勢志摩の店を24店更新して、ようやく日本各地は「いま」に追いつきました。ふー…。

あとは東京の店。
200店くらい更新していない店があるんですね。メモはとってあるので、あとは書くだけなんだけど、これがなかなか…。ただし、ここ1ヶ月半くらいで140店くらい更新しているので、意外と秋くらいまでに「いま」に追いつくかもしれません。

何故この忙しいのに地道に更新にいそしんでいるのか。
実はそろそろ執筆に入らないといけないからなんですね。

雑誌「クレア・トラベラー」に連載していた「2泊3日のうまうま旅ごはん」の単行本化のために大幅に加筆修正していくんだけど、最近は本業のことばかり考えているので、なかなかアタマが「おいしいもの」方向に向かないんです。少なくともワクワクするような「おいしい文章」は書けない。アタマを早くそちら側に戻すためにじわじわ準備運動を始めてる感じ。

この単行本、本当は秋の旅行需要前には出したかったのだけど、ボクがあまりに仕事にかまけていて遅れてしまったので、いっそのことGW需要が起こる3月あたりまで延ばすことに編集者と話し合って決めました。写真がいろいろ入る本なので、3月だとしても原稿を上げるのは年内。レイアウトを決めるために一章分早めに入れるのが9月頭。そこから3ヶ月ちょっとで全部書いて入稿。そんなスケジュール。現在の仕事量を考えるとわりとギリギリかも。

てな感じで、今後も準備運動は続きます。じわりじわりとアタマをおいしいもので一杯にしていく作業。面倒だし時間はかかるけど、ちょっとシアワセ感あるかも。

リンク用URL

共通認識が揺らぐとき

2009年07月20日(月) 19:33:32

毎日少しずつ、大切に読んでいる「1Q84」。
ようやくふたつの月が空に浮かんでいるところにさしかかった。

村上春樹というのはすごい作家だと思う。
ふたつの月のところにさしかかったところで、ボクの中の「世の中と握っている共通認識」は相当揺るがされた。

ボクは世の中と「月はひとつである」という共通認識を取り結んでいて、何も疑っていない。
「1Q84」という本の中でもそうだ。村上春樹は我々がよく知っているちょっと前の日本の情景を丁寧に描くことで、読者の我々と「同じ世界に生きている物語」という共通認識を取り結んでいく。で、ある時突然それが裏切られる。「月がふたつ出ている」という「現実」がいきなり提示され、「世の中と握っている共通認識」すべてに疑念が発せられる。それをボクたちは見事に疑似体験させられる。

これは凡百の小説がそれを描こうと艱難辛苦してきた「異化」の鮮やかかつシンプルな提示だ。
登場人物の日常を丁寧に描き、わずかなほころびでジャブを打ちつつ、突然、共通認識の崩壊を鮮やかにボディにぶちこんでくる。そしてボクは見事にそのパンチを受け、揺らぎきってしまった。その後、何も信用できないままにストーリーを追わざるを得なくなる。それは「存在」への不安に直結しているから。

我々の「存在」は、その時代と組織(もちろん国やイデオロギーを含む)のシステムに内包された共通認識に大きく依存している。そのことに強烈に気づかされる瞬間。では、共通認識が崩れると「存在」まで崩れゆくのだろうか…。

もちろん、まだ一巻目の途中なので、今後「月」の意味も変わってくるかもしれないし、「異化」と見えたものも実は「異化」ではないかもしれない。でも、「ふたつの月」を中空に見た時点で、ボクはしばらく読むのを止めようかと思っている。この部分だけでたくさん考えないといけないことが出来てしまった。ちょっと処理する時間が必要だ。

どっかで同じような感覚に襲われたことがあったなと必死に考えてようやくわかった。映画「マトリックス」を初めて観たときに同じような感覚に襲われたっけ。共通認識の崩壊、という観点のみだけど。

リンク用URL

ホンマタカシ著「たのしい写真」

2009年07月21日(火) 6:19:22

たのしい写真 よい子のための写真教室最近、アタリ本が多くて感想が間に合わない。
この本も数週間前に読み終えた。すばらしい。写真だけでなく人生にも新しい視点を与えてくれる本である。

