2007年08月
天使のウィンク
2007年08月01日(水) 9:19:22
夜メシ何を食べようかなぁと考えていたら、頭にTボーンステーキの絵が浮かび、鼻にTボーンステーキの香りが漂い、舌にTボーンステーキの味がひりつき、もう居ても立ってもいられなくなった。で、森崎くんと一緒に中目黒「バッチョーネ」へ。
ここの豚のTボーンステーキはマジうまい。初めての森崎くんも絶句してた。あー満足。これが食べたかったんだよー。しかも4500円で前菜・パスタ・メイン・デザートとついてお得だし。まだ目黒にあったころとはずいぶん変わった気がする。パスタはイワシとういきょうのスパゲッティ。ここに来るとなぜかコレを頼んでしまう。次回は他のも頼んでみよう。
すっかり満足して、青山の「Amoh's Bar」へ。
森崎ファンの部下(男:もちろん北海道出身)も呼び出して3人で。彼は「チビ・ナックス」の森崎キャラを携帯の待ち受けにしているというキモイやつ。キモイキモイと言ってたら森崎くんが怒ったけど(笑)。ま、ボクもナックスの公演キャラである「ケン・タウルス」の携帯ストラップを使っているので同類だが。
夏バテもあってか、少しの酒で酔ってしまった。ぐだぐたに酔っていたらよくメールをくれる方がたまたま来店。おぉ奇遇。みんなで一緒になってしゃべって、最後は貸し切りになってなぜか松田聖子三昧。天羽がiPodから流してくれて、みんなで「天使のウィンク」を合唱。どんな流れでそうなったのか覚えてないけど。「それがキミとの約束だから〜約束だから〜約束だから〜約束だから〜」の無限ループ。右隣で森崎くんが大声で歌っていたせいか、今朝は右耳が痛い。今日はヤマザキマリさん来日記念で、会社休んで遊ぶ予定。ナツヤスミ第一弾。
ヤマザキマリさん来日
2007年08月02日(木) 5:31:48
にわかに信じられなかったが、阿久悠が亡くなってしまった。
昨日ヤマザキマリさんと遊んでいる最中にそれを知り、しばし呆然。ボクが中学くらいから高校くらいまでの「流行歌に超敏感だった時代」に彼の全盛期が当たっただけに、人生と切っても切り離せない関係である。昭和がどんどん遠くなってくるなぁ。
ちょっとショックを受けつつ、昨日はヤマザキマリさん来日記念の遊び会。
リスボンですっかりお世話になった彼女と息子のデルスくんを我が家に迎えて積もる話いっぱい。お土産もいっぱい(ありがとう!)。そして途中からWii大会へ。相当盛り上がる。娘とデルスくんはふたりでDS「どうぶつの森」もやっていた。ネットを経由してお互いのDSの村を行き来したりしている。いまどきの子はこんなことが「普通」なんだよなー。おもろいなー。
夜は「福竹」でお好み焼き。途中からマリさんの旧知の仲でもある森崎博之くんも合流。「福竹」のお母さんもノリノリでえらく盛り上がった。独特のデルス節がお母さんの琴線に触れた模様。その後、家に戻ってお土産にいただいた絶品グラッパを飲みつつ深夜まで。森崎くんも初来宅。またゆっくり来てください。
そういえば、ずっと壊れてたクレルのアンプが昨日だけ奇跡的に生き返り、久々にアポジー(スピーカー)も気持ちよく鳴った。阿久悠の歌を流そうかと思ったけど、迷った末やめた。せっかくの楽しい場を湿らせても仕方ない。
デルスくんは東京のあまりの人の多さに若干まいっていたようだけど、とても楽しんでくれた模様。それにしても13時間くらいぶっ続けで遊んだなぁ。今日も少し遊ぶ予定。仕事もしないといけないけど。
ナツヤスミ第一弾終了(たった二日だが)
2007年08月03日(金) 9:22:05
昨日もヤマザキマリさんと遊んだ。
本当は午前中にデルスくん(12歳)最愛のフジ(人工尾びれをつけたイルカ)の物語を映画化した「ドルフィン・ブルー」に一緒に行こうということになっていたのだが、昨日の遊び疲れで響子がダウン。ボクたちは午後からご一緒することに。ちなみに映画を観たマリ&デルスによると映画は思ったよりあっさりした演出でとても良かったそうだが、映画館に4人しかいなかったとか。ほとんど宣伝とかしてないもんねぇ。ヤマザキ家族はデルスくんのフジ愛に負けてリスボンからはるばる沖縄美ら海水族館までフジに会いに行ったという過去を持つ。映画観られて良かったね、デルスっち。
昼はデルスくんがとんかつを食べたいと言ったので案内するために合流して「燕楽」へ。本場のトップクラスのとんかつをどうぞ! でも昨日のロースカツはもうひとつだったかなぁ。女性陣が取ったヒレカツの方が良かった。その後我が家に移動して、またまたWiiとか。大人数でWiiすると楽しいし。リモコンが2つしかなかったけど、今後来るときまでに4つにしておきますね。
札幌のおばあちゃんちにひとりで行ったデルスくんとさよならして、夜は東京に残るマリさんと家族3人で「布恒更科」で蕎麦&日本酒。板わさとか焼き海苔とか蒸し穴子とかハゼ天とか、リスボンやイタリアにいたら絶対食べられないものを取って日本酒ちびちび。喜んでくれた模様。
結局マリさんとは二日間で22時間一緒に遊んだ。お互いお疲れさんです。楽しかった。イタリアの旦那さんの実家での再会を誓って別れる。マリさんはこれから東京〆切地獄へ。日本にいるうちにもう一回くらい会えるかどうか。
会社の方ではここ数週間チカラを入れていた大きな仕事がすべてこちらの提案通りクライアントを通り(奇跡的)、スタッフみんな大ハッピー。これから実施に向けてのきつい日々が始まるとはいえ、一瞬の達成感。良かった良かった。
映画「めがね」、試写会満員
2007年08月04日(土) 5:37:55
昨日は夜の打ち合わせを無理に切り上げて、荻上直子監督最新作「めがね」の試写会に駆けつけたのだが、なんと試写会会場は補助席も含めて満員御礼。立ち見でもいいので、と食い下がったがそれも満員。がっくし。チケットをくださった塩出師匠、スマンコッテ。
映画「めがね」は「かもめ食堂」のスタッフ再集結ってヤツで、主演はもちろん小林聡美。まぁ人気があるのもわかる。9/22からロードショーするので見逃すことはないと思うが(たぶん)、試写会で先に観て優越感に浸りたかった(笑)
んでもって、家にとぼとぼ帰った挙げ句、22時から1時間半やったNHK「ありがとう阿久悠さん〜日本一のヒットメーカーが生んだ名曲たち」も見逃した。夏バテが続いていて眠気に勝てなかったのだ(ま、早起きなのもあるが)。裏に妻娘が楽しみにしている「山田太郎物語」があって、それを録画しないといけなかったので録画も出来ず。再放送しないかな…。久しぶりに昭和の最強歌謡曲をたっぷり見たい(実はとてもマニアックに詳しい分野なのです)。
それにしても阿久悠を失ったのは痛い。ボクたちにはまだ筒美京平がいるし、さすがの阿久悠も最近ではあまり活躍していなかったのだが、それにしても…。
朗報。東京のタクシーが全面禁煙になるらしい(個人タクシー除くなのが痛いが)。これであのタバコ臭い車内もなくなるし(客を乗せてないときの運転手の喫煙も規制するなら)、密室なのにタバコを吸う同乗者もいなくなる。素直にうれしい。
でもこの調子で行くと、10年後とかには禁煙法とかも出来、30年後には「タバコが合法な時代があったんだってさ!」と若者が噂するような感じになるのかも。ボクはタバコが大嫌いだけど、たとえばジャズクラブに漂う紫煙とかは好きだし、穴蔵みたいな暗いバーで格好良くタバコを燻らせている男を見るのも好きだ。アメリカの禁酒法時代のようなエキセントリックな事態にならなければいいなと思う。タクシーは公共性が高いので禁煙は当たり前だと思うが、嗜好品を気楽に楽しめない世の中も窮屈である。行きすぎにならないように。
日記猿人
2007年08月05日(日) 17:33:53
日記才人(ニッキサイトと読む。ボクには改名前の「日記猿人」の方が馴染み深いので以下そう書く)が7月第二週で閉鎖終了したことを後日書くと書いてからはや数週間。早いなぁ。タイミングを失ってしまったが、少しだけ書いてみる。
日記猿人とは、ブログもSNSももちろんなかった1996年頃出来たWeb日記のリンク集で、人気投票機能、人気ランキング機能、更新順ソート機能などがあり、まだ村社会だったネット界の一世を風靡したサイトである。
検索が発達してなかった(同年にようやくYahoo! Japanが出来た。Googleなんてもちろんなかった)当時、このリンク集は貴重で、読み物系サイトを探すときはこれと「Read Me」に頼りっきりだったのだ。
ボクの書き手としての日記猿人への登録は1000番台。不定期日記を始めてしばらくたってからだと思う。最終的には数十万となった登録者数からすると古参の部類ではあるが、二桁台三桁台の日記書きが大勢活躍していたからなぁ。
でも日記読者としてはもっと古い。前身である日記リンクスも読んでいたし、ばうわう氏の「UDO」も知っている。その後のいろんな騒動やその結果としての日記才人への改名、「たたかう伝言板」での泥仕合など、ROMとして追っていたりした。
