2009年1月 アーカイブ

2009年あけましておめでとう

2009年1月 1日(木) 8:02:48

ushi1.jpg今年もよろしくお願いします。

東京は雲ひとつない穏やかな元日です。
初日の出は6時50分だったので、ベランダに出てビルの合間から昇ってくる太陽を拝みました。

今年はどんな年にしようかな。すべては自分次第。すべては自分次第。すべては自分次第。

「弁いち」さんのおせち

2009年1月 2日(金) 8:35:33

雲もなく風もない暖かい元日。

おせちは昨年同様「弁いち」さんのをいただいた。
お重を開けると全体に茶色くて、派手で美しい料亭のおせちには見劣りするんだけど、この飾り気のなさにこそ有り難みがある。美しい既製品使いのおせちが多い中、いちから地道に丁寧に手作りしていったことが感じられる料理群。大量生産ではないからこそ出せる味が詰まっている。

「弁いち」さんは浜松にある割烹である。サイト上で1999年から長く続く板前さんの日記を、その初期の頃から毎日のように読んで、「こういう人が作る料理を食べたい」と思ったのがご縁の始まり。浜松は遠くてなかなか行けなかったが、ようやく一度だけお邪魔でき「料理って作った人を食べることなんだな」という実感を持った。あの頃から料理や料理店に対する見方が大きく変化していった。そのきっかけになった店でもある。

箱根駅伝応援 & 撮影行

2009年1月 3日(土) 16:07:50

箱根駅伝を応援に行ってきた。
復路第10区。田町駅で降りてNEC本社ビル前あたり。

箱根駅伝って「そういえば母方の祖父が大好きでいつも正月はテレビで見ていたなぁ」程度の記憶しかなく、ボクはあまりちゃんと見たことがない。今年は何も予定がない正月ということもあって、昨日ほぼ初めてスタートからゴールまでゆっくり見てみたが、いや〜おもしろいね、これ!(何をいまさら)

で、娘が今年も「港区観光フォトコンテスト」に応募するというので(去年はニューエイジ賞に入賞)、「じゃあ箱根駅伝を沿道で応援する人の表情とか撮ったらどうだ?」という話になり、「えーと港区のコンテストだから港区で撮らないとな。そうすると田町駅あたりかな」ということで、沿道応援&写真撮影に出かけたのである。まぁ観光フォトコンテストにふさわしい題材かどうかは迷うところだが、風物詩ではあることだし、応募できなくても練習としては最適。

自己肯定の弱まり

2009年1月 4日(日) 16:08:46

お正月休み最後の日。
心安らかに連続して休めるのは今年はもうないかも、と、サイトをいじったりするのもやめてベッドで物思いにふける日にした。別名、ほとんど惰眠。

惰眠中、ふと気づいた。
このところの精神的迷走は「自己肯定の弱まり」が原因だったんだな。自己否定が強まりすぎた。本業もプライベートも領域を広げすぎたせいで全体の密度が薄まり、部分部分の完成度が低くなり、それを悔いて内省的になってしまった。それが強い自己否定につながった。そんなことよりも領域をここまで広げられた自分をもっと肯定するべきであった。もっと誇りに思うべきであった。

また寝て、ふと目が覚める。
そういえば、この休み中、娘のこともよーく見ていたが、彼女もこのところ自己肯定が弱い。自己否定的な発想をする。謙虚というには否定的すぎる。これはボクのが移っているのではないか。いかんいかん。ボクも直すけど、もっと彼女自身のイイトコロに気づかせてあげて、自分を好きになるようにしてあげないと。

ゆるやかに発進

2009年1月 5日(月) 4:51:16

この休みの目標のひとつに「カラダを締める」というのがあった。
ヨガと基本エクササイズ。特に腹筋。これらは一週間まめにやったと思う。ただ体重は増えた。まぁ筋肉は重いので筋肉がついてきたとも言えるが、少しお雑煮食べ過ぎたかな(←お雑煮好き)。まぁ基礎代謝(BM)が増えたのでそのうち自然と痩せるだろう。

年末、バリカンの目盛りを下げ、1〜2mm程度にした。
超短髪というかほとんどマルコメに近くなった。が、家族も両親も気づいてくれない。まぁ見た目変わらない、ということだろう。こっちの方が気持ちいいのでしばらくこれでやってみる。刈りたてをジョリジョリ触っているのが気持ちええ。