著者のホンマタカシさんは日本を代表するカメラマンのひとり。
彼が書き下ろしたこの本「たのしい写真 ーよい子のための写真教室」(平凡社)は、「photograghは『写真』じゃない。〈真を写す〉だけじゃない---」というキーワードを出発点に、小難しく語られがちな写真史をさらっと整理してくれ(写真初心者が知っておくべきふたつの「山」"決定的瞬間とニューカラー" に絞って簡潔に俯瞰させてくれる)、写真がもっとたのしくなるための最低限の考え方を楽しく気楽に提示してくれる。ワークショップもエッセイも対談もそれぞれにすばらしい。

あとがきにこうある。

写真を目にしながら、何も考えずに好き嫌いの次元で判断してはいませんか? もったいないなあ! と思うのです。もうちょっとだけ写真について考えてもらえたら。そうすれば、写真はもっともっとたのしくなるはずなのに。
いや、そのとおり。
実際ボクは、この本を読み終わってから、写真の見方がずいぶん変わった。ブレッソンとかティルマンスとかの写真集を買い求め、"この本以前" とは違った目で写真を眺めている。そして自分でもまた撮りだした。たのしくて仕方ない。

ホンマさんとはハワイで一緒にロケしたことがある。とっても無口で物静かな人だった。でもこの本ではたいへんに饒舌。たとえば「は・じ・め・て・の写真」という章なんか、長々と「はじめてのデート」のことを書いてボケるんだけど、実物のホンマさんを知ってたら驚天動地だ。内面ではこんなに豊かに言葉が奔出してたのか!(笑) というか、文章うまっ!

この本にボクはたくさん付箋をつけたんだけど、そのうちのひとつをご紹介しよう。

 写真する人はいつも考えるだろう、どうやったら他人と違う写真が撮れるのだろう、と。どうしたら自分だけの世界を構築できるだろう? それが間違いなんだ。自己表現なんて考えるな。自分が考えられることなんてたかが知れている。その風景にただ体を預ければいいのだ。そして感謝しろ。「太陽さん、ありがとう」。何も考えずにバーチバチ撮るんだ。ただし、その風景を敏感に感じなければいけない。絶えず自分の感覚を鋭敏にして、オープンにしておかなければ、せっかくの絶景を逃がしてしまう。
 1回逃がしたら終わり。2度目はない。それが写真のリアル。ボケッとしていたり悩んでいたら、せっかくのチャンスは全速力で逃げてしまう。あっという間に何億光年も先まで行ってしまうんだ。だから素早く捕まえよう。そしてバーチバチドンドン撮影するのだ。(P143)
この本の帯には「『今日の写真』を読み解くための必読教科書!」と書いてあるが、これを教科書とカテゴライズしてしまってはもったいない。写真ともっとたのしくつきあうためのエントランスであると同時に、「人生をたのしく過ごすためのバーチバチとは何か」でもあるんだな。このバーチバチとは「カメラがあれば助けにはなるが、カメラがなくても本当は切り取れる瞬間瞬間」のこと。そこに写っている「時間」こそが人生だ。

読後、なんとなく芭蕉の「高く心を悟りて、俗に帰るべし」という言葉を思い出した。
ホンマさん、一周回って俗に帰り、そのたのしさに浸っている感じ。そこへの「近道」を提示してくれている本だ。ありがたく、近道、行かせていただきます!