それらの経験がネット・リテラシーをずいぶん高めてくれたし、いまネット上で起こっている炎上をはじめとした数々の現象もすべて既視感をもって見られるようになった。それはすべて「日記猿人でとっくに経験済み」だからである。
ブログという言葉が出来るずっと以前に、そういうことが日記猿人界では普通に起きていた。
だって日記猿人に集まっていた日記書きの日記&評論は限りなく今のブログに近いし、ボクが日記猿人アクティブだった1997年〜2000年くらいは日記数も1万以下でまさに「村社会」だったから、村八分や炎上なんかもあっという間。オフミ(オフライン・ミーティング)も頻繁に行われていたし、ネット上での恋愛や結婚、別れ、ネットを初めて経験するハイテンションからの非常識な行動、誹謗中傷による日記閉鎖〜自殺など、様々なことがすべて箱庭的に起こっていたのである。日記猿人の盛衰をきちんと分析するヒトがいれば、それは現在そして将来のネット社会の縮図になるのではないかと思われるくらい。
でもまぁそんなことはどうでもいい。ボクにとっては、いろんなお気に入りの日記があり、素晴らしい書き手がたくさんいたということが一番思い出深い。ネットがまだ村社会で、いまより影響範囲が限られた分、いまなら書けないような過激な論説も多かった。いまなら個人特定できちゃうようなリアルな情報も、みんな脇甘く書いていた。その分、実に面白かったな。
よく読んでいた日記の題名を思い出すままに書いてみよう。
「ちゃろん日記(仮)」「喜遊楽的生活」「MADE IN JAPAN!」「思うこと」「香子の日常」「今日の花ちゃん」「我茶日記」「思蜜日記」「後悔日誌」「ボージャック夫人(いまどきのはは)」「From Cassiopeia with Love」「ゼントウヨウヨ」「菜摘ひかるの風俗漂流日記」「チョコレート・ジャンキー」「テクニカルライター裏日記」「Stay(ぶらんこ)」「RAIN DROP」「過剰な人々」「三十路日記」「しんつま日記」「おまけ日記」「D-Point」「デーテーペーな1日」「とほほ日記」「いい加減な毎日」「じぶん更新日記」「ちはるの多次元尺度構成法」「WebColumn」「プチ日記」「スパイ日記」…
…まだまだあった気がするけど、思い出したままに。
まだ続いている日記もあるけど、どこかで何かを書いてるかなぁと遠い目になる日記も。意外とmixiで続けている日記もあると聞く。
とりあえず、長きに渡りボランティア的に運営されてきた管理人さんには本当にお疲れ様と言いたい。ありがとうございました。ジバランみたいな小さな組織でもあれだけ運営が大変だったのだから、日記猿人の運営の大変さは想像を絶する。
いろんな騒動はあったし様々なイヤなことも見聞きしたけど、素晴らしいことも多かった。ネットやサイトの良さを肌感覚でわからせてくれた日記猿人。あの頃いい体験をしたからこそ、イヤなことがあってもめげずにサイトを続けているんだと思う。イヤなこと<イイこと。続ける価値はある。たぶん。
左手で食べるのは難しい
2007年08月06日(月) 5:48:05
なるべく「暑い」という言葉は書かないようにしているのだけど、さすがにこの土日は暑かった!
毛皮を着っぱなしの愛犬がかわいそうで、朝5時台とか6時台に散歩に行くようにしているのだけど、行きそびれると夕方遅くまでお預けなのが不憫。でも、この暑さの中を毛皮着て灼熱のアスファルトを裸足で歩くなんて、どう考えても罰ゲームなので仕方ない。
この暑さの中さらに鬱陶しいことに右肘がどうも本格的にダメみたいで、キーボードはなんとか打てるが、お箸が握れなくなってきた。特に朝がダメ。痛すぎ。仕方ないから左手でお箸持つけどうまく食べられない。ただ、必然的にゆっくり食べるようになるので、満腹中枢が早めにOKを出すようになった。こりゃ食べる量を規制するには有効かも。左手お箸ダイエット、とか、いかがでしょう? >ダイエット・ブームの方々
つか、本当に大丈夫かな、右肘。
どうせ数週間で自然に癒えるだろうと医者に診せずに来たけど、そろそろ行かなければヤバイかも。症状的にはテニス・エルボーに近いけど、変な病気でなければいいなぁ。川口順子元外務大臣が突然ギラン・バレー症候群を発症した記事とか読んでちょっと怖くなった。
過去の成功体験が通じない職場
2007年08月07日(火) 8:23:16
会社でボクは「過去の成功体験」が通じない職場にいる。
日々進化しているインターネットの真っ直中でキャンペーン・ディレクションをしているからである。
たとえ成功事例をつくっても半年で「古く」なる世界。ネット以前であれば、一度成功事例や賞を獲りさえすれば下手すると一生食えるみたいな部分があったのに、ここではたった半年で古くなってしまう。「最近の成功事例は?」とか聞かれて1年前の事例を鼻高々に話しても「それって1年も前じゃないですか」とすっごい過去みたいな言われ方をしかねないのがネット業界なのだ。成功事例や賞などはすぐに捨てて次に進まないといけない。
これって過去の実績にすがりつきたい40代中盤男にとっては実際とてもしんどいことなのだが、過去の成功体験だけで生きている人にはなりたくないからまぁこれもアリかなと満足はしている。頭も硬直化しないしね。
ただ、反面、「過去の成功体験というアドバンテージを使えない分、常に若手と対等に張り合わないといけない」わけで、これがなかなか厳しい。斬っても斬っても新しく若い敵が現れる。しかも、若手を前にすると思わず「それはこうした方がイイのだよ」とか過去の成功体験を振りかざして口出しちゃったりする。あ〜そんな口出ししたら仕事が古くなっちゃうのに。我慢せよ我慢。
でも最近気がついた。
若い人ほど意外と成功体験に固執する。成功体験が少ない分、たったひとつの成功体験を大事にしすぎて凝り固まってしまう人が意外と多いのだ。早々に自分の世界を作ってしまう。若いうちからそんなに狭くしてどうする、とか口出ししたいのだけど、これも我慢せよ我慢。成功体験は捨て続けないといけないんだ、と、自分で気づくまでじっと我慢。
抜歯、その後
2007年08月08日(水) 7:25:39
4月に抜いた奥歯の後日談。
抜歯後、いろんな方からメールをいただいた。歯医者さんからもたくさん。ありがとうございました。で、メールをくださった中でも特にくわしく心配してくださった方(医師ではなく患者さん)がいた。その方は「抜歯してインプラントを勧める治療」がどうにも納得がいかず、いろんな歯医者を放浪した挙げ句、ようやく「抜歯してインプラントにしましょう」と言わない医者に巡り会ったと言う。いろんな方法を説明してくれた上で、保険が効く範囲内で悪戦苦闘して治療してくれ、大変満足している、とのこと。とりあえずインプラントをする前にその医師からセカンドオピニオンをとったらどうか、と提案してくださったのだ。
で、メールでより詳しく質問したらより詳しくお答えくださり、なんかインプラントへの恐怖も広がったので、その方にお会いさせてもらってからご紹介いただいて(ご紹介いただくための面接的意味)、その歯医者さんにセカンドオピニオンをとりに行ったのである。
結果から話すと、とても良かった。大満足。
というか、頭ではわかっていても、こんなに医師で違うものなのか…。ちょっとビックリだ。
意外と若い男性医師だったのだが、それはもう丁寧に「私なら今後の治療をこうします」と説明してくれた。今かかっている医師が提案しなかった治療法。わりと手が込んでいそうだったので「そ、それは期間とお金がかかりますか?」と聞いたら、「いえ? 1ヶ月くらいで出来ますよ。お金もなるべく保険の範囲内で」と。ほう…。ちなみに今かかっている医師の治療方針を伝えると、それを別に否定はせずにメリット・デメリットを語ってくれる。「それにしても抜歯は残念です。歯の根が一本でも残っていれば抜かずに治すのに」と残念がってくれた。
わりと惚れた(笑)
というか、納得したのだな。納得して不安も取り除かれるとどれだけ患者は晴れ晴れするか、初めて経験したかも。霧が晴れた。美しい青空。
で、こちらで治療をすることをお願いしたら「次は麻酔して手術して仮の歯を入れます」とさりげなくおっしゃる。うわ、もう少し検査とかしないんですか?と聞いたら「もう治療方針は決まったので必要ないですよ」とのこと。必要最低限しか通院させない方針なご様子。ますます惚れた。で、昨日は二回目の訪問。いきなり2時間の大手術。
それまでかかっていた医師が抜歯した時、隣の歯も虫歯になっているとのことで一部金歯にしたのだが、今回、それも治療のため壊した。4月に大金払って入れたばっかりの金歯。もったいないなぁと思っていたら「佐藤さん、金歯、いつ入れたんですか? 4月? いやぁ、金歯の下、虫歯が相当深くなってますよ。神経まで行ってます。治療せず被せましたね」とのこと。鏡で見せてくれたが確かにすごい虫歯になっている。治療をちゃんとせずに被せたのか!!!
