2007年8月 アーカイブ

天使のウィンク

2007年8月 1日(水) 9:19:22

夜メシ何を食べようかなぁと考えていたら、頭にTボーンステーキの絵が浮かび、鼻にTボーンステーキの香りが漂い、舌にTボーンステーキの味がひりつき、もう居ても立ってもいられなくなった。で、森崎くんと一緒に中目黒「バッチョーネ」へ。
ここの豚のTボーンステーキはマジうまい。初めての森崎くんも絶句してた。あー満足。これが食べたかったんだよー。しかも4500円で前菜・パスタ・メイン・デザートとついてお得だし。まだ目黒にあったころとはずいぶん変わった気がする。パスタはイワシとういきょうのスパゲッティ。ここに来るとなぜかコレを頼んでしまう。次回は他のも頼んでみよう。

すっかり満足して、青山の「Amoh's Bar」へ。
森崎ファンの部下(男:もちろん北海道出身)も呼び出して3人で。彼は「チビ・ナックス」の森崎キャラを携帯の待ち受けにしているというキモイやつ。キモイキモイと言ってたら森崎くんが怒ったけど(笑)。ま、ボクもナックスの公演キャラである「ケン・タウルス」の携帯ストラップを使っているので同類だが。

夏バテもあってか、少しの酒で酔ってしまった。ぐだぐたに酔っていたらよくメールをくれる方がたまたま来店。おぉ奇遇。みんなで一緒になってしゃべって、最後は貸し切りになってなぜか松田聖子三昧。天羽がiPodから流してくれて、みんなで「天使のウィンク」を合唱。どんな流れでそうなったのか覚えてないけど。「それがキミとの約束だから〜約束だから〜約束だから〜約束だから〜」の無限ループ。右隣で森崎くんが大声で歌っていたせいか、今朝は右耳が痛い。今日はヤマザキマリさん来日記念で、会社休んで遊ぶ予定。ナツヤスミ第一弾。

ヤマザキマリさん来日

2007年8月 2日(木) 5:31:48

にわかに信じられなかったが、阿久悠が亡くなってしまった。
昨日ヤマザキマリさんと遊んでいる最中にそれを知り、しばし呆然。ボクが中学くらいから高校くらいまでの「流行歌に超敏感だった時代」に彼の全盛期が当たっただけに、人生と切っても切り離せない関係である。昭和がどんどん遠くなってくるなぁ。

ちょっとショックを受けつつ、昨日はヤマザキマリさん来日記念の遊び会。
リスボンですっかりお世話になった彼女と息子のデルスくんを我が家に迎えて積もる話いっぱい。お土産もいっぱい(ありがとう!)。そして途中からWii大会へ。相当盛り上がる。娘とデルスくんはふたりでDS「どうぶつの森」もやっていた。ネットを経由してお互いのDSの村を行き来したりしている。いまどきの子はこんなことが「普通」なんだよなー。おもろいなー。

夜は「福竹」でお好み焼き。途中からマリさんの旧知の仲でもある森崎博之くんも合流。「福竹」のお母さんもノリノリでえらく盛り上がった。独特のデルス節がお母さんの琴線に触れた模様。その後、家に戻ってお土産にいただいた絶品グラッパを飲みつつ深夜まで。森崎くんも初来宅。またゆっくり来てください。

ナツヤスミ第一弾終了(たった二日だが)

2007年8月 3日(金) 9:22:05

昨日もヤマザキマリさんと遊んだ。
本当は午前中にデルスくん(12歳)最愛のフジ(人工尾びれをつけたイルカ)の物語を映画化した「ドルフィン・ブルー」に一緒に行こうということになっていたのだが、昨日の遊び疲れで響子がダウン。ボクたちは午後からご一緒することに。ちなみに映画を観たマリ&デルスによると映画は思ったよりあっさりした演出でとても良かったそうだが、映画館に4人しかいなかったとか。ほとんど宣伝とかしてないもんねぇ。ヤマザキ家族はデルスくんのフジ愛に負けてリスボンからはるばる沖縄美ら海水族館までフジに会いに行ったという過去を持つ。映画観られて良かったね、デルスっち。

