2006年11月
歴史が交わった街はたいていうまい
2006年11月01日(水) 8:35:30
ええと、昨日の表題は、「長崎の夜はむらさき」という歌謡曲の名曲がありまして、それにかけてます(説明するか:笑)。いや、だって、知らない人多そうなので。
長崎って印象変わったなぁ。
こんなにおいしいものだらけの街だっけ?という印象。自分の中では改めて「美味な街」と位置づけられました。まぁハーフに美人が多いように、歴史が交わった街はたいていうまいですね。中国とオランダとポルトガルと日本が混ざり合って、独特のおいしさに昇華されてました。小さな街なのに実にレベルが高い。長崎人がうらやましい。
それと、長崎情報をメールでくださったみなさま、本当にありがとうございました。当日のギリギリまで「んー、どの店に行こうかな。やっぱあの店よりこの店にしようかな。でもあそこも良さそうだしなぁ…」とか迷ってまして(だって滅多に長崎行けないし)、メールでのタイミングのよい「背中押し」が相当効きました。
それにしても、この大流通時代なのに「やはり現地の味は違う」ですねぇ。
以前さぬきうどんの時にも感じたけど、東京はなんでもあるようでいて、本当においしい地方の味が意外となかったりする。今回も、ちゃんぽんみたいなものでもこれだけ味が違うのにビックリしました。広島風お好み焼き然り。札幌のスープカレー然り(まぁスープカレーの場合はマジスパが下北に来てるのでずいぶん違うけど)。
他にも「現地で食べないと本当の味はわからない」という料理がいろいろありそうです。
さて、長崎でちょっと食べすぎたので今日はプールに行こう、と思っていたけど、考えたら焼肉の約束があったのだった。胃が悲鳴をあげなければ良いなぁ…。
ハウステンボスの中国人・韓国人・日本人
2006年11月02日(木) 7:28:46
ハウステンボスは日本にいながらオランダ情緒(?)が味わえる場所ではあるが、意外とまわりから中国語や韓国語が聞こえてきてアジアにいることを実感させられてしまう。受付の人に聞いたら「そうですねー、最近では入場者の3割くらいは中国・韓国の方でしょうか」とのこと。長崎空港がソウルや上海とつながっている手軽さもあるのだろう。
ハウステンボス内の高級フレンチレストラン「エリタージュ」で聞いたら、「いえ、当店には中国や韓国の方はほとんど来られません。日本の方だけです。一度だけ韓国の方が団体で来られましたが、中国の方は来られません」とのこと。
同じくナイト・カヌーのインストラクターは、「いやー、中国の人は乗りませんね。中国の人は時間にお金を使うことをまだしないみたいです。お土産にお金を使うみたいですね。まだそういう時代なのではないですかねー。韓国の人はたまに乗られますよ。団体で来られます。でも圧倒的に日本人が乗ります」とのこと。
ワインバー「ヴィノテーク」では、「中国の方は来られません。ワインはいま世界的に中国にものすごい勢いで買いあさられているのですが、ここに飲みにいらっしゃる方はおられませんね。韓国の方はたまに団体で来られます。来られると高級ワインを何本もあけられますね。韓国はいまバブルっぽいのでしょうか?」とのこと。
バラ園の掃除をしてた人は「中国の人は入り口まで来て帰っちゃいますね。韓国の人は花を摘んじゃう方がたまにおられます。日本の人は静かに長く見てくれます」とのこと。
なるほどー。
まぁ国民性もあるだろうし、言葉が通じなくて行動範囲が狭まっている可能性もあるし、ハウステンボスに来る中国人とかはそこそこ富裕層だったりするので一概に言えないが、わりと象徴的に各国の段階を表している気がする。
感覚的に言うと、中国は日本の1960〜70年代な感じかな。快適な時間や思い出にお金を使うよりもモノが欲しい段階。モノ以外にあまり興味を示さない。日本もモノをひとつずつ増やして行くことで成長を実感する時代があった。あの時代な感じ。
韓国は日本のバブル期かそのちょっと後くらい? つまり1990〜95年くらい。成長を実感して贅沢品にどんどん手を出してる時期な感じ。ブランドやらワインやら世界中の贅沢品を買って楽しんでいたあの時代の手触り。ちょっとイケイケ。
いや、日本が両国より進んでいる、ということが言いたいのではなく、日本が今に至るまでに経験し失ってきた貪欲さや活発さが両国にはあるなぁということ。もしくは、日本はいい意味でも悪い意味でも老年期にさしかかっているのだろうな、という実感。
というか、中国と韓国を「日本で言ったら "あの時代"」と捉えれば、彼らとの上手な付き合い方を模索できるかもしれない。日本人は一応経験者ではあるのだから。
ちなみにボクの印象。
ジャージ姿だったら中国人。団体で大声。でもとても明るくてオープン。
カメラと三脚を持ってるのは韓国人。カップルも多い。とにかく写真を撮りまくっている。楽しそうによくしゃべる。
静かなのは日本人。熟年の人が多い。明るいというより穏やかで静か。元気なオバサマ方もいるが、中国や韓国の元気には気圧され気味。
ペトリュスのコーラ割り
2006年11月03日(金) 15:04:14
昨日の話を書いていて思い出したあるエピソード(実話です)。
ある友人が仕事で上海に行き、中国人のド金持ちと親しくなったんだって。
で、ぜひウチに遊びに来い、と言われ、そのまま彼の家にお邪魔することとなったらしい。上海の富豪は桁が違う。ものすごい豪邸の応接間に座って待っていると、彼は「一緒にワインを飲みましょう」と言ってボトルとグラスとコーラを持って来た。ボトルを見るとペトリュスじゃん(世界トップクラスに高い赤ワイン)。友人はワインにくわしいので、さっとヴィンテージを見て「お、いい年じゃん、ラッキー♪」と喜んだら、ペトリュスを注いだグラスを前に中国人はこう言ったという。
「この赤ワイン、いっぱい買ったんだけど失敗したネ。渋すぎるヨ。おいしくない。でも大丈夫ネ。こうやって飲むとうまいんダ」
その中国人はコーラの栓をシュポンッと抜き、「よせ〜!」と心の中で叫ぶ友人を前に、ペトリュスを入れたグラスにとぷとぷシュワ〜ッとコーラを注ぎ、くるりと混ぜて彼の前に置いたという。
友人は言ったものである。
「いや〜、久々に参ったよ。最低の夜だった。痛んだペトなのかとも思ったけど、頼んでペトだけ飲ませてもらったらちゃんとうまいの。つーかさ、あれで渋いんだったらまずボージョレーヌーボーあたりから飲み始めて、ある程度味がわかってから高級ワインを買って欲しいよな。ワインは有限なんだから…。でもさー、日本人も20年前とかは金にモノ言わせて高級ワインをいっぱい買って無駄飲みしてたのかもなーと思ったらさー…」
いま、上海や香港で高級ワインが買いあさられていて、その余波を受けて日本でもワイン価格が異様に高騰して顰蹙をかっているのだけど、20年前とかに価値も分からず日本が高級ワインを買いあさっていたころ、こうやってヨーロッパあたりから笑われ、顰蹙をかっていたのかもしれないなー、これもいつか通った道だなぁ、とか思ったです。
マジック・シアター(長崎)
2006年11月04日(土) 18:12:30
長崎では「マジック・シアター」というバーに行き、初めてクローズ・アップ・マジックを目の前で見た。
ほとんど貸し切りに近いくらい空いていたので、カウンターに座って本当に目の前で見たんだけど、いや〜びっくりしたなぁ。タネはもちろんあるんだろうけど、詮索する気も起こらないくらい。まぁやっている人が「長崎の隅っこで何故?」というくらいの大物で、マジック・オブ・ザ・イヤーももらっているマジシャン小川心平さんなので、そりゃあ鮮やかなもんなのだった。
