2009年3月 アーカイブ

そういえば映画館って喫煙可だった

2009年3月11日(水) 9:25:03

両親と話をしていて「そういえばそうだったっけ?」と思い出したこと。

「昔、映画館ってみんなタバコ吸っていたのよ」

そうだったなぁ、そういえば。
タバコの煙に映写機の光が映って妙にキレイだったことを思い出す。そうそう、みんな吸っていた。

某新聞社で講演

2009年3月12日(木) 7:56:08

昨日は午前中に某新聞社で講演をした。
個人的にわりと好きな新聞社で、実際に購読もしている。親が取っていたこともあり、物心ついたときから読んでいる全国紙である。物心ついたときから四十数年間、毎朝毎晩のように読んできた新聞というのはいったい人間にどういう影響を与えるのだろう。ボクに知性なんかがあるとしたら、その数割はこの新聞でカタチ作られているのかもしれない。そう考えると新聞って大きな存在だ。

去年の新聞大会で話した内容を、というリクエストだったが、あれから約半年経って新聞に対してイイタイコトが溜まっていたこともあり、もうちょっと広げてお話しさせていただいた。パワポにして120枚(笑:まぁ1枚に1行とかも多いのだけど)。それを1時間でブワ〜ッと話す。伝わったかな。でもウケは良かったのでそこそこ伝わった気がする。

新聞社内用の講演だったが、副部長以上の幹部社員が集まっていて、なんと社長さんまで出席。以前のボクならガチガチに緊張したところだが、去年からの講演数が効いて意外とリラックスしてしゃべれた。「あぁ場数を踏むってやっぱり大事なんだなぁ」と脳味噌の隅っこで客観的に観察しながら話していた感じ。いやホント、しゃべりは一番の苦手分野だったので。

某テレビ局で講演

2009年3月13日(金) 8:29:54

都内某キー局で、放送局社員向けに、「エースで4番の時代が終わった 〜テレビのこれから〜」と題して話をした。

二日連続でちょっと気が重い講演。広告についてならいくらでも話せるが、メディアのプロたちに向かってメディアのことを話すのは、門外漢である分いろいろ悩ましい部分がある。現状分析で終わっても仕方ないので、ボクなりの提言も混ぜ込みたいし、かといってそれがあまりに的外れだと恥ずかしいし、微妙に緊張する。

おとといと同じく、前半はネガティブな話。YouTube上の動画なんかもお見せしつつ(意外とみなさん見ていない)、テレビ不況の原因を紐解いた。で、後半というか終盤はポジティブに「とはいえテレビは大丈夫」という展開。個人的には新聞に対する処方箋の方がいっぱい持っていて、テレビのそれはまだあまり持っておらず、9つ提言したおとといに比べて少なめ。というか、新聞よりテレビの方が話すの難しい(処方箋が難しい)。

ロッド・スチュワート日本公演 @武道館

2009年3月14日(土) 7:34:43

ロッド・スチュワートの13年ぶりの来日公演「ROCKS HIS GREATEST HITS JAPAN TOURS 2009」に行ってきた。

中学高校大学と、彼のアルバムはすべて買い、彼の来日ライブにもすべて行ったくらいはファンであったワタクシ。たまたま来日公演の記事をネットで読み、脊髄反射的にチケット購入ボタンを押したのだが、その反射神経のおかげか席はアリーナの前から4列目(ステージに向かって左端の方だけど)。いやぁロッドが20メートル前にいるよ! 会場一番奥の安席で熱狂していた30年前の自分に教えてあげたい。

それにしてもパンクチャル(時間に正確)なライブだった。ちょっと異様なくらい。
寸分の狂いもなく7時00分に始まり、8時00分に「じゃ、10分休憩ね」と休み(休憩があるロック・コンサート、初めて見たよ)、8時10分ジャストにショウを再開し、9時00分ジャストにアンコールまですべて終わって会場が明るくなった。いや、マジですべてが計算されたようにピッタシ。

