2008年02月
ギリークラブで講演
2008年02月01日(金) 9:29:37
昨晩は「明日の広告」を出すキッカケになったギリークラブでの講演。
元々おととしの12月にここで講演したのをアスキー新書の本多さんが聞いてくださり、その半年後に「あの講演を元にして、本書きません?」と言ってきてくださったのだった。
講演テーマはまさに「明日の広告」。本の発売を受けて急に決まった講演だったが大勢集まってくれ盛況。でもいま本が品切れ状態で、半分の方はまだ読んでいない状況だった(会場で即売したが)。半分の方は読み終わっていて、半分の方はまだ読んでいない状態での講演。むずかしい。全員が読んでいれば突っ込んだ話ができるし、全員が読んでなければ易しく内容をなぞる。その中間。いったいどこらへんがストライクゾーンなんだ!?
ということで、内容は総花的になり、ちょっと散漫になってしまったかも。でも本でお見せできなかった動画とか実例とかを見ていただいたので、いろんな理解は進んだかもしれない。広告関係の方がほとんどいなかったので、より一般化して応用できるようにはお話した。
話していてわかったけど、あの本の内容をちゃんと話そうとすると最低でも8時間はかかる(笑) そのくらいは詰め込んだなぁ、と。「これたった2行で書いたけど、実はちゃんと説明するなら10分は欲しい」というような部分が意外とある。さなメモ口調で20年分の知見を入れ込んだつもり。自分で言うのもなんだけど780円はお得だと思います。
講演後の食事会は新丸ビルの7階で。30人くらい残っていたかな。
ここ、初めて行ったけど、なかなかすごいことになっている。面白い。しかもほとんどの店が朝4時までやっているとは知らなかった。
てっぺん(24時)をまわるまでそこで飲んで解散。その後ひとりで銀座の小さなバー。話しすぎて枯れた喉を軽く潤しつつ、今日の講演の反省。んー、本にイイタイコトをほとんど書いちゃったので、講演が逆に難しくなっちゃったなぁ。「これについては今日は時間がないのでご説明できません。本を読んでください」的な言い回しが増え、ちょっと不親切。講演用の構成をもう一回練り直さないと…。
誕生日ランチ
2008年02月02日(土) 8:54:18
昨日は伸び伸びになっていたツマの誕生日ランチ。
2月1日は中学受験のため、ムスメの通っている中学は休校。そんでは、と、3人で神楽坂「ラリアンス」に出かけた。
評判通りのいいレストラン。
でも基本はウェディング・レストランかも。まさにレストラン披露宴向けに作られたレストランなのだ。豪華なエントランス、広くお洒落なホール、高い天井、人数多いサービス陣…。ウェディング用に意識された花嫁花婿が降りてくる階段もあるし、プロジェクターやスクリーン、ピアノなどの準備も万端。ミシュランで一つ星とったレストランでの披露宴は列席者に喜ばれるだろう。そんなこんなもあって休日のウェディングの宣伝のために平日のランチを超お得にしている印象を受けた。ウェディングは儲かるし。
ウェディングにバッチシということは、記念日系にもわりとバッチシな環境ということ。
周りの席でもお誕生日会みたいのが多く、ケーキにろうそく、そして拍手と記念撮影みたいなテーブルが4つもあった(そのうちひとつがうち:笑)。
とにかくランチは超お得。
なんといっても3900円のコースがすごい。税込み・サービス料なし。ドリンクが2杯つく(食後のお茶以外に2杯。もちろんワインOK)。で、前菜・魚・肉・デザートのフルコースだ。味も盛りつけもなかなか良い。環境は抜群だしサービスもレベル高い。これでこの値段なら、そりゃ人気になるはずである。プラス550円すればデザートは「ワゴン取り放題」にもなる。プラス200円でハーブティ・ワゴンも来る。女性大喜び。
5000円のコースもお得。3900円のとの違いはアミューズとスープ、グラニテまでついて、最初からデザートがワゴンサービスなこと。もちろんドリンク2杯つきの税サ込み。ボクは食べたい料理が3900円の方にあったからそっちにしたが、この5000円もすごいお得感あるよなー。
あっという間にマダムたちの間で評判になったのだろう、広いホールはボクを除いて全員マダム系。男ひとり。まぁそういうレストランではある。ビジネス・ランチとかはあまり似合わないかも。
個人的には、この手の空間や環境にはあまり驚かないし、トキメキもない(男性だから、ということもあるだろう)。でも、料理はまぁまぁだったし、サービスはきちんとしていたし、気持ちのいいレストランだった。テーブルには「お誕生日おめでとうございます」のカードがあり、デザートに一品特別なケーキがついた(ろうそくつき)。それは退店時に箱に入れて持たせてくれた。卒がない。
あえて言うならパティシエが弱いかな。ここまで女性向き&記念日向きにしてあるなら、デザートにこそチカラを入れて驚かせて欲しいかも。おいしいのだが「こうなってくると、きっとデザートがすごいぜ」という期待はちょっと裏切られた。
その後ボクは会社へ。ツマとムスメは買い物へ。
そうそう、このレストラン、ワイン持ち込み4000円でオッケーらしいので、いいワインを持ち込んで友人たちと大勢で、という使い方も出来そうだ。その場合でも女性比率が多い方が雰囲気に馴染むけど。
荒川修作 講演会「死ぬのは法律違反です」
2008年02月03日(日) 9:52:21
先週、荒川修作の講演会に行ってきた。
題して「死ぬのは法律違反です 〜死に抗する建築〜」。英語で言うと「Making Dying Illegal」。ご存じない方のために説明すると、荒川修作は芸術家・建築家・哲学家で、有名なのは養老天命反転地と三鷹天命反転住宅かな。
彼の講演をちゃんと聴くのは2回目。1回目より荒川節に磨きがかかって自由自在だった。珠玉の言葉の連続。でも彼の講演は「荒川修作の言葉を受け止めようとする人には珠玉の言葉の連続に聞こえるが、荒川修作の言葉を受け止めようとしない人には支離滅裂に聞こえる」という特徴があるので、会場の他の人がどう思っていたかは知らない。「このオッサン、何言ってるか全然わかんねぇよ」というような顔で聞いている人が多かったと思う。
というか、明らかにボクは有利だ。
2年半前に彼が作った三鷹天命反転住宅の住宅内特別公開に参加している。つまり彼が訴える「死なない住宅」「生命の外在化」を体験・体感しているのだ。彼がバリアフリーの風潮に反対して言っている「負荷のない暮らしはかえって人を衰えさせます」という言葉も、体感してようやく心底理解した。あの住宅を体感しているといないとでは理解の度合いは違うだろう。
彼は言う。
ここに住めば普通に生活するだけで身体の細部のあらゆる細胞や筋肉の活性化が始まり、共同の免疫力や新しい感覚が出現し始めるのです。健康になり長寿になる。だから今までの建築や住居とは全く目的が違います。ここに住むには「使用法」があって、その通りに住まなくちゃならない。それほどプリミティブ(原始的)につくってあります。使用法がなくても使えるような家はもうつくってはいけないのです。この言葉も、あそこに実際に行って、家の中を歩き回ったり体感したりするとよくわかるのだ。
というか、笑うなよ。
マジな話なのだが、その日、ひどい風邪をひいてその見学会に参加したのだ。で、約2時間あの家の中にいただけで見事に風邪が治っていた。いやホント。その顛末は昔のさなメモ(ココとココ。写真も見られます)にも書いたが、あれには本当にビックリした。脳でなく、身体が勝手に反応したのである。
あの家はすごい。お金があったら買って住んでみたいな、とたまにぼんやり考える。人間の日常を「異化」してくれる家。毎分毎秒「異化」が起こるのは、ココロにもカラダにもとても大きな影響を与えるだろう。あの体験を元に彼の話を聞くといろんなことがよくわかる。いや、正確に言うと言葉や論旨はよくわからない。でも身体が納得する。「意味はわかんないけど『そうなんだ』と知っている」みたいな感覚。
荒川修作の素晴らしいところは、哲学に終わらせず、実践として「運動」にするところだ。
彼はいま高知に理想郷を作ろうと画策しているらしい。「それにはお金がいる」と衒いもなく訴える。なんでこういう素晴らしい哲学にみんなお金を出さないんだ、と訴え、営業する。その辺がユニークだし面白い。
身体は使い方次第で「生命」という現象を外在化できるのだ、と彼は訴える。だから「死なない」し、死ぬことはイリーガルなのだ、と。「僕たちは太陽だって作れちゃうんだよ。そんなことも知らないでみんな生きているんだ」。あぁ気持ちいいなぁ、荒川節。でも荒川さん、ボクも最近少しわかるようになりました。死なない、という意味が。まだ茫洋としてはいるけど。
彼の本「死ぬのは法律違反です」は
こちら。
ちなみに、3年半ほど前に彼の講演を聴いて印象に残った言葉はこんなの。
「ヒトは形あるものに名前をつけたが、目や手から出た力みたいなものに名前をつけず、認めない。形あるものしか認めないから死ぬんだ。身体がなくなったと同時に死ぬんだ。でも身体がなくなっても人間は死なないんだ。それがおまえらバカは誰もわからない」
egword 販売終了
2008年02月04日(月) 5:18:40
ずっとMac用のワープロソフトに悩んできた。
OS9の頃は「ORGAI」で決まりだった。原稿用紙モードがあったし、縦書きもスムーズ。書き下ろした「胃袋で感じた沖縄」(文庫化の時に「沖縄やぎ地獄」に改題)も確かこのワープロソフトを使った。でも20世紀中に販売終了になってしまった。あのときはガックリ来たなぁ。一冊書き終えたワープロソフトって愛着もあるし使い慣れしているし、なにより「あのソフトで一冊書けた」という自信が大きいのだ。もしくは「あのソフトがあれば次の一冊もすらすら書けるのではないか」という妄想。そういうのって大事なのだ。ゲン担ぎみたいなもの。だからほんなこつガックリ来た。
その後しばらくはワープロソフトに頼らず、「J-Edit」というエディターで書いて、書き終わったものをMac版「Word」に貼り付けて字数を計るという面倒なことをやっていた。Mac版「Word」は縦書きモードがダメダメな上に、字数が1万字を越えると俄然落ちやすくなったりして全く動作が信用できなかったので、そんな遠回りな作業となった。
で、最終的に行き着いたのが「egword」。
特に去年アップデートされた「egword Universal」。
これの縦書き原稿用紙モードで「明日の広告」も書ききった。10万字書いてもサクサク動くし、いろんな小技も利いていて「あぁこのワープロソフトさえあれば、これからも文章を書いていける」と感激したものだ。原稿用紙のマス目の色まで変えられるので、見た目を大事にするボクにはとても合っていた。
ところが、突然「1月28日で販売終了」との悲しい知らせが!
