2004年01月
謹賀新年〜曙の勇気
2004年01月01日(木) 1:22:15
みなさん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくです。どんな楽しいことが待っているかと思うとワクワクするね♪(と、自分を励ます)
31日の夜は、なんとなく紅白と曙vsサップをザッピングするという、近年になく非生産的な大晦日を過ごした。
曙は……だけど偉かったと思う。無惨かつ考え得る限り最低な負けっぷり。でも、相撲最高位到達者として名誉も地位も得、安全な場所にいた人生を投げ打って、一時は一生の職場と決めた相撲協会からの避難中傷も覚悟し、惨めな負けも予想できた慣れない闘いに敢然と挑んだ勇気をキミは称えないのか。
どうせ金のためだと言う人もいる。相撲好きからは「相撲を汚す」という悲鳴も上がっているだろう。でもそれらをすべて飲み込んで、彼は再び闘いの土俵に立った。曙本人にとってそれはいかに怖いことであっただろう。たとえば過酷なサラリーマン社会で会長まで成り上がった有名人がなにもかも投げ打って「マネーの虎」に出て批判の矢面に立つ、みたいなことを彼はやったのだ(例が小さい!)。
とにかく、あの負け方をした時点で、ボクは曙が好きになった。2003年のラストにいいものを見せてもらった。ボクも今の状態に安住せず、恥をどんどんかいてがんばろう。人生は誰のものでもなく自分のものだし、たった一回しかないのだ。ヒトにどう思われようと自分の道を進むべきなのだ。
月刊おもしろ本更新
2004年01月01日(木) 22:44:35
ボクの元日はこんな具合ざんした。
日の出の時刻に起きて、メールチェックして急ぎの仕事して、お屠蘇飲んでお雑煮食べて、2時間朝寝して、ゆっくり書き物して、昼ご飯に磯辺焼き食べて、仕事して、犬と散歩して、初詣して、読書して、鴨鍋とおせち食べて、村上龍の番組見て、サイト更新して、で、今。のんびりした一日じゃった。うほほ。
えー、月刊おもしろ本、10月11月12月1月と4ヶ月一挙更新完了。どこが月刊じゃい。元旦恒例の去年のおもしろ本ベスト10は2月に更新します。おいしい店リストも100店くらい溜めているのだけど、これは正月休みに出来なかったなぁ。プラハでしこしこ書きますか。とはいえ過酷なロケっぽいので無理かも。
あ、そういえばプラハでつきあってくださる方がひとり見つかりました。お会いできるのが楽しみです!
プラハ出張準備
2004年01月02日(金) 22:35:38
真冬の2週間出張って荷物かさむなぁ。7年前くらいに買ったTUMI最大の巨大スーツケースがいっぱいだ。ま、夜間撮影用ダウンジャケットまで入れているので嵩はかさむが重くはない。
アメリカ人たちと2週間一緒なので、こりゃいい機会かもと会話の勉強本もいくつか入れ、2週間朝晩読みつつ、昼間は彼らと実践英会話♪と意気込んではいるが、だいたいロケの時って疲れてしまって計画倒れに終わるんだよね。夜は飲んじゃうし。せめて肉体改造計画だけは続けようとゴムチューブを持って行く。これは必ず毎日やろう。
プラハはかなり楽しみ。モーツァルトのプラハが頭の中で鳴り響くが、基本的にはドボルザークとスメタナか。オペラとか一回くらい観たいな。
プラハ出張(1)
2004年01月03日(土) 6:40:28
ということで、プラハに行ってきます。
出かける日が近づくに従ってプレッシャーが強くなる。気が重い仕事じゃ。なんとかなるとは思いつつ…。
チェコってどんな料理なのだろう。それを楽しみに、行ってきます!
プラハ出張(2)夜景
2004年01月04日(日) 9:46:07
20時間強の移動(ロンドンで乗り継ぎ)でようやくプラハ到着。ロンドンからプラハへの航行中、夜景がとてもきれいだった。ブリュッセルの真上とか通ったけど、夜のナスカ地上絵のようであった。
というか、寒い!
予定では真夜中3時とかの撮影も入っているのだが、マジ凍えます。うー。
極寒プラハ出張(3)雪のチェスキー・クルムノフ
2004年01月05日(月) 12:22:01
昨日(こっち時間)は打ち合わせが流れ、半日ヒマに。もうこれ以降ヒマな日がほとんどなさそうなので、急遽足を伸ばしてチェスキー・クルムノフという世界遺産の街を訪ねることに。
南ボヘミア地方にあるこの都市は1年半前洪水にやられてしまったのだが、中世の町並みをそのまま残していて美しい。ただ、一面の雪景色なので屋根の赤と森の緑が映える眺望は見えず、美しさ半減。空いていて良かったことは良かったけど。
夜、こちら在住のビーズ作家(日本人・女性・同年代)と連絡が取れたのでビールとメシをご一緒に。観光客は絶対来ないだろうと思わせる店をハシゴ。そしてプラハ市内を厳寒観光案内してもらう。へぇ、プラハ城とか24時間公開しているのねぇ。移動疲れがピークに達しておりガンガンには遊べなかったがとても楽しかった。滞在中なんとかもう一度お会いしてビーズを買いたい(←娘へのお土産用)のでよろしくSさん!
ホテルに夜9時頃帰ったら(こっちは夜4時には真っ暗なので夜が長い)仕事でグワッと一悶着。仏の顔も三度までなのだよなめんなよ、とボクもちょっと怒り含み。頼むよオイ。そんな中、撮影スケジュールが上がって来たが、1月10日朝5時まで、11日朝5時まで、12日朝7時まで、とか平気で書いてある。そんなスケジュールが16日までビッシリ。撮影時間は延びる(おす)のが普通だから……オイオイ、待ってよ、連日徹夜予定って。というか、ホテル周辺すら観光できないかも、というスケジュール。夜とはいえプラハ市内を散歩しておいて良かったかも。
しかしこの、口も回らなくなるような寒さの中を屋外で朝まで撮影って……今日もすでにこっち時間の朝4時。あと3時間少ししかロケ出発まで時間なし。プラハに着いてからまだ2,3時間しか寝ていない。マジで今回は地獄かもー(カラダガモツカナ?)
