2001年9月 アーカイブ

こんなものを始めてみました

2001年9月 5日(水) 1:30:34

こんなものを始めてみました。
外からでも更新できるので、したこと、思ったこと、食べたもの、などをお気楽に書いていこうと思います。
飽きたらやめますけど、ま、実験的に。
ま、これは書いていても、不定期日記は続けます。

なお、1997年7月〜2001年9月の様子は不定期日記をご覧ください。それ以前(1995年8月20日にサイトを始めている)は日記はつけていません。書評とおいしい店リスト、CD、映画のラインナップでサイトを始め、2年ほど日記などはつけずに毎月更新し、1997年7月から不定期日記をつけ始めた、という感じです。


※追記.....2005年6月
当然、これを書いた2001年9月にはブログなんて言葉も機能も存在していませんでした。
ですので上記は「CGIプログラムを使って、こんなものを始めてみました」ということです。毎日更新のメモ日記です。まぁブログの走りみたいなものでしょうか。
で、2005年6月にサイト全体にCMSとしてのMT(ムーバブルタイプ)を導入した際、CGIを利用して書いていた過去の「さなメモ」もすべて取り込んでブログ形式にしました。日付も遡っています。その辺、誤解なきよう。たまに「こんな昔にブログはなかったはず!」とかご指摘をいただくので、一応。※

つなぎですね

2001年9月 5日(水) 1:36:08

つうか、更新する時間があんまりないので、更新までのつなぎと思ってくだされ。

今日も自転車通勤

2001年9月 5日(水) 8:45:07

今日は天気がいいから(東京地方)、当然自転車通勤。
昨日は自転車でいって、雨に降られて雨宿りしたりして、会社に着くまで1時間半もかかっちまった。
今日なら気持ちよく走れるから45分くらい、かな。
だんだん慣れて、早くなってきた。慣れはじめの事故に気をつけなければ。

サラダバー

2001年9月 5日(水) 14:23:41

意外と暑かったのでチンタラ漕いでいたら1時間かかってしまった。でもこのくらいがわりと気楽。

久しぶりに社食に行ったら、サラダバーが出来ていた。うむ。これでやっと行く価値が出たぞ。つうか遅いよ、サラダバーできるの。

自作身欠きニシン

2001年9月 5日(水) 20:15:22

ゆうこが出かけるというので、残業もせず自転車帰宅。
娘とふたりメシ。
味覚障害レポートのNHKを見る。亜鉛、男性機能にも確かすごく大事なんだよね。身欠きニシンを自分で作って亜鉛のためによく食べた青春時代を持つ私。ちょっと懐かしく思い出す。むはは。

ジバラン系の書き物をしようとパソコンにむかうがえらく眠い。娘を寝かしながら一緒に寝ちゃいそうだ。

久しぶりにスーツ

2001年9月 6日(木) 8:40:17

昨日は「書こう!」という志も空しく、娘と一緒に撃沈。自転車疲れか? 運動を毎日のようにするのって実に震災以来なので(震災で習慣的スポーツがパッタリ止まってしまった)、さすがにカラダが休養を要求しているらしい。自転車通勤程度の運動で情けないが、それでも一日2時間走っているわけで、まぁ慣れるまでは仕方なし。

今日は夜レストランするので、久しぶりにスーツ姿。よって電車通勤。上着を着ても暑くなくなって大変助かる。

カブトムシ

2001年9月 6日(木) 15:27:18

打ち合わせを一件済ませる。偉い人たち(会社的に)との打ち合わせだったが、それなりに刺激を受ける。頭がいい人たちと話すと毎回ちゃんと刺激を受ける。こういう方々がちゃんと順調に出世してくれるとこの会社も捨てたもんじゃない。

席に戻ってXMLの勉強をちょっとして作業室に。いまから打ち合わせ。FMからaikoのカブトムシ。

アピシウス

2001年9月 6日(木) 22:41:22

昔から憧れていたレストラン、アピシウスにゆうこと行ってきた。
一時、日本一といわれた名老舗店である。が、高橋シェフ、中本ソムリエなどが抜けた今、往時の輝きはたぶんもうない。そつのなさはさすがなものだが、ホテルレストラン的であり、なんだか「楽しくない」。うーむ。非常に残念である。もっと早く旬のころに行けば良かった・・・でもある程度の年齢になってから行きたい店として取って置いたのだ。嗚呼。

店に似合う年齢というのは確かにある。でも店の旬も確かにある。ボクはこの店に関してはハズシてしまったようである。

ゆめさんが膵癌で亡くなった

2001年9月 7日(金) 10:39:15

ゆめさん(大好きなサイト作者)が膵癌で亡くなった、と知る。
あれだけ日々を大切に生き、あれだけ草花を愛し、あれだけハーブからチカラをもらい、あれだけゆとりを持ってストレスレスの生活をしていた(ように見える)人が、膵癌末期だったとは・・・。

神様の皮肉、とかいう平凡な言葉より、「死とはそういうものなのだ」という実感。
ジタバタせず、この身を晒して行くしかない。

つうか、治れ!

2001年9月 7日(金) 20:55:04

夕方、胃ガンの女性を見舞った。
花束を持って見舞った。
宣告を受けている女性だが、気丈で明るかった。
ちゃんと目を見ておちゃらけたジョークが言えるかどうか自信がなかったが、ちゃんと言えた。
色の濃いメガネをしていったので、涙目には気づかれなかったはず。
つうか、治れ!

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。