2006年06月
今日から45歳
2006年06月01日(木) 7:14:33
今日から45歳。
四捨五入したら50歳と考えると人生もそろそろ終盤って感じがしなくもないが、70歳くらいに人生のピークを持ってくるとするとまだまだ「人生の初夏」あたり。伸び盛りである。人生のピークまであと25年。何をやるにしてもほぼ無限の可能性がある。何でも出来るなぁ。何からやろうかな。
デズモンド・モリスが書いた本の中に、92歳の男が美しい少女を見て「もう一度70歳になれるのなら何でもくれてやる」と嘆いたという話が出てくる。92歳から見たら70歳なんて「可能性の塊」に見えるのだろう。その70歳から見たらボクなんて可能性の塊どころではない。まさに無限の地平が開けて見えるだろう。
ボクもたまに「30代に戻れたら」とか考える(20代には戻りたくない:笑)。もし戻れたらアレをやってコレをやって、とか若さをうらやむわけだ。でも、そんな無駄な計算してないで今すぐやればいいだけのこと。
会社でも中堅以上になってくる年齢だからなんとなく落ち着いちゃう人が多いけど、ボクはまだまだ当分落ち着きたくない。やりたいことが山積なのだ。今すぐやろう。今日からやろう。
タテル・ヨシノ
2006年06月02日(金) 6:55:36
誕生日の一日は朝プールから(笑)
というか、飲んだ翌朝にプールする快感を知ってしまい、このところよっぽどの二日酔いでなければ出社前にプールすることが増えてきた。軽〜く中毒かな。でも反動で飽きてしまったらモッタイナイのでいい加減にやろう。
出社して午前中にバタバタと仕事を終えてサッと午後半休。昼は優子のおごりで「レストラン・タテル・ヨシノ」へ。芝パークホテルの本店の方ね。6/1は響子の小学校も創立記念日で休みなので家族3人で行けた。
昼とはいえアラカルトで組み立てて3時間弱ガッツリ食べる。楽しいアミューズ2品から始まり、仔ヤギのカルパッチョ、松木一浩さんの季節野菜のエチュベ・グリーンソース、鳩のトゥールト。松木さんというのは「タイユバン・ロブション」で総給仕長を務めた人。40歳を機に農民になり、レストランを深く知る立場で有機野菜の提供をしているらしい。その人が作る野菜をエチュベしたものを、アラカルト・メニューにはないソースでさわやかに和えてもらったものなのだが、これが実にうまかった。本日の白眉。「コート・ドール」のエチュベの印象をボクの中では越えたかも。
仔ヤギは喜界島産(シェフの出身地)。ヤギ好きのボクとしてはもう少し臭みがあってもいいくらい。でもちゃんとまとまっている。メインの鳩はフォアグラとトリュフを胸肉で挟み、その周りを手羽などのミンチで包んだものをパイ包み焼きしてあり、モダンなバランスを持っていた。あと少し深入りするとクラシカルでしつこいぞというギリギリの線。うまい。
途中、吉野建シェフが客席挨拶に出てきてビックリ。日本にいるんだ…。いつもいるのかどうかは寡聞にして知らないけど、とりあえず彼がいる日にアラカルトをガッツリ食べられたのはうれしい。
デザートは「シュプリーズ」。英語で言えばサプライズ。「きっと驚いていただけます」とのことでオーダーしたが、確かに驚いた。これは印象的なデザート(内容は秘す)。ワインは82年のペルナン・ベルジュレス。この地域、穴場的にわりと好き。でも20年以上の古酒としてはどうかなと思いつつ若林ソムリエの言葉を信じてオーダーしたらアタリ(でもドメーヌは忘れた)。レンガ色に熟成しており、酸味の引っ込み具合がいい感じ。時間が経っても緩まない。
2004年にメートル・ド・セルヴィス杯で優勝した田中氏のサービスも秀逸だったし、若林ソムリエ(総支配人)のサービスも気持ちいいもの。優子はパリの「ステラマリス」にも行ったことあるらしいが(いつの間に!)、パリの店よりもずっと良いと言っていた。実は少し先入観を持っていたのだが、なかなかたいしたものだったなぁ。いい誕生日をどうもありがとう >家族
涼しい那覇にて
2006年06月03日(土) 8:53:31
週末を使って沖縄に逃避中。
いやーさわやかで涼しくて……って、おい。東京より涼しいとはなんたること! 那覇空港を出た途端に感じるあのムワ〜ッとした熱気がないと沖縄に来たって感じが全くしないなぁ。
沖縄へはあるプロジェクトで。仕事ではなくボランティア。だから多少お気楽な旅ではある。沖縄のゆるやかな空気の中で肩の力を抜いて来し方行く末など考えよう。
夜に那覇に着き、そのまま久茂地に出て「なかむら家」。以前連載していた美ら島物語編集長と久しぶりの再会。オリオン飲んで泡盛飲んで。あぁ心が開いていく。スルル(きびなご)の唐揚げ、からしな炒め、うまし。1時間半ほどふたりで食べて飲んで3000円。安〜。
二軒目は「カラカラ」へ。沖縄の雑誌「カラカラ」が出した新しい店。久茂地に一軒、桜坂にもう一軒ある。久茂地の店に行ったら、桜坂の方に雑誌発行人である阿南さんがいらしているとのことで、桜坂の店の方へ。ちょっとだけお会いしたことがあるのでご挨拶。盛り上がる。
皆と別れて桜坂をふらふらと散歩。この辺は本当に怪しくて魅力的だ。思わず一軒のバーに入って飲んだんだけどお勘定はたった700円。うはは。
1キロ完泳記念日@那覇
2006年06月04日(日) 7:44:48
よく飲んだ翌日は朝プール。
というわけで、調べてみたら、会員になっているスポーツクラブに那覇支店があったので、「若狭パーラー」で朝沖縄そば(ここ好き)してからGO!
去年出来たばかりの真新しい施設。なにもかもが新しい。うわーと驚きながらプールへ。
プールに入ってもっと驚いた。25m向こうの壁がクリアに見える。しかも塩素臭くもない。すげー。いつも通ってるプールは透明度5mくらい。それに比べるとおろし立ての水のよう。しかもボクを入れて3人しか泳いでいない。波が全く立っていないよママン。
シアワセを噛みしめながらゆっくり泳ぐ。クロールしながらちょっと横を見ると一番端で泳いでいる人の一挙手一投足まで見える。こんな透明度ってあり? つか、いつも泳いでいるプールがひどすぎるのだな。
1時間ほど断続的に泳いだ後ジャグジーで休憩し、再びプールへ。よし300m泳げた時の感覚でゆっくりカラダを伸ばしながら遠距離を狙ってみようと考え、全く気負わず泳ぎ始める。
300mはなんなくすぎる。水泳を始めたときの目標である400mもさりげなくクリア。おや。意外と行けるな新記録だなと驚きながら500mもクリア。ここらでやめようかと思ったが、ま、せっかく気持ちいいプールだし行けるだけ行ってみようとそのまま泳いでみる。
600、700と順調にクリアし、800を越えた時点で欲が出た。よし目指すは1キロ!