リンク用URL

次は2762年

2009年07月22日(水) 9:23:16

今日は日本では46年ぶりの皆既日食の日だそうだ。
しかも、国立天文台によると、計算上、最長継続時間は6分44秒。これは今世紀中に世界で観測される皆既日食の中で最長だそうである。東京では11時12分頃だそうだけど、分厚い雲ですね。まず見られないだろうな。

東京で前回皆既日食が見られたのは1460年だって。
応仁の乱が7年後に起こってますな。戦国時代が始まる寸前。足利義政の時代。茶の湯や能楽、狂言なんかが流行した頃。ま、全部京都でのお話ですが。

東京で次に見られるのは2762年とか。ボクは801歳である。

もしかしたら曇り空が少し暗くなるかもしれないから、11時12分ごろは娘と一緒に空を見ようと思う(妻は仕事)。そのために午前中は会社を休ませてもらった。だって生きている間に(少なくとも東京では)一緒に見られる確率はゼロである。これが最後になるからね。

リンク用URL

三日日

2009年07月23日(木) 7:42:19

nisshoku.jpg昨日のメモは皆既日食と部分日食をごっちゃにしてますね。
東京で昨日見えたのは部分日食。部分日食に限って言えば次は2035年に東京でも見えるそうです(ボクは74歳)。東京で皆既日食が見えるのは2762年ということで。

で、東京の部分日食。
写真を見てもおわかりのように、見られました!(娘の撮影)

東京では11時12分ごろピーク、という情報から、それまではテレビで中継を見ながら待機していたんだけど、窓外は完全にどん曇り。分厚い雲。まぁ見るのは無理としても薄暗くなることだけでも経験したい、と、11時12分ジャストに娘とふたりでベランダに出て空を見あげたら、なんと、写真のように曇り空に太陽がくっきり浮かび上がってました。逆に晴れてるより観察しやすかったくらい。美しい…。

ふたりとも、しばし無言で空を見上げ、薄っぺらい太陽を楽しみました。三日月ならぬ三日太陽。いや三日日か。
周りは体感的にはあんまり薄暗くならず、普通の曇りの日という感じかな。

ニュース見てたら(直射日光があった地域では)木漏れ日も三日月型になっていたようですね。
それ、キレイだなぁ。木漏れ日が三日月型って、なんかちょっとロマンチック。空はきれいな写真とか撮ってくれる人たくさんいるからそちらに任せて、地面見て木漏れ日ウォッチングしてる方が格好いいかも。

ちなみに、メールで「晴れ男様お願い!」みたいなお願いをされたりしましたが(笑)、ええと、東京地区、その瞬間だけでもうっすら太陽が見られたということで、ま、役割は果たしたかと。梅雨な上に、東京中の雨男・雨女が空を見上げてたのを考えると、まぁまぁの成果。

でも油断して太陽を見過ぎて、今朝になってもまだ目が痛いです。危ない危ない。無防備すぎた。

リンク用URL

ツイッター、しばらく浸かってみます

2009年07月24日(金) 6:49:08

ツイッター(Twitter)にはなんとなく1年くらい前くらいから登録している。
でも、自分のサイトで毎日発信すること以上に「発信するもの」の数を増やすのは「つぶやき」とはいえどうなのか、と思い、アクティブにはやってなかった。ヒトのつぶやきをフォローする時間がもったいない感覚もあった。時間は有限。他にしたいことがヤマほどある。

最近若い友人がやり始めたので、少しフォローしていたが、やっぱりボクには20代の若者ほど「つぶやきのつながり」は実感できず、「うーむ…」とか思っていた。自分でつぶやいてもいまひとつ面白くない。世代差かな。もしくはリア充だからかな(笑)

とはいえ、アイデア・メモ帳的に使っている人がいたり、不特定多数に何かの疑問を投げかけて即座に答えをもらっている人がいたりするのは面白いなと思った。つぶやいた地点を特定できて「これをつぶやいたヒトはすぐ近くに今いるはずだ」と探したりする感じも面白い。有名人(オバマとかオノヨーコとか)のちょっとしたつぶやきをリアルタイムで受け取れるのもなんかすごい。でもさ、やっぱり「ヒトのつぶやき」を読むヒマがさ、ないのだよ…。

ただ、先々週に iPhone を買って無料アプリの「TwitterFon」を導入してから少し変わった。
読みやすいし使いやすい。同時性と即時性が実感できるようになり、他人のつぶやきを読む楽しみも少しわかった。なんつうか「サイバー空間にどっぷり潜る感覚」がね、なかなかすごい。「ウルティマ・オンライン」に潜っていたころに感じた同時性の快感に近いかな。ようやく面白みがわかってきた。

