2007年04月
「掴んでいる」感覚
2007年04月01日(日) 7:23:38
若い頃はベンチャーとかで成功してブイブイ言わせていて、あらゆる快楽に身を浸した色男だったんだけど、今は見事に落ちぶれちゃって、とはいえ酸いも甘いも噛み分けたおかげで「人生はブイブイだけではない」ということも知っていて、いい感じに肩の力が抜けてとっても魅力的になっているおじいちゃん。
ポルトガルってそんな感じだったなぁ。
それに比べると、日本は「落ちぶれつつあるのにまだブイブイの夢を捨てきれない青さ」みたいのがある。ブイブイの空しさは戦争やバブルで学んだはずなのに、もう若くもなく色男でもないのに、若造りしてギラギラがんばっちゃってる感じ。他の人の成功が妬ましくて「まだまだオレだって」ってギトギト張り合っちゃってる感じ。そんなんで格好いい中年や魅力的な老人になれるかな。醜く煮崩れなければいいけど。
別にポルトガルが老人の国っていうわけじゃないけど、なんか「自分はどうやって歳をとっていくのか」ということを何度も何度も考えさせられた国だった。頭の中がシンプルに整理されていく感じがずっとあった。フランスやイギリスや南の島で感じるそれとはまたちょっと違うベクトル。「センス良く生きつつセンスの良さを捨てる」みたいな。「人生の充実を知りつつ人生をスカスカにする」みたいな。「円を描いて円を消す」みたいな。
今、ちょっと「掴んでいる」んだよなぁ。
でもこの「掴んでいる」感覚も、東京で数日過ごすだけですぐ消えていっちゃうんだろう。なくすには惜しい。「死にたいな」と突発的に思うのはこんなとき。人生の果実を掴んだまま、スッと幕を引きたい誘惑にちょっとだけかられる。
祖母がボクのために使ってくれた時間
2007年04月02日(月) 4:29:22
桜の花が咲き乱れる中、祖母のお見舞いに行ってきた。
6年一貫の中学高校に入学した途端父親が転勤したこともあって、ボクは中2前から浪人まで祖父母の家に居候した。そのとき親代わりになってくれた母方の祖母である。91歳。祖父は10年ほど前に亡くなってしまい、祖母も数年前から寝たきり。惚けてしまってボクのこともわからない。
祖母は本をよく読む人で、当時の共通の話題は本であることが多かった。
あの頃の中学生特有の青い読書(太宰とかヘッセとかドストエフスキーとか)につきあってくれ、ボクがかたっぱしから読んでいく本を祖母も追いかけて読んでくる。わかりもしないで青臭く論じる文学論に夕食時につきあってくれる。あの環境はずいぶんボクの読書人生に影響を与えた気がする。
当時一日6食食べていたボクに完璧に対応してくれたのも祖母だ。
考えたら毎朝弁当を作ってくれたんだなぁ。その巨大弁当は二時限目が終わった休み時間に食べちゃうんだけど、毎朝作るって大変だ(もうすぐ娘に弁当が必要になるからよくわかる)。そして部活で疲れて帰ってきたら夕食前に特製シチュー。で、夕食と夜食。毎日毎日約6年間、そうやって対応してくれ、ボクの背を伸ばしてくれた。
身体がでかいこと。近眼なこと。読書好きなこと。食べ好きなこと。これらの要素を持っているのは二等親以内では祖母とボクだけ。隔世遺伝だねぇとみんなに言われた。実際、色濃く祖母の血が流れていると思う。
今はもう小さく縮み、面影もほとんどなく、本はもちろん食事も会話もできない。管をいっぱいつけて寝てるだけ。いつ容体が急変してもおかしくない状態が長く続いている。思えば感謝の言葉を面と向かって言ったことすらなかった。今伝えてももう決定的に遅い。
いや、言葉ではなく。
毎日を無駄にせず「よく生きる」ことが、きっと感謝につながるんだろう。血を色濃く継いだ孫として、出し惜しみせず生ききりなさいね。自分への念押し作業を入念にして病室を出る。
祖母の肉体は早晩滅ぶだろうが、自分が自分の人生をさぼらず楽しんで生きている限り、「祖母がボクのために使ってくれた時間」は滅びない。滅ぼすまいや。せめて。
店を勧めるのって勇気がいる
2007年04月03日(火) 19:29:27
昔の上司がなにかとボクを「おいしい店の電話帳代わり」に使っていて、週に一度は携帯にメールが入る。「いま○○にいるんだけど、どこの店がうまい?」って調子。で、ボクも自分が出来る範囲でニコニコそれに応えている。もちろん誰に対しても『電話帳代わり』をするわけではない。彼はわりと応え甲斐があるのだ。なぜなら「ちゃんとボクのセレクトを喜んでくれる」からである。喜んだ末、うれしい感想も言ってくれる。まぁ舌の相性もいいのだろう。
店を褒めて紹介する、というのは実はとても勇気がいる。
紹介した後、いつもドキドキする。もしイマイチだったら「あいつ、こんな店をおいしいと思うんだ」「あいつの舌もこの程度か」とか、密かにバカにされる可能性がある。自分の舌力とかセンスをそのことひとつで判断されちゃうような怖さがある。
逆にけなすのは非常に簡単。
「あの店はこの辺がダメ」「この店、みんなは褒めるけどいまいちおいしくない」とか言っとけば、なんか「舌力がありそうな自分」や「ヒトより経験値の高い自分」とかを演出できるし、もしその店がおいしくても「もっとおいしい店を知ってるんだろうなぁ」とか思われるだけ。そう、けなすのは簡単。褒めて勧めるのは度胸がいるわけだ(そういう意味で「好きな店リスト」はとても度胸がいる記事だったりする)。ま、映画でも本でも、同じだよね。
で、その度胸や勇気をちゃんと推察してくれて、きっとイマイチと感じるときもあるだろうに、毎回きっちり喜んでくれる彼は「おいしい店を勧める甲斐があるヒト」のひとりなわけですね。
昨晩もその「昔の上司」から携帯メールが入り「○○あたりに行くんだけど、近くにいい店ない?」と聞かれた。
3つ候補を上げて返信。そのうちのひとつに入った彼から電話が入る。「いや〜、うまい。うますぎるよ。ねぇ、佐藤も来ない? ご馳走するからさぁ。おいでよ。ね?」
なんちゅうか、このヒト、相当マイペースでもある(笑)
まぁたまたまわりと近くにいたので、ボクもそこに合流することにした。お、ギンポ(銀宝)が出てるじゃん! 桜の葉の変わり蕎麦もある! 季節やねぇ〜。うわっ、ギンポうま〜。桜の葉っぱを練り込んだ変わり蕎麦切りもうまひゃひゃ〜。自分で紹介しながら、この店やっぱうまいわ。
「いや〜、うまいなぁ。うまいよ。さすがだ。ありがとう」とちゃんと感謝されたボクは、調子に乗って近くの名店もいくつかお教えした。そのたびに「へー! 確かにここもうまそうだね! ちょっと名刺だけもらってくる。あ、そこの店もうまいの? 良さそうだねぇ。いつ来ようかなぁ」とか大げさに喜んでくれる。で、実際数日のうちに行って、また感想を言ってくれるのだ。うはは。こちらこそ喜んでもらってうれしいっすよ。またご一緒しましょう。どうもご馳走様でした。
時差ボケ?
2007年04月04日(水) 1:53:03
つい2.3年前まで「時差ボケをしない」のが自慢だったワタクシ。徹夜仕事も多く、もともと睡眠が不規則すぎたので時差を感じなかったのだ。
でも、ここ数年わりと規則正しい生活をしているので、時差に弱くなった。
今回もどうやら時差ボケが来ている模様。昼間は眠くならずなんとか持っているのだが、夜、何時に寝ても深夜1時半とかに目が覚める(笑) ここ3日ほどそんな感じ。別に日本時間の1時半がポルトガルの朝、というわけではない。ポルトガル時間で17時半だ。なんなんだ? これって時差ボケなのかな?