やっぱ「もし水飲んでも汚くなさそうな水」&「波がないので突発的水飲みもない」&「沖縄という肩の力が抜ける土地で泳いでいる」というのが大きいのか、怖いほど順調。カラダは疲れているがあと200と思えば大丈夫。850、900、950、お、あと50mだ。うひゃー楽勝。あと50だったら楽しんでゆっくり泳ごう、とか余裕を持ちだし、最後の25mはグイッグイッとカラダを伸ばしながらゆっくり泳いだ。
ちゅうことで、ついに1kmノンストップ完泳!
我ながら信じられない。水泳という人生の大不得意分野を少しだけ克服できたかも。人生が少し自由になった。わーい。2ヶ月半前に25mしか泳げなかったのがウソみたい。ただし、東京のあの「透明度5m」のプールで1キロ泳げるかどうかはビミョ〜。
とりあえず小さくガッツポーズしてプールを上がり、風呂に行ったら露天風呂があった。うわ〜このスポーツクラブのために那覇に引っ越してきたいよ。空いてるしキレイだし係員の対応もいい。いいなぁココ。沖縄旅行の定番にしよう。
機嫌よくニコニコと昼メシへ。
那覇から嘉手納〜浦添とドライブして2軒の沖縄そば屋を回る。「海が見えるそば家」と「てんぷす」。最近話題の2店。ふたつとも変な名前の店だなぁ。でもすばは正統派。沖縄そばの底上げを肌で感じる。
ホテルに帰って作家さんと落ち合い、プロジェクトの打ち合わせ。そして少し買い物したあと夜メシへ。
23時すぎまで食べながらの打ち合わせ。ボランティアとはいえ関わるからには真剣にやりたいと思う。その後バーへ流れる。知名オーディオのソニー・ロリンズに聴き惚れながらいろんな話をする。1キロ完泳でやっぱり疲れているのか、いつになく眠い。午前2時前頃ホテルに帰り、さて寝るかと思ったら、BS1でマラドーナのドキュメントをやっていて思わず見てしまった。神の手、そして伝説の5人抜き。マラドーナって古く見えないなと感心しつつ消灯。
カラダは疲れているのに妙に頭は冴えていて寝つけなかった。7時には起きてしまい今に至る。さて軽くプールに行ってくるか(笑)
奇遇な再会 @那覇
2006年06月05日(月) 8:49:16
昨朝、プールに行く前にホテルの朝食を食べに行ったら、たまたま隣の席に知った顔発見。うわ〜間庭さんじゃん! え、さとなおさん!? と奇遇を喜び合う。NYで初めて会い、東京で再会し、その後まさか那覇のこんなところで! やっぱ沖縄マジック。ひとしきり興奮して話しした後「もしタイミングが合ったら夜にでも合流しましょう」と約束し、ひとりプールへ。
スポーツクラブに10時の開場と同時に入ったので(毎日10時に開場というのが沖縄らしい:笑)、プールにはボクひとり。最初の100mはなんと貸し切りだった。25m6コースのど真ん中を泳ぐ。水質は最高だし、こんな極楽めったにないなぁ…。
でも昨日はうまく水に浮かばず遠距離は400m止まり。あまり寝てないので無理せず楽に泳ぐ。おととい右でばかり息継ぎしたので昨日は主に左で。
終了後、前原の「がじゅまるのそば」で沖縄そば。今回は初めてカレーそばを試したが、これが掘り出し物で実にいい。ナーベラの黄色いカレーがそばを邪魔しない程度に乗っていて、そのバランスが秀逸。カレー味の沖縄そば自体意外とないのだが、カレーだらけにしてなくて美味。これはオススメかも。
午後すぎから取材開始。プロジェクトの本格的始まりでもある。
取材といっても堅苦しい物ではなく、楽しい「ゆんたく(おしゃべり)」に近い。しかも書き手はボクではないので気が楽でもある。このプロジェクトについてはそのうちちゃんと書きます。
夕刻より雨になった。晴れ男オーラもさすがに3日はもたないか。大雨の中、夜は間庭さんと合流。3人で桜坂。日曜なので店はあまり開いてなかったが「JAZZ VILLAGE」「うらわ」「G」とハシゴする。二軒目の「うらわ」は「トイレへのアプローチの怪しさ日本一」だと極私的に認定。これがすげーのだ。店内も相当怪しいが、この店に行った方(勇気がいります)は是非トイレへ!
沖縄の空気が続いている
2006年06月06日(火) 19:21:31
昨日は会社を休んで沖縄。三日連続の朝プールでスッキリしたあと、昼メシは「淡すい」に駒沢さんと。相変わらずお替わりしたくなるスープでうまい。食べ終わった後も胃がスッキリしている。いい沖縄そばだなぁ。
そのまま空港へ行き羽田に帰還。一瞬だけ家に戻って荷物を置いた後、すぐさま夜の飲み会へ。
不思議な縁でつながった4人の男の食事会。それぞれに発信メディアを持っている4人だが(しかもメシ系)、こうして4人揃うと実に不思議な感じであった。みんな「ちょうどよい距離感」を知っている人ばかりだったし、価値観も近いものがあったのでとってもラクチン。
同年代の男が集まるとお約束のように病気とか数値とかの話から始まる(笑) ひとしきり数値自慢をしあった後、おいしい食事会の始まり。いいワインとうまい食事。あぁ楽しい。そして二軒目は超隠れ家へ。沖縄のあの空気が続いているような素晴らしい東京の夜。またぜひご一緒しましょうね。
読書好きな娘に育って良かった
2006年06月07日(水) 12:09:25
娘が全巻読み終わったので、寝る前に久しぶりにナルニアの世界に浸っている。
というか、この頃では娘の方が読書量が多く、「これ、読んだ?」と持ってくるのである。「その日の前に」とか「博士の愛した数式」とか「itと呼ばれた子」とか「ミルクウィード」とかを、「面白かったよ。読んだ?」とか持ってくる小六って…。負けそうである。でもまぁ真の読書力ってこの時期しか付けられないので、とりあえずイイコトではある。
以前、鴻上尚史が仕事相手や友達を評して「映画をいっぱい観てる人は手ごわくないが、本をいっぱい読んでる人は手ごわい」と書いていた。映画は受動的にできるけど、読書は能動的なチカラがいる。自分から物語の中に入っていき、飽きずにページを繰り続け、それを何日にもわたって継続しつづけるチカラ。そういうチカラって意外と大人になってからは付きにくいものなのだ。
彼女が中学に入ったら読ませたい本がいっぱいある。
読書という面では、なんとなく「いい父娘関係」が築けそうな気がしている今日このごろ。