昼はデルスくんがとんかつを食べたいと言ったので案内するために合流して「燕楽」へ。本場のトップクラスのとんかつをどうぞ! でも昨日のロースカツはもうひとつだったかなぁ。女性陣が取ったヒレカツの方が良かった。その後我が家に移動して、またまたWiiとか。大人数でWiiすると楽しいし。リモコンが2つしかなかったけど、今後来るときまでに4つにしておきますね。

札幌のおばあちゃんちにひとりで行ったデルスくんとさよならして、夜は東京に残るマリさんと家族3人で「布恒更科」で蕎麦&日本酒。板わさとか焼き海苔とか蒸し穴子とかハゼ天とか、リスボンやイタリアにいたら絶対食べられないものを取って日本酒ちびちび。喜んでくれた模様。
結局マリさんとは二日間で22時間一緒に遊んだ。お互いお疲れさんです。楽しかった。イタリアの旦那さんの実家での再会を誓って別れる。マリさんはこれから東京〆切地獄へ。日本にいるうちにもう一回くらい会えるかどうか。

映画「めがね」、試写会満員

2007年8月 4日(土) 5:37:55

昨日は夜の打ち合わせを無理に切り上げて、荻上直子監督最新作「めがね」の試写会に駆けつけたのだが、なんと試写会会場は補助席も含めて満員御礼。立ち見でもいいので、と食い下がったがそれも満員。がっくし。チケットをくださった塩出師匠、スマンコッテ。
映画「めがね」は「かもめ食堂」のスタッフ再集結ってヤツで、主演はもちろん小林聡美。まぁ人気があるのもわかる。9/22からロードショーするので見逃すことはないと思うが(たぶん)、試写会で先に観て優越感に浸りたかった(笑)

んでもって、家にとぼとぼ帰った挙げ句、22時から1時間半やったNHK「ありがとう阿久悠さん〜日本一のヒットメーカーが生んだ名曲たち」も見逃した。夏バテが続いていて眠気に勝てなかったのだ(ま、早起きなのもあるが)。裏に妻娘が楽しみにしている「山田太郎物語」があって、それを録画しないといけなかったので録画も出来ず。再放送しないかな…。久しぶりに昭和の最強歌謡曲をたっぷり見たい(実はとてもマニアックに詳しい分野なのです)。
それにしても阿久悠を失ったのは痛い。ボクたちにはまだ筒美京平がいるし、さすがの阿久悠も最近ではあまり活躍していなかったのだが、それにしても…。

朗報。東京のタクシーが全面禁煙になるらしい(個人タクシー除くなのが痛いが)。これであのタバコ臭い車内もなくなるし(客を乗せてないときの運転手の喫煙も規制するなら)、密室なのにタバコを吸う同乗者もいなくなる。素直にうれしい。
でもこの調子で行くと、10年後とかには禁煙法とかも出来、30年後には「タバコが合法な時代があったんだってさ!」と若者が噂するような感じになるのかも。ボクはタバコが大嫌いだけど、たとえばジャズクラブに漂う紫煙とかは好きだし、穴蔵みたいな暗いバーで格好良くタバコを燻らせている男を見るのも好きだ。アメリカの禁酒法時代のようなエキセントリックな事態にならなければいいなと思う。タクシーは公共性が高いので禁煙は当たり前だと思うが、嗜好品を気楽に楽しめない世の中も窮屈である。行きすぎにならないように。

日記猿人

2007年8月 5日(日) 17:33:53

日記才人(ニッキサイトと読む。ボクには改名前の「日記猿人」の方が馴染み深いので以下そう書く)が7月第二週で閉鎖終了したことを後日書くと書いてからはや数週間。早いなぁ。タイミングを失ってしまったが、少しだけ書いてみる。