ということで、今日もこんな時間にオハヨウゴザイマス。溜まりまくっているメールのお返事でも書こう…。
観なくては
2007年04月05日(木) 3:23:53
昨日は会社でもあまり眠くならず、夜もそこそこ遅くまで起きていたので「まぁこれで時差ボケも撲滅しただろう」と思い、安心して寝た。で、さっき快適に目覚めて枕元の小さなアナログ時計を見たら7時。家族がまだ起き出してないのを不思議に思いつつ「よしよし時差ボケ終了〜♪」と起きてリビングに行ったら時計はまだ3時をさしている。うそーん。そこでようやく気づいた。あの小さなアナログ時計はポルトガルに持っていったヤツだった。そう、ポルトガルでは夜7時なのだ。やられた!
ということで、またこんな時間に起きてしまいました。おはようございます。ここ数日、圧倒的に睡眠が足りてないけど大丈夫かな。
社会派系やドキュメンタリー系の映画で「観なくては!」と思っているのが溜まっている。
「それでもぼくはやってない」「六ヶ所村ラプソディ」「不都合な真実」「ひめゆり」などなど(他にもあったけど失念。そういえば「ヨコハマメリー」も見逃したなぁ…)。
この中で「不都合な真実」に関しては少し過激なプロパガンダを感じる部分があるので警戒してはいるのだが、でも観ないと何も言えないので観とかないとなぁ。環境問題を否定するわけではなくて、反対論者を含めて両陣営の意見を冷静に比べたいのに、映像の力で強烈に洗脳してくる気がしてちょい怖い。「これが正論なのだ〜!」という大声の叫びはちゃんと疑ってみないといけないと思っている。「あるある捏造問題」もそうだけど、疑うリテラシーが今後とても重要になってくるだろう。
たとえば「アル・ゴアに不都合な真実」みたいな意見もある(その前編のコレも)。反対論者たちは環境問題に反対しているというよりは「お金の使い方に反対している」。そして「都合の良い論理展開に警戒を抱いている」。「500億円の使い道で、一番世の中を良くする見込みがあるのはなんだろうか?」という視点を持つと、環境問題は one of them になる。もちろん取り返しの付かない環境破壊はストップしなければならない。そのために多少強めのプロパガンダも必要かもしれない。でもやりすぎは逆に怖い。ここに注目を集めて、他から目をそらさせられているのではないかとか思ってしまう。もしくは裏に営利企業がいる可能性を考えてしまう。いずれにしても正論っぽく見える意見の前での思考停止が一番やばいのは過去の戦争が証明している。
って、環境問題系に言及すると過激なメールが来がちなのでここまでにしよ。ボクは両陣営の意見を冷静に聞きたいだけ。「不都合な真実」は冷静さに欠けてる気がしてちょっと警戒している、というだけなのであしからず。
祖母、亡くなる
2007年04月06日(金) 5:52:54
こんな関係であった祖母、死去。昨日の朝6時30分。眠るような最期だったそうである。そしてあっちへ行ってしまった。
会社に行って最低限のことをして夕方抜け出し、病院から自分の家に帰った祖母の家へ行く。
保土ヶ谷の月見台。ボクはここで6年ほど居候させてもらい、渋谷の中学高校まで通った。
春爛漫。桜満開。この辺りは特に桜の木が多い。建て替えも進み景色はそれなりに変わったが、桜の木は30年前と同じ老木たちがまだ現役で咲いている。お前らも歳くったなぁ。
急坂を上がって丘の上へ。見覚えある小道を見つけ、寄り道。そうそう、この小道を入るとここに出るんだった。とか、そんな十数年ぶりの追体験的探険で時間を潰す。死に顔を見るのを先延ばししているらしい。
とてもキレイな死に顔だった。頬を撫でようかと思いつつ、なぜか手が出ず。
母、父、叔父、叔母たちと静かに話しつつ、昔を懐かしむ。
祖父が慈しんだ庭を眺める。ねぇあのサルスベリってこんなに小さかったっけ。
まぁなんつうか、そんなにセンチな気分でもないのだけど。
ポルトガルから帰るのを待ってくれ、4月の寒い雪の日を避けてくれ、満開の桜まで贈ってくれたのは、いかにも気を遣う祖母らしい。あぁマジで桜がキレイだなぁ。トボトボ帰ってきた。
明けて今日は娘の入学式。そして祖母のお通夜。両方とも「新しい世界」へ入るめでたい儀式である。91歳。大往生だ。
友達できるかな
2007年04月07日(土) 10:20:57
昨日は娘の入学式と祖母のお通夜。
入学式は荘厳系。ミッションスクール系の儀式は初めてだったが、校歌も歌わず賛美歌だった。ふーん。娘はそんなことより「知らない顔ばかりの中でちゃんと友達できるかな」ということが心配でならないらしく極度に緊張していた模様。ボクも中1の時同じ思いをしたのでよくわかる。周りがやけに大人に見えたりするし。ドキドキするよなぁ。
終わって近くのカフェで昼食を食べた後、一度家に帰り、着替えて祖母の家へ。
納棺までの儀式を葬儀社の指示に従ってこなす。今回の葬儀社はとても心遣いが行き届いていて感じが良く、違和感が全くなかった。こういうのも珍しい。
湯灌(逆さ水)、末期の水を親族全員でしてあげ、シャンプーもひとりひとりして上げる。祖母の頭を抱え丁寧に洗う。あぁこの重さの中にボクの記憶も含まれているのかと思う。お気に入りの着物への着替え・死化粧を葬儀社がしてくれるのを待ち、脚絆などをみんなでつけてあげ、抱え上げて納棺へ。生きているのではないかと思われるくらいキレイな死に顔になった。
納棺してから遺品などを柩に収めるのだが、ポルトガル旅行で撮った家族の写真も入れさせてもらう。妻とひ孫です。わかるかな。それと、頭がハッキリしているうちに読んでもらえなかった「人生ピロピロ」も入れさせてもらう。本とか書いたことを一番喜んでくれたはずの人である。冥土への旅路の休息時間にでも読んでください。
出棺後、みんなでお通夜をするお寺へ。懐かしい親戚たちもぽつぽつ集まり出す。密葬なので親戚以外には伝えていない。たった十数人だけど本当に悲しんでいる人のみの集会。親密で温かな空気が流れる。
お通夜の間、習い覚えた般若心経を心の中で唱えるも、久しぶりなので途中でつっかえてしまった。相変わらず詰めが甘いわ。復習して告別式ではちゃんと唱えよう。
よく、亡くなった本人は斜め45度上から我々を眺めていると言うけど、いろんなことがわからなくなった状態で亡くなってしまった祖母は、やっぱりボクたちのことをわからず眺めているのか、それとも明晰な頃の祖母に戻って眺めているのか、どっちなんだろう、なんてくだらないことを考えながらお経を聞いていた。
もし次の世があるなら、新しい環境に目を輝かせる新入生の如く、祖母も新しい希望に満ちているのかもしれない。そして響子みたいに「友達できるかな」って緊張しているのかもしれない。さようなら、っていうより、がんばって、という気持ちに最後にはなった。
自宅に入るとき「清めの塩」をかけるべきかどうか迷った。穢れてないのに清めるべきなのか。清める必要はないよなぁ。でも迷っているうちに親に促され、なんとなくかけてしまった。告別式の後はかけるのやめよう。
最期のお別れ
2007年04月08日(日) 12:10:13
告別式。
日差しが柔らかい暖かい日。寺までの道は桜吹雪。ちょっと演出過剰だと思うほどの猛吹雪。まぁ賑やかなことが好きだった人だから。
式を終えて柩の中を切り花で埋め尽くし、最期のお別れ。そんではね。ありがとう。
焼き場に車で行って荼毘にふし、みんなでお骨を拾って、お寺に帰って精進落としの宴席。
元々明るい親族なので、わいわいと盛り上がっていく。祖母の15〜17歳時代の日誌が出てきたらしく、それを読んで祖母を偲ぶ。学校の宿題だったようで先生の赤が入ったりしているが、達筆で文章もうまくほとほと感じ入った。先生も総評で褒めちぎり「この才能を活かして生きて行きなさい」みたいなことが赤字で書いてある。
希望溢れる瑞々しい文章。
孫から見ると祖母は昔からずっと老人だったように思えるが、もちろん若い時代もあったし、心の中にこんな鮮烈かつ清新な思いをいっぱい抱えていたんだなぁ、と、いまさらながらの感慨。
娘は真新しい制服姿で参席。みんなに似合う可愛いと言われご満悦の様子。祖母の血を受け継ぐ若い子供の存在は座を明るくする。
