2007年4月 アーカイブ

「掴んでいる」感覚

2007年4月 1日(日) 7:23:38

若い頃はベンチャーとかで成功してブイブイ言わせていて、あらゆる快楽に身を浸した色男だったんだけど、今は見事に落ちぶれちゃって、とはいえ酸いも甘いも噛み分けたおかげで「人生はブイブイだけではない」ということも知っていて、いい感じに肩の力が抜けてとっても魅力的になっているおじいちゃん。

ポルトガルってそんな感じだったなぁ。

それに比べると、日本は「落ちぶれつつあるのにまだブイブイの夢を捨てきれない青さ」みたいのがある。ブイブイの空しさは戦争やバブルで学んだはずなのに、もう若くもなく色男でもないのに、若造りしてギラギラがんばっちゃってる感じ。他の人の成功が妬ましくて「まだまだオレだって」ってギトギト張り合っちゃってる感じ。そんなんで格好いい中年や魅力的な老人になれるかな。醜く煮崩れなければいいけど。

祖母がボクのために使ってくれた時間

2007年4月 2日(月) 4:29:22

桜の花が咲き乱れる中、祖母のお見舞いに行ってきた。

6年一貫の中学高校に入学した途端父親が転勤したこともあって、ボクは中2前から浪人まで祖父母の家に居候した。そのとき親代わりになってくれた母方の祖母である。91歳。祖父は10年ほど前に亡くなってしまい、祖母も数年前から寝たきり。惚けてしまってボクのこともわからない。

祖母は本をよく読む人で、当時の共通の話題は本であることが多かった。
あの頃の中学生特有の青い読書(太宰とかヘッセとかドストエフスキーとか)につきあってくれ、ボクがかたっぱしから読んでいく本を祖母も追いかけて読んでくる。わかりもしないで青臭く論じる文学論に夕食時につきあってくれる。あの環境はずいぶんボクの読書人生に影響を与えた気がする。

店を勧めるのって勇気がいる

2007年4月 3日(火) 19:29:27

昔の上司がなにかとボクを「おいしい店の電話帳代わり」に使っていて、週に一度は携帯にメールが入る。「いま○○にいるんだけど、どこの店がうまい?」って調子。で、ボクも自分が出来る範囲でニコニコそれに応えている。もちろん誰に対しても『電話帳代わり』をするわけではない。彼はわりと応え甲斐があるのだ。なぜなら「ちゃんとボクのセレクトを喜んでくれる」からである。喜んだ末、うれしい感想も言ってくれる。まぁ舌の相性もいいのだろう。

店を褒めて紹介する、というのは実はとても勇気がいる。
紹介した後、いつもドキドキする。もしイマイチだったら「あいつ、こんな店をおいしいと思うんだ」「あいつの舌もこの程度か」とか、密かにバカにされる可能性がある。自分の舌力とかセンスをそのことひとつで判断されちゃうような怖さがある。

逆にけなすのは非常に簡単。
「あの店はこの辺がダメ」「この店、みんなは褒めるけどいまいちおいしくない」とか言っとけば、なんか「舌力がありそうな自分」や「ヒトより経験値の高い自分」とかを演出できるし、もしその店がおいしくても「もっとおいしい店を知ってるんだろうなぁ」とか思われるだけ。そう、けなすのは簡単。褒めて勧めるのは度胸がいるわけだ(そういう意味で「好きな店リスト」はとても度胸がいる記事だったりする)。ま、映画でも本でも、同じだよね。

時差ボケ?

2007年4月 4日(水) 1:53:03

つい2.3年前まで「時差ボケをしない」のが自慢だったワタクシ。徹夜仕事も多く、もともと睡眠が不規則すぎたので時差を感じなかったのだ。

でも、ここ数年わりと規則正しい生活をしているので、時差に弱くなった。
今回もどうやら時差ボケが来ている模様。昼間は眠くならずなんとか持っているのだが、夜、何時に寝ても深夜1時半とかに目が覚める(笑) ここ3日ほどそんな感じ。別に日本時間の1時半がポルトガルの朝、というわけではない。ポルトガル時間で17時半だ。なんなんだ? これって時差ボケなのかな?

ということで、今日もこんな時間にオハヨウゴザイマス。溜まりまくっているメールのお返事でも書こう…。

観なくては

2007年4月 5日(木) 3:23:53

昨日は会社でもあまり眠くならず、夜もそこそこ遅くまで起きていたので「まぁこれで時差ボケも撲滅しただろう」と思い、安心して寝た。で、さっき快適に目覚めて枕元の小さなアナログ時計を見たら7時。家族がまだ起き出してないのを不思議に思いつつ「よしよし時差ボケ終了〜♪」と起きてリビングに行ったら時計はまだ3時をさしている。うそーん。そこでようやく気づいた。あの小さなアナログ時計はポルトガルに持っていったヤツだった。そう、ポルトガルでは夜7時なのだ。やられた!