そのうえ、ある会社が「ツイッターのフォロワーが250名以上いること」を採用条件のひとつにしたというニュースを読んで、こりゃ基礎素養として一度どっぷり浸かっとかんといかんかも、という思いも起こり、ここ両日はわりといろんなヒトのつぶやきを読み回っている。ちょうど広瀬香美さんと勝間和代さんが「ヒウィッヒヒー」を加速させている現場にも居合わせて面白かったし。

ちゅうことで、ツイッター、しばらく浸かってみます(いつまで続くかは知らん)。

このサイトの読者でツイッターやるタイプは少ないと思うけど、すでにやっている方も、いい機会だから始めますという方も、ぜひご一緒に。フォロー大歓迎。「satonao310」という名前で登録してます。ただ、全員フォローしかえすと自分のキャパ越えそうなので、フォローしかえすかどうかは気まぐれです。ごめんなさい。

つーか、いったいいつまで続くやら。
というのも、今週末からロンドンへひとり旅に行く娘が iPhone を持って行ってしまうから。これはイタイ。iPhone でやるのがイイのに。帰ってくるまでモバツィッター(ケータイ用)でしばらくやるか…。

ツイッターって出来て3年くらい経つのかな。まだ藤田晋さんでも5000人、ホリエモンでも2万人、オバマですら180万人のフォロワーしかいないので、黎明期に近いと思う。爆発的に延びそうなサービスなので、もしよろしければご一緒に。

リンク用URL

娘、ひとりでロンドンに出発

2009年07月25日(土) 12:46:40

今日、娘(中3)がひとりでロンドンに向かった。
ロンドンでお世話になるのはメールで知り合った日本人家庭。まだ一度しかお会いしたことがない(笑)。でも一度お会いすれば充分わかる。信頼できるご家庭。ホントお世話になります。同じ年頃の女の子がふたりいるのもいい。まぁ英語の勉強のためというよりは「場馴れ」と「勇気」と「経験」のためなので、日本人家庭で一週間、というのはちょうど良いかな。ちょっと臆病な娘なので。

一週間ひとりでお世話になったあと、妻がロンドンに追いかけていって、ふたりでロンドンとかパリとかブルージュとかアムスとか回るそうだ。もうその時点で予算オーバーなので、ボクは合流せずお留守番である。前にも書いたが、今年の夏は本棚整理。地味な夏。

ヒコーキは例によってJALなので子供ひとりでも安心だが、彼女にとっては「ひとりヒコーキ」もかなりの冒険だろうなぁ。あと出入国カードとか入国審査とかもドキドキだろう。さっき飛び立ったばかりだからまだ日本領空内だと思うけど、揺れていないといいな。いまごろ機内映画でも見始めたところだろうか。

でも、ま、娘のことは忘れよう。
心配しても仕方ないし、中3くらいからは「親離れ子離れ」の時代。もうそろそろ「他人」になる訓練。お互いに。冷たい意味ではなく。

昨日から本格的に浸かりだしたツイッターは、フォロワーも一晩で240人ほどになり、もうすぐ昨日書いた「採用基準」を満たしそうだ(笑)。フォローしてくださっている方々、ありがとうございます。
どうやらツイッターには「意味」を求めてはいけない感じですね。茶の間のとりとめない会話に近い。ブログはちゃんと意志を持って書いた言葉。ツイッターは意志も意味も脈絡もなく口から出た言葉。でもその言葉が大量に積み重なるとちょっとした渦になる。海流のようなものが出来る。その感じが面白い。もうちょっと浸かってみないとわからないけど。