一泊で志摩

2009年3月15日(日) 11:13:53

一泊で志摩に来ている。
まぁもうしつこいかもしれないけど「晴れ男爆裂」で、嵐だった昨日も昼頃志摩に着いた途端晴れて、今日はまたこれが大晴天。まさにリゾート気分で連載下見ハシゴ食べ中。

もう仕事が間に合わないのだけど、よりによってこの時期に〆切が来てしまい、どうしてもこの週末に来ないといけなかった。でも新幹線や近鉄特急で仕事をし、こっちに着いてハシゴ食べし、ホテルに帰って仕事をし、夜ご飯を食べに行き、また仕事をし、と、意外と効率がいいことに気がついた。リゾートに来て気分は変わるし、おいしい食事で発散するし、無理矢理来て良かったかも。

夜まで志摩でいろいろ食べて、また東京にとんぼ返り。あぁそれにしても天気がよい。海沿いでもゆっくり散歩しよう。

志摩は美味しかった

2009年3月16日(月) 9:29:44

志摩からは日曜夜遅く帰ってきた。
行ったのは「おとや」「プチレストラン宮本」「アッシュ・ドール」「ヨット」「プリンス」「日本料理 鯛」の6店。志摩は広い上に交通の便が悪く、店がそれぞれ離れていて、あまり数は捌けなかった。でもアタリ確率は多かったな。どこも美味しかったけど、特に良かったのは「日本料理 鯛」と「ヨット」。「プチレストラン宮本」もなかなか。「アッシュ・ドール」も良い。「おとや」も「プリンス」も悪くなかったし、いや、つまりは全部よろしかったということ。かなり満足な食べ旅行となった。

「アッシュ・ドール」はフレンチなんだけど、神戸にあった「ラ・コート・ドール」(ベルナール・ロワゾーがシェフをやっていたころのフランス「ラ・コート・ドール」の世界唯一の支店だった)でシェフをしていた山口浩氏とジャン・ジャック・ ブラン氏のコンビがやっているレストラン。震災前、神戸のその店にとても美味しい思い出があるボクとしては、なんだかうれしい邂逅なのだけど(震災で壊滅的被害を受けて閉店した)、ロワゾーの流れを汲む水の料理は健在であっさりすっきりなかなか良かった。ちょっと内装やサービスが全体に垢抜けていないのが残念だったけど(ワインの品揃えもいまひとつ)。

でも、志摩ほど素材がいい土地だと、やはり和食がいいなぁ。「日本料理 鯛」で食べた刺身の旨さはうなった。素晴らしい。「ヨット」の貝焼きもよかった。「プチレストラン宮本」のシェフは志摩観光ホテルの「ラ・メール」出身で、あそこの名物料理が安価で食べられるのが売り。あそこの超お高いカレーが3150円とかで食べられる。お得かも。

地方紙で講演

2009年3月17日(火) 6:27:15

新聞系の講演が続く。
昨日は地方紙の集まりで講演。全国の地方紙の部長以上が集まった勉強会で、「新聞のこれから」を話させていただいた。大筋は先週に某中央紙に話させていただいた内容と一緒である。ただ、地方紙は地元に密着した強みがあり、そこについての研究は自分の中で未開拓分野なので、少し突っ込みが足りなかったかもしれない。これを機に地方紙についてもいろいろ考察してみたい。

昨日は仕事が本当に秒刻みだったので、この講演はかなり響いた。体力的に。たった1時間30分のしゃべくりとはいえ120枚のパワポを話し切るのは体力使う。
講演後いきなりガス欠となり(カラダが)、青息吐息。秒刻みが深夜2時まで続いたのだが、最後の方は1分ごとに大あくび。会議を一緒にしていた方々には申し訳なし。というか、あまりに時間なくて昼ご飯も夜ご飯もコンビニおにぎり2個だったので、物理的にガソリン不足だったのかも。ちゃんと栄養とらないとなぁ。

でもね、今日の昼前(もうすぐだ!)、ひとつ大きな峠を越す(仕事)。あぁうれしいなぁ。峠を越したらとりあえずメールのお返事から始めます。溜まりすぎてしまいました。すいません。

