2007年11月
最後の難所
2007年11月01日(木) 8:19:17
今日から11月。もう年末やね。今年は喪中なので、喪中ハガキを早く作らないといけないのだけど、原稿もあって全然手が着かず。でもそろそろやらないとヤバイ。
昨日は原稿がちょっと進展。自分の中での第一稿〆切がこの週末で、来週は1週間、最終推敲に当てる。出版社の〆切は今月12日。ええと本になるのは来年1月中旬の予定です。今回は本業系のマジメな本。なので「さとなお」ではなく「佐藤尚之」の著者名で出す予定。問い合わせてくださった方、どうもありがとうございます。題名が正式決定したらココでまた書かせてもらいます。ちなみに新書です。
講演を聞いてくださった出版社の方から「書きませんか」と提案されたのが8月中旬。構成案を提出したのが9月初旬。編集会議で出版が決定したのが9月中旬。打ち合わせを経て構成を修正し、書き始めたのが9月末か。約1ヶ月半で約12万文字をまとめる作業だったわけだ。この1ヶ月は仕事やプライベートや旅も重なって、なかなかしんどかった…。って振り返ってる場合ではない。最後の難所が越えられるかどうか(一番難しい章の最終詰めに入っている)。今週末勝負である。
でも、自分の仕事人生的には、いいタイミングでいいまとめになったかもしれないな……って、また振り返りモードになっている。気を引き締めてかからんかい!
53年ぶり
2007年11月02日(金) 8:07:05
中日ドラゴンズ、53年ぶりの日本一、おめでとう。
ドラゴンズ・ファンでは全然ないんだけど、夏に2回名古屋に行き、大矢さんに野球バーに連れて行かれ、いやそれ以前に一緒に食べてる間ずっとドラゴンズの話題ばっかだったし、その後「ピカイチ」というドラゴンズ・ファンの聖地みたいな店にも行き、なんつうか、名古屋が町をあげて喜んでいる様子がリアルに想像できるので、ボクまでなんだかうれしいのだ。昨晩の名古屋はすごかったんだろうなぁ。「ピカイチ」なんか店が崩れたんじゃないか。喜びすぎて。
というか、大矢さんに至っては昨日が誕生日だったそうである。熱狂的なドラファンだけにたぶん昨日が人生の中日(なかび)で、あとちょうど半分生きる、とか、そういうキッパリした人生なんやろう。おめでとさんです。
札幌においては個人的に一段と関係が深くなっているので、日本ハムファイターズ・ファンの無念さがこれまた身に染みる。継投とはいえ完全試合されちゃうのもなぁ。でも去年から新庄と小笠原と岡島が抜けて、それでリーグ優勝っつうんだから十分誇りに思っていいと思う。なんつったって新庄と小笠原と岡島だもん、SMAPとTOKIOとV6が抜けたジャニーズみたいなもんだ。KinKiと嵐とNEWSとタッキー&翼とKAT-TUNと関ジャニ∞だけでよくがんばった。って、ぜんぜん強いなジャニーズ。
ステーキ・タルタル
2007年11月03日(土) 16:19:11
昨晩はひさびさの「モレスク」。
原稿を書くために家に向かって電車に乗っていたら、ボクなんかより数倍忙しい方から「疲れ切ったのでつきあってくれ」と電話があり、そこで見捨てるほど冷たくもないので、心を切り換えて救助に向かった。まぁ2時間それにつぶしたからって挽回できないこともない。というか、しょせん原稿なのだ(と言い聞かせる)。
で、店の前まで行ったのだが、まだ7時前だったせいもあり、開店前。仕方ないからふたりで近くのフレンチ「レカイエ」のカウンターでシャンパンを飲んだ。思いも寄らない展開での思いも寄らないシャンパンは素敵だ。疲れの原因についてのポジティブな話を聞きつつ、ボクはボクで原稿原稿と張りつめていた心を解していく。アンチョビがよく合っておいしい。
「モレスク」が開店したのでサッと入り、お目当てのステーキ・タルタル。
その方はいつも具体的に「○○が食べたい」と料理名を言う方で、昨日のリクエストはそれ。前は豚肉のTボーンだったし、その前は鴨のコンフィだったし、その前の前は立ち飲み屋の怪しいステーキだった。ほとんどそれ一品をワインと共に飲み下すと「じゃ、帰ろうか」となる。たまには食べたいものを数軒ハシゴするのだが、昨日は夜8時すぎには解散となった。
おかげで気持ちが楽になり、スムーズに土日に突入。右肘の痛みゆえ止めていたプールにも今から久々に行こうと思う。少し視野が狭くなっていたことに気づかされた感じ。原稿は相変わらず難所で四苦八苦しているが、気持ちが明るくなったのでたぶん抜けられるだろう。ロシアでアウェイで闘っている方からの応援メールもよく効いた。ありがとう。
昼寝以外はずっと原稿
2007年11月04日(日) 20:02:53
プールでは250mを4本泳いで、計1km。久しぶりにしてはまぁまぁかな。100m完泳!とか喜んでいたころに比べるとずいぶん進歩したもんだ。でもまだ連続では1kmが限界。一度ちゃんと習いたいな。一段落ついたらTIのスクールに行こう。
プール以外はさすがに焦って原稿原稿原稿。昼寝以外はずっと原稿。
いま書いている本で文庫化を含めて10冊目だが、たった220ページくらいとはいえ完全に書き下ろすのはほぼ初めての経験なので、いろいろと頭の使い方が違ってしんどい。というか、俯瞰がうまくできない。最初の方の章で書いたことと最後の方の章で書いたことがつじつまがあっているのかどうかがだんだんわからなくなってくる。細部のアラばかり見えてくる。一種の視野狭窄&思考停止。その自覚はあるのだが、なかなかそこから抜け出られない。
本を書くたびに思うが、世の中にゴマンと本が溢れているけど、みんなこんなしんどい作業をよくやっているよなぁ。本を出せる幸運は誰にでもめぐってくるものではないし、それは身に染みて感じているのだが、やっぱ出す前のしんどさは格別だ。あぁ今日は酒でも呑むかなぁ…。
犬の見る悪夢
2007年11月05日(月) 8:02:27
昨日、寝てるとき何度かくしゃみが出て寒かったので、いま風邪をひくわけにはいかん!と夜中に起きてクスリを飲み、目が覚めちゃったので枕元にあった吉本ばななの「キッチン」(娘に貸してあった)をなんとなく読んでいたら、足もとからうーんうーんと声がする。見てみたら犬がうなされていた。犬ってどんな悪夢を見るのだろう。手足をぴくぴくさせている。夢の中で逃げているのか? 犬の見る悪夢をリアルに想像して楽しんでいたら、なんだか「キッチン」を読むよりおもしろく、あっという間に朝になってしまった。超寝不足。