極寒プラハ出張(4)凍傷寸前
2004年01月06日(火) 9:09:02
今日は朝8時から夜12時まで16時間働きづめ。ロケ場所をすべて回って撮影アングルなどを具体的に決めていく作業だったのだが、30分も外にいるとカラダは芯の芯まで冷え、足先は凍傷寸前になる寒さ。口から息をすると喉がヒリヒリ凍り付く。こっちの人も「今日は特別寒い」とブルブル震えてた。昼間でこれだけ寒いと、深夜〜早朝の本番はいったいどうなるのだろう。日本から「これでもか!」とばかりに防寒具を持ってきたのだが、明日こちらで買い足すつもり。実に金がかかるロケである。
昼メシの時間も惜しんで仕事していたこともあり、ランチはなんとマクドナルド。プラハまで来てマクドナルド。まったく怒鳴るど?
こちらではなぜかハム太郎が人気で、Happy meal(日本でいうHappy set)のおまけがハム太郎人形だった。ハム太郎がチェコで人気とは驚き。アメリカ人に聞いたら「アメリカでも大人気さ。え?ハムタローって日本のアニメなのか!」と驚いていた。なかなかやるな、ハム太郎。
極寒プラハ出張(5)しもやけ
2004年01月06日(火) 17:24:52
朝起きたら足がかゆかった。しもやけのようだ。鏡を見たら鼻が赤い。凍傷の初期のようだ。鏡を見たらいつもよりお腹が出ている。深夜にバカ食いしたせいのようだ。
極寒プラハ出張(6)零下10℃が暖かい
2004年01月07日(水) 0:19:14
今日は昨日に比べて暖かいな、と思ったが、聞けば昨日はー19℃だったらしい。そりゃ寒いわ…。今日はー10℃くらいかな。暖かいなぁ。←もうなにがなんだか。
とはいえ、夕方1時間ほどヒマが出来たのでプラハ市内を散歩したら、20分でへこんだ。寒くて。海外に来てへこんだのは初めてかも。やばい。あと約10日、気持ちが持つかどうか。
極寒プラハ出張(7)極度の疲れと復活と
2004年01月07日(水) 13:32:34
プラハ時間の昨日夕方、カラダがゾクゾクして頭がガンガンしたので「やばい!本番を前に風邪か!もしくは頭痛再発か!」と焦り、打ち合わせについてチョチョチョと指示して、ホテルに帰って寝た。さっきまでぐっすり(正確に言うと、途中数度起き、本を一冊読了)。現在こっちの朝5時すぎ。
どうやら風邪というよりは極度の寝不足と移動疲れと寒さがいっぺんに来たようで、起きたら復活していた。東京の仕事もこっちでやっていたので、とにかく寝ていなかったのだ。寝ないと余計に寒さが堪えるよね。
チェコ大使館が作ったという丸秘のうまい店リストとか、こっち在住のSさんが薦めてくれたうまい店リストとか、いろいろ手元に集まってきているのに(みなさんありがとう!)時間がなくて活用できていない。これが一番つらい(笑)。昨日のランチは時間がなかったので仕事場近くのチェコ人(仕事上のチェコ側責任者)推薦の店に行ったのだがオオハズレ。ハズレすぎ。まずっ。もうチェコ人の舌は信じないぞ。うー。疲れが吹っ飛ぶようなうまいもの食べたい。
極寒プラハ出張(8)ジョン・フランケンハイマーの愛弟子
2004年01月08日(木) 0:59:25
頑固なアメリカ人ディレクターに手を焼きつつ、今日も一日一歩もオフィス(チェコのプロダクション)を出ずに打ち合わせ。このまだ若い監督(アンドリュー・ハーダウェイ)はジョン・フランケンハイマーの愛弟子らしいからそのうちビッグになるかもしれないけど、少々アタマがカタイ。まぁ頑固なのも監督の大事な要素なのだけれど。
今日は昨日よりも暖かい感じなので街を散歩したかったなぁ。暖かいと言っても零下10℃近くはある感じ。プラハ近郊は記録的な大雪だったらしい。
昼飯はサンドイッチ。夜飯は……まともなものが食べたいが、わがままも言っていられない状況。
極寒プラハ出張(9)地獄度足りず
2004年01月08日(木) 8:16:23
いやそれにしても今日のプラハはマジ暖かい。零下5℃くらいかもしんない。大陸性気候の零下5℃を暖かいと思うようになったら、もう異邦人卒業かも♪
今日、日本からスタッフ第三弾が到着するのだが、彼らにさんざん「プラハは地獄の寒さです」とメールで脅したボクとしては、これが佐藤が言う地獄かいなと思われるのがシャクでシャクで。くそー、明日の朝は地獄の寒さになれかし!(んー、でもやっぱりやめてっ)
極寒プラハ出張(10)最強の防寒具で凌ぐ
2004年01月09日(金) 7:03:17
今日のプラハは晴れ。気温も上昇。相変わらず零下ではあるが暖かいロケとなった。が、朝から晩まで外にいるとさすがにだんだん冷えてきて、最後の方は少し寒かったな。でもこちらで購入した防寒具の強力なことと言ったら! これなら明後日から3日続く「深夜〜早朝ロケ」も切り抜けられるかも。
相変わらずの雪景色だが、雪質は究極のパウダースノーで、北海道でも体験できないレベルのさらさら感。多い日も安心♪てな感じ。
プラハは映画のロケでよく使われる。アマデウスやミッション・インポッシブルなどは有名。だからか、映画撮影慣れしているスタッフが多く、段取りがなかなか良い。チェコ人特有の我慢強さもあって、わりと撮影はスムーズに。素朴で明るいし、なんだかチェコ人好きかも。
極寒プラハ出張(11)クネドリキ
2004年01月10日(土) 8:16:16
チェコ料理の代表といえば、付け合わせで出てくるクネドリキ(英語でダンプリング)。小さな蒸しパンと思えばいい。ソースだぼだぼ系の料理の付け合わせとして同じ皿にのり、ソースをクネドリキでこそげとってお皿をきれいにする感じ。まぁ味は特になく、旅行者の評判はあまりよろしくない。まずいし飽きる、と。