リンク用URL

普通で常識的で等身大

2009年07月26日(日) 8:38:05

数日前、和田裕美さんとご飯を食べた。
言わずとしれたベストセラーの著者にして有名な営業ウーマン。

前回お会いしたときも思ったけど、「28歳にして世界でNo.2の成績をあげた営業ウーマン」とか聞くとちょっと怖いけど、ホント、まったくそういう部分がなくて「普通」なのであった。ガンガンにアピールしてくることもなく、クセの強さもなく、わざとらしい笑顔もなく、とても控えめで柔らかくて「普通」ないい人。ものすごく常識的で等身大。ある意味徹底して等身大。

でも、考えてみると、「今」って優秀なヒトほど「普通」だなと気がついた。
普通っぽい。常識的。とっても等身大。
ボクの周りの有名クリエーターたちも、とっても普通で常識的で等身大な人ばかり。

昭和時代は、優秀なヒトは何かヒトと違う異様な部分が目立っていたと思う。見るからに人と違う雰囲気をまとっていた。クリエーターとかアーチストは特にね。そうしないと「大衆」から抜け出られないからだろうな。群から抜け出て目立つための方策でもあったのだと思う。

で、「大衆」とか「マス」とかいう言葉が死語になりつつある現在(死語にした方がいいくらい変化しつつある現在)、群から抜け出てますよというアピールがいらない。「個」を必要以上に主張しなくてよくなった分、そういう人たちも普通で常識的で等身大でいられるようになったのかも。いや、逆か。普通で常識的で等身大であることが逆にとっても大切になったのかも。そうしないと共感を呼べない。生活者と豊かなコミュニケーションをとれない。そういう時代。
クリエーターもアーチストも普通っぽくて常識的な人が増えたけど、小粒になったとかそういうことではなくて、それがとっても大切な時代なんだな、きっと。

優秀な人ほど普通を大切にする。常識的な目線とか考え方を常に意識する。等身大の自分から離れないように気をつける。
和田裕美さんはまさにそんな人。「カー・ウント・カー」でおいしい料理を食べながら、内心ずっと感心してた。この普通さこそ、時代に乗っているということ。そういうことなのだろう。

リンク用URL

唐突に新潟

2009年07月27日(月) 10:12:00

火曜日に新潟の新聞社で講演をするので、いっそのこと新潟に日曜の夜に入って月曜を休み、短い夏休みとする計画。ヨーロッパに行く家族に比べると超質素。でもこういう発作的ひとり旅って極楽。

昨日は午後まで仕事をし、夕方過ぎに新潟の某温泉着。山奥系。
温泉入って寝て食べて温泉入って寝て温泉入って寝て温泉入って食べて寝て温泉入ってというローテーション。温泉って「疲れが取れる」のか「疲れが出る」のかよくわからん。なんか温泉に来る前以上に疲れが表面化した気がする。でもなんだか深いところの疲れがほぐれた気もする。

夕方にはヒグラシ。朝にはウグイス。緑は美しく、山には靄がかかる。久しぶりだな、自然と向き合うの。

今日は「越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭」というのを見てこよう。
田んぼ、空き家、廃校、集落などに約350点のアート作品を展示する大規模な地域再生型アートフェス。わりと面白そうじゃない?

リンク用URL

越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭

2009年07月28日(火) 10:25:33

朝、レンタカーを借りて「越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭」へ。

って、新潟って北海道の次に大きな県なんだって !?(追記:ウソです。実際には5位です)。その中部、妻有地区まで、泊まった岩室温泉から意外と遠く、わりとドライブな1日になった。だって作品から作品までクルマ移動で20分とかザラ。そういうアートが350点点在しているんだもん、面白いけど結構苦労するフェスティバルだ。

とはいえ、アートより食事なワタクシ。
まずは十日町市のへぎそばの老舗「由屋」でへぎそば。その後、すぐ近くにあるという理由でアートNo.28のジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー「ストーム・ルーム」を見る。

廃屋を利用した体験型アートで、廃屋の二階の一室に入ると、大雨と雷鳴を体験できる。古くてカビ臭い一室の座布団に座り込んで外の大雨(窓外に実際に水が降る)と雷鳴におびえる。遠い記憶がいくつも呼び起こされるアート。いやぁ最初からすばらしいものを体験。結果的にボクはこのインスタレーションが一番気に入った。