習慣の大切さ
2007年11月06日(火) 9:06:51
スケジュール前倒しで、なんとなく第一稿、完成。
あとは細かい推敲に移り、今週中盤の8日には一度編集者に渡してしまうつもりである。
そんなことを編集者にメールで書いたら「新書を担当してから、スケジュール通りに原稿を頂ける著者は初めてです(感涙)」と返信。うはは。我ながら律儀。でも11月12月は急にでかい仕事が入る場合が多いから、単なるリスク管理である。でかいの入ったら一気に余裕がなくなる。
でも、この1ヶ月半は、思い出すのもイヤなくらい大変だったけど、「集中力と持続力」の訓練にはなったかも。毎日毎日ある分量を書き続けるというのは、才能ではなくて習慣なのだ、ということがよくわかった。
村上春樹が新作「走ることについて語るときに僕の語ること」の中でこんなことを書いている。
毎日机の前に座り、意識を一点に注ぎ込む訓練を続けていれば、集中力と持続力は自然と身についてくる。これは前に書いた筋肉の調教作業に似ている。日々休まずに書き続け、意識を集中して仕事をすることが、自分という人間にとって必要なことなのだという情報を身体システムに継続して送り込み、しっかりと覚え込ませるわけだ。そして少しずつその限界値を押し上げていく。気づかれない程度にわずかずつ、その目盛りをこっそりと移動させていく。その後、チャンドラーの言葉を引用し、こんなことも書いている。
優れたミステリー作家であるレイモンド・チャンドラーは「たとえ何も書くことがなかったとしても、私は一日に何時間かは必ず机の前に座って、一人で意識を集中することにしている」というようなことをある私信の中で述べていたが、彼がどういうつもりでそんなことをしたのか、僕にはよく理解できる。チャンドラー氏はそうすることによって、職業作家にとって必要な筋力を懸命に調教し、静かに志気を高めていたのである。そのような日々の訓練が彼にとっては不可欠なことだったのだ。別に職業作家になりたいとは思わないが(そんな大変なこと!)、必ず机の前に座って何時間か集中する、という習慣の大切さはわりと思い知ったなぁ。脱稿という「もう永遠に辿り着けないと思えるような遠いゴール」に一字一字ジリジリ近づいていく作業のキーはそこにある。
村上春樹がマラソンを続ける理由がよくわかった。
2007年度 佐藤尚之会
2007年11月07日(水) 19:53:49
ほぼ年に1回の恒例行事「佐藤尚之会」が昨晩あった。
同姓同名&漢字も一緒、という佐藤尚之が5人集まる会。昨晩は11月2日に表参道にオープンしたばかりの新ビル「GYRE(ジャイル)」の4Fにある「ペローラ・アトランチカ」にてポルトガル料理を食べながら。昨晩はメンバーの奥さんもひとり参加。ゲストもひとり参加して計7名。
姓名判断的には同じ性格・同じ宿命の5人。年齢は30歳から48歳と幅広い。
というか、ホントに性格が似てるんだよなー。不思議だ。
「佐藤尚之」という四文字をこれまでに数百万回書いてきたことが影響しているのか、ナオユキという「ちょっとナヨっとした響き」で数千万回呼ばれ続けてきたことが影響しているのか、5人ともなんとなく感じが似ている。無口で素っ気なくて客観的で、でも親切で気弱で詰めが甘い。この性格の「生きにくさ」を5人で話し出すと異様に盛り上がり止まらない。なかなかこうはわかりあわない。
5人とも、放っておくと黙ってしまうタイプなのだが、観客というかゲストがいるととても気を遣っていろいろ話す(そういう性格)。なのでゲストは必。昨日のゲストも5人もの佐藤尚之に囲まれていろいろ楽しんでいただいた模様。ま、希有な体験だわな。同姓同名に囲まれるというのも。
なんか、「もしかしたらボクの人生だったかもしれない佐藤尚之という人生」を歩んでいる他人の佐藤尚之を見ていると、たまたまこういう人生である不思議さと感謝の念が起こってくる。どの佐藤尚之の人生も他人事とは思えない。一生のつきあいかもねぇ。
45年以上生きていると、利害関係がゼロ、という集まりがほとんどなくなってくる。
この会は名前が同じだという以外、利害関係ゼロ。貴重である。年に一度のお楽しみだ。
寝る子は太らない
2007年11月08日(木) 8:08:01
十分痩せているくせに「もっと痩せたい」と願っている我が娘に私信。
寝る子は太らない=睡眠不足で肥満リスク上昇ということで、12歳のキミもまだ間に合う。寝ようね。睡眠不足だと太る可能性が増えるらしいよ。
十分な睡眠を取る子供は肥満になる確率が低いとの調査結果が、米小児科学会の機関誌11月号に発表された。ミシガン大の研究者は「睡眠不足の子供は注意力の散漫を招くだけでなく、肥満リスクも高まるようだ」と警告している。
調査は9〜12歳の子供を対象に実施。1日9時間以上寝る子供が12歳になった時に肥満になった比率は12%だったが、9時間未満では22%に達した。
睡眠と肥満の因果関係は未解明だが、睡眠不足でストレスがたまり、食欲を刺激するホルモンが分泌される可能性があるという。睡眠が不足すると屋外で遊ぶ機会が減るため、肥満になりやすいとの見方もある。米睡眠基金は、未就学児で11〜13時間、小学生は10〜12時間眠るよう推奨している。
※娘はこのメモの読者なので、すれ違い生活でも、こうして私信に使えたりします。
第一回脱稿!
2007年11月09日(金) 9:29:33
本にする原稿の第一稿を編集の人に渡して、とりあえず第一回脱稿!
まだ題名で迷っているし、このあと再校とかでもいっぱい直したり、編集からたくさん赤入ったりするけど、とりあえず肩の荷がすぅぅぅぅと下りていく。あぁ気持ちが良いなぁ。図表と目次を入れて230ページ程度かな。プリントアウトしたその束とCD-ROMを渡すプチ誇らしさよ(メール添付にせず、会って手渡しすることにしたのだった)。
で、その足で割烹「樋口」へ。
翌日の原稿書きを気にせずに酒を呑むなんて1ヶ月半ぶり。あぁ日本酒が胃に染みる。あっという間に酔っぱらったのは年の差を感じない後輩だったせいもある。その同行者から「恵那寿や」の栗きんとんをもらった。こりゃすごい。岐阜からわざわざ買ってきてくれたもの。うれしい脱稿祝い。
昨日の小鍋はハリハリ鍋だった。相変わらず謙虚で丁寧で優しい味。樋口さんはお子さんも生まれ、アシスタントも増え、いよいよ腰を入れてがんばるという感じ。この人が50歳になったころの料理を食べてみたい(そのときオレはいくつだ?)