「やっぱり焼くって大事ね。なんだかひと区切りついた」と母。
母、叔母、叔父の三人兄弟の連携もよく、とてもスムーズで親密なお葬式だった。お疲れ様でした。
ボクの葬式もごくごく少人数の密葬がいいな。
本当に理解してくれる人が数人いれば人生はそれでいい、と今回深く思った。他の人にはどう思われようといいや。あぁそれと、ひたすら性善説、そしてマザー・テレサ式に生きていこう、とかも祖母の死に顔を見ていて思った。ちょっと青臭いけど。
祖父母の生前の写真。
デジタルデータで残しておきたいので。祖母の日誌も(老いて暇ができたら)デジタルデータにしたいと思う。祖母の瑞々しい思いを残しておきたい。
教えることは教わること
2007年04月09日(月) 8:06:03
先週の金曜に入学式を終え、いよいよ今日から娘はひとりで電車通学。朝6時50分、冷静を装いながら家を出て行ったようであるが、内心ドキドキなんだろうな。玄関を飛び出して駅へと駆けていく後ろ姿を窓から見送る。子育ての至福はこんなところに。
春休み、一応英語だけは少し予習させた方がいいかもと思い、中一の「初めての英語」的テキストを本屋で買ってきて教えてみた。
ほー、今はこうやって習っていくんだぁ、と、「This is a pen.世代」のボクは目鱗になりつつ教え進んだのだが、これがですね、実にボク自身に効きました(笑)。いやぁ、基礎が大事ってこういうことなのね。まぁなんつうか基礎の基礎の基礎みたいなことばかりなんだけど、改めてじっくり読み教えてみると教わることが多くて多くて。あぁいままで英会話(というか頭の中の英作文)でよたよた詰まっていた根源はココか!みたいな発見が中一初期のテキストからいろいろ見つかる。
なるほど「中学英語がわかれば英会話はできる!」「英文法がわかれば話せる!」みたいな主張ってよく見るけど、全くその通りだなぁといまさらながら。あと「教える」のもいいんだろうな。単に読むだけではこうは理解が深まらない。
よし、みっちりやろう。この3年間は娘にはりついて一緒に中学教科書をやっていこう。教えていこう。少し視界が開けた気分。中学英文法を中心とした瞬間英作文の本を副読本に基礎の基礎をちゃんとやるです。
意外と重傷
2007年04月10日(火) 17:41:22
昨晩はなかなか盛り上がって深夜2時くらいまで飲んでいて、今朝わりとフラフラだったのだが、歯医者の予約をしていたことを思い出し、這いずるように会社へ。
かぶせものをしたところが痛くなっていたので行ったのだが、開けてみたら意外と重傷。麻酔をしてキゥィィィィーンと削り、歯肉も一部切除しないといけない大手術。参ったな。
というか、ヘッドフォンのノイズキャンセル機能を応用して、あのキゥィィィィーンを消せないものだろうか。あの音のストレスは限りない。
麻酔が切れてくるとなんだかジンジン痛い。今からビヨンセのワールドツアー初日を東京ドームへ見に行くのだが、爆音に耐えられるだろうか。
ビヨンセ・ワールドツアー初日@東京ドーム
2007年04月11日(水) 12:00:38
こんなことを書いてビヨンセ漬けになっていたら、ラッキーにも「チケットが1枚余ったから」と譲ってくださる方がいて、昨晩、ビヨンセのワールドツアー初日を見に東京ドームへ行ってきた。席に辿り着いてビックリ。アリーナの前から10列目。右寄りとはいえ、ほぼ正面である。うはー。
約1時間遅れで始まったライブは、まだ初日っぽい荒削りな部分はあるもののビヨンセのパフォーマンス力の凄さを見せつける上質なものだった。席のせいもあって音が良いのもあるが、歌唱力が本当に素晴らしい。ここまでうまいか。しかもあれだけ激しく踊って少しも息切れしない。圧倒されたよ。
特に「CRAZY IN LOVE」のオープニング、「Survivor」などのデスティニーズ・チャイルド時代のメドレーちっくな中盤、「ドリームガールズ」の「LISTEN」などが印象的。20曲くらいやったかな。歌もダンスも、うまいだけではなく、予想を超えて心に迫ってきた。
バンドはガールズ・バンドで女性のみ。ドラム3セットのド派手な構成。ダンス陣に唯一男性4人が含まれていたのだが、こいつらのうまさがまた半端ではない。いま見られる世界最高のダンスかも、と途中ビヨンセよりそっちに目が行きがちだったくらい。
ただ、こういうバリバリな構成の中でも、どこか親密で温かい空気が流れているのはビヨンセのお人柄と可愛さのおかげかな。あと「育ち」みたいなもの。イエーイとかフーとかいうありがちな叫びはまるで発しず、とても丁寧な英語に終始し、最後の唯一の日本語も「アリガトウゴザイマス」だった。というか、オープニング冒頭も彼女の「Ladies and Gentlemen!」で始まったし(笑) ま、とにかく可愛かったし美しかった。衣装も良かったなぁ。5回くらい着替えたのではないかな。
ソロアルバム2枚とデスチャのベスト盤をわりと聴き込んで行ったので知っている曲も多く楽しめた。やっぱりイマイマの「世界最高峰」を見るのは刺激になる。ソロになって、映画もヒットして、一番輝いているビヨンセ。いや〜眼福眼福!(←オヤジくさっ)
アリーナ席だと後ろの席の人を気にして中腰で見るクセがついているボクは(183cmが普通に立ってると後ろの女性はまずステージが見られない)、今朝は腰痛と筋肉痛。ヒザと腰を中途半端に曲げて立ちつつステップを踏みハンズアップするので身体の妙なところが痛い。なんだか歩きにくいぞ。あ、そういえば歯も痛い。
Wiiと、DSと、世界の茶の間
2007年04月12日(木) 6:17:39
グーグルのGmailが携帯で見られるようになり、早速酷使。これはありがたいかも。複数のアカウントを全部携帯で見られることになる。携帯メールに転送設定した時みたいにいちいちブルブルいわないのも良い。
つか、グーグルとかヤフーとかが争ったり、放送と通信の融合がどうだとか言ってるうちに、横から、いきなり「nintendo」が茶の間(死語)をかっさらって行くのではないか、と、この頃なんとなく妄想している。
Wiiの「みんなで投票チャンネル」とか見ていると特に。これって画期的。「世界最大のアンケートマシン」と書いた記事があったけど、マジでネットとかテレビとかの枠を超えて世界を結んじゃっている。無料だし気軽だし、しかも警戒心も起こらない(出自がゲーム機なので)。そのうえ使用者は似顔絵のアバターまで持っている。うーむ、展開によってはセカンドライフなんか目じゃない可能性が見えてくる。
以前にも「これからの茶の間メディアってこのWiiの延長線上にありそうな予感」と書いたが、このWiiがそうなのかどうかは別にして、意外とこんな「第三のプレイヤー」がTVとネットとゲームをガッチャンコさせて世界の茶の間を結んでいくんじゃないかな。nintendoもどこかでそんな野心を持ってる気がする。ゲーマー向けの「PS3」よりハードルがグッと低いのも意識的っぽい。
ロンドンのD&ADアワードでは、審査員が審査するとき、nintendo DSが配られて、DSを使って投票したらしい。
DSも無線LANにつなぐと威力発揮するしなぁ(わが娘は「おいでよ どうぶつの森」で友達との通信プレイに夢中)。DSは小中学生の間では異様な普及率だし、大人も意外と持っている。DSがもうちょっとPDA的になり(もしくは携帯電話的になり)、茶の間のWiiと無線LAN連携しだすとこれまたすごいことになるかもしれない。
WiiとかDSとかって、ゲーム機の顔をしてヒトを油断させてはいるけど、意外と「10年後の中心メディア」だったりして。とか。妄想。
深夜のお茶室
2007年04月13日(金) 7:58:10
お恥ずかしいことではあるが、茶道の心得がない。
母が多少するので飲むことは飲むが、作法などはよく知らない。年齢的にそろそろ知っとかないとなぁとは思っていた。
昨晩、武者小路千家の家元後嗣である千宗屋さんとお会いする機会を得た。
紹介してくれる知り合いがいて一緒に夜ご飯でも食べましょうということになったのだが、その予定を決めるメールのやりとりの中で千さんから気になるひと言が…。
> 食後に家でお茶でもどうでしょうか?