が、外国人に言わせると白米だって「日本人はあんなに味が同じでしかも味がないものを生まれてからずっと食べ続けてよく飽きないな」ということになるらしいから、クネドリキも同じように飽きが来ないものなのだろう。一方的価値観で「こんなもの毎日食べてるくらいだからこの国の料理はまずい」とか決めつけるのはブッシュ的だし。
それにね、デザート・クネドリキ(フルーツ・ダンプリング)はなかなか変わっていてうまいのだ。量が巨大なのが困るけど。帰るまでにもう一度食べてみたい(←置いている店は少ないらしい)。
今日は1日中 山の中での屋外撮影で、さすがに深夜近くになったらかなり冷え込んだ(完全防寒で乗り切った)。川の向こうには時々列車が走る雪深い岩山。そこそこ絶景。
いつも思うが、ロケじゃないとまず一生来ないような田舎(しかも海外)にいると、一生来るはずのない場所に立っている自分の存在と一度しかない人生の時間とが重なって感じられ、とてもせつなくなる。近くに民家などあるとてきめん。「一度しかない生の時間をここで終える人生ってどんなだろう」と空を仰ぎ時間を忘れる。いろんな人生を生きてみたいと切に思う瞬間。
極寒プラハ出張(12)ビール消費量世界一の国
2004年01月10日(土) 17:10:25
おまえはビール消費量世界一にしてピルスナーの発祥の地チェコにいながら何をやっているのだ、幸せに思っていっぱい味わえ、めったな機会ではないぞよという趣旨のメールが数通同時に舞い込む。うはは。もちろん毎日のように飲んでいますぞ。バドワイザーの故郷チェスケー・プジェヨヴィツェも車ですすっと(名前だけ一緒で別物だけど←アメリカのバドがチェコのビールの名称を使った)。んでもって今日はピスルナー発祥の地であるプルゼニュ(ドイツ語読みでピルゼン)に行って、できたてのピルスナーを飲んでくる。
ヒマなんかい!って? いやいや。昨日までは朝から夜という普通の撮影時間だったのだが、今日からは夜から朝という撮影時間になるのだ。だから暗くなるまでは時間が空いている。休んでおかないとカラダが持たないが、まぁせっかくビール大国にいるので無理矢理ピルスナー工場に行ってこようかな、と。
どうやら日本に輸入されるチェコビールは輸入量も少ないらしく状態が良いものが少ないらしい。こっちにいるうちにいっぱい味わっておこう。キリンのラガーも元はと言えばチェコから習った技術らしいから、日本のビールの元ともいえるだろうその味は、強い苦みがあって喉に芳香が長く残る。んぐんぐプハーッ系ではないが、実にうまいし実に安い。グラスで40円とか。水より安いかも。
いろんなメーカーがあるがどこでも飲めるのがウアクヴェル。本家バドワイザーはやっぱりアッサリめなのがおもしろい。
というか、ビールもそうだが、音楽都市としてのプラハやカフカやムハの街プラハもまだ味わっておらず、仕事しかしていないのがマジ不満←仕事に来たんです。
極寒プラハ出張(13)いままで飲んだビールの中で一番うまい
2004年01月11日(日) 13:33:28
ただいまプラハ時間で5時半すぎ。たったいま徹夜屋外撮影から帰ってきた。あと2日、こんなスケジュールが続く。ちなみにスタッフひとり倒れました(泣)。
昼間はピルゼンに行き、ピルスナー・ウァクベルの工場で樽出しのピルスナーを飲んだ。疲れているから簡潔に言おう。いままで飲んできたビールの中で一番うまかった。昔からの味そのままで飲めるのはこの工場内の見学コースのみ、ということなので、世界でここでしか飲めない味だ。想像をぶっちぎってうまかった。これははるばる来た特別感から来るものではなく冷静沈着な比較による。同行者もぶったまげていた。いやーびっくりするうまさ。
ミュンヘン、ダブリン、ロンドン、ベルギー、サッポロ、名護など、ビールがうまい場所にはたいてい行ったが、チェコはぶっちぎり。ビール好きすべてに「ピルゼン行って工場見学して樽出しを飲め!」と強制したい気分である。
極寒プラハ出張(14)忍耐忍耐の15時間徹夜撮影
2004年01月12日(月) 16:25:39
今日は長かった。
朝5時まで撮影してホテルに帰ってきて、疲れ切っていたので夕方まで寝ようかと思いつつもったいないので昼からプラハの街に出た。天気まぁまぁで明るい日。はじめて「おー、プラハって美しい」と実感できた散歩だったのさ。
モーゼルグラス本店でお土産を買って(高っ!)、こっち在住の人に連絡とって一緒にチェコ料理のフルコースランチを食べて(うまっ!)、思わずチェコの赤ワイン(モドリー・ポルチュガルという品種)をボトルで飲んじゃって、親切心全開のチェコ人ソムリエが薦めるままにいろんなワインをテイスティングしちゃって、食後酒まで飲んじゃって、3時間もランチしちゃって、徹夜と疲労とワインとでフラフラになりながら撮影現場に行ったのさ。
今日の寒さはそれほどでもないなと思ったものの、屋外撮影で大雨に打たれ、そのうち芯まで冷え切って酔いも冷めちゃって、あとはひたすら忍耐忍耐忍耐の15時間(長っ!)。そのうち10時間くらいは立ちづめさ。
朝8時に日が昇って夜間撮影の意味をなさなくなるまでガッツリ屋外撮影。映画007のスタントチームまで使った大掛かりな撮影で、楽しいことは楽しかったけど、さすがに疲労度満開だわさ。
そろそろ朝8時半。いまからお風呂にゆっくり浸かるところ。明日(今日?)も夕方4時から朝8時までの屋外撮影予定。今日は夕方まで寝るざます。
極寒プラハ出張(15)18時間屋外立ちづめ
2004年01月13日(火) 18:05:21
起きあがるのにも苦労する疲労状態でやっとこベッドから抜け出て夕方4時に集合出発。今日も屋外撮影。当初大雨でその後大雪、夜半にやんだが極度の冷え込み。
朝10時まえ終了。18時間屋外立ちづめ。死。もうこんなこと4日も続けている。んでもってあと4日もある。あと5時間でまた出発。寝ないと。。。zzz
極寒プラハ出張(16)おれに睡眠時間を!