原稿のせいで、メールのお返事、ものすごく遅れています。
全然こねぇ、と思っているそこのアナタ、今週末くらいにハラリと舞い降りるはずです。スイマセン。その他、不義理をしていた方々、誠に申し訳なく。お許しを。
年に一度のワイン会
2007年11月10日(土) 9:47:02
年に一回、11月くらいに岡山からお客さんを招いたワイン会がある。今年もその季節。昨晩は「ル・ジュー・ドゥ・ラシエット」にて。「オ・コション・ローズ」があったのと同じ場所なんだけど、改装してずいぶん感じが変わった。思い出がある店が跡形もないというのはやっぱり寂しい。自分の人生の大切な数時間が消しゴムで消されちゃった感じ。そういう意味でも「長く続ける志がある店」、そして「長く続いている店」がボクは好きなんだろうな。まぁいろんな事情があるだろうから責めるわけではないんだけど。
昔はワイン会って山ほど参加していて、ワイン日記もマメにつけていたのだけど、もうあまり造り手とかパーカーとかセパージュとかこの頃ほとんど興味なくなっちゃった。ワインを楽しむ最低限の知識はあると思うけど、それ以上くわしくなるつもりがあまりない。信頼できる酒屋さんやレストランに任せて楽しくおいしく飲めればそれでいい。その辺基本的に肩の力が抜けたなぁ。幸い奥さんがワインの資格を持っているので、何か困ったら彼女に聞けばいいし。
でもこのワイン会は古い知り合いばかりで、みんな異様にくわしいしよく飲んでるけどひけらかさないタイプ。気楽に参加できて良い。「どうも〜、1年ぶり〜」って感じで自然に始まる。みんな一本ずつワインを持ち込むのもこの会の特徴。ボクは昨日は「Gewurztraminer 2001 Gerard Schueller」を持ち込んだのだけど、これが我ながら絶品だった。イケムの香りなのに味はすっきり辛口。「佐藤さん、3年前も同じ造り手のリースリング持ち込みましたよね」と安師範の指摘。うわ、さすがなご記憶! あのリースリングもしみじみ良かったっけ。
光弘さんとも田舎暮らしを始めて初めて会う。野良仕事で少し痩せて顔もツヤツヤ。健康そうで何より。
歌うたいのバラッド
2007年11月11日(日) 12:00:03
食事を一緒にした人に斉藤和義の「歌うたいのバラッド」が良いと聞いた。
斉藤和義は「歩いて帰ろう」がとても好きで一時期はボクのテーマソングであったくらいなのだが、なぜか「歌うたいのバラッド」は知らず、iTunesで早速買ってヘビーローテーション。
iTunes Music Storeではなぜか日本の曲を買うことが多い。
基本的に曲はRAW DATA(アップルロスレス)でハードディスクに入れておくので、MP3のiTunesは試聴気分で買う。だからわりと手軽にちょくちょく買う。最近買ったなかで良く聴いているのは「1/6の夢旅人2002」(樋口了一)(←「水曜どうでしょう」のテーマですな)、「ここにいるよ feat.青山テルマ」(SoulJa)、「Water Me」(BONNIE PINK)、そして、一十三十一(ひとみとい)やらスガシカオやら山下久美子やら越路吹雪(なぜ!)やらのアルバム。もしくはその中の一曲。
そういえば、イーグルスの28年ぶりの新譜(ライブ除く)が出ているけど、曲タイトルの邦訳がひどすぎて笑う。というか情けなくて泣ける。特にこれ。「Center of the Universe」が「宇宙の中心で愛を叫ぶ」だって。頼む。もう少しリスペクトしてくれ。というかもう邦訳はなくてもいい時代ではないか?
そういえばエルトン・ジョンがもうすぐ来るなぁ。武道館。楽しみだ。同趣味の人がいないのでひとりで行く。初期をいっぱいやると良いなぁ。「Candle in the wind」はダイアナ妃ではなくマリリン・モンロー・バージョンでお願いしたいなぁ。
ちなみに、再来週の三連休にこういうイベントがあるそうです。「ロックの学園」。ボクたちが3年前に「スラムダンク・ファイナル」をやった廃校の三崎高校にて。サンプラザ中野のロックの授業とか(テーマが「株とロックと本マグロトロ太郎」だって)、斉藤和義の体育館ライブとか楽しそう。斉藤和義、「歩いて帰ろう」や「歌うたいのバラッド」をやるかな。
自分の中が拡張されるような感覚
2007年11月12日(月) 7:27:16
第一回脱稿した原稿、金土日と3日間触れずに過ごした。
入り込みすぎていて良いのか悪いのかわからなくなっているから少し離れるのはイイコトだ。視野狭窄に陥っていたしな。その間、何人かの先輩・後輩に原稿を読んでもらっている。本を出す前に他人に読んでもらうことは滅多にないのだが、本業の本なのでいろんな職種の人に読んでもらって、よりわかりやすくしたいと思う。
一方11月は、少し本を読んでいる人に話すと「えええええ!」と叫ばれるような仕事を受けてしまっていて、その〆切が月末にある。ある文庫本の巻末解説。その文庫の著者が…。嗚呼…。視野狭窄どころか思考停止だ。いつ、どんなタイミングとテンションでロケット噴射して書くか、それにかかっている。量的にはたぶん一日で書けるんだけど、そのキッカケというかロケット噴射タイミングを探すのに三週間は丸々かかる感じ。読み込まないといけないし。つか、あとたった三週間の間に「その日」が来るのかどうか。来なかったらどうしよう…。すでに冷や汗。
でも、負荷がきつい原稿を続けている余録もある。
他の原稿が楽に思えるのだ。以前「きっついなぁ」と感じていた原稿が「こんなのサッとやっちゃおう」と変わってくるのが面白い。自分の中が拡張されるようなこの感覚はいくつになってもなかなか楽しい。そうやって自分拡張するために「えええええ!」と叫ばれるような仕事を受けた部分は確かにある。でもやっぱり後悔。ヤバいったらない。
村田靖夫さんのこと
2007年11月13日(火) 7:30:44
建築家の村田靖夫さんが亡くなった。
まだ62歳。なんともったいないことか。そしてとても悔しい。というのも、いま住んでいる家を設計してくれた方なのである。
あれはもう10年近く前かな。先祖からの小さな土地に二世帯を建てるとき、ボクは「新建築住宅特集」などの雑誌を数年分見まくって「住みたい家」を探した。いくつか「いいなぁ」と思える家が見つかった。逆に言うといくつかしかなかった。そしてそのほとんどが村田靖夫さんのものだったのである。
彼の建築はシンプルで飽きが来なくて余計なことをしない。いかにも「作品」って感じの家ではなく、どこか謙虚な作りの家なのだ。しかも中庭のあるコートハウスを得意としており、都会型のプライバシーが確保される。とても好みだった。