日記猿人とは、ブログもSNSももちろんなかった1996年頃出来たWeb日記のリンク集で、人気投票機能、人気ランキング機能、更新順ソート機能などがあり、まだ村社会だったネット界の一世を風靡したサイトである。
検索が発達してなかった(同年にようやくYahoo! Japanが出来た。Googleなんてもちろんなかった)当時、このリンク集は貴重で、読み物系サイトを探すときはこれと「Read Me」に頼りっきりだったのだ。

ボクの書き手としての日記猿人への登録は1000番台。不定期日記を始めてしばらくたってからだと思う。最終的には数十万となった登録者数からすると古参の部類ではあるが、二桁台三桁台の日記書きが大勢活躍していたからなぁ。
でも日記読者としてはもっと古い。前身である日記リンクスも読んでいたし、ばうわう氏の「UDO」も知っている。その後のいろんな騒動やその結果としての日記才人への改名、「たたかう伝言板」での泥仕合など、ROMとして追っていたりした。

左手で食べるのは難しい

2007年8月 6日(月) 5:48:05

なるべく「暑い」という言葉は書かないようにしているのだけど、さすがにこの土日は暑かった!
毛皮を着っぱなしの愛犬がかわいそうで、朝5時台とか6時台に散歩に行くようにしているのだけど、行きそびれると夕方遅くまでお預けなのが不憫。でも、この暑さの中を毛皮着て灼熱のアスファルトを裸足で歩くなんて、どう考えても罰ゲームなので仕方ない。

この暑さの中さらに鬱陶しいことに右肘がどうも本格的にダメみたいで、キーボードはなんとか打てるが、お箸が握れなくなってきた。特に朝がダメ。痛すぎ。仕方ないから左手でお箸持つけどうまく食べられない。ただ、必然的にゆっくり食べるようになるので、満腹中枢が早めにOKを出すようになった。こりゃ食べる量を規制するには有効かも。左手お箸ダイエット、とか、いかがでしょう? >ダイエット・ブームの方々

つか、本当に大丈夫かな、右肘。
どうせ数週間で自然に癒えるだろうと医者に診せずに来たけど、そろそろ行かなければヤバイかも。症状的にはテニス・エルボーに近いけど、変な病気でなければいいなぁ。川口順子元外務大臣が突然ギラン・バレー症候群を発症した記事とか読んでちょっと怖くなった。

過去の成功体験が通じない職場

2007年8月 7日(火) 8:23:16

会社でボクは「過去の成功体験」が通じない職場にいる。
日々進化しているインターネットの真っ直中でキャンペーン・ディレクションをしているからである。
たとえ成功事例をつくっても半年で「古く」なる世界。ネット以前であれば、一度成功事例や賞を獲りさえすれば下手すると一生食えるみたいな部分があったのに、ここではたった半年で古くなってしまう。「最近の成功事例は?」とか聞かれて1年前の事例を鼻高々に話しても「それって1年も前じゃないですか」とすっごい過去みたいな言われ方をしかねないのがネット業界なのだ。成功事例や賞などはすぐに捨てて次に進まないといけない。

これって過去の実績にすがりつきたい40代中盤男にとっては実際とてもしんどいことなのだが、過去の成功体験だけで生きている人にはなりたくないからまぁこれもアリかなと満足はしている。頭も硬直化しないしね。
ただ、反面、「過去の成功体験というアドバンテージを使えない分、常に若手と対等に張り合わないといけない」わけで、これがなかなか厳しい。斬っても斬っても新しく若い敵が現れる。しかも、若手を前にすると思わず「それはこうした方がイイのだよ」とか過去の成功体験を振りかざして口出しちゃったりする。あ〜そんな口出ししたら仕事が古くなっちゃうのに。我慢せよ我慢。