最近TVで特番組まれる外国人系マジシャンの裏話もいろいろ聞いた。え!? マジ! そんなことやってんの!と驚くような裏話。やっぱ映像はなぁ、タネ仕込めるよなぁ、みたいな。あるTV局で「社員のブログ禁止令」が出たのもよくわかる(笑) 【注:小川さんは無闇にタネをばらしてるわけではありません】
とりあえず世界最高峰のマジックが目の前で見られるので、長崎に行く際は行かれるといいっすね。
んでもっていろいろネットで見回っていたら、タネを売っているサイトを見つけた(つまりは有料でタネ明かししてるサイト)。うわー、アレもコレもやっぱりタネがあるのねー(当たり前)。買おうかな…。※ボクはまだ買っていないので、このサイトが本当に良心的に教えてくれるのかどうかわかりません。ご利用は自己責任で※
三連休最終日のダメダメ感
2006年11月05日(日) 8:00:40
人生でもう数十回目の三連休だと思うのだけど、まったく学習してこなかったなぁ。三連休最終日って必ず後悔する。なんつうか、この「やりたいことが全然できなかったダメダメ感」は果てしない。
初日はアレやろうコレやろう能率的にやろうとか燃えるのだけど、たいてい終日寝てしまい、あげく夜には酒まで飲んでしまい、「まぁでも1日くらいはカラダとココロを休める日が必要〜」とか自己正当化しつつ終わる。まだ余裕。あと2日あるもんね。明日のオレは違うもんね。
二日目は朝起きられない。なんか無気力。前日の寝すぎでカラダがだるいのもある。あぁなんだかんだ言って疲れてるんだーとかわざわざ声に出して自己弁護する。
一応起きて少しアレコレしようとするんだけど、朝ご飯を腹一杯食べたら猛烈な睡魔がやってきてやっぱり寝てしまい、そのまま「まぁ最終日があるさ」状態に突入。アタマの中で冷静に「最終日にたった1日でアレとかコレができるのか」とシミュレーションすることはしない。ただボンヤリと「だって中間テストの時も期末テストの時も受験本番もなんとか一夜漬けで切り抜けてきたじゃんオレ」とか根拠のない成功体験を思い出しながらベッドに横になっている。少し読書とかして「なにかをやった感」だけは演出する。
そして今。最終日の朝。あっという間に最終日の朝。
情けないが、すでに敗戦の弁を考え始めている状態。明日以降にアレとかコレとか延ばせないものかとアタマの中で四苦八苦する。
仕上げないといけない企画書2本。んー、これは最悪月曜の午後と火曜の午前中使えばギリギリなんとかなるんじゃないかな? いや、なんとかなるよきっと…。
原稿の〆切り1本。これはまぁ今日の深夜に先延ばしかな。そのころには俄然やる気が出てるだろーよ、さすがに。
2日分たまってしまった英語勉強。あー、えーと、んー、ひ、ひるにはやる気が上がってるんじゃないかな?
3日とも行くはずだったプール。いや、これはね、今日は行きますよ。行きますったら。
する予定だったおいしい店更新。ええとええと、ま、きっと誰も待ってないような気がする。してきた。自意識過剰はよくないしね、うん。
早めに作って楽になる予定だった年賀状。おっと11月末にも連休っぽいとこあるじゃん。なんだそっか〜早く言ってよ〜。そこだそこ。
って、こんなこと考えてる間にサッサと始めい! 娘の受験に足並み揃えてガシンガシンに努力するオレのはず!
とか。
諦めたり励ましたりつぶやいたり叫んだりして、結局先延ばししている最終日の朝のボクなのでした。あと16時間。なんとかせーや。
差が開いていく
2006年11月06日(月) 7:38:38
へぇ〜お父さん、さぼったんだ〜。
と、娘が優越感ぶりぶりの目で見る。昨日のメモをアップした直後に妻のパソコンで読んだらしい。おかげで昨日は「勉強しろよ」と言ってもまったく説得力なし。ふ〜ん、とかいう声と共に「自分はさぼったくせに」という目が返ってくる。くそ〜。もうぜっていさぼらない!(あと87日は)
でもね、おかげで昨日はわりとがんばった(娘の目があるからね)。娘の監視を受けるというのもなんか屈辱的ではあるが、まぁ仕方なし。朝から夜までシコシコやってました(途中昼寝アリ)。
井上雄彦さんの最新刊「バガボンド」24巻のカバー袖に書いてある彼の言葉に深く心を揺さぶられる。
「人は
まっすぐにものを見る眼を持って生まれ
後天的に獲得した斜めに見る眼をもてはやし
いつかまた手放していく
ならば早くに手放した者勝ち
そうすることが難しいこの世ではあるけれど」
ものを斜めに見てわかったようなことを言いながら生きている自分と、それを手放そうと生きている彼。この差がものすごい早さで開いていっているのは言うまでもない。
もう手遅れかな。いやまだ間に合うかもしれない。ボクもきちんと手放さなければいけない。そうすることが難しいこの世ではあるけれど。
朝からお腹がカキフライ
2006年11月07日(火) 6:47:03
昨日は朝からお腹がカキフライだった。
おとといの夜、広島についてのメールをある人に書いていて、その中でカキに言及したせいか、夢にカキフライが出てきたのであった。なぜかダウンタウンの松ちゃんと巨大なカキフライを食べている夢(なぜだ?)。で、起きたときにはもう胃がカキフライを欲している状態に。
午前中のミーティングをイライラ終え、よし!カキフライ、と思ったら、ちょうどタイミングよく知り合いから電話があったので一緒に「三州屋銀座店」へGO! あぁまさに「夢にまで見た」カキフライ。やっぱこの店、うまいわぁ。去年の印象よりちょっと甘い気がしたが、それでもプリプリのジュワジュワのハフハフ。うみゃ。
昼に油ものを食べると午後から眠くなるのだが、なんとかうっちゃって企画書をふたつ書き上げる。夜はある学校へ講義に。
講義後、先輩と四谷荒木町。「岩井食堂」に一瞬寄って軽く食べたあと、「いい店ないかなー」とぶらぶらしつつ通りかかったあるふぐ屋へふらり。いやなんとなく「焼きふぐ」の提灯に惹かれて「あの〜、一品で一杯とかって出来ますか?」と聞いてみたら「どうぞどうぞ」となったのだった。そういえばふぐ屋ってコースしか食べたことないけど、カウンターで一品&ひれ酒もなかなかオツ。「ぶっきり」と「焼きふぐ」と「ふぐ味噌汁」。予想以上にうまくて満足。ふぐは「てっちり」とかにするよりもこういう食べ方の方がいいかも。というか、そろそろ冬やねぇ。
セミナー&交流会
2006年11月08日(水) 8:09:11
昨晩はある「セミナー&交流会」にてある方のセミナーをサポートしつつ、ちょっとだけ話す。丸ビルのカンファレンススクエアにて。初めて行ったけどキレイなところだった。
最新の広告手法の必然と展開について深めにパワポを用意していったのだけど、前半の話が延び、ほんの一部しか話せなかった。残念。でも、旧来型のコミュニケーションから説き起こして行く必要があったので仕方なし。
広告、というか、企業と生活者(あえて消費者という言葉は使わない)のコミュニケーションは「北風から太陽」へ変わらないといけないし、「話し上手から聞き上手」に変わらないといけないと思っているんだけど、これが腑に落ちるためにはメディアの変化と消費者の変化をきっちり解き明かすことが必要で、それをやっているとすぐ数時間経っちゃうので思いっきり端折らないといけない。話す方としても歯がゆい思いをする。残尿感があるんだよなぁ(笑)