「日本語ワープロ『egword』ならびに日本語入力システム『egbridge』シリーズはMacintoshが登場した1984年から24年の長きにわたり、ユーザの方々から高い支持を受けて参りました。このたび、Mac OS Xにおける日本語環境の成熟などから、パッケージソフト事業を終了する時期であると判断するに至りました」と、哀しい文言のお手紙が届いた。
目の前真っ暗になったよ。オーバーでなく。
みなさんもお気に入りのいい道具をなくしたら目の前真っ暗になるでしょう? すごく書きやすく、それがあったらいい文章も書ける気がするような文房具。それがボクにとってまさに「egword」だったのである。
あぁこれからどうしようかなぁ。
他のソフトは縦書きモードがない。あっても貧弱だ。新しいMac版「Word 2008」もどうも信用できない。ちょこっとした書類ならいいが、一冊分の多量なる文章を操るようには出来ていない。10万字の文章の途中を数行削除しても瞬時に更新してくれるようなサクサクしたワープロソフトはMacの場合「egword」だけである。困ったなぁ。え? いや、Winに変えるのはありえない。フォントやデザインが汚すぎる。いい文章が書ける気がしない。←見た目に左右されるタイプ。
もちろん、販売終了だからといって、いまあるソフトが使用できなくなるわけではない。当分は大丈夫。
でも、これからもAppleは新しいOSを出し続ける。将来そのOSに対応した「egword」はもう出ない、ということだ。いったいどうすればいいんだろう。マジで途方に暮れている。
Mac用ワープロと巨顔雪像
2008年02月05日(火) 9:10:26
昨日の記事「egword販売終了」にメールをいろいろいただきました。
まず、egwordの中の人(開発責任者)が独立して新たなソフトの制作に着手する、というニュース。朗報ですねぇ。数年後には志の高いMac用ワープロが売り出されるかもしれない。
次に「LightWayText」と「IText Pro '08」の存在。なるほどー。なんでいままでボクの貧弱なアンテナに引っかからなかったんだろう(貧弱だからです)。両方とも同じ人が作っているエディタのようなんだけど、原稿用紙モードもあるし、Leopardに対応しているし、なにより「Writer's Workshop(作家のための作業環境)」をコンセプトにしている点が素晴らしい。ただ、「LightWayText」と「IText Pro '08」のどちらを使えばいいのかがよくわからない。似てるのだ。んー、どっちの方がいいんだろう…。わかる方、教えてください。原稿用紙モードをカスタマイズして(文字数行数を変更して)大量の文字をダダダと打っていきたいのですが…。
さて、今日から「さっぽろ雪まつり」。
東京に住んでいるし、今回は行けない。だから「いつから」なんて興味なかったんだけど、なぜか昨晩、いろんな方が「チーム・ナックスの雪像の写真」を送って来てくれ(正確に言うと、チーム・ナックスのアニメ版の「チビナックス」の雪像)、「明日からですよ!」と雪まつり気分を盛り上げてくれた。つか、モリの巨顔が雪像に!(完成写真の左端) 怖すぎる。
昨晩はちょうど金沢から来た「ナックスファン」と青山の「ペローラ・アトランチカ」でご飯食べていたので、モリに携帯メールしたら、あっちはあっちで、ボクの知り合いと盛り上がっていやがった。しかもその知り合いとはボクを介して知り合っているのである。なのにずるい。くそ、札幌行きたいなぁ。
昨晩一緒だった人たちは、去年ボクが金沢に行ったときにとてもお世話になった2人。ちょうど「明日の広告」を執筆中に金沢に行ったこともあり、「あのときは悲愴な顔してましたよ〜」とか。まぁ書き終えた今だから笑って話せるけど、マジであのときは地獄の真っ最中だったな(遠い目)
ボクがよく見る動画
2008年02月06日(水) 8:54:41
最近見た動画の中では「Frozen Grand Central」が一番印象的だった。
こういうパフォーマンスというかインスタレーションは大好きだ。超好み。いいなぁ。なんというか、自分が生きている何気ない時間自体の劇場性に気づき、精神が異化される感じ。まさに芸術そのものじゃないか。
動画で言うと「Free Hugs Campaign」も好き。
これはずいぶん前のものだけど、たまに疲れ切った夜とかに見るとてきめんに効く。カサカサになった心にすぅっと水が与えられる感じ。人間も捨てたもんじゃないと思う。というか、もしかしたらこの延長線上に国とか政治とかの争いを越えた「民衆による世界平和の実現」があるのではないか、とすら思う。性善説すぎると言われるかもしれないけど。でも、ベルリンの壁が民衆によって崩されたようなカタチがネットで起こらないと誰が言える?
実際これはその後世界各地に広がってるし(関連動画)。
それと「Where the Hell is Matt?」も好きかな。
これも超有名だが、なぜか何度も何度も見てしまう。自分たちが生きている地球という星がなんだかやけにリアルに感じられる。環境保護や世界平和を正論的に真っ正面から声高に叫ぶより、こういう表現の方が心に届くし感じられる。優れたコミュニケーションとはこういうことだ。
有名ついでに「Kiwi!」。しみじみするね。これはお酒を飲んだ夜中なんかにこっそり見ると効く(笑)
さなメモではあまり紹介しないけど(講演ではわりと紹介している)、いい動画はたくさんコレクションしているので、また定期的に紹介します。「これはオススメ!」とか言うのがあったら是非お教えください。
中国人の教授たちに講義
2008年02月07日(木) 7:05:47
ある機会があって、中国人の大学教授・講師たちに広告の講義をした。
みんな広告の専門家。中国各地から日本に研修に来ている6人の先生たち。25歳から46歳まで。黒竜江省とか江西省とか、遠くは新疆ウイグル自治区の大学から来ている。遠いなぁ。チベットの隣じゃん。イヤイヤはるばるようこそ!という感じ。
講師として部屋に入ると、それまでくつろいでいた聴衆の雰囲気がたいてい一瞬凍るものである。ボクが丸坊主で髭ででかい、というのも理由かもしれない。こっちも緊張してるしね。でも中国人たちは違った。底抜けに明るい。入った瞬間みんなが笑顔になって「こんにちわー!」という声が溢れる。うわ〜。こっちも明るい気持ちになって「ニーハオー!」と心を開く。
講義やプレゼンの始まりって、アイス・ブレイク、つまり会場の空気の固さを砕くようなジョークとか下世話トークで始める必要があることが多いのだけど、この人たちにはまったく必要ない。あぁこりゃいい時間になりそうだ、と、ほぼ確信。そしてその通り、話している間中、なんだか楽しかった。
講義を始めるとさすがに先生たちだけあって非常に熱心にノートを取る。んでもって少しでもわからないことがあると話の途中でも遠慮なく質問してくる。こっちはこっちで「あぁそこが理解しにくいのか」と軌道修正しながら話を前に進める。こういう風に途中で遠慮のない質問を受けることなんて日本では皆無なのであまり経験なかったが、これはこれで話しやすいな。
自分が聴衆の立場だったら、話の途中で質問をするなんて失礼だし、他の聴衆にも悪いとか思ってしまう。後で質疑応答の時間があるだろうし、最悪、講義が終わってから講師を廊下で捕まえて質問してもいい。でも講師の立場からすると、話の途中での素直な質問って意外と話の推進力になる。ふと「あぁそこがわからないなら、これも話しておこう」なんて違う話もしたりして、結果的にとてもいい説明が出来たりする。そんな感じで、昨日はわりといい講義ができた気がする。
楽しかったな。もう一生会わないであろう人々と笑顔で心を通わせるひととき。ボクが話したことが彼らをメディアにして黒竜江省とか新疆ウイグル自治区に渡る。ボクという人間のカケラが彼らを介して世界のどこかに散らばっていく。きっと荒川修作が言っている「人間は死なない」ってこういうことに近いんだろうなぁとか思いながら、彼らに「さよなら」を言った。もう一生会わないと思うけど、一生分会ったよね。
三刷決定!