お次はNo.27の渡辺泰幸「風の音」。
山道を500メートルくらい登っていくと風鈴がたくさん鳴る空間に出るのだが、小雨っぽかったこともあるのかその山道にアマガエルの大群が出てきていて、彼らを踏まないように歩くのに必死(笑)。こんな大群初めてだ。しかも他に観覧者もおらず、深山にひとりきり。これまた印象的(風鈴アートもなかなか良かったが)。

と、最初のふたつで相当楽しい思いをしたので、その後は前のめりで鑑賞。

No.33、田島征三「旧真田小学校 絵本と木の実の美術館」。
廃校アート。廃校時たった3人だった生徒が廃校後も校内を永遠に飛び回り遊び回るアート。

No.38、「福武ハウス2009」。
これも廃校の各教室にいろんなインスタレーションを展示したもの。中では渡辺英司の蝶瞰図と平野薫の古着アートが良かった。
前者は図鑑の蝶の写真をすべて切り抜いて天井とかに無数にとまらせたもの。蝶が図鑑から外に出る、という着想が、昆虫図鑑にかじりついていた昔の自分を想起させ、そのまま解放されて面白い。後者は着用した服を解体し糸くずを再構築するインスタレーション。老女の服が教室一杯に糸くずとして広がり、糸に染みついた記憶を展開させる。見事。

No.147の「まつだい農舞台」。
ここではイリア&エミリア・カバコフの「棚田」がすばらしかった。同敷地内に展示されていたNo.150の草間彌生「花咲ける妻有」も良かったけど。

この辺でタイムリミット。夜は新潟の割烹「蘭(あららぎ)」を予約したので、もう出ないと間に合わない。半日かけてこれしか見れなかったけど、意外と満足。いい芸術祭だったな。でもあと340くらい見てない(笑)

見たアート、いくつか写真撮っているので、東京に帰ったら追加掲載します。

リンク用URL

旅はしてみるもんである

2009年07月29日(水) 10:24:20

新潟ってとてもキレイな街。ほとんど初めて来たけど、思ってた以上のキレイさにちょっとファンになった。人もいいしご飯もお酒もうまい。文化度も高い。

おとといの晩は「蘭(あららぎ)」という割烹でご飯。
伊藤さんに勧められていて、メールをくださる新潟の方からも勧められていて、こりゃ行かねば、と。

で、その夜、ご主人と話が盛り上がって、翌日の昼(昨日の昼)も行ったですね。夜昼連続。
連続で食べて感覚が鋭敏になったこともあるけど、夜よりも昼の方が迫力を感じたな。普通に出すランチではなく、コースにしてくれたのだけど、前夜と同じ料理にしないためなのか、かなりいろいろ工夫してくれたみたいで、どの料理も「うま〜」の連続。特にお煮しめのうまさには参った。なんでもない普通のお煮しめなんだけど、このダシの完成度の高さ。自分史上最高お煮しめ。汁まで舐めるように飲んだ。

旅に出て印象的な料理に出会うと、その街まで特別になる。ホント、ありがとう。

「蘭」を堪能したあと、地元新聞社(まぁ新潟の地元のと言えば誰でもわかっちゃうが)へ講演へ。
イイタイコトが多く、ちょっと散漫になってしまったかなぁ。でもなんとか2時間しゃべり終え、その後社長さんたちに連れられて「大橋屋」へ。新潟でも一番古いのではないかといわれる料亭。まさに有形文化財の中でご飯をいただいている感じ。新潟文化の深さを感じた。
戊辰戦争と長岡空襲の話に花が咲く。こんな話に花を咲かすボクも変だ(笑)。でもいろいろ聞かせていただいたおかげで新潟人の思いを少し理解できた気がする。良かった。

〆はひとり飲み。古町から営所通りの方に歩き、教えてもらっていた「ラ・カーヴ」というバーでタリスカーを飲んだ。ひとっこひとり歩いてない住宅街にぽつりと灯がともるバー。雰囲気ある店内も客が少なくガランとしている。そこでのマスターとの会話。