セミナーのあとの交流会ではこのサイトを読んで下さっている方ともお話できて楽しかった。普通のパーティは何を話していいかわからず大苦手だが、テーマのあるパーティだと話の方向が一貫するので比較的ラクチン。
交流会終了後、丸ビルのワインバーでセミナー&交流会の主宰者と。ひょんなことから中学高校の先輩とわかり驚愕。
ラムちゃんとぶっさん
2006年11月09日(木) 7:56:35
あまりに嫌いなので逆に「人をそんなに嫌いになってはいけない」と反省し、心の中でラムちゃんと愛称で呼ぶようにしているラムズフェルド米国防長官が、中間選挙での共和党の敗北を受けて、ついに、ついに、辞任! というか更迭! 思えば長い年月だった。あまりに長くて「うる星やつら」の印象まで悪くなりそうだった。だってラム親衛隊とか出てくるし「ラム・ザ・フォーエバー」なんて劇場版もあるし。
ちなみに同じくらい嫌いなあの人は、ボクの中で「ぶっさん」という愛称で呼ばれています。早く辞めてくれないと「木更津キャッツアイ」と岡田准一くんの印象が悪くなります。って、あと2年もあるからその可能性大。あーあ…。
ぶっさんと言えば、大統領選でのケリー候補との第一回公開討論で「まばたきしすぎ」を指摘された。1分間平均109回!(第二回では意識的にまばたきを平均23回まで減らして勝利)。まばたきをしすぎるのは自信のない印象をヒトに与えるということである。
昨日NY証券取引所に上場した「みずほ」の前田社長の会見でのまばたき数もすごかった気がする。本当に自信なさげに見えた。ボクもああなってるかもしれない。一度意識してみよっと。
チェイニーのカモ狩り
2006年11月10日(金) 8:57:38
んー、なんちゅうか、いつも理解できないのはアメリカ(たぶん欧州も)の政治家の休暇意識だ。
ブッシュの長期夏休みも「国のトップがそこまで長く休んでいるってどうよ?」っていつも思うけど(まぁ激務は激務だろうけどそれにしても)、今回も不思議。共和党が敗北してラムズフェルドが更迭された当日、チェイニー副大統領はカモ狩りを楽しむためにサウスダコタ州にいたという。選挙の翌日だよね? まぁホワイトハウスは直接関係ないのかもしれないけど、今後の趨勢を決める日に副大統領が休暇かよ(まぁ更迭発表のためにあえて休暇をとらせて席をはずさせていた可能性はあるが、それにしても)。
昨日は夕方からある同期と広告コミュニケーションの議論で盛り上がり、気がついたら数時間経っていたのだけど、なんつうか「インターネットを触らずにインターネットのことを語る人が多すぎ」なのをこの頃特に感じる。評論家すか?(あ、この同期のことではなくて)
評論家ではない「制作者」は、生活者(消費者)としてもっともっとネットに触ってみるべき。そうしないと生活者のメディア接触行動を実感を持ってはわからないと思う。それがわからないとメディア・ニュートラルにキャンペーンを組み立てることなんて無理じゃないかな。距離置いて見ている方がわかる、と言う人もいるけど詭弁。一度はどっぷり浸かってみないとわからないことが多いし、毎日使ってないとすぐ古くなることも多い。先月流行ったある手法が今月にはもうとっくに古くなっていることもネットの世界では普通だし。
あー、それにしても天気がいいな。自転車通勤日和♪
冬きたる
2006年11月11日(土) 9:58:56
冬きたる 犬のウンチの湯気がホワッ
早朝、犬の散歩中に詠む。
うはは。犬のウンチを拾おうと屈んだらホンワカと温かそうな湯気がウンチから立ち上っていて、その湯気で冬の訪れを知ったワタクシ。でもね、上の句は「行く秋や」の方が寂しくていい気もするし、「落ち葉散る」とかの方がウンチを拾う時の情景(ウンチの周りに落ち葉が散っている)が広がる気もする。でも焦点がぼける気もする。どうなんすかね、俳句を詠む読者のみなさま。
ま、そうやって風流(?)を楽しんでいたらいきなり大雨に降られズブ濡れになりつつ帰ってきました。帰ってきたら「あぁ、可哀想!」と犬を抱っこして洗面所に駆け込む妻。オ、オレは?
最後にもう一句。
と、クイズダービーのダービーと荼毘をかけて「はらたいらさん死去」を(敬意を込めて)詠もうと思ったけど、やっぱり怒られそうなのでやめた。もう「はらたいらさんに全部」とかいうギャグも通じなくなるね(とっくに通じないか)。63歳。ボクの歳からあと18年。あっという間な気がする。
※追記:AppleのサイトでラーメンズのCMが流れてる! ラーメンズ!
復讐としての自殺
2006年11月12日(日) 10:23:52
中学時代に一人なぜかボクにしつこく暴力をふるってくるヤツがいた。いま考えればある種の「親しみの裏返し」だと思うのだけど、当時は本当にイヤだった。そいつ一人のせいで学生生活は一時期真っ暗だった。集団のイジメは経験したことないけど、アレはある意味イジメだったのだろう。学校という小さな世界に生きていた当時のボクにとっては大問題。切迫してた。
わりと追いつめられたボクは、自殺もちょっと考えた。
発想的には「そいつが強烈に後悔するようなことをして復讐する」である。ボクは当時からでかかったが、そんなボクでもかなうわけないくらい筋骨隆々の彼に、それ以外の仕返しは思い浮かばなかったのである。「ボクが自殺したらオオゴトになって、彼はめちゃくちゃ怒られるだろうし涙を流して反省するだろう。みんなボクの葬式で泣いてくれるだろう」という自己憐憫的思いつきに一瞬夢中になり、自分の「悲劇のヒーロー具合」に酔い、視野が狭くなって行くあの感じ。生々しく思い出せる。
そういう発想をしているとき、親に相談するとか先生に相談するという選択肢はない。思い浮かびもしなかったと思う。自分が彼をそういう方法でやっつけるという構図に酔っているから内緒に決まってる。バレたら止められた上にものすごく怒られて、下手すると彼に連絡が行って、事態は悪化するからね。
まぁ結果的に自殺しなかったし、彼とはその後あるキッカケがあってわりと仲良くなるわけだが、あの頃の発想の仕方はそんな感じだったなぁ。住んでる世界も視野も狭かったからなぁ。
だから、自殺が「世間にオオゴトとして取り上げられ」「相手がこっぴどく怒られ」「涙を流して反省もし」「強烈に後悔もし」しかも「自分が悲劇のヒーローになれる」チャンスとして機能している限り、自殺はなくならない気がする。だってアテツケなんだもん。視野狭いんだもん。まぁ個人的体験から言っているので一概には言えないけど。
ということは、「オオゴトとして取り上げられない」「相手は涙を流して反省しない」「死んでも悲劇のヒーローになれない」という方向に自殺のイメージを変えれば、少なくとも自殺は減るかも。もしくは「そんな甘美なもんではなくて、すっっっっげーーーー痛いし、死んだあともキレイじゃない」とか。
いまのマスコミの取り上げ方はこの逆を行っているから当分無理。報道すること自体で自殺を助長している。こういう時こそ報道協定を結べないものか。
「イジメをなくす」という根本的解決を目指す手もある。ただイジメってある意味生存本能に近い部分があるのでなかなか難しいと思うな。社会出てからだって、ネットの世界だって、国際政治の世界だって、イジメだらけだし。
とはいえ、イジメを容認しておくわけにもいかないので、せめて我が子にはイジメが何故悪いのかをしつこく説き続けようと思うのだが、いつの間にか「70年代風ラブ&ピース」的世界を説いちゃっている自分がキモイ(笑) ラブ・アーンド・ピース!