2008年02月08日(金) 12:03:12
拙著「明日の広告」、三刷決まりました。ありがとうございます。
最近はご紹介してませんが、いろんなブログで紹介をいただき、メールもたくさんいただき、著者冥利に尽きてます。いままでの著作とは違う反応の多さです。「あらゆるビジネスに応用できる」というご感想が多く、意を強くしています。
ビジネス書においてとても影響力のある土井英司さんという元アマゾン・カリスマバイヤーの方のメーリングリストにもご紹介いただいたのですが、ちょうどその日、アマゾンで品切れとなり、編集者ともども地団駄踏んで残念がっていました。アマゾンで品切れになるのって「買ってみるか」と思った読者がいったん買い控えるのでとても痛いんですよね。
増刷分(二刷分)が今週中旬からアマゾンに投入されているので、そろそろ品切れも緩和されると思われます。アマゾンでは相変わらず「在庫状況: 通常3~5週間以内に発送します」と表示されていますが(この表示は、配送センターに在庫がなく、出版社から商品を取り寄せる状況の時に出る)、表示が切り替わるのが遅れているだけで、もう在庫はあるはずです(編集者談「たぶんもう24時間以内発送」)。ですので「買ってみたいけど、まぁ後にしよう」と思われていた方がいらっしゃったら、そろそろポチッとショッピングカートへ(笑) 三連休のお供にいかがでしょう?
また、書店の方にもそろそろ二刷分が行き渡っているはずです。二刷は部数が少なかったので大書店しか出回らないかもしれませんが、三刷はわりと多く刷ってくれるようなので、もうちょっと事態はマシになると思います。三刷が出回るのは来週末くらいかなぁ。それまでこのイキオイが保たれれば良いのですが…。
本の中で「広告というラブレターを渡すための待ち伏せ手法」をいろいろ語っていることもあって、その手法を「本というボクからのラブレター」に活用しきれないことが著者としては残念です。もともと出版というビジネス自体が、「書店というメディアの書棚で、伝えたい相手に偶然出会えるのをじっと待っている」という、超受け身 & 変化した消費者に対応していないコミュニケーションなんですね。ま、その辺はいずれまた。
満劇2008年公演「それは秘密です」
2008年02月09日(土) 19:44:10
満員劇場御礼座2008年ひそひそ公演「それは秘密です」東京版、に行ってきた。
大阪で活動するサラリーマン劇団で、数年に一回、こうして東京に大阪のアホなお笑いを届けてくれる。
3時間たっぷり、6話のオムニバス形式。おととし大阪で一度観ている3本と、東京公演用新作3本。いや〜、こんなおもろいお芝居がわざわざ手土産持って(もれなくポッキーつき)大阪から出張してきてくれるとは、なんと贅沢なことか。しかも出てる人のほとんどはリアルに会社の先輩後輩。ボクにとってはおもろすぎて天国みたいなひとときであった。
知り合いが出ている芝居というのは客として肩が凝る。頭真っ白になってセリフ忘れないかドキドキするのだ。
実際、満劇の過去の芝居では相当ドキドキしたこともあった。座長の「ライス大」に至っては舞台デビューの時から観ていて、そのときなんぞ、もう心臓が口から飛び出そうな緊張を味わった。リアルに本人の大ボケを知っているから怖くて舞台が観られない。少しセリフを噛んだだけでドッキ〜ッと震え上がる。終演後のグッタリ感限りなし。疲労困憊。ふらふらだった。周りを見たらみんなふらふらしていた。
でも今回はびっくり。ライス大、大好演。安定感あって全くドキドキしない。見事な座長ぶり。素晴らしかった。
藤白アル子も堂島サバ吉もうまくなったなぁ。舞台を締める淀川フーヨーハイ、桂雲呑の名演は言うまでもないが、朝潮でんぷん、緑ファンタ、天王寺春雨あたりは演技に安定感が出てきて味がある。楠葉プリンも舞子わかめも心斎橋ラムネもライス兄弟も…ってキリがないけど(おわかりの通り、基本的に出身地と好きな食べ物を組み合わせて芸名になっている模様です)。
と、こうして満劇劇団員を評論できるくらいは見続けてきているが、そうなってくると、やはり芦屋キムチが出ていた頃が懐かしい。スチャラカ社員シリーズを再演してほしいけど、彼がいないと無理だもんなぁ…。
演目は第四話の『おでん屋の女』が客席的に微妙だった。
というのは、大阪だと、ライス兄弟の片割れ「ライスさとし」から滲み出てくる変な空気でたぶん笑いが取れるのだけど、東京だとああいう空気に共感する土壌がない。笑わな損、と考える大阪の客じゃないと、あの演目はつらいのかも、と観ていてちょっと思った。
あとの5つはどれも笑えて楽しい。3時間があっという間。新作もとても良い。ライスたけお大熱演の『煩悩』が特に気に入った。ただ、大阪公演で締めを飾った『続・メールフレンド』をもう一回観たかったかも。
終演後、外に出た客たちの顔はみんなニッコニコ。
業界的になかなか濃いメンバーが観に来ていたが、みんな顔が緩みきっていた。この劇団の味だなぁ。客をこういう「ド緩い顔」にさせてしまうところがこの劇団の持ち味だろう。
座長のライス大や大黒柱の淀川フーヨーハイはうちの会社の偉いさんでもある。こういう人たちが会社のトップの方にいる会社って相当いい会社だなぁ、と、厚顔にも言い切ってしまいたい。でもまぁ大阪と東京とでは別会社みたいに雰囲気違うんだけど(笑)
※日曜の夜の部はまだ空席があるようです! 当日券は劇場までお問い合わせを!(03-3791-6566)
響子、二度目の入賞
2008年02月10日(日) 21:03:20
写真部に入って写真活動を始めたムスメの響子が、年末に応募した「第5回 Old&New 港区観光フォトコンテスト」のニューエイジ賞に入賞した。昨日港区から通知が来た。
ニューエイジ賞というは20歳以下対象の賞のようで、金賞銀賞銅賞佳作以外の特別賞。
受賞者も多いかもしれないし、まぁ海外で言ったら「ショートリスト」という程度かもしれないが、でも賞に残らないより残った方がよい。前回の「川カシャ!」努力賞はビギナーズ・ラックと思っていたが、二度目の応募でも残ったのはなかなか。しかもこれは学生限定のコンテストではない。響子もとても喜んでいる。
獲ったのは「色彩」という作品(写真はこちら)。芝の増上寺で撮ったものだ。
正直、彼女が応募した10点の中には他にもいいのがあったと思うし、この作品は「どうかなぁ」と思って出したのだが、こういうのが通るんだなぁ。こういう勘所も応募を重ねればわかってくるのだろう。
とりあえずお祝いとして前から欲しがっていた「Wii Fit」をご褒美に。
