2006年6月 アーカイブ

札幌にてYOSAKOIソーラン

2006年6月11日(日) 9:24:29

晴れ男のチカラを見せつけ、ここんとこ大雨だった札幌もちょうどボクが着いたころから晴れ渡った。雨で洗われていることもあるが、久しぶりの札幌はとても清々しい。美しい街だなぁと惚れ惚れするほど。

YOSAKOIソーラン祭りは初めてである。思ったよりすごい賑わい。ひとりの学生の思いつきが15年経ってこんなに巨大イベントになったのかと思うと感動する。運営が学生のボランティアで成り立っていることも感動的。きちんとした運営なのだがそこここに手作り感が感じられ、それが全体の空気にいい影響を及ぼしている。ゴミを拾うなどの裏方の動きがいい。札幌市民の間では賛否両論あるみたいだが、単純に素晴らしいと思った。

この祭りを熟知してる方に案内してもらい、パレードやステージを行ったり来たりして有名グループや無名グループを観て歩く。なるほどなー。こりゃ話題になるよなー。きっと普段は静かな事務員とかやってるのだろうなと思われるような人が凄まじい弾けようで目の前を踊っていく。老人から子供まで参加年齢も実に幅広い。

YOSAKOIソーラン・ファイナル

2006年6月12日(月) 8:09:13

旅先でプールに入る快感を知ってしまったので、札幌のプール事情を調べてみたら、ほとんどのプールが10時30分開場。うは、沖縄より遅いよ。コンシェルジュに10時開場を見つけてもらい(ひとつだけあった)、ビジターで泳ぎに行く。水質はとても良かった。透明度抜群。ただ3コースしかなかったので、すぐご老人たちで渋滞したのが玉に瑕。
というか、ストロークも距離も伸びなかったなぁ。100mでぜーぜー。那覇のあれはいったいなんだったのだろうと遠い目になる。まぁ疲れがたまってはいるのだけど、とはいえ…。

ちょっと意気消沈しつつ、昼はYOSAKOIソーラン祭りの創始者たちとランチ。15年前、学生だった彼がこの祭りを始めたわけである。協賛社もおらず道路使用許可も下りずの状態から15年間。そのパワーには感服。で、食後、彼に連れられて「じかた車」に乗った。上から見る踊りはまた格別。
降りてからは桟敷席でいろんなグループの踊りを観た。いかにも踊りそうな兄さん姉さんよりも、普通のおじさんおばさんが弾けてるのを見る方が好き。なんか涙が出るよね(←このごろ何見ても涙が出るようになった:笑) しかし89歳のお婆さんが踊っていたのには驚いた。ニコニコといい感じだった。

ソーラン・イリュージョンはMC過剰で少し白けたが、セミファイナルとファイナルはさすがな迫力。中でも「コンサフリーク〜北海道武蔵女子短期大学」「平岸天神」「北海道大学"縁"」「関西京都今村組」が気に入った。優勝は意外にも「新琴似天舞龍神」の3連覇。うーん。でもこういう演出が続けて取っちゃうとどんどんYOSAKOIソーランの本質とズレていく気がするんだけど…って、今年初めて見たくせにえらそうですねそうですね。

残念でしたね

2006年6月13日(火) 7:29:00

札幌から午前中に帰還。すぐ会議会議会議。まいったな。22時のW杯オーストラリア戦キックオフに間に合うように帰宅するのが精一杯。

日本が勝ったら、熱狂するファンたちを尻目に「とはいえボクは中学高校とラグビー部だったので、ラグビーへの義理立てもあって(笑)、サッカーはそれほど好きなわけではない」とか余裕をかまそうと思っていたのに、こうも完敗してしまうとそんな冷たいこと書けないな。ええ、ワーとかオーとか叫びながらW杯観戦してました。イヤな汗をいっぱいかいた。自国が負けると悔しいものですね。一番悔しいのは選手とその関係者だろうけど。