以前の医師にもそれなりに信頼して身を任せていたのだが、抜歯前後の対応や金歯下の虫歯など疑念がいろいろ湧いてきた。考えたら、レントゲンもやたら多く撮った。通院回数もやたら多く、なにもなくとも週一回ペース。それも、ちょっと診て掃除するだけで2000円とか取られていた。そういえばすごく家賃が高いビルに入っているな…。うーむ、そういうことなのか…? そういうことなのだろうな…。
ま、それはともかく、2時間の手術中も術後もまったく痛みがなく、抜歯後の空間に仮の歯が無事に入った。
前の医師だと「インプラントでなければ、数年矯正をかけたあとでブリッジするか、入れ歯ですね」との診断だったのだが、この医師は「周りの歯を複数利用して矯正せずにブリッジ。それもなるべく他の歯を削らない方法で」という診断。しかも手術中に「ほとんど削らずに出来るかもしれません」といい方向に方針変更。歯があったころと同じくらい強く噛めるし、一度固定すればほぼ一生ものだと言う。なんでこんなに違うんや!
お金も信じられないくらい安かった。
前の医師の「ちょっと診て掃除するだけ」の3回分程度。2時間の手術と職人魂炸裂「3本つなぎ仮歯」を制作した上でこの値段である。まぁ前の医師のやり方もきっと理由があったのだとは思うが、納得せず払っていたのと、納得づくで払うのでは患者の印象も違う。もうね、かかりつけにします。いや、させてください!
生活圏からちょっと遠いところにある歯医者なのだが、ちょうどその地域にくわしくなりたいと思っていたところだったし、これから通おうと思う。で、その覚悟で「今後の通院はどのくらい?」と聞いたら「いや、そんなに来なくて大丈夫です」と素っ気ない返事。あと数回来ればいい模様。いや、治療が終わっても無理矢理定期的に診てもらいますから!
それにしても、ええと、これで歯医者さん5軒目かなぁ。相性を含めてようやく納得して通える病院に巡り会った感じ。医師選択は大事だなぁ。心底思い知った昨日。
ご紹介できない理由
2007年08月09日(木) 5:59:39
歯でとても困っている方々から「その歯医者さんを紹介して!」という切羽詰まったメールをいただいておりますが、本当にすいません、ボク自身まだ紹介を受けたばかりの超新参者で、他の方を紹介する立場におりません。ご紹介するのは当分無理だということを何卒ご理解くださいませ。
また、医院名と住所だけお知らせしたとしても、そこは完全紹介制で、紹介がないと受け付けてもらえません。そのうえ「佐藤から紹介を受けた○○です」と直接電話していいわけでもないようで、まず紹介者が先生に直接ご紹介者氏名を伝えて、その後当人が電話する、という丁寧な段取りが必要なようです。先生自身が「紹介」をちゃんと大切にされるからなのでしょう。紹介を受けて昨日今日来始めたような新参者がそれをするのはちょっと厚かましい。
紹介くらいそんなもったいつけずにしろと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、紹介制のところは、紹介制の飲食店と同じく、紹介者の信用がすべてになります。信用もない新参者が舞い上がっていろんな人を紹介するのはちょっとありえない。ボクを紹介してくださった方にも激失礼です。
ボクもそこを本格的にご紹介いただく前に、紹介してくださるとメールで言ってくださった方に会わせていただいて、ボクという人間を見ていただいた上で紹介してもらうという段取りを踏みました。ボク自身、紹介制という場合にはそのくらい気を遣っております。
以前、ある紹介制の店に行きたいという方を気軽に紹介してえらい目にあったことがあり(酒乱で暴れてその店に迷惑をかけたらしい。挙げ句その店からボク自身が「紹介者として」出禁をくらった。ボクはまずボクをその店に紹介してくれた方に謝りに行き、その後その方といっしょにその店にも謝りに行き、と、大変な目にあった。というか、とても勉強になった)、それ以来特に気をつけてます。
まぁ店と医院は違うかもしれませんが、少なくとも新参者のうちはご紹介できません。歯で本当に困っている方からのお願いに迅速に応えられないのはとても心苦しいのですが、どうかご理解くださいませ。
今日の夜はちょっと名古屋に行ってきます。そのあと京都。暑そうだ…。
名古屋の夜
2007年08月10日(金) 10:42:48
本当は昨日から15日まで夏休み第二弾だったのだが、仕事が間に合わず、急遽朝9時からの会議に参加。なんとか夏休みに突入できるかなという空気になったのが午後2時で、こっそり会社を飛び出して半日遅れの夏休みイン。まずは名古屋へ。
クレアの二泊三日連載は、ボクが自腹でいろんな店を下調べ(下食べ?)した上で店をピックアップし、編集部から掲載&撮影許可の電話を店に入れる、という段取りになっている。
で、前回名古屋で食べた店の中で「ここは載せたい!」と思った店8軒のうち、2軒も掲載不許可だったのだ。1軒は流行りすぎがその理由。もう1軒は理由不明。困った。まぁ次点の店を格上げする手もあるが、とりあえず追加できる店があるかないか、名古屋に食べに来たわけである。
夕方「ホテルプリシード名古屋」にチェックイン。
前回泊まって気に入ったのだが、今回も印象的なサービス。再訪なので広めの部屋を用意してくれた。前回お願いした備品(スタンド)なども要求する前から揃っている。顧客名簿管理がしっかりしているらしい。安いし、今後の定宿に。
で、5時すぎから夜メシ放浪の旅へ。
まず2軒をひとりで。名古屋コーチンの焼鳥と味噌おでん。んー。載せるにはもう少しかな。前回会ったENGINに「いま栄あたりー」と携帯メールしたら「店に出てますよ」とのことで「United Style」へ。店長などと一緒にしばらくしゃべる。
その後、前回おつきあいいただいた大矢さんと待ち合わせ。話し足りなかった話をいろいろしながら2軒。とはいえ結局ドラゴンズの話題ばかり(笑) でも楽しかった。
5軒目に向かったバーが満席で、それを機に別れる。大矢さんと行った味噌たきと名古屋コーチン炉焼の店は両方ともグッド。これは載せよう。特に味噌たき(要するに水炊きの味噌版ね)はおいしかった。とはいえ、掲載&撮影許可が出るかどうかはまた別の話。編集部に電話して翌日に店に電話してもらうように頼み、部屋に帰る。
今日は京都。昔同じ部だった先輩が大出世したので、そのお祝いで以前の同僚が各地から3人集まり、4人で宴会。懐かしい話だらけの夜になりそう。
京都でお祝いの会
2007年08月11日(土) 18:58:11
昨日は昼に京都駅に着いて、隣接する伊勢丹の地下2階イートインの「京・旭屋」で鯖寿司。飯尾醸造の飯尾さんに教えていただいた店。なるほどおいしい。京の鯖寿司というと下賀茂の「花折」を贔屓にしていたが、ここなら駅にも近いし、これからこっちにしようかな…。
まだお腹に余裕があったので、御池まで行き「とり安」で「からあげ丼」。36℃の猛暑の中を並んでやっと入る。ふんわり玉子でとじられた中の唐揚げが二度揚げでパリッとしていてよい。なかなか。つか、昨日の夜から鶏ばっかだった…。しまった…。
店を出ると目の前に京都国際マンガミュージアムがあった。へー、と思って腹ごなしに入る。展示は漫画の単行本がひたすらあるのを中心に、特設展がある感じ。基本的に立ち読み系のミュージアム。廃校になった小学校を利用しているのだが、この建築が素晴らしい。
仕事や原稿があったので、宿にひとり早めに入る。
約100年前に建てられた町家を改装した旅館。旅館というか、町中の一軒家をレンタルしてくれる感覚。昔の同僚と3人でここで泊まる予定。3人だとひとり5000円とかで、意外と安くていい感じ。
2階の部屋にはLPレコードプレーヤーがあり、クラシックなどいろいろLPが置いてあったので、カラヤンのチャイコとか鳴らしながら独りで静かな昼下がり。天井も低い暗い町家で、LPの悲愴なんか聴いていると、なんだか高校時代に戻ったような感覚。大人になって社会に出て世界は広がったが、狭い部屋にくすぶっていたあの頃の方が想像力・空想力は広かったな…。
夜までLP聴いたり仕事したり原稿書いたり。で、夜8時半より割烹「S」へ。
友人が紹介してくれた店だが、絶対サイトには書かないでくれ、という穴場店。まだネットでもまるで広まっていない名店である。鱧松すき。鱧と松茸をすき焼き風に。すごい贅沢に松茸を使っている。丁寧で優しい味。うまうま。
この店で昔の仕事仲間が4人揃った。まさに地獄をくぐり抜けた4人の戦友といった感じなのだが(ひとりは過労のあげく入院までした)、その中の一番年上の先輩が大きく出世したので、そのお祝い。いや「出世を肴に昔の戦友で飲もうよ」に近いかな。だから、大散財だけど気持ちが良い。