「ずいぶん寂しいところにあるバーですね。人も歩いてないし」
「そうですねぇ、このちょっと先で横田めぐみさんが拉致されましたからねぇ」
「……」

遠い物語が急に身近になる。旅はしてみるもんである。

リンク用URL

長岡にて

2009年07月30日(木) 8:26:45

昨日は新潟で昼に「みかづき」でイタリアン(新潟人のソウルフードだそうな。焼きそばにミートソースらしきものがかかった不思議な食べ物)、そして「畔上」で蕎麦を食べたあと、長岡へ移動。

実は曾祖父まで長岡に住んでいた。なので佐藤家の先祖代々のお墓は長岡の興国寺にある。天保年間のあたりからこのお墓に入っているらしい。遠いこともあって今までお墓参りに来なかった(家の仏壇で済ませていた)から、これが初めてのお墓参り。そうか、この墓にオレも入るのか。

長岡は父が疎開した地でもある。疎開中に長岡空襲を受け、命からがら逃げ切った。そんな父だから長岡大花火には批判的。空襲の焼夷弾を思い出させる花火をなぜ長岡でやるのかと(お酒を飲むと)よく怒っている。空襲の話は小さいときからよく聞いていた。その地長岡にようやく立てた。

いろんな想いも込めてお墓をお参りしたあと、新潟県立近代美術館へ。
長岡駅からタクシーで10分くらいのところにある。ここで見た特別展示「ネオテニー・ジャパン 高橋コレクション」が実に素晴らしかった。

鹿児島、札幌、東京上野、と巡回してきて、9/10まではここ新潟県立近代美術館でやっている。ちなみにこのあとは秋田(9/19〜11/29)へいって、最後は米子で来年の2/11まで。これ、上野に来ていたときは見逃したけど(やってることを知らなかった:笑)、まだの方はぜひ見た方がいいかも。

日本の現代アートは少しは知っているが、こうしてちゃんとカタマリとして見ると圧倒的だ。思ったよりずっとレベルが高く、それぞれに心を震わせられる。呆然と見とれてしまったのは会田誠の「大山椒魚」、小谷元彦「Phantom-Limb」、鴻池朋子の一連のオオカミ作品、池田学「興亡史」、そして山口晃の一連。あ、村上隆や奈良美智もね。村上の「バカボン」のヤツ、好き。奈良の「green mountain」も。

あんまり図録とか買わない方なんだけど、図録やらポストカードやらを買い込んでしまった。ただでさえ重い荷物が異様な重さに。でもその価値あるなぁ。結局3時間くらい美術館内をふらふらしていた。ずっと追ってみたいアーチストが数人できた。人生の楽しみがまた増えた感じ。

長岡発16時31分のローカル線に乗って小出駅へ。
メールでやりとりがある地元のお医者さん夫婦と初対面し、割烹「浦島屋」に夜ご飯を食べに。目の前の魚野川で捕れた鮎をメインにおいしい料理のオンパレード。いい店だなぁ。こんなところにこんな店が!の典型。青山の宝石店に勤めていたという女将さんも会話のセンスがとてもいい。結局20時55分浦佐駅発の上越新幹線東京行きに乗れるギリギリまでお店で飲んでいた。気持ちよかった。

小出という町にも初めて来たが、そのお医者さんご夫婦(脳外科医と精神科医)が景色を気に入って「この地で開業しよう」と決めたというくらいキレイなところ。東京まで新幹線を使えば1時間半だとか。意外と近いな。今度はゆっくり景色を眺めに来たいと思う。

ということで、新潟旅行、終了。
終わってみたらわりと盛り沢山だった。いっつもこうなっちゃんだよなぁ。今回は「温泉とうまいメシ以外ほとんど何もしない旅」にしようと誓っていたのに(笑)。