これは「出会い」だと思ったので、さっそく会いに行った。家は建築家と施主との共同作業だから、気が合わなければ結局ダメである。
幸い気があっていろいろ話し、その場で設計をお願いした。生き方の方向性といくつかの希望を伝えて、あとは彼の創意に任せた。余計なことをしないでシンプルにシンプルにしていく人なので安心だった。阪神大震災で懲りていたので家具はすべて作りつけ。それも彼にデザインしてもらった。
そうして出来た今の家は驚くほど不満が少ない。細かいところの設えが上手でよく考えられている。そのうちサイトにコーナーを設けて建築過程や家の細部の工夫などを(写真だけでも)載せたいと思う。
彼の作品は「村田靖夫建築研究室」でいくつか見ることが出来る。どれもある程度似ている。つまりボクの家も似ている。方向性はこんな感じである。
テレビ朝日「建もの探訪」の渡辺篤史が一番好きな建築家は彼だと聞いた。だからあの番組への登場率は高いらしい。彼の自宅にも探訪している。ボクの家にも出演のオファーが来た。丁重にお断りしたけど、こんなに早く亡くなるのなら出ておけば良かった。喜んだだろうに。
彼の想いが隅々まで詰まった空間で毎日生きている自分。何年も住んでいると彼の生き方とボクの生き方が自然と共鳴してくる。彼の生き方と対話しながら生活している感じ。住んでいるとわかるのだ。人生に対する彼の考え方が。でもその想いをカタチにした人はもうこの世にいない。なんだか不思議だ。今日もボクは対話しているというのに。
私は風
2007年11月14日(水) 8:21:42
昔ボクを担当してくれて、いまは週刊誌の現場に異動したふたりと、3人で鮨。
ひとりは「沖縄上手な旅ごはん」の単行本を一緒に作ったYくん。もうひとりはそれを引き継いで文庫化してくれたNくん。10歳以上若いふたりなのだけど、もうつきあいも長いので超気楽。週刊誌の大変さをいろいろ聞きながらサクサクと食べる。
週刊誌記者として他人を厚かましく取材しなくちゃいけなくて、他人の家のベルとか押しに行かなくちゃいけないんだけど、そのときにiPodで「ロッキーのテーマ」を聴いてから行く、とYくん。
ベタすぎる選曲だ〜と責めてるうちに、いつの間にか「自分がライブを開くとしたらどういうセットリストか」という話に移行。YくんもNくんも熱心なロック・ファンでその造詣は相当深い。そのわりに1曲目はわりとベーシックで、Nくんは「ハイウェイスターから行きますね」、Yくんは「マシンヘッドですよ」。ディープ・パープルなのね、やっぱし。
かく言うボクはやっぱ「デトロイト・ロック・シティ」からだなぁ。ゆずれんなコレは。その後、2曲目はなんだ、3曲目はなんだ、アンコール前のラストはなんだ、アンコールはなんだ、と盛り上がる。
じゃ、日本の曲でライブするならなんだ、となり、達郎はどうだ、パーソンズはどうだ、斉藤和義はどうだ、やっぱカルメン・マキ&OZの「私は風」は外せないだろう、とか叫んでいるうちに、なぜか中森明菜は「スローモーション」が最高だという思いも寄らぬ大団円を迎え、お開き。典型的な酔っぱらいの展開ですな。
頭の中に「私は風」が住みついて離れなくなってしまったので、帰宅してからYouTubeで検索してみたら、あったよあった。すげー古いシングルバージョン映像まで。私は風〜チュチュチュチュルル♪
オプーナ
2007年11月15日(木) 8:24:13
習慣を作るためにも毎日デスクに向かって書き物をするようにしているが、体調も精神状態もあまりよろしくない。よろしくなくても何とか書けるものなのだな、ということがわかったのは収穫であるが。
こういうときは冬ものファッションの買い物でもして発散すると良いのだが、歯の治療が思わぬ大出費となり、その案は却下。今度の本の印税をアテにしていたのに、その半分以上が歯に持って行かれる事態に。まぁ娘の歯の矯正の出費ほどではないけど、それにしても今年は歯にお金が取られる年だ。きつい。そろそろマックの買い換えをしたいのだけど(Leopardも出たし)、今年はお預けかな…。せめて30インチのディスプレイを買いたいな…。新しいシネマディスプレイは出ないのかな…。
発散といえば、ゲームは買った。Wiiの「オプーナ」というRPG。執筆中ずっとゲームがしたかったので(書いている最中ってゲーム欲が異様に高まる)、執筆終了後すぐ買いに行った。買いに行く寸前に「なんか面白そうなゲームはないか」と検索したらコレが評判よかったので。つか、なんでも良かったのだ。
最初はキャラがあんまりだなぁと思っていたが、慣れてくるとわりと可愛い。まだ十時間くらいしかやっていないが、なかなかよく出来たRPGかも。
が〜まるちょば
2007年11月16日(金) 8:46:23
サイレント・コメディの「がーまるちょば」を観た。@笹塚ファクトリー
メールでお勧めいただいて観に行ったのだが、いや〜観てよかった。名古屋のOさん、ありがとう。
エジンバラ大道芸フェスティバルで優勝し、いまや日本より世界で有名な2人組。ほとんど日本におらず、世界で引っ張りだこのふたりである。
内容はパントマイムをコメディ系の演劇まで高めたもの。約2時間、ひと言もしゃべらないのだが、実に笑わせてくれる。だから外国人のお客さんも多かった。YouTubeにもたくさんあるが、たとえばこんなの。こういう一芸系が前半。後半は無声演劇になっていて、これまたよく出来ている。というか大笑いできる。昨晩はウェスタンの物語で、ふたりは次々と役柄を変え、長いガンマンの復讐劇を演じきる。お笑いメインで。
基本が大道芸なせいか、客イジリも上手。客とのハプニングを利用して舞台を上手に盛り上げていく。この辺、今度来日する「ブルーマン」のやり口に似ている。今回も一芸系で盛り上がっている最中に客が遅れて入ってきたのだが、芸をやめてまでそれをいじる(仕込みかもしれないが)。
「が〜まるちょば(GAMARJOBAT)」とはまたなんて覚えにくいコンビ名だけど、グルジア語で「こんにちは」らしい。覚えにくいけどいったん覚えると二度と忘れない響き。が〜まるちょば。が〜まるちょば。ツアー・サイトを見ると、まだいくつか公演がある。TBSの「R30」(11/23)にも出るらしい。
というか、次に日本に来てくれるのは一体いつだ? のレベルらしい。クリスマスの横浜公演、行こうかな。
ひとりで良かった
2007年11月17日(土) 9:54:45
冬の匂いがする!