その後、町家に帰って深夜まで飲んだあげく雑魚寝。久しぶりに若い頃のような飲み方。
娘と京都
2007年08月12日(日) 7:17:04
朝7時に起床。ねむねむのまま4人で「瓢亭」へ。有名な朝がゆである。
味も大変よろしかったが、なによりも雰囲気が素晴らしい。美しい庭の中の離れの一軒で心静かに。世にも贅沢だ。ザ・ニホン。ただ、8時9時10時と三回転させるせいか非常にせわしい。せめて1時間半くらいゆっくりしたい。
9時には店を出されてしまったので、宿に帰ってチェックアウト。ここでみんなとお別れだ。集まり散じる。でもきっとまたどこかで集まれると信じてる。戦友だし。
さて。
翌日から神戸の妻の実家に滞在するのだが、せっかく京都にいるので、常々「京都に行きたい!」と言っていた響子を呼んで父娘で京都見物することに(妻は東京で仕事があり不参加)。娘にとってはほとんど京都初体験。2〜4歳くらいで何度も来てるんだけど、そりゃ覚えてないわな。
彼女は昼ぐらいに新幹線で着くというので、それまで映画を観て時間をつぶす。「天然コケッコー」。何も起こらないことがこんなに気持ちがいいものか、と感じさせてくれる静かで豊かな映画だった。日本の田舎をちゃんとフィルムに定着させてくれている。こういう淡々とした映画って、今の時代、撮る方も勇気いるかもなー。
映画終了と同時に京都駅にお迎えに走る。娘、到着。「え〜!? 京都って都会じゃん!」と半分失望している。古都という響きから木造建築だらけの街を予想してた模様。ま、これからそういう場所にも行くから待っとき。
古都と雑貨を両立させるために、まずはタクシーで高台寺へ。
高台寺〜二年坂〜三年坂〜清水寺、という超初心者コースが中一には楽しいだろうと踏んだのだ。案の定、軒を連ねる和風雑貨の嵐に時速1キロ程度まで減速。あっちを覗きこっちで迷う。もう今日はとことんそういうのにつきあう覚悟だったので気長につきあう。というか、外が暑くて店で涼まざるを得ない。あとで知ったが、昨日の京都は38℃だったとか。死む! どっかおいしい店で昼飯にしようと思ったが、食欲もなく、参道の普通のうどん屋で冷うどん。
汗ダラダラかきながら、長時間かけて二年坂三年坂を無事制覇し、清水の舞台へ。古寺仏閣好きの端くれとしていろいろ説明したが、娘は上の空。というか暑すぎてボーッとしている。かき氷を食べて涼む。
お土産も早々に買い込み、高台寺に戻る。
話し合いの末、ふたりで人力車に乗ろうと決めたのだ。こういうわかりやすいアトラクションの方が記憶に残るしな。たった20分で6000円とお高いのだが(観光説明つき)、終わる頃にはもっとチップをあげようかと思うくらい。だって気象庁の百葉箱の中で38℃だぜ。日なたは確実に40℃以上。20分も坂道を上り下りしてくれてありがとう。
八坂神社で降りて祇園まで歩き、「京きなな」という有名なきなこアイスの店で涼もうと思ったら大行列。でも初志貫徹で30分以上並ぶ。ハポンという和風パフェと名物「できたてきなな」。ハポンの白玉とわらびもちがうまかったな。きなこアイスはさりげない自然の甘さ。インパクトがないので物足りなくもあるが、まぁ優しい味ではある。
三年坂、祇園ときて、当初失望していた娘も、古都らしさに満足している模様。本当なら西陣とか行って古い街並みを見せたいけど、まぁ祇園の方がわかりやすいことはわかりやすい。えび茶看板のマクドナルドや焦げ茶色のカラーコーンなんかにも驚いていた。
で、ようやくホテルへ。
今日は出来たばかりのホテルモントレ京都。キレイだしなかなかスタイリッシュ。わりと安いし部屋も良い。1日半ぶりにネットが通じたので、原稿を書いて送る。
二年坂三年坂でのつまみ食いとかき氷と和風パフェですっかりお腹一杯だと言う響子を部屋に残して、ボクだけさっと夕食へ。京都国際ホテル裏にある「蜂巣」。友人に教えてもらったおばんざいの店。どれもひと工夫あるおばんざいで美味。サンマの有馬煮や賀茂茄子煮、京あげと小松菜など、うまかったな。京都で一見で入るのって妙に緊張するが、この店はとても気軽でよい感じ。もうちょい照明が暗いともっと良い。
1時間ほど食べて、お店でお握り作ってもらって響子へのお土産にし、21時に帰ホテル。
21時から「受験の神様」第5話。今日は森崎くんがいっぱい出るらしいと聞いていたので響子と楽しみにしてたのだ。うわ、この数秒のためにロケ行ってたのか、とか裏話を思い出しながら。
お風呂にゆっくり入って就寝したのが24時。娘は母親の管理から離れてのびのびしているので、わざと夜更かしもOKとした。それにしても今日は暑かった…。
京都から神戸へ
2007年08月13日(月) 11:56:25
朝は相変わらず早く目覚めたのだが、意外と娘がグロッキーしていたので、午前中はホテルで休むことに。
11時にチェックアウトして、さっそく昼ご飯を食べに「はふう」へ。最近よく名前を聞くので行ってみたかったのだ。極上和牛サーロインステーキ(ボク)と特選ビフカツ(娘)。舌の上でとろける。ランチとしてはお高いが、これはなかなかお値打ちかも。付け合わせがもう少しだけど満足。早く入ったから座れたけど、帰る頃には大行列だった。
お腹一杯になったので、写真部(娘)の課題である「川」を撮りに祇園新橋のあたりをうろうろ。白川が撮影に向いていると思ったのである。フォトジェニックではあるけどどう撮っても観光写真になっちゃうなぁと思っていたら、川の中に落ちてる携帯電話を見つけ、それを中心に撮っていく。光る水面と水の中の赤い携帯電話。
途中で暑さでボーッとしてきたので、新橋たもとの甘味処「小森」でぜんざい。わらびもちが絶品。昨日の「京きなな」のわらびもちよりまだうまい。しかし場所がいいとはいえ、この店は高い…。
祇園を歩く途中でバッタリと会社の先輩である岡野夫妻に会ったり、ガーゼ手拭い店でいいお土産を見つけたりしつつ、撮影を切り上げて京都駅へ。京都ともお別れ。いつもは名残惜しむ娘だが暑くてそれどころではないようだ。伊勢丹でお土産買って、混んでる新快速で懐かしい芦屋に移動。妻の実家へ。
二日間の猛暑京都でふたりとも体力消耗したらしく、着いてからもわりとグッタリ。
なので、夜も実家でゆっくりさせていただいた。夜10時前、ドラマ「パパとムスメの七日間」を観ながら「ガッキーかわいー」とみんなで言っている最中に優子東京より到着。帰省ラッシュの移動でこれまたグッタリしている。京都でなにしたこれしたと話をして就寝。
おととい観た映画「天然コケッコー」の中で、昼下がりの茶の間のテレビに映ったマラソンがなぜかスローモーションになっている象徴的な場面があったが、そんな感じに時間がゆっくり流れている。明日も神戸にて。
神戸も暑い
2007年08月14日(火) 10:54:06
神戸も暑い。でも京都ほどではないかな…。
午前中はゆっくり休み、昼からご飯を食べに家族3人で苦楽園のお好み焼「浅井」。十年ぶりくらい。サーファーみたいな感じだったご主人がいい感じで老けていた。味も変わらず。記憶していたより小振りだったけど。
その後、川の撮影もあって夙川をちょっと歩いたが、あまりの暑さに優子がギブアップ。「京都はこんなもんじゃなかったよねー」と父娘はヘラヘラしてたが、熱射病も怖いので近くのカフェでジェラート。あ、その前に懐かしい器屋さん「大好器(だいすき)」にも寄った。うちにはここで買った食器がいっぱいある。いまは「d」と名前を変えて雑貨も置いている。奥さんと十年ぶりくらいの再会。懐かしい。
苦楽園〜夙川の懐かしポイントを歩き、一度実家に帰って昼寝してから夜メシへ。家族や義父母の許しを得て独りで放浪。
まずは「楽ぜん」。去年に一度来て気に入った芦屋のおでん屋さんだが、サイトを見ているといろいろ進化しているようなのでひとりで再訪。相変わらず雑味が全くないきれいなおでん。というか、おでんだしを使用した割烹といった趣。だしと素材の活かしあいという意味ではまさに和食の粋。感心した。おくら・いんげん・むらさき菜を使った夏野菜のおでん、シャクシャクのもやし、濃厚なひろうす、水茄子の揚げ煮、蓮根つくね、冷たい玉子など、とても結構。最近の売りであるらしいマッシュルームが品切れなのが惜しかったな。〆のプリン(ご主人は元パティシエ)もクリーミーで濃すぎずうまい。人気が出て、この9月1日から近所でプリン専門店も開くようである(店名「とあっせ芦屋」)。
連日の猛暑でカラダが疲れ切っていたので、お酒は控えめに。ビールと白岳仙を一杯だけ。