どわっ!
千家でお茶っ!
若宗匠自ら入れてくれるお茶っ!
ヤッバイなぁ。礼儀も作法も何にも知らないよ…。
でも、これだけの相手だと、知ったかぶりや見栄が全く通用しない分、逆に気が楽である。もう正直に「何もわかりません」と告白し、自然体で行くしかない。ネットや本でにわか予習しないことにして、虚心坦懐に行くことにした。
そんな感じで、ちょっと緊張しつつ、神楽坂のある店へ趣いたのだが、実際お会いした千宗屋さんはボクより一回りほど若く、とても気さくな方であった。ちょっとだけホッとして正座を崩すワタクシ。
紹介してくれたヒトやその友達が「千くん!」とか馴れ馴れしく呼ぶのを最初はドキドキしながら聞いていたボクであるが、だんだん慣れ、年下ということも手伝ってだんだんタメグチに。で、お誘いを受け、夜22時ごろ、東京の武者小路千家にお邪魔したのである。
まずは探険(笑)。
いろいろ見学させていただく。ほのかにお香が香る中、それぞれの部屋の用途やら利休像やら掛け軸やら、家元後嗣のくわしい解説つき。居間に入って少ししゃべったあと、広間の茶室に移っていよいよお茶である。正客の座に座らされ、いきなり試練。美しい手元に見とれていたら目の前にスッとお茶を出された。
「あ、あの、どうやっていただけば?」「では、簡単にお教えします」
覚束ない手元を恥じつつ作法をこなし、ズズズと一杯。
……あぁ。うまい。とても柔らかく口に入ってきたあと、思ったより強く味と香りを主張して、後味すっきりスゥと消えていく。なるほどおいしいお茶とはこういうものか。舌よ鼻よ、覚えろ。
二杯いただいた後、ワガママを言って黒田泰造作の白磁を見せていただき、それでまた点てていただく。あぁ器が変わると味も変わって感じられるなぁ。
ふと気がつくともう24時すぎ。
広い武者小路千家を2時間以上独占し、若宗匠のご指導つきでお茶をいただいてしまった。お茶(ほぼ)初体験としては最上級。ありがたいことです。
心なしか終電の車内も上品に感じられる(←影響を受けやすい)。
「和」の静かな世界に数時間浸るだけでどうしてここまで心が洗われた感じになるのかな。お茶の味を思い出しながら葉桜見物して、ゆっくり歩いて帰った。
ブログ数では日本語が世界一
2007年04月14日(土) 18:05:41
最近気になったニュースとしては「ブログ数では日本語が世界一」ってヤツ。
現在、ブログ検索エンジン「Technorati」が追跡しているブログの数は全世界で7000万。そのうち日本語で投稿された記事数は全体の37%で英語圏を抜いてついに1位に。」(GIGAZINEより)なんだかすごいな。日本人がそんなに発信欲が強い感じはしないんだけど、どうなのだろう。ただ、ブログを複数持っているヒトも多いようなので、単純計算はできないかも。
この前、ある会社のヒトと話をしていたんだけど、その人は入社の面接官をしていて、「ブログをやってますか?」と就活学生全員に聞いてみたらしい。で、結果は約8割がやっていたらしいのだが、驚いたのはそれぞれが持っているブログの数。なんと平均4つだったそうだ(mixiも含める)。英語圏の人が平均いくつくらい持っているのかわからないから比較はできないし、面接である程度見栄張ってる可能性もあるが、一部のアクティブな数十万人が複数発信している、というのが現状かもしれない。
それはともかく、カート・ヴォネガットが死んでしまったのはわりとショック。
まぁ「そういうものだ」(「スローターハウス5」での決まり文句)なのだが、ある時期の自分的アイドルではあったので感慨深い。彼なんかは、もし今彼が青春期を迎えていたら、機関銃のようにブログを書いていたひとりかもしれない。なんか「書く」という根本的情熱を、彼は教えてくれた気がする。
プロフィール帳
2007年04月15日(日) 8:55:55
日曜の朝はNHK教育テレビで「課外授業 ようこそ先輩」の再放送を見ることを楽しみにしていたのだが、再放送が月曜深夜に移ってしまいガックリ。日曜朝にふさわしい番組だったんだけどな。
プールの本拠地(?)をかえたのだが、すこぶるいいプールで満足している。水はきれいだし今のところ空いているし、風呂などの施設も良い。
そのせいか、昨日はとても快調で、体幹の切り替えで身体がグーンと進む感覚が今までになく感じられた。25mも11〜14ストローク。いつもは沈みがちな左での息継ぎも最低限の動きで出来た。敢えて言えばローリングしすぎかと思ったが、気持ちよければなんでもいいや。
自転車通勤にも気持ちいい季節だなぁ。
最近、睡眠が浅くすぐ目が覚める。プールや自転車で身体を疲れさせてしまえ、と思うのだが、疲れさせても目が覚めるので困っている。メールで「躁鬱の初期の可能性も」と指摘され、まぁ年齢的にそういう可能性もあるので少し観察中。自覚がなくても身体的症状として出てくる場合がある、とのこと。ストレスが多い日々を送っているのは確かなので、身体が何か信号を発しているならちゃんと受け止めたい。
娘は中学での初一週間を終え、疲れ切った模様。まだ慣れないし、初めてのことが続くし。
今って「プロフィール帳」を交換して友達を増やしていくらしい。娘も「○人書いた〜」とか喜んでいる。いろいろ話してじわじわわかりあうより「とりあえずプロフ交換してインスタントにわかりあう」という辺りがイマっぽい。お互い自己紹介とか照れるしうざいんだろう。
「前略プロフィール」ってサイトが去年から一部仕事仲間内で評判なんだけど(数百万の利用者がいるらしいけど、大人にはほとんど知られていない。ティーンのコミュニケーションのあり方を考える上でよく話題に上る)、これも「プロフィール帳」と同じ使われ方をしてると思われる。
直接会ってても「あ、これ、とりあえず読んで」とか言って自己紹介代わりに携帯の画面読ませて、お互い共通点を探して会話を始める、みたいな。ゆっくり話してわかりあうという段取りを省略して時間を節約している感じ。プロフ見て趣味が合わなかったらすぐ次に移る感じ。お手軽なんだな。いい悪いは別にして。
ラゾーナ川崎
2007年04月16日(月) 7:39:13
前回、プロフィール帳のことを書いたが、実は響子は持っておらず、友達のに記帳しては「○人書いた〜!」とか喜んでいた。で、当然、「自分のも欲しい」ということになり、土曜日も近くに探しに行っていたが気に入ったのがなかった模様。仕方ない、というか、そんなことで友達作りに出遅れるのも不憫なので、日曜はボクがおつきあいして探しに行くことに(妻はチーズセミナー)。
まぁ文房具というよりファンシー雑貨なので、なんとなく考えなしに銀座 博品館へ。
原宿や渋谷に行った方がいいかなぁと思いつつ、ボクも娘も原宿や渋谷が苦手なので。でもそれが失敗の元。博品館はもっとおもちゃ系で、文房具はほとんどない。つか、大人の街・銀座には小中学生向けグッズなど元からあまり置いていない。
困ったなぁ、伊東屋にはもっとないだろうしなぁ、でも原宿とかはやっぱり行く気しないよなぁ…、とかピザ屋にふたりで入って食べながら悩む。
で、話し合った結果、川崎のラゾーナへ行くことに。ここはオープン当初ちらっと行ってみたことがあり、その充実ぶりに感動していたので、ココナラ!と思ったのである。
川崎に着いてラゾーナに入る。
銀座の十倍ほどの人出。すげーはやってる。川崎も変わったなぁ。
まずはLOFTや丸善を回る。いいのがない。ディズニーのがあったけど、ディズニーは親子共々そんなに好きではないので却下。うーむと唸りつつ広大な館内地図を子細に検討したところ、ファンシー雑貨系の店がいくつかあるのでそこを虱潰しに潰していく。ある店でようやく発見。おお! 15種類くらい揃っている! ダンジョンで宝箱を見つけたような気分。うは〜、ようやく!