と、言いながら、朝早く妻と娘が出かけて行った。妻の友達たちと足利の方に遊びに行った。なんでお前は行かないのかって? 女性ばかりの団体に混じる勇気がないのと、文庫解説の難行にいよいよ挑むからである。例の本の推敲もあるし、今日は遊んでいる場合ではない。丸一日デスク前の予定。
でも、家にひとり残って良かった。
というのも、今朝のNHK朝ドラ「ちりとてちん」に大泣きしてしまったのだ。師匠(渡瀬恒彦)復活のシーン。うぅ。泣ける。和久井映見もいいけど渡瀬恒彦もええなぁ。
こんな姿、家族に見せたくないし、家族がいると見栄張ってしまって思う存分泣けないのもイヤである。あぁひとりで良かった。
それにしても、たった15分の朝ドラに泣かされてしまうとは不覚。朝ドラで泣いたのはいつぶりか(前にもあるんか!)。大阪NHK(BK)は制作部の人数も少なく、いろいろ大変みたいだけど、たまに秀逸なドラマを作ってくれるから応援している。
潜在意識の底に沈める
2007年11月18日(日) 11:24:38
11月17日の「ちりとてちん」、私も泣きました!というメールをいくつもいただいた。泣くよねぇ。BS2、NHK総合、昼の再放送と3回も観てしまった。脚本の藤本有紀にはこれから注目しよう。「花より男子」や「ギャルサー」なんかも彼女の作品だったらしい。観れば良かった。
昨日は文庫解説執筆のためほぼ一日デスクに向かっていたのだが、なんだか書き出しがしっくりこず、さんざんいじくって悩んだあげく結局成果なし。こんなことなら本の推敲の方をすれば良かったな。
でもこうやって長時間悩む作業って大事で、潜在意識の奥底にその悩みが沈み、全く関係ないときにひょこっとアイデアが出たりする。広告でいい企画が出るときもたいていそう。一回は深く長時間考えないと潜在意識の底に沈まない。そうしないといいアイデアと結びつかないのだ。って、まぁ、そういう状態になりさえすれば必ずいいアイデアが出ると決まっているわけではないのが困るところであるが。
でも、今朝目が覚めるとき、書き出しについて考えながら目が覚めたから、これはいい兆候だ。もう奥底には沈んだ模様。この調子ならあと二三日で目途がつくかも。と、楽観的に期待しておこう。〆切までに三連休もあるしね。
乾電池のがんばり
2007年11月19日(月) 8:05:37
もう交代させるよ、と脅すと機械の寿命が延びるのはよくあることだが(そうなのか?)、昨日の乾電池は見事だった。
電池で動くワイヤレス・マウスを使っているのだが、昼前に急に動かなくなった。電池切れだ。動かないときに押すスイッチというのがあるのだが、それを押すと数分持つ。そしてまた動かなくなる。また押す。数分持つ。また動かなくなる。まぁ経験上あと数回これを繰り返すと完全にご臨終となる。とりあえずギリギリまで使おうと思って、新品の単三電池を引き出しから持ってきて、いつでも替えられるように準備した。たまたまご臨終のときに原稿書きの勢いがあったらイヤなので(取り替えに席を立つと勢いが途切れることがある)、先に準備してから原稿書きを再開したのである。
その後の彼のがんばりが実に見事だった。意識のどこかで「そろそろスイッチ押す頃かなぁ」とか思いながら書いていくのだが、全然スイッチ押さずに持つ。すぐ横に新品の単三電池があるせいかどうか知らんが、スイッチを押さないままで、なんと夜まで10時間以上持った。というか、翌朝の今でも動いている。いったいなんなんだ?
少し愛情を感じるまでになった。もしご臨終しても捨てられないかも。
ミシュラン東京
2007年11月20日(火) 12:41:03
ミシュラン東京の星が発表されて、「どう思う?」と何人かに聞かれたが、実はあんまり興味がない。そういうガイドを興味津々で見た若い時期を越え、最近はほとんど見なくなって久しい。それに三つ星と二つ星をとった店のリストをざっと見たところ、あまりピンと来なかったので、たぶんボク向きのガイドではないと思うし。
NYの友人が「NYではミシュランを読んで店を決める人はいない。NewYork Timesのレストラン評が一番信頼されているし、影響力もある」と言うのを聞き、ボクも詳細にミシュランNYを見直してみたのだが、やっぱりボク向きではないなと思ったのを覚えている。そういう意味ではミシュランは一貫性が感じられるいいガイドだ。一貫してボクには向かない。逆にしっくり来る人には実に頼りになるガイドだろう。
まぁ日本人はああいう権威に弱いから、合う合わないは別にしてリストアップされた店は一気に流行ると思うが、結局「自分の嗜好に近いガイドや人」を見つけて、そっちを信じた方がお金の無駄使いをしなくて済むと思う。ボクには何人か嗜好が近くて信頼している人やブログがあるが、これからもミシュランの星より彼らの言葉を信じると思う。
ただ、若くしていきなり三つ星をとってしまった人は災難かも。
まだまだ試行錯誤しながら自分の味を作っていっている最中だろうに、三つ星を守るために「三つ星をとった味」に留まらざるをえないかもしれない。誰だって下がるのはイヤだから、どうしても守りに入る。毎年「下がらないか」ドキドキしないといけないし。
でも、日本料理(鮨含む)がミシュランに認められたのはイイコトだ。
全体でパリの倍の星を獲得したこともいいアピールになると思う。星の数で考えれば、東京は世界でダントツの美食都市となる。それは料理人たちの自信につながると思うし、食べ好きたちも誇りに思えることだろう。
あと、スター料理人たちが厨房に戻ってくるであろうこともミシュラン効果のひとつ。彼らも(若い時みたいに)緊張して料理を作り出すかもしれない。とてもいい刺激だ。ありがとうミシュラン。
エルトン・ジョン @武道館
2007年11月21日(水) 7:07:57
エルトン・ジョンのコンサートに行ってきた。武道館。60歳のメモリアル・コンサートらしい。古くからのファンとしてこれは見逃せない。武道館に着くとやはり中高年の客が多く「お、ご同輩!」って感じ。外国人客も多かったな。3割くらい外国人だった印象。
ステージにはピアノのみ。最初から最後までたったひとりでの弾き語りである。しかも約3時間休みなしでぶっ続け。いったい何曲やったのか。すごい数やった。本当に60歳なのかな。歩くのはヨチヨチしていたが、そのピアノ演奏と歌唱のエネルギッシュなこと。
席はスタンドの上の方でよくなかったのだが(回りの人は「これでS席ぃ〜!?」と文句を言っていた)、ドームに馴れた身には「おぉエルトン・ジョンが近い!」という印象。武道館は規模がちょうどよくて良い。しかも音もなかなか良い。そのうえやった曲がバラード中心だったので(アップテンポは3曲くらい)座ってゆっくり見られる良さもある。
大好きなアルバム「Love Songs」を聴いているような感じのバラードが続き、知らない曲はほとんどない。全部お馴染みの曲。時が進むに連れ、ラウンジでくつろいで聴く上質な音楽、って感じになってきて心はエルトン・ジョンの歌を離れていろいろな物思いに。