「透明度5mの世界」に戻る
2006年06月08日(木) 7:01:11
残業後、夜遅くにジム&プールに行った。
というか、那覇のプールのあの素晴らしい水質を一度知ってしまうと、いつもの「透明度5mの世界」に戻るにはそーとー勇気がいる。なんか足が進まないぞ。まずい。困った。いや、意外とこんな理由でせっかくの習慣が途切れてしまうこともありうるので、ここは無理にでもこっちの世界に戻っておかなければ、と、嫌がる自分を無理矢理引きずって出かけたのである。
恐る恐るプールに入って潜ってみる。
うが〜。やはり5m向こうでぼやけてあとはホワイトアウト。きたねえなぁ全く。25m向こうの壁なんて存在も感じられない。浄化槽とかの問題かな。底には絆創膏とか沈んでいるし、塩素の匂いプンプンだし。同じ運営のスポーツクラブとは思えないよ。
泳ぎ始めるといつものあの味が口の中に広がる。お馴染の味。まぁ死にゃあしないさ。諦めて泳ぐ。
ジムでわりと消耗したせいかプールでは不調で、ノンストップは200mがせいぜい。あの「いつまでも泳げるぜい!」と思った1キロ完泳のときの快感はなかった。あれは沖縄マジックだったのかもなぁ。まぁこうして上がったり下がったりしながら少しずつうまくなっていくのだろう。どんなスポーツでも「できた!」と思った後にまた出来ない日が続くものだ。
とりあえず「透明度5mの世界」に再度カラダ(というか脳)を馴らすことには成功。でも違う施設にはもっと水質のいいプールがあるかも。ちょっとプール放浪してみようかな。仕事の案件が多くて相当疲弊しているが、こうして無理にでも泳ぐとカラダがスッキリするからな。なんとかこの習慣は続けたいところ。
道が広くなった
2006年06月09日(金) 9:24:42
昨晩は表参道周辺にいたのだが、なんかいつもと印象が違う。なるほどそうか駐車違反の取り締まりが超厳しくなったので道が広いのだな。
ボクは4年ほど前に車を捨ててしまったので、どちらかというと取り締まりが厳しくなってヤッホーな立場。宅配業者などには心底同情するが(郵便局の配達車は取り締まり対象外だというから不公平)、道が広くなるのは単純に気持ちいい。
よく「車がなくて不便じゃない?」と聞かれるが、都内だと全然不便じゃない。電車&タクシー移動の方が効率的だし、結局お金もかからない。というか、車を持っていると、つい友人宅とか旅行とかに自家用車で行ってしまい、飲酒運転してしまう可能性がある。事故るリスクも大きくなる。もし人を轢いてしまったら人生がガラリと変わっちゃいそうだし、やっぱ割に合わない気がするなぁ。維持費もそこそこかかるしね。
表参道では会社の先輩&その部下&元部下とメシだった。イタリアン。
元部下の方がボクのサイトを古くからわりと細かく読んでくれていて、光栄だけどなんか照れ臭かった。ああいう時ってどう反応したらいいかわからない。ぜーんぶ知られているわけだし見栄張っても仕方がないのだけど。
彼らと会う前に1軒行っていたので、結局4軒ハシゴ。わりと飲んだな。朝プールは断念。
成長せず
2006年06月10日(土) 7:30:41
あれー? なんだか異様に忙しいぞ、分秒単位で会議をハシゴしているうちにあっという間に夜になるぞ、と不思議になったので久しぶりに数えてみたら、責任者としてやっている案件が16個あった。そりゃ余裕がないのも当たり前。一日が会議会議会議で終わっていくのも当たり前。つか「断ることを覚えた」「まかせることを覚えた」と思っていた自分の甘さよ。何にも成長していない。仕事受けすぎ。ポカしないように気をつけながらひとつひとつを終わらせていこう。
とか言いつつ、新しい仕事絡みで今から札幌出張である。YOSAKOIソーラン祭り関連。まだ仕込み段階だけど。あ、これ入れたら17個だ。うぅぅ。
札幌にもスポーツクラブの支店がある。明日の朝、寄れるかな。でもススキノで今夜遅くまで飲む予定なので無理かもなぁ。
昨晩は娘が干したアジの干物を食べた。さんきゅー。
札幌にてYOSAKOIソーラン
2006年06月11日(日) 9:24:29
晴れ男のチカラを見せつけ、ここんとこ大雨だった札幌もちょうどボクが着いたころから晴れ渡った。雨で洗われていることもあるが、久しぶりの札幌はとても清々しい。美しい街だなぁと惚れ惚れするほど。
YOSAKOIソーラン祭りは初めてである。思ったよりすごい賑わい。ひとりの学生の思いつきが15年経ってこんなに巨大イベントになったのかと思うと感動する。運営が学生のボランティアで成り立っていることも感動的。きちんとした運営なのだがそこここに手作り感が感じられ、それが全体の空気にいい影響を及ぼしている。ゴミを拾うなどの裏方の動きがいい。札幌市民の間では賛否両論あるみたいだが、単純に素晴らしいと思った。
この祭りを熟知してる方に案内してもらい、パレードやステージを行ったり来たりして有名グループや無名グループを観て歩く。なるほどなー。こりゃ話題になるよなー。きっと普段は静かな事務員とかやってるのだろうなと思われるような人が凄まじい弾けようで目の前を踊っていく。老人から子供まで参加年齢も実に幅広い。
いきなり「乱舞童」の踊りを見て、思わず声が漏れる。すげー。華やかに弾けるのだが細部までよく統制され、美しい。
ただパレードとかを見続けて目が慣れてくると、デコラティブ&ケレンで演出をしたグループはちょっと狙いが見えすぎるところもあり、逆にシンプルに生を爆発させているグループの方が胸を熱くすることに気づいていく。印象に残ったのは「新ひだか三石なるこ会」「北海道大学"縁"」「特選こいや丼」「市立船橋高校吹奏楽部THEよさこい」…あといくつかあったけど名前を忘れちゃった。
まだ有名な「新琴似天舞龍神」や「平岸天神」なんかを見てないのでなんとも言えないが、たとえば漁師の奥さんの集まりである「新ひだか三石なるこ会」のシンプルでパワフルな喜びの舞の方が直接ココロに届くんだよなぁ。祭りの原点に近いものがあるからだろう。
夕方まで見て、夜は円山の「とらや」という割烹へ。料理レベルが高くてびっくり。内装も器もとても良いが(トイレに本物のシャガールとか飾ってある)、バブリーでもなく、値段を聞いて腰抜かした。安い!