というか、いま我が家ではエクササイズと減量が流行っているのでちょうどいい。とりあえず夜はWii大会で盛り上がった。
そうそう、昼間は満劇の公演にまた行ってきた(笑)
響子と映画「EARTH」を観に行こうと画策していたのだが、満劇メンバーが昨日のさなメモを読んで「おでんのヤツとかずいぶん変わったので観に来てください」とメールしてきたので、響子とふたりで観に行った。なるほど金曜の夜は業界人が多くて客席がクール(冷たくて客観的)だったことが判明。日曜の公演は客席の空気が暖まるのも早く、みんなよく笑っていた。相変わらず気持ちがシアワセになるお芝居。響子は「眼鏡」と「献血記念日」をえらく気に入っていた。名作だよね。
母親の古希祝い
2008年02月11日(月) 11:29:37
古希といったら七十歳である。
古希とは、杜甫の詩「酒債は尋常行く処に有り、人生七十古来稀なり」から取られたという。古来マレなり。なるほど、それは祝わないと。でもその比較として「酒債は尋常行く処に有り」ってどうよ。酒のツケはそこらじゅうにあるって意味だよね? 「酒のツケはそこらじゅうにあるが、七十歳まで生きる人は実に珍しい」って…。
ま、それはおいといて、その「古来稀であることのお祝い」を先週末の土曜日に催した。
うちは晴れがましいことが苦手な一族なので、いつもは家で地味にお祝いするのだが、まぁ古来稀なのでレストランでしようということになった。まず悩むのはレストラン選び。料亭クラスは予算オーバーなので割烹クラスになるのだが、記念日にちょうど良くてしかも父母が喜ぶ系の割烹って意外と少ない。前回の会食を「まき村」でやったので味のハードルが上がってしまっているのも大きい。ここは!と思った店はたいてい数ヶ月前から埋まっているし。
満席で数軒断られた後、汐留の「花山椒」に決定。
調べたらミシュラン一つ星。それだけで父母は「へぇ〜」と喜んでくれる。ミシュランってお年寄りとの記念日に効くなぁ。ボクなんかは「ふーん、きっと外国人ウケする店なのだろうね」程度に冷めた目で見てしまうが、お年寄りが喜んでくれるなら価値がある。これからもそんな活用法でいこう。
まぁホテルのダイニングなので無難ではあるのだが、なかなかいい時間が過ごせた。
京懐石のコースで、すごく印象に残るわけではないが「おいしいね」と語り合える料理が続く。立地・景色・料理・内装・一つ星、と、ちょっとした記念日に「わかりやすい良さ」がある店である。シャンパンがモエシャンしかなかったり、ワインがガイザーピークしかなかったりするのをなんとかしてくれればもっといい(なんとかして!)。
昭和12年生まれの母・靖子は、ボクが言うのもなんだが美しい人である。
ただ、いわゆる「教育ママ」だったので、ボクは当時相当反抗した。いま冷静に考えるとそうでもないのだが、強く束縛&干渉されたという思いを青年時代ずっと持っており、母に対してつい激昂してしまう自分がいた。そういうこともあってか、いまでもボクは束縛とか干渉に対してとても敏感である。常に自由であろうともがく。
そんなこんなでなかなか素直に母と会話できない20代30代を過ごしてきたのだが、ようやくこの頃(本当にようやく)少し素直に話せるようになってきた気がする。
父母、そして家族3人、機嫌良く酔い、記念品として和光の財布を差し上げて、お祝い終了。
ここぞとばかりにみなさまからの印税をありがたく使わせていただきました。ええと記念品も含めて1000人様分くらい。ありがとうございます。おかげでとてもいい食事会になりました。
文庫解説本、出ました
2008年02月12日(火) 17:54:38

去年の11月末にもお知らせしましたが、斎藤美奈子著「文学的商品学」の文庫本「巻末解説」を書きました。先週末くらいから書店に並び始めたようなのでお知らせします。文春文庫から630円(税込)です。
基本的に他人様の本なんだけど、そこにボクが書いた文章が載っているという不思議な感覚。書店でこの本が平積みされているのを見たとき、なんだか「自分の子供じゃないけど、自分の子供と同じくらい可愛い♪」みたいな、屈折した歓喜を感じた。しかも斎藤美奈子さんの本。光栄至極。
書き終えてからもう3ヶ月かぁ。切れ者・斎藤美奈子さんの解説をする、というプレッシャーに悶え苦しんだあの頃。でも高い山ってひとつ越えるたびに確実に新しい地平が開ける。そういう実感はあるかも。
これを書いたのはちょうど「明日の広告」を書いている最中で、広告の諸相について熟考していたこともあり、この解説でもその土俵に引っ張り込んで書いています。斎藤美奈子さんの文芸評論を広告やネットに例えて分析したもの。書店で見かけたらお手にとってみてくださいませ。
二日連続モリ
2008年02月13日(水) 6:47:43
TEAM NACSのリーダーこと森崎くん(モリ)が東京に来ていたので、二日連続で夜ご飯。
最近ワインに凝りだした彼が「ワインの基本を講義してして」というので、カルチャーセンターでワイン講座も持っているツマの出番。モリを夕食に招いて家で即席ワイン講座。プリントアウトまで用意してフランス各地方飲み比べである。久しぶりに「Le Nez du Vin」まで持ち出して(リンク先は10年前の日記)、いろんな香りを当てっこしたり。
でも途中から違う話題で大盛り上がりになり、ワインは隅っこに追いやられちゃったんだけど。ま、会話が主役でワインは脇役、というのは正しい姿ではある。
翌日、というか昨晩は、N夫妻が合流して4人でオーストリア料理「カー・ウント・カー」。ツマとムスメはそれぞれ用事があって来られなかった。
ここの貴腐ワイン「クラッハー」と、クラッハーを混ぜ込んだブルーチーズとのマリアージュの快感をモリに知って欲しいというのが目的だったのだけど、目論み通り、みんな悶絶して喜んでくれた。いや〜やっぱりうまいわ。夢心地とはこのこと。料理もどれもこれもうまいけど、クラッハーの極楽さはまた格別だなぁ。
N夫妻とモリはこのところ異様な頻度で遊んでるらしいのだが、元はと言えばご夫妻はボクの読者で、ボクがサイトに書いた札幌の店(モリからオススメしてもらった店)にご夫妻が行き、そこで偶然(ボクの話題で)モリと知り合った、というのが出会い。で、モリを通してボクとご夫妻が会ったという複雑なようなシンプルなような出会いである。
元々のキッカケはボクなのに、ボクをないがしろにして二組で遊んでばかりいるので、少し怒っていたのだ(嫉妬99%)。キミたち遊びすぎ!