2004年01月13日(火) 22:30:09
起きられる自信がなかったので日本から来ている一番若いプロダクションマネージャーに念のためモーニングコールをお願いしておいた。「おはようございます。あと30分で集合です!」と元気よく起こしてくれ、やべっと思ってシャワーをすぐ浴びて時計を見たら……まだ1時間30分前だった(笑)。がっくりした拍子に足がつった。立ち続けすぎ。つか、おれに睡眠時間を! Actually、もう若くないのだ。頼むよ。
極寒プラハ出張(17)日本食恋しくない
2004年01月14日(水) 14:00:01
ボクは海外に長くいても「日本食恋しい〜」とはならないタイプで、とにかくひたすら現地食を食べるのだが、まわりのスタッフはそうでもない。というかボクが超例外。みんな着いた翌日から日本食に行きたがる。信じられない・・・
昨晩は夜にスタッフで食事する機会があったのだが、ご多分に漏れず日本食。そうかなぁと思ったらやっぱりそうだった。んー、せっかくチェコにいるんだからチェコ料理食べようよぅ(地団駄)。
しゃぶしゃぶを「しゃぷしゃぷ」を表記するようなお店に入りお寿司とか天ぷらとか冷や奴とか。遠き異国でがんばっている和食たちの姿を見るのも愛おしいが、やっぱりなんだか「あと一週間もすれば日本でイヤってほど食べられるじゃん!」な想いにかられるのです。
極寒プラハ出張(18)地獄の日々ももう少し
2004年01月15日(木) 16:41:55
昨日から屋内撮影に突入。相変わらず16時間バタバタしっぱなしという厳しさなのだが、寒さで体力を奪われない分かなりマシ。客観的に考えればそれでも「今日は死んだ〜地獄〜」とか言うようなきつさなのに、昨日は終わってから皆で「今日は久しぶりに楽だったね〜♪やっほー」と握手しあう感じ。修羅場を知ると許容量が増える。いいことなのだ。←不感症になっただけでは?
昨日は晴れて、ロケバスから見るプラハ市内はそれはもう美しかった。今回は仕事のみで、ほとんど歩けずに帰ることになりそうだが、約2週間、プラハの空気を吸い、プラハっ子と一緒に仕事をし、観光なら絶対行かないようなプラハ郊外で凍えきった。それはそれで希有な体験なのだろう。
昨晩はプラハで一番古いと言われるビアハウスで自家製黒ビールとチェコ料理。ビールをわんこそば状態で持ってくるのが楽しかった。プラハ在住の方のおかげもあり、これでだいたいチェコ料理は一通り味わった感じ。ただ、チェコ料理の本質は家庭料理にあるらしいので、まぁなんつうか表面的ではあるのだけれども。
今日も16時間程度の屋内撮影予定。そろそろ終盤。いざ終わると思うと、地獄の日々でも愛おしくかけがえのないものに思えてくるから不思議ね。人生もそうなのだろう。
極寒プラハ出張(19)17時間ぶっ続け撮影
2004年01月16日(金) 10:40:35
朝9時から夜の2時までぶっつづけ撮影やっと終了。セットから一歩も出ず。あープラハにいるのにプラハ城も大聖堂も黄金の小道も美術館もオペラ座も行っていない。明日は撮り残しをすべて撮るまで終わらないので徹夜濃厚。終わったらすぐパリへ移動。プラハを歩くとしたら明日早起きして集合時間の11時まで歩くしかチャンスがない。よし、5時間だけ寝て歩こう。5時間で起きられる疲労度ではないけれどなんとかしよう…。
プラハではマリオットに泊まっているが、受付にニューヨークとプラハとトーキョーの時計がある。ちょうど地球を三等分する感じなのかも。このプロジェクトも日本とアメリカとチェコの共同プロジェクトみたいなものなので、地球を三等分。なかなかワールドワイドだ。もっともっと英語が話せれば、もっともっとみんなとコミュニケーションとれたのになぁ(チェコでは英語はかなり通じる)。一応プロジェクトのBOSSなので、黙っていると感じが悪いのだ(ただでさえ第一印象とか悪いタイプだし)。でもアメリカ人と濃く仕事してずいぶん会話能力は上がってきた。この際もうちょっと勉強しようと決意を新たにしつつ、明日は撮影最終日。
極寒プラハ出張(20)撮影最終日
2004年01月17日(土) 13:23:16
朝1時間だけプラハを散歩。1時間とはいえ、プラハ城の東のロレッタ教会からプラハ西部のマリオットまできっちり歩け、それなりに満足。あぁこれでプラハともお別れ。
そう、今日は撮影最終日。
日本での撮影を含めると全部で11日間にも渡る本番撮影。ストーリーライティングやシナリオメイク、撮影準備を入れると5ヶ月もの濃すぎる日々。そんでもってこれから音楽制作や編集が2ヶ月続く。うわー果てしもないプロジェクトだぁ。
朝11時から早朝4時まで撮影して大団円。最後は誰彼となく抱き合って終了を喜び、別れを悲しむ。こういう時はアメリカ人の明るさが楽しい。チェコ人のはにかみが可愛い。ちょっと涙目になった私。別れがつらい。特にチェコ人、かなり好き。
これでプラハとも別れを告げ、あと6時間もするとパリに向かう(少しは寝ろよ)。別件での根回し打ち合わせと、ちょうどボリショイバレエの公演でパリに来ているボリショイ第一ソリストの岩田守弘さんに会うのと、パリ大使館の友達夫婦に会うのが目的。 というか、1月3日以来初の休日をとる、という感じが一番近い。
岩田さんの案内でパリオペラ座の楽屋に入れる予定。うれしいなぁ。またバレエ好きの人たちから嫉妬されそうだ。