その後、札幌の古い友人、そしてたまたま札幌出張に来ていた伊藤さんと合流し、ホテルのバーからススキノへ。古いソウルバーでひとしきり飲む。世の中的にはワールドカップなのだろうが、こちとらもうちょいYOSAKOIソーランモード。
YOSAKOIソーラン・ファイナル
2006年06月12日(月) 8:09:13
旅先でプールに入る快感を知ってしまったので、札幌のプール事情を調べてみたら、ほとんどのプールが10時30分開場。うは、沖縄より遅いよ。コンシェルジュに10時開場を見つけてもらい(ひとつだけあった)、ビジターで泳ぎに行く。水質はとても良かった。透明度抜群。ただ3コースしかなかったので、すぐご老人たちで渋滞したのが玉に瑕。
というか、ストロークも距離も伸びなかったなぁ。100mでぜーぜー。那覇のあれはいったいなんだったのだろうと遠い目になる。まぁ疲れがたまってはいるのだけど、とはいえ…。
ちょっと意気消沈しつつ、昼はYOSAKOIソーラン祭りの創始者たちとランチ。15年前、学生だった彼がこの祭りを始めたわけである。協賛社もおらず道路使用許可も下りずの状態から15年間。そのパワーには感服。で、食後、彼に連れられて「じかた車」に乗った。上から見る踊りはまた格別。
降りてからは桟敷席でいろんなグループの踊りを観た。いかにも踊りそうな兄さん姉さんよりも、普通のおじさんおばさんが弾けてるのを見る方が好き。なんか涙が出るよね(←このごろ何見ても涙が出るようになった:笑) しかし89歳のお婆さんが踊っていたのには驚いた。ニコニコといい感じだった。
ソーラン・イリュージョンはMC過剰で少し白けたが、セミファイナルとファイナルはさすがな迫力。中でも「コンサフリーク〜北海道武蔵女子短期大学」「平岸天神」「北海道大学"縁"」「関西京都今村組」が気に入った。優勝は意外にも「新琴似天舞龍神」の3連覇。うーん。でもこういう演出が続けて取っちゃうとどんどんYOSAKOIソーランの本質とズレていく気がするんだけど…って、今年初めて見たくせにえらそうですねそうですね。
終了は21時30分。すげー寒い。同僚と安い鮨屋に飛び込んで「とりあえず熱燗!」と叫んだくらいは寒い。真冬の防寒具持ってきて正解。あぁもう月曜だ。今週は長そうである。
残念でしたね
2006年06月13日(火) 7:29:00
札幌から午前中に帰還。すぐ会議会議会議。まいったな。22時のW杯オーストラリア戦キックオフに間に合うように帰宅するのが精一杯。
日本が勝ったら、熱狂するファンたちを尻目に「とはいえボクは中学高校とラグビー部だったので、ラグビーへの義理立てもあって(笑)、サッカーはそれほど好きなわけではない」とか余裕をかまそうと思っていたのに、こうも完敗してしまうとそんな冷たいこと書けないな。ええ、ワーとかオーとか叫びながらW杯観戦してました。イヤな汗をいっぱいかいた。自国が負けると悔しいものですね。一番悔しいのは選手とその関係者だろうけど。
ただ、いまでもサッカーよりラグビーの方が好きなのは本当。
なんちゅうか、あのマゾさ加減がたまらない。なにしろ前に進みたいのにボールは後ろに投げないとイケナイというヒネクレ方。前にパスしたら反則なのだ。それどころかボールより前に立ってるだけで反則なのだ。15人全員がボールの後ろへと走って下がらないとイケナイ。
ボールより前に立ってはイケナイ上に、ボールを後ろへ投げないとイケナイのだから、選手はそのまた後ろに下がってラインを作る。前に進むために必死に後ろへ下がり続けるわけ。ううむ、なんと疲れるスポーツなんだ。そのうえボールは楕円でどっちにはねるかわからない。マゾだよなぁ。スクラムとかタックルとかもそーとーマゾヒスティックだし。
それに比べてサッカーなんかずっと前の方で待ってる人がいるわけで(フォワードね)、あんなの邪道だズルだ、とラグビー部のころは思っていたっけ(笑) 防具をつけるアメフトも邪道だと決めつけていた。校庭を無意味に広く使う野球も邪道扱い(サッカー部と野球部は狭いグラウンドを取り合う敵)。そのころの思いが残っていて、やっぱりラグビーが一番好き。
でも、実際やるとなると、あんな怖いスポーツはない。
すごい勢いで走ってくるゴツイ男をタックルするのなんて、いまでも夢に見るくらい。怖がって腰が引けてるのだからうまくなるわけもない。当時はまったく肝が据わってなかったからなぁ。中学時代は部員も少なく、そんなボクでも試合に出ていたのだから、まぁ弱い部だった。初トライするまで2年強かかった弱小ラグビー部。
いまでも初トライの興奮は忘れない。モールから出たボールをボクがパスして、アイツがノックオンぎりぎりで捕ってパスして、アイツがふたり抜いてパスして、あとはアイツが独走して、とか、いまでも頭の中で再構築して反芻したりする。
会議会議会議
2006年06月14日(水) 7:31:08
ヤーーレンソーーラン、ヤレンソラン♪
と、「北海道大学"縁"」のオリジナル曲が頭について離れなかったり。あぁ、YOSAKOIソーラン、来年も行こっと。
昨日は朝から息つく暇もなく会議会議。ようやく落ち着いた夕方に社外で打ち合わせをしていたら、また会社に呼び戻され会議会議。やっとそれも終わったと思ったら今度はドカンとでかいトラブルが別件で急遽発生。うはーと腰抜ける。これってどうよ。まずすぎない? とりあえずの対応策をみんなで練り、あっという間に夜中に至る。別件もゴマンと抱えているボクは深夜にいったん帰宅させてもらったが、スタッフたちは当然徹夜だなぁ(泣)。すまんなぁ。
ちゅうか、なんだか6月になってから異様に濃い毎日である。望むところではあるが、もうちょい手加減も欲しい感じ。しかもなんだかトラブルが続く予感がする。ゾゾゾ。肌で感じる何か。やばし。
朝だ、徹夜
2006年06月15日(木) 7:23:19
いくつかの案件が修羅場っていて、ド深夜。
昨日で終わるはずだったトラブルもそのまんま24時間延長になり、昨日徹夜したスタッフは今朝もほぼ徹夜(泣)。申し訳ない。
ボクも徹夜は数知れずやったが、体験としては3日半〜4日が最長。それ以上はちょっと無理かも。
体感的に、1日(24時間)はまぁ普通に持つが、2日半あたりを過ぎると妙にハイテンションになり、3日目に入ってくると幻覚を見るようなフワフワ感に突入する。頭は妙に冴えて企画も数多く出せるようになるが、あとで見てみるとカス企画ばかりって感じ。記憶力も超減退。起きている意味がなくなる。