なんだかいろんなことを考えた。演奏が終わってハッと現実に戻り、拍手して、また演奏が始まるといつの間にか物思いに耽る、の繰り返し。エルトン・ジョンの生演奏をバックに物思いに耽るなんて世界最高クラスの贅沢だ。ふと気づくとまわりもみんな頬杖ついてしんみり物思いに耽っている。カップルはみんな手を繋いで寄りかかっていたりしている。素晴らしいなぁ。ノリとかじゃなくて、物思いに耽るコンサート。究極だ。あのやんちゃなエルトン・ジョンが辿り着いた境地かもしれない。
曲は「Your Song」で始まって、まぁだいたいやって欲しいのはやったかな。白眉は中盤の「Rocket Man」。でも一番聴きたかった「Goodbye Yellow Brick Road」をやらなかったのは残念。ファルセットが出ないみたいなのでそのせいかもしれない。あ、それと「Crocodile Rock」もやらなかったっけ…。
……もう15年くらい前になるが、今はなき大阪球場でエリック・クラプトンのライブを見に行ったことがあり、スタンド席でぼんやり見ていたら、ラストの方で「サプライズがある」とクラプトンが言いだし、急に何の脈絡もなくエルトン・ジョンが出てきて「Crocodile Rock」をやったことがあった。うれしすぎて隣の見知らぬアメリカ人と一緒に座席を上下二三段行き来して(スタンド席はすいていたのだ)踊り狂ったことを急に思い出した……
最後の方はステージ前を解放したのだが、そこに駆け寄ったファンひとりひとりにサインをしたり、なんか全体にとても丁寧でカジュアルで優しいコンサートだった。終了後もみんなニコニコしている感じ。唯一の不満を言えば照明演出。シンプルなコンサートだけにその酷さが際だっていた。もっとまともな照明ディレクターつけてほしかったぜ。
題名
2007年11月22日(木) 7:05:59
1月に出す本の題名を決めるのがそろそろデッドラインになってきて、焦っている。
当初考えていた題名が少しわかりにくいということになり、大きく方向転換して多少扇情的にしたのだが、だんだんそれも自分らしくないなぁと思いだし、ポジティブで短くて(意味的に)大きい感じの題名にしてみた。でも意味合いが大きすぎて茫洋とした感じはある。新書なので「さおだけ屋はなぜ…」みたいな多少扇情的なタイトルの方がよいという意見もあり、ううむと悩む。はたまたその手の題名はそろそろ飽きたという意見もあり、これまた悩む。ううむううむ。
だいたい、ちょうどいい感じのタイトルをつけるのが下手なボクである。
「うまひゃひゃさぬきうどん」のときは「本屋に注文しにくいからやめてください」と読者の方々に怒られた。言うのが恥ずかしい題名(笑)。「沖縄やぎ地獄」も食べ物系の本にしてはエキセントリックすぎるとも言われた。「人生ピロピロ」は「内容と離れてタイトルが脱力すぎ」と言われたりした。「沖縄上手な旅ごはん」は誰にも怒られなかったが、逆にインパクトが薄いかなぁ。タイトルというのは本当に難しい。
ま、とにかく、題名が決まったら決まったで、それに合わせて内容を少し書き直したくもなる。書き直すなら速攻でしないと間に合わない。帯をどうしようか、という新たな課題も出てきて、三連休はマジで頭を悩ましそうだ。しかも懸案&超プレッシャーの文庫解説の〆切もある。月末はそれ以外にあと3つ〆切がある。「ロックの学園」に行こうと思っていたのだが、ちょっと無理かなぁ…。
若者とハムユイと
2007年11月23日(金) 10:39:25
昨日は終業後、ある教室で学生さん50人くらいを相手に先輩とふたりで講義。
もう感心するくらい真面目で真剣な生徒さんたちだった。昼間に自分を原因とした「反省させられること」が立て続けに起こり、それはもう落ち込んで過ごしていたのだが、若者たちに身近に触れて少し立て直す。
この年齢と経験値をもって眺めると、若者の不安も焦燥も臆病も全部そこそこ見えてしまう。でも彼らはその彼ら自身と一生一緒に生きていかなければならず、結局自分の枠の中で最良の自分にするしかないのだ。ボクもこんな自分と一生つきあっていかないといけない。小学生のころと同じような、まったく成長していないお調子者的間違いを相変わらず起こし、自分に相当幻滅したりもするが、でもそういう自分という枠の中で最良を尽くしていくしかないんだろう。辛抱強く自分とつきあわなければいけない。
終了後、学生さんが質問に来た。質問のペーパーを持つ手も声も震えている。緊張するタイプなんだな。ボクの若い頃と一緒だ。がんばれがんばれと心の中で思いつつ、知らんぷりして素っ気なく質問に答える。誰もが通ってきた道だ。ボクが手を震わせて講師に質問していた頃、講師もボクの震える手を見ながら心の中でそう思っていたんだな、とリアルにわかる。
講義終了後、先輩とごはん。
この先輩、ピンポイントで「食べたいもの」を要求する方で、昨日のリクエストはハムユイ(咸魚)。「ハムユイ? あの塩漬け魚の?」「そう、中国のクサヤと言われてるヤツ。なんか急に食べたくなってさー。予約も入れてあるから」 あらそうですか、と、ウェスティンの「龍天門」へ。知らなかったが、ここはハムユイの炒飯が名物らしい。
ラストオーダーもそろそろ、という時間だったが、店内満員。すごいな。
「とにかくハムユイを食べさせてくれ」とハムユイが入ったメニューをしつこく聞く二人組に、キャプテンは「珍しい客が来た」と警戒したのだろう、つきっきりで応対してくれた。先輩が「土鍋に鯛めしみたいにハムユイが入ったのとかできません?」とかワガママなオーダーをするので、料理長と相談してきてくれてメニューにないハムユイ料理をいくつか作ってくれることに。最初はハムユイの切り身を肴に紹興酒の熱燗(染みる!)。それからハムユイと野菜の炒めもの(名作!)を経て、ハムユイ炒飯(うま!)。最後はハムユイの土鍋ハンバーグご飯(絶品!)。この最後のが異様にうまかった。抜群だ。正式名を何度聞いても覚えられないので、「今度来たときもハムユイの土鍋ハンバーグご飯と言えばわかってくれますか?」と聞いたら「大丈夫です」とのことなので、次もこれでオーダーしよっと。
ラストオーダーで上湯(シャンタン)をもらい、〆。
いい店だな。満員なのもよくわかる。
若者とハムユイのおかげで少し前向きに。
先輩に示唆された村上春樹の言葉、「孤独は勝ち取るものだ」を噛みしめつつ。
※メールで教えていただきました。
「ハムユイの土鍋ハンバーグご飯」は「咸魚肉餅[保火]仔飯」だそうです。[保火]は「保」の下に「火」。
映画「ヘアスプレー」
2007年11月24日(土) 18:17:12