芦屋川を出て苦楽園に向かい、お決まりの「バーンズ」へ。もう20年間通っているバー。最近8年間は1年1回ペースになってしまったが、阪神間に住んでた当時は週3〜4回はここに溜まってた。
155本目のオールドグランダッド。バーボンは最近飲んでなかったので懐かしい。この味だけはブラインドで瞬間にわかるほどよく飲んだ。ここでもお酒は控えめに。そんな歳になってしまった。
20時からうだうだと24時すぎまで。この店だと時間はあっという間に経つ。
戯れに携帯メールしたら常連さんも来てくれた。口には出さぬがアリガタイ。バテ気味でテンション上がりきらなかったが、まぁこんなに気楽になれる店もない。東京から遠いとはいえ、心底気がおけない店を一軒持っているのは幸せなことである。
懐かしい場所と人
2007年08月15日(水) 12:54:32
午前中はゆっくりして、午後から義父母と家族とで昼ご飯。鷲林寺を越えて逆瀬川の上流を抜けて「すじかま」へ。8年前までよく利用していた道だが、バイパスが出来ていて驚く。T字路の渋滞がなくなっていた。すばらしい。「すじかま」も久しぶり。すじと釜揚げを名物とするうどん屋さん。とても人気が出ているようで行列だった。うどんは前より良くなっていた。
それにしても、車で十数分走るといきなり緑豊かな田舎の風景になるのが阪神間の魅力だなぁ。東京ならこういう景色に出会うのに1時間以上走らないと無理である。それも住宅密集地の間のぽつりぽつりレベル。阪神間は数百倍豊かである。住環境はやっぱり日本トップだと再確認。都会的でお洒落ないい店もちょこちょこあり、民度も高い。
一度家に帰った後、15時から超久しぶりの岡田先生。
その昔、一発で頭痛を治してくれて以来のボクの「主治医」なのだが、年に数回しか関西に来なくなってからはほとんどご無沙汰していた。というか人気で混んでいてめったに予約が取れないのだ。お盆中なら意外と、と思って電話をしてみたらすんなり取れた。いや〜ご無沙汰しています。
以前は足裏マッサージ中心だったのだが、推掌中心に変わったようだ。「10年前だと珍しかった足裏も最近ではいろんな店が増えたので、もうわざわざ私がやらなくてもいいかなぁと思って」と笑う。そう、もともと全身をくまなく診る方が向いている方である。「佐藤さんめったに来ないし、じゃぁまた来週、とかって出来ないから徹底的に治しておきますね」と念入りに診てもらった。
10年前よりずっとカラダの状態がよい、と、お墨付き。やっぱあの頃の激務よりは多少はマシだもんね。右肘も念入りにしてもらった。だいぶ軽くなった。
揉んで固結を解いてもらいながらいろんな話を。なんだか苦楽園や夙川に住んでいた時の気分まで思い出す。このままあの頃のマンションに帰っていくような気分。この街ではいろんな人との繋がりがしっかり出来ていたな。助けてくれる人もいっぱいいる。みんな「帰ってこい」と言ってくれる。心が揺れる。
夜ご飯は「ビストロ・ボンボン」にて家族3人で。この旅の目的のひとつでもある。
開店当初から14年のおつきあいのこの店も、この19日で閉店を迎える。この寂しさは尋常ではない。優子の初めてのチーズ会もこの店で催した。昼下がりの休憩時間を利用させていただいたのだ。フランスで長く修行し、銀座の店でフレンチ懐石を提唱して流行らせた由良さんの料理は相変わらず素晴らしい。スー・シェフがいないので手が足りてないと思うのだが、相変わらず完璧な火加減。惜しいな、このまま終わってしまうのは…(半年後には御影で小さなカフェをやる、とのことだけど)。
この店は開店直後もよく来たし、震災の直後にも伺った。響子が生まれてからも子連れで何度も伺った。マダムとカエちゃんも家族的サービスももう受けられなくなるのかな。寂しい。
噂では「大天寿司」も移転するという。「ビストロ・ボンボン」もなくなるし「エノテカ」や「瀬田亭」「モリシタ」ももうない。苦楽園もずいぶん変わってしまった。まぁ初めてこの街に住んだころはまだ畑とかが普通にあった状態だったので、ここ15年の繁華を経て、ゆっくり元に戻るだけかもしれないけど。
かじきまぐろ、フォアグラ、鱧、イベリコ豚などの渾身のフルコースをシャトー・ジスクールと共にいただき、「ビストロ・ボンボン」のみなさんとお別れする。
ものすごく腹一杯になったのだが、ボクには二次会が待っていた。
札幌で知りあったNさんと会うために門戸厄神のある店へ。Nさんはボクの悪影響を受けてポルトガルに行ったり、東京のいろんな店に行ったりしている方。その流れで森崎くんとも親しくなっていて、なんだか不思議な縁なのだ。大学生の美人な娘さんとボクを待ってくれていた。
で、実に偶然なのだが、指定された店に行ってみたら、カウンターの中に立っていたのは関西勤務時代に二度ほど飲んだことのあるMさん。門戸厄神の「遊楽」という串揚げ&ワインの店で店長をしていたのであった。「あ、あ、あ、えーと、Mさん!」「そう! お久しぶり!」みたいな会話をして握手。Nさんも偶然を喜んでいる。しかし、なんつうか……これで食べざるを得なくなった(笑) あまりにお腹一杯だったのでお酒だけ飲もうと思ってきたのだが、Mさんが作るのなら少しは食べたいし、食べないのは失礼だ。
ということで、最初は野菜系をほんの少し。だんだん調子が出てきたので肉や餃子やイチジクまで揚げてもらって、最後はご飯に味噌汁までもらってしまった。普通の食事じゃん! フルコースの後にはさすがに食べすぎ。過食が悪いことはわかっているが、ではこういう時間を大事にせずに何の人生かという思いもある。無茶できるうちはある程度仕方がないと腹をくくっている。
結局24時すぎまで飲んだり喰ったり。
アリゴテで乳酸の匂いが素晴らしくきついのを飲んでなかなか面白かったのだけど、造り手の名前を失念した。Mさんに聞いておこう。
ぬるめの風呂
2007年08月16日(木) 4:51:30
東京に帰ってきた。夏休み終了。
Uターンラッシュも電車はさほどでもなく、わりとすんなり帰ってきたのだが、カラダはやはりバテバテのようである。休暇で疲れる、という典型的日本人パターン。というか、今夏は暑すぎたな。昨日は群馬の館林で40.2℃まで上がったらしいし。そんな中、名古屋・京都と特に暑い都市を歩き回ったせいもあるかもしれない。
今の日本の気温(36〜40℃)は、お風呂だと「ぬるめ」で、このサイトによると「ぬるめ(夏なら38度、冬なら40度位)の風呂に入ると、副交感神経のはたらきが高まり、精神的に落ち着きます。また、末梢血管も拡張するため、血圧が下がり、心臓の負担が軽くなります。疲れているときに、ぬるめの風呂にゆっくり入るのがよいといわれるのはこのためです」とある。「暑い!」とか思わず「これはぬるめの風呂でカラダにいいのだ」と思い込めば多少は気が楽か(笑) でもお風呂にしては長風呂すぎだな。
ちなみに熱めの風呂は、「熱めの湯(42度位)に入った直後は交感神経の緊張が高まり、末梢血管が収縮します。そのため、心臓に負担がかかったり、一時的に血圧が上昇したりします」とある。どっちかと言うとこんな状態を強いられているのかも。生きてるだけで危険な状態。
まぁそれはそれとして、さて仕事。
暑くても、休みの間に容赦なく溜まっているはずである。会社に行くのが怖いなぁ。あ、メールのお返事も溜まっています。旅行中書けなかったので。すいません。
観測史上最も暑い朝
2007年08月17日(金) 8:05:16
岐阜の多治見と埼玉の熊谷で40.9℃。1933年以来74年ぶりに国内最高気温更新らしい。
んでもって、今朝の東京の最低気温は30.5℃だったとか。一番涼しくて30.5℃って…。東京での観測史上最も暑い朝を迎えている。
暑さの描写で記憶に残っているのは、黒澤明監督の「野良犬」の冒頭部。
眼光鋭く、どこかやさぐれている雰囲気の野良犬が舌を出してハッハッハッと暑さに喘ぐ大アップ。このあとタイトルが出る。内容を予感させる導入部としても見事なのだが、うだるような暑さを一瞬で活写したこの場面がボクの脳みそにこびりついて離れない。「暑いなぁ」と天を仰ぐとき、頭の隅っこで野良犬がハッハッハッと喘ぐ。迷惑だ(笑)
もうひとつ、高校時代の先輩の声も頭の隅っこで響く。
「水を飲むな! バテるぞ!」
そう、信じられないかもしれないが、昔は運動部などの練習中に水を飲むのは御法度だったのだ。ボクはラグビー部だったのだが、夏の部活時、とにかく水など一滴も飲まなかった。今考えると熱中症一秒前。水を飲むのは練習後のみなんだもん。「水を飲むとバテる」という当時の常識から練習前にも飲まなかった。