今日から出社となったらいきなり早朝覚醒。
どんだけイヤなのか(笑)。朝4時前に目が覚めて、その後寝られず、仕方がないからさなメモ書いている。まぁ昨日が惰眠の一日だったので寝が足りているせいもあるかもしれない。ただ、1月の早朝って好きではある。空気の密度が違う感じ。

1mmと3mm

2009年1月 6日(火) 7:42:26

1mm程度に短くした髪の毛だが、頭にシャドウな部分がなくなった分(髪の黒っぽい部分がなくなった分)、かなり丸顔に見えるようだ。
初出社で「太った?」とか、まず聞かれた。まぁ確かに1キロくらい体重増えたが、本人としては筋肉増加分だと思っているのでちょと不満。「いや、髪を極限まで短くしたからじゃないかなぁ」と返すと、あぁ…とか頭を見て、「そういえば、そうかもね」と言って、そこからがふたつに分かれた。「でも、怖くなったね」という意見と「でも、優しく見えるようになったよ」という意見のふたつ。

「それって坊主というかほとんどスキンヘッドですよね。ちょっと怖いかも」「んー、サングラスとかしたら完全にヤ○ザですね」という人が半分。
一方「なんか丸くなって優しい顔になったんじゃない?」「可愛くなった」という人が半分。両極端だ。どっちやねん。

んー、どうしようかなー…。1mmと3mm。どっちにすっかなー…。
たった数ミリの違いなんてたいしたことないと思ってたけど、意外と大きな違いのようだ。1mmだとファッションも変わってくるのかもしれない。頭にシャドウがない上に色白なので、黒とかが似合わなくなるかも。というか黒だとより「怖い」方向に印象が流れるだろう。ただでさえ第一印象が悪いボクである。「怖い」方向に印象が流れるのはあまり宜しくない。でも「優しくなった」と言ってくれる人も半分いるし…。

浅草演芸ホール「平成21年初席」

2009年1月 7日(水) 8:32:21

去年の舞台納めは落語だったが、今年の舞台初めも結果的に落語になった。結果的に、と書いたのは、当初は行く予定がなかったから。

つい数日前に「東京煮込み横丁評判記」(坂崎重盛著)という本を読んで、なんだか煮込みが食べたくなり(というか大衆酒場に行きたくなり)、友人とまずは北千住に行ったのが事の始まり。
まず行ったのは言わずと知れた千住の名居酒屋「大はし」である。ただ、本に載っている「大升」「天七」「千住の永見」も射程に入れていた。本に載ってなかった「徳多和良」も行ってみたい。あ、「藤や」も。んー全部行ったら6軒のハシゴ酒になる。新年早々それもどうかと思いつつ、まずは「大はし」。

あー、やっぱりここの肉豆腐はうまいや。刺身もうまい。セロリや串カツもうまい。梅割りももちろんうまい。サービスのテンポも相変わらずのテキパキさ。気持ちいいなぁ。常連さんたちに囲まれて飲んでいるうちに腰が落ち着いてしまってミニ牡蠣鍋までもらってしまう。あぁ食が進むなぁ。ハシゴ酒気分が遠のくなぁ。

喫茶店カレー

2009年1月 8日(木) 7:40:04

なんか急に「喫茶店のカレーが食べたい」という欲求に駆られた。
インド風でも欧風でもタイ風でもない、あの独特の日本カレー。楕円のカレー皿で給されて隅っこに福神漬けの赤が眩しい街角カレー。ご飯がべっちゃりめでルーも水溶き片栗粉なんか入ってねっとり甘かったりする家庭カレー。紙ナプキンが巻いてあるスプーンとコップ一杯の水道水だけが脇役な、シンプルで懐かしい昭和洋食カレー。たまに昭和時代のケチャップ味ナポリタンが無性に食べたくなるのと同じように「喫茶店カレー」もたまに無性に食べたくなる。

出来ればウッディかつモルタルな昭和の喫茶店で、カウンターの椅子が木の作り付けだったりすると気分。マスターは黒のベストを着ているロマンスグレーの60代で、レジですれ違った時ほんのりブラバスの香りが漂ったりするともっと気分。デミタスカップのコレクションが棚にあったり、古いタンノイのスピーカーが隅に据え付けてあったり、山岳写真が額入りで飾ってあったりするともっともっと気分。そんな喫茶店でカレーが食べたい。

で、仕事場からとりあえず出た。そしていきなり途方に暮れた。そんな喫茶店どこにもない!

