2006年10月 アーカイブ

YOSAKOIソーラン祭りフォーラム

2006年10月 1日(日) 17:41:28

昨日は知床。
昼過ぎに斜里に集合して「2006 YOSAKOIソーラン祭り参加者フォーラム in しれとこ」でのシンポジウムにパネリストとして参加。600人を前にこれからの祭りのあり方についてパネル・ディスカッション。なんだかあっという間に札幌のこのお祭りとの縁が深くなった。来年のYOSAKOIソーランの進化・改善に少しでもお力になれれば、と思う。

パネリストというのは初めてやったがなかなか面白い。舞台からの景色(観客がいっぱいいる)にさえ慣れてしまえばだけど。昨日はわりとすぐ慣れれたのであまり緊張せずに済んだ模様。他のパネリストが教授とかだったのでボクみたいな浮ついた仕事をしてる人がうまく馴染めるか心配したが、杞憂に終わって良かった。楽しかった。

ウトロに移動して知床第一ホテルに入る。20年近く前に泊まったことがあるのだが、そのときは小さくてとても素朴なホテルだった。プレハブに毛の生えたみたいな印象。でも、趣深い岩の露天風呂があって、降りしきる雪の中で浸かった記憶がある。あの露天風呂はよかったなぁ…。近くに熊の湯があったがアレはまだあるのだろうか。
その素朴だったホテルもいまは巨大豪華ホテルになっている。いやぁビックリするくらい巨大だ。メインダイニングなんて7〜800人は入る感じ。体育館みたいなバイキング食堂で、並べてある料理もすごい数。売店もでかいし風呂も広大。どっかの資本が入ったのかな。世界遺産効果なのだろう。

塩ジンギスカンとスープカレーと回転寿司

2006年10月 2日(月) 16:24:51

昨晩は札幌で、北海道の地元タレントである森崎博之さんとその奥様と3人でご飯。
彼はボクの「うまひゃひゃさぬきうどん」で人生が変わったと言い切る不思議な方で、何度かメールのやり取りをしていて、ようやくお会いできることとなった。なるほどー。ホントにうまひゃひゃで人生が変わったとですね。著者冥利に尽きます。どうもありがとうございました。

ご一緒させていただいた「八仙」という塩ジンギスカンの店はとても美味しかった。タレがどうもくどいと思っていたジンギスカンだが、塩だと羊の味そのものが味わえてとても良い。うまいので調子にのって焼酎をかんかん飲んでいたらずいぶん酔っぱらった。二軒目は「HOKKAIDOミルク村」。つい数日前に銀座でこの店を見つけたばかり。でも銀座進出するだけあってとてもユニークでうまかった。ソフトクリームをスプーンですくい、そこにいろんなお酒を垂らして飲む(食べる?)という段取り。グラッパやらウィスキーやらどんぐりリキュールやらマールやらブランデーやら、いろんなものをオーダーしてちょこっと垂らすのである。面白いなぁ。

彼らと別れた後ホテルのバーで飲んでいたらものすごく酔っ払い、部屋に帰ってそのままソファ寝。気がついたら4時くらいで、這うようにしてベッドへ。あぁ早起きして中央卸売市場に行こうと思っていたのになぁ…。

夜ハシゴに朝ハシゴに昼ハシゴ。

2006年10月 3日(火) 15:06:27

今日も休暇で札幌。明日の朝一で帰る。
というか、めちゃめちゃ暖かい。10月でこんなに暖かいのって…と、住民みんな驚いてるし。

それはともかく、全国から「ボケーボケーボケー」のお言葉ありがとうございました。というか、そーとー引かれたみたい(笑)。すいませんこんな奴で。でも今日は歳を考えて、昼のハシゴはスープカレー2軒だけにとどめましたっ!(すいませんすいません)

昨晩はあれから石狩市の「金大亭」へ。
明治13年創業の石狩鍋発祥の店。頭の先から尾っぽまで鮭のすべてを調理して食べさせてくれる。すごく鄙びたところにポツンとある日本家屋。明治大正の頃から変わっていない趣がそれだけでご馳走である。数多くの鮭料理が出たが、中でもメフン塩辛、とも和え、焼白子、心臓焼き、そして鮭なべ(石狩鍋)が印象的だった。ちょうど旬なので、朝獲れの鮭。昔のお大尽とかもここでこうして楽しんだのだろうなぁと感慨を覚えながら。

