2004年12月 アーカイブ

ゼシカのぱふぱふ

2004年12月 1日(水) 16:21:40


昼は「しみづ」で鮨。中野の「さわだ」が明日から銀座進出だそうだ。新富寿司の並び。いい場所だし、あの料理なら受けるだろう。でもボクはそんなに好きな方向性じゃないので行かないかも。もう少し枯れてから是非伺ってみたいところ。

ドラクエ、数時間ずつ順調。はじめてゼシカのぱふぱふを見たときは目眩がしました。萌えゲだったのか。適度に胸揺れたりするし。

舞台の「笑の大学」

2004年12月 2日(木) 7:58:19

映画「笑の大学」を観て「舞台も観たかったなぁ」とココに書いたら、読者の方が送ってくださった。昔NHKで放送したもの。うれしいなぁ。畠山さん、本当にどうもありがとうございました。

で、ようやく時間が出来たので家族で身を乗り出して観た。
特に娘にとっては、ほとんど同じ脚本で映画と舞台の両方を観るなんてことは初めてなわけで、演出の違いや役者の違い、演技の違い、オチの違い、なぜ映画ではああで舞台ではこうなのか、などなど、新鮮な驚きに満ちていたんじゃないかな(ぼんやり観ていた様子ではあるが ←ダメじゃん)。

つか、映像を生業の一部にしているボクですら、ずいぶん勉強になった。なるほどまずこの舞台ありきだから映画では蛇足と思われた部分をつけないといけなかったんだな、とか。この舞台を映画化するならボクならこういう風にするけどな、とか。

絶対来て損はないスラムダンク・ファイナル

2004年12月 3日(金) 23:15:13

スラムダンク・ファイナル・イベントに行ってきた(というか、主催者ですが)。

平日な上にほとんど告知していないので人が集まるかと不安だったが、開門前に70人ほど行列が出来、午前中だけで250人ほど来てくれた。関東近辺の方はもとより、札幌や福岡や静岡や神戸や台湾からも。そして来てくれた方々の笑いや涙の反応を見て確信した。すまん、主催者側として口幅ったいのだが、これは「名イベント」だと思う。遠くから来てくださった方々もみな大満足して帰ってくれている。スラダン・ファンなら絶対絶対絶対来て損はない。ちょっと迷っているそこのあなた、絶対来るべき。

つか、漫画を読む、という個人の閉鎖された行動が、廃校の教室を回っていくうちにどんどん横に繋がりだし、ファン同士の共有感が広がっていく感じは端で見ていても感動的。それぞれの高校時代の思い出が校舎内で蘇り、それをスラムダンクが繋いでいく。空間アートであると同時にある種の劇空間になっているのだ。ううむ。主催者自賛でお恥ずかしいが、ひとりでも多くの人に見て欲しいなぁ。

20年仕事やってきて初めて

2004年12月 4日(土) 21:32:14

あぁ、なんてことでしょう。腰痛再発だ。痩せて以来ずっと快調なので油断していたらイキナリ来た。夏秋の激務、韓国出張、連日の不自然な姿勢での深夜ドラクエ、そして井上さんのイベントで二日間ほぼ立ち続けていたのも敗因。んでもって、どうも違和感あるなぁと思いつつ、スラムダンク気分(つまり高校生当時の体力気分)で体育館の舞台に飛び乗ろうとしたとき、でかい「グキ〜ッ!」が来た。音が鳴ったよ。やば。

スラダンを愛する本当に素晴らしいお客さんたちと感動的な共有感を一分でも長く味わうため、グキ〜ッ!の後も校舎の廊下に立ち続けていたが、冷や汗まで出るようになって控え室にリタイア。これはやばい。経験が物語る。つか、座れなくなったら年始の入稿どころではない。うーむ。

とはいえ、明日がスラダン・ファイナルの最終日。
つまりファイナル・ファイナル。朝一のお客さん入場から、夜中に井上さんが黒板の漫画をすべて消すまで(お客さんは見られません。ごめんなさい)、どうしてもずっといたい。だって20年仕事やってきて、こんなに気持ちのいいイベント初めてなんだもの。願いはただただ「腰よ持て」。

三崎高校

2004年12月 5日(日) 7:07:52

スラダン・イベントの運営スタッフはボクをはじめとして晴れ男・晴れ女ばかりなので、「土日は大雨」の天気予報も大丈夫と思っていたが、見事に夜に雨が降り、開場時間中はほとんど晴れで乗り切れそうだ。そのうえこの「台風より強い」と言われる強風。「最高気温25℃」という気温。まさにお祭り。盛り上がってきたぞ〜!