まる
2006年11月13日(月) 7:14:58
おとといのボクの句(?)「冬きたる犬のウンチの湯気がホワッ」を受けて、お二人の方が投句してくださいました!
冬立つや犬のウンチの湯気向こう
腰屈めモワリとぬくし犬の糞
落ち葉散り犬のうんちは湯気昇る
行く秋に犬の標さんウンチかな
内股を震わす犬に冬きたる
黄落をまとって落ちる犬の糞
初冬や犬のゆまるの湯気避ける
生者へと湯気立て犬の落し物
湯気立てる犬のゆまるを見ていたり
お休みなのにウンチのことばかり考えさせてスイマセン(笑)
でもサスガ。なんか文化の香りのする句をありがとうございました。「腰屈めモワリとぬくし犬の糞」「湯気立てる犬のゆまるを見ていたり」がわりとお気に入り。ちなみに「ゆまる」って何かな、と思ってWikipediaで調べたら、
排泄を意味する古語動詞は「まる」で、「くそまる(脱糞する)」「ゆまる(小便をする)」のように用いられた。現在各地に方言として残る「ばる」は子音交替によりバ行に転じたものである。 「まる」の語は、長野県、愛知県では方言として現在でも使われる。またおまるに残り、「ばる」の語は肥筑方言の「ばりかぶる=脱糞する(なお、「かぶる」は広く九州地方で排泄を意味する語。「しかぶる」は小便を漏らす、失禁するの意)」に残る。「ばば」の語源にも関係か。
だって。あぁ「おまる」ってそういうことか。勉強になりましたー。Wikipediaを読んでいてもうひとつ勉強(?)になったのは、
糞の別名を「うんこ」や「うんち」ともいうが、いずれも脱糞しようといきむ時の声「うん」から生まれたものであり、もとは幼児語であった。
ふーん。つうと「おしっこ」は「しーしー」から来ているのだな。って、月曜朝から汚い話題でスイマセン。
大人が教えるべきこと
2006年11月14日(火) 8:55:24
おとといの「復讐としての自殺」にメールをたくさんありがとうございます。
「昔、わたしも同じように考えてました」というのが多かったです。やっぱそういう人多いのね。もしそれが今の小中学生でも同じなら、大人が「命の大切さ」を説けば説くほど復讐効果は増すわけで。そんなに大切で尊いものを捨てての抗議は相手に必ず通じ、相手を反省させ、自分はいよいよ悲劇のヒーロー(ヒロイン)になれると思っちゃうわけで。んー、ちょっと逆効果。危ない流れかも。「命なんか捨てても相手はたいして気にしない」「相手は『な〜んだ、やり甲斐ねぇな』とか思う程度でヘラヘラと次の攻撃目標を探すだけ」くらいにクールに説いた方が効くのかもしれない。実際そうだし。
あとは「生きていると楽しいことがいっぱい待っているぞ」と、大人が普段から身をもって教えることかな。
そりゃ大人がつまんなそうな顔して生きてりゃ子供も生を軽んじるわいな。死ぬと損、これからいっぱいある楽しいことが味わえないよ、って「現世御利益的な損得」で説いた方が子供には通じる気がする。
もし読者に小中学生がいるなら言っておく(たぶんいない。あ、娘か)。
あのな、悪いけど、人生、楽しいから。大人になったら楽しいこといっっっぱい待ってるから。オッチャンは経験したから知っている。毎日楽しいぞ〜。あんたらの知らない美味しいもの、美しいもの、快感、感動、楽しすぎて身をよじっちゃうことなんかが山ほど待ってる。まぁ騙されたと思って生き続けてみ。楽しいのは保証する。
というか、ボクなんか小学校時代の友達なんかひとりも残っていない。中学の友達も数年に一回ほど親しい人に会うだけ。要するにその後の人生にほとんど関係ない人たちなのだ。毎日友達関係に一喜一憂しているかもしれないけど、深刻に考えずにヘラヘラ笑ってやり過ごしーや。そのトンネルさえ越えれば、全然違う人たちがキミに会えることをニコニコ待っているし、楽しいこともホントたくさん待っている。味わわないと損だぞよ。
昨晩も楽しかった。というか美味しかった。
前から行きたかった神宮前の割烹「樋口」に行ったのだけど、いや〜予想以上の美味。くつろげるし気持ちいいし印象的だし、気に入ってしまった。雄のシシャモの腹に木の芽の酢みそ和えを挟んだヤツなんて絶妙だった。また行こう。
見島牛のヒレ肉
2006年11月15日(水) 8:24:30
以前食べて大変感心した「見島牛(みしまうし)」をまた食べる機会を得た。「見島牛をいただく会」とは別で。
見島牛は、孤島に純血のままで残された天然記念物の牛で、和牛のルーツと言われている。月に約1頭だけ去勢牛が食肉として市場に出る貴重なもの。その見島牛のヒレ肉となればものすごく希少なのは想像に難くない。1頭あたり少ししか取れないし。
そのヒレ肉をほぼ独占的に仕入れているレストランが都内にあって、昨晩はそこでディナー。つまり普通の人でもそのレストランに行ってオーダーすれば食べられるわけである。ふーん、もっと宣伝すればいいのに、と思いつつ、まぁ需要が増えすぎると困る部分もあるのだろう。
フレンチのコースで、見島牛はメインで出てきた。
以前にも書いたが、見島牛は農耕などに使役している牛なので、筋間線維に脂肪が霜降り状に入り込むらしい。厳しい環境と粗末な食事ゆえに細かく脂肪を溜め込むのだとか。作った霜降りではなく自然の霜降りなわけ。うまそうだよなー。
まぁそんな能書きなど関係なく、一口食べれば「何かが違う」のがすぐわかる。厚切りのステーキだったが、上品で穏やかな中にきっちりと強い香りが隠れていてうみゃい。上顎と舌で挟んでむにゅぅ〜と潰すと肉汁と香りがぶわぁ〜と口中に広がるのである。むにゅぅ〜と潰れつつ押し返してくる感じがなんともはや。柔らかいだけの肉は嫌いだが、この肉はレッドミートの強さを保持しつつとろけちゃう。あぁすまんすまん。
実際にはロースとかの方が香りも旨みも強いとは思うが、このヒレ肉のむにゅぅ〜ぶわぁ〜も捨てがたい。うぅ。書きながら腹減ってきた。見島牛の(今の良さを失わない)増産発展を祈念します。
※ちなみに、見島牛の雄とホルスタインの雌を交配した見蘭牛(けんらんぎゅう)はわりと出回っているそうです。
背水の陣
2006年11月16日(木) 8:28:25
娘の受験まであと2ヶ月半「どうせならボクも英語を猛烈にやるぞ計画」はいまのところ順調である(つか、まだ半月だし)。朝に晩に娘とリビングのテーブルに並んで必死にコリコリやっている。
いままでの英語勉強法で「インプットが少ないくせにアウトプットしようとしていた」ことを猛省し、3ヶ月コースとして「やった感」も重視して、「原書一冊精読・復読 & 出てきた単語をかたっぱしから単語帳作って暗記作戦」に取り組んでいる。選んだ原書(NYを舞台にした現代小説)は赤鉛筆で真っ赤。単語帳はみるみる埋まる。よくぞこんな貧相な語彙力でリスニングとか英会話とか勉強してきたものだと呆れるよ。今回挫折したら娘に顔向けできないのでわりと必死。辞書と首っ引きでカリカリシコシコ、リビングで娘と隣りあって集中してやっている。これは狙いでもある(娘の刺激になるように。苦労して勉強してるのは自分だけとか思わないように)。
ちなみに娘はリビングのテーブルで勉強することが多い。
うちではリビング(兼ダイニング)が最大活用されていて、ボクの作業スペースも妻の家事スペースもリビングにある。娘だけは自分の部屋があるのだが、そっちにこもるよりリビングで勉強することの方が多い。その方が家族の目も届くし会話もできるし良いと考えている。
まぁそんなことより、今回挫折したら二度と娘の前で偉そうなこと言えないぞ。自分的には相当背水の陣なのである。その上ココでも書いて自分にプレッシャーをかける。絶対やり抜けよ、オレ!