NYのブロードウェイで1回、東京公演で1回、と、計2回舞台を観ている「ヘアスプレー」。まぁもう大好きである。特に初見のブロードウェイは、母親役をあのハーヴェイ・ファイアスタインが、ペニー役をジェニファー・ガンバティーズがやり、「一生の思い出」的インパクトで記憶に残っている。素晴らしかったな…。
で、映画化されたので、原稿の気分転換がてら家族で観に行ってきた。
映画化というか、もともとはジョン・ウォーターズ監督が1988年に作った映画で、それがブロードウェイで舞台化されて2003年のトニー賞最優秀作品賞も獲り、再度映画になったわけ。
娘はこの映画二度目。
東京公演の舞台は娘と一緒に観に行ったのだが、そこで気に入り、ボクより前に友達とすでに観に行っている。んでもってもう何度観てもいいくらい気に入ったらしい。「おばあちゃんがまだ観てなかったら一緒に行く」と三度目を画策しているくらい。サントラCDも暗記するくらい聴いているし。いま彼女はヘアスプレー狂。でもひとつの映画を夢中で好きになるのって、べらぼうにイイコトだ。DVDの発売なんて待たずに何度でも暗記するくらい観に行くと良い。そういうお金はまかせとけ。
つまり父娘ともに映画に出てくる曲はすべて歌える状態。妻も、娘がサントラCDを流し続けているおかげでほとんどの曲を自然と暗記してしまっている。家族全員全曲歌える状態。すごいな。それにしても全部の曲を歌えるのに映画は初見って、なんとも不思議な気分…。
内容は非常に良かった。テンポよし演出よし役者よしテーマよし。
舞台の印象が強いので、そこここで「舞台とここがこう違う!」とか自然とチェックしてしまったが、それでも十分楽しめた。不満があるとすると、ペニーが前半でもっとダサダサであるべきだし(ペニーはインパクト強く変身して観客の拍手を浴びる役目)、アンバーがもっと美人&軽薄&踊りが下手であるべきかな。でもそれ以外はなかなか素晴らしい。
役者も、ジョン・トラボルタ、クリストファー・ウォーケンは当たり前として、メイベル役のクィーン・ラティファ、娘お気に入りのジェムズ・マースデン(コーニー・コリンズ役)もなかなか良かった。そしてオーディションで主役を勝ち取ったニッキー・ブロンスキー! 可愛い。出演が決まる前は「COLD STONE」でバイトしてたんだって。
ミッシェル・ファイファーはココでも書いているが、ボクの大好きな女優である。老け役とはねぇ…なんか感慨深かったな。
この映画の設定は1963年。太っていることを恥ずかしがる母親に「これからは人と違っていることが素晴らしい時代なの! それが60年代よ!」と個性の素晴らしさを主人公のトレーシーは説いていたが、そういう思想が60年代に起こっているアメリカと、「世界でひとつだけの花」のヒットあたりからようやくそういう空気が起こってきたように見える日本とでは、ホント40年の差があるな。
まぁこの映画から40年以上たってまだ黒人差別の根深さにアメリカは悩んでいるから、どっちがどうってわけじゃないけど、「人と違っていることは素晴らしいこと」という価値観がもっと日本で広まった後にネットが普及していたら、日本のネット界ももう少し住みやすくなってたかもしれないな、とちょっと思った。いまは異分子攻撃(炎上含む)が激しすぎる。1963年のボルチモア(この映画の舞台)みたいだ。って話がズレたけど。
映画「それでもボクはやってない」
2007年11月25日(日) 17:02:17
原稿書きの合間に、娘が借りてきたDVD「それでもボクはやってない」を観た。
2007年1月公開で、見逃していた一本。周防正行監督だし、役所広司がやった弁護士の実在モデルが知り合いの知り合いで二度ほどお会いしたことがあることもあって、観たい観たいと思っていた映画だ。
「痴漢犯人生産システム」という本を2001年に読んでから、怖くて怖くて、満員電車に乗るときは必ず両手を上げているボクである。
そう、両手共につり革か天井(背が高いので天井に手が届く)。天井にぐぐっと手を当てて揺れをこらえるのである。荷物があるときは仕方ないから片手で持って片手を上。荷物も男性がいる方に位置するように気をつける。本当はこんなことしてもあまり意味はない。だっていくら両手を上に上げてても、電車降りてから「あの人痴漢!」とか言われて、「でもあの人両手上げてたよ」って言ってくれる目撃者も見つからなかったらそれで一巻の終わり。人生オシマイ。そのくらい有罪まで一直線。怖っ。でも、そんな無駄なことでも毎日やってしまうくらい、痴漢に間違えられるのを恐れている。そんなボクを笑うなら、この本を読んだり、この映画を観てからにして欲しい。というか、満員電車で通う人は必読&必見だ。
まぁこの映画の主題は、痴漢というよりは日本の刑事裁判のあり方にメスを入れているのだが、それにしても怖ろしい。ある日、単なる間違いで人生が180度変わってしまう。その日から会社にも家にも戻れず4ヶ月の勾留(映画の場合)。その後1年近くに渡るつらい裁判。しかも有罪率99.9%。あぁやっぱ怖えぇ。
痴漢という行為に苦しんでいる女性から見れば、やっと被害が認められてきた実態もあるし、多少えん罪があっても仕方ないと思うくらい憎い行為だろうとは思うが、痴漢なんか全く興味ない男にしてみればこんな理不尽もない。娘と一緒に「これはホラー映画だね」とつぶやきあってしまった。
斎藤美奈子さんの文庫巻末解説
2007年11月26日(月) 7:58:50
昨日、がんばって文庫の巻末解説を脱稿した。
まだ完全オーケーは来てないけど、マネージャーも「おもしろい!」と言ってくれたし、一応峠は越えた模様。うぅ。マジできつい峠だった。でも峠の上からの景色はすがすがしい。
「文庫の巻末解説って、もしかして○○さんのですか?」と、いろいろ推理したメールをいただいたが全部ハズレです。別に隠しても仕方ないからお教えするけど、斎藤美奈子さんのです。「文学的商品学」文春文庫。本が好きな人なら「えええええっ!」と驚愕してくれると思う。ボクが悩みまくったわけもわかってくださると思う。そう、あの、世に「毒舌文芸評論家」と怖れられている切れ者、斎藤美奈子さんの「解説」をするという神をも恐れぬ仕事を、魔が差して受けてしまったのである。
ちょうどオファーがあったころは10月初旬。今度1月に出す本の執筆最高潮のころで、なんとなく「あ、400字詰め原稿用紙で10枚程度ですか、それなら書けるかも」と、分量で判断してしまった。10万字という果てしないものを書いているときって、勢いもあってかそういう錯覚が起きやすいのかも。もちろん「斎藤美奈子かぁ…。大好きだけど、解説は無理っ」と心の中では思ったのだが、オファーをいただいたマネージャーとお会いして話しているうちに「でも4000字程度なら3時間集中すればいいし、3時間ならなんとかなるかなぁ」とか、内容以前に物理的な方向になぜか心が行ってしまったのである。いま考えてもおかしな精神状態。順調にザザザと書ければ3時間だけど、悩んだら30時間かかってもおかしくない分量だ。