ミュージカル「ザ・ヒットパレード」観劇

2009年3月18日(水) 9:28:49

ミュージカル「ザ・ヒットパレード 〜ショウと私を愛した夫」を観た。@ル テアトル銀座

日本のショウビジネスを暗闇から明るい日光の元へ導き出し、虚業から実業へと価値転換したある夫婦の実話。言わずと知れた渡辺晋・美佐夫婦の物語である。いわゆるナベプロですね。彼らが日本のエンタメのために果たした役割は計り知れない。その出会いから死別まで、夢の一歩目から失意そして次の夢まで、一介のジャズマンから藍綬褒章を得るまで、を、昭和ヒット歌謡の数々に乗せて原田泰造と戸田恵子が達者に演じている。

題名はもちろん昭和の大ヒットTV番組「ザ・ヒットパレード」から来ている。
3時間にも渡る全体がその番組構成をベースに作られていて、番組と同じようにヒット曲のメドレーを歌いながら、番組「ザ・ヒットパレード」で花開いた渡辺夫妻の人生やザ・ピーナッツの栄光が綴られていく。この二重構造はとても面白いが、逆にちょっとマニアックになっていて、ストーリーに乗っていった気持ちが唐突に始まるメドレーではぐらかされた部分もあった。ストーリーに連関するようにもっと綿密にヒット歌謡が仕組まれていたら(たとえばアバの曲をストーリーと上手に組み合わせた「マンマ・ミーア」のように)もっと気持ちよかったかもしれない。

峠を越しました

2009年3月19日(木) 8:05:05

仕事が峠を越した。火曜の午前中に大きな年間プレゼン、夜にも別クライアントで大事な年間プレゼン。ふたつとも個人的には綱渡りっぽかったけど何とかクリア。特に午前中のは企画書を100枚ほど自分で書いてのプレゼンだったので時間がかかったし責任も大きかった。あぁホッとしたよ。まぁでもこのふたつもこれで終わりではなく「これが始まり」だし、まだ大きな仕事が3つほど控えている。しかも昨日また大きな仕事が飛び込んできた。今年は気が抜けないな。仕方がない。

2009年2010年は広告業界にとってもメディア業界にとってもものすごく大切な2年だ。歴史的転換年。大きなターニング・ポイントだと思う。だからこの2年は「仕事の年」と腹を括った。あんな本を書いたこともあるし、モーレツに仕事しようと思う。ちょうど50歳前で人生的にもそういう時期でもあるし。

モーレツに仕事する、と決めて腹括ると、もう馴れきってマンネリ化してしまったと思っていた毎日でもいろいろと新しい喜びや学びが見えてくる。この感覚どっかで経験したなぁと考えていたら「あ、受験のときと一緒だ」と気がついた。小学校から高校まで毎日毎日勉強を続け、もう勉強なんて飽き飽きするほど馴れきっていたのだが、いざ大学受験のために(それも一度落ちて浪人が決まってから)腹を括ってモーレツに勉強しだしたら、まったく想像しなかった新しい喜びや学びが見えてきた。あの感覚。きっと毎日馴れきった家事とか、毎日馴れきった歯磨きとか、毎日馴れきった排便とかにも「隠れている喜びや学び」って山ほどあるんだろうな。「どんなに月並みで平凡なことからでも必ず何かを学べる」。ジェイもそう言っていたっけ。

犬の寝言

2009年3月20日(金) 20:00:06

今日は祝日だったので朝からずっと寝ていた。今日は溜めすぎたメールのお返事だけはしようと心に決めていたんだけど、この感じではちょっと無理かな。まぁ休むときは休もう。寝たいだけ寝る。

ボクが寝ていると我が愛犬は必ずベッドに上がってきて横で寝る。今日もずっと横にいた。
飼い始めのころは、犬は決してベッドに上げなかった。そこは区別をつけて躾けていたのだが、長年飼っているとだんだんその辺が曖昧になり、いつ頃からかベッドに上がるのを許してしまった。いまでは夜は飼い主より早くベッド上で寝ている始末。まぁ可愛いから許す。

で、そのおかげもあって、犬の寝言を初めて聞いたよ。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。