ただ、いまでもサッカーよりラグビーの方が好きなのは本当。
なんちゅうか、あのマゾさ加減がたまらない。なにしろ前に進みたいのにボールは後ろに投げないとイケナイというヒネクレ方。前にパスしたら反則なのだ。それどころかボールより前に立ってるだけで反則なのだ。15人全員がボールの後ろへと走って下がらないとイケナイ。
ボールより前に立ってはイケナイ上に、ボールを後ろへ投げないとイケナイのだから、選手はそのまた後ろに下がってラインを作る。前に進むために必死に後ろへ下がり続けるわけ。ううむ、なんと疲れるスポーツなんだ。そのうえボールは楕円でどっちにはねるかわからない。マゾだよなぁ。スクラムとかタックルとかもそーとーマゾヒスティックだし。

会議会議会議

2006年6月14日(水) 7:31:08

ヤーーレンソーーラン、ヤレンソラン♪
と、「北海道大学"縁"」のオリジナル曲が頭について離れなかったり。あぁ、YOSAKOIソーラン、来年も行こっと。

昨日は朝から息つく暇もなく会議会議。ようやく落ち着いた夕方に社外で打ち合わせをしていたら、また会社に呼び戻され会議会議。やっとそれも終わったと思ったら今度はドカンとでかいトラブルが別件で急遽発生。うはーと腰抜ける。これってどうよ。まずすぎない? とりあえずの対応策をみんなで練り、あっという間に夜中に至る。別件もゴマンと抱えているボクは深夜にいったん帰宅させてもらったが、スタッフたちは当然徹夜だなぁ(泣)。すまんなぁ。

ちゅうか、なんだか6月になってから異様に濃い毎日である。望むところではあるが、もうちょい手加減も欲しい感じ。しかもなんだかトラブルが続く予感がする。ゾゾゾ。肌で感じる何か。やばし。

朝だ、徹夜

2006年6月15日(木) 7:23:19

いくつかの案件が修羅場っていて、ド深夜。
昨日で終わるはずだったトラブルもそのまんま24時間延長になり、昨日徹夜したスタッフは今朝もほぼ徹夜(泣)。申し訳ない。

ボクも徹夜は数知れずやったが、体験としては3日半〜4日が最長。それ以上はちょっと無理かも。
体感的に、1日(24時間)はまぁ普通に持つが、2日半あたりを過ぎると妙にハイテンションになり、3日目に入ってくると幻覚を見るようなフワフワ感に突入する。頭は妙に冴えて企画も数多く出せるようになるが、あとで見てみるとカス企画ばかりって感じ。記憶力も超減退。起きている意味がなくなる。
んでもって、徹夜が終わって2週間くらい体調が悪くなるんだよね。場合によっては1ヶ月くらい引きずってしまう。非効率的すぎ。つまり徹夜なんかやるものではない。

ただ、どうしても徹夜しないと間に合わない状態に突然なるのが「トラブル」なので仕方がない。たいていは「徹夜だけは勘弁してくれ」って体調のときにトラブる。大事な予定が入っている前日に徹夜になったりする。
で、とりあえずトラブルが起こった原因を調査して再発しないように対策は打つんだけど、トラブルって無限のパターンがあるから対策は打ち切れないんだよなぁ。根性で徹夜して始末する時代ではないんだけど…。とにかくスタッフの体調だけはケアしないと。

どんな髭剃りにも哲学はある

2006年6月16日(金) 9:21:13

昨晩は早く帰って20時すぎにベッドに入り、「1973年のピンボール」などを再読しつつぐったりと寝てしまった。あぁよく寝た。少し回復。
やはり仕事の量とトラブルで疲れたのかな。休めるはずの土日も、先々週は沖縄、先週は札幌出張でそーとー動き回っていたし(沖縄はプライベートな休みだったけど)。

村上春樹「1973年のピンボール」はとっても久しぶりの再読だったが、驚いた、ジェイズ・バーのジェイって45歳って設定だったんだ。今のオレかよ。そうか、そういう歳か、と、ベッド上の天井を睨む。

ジェイのセリフ。

花火師たちの夜

2006年6月17日(土) 18:38:39

「どんな髭剃りにも哲学はある」の出典はサマセット・モームだとメールで教えていただきました。ありがとうございました。なるほど確かに村上春樹は森鴎外よりモームっぽい。ボクの思い込みですね、すいません。昨日の記事に追記もしておきました。まぁいずれにせよ「カズイスチカ」で書かれているのと同じ趣旨。ボクの中ではこれからも座右の銘のひとつです。