で、結果的にそのくらい時間をかけてしまったわけですね。
それにしても、なぜ受けた、自分。なぜわざわざこんな苦行に身を投じる。
たぶんいろんな方が恐れ多く思ってこの仕事をお断りした挙げ句、ボクにお鉢が回ってきたのだろう。題名が「文学的商品学」なので、広告を本業とするボクなら新たな切り口で書けるかもとマネージャーが思ってくれたのもあるかもしれない。でもなんつうか、ただひたすら恐れ多い。そのビビリから抜け出して書き始めるまでに一週間近くかかってしまった。
ちなみに「おもしろ本」を見てみると、過去に三冊だけ読んでいる。
今回、過去の作品を全部いただいて通読させてもらったけど、んー、彼女のナイフの切れ味にかなう解説は書けないと心底悟った(当たり前だ)。とにかく自分らしく自然体で、と、言い聞かせて、ここ1週間、しこしこ書いていたのだけど、書く内容は先週なんとなく決めたものの、最初の一行が出ず、ずっとモンモン。昨日一気に書けたから良かったものの、昨日ダメだったら蟻地獄から出られない予感があった。あぁ書けて良かった。
でも、今後はもっと身の丈にあった仕事を慎重に受けることにしようと思います。
ビートルズの後にドリフ
2007年11月27日(火) 7:11:06
命知らずと言われているさとなおです。おはようございます。
ま、普通驚くわな。斎藤美奈子だもんねぇ。我ながらいまだに驚く。「仕事を受けたことに驚愕」というメールもあったけど、まぁその通りです。知らずに買った読者にしても「この解説、知らん。ダレ?」って感じだろう。すまんなぁ。
というか、他人様の本の巻末にお邪魔するって、難しいな。
前座ならまだわかる。ビートルズの前にドリフが出てくるならまだギリギリ許せる。でもビートルズが素晴らしいライブをして、ちゃんと計算して締めたあとに、のこのこドリフが出ていくってどうよ。
そのときドリフは何をすればいいのか。ビートルズの後に。
ファン層がまったく違うのに自分のコントをするのか(それはない)。ビートルズの余韻を引き継いで馴れぬ演奏をするのか(それもない)。すべてをぶち壊してビバノンノンを唄うのか(石投げられます)。
しかも本の場合、ドリフ込みでパッケージ化されてしまう。
そのまま長いこと流通する。あぁラストにビバノンノンがついたビートルズが!(ビバノンノンをやったのか)。
ちなみに文庫「文学的商品学」は来年2月刊行。また発売されたらここで告知させていただきます。
BM上げ
2007年11月28日(水) 5:19:23
夏前後に右肘を痛め、ひどい時はお箸も持てない状況になり、当然キーボードもずいぶん辛いという日々が続いた。
いろんな方のアドバイスでそこそこ治ったのだが(一番効いたのは左脇のマッサージ。つながっているのね)、そんな中、秋前後から重量級の執筆に入り、キーボードが打ちにくくなったら致命的、と恐怖心バリバリだったことも手伝って、まさに腫れ物に触るように扱ってきた右肘。プールもジムも行けないし、腕立てなんてもってのほか。いつの間にか全くエクササイズもしない状態に。
で、気がつけばBM(基礎代謝)が落ちており、夏前よりも2キロちょい太っている。ずっと机に向かっていたこともあり体力もガタ落ち。代謝が悪いせいか寒さもこたえる。こりゃアカン。
ということで、今日から年末まで、地道にBM上げをし、プール&ジムに通うことにしました。BMグラサン・ダイエットの教祖としても、ベストなBMへの復帰とベストな体型への復帰をここに誓って背水の陣とします。
サウナって本当にカラダにいいの?
2007年11月29日(木) 7:54:21
入稿をバタバタすませて気が抜けたのか、妙にカラダがふわふわして疲れやすい。
運動して汗をかくと治ることが多いので、夕方からプールで長々泳ぎ、その後サウナに入った。サウナはあまり好きではなくめったに入らないのだが、サッパリスッキリするという人も多いので、昨日は我慢して15分きっかり入ってみた。
そしたらサウナから出た途端に前後不覚的ふらふらが訪れた。急に冷やすと逆に危ないと思い、ぬるま湯シャワーでゆっくりカラダを冷やして、近くのイスで休憩。水分も十分補給。動悸がおさまるまで安静にした。意外と危なかったのかもとヒヤヒヤ。
つか、サウナって本当にカラダにいいのかな(笑)
やっぱりボクには合わない模様。フィンランドみたいに習慣になっていればまだしも、急激に熱くして急激に冷やすって確実にカラダに悪い気がする。そういえば名作「世界の果てのビートルズ」で、サウナで我慢比べして倒れる男たちの話が出てきて印象的だったっけ。水ぶくれになるほど熱いサウナに長時間入る男たちの話。どこでも男はバカだなぁ。
ビートルズといえば、おとといの「ビートルズとドリフの比喩」は、年代格差があったようである。若い人には意味がわからなかった模様。1966年のビートルズ武道館公演(したんですよ)の前座をドリフが務めたのです。「ちりとてちん」でも先々週だったかに比喩として使われていたので、なんとなく便乗してみた感じ。
つか「♪ビバノンノン」を知らない人にはどっちにしろまるでわからなかったみたい。まぁ「8時だよ!全員集合」も1985年9月終了だしねぇ(日航機事故&阪神優勝の年、そしてボクが新入社員の年)。裏番組の「オレたちひょうきん族」に負けたのだった。今思えば、お笑いの流れが変わった年であった。
iKnow!
2007年11月30日(金) 8:16:14
SNS型英語学習サイト「iKnow!」が実によく出来ている。
こんなのがタダで出来るあたりが、インターネットの恩恵だなぁと心底思う。普通の発想なら有料、しかもわりと高いだろう。これがタダな世の中って、やっぱり(いろいろあるけど)とてもいい世の中なのだとポジティブに考えたい。
SNSなので、子供も入れて一緒にやろうかな。英語が不得意な人ばかり集まると思うので、英語で日記を書いても恥ずかしくないのもいい。日常的に気楽に触って楽しみたいところ。
ま、あとは続くかどうかだな。
こうして毎日更新していたり、本を書ききったりと、決して意志が弱いわけではないと思うのだが、英語はどうしても飛び飛びになってしまう。2ヶ月くらいガガガとやって3ヶ月途切れて、といった繰り返し。具体的な目標がないからだろうか。自分にがっかりすることが多い。そろそろなんとかせいよ。iKnow!はどのくらい続くだろうか…。2ヶ月の壁が目安。
昨日、本の初校が上がってきた。
いつものことだが、出版直前というのは非常に落ち込む。出版ブルー。今回もわりとひどいな。読み直せば読み直すほど不完全な部分が見えてくるし、根本的に「こんな本出して何か意味があるのか」とか悩み出すし、苦労して書いた物が世間の厳しい風に晒されるのが怖いこともある。どうとでもポジティブに考えられることばかりだとはわかっているのだけど、なんか不安で落ち込む。まぁなんとかやり過ごすしかない。