ボク的には初めてプロフィール帳(サイン帳とも呼ぶ)の中身を見て「ゲゲゲッ!」とのけぞった。なんつうか、凄まじいセンスだ。ちょっとついていけない感じ。ある意味ヤマンバ系。でもまぁ好きにさせよう。中学生くらいって確かにこういうセンスに一度はハマルのかもな。それにしてもこりゃスゴイ。
その中でもマシなのを娘が選んだのでホッとして、とりあえず目標達成!
あとは、いろんな店を見たり、リサとガスパール・グッズを買ったり(娘がファン)、英語の辞書をふたりで選んだり、抹茶アイス食べたりしてあっという間に夕方5時。結局6時間もの間、娘の響子とデートしたことになる。こういうのって後で懐かしく思い出すのかもね。
ゼルダ終了
2007年04月17日(火) 7:42:07
「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」ようやく終了。
スルメを噛みしめるようにじっくりゆっくりやっていたので2ヶ月強かかってしまった。途中ポルトガル旅行や葬式で3週間抜けてたけど。
まぁ大名作のひとつだろう。
Wiiの革新的な操作性も、風景やキャラのリアリティ・完成度も、小技の多彩さも、難易度設定の適切さも、図抜けている。
とはいえ、これだけ素晴らしいゲームなのに手放しで褒められないのは、ゲーム終盤におけるサブイベントの激減や、昨晩やったエンディングが予想以上にあっさりしていたことが大きい。エンディングの快感のために我々はゲームを数十時間するわけで、終盤やエンディングがもうひとつだと妙なガッカリ感が長く残ってしまう。
ラストダンジョンも難易度が妙に低く、ラスボスの倒れ方も残尿感あり。ラスボス打倒後のイベントもあまりに盛り上げが少ない。ゼルダ姫やイリアの関わりも少なすぎる。全体にカタルシスが足りなすぎるのだ。惜しいなぁ。
そういえば、リスボンでお世話になったヤマザキマリさんの家にDSソフト「おいでよ どうぶつの森」を送ったところ、日本語ペラペラのデルスくんが早速はまっているとのこと。遠い遠い距離を越えて、同時通信プレイが出来たら面白いなぁ。子供としても衝撃の体験だと思うので、なんとか実現させましょう! >マリさん
噛み合わせ?
2007年04月18日(水) 12:56:37
先週、左の奥歯を大きく削り、今は仮の詰め物を入れている。歯医者は「歯が大変割れやすい状態になっているので、食べ物は右側で噛んでください」との指示。なので約1週間ほど右側ばかりで噛んでいる。
そのせいなのかどうか。
右の脇腹と腰の間くらいの場所がとても痛く、脇を伸ばすようなストレッチですらできない。歩くときも不自由でヨチヨチ歩いている。イスに座っているときもちょっと不自由な体勢。昨日の鮨屋のカウンターも、右肩を下げて左足に重心を置く、という超不自由な体勢で乗り切った。いわゆる「噛み合わせ」?
今日、ようやく本ちゃんの詰め物が出来上がる。これで右腰の症状が緩和されるといいなぁ。でもどうやら金歯らしい。大口開けても見えない場所とはいえ、金歯って(笑) 銀歯もセラミックもはまりにくい場所らしいのだが(過重な負担がかかり割れやすくなるらしい)。金歯ねぇ。骨を拾うとき、忘れずに確保するように。>家族
歯を抜イタタタ!
2007年04月19日(木) 7:46:18
昨日書いたように、金歯をかぶせるために歯医者に行ったのだが、ボクは金歯をかぶせればすべて終わると勘違いしていた。でも実際はもうひとつ横の臼歯(奥歯)の治療が途中で、すぐその治療に入るという。その臼歯はずいぶん昔に削っていて銀歯をかぶせていたものなのだが、痛むので先週開けてみたら中で虫歯が進んでいて、もう一回り大きく削った状態である。言うなればコップのように中が空洞になっていて周りが薄い状態。「歯が大変割れやすい状態になっているので、食べ物は右側で噛んでください」っていうのはこの臼歯のことだったようである(突っ込んで聞かなかったボクも悪いけど、歯医者も説明不足だ)。
で、その臼歯の治療中に「パキッ!」という音が聞こえ、医者が小さく「あっ」っと叫んだ(笑)。
そして「佐藤さん…、歯が割れてました」と。いやいや、たったいまパキッっていったし、あんたも「あっ」って叫んだじゃん。「割れてました」じゃなくて「割っちゃいました」じゃないの?
とか心の中でツッコミつつ、ヒトの失敗(?)に甘いボクはとりあえず冷静に善後策を聞く。治療中に割れちゃう程度の臼歯なら、食事中に何キロもの負荷がかかったら早晩割れてしまうだろう。仕方がない…。
いくつか選択肢を提示されたが、どれも結局は「抜く」という結末。もう取り返しがつかないところまでボロボロらしい。ううむ。で、抜いた後、入れ歯を経由してブリッジかインプラントか。ブリッジをする場合は隣の歯の矯正も必要で1年程度かかるとか。インプラントだと半年かかるとか。しかもどっちも保険がきかず、大金がかかる。イタタタ!
何度聞いても「抜く」という結論は変わらない。不可逆だから怖いんだけどなぁ。
割れたところがジンジン痛み出したので、ではすぐ抜いてください、とお願いし、抜歯。親知らずを入れないで奥から二本目。いままで40年近くすさまじい量の食物をすり潰してきてくれた名プレイヤーの最期である。デッド・ソルジャーに敬礼!