んでもって、徹夜が終わって2週間くらい体調が悪くなるんだよね。場合によっては1ヶ月くらい引きずってしまう。非効率的すぎ。つまり徹夜なんかやるものではない。
ただ、どうしても徹夜しないと間に合わない状態に突然なるのが「トラブル」なので仕方がない。たいていは「徹夜だけは勘弁してくれ」って体調のときにトラブる。大事な予定が入っている前日に徹夜になったりする。
で、とりあえずトラブルが起こった原因を調査して再発しないように対策は打つんだけど、トラブルって無限のパターンがあるから対策は打ち切れないんだよなぁ。根性で徹夜して始末する時代ではないんだけど…。とにかくスタッフの体調だけはケアしないと。
※あ、タイトルは色川武大(本名)のペンネームである阿佐田哲也の名前の由来です。説明するまでもないと思うけど、でも若い人は意外ともう阿佐田哲也とか知らないのかも…。
どんな髭剃りにも哲学はある
2006年06月16日(金) 9:21:13
昨晩は早く帰って20時すぎにベッドに入り、「1973年のピンボール」などを再読しつつぐったりと寝てしまった。あぁよく寝た。少し回復。
やはり仕事の量とトラブルで疲れたのかな。休めるはずの土日も、先々週は沖縄、先週は札幌出張でそーとー動き回っていたし(沖縄はプライベートな休みだったけど)。
村上春樹「1973年のピンボール」はとっても久しぶりの再読だったが、驚いた、ジェイズ・バーのジェイって45歳って設定だったんだ。今のオレかよ。そうか、そういう歳か、と、ベッド上の天井を睨む。
ジェイのセリフ。
あたしは四十五年かけてひとつのことしかわからなかったよ。こういうことさ。人はどんなことからでも努力さえすれば何かを学べるってね。どんなに月並みで平凡なことからでも必ず何かを学べる。どんな髭剃りにも哲学はあるってね、どこかで読んだよ。実際、そうしなければ誰も生き残ってなんかいけないのさ。
どんな髭剃りにも哲学はあるってね、どこかで読んだよ・・・
これはもしかしたら森鷗外の「カズイスチカ」という短編のことを指しているのかも(もしくは熊沢蕃山)。
短いけど森鴎外の人生観を表していると言われる短編。なんで覚えているかというと、浪人中、駿台の藤田という現国の先生がこの短編とこのくだりを強調して語っていたからだ。森鷗外を知りたければこの短編のこのくだりを読め、と。座右にあるので引用してみる。
そのうち、熊沢蕃山の書いたものを読んでいると、志を得て天下国家を事とするのも道を行うのであるが、平生顔を洗ったり髪を梳ったりするのも道を行うのであるという意味の事が書いてあった。花房はそれを見て、父の平生を考えて見ると、自分が遠い向うに或物を望んで、目前の事を好い加減に済ませて行くのに反して、父はつまらない日常の事にも全幅の精神を傾注しているということに気が附いた。宿場の医者たるに安んじている父のresignationの態度が、有道者の面目に近いということが、朧気ながら見えて来た。そしてその時から遽に父を尊敬する念を生じた。
「髭剃り」と「顔を洗ったり髪を梳ったり」は少し違うし、「学ぶ、哲学する」と「道を行う」も多少ニュアンスが違うが、ほぼ同じ内容だと思う。ジェイがイイタイコトはまさにこういうことだ。「カズイスチカ」のこの引用の直前にも核心的なことが書かれている(長いので引用はしない)。
どんな髭剃りにも哲学はある。
平生顔を洗ったり髪を梳ったりするのも道を行うのである。
45歳とはそういうことがきっちり胃の腑に落ちていてしかるべき歳なのだ。
※追記:メールにて、この「どんな髭剃りにも哲学はある」の出典はサマセット・モームだと教えていただきました。ありがとうございました。
花火師たちの夜
2006年06月17日(土) 18:38:39
「どんな髭剃りにも哲学はある」の出典はサマセット・モームだとメールで教えていただきました。ありがとうございました。なるほど確かに村上春樹は森鴎外よりモームっぽい。ボクの思い込みですね、すいません。昨日の記事に追記もしておきました。まぁいずれにせよ「カズイスチカ」で書かれているのと同じ趣旨。ボクの中ではこれからも座右の銘のひとつです。
昨晩は、花火師たちの宴会に参加。
正確に言うと、煙火打揚従事者の免許を持つ人々が集う小さな団体「のれそれ花火企画」によるシーズン突入を祝う会、みたいなもの。ボクを含め、花火師たちが8人集まった。
小学校の先生2人、仕事を持つ主婦4人、会社員2人。ちょうど男4女4で対面して座ったので、まるで「パンチDEデート」みたいだった。というか熟年合コン?
花火を見る側から揚げる側にわざわざ回った人々である、ノリとサービス精神は旺盛。とっても楽しい。花火のつながりのみで利害関係がまったくないのも気が楽だ。この歳になると利害関係がまったくない集まりは実に希有になる。あぁラクチン。
今年は7/15と29に打ち上げる。またその前になったら告知しますので、お近くの方は是非に。
春樹再読週間
2006年06月18日(日) 10:22:09
たまった疲れがつぶしたニキビのように噴出し、一日中寝ていた。
いや、正確に言うとプールには行った。約1週間ぶり。最初からチカラが抜けたいい泳ぎができたけど、距離はあまり伸びず、ノンストップは300m止まり。沖縄の1キロ完泳は突発的奇跡だったのかもしれないと思い始めている(笑)。
プールから帰ってからは「風の歌を聴け」と「羊をめぐる冒険」の2冊を友にずっとベッド。読んじゃ寝、寝ちゃ読み。その合間にいろんなことを考える。
「風の歌を聴け」に「どんな髭剃りにも哲学はある」に似た表現を見つける。
私がこの三年間にベッドの上で学んだことは、どんなに惨めなことからでも人は何かを学べるし、だからこそ少しずつでも生き続けることができるのだということです。
神なき世界でその子供たる「人」はどう生きていくのか。森鷗外との違いはそこかもしれない。同じと捉えてはいけないのだとさっき気づいた。
「羊」は大フェバリットだったが、今回久しぶりに再読してちょっと違った印象に。「ダンス」と「ねじまき鳥」を読んでみたくなった。しばらくは春樹再読週間かも。
ゴーヤーのおひたし
2006年06月19日(月) 8:00:42
日曜は午前中原稿を書き、夕方にジム&プールを目一杯。身体をいじめた。疲れ切っちゃうまでいじめた。いろいろ考えたくなかったから(←悩みが深いらしい)。でもプールというリフレッシュの場を獲得できたのは大きいな。これからも悩んだり淀んだりしたときはプールに行こう。酒を飲むよりプールの水を飲むほうがずっと前向き。