夏合宿はまだいい。菅平みたいな涼しい場所で行ったから。でも東京のド真ん中で行われた夏練は地獄だった。とにかく水を欲したあの気分。こめかみがドクドク鳴った。血液は水分を失ってドロドロだったんだろうなぁ。でも練習が終わるまで一滴も飲まなかった。だからこそ、例の「ヤカン」がやたら効くわけなのだけど。
とはいえ、部活中も部活後も、熱中症で倒れた人がいた記憶がない。というかそんな言葉すらなかった。日射病という言葉はあったけどな。あんな水分極限状態でよく持ったものだ。
一転、高原のよう
2007年08月18日(土) 19:55:49
今日は一転、高原みたいに涼しかった。
ここ数日の40℃近い酷暑に、沖縄のヒトから「沖縄に涼みにおいで」と電話があったくらいなのだが(沖縄は33℃以上には滅多に上がらない)、今日はもう感謝したくなるくらい涼しくて快適。朝起きて窓をあけてビックリした。ツクツクボーシも鳴き出したし、このまま秋になるといいなぁ。
ある新聞を読んでいたら、83歳の気象キャスター倉嶋厚さんがこんなことを言っていた。
「最近の天気はおかしい」っていうのは、「最近の若者」「最近の言葉遣い」と一緒で、昔から言われていたこと。いつも異常気象は当たり前と思えば、たいしたことないですよ。なるほど、たしかに最高気温更新される前の記録を持っていた1933年なんて地球温暖化の「温」の字もなかったころだろう。それどころか昭和時代って地球寒冷化が問題になっていたからなぁ。昔からずっと「これって異常気象だよなー」とか人類は言い続けてきたのかもしれない。あまり過敏になるのはやめておこう。
話はかわるが、「昨日の『水を飲むな! バテるぞ!』はある意味正しいのですよ」というメールをいただいた。
スポーツによる発汗には(ポカリスエットなどのように)水とともに電解質の補充が必要と認識が低かった時代には「水を飲むな」はある意味正解です。希釈による低ナトリウム血症は致命的なので。「水ばっか飲むな!塩もなめろ!」が正解だった、というべきなんでしょうね。なるほど。スポーツ中に水だけいっぱい飲むと逆に危ないわけですね。でも水を全く飲まないのはどうなんだろう。それも危ない気はするけど。とりあえず、ボクもここ数日の酷暑時はミネラルウォーターではなくてスポーツドリンクを飲むようにしてました。
夜深めに来客
2007年08月19日(日) 19:21:40
昨晩は夜9時くらいから来客。
関西時代は毎週のようにホーム・パーティやっていたが、東京に来てからはほとんどやらなくなった。たぶん東京は住んでいる場所がバラバラで遠いからだろうと思う。関西は地域ごとにまとまっている。阪神間に住んでる人でよく集まったものだ。
わりと急に「家で遊ぼう」となったので食事系はあまり用意できなかったが、酒はいっぱいあるので、とりあえずワインを3本ほど。大人3人で飲んだのでそれほど多量に飲んだわけではないのだが、今日は胃の調子が優れなかった。まぁ名古屋・京都・神戸と酷使したから疲れが出たのかもしれない。ちょっとはいたわってあげないと。
友人は深夜1時まで遊んでいった。東京のヒトは帰りが遠いヒトが多いせいか、なかなかここまで粘ってはくれない。というか遠慮して早く帰る人が多い。でも、彼はしっかり粘ってくれて楽しかった。ありがとう。また来てください。
クレルの復活
2007年08月20日(月) 8:07:18
涼しい日を一日挟んだことと、お盆週間が終わったこととで、気分的にはもう秋になりつつある。朝夕に秋の気配。夏の終わり。めぐる季節。オフコースでも聴くか(笑)
一昨日の来客時も我がオーディオはよく鳴ってくれた。
クレルのアンプが故障中で、鳴らしてると数十分で「ブチッ!」と大音を発して切れてしまうことが続いていたのだが、ここんとこ快調。「ブチッ!」がない。本格的に直ったのか!? しかも自然に。だとしたらマジでうれしい。クレルとアポジーで鳴らす音楽は比類がないんだもん。クラシックやジャズだけでなく、ボーカルがまたいい。スピーカーとスピーカーの間にふわっと歌手の口が浮かび上がる。しかも大きく茫洋とした口ではなく、小さい口で。夜中とかに聴いているとこれが実に快感。
ただ、このアンプ、大量に熱を放出する。暖房の替わりになるくらい。だから夏は滅多につけられないのが玉に瑕。秋冬専用アンプなのだ。しかも異様にでかいしなぁ。そろそろスピーカーともどもコンパクトタイプに買い換えようかと思案中。でも先立つものがないので無期延期中。買いたい機種だと外食を100回くらい我慢しないといけないし。我慢我慢。
※このページの下の方に現在のラインナップの写真があります。
プライベートと仕事の区別
2007年08月21日(火) 9:03:09
昨日の夜に気がついたのだけど、昨日8月20日はこのサイトの開設記念日でした。12年前、1995年の昨日開設。13年目か…。なかなかの年月だ。こうなったら死ぬ前日までやり続けて、日本最長個人サイトを狙ってみたい(笑)。ま、明日あっけなく死んじゃうかもしれないんだけど。
こうして長いことサイトを続け、毎日毎日更新していると「根気がある人」と思われたりするが、そんなこと親が聞いたら「プッ。プププッ。ぶぁっはっはっ」と米粒飛ばして大笑いするだろう。何やっても長続きしなかった人なのである。日記も中学や高校のときにトライしていたが、最長で3ヶ月続いた程度。受験参考書だって買ってきた当初のやる気はどこへやら。最初の数十ページで挫折なんてしょっちゅうだった。親はボクの根気のなさを嘆き、将来を案じていた。
体力もそうである。日々の行動や旅先での強迫観念的異常行動で、年齢のわりに「体力がある人」と思われたりするが、これも親が聞いたら「信じられない…」と首を振りながら日本酒を飲むだろう。どちらかというと虚弱体質と親は認識していたと思う。小さいときから「あなたはカラダが弱いんだから無理をしてはダメ」と言われ続けた記憶がある。ラグビー部もそれを理由に(親に)辞めさせられそうになったし。
なんでこんなに変わったんかな…。
いや、変わってないのかも。根っこのところでは今でも「根気がない」し「体力もない」と自覚している。たぶん単に自分を鼓舞したり体力温存したりが上手になったというだけのような気がする。
というか、プライベートと仕事を区別してないからかもしれない。
たとえば会社では誰でもある程度「根気がある」し「体力がある」。プライベートならとても続かない事務作業でも毎日こなせるし、徹夜だって仕事ならなんとか体力持つ。仕事を途中で投げ出すわけにはいかないからだ。そういう意味で言うと、ボクはプライベートにもその方式を持ち込んでいるところがある。
ボクは若いころ残業や休日出勤がとっても多い人だったので、「人生=プライベート+仕事」と考えちゃうと「プライベートの時間がほとんどないじゃん!」ということになり、精神的にきつい時期があった。プライベートがほとんどない自分に自己憐憫したり、人生を損していると思い込んだりしていた。でも、ある時「プライベートと仕事の区別をつけなければいいんだ!」と気がついてから楽になった。区別してもしなくても同じ人生にかわりはない。「人生=時間」とシンプルに考えて、プライベートのよいところを仕事に取り入れ、仕事のよいところをプライベートに取り入れようと考え直したのである。
なんかヒトには説明しにくい考え方で、たとえば友人とかに「だから家族との時間もある意味仕事だし、サイトも食事も読書もプールも仕事に近い。そう考えるといきなり楽になるし継続も可能になる。面倒なことも苦痛なことも、ある程度克服される」とか話してもなかなか理解されない。バカじゃないの?と嫌悪の目で見られることすらある(笑)
でも、なんつうか、ボーダーをなくしてみたら(ボクの場合は)自由が獲得されたし、根気も体力も続くようになった。ま、そういうことですね。長々と書くほどのことでもないんだけど。
人生初!? お酒抜きで割烹
2007年08月22日(水) 9:10:37
数日前、可愛い後輩とふたりで夜ご飯に行った。
下北沢には珍しい大人な割烹。酒の肴として絶好なメニューが並ぶ。でも、後輩はクルマだったので酒が飲めない。んー、そういえばボクも夏バテ真っ最中。「よし、今晩はお酒なしにしてみよう!」と最初からウーロン茶を頼む。わりと勇気がいる初体験。
だって、割烹に限らず、夜の会食で酒を飲まなかった記憶がないのである。
人生初かも。
もちろん、ひとり飯では飲まないことも多いし、残業飯や弁当の時は飲まない。家でもお酒はあまり飲まない。運転があるときも飲まない。でも、誰かと普通に夜ご飯を食べに出て、ビール一杯すら飲まなかったのはほとんど記憶にないなぁ。今晩はビール一杯でやめておこう、とか節制した夜は記憶にあるけど、最初から最後までウーロン茶なんて、やったことあったっけか?