会場の三崎高校の校舎からの眺めは「ここって日本一眺望がいい高校では?」と思われるほどで、天気が良ければ富士山もクッキリなのだが、今日のこの風だとマジで美しそうだ。

ただ、あまりの強風で電車が止まっている(泣)。
どうやって三浦半島の突端まで行けば良いのか。クルマを捨てて2年。初めて「クルマがあればなぁ」とちょっと思った。あ、でもクルマで2時間運転するのは腰が無理。やっぱりクルマいらないや。

奇跡のイベント

2004年12月 6日(月) 10:05:58

スラムダンク・ファイナルの最終日についていろいろ書こうとは思うのだが、言葉が出てこない。
あんなにいいオーラにあふれたイベントは経験がない。

お客さんが帰った後、井上雄彦さんがひとつひとつ教室の黒板を消していく。それを3日間がんばったスタッフたちが万感の思いを胸に見守る。儚く消えることこそ企画の本質ではあったのだが、それはまるで人生の時間のようだった。描いて消す。濃厚に描いてサッと消す。そして二度と戻らない。そういう営み。

感想ノートに書かれたお客さんの言葉にこういうのがあった。
「いまこの時代、この場所(日本)に生まれてきて本当によかったと心から思いました」
ガツン。頭を殴られた。ボクは少し勘違いをしていたようだ。もやもやとしていた目標がいきなり明確になった気がする。ありがとう。ボクに出来ることを、最大限、やる。

井上さんのお返事

2004年12月 7日(火) 13:22:12

マックを修理に出そうとする寸前「もう一度だけやってみよう」とPMUリセットを試してみたら、、、治った! なんなんだ? で、さっそく書いてあった原稿を送り(〆切とうに過ぎてはいるが)、バックアップも新たにして、安心安心。あ〜よかった。

みなさまからご心配いただいている腰は、少し復調。今日か明日ゴッドハンドのところに行ってこよう。そして腰回りの筋肉もつけて年末年始の怒濤の原稿書きに突入、という感じ。

スラムダンク・ファイナルの余韻さめやらぬ。その余韻を井上さんの個人メアドに送ったら、これまたお返事が感動的でまいった。自分の言葉を持っている人は素晴らしいな。

何人かとお会いできたのもうれしかった

2004年12月 8日(水) 8:03:29

あまりに嫌いなので「人をそんなに嫌いになっていけない」と反省し、心の中でラムちゃんと愛称で呼ぶようにしているラムズフェルドのクソが留任しやがった。まぁ予想の範囲内だが。つか、フルネームが「ドナルド・ラムズフェルド」ということを知って以来、ドナルド・マクドナルドまで憎い。あぁあと4年も彼の名前や顔を新聞で見ないといけないのか。任期が終わる頃にはもう47歳だよ。オレの中年を返せ!

スラムダンクのイベントはな〜んの告知もしなかったのに結局5000人近く来てくださったのだが(あぁあの素晴らしい時間を5000人も共有してくれたのか)、「さとなおを見に行きました」とメールくださる方もここ数日意外といらして、わりとうれしい。声かけてくださればいいものを…声かけにくい雰囲気らしいけど。
中には(極端な例だけど)三崎口の駅まで来たけど時間切れで会場まで来れず「さとなおさ〜んと心の中で叫んで帰りました」という方も。ごめんね遠くて。ぜひお話したかったです。自分が書いているものを好いてくれる方が確かにいる、と知ることがどれだけ励みになるか。まだまだ不出来なサイトだし、本も稚拙だけど、ひとりでも好いてくださる方がいる限り、書き続けます。ありがとうございます。

濃い三人

2004年12月 8日(水) 18:30:28

複数の方から「マクドナルド・キャラの本名はロナルドです」とのご指摘。そうだっけ?と調べたら、日本ではドナルドで、アメリカではロナルドらしい。日本人にRは発音しづらいから、正式にドナルドと呼んでいるとか。だから間違いではないよ。ま、嫌わせてよ、いいじゃん。

今晩はラーメン界では知らない人がいない大崎裕史さんと、東京食べ歩き界では知らない人がいない伊藤章良さんと3人でメシ。濃い。濃すぎる。つか、食事するメンバーの中で一番訪問店数が少ないのがボク、というのは初めてかも。楽しいな。いろいろ聞き出しちゃおう。

「BINGO」〜「霞町一」

2004年12月 9日(木) 13:30:34

西麻布の「BINGO」で3人でメシ。
話題は食まわりを広範に。とにかくいっぱい食べている人と話すのは同類ちっくでもあり楽しい。食ジャーナリズムについての深い話も少々。もう少し踏み込んで話をしたかったが疲れもあってわりと酔ってしまった。残念。

この店は山田宏巳シェフの弟子が開いたイタリアンらしいのだが、途中で山田氏本人も客で登場。隣のテーブルでは秋元康が食べていたりとなかなかにINっぽい。メリハリの効いた料理ではあった。
大崎さんと別れて伊藤さんと西麻布の「一(ぴん)」へ。散々ワイン飲んだあとに日本酒というのもなかなかよい(ホントか)。メザシなどを喰いながらおちょこ数本あけて帰宅。なかなか良さそうな店なので今度再訪してみたい。

「本物」って何だろう。ボクは本物だろうか。本物でなければ何の偽物なのだろうか。タクシーでの帰り道、そんなことを唐突に。 ボクは本当は何をやりたいのだろうか。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。