昨晩は、花火師たちの宴会に参加。
正確に言うと、煙火打揚従事者の免許を持つ人々が集う小さな団体「のれそれ花火企画」によるシーズン突入を祝う会、みたいなもの。ボクを含め、花火師たちが8人集まった。
小学校の先生2人、仕事を持つ主婦4人、会社員2人。ちょうど男4女4で対面して座ったので、まるで「パンチDEデート」みたいだった。というか熟年合コン?

花火を見る側から揚げる側にわざわざ回った人々である、ノリとサービス精神は旺盛。とっても楽しい。花火のつながりのみで利害関係がまったくないのも気が楽だ。この歳になると利害関係がまったくない集まりは実に希有になる。あぁラクチン。

春樹再読週間

2006年6月18日(日) 10:22:09

たまった疲れがつぶしたニキビのように噴出し、一日中寝ていた。
いや、正確に言うとプールには行った。約1週間ぶり。最初からチカラが抜けたいい泳ぎができたけど、距離はあまり伸びず、ノンストップは300m止まり。沖縄の1キロ完泳は突発的奇跡だったのかもしれないと思い始めている(笑)。

プールから帰ってからは「風の歌を聴け」と「羊をめぐる冒険」の2冊を友にずっとベッド。読んじゃ寝、寝ちゃ読み。その合間にいろんなことを考える。

「風の歌を聴け」に「どんな髭剃りにも哲学はある」に似た表現を見つける。

ゴーヤーのおひたし

2006年6月19日(月) 8:00:42

日曜は午前中原稿を書き、夕方にジム&プールを目一杯。身体をいじめた。疲れ切っちゃうまでいじめた。いろいろ考えたくなかったから(←悩みが深いらしい)。でもプールというリフレッシュの場を獲得できたのは大きいな。これからも悩んだり淀んだりしたときはプールに行こう。酒を飲むよりプールの水を飲むほうがずっと前向き。

読者の方に採れ立てのゴーヤーをたくさんいただいた。チュウナガー(中長)種とアバシー種。アバシー種ってアバサー(ハリセンボン)に似てるからこういう名前なんだって。知らなかった(ちなみにゴーヤーって9種類くらいある。ココ参照)。
で、ここ数日ゴーヤー尽くし。ちゃんぷるーはもちろん、おひたしが多いかな。新鮮なゴーヤーのおひたしはボクの好物の中でもずいぶん上に来る。うまいうまい。どうもありがとうございました。あ、自家製の油味噌もキリンサイも実にうまかったです。

夜、ラガブーリンだの竹鶴だのを友に日本対クロアチア戦TV観戦。村上春樹を読むとウィスキーが妙に欲しくなる。というか、主人公飲みすぎ。いまは「ダンス」を再読しているが、こやつ相当肝臓強いな。

宿沢広朗さんの二足のわらじ

2006年6月20日(火) 5:37:36

※ 土曜〜月曜の間、メールをくださった方、ご面倒ですが再送していただけますでしょうか。どうもメーラーが不調で… ※

そういえば土曜に亡くなった宿沢広朗さんは、ラグビーファンにはお馴染の人。まだ55歳。信じられない。彼が現役でスクラムハーフをしている姿はよく覚えている。ちょこまかよく動くハーフだった。状況判断が素晴らしく、パスの切れ味も最高。
その後、39歳の若さで日本代表監督に就任し、初陣でスコットランドを破る快挙。ラグビーW杯でも唯一の勝利を挙げている。いろんな意味で次のラグビー界を背負って立つ人だった。

でも、彼が三井住友銀行の最年少執行役員でもあったとは知らなかったよ。サラリーマンやっているとこの両立がどれだけすごいことだかわかる。最近では業務多忙のためさすがにラグビーを離れていたらしいが(そりゃそうだ。機能している役員ほど忙しい職務はない。しかも銀行)、それにしても立派なことである。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。