読者の方に採れ立てのゴーヤーをたくさんいただいた。チュウナガー(中長)種とアバシー種。アバシー種ってアバサー(ハリセンボン)に似てるからこういう名前なんだって。知らなかった(ちなみにゴーヤーって9種類くらいある。ココ参照)。
で、ここ数日ゴーヤー尽くし。ちゃんぷるーはもちろん、おひたしが多いかな。新鮮なゴーヤーのおひたしはボクの好物の中でもずいぶん上に来る。うまいうまい。どうもありがとうございました。あ、自家製の油味噌もキリンサイも実にうまかったです。
夜、ラガブーリンだの竹鶴だのを友に日本対クロアチア戦TV観戦。村上春樹を読むとウィスキーが妙に欲しくなる。というか、主人公飲みすぎ。いまは「ダンス」を再読しているが、こやつ相当肝臓強いな。
宿沢広朗さんの二足のわらじ
2006年06月20日(火) 5:37:36
※ 土曜〜月曜の間、メールをくださった方、ご面倒ですが再送していただけますでしょうか。どうもメーラーが不調で… ※
そういえば土曜に亡くなった宿沢広朗さんは、ラグビーファンにはお馴染の人。まだ55歳。信じられない。彼が現役でスクラムハーフをしている姿はよく覚えている。ちょこまかよく動くハーフだった。状況判断が素晴らしく、パスの切れ味も最高。
その後、39歳の若さで日本代表監督に就任し、初陣でスコットランドを破る快挙。ラグビーW杯でも唯一の勝利を挙げている。いろんな意味で次のラグビー界を背負って立つ人だった。
でも、彼が三井住友銀行の最年少執行役員でもあったとは知らなかったよ。サラリーマンやっているとこの両立がどれだけすごいことだかわかる。最近では業務多忙のためさすがにラグビーを離れていたらしいが(そりゃそうだ。機能している役員ほど忙しい職務はない。しかも銀行)、それにしても立派なことである。
よく、二足のわらじを履いている人で、会社では窓際に甘んじている人がいる。そんなんだったら一足にした方が良い。宿沢広朗さんは格好いいな。相当ハードル高い二足を両方ともきちんと成功させている。亡くなった後ではあるが、憧れてしまう。ボクも中途半端に1.5足くらい履いているが、宿沢さんの域には到底届かない(届くわけもない)。でも1.5足、ボクなりにきちんと履きこなしたいとは思っている。
さて、もう少したったらプールに行ってこよう(ってまだ5時台か)。
CORALと再会
2006年06月21日(水) 8:46:29
昨日は直前でドタバタがあったあげく伊藤さんとふたりで飲みに行ったのだが、二軒目の「Fuzz」というバーでうれしい発見。なんとCORALの4ウェイスピーカーがあるではないか! しかも現役で鳴っている!
たまたま人にもらったとかで、オーナーさんがオーディオマニアというわけではなさそうだが、もう懐かしくて懐かしくて…。CORALの3ウェイブックシェフル型である「CORAL X-Vll」は大学生のボクが小遣いためて買える値段ではほぼハイエンドに近いスピーカーで、当時ボクは「SANSUI AU707」というプリメインアンプと「Technics SL-10」というダイレクトドライブのジャケットサイズ・プレーヤーで鳴らしていた。あぁどれも名器だなぁ。
「YAMAHA NS-1000M」に憧れつつ、DIATONEやTRIO、ONKYO、DENON、PIONEERなども聴き比べていたっけ。あの頃の国産スピーカーって意外と良かった。確かに無個性な音とは言えるが、謙虚で伸びやかな音を出していた。プリメインはLUXやAccuphaseに憧れたけど、サンスイの堅実な音で満足していたっけ。テープデッキはナカミチのDRAGONに憧れつつ、結局ソニーの777を使っていたんだったかな。Aurexのデッキも使っていた。アドレス(NRシステム)がわりと好きだったので。
その後、JBLだのハーベスだのアポジーだのクレルだのマッキントッシュだのチェロだのフィリップスだの、海外製品のハイエンドに突っ走る前の青い時代ではあるが、結局CORALを聴いて一喜一憂していたころが一番楽しかった気がする。スピーカーの上に重り置いたり、十円玉はさんだり、仰角計算したり…。工夫して1ランク上の音にする努力って、ポンッとハイエンドをお金で買っちゃうのの数百倍楽しいんだよね(後でわかることなんだけど)。
うきゃぁと喜んで逆上し、タリスカーをガバガバ飲み、三軒目では相当酔っぱらっていた。あぁCORAL。キミにまた会えて本当にうれしいよボクは。
懐かしいラジカセ
2006年06月22日(木) 6:26:58
懐かしいスピーカーの話を読んで、ラジカセは? と、メールでこのサイトを紹介された。うわ〜…。すげ〜懐かしい…。ナショナルのRS-4300の写真なんか涙が出る。
ボクはこの「STEREO MAC」を中学3年の時だったかに頼み込んで買ってもらい、それから数年、エアチェックに深夜放送に超愛用&酷使していた。これ抜きにボクの音楽生活は語れない。このラジカセで作ったテープは大量にある。録音ボタンを押す時の指先の感触までも鮮明に覚えている。FM東京の「コーセー化粧品 歌謡ベストテン」とか毎週エアチェックしてたなぁ(笑) 番組名忘れたけどポップス番組も毎週エアチェックしていた。あとはNHK-FMでかかるクラシックも。
深夜放送もずいぶん録音してある。「たむたむたいむ」や「ナッチャコパック」、コッキーポップ、谷村新司のセイヤング、鶴光やタモリのオールナイトとかもたぶん録ってあるはず。「ラジオまんが」とか「中山千夏のあなたまかせ」とか「ミュージック・スカイホリデー」とか、レアな番組もたぶん録ってあるはず。深夜放送じゃないけど、「拓郎のヤングタウン東京サタデーナイトカーニバル」も録ったなぁ、きっと。倉庫にテープが大量にあって調べようがないし、もう磁気飛んじゃってるかもだけど。
しこしこエアチェックして作ったテープを何度も何度も慈しんで聴いたあの頃。1曲1曲を大切に大切に聴いたあの体験はいまの人たちにはないものだろう。たまたま流れてきた曲を一期一会的に録音して貪るように何度も聴くのと、大量にCDがあるレンタル屋で好きなのをどんどん借りられるのとでは、音楽に対する貪欲さみたいなものが大きく違う。思えばとても幸せで濃い音楽体験だった。ある種の飢餓感が必要な時期もある。いまの中高大学生が飢餓感がない青春を送っているとすれば、ちょっと可哀想かもしれない。
エアチェックで思いだしたけど、当時エアチェックして何度も聴いたビートルズの「When I'm Sixty-Four」。64歳になっても(←ずいぶん以前にこんな日記も書いている)。作詞作曲した当のポール・マッカートニーが先週の日曜にその64歳になっていたらしいですね。知らなかった。