受験勉強ライクであることが大事
2006年11月17日(金) 12:45:21
英語勉強法、それでは効率悪いです、というメールをいくつか。ありがとうございますありがとうございます。でも、なんつうか、わりと考えた末なんですよ。
●受験勉強ライクであること。
見た目が大事なんです(笑)。「赤鉛筆&単語帳&暗記」を娘の横でシコシコやるのが大切。鉛筆握っていることが重要。辞書と格闘していることが必要。ノート作っていることが肝要。音読も隣の娘に迷惑なのであまり出来ないし、イヤホンしてリスニングしてても娘にはなんか楽しているように見えるでしょ。最終的には娘の受験勉強モチベーションアップのためなので、見た目が受験勉強っぽいことが大事なんです。
●本当に終わるのかと焦る量であること。
分厚い方がいいんです。見た目として。んでもって「相当ちゃんとやらないと終わらない!」と冷や汗かくくらいがいいんですね。そういう焦りの空気が娘に作用するはず!と信じてるです。
●細切れな例文は飽きちゃうし。
テキストなんかで細切れに出てくる英語を覚えるまで読む、という手もあるけど、「ちゃんとしたストーリーがないとすぐ飽きちゃう」&「エピソードがたわいないとくだらねぇと思っちゃう」タイプなので、それなりにストーリーのある小説を選んだです。しかも名作よりジェットコースター的ストーリーがよろしいね。飽きないから。あと古い文章より俗語が少々入っているくらいの新しい現代劇がいい。
●ビジネス英語は合わない。
経済には結局興味がないし、ビジネスで英語を使う可能性も低いので、巷に溢れるビジネス系英語はやめました。経済用語とか日本語で読んでもよくわからないのに英語でわかるわけがない。TOEICも一時目指したけどビジネス系ゆえ結局あんまり興味がわかない。んー、だったら小説かな、という感じで。
熟知していて絵が浮かぶNYの現代小説で会話シーンが多い軽快なラブコメディ、かつ、和訳(「豚が飛んだら」←この邦題はちょっとハテナ)が出てて一度読んで気に入った本、を選んだわけです。
●インプットを重視する。
この原書を繰り返し繰り返し読むことに決め、とにかくこの本に出てくる単語は発音とともにすべて覚えようという勢い(いまのところね)。できれば「日本語→英語」で。これは志緒野マリ方式ですね(海外体験ゼロで3ヶ月で通訳ガイド試験に受かった人)。この3ヶ月はインプットに徹することにしたです。
つまり、今回は「娘の横でやり抜くこと」が大切で、意外と即効的効果は望んでなかったりするのです。スイマセン。
でもココでこうやって書くと「背水の陣」がより強まった感じ(笑) まぁ娘が勉強してると「あ、オレもしなくちゃ!」と思うので、なんとかなりそうではある。お互いに刺激しあってあと2ヶ月半、なんとか乗り切るべ!
クレルとアポジー
2006年11月18日(土) 12:43:33
原稿書いたり勉強したりする時はうすーくクラシックとかジャズとかかけていることが多いのだが、愛機クレル(パワーアンプ)の調子がこのごろ悪く、曲の途中でブツッと切れること度々。電源がいかれてしまったらしい。今朝ついにブズボッと大音響を上げた挙げ句うんともすんとも言わなくなってしまった。
思えば1990年くらいから使っているからもう16年選手なわけか。故障も仕方ないかもなぁ。震災を一緒にくぐりぬけてきた戦友なんだけどなぁ。アポジーのスピーカーはパワーがいるし、クレルととても相性良かったので買ったのだが、アポジーと共にそろそろ引退の時期なのかもしれない。というか、もう少しコンパクトなオーディオシステムに変えたい気がしてきている今日この頃。……でも、特にアポジーは一度手放したらもう手に入らないかもだし、迷うなぁ。
うちはあまりTVを見ない家なので、15型の小さい液晶をリビングテーブルの上に置いて済ませているのだが、娘が中学くらいになったら大画面で映画とか見たい気がしていて、そうなると大画面モニターを置く場所が今のアポジー置き場しかない(今はこんな感じ。スピーカーの間にあるのがクレルのアンプ)。ううむ。アポジーと大画面モニターは共存できないよなぁ。平面スピーカーは大好きなので、マーチン・ローガンとかのコンパクトタイプにする手はあるが、アポジーの魅力にはかなわないしなぁ。悩み深し。
というか、考えたら金がないや(笑)。
受験終わったら春休みに家族でポルトガル旅行をしようと画策しているので、なおのこと金がない。根本的に無理。修理だ修理。大画面は我慢だ我慢。
あ、そうそう、ポルトガルにくわしい方いらっしゃいますか? 情報が少なくてレストラン選択とかちょっと困ってます。
いずれにしても時代は変わる
2006年11月19日(日) 9:06:02
「Kiwi!」っていいね。ラストが時節柄ちょっと複雑な人もいるかもだけど。 時節柄と言えばコレも面白かった。そう、ずっと先に素敵なことがあるって身をもって(ここが大事)教えないとねぇ。
これはプロの作品だけど、素人でもいい動画さえ作れば、YouTubeなんかを通じてみんなが教え合い、世界中の人が観てくれる時代になった。素直に喜びたいと思う。だって、世界中の人に真剣に訴えたいことがある時に、ちゃんとルートがある、ということだもん。すごい。ただしそこに「上質なエンターテイメント」がないと誰も見てくれないけどね。しかもできればノンバーバル(言語に頼らない)なエンターテイメントが望ましい。「Kiwi!」はその面でも素晴らしい。
ネット上の動画で言えば映画「2001年宇宙の旅」がDivXでフルバージョン&高画質で公開されてますね。タダで。たぶん無断公開なので直リンクしないけど、改めて見直すとやっぱよく出来てる映画だ。しかしこうやって2時間以上の名作を短時間でダウンロードしてネットで高画質で観られるという現実を目の当たりにすると、頭ではわかっていたものの、さすがに感慨深い。このお手軽さがモノの価値を変容させていくのは確かだなぁ。店でパッケージを手にする時のワクワク感はダウンロードという作業からは生まれない。でもまぁこれも素直に喜ぶべきだろう。いずれにしても時代は変わっていくのだし。
さて、プールでも行って、んでもって勉強しよう(←勉強、という文字を書くのがこの歳になるととっても新鮮♪)。
今年初めてコートを着る日
2006年11月20日(月) 8:11:00
子供の頃は嫌いだったのだけど、嫌いになっちゃうと人生の1/4は楽しくなくなっちゃうので「好きだよ」「素敵だよね」「洋服にバリエが出て楽しい」「気持ちがキリッとする」とか声に出したりヒトに言ったりし続けているうちに本当に好きになった、冬。
冬の到来は、だからとてもうれしいのだけど、月曜日で、雨で、しかも寒いとなるとさすがにうんざりするな。しかも午前中は長い会議だ(泣)
でもまぁ「今年初めてコートを着る日」にして、なんとかウキウキを取り戻した。
ファッションって大事だ。気分が暗めなときほど派手めに仕立ててやりすごす。先週レインボーカラーのマフラーをしていって、ある初対面なヒトに驚かれたが、自分を奮い立たせる道具でもあるのです。あのマフラーはガッツが出ますの。沈んでるとマフラーに負けるから。
これも面白いですよ、と教えていただいた動画。おぉ。これは素晴らしいアートだ。視点を異化してくれる。
ミュージシャンも意外とゆるくない
2006年11月21日(火) 8:00:10
昨日のお昼は、ある著名ジャズ・ミュージシャンのマネージャーというか事務所社長とご飯した。昔よく一緒にお仕事させていただいた方である。NY出張とかでジャズ・クラブのハシゴに駆けずり回った仲。波瀾万丈の人生を送ってきたヒトでもある(このヒトの体験談で本が一冊書けるくらい)。
いつもいろんな裏事情を教えてくれるのだが、今回は音楽業界の印税についてのボヤキを聞いた。
作家やライターの場合、本の印税は定価の10%が一般的なのだが、ジャズの演奏家の場合、CDの印税は定価の1%なのだとか(作詞家作曲家はなんと0.1%程度とか)。3000円のCDなら、その演奏家に入るのは1枚売れて30円。しかも返品を見越して、製造したCD枚数の8掛けしかもらえないという。ジャズは3万枚出したらヒットという世界だから、ええと1枚3000円として、1%の3万倍の8掛けで……72万円? う〜、一生に何枚も出せないヒットCDで印税がそんなもんでは食えない!