また去年みたいに「NYミュージカル・ツアー」に行くか行かないかなどの相談も。そうか、そろそろ決めないといけないタイミングだなぁ。早いなぁ。でもどうしよう…。
4軒のハシゴ食べ @博多
2008年02月14日(木) 8:39:26
有給休暇とって、博多に来ている。
雑誌「CREA Traveller」に連載中の「二泊三日うまうま旅」の下見である。
この連載、その都市に二泊三日で行くとしたら昼夜朝昼夜朝昼の7チャンス、どこで何を食べるのがベストか、というのを書いていくもので、博多で10都市目。周到に下調べをし、地元の信頼できる人に聞きまくり、こうして自腹で食べに来て、その中から「その都市にくわしくない旅人にとって、二泊三日ベストな7店はどこか」をボクの視点でオススメするものである。女性誌なので女性を意識しつつ。で、ボクが下見してチョイスして原稿を書き上げたあとに編集部が撮影に来る、という段取りを踏む。
つうことで「下見食べ」は下調べで絞った店を次々食べていくのがミッションとなる。
昨晩福岡に入ったボクは、チェックインもそこそこに「柳町一刻堂」(居酒屋)、「池田屋」(炊き餃子)、「久米」(居酒屋)、「Bar倉吉」(バー)と4軒ひとりでハシゴ。それぞれおいしく、いろいろ取ってしまったので少々食べ疲れ&酔った。さすがに最近ハシゴがきつくなってきたな。ボクの胃袋も歳をとるということか。
この連載が終わったらハシゴ食べはそろそろ打ち止めにしようと思っているが、この連載に関してはとても楽しんでいる。だって日本の各都市のうまいもんを知り歩くにはとてもいい機会だし。この連載を始めて知ったおいしいもんがいっぱいあるし。
博多は今年一番の寒さだと言う。
さて、週末にかけてもう少し食べ歩こう。今日はおいしい鮨とおいしい水炊きなどなど。
博多二日目
2008年02月15日(金) 8:02:58
博多にくわしい方々からの「私にも紹介させろ」メール攻め、ちょっと感激しました。ありがとうございます。こんなにいただくとは思いませんでした。博多在住の方々からも多数。うれしいです。
どの推薦もおいしそすぎるのだけど、複数の方からのだぶった推薦を優先して予定に加えました。昨日と今日で少々行って見ます。たくさんは行けないけど。
昨日は早朝に市場会館の「おきよ」(食堂)と「元祖長浜屋ラーメン」(ラーメン)。
元祖長浜屋ラーメン(地元の人はガンナガと略すらしい)は以前にも行ったのだけど24時間営業なので朝ご飯の推薦にいいかとおもって再訪。ま、聖地みたいなものなので。「おきよ」は定食が普通にうまい。
昼も二軒。「たつみ寿司」と「吉冨寿し」。
特に「吉冨寿し」は素晴らしかった。二軒目だったのでいい加減お腹一杯だったが、おいしくてするする入る。博多の名店。また来たい。
夜はまず「珈琲美美」で胃を起こし(芸術的な珈琲)、博多在住の方々と待ち合わせて水炊きの「芝」へ。「水晶鍋」「水月」「新三浦」なども行ったことがあるが、この店は窓からの景色が素晴らしい。那珂川に映るネオン&昭和の古い民家&あっさり味。
その後「ろくしき」(居酒屋)に行って「オスカー」(バー)で飲んで〆。
博多って素材は抜群だけど、全体的にちょっと味が濃い印象かな。でも名店をいくつか知れて満足満足。
博多三日目
2008年02月16日(土) 8:36:49
まったく毎週毎週、朝からこんなに泣かせて何するつもりやねん!とボヤきたくもなる「ちりとてちん」。いままでも泣かせる朝ドラあったけど、毎週泣かせるドラマは初めてだ。というか朝から掟破りすぎ。一日が涙で始まる。ま、今日は旅先のひとり部屋だったので心置きなく泣けて気持ちよかったけど。
それはさておき、博多三日目。
朝ご飯は胃を休めるために抜き、昼から活動開始。「みやけ」(博多うどん)、「よし田」(鯛茶)と食べた後、伝説のライブハウス「照和」へ。というか、こんな明るい時間から「照和」ってやっていたのね。
この場所からチューリップ、井上陽水、甲斐バンド、海援隊、シーナ&ザ・ロケッツ、長渕剛なんかが巣立ったんだなぁと感慨に浸りながら照和ブレンドという珈琲。ま、普通の喫茶店なんだけど、聖地は聖地。ミーハー心を満足させる。
その後「一風堂大名本店」でラーメン。本店でしか食べられない「本店あわせ味」を食べた後、博多のいろんなとこを散策し、いったんホテルへ。
夜は「ちんや」で博多風すきやき。魚が続いたので肉も良いな。口をすすぎにバー「HEARTS FIELD」へ。とてもよいバーで、モルトを思わず二杯三杯。
最後は「てつ鍋」という鉄鍋餃子の店に移って、会社の関連会社の後輩たちに会う。「明日の広告」を読んでメールをくれたりしているので、その話とか。地方でがんばっている広告マンは無条件に応援したくなる。
というか、古い成功体験がカラダのどこかに染みついているボクらの世代は、こういう風に新しいことにトライしようと試行錯誤している若者たちの邪魔をせず、しっかり口をつぐむ訓練をしないといけないな、と、改めて思った。温かい目で見たサジェスチョンならもちろんいいが、「そりゃダメだ」と全否定的かつ上から目線の口出しをしがちなのが先輩風を吹かせたいこの世代以上。でもその成功体験は(消費者が変化した今)もう古いのだ。口出ししない。のびのびやらせる。ちゃんと自己鍛練が必要な行為ではある。
博多最終日
2008年02月17日(日) 10:04:10
昨日は午前中にお土産用の明太子を買いに博多の小笹(地名)へ。ここで知る人ぞ知る手作り&無添加&少量生産&おいしい明太子が売られていると聞き、タクシーを飛ばした。東京へ帰ってすぐ食べたら異様においしかった。店名などはまたご紹介するけど、ほとんどどこにも売ってないので手に入れるのが大変かもしれない。
博多での最後の昼ご飯は、麺を3軒。
まずは「かろのうろん」(博多うどん)。古い博多弁だと「ど」が「ろ」になるようで、要するに「かどのうどん」ですね。角っこにある小さな店。おいしかった。博多うどんにしては細麺でコシがある。前日に食べた「みやけ」のぶよぶよな麺とはずいぶん違う。「みやけ」の方が昔ながらの麺なのかも、と思いつつ、こっちの方がうまいなぁ。
2軒目はJR博多駅デイトス内にある「大明担々麺」。知り合いに強く勧められた。これ、中国や台湾の屋台で食べたら「絶品!」と叫ぶと思う。でもファストフード的なこの雰囲気で食べるとまぁまぁ的。うまいんだけど損してる。惜しい感じ。
3軒目は、前の晩に後輩に「博多に『ちんめん』という麺があるのを知ってますか?」と聞かれて「まったく知らん」と答えたら勧められた店。赤坂の「黒田屋」。基本的に博多ちゃんぽん(手打ちちゃんぽん麺)を出す店なのだが、たしかに「ちんめん」というメニューがある。こりゃ麺好きとしては体験しに行かねば!
席に座って「すいません、ちんめんって何ですか?」とおばちゃんに聞いたら「さぁ?」と言われ鼻白む。なんやねん。そしてら奥からおねえさんが出てきて「醤油ラーメンです」とキッパリ。は? 「ええと、醤油ラーメンなだけ?」「そうです」「ええと、じゃ、なぜ『ちんめん』と?」「さぁ? 『ちんめん』は『ちんめん』です」と。
じゃぁ醤油ラーメンと呼ばんかい!と思いつつ、ネットで調べると、どうやら「ちゃんぽん」と「ラーメン」の間に位置する食べもののようだ。『ちゃんめん』から来ているのかな。
来たものを見てみると、具はラーメン系。麺もラーメン系。スープは醤油ラーメンというよりは鶏ガラ系のちゃんぽん風かな。マイルドでやわらかい。「あま太郎」という店が元祖らしいが、んー、二日酔いに効くラーメンって印象だった。
ということで、夕方便で博多から東京へ。
博多は全体に味が濃く、塩も強い印象だったなぁ。そういえばヒトも濃い(笑)。そういうお土地柄なのだろう。
安価なわりに素材の良さは圧倒的。食の底辺レベルも相当高い。つまりまずいものがない。でもダントツな美味とかも少ないかも。今回は高額店や屋台をはずしたが、全体の傾向は掴めたと思う。なんとなくだけど、味的にボクの中では「札幌を濃くした印象」。なんか通底するものを感じたなぁ。もう少し日数が経たないと咀嚼&俯瞰ができないんだけれども。
うれしい書評いろいろ
2008年02月18日(月) 6:38:59
拙著「明日の広告」。
今発売中の「週刊文春」2月21日号の書評欄で光栄にも野地秩嘉さんが取り上げてくださっただけでなく、「渋谷ではたらく社長のアメブロ」ではあの藤田晋さんが褒めてくださり、日経ネットでも大久保郁織さんがいい書評を書いてくださり、その上いろんなブログでも取り上げてくださったことなども重なって、金曜の夜、土曜の夜とアマゾンの売り上げランキングで19位まで行きました。アマゾンが扱う約800万冊中19位。すごい! ありがとうございます。
先週はアマゾンのシステム故障もあり、ずっと「通常3~5週間以内に発送します」、つまり「在庫なし」という表示が出ていたこともあって、一時42位まで行っていたのに300位くらいまで下がってしまっていたんだけど、週末に「在庫あり」に表示が切り替わった瞬間にタイミングよく上記3つの書評が出て、いきなり上位に食い込んだ模様。クチコミのチカラが瞬時に反映された例ですね。うれしいです。