それにしても、モスクワから来た日本人とプラハから行く日本人が「パリのフォーブル・サントノーレのイブサンローラン・リブゴーシュの前で18時にねー!」って待ち合わせるのって、なんだかおもしろい、よね。
極寒プラハ出張(21)プラハともお別れ
2004年01月17日(土) 18:12:36
あ〜ねむ。パッキングに時間がかかり、3時間だけなんとか睡眠。長期ロケのラストでこれではカラダがかわいそうだ。
ということで、さよならプラハの冬。パリに向かう。2
泊。ちなみにパリではネットに接続しない予定なので次にコレ更新するのは20日かな。
パリで岩田さんとオペラ座舞台裏ツアー
2004年01月20日(火) 18:30:49
無事帰国。
パリでは岩田守弘さんに無事に会え2日間いろんなことを語り合った。アウェイで独りで闘っている彼の、肝が据わった意見の数々が心に沁みる。ホームでぬるく闘っているボクとは姿勢が違う。
彼といっしょにオペラ座(ガルニエ宮殿)の舞台裏を見学しまくったのが今回のパリのトピックス。これって普通の人は絶対できないことだもんねぇ。上から下までなめ回すように各部屋を覗いて歩く。ボリショイバレエは20数年ぶりのオペラ座公演だそうで、行った日とその翌日は「ファラオの娘」をやっていた。1日目はザハーロワ主演(!)のそれを舞台袖緞帳すぐ裏で観せてもらう。うひょ〜ザハーロワが1m前で踊ってるよ!うは〜ペトローバが50cm横から出て行くよ!うが〜ベロゴロフツェフの汗がかかるよ!状態。舞台袖で世界トップの踊りを観るのはいろんな意味ですごい体験。その夜、公演がはねてから岩田さんとぶらぶらパリを歩いていたら至る所で主演級のボリショイ劇団員とすれ違ったのも面白かったなぁ。
翌日は翌日でオペラ座のてっぺんの円形ドーム下にある屋上稽古場で稽古見学。アレクサンドロバ(その日の主演)の稽古など観て、その後劇場関係者用カフェでご飯食べて、公演を二階正面ボックス席から観て……と、バレエ好き&関係者から嫉妬と顰蹙の目を浴びること必至の眼福体験。あ〜面白かった。パリ在住の友達夫婦と岩田さんの4人でおいしいビストロも行ったし、近代美術館でマチス三昧もしたし、カラダの疲れはかってないほどピークだけど、心の疲れはずいぶん取れた。
パリ在住のヒトから「パリも寒いですよ〜」とメールをもらっていたが、すでにプラハ肌のボクには生ぬるかった。手袋もネックウォーマーも帽子もしないで外に出られるなんて!という感動があったくらい。日本に帰ってきたら、ぬるいどころではなく暑い。温暖な国にボクたちは住んでいるのだねぇ。
機内映画採点
2004年01月21日(水) 11:38:50
家でひっくり返っていたいのだが、出社。来週にはニューヨークに行かないといけないので、日本での仕事を片づけないといけない。でもカラダ壊しては元も子もない。ホントは一日ぐったり寝る日を作りたいのだけど。
今回は往復のヒコーキ機内で5本映画を観た。5段階評価してみると、「トゥーム・レイダー2」2点。1の良さがなく盛り上がりもない。「パイレーツ・オブ・カリビアン」5点。これはいい。ジョニー・デップ最高。「ファインディング・ニモ」5点。よく出来ている。親子愛とかを称えすぎているが、まぁ作りがイイから。「ゲロッパ!」1点。なんだこりゃ?「ジョニー・イングリッシュ」4点。5点でもいいなぁ。ラスト落ちがもうひと切れ味あったら満点だったなぁ。機内でここまで大笑いさせてくれれば満足。
…といったところ。ここんところ観ないといけない映画を見れていない。アレとかアレとかアレとか。うー。
帰国したけど、あと数日でNYC
2004年01月22日(木) 3:47:58
8時間の時差があるチェコに2週間もいたが、向こうでも連日徹夜だったりその後に朝から撮影が入ったりして、時差がどうのと言う前にとにかくめちゃくちゃな生活。カラダは完全に混乱していてもう何がなにやら理解できないご様子。
日本に帰ってきて、そんな可哀想なカラダを日本時間に慣れさせてあげようとするも、あと数日でNYCへ発つのでそれもあまり意味がない。眠くなったら寝て目が覚めたら起きる、という適当な生活。会社がフレックスで本当に良かった。
まぁ睡眠はいいとして(疲労回復は遅れるが)、問題は腹時計までめちゃくちゃになっていること。NYで食べたい店がいっぱいあるので、いまからNY時間に合わせるべく調整することにしよう……えーと、NYはいま昼の14時前か……日本は朝4時前だけど、お昼を食べる。いやマジで。
今シーズン5回目の「小やなぎ」
2004年01月23日(金) 23:38:01
1月は水木金の三日しか出勤できないこともあってか、夜の予定が毎日入っている。休まないといけないのでは、と思いつつ、どれもキャンセルできない状態。
今日は今シーズン5回目のふぐ「小やなぎ」。うはは。行き過ぎ。でも「連れてけ!」というリクエストが多すぎて断り切れないのだ。今日も至福。うますぎ。みんな(同期たち)も大満足してくれたようである。良かった良かった。というか、ボクはこの店にたどり着くまでに数十万円ふぐに使っているわけで、彼らはすごく得をしているわけだ。不思議とずるいとは思わないが(思っていたらこんなサイトやってないし)。