「いやー、だからさ、昔のCDの印税とか郵便で告知してくるんだけど、見たら42円とかでさ(笑) 切手代の方が高いっての!」
しかし残りの99%はどこに行っているんだ? 客はその演奏家の名前で買っているのに、たった1%の印税って少なくない?
まぁ作家と編集者と印刷代で済む本と違って、録音費用やCD盤製造原価、スタジオミュージシャン代、プロモーション費用とかもかかっているのだろうけど。そうは言ってもひどいなぁと思うのは、ネットでの音楽配信でも8掛けらしいこと(もちろん印税は1%で変わらず)。返品ないし! 流通ないし! 製造原価かかってないし! ううむ。足下見てるなぁ。
それなりに著名なそのジャズ・ミュージシャンでも、巡業したりしてやっと食べていると社長はぼやく。ねぇねぇ、バンド組んでて大勢の場合でも印税率一緒だよね? その印税をバンド4人で割ったりすると……厳しいなぁ。
もちろんミリオンセラーになったらドカンと入る。シンガーソングライターはもっともっと割りがいい。売れっ子になると印税率も変わるという。でもそんなのごくごく一部のヒトだし、ドカンと売れたとしても累進課税でごっそり持って行かれる。ミュージシャン(特に演奏家)も意外とゆるくないねぇ、というお話でした。
※ちなみに上記はある方のボヤキを聞いてそのまま書いていることなので、事実と相違する記述があるかもしれません。違っていたらまた訂正します。
カリスマさんとの夕食
2006年11月22日(水) 8:49:18
昨晩はある著名なカリスマさんとサシでご飯。ひょんなことからお会いすることになったのだが、実は初対面だったので店選択に迷いまくり、結局ちょっとはずしてしまった。いつもそう。「よし、気合い入れて店を選ぶぞ」と思うときに限って、考えすぎてはずしてしまう。まぁ初対面で相手の嗜好がわからなかったこともあるのだけど、久しぶりに行ったその店はずいぶん焦点がぼけていてガックリ。あぁアッチにすれば良かったコッチの方がマシだったと思うも後の祭り。
おとといの音楽事務所社長の人生も波瀾万丈だが、この方は軽くその上を行く。強烈な人生。生きてきた軌跡をお聞きするだけで強烈すぎて頭がクラクラした。相対的に自分の人生が小さく見えてくる。ま、実際小さいんだけど。「なんでも経験したがり」「生き散らかすことがモットー」なボクとしてはカリスマさんの人生はとてもうらやましく見えるのだが、現実に生きてきた彼としては死ぬ思いだっただろう(何度も死にかけていらっしゃるし)。
彼の活動にはすべて「活性化」というコンセプトが感じられる。昨晩ボクも活性化の恩恵を被ったようだ。でも精神的にはちょっと活性化二日酔い状態かも。当てられた感じ。ちょっと足もとを見つめ直さないといけないなぁ。ボクは本当は何がしたいんだっけか。何に目をつむって何を諦めてそして何を得ているんだっけか。
その後カリスマさんと別れて青山・西麻布と渡り歩く。途中で友人とも巡り会い、ダラダラと。10年ぶりくらいに「朝まで飲みたい」と思ったが、深夜をやりすごす気の置けないバーを手札として持っていないことにふと気づく。徹夜遊びしなくなったからなぁ。諦めて帰宅。星がキレイな深夜2時。
※昨日のメモは演奏家の場合です。多少修正。あと、昨日の表題は北海道弁のつもりです(笑) 誤解なきよう。
Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀
2006年11月23日(木) 9:24:21
TVで会見する日ハムの小笠原道大選手に向かって「よりによって巨人に行くな〜!」と叫んでしまうのは、今年になって妙に北海道と縁が深くなったからだけではない。このところの巨人に嫌気がさしているからでもない。どうせなら阪神に来て〜というファン心理でもない。この「Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀」(武田頼政著/文藝春秋/1905円)を読んだからである。まぁどのチームに行っても実はそんなに変わらないのかもしれないが、読売ジャイアンツという巨大泥船にわざわざ選んで乗り込むことはない。このチームはどうやっても変わらない。変われない。いったん浮かび上がるかもしれないが、また必ず沈んでゆく。この本に書かれていることが本当ならば。
この本は、アメリカ仕込みの最新スポーツ理論をもとに(ちょっと「マネー・ボール」を思い出した)、長嶋巨人のメークミラクルを長嶋茂雄の陰の参謀として完璧に演出した、河田弘道という人間のノンフィクションである。彼が「誰にも知られていない長嶋茂雄の陰の参謀」として在職した期間(94〜97年)に実際に長嶋監督(当時)に指示・提供した5000ページにも及ぶ膨大な「G FILE」を元に書き起こした労作だ。
長嶋茂雄の快活・苦悩・成功の裏側・実像、 選手・他チーム監督達の素顔、 優勝の裏側・確執・ドタバタ、 選手トレードの暗闇、 読売ジャイアンツという伏魔殿の裏の裏、 今後も変われないであろう組織の疲弊と老害、などを粘っこい筆致で活写している。というか、読み終わってまず感じたのは、日本の組織のどうしようもない閉塞感みたいなもの。結局改革に挫折していく河田弘道の絶望感がもう少し濃く描かれていれば、もっと普遍的なテーマになっていたかもしれない。
長嶋ファンは一読ちょっと呆然とするだろう。でもボクは彼が「常勝軍団として勝ちにこだわる監督」から「日本中で愛される長嶋茂雄」を演ずる方に方向転換&妥協したことを責められない。家族よりも自分を取ったことも責められない。天性の性格、しがみつき、義理など、いろんな要素があるとは思うが、あえてその役目を負った部分もあると思うのだ。それはそれで立派なことである。日本は彼の笑顔でずいぶん救われても来たし。
勝つための冷徹なサイエンティストとしての河田と、娯楽&人気商売&自分を優先したエンターティナーとしての長嶋。彼らふたりが完璧な二人三脚で歩いていたこと自体が奇跡であり、その後の決別は必然だったのだろうと思う。ま、そこに渡邉恒雄氏が絡んでくるので大変複雑な様相を呈すのだが。
個人的にはPNFという最新スポーツ医科学(手技)が興味深かった。PNFを受けた日の松井秀喜は実に7割の打率を残したという。いまもアメリカで受けているかなぁ…。
キャピトル東急
2006年11月24日(金) 7:33:20
11月でクローズしてしまう「キャピトル東急ホテル」に行った。
館内をいろいろ歩いてみたが、あらためていいホテルだなぁと感じ入った(泊まったことないから部屋とかはわからないが)。施設も古いなりにいい味出している。これ、壊しちゃうん? もったいないなぁ。日本って何でも壊しちゃうなぁ。まぁスクラップ&ビルドもここまで徹するとそれはそれで個性ではあるけどさ…。地下3階の村儀理容室も覗きに行ってみた。小泉前首相などの行きつけ。なるほどココか。
地下1階の中国料理「星ヶ岡」で夕食。
ここは土日祝限定でオーダー式のバイキングがあり、クローズ前にそこで中国料理を楽しもうという食事会があったのだ。通常のメニューにある100種類の料理のどれを何品オーダーしても8500円ポッキリ。燕の巣とかフカヒレの姿煮とかアワビとか取ったらもう元が取れてしまう。燕の巣のスープだけでも3000円だし。
こういう状態でメニューを見ると逆上してドダダダダダダとオーダーしてしまいそうなので、オーダーは女性陣に任せ、メニューはなるべく見ないことにした。見ない。オレは見ないぞ。「お皿はきっちり掃除しますので(余らさず全部食べちゃいますので)なんでもオーダーなさってください」と口ではイイヒトぶったこと言いながら心の中は「うまそうなものオーダーしないと許さん!」状態。そのくせメニューは見ない。タチが悪い。
でもみんなセンスのいいオーダーをしてくれ、2時間みっちり楽しんだ。6人でシェアしつつ全部で20種類をオーダー。元はとりまくっていると思うが、まぁ食べ放題って結局店側が儲かるっていうし、どうなんだろ?