「大衆」から「個衆」「鏡衆」、そして「結衆」

2009年1月 9日(金) 6:52:48

昨晩は今年の講演初め。講演というかレクチャーかな。小規模でアットホームな会だった。
広告関係の方はおらず、流通やメーカーや商社の方が集まったビジネススクール。なので、広告の話を基点に、なるべく店頭や商品開発に応用できそうな話をしてみた。ここ10年くらいの生活者の変化とそれにどうやって対応するかをかいつまんで1時間15分で話し、あと45分は質疑応答。それぞれの現場でのお悩みやボク個人に対する質問。一番多かったのはやはり生活者へのアプローチというか調査の仕方みたいなこと。どうやってターゲットもしくは「欲しがっている人」に出会えばいいか、に皆さん悩んでらっしゃる。それがわかったらとっくに起業独立しているわけで、ボクももちろんわからないのだけど、ボクなりの答えを提示させていただいた。

未だ「大衆」という言葉が存在した時代のマーケティング方法から抜け出せないことが今の現場の一番の問題点なのだろうなとつくづく思う。「大衆」という大きな塊がどう動くか、を、マーケッターが脊髄反射的に追ってしまう。頭ではもう「大衆」の時代ではないとわかっていても、そういうやり方がカラダに染みついていて自然とそう動いてしまう感じ。

もちろんとっくに「大衆」の時代ではなく、「分衆」を経て「小衆」「個衆」を経て、いまではそーとーバラバラだ。
そして今の特徴は、バラバラだからこそ「結びつきたがる」「共有したがる」ということ(それを表した「鏡衆」という言葉もある)。
「大衆」の時代は「個」が重視され、個性あることを個人個人がしたがった。共有より個性。カタマリから抜け出したい欲望が強かった。でも今は逆。バラバラだからこそどっかでつながっていたい。わかりあいたい。この広いバラバラな砂漠の中で仲間を探し出したい。それがYouTubeでの発信やブログでの結びつき、ミクシィなどのコミュニティの発展やクチコミの強さにもつながっていると思う。

ひとり咲き

2009年1月10日(土) 18:55:42

チャゲ&飛鳥が無期限の活動休止、と、一部メディアが発表した(※ガセネタという説もある)。
正しい報道だとすると事実上の解散だろう。ちょっと感慨深いものがある。チャゲアスは、すっごい好き、というわけでもないけど、3つの理由で勝手に親近感を持っていたのだ。

ひとつは、CMの仕事を数回ご一緒したこと。個人的におつきあいはなかったけど、ボクが企画したCMに出てもらったりすると、やっぱりそれなりに親近感は持つ。
次に、一時期ボクは「チャゲにそっくり」と同僚内で言われていたこと(ヒゲもまだなく、髪型もオールバックでチャゲと似ていた頃)。実際、チャゲが雑誌でインタビューを受けてる写真があったのだが、それが我ながら酷似していた。彼らにも上司から「うちの社のチャゲです」と紹介され、一応「おー! ホントだ! そっくりだ!」と言われた(ま、お世辞8割だけど)。そんな時代もあったなぁと、チャゲをメディアで見かけるたびに坊主頭を撫でながら遠い目になる。

そして最後に、カラオケの持ち歌だったこと。
「ひとり咲き」「流恋情歌」「万里の河」のデビュー3曲だけだけど。でもこの3曲への思い入れは強いなぁ。特に「ひとり咲き」。どんだけ好きでどんだけ歌ったか…。
ボクはわりと熱唱型だったので、チャゲアスはいい感じでハマった。チャゲアス以外だと、「わかってください」(因幡晃)、「ダーリング」(沢田研二)、「島唄」(THE BOOM)、「大きな玉ねぎの下で」(爆風スランプ)、「恋しくて」(BEGIN)、「タクシー」(鈴木聖美)、「メモリーグラス」(堀江淳)とか。あとは1970年代のフォークや歌謡曲を好んで歌ったかな。拓郎とか甲斐とか世良とか。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。