ヤバイことに、この店、出てくるものがいちいちおいしい。お酒に合う。
茗荷を利かせたもずく酢から始まって、焼鮭のポテトサラダ、里芋とずいきの冷鉢、いわし南蛮、いろいろ野菜の白和え。冷酒に合いそうなおばんざいがすべてきちんと焦点が来た美味。うわぁ何かの罰ゲーム?
でも、最初は違和感あったものの、途中から酒がない食事に馴れ、普通になった。
話自体もちゃんと盛り上がった。いや、盛り上がったというより、スムーズで気持ちよく、楽しい会話だった。酒が入ってない分、調子に乗ったたわごとや失言もないし、酔った頭で必死に取り繕う屁理屈もない。さわやかな頭でさわやかな会話。近くの席で飲んでいる酔っぱらいの大声会話がバカげて聞こえる(笑)。なるほど下戸の人からはいつもこういう風に見られてたんだな。
焼き物に移って、さんま塩焼きと豚の西京焼き。うまし。そして〆には、だしの効いた昆布茶漬け。これまた絶妙。どの料理も焦点が来ていて加減がいい。下北にもこんな店があるんだなぁ。しかも安い。お酒飲んでないせいもあって、ひとり4000円強。よかよか。
つか、やれば出来るじゃんオレ。お酒抜きでも会食できるじゃん。いやむしろ気持ちよかったじゃん。夜も早く帰れて楽だし、帰ってからも(酔ってないから)いろいろ出来るし、翌朝もスッキリじゃん。
もちろんこういう料理には日本酒がうまい。でも「お酒がなくても楽しく食べられる」と知ったことは自分的には大きい(気づくのオセーよ)。思えばいままで「お酒を飲むものだ」と思考停止して飲んでいたかも。お酒を飲まない自由を獲得した感じ。オーバーか。
とはいえ、フレンチやイタリアンでワインなしで食事ができるかどうかは、また別のお話である。これは勇気がいる。ワインなしのフレンチねぇ…。今度やってみよう。
うまくなりたいという目の輝き
2007年08月23日(木) 9:24:23
昨晩もお酒抜きで外食。野菜がおいしいという売りのオーガニック・レストランだったこともあり、食べたのも野菜のみ。すっかり「酒抜き夜メシ」が気に入ってしまった。飲みたいワインや飲みたい日本酒があるわけじゃない場合は無理に飲まない方が気持ちいいな。昨日も書いたけど、夜メシから帰宅してから書き物とか仕事とかが出来るのが良い。まぁ毎回は無理にしても、これからこのパターンも増やしていこう。
帰ったら佐賀北高校が甲子園で優勝していた。
この夏、高校野球は全然見てなかったが、佐賀北についていろいろ読んでなかなかすごいチームだったことを知り、ちょっとは見ればよかったと残念に思った。野球特待生が問題になっている中、特待生などひとりもいない普通の公立校。体育科もない。専用グラウンドやナイター設備、室内練習場もなく、グラウンドはサッカー部との共用。練習は放課後3時間のみ。んでもって、出場18選手全員が地元中学の軟式野球部出身だと言う。
百崎監督によると「練習時間の3分の1は体力作り。3分の1は基礎的な技術練習。実践練習の時間を削ってもこのふたつはやる。平日は打撃練習なんてしない」らしい。選手も「本格的な打撃や守備の練習が始まったのは夏の大会前。走り込みばかりしていた」「平日はキャッチボールやゴロ捕りばかり」と言っている。
ここから「やっぱり走り込みが大事」「基礎をみっちりやるのが重要」みたいな根性論好きなオジサンみたいなまとめに持っていくのは簡単だが、それだけで頂点に立てるわけがない。このチームの場合、もうひとつ要素があったようだ。「野球日誌」という、監督・部長・選手の交換日記の存在。選手は「不調のとき、前の日誌を開いて先生のアドバイスを読み返す」「練習中にきつくしかられたら、なぜそのとき先生が怒ったかを説明してくれて、納得がいく」と語っている。(msn 記者の目より)
指導者の意図が明確に選手に伝わり、選手も納得ずくで目的意識を持って一歩一歩進めば、短い練習時間でも着実に伸びるし、単調な基礎練習もがんばり通せる、ということかな。
なんか「納得」というのがキーワードなような気がした。
いろんな話を読んでいると、百崎監督に「有無を言わさず納得させるカリスマ性」があるわけではなく「納得に導く優れた話術」があるわけでもないようだ。自分の経験による「自分の言葉」での説明。それが選手個人個人の胃の腑に落ち「心からの納得」につながったのかもしれない。
いろいろ読んでいて、百崎監督のこんな言葉も見つけた。
「下手でもうまくなりたいと目を輝かせる生徒たちに、県のベスト8くらいは経験させたい」。
あぁ、そうか。
選手はみんな「うまくなりたい」のか。「成長したがっている」んだ。成長するとうれしいんだな。
一見当たり前のようなことだが、指導者は意外とそれを信じない。だから「鍛える」みたいな言葉を使う。これは「選手は怠ける」「選手は自覚が足りない」ということを前提とした性悪説的言葉である。
百崎監督はたぶんそれを性善説的に信じた。信じたからこそ選手の役に立とうとした。その性善説的な指導が「納得」を生んだ。なるほど、そういうことかもしれない。
なんかぼんやり子育てについて考えていた。
子供の「うまくなりたい」「成長したい」という心をちゃんと信じて性善説的に子育てしているかどうか。「あれをやりなさい」「これはいけません」「それが結局キミのためなのだ」とか、性悪説的に思考停止を強いていないか。理屈や一般論で説明するのではなく、ちゃんと「自分の言葉」で子供に説明できてるか。子供がちゃんと「納得」して物事に取り組んでいるかどうか。
「うまくなりたい」「できるようになりたい」「成長したい」という目の輝きを大人が曇らせてどうする。大人のやり方を納得させずに押しつけて気持ちを萎えさせてどうする。ん〜。やばいやばい。
携帯変更
2007年08月24日(金) 8:24:21
携帯電話を2年ぶりくらいに替えた。
替えるに当たって自分の使い方を整理したら、電話、メール、ネット、カメラの4つ。メモ代わりでのカメラの使用が増えているので、カメラ機能が充実したW53CAにした。娘が写真部ということもあるしね。5.1M画素。2GのマイクロSDカードを入れたので撮り放題に近い。マクロがもう少し強いといいが、28mmだし、まぁ満足。写りもキレイ。この機種、ジーニアス英和辞典やICレコーダーなども入っているし、デザインも美しい。なかなかツボ。
これでワンセグも入っていたらもっといいが、携帯で見たいほどの番組もない。サイマル放送が終わって進化したら考えよう。
携帯を常に持ち歩く人生になってしまったので、他に欲しい機能は、万歩計、口臭チェック機能、ソーラー充電電池、性能のいいOCR、充実したスケジュール帳、FM放送、SUICA兼用、かな。まぁいらないっちゃいらないんだけど。
ちなみに現在の着メロは Green Day です(笑)
SWING MATES CLUB K
2007年08月25日(土) 9:25:59
昨晩は久しぶりに「酒あり外食」。なんと10日ぶりである。
一軒目に行ったレストランについてはまた後日書く。いや〜うまかった。評判は聞いていたけど、ここまで繊細な料理だとは思わなかった。ほとんど和食のような清らかな純正オーストリア料理。ウィーンってこんなに美味しかったっけな?