……でも在庫分が1日でなくなってしまったようで。うぅ(泣)
土曜の夜中にはまた「通常3~5週間以内に発送します」表示に…。いまこそイキオイつけないといけないのに本がない! アマゾンで品切れ。bk1でも品切れ。楽天ブックスでも品切れ。大きなリアル書店にはまだあるようですが、それにしてもがっくり。そろそろ増刷分が行き渡るとはいえ…。
本の存在を知り、しかも欲してくださる方がいる、つまり「指名で需要がある」ということがこの情報洪水&成熟市場の時代どれだけ貴重で稀少なことか、広告マンとして痛いほどわかっているので、需要があるときに供給がないというのがもったいなくて居たたまれない…。
もちろん「売れて品切れ」というのは贅沢な悩みではあるんだけど、でも居たたまれない。ううむ。
とにかく、みなさん、ありがとうございます。
今日にも追加増刷分がアマゾンなどに入るはずなので、在庫なしは解消されるはずです(表示が「在庫あり」に変わるのは例によって遅いかも)。
ちなみに明日発売の「週刊朝日」でも書評で取り上げられるそうです。楽しみ。
あ〜ビックリした
2008年02月19日(火) 8:48:48
昨日、ある「親しい仕事仲間」とふたりで昼ご飯を食べに行った。
銀座ソニービル前で待ち合わせて、2月いっぱいでなくなってしまうという「あんじゅ」へ。黒豚ラーメンと牡蠣ラーメン。混んでいたのでサササと食べて「お茶でもしよう」と近くの地下の喫茶店へ。まだ頭の中が博多値段になっていて、メニューの「ブレンド 1200円」とかに驚きつつ。
そこで衝撃の告白。
私、結婚するんです。と。いや、まぁここまではイイ。素直におめでとう!である。でもそのお相手にビックリ。ボクの知っている違う「親しい仕事仲間」と、なのであった。「実はそうなんですー」と。
この思ってもみなかった組み合わせにしばし呆然。
満劇の桂雲呑のように「あ、そう〜」を繰り返す。なかなか次の言葉が出てこない。そういえば2年ほど前に3人で飲んだなぁとか思い出す。いやぁ…。「まぁそういう意味では佐藤さんもキュービッドのひとりですー」 んんー。
と、ここまで読んで「さてはコイツこの女性に惚れてたな、だからショックなんだな」もしくは「ふたりとも親しいのになんでいままで隠していたの?とショック受けてるな」とか思うかもしれない。でも違う。それはない。ただ、なんだろう、この感覚。アハ体験に近いのかもしれない。まったく関係ないと思っていたふたつの事項が結びついたときの衝撃というか、思わぬ方法で方程式の解が出たような驚きというか。純粋に脳みそ的「発見」の喜びに近い感覚。
おかげであんまりその後の話の内容を覚えていないのだが、よくよく考えると実にいい組み合わせだなぁと感心することしきり。欠けてた破片と破片がはまり合ったような感覚。「親しい仕事仲間」ではあったが「ものすごく親しい仕事仲間」とまでは行かなかったふたりが、ひとつに合わさって2倍になり、「ものすごく親しいご夫妻」に変化した。
なんか、こういう「思わぬ出来事」が起こるから、人生って楽しいね。楽しませてくれてありがとう(笑)
きよみ
2008年02月20日(水) 8:28:54
我が家で「きよみ」が急浮上している。
まず、一昨年頃からファンになった「清見(きよみ)タンゴール」。温州みかんとトロピタオレンジを交配させた柑橘類でこれがうまい。ファンである。
次に去年から急に縁ができた「きよみ」さん。神戸在住の方で、我が家とモリがいろいろお世話になっている。この前も一緒にご飯した。
そして「ちりとてちん」の和田喜代美と和田清海。毎朝、和久井映見の「きよみぃ」を聞いている。和久井映見の「きよみぃ」の発音が好き。
そしてそして、最後の「きよみ」は博多の明太子「きよ味」。先週博多で出会った明太子である。
正確には「辛子めんたい きよ味や」。鈴木清美さんという素敵な女性が作っている手作り明太子で、無添加無着色、すべての素材を厳選して手作りしている特別な明太子。「自分の子供に食べさせられる明太子を、と作り始めた」とのことなので、手を抜いている部分がない。【追記:その後、どうやら一次加工時(きよ味やに入る以前の漁船で獲った時点)にて微量の添加物が使用されていたことがきよ味やさんの調べでわかったようです。きよ味やさんのミスではないとはいえ残念。添加物は最低限とはいえ、完全無添加ではないのでご注意を】
まぁでもそんなことはどうでもよくて、ただ単に「うまい!」。いままでいろんな明太子を食べてきたが、ちょっと別物の明太子だった。粒は大きいし、薄味ながらも辛いし、実に自然な味だし。明太子の新しいおいしさを発見した気分。添加物バリバリに慣れた方には物足りないかもしれないくらい自然で清らかな味。
ただ、この「きよ味や」の明太子、完全手作り少量生産なため、ほとんど流通していない(写真)。
ボクは鈴木清美さんのオフィスに直接伺って買わせていただいたのだが、他ではどこで買えるのかなぁ。全国発送もしてくれるみたいなので、一応連絡先載せておきます。
福岡市中央区小笹1-5-13 (株)鈴屋商会内
092-534-8240(FAX:0120-565509)
中箱(230g〜:二腹から三腹)で3500円。クール宅急便代は別途かかるようです。
ということで、「きよみ」なお話でした。
ちなみに、うちのムスメは響子(きょうこ)だが、普段は「きよ」と略して呼んだりしている。近いことは近い。
鼻の奥の方にいらっしゃるトリュフさん
2008年02月21日(木) 7:57:16
昨晩は男ふたりでちょっと贅沢な食事会をしたのだが、コースの中の「百合根トリュフまんじゅう」に唸った。
百合根まんじゅうの中に親指の先ほどのトリュフが入っており、外側にはトリュフが極細切りでふんだんにかけられている。目の前に運ばれてくる前からトリュフの香りがぶんぶんと暴力的に鼻に届く。ふんわり届くのではなく勢いよく届くのだ。例えて言うなら、蒸されてふくらんだトリュフの香りの風船が、器の上でパチンと弾けて広がったような。
話はとても盛り上がっていたのだが、器を目の前にした途端ふたりとも黙り込む。
ここまで鮮烈に香るトリュフはあまり記憶にないなぁ。「なんだよコレ」「やっべ」みたいな短く品がない言葉しか出てこない。口に入れて舌に乗せ、上顎の奥の方の空間にしばらく香りを溜め込んで楽しむ。百合根とトリュフがまた合う合う。うまひゃひゃ。
コースはド頭もトリュフ、〆もトリュフだった。
あまりそういうの好きじゃないんだけど(贅沢品はワンポイントで使ってくれる方が好き)、でも昨晩のトリュフ料理はどれも秀逸だったなぁ。
ド頭のクレソンとトリュフの和え物も良かったけど、〆のトリュフ卵かけご飯がこれがまた…。トリュフが入っているわけではなく、トリュフを入れた袋に卵を入れて密封保存して、殻を通して香りを中に移しただけのものなんだけど、卵の奥の方にトリュフがほんのり存在するその距離感がまたいい。もともと卵とトリュフって相性いいんだけど、このくらいの距離感だと主役の卵が負けてなくてちょうどいいなぁ。醤油を混ぜず、土鍋で炊いた白米にその卵のみをかけて食べる。ズズズ。うまひゃひゃひゃい。
一晩たってもまだ鼻の奥の方にトリュフさんがいらっしゃる。だから今朝は、起きてからずっと、静かにそぉっと息をしている。そぉっとな。逃げちゃわないようにな。
プール後の洗眼は逆効果
2008年02月22日(金) 7:04:07
おととしプール熱にやられたこともあって、プール直後のうがいと洗眼は習慣にしている。プールサイドの洗面台でそれをしてからシャワーを浴びる。うがい中心だが、例のどこかサメのハンマーヘッドを思わせる洗眼用水道も横にあるからよく使うのだ。
で、厚労省も文科省も「プール後の洗眼」を奨励してきたらしいのだが、最近の慶応大の研究によると、プール後の水道水での洗眼は逆効果らしい。「塩素で角膜が傷ついた目の表面の粘液が洗い流されてしまい」(←ニュース原文ママ。わかりにくいな)、逆に細菌やウイルスに感染しやすくなるという。
検索したら過去にも「水道水で目を洗う行為は、予防につながるどころか、かえって目に悪影響を与える。以前はプール内の塩素濃度が高いため、目に付着した塩素を洗い流す目的で洗眼を行っていたと考えられるが、水道水は涙液とは浸透圧が異なるため、角膜上皮障害を起こしやすい」と発言している眼科医がいた(細川眼科クリニック)。どうやら眼科医の間では常識的なことだった模様。
あぁ、念入りにやっていたワタクシ。勘弁してほしいなぁ。
ということで「もう洗眼はしない!」と忘れないために、メモ。
ところで、プール後の「うがい」はどうなんだろう。
塩素で傷ついた喉の粘液が洗い流されてしまい、スポーツクラブから外に出た途端に最近やウイルスに感染しやすくなるということはないのだろうか。お医者さんたちのご意見、お聞きしたく。