ちなみにこの店、赤坂東急プラザ2階に移って12月16日再オープンするらしい。「この店もクローズなのか〜」と惜しみつつ食べていた私たちって…。しかも12月16日から「新規開店記念で連日オーダー式バイキング開催」だとか…(笑)。ぐがー。
それにしてもカロリー取りすぎたので、朝プールに行こう。
井上雄彦「DRAW」
2006年11月25日(土) 16:24:48
昨晩、井上雄彦さんの新しいDVD「DRAW」のプレミアム試写会に行ってきた(予告編的なものはコチラ。音が出ます)。
彼がバガボンドを描いている手元をひたすら、ひたすら撮り続けた実にストイックな映像作品。
ナレーションもBGMもストーリーもない。観客はただただ彼の手元から次々と奇跡のように素晴らしい絵が紡ぎ出されていくのを見続けるのみ。退屈? いや、とんでもない。圧倒されて凍り付くとはこのことだ。久しぶりに「惚(ほう)ける」という実感を持った。なんだ?この人。モーツァルト的「神の寵愛」を感じてしまう。次郎物語的「ミケランジェロのノミ」も感じてしまう。あーすげーおーすげーと感嘆しつづけた2時間。特に単行本24巻で武蔵が伝七郎を手刀で斬る場面など、ため息のみ。
これは是非見て欲しいなぁ。漫画家志望の人は作画技術を。芸術を志す人は天才の裏側にある不断の努力を。そして我々一般人はその根気と情熱と一途な愛を。何かをやり遂げることの尊さを。マジ驚嘆し、刺激されます。
ちなみにボク的には海外で上映してほしい。できればMoMAやポンピドーで。
ついでと言ってはなんだけど、井上さんつながりでもう一枚。
ボクがクリエーティブ・ディレクターをやったこの「スラムダンク1億冊感謝記念」DVD(「Slam Dunk 10 days after」)も改めてオススメしたい。いや、自分が関係したものを宣伝する傲慢も胡散臭さもわかってます。でも、ボクはこの一連のキャンペーン、イベント、そしてDVDに協力できただけでまぁもう引退してもいいや、と思っているくらいなのです。
このDVDは、廃校を利用したスラムダンクのファンが集うそのイベントを中心にまとめてあるもの。キャンペーンとイベントの模様はフジテレビで1時間ものとして放映され、それをDVD化したんですね。当日の黒板漫画(スラムダンクのその後を黒板にチョークで井上さんが描いたモノ。正式な「続編」はこれのみ)やメイキングも収録されています。ちなみにイベント前後のさなメモはココの12月3日あたりから数日。興奮してますな。あぁあの奇跡的な日々…。
そういえば、昨日の試写会終了後、ロビーで知人と話していたら、トンッと知らない若者から肩を叩かれ「井上先生ですよね?」と言われた。「いえ、違いますよ」「え、そうでしょ?」「違います。すいません」「……」 前記イベントの時も、何人もの人に「井上先生!」と声かけられた。とても似てるらしい。というか、たった今スクリーンで井上さんのアップとか散々見たあとでも間違えるんだからよっぽどなのかも。そうかなぁ。自分ではそうは思わないのだけど。
美しい解
2006年11月26日(日) 10:55:05
ロバート・アルトマンとかアニタ・オディとかフィリップ・ノワレとか仲谷昇とか斎藤茂太とか灰谷健次郎とか次々と他界されてますね。季節の変わり目。みなさんもお大事に。というか今「他界」という字を思わず書いて美しい言葉だなぁと思ったです。そうか他の世界へ行ったのか。ボクもそのうち行く。どんな世界だろう。楽しみだ。
話は変わるけど、最近読んだ明るいニュースの筆頭は「東京都内の公立小中学校の校庭を、10年かけてすべて芝生にする」ってヤツ。
ヒートアイランド現象を抑制するとか、子供の運動能力を上げるとかいう面で報道されているみたいだけど、この「校庭を芝生にする」っていうコンセプトは「登校拒否が劇的に減る」という側面がある。実例も報告されている。学校に行くのが楽しくなるわけね。
シンプルで美しい解だと思う。精神論よりそういう「実質的で物理的な施策」が効くのだと思う。校庭が緑の広〜い芝生になるだけで、もしかしたらイジメだって自殺だって減るかもよ。美しいものって陰湿さを一掃するもん。「あ〜きれい!」「あ〜気持ちいい!」って思うだけでいろんな気持ちがポジティブになる。
青空学級とかしたら気持ちよさそうだなぁ。先生と芝生の手入れをしながらいろいろ話せるかも。きれいにすると気持ちいいと知れば掃除だって自然とやるようになる。花壇だって整えるようになる。きれいな芝生の校庭があれば休日に近所の大人が集まるようになるなぁ。学校に近所の目が届きはじめると犯罪者もきっと近寄りにくくなるぞ。柔らかい芝生の上での運動は子供の足腰にもいいし、どんどん遊ぶ場所が減っている都会の子供には格好の遊び場になる。いいことずくめ、ってか!