デザート前の「クラッハー・グランクリュ」がまた絶品。ブルーチーズと貴腐ワイン(クラッハー・トロッケン・ベーレン・アウスレーゼ)を混ぜたもので、これをそのクラッハーを飲みながらいただく。当たり前だけど完璧なるマリアージュ。蜂蜜もよく合う。至福のとき。
二軒目は九段の「SWING MATES CLUB K」へ。
ここは二度目。店主の市川克美さんがギターと歌をやる小さなライブハウスなのだが、毎週金曜夜だけその娘さんである市川美絵さん(超美人)とふたりでやるのである。演目はオールディーズ中心。レパートリーが幅広く膨大。歌もギターもプロ真っ青の絶品級。ボクはオールディーズから70年代くらいまでのポップスに妙に詳しいので、ここでやるほとんどの曲を歌える。楽しすぎて泣ける。
美絵さんもお父さんも歌がうまい。演奏もうまい。見惚れつつ聞き惚れつつ共に歌いつつ。昨晩は珍しく日本語の歌もやった。「まちぶせ」「ルージュの伝言」「バスルームから愛をこめて」。あれだけのレパートリーを持ちつつ、こんな歌まで暗譜で歌えてしまう美絵さんはスゴイなぁ。しかもキーボードとアコースティック・ギターとベースをとっかえひっかえ弾きこなしながらである。
それにしても、山下久美子の「バスルームから愛をこめて」はやっぱり名曲だ。家に帰ってからもずっと頭の中で歌い続け。今朝も頭を離れない。♪おーとーこーなんてしゃぼんだま〜
小浜ラーメン
2007年08月26日(日) 19:16:50
「こはま」ではなくて「おばま」ね。
名古屋で世話になったNY強制送還ダンサーENGIN#9が、「オレ、どうしても食べて欲しいラーメンがあるんすよ。送るので食べてください」とメールをくれた。故郷である舞鶴に彼が住んでいた頃よく通った小浜のラーメン屋が通販をしているというのである。「ここのラーメンだけは自信があるっす。これをさとなおさんに食べさせたいがためにツアーを考えてるくらいっす」とまで言う。
福井県の小浜かぁ。わりと思い出の地だなぁ。
20代中盤くらい。よく遊んでいた男女グループ4人で、クルマ転がして三方五湖や若狭湾に遊びに行ったことがある。楽しかったなぁ。
んでもって小浜で「一日漁師体験」というのに参加したのだ。朝5時集合で港に行き、小舟に乗って沖に出て網を取り込む作業。その日はイカの大群が捕れ、狭い甲板で漁師自らがさばいて、とれたてのキトキトを食べさせてくれるオマケつき。舌にとろんとろん、歯にきしんきしん、喉にぬらんぬらんで、もうたまらん味だった。
そんなことを思い出しながら、送ってくれた小浜ラーメンを食べた。
ボクはあまりラーメン好きではないどころか、わりとラーメンに手厳しいところがある。せっかく送ってくれたけどおいしくなかったらどう言おうかなぁ、とか、おいしくないことを前提に言い方を考えていたりした。
が!
これがなかなかうまかったのだ。妻の優子も大変気に入った模様。
まぁ通販なので現地の味とは比べものにならないだろうが、予想を上回る美味であった。麺と油に改良の余地があるとは思うものの、魚の強い香りが存分にする独特のあっさりスープは奥深い味で実に気持ちがよい。パンチがある上に飲んでいてホッとする美味。おぉ、なかなかうまいじゃん!
というか「家で食べるのにちょうどいいあっさり感」なので、外食として食べたら物足りないかもしれない。でも気に入ったので、今後の家ラーメンに採用したい。定期的に買うことにしよう。ちなみにココで買えます。東京出店も考えているらしい。
「暑いって言ったら罰金」って言ったら罰金
2007年08月27日(月) 8:10:52
天気予報によると関東地方の猛暑は今日まで。明日からはしばらく涼しくなると言う。まぁまだ残暑のぶり返しはあるとは思うが、もしかしたら今日が「猛暑最後の日」かもしれないと思うと、妙に名残惜しくなるから不思議。今日はせいぜい猛暑を楽しむことにしよう。
妻子がやたら暑い暑いと言うので「暑いって言ったら罰金!」と口癖のように言っていたら、デイリーポータルZのサイトトップの一番上のひと言に「『暑いって言ったら罰金』って言ったら罰金 」と書いてあり、それを見つけた響子に鬼の首を取ったようにやいやい言われた。くそっ。でもおもろいから許す。
熱帯夜の間は娘も夫婦の寝室で寝る。2部屋もクーラーつけて寝るのは電気がもったいないから1部屋にまとまって寝るのである。ふたつのベッドをくっつけてその間に娘。川の字状態。でも彼女は寝相が悪いので夜中に何度も蹴られる。怖いのでどんどん逃げ、朝起きるとベッドの隅の隅で小さくなっているワタクシ。お腹を蹴られてはたまらないから娘に背を向けて右肘を下にして寝ているので、ただでさえも痛い右肘が起床時は最悪の状態。あぁ痛い。熱帯夜よ、はやく終わってくれ!
疲労感にも似た淡い絶望
2007年08月28日(火) 8:46:42
学生さんとふたりで昼ご飯した。
ひえっ、たぶん25歳下だよ、四半世紀年下だよ、と内心びびりながら。
(学生たちよ、オジサンも内心びくびくしているのだ)
授業の一環としての会社体験である。就活ではない。
好奇心たっぷりにいろいろ質問してくる。
仕事とか広告とか会社員という人生とか生き方とか。とかとか。
あぁそれはね、と、気軽に答えようとしてふと詰まる。
ええと、それは、まぁいろんな考え方があるんだけど、ええと…。
あれ? なに詰まってるんだ、オレ。
詰まってるというか、どっから話せばいいかわからない。
真っ白いキャンバスを何色で塗ろうか迷っている四半世紀年下のヒトに、
話したいこと、伝えるべきことは膨大にある。
でも、ありすぎて、逆にどっから話せばいいかを見失う。
どこまでがお互いの前提で、どっから共通認識じゃなくなるのか、
距離感がはかれなくなっている自分がいた。
よく、老人が若者に意見を言おうとして、
言い淀んでふと口をつぐみシャイに笑う、みたいな図を見る。
あれは「どうせ言ってもわからないよ」と若者を冷笑しているか、
言いたいことがうまくまとまらない「脳の訓練不足状態」かと思っていた。
でも、違うんだな、たぶん。
あれは「どっから話せばいいかわからない」という茫洋たる思いだったのだ。
極限まで散らかった部屋を前にして
「一体どっから手をつけよう」と途方に暮れたときに感じるような、
疲労感にも似た淡い絶望だったのだ。
覆面グルメ審査員
2007年08月29日(水) 8:13:52
昨日も学生さんとお昼ご飯。おとといとは別の人。女性。
「わたし、覆面グルメ審査員になりたいんです」とおっしゃる。
はぁ……、と、これまた詰まると、ボクが意味をわからなかったと思ったらしく、「あ、検索すればわかりますよ! 覆面でレストランで食べて点をつける人です!」と説明された。
んー、どうしようかな…、ジバランのこととか話そうかな、と思ったけど思いとどまり、「食べるの好きなんだね」とニッコリ右から左へ流す。学生さんは「あ、このオジサン、食とか興味ないんだー」という顔をしていた(笑) 説明してもよかったけど、それこそどっから話していいかわからんし、いまは別にそんなことやってないし。
でも「あまり好みを決めつけずにいろんな店にいっぱい行くといいんじゃないかな」とはさりげなく言っておいた。
「関西の行った店リスト」リニューアル完了
2007年08月30日(木) 8:13:12
お待たせしすぎましたけど、「関西の行った店リスト」、リニューアル完了しました。約600軒。まだ微調整はありますが、ようやく公開できるところまでこぎつけました。
えらく長いことかかってしまいました。すいません。
リニューアルの方針としてはこういうことです。で、昔のメモを見ながら表現を変えたり書き足したり削除したり今のリテラシーに合わせたりを繰り返しているうちに、えらく長いことかかってしまった、ということです。利用していただいていた方がいたとしたら、ご不便をおかけしました。
でも、リニューアルはしたものの、ほとんどが2000年以前の古〜い情報。まぁハッキリ言ってほとんど他人様のお役には立ちませんね(笑)。自分のための備忘録・人生の記録にすぎません。店も月日とともに変化し、もっと良くなったり悪くなったりします。特に古い感想は、ほんのご参考程度にしてください。
根気強く催促してくださった方々のおかげです。どうもありがとうございました。次は「日本各地の行った店リスト」のリニューアルに取りかかります。イキオイあるうちにガガガとやろっと。
宿題をギリギリに仕上げる子
2007年08月31日(金) 8:09:06
行動経済学の観点から見ると「宿題をギリギリに仕上げる子」は、「将来の負担や苦労を意識できず、目先の楽しさに走る傾向が強いのでギャンブルに熱中し、借金が多く、そして肥満になる」らしい(毎日新聞より)。今日は8月31日。みなさんのお子さんはいかがでしょうか? そして、昔「宿題をギリギリに仕上げる子」だった大人のみなさん、太って借金だらけで馬やパチンコ好きっすか?
娘は夏休みの自由研究に「ピンホールカメラ制作」を選んだ。
東京写真美術館の「モノクロ写真体験教室」に行っていろいろ学んだのがキッカケ。その後、学研「大人の科学」シリーズの「Vol.3 ピンホールカメラ現像セット」を買って(品切れのため手に入れるのに苦労した!)、作り方や基本を知ったあと、紙の箱を使って自分でピンホールカメラの原型を作り、今朝も早起きしてレポートを書いている。ギリギリじゃん!
んー、ということは、太って借金だらけでパチンコ好きになるのか! パチンコするくらいだったら麻雀の方が面白いと思うぞ(そういう問題ではない)。