あしたも一週間遅れの妻の誕生日祝いで外食。毎朝「カラダよ、大丈夫か」とぶつぶつ相談しながら起きるのだが、なんだか大丈夫な感じ。もともと丈夫なたちではないのだけどなぁ。そのうちバタリといくのかしら。
サイトが重い…
2004年01月24日(土) 7:00:06
どうもサイトが重い。苦情メールもちらほら。うーむ。htmlを根本的に書き直して、スタイルシートも整理統合して、と、サイト全体をいじって直すしか対処療法ないかも。一度サーバー会社に文句言ったのだけど「うちはそこまで保証しない」と開き直られたし。あー、軽いサイトよカムバック。
ニューヨークがプラハにも増して寒いようなので、またしても防寒対策に頭を悩ましている。まぁ撮影ではないので長時間屋外にいることはないのだけど、最高気温が-9℃とか言われるとちょっとびびるなぁ。
ここ数日久しぶりに会社に出ていたら、なんか劇的人事とか組織改編とかいろんな新事実が判明して、すっかり浦島状態。どんなきついロケでも「あいつは海外で遊んでた」と思われてしまうもので、もう言い訳や苦労談をするのも飽きた。ニコニコと「次はNYでーす!」と嫉妬をかう言い方で。きっとそのうち飛ばされる(笑)。でも必要で大事な仕事なんだもん。やるべし。
ブッシュの一般教書演説、いまごろ熟読。というか、ブッシュの演説を読めるほど体力が回復してきたということ(体力ないと怒れない)。民主党の候補者たちが小粒な感じなのが気になる。アメリカってもっと層が厚いイメージあるのだけど。
やっと朝7時。みんな早く起きてこないかなぁ。朝の散歩でも行こうぜっ。←朝3時くらいからずっと起きていていい加減飽きているらしい。
「ラスト・サムライ」
2004年01月25日(日) 0:45:48
今日は朝から今度作った映像に乗せる音楽について悩んでいて、いろんな映画とかを見直し、音楽の使い方を再チェック。公開中の映画「ラスト・サムライ」まで観に行ったり。
この映画、四方八方で評判いいし、ハリウッドがここまで本格的に日本を取り上げたのは「事件」だと思うが、肝心の武士道が描けていないと思った。しっかり泣いたが、そこらへんで不完全燃焼。惜しいなぁ。←外国人がここまで描いた、という点ではもちろん評価。ニュージーランドロケもすばらしい。というか、プラハロケの地獄を思い、各映画が費やしている膨大な作業量に敬意を払う。
妻と赤坂で韓国料理を食べた後、テンダリーへ流れる。68年のジローのコニャックが印象的。コニャックって感動できるのが少ない気がするけど、これは感動的。
スコット・リッター証言ほぼ裏付け
2004年01月25日(日) 13:19:02
犬の散歩コースでボクたちが梅道と呼んでいる道がある。200mくらい梅並木になっているのだが、いまそれがほぼ満開。老夫婦のように犬連れでゆっくり散歩。かぐわしい。
イラクの大量破壊兵器捜索をしていたアメリカの調査団長(CIA顧問)が「イラクは湾岸戦争の後、生物科学兵器の生産を再開せず、大量破壊兵器の備蓄はなかった」と発表し辞任した。生産計画自体あったと思えないと語り、発見されるべきものの大半はすでに発見されている、と。大量破壊兵器の存在を捜索責任者が公に否定したことになる。これでスコット・リッターの勇気ある証言もほぼ裏付けされたことになる。イラクで殺された大量の人々の無念に想いを馳せる。
日本初の社立中学校が岡山に。国立でも区立でも私立でもなく株式会社立。利益はすべて自治体に寄付するという非営利経営。そうか、その手があったか。
iPhoto4
2004年01月26日(月) 1:12:50
1/24発売のiLifeをApple Store Ginzaで買う。すべてはiPhoto4を手に入れるため。ダウンロードできるタダ版は重く、使い勝手がいまひとつだったため。
期待とともにインストール。見違えるようになったわがiPhoto。なにより軽い。10000枚近いデジタルフォトを一瞬で閲覧しサーチできる。満足満足。GarageBandも少し使ってみたが面白い。iTuneもタダ版より少し進化したものを乗せてくれていればお得感あったのになぁ。
ニューヨークへ出発
2004年01月26日(月) 7:51:25
ということで、ニューヨークに行ってきます。向こうでもまたライブ中継(?)しますです。つか、実感として世界って狭くなったなぁ。ほんだらば。
NY出張(1)5年ぶりかな
2004年01月27日(火) 1:55:47
ニューヨーク到着。ニューヨークは5年ぶり10回目くらい。のべ半年以上はここにいる。違和感なし。それにしてもあっけないほど短い入国審査でスゥーッと入国。ヒコーキ降りて5分後には外にいた感じ。身構えていただけに拍子抜け。でも寒いなぁ。この仕事は寒いところばかり。大雪の軽井沢、厳寒のプラハ、そしてココ。お昼なのにー10℃とか。明日は大雪らしい。
現在ニューヨーク時間のお昼12時。日本時間の午前2時。プラハ時間の夜6時。もうなにがなにやら。
NY出張(2)キレイゴトの匂い
2004年01月27日(火) 5:44:13
コーディネート兼全体プロデュースのキヨシとソーホーで軽く昼を食べた後、別れてひとり、例によって散歩散歩。勝手知ったる他人の街。5年前の土地勘を取り戻すためソーホーからセントラルパーク周辺までロング速歩。耳がちぎれそうに寒かったが、プラハの寒さ体験が妙な自信となっていて「こんなの寒くないやい」みたいな意地が漲る(漲らんでも…)。それにしてもNYも変わったなぁ。なんだか普通の街になった。チェーン店ばかりになったのもあるけど、なんというかキレイゴトの匂いがする。うまく言えないけど。