抜いて1時間後くらいからどんどん痛みが増してきた。麻酔が切れてきたのだな。噛むどころかしゃべることもできないくらい痛い。なんだか懐かしい痛みでもあるけど。
でも、昨晩は楽しみにしていた「北品川の会」第二回であった。
抜歯直後のお酒は禁止、とのことだが、なんとか食事はできるようなので、痛みと不自由を押して参加した。
この店は街場の普通の食堂なのだが、夜は「完全予約制・一見さんお断り・おまかせコースのみ」の穴場店。
昨日も素晴らしいラインナップだったのだが、最初の鴨ロース薫製の時点で「弾力がある食品は痛くて無理」とわかってしまう。カキフライや穴子天などはまだしも名物海老フライやヒラメの昆布締めなんかは痛くて噛めない。右側で噛んでも弾力があると左側の歯同士が強く当たり、飛び上がるほど痛いのである。うわーん、目の前にうまいものがあって腹も減っているのに食べられないという地獄。途中からしゃべりすら無理になってきて結局ギブアップ。途中で帰らせてもらった。
一晩たった今朝、まだ痛くてほとんど何も食べられない。朝ご飯にうどんを作ってもらったが、カトキチだと弾力ありすぎて痛い。イタタタ! 離乳食みたいなのしか食べられないよぅ。
そういえば四柱推命で「今月は予期せぬ出費が」と占われていたなぁ。歯も痛いけど財布も痛い。ただですらポルトガルで散財して緊縮財政なのに参ったな。いろんな予定を見直し中。
抜歯に落ち込み気味
2007年04月20日(金) 6:30:22
メールをいろいろいただき、歯を抜いたことがいかにオオゴトか、いかに「よっぽどでないとやってはいけないこと」であったかをいまさらながら認識し、ちょっと落ち込んでいる。痛くても数日猶予してセカンドオピニオン聞けば良かったかも。不可逆だからなぁ…。
で、インプラントのネガティブな面、ブリッジの良い面悪い面、歯牙移植という選択肢、抜いた歯を治療してもう一度埋め込むという選択肢、などもメールで教えていただき(本当にありがとうございました)、ネットでも調べまくり、にわか頭デッカチになって抜歯した歯医者を訪れた。その歯医者は抜歯前の説明が不足していた上に、インプラントのいい面しか言わなかったので、その辺をどう考えているのか相当糾弾するつもりで。というか「安易に抜きやがって」的オーラ出まくり状態(笑)
そしたら予想外に丁寧に「抜いた理由」「下の親知らずを上の歯に移植するのが無理な理由」「抜いた歯の状態」「インプラントを安全にやり抜く方法」「噛み合わせの問題」などを説明してくれた。最初からこのくらい丁寧に説明してくれよと思ったが、まぁでも前回も短くポイントは説明してくれていたのだとわかり、にわか頭デッカチ的にはある程度納得。抜歯自体にはそれでもちょっと早まった感があるのだが、もう後戻りは出来ないのでそれは考えないことにしよう。んー、やっぱりお金かかってもインプラントなんかなぁ。ちょっと怖いからもっともっと話し合いを続けよう。
傷口は順調だが、抜いた歯の横の臼歯が飛び上がるくらい痛い。
昨日の夜はほとんど離乳食。昼はそれも無理なので「本陣房」で蕎麦を食べたが、すっごい時間がかかった。今日はウイダーinゼリーとかじゃないと無理かも。しゃべるのも相変わらず不自由で、仕事でヒトと会うのが鬱陶しい。あぁ入れ歯の老人とかがヒトと会うのを面倒くさがるのはこういう理由もあるのだなと少し理解。
夜は痛みをおして「花火師免許更新講習」に参加。
相変わらず怖い事故事例などをいっぱい紹介され震え上がる。怖いなぁ。でも、それでも打ち上げたい魅力が花火にはあるからなぁ。今年は7月14日(土)に天王洲で打ち上げます。お近くの方は是非どうぞ。
ピッコロ劇団「場所と思い出」観劇
2007年04月21日(土) 21:30:58
歯は痛かったが、知り合いが劇団員になった、ということで、鎮痛剤飲みつつ六本木俳優座劇場に兵庫県立ピッコロ劇団公演「場所と思い出」を観に行った。受付で「おお!久しぶり!」と目を合わす。神戸のあるバーの常連同士。長い年月が経ったあとこんなとこで顔を合わすなんて不思議だよねー、と目で会話しつつ劇場内へ。
若い人には「べつやくれいのお父さん」と言った方が理解が早いかもしれない巨匠・別役実の脚本。
別役実の演劇を観るのは大学生の時以来かな。この演目も70年代初演の不条理演劇。学生時代に小さい小屋で見たような演劇の懐かしい匂い満載。でも不思議と古びていない。普遍的テーマだからなぁ。実際なかなか面白く、逆に新鮮な感じ。「もっとも、ここの連中の思い出から抜け出すわけにはいかないでしょうけどね…」というラストに、なんとなくホテル・カリフォルニアの「You can checkout any time you like, But you can never leave!」という歌詞を思い出したり。
なんだか妙な不条理感にちょっと落ち込み気味だった気分も少しほぐれ、終演後ちょっとだけその知り合いと話をしたあと、Team Nacsの森崎さんが東京に来ていたので、待ち合わせて軽く食事。
歯が痛くて離乳食系しか食べられないので、そういうワガママを聞いてくれそうな店へ向かう。「とにかく柔らかいものを」とお願いして少しずつ出してもらう。それらに合わせてぬる燗をちびりちびりと飲んでいるうちに麻痺してきて少しずつ食べられるようになった。「げんげ」とかも良かったが、琵琶湖の「子持ちもろこ」にちょっと感激。もろこって流通しだしているんだって? もう東京に流通しないもんなんてないんだなぁ。そんなこんなでなんだか調子が出てきたので「あんこう汁のうどん」や「花山椒とそぼろのご飯」までいただいてしまった。うまいうまい。
でも案の定、家に帰ってから激痛に見舞われ浅い眠り。少々とはいえ飲んではいかんかった。あぁ痛い…。
授業参観
2007年04月22日(日) 10:42:23
土曜日は授業参観。
朝8時40分からの授業を2時限分見学に。初めての学校なので興味津々。娘はそれなりに馴染んで楽しんでいる模様。学校の雰囲気もよく、ちょっと安心した。
理科と英語を見学したのだが、英語の授業がわれわれの中一の時とずいぶん違うのにビックリ&うらやましい。音楽とかカードとか使って実に楽しげ。発音のいい日本人教師が次々と英語で話しかけ、生徒は細かいミスを指摘されずに瞬間的に答えて「Very good!」とか褒められていく。いい授業だなぁ。
思えば30数年前の英語教師ってみんな発音酷かった。アメリカ人と会話できない英語教師もいっぱいいた気がする。で、細かい文法にこだわって重箱の隅をつついていく。文法が大事なのは今になるとよくわかるが、中一のころなんてもっと大きな英語発想みたいなものの方を教えて欲しかった。単語の並べ方もよく理解していないのに「三単現の"s"が"es"になる例外」みたいのには詳しいのってやっぱりイビツ。あぁ中一に戻っていちから習いたいなぁ。
ただ、使っている英語の教科書を見てこれまたビックリ。
「Progress」ってヤツ。難しくて有名らしく、妻の優子なんか「えー! Progressなの〜! 私、あれで落ちこぼれた」とショックを受けていた。確かにとても難しい。これ中一でやるのかよ。これだけ理解したら、あと単語さえ知ってれば日常会話なら出来ちゃうじゃんレベル。せっかくだから、娘をフォローしつつ自分も勉強させてもらおう。
ちなみにボクが当時使っていたのは「New Prince」だったと思う。「Horizon」だった気もしてきたけど、たぶん「New Prince」。もっとずっと簡単だったなぁ。
ところで、抜歯経験者&共感同情メール、たくさんありがとうございます。悩んでいるヒト、いっぱいいるんですね。