でも最近気がついた。
若い人ほど意外と成功体験に固執する。成功体験が少ない分、たったひとつの成功体験を大事にしすぎて凝り固まってしまう人が意外と多いのだ。早々に自分の世界を作ってしまう。若いうちからそんなに狭くしてどうする、とか口出ししたいのだけど、これも我慢せよ我慢。成功体験は捨て続けないといけないんだ、と、自分で気づくまでじっと我慢。

抜歯、その後

2007年8月 8日(水) 7:25:39

4月に抜いた奥歯の後日談。
抜歯後、いろんな方からメールをいただいた。歯医者さんからもたくさん。ありがとうございました。で、メールをくださった中でも特にくわしく心配してくださった方(医師ではなく患者さん)がいた。その方は「抜歯してインプラントを勧める治療」がどうにも納得がいかず、いろんな歯医者を放浪した挙げ句、ようやく「抜歯してインプラントにしましょう」と言わない医者に巡り会ったと言う。いろんな方法を説明してくれた上で、保険が効く範囲内で悪戦苦闘して治療してくれ、大変満足している、とのこと。とりあえずインプラントをする前にその医師からセカンドオピニオンをとったらどうか、と提案してくださったのだ。

で、メールでより詳しく質問したらより詳しくお答えくださり、なんかインプラントへの恐怖も広がったので、その方にお会いさせてもらってからご紹介いただいて(ご紹介いただくための面接的意味)、その歯医者さんにセカンドオピニオンをとりに行ったのである。

結果から話すと、とても良かった。大満足。
というか、頭ではわかっていても、こんなに医師で違うものなのか…。ちょっとビックリだ。

ご紹介できない理由

2007年8月 9日(木) 5:59:39

歯でとても困っている方々から「その歯医者さんを紹介して!」という切羽詰まったメールをいただいておりますが、本当にすいません、ボク自身まだ紹介を受けたばかりの超新参者で、他の方を紹介する立場におりません。ご紹介するのは当分無理だということを何卒ご理解くださいませ。

また、医院名と住所だけお知らせしたとしても、そこは完全紹介制で、紹介がないと受け付けてもらえません。そのうえ「佐藤から紹介を受けた○○です」と直接電話していいわけでもないようで、まず紹介者が先生に直接ご紹介者氏名を伝えて、その後当人が電話する、という丁寧な段取りが必要なようです。先生自身が「紹介」をちゃんと大切にされるからなのでしょう。紹介を受けて昨日今日来始めたような新参者がそれをするのはちょっと厚かましい。

紹介くらいそんなもったいつけずにしろと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、紹介制のところは、紹介制の飲食店と同じく、紹介者の信用がすべてになります。信用もない新参者が舞い上がっていろんな人を紹介するのはちょっとありえない。ボクを紹介してくださった方にも激失礼です。

名古屋の夜

2007年8月10日(金) 10:42:48

本当は昨日から15日まで夏休み第二弾だったのだが、仕事が間に合わず、急遽朝9時からの会議に参加。なんとか夏休みに突入できるかなという空気になったのが午後2時で、こっそり会社を飛び出して半日遅れの夏休みイン。まずは名古屋へ。

クレアの二泊三日連載は、ボクが自腹でいろんな店を下調べ(下食べ?)した上で店をピックアップし、編集部から掲載&撮影許可の電話を店に入れる、という段取りになっている。
で、前回名古屋で食べた店の中で「ここは載せたい!」と思った店8軒のうち、2軒も掲載不許可だったのだ。1軒は流行りすぎがその理由。もう1軒は理由不明。困った。まぁ次点の店を格上げする手もあるが、とりあえず追加できる店があるかないか、名古屋に食べに来たわけである。

夕方「ホテルプリシード名古屋」にチェックイン。
前回泊まって気に入ったのだが、今回も印象的なサービス。再訪なので広めの部屋を用意してくれた。前回お願いした備品(スタンド)なども要求する前から揃っている。顧客名簿管理がしっかりしているらしい。安いし、今後の定宿に。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。