NY出張(3)「L'IMPERO」〜Oak Bar
2004年01月27日(火) 20:35:18
ー15℃くらいの街を東へ4ブロック北へ10ブロックほど。耳がちぎれる思いをしてたどりついたTudor Cityの「L'IMPERO」(タクシー乗れよ歩くなよ)。読者からの推薦で知ったイタリアンだが、去年NY times で3つ星を取った店とか。外観は「今日はクローズドか」と思わせつつ、中はしっかり賑わっていた。料理はなんつうかNYのイタリアン的ではない。洗練されててアルデンテで量も多すぎず焦点が来ている。デザートも抑制が効いている。サービスも内装も落ち着いたもの。いいなぁココ。街に着いて一軒目のディナーが成功すると、その旅自体の印象がとても美味しいものになる。うれしい。
以前一緒に仕事したNY在住のヒトと行ったのだが「長く住んでいるけど行ったことない」というプラザのオーク・バーを二軒目に。ココはとっても普通だった。
昨日も書いたが、NYは少し変わった。
芸術が生まれる匂いが圧倒的になくなった気がする。まぁまだ来て1日なので決めつけはしないけど。
NY出張(4)サイズダウン
2004年01月28日(水) 4:51:51
横なぐりの雪の中、バーニーズまで歩いて行ってジーンズを物色し、「7 for all mankind」を2本買う。11月にロスで1本買って以来のファンなのだ。ロスで買った時はサイズ34でちょうどだったのに、今回はサイズ31がベストフィット。お〜ダイエット大成功!と喜びのあまり2本も買いこんでしまったのだが、買ってから「あれ? まだダイエット進行中だから…このジーンズもすぐぶかぶかになってしまうわけ?」と気づいた。無駄じゃん。とりあえず1本にすれば良かった……。
ちなみに自慢していいですか? ボク、ジーンズの裾直ししたことないです。裾直ししなくてもちょうどいいの。常に。うくくくく。
NY出張(5)大雪のNY〜素晴らしい「Blue Hill」
2004年01月28日(水) 14:24:15
大雪のニューヨーク。現地在住者に聞くと年に一度の大雪だとか。5番街もビレッジも雪で埋まっている。めったに見れない光景♪
ストレスたまりまくる大事な打ち合わせのあと、読者に推薦された「Blue Hill」というレストランに行ったが、ここがまたいままでのべ6ヶ月以上に及ぶニューヨーク体験の中でもトップクラスのクオリティ。バターを一切使わないその料理はオールジャンル・フュージョンという感じで、どの料理も出来が最高にすばらしい。前菜のマッシュルームのタルタルも、メインに頼んだラムも完璧。仲間たちが頼んだお皿も味見させてもらったが、どれも焦点が来ているのみならず焼き加減が完璧であなどれない。おばあさんの農園から仕入れてるという野菜の付け合わせがまたうまい。疲れている胃にももたれず、量も適度。サービスもなかなか。ワインの保存も品揃えも適切。客層や隠れ家的入り口も含めてとても好きになったレストラン。
一緒に来ている同僚が「ニューヨークのイメージが変わりました」と満足げに言う。ことほど左様に食事は街の印象を変える。いや〜うまかった。ここで紹介して日本人客が増えるのもどうかと思うが(いまは全然いない)、このレストランの味や方向性は日本人にとても合うと思う。大オススメだし、ちょっと先の日本のレストラン潮流をかいま見た気がした。なるほどね。こういうやり方でちゃんとうまければ絶対はやるな。
NY出張(6)ずっと打ち合わせ
2004年01月28日(水) 23:49:17
ちょっと疲れが出てきた感じ。動悸と頭痛が出てきた。年末からずっと人生を酷使しているから仕方ないか。そろそろ倒れても仕方ないくらいは働いているもんなぁ。
今日はずっと打ち合わせ。大雪で外はとてもスリッピーなので、静かにしていよう。というか、かなり力を入れないといけない打ち合わせなので余計なこと考えず打ち込む。
NY出張(7)「カンミオク」で朝メシ
2004年01月29日(木) 1:54:01
胃に優しいソーロンタンでもコリアン街に食べに行こうとひとり出かける。6年前に来て感動した「カンミオク」へ。キヨシが「あそこはダメになりました」とあまり繰り返すものだから確認も兼ねて。
うーん。確かに普通の味になっていた。コクがない普通のお粥。嗚呼あの感動の店がなぁ。でもキムチ(これはまぁまぁ)とソーロンタンでカラダはしっかり復活の兆し。良かった。
5番街をちょっと北上しヤンキーズ・ショップへ。松井グッズの小さいのでもあったらお土産にと思ったのだが、適当なものがなく退散。雪で滑る道をゆっくり歩いて帰ってくる。寒風が頬に気持ちいい。 さて仕事。
NY出張(8)ハンク・ジョーンズとの抱擁
2004年01月29日(木) 16:38:58
回復したかと思えた体調も午後からひたすら下り坂。風邪かなぁ。頭は痛いしお腹はしくしくするし関節もだるい。咳や鼻水はないのだが、とにかく体調悪し。TylenolやらZantacやら飲んで急場しのぎ。