リンク用URL

仲畑貴志さんとサシ飲み

2009年07月31日(金) 18:30:54

昨日の夜遅く、仲畑貴志さんとサシで飲む機会を得た。
言わずとしれたコピーライターの超大御所(代表作はWikiにくわしい)。広告クリエイターを志したヒトはみな憧れる方である。まさかサシで飲める日が来るなんて。20年くらい前の自分にそっと耳打ちしてやりたい。

最初からサシだったわけではなく、仲畑貴志さん、秋山道男さん、杉山恒太郎さんの3人が飲んでいるところに合流して、まずは4人で飲んでいたんだけど、杉山さんが帰り、秋山さんが帰り、そして仲畑さんとふたりきりになったという流れ。

というか、この3人、いま思い出してもスゴイ。
秋山さんは経歴をうまく説明できない異能の人。よく知られたところでは、チェッカーズの総合プロデュース、無印良品の全般プロデュース、内田春菊の名付け親などかな。Wikiを読むとその異能ぶりがよくわかる。
杉山さんも言わずとしれたCM界の大御所で、代表作は「ピッカピカの一年生」「ランボー」など(Wiki)。まぁずっと直属の上司だったのだが、いまではずいぶんと雲の上。

つまりは、コピーライター、プロデューサー/エディター、CMプランナーの大御所が3人で飲んでたところに呼ばれて、ノコノコと「お邪魔しまーす」と入っていったわけで、素面になって思い出すとちょっと足が震える。3人とも全く偉ぶらないので緊張はしなかったけど、なんとも非日常すぎて、最後までお尻がもじもじ落ち着かなかった。場所は六本木のイタリアン「アモーレ」。そういえば途中から澤口シェフも少し合流したっけな。その後ふたりでもう一軒。

でもせっかくの時間も、飲み過ぎでよく覚えていない(笑)。
仲畑さんと2人で話が盛り上がって何度か「おお!」と握手したのを覚えているが、とにかくたくさん飲まされてしまったのだ。

仲畑さん、2人きりになってから(いい加減酔っているというのに)「まだ一本くらいは飲めるよね?」と高い赤ワインをオーダーし、ワイングラスのてっぺんまで並々つがれ「ま、飲みなよ」とか言って見てるんだもん。ボトルあけないと失礼な気がしてガンガン飲んだ。結局ひとりでボトル2本くらい飲んだかな。その後のもう一軒ではもうデロデロ。とにかくふたりで何度か握手したことくらいしか覚えていない。もったいなさすぎ。

あぁ、でも、握手しながら「この手が…」と思ったことは覚えている。意外と小さな手。この手からあれらのコピーが生まれたんだなぁ…。

彼のコピーを読みながら「こんなコピーが書ける未来が来るのかな、いや来ないんだろうな」とか思っていた昔の自分。いまだに全く書けてはいないけど、同じ業界の違う部分で前線に出られるようにはなった。それはたぶんそうやってウジウジした昔があったからなんだろうな。

おかげで二日酔いだったけど、シアワセな二日酔い。いい週末を迎えられそうだ。

リンク用URL

ページの先頭に戻る過去ログ一覧

メニュー

Follow satonao310 on Twitter @satonao310
satonao◆satonao.com
メールをくださる方は上記の◆の部分を@に換えてお送りください(スパムメール対策)。
スパム対策を強化しているので、メールが戻ってきちゃう場合があります。その場合は、satonao310◆gmail.com へ。

メールをくださる方へlinkyuko昼メシ連載

nihakumikka3.gif
「極楽おいしい二泊三日」
(文藝春秋)新発売!
くわしい内容などはこちら

明日の広告
「明日の広告」
(アスキー新書)10刷発売中!
くわしい内容などはこちら

沖縄上手な旅ごはん
「沖縄上手な旅ごはん」 (文春文庫)2刷発売中!

人生ピロピロ
エッセイ集「人生ピロピロ」(角川文庫)発売中!

沖縄やぎ地獄
「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)発売中!

うまひゃひゃさぬきうどん
「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本)発売中!

 →著書一覧はこちらへ

Google Sitemaps用XML自動生成ツール

Special thanks to Minoru Yoshida, Yusuke Kitani.