札幌終了

2006年10月 4日(水) 17:54:51

札幌最後の夜もハシゴ。
こうなってくると「一軒で帰る」というのが不自然に感じられてくるから面白い。札幌在住の古い友人である加藤さんを呼び出してつきあってもらう。彼とは昔の仕事仲間。戦友みたいなもの。いまは仕事関係ではないので対等に。

一軒目は「うさぎや」。スタッフが全員女性。やさしくて豊かなお料理を作ってくれる。こういう感じの料理は札幌では珍しいのでうれしくなる。ワインも安価でおいしい。温かい気持ちになって店を出る。二軒目は「小料理 しま田」。ラーメンサラダとしま田まんじゅうなんかを食べる。こぢんまりした素朴な店。ご主人の感じが良く再訪したくなる。

ちなみにそのラーメンサラダは北海道独特のメニュー。札幌グランドホテルが発祥らしい。
で、札幌の人に「ねぇねぇ札幌ってラーメンサラダっていうメニューがあるんだって? それ食べてみたいなぁ」と言ったら「え! 東京にはないんすか!」と驚かれた。「んー、見たことないなぁ。喫茶店とかで出るの?」「居酒屋メニューすよ!」「へー、居酒屋なんだ。普通の居酒屋では見たことないなぁ」…。札幌人そーとーショックだったようで「マジすか? マジすか?」を繰り返す。全国チェーンの居酒屋ならもしかしたら取り入れてるかもしれないけど、普通の居酒屋にはないよねぇ?(ボクが知らないだけかな)

札幌はキレイな街だった

2006年10月 5日(木) 8:18:34

静かに札幌を思い出す朝。あー、よく寝た。

それにしても札幌はキレイな街だった。景色とかももちろんキレイなのだが、なによりゴミが落ちていない。清潔だったなぁ。あと、タクシーの運転手さんがどの人もどの人もみな親切でニコヤカ。思わず雑談を楽しんだ。あと、スープカレーの店の店名とかメニューとかの独特なセンスも印象的(笑)。暴走族的というかなんというか…。やたらと強い色を使うインテリアも独特。ある種の流行りもあるのだろうけど。

今月はわりと旅行(出張)づいていて、中盤には岐阜、終盤には長崎に行く。長崎はいまから楽しみ。ちゃんぽんとか皿うどんとか太麺皿うどんとかをちゃんと食べ比べてみたい! 長崎は20代に数回行っていて、中華街では「喜楽園」がうまかった記憶があるのだが、もう一度いまの舌でいろいろ食べてみたいのだ。茂木の「二見」とかも再訪したいな。

一期一会

2006年10月 6日(金) 6:35:53

サイト読者の方からメールで「大阪北新地の『千成』が閉店した。ご主人が亡くなったのが理由らしい」と聞いた。とても好きな肉料理屋だったのでショック。あぁあそこで〆に食べる「煮込みぶっかけ」がもう食べられないかと思うと…。朝日新聞にも書いたし(コレ)、うまい店対談でも書いた(コレ)。好きだったのにな…。
そういえば「いもや 須田町店」もご主人が急逝して閉めた。「カレー屋nagafuchi」もご主人が急逝して閉めた(いまは別の方で復活)。好きな店の味というのは実に儚い。

同じように、恐れていることがある。
東京の大地震である。
そう、阪神大震災級の地震が東京に来たら、いったい何軒の趣深い店がつぶれてしまうことだろう。

「鳥榮」「鷹匠寿」「鳥長」「布恒更科」「三州屋銀座店」もとても危ない。「二葉鮨」も「はち巻岡田」も「蔬菜坊」「さいき」も残らないかもしれない。「スタミナ苑」「一億」はどうだろう。人形町や月島の古い店も心配だ。新橋や有楽町のガード下も危険すぎ(阪急は高架が崩れたし)。大井町の東小路も壊滅するかもしれない(「永楽」の二階で食べるときなど「いま地震が来たら確実に死ぬ」とか覚悟しながら食べている)。他にも心配な店がたくさんある。

ジャック・ローズの季節

2006年10月 7日(土) 22:59:36

今日は土曜だが、表参道で講演というか講義というか。
大人しい聴衆だったが、んー少しは伝わったかなぁ。相当アジってみたのだが(アジるって死語?)。というか、ボクってネットを愛しているなぁと再確認した。そう、ネット系の表現と志の話をしたのでした。