でも彼は先月中旬に奥さんと離婚したらしい。そうか。VeraとChuckとDaveは奥さんの膝の上で微笑まなかったか。リアリティ・バイツ。まぁ仕方がない。
3時半起き
2006年06月23日(金) 5:55:26
いつも5時すぎくらいに起きてしまうご老人なボクなので、4時に起きるのはそんなにつらくない。目覚ましなしで3時半くらいに起床。豆腐屋かよ。
ということで、4時からW杯。対ブラジル戦を観戦。主力級が数人休みながらも圧倒的な力の差を見せつけてくれたブラジル。大人と子供。お手合わせいただきありがとうございましたというレベル。ここからたくさん学んで成長してまた出直せば良い。
というか、路地裏でサッカーやっている子供など(少なくとも東京では)ほとんど見たことないこの日本にとって、これがリアルなのだと思う。
とはいえ見終わってすっかり疲弊。リフレッシュのためにプールでも行くか。プールが開くまで2時間。寝ちゃいそうだな。
昨日のメモで「♪こ〜せ〜けしょ〜ひ〜ん、かよおべすとて〜ん」のジングルが耳について離れなくなった方が約4人。メールありがとうございます。実は書いた当人も離れません(笑)。この前亡くなった宮川泰さんの司会も良かった。あの番組、曲を編集して短縮して流すことも多く、エアチェックの時にどれだけ悔しい思いをしたことか。フルバージョンが流れるまで何週も同じ曲録り続けたり。
one for my daughter
2006年06月24日(土) 6:29:54
昨日は観戦後、結局二度寝してしまって起きたのは出社ぎりぎりの時間。プールに行けず。夜は娘のピアノ発表会があったのだが、まぁその後にでもプールへ行こうと思っていた(ボクは娘のピアノを聴いて帰るが、妻娘は他の人の演奏をすべて聴いて帰るので別行動)。
仕事を切り上げて息せききって会場へ。娘が弾いたのはスカルラッティ「ソナタK159」とシューベルト「即興曲」の2曲。親バカだがとてもよく音楽が表現できていた。ミスタッチとかはどうでもいいから感情の動きを身体ごと表現してほしい、と思っていたのだが、それがよく出来ていた。
弾き終わった彼女を待たず、スッと帰る。楽屋から出てくるのを待って感想を伝えようかと思ったが、小さい会場でそういう雰囲気でもないし、娘は超照れ屋なので友達がいる前とかで父親が褒めたりするのを嫌がると思ったのだ。帰ってから伝えればいいや。
プールへ向かう。でも電車に乗っているうちに自分が妙に酒を欲しているのに気付く。いろんな疲れ&娘の上出来が影響している模様。今週は仕事でもいろいろあった。で、急遽プールをやめて久々の「テンダリー」へ。
宮崎優子さんのおいしいカクテルでとりあえず one for my "本番に強い" daughter。さすがだね。次に one for my "立ち直りの早い" friend。かなわないよ。三杯目は one for my "カンヌで賞を獲った" staff。おめでとう。最後に one for my "無事にたどり着いた" weekend。意外と綱渡りだったよな。
サイドカーで〆て帰宅。娘も帰宅していたので感想を伝えたが、照れているのか素っ気ない。きちんと伝えられなかったのでココで伝える。今回の演奏は本当に良かったよ。努力の甲斐あり。誇りに思う。
早起き癖がついたのか、今日も4時台に起床。韓国vsスイスを観戦。あぁこれでアジア勢はすべて予選敗退。次回W杯でアジア枠が減らなければよいが。
絶対的味方の存在
2006年06月25日(日) 12:36:08
土曜は早朝の韓国vsスイス戦から始まったのは昨日書いた。その後、速歩の犬散歩を40分し、帰ってすぐ自転車に乗ってスポーツクラブへ。
まずジムで30分。胸と腕と背筋を鍛える。腕が上がらなくなるまでやってからプールへ。アップを100mした後、長距離モードに切り替えて泳ぎ出す。途中からリズムが合い出して調子が出だす。苦しい300m〜400mを乗り切るとあとは根気との勝負。
で、1キロ完泳! ノンストップ! 那覇で完泳して以来初めて。
あれがマグレじゃなかったことを証明できた。もう「あれは沖縄の空気が後押ししてくれた奇跡」と思い込みつつあったからなぁ。しかもあの時はたまたま泳げちゃったという感じだったけど、今日は最初から狙って泳いだ。この違いも大きい。最後の方は足がつっていたので、ほとんど上半身だけで泳いだ。
泳ぎ終わったあとの広背筋がボーーッと燃える感じも気持ちよく、風呂浴びて自転車で帰宅。プロテイン飲んで即昼寝。あぁまだ全然午前中だよ。早起きすると一日が長くて良い。
14時ころ起き出し(寝過ぎ)、企画書一本書いてから家の掃除&整理。
17時半には家を出て夜ごはん。義父母が上京してきたので、ボクの父母と妻子と7人で外食だったのだ。昔は親とかとお酒飲むのが苦痛な時期もあったがいまは楽しい。40過ぎてやっと社会のことがいろいろわかりはじめ、仲間になれた感じが自分の中にあるのかもしれない。うん。30代はいろんなことがわからなかった(今になって思えば)。でもこんな感じで50代60代にならないとわからないこともあるんだろうな。それがいいか悪いか別にして。
みんなで家に移動して、響子の昨日の演奏をビデオで見る。娘に絶対的好意を持っている人ばかりが集まっているシアワセな時間。この地球上でこの人たちだけは最後の最後までキミの味方なのだよと教えてあげたい。いや、もう肌感覚で知っているか。でもこの「絶対的味方が存在するという揺るぎない確信」こそが、自殺とか他人を殺すとかを未然に防ぐ気がする。根っこはきっとそこらへん。
映画「FLY,DADDY,FLY」
2006年06月26日(月) 7:03:58
娘が金城一紀の「FLY,DADDY,FLY」を読み終わったというので、映画化されたDVDを借りてきて一緒に観た。主人公は堤真一。最近では「ALWAYS」での怪演が光っている。朴舜臣役の岡田准一が良かった。朴舜臣には線が細いかなと思っていたが、なかなかどうして。相当見直したな。
でも個人的には小説の方が好き。映画はもっともっとやりようがあったと思う。だって「WIN,ROCKY,WIN」なんだもの。あの映画みたいにシンプルに盛り上げられるはず。韓国でリメイクされることが決まってるらしいけど、なんだか盛り上げ的には負けそうだ。