もうひとついいニュースと思ったのは「京都市が屋外看板やネオン広告を市内全域で全面禁止する景観施策案を発表」ってヤツ。
いままであまりに無視されてきた「景観と広告」の問題に大きくメスが入れられる。住んでいる方や地元で経済活動している方には不自由を強いることになるが、これも美しい解だと思う。
「国や郷土への誇り」や「愛国心」みたいなものは意外とこういう景観の美しさから生まれてきたりする。教育基本法で愛国心を持つよう訴えるより、「物理的に国を美しくする」方がよっぽど効く気がする。
「疑問」の提示
2006年11月27日(月) 21:09:27
「グレート・ギャツビー」の新訳を出した村上春樹が、毎日新聞のメール・インタビューに答えている。「今の日本人が『ギャツビー』を読むことに、どのような意味があるのか」と質問され、「現代を生きる我々にとってじゅうぶんに『同時代的である』」という意味のことを答えた上で次のように続けている。
優れた小説というのは、人に自然な疑問を起こさせ、自然な考察を要求するものです。そして読者それぞれが回答を模索し、その回答が読者にとって確かなアクチュアリティーを持つということです。どうしてニックはギャツビーという人間にうんざりしながら、彼に向かって「君は素晴らしいやつだ!」と最後に叫ばなくてはならなかったのか。その行為がどうして僕らの心を強く打つことになるのか。物語の中のそのような情景のひとつひとつの意味や成り立ちについて、あたかも「我がこと」のように真剣に考えさせられること---それこそが優れて現代的な物語の基準のひとつであると思います。
まぁ当たり前といえば当たり前のことを言っているのだが、冒頭の「人に自然な疑問を起こさせ」という部分に妙に納得してしまった。そうか。「疑問」なんだ。答えの提示でも考察の提示でもなく、「疑問」の提示なんだ。異化のしっぱなしでもないんだ。「疑問を起こさせる」んだ。つまらない小説やノンフィクションには「疑問」がないんだ。疑問がないから考察もなく、アクチュアリティーもない、と。なるほどー。
ふと手元にあった漫画「バガボンド」を読み直してみる。
あぁ「自然な疑問」にあちこちでぶつかる。考察と回答を要求され、自然と考え込んでいる自分がいる。そしてそこにアクチュアリティーが生まれていく。あぁコレか。優れた物語とか普遍性とか同時代性ってコウイウコトか。漫画も小説も一緒だ。と、ちょっと膝を打ったのでした。バシッ!
私信:こちらこそ。いつも豊かな気持ちにさせていただいています。応援してます。いつの日か、甘いの、待ってます。
大スズメバチの焼酎漬け
2006年11月28日(火) 6:55:40
岐阜県は瑞浪市の、とっても悪い人たちから贈り物が届いた。
過日、瑞浪市での夜、大スズメバチ(しんこ蜂)酒にやられて3日も死んだワタシに対しての挑戦状である。生まれて初めて「何も食べられない。水すらも飲めない」という状態に陥ったあの日々…。
しかもオリジナル・ラベルだよ。うぅ。悪夢が蘇る…。
ボトル全体像の写真がコレ。ラベルはコレとコレを見ると全体がわかる。3つめの写真で沈んでいる大スズメバチが少し見えますね。大スズメバチを生きたまま焼酎に漬けるそうである。つまり猛毒成分が溶け出しているわけ。うぎゃ〜。精力増強に抜群に効くと言われてるらしいが、そんな精力いりませんから。というか、ボク、絶対、ハチ毒アレルギーですから! もう二度と大スズメバチ酒は飲みませんから!
うちで袋から出した瞬間、そのグロさに響子が「きゃ〜〜〜!」と叫び、集中力をなくした。勉強進まないのもアナタ方のせいですから!
とはいえ、ありがとうございました(泣)。定期的にうちに来る「隊長たち」に飲ませて生体反応を見ることにします。
「鮨 水谷」の極上
2006年11月29日(水) 8:43:26
「あれ? 大阪かどっかに転勤したのかと思ってたよ」
と開口一番に言われつつ「鮨 水谷」。水谷さんにそんな皮肉言われるくらいは間が空いた。ていうか、年一回来れるか来れないかっていうお値段だから仕方ないんです。銀座のこの店にコンスタントに通うのは(自分の中では)10年早い。
それにしてもうまかった。凄みすらあった。
銀座に開店してしばらく、多少酢飯に塩がきつすぎる時があったのだが、昨晩はそんなこと微塵も感じさせない安定感抜群の美味。ここまで高レベルで安定していると客って別の意味でくつろぎきるのね。もう真の意味での「おまかせ」になり、身も心も預けてしまっちゃう。四の五の考えず心をすべてオープンにしてまかせきる1時間。極上だった。
ぐっと柔らかく歯の侵入を許しつつ、最後に「やっぱりいや…」と静かに抵抗を試みる煮アワビ。その抵抗時にふんわりと芳香を放出する。あぁこれ。しとやかなのに奥の方から気の強さが立ち上がってくるこの感じ。歯を入れたままずっとじっとしていたくなる。
日本一のまぐろを握る彼に「今日のは、まぐろよりうまいんじゃないかと思う」と勧められた松輪の鯖。うわ。なんだこれ。これ以上脂が乗ると品がない、というギリギリのギリ。ラインのすぐ向こうに見える「下品」という文字を見ながら食べる、強烈に「上品」な握り。なんだかベルモットの瓶を横目で睨みながらジンを飲んだチャーチルを思い出すような。
世界中すべてのパティシエに食べさせて感想を聞きたい煮穴子。最近では煮穴子がうまい店も増えたが、わざとらしく柔らかかったり、どうしようもなく甘かったりする。水谷さんのはわざとらしさが微塵もない。舌の上に載せて上顎にぐぅっと押しつけてつぶすときのこの快感。なんだろうなぁ…。このバランスに辿り着くまでの長い年月を想ってしまうような穴子。特有のねっとり系の酢飯だからこそのバランスだ。無二。
いつかいい大人になった娘を連れてきて、背筋を伸ばして対峙させたい玉子。毎日食べているありふれた食材がちょっと手を入れて焼くだけでどうしてここまで輝くのか。人生の秘密がここにそのまんま入っている。心して食べられよ。
「あんまり間をあけないようにね」と釘をさされて店を出る。ひと月数千円ずつ水谷貯金しなくちゃね。
それにしても、うーん、家族を連れてくるとするとちょっとした旅行くらいはお金がかかるなぁ。でもたった1時間強とはいえ、そこらの温泉に行くよりずっと濃縮された時間がここにはある。うん、やっぱ連れてこよう。とはいえハタチそこそこで娘を連れてくるのは贅沢すぎる。せめて30歳くらいになって、多少の味覚とお金の価値を知ってから連れてきたい。いま娘が11歳だから…。うぅ。水谷さん、あと20年はやっていてくださいね。無理?
HOKKAIDOミルク村
2006年11月30日(木) 8:49:34
こっちの対談でも書いたが「HOKKAIDOミルク村」札幌店は大変面白かった。その斬新な発想と意外性、そしてみんなで「コレが合う!」「アレも合う!」と、アイスとリキュールのマリアージュをワイワイ言い合う感じがなんとも楽しい。
で、銀座店もあるとは知っていたのだが、ある夜にようやく行けた。
仕事仲間の50歳のオイチャンと45歳のボクのむさい男ふたり連れでアイスクリーム・バー(笑)。でもふたりとも年齢不詳系なので浮かなかったと思うけど(思いたい)。
オイチャンはミルク村初体験。店に入った当初は頭の上から「?」飛びまくり。「この人なんでこんなとこに連れてきたんだオーラ」出まくり。まぁ店内には70年代ファンシー文化の空気が横溢しているのでさもありなん。女性客も多いし。
でも。
セットが来てからのオイチャンの喜びようと言ったら!
「こ、これはスゴイ!」
「新しいし、面白いし、楽しい!」
「というか、おいしい! んでもって安い!」
「うちの次の部会はここ貸し切ってやりますよ!」
「これ…、なんで渋谷とか下北とか若者の街に出店しなかったんだろう? 行列の店になるのに」
銀座出店は札幌店の店長の夢だったそうだから仕方ないんだけど、若者の街に出したらホント流行ると思うなぁ。ちなみに銀座店は札幌店の娘さんがやってます。輸送費など含めてセットが1500円と札幌店より240円高いけど、セットで1時間は楽しめるのでお得(お替わりも出来るし)。昼は12時からやっているので、今度女性の部下を連れて行ってみようと思うです。昼からほんのり酔わせてみる(笑)