でも、そこで寝込むボクではない。仕事が終わった夜10時。ふらふらになりながらBlue Noteへ。なんとここ一週間、ハンク・ジョーンズ・トリオが出ているのだ。しかもベースは大好きなジョージ・ムラーツ。わーい。
ハンクと言えば、昔CM撮影で5年おつきあいさせていただいたジャズ界の至宝。チャーリー・パーカーとやったことある人で現役は彼だけじゃないかな。なにせ85歳なのである。数年前だか心臓の大手術をしたと聞き心配していたのだが、上品で転がるようなタッチは健在。いやむしろ少し力強くなった感じ。
6年ぶりだしボクのこと覚えてくれているかなぁ、と思いながら演奏後挨拶しにいくと、一目見るなり「お、お、イトーさん!(惜しい!)」と声を上げてくれた。うれしい。ひとしきり話をして懐かしむ。少し痩せたが元気で明るいところは昔のまんま。こんな老人になりたいなぁと改めて。
ハンクと話をしているうちにジョージ・ムラーツは引っ込んでしまったので挨拶できず。後ろ髪を引かれながらBlue Noteを出て、ヒトに紹介してもらった「日本人のイエローキャブ運転手」に電話をし、来てもらう。日本人運転手はマンハッタンでも1人か2人だとか。彼(リオさん)と中華街の「Great N.Y. NoodleTown」にヌードルを食べに行き、キャブ運転手の裏話をいろいろ聞く。おもしれ〜。
と、まぁ、体調悪しとは思えない深夜行動。今日は風が強く体感ー15℃って感じ。もう2時30分だ。寝なければ。
NY出張(9)わりと復活
2004年01月30日(金) 0:45:57
薬のせいもあってかグッスリ眠れ、わりと復活。夕方の濃い打ち合わせまで、ビレッジ〜ソーホー〜ノリータと歩こうか、美術館チェックに行こうか、雪のセントラルパークでぼんやりしようか迷うところ。今日のニューヨークは快晴。気持ちいい。夜はNY在住のヒトと黒人のソウルフードをハーレムに食べに行く予定。
NY出張(10)NYオフ会
2004年01月30日(金) 15:57:59
NY在住のメール友達(サイト読者)ふたりと会う。ホントは今日の晩ひとり、明日の晩ひとり、だったのだが、明日が一日中仕事となったので、おふたりに無理言って同じ日にしてもらったのだ。複数の読者と同時に会うのは久しぶりで、ちょっとしたオフ会気分。ただ、さなメモを毎日読んでくださっているらしく、「昨日はあそこ言ったんですよね」「今回まだあそこに行ってませんね」みたいな感じになり、なんだかこそばゆい。
今回はメールがとても多く、それもNYのヒトからのが目立つ。「偶然ですが、昨日行かれたレストランの上階に住んでいます!」「実はNY在住の高校後輩です。はじめまして」「NYのレストランで働いてます。ぜひ来てください」など、これを読んで初めてメールをくださる方が次々。ネットがなかったら絶対体験できない同時性。おもしろし。
「生き散らかす」をモットーに日々過ごしているが、散らかした結果こうしていろんな方の人生と刹那的に交差できたりする。幸せだなぁ面白いなぁと夜景を見ながらしみじみと。
NY出張(11)決断。そして不可逆。
2004年01月31日(土) 2:39:15
今日は午後から大事な打ち合わせ。決定を下さなければならない役目。下手すると早朝までかかるかもな上に、不可逆なのでとても緊張する。今回の出張のハイライトだな。体調を整えるべく午前中はだらだら睡眠。少しでも疲れを取ることに専念。今起きて窓を開けると大快晴。ちょっともったいなかったかも。さて、メシ食って、いざ。
NY出張(12)ヴィジュアル・ランゲージ
2004年01月31日(土) 8:17:54
ニューヨーク、マジソン・アベニューにある編集スタジオの無線LANからアクセス。座ってPowerBookを開いただけで接続。どんどん便利になっていくね。
こういうところでクリエーティブ・ディレクターとして仕事をするのはある意味あこがれの世界なのだろうなと客観的には思うが、実際にはストレスも多いし、アメリカだからレベルが全然違うなんてこともない。というか、やっぱり最後は個人のチカラになるので、アメリカでもダメな人はダメだし、日本でもすごい人はすごい(当たり前)。ただ、映像やアートに関して日本は言葉に頼る部分が多いと感じる。皆が同じ言葉を話してきた島国だからということもあるだろう。アメリカは様々な言葉が飛び交っている分、イイタイコトを伝えるためにヴィジュアルをより多用する。そのためヴィジュアル伝達手法はとても発達している。その辺正直「かなわないなぁ」と感じることは多い。
NY出張(13)サケ・マティーニ
2004年01月31日(土) 21:15:50
深夜まで仕事してアメリカ側となんとか合意を見、その後レイトナイトパブみたいなところに流れる。ヒップな音楽がかかるわりとアメリカンな店だったが、普通に寿司や焼き鳥などのおつまみがあり割り箸が机に並ぶ。ドリンクメニューにはOzeki SakeとAbsolute VodkaとFresh Cucumberを使ったサケ・マティーニというカクテルすら並ぶ。5年前より和食普及の根っこが深くなってきた感じ。巻き寿司はわけわからないものを巻いてあったがそこそこ美味しかった。寿司というジャンルも時代に合わせて少しずつ変わっていかないと、そのうち世界の職人がどんどん台頭してきて、柔道みたいに「発祥国の体面を保つのがやっと」という自体になるかもしれない。