DVDを借りるとき「風の歌を聴け」を見つけたので「あぁそういえば観てないんだよなぁ」とか思いながら手に取る。んでもってちょっとのけ反る。配役が…。「僕」が小林薫。んん〜微妙〜。1981年当時ならわかるか…。「鼠」がヒカシューの巻上公一。どっちかというと「鼠」の方が小林薫なんだけどな。んでもって「ジェイ」が坂田明。うわ、これは違うのでは! もっとこうなんていうか…。
朴舜臣にしろ僕にしろジェイにしろ、読者のイメージが出来上がっちゃっている人物の配役は難しい。ボクだったら誰をキャスティングするかなぁとか考えだすとすぐ時間が経つ。ヒット作にするためにはそこそこのスターを配置しないといけないし。んー。今なら誰が「僕」かなぁ。意外と稲垣吾郎? いやいやゴローちゃんだったら岡田准一の方がいいかも(←意外と惚れたらしい)。どちらも客観的な空気を身に纏っていてよろしいが、ゴローちゃんの目は喜劇的なのに対して岡田准一の目は悲劇的なのがいい。でもハンサムすぎるかなぁ。とか。そんなことを考えているうちにすぐ夜中。
被害者の個人情報
2006年06月27日(火) 8:39:23
月曜はいつもグッタリする。仕事が多いのだ。バタバタしているうちにすぐ夜になる。
グッタリ気分を引きずりながら、夜は泡盛。「まさひろ」をひたすら飲み、だんだん楽しくなってくる。泡盛を飲むといつもそうだが、妙に心が開いてしまう。開きすぎたか。泡盛のバカ。
朝、ニュースを見ていたら、女子大生誘拐のニュース。すぐ保護されて良かったが、女子大生の名前・学校名・住んでいる町名が明らかにされ、顔と自宅と近所が写され、繰り返しインタビューが流された。NHKの全国放送。一晩で解決した事件の被害者の個人情報がなぜここまで流されないといけないのか。あんまりではないか。ワイドショーならまだ諦めがつくが、NHKのニュースでそこまでくわしく流す必要がどこにある。
さてプールに行こう、と頭では思うのだが、ちょっと二日酔い気味で腰が上がらない。広背筋がボゥと燃えるあの感じをまた味わいたいのにな。今日は無理かも。
強者どもの時間帯
2006年06月28日(水) 7:07:51
ええと、一年とちょっと続けてきた「さとなおの 男のための昼メシレベルアップ計画」の連載は、日経BPサイトリニューアルにつき今週で終了しました。ありがとうございました。結局58店ご紹介しました。大変だったけどわりと楽しかったな。そのうちこのサイト内にまとめますね。
昨日は仕事後、夜22時にプール。驚いた。この時間帯だと強者がやけに多くなるのである。ご老人が消え、なんかバリバリの元水泳部系がシュバシュバ飛ばして泳いでいる。最初は気にせず泳いでいたが、400mを過ぎたあたりでどうもボクが渋滞の原因になっているらしいことに気付き、その後は速い人がスタートした直後を狙って泳ぎ始めて追いつかれたら追い越してもらう、という細切れ超気遣い体制に。どうしてもボクのピッチも上がってくるので(追われるから)、リズムが狂い疲れも倍増。まぁでもうまい人の泳ぎを見ているとイメージよくなってとてもいい。見惚れるような美しい泳ぎの人が数人。何がどう違うのかすらわからん。
「ダンス・ダンス・ダンス」と「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を二冊続けて読了。両方とも再々読くらいだが、20代30代で読んだのとずいぶん感想も違う。続いて「ねじまき鳥クロニクル」に入ったところ。こうしてひとりの作家を集中して再読するのって楽しいな。
心開き系
2006年06月29日(木) 9:18:09
二日酔い(笑)
プールを始めてから酒が弱くなった気がする。ちょっと飲んだだけですぐ酔う。まいったな。昨晩はチェコやNYで一緒に闘った古い戦友と遅めから「和楽惣」にて飲み始めたのだが、焼酎をロックで行っているうちにいい感じに酔ったのはいいとして、それが朝まで抜けないというのに驚く。自分の肝臓とも思えないが、これが45歳のリアルということかな。でもまぁ昨晩は昔のつらい仕事の思い出をいっぱい話しあい、なんだかずいぶん褒めあったので(きもっ)、それも酒が残った原因かもしれない。心を開きすぎたかも。
そういえば昨日はランチも「心開き系」だった。大阪勤務時代の人々が5人集まって、大阪時代によく通った「ネスパ」の東京支店にわざわざ行ってランチしたのだった。懐かしすぎる話題がいっぱい。まぁたまにはいいのだが、こういうことが続くとだんだんと「昔は良かったなぁ」と過去に生きるオッサンになっていく。まずいまずい。たま〜ににしておこ。
それにしてもまだ9時台だというのに篦棒に暑い。って篦棒って読めますか。べらぼう。この漢字はボクも知らなかった。飯粒を潰す篦棒っていう棒があって、そこから「穀潰し」という意味になったという説と、便乱坊という1670年代に見世物で評判をとった奇人からとったという説とふたつあるらしい。まぁとにかく篦棒に暑い。今日は我が家も初クーラーかも。←この暑いのに毛皮を着ている不憫な愛犬用。
不思議なタイ料理店
2006年06月30日(金) 8:12:06
昨晩は不思議な店に行った(しかも同行者は妖女と魔除けと招き猫)。
完全予約制で1年前には予約で席がいっぱいになるというタイ料理店。入り口ドアには「12月末まで満卓」とか掲示してある(雀荘すか?)。超年下殺しの妖女が予約しておいてくれたプラチナテーブル。
んでもって「翌年分の予約希望を6月から8月に所定用紙(1部100円。限定枚数配布次第終了)で申し込んでいただきます。予約希望日が重複した場合は抽選(最低1ディナーは確保・設定いたします)になります」という徹底ぶり。す、すごいな。
完全予約制のうえに完全セルフサービスで、後片づけもある程度は客がやる。物静かな女性が一人でやっている店なので手が回らないのである(席は12席程度)。いろいろ条件があってややこしいが、相当古くからやっている老舗らしく、長年毎年予約で埋まるというのだから立派である。
こういう店はえてして高いのが通例であるが、予想に反して腰抜かすほど安かった。コースが3000円なのだ。普段遣い値段じゃん! 普段遣いの店なのに年間予約制。妙にシュール。店内は古く手作り感に溢れており料理もとてもカジュアル。ふと立ち寄るタイプの店なのだ。なのに前年から予約しないといけない。ふーむ。
不思議な気分に包まれたままみんなと別れ、お久しぶりの友人と待ち合わせ。このあたりで二日酔いからようやく抜け出し、深夜の広尾で蕎麦をたぐるまで数軒突っ走った。
そんなこんなで異様に濃かった6月も今日でオシマイ。今月はマジでいろんなことがあった。ちなみに昨日、1500万アクセス突破したようです。ありがとうございました。