媚竈(びそう)のご夫妻と
2008年02月23日(土) 17:56:47
昨晩は、ブルゴーニュにある日本料理店「媚竈(びそう)」のご主人と奥様が来日したので、恒例のメシ会。もう3年ほど毎年一回ご飯をご一緒している。まだ現地のお店には行ったことないのだが、妻の優子がチーズ研修旅行のときに二度ほどお世話になっており、その関係でだんだんと親しくなり、毎年この時期にご飯をご一緒する間柄となった。ムスメは用事があったので家で留守番。優子とふたりで出かけた。
この、年に一度の来日を、彼ら澤畠夫妻は綿密にスケジューリングして、全国のおいしい店を食べ歩いている。今回も長崎「エリタージュ」だの博多「たらふくまんま」だの浜松「弁いち」だの、いろんな店で食べてきた模様。
ボクがお連れしたのは、迷いに迷った末「御田町 桃の木」。
いくつかリクエストをもらっていた店がいずれも満席だったのと、こういう中国料理って意外と世界のどこ探してもないので(中国各地方を組み合わせつつ、日本の繊細さを足し算して自由自在に構成している。しかもワインが充実している)面白いかと思って。
ブルゴーニュで毎日いろんなワイン造り手と会っているご夫妻だが、この店のラインナップは意外だったようで、最初からいろんなワイン話。ボクのよく知らないビオ系の小さな造り手の話をいろいろ教えてくれた。
この店、ミシュランで星を獲ってからアラカルトでは手が回らなくなったみたいで、いまではコース中心の営業なのだが、あらかじめサイトのメニューを見て食べたい料理をリクエストすることはできる。コレとコレが食べたい、と伝えるとそれをコースに組み込んでバランスをとってくれる。というか、ここで言及したこの本によると、それこそが中国料理店でおいしいものにありつくコツでもあるわけで。
そうして始まったコースは、バラエティに富みつつバランスを考えられてあって楽しかった。
定番の「鎮江黒酢の酢豚」はもちろん、「アヒルの塩漬け卵風味かぼちゃの炒め物」「老四水煮牛肉」「上海蟹肉入りチャーハン」なんかが印象的だったな。「老四水煮牛肉」がうまかったので残り汁に麺をもらってつけ麺にして食べたりもした。澤畠夫妻も気に入ってくれた模様。
食後は4人で西麻布に移って「椿」。
二階にも店が出来ていて、そちらで。
この店は10年ぶりくらいかなぁ。澤畠夫妻と椿さんが親しいようでいろんな話をテーブルで。名物ソムリエールのイクちゃんも10年ぶりだけど相変わらずのノリだった。こういうお高いワインバーってとんと行かなくなったけど、世の中にはお金持ちが多いようで、とてもよく流行っている。
うわぁ、椿っぽい〜、と、バブル時代が懐かしくて笑ってしまうような一品(イチゴのトリュフまぶし)とピンクシャンパン。
ボクの中ではバブルの象徴のようなワインバー「椿」。でも、こうして10年以上に渡りちゃんとバブリーに継続しているのは素晴らしいな(皮肉ではなく)。
澤畠さん、また来年も是非。
Shades
2008年02月24日(日) 9:13:54
年末、「明日の広告」の脱稿とともに液晶ディスプレイを「Apple Cinema Display 30インチ」に換えたのだが、これが輝度をめいっぱい落としてもまぶしすぎ、目が疲れて仕方がなかった。最近ではサングラスをかけてマックに向かっていた程である。読者の眼科医さんにも相談したりするくらい。フィルターとかも30インチだと市販しておらず特注になる(高い!)。広い作業スペースは「Mac OS Leopard」の超快適性と相まって、もう手放せない&後戻りできないほどなのだが、この「目の疲れ」には相当悩んでいたのである。
そんなとき、読者の方から朗報が!
まぶしすぎる、と書いたのはずいぶん前なのだが、その頃のを読んでくれたみたいで、ある「Mac用無料プラグイン」を先週教えてくれたのだ。
それが「Shades」。
さっそくインストールして使ってみたら、これが素晴らしい。これだけ暗くなれば目も疲れない。まぁギラツキなどまでは抑えられないのだが、なんとか作業に支障のないレベルになった。最大の不満だった輝度がなんとか解消されて、あぁこれで作業がより快適になるぞとやる気まで湧いてきた(←環境に大きく影響されるタイプ)。
新しいiMacもわりとまぶしいらしいね。もし困っている方がいらっしゃったらお試しを。
ネット書店の脆弱性
2008年02月25日(月) 7:49:46
先週発売の週刊朝日に大きく1ページの書評で取り上げられたり、銀座旭屋で総合6位だったり、汐留リブロのビジネス書で1位だったり、「渋谷ではたらく社長」の記事や週刊文春の書評の好影響もわりと残っていて、おかげさまで好調な拙著「明日の広告」ですが、アマゾンではずっと「通常3〜5週間以内に発送します」表示されていて(つまり在庫切れ)、bk1でも楽天ブックスでも品切れ状態なので、なんかネット上でお知らせするのが憚られる状況。
いや、在庫切れになるほど売れてます! とか言いたいわけではなくて。
なぜなら在庫はあるんです。アマゾンにもbk1にも楽天ブックスにも。出版社談によると。
実際、アマゾンは「通常3〜5週間以内に発送します」という表示を無視して注文すれば、通常通り翌日か翌々日には着くそうです。これについてはアマゾン側の言質も取れてるらしい。ではなぜ表示的に在庫切れ状態なのか。アマゾン側の説明によると(出版社からの又聞きですが)「手動で表示は変えられない」「アメリカのシステムをそのまま導入しており、倉庫に本が入ろうが変更できない設計」とのこと。ではなぜ他の本は在庫切れ表示にならないのにこの本だけそうなるのかは不明のまま。
実は先週金曜にほんの数時間だけ「在庫あり」表示に変わったんですね。
でもそこそこ注文が殺到したらしく、すぐ「通常3〜5週間以内に発送します」表示に戻ってしまいました。出版社に聞いたら「まだ確実にアマゾンに在庫はある」との返事で、もうなにがなにやら。1月末からこの3週間、ほとんど在庫切れ表示のままの本なんて他にある? なんか運が悪いというか何というか…。笑ってしまうわ。
いままでネット書店って発送早いし超便利と思っていたけど、こうして送り手側に回ってみるといろんな問題あるんだなぁと溜息つきつつ、せっかくのイキオイが途切れないことを願っている今日この頃です。ネット上のクチコミは超大事なのでわりとショック大きいけど。
ちなみに三刷が出回っているはずなので、リアルな大手書店には並んでいると思われます。引き続きよろしくお願いします。
映画の復活に学ぼう
2008年02月26日(火) 6:54:19
昨晩は「明日の広告」を読んでくださったある既存メディアの社長にお呼ばれ。
初対面の方だったが、ものすごく情熱的でものすごく本質を掴んでいる方だった。
いちいち指摘が的確。今の空気を肌感覚でわかってらっしゃる。消費者が変化する以前の成功体験を強く持っている人はどんどん世代交代していくべきである、とは思っているが、この年齢(60代後半の方だった)でもこういう方がいるから油断できない。あの本に強烈な共感を持ってくださり、しきりに「元気になった」「若返った」と笑う。既存メディアは(消費者に合わせて変化さえすれば)自信を失う必要なんかない、というのもあの本の主張のひとつなので、とてもうれしかった。
あの本では「ネット vs 既存メディア」という誤った構図を否定して、既存メディアの生き残る道も多少説いているのだが、「書いていることはよくわかりますが、そうは言っても我が業界はやっぱりどう考えても絶滅危惧種で」みたいな自虐的&閉塞感バリバリのメールをくださる方がわりといらっしゃる。
新聞業界と雑誌業界の方だ。
確かに若い人を中心に新聞も雑誌も読まれなくなっていると思う。ニュースもコラムも携帯で読んでいる人が多く、通勤電車内の風景も様変わりした。いままでオフィスにごろごろしていた雑誌もすっかり少なくなった。このまま何もせず眺めていたら、衰退するしかないかもしれない。
でも、ボクは「なぜ『映画の復活』に学ばないのかな」と思う。
50年ほど前にテレビが登場して、映画は一気に衰退産業となった。
無料で楽しい映像がふんだんに見られるテレビに映画はとても太刀打ちできないし、映画の意味はもうない、終わった、と、誰もが思った時期があった。70年代80年代は特に。そのうえビデオデッキが普及して映画館に足を運ぶ人はどんどん減り、もう過去の遺物に近い、という空気すらあった。いまの「ネット出現」よりずっと強いインパクトをテレビは持っていたのだ。
でも、いま、映画は復活を遂げている。
ハリウッドを中心に話題の新作が毎シーズン封切りされ、テレビドラマよりずっと話題になるし、一時ほとんど死にかけた邦画ですら10億円を超える興行収入のヒット映画がいくつも出てきている。たった2時間の映像を観るために我々は1800円もの高いお金を払って映画を見に行く。これって無料コンテンツがはびこる現代においてスゴイことだ。
で、この「テレビと映画の関係」って、「ネットと新聞・雑誌の関係」に似てません?