ということで、またこんな時間に起きてしまいました。おはようございます。ここ数日、圧倒的に睡眠が足りてないけど大丈夫かな。


社会派系やドキュメンタリー系の映画で「観なくては!」と思っているのが溜まっている。
「それでもぼくはやってない」「六ヶ所村ラプソディ」「不都合な真実」「ひめゆり」などなど(他にもあったけど失念。そういえば「ヨコハマメリー」も見逃したなぁ…)。

祖母、亡くなる

2007年4月 6日(金) 5:52:54

こんな関係であった祖母、死去。昨日の朝6時30分。眠るような最期だったそうである。そしてあっちへ行ってしまった。

会社に行って最低限のことをして夕方抜け出し、病院から自分の家に帰った祖母の家へ行く。
保土ヶ谷の月見台。ボクはここで6年ほど居候させてもらい、渋谷の中学高校まで通った。

春爛漫。桜満開。この辺りは特に桜の木が多い。建て替えも進み景色はそれなりに変わったが、桜の木は30年前と同じ老木たちがまだ現役で咲いている。お前らも歳くったなぁ。

友達できるかな

2007年4月 7日(土) 10:20:57

昨日は娘の入学式と祖母のお通夜。

入学式は荘厳系。ミッションスクール系の儀式は初めてだったが、校歌も歌わず賛美歌だった。ふーん。娘はそんなことより「知らない顔ばかりの中でちゃんと友達できるかな」ということが心配でならないらしく極度に緊張していた模様。ボクも中1の時同じ思いをしたのでよくわかる。周りがやけに大人に見えたりするし。ドキドキするよなぁ。

終わって近くのカフェで昼食を食べた後、一度家に帰り、着替えて祖母の家へ。

最期のお別れ

2007年4月 8日(日) 12:10:13

告別式。
日差しが柔らかい暖かい日。寺までの道は桜吹雪。ちょっと演出過剰だと思うほどの猛吹雪。まぁ賑やかなことが好きだった人だから。

式を終えて柩の中を切り花で埋め尽くし、最期のお別れ。そんではね。ありがとう。

焼き場に車で行って荼毘にふし、みんなでお骨を拾って、お寺に帰って精進落としの宴席。
元々明るい親族なので、わいわいと盛り上がっていく。祖母の15〜17歳時代の日誌が出てきたらしく、それを読んで祖母を偲ぶ。学校の宿題だったようで先生の赤が入ったりしているが、達筆で文章もうまくほとほと感じ入った。先生も総評で褒めちぎり「この才能を活かして生きて行きなさい」みたいなことが赤字で書いてある。

教えることは教わること

2007年4月 9日(月) 8:06:03

先週の金曜に入学式を終え、いよいよ今日から娘はひとりで電車通学。朝6時50分、冷静を装いながら家を出て行ったようであるが、内心ドキドキなんだろうな。玄関を飛び出して駅へと駆けていく後ろ姿を窓から見送る。子育ての至福はこんなところに。

春休み、一応英語だけは少し予習させた方がいいかもと思い、中一の「初めての英語」的テキストを本屋で買ってきて教えてみた。
ほー、今はこうやって習っていくんだぁ、と、「This is a pen.世代」のボクは目鱗になりつつ教え進んだのだが、これがですね、実にボク自身に効きました(笑)。いやぁ、基礎が大事ってこういうことなのね。まぁなんつうか基礎の基礎の基礎みたいなことばかりなんだけど、改めてじっくり読み教えてみると教わることが多くて多くて。あぁいままで英会話(というか頭の中の英作文)でよたよた詰まっていた根源はココか!みたいな発見が中一初期のテキストからいろいろ見つかる。
なるほど「中学英語がわかれば英会話はできる!」「英文法がわかれば話せる!」みたいな主張ってよく見るけど、全くその通りだなぁといまさらながら。あと「教える」のもいいんだろうな。単に読むだけではこうは理解が深まらない。

よし、みっちりやろう。この3年間は娘にはりついて一緒に中学教科書をやっていこう。教えていこう。少し視界が開けた気分。中学英文法を中心とした瞬間英作文の本を副読本に基礎の基礎をちゃんとやるです。

意外と重傷

2007年4月10日(火) 17:41:22

昨晩はなかなか盛り上がって深夜2時くらいまで飲んでいて、今朝わりとフラフラだったのだが、歯医者の予約をしていたことを思い出し、這いずるように会社へ。

かぶせものをしたところが痛くなっていたので行ったのだが、開けてみたら意外と重傷。麻酔をしてキゥィィィィーンと削り、歯肉も一部切除しないといけない大手術。参ったな。

というか、ヘッドフォンのノイズキャンセル機能を応用して、あのキゥィィィィーンを消せないものだろうか。あの音のストレスは限りない。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。