因果関係はわからないけど、右腰と左頭にも痛みが出ていて、生活が不自由。相変わらず柔らかいものしか食べられないし。まぁたまにはイイコトなので、胃腸中心に休めます。
天動説と大島保克
2007年04月23日(月) 8:01:25
ロシアの国民の28%が天動説を信じている、というニュースはなかなか衝撃的だった。
ロシアの153都市で1600人を対象に行われた調査らしく、他にも「『放射能に汚染された牛乳は煮沸すれば飲んでも安全』との回答が14%、『人類は恐竜時代に既に出現していた』との回答が30%に上った」らしい。この、彼我の情報格差はなんだろう。日本人が日々摂取している情報量と彼らロシア人が摂取している情報量の差は果てしない。同じ日本人の間でも情報格差の問題はこれからどんどん顕在化されていくと思うが、まさかあの大国の約3割がよりによって天動説を信じているとは…。
でも、切り口を「幸せかどうか」に変えると、どっちが幸せかは微妙なところ。天動説を信じ、少ない情報量の中で穏やかに生きている方がずっと幸せかもしれない。
そんなことを、大島保克の新譜「大島保克 with ジェフリー・キーザー」を聴きながら思った。
大島保克が、ジャズピアニスト、ジェフリー・キーザーとの競演で島唄を歌っている、とても「情報量の少ない」音楽である。シンプルかつ最小限な三線とピアノ、そして大島の声。最小限でなければ伝えられない空気がここにはある。
NY録音ということもあってか、島の土や海の匂いが(いい意味で)消え、普遍化され、どこでもない土地の懐かしい音楽に昇華されている。なんか(八重山の)海の風景と(ニュー・イングランドの)草原の風景が両方同時にまぶたに浮かんでくるような…。特に3曲目「くいぬばな」の浮遊感は例えようもない。
たとえばどこかの小さな島で「太陽は地球の周りを回っている」と当たり前のように信じてシンプルに生きている自分を想像してみる。大島保克を聴きながら東京の隅っこでそんな想像に身を任せる悦楽。こんなとき「わざわざ旅をしなくても旅はできるなぁ。人生も同じだなぁ」とか、にわかに悟ったりする。ただ、その悟りの持続は難しく、たった数十分でフワリと消えちゃうものなんだけど。
瀬尾まいこ
2007年04月24日(火) 7:34:39
娘は中学の図書室を早速活用していて、授業が始まった4月9日からまだ2週間しか経っていないのにもう5冊目を借りているようである。ボクにも「これがいい」「あれが良かった」と勧めてくれ、特にオススメが強かった瀬尾まいこをボクも読ませてもらった。
読んだのは「幸福な食卓」と「温室デイズ」の2冊。
なるほど、いいかも瀬尾まいこ。特に「幸福な食卓」は良かったなぁ。出てくるキャラがとてもいい。直ちゃんも大浦くんも実に魅力的で、しかもリアリティがある。父も母も通り一遍でないキャラ設定で、シンプルに見える断片の奥底にちゃんといろんなものを抱えている様子がさりげなく描写されている。なんつうか「表面に見えている姿は氷山の一角」的な描き込みがちゃんと出来ている感じ。周到にキャラ設定して書き始める作家なのかな。そういうのを感じさせないのも瀬尾まいこのイイトコロ。
また、学級崩壊やいじめについても妙なリアリティがある。「温室デイズ」のテーマはそこなのだが、真っ向から立ち向かわないあっさり感が逆にリアリティを生むという構図がいいな。文中にも出てくるが、金八なら解決できるところをあえて解決させない「流し感」。このあっさりした収め方は逆に勇気がいる気がする。なかなかやるなぁ。
うん、瀬尾まいこの他の本も読んでみよう。
とりあえず紹介してくれる本の確かさがわかったので、これからもよろしく >娘
ブロードウェイ観劇旅行
2007年04月25日(水) 21:01:52
1月にこんなことを言っていたのだが、いろいろあって5月末に行くことに決定した。
マジで2月の受験終了後にひとりで行こうと思っていたのだが、ある友人(役者&脚本家&演出家さん)に「僕もずっとブロードウェイ観劇旅行がしたかった。もし行くなら一緒に行きたい。でも仕事が一段落する5月まで待ってくれ」と一方的に熱く誘われ、まぁそれも一興かと延期していたのであった。そしたら他にも「合流したい」という友人も数人現れ、なんとなくツアーの趣になってきていた(でも都合がつかず来れないヒトも出てきたけど)。
で、2週間ほど前に正式に行く日程を決め、現在ではその友人と「何を観るか」の調整に入っている。
というか、人気チケットは「telecharge」や「ticketmaster」で押さえにかかっている。「telecharge」はEチケットが導入されたのね。便利便利♪
何観っかなぁ〜。「SPAMALOT」はまぁそれが目的なので確実に再見したい(でももうオリジナルキャストはひとりも残っていないようだ)。「Wicked」も観たいなぁ。去年のトニーを取った「Jersey Boys」やディズニーの新作「Mary Poppins」も観たい。「Legally Blonde」「Curtains」「The Color Purple」「Spring Awakening」「Edward Scissorhands」も惹かれる。「Avenue Q」も再見したいしなぁ。「A Chorus Line」の再演もなかなかいいらしい。「The Phantom of the Opera」も今歌っているHoward McGillinが最高らしい。ううむ。まぁどうせ行くならと1週間ほどの旅程にしたのだが、それでも観きれない。どうすっか。
エコノミーの安チケット+レンタルルームという最小限の予算で行くんだけど、観れば観るほどお金がかさむ。まぁケチらずガガガと観てくっか。ポルトガル後でただでさえも緊縮財政なのだが「身体が健康で気力もあるうちに(&介護とかが始まる前に)いろいろやっとけ」というご意見もいただいているので、無理してでもやることにしよ。
ポルトガル後遺症?
2007年04月26日(木) 7:54:32
昨日は気力あるようなことを書いたが、実は抜歯する前くらいからわりと無気力状態が続いて困っている。
本とか観劇とかうまいもんとか、いろいろ刺激物を摂取するようにはしているが、どうも立ち直りきらない。無理矢理NY旅行計画を立てて奮い立たせているが、まだまだダメ。まぁこういう時はちゃんと沈もうとダラダラしている。そのうち戻るさ。歯痛も無気力に加速度つけたかもなぁ。外食が不自由だとずいぶん影響される。特にボクの場合は。
つか、単なるポルトガル後遺症では?、という説も。
海外旅行後とかに日常業務に戻っていきなり無気力になることはたまに経験するが、それの重いヤツなのか。年齢的に鬱病にかかる人も多いので気をつけよう。
歯の痛みはようやくマシになり、カチカチなものでなければなんとか右側を使って噛めるようになった。歯に悩む方は多いようで今回はずいぶんたくさんメールをいただいた。まぁ日々への感謝を忘れがちなボクなんかは、こうして身体の一部に不自由があるくらいがちょうどいい気もする。
ところで、新しくリリースされたGoogle トランジットはなかなか熱い。特に画面を航空写真に切り替えて、行ったことある遠い旅先を指定すると妙な「旅シズル」がある。でもまだβ版のせいか無駄な乗り換えも多いなぁ。この分野は他にもいろいろ出ているので、競い合ってどんどん便利になるとイイ(GoogleはMapを持っている分、有利だけど)。そのうちカーナビみたいに「10m先、左です」とか音声つき歩行ナビが出て(もう出てたかも)、自分が歩く道すらマシン任せになり、どんどんバカになっていく時代が来るんだろう。
圧倒的に煩悩を克服した国民?
2007年04月27日(金) 8:04:47
高校生の出世意欲調査で、米中韓に比べて日本は断トツの最下位だったとか。
「偉くなりたいか」という問いに、「強くそう思う」と答えた高校生は中国34.4%▽韓国22.9%▽米国22.3%に対して、日本はわずか8.0%。卒業後の進路への考えを一つ選ぶ質問では、「国内の一流大学に進学したい」を選択した生徒は、他の3国が37.8〜24.7%だったのに対し、日本は20.4%にとどまった。ふーん。
そういえばセックス回数調査でも世界26ヵ国中、日本は最下位だったっけ。両方とも見方によっては「情けない」「だから日本はダメ」ということなのだろうけど、別の見方をすれば、「出世欲」とか「性欲」とかって「煩悩」だよね。つまり「圧倒的に煩悩を克服した国民」ということもできるわけだ。
圧倒的に煩悩を克服した国民。
人間が辿り着くある種の精神的理想郷かもしれない(笑)。
個人単位で克服するならまだしも、国民単位で(しかも若いうちから)克服しつつあるのはある種素晴らしいこととも言える。めっちゃ大人な集団じゃん。仙人みたいに枯れていて、それはそれでクールなのでは? 先行ってるのでは? とちょっと思ったりもする。いやマジで。仏教国的には特に。
5年ほど前に書いた不定期日記にも引用しているが、ガルブレイスがこんなことを言って日本を礼賛している。
日本は再び世界の偉大な模範になっているね。これでもう十分だ、と決めてしまった。物やサービスをもっと手に入れようと働き続けるより、余暇がある生活の方がいいというわけだ。執ように続く経済成長より、もっと幸せな公式を見いだした。(中略)これは世界でまったく例がない。リラックスした平和な存在たらん、というわけだ。ま、意見はいろいろあるだろうし、それもわかるんだけど、これはこれでなかなかいいんじゃないの? と思う自分もいる、ということで。
経済にあまり力を入れなくとも、心地よくあればいいと日本は発見した。
「コラアゲンはいごうまん」全国ツアー凱旋公演
2007年04月28日(土) 10:40:18
ワハハ本舗のピン芸人「コラアゲンはいごうまん」の全国ツアー「僕の細道」凱旋公演を観てきた。全国26ヵ所で44公演してきた最終日。新宿二丁目のビルの地下にある「Live Freak」というライブハウスにて。こういうアングラっぽい雰囲気も久しぶり。懐かしい。かぜ耕士さんや喰始さん、不破万作さん、"元祖"ハックルベリーフィンのマークさんとかもいらっしゃった。
コラアゲンはいごうまんは37歳の男性芸人でキャリアは19年。でも全然売れていないらしい。以前かぜ耕士さんのオフ会にゲストとして来てくれた彼の漫談を聞いて以来「もっと売れてもいいのになぁ」と思っていた。だって面白いんだもん。でも昨晩長々と観て売れない理由がわかった(笑)。テレビに向かないのだ。彼の場合、時間を短く区切ると味が出にくい。長く熱く語らせるとこんなに面白いのに(ちょっと落とし方が弱いけど)。そりゃ「テレビでは」売れないわ。でも「ネットでは」うまくやれば人気が出るかもしれない(たとえばこんな無料動画)。生活費に反映しにくいという欠点はあるけど。
2時間半強やったかなぁ。前日は3時間半やって主宰者に怒られたらしく、短くしないといけないという強迫観念か前半は少し乗り切らず。でも後半の「家庭教師ネタ」が最高に面白く大笑い。今でも笑える。
ゲストはパートナーという女性ふたり組。コント。なかなか良いがこれもテレビ向きではないかもなぁ。というか、昨晩の様子をフジテレビが取材に来ていた。コラアゲンはいごうまんが言うには「絶対売れない芸人というテーマでの特集番組の取材」らしい。ひどっ。
さんざん笑って夜も深い外に出たら、あぁ新宿二丁目だったと道行く人で気づかされる。オカマ/ゲイのメッカである。久々なのでいろいろ見物散歩してから帰宅。世界は広い。人の嗜好も広い。
さて。
今日から二泊ほど関西に。義父のお見舞い。ネット環境は定かではないけど、更新できたらします。
夙川・苦楽園そぞろ
2007年04月29日(日) 10:01:06
義父のお見舞いに関西へ。
仕事がある妻とは別行動で、娘と一緒に新幹線。新大阪から各駅停車に乗って初めての「さくら夙川駅」に降りてみる。情緒的な駅名は嫌いだが、この周辺はとてもきれいで気持ちいい。ふたりで川沿いをゆっくり上がり苦楽園口まで散歩。この辺さぁ、来るたびに思うけど、やっぱり日本一のきれいさかも。この辺に住んでいたら海外旅行とかに行く必要ないんじゃない?とかまで思いつつ。天気はよく、人も少なく気持ちいい。
義父の家で挨拶したあと、娘を置いてひとり夜の街へ。
いや、お見舞いの会食は日曜にして、土曜の夜は「懐かしい店にも行きたいだろう」と開放していただいたのだ。
夙川・苦楽園あたりをひとり散歩。「モリシタ」も「瀬田亭」も「エノテカ」も「出鬼心」もなくなっている。店の移り変わりが激しいな。
後輩がたまたま暇だったようなので呼び出して「ビストロ・ボンボン」。昔住んでいた頃いっぱいお世話になったこの店もどうやら閉店の決心を固められた模様。あぁ由良さんの料理ももう食べられなくなるのかなぁ。相変わらず完璧な火加減。フレンチ懐石を銀座で初めて出したシェフである。惜しいなぁ。
一緒に行った後輩はいま学生に戻っている。その人生を聞いていろいろ思うところあり。
その後いつもの「THE BARNS」へ。昔の常連たちも数人来てくれて深夜まで。東京とは別人のようによく話しよく笑う自分へ。あぁラクチン。ストレス霧散。ぐだぐだに酔っぱらった。
芦屋そぞろ
2007年04月30日(月) 10:23:06
ふ、ふつかよい。
でも、昨晩東京から追いついた妻の「おでかけしよう攻撃」に勝てず、朝から娘と3人で芦屋へ散歩に。岩園小学校あたりまでバスで行き、昔住んでいた翠が丘周辺や、娘が通った幼稚園あたりを歩き、JR芦屋駅前を通り過ぎて阪神芦屋駅近くの「リブ・ゴーシュ」まで長い散歩。誰も二日酔いのオッサンを気遣ってくれず。つらすぎ。
ワインショップ「リブ・ゴーシュ」(うちは東京に住んでいる今もほとんどここからワインを買っている)で店長の細谷さんにジュースをもらい少し生き返ったあと、阪神甲子園まで行き「ららぽーと」で買い物。阪神パークがあった跡地に出来たモールである。でかいよぅ…。まだ二日酔いが収まらず、分速20mくらいの亀歩きしかできない状況。よちよちとなんとか一周し、這うようにして義父の家に帰り着く。夕方6時。よく1日持ったな。
少し寝させてもらってからみんなで食事。少しだけお酒を飲んですぐダウン。とことん疲れた。でもこのくらい疲れると逆にもろもろリセットできそうでよろしい。わりと長く鬱っぽい気分なので、とにかくカラダを疲れさせるというのは有効かも。関西の空気もずいぶん効くと思うし。
で、今朝。
朝6時すぎにスッキリ目がさめた。うん、少しはマシかも。今日は東京に帰る。ゆるりと復活できるかも。