2時間みっちりしゃべって、わりと疲れて帰途につく。
地下鉄に乗って地上に出た途端にブブブと電話。断れない方から「メシ行かないか」とのお誘い。土曜だったので一瞬焦ったが、疲れていてちょっと飲みたい気分だったので渡りに船。蒲田まで流れて先週行ったお好み焼きの「福竹」へ。その方が行きたがったのでなんとなく。でも今日はまたオバチャンの切れ味が鋭く、相当うまかった。この人はやっぱり名人だなぁ。好き嫌いが分かれる店だし、ボクも決して手放しで好きな店でもないのだが、やはりうまいものはうまい。んー、そのうち家族も連れて行こう。

二軒目は「テンダリー」へ。
入ってすぐ「グレナディン・シロップ作りました!」とにこやかに言われる。おお、もうそんな季節だなぁ。この店は自家製のそれでジャック・ローズを作ってくれるのだ。考えてみたら毎年いいタイミングで訪問する。ジャック・ローズと縁があるのかも。

like a log

2006年10月 8日(日) 18:33:41

カラダが激烈に睡眠を欲していたようで、丸1日ぐっすり寝てしまった。ここまで徹底的に寝ると逆に「有意義な1日」って感じがしてくるくらい。

朝6時に起きて少しだけ書き物したあと犬散歩に行き、帰ってきて風呂入ってベッドへ。そのまま昼まで熟睡。昼ご飯に起き出して、近所のさりげないレストランに娘と二人でランチに(妻は結婚式出席で大阪)。オイリーなサラダと大量のクラムチャウダーと意外と美味なマヒマヒのパン粉揚げとでっかいシャーベットの塊で腹一杯になり、帰ってきて夜まで熟睡。いま起きた。いかんいかん、ご飯作らなきゃ。

いまから石狩鍋うどんを作り、娘とふたりで食べ、ほんの少しだけ仕事してまた寝る予定。眠くてたまらん。しかしそれにしてもよく寝られるなぁ。普段睡眠時間が少なく眠りも浅いタイプなので、眠いときにちゃんと寝とくのはイイコトだ。

積本くずし

2006年10月 9日(月) 18:25:46

今日は祝日。昨日の寝まくりで休養充分だったので、朝から根を詰めて家の整理&掃除。リビングの片隅に本を二百数十冊積み重ねていたのをひとつひとつ崩していったのであった。

2004年の頭にプラハ〜ニューヨークと3ヶ月ほど出張して、途切れてしまった「おもしろ本」の毎月更新の習慣。1995年からずっと続いていたのに、一度数ヶ月途切れるとなかなか復帰が難しく、あれからずっと更新していない。でも「いつかは更新するぞ」という気持ちだけはあって、読んだ本をリビングの片隅に一冊一冊積み重ねていったわけなのである。2年半の二百数十冊が裾野の広い富士山状態になっており、家族にとても不評だったのだ。

一冊一冊コメント書いて崩していくと数ヶ月かかってしまうので、今日は書名などのデータをエディタに書き写し、本棚のどこに仕舞ったかをメモって、一冊一冊仕舞っていく作業。とにかく山をなくしてスッキリさせてしまおうという目論見。とはいえ、二百数十冊分はさすがに大量で、朝7時すぎに始めて午後4時くらいまでかかった。休みは途中の昼飯のみ。あ〜根詰めた〜。

核の射程距離にある街で

2006年10月10日(火) 20:37:33

ドドドと仕事が入ってきていきなり激動。
会議が多くて疲れる。5年遅れているアプローチを突き崩すことから始めないといけないのがナカナカつらい。短気を起こさずじわじわやろう。

短気といえば、北の隣人。
核実験をしたということは、核兵器を持つのも時間の問題なのだろう。そうなると、短気で感情的な隣人から核の射程距離にある街で生活する毎日が近々始まってしまう。なんということ。大地震はいつ来るかわからないし、なんともストレスの多い毎日になりそうだ。

核の射程距離にある街で毎日を過ごすのか…。
いかに平常心を保てるか。いかに行動し、いかに子供たちの模範になれるか。いろいろ脳内シミュレーション中。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。