なんでもタダで見られるネットと、お金を出して買う新聞・雑誌との関係に。
いきなり出現してニュースやコラムの主役になろうとしているネットと、それに脅かされて悲観している新聞・雑誌業界の関係に。
ま、細かい違いはもちろんあるが、大きくはそっくりだとボクは思う。
でも、新聞や雑誌には、いいお手本がある。
まさに「映画の復活」という前例が目の前にある。
映画が一時期衰退したのは、テレビが出てきたからではない。面白くなくなったからだ。それが言い過ぎだとしたら「テレビに取って変わられた部分にずっと固執していた」からだとボクは思う。
テレビのせいにして悲観していた会社は駆逐され、映画にしか出来ない面白さを追求してテレビと棲み分けた会社は生き残った。そして成長した。その象徴であるハリウッドはそのやり方を批判されもしたが、あのときハリウッドが腹を括って変わらなかったら、いまの映画の姿はなかったかもしれない。
新聞・雑誌が衰退しているとすれば、それはネットが出てきたからではなくて、消費者にとって面白くないからだ。
映画が「テレビにできないこと:莫大なお金をかけたCGとか、ハリウッド的大スターシステムとか」に焦点を絞って復活したように、「ネットにできないこと」に焦点を絞って発信していけば、ネットと共存できるどころか、ネットを凌駕する部分も出てくるだろう。
最新のニュースやコラムを伝えるだけならネットに勝てない。
でも、例えば映画がやったのに近いことを書くなら、資本を集中させて莫大なお金をかけた見事なドキュメンタリーを作ったり、ちゃんとお金をかけて書き手を育て、彼らをスターにして何人も囲い込んでいけば、ネットはとても太刀打ちできない。新聞や雑誌の方が読んで面白ければ、読み手だって戻ってくる。
そういう意味で、コンテンツ・メーカーであるライターや記者を安いギャラで使い捨てている今の酷い状況をまず一番に改めるべきだろう。お金をたくさん払ってくれるところに優秀な人材は集まるものだ。充分なお金が支払われ、優秀なライターや記者が競い合うようになったら、コンテンツの質は様変わりする。
あとは、映画業界(特にハリウッド)が腹を括ってやったように、新聞・雑誌業界がいかに腹を括れるかにかかっている。宅配制度や再販制度など、システム面での問題も多々あるが、コンテンツ面ではまずは「映画の復活に学んだらいいのに」とかボクは思うのだが、どうなんだろう。
4刷感謝!
2008年02月27日(水) 7:51:59
拙著「明日の広告」、おととい4刷が決まりました。ありがとうございます。
奥付の初版日が1月25日なので、建前上はちょうど1ヶ月で4刷。かつて経験がないほど高速です。有り難いことです。そして、ここに来て広告関係者ではない方からの感想メールも増えてます。主婦の方からとか。これがまたとてもうれしい。著者冥利に尽きますね。
著者冥利と言えば、たまに読みにいくブログに感動的な写真があったので「引用」します。この写真。
ここまで読んでくださるとまさに著者冥利。
アマゾンもようやく「在庫あり」表示にかわり、ホッ。みなさん、引き続きよろしくお願いします。
Oggi 連載、始めました
2008年02月28日(木) 8:11:23
女性月刊誌「Oggi」(小学館)にてコラム連載を始めました。
今日発売の4月号からとりあえず1年の予定。巻末の方に「コラム・サーフィン」というコーナーがあるんだけど、その中の1ページ。4月号だと510ページに載ってます。
タイトルは「さとなおの『明日が変わるひと言』」。
「また『明日』かい!」って突っ込まれそうですが(笑)、内容的にはこのサイト内の「オサニチ」に近い感じ。ボクにとっての名言を取り上げて書いていく連載です。厳選版オサニチ〜ちょっとOL向け〜みたいな。
いわゆるOggi世代って20代後半かと思うのだけど、男女限らず、意外と今のこの世代、好きなんだよね。
その上の世代より地に足がついていて浮ついていない。心の中に謙虚な夢と志を静かにキープしている。大人しい見た目に反して激しい向上心がある。身の丈を心得ていて無理な背伸びはしないんだけど、じわじわ自分の領域を拡げていく。身近な人・物をちゃんと愛することに照れない。などなど。
買いかぶりかもしれないけどボクは一方的に信頼しています。少なくともボクの20代後半よりずいぶん大人だ。この世代の友達(知人ではなく友達)をひとりだけ持っているけど、その人においては尊敬すらしている。その「自分」の持ちように。
だからこの世代に向けてエッセイを書けるのはちょっとうれしい。ちょうど20歳下の世代。ちゃんとバトンを渡したいという気持ちもあるし、ちゃんと超えられない先輩であり続けたいという気持ちもある。
イラストは中川ミナさん。
関西系の連載では中村三奈さんとタッグを組んでいるんだけど、今度は違うミナさんと。リアルの後輩でもあるんだけど、いい距離感のイラストを描いてくれそう。このヒトの「不発男次郎」(中川三十という名前で書いている)は面白いのでオススメ。
おいしいけど、寂しい
2008年02月29日(金) 7:59:33
えらく久しぶりに「牛フィレ肉のロッシーニ風」を食べた。
ヌーベル・キュイジーヌという言葉がもてはやされた頃、つまり一般的フレンチはまだクラシックな味付けだった頃、この料理はわりとどの高級フレンチ・レストランのメニューにもあった気がする。ただし一番最後に載っていた。メイン料理の一番最後。つまり一番高い料理として。
1980年代とか、フォアグラもトリュフも今ほど流通していなかったので、牛フィレ肉のステーキの上にフォアグラとトリュフが盛大に乗っているこの料理は超高級料理だった。ボクが初めて食べたのは1990年前後だと思う。どっかのホテルのメインダイニングで、会社の先輩と一緒だった。でもあまりおいしいと思わなかった。なによりも肉がダメ。これならただのフォアグラのソテーの方がいいかも、とか生意気を思った記憶がある。まぁまともなレストランがまだ少なかった頃でもあるから仕方ないけど。
つまりあまりいい記憶がなかった料理である。でも最近クラシックな料理が食べたくて仕方ない。「メニューにはございませんが、ご用意できます。オススメです」とレストランで言われたときはなんだかうれしかった。
食べたのは、四の橋の「ラビラント」。
いや〜おいしかった。印象を180度変えてくれた。この店は焼き加減が完璧なので、料理としての完成度が抜群。というか、この料理、ちゃんと作ったら、まずくなりようがないズルイ料理なのではあるが。
まず牛フィレがうまかった。うまくてでかい。卓球のラケットくらいある。ペンホールドではなくシェイクハンドの方ね。そのくらいある牛フィレの分厚いステーキが完璧な焼き加減で焼いてあり、その上一面にこれまた分厚いフォアグラが敷き詰められている。超濃厚。そしてそこに表面が真っ黒になるほどトリュフのスライスが敷き詰められている。ステーキの熱でその香りが吹き上がり、テーブル上の男3人、思わず目を閉じて鼻に集中してしまう。端から見たら確実にキモイ。
そして口に含んだ時の味の重なり。肉もフォアグラもトリュフもどれもが主張しすぎずひとつに溶け込んでいる。みんながお互いに気を遣いながらアピールしている感じ。日本人シェフってこういう謙虚な主張しあいのバランスを取るのがフランス人よりずっと上手。お国柄!
と、まぁ至福の時だったのだけど、でも結果的には「オレも歳をとったな、ふっ」と黄昏れる結果に。
いや、量的には軽くクリアしたのだが、なんというか「うめ〜!」という喜びの手前に「身体に悪いぞ。数値が気になるぞ」というドス黒いフィルターが薄くかかっていて、無邪気に喜ぶ心を邪魔するのだ。こういう潜在意識による妨害行為はいままであまり感じたことなかっただけに、ちょっとショック(遅すぎ?)。
なるほど「おいしいものを無邪気においしいと楽しめる年代」が終わろうとしているのだな、と、なんだか実感した。こういうクラシックな料理もだんだん頼まなくなってくるんだろうなぁ。コレステロール多いものとか頼まなくなり、だんだんそのうち少食になるんだろうなぁ。まぁそれはそれで仕方ないんだけど、やっぱちょっとだけ